科学技術振興対策特別委員会

1980-04-24 衆議院 全170発言

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会議録情報#0
昭和五十五年四月二十四日(木曜日)
    午後二時四十九分開議
 出席委員
   委員長 瀬野栄次郎君
  理事 小沢 一郎君 理事 小宮山重四郎君
   理事 塚原 俊平君 理事 石野 久男君
   理事 上坂  昇君 理事 貝沼 次郎君
   理事 中林 佳子君
      狩野 明男君    玉沢徳一郎君
      船田  元君    保利 耕輔君
      田畑政一郎君    日野 市朗君
      木内 良明君    瀬崎 博義君
      林  保夫君
 出席国務大臣
        国 務 大 臣
        (科学技術庁長
        官)      長田 裕二君
 出席政府委員
        科学技術庁長官
        官房長     下邨 昭三君
        科学技術庁原子
        力局長     石渡 鷹雄君
        科学技術庁原子
        力安全局長   牧村 信之君
 委員外の出席者
        科学技術庁原子
        力安全局原子炉
        規制課長    早川 正彦君
        運輸省船舶局首
        席船舶検査官  野口  節君
        運輸省船舶技術
        研究所原子力船
        部長      中田 正也君
        参  考  人
        (日本原子力船
        開発事業団理事
        長)      野村 一彦君
        参  考  人
        (日本原子力船
        開発事業団専務
        理事)     倉本 昌昭君
        特別委員会第二
        調査室長    曽根原幸雄君
    —————————————
本日の会議に付した案件
 日本原子力船開発事業団法の一部を改正する法
 律案(内閣提出第二六号)
 日本原子力船開発事業団法及び日本原子力研究
 所法の一部を改正する法律案(石野久男君外四
 名提出、衆法第三七号)
     ————◇—————
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瀬野栄次郎#1
○瀬野委員長 これより会議を開きます。
 内閣提出、日本原子力船開発事業団法の一部を改正する法律案、及び石野久男君外四名提出、日本原子力船開発事業団法及び日本原子力研究所法の一部を改正する法律案の両案を一括して議題といたします。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。瀬崎博義君。
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瀬崎博義#2
○瀬崎委員 まず、佐世保重工の坪内社長と政府及び自民党との間に交わされました合意の問題で伺いたいのでございます。
 先般、坪内社長と自民党の安倍氏及び坪内氏と長田長官がそれぞれ会談を持っていらっしゃいます。この中で、「むつ」が佐世保に入港いたしましてから、事態の進展が一年半有余にわたってなかったわけでありますが、この問題について坪内氏がどういうふうな主張をしたのか、伺いたいのであります。
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長田裕二#3
○長田国務大臣 古いことにつきましては、また担当の局長の方からお答え申し上げますが、私、昨年十一月九日科学技術庁に着任しまして以来、「むつ」の開発の問題は、予定どおり進んでおらない、重要な問題だというふうに考えまして、これの打開の方途などにつきましても、いろいろ関係の向きからの話も聞いたりいたしたわけでございます。
 それに関しましては、佐世保重工の再建を坪内社長が引き受けられました当時、事業経営者としての立場からのいろいろな要望などもあった、あるいはまた「むつ」の遮蔽修理の問題に絡みまして、「むつ」が佐世保重工の岸壁につながれて以来のいろいろな問題につきましての経緯なども聞いたわけでございますけれども、そこらにもかなりの行き違いなどがあったのじゃないか。事業経営者として要望したことが十分満たされていないという気持ち、あるいは岸壁に「むつ」がつながれるに至った経緯等につきましての若干の双方の行き違いと申しますか、理解の仕方などの食い違いもあったように思われます。あるいはその後の坪内社長のとられた方針などにつきまして、主として科学技術庁サイドにおきます見方として伝えられたことなどにつきましての、若干名誉を傷つけられたと思っておられたような面、いろいろなものが錯綜しておるような感じがしたわけでございます。
 そこで去る四月二日、安倍政調会長の仲立ちもあり、その日の会談におきまして、いままでの問題は、大局的見地からもうこの際一切捨てて、この「むつ」の開発に協力をする、そういうような立場であの了解が成り立った、そのように考えている次第でございます。
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瀬崎博義#4
○瀬崎委員 単に行き違いであるとか理解の食い違いと言われても、われわれには十分わからないわけですね。そういう多少の行き違い、食い違いなら、こんな長い間、しかも政治的にも社会的にも大きな問題である「むつ」が、長く放置されるわけはないと思うのです。
 ですから、具体的に言えば、特に大きな行き違いとはどういうことなのか、これをはっきりしていただきたいと思います。
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長田裕二#5
○長田国務大臣 詳細はさらに担当局長から申し上げますが、いま申し上げましたほかに、私、先ほど申し落としましたが、佐世保重工におきます労使間の問題等におきましても、「むつ」の遮蔽改修に取りかかり得ない事情というものが相当の期間続いた、そういうようなことも、不幸な事情の一つの重要な問題であったと思っております。
 なお、従来の経緯などについては、担当の局長あるいは事業団理事長などから申し上げます。
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石渡鷹雄#6
○石渡政府委員 佐世保重工と事業団との係船等の契約につきまして、両者間に意思の疎通を欠くところがあったということは、ただいま大臣からも御説明申し上げたところでございます。
 本件につきましては、昨年夏以来、長崎県知事のごあっせんをお願いしていたところでございますが、昨年十一月十四日に至りまして、知事のお取り計らいで佐世保重工の社長あるいは幹部の方と当庁の事務次官以下の幹部の会談が持たれまして、従来いろいろ行き違いがあったということも認め、また今後、意思の疎通も十分改善していこうという運びになったわけでございます。
 その後、大臣も直接坪内社長と会談されまして、次第に両者のわだかまりといったものも消えてまいりまして、最終的に四月二日に、ようやく今後は十分意思の疎通を図ってやっていこうという雰囲気になってきたというのが従来の経過でございます。その後、精力的に交渉を重ねまして、四月九日には懸案となっておりました係船あるいは入渠契約が成立した、こういう次第でございます。
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瀬崎博義#7
○瀬崎委員 特に私が聞きたいのは、四月九日ですか、合意に達した後のことだと思いますが、記者会見では坪内社長がしきりと、SSK、佐世保重工の再建は引き受けたが、「むつ」の修理は引き受けていない、こういうことを繰り返したそうですね。そんな大きな食い違いが起こったそもそもの原因、出発点はどこにあったのでしょうか。
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長田裕二#8
○長田国務大臣 私が御本人から直接聞きましたところでは、佐世保重工の再建を引き受ける際には「むつ」の話は全然出ていなかった、そして佐世保重工の再建を引き受けた後で突如としてと申しますか、御本人の側からすれば「むつ」の遮蔽修理を引き受けるという問題が出てきた、したがって、最初にまず自分はそのつもりで佐世保重工の社長になったのではなかったというようなこともあったようでございます。
 なお、係船料の金額などにつきましても、両者の認識というか、そういうものについての当初の見方がかなり隔たっておったということも一つの原因だというふうには考えております。
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瀬崎博義#9
○瀬崎委員 佐世保重工について言えば、社会的に見れば、この会社が倒産をしたわけではないわけですね。会社は存続をし、経営者が交代した、こういうふうな範疇に入るものではないかと思うのです。したがって、われわれ常識的に考えれば、その前の社長が対外的に会社を代表して約束しておったことは、当然引き継いだ社長なり経営責任者に引き継がれていなければならない、こう思うのであります。これが常識だと思うのですが、その点の大臣のお考えはいかがですか。
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長田裕二#10
○長田国務大臣 法的に見ますれば、そのとおりだというふうに思っております。
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瀬崎博義#11
○瀬崎委員 五十二年三月十六日の当委員会で、当時の科技庁長官宇野さんは、こう言っているわけなんです。「佐世保に入れるにはSSKしかないわけですから、その点に関しましても佐世保重工みずからも今日ただいま非常に慎重で、そうしてやる以上はりっぱな業績を残したい、こういうふうなお考え方をお持ちであるということを私は仄聞いたしておりますから、その点に関しましては、当然、それだけの自信を持って遮蔽改修並びに修繕に当たっていただけるとわれわれは考えております。」、こう明言をしていらっしゃるわけなんですね。また倉本専務理事も、その後答弁を補足して「佐世保重工におきましては、当然、佐世保市に受け入れられた場合には、自分たちのところでこの工事を受け持たざるを得ないということでいろいろ準備を進めている、」こういう答弁をちゃんとしているわけなんですよ。
 この当然受け持たざるを得ない工事について、後任の社長である坪内氏が引き受けた覚えはない、そういうふうな発言の出てくること自身が、私どもは常識的には全く理解ができないのです。確かに、政府から要請がなかったということは、いま大臣の御発言でどうも事実あったのではないかと思う。だけれども、前任、後任の社長の交代の間で、私は普通の会社なら引き継ぎをしているはずだと思うのですが、この点について、大臣は、この坪内氏のそういう発言態度はおかしいとお思いになりませんか。
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長田裕二#12
○長田国務大臣 当然、引き継ぎがあるべきことだと思いますが、その引き継ぎが内部的に十分なかったとした場合に、どちらの側なのか、前者の方が申し継ぎをしなかったのか、後の方があれだったのか、そこらの事情までは、私どもつまびらかにしておらないところでございます。
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瀬崎博義#13
○瀬崎委員 今日のこういう「むつ」の異常の上にも異常な事態が起こってきたその原因と責任については、大体これで明らかになったと思うのです。大臣もお認めのように、当然法的にも常識的にも前任社長と後任社長は引き継ぎがなければならぬ。引き継ぎをしなかったのは、前任者が悪かったのか、後任者が悪かったのかは別にして、こういう点では、SSKのトップのとった態度は全く無責任だ、この点は明らかになったと思う。
 もう一つは、これほど重大な「むつ」の問題について、坪内社長に、政府からSSK再建問題のときに「むつ」の問題を頼まれていなかったと言わせるような政府側の態度、この責任も私は重大ではないかと思うのです。
 この点について、政府のはっきりした責任のとり方も聞いておきたいと思います。自分たちの責任を自覚しているのかどうか、いかがです。
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長田裕二#14
○長田国務大臣 当時のやりとりその他、明確な事実を私が認識しているわけではありませんが、その後のいろいろな経緯とか、坪内氏と数回会いましての感じとして、そこらの点でも意思の疎通を欠いたというか、こちらは完璧だったというふうにも考えておらないわけでございます。
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瀬崎博義#15
○瀬崎委員 この遮蔽改修については、当然、原子力委員会の安全審査があるわけでありますが、その原子力委員会の最初の安全審査の決定では、造船事業者はSSKとなっていたのではないですか。
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牧村信之#16
○牧村政府委員 遮蔽改修のための安全審査の申請が出てまいりましたときには、先生御指摘のとおり、当初予定としては、SSKが実施するという形で出てまいりましたが、その後、遮蔽改修工事を行う社が変更になりましたので、それぞれ必要な変更措置をとって許可をしたところでございます。
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瀬崎博義#17
○瀬崎委員 いや、私が聞いているのは、最初、造船事業者としては、SSKを対象にして安全審査の申請を出された、それに対する原子力委員会の決定はどうであったかと聞いているのです。そのことだけ答えてください。
 大体いま変更の問題が持ち出されたが、それは五十四年十月二十九日のことなんだから、それ以前は一たん造船事業者はSSKと決められたはずでしょう、だからこそ変更申請が出て変更許可になっているのじゃないですか。
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牧村信之#18
○牧村政府委員 造船所の変更が石川島重工に変更になりましたときの諮問の形は、原子力委員会と安全委員会の両方に諮問するたてまえに今度なったわけでございますが、原子力委員会への諮問は、安全審査が安全委員会で行われております間、しばらくおくらして手続をとりました関係で、原子力委員会に出ましたときには、すでに補整をした上で原子力委員会の方に諮問しております。
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瀬崎博義#19
○瀬崎委員 だから、その補整の前は造船事業者はどうなっておったのかということなんです。単純に答えてください。
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牧村信之#20
○牧村政府委員 補整の前は造船事業者は佐世保重工でございます。
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瀬崎博義#21
○瀬崎委員 五十二年の三月十六日の科学技術の委員会で、この問題もすでに議論はしてあるのです。
 これは私の質問ですが、「原子力委員会のいろいろな審査にいまからわれわれが予見を持とうとか、あらかじめ感触を聞かしてくれというのではないけれども、しかし、佐世保重工で大丈夫工事はやれるような状態が将来生まれるという確信なしに船を入れたかて、ここでまた下手をすると、安全審査等の段階でぶつかって佐世保重工以外のところを探さなくちゃいけない、こんなことになったら、大変なことになるでしょう。」、こう一種の警告を申し上げておったわけであります。
 原子力委員会の最初の安全審査で、なぜこのSSKの能力について、安全委員会についても一緒なんですが、われわれの指摘を尊重した的確な判断ができなかったのか、なぜ最初SSKで申請が出たときに、SSKでは問題が起こるかもしれない、一遍これを返すなり再検討を求めるなりしなかったのか、この点を伺っておきたいのです。
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牧村信之#22
○牧村政府委員 私どもの方の立場は、設置者が申請を出してくるのを受理して審査をする立場をとっておるわけでございます。そういう観点から、われわれとしては、それを指導する立場にはない、安全上の問題等で審査を厳正に行う立場であると了解しております。したがって、安全局としては、そういう指導はいたしておりません。
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瀬崎博義#23
○瀬崎委員 結局、安全審査というものは、設置者の出してきたものをうのみにするだけだ、そういうことなんですね。
 それでは、問題はその設置者にあるということですが、その点も過去の国会の議論には出ているわけです。その同じときの委員会でありますが、事業団に対しても政府に対しても、私自身質問したのです。「佐世保重工で一番問題になってくるのは、最後の性能保証を含めてその能力があるかどうかという点だ」、こうお尋ねをしているわけでありますが、これに対して宇野長官は「当然そうしたことは大丈夫だという見通しのもとに今日すべてを進めております。」、こういうここに明言されておるのです。不幸な私どもの指摘が的中したことを決して喜ぶものではありません。しかし、ここまで国会で大臣が答弁しておりながら、その答弁に全く相反する結果になった、この政府の判断の誤り、そしてそれに伴う政府の責任の自覚、これがあるかないかを大臣に伺っておきたいと思います。
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長田裕二#24
○長田国務大臣 いずれにしましても、結果が時間的にこのようにおくれを来したとか、その間のいろいろな事情があったにしろ、個々の事情については、それぞれ理由もあるというふうには考えておりますけれども、いずれにしましても、このような結果になっていることについては、私は、政府側の責任者としてその責任は感じているところでございます。
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瀬崎博義#25
○瀬崎委員 現在の佐世保重工には、原子力船の研究開発に取り組む意思や体制はとられているのでしょうか。一番よく御存じなのは事業団でしょうか。
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野村一彦#26
○野村参考人 お答えいたします。
 先ほど大臣が申されましたように、四月二日に基本的な合意がトップレベルで行われまして、そのときに主契約者にはならないけれども、佐世保重工において「むつ」の修理を石川島播磨等に協力をしてやるということでございまして、その後、事務も順調に現場あるいは本社本部間において進められておりますので、十分意欲的に取り組む考えであると私どもは考えております。
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瀬崎博義#27
○瀬崎委員 私は、何も「むつ」の修理の体制があるかと聞いているのではないのです。将来、原子力船の研究や開発に積極的に佐世保重工が取り組む意思を持っているのか、その体制を拡充しようとする状態にいまあるのか、ここを聞いているのです。
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野村一彦#28
○野村参考人 将来、原子力船に佐世保重工が取り組む意思が現在あるかという御質問でございますが、これは一般的に申し上げれば、非常に大きな課題でございますので、造船事業界全体で考えられて、佐世保重工もいわゆる準大手という立場にありますので、いろいろと考えられてはおると思いますけれども、一般的に、いままでのその面におきまする先達がやはり石川島播磨であり、三菱でございますので、そういう点から、佐世保重工が特に原子力船の今後の開発に他にぬきんでて熱意があるといいますか、そういうふうには私どもは必ずしも思いませんけれども、現時点におきましては、「むつ」に協力をしてやっていくという気持ちであると思っております。
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瀬崎博義#29
○瀬崎委員 当時の議事録を振り返ってみられるとよくわかりますが、当時は事業団側も、佐世保重工がこの「むつ」の修理を引き受けるのをきっかけに、いろいろと原子力船の問題を勉強して、将来、そういう方面に貢献したい意思もあるというふうな答弁を繰り返していらっしゃるんですね。こういう点で言えば、事業団が佐世保重工にそういう見方をしておることは、今日見方を改めざるを得ない、こういうことなんですか。これは倉本さんが主に当時答弁していますね。
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