安藤正純 に関する国会発言

← 検索ページへ

309件  /  16ページ  /  1 ページ目

2016-05-24 赤澤亮正 環境委員会 衆議院

○赤澤委員長 これより会議を開きます。  環境の基本施策に関する件について調査を進めます。  この際、去る十八日に行いました福島県及び茨城県における放射性物質汚染対策等に関する実情調査につきまして、参加委員を代表して、その概要を私から御報告申し上げます。  最初に、福島県の富岡町にある管理型処分場、フクシマエコテッククリーンセンターにおいて、関係者から説明を受けつつ視察いたしました。  同処分場を活用した特定廃棄物の埋立処分事業

1961-02-23 杠文吉 決算委員会 衆議院

○杠政府委員 それは会長は重光葵さん、副会長は高碕達之助さん、委員は一萬田尚登さん、同じく委員は安藤正純さん、同じく委員として石橋湛山さん、同じく委員として石川一郎さん、同じく委員として茅誠司さん、現在東大の総長をしておられます。同じく委員として藤岡由夫博士ということに相なっております。

1960-04-07 杉山元治郎 本会議 衆議院

○杉山元治郎君 私は、諸君の御同意を得て、議員一同を代表し、故衆議院議員従二位勲一等林讓治君に対し、つつしんで哀悼の言葉を申し述べたいと存じます。(拍手)  私どもは、かねて林君が御病気と承り、御全快の一日も早からんことを心からお祈りしていたのであります。しかるに、去る五日、にわかに君の計報に接し、この上もない悲しみに打たれたのであります。  林君は、明治二十二年三月、高知県宿毛市の名家に生まれました。父君の林有造先生は、わが国自由

1957-05-13 受田新吉 内閣委員会 衆議院

○受田委員 文部参事官斎藤さんがおいでになっておられるのですが、あなたは前に安藤正純文部大臣のもとに仕えられたことがございますね。安藤さんはなかなか気骨のある文部大臣であったと私は思うのですが、安藤さんが、紀元節の復活ということには触れられないで、こういうことを言われたことがあるわけです。小学校の社会科を改める大綱の中に、いろいろな要素を掲げたのでありますが、その中で、憲法における天皇の地位を十分明らかにするようにすべきだ、そして国民の

1957-04-25 北昤吉 内閣委員会 衆議院

○北委員 それならわかりますが、浅井君は私もよく知っております。慶応大学の憲法の先生で、国体明徴問題のときに辞職した人です。鳩山さんが自由党を組織したときに、安藤正純君が初代の政務調査会長で、今度日本で憲法を作らなければならぬというので浅井君を憲法調査会長にした。私はその下に会員になっておりました。安藤君がその後追放になりまして、マッカーサー憲法の試案が出てから私がかわりましたが、浅井君はりっぱな人で、英国憲法についてはことに造詣が深く

1957-02-21 鈴木隆夫 議院運営委員会 衆議院

○鈴木事務総長 一応読んでみます。  衆議院ハ多年憲政ノ為ニ尽瘁シ特ニ院議ヲ以テ其ノ功労ヲ表彰セラレ屡屡国務大臣ノ重任ニアタリタル議員    位勲  等大麻唯男君ノ長逝ヲ  哀悼シ恭シク弔詞ヲ呈スこのあいておるところは、今申請中でございますので、きまった位階勲等をここに書き込みます。これは安藤正純さんのときと同文でございます。

1956-04-03 高津正道 文教委員会 衆議院

○高津委員 法令の規定に違反しておる場合は違法という言葉で尽きるわけです。しかしそのほかに著しく適正を欠いておる場合、またこの法案の文句を使えば教育本来の目的達成を阻害しているものがあると認める場合、これを認めるのは文部大臣ではないですか。また都道府県の委員会じゃないですか。それを認めるのは政党の、あなたのような頭を持った人間がそれを判定するのですよ。そこに危険があるとわれわれは言うのですよ。それだから文部大臣の措置要求権というものはお

1956-02-24 園田直 議院運営委員会 衆議院

○園田委員長代理 次に、昭和二十九や度及び三十年度の衆議院予備金支出の件についてお諮りいたします。国会予備金に関する法律第三条によりまして、国会の予備金に関しては、運営委員長が次の常会の初めに報告することとあります。この予備金支出の内訳は、二十九年度今村忠助君、河原田稼吉君、三十年度小畑虎之助君、細野三千雄君、安藤正純君、杉村沖治郎君、このほかに、理事会では落しましたが、三十年度に、外国旅費として、インドネシア国のバンドンで行われたアジ

1955-12-01 椎熊三郎 議院運営委員会 衆議院

○椎熊委員長 次に弔慰金支出の件であります。すなわち、安藤正純君及び杉村沖治郎君の逝去に伴う遺族に支給する弔慰金は、従来の横例によりまして、お手元に配付の使用承認要求書通り、国会予備金から支出することを承認するに御異議ありませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

1955-11-22 鈴木隆夫 議院運営委員会 衆議院

○鈴木事務総長 先ごろ御逝去されました故安藤正純氏に対しましては、社会党の原彪君がおやりになります。また、故杉村沖治郎君に対しましては、自由民主党の阿左美廣治さんがおやりになります。

1955-11-22 原彪 本会議 衆議院

○原彪君 衆議院議員正三位勲一等安藤正純君は、去る十月十四日病をもって死去いたされました。ここに深く君の死をいたみ、諸君を代表して追悼の辞を申し述べたいと存じます。(拍手)  君は、明治九年、東京浅草の松葉町に生まれ、浅草に育たれました。長じて東洋大学を卒業し、さらに早稲田大学を卒業、また外国語学校にも学ばれたのであります。  明治三十二年、明教新誌という宗教新聞の主筆となられたのを記者生活の第一歩といたしまして、後、日本新聞に入り

1955-11-22 益谷秀次 本会議 衆議院

○議長(益谷秀次君) 御報告いたすことがあります。議員安藤正純君は去る十月十四日逝去せられました。また、議員杉村沖治郎君は去る十月十七日逝去せられました。まことに哀悼痛惜の至りにたえません。両君に対する弔詞は、議長において、先例によりそれぞれ贈呈いたしました。  この際、弔意を表するため、原彪君及び阿左美廣治君よりそれぞれ発言を求められております。順次これを許します。原彪君。     〔原彪君登壇〕

1955-11-18 椎熊三郎 議院運営委員協議会 衆議院

○座長(椎熊三郎君) 同僚、東京都第一区安藤正純先生が十月十四日に逝去されました。また埼玉県第三区の杉村沖治郎先生が十月十七日に逝去されました。まことに哀悼のきわみでございます。同僚お二人がなくなられましたので、なるべく早い機会に国会において丁重なる弔意の演説をしていただきたい、こう考えますので、御同意を得れば、召集日一切の事務的手続が終りました後、具体的に申し上げますと、総理大臣の指名選挙が終りました後、追悼演説をやりたいと思いますが

1955-10-14 佐藤觀次郎 文教委員協議会 衆議院

○座長(佐藤觀次郎君) これより文教委員協議会を開会いたします。  文教委員の安藤正純君がけさなくなられましたので、つつしんで委員一同黙祷を捧げたいと思います。起立をお願いいたします。黙祷。     〔総員起立、黙祷〕

1955-07-19 神近市子 法務委員会 衆議院

○神近委員 私はそういうことが皆さんを刺戟しようとは夢にも思わなかったので、事実のところを申し上げたのでございます。それでこの問題でございますけれども、どうも想像の上の人権は守らなければならないということが、さっき逐次考えられたのですけれども、今赤線の中、青線の中、その周辺に五十万という女の人が人権をじゅうりんされて、行動の自由がなく、苛酷な搾取を受けております。そうして婦人少年局の白書によれば、その九割が更生を望んでおります。私がこの

1955-06-29 高津正道 行政監察特別委員会 衆議院

○高津委員 それでは、またお伺いしますが、あなたのところの専務の山根健男という方はかつての貴族院議員であったわけです。その人は時の文部大臣の安藤正純氏の選挙運動のときに参謀で活動されたということは、衆目の見るところ十指の指さすところ、だれ知らぬ者はないと私は考えておりますが、そういう事実はありましたかどうか。

1955-06-24 山中貞則 行政監察特別委員会 衆議院

○山中委員 先ほど委員長からの質問にもありました現在中教審の委員をしております学校図書株式会社の重役折藤君、この中教審の委員の任命につきましては大体文部大臣が任命するこになっておりますが、私どもの知り得ました範囲におきましては、あなたも仕えられたことのある安藤正純文部大臣がこの学校図書株式会社と非常にごじっこんの間柄にあられるそうでありまして、従って、私どもは、この中教審の委員に学校図書株式会社の重役である近藤寿治君が任命された時期はあ

1955-05-30 松野頼三 補助金等の整理等に関する特別委員会 衆議院

○松野委員 発言中は各委員静粛にお願いします。——私がなぜそう言うかというと、ちょうどその公約はここに出ているのです。補助金の中に義務教育教科書無償配布をお削りになっていらっしゃる。これは確かに民主党の前文部大臣安藤正純さんの公約だったのです。その公約はここではっきり削ることになっている。金額は別ですが、削るようになっている。こういうふうに公約は選挙中の公約ともうすでに違ってきている。ある公約は守り、ある公約は等閑に付して補助金打ち切り

1955-03-18 安藤正純 本会議 衆議院

安藤正純君 先例に従いまして、議員一同を代表して、議長並びに副議長に一言祝辞を申したいと存じます。  ただいま、益谷秀次君が議長に、杉山元治郎君が副議長に当選されました。われわれは両君の御栄任を祝福いたします。  益谷君はぼうばくたる風貌のうちに要領を得る一種の風格を有せられ、杉山君は温厚篤実の君子人であります。(拍手)両君が相並んで正副議長に選ばれたことはまことによい組み合せであるとともに、両君の長きにわたる政治生活の経験は複雑

1955-03-18 益谷秀次 本会議 衆議院

○議長(益谷秀次君) この際安藤正純君から発言を求められております。これを許します。安藤正純君。     〔安藤正純君登壇〕