予算委員会公聴会

2018-03-13 参議院 全159発言

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会議録情報#0
平成三十年三月十三日(火曜日)
   午前九時開会
    ─────────────
   委員の異動
 三月九日
    辞任         補欠選任
     伊藤 孝江君     三浦 信祐君
     山添  拓君     大門実紀史君
     福島みずほ君     山本 太郎君
   アントニオ猪木君    薬師寺みちよ君
 三月十二日
    辞任         補欠選任
     上野 通子君     足立 敏之君
     島田 三郎君     宮島 喜文君
     滝沢  求君     小川 克巳君
     中泉 松司君     小野田紀美君
     舞立 昇治君     佐藤  啓君
     山田  宏君     自見はなこ君
     吉川ゆうみ君     進藤金日子君
     和田 政宗君     徳茂 雅之君
     大門実紀史君     山添  拓君
 三月十三日
    辞任         補欠選任
     進藤金日子君     今井絵理子君
     宮島 喜文君     島田 三郎君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         金子原二郎君
    理 事
                石井 準一君
                宇都 隆史君
                高野光二郎君
                二之湯武史君
                丸川 珠代君
                横山 信一君
    委 員
                足立 敏之君
                青山 繁晴君
                朝日健太郎君
                有村 治子君
                今井絵理子君
                小川 克巳君
                小野田紀美君
                太田 房江君
                こやり隆史君
                佐藤  啓君
                自見はなこ君
                島田 三郎君
                進藤金日子君
                徳茂 雅之君
                中野 正志君
                平野 達男君
                松川 るい君
                宮島 喜文君
                元榮太一郎君
                渡邉 美樹君
                熊野 正士君
                杉  久武君
                竹内 真二君
                三浦 信祐君
                浅田  均君
                片山 大介君
               薬師寺みちよ君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        小野 亮治君
   公述人
       株式会社日本総
       合研究所理事   山田  久君
       東京過労死を考
       える家族の会代
       表        中原のり子君
       慶應義塾大学名
       誉教授      小此木政夫君
       沖縄国際大学大
       学院教授     前泊 博盛君
       独立行政法人国
       立公文書館長   加藤 丈夫君
       株式会社政策工
       房代表取締役社
       長        原  英史君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○平成三十年度一般会計予算(内閣提出、衆議院
 送付)
○平成三十年度特別会計予算(内閣提出、衆議院
 送付)
○平成三十年度政府関係機関予算(内閣提出、衆
 議院送付)
    ─────────────
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金子原二郎#1
○委員長(金子原二郎君) ただいまから予算委員会公聴会を開会いたします。
 本日は、平成三十年度一般会計予算、平成三十年度特別会計予算及び平成三十年度政府関係機関予算につきまして、六名の公述人の方々から順次項目別に御意見をお伺いしたいと存じます。
 この際、公述人の方々に一言御挨拶を申し上げます。
 本日は、御多忙中のところ本委員会に御出席をいただき、誠にありがとうございます。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
 本日は、平成三十年度総予算三案につきまして皆様から忌憚のない御意見を拝聴し、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
 次に、会議の進め方について申し上げます。
 まず、お一人十五分程度で御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。
 なお、御発言は着席のままで結構です。
 それでは、働き方改革・社会保障について、公述人株式会社日本総合研究所理事山田久君及び東京過労死を考える家族の会代表中原のり子君から順次御意見を伺います。
 まず、山田公述人にお願いいたします。山田公述人。
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山田久#2
○公述人(山田久君) 山田でございます。本日は、大変貴重な機会をいただき、ありがとうございます。
 私の方からは、裁量労働制と高度プロフェッショナル制度に焦点を当てながら、労働時間規制見直しを中心とした働き方改革の在り方についての意見を述べさせていただきます。
 まず、そもそも今なぜ働き方改革かということに関して、二つの大きな背景があるというふうに考えてございます。
 第一は、日本が人口動態の大きな変化に対応しなければならないということかと思います。従来は中核的な労働力と考えられてきた男性の現役世代の数が大幅に減少し、更にこれが見込まれております。そういう中で、女性、さらにはシニアといった多様な属性の人々の活躍の機会を増やしていく必要がある、そういう中で、育児や介護など生活上の必要から労働時間に制約のある方々が増えてくるということで、そういう中で残業時間の削減、それから柔軟な働き方、この二つが大変重要な課題になっているということかと思います。
 もう一つは、産業の方の変化ですけれども、ビジネスモデルの在り方の大きな転換が求められているということです。労働力が持続的に減少していることによって、いわゆる労働集約的な薄利多売型のビジネスモデルというのは限界に近づいてきております。一方で、知識集約的な高収益型のモデルへのシフトというのが必要になってきているわけです。そういう中では、働く人々がめり張りを付けて働いて、いわゆる余暇時間を有効に使い、自己研さんあるいは人的な交流などに使うことによって、生き生きと働いていく中で知的生産性を高めるということが必要になっている。この大きな二つが背景にあるということかと思います。
 そういう中でいいますと、まさにその労働時間全体の縮減と高い生産性の両立ということが求められているわけですけれども、そういう意味ではヨーロッパの働き方というのは大きな参考になると思います。そういう文脈の中で、今回の労働時間制度の見直しに関しましては一つの大きな柱が残業上限の設定ということで、これ自体はまさにヨーロッパの文脈であり、高く評価されると思います。
 ただ、これに関して一点申し添えたいのは、人材育成の在り方を見直していくということが重要だということです。と申しますのも、ヨーロッパでは学校教育に実務能力が身に付くプログラムがある意味ビルトインされているわけです。このため、労働時間が短くとも効率的に人材が育つ仕組みがあるわけですけれども、日本の場合は、これまではそういう仕組みが十分整わず、言わば企業内でのOJT、職場内での訓練ですね、これが基本で、仕事と育成が一体化してきたという部分があったと思います。
 これが大きな問題の根源にもあったわけですけれども、ただ、単純に労働時間を機械的に短くするということはこれは必要なんですけれども、一方で、人材育成を新たにやはりやり方を考えていかないと駄目だ、これに関して、各企業がいろいろ工夫をすると同時に、政策的な支援も必要ではないかなというふうに考えております。あるいは、ヨーロッパを参考にした産学連携による人材育成の仕組みを強化する必要もあるかと思います。
 続きまして、裁量労働制に関して意見を述べたいと思います。
 冒頭申し上げましたように、日本経済というのは産業構造の知識集約化という大きなうねりの中にあるわけですけれども、そういう中では、いわゆる創造的なホワイトカラー業務というのが重要になってきております。そこの分野では、必ずしも労働時間の投入とそれによる成果が連動しないということがあると思います。現状の労働時間規制の基本的な仕組みを前提にしますと、言わば必ずしも生産性が高くない、結果として長く働く人の方が、生産性が高くめり張りを付けて短く働く人よりも給料が多くなるという、ある意味矛盾が生じるという側面もあるかと思います。
 一方で、生活サイドのニーズもあるということかと思います。家族形態が多様化し、子育てや介護を始め生活上の様々な制約から、業務時間と生活時間を柔軟に自ら設定していくという仕組みのニーズが高まっているというものもあると思います。
 そういう意味では、私自身は裁量労働制の制度そのものは必要な制度ではないかと。ただし、問題は、これが適正に運用が行われるか、ここに関しては様々な課題が残っているというのが実態かと思います。
 具体的に言いますと、そのところに二点書いておりますけれども、一点は、制度が想定しているのは裁量性の高い労働者のみに限定するということなんですけれども、これが今必ずしもそういう状況になっていない。これがきちんと適用されるかという課題があります。もう一点は、過重労働を防止するやはり有効な健康確保の措置、これも十分に講じられているのか。この二点においてやっぱりまだ様々な課題が残っているということかと思います。
 第一点の問題に関しましてもう少し詳しく申し上げますと、本来適用できない裁量性の低い労働者に濫用しているというケースがこれは見られるわけですけれども、これはある意味論外ということかと思います。ただ、裁量性の有無の判断は実務的に難しい面もあるというのも事実かと思います。この点に関しましては、その裁量性というものを二つの軸で分けて考える必要があるんじゃないか。それは、仕事の手順の裁量性ということと仕事の量の裁量性、この二点を分けて考えるというのが重要かと思います。
 ある意味、手順も仕事の量も自ら働き手が裁量性があって決めるケースは、ある意味これは大きな問題ではないんですけれども、現実には、手順は確かに裁量性があるんですけれども量がコントロールできないというケースが往々にしてある。ここに関しては、やはりそれを適正に制御する仕組みを導入するということが必要かと思います。
 そういう面から、今回提出予定であった、結果として取下げとなったということかと思いますけれども、この改正案でも、例えば少なくとも三年以上の勤務が必要であるということを明確化するといった一定の改善策が盛り込まれていたということは、これはそれなりの評価があっていいかなと思います。
 ただ、制度が想定する裁量性の高い労働者のみにきちんと適用されるかは、なお漠然としているというふうな印象を私自身は持っております。先ほど言いましたように、手順の裁量性はあるんだけれども仕事量の裁量性がないという場合のこの適正運用を担保する仕組みの導入が極めて重要かと思います。
 具体的に言いますと、これは労働政策研究・研修機構の研究員の方が分析をしているわけですけれども、そういう裁量性の、手順上はあるんですけれども業務量の裁量性が乏しいタイプには二通りある。一つは、結局上司が業務量を決めているというケースですね。もう一つは、お客さんの、顧客の都合で結果としてその業務量が決められているケース。この二つに関しましては、やはり一定の歯止めを掛けていかなければ適正な運用ができないということかと思います。
 まあ一つのアイデアとしては、最初のケースに関しましては、すなわち上司が業務量を決めているケースには、きちんと労働者の方から業務量のコントロールに関しての声がきちんと反映される仕組みですね、これをしっかり確保していくということが必要だと思います。それから、お客さんの都合で決められるケースというのは、むしろ上司が適切にコントロールして、間に入って、お客さんとの間に入って調整をしていく、そういう仕組みをやはりきっちり導入していく、こういう部分を何らかの形でしっかりワークしていくような仕組みを考えていくということが必要条件ということになってくるんだと思います。
 一方、もう一点の過重労働を防止する有効な健康確保の仕組みということでいいますと、これが必要なのは、本来は、本当の意味で裁量性があれば労働者の自由度に任せるということなのかもしれませんけれども、日本の特徴として、多くの職場で実態的には長時間労働がある意味習慣になっているわけですね。ですから、この部分をやはり何らかの形で歯止めを掛けないと、結果として過重労働の問題が起こるということかと思います。
 そういう意味では、今回の提出予定であった改正案でも、例えば客観的な方法とその他適切な方法により労働時間を把握するというようなこともあって、その辺の改善策が盛り込まれていることはあるんですけれども、ざっと見まして、後ほども見ます高プロ制度、高度プロフェッショナル制度に比べても、やや今の状況では不明瞭という印象を持っております。やはりその最低ラインとして、高度プロフェッショナルというのが後ほど見ますところにもありますし、さらには、特に先ほど申し上げてきました手順の裁量性があっても量の裁量性がないケースには、具体的にはいわゆるインターバル規制とか絶対上限の規制ですね、どちらかを少なくとも導入するという、この辺りを義務付けをしていくというのは必要なのではないかなというふうな考えを持ってございます。
 続きまして、高度プロフェッショナル制度に関しましての意見を申し述べさせていただきます。
 これに関しましても、先ほど申し上げましたように、制度そのものの妥当性というよりも、やはり適正運用の二つのハードル、これが重要なんだと思います。
 ただ、この高度プロフェッショナル制度に関しましては、ある意味、労働基準法の適用除外という制度ですので、裁量労働制に比べても、例えば深夜労働とか休日労働に対する割増し賃金制がないということで、かなりそういう意味ではしっかりしたコントロール、管理というのが必要かと思います。一言で言いますと、個人として労使、本当の意味で対等の立場に立つバーゲニングパワーのある労働者に限定されるべきというのが前提だと思います。
 そういう視点から見ると、今回、考え方としては、高度の専門的知識等を必要とし、時間と成果との関係性が高くないもののうち政府が定める業務というふうにした上で、労政審の報告では、金融商品の開発業務、ディーリング業務、アナリスト、コンサルタント等々が想定されているということで、さらには年収要件等も想定されるということであります。
 これはいろいろ議論があると思いますけれども、一応一定の労働市場が存在する分野であり、年収が一定以上ということを見ますと、いざとなれば転職という対抗手段を基本的には持っている人たちなのではないか。そういう意味では、改めて法律が成立したという前提に立ったときに、もう一度労働政策審議会において精査が必要ですけれども、まあ、差し当たり今想定されているのは、それなりの趣旨に合った形の妥当なものかなというふうに一応考えております。ただ、もう一度これを改めて精査していくことは必要かと思います。
 健康管理措置に関しましては、高度に、もうまさにプロフェッショナルな、そのままの方ですと今の前提のままでいいかと思いますけれども、措置のままでいいと思いますけれども、ただ、いわゆるこの精査の中で、例えば転職という対抗手段が小さい人たち、あるいは仕事量の裁量性が相対的に低いというふうに、これが本来、この制度の導入で考えられております労使委員会の方がしっかりと精査した上で、そういう相対的なまだ疑念が残るケースの場合にはインターバル規制とか上限規制を義務付けるという、そういう補正も考えることは必要なのかなと、そういうふうに考えております。
 最後に、働き方改革全体への、今回の特に裁量労働制とか高度プロフェッショナル制度の位置付けということに関して少し意見を申し上げたいと思います。
 大きな流れでいいますと、日本経済の発展のためには知識労働者を増やしていくということが必要であり、その過程では、本来の意味での裁量労働制とか高プロ制度が適用されるような、そういう労働者のタイプの割合が増えていくこと自体は望ましいと思います。ただし、日本の場合は、現実にはそういう人たちがそれほど多くないというのが実情かと思います。
 資料の方に図表が載っております。これは、いわゆる先進国の主要なところで、労働生産性の水準と専門的・技術的職業の人の割合なんです、を見ているんですけれども、全体で見ると、やはりその専門的・技術的な職業の方の割合が高いほど生産性高いんですけれども、日本の方は非常に低いということであります。ですから、やはりこういう専門的・技術的職業の人たちを増やしていくような全体の改革ということも必要なのではないか。それはまさに日本特有の就社型の働き方ということと関係があるわけで、ある意味そういう、職務が曖昧な形ではなくて、仕事が明確で、その結果として仕事の量がコントロールしやすい方々を増やしていく、そういう全体の労働市場改革との関わりということを考えていく必要がある。
 もう一つは、今回の実の問題は、いわゆる集団的労使関係が必ずしも十分にワークしていないんじゃないかなということとも関係がしているんだと思います。形の上では、これは労使協約あるいは労使委員会の中でしっかりとルールを決めるということになっているんですけれども、そこが今の段階では必ずしも十分ではない面がある。そういう意味では、本来の意味での集団的労使関係をしっかり再建していくような取組ということを別途進めることが重要になっていると、そういうふうに考えております。
 以上、私の意見でございます。
 どうもありがとうございました。
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金子原二郎#3
○委員長(金子原二郎君) ありがとうございました。
 次に、中原公述人にお願いいたします。中原公述人。
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中原のり子#4
○公述人(中原のり子君) それでは、貴重なお時間を頂戴して、ありがとうございます。東京過労死を考える家族の会、中原のり子と申します。
 私の方からは、高度プロフェッショナル制度の取下げについての発言をさせていただきます。
 今日、こちら、随行に来ている者も含めて、私たちは働き過ぎなどの業務が原因で大切な家族を失いました。また、長時間労働やパワハラで体調を崩している仲間もいます。その悲しみを越えて、悲劇が繰り返さないことを願う仲間たちです。
 政府が進めようとする働き方改革において、不誠実なデータが象徴するように多くの問題点が明らかになり、裁量労働制の拡大は取り下げられました。裁量労働における時間外労働が一般労働の時間外労働より長いことは、家族を失った私たちの目には一目瞭然です。あってはならない過労死を根絶するためには、労働者の命や健康を守り、安心で安全な生活を保障し、企業と労働者が納得する生産性の向上を目的に、共に考え、手を携える必要があると考えます。
 まず、労働時間の上限規制は当然としても、上限がなぜ月百時間なのか、私は理解ができません。厚生労働省の過労死と労災補償状況に関するデータによれば、脳・心臓疾患に関わる支給決定件数の半数以上は月百時間未満の時間外労働で起きています。人が死ぬ可能性が高い長時間の時間外労働を上限とするのは、ある程度人が死んでも残業代を支払わない方が企業に好都合なのでしょうか。過労死の合法化の上限設定には強く反対します。
 さらに、除外業種、職種が広範囲に存在しているのも大きな問題です。建設、運輸、医師、研究開発、教師、とりわけ長時間労働による過労死が問題になっています。労基法の例外をつくり残業代ゼロにすれば、長時間労働に歯止めが掛からず、過労死が増え、人が死にます。二月下旬に面会した加藤厚労大臣にも私は裁量労働制と高プロのセット削除を強く求めましたが、なぜ裁量労働だけを削除としたのか、その理由も報告も私には届いておりません。
 また、安倍総理は、電通遺族、高橋幸美さんとの面談の際に、長時間労働の是正を是非実効性のあるものにと訴える高橋さんに対し、何としてでもやりますよと応じています。施政方針演説でもまつりさんの死に言及し、二度と悲劇を繰り返さないとの強い決意で長時間労働の是正に取り組むと述べています。二月二十八日の院内集会では、高橋さんは再度、高プロの撤回を強く求めます、過労死を増やす法律、人の命を奪う法律はやめてください、過労死をなくし、人の命を守る法律を作ってくださいと発言されました。約束は守ってほしいです。高プロ制のような過労死促進法を強行するのは過労死遺族に対する裏切りです。
 国会議員の皆様、どうか高橋さんや私の言葉に耳を傾けてください。働き方改革という名の下に、人の命を奪う、過労死を増やす法律を強行するのはやめてください。私たち遺族は、三十年も前から過労死防止の声を上げ続けています。あと何人犠牲者が出たら皆さんに分かっていただけるのでしょうか。一日の上限時間、インターバル規制、健康確保措置の全てが整っていない究極の労働時間規制撤廃制度を社会に送り出すことはやめてください。
 高度プロフェッショナル労働制は、スーパー裁量労働制、つまり残業代ゼロの最たるものです。裁量労働制だけを削除して高プロ制を削除しないのは矛盾であり、絶対に認められません。裁量労働制の被災者は、会社による時間管理がなされていないため、労災認定が困難です。認定を得なければ社会的支援も受けられません。多くの裁量労働制の被災者が国から救済されず、泣き寝入りを強いられているのです。その上を行く強烈なスーパー裁量労働制、すなわち高プロ制が施行されたら、更に多くの被害者の涙と悲鳴が積み上がることは間違いありません。
 以下、高プロの問題点を挙げます。
 一つ目、高プロ制は、時間外規制を外し、時間外、休日、深夜を含め、残業という概念自体をなくすものです。これは、第一次安倍内閣のときの残業代ゼロ法案として強い社会批判を受け、国会提出が見送られたホワイトカラーエグゼンプション法案の焼き直しです。
 二、高プロ制は時間ではなく成果で支払うと言われていますが、これは間違いです。あらかじめ決められた額しか支給しない固定賃金制度です。
 三、対象業務が定まっていません。ディーラー、アナリスト、コンサルタントなどが例示されていますが、法律が一度成立されたら、国会審議を経ずにも簡単に広がる危険性が大きいです。現在過労死などが多発しているIT産業のSEなども対象になる可能性があります。
 四、年収要件の切下げの危険があります。年収一千七十五万という一部の高所得者だけが対象と言われますが、それは最初だけです。実際、塩崎前厚労大臣は小さく産んで大きく育てると発言されていますし、以前、経団連は、ホワイトカラーエグゼンプション、残業代ゼロ制度のときには年収四百万円以上が望ましいと発言していました。高プロ制が万一今回導入されたら、あっという間に年収要件が引き下げられるのは明らかです。そもそも、高収入であれば過労死ラインを超えて働かせることができる理由には決してなりません。高収入であれば過労死しても構わないはずがありません。
 五、長時間労働から発生する健康悪化の歯止めがありません。政府は、長時間労働の懸念を否定できないために新たに健康確保措置という言葉を出していますが、今年の一月に新潟で起きた過労死事案は、保健師に相談した翌日に亡くなっています。健康確保の時間数設定は過労死防止の歯止めにはなっていません。
 六、高度の専門職という規定では、三十代、四十代、五十代の働き盛りの専門職、管理的職業従事者が該当します。この年齢層のホワイトカラーでは過労死と過労自殺が多発している実態があります。
 私の夫、中原利郎は、都内の民間病院に勤務する小児科医師でした。十九年前、一九九九年に長時間労働、過重労働が原因でうつ病を発症し、勤務先の屋上から投身自殺しました。享年四十四歳でした。
 十一年の裁判終了後、死んでからでは遅過ぎる、労働者の命や健康を守るのは政府にも責任があるはずと思い立ち、過労死防止法制定に尽力しました。二〇一四年六月二十日に過労死等防止対策推進法が全会一致で制定されたときには、ようやく過労死をなくす活動に踏み込めると思いました。
 しかし、その僅か四日後に、裁量労働制の拡大と高度プロフェッショナル労働制を盛り込んだ文書が閣議決定されて、私の夫は高プロ制を先取りしたような働き方をして亡くなったことが分かりました。高プロ制には人が亡くなるわながあると気付きました。
 医師は高プロ制の対象業務として想定していないといっても、その働き方はまさしく、残業代なし、勤務時間無制限の高プロ制先取りの勤務体系でした。亡くなる前には、愚痴などこぼさない夫が、馬車馬のように働かされている、病院に搾取されている、病院に殺されるとつぶやいていました。小児科医は天職と自負していた夫が、小児科医師なんて誰からも感謝されない、くだらない職業だと言い残し、社会に絶望して亡くなりました。しかし、中原先生が部長になって売上げが上がりました、葬儀委員長だった院長の挨拶に、私は愕然としました。ベッドの稼働率を上げ、成果を上げ、病院に尽くした代わりに命を落としたのです。
 そもそも、超長時間労働と果てしなく成果を求め続けられる働き方をすることで、高度のプロの仕事が果たせるのでしょうか。健康確保措置は効くのでしょうか。医師の面談といっても、医師の働き方そのものが過労死ラインを超えての超過重労働です。小児科医師だった夫の健康を確保する手だてはありませんでした。院内で働く医師たちは、それぞれ自分のことで目いっぱいでした。高プロ制の働き方では、人は過労死します。長時間労働は、過労事故死、業務上のミス、医療者でしたら重大な医療事故、それから過労死、過労自殺を生み出す最悪の働き方です。
 皆さんおなじみの詩があるので、ちょっと聞いてください。
 僕の夢
 大きくなったらぼくは博士になりたい
 そしてドラえもんに出てくるような
 タイムマシンを作る
 ぼくはタイムマシンに乗って
 お父さんの死んでしまう前の日に行く
 そして仕事に行ったらあかんて言うんや
 大きくなってもぼくは忘れはしないよ
 得意な顔して作ってくれた
 パパ焼きそばの味を
 ぼくはタイムマシンに乗って
 お母さんと一緒に助けに行こう
 そして仕事で死んだらあかんて言うんや
 仕事のための命じゃなくて
 命のための仕事だとぼくは伝えたい
 だから仕事で死んだらあかんて言うんや
これは、マーくんという子が、小学校一年生のときに、父親を就学前に亡くして書かれた詩ですので、皆様も聞いたこと、読んだことがあるかもしれません。こういった遺児を出さないということも大切な仕事なんじゃないでしょうか。
 我が家の場合では、高校三年生のとき被災した長女は、医者にだけはなるなと言い続けていた父親の言葉に背いて、今小児科医になり、夢中で父親の後ろ姿を追い続けています。反抗期真っ盛りの十五歳だった長男は、今三十四歳になっていますが、世界中で尊敬できる人間はおやじ一人だけ、もっと話をしたかったとつぶやきます。十二歳だった末の息子は、父親と同じように大のサッカーファン。ワールドカップの試合を見ながら、一緒にこのゲームを見れたらよかったのにな、ばかだな。父親に触れた発言は十九年間の中でそのたった一回、その言葉だけです。それぞれに心の傷は癒えません。これからも一生消えない悲しみを胸に秘めて過ごすのでしょう。こんなに苦しい思いをするのはもう私たちだけでやめていただきたいのです。
 裁量労働の拡大や高度プロフェッショナル制度の新設が過労死を促進することは、これまでの議論で十分はっきりしました。政府には、法案提出は取り下げていただき、是非、過労死の促進ではなく、過労死を防止するためのより具体的で実効性のある対策を議論することに時間を費やしていただきたいということを強く申入れいたします。
 御清聴ありがとうございました。
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金子原二郎#5
○委員長(金子原二郎君) ありがとうございました。
 以上で公述人の御意見の陳述は終わりました。
 それでは、これより公述人に対する質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言願います。
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渡邉美樹#6
○渡邉美樹君 質問の機会をいただき、ありがとうございます。自由民主党の渡邉美樹でございます。
 お二人の公述人の貴重なる御意見に対して感謝したいと思います。特に、中原公述人の御意見には心深く共鳴しつつ聞かせていただきました。ありがとうございます。私も十年前に愛する社員を亡くしている経営者でございます。過労死のない社会を何としても実現したいと、そのように私も考えております。
   〔委員長退席、理事丸川珠代君着席〕
 その上で、幾つか質問させていただきます。
 まず、働くということの概念についてお話を聞かせていただきたいと思っております。
 私は、もちろん過労死は絶対にいけませんが、働くということは決して悪いことではなく、それぞれについて生きがいであり、自己実現であり、人は働くことでたくさんのありがとうを集め、そして成長していく、そんな大事なものだと思っております。ましてや、人しか資源のないこの日本であります。それが、国を挙げて働くな働くなということでは、これからますます増える高齢者の方々も守ることができないと、そのようにも感じております。
 公述人のお二人の働くということについてのお考えをお聞かせ願いたいと思います。
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山田久#7
○公述人(山田久君) 働くということは、いろんなやはり意味合いというか意義が我々にとってあると思います。
 直接的には、当然、働くことによって、今の日本経済というのはいわゆる市場経済ですので、所得を得るために働くということは必要なんですけれども、もちろんそれ以上の、ある意味社会に参画をしていくということですね。働かないということは、やはり社会から隔離されてしまうというふうな可能性も出てくるというわけですから、そういう意味では、働くというのは、極めて単純にその生活の糧ということを超えた非常に重要な側面があるということだと思います。
 ただ、この働く、もう一つ重要なのは共に働くということなんだと思うんですね。一人で働いているんじゃなくて一緒に働いている。ですから、いろんな健康管理とかの今回の話もそうなんですけれども、やはりその集団として、組織として健全な組織であればそういう過重労働のようなことも避けられるということで、働くというのは共に働くというところの重要性というのが再認識されるべきなのではないかというふうに考えております。
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中原のり子#8
○公述人(中原のり子君) 私は、やはり労働に関しては、先ほどのマーくんの詩ではないんですけれども、やはり仕事は、仕事と命と比べたらやはり命を大切に、その命を守るための仕事であるというふうに私は考えます。
 私自身も家族を過労死では亡くしていますけれども、私自身薬剤師として働いていれば、医療者の方あるいは患者さんたちとのコミュニケーションとかそういった社会的参画ができるということで、やっぱり仕事はきちんとするべきだと思います。もちろん、知識も高めて、そして喜びを持って生き生きと生活するための仕事、それが本当の仕事、苦しいとかノルマだけを課せられる、ちょっとそういうのは違うんじゃないかということで、決して私は労働に関して全てを否定するものではありません。
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渡邉美樹#9
○渡邉美樹君 どうもありがとうございます。
 中原公述人にお聞きしたいんですが、御主人が本当に残念ながら亡くなられたわけで、小児科は天職だと、まさにその仕事を生きがいだということで働かれていたわけですが、その後、自ら命を絶つということになったと。これにつきまして、じゃ、なぜその生きがいから苦痛になってしまったのか、一体それは何が理由だったのか、それはどうすれば防ぐことができたのかということをできれば教えていただきたいと思います。
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中原のり子#10
○公述人(中原のり子君) 先ほども発言いたしました、やはり本当に生きがいを持って、子供が大好きで、自分は小学校の先生になるか小児科医になりたいという、それがもう小学校のときからの夢だったようです。それが、大学で小児科医になるということを決めてから、本当に生き生きと小児科医としての誇りを持って、夢と希望を持って始めた仕事がやはり長時間労働。特に夫が亡くなる前に、六人いたスタッフが三人に半減してしまったということですね、そこが一番大きなターニングポイントだったと思います。
 じゃ、三人になったんだったら増やせばいいじゃないかという。実は小児科というのは、学生たちや医学生たちが一番なりたい科が小児科、でも一番なりたくない科が小児科と言われるほど、研修をしてみれば非常にやっぱり厳しい科であるということで、その長時間労働ですね。特に当直というのは、夫が亡くなって分かったんですけれども、医者の当直に労働性がないということを労基署の方から言われて、やっぱりそのシステムがなってない、それを私は痛感しました。
 ですから、本当に一生懸命、医療者にもっと国民の健康と命を守ってもらうために、彼らに生き生きと働いてもらうためには、まさしく今も、医師の働き方改革五年猶予されていますけれども、毎年医師の過労死のニュースが複数、毎年出ています。そういったことをなくすために、五年猶予ではなく今すぐ待ったなしに取りかかるということが大事なんじゃないかということを思っています。
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渡邉美樹#11
○渡邉美樹君 どうもありがとうございます。
 では続いて、先ほど御意見いただきました高度プロフェッショナル制について御質問をさせていただきたいと思います。
 もちろん、私も安易な導入については反対であります。単純にこれが長時間労働につながるならば決して働く人の幸せにならないと、そう思っております。ただ、これは山田公述人の論文にもございますが、労働時間の投入と成果の関係性が薄い業務に従事する労働者のみであり、そして、徹底して労働者の健康管理が行われることを前提としてこれらの制度を導入することは働く方々にとって、会社にとっては私はどうでもいいと思うんです、働く方々にとっていいことなんではないかなというふうに実は思っております。その本人にそれだけの力量があり、そしてそれを上司がしっかり認めている前提で、なおかつ本人が望んでいること、これがもう大前提ですが、その中であれば、時間に縛られないで成果を約束した仕事をする、労働者の生活の充実や生産性向上にそれはつながり、結果として労働時間も収まり、みんながハッピーなことになるんではないかなと、そう思っております。
   〔理事丸川珠代君退席、委員長着席〕
 先ほど申し上げましたように、仕事が時間とお金のやり取りだけではなく、働く一人一人の自己実現や成長につながる、それが社員の幸せにつながるということを考えたならば、この制度を全面否定することはなく、何かしらの前提条件、これならばいいよということで導入した方が、この制度を望んでいる方もいらっしゃるわけですから、それを是非導入させていただいた方がいいのかなというふうに思うんですが、そのことについて、その条件等の御意見いただきたいと思います。山田公述人と中原公述人、お願いいたします。
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山田久#12
○公述人(山田久君) 先ほどの意見陳述の中でも申し上げましたが、やや繰り返しになりますけれども、二つの大きな重要な論点がございます。一つは、本来、制度がまさに想定をしている裁量性の高い、自由度の高い本当のプロに適用されるためのその仕組みをどうつくるのかという問題。それともう一つは、そうはいうものの、日本人はどうしても長時間働いてしまうというやはり習慣を持っていますので、結果としてやっぱり過重労働につながってしまう。ですから、一定程度の健康確保措置ということはやはり導入する必要がある。その二点ですね。
 一点目に関しましては、今の一応想定されているものに関してはほぼ妥当なというか、一定程度のやっぱり転職ができる人たちであり、給料も高い。給料が高いというのは、それなりの企業がそれなりの能力があり評価している人たちなので、やっぱりそれだけの、転職するだけの能力がある人たちですし、列挙されている、今例示されているのは専門性の高いというところなので、原則は大丈夫じゃないかなと思うんですけれども、それは具体的なそれぞれの職種についてのやはりもう少し詳しい議論というのも必要ですし、労働政策審議会の報告の中では、法案が通った後、もう一度労働政策審議会の中で具体的なところは議論をするというふうになっていますので、再度それは精査していって、本当にそういう形に適用していくというのが一つ重要だと思います。
 健康管理措置に関しましては、これも本当に、ちょっと申し上げましたように、裁量性といっても、手順の裁量性は多くの場合は認められるんですけど、量のところの裁量性が必ずしも担保されていないケースがあります。こういうところも、これは人によって違うわけですね、そこの実態を見ながら、やはり量のところがなかなか難しいということであれば、一定の健康管理措置を強化していくという、そういうふうな形でやることが必要なんではないか、そういうふうに考えております。
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金子原二郎#13
○委員長(金子原二郎君) 時間が来ておりますが、中原公述人、何か、簡単に。
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中原のり子#14
○公述人(中原のり子君) はい。
 私も山田先生と大まか同じような形なんですけれども、基本的に、インターバル規制も取れていない、インターバルを導入できているのは日本の企業の約三%、労使協定も守れない、今一八%を切っているような状況で、これが本当に労使協定なのだろうかとか、あと、やはり一日の上限時間の規制もなくて、私たちの家族会の中では、二十二時間連続勤務の後、帰宅のときにバイクで自損事故、居眠り運転をして亡くなってしまった過労事故死というのも起こっていますので、様々なところのあの手この手の手当てがないときには、ちょっとかなりこの導入は難しいのではないかというふうに考えます。
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渡邉美樹#15
○渡邉美樹君 貴重な意見ありがとうございました。
 質問を終わります。ありがとうございました。
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熊野正士#16
○熊野正士君 公明党の熊野正士です。
 本日は、山田公述人、また中原公述人、貴重な御意見を賜りまして、心から感謝を申し上げる次第でございます。
 また、中原公述人は、御主人の御冥福を心からお祈りしたいと思います。子供さん方が本当に力強く生きていらっしゃるお話を聞きまして、大変感動いたしました。中原公述人、本当に子供さん方を一生懸命育てられたんだろうなというのが大変伝わってまいりました。
 私も二十五年間医者をしておりまして、今、医者の、医師の働き方改革ということで特出しで検討会等でも議論がされているわけでございますが、特に医者の、医師の働き方ということに関しまして今議論がされているわけですけれども、中原公述人が今ここは一番特に議論してほしいと、大事だなと、いろいろあると思いますけれども、その辺の御意見を賜れればと思いますが、よろしくお願いいたします。
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中原のり子#17
○公述人(中原のり子君) そうですね、先ほどの話にもちょっと、渡邉議員のお答えにもちょっとつながるかと思うんですけれども、やはり医者はどうしても長時間労働に陥りやすいということで、長時間労働というのはやはり人間の思考をストップさせてしまうという大きな落とし穴があるんですね。どんなに優秀な方でも自分でコントロールできなくなってしまうという、そこに当たってしまうことが多いのではないか。
 医師の場合には、やはりまだ各地で、例えば奈良の産婦人科の最高裁の判例とか、あとは神奈川の医師のように、固定残業代プラス残業代を払うべきだという最高裁の判決などもあり、何かそういう個別に少しずつ少しずつ決まってはくるんですけれども、やはりもう本当に抜本的なきちっとしたルールがないという。昔の赤ひげ先生をそのまま今も踏襲させるというのは、昔の医療と今の医療の進歩とは懸け離れていますので、やはりそのベースが違うので、昔の働き方をそのまま医師の働き方で持ってくるのは。あと、応招義務ですよね、そういうのの廃止のことについても、今、医師の働き方検討会でも行われているかと思います。そういう本当に現場の労働者、医療者に有効なものは早急に導入していただきたいというふうに思っています。
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熊野正士#18
○熊野正士君 ありがとうございます。
 確かに、責任感が強ければ強いほどどうしても働いてしまうという側面がございますし、患者さんのためにというところで一生懸命に働き過ぎてしまうと。そういった意味でいうと、本当に本人は働きたいんだけれども、働かなければならないと思っているところをどうやって抑制していくか、健康確保措置をしていくかというところが非常に大事になってくるんだろうというふうに思います。
 そこで、お二人の公述人にお聞きしますけれども、この健康確保措置について、そこのところで、例えば労働時間が超過しているから休みなさいというふうなことであったり、あるいはしっかりと健康診断を受けなさいというふうなことであると思いますけれども、山田公述人の方からもこの健康確保措置について課題もあるんだというふうなこともございましたので、この健康確保措置について御意見をお二人から伺えればと思います。
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山田久#19
○公述人(山田久君) これも先ほどの陳述の中にも申し上げたんですけれども、大原則として裁量性がないと駄目ということなんですけれども、その裁量性で問題になってくるのは、その仕事量が結構コントロールできていないケースが実際はそこそこある、そこのやはりコントロールをどうするかということなんだと思います。
 元々そこが本当に自分なりに決めれるような人であれば、ほとんど健康管理措置というのは本当に必要最低限、必要最小限でいいということだと思うんですけれども、実際には徐々に、トレードオフというか、非常にグレーなところが実際存在するわけで、そこに関しましては、やはりその実態を見ながら徐々に、その量がコントロールできないのであれば、いわゆるインターバル規制であったり全体の上限の規制ということをやはり考えていかなければならない。
 ここのやはり実態が、やっぱりそこを、本来はやはり一番よく分かっているのはその現場の人たちですので、理想でいうと、やっぱり労使委員会とかをしっかりつくって、ただ、ここの部分が場合によっては余りワークしていないケースもありますので、ここは私も今の段階で完全にどういうふうにしていけばいいのかといういいアイデアというのはないんですけれども、非常に良心的にやるところはほとんど問題ないんですけれども、そうでないときにどうしていくのか。まあ一定の、基本的にはそれを、協定したものを労基署なんかに出すわけですけれども、そこのチェックみたいなところでやっていくのか、抜き打ちのような検査でやっていくのか、短期的にはそういう話だと思います。
 でも、中長期的には、最後にちょっと私が申し上げたんですけれども、やはり改めて従業員代表制のようなものをしっかりつくっていって、しっかり労使対等の、日本での集団的労使の関係をきっちり制度的に担保していくというようなこともやっぱり考えていくということが必要になってくるんじゃないかなと思います。
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中原のり子#20
○公述人(中原のり子君) 夫の場合は、やはり仕事量に関して、当直のときには寝れる日もあれば眠れない日もあるというような、いつ何が起こるか分からないという常に緊急態勢の下でのその仕事の長時間労働ということですね。要するに、時間管理ができていないということが一番の問題なのではないかと思います。
 私の夫の場合もやはりタイムカードがなかったので労働時間の実態が把握をすることができませんでした。裁判所の方で私の夫の時間外労働は八十三時間という時間を出されたんですけれども、それは当直を除いての八十三時間で、どこからどのように算定していただいたのかもちょっと分からない状況で、ですから、その時間管理ということは最も大前提なのではないかと思います。
 特に、夫のようにやっぱり忙しい、そして病院に働いているのに、忙し過ぎて、誕生月には健診を受けるという病院の内規があるにもかかわらず、忙し過ぎて病院にいながら健診もできない。それから、産業医制度についても、やはり今の産業医制度においては、ちょっとそれを健康確保措置に、いきなり産業医に任せるというのは非常に不安を覚えます。眼科医の方とか皮膚科医の方でも、現場が余りにも忙しいので、産業医の講習を受けて産業医になろうという方もいらっしゃるのが現実です。私の夫も実は産業医していましたので。会社の顧問の産業医していました。
 ですから、そういったところで、本当にその産業医というのが循環器内科がふさわしいのか精神科医がふさわしいのかということを、もっときちっとした形がないと、今の状況ではとても不明確なまま、ただ健康確保措置、医者に見せるというのは、医者だってもうへろへろなのに、そんな、そこに任せるというのはかえってまた医者を追い込むことになるのではないかと思って、私は非常に危惧しています。
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熊野正士#21
○熊野正士君 ありがとうございました。
 続いて、裁量労働制ということに関して伺いたいと思います。
 山田公述人の方からは、裁量労働制あるいはまた高度プロフェッショナル制度というのは、これ、制度そのものはある意味必要だと、その運用をどうやっていくかということが非常に大事なんだというふうな御意見を伺いました。
 その上で、裁量性の低い労働者の方にこの裁量労働制を適用するのはもう論外だと、問題があるということで、先ほど非常に分かりやすく、仕事手順の裁量性ということと、それから仕事量の裁量性ということでお話伺いまして、手順の裁量性はあっても仕事量での裁量性がない場合が問題なんだと。例えば、上司から言われて仕事量が決まっているとか、あるいは顧客の方からの仕事量で、どうしてもそれやらないといけないみたいなときに、どういうふうなことでやっていけばいいんだというふうなお話を伺ったんですけれども、その辺のところをもう少し詳しくお話を伺えればなと思うので、よろしくお願いいたします。
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山田久#22
○公述人(山田久君) もう先ほど先生がおっしゃった枠組みですね、その量に関しましては、大きく原因としては、上司の方が結果としてどんどん仕事を与えていくと、手順は決まっていても量がコントロールできないと、これはもう本当に過重労働になってしまう。それから、上司はそれをやらなくても、お客さんのやっぱりニーズからどうしてもそういうものが増えてくると、これは対応せざるを得ないということですね。ここに関しては、そういうケースであればやはり単純に放置はできないわけですね。
 前者の上司の方は比較的これは分かりやすいというか、まだそこはその会社の仕組みですから、上司の方が、もう一度上司の再教育をしていくとか、そういうことをやっていくということなんですけれども、顧客に関しては、顧客ですので、これは実は上司がその間に関与してコントロールするとかというふうなことが逆に重要になってくるという。だから、ケース・バイ・ケースで、やはりどういうケースではその量が増えやすいのか、そのときの対応みたいなことをやはり整理をしていって、何らかのやはり行政としてもそういう指針なり、ものを作っていくということがやっぱり大事なんだと思います。
 それと、大前提として、今回実はこの改正案、取下げになりましたけど、そこに入っていて一つやはり評価されるのは、これまでは裁量労働制は労働時間の全体の記録を必ずしも取らなくてもよかったんですけれども、客観的に取れというのが入っていますので、これをやることによって、これは第一歩なんだと思うんですね。それを把握することによって、実態としてどれぐらい長くなっているのか、であればどう対応していくという、非常に大きな枠組みでいいますと、そういうふうな考え方でアプローチしていくべきじゃないかなというふうに考えております。
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熊野正士#23
○熊野正士君 ありがとうございました。
 本日のお二人の御意見を参考にして、これからも議論してまいりたいと思います。大変にありがとうございました。
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片山大介#24
○片山大介君 日本維新の会の片山大介と申します。
 今日は、山田さん、中原さん、大変貴重な意見をお聞かせいただきまして、本当にありがとうございました。
 それで、私は、日本維新の会は多様な働き方を認めていこうという考えではあるんです。ですけれども、私、議員になる前は記者をしておりまして、記者というのももう時間管理が全くない中で働いてきました。だから、その厳しさというものは大変よく分かっていますし、記者時代に医師の勤務の過酷さ、私の場合は産婦人科医の取材だったんですが、それも取材して本当によく分かっているので、中原さんの言われることが本当に身にしみて分かりました。本当にありがとうございました。
 それで、まず高プロについてお伺いをしたいんですが、高プロについてお二人の意見、それから文献も読ませていただきましたが、意見は分かれていると思います。
 それで、山田先生は、高プロの導入に当たっては、裁量労働制と同じく、まず適当な労働者にきちんと適用されるのかどうかというのと、あとは健康管理、これが大切だというふうに言っていて、高プロについては健康管理のための労働時間の把握をするので無制限に働かせることはないというふうに一応言っています、厚労省としては。だけれども、その労働時間の把握の仕方について、会社の外で仕事をすることもあるので、そこは自己申告に任せるというふうになっています。
 私、この自己申告というのはすごく厄介だと思っていて、私もかつて記者時代に自己申告で勤務時間把握したことがあるんですが、なかなか自己申告になると正直に言わなくなってしまう。そして、今あるサービス残業の問題も、労務管理が自己申告になっているケースから生まれることというのはよくある、そう思っています。
 それで、中原さんの対談記事も読ませていただきましたが、そこではやはり、病院は医師の勤務時間の把握に消極的だったとか、あと、現在でも医師による自己申告による病院もあるというふうに書かれています。
 そこで、まず最初にお伺いしたいのが、その自己申告による労働時間の把握、これは本当にできるのかどうか、これについてお二人の意見をお伺いしたいと思います。
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中原のり子#25
○公述人(中原のり子君) やはりタイムカードがないと、全く、時間の申告というのが、こちら側が主張するものは認めてもらうことができませんでした。特に、裁量労働ということで、私たち家族会の仲間でも裁量労働で何人かお亡くなりになっているんですが、皆さんやっぱりその時間管理が、会社が時間管理していないので、こちら側が、原告というか遺族の方が主張する時間をなかなか労基署とか裁判官の方たちが認めてくださらないというのが実情です。これはもう本当に、やはり会社が時間管理をするということ、きちっとその前提がないと非常に危うい制度なのではないかと思います。
 今日、私の後ろに随行でいらっしゃる、NHKの佐戸未和さん、過労死した佐戸未和さんのお母様もいらしていますけれども、やはり事業外みなし労働ということで、こちら側から主張する時間と認定された時間とはやはり乖離があるということで、そのやっぱり時間把握のところが一番大切なんじゃないかと思います。
 やはり労基法の中で、もう時間外労働は四十五時間過ぎたら健康に被害が少しずつ出てくるというそういう医学的所見もあるわけですから、やはりその四十五時間を私は守るべきだと思います。もう八十時間過ぎたらこれは過労死ラインだねということで、私の夫も八十三時間で労災認定をすることができました。百時間はもう本当にもってのほかで、もう大分亡くなってしまっている方もおられる。脳・心臓疾患では労災認定の半数以上が百時間以内で亡くなっているという実態から考えて、やはりその時間管理はきちっとしていただかないとこれはいけないのではないかということを強く思います。
 以上です。
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山田久#26
○公述人(山田久君) 本来、この適用のところですね、元々やっぱりまさにこの趣旨というのは、労働時間と成果というのが乖離する人たち、労働時間を投入すればするほどアウトプットが増えるところにはこれは適用しては駄目な制度ですので、本来はそれは入口のところでしっかり考えていく、規制していくという話なんですけれども、ただ、実際のところはグレーなところがあるというのは、もう先ほど来から申し上げているところかと思います。
 そのときに、やはり欧米というのは、もちろん過労死の問題、過重労働の問題、ないわけじゃないんですが、相対的にこの問題が日本ほど言われない背景にはやっぱり二つあると思うんですけれども、一つは、日本はやっぱりいわゆる仕事の内容が曖昧で、就社型の働き方ということで、それをやはりもう少し仕事の範囲を明確に、責任を明確にしていく。全体としてのそういう働き方に、まあ欧米はそうなっているわけで、変えることによって、おのずと一定程度の抑制が利く部分が出てくる。
 それともう一つは、働く人たちの意識の問題というのもあると思います。何かやはりめり張りを付けていって、やっぱりこれだけは休まないと駄目だ、それが結果として、日本の社会、これは本人というか社会の感覚としてそうなってきたからということだと思うんですけれども、そういうふうなところの部分も欧米とは違う。だから、そういう部分も含めて、やはり全体としてめり張りを付けて働いていく、長く働くということは良くないんだという考え方自体を社会にやっぱり浸透させていくということも大事なんじゃないかなと思います。
 ただ、いきなりそれができませんので、これまで申し上げてきたような、全体としての、場合によってはやっぱり上限規制を入れていったりインターバル規制を入れていくというふうな、いわゆる裁量労働制であってもケースによってはそういうことも考えていっていかなければならないというふうな、そういう話なのではないかなというふうに考えております。
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片山大介#27
○片山大介君 それで、山田先生の文書を見ると、業務時間と生活時間を柔軟に配分できる仕組みが必要というふうにあるんですが、裁量労働制とか高プロとかになると、会社じゃなくて家で仕事を持ち込むことも出てきますから、そうすると私は生活の中に仕事が入り込んでくることになるんじゃないかなと思っているんです。
 例えば、家で食事をしながら仕事をしたりだとか、それから休みの時間に仕事のことを考えたりだとか、要はめり張りの問題が出てくるんじゃないかなと思っていて、そうした中で、今言ったように、きちんと分けて、労働時間は労働時間としてやれて、そしてその時間まで把握までできるのかということに対しては、これはどういうふうにお考えか、お二人の意見をお伺いしたいと思います。
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中原のり子#28
○公述人(中原のり子君) やはり私たちの被災した仲間の中には、上司からの、昔でしたら仕事のやり取りは書簡とか切手貼って郵便物で受け取ったり、あるいは会社でいろいろ書類の受渡しでできたかと思うんですが、今は会社の中で上司から部下にLINEで連絡が来るというような状況で、LINEで連絡が来たときに五分以内にLINEを返さない、返事を返さないと翌日お叱りを受けるというような、その情報システムの、もう昔とはちょっと違う本当にスピーディーな、今すぐ回答を求めるというような、そういうような働き方を強いられているというのが実情だと思います。
 今、パソコンなどでも、もうどこでもビジネスという、ハード、ソフトみたいな、そういうのもあるみたいで、もう家でもどこでも外回っていても、パソコンを開ければすぐ仕事ができるよねというような、そういうものも出回っているようですし、実際に多くのビジネスマンがそういった形で、もう既にいつでも二十四時間臨戦態勢という形で仕事をしているのが実情ではないかというふうに思います。
 以上です。
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山田久#29
○公述人(山田久君) なかなかこれ、仕事の内容として、ホワイトカラーの非常に特定のいわゆるプロ的な仕事というのは、例えば研究職のようなところというのはそれに近いと思うんですけれども、いわゆる自己啓発的な部分と労働のアウトプットというのが混然と一体となっているケースがありますので、そういうところを明確に分けるというのは難しいというのも事実なんだと思います。
 ただ、それを、一種の、仕事がアディクションというか、仕事中毒になってしまうと、いつの間にか健康被害になってしまう、あるいは本当に責任感からそうなってしまうというケースが出てきますので、やはり一定の休むということに関しての、例えば長期の休暇を取るとか、これはケースによるんですけれども、業務によってこれが入るケースと入らないケースがあると思うんですが、やっぱりインターバル規制みたいなものを入れていくことによって対処していくということが、これなかなか、仕事とかというのは非常に多様になっていますので、そこの部分が一般論としてはなかなか難しい。
 それが先ほどの話にも戻ってくるんですけれども、幾つかのパターンを例示しながら、最終的にはやっぱりその場の労使であったりということで決めていくしかないんですけれども、そういう形で、実質的に一定のやはり時間、仕事から完全に解放されるということを人間はやっぱりやっていかないと健康管理ができませんので、そういうことを社会として全体として共有する中で工夫しながら考えていくということをやっていく、それが必要なんじゃないかなというふうに考えています。
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