愛知揆一 に関する国会発言

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2025-12-16 榛葉賀津也 外交防衛委員会 参議院

○榛葉賀津也君 幾ら防衛省でも余り防衛防衛答弁することない、この後、私の聞くことなくなっちゃうから。  この昭和四十年四月十四日の衆議院科学技術振興対策特別委員会、愛知揆一科学技術庁長官、これ、愛知治郎さんのおじいさんですね。このとき横に座っているのが防衛庁長官、何と小泉純也防衛庁長官が、大臣のおじい様も横に座っていらっしゃって、この政府統一見解がなされました。  今、萬浪さんおっしゃったように、推進力としての原子力利用が一般化して

2023-04-12 吉川元偉 外交・安全保障に関する調査会 参議院

○参考人(吉川元偉君) ありがとうございます。  私、今日はここにお招きいただいて、楽しみにしてまいりました。お二人から非常にいいお話が聞けて、特に明石さん、この本、これは四版で、初版が出ているのは一九六五年ですよ。是非、お読みになってない方は、岩波新書「国際連合」。  私、今日は、ロシアのウクライナ侵攻という問題の国連との関係というか、国際社会との関係での本質は何か、日本は何をするべきか、それから安保理事会の改革、この三つお話しし

2007-01-29 愛知和男 本会議 衆議院

○愛知和男君 ただいま、院議をもちまして在職二十五年の永年表彰を賜りました。この上ない光栄であり、感激ひとしおでございます。  このたび表彰をいただくことになったのも、長年にわたって支援をしてくれた家族を初め後援会の皆さん、選挙区の皆さん、そして先輩同僚議員の皆様方のおかげでございます。改めて大勢の皆様に厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました。(拍手)  思えば、私の政治家としての人生には多くの波乱がございました。  私ど

2006-10-12 愛知治郎 予算委員会 参議院

○愛知治郎君 自由民主党の愛知治郎でございます。  私自身、この委員会の場で総理に質問させていただくのは初めての経験でございます。大変光栄に存じますとともに、この機会をいただきました諸先輩方に感謝を申し上げる次第であります。  また、総理、後ればせながら、総理就任、誠におめでとうございます。初の戦後生まれの総理として大変御期待を申し上げておりますとともに、また若くしてこの重責を担われることに心からの敬意を表する次第であります。  

2004-03-08 山下栄一 決算委員会 参議院

○山下栄一君 国会で審議してないんですわ、毎年はね。基準額を変えるときだけ審議するんですよ。  いずれにしても、法律そのものがおかしいのではないかというのが私の問題提起ですので。法律にのっとってやっておられるんです。法律にのっとってやっておられるけれども、それが極めて不透明であるということを申し上げておるわけで、在外勤務の手当の支給が極めて不透明であると。毎年それを調査したのなら調査した内容を国会に報告してということをやるべきだという

2002-07-16 舘澤貢次 経済産業委員会 参議院

○参考人(舘澤貢次君) 舘澤です。  私、取材記者の立場から石油開発行政、石油公団を見てまいりまして、その取材記者の目からこの流れについてお話しさせていただきたいと思います。  基本的には、私、現状の石油開発自体、行政並びに公団の動きを見まして、一九七一年の昭和四十六年、これは政府の方が派遣しました海外エネルギー事業調査団という巨大な、六百八十ページにわたる報告書がございます。団長が有沢広巳様で、当時の原子力委員会の委員の方が団長を

2001-05-31 田英夫 外交防衛委員会 参議院

○田英夫君 外務大臣、どうぞあれしていいんですが、一言だけ、これは答弁要りませんけれども。  戦争のことをずっと議論されてきましたけれども、外交というものは一体どういうものなのかというのを一度時間をぜひとっていただいて議論をさせていただきたいんですが、私は究極の外交というのは戦争を回避することだと思っています。これは宿題にして、どうぞお忙しい中ですから席を立っていただいて結構です。  そういう意味で、私はこの前も言いましたけれども、

2001-05-29 田英夫 外交防衛委員会 参議院

○田英夫君 若いお二人の大臣が誕生したことは大変うれしいことでありますが、同時に複雑な心境でもあります。田中外務大臣は、この委員会の前身である外務委員会に私はずっとおりまして、議員になって三十年になりますが、その大部分をこの外交防衛委員会、前身の外務委員会から続けてやっておりますから、この間秘書に数えてもらいましたら、田中さんは私が議論をさせていただいた二十人目の外務大臣。最初が愛知揆一さんでした。この二十人の中には大変印象に残る大臣も

2000-04-20 天川晃 憲法調査会 衆議院

○天川参考人 なかなか難しい問題だと思います。  実は私は、ちょっと個人的なことで恐縮なんですけれども、学生をやりましたのは一九六〇年代の初めだったのですね。それは、先ほど申しました五七年の地方制度調査会の答申が出ました後ですから、道州制の問題というと、それがつぶれた後でもあったので、何か非常に悪いものというのか、当時の言葉で言うと、一種の逆コースの中の一つの動きのものなのかなというふうに思っておったわけなんです。  その後、こうい

1999-01-28 東中光雄 予算委員会 衆議院

○東中委員 ふざけたことを言うな。(発言する者あり)いやいや、いいです。  この統一見解が出る前に、統一見解を愛知揆一さんが求めたその前に、愛知揆一さんはいろいろ論議をしています、極東の範囲について。  そこで言うているのを見ますと、極東の地域というのは、六〇年当時ですよ、自由陣営に属する領域であると、はっきりそう言うています。そして、したがって、共産圏に属する地域は入らない。例えば、中共が支配しておりますシナ大陸、ソ連の領土、北朝

1995-09-27 萱野茂 決算委員会 参議院

○萱野茂君 一九七一年に、当時の外務大臣愛知揆一さんが市川房枝さんの質問に答弁した中で、しばらく時間をおかしいただきたいというような答弁をしているわけであります。これは一九七一年、それから二十二年もたっています。時間とこれの関係というのは、しばらくの時間というのが二十三年だったら、今お答えありましたようにこの次の国会ということの返事でしたが、その辺は二十三年の時間ではありませんでしょうね。その辺ひとつお伺いしておきます。

1993-05-20 村田敬次郎 地方行政委員会 参議院

○国務大臣(村田敬次郎君) 続委員の御質問の心は本当によくわかるんです。参考人の三人の方から、こんな苦しい地方財政の事情のときに国に貸すような金はない、そういう答弁があったのは私はもう当然だと思います。私も恐らく地方団体の職員をしておりましたら必ずそう思うだろうと思います。そういった意味で、続委員が今御質問になったのも、一番大事な大蔵省との勝負だと、だからひとつ自治大臣頑張れよという御激励の言葉だと思うんですね。  私は自治省財政局育

1993-04-16 村田敬次郎 地方行政委員会 衆議院

○村田国務大臣 加藤委員から過去の経緯を踏まえた非常に詳細な御質疑がありまして、余りに場面が緊迫をしておりますので、最後に一言だけ、私、例え話をさせていただきたいと思います。  私は、昭和三十二年のころ自治庁長官の秘書官をしておりました。当時の大臣は青木正さんであります。そして、青木正さんが警職法を担当せられることになって、愛知揆一法務大臣が自治庁長官を兼務されました。私は引き続いてその秘書官をやったのでありますが、当時大蔵大臣は佐藤

1992-02-26 渡辺嘉藏 大蔵委員会 衆議院

○渡辺(嘉)委員 今関税局長がおっしゃったけれども、それは今まで何回も聞いた教科書的な答弁であって、そんなことで、中小企業が三%これにかかったからといって絶対に困りません。これは僕が実際にやっておるのだからよく知っておる。むしろ困るのは大企業なんですよ。だっぷんと出しておる方なんですよ、自動車を初めとして。だから私は、三%の消費税分を輸出税として取ることによって一兆三千億あるんだ、だから、一兆二千億から一兆三千億あるんだから、これによっ

1985-02-08 岡田春夫 予算委員会 衆議院

○岡田(春)委員 それでは、岸総理の答えた答弁は間違っているのですか。安倍外務大臣、条約局長じゃだめです。外務大臣、少しお答えください。私、そこを読んでみてもいいのです。どうも困ったね、こんなことでは。  愛知揆一氏の質問、六〇年の二月二十六日、これに対する岸総理の答弁、共産圏で実力をもって平和と安全を維持している地域は、我々の共通の関心を持っている地域には入らないので、これは極東の中に入らないと言っている。そこで、これに対して愛知揆

1984-07-27 國場幸昌 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 衆議院

○國場委員 もっと詰めたいわけではございますが、時間の都合がありますので、次に沖縄電力についてお尋ねいたします。  御案内のとおり、沖縄電力というのは、かつてアメリカ統治の時代において、ガリオア資金でこの資本金は構成されております。ガリオア資金というのは、統治権においての統治義務として、アメリカからの無償提供による民生安定のためのいわゆる無償援助だと我々は解しておったのであります。ところが、復帰のときの記録を見ましたら大いに参考になる

1981-08-26 森美秀 逓信委員会 衆議院

○森(美)委員 きょう六時間座っておりますと、政府側の答弁、何かもう郵便貯金のお葬式をやっているような気分で答弁しているような気がします。病は気からと申します。私も、みんな気力で生きている人生を、何かおれたちが悪いことをしたんじゃないかという錯覚を起こしているような自信のない答弁、私にとって大変不愉快な思いがしております。昔の人は偉かった。昭和三十八年池田総理大臣は「私は従来から、いわゆる一般の預貯金と郵便貯金の利率の差につきまして、い

1981-03-14 宮澤喜一 予算委員会 参議院

○国務大臣(宮澤喜一君) 繊維交渉のときには、当時外務大臣は愛知揆一さんでありまして、通産大臣は私でございました。二人してワシントンを訪問したこともございます。結局こういう交渉になりますと、先方の考え方こちらの考え方、基本的なラインで話をし合いますのはどうしてもやはり外交の仕事だと思います。しかし、今度はその基本的なラインの上でさあこれを国内でどういうふうに行政へはめていくかということになりますと、これはどうしても行政を持っております大

1980-02-05 大出俊 予算委員会 衆議院

○大出委員 それが単なる言いわけではなくてそこに大変大きなウエートがかかる時期に来た、これだけ指摘をいたしておきます。  次に、浦項の製鉄所にかかわる問題を承りたいのでございますが、第三回日韓閣僚会議がございまして、このときに大平さんはおいでになっておられるわけでございますけれども、どういうお立場でおいでになったわけでございましょうか。かつまた、時の外務大臣は故人になられました愛知揆一さんでありましたし、大蔵大臣は福田赳夫さんで、おい

1979-03-06 山田耻目 大蔵委員会 衆議院

○山田(耻)委員 きょうは本委員会に初めて総理の出席をいただいたわけですが、総理、就任なさって大変おめでとうございます。大蔵委員会の古いなじみでございまして、あなたの人柄などについてはみんなよく熟知をしておりまして、きょうお呼びをして御質問すること、三点ばかりございますが、あなたの人柄を信じまして、みごとな御返事がいただけることを冒頭期待をいたしております。  実は総理この大蔵委員会が夜なべをするのはきょうが初めてでございます。大蔵委