決算委員会
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会
会議録情報#0
昭和五十七年五月十三日(木曜日)
午前九時四十一分開議
出席委員
委員長 永田 亮一君
理事 近藤 元次君 理事 東家 嘉幸君
理事 中川 秀直君 理事 中村 弘海君
理事 井上 一成君 理事 新村 勝雄君
理事 春田 重昭君
植竹 繁雄君 桜井 新君
近岡理一郎君 高田 富之君
田中 昭二君 三浦 久君
楢崎弥之助君
出席国務大臣
国 務 大 臣
(総理府総務長
官)
(沖縄開発庁長
官) 田邉 國男君
出席政府委員
内閣官房内閣審
議室長兼内閣総
理大臣官房審議
室長 石川 周君
人事院総裁 藤井 貞夫君
人事院事務総局
管理局長 加藤 圭朗君
人事院事務総局
任用局長 白戸 厚君
人事院事務総局
給与局長 斧 誠之助君
内閣総理大臣官
房会計課長兼内
閣参事官 鴨澤 康夫君
内閣総理大臣官
房広報室長兼内
閣官房内閣広報
室長 小野佐千夫君
総理府人事局次
長 廣瀬 勝君
青少年対策本部
次長 浦山 太郎君
宮内庁次長 山本 悟君
防衛施設庁施設
部長 伊藤 参午君
沖縄開発庁総務
局長 美野輪俊三君
沖縄開発庁振興
局長 藤仲 貞一君
外務大臣官房審
議官 松田 慶文君
運輸省航空局長 松井 和治君
委員外の出席者
防衛庁防衛局運
用第二課長 今西正次郎君
法務省民事局第
五課長 細川 清君
大蔵省主計局司
計課長 加藤 剛一君
運輸大臣官房審
議官 小林 哲一君
運輸省船舶局監
理課長 早川 章君
運輸省航空局首
席安全監察官 和久田康雄君
運輸省航空局管
制保安部長 武田 昭君
会計検査院事務
総局第一局長 佐藤 雅信君
会計検査院事務
総局第三局長 坂上 剛之君
沖縄振興開発金
融公庫理事長 田辺 博通君
決算委員会調査
室長 黒田 能行君
—————————————
本日の会議に付した案件
昭和五十四年度一般会計歳入歳出決算
昭和五十四年度特別会計歳入歳出決算
昭和五十四年度国税収納金整理資金受払計算書
昭和五十四年度政府関係機関決算書
昭和五十四年度国有財産増減及び現在額総計算
書
昭和五十四年度国有財産無償貸付状況総計算書
〔総理府所管(総理本府、沖縄開発庁)、沖縄
振興開発金融公庫〕
————◇—————
この発言だけを見る →午前九時四十一分開議
出席委員
委員長 永田 亮一君
理事 近藤 元次君 理事 東家 嘉幸君
理事 中川 秀直君 理事 中村 弘海君
理事 井上 一成君 理事 新村 勝雄君
理事 春田 重昭君
植竹 繁雄君 桜井 新君
近岡理一郎君 高田 富之君
田中 昭二君 三浦 久君
楢崎弥之助君
出席国務大臣
国 務 大 臣
(総理府総務長
官)
(沖縄開発庁長
官) 田邉 國男君
出席政府委員
内閣官房内閣審
議室長兼内閣総
理大臣官房審議
室長 石川 周君
人事院総裁 藤井 貞夫君
人事院事務総局
管理局長 加藤 圭朗君
人事院事務総局
任用局長 白戸 厚君
人事院事務総局
給与局長 斧 誠之助君
内閣総理大臣官
房会計課長兼内
閣参事官 鴨澤 康夫君
内閣総理大臣官
房広報室長兼内
閣官房内閣広報
室長 小野佐千夫君
総理府人事局次
長 廣瀬 勝君
青少年対策本部
次長 浦山 太郎君
宮内庁次長 山本 悟君
防衛施設庁施設
部長 伊藤 参午君
沖縄開発庁総務
局長 美野輪俊三君
沖縄開発庁振興
局長 藤仲 貞一君
外務大臣官房審
議官 松田 慶文君
運輸省航空局長 松井 和治君
委員外の出席者
防衛庁防衛局運
用第二課長 今西正次郎君
法務省民事局第
五課長 細川 清君
大蔵省主計局司
計課長 加藤 剛一君
運輸大臣官房審
議官 小林 哲一君
運輸省船舶局監
理課長 早川 章君
運輸省航空局首
席安全監察官 和久田康雄君
運輸省航空局管
制保安部長 武田 昭君
会計検査院事務
総局第一局長 佐藤 雅信君
会計検査院事務
総局第三局長 坂上 剛之君
沖縄振興開発金
融公庫理事長 田辺 博通君
決算委員会調査
室長 黒田 能行君
—————————————
本日の会議に付した案件
昭和五十四年度一般会計歳入歳出決算
昭和五十四年度特別会計歳入歳出決算
昭和五十四年度国税収納金整理資金受払計算書
昭和五十四年度政府関係機関決算書
昭和五十四年度国有財産増減及び現在額総計算
書
昭和五十四年度国有財産無償貸付状況総計算書
〔総理府所管(総理本府、沖縄開発庁)、沖縄
振興開発金融公庫〕
————◇—————
永
永田亮一#1
○永田委員長 これより会議を開きます。
昭和五十四年度決算外二件を一括して議題といたします。
本日は、総理府所管中総理本府等、沖縄開発庁及び沖縄振興開発金融公庫について審査を行います。
まず、田邉国務大臣から総理本府等及び沖縄開発庁について概要の説明を求めます。田邉国務大臣。
この発言だけを見る →昭和五十四年度決算外二件を一括して議題といたします。
本日は、総理府所管中総理本府等、沖縄開発庁及び沖縄振興開発金融公庫について審査を行います。
まず、田邉国務大臣から総理本府等及び沖縄開発庁について概要の説明を求めます。田邉国務大臣。
田
田邉國男#2
○田邉国務大臣 昭和五十四年度における総理府所管の一般会計歳入歳出決算につきまして、その概要を御説明申し上げます。
総理府主管の歳入につきまして、歳入予算額は七百七十八億九千七百二十九万円余でありますが、収納済み歳入額は六百八十九億二千七百五十五万円余でありまして、歳入予算額と比較いたしますと八十九億六千九百七十三万円余の減少となっております。
次に、総理府所管の歳出につきまして、歳出予算現額は四兆六千八百九十二億三千三百四十二万円余でありまして、支出済み歳出額は四兆五千九百九十八億七千二百九十三万円余であります。
この支出済み歳出額を歳出予算現額に比べますと八百九十三億六千四十九万円余の差額を生じます。
この差額のうち翌年度繰越額は六百五十六億三千四百九十二万円余であり、不用額は二百三十七億二千五百五十七万円余であります。
総理府所管の歳出決算のうち、警察庁、行政管理庁、北海道開発庁、防衛庁、経済企画庁、科学技術庁、環境庁、沖縄開発庁及び国土庁については、各担当大臣から御説明申し上げることになっておりますので、これを除く部局、すなわち総理府本府、公正取引委員会、公害等調整委員会及び宮内庁関係につき申し上げますと、歳出予算現額は一兆四千二百十五億八千四百六十三万円余でありまして、支出済み歳出額は一兆四千百二十二億七千二百八十二万円余であります。
この支出済み歳出額を歳出予算現額に比べますと九十三億一千百八十一万円余の差額を生じます。
この差額のうち翌年度繰越額は七十八億三千百七万円余であり、不用額は十四億八千七十三万円余であります。
翌年度繰越額は、恩給費等でありまして、これは文官等恩給の請求の遅延及び履歴の調査確認に不測の日数を要したため年度内に支出を終わらなかったものであります。
また、不用額は、人件費等を要することが少なかったため、不用となったものであります。
以上をもちまして、決算の概要説明を終わります。
何とぞよろしく御審議のほどお願いいたします。
次に、引き続きまして昭和五十四年度における沖縄開発庁の歳出決算につきまして、その概要を御説明いたします。
沖縄開発庁の歳出予算現額は一千百七十九億四千二百七十九万円でありまして、このうち、支出済み歳出額は一千八十九億六千二百二十七万円余、翌年度へ繰り越した額は八十二億七千二百七十八万円余、不用となった額は六億七百七十二万円余であります。
まず、歳出予算現額につきましては、当初予算額二千七十七億八千百五十三万円余、予算補正追加額五億四千八百九十五万円余、予算補正修正減少額一億四千二百五十七万円余、予算移しかえ増加額百三十九万円余、予算移しかえ減少額九百三十九億七千五百二十七万円余、前年度繰越額三十七億二千八百七十六万円余を増減しまして一千百七十九億四千二百七十九万円となったものであります。
支出済み歳出額の主なものは、沖縄の振興開発のための財源として、道路整備特別会計、治水特別会計、国有林野事業特別会計、港湾整備特別会計及び空港整備特別会計へ繰り入れた経費九百三十億八千百六十六万円余であります。
次に翌年度へ繰り越した額八十三億七千二百七十八万円余は、道路整備特別会計において、財政執行の留保措置によって執行時期の調整をしたこと及び計画、設計に関する諸条件により、事業の実施に不測の日数を要したこと等のため、同特別会計への繰り入れが年度内に終わらなかったこと等によるものであります。
また、不用となった六億七百七十二万円余は、沖縄教育振興事業費等の必要額が予定を下回ったことにより生じたものであります。
以上をもちまして昭和五十四年度沖縄開発庁の決算の概要説明を終わります。
何とぞよろしく御審議のほどお願いいたします。
この発言だけを見る →総理府主管の歳入につきまして、歳入予算額は七百七十八億九千七百二十九万円余でありますが、収納済み歳入額は六百八十九億二千七百五十五万円余でありまして、歳入予算額と比較いたしますと八十九億六千九百七十三万円余の減少となっております。
次に、総理府所管の歳出につきまして、歳出予算現額は四兆六千八百九十二億三千三百四十二万円余でありまして、支出済み歳出額は四兆五千九百九十八億七千二百九十三万円余であります。
この支出済み歳出額を歳出予算現額に比べますと八百九十三億六千四十九万円余の差額を生じます。
この差額のうち翌年度繰越額は六百五十六億三千四百九十二万円余であり、不用額は二百三十七億二千五百五十七万円余であります。
総理府所管の歳出決算のうち、警察庁、行政管理庁、北海道開発庁、防衛庁、経済企画庁、科学技術庁、環境庁、沖縄開発庁及び国土庁については、各担当大臣から御説明申し上げることになっておりますので、これを除く部局、すなわち総理府本府、公正取引委員会、公害等調整委員会及び宮内庁関係につき申し上げますと、歳出予算現額は一兆四千二百十五億八千四百六十三万円余でありまして、支出済み歳出額は一兆四千百二十二億七千二百八十二万円余であります。
この支出済み歳出額を歳出予算現額に比べますと九十三億一千百八十一万円余の差額を生じます。
この差額のうち翌年度繰越額は七十八億三千百七万円余であり、不用額は十四億八千七十三万円余であります。
翌年度繰越額は、恩給費等でありまして、これは文官等恩給の請求の遅延及び履歴の調査確認に不測の日数を要したため年度内に支出を終わらなかったものであります。
また、不用額は、人件費等を要することが少なかったため、不用となったものであります。
以上をもちまして、決算の概要説明を終わります。
何とぞよろしく御審議のほどお願いいたします。
次に、引き続きまして昭和五十四年度における沖縄開発庁の歳出決算につきまして、その概要を御説明いたします。
沖縄開発庁の歳出予算現額は一千百七十九億四千二百七十九万円でありまして、このうち、支出済み歳出額は一千八十九億六千二百二十七万円余、翌年度へ繰り越した額は八十二億七千二百七十八万円余、不用となった額は六億七百七十二万円余であります。
まず、歳出予算現額につきましては、当初予算額二千七十七億八千百五十三万円余、予算補正追加額五億四千八百九十五万円余、予算補正修正減少額一億四千二百五十七万円余、予算移しかえ増加額百三十九万円余、予算移しかえ減少額九百三十九億七千五百二十七万円余、前年度繰越額三十七億二千八百七十六万円余を増減しまして一千百七十九億四千二百七十九万円となったものであります。
支出済み歳出額の主なものは、沖縄の振興開発のための財源として、道路整備特別会計、治水特別会計、国有林野事業特別会計、港湾整備特別会計及び空港整備特別会計へ繰り入れた経費九百三十億八千百六十六万円余であります。
次に翌年度へ繰り越した額八十三億七千二百七十八万円余は、道路整備特別会計において、財政執行の留保措置によって執行時期の調整をしたこと及び計画、設計に関する諸条件により、事業の実施に不測の日数を要したこと等のため、同特別会計への繰り入れが年度内に終わらなかったこと等によるものであります。
また、不用となった六億七百七十二万円余は、沖縄教育振興事業費等の必要額が予定を下回ったことにより生じたものであります。
以上をもちまして昭和五十四年度沖縄開発庁の決算の概要説明を終わります。
何とぞよろしく御審議のほどお願いいたします。
永
佐
佐藤雅信#4
○佐藤会計検査院説明員 昭和五十四年度総理府所管の決算のうち、歳入並びに総理本府、公正取引委員会、公害等調整委員会及び宮内庁関係の歳出につきまして検査いたしました結果、特に違法または不当と認めた事項はございません。
この発言だけを見る →永
坂
永
田
田辺博通#8
○田辺説明員 沖縄振興開発金融公庫の昭和五十四年度の業務の概況につきまして、御説明申し上げます。
沖縄振興開発金融公庫は、沖縄における産業の開発を促進するため、長期資金を供給すること等により、一般の金融機関が行う金融及び民間の投資を補完し、または奨励するとともに、沖縄の国民大衆、住宅を必要とする者、農林漁業者、中小企業者、病院その他の医療施設を開設する者、環境衛生関係の営業者等に対する資金で、一般の金融機関が融通することを困難とするものを融通し、もって沖縄における経済の振興及び社会の開発に資することを目的とするものであります。
昭和五十四年度の事業計画は、当初、貸し付けとして千三百五十億円、出資として二億円、合計千三百五十二億円を予定しておりました。
この計画に対する実績は、貸付決定額が千二百九十二億一千万円余でありまして、出資が二億円、合計千二百九十四億一千万円余となっております。
次に、貸付残高について御説明申し上げます。
昭和五十三年度末の貸付残高は四千二百八十六億円余でありましたが、昭和五十四年度中に貸し付けを千二百六十一億九千万円余行い、回収が四百六十億二千万円余ありましたので、昭和五十四年度末においては五千八十七億七千万円余となっております。
なお、貸付金の延滞状況につきましては、昭和五十四年度末におきまして弁済期限を六カ月以上経過した元金延滞額は八十五億九千万円余でありまして、このうち一年以上のものは八十二億二千万円余となっております。
次に、昭和五十四年度の収入支出の決算について御説明申し上げます。
収入済み額は三百三十億五千万円余でありまして、これを収入予算額三百二十四億六千万円余に比較いたしますと五億八千万円余の増加となっております。この増加いたしました主な理由は、貸付金利息収入等が予定より多かったためであります。
支出済み額は三百十八億三千万円余でありまして、これを支出予算額三百三十三億七千万円余に比較いたしますと十五億三千万円余の減少となっております。これは借入金利息等が予定より少なかったためであります。
最後に、昭和五十四年度における損益計算について御説明申し上げます。
貸付金利息等の総利益は三百九十四億円余、借入金利息等の総損失は三百九十四億円余となりました。この結果、利益金は生じなかったので、国庫納付はいたしませんでした。
以上が昭和五十四年度における沖縄振興開発金融公庫の業務の概況であります。
何とぞよろしく御審議のほどお願い申し上げます。
この発言だけを見る →沖縄振興開発金融公庫は、沖縄における産業の開発を促進するため、長期資金を供給すること等により、一般の金融機関が行う金融及び民間の投資を補完し、または奨励するとともに、沖縄の国民大衆、住宅を必要とする者、農林漁業者、中小企業者、病院その他の医療施設を開設する者、環境衛生関係の営業者等に対する資金で、一般の金融機関が融通することを困難とするものを融通し、もって沖縄における経済の振興及び社会の開発に資することを目的とするものであります。
昭和五十四年度の事業計画は、当初、貸し付けとして千三百五十億円、出資として二億円、合計千三百五十二億円を予定しておりました。
この計画に対する実績は、貸付決定額が千二百九十二億一千万円余でありまして、出資が二億円、合計千二百九十四億一千万円余となっております。
次に、貸付残高について御説明申し上げます。
昭和五十三年度末の貸付残高は四千二百八十六億円余でありましたが、昭和五十四年度中に貸し付けを千二百六十一億九千万円余行い、回収が四百六十億二千万円余ありましたので、昭和五十四年度末においては五千八十七億七千万円余となっております。
なお、貸付金の延滞状況につきましては、昭和五十四年度末におきまして弁済期限を六カ月以上経過した元金延滞額は八十五億九千万円余でありまして、このうち一年以上のものは八十二億二千万円余となっております。
次に、昭和五十四年度の収入支出の決算について御説明申し上げます。
収入済み額は三百三十億五千万円余でありまして、これを収入予算額三百二十四億六千万円余に比較いたしますと五億八千万円余の増加となっております。この増加いたしました主な理由は、貸付金利息収入等が予定より多かったためであります。
支出済み額は三百十八億三千万円余でありまして、これを支出予算額三百三十三億七千万円余に比較いたしますと十五億三千万円余の減少となっております。これは借入金利息等が予定より少なかったためであります。
最後に、昭和五十四年度における損益計算について御説明申し上げます。
貸付金利息等の総利益は三百九十四億円余、借入金利息等の総損失は三百九十四億円余となりました。この結果、利益金は生じなかったので、国庫納付はいたしませんでした。
以上が昭和五十四年度における沖縄振興開発金融公庫の業務の概況であります。
何とぞよろしく御審議のほどお願い申し上げます。
永
永
永田亮一#10
○永田委員長 これより質疑に入ります。
この際、政府当局に申し上げます。
本日は時間の制約がありますので、各委員の質疑に対する答弁は、特に的確かつ簡潔にお願いいたします。
質疑の申し出がありますので、順次これを許します。新村勝雄君。
この発言だけを見る →この際、政府当局に申し上げます。
本日は時間の制約がありますので、各委員の質疑に対する答弁は、特に的確かつ簡潔にお願いいたします。
質疑の申し出がありますので、順次これを許します。新村勝雄君。
新
新村勝雄#11
○新村委員 最初に宮内庁にお伺いをいたします。
最近の報道等によりまして、三笠宮寛仁親王が皇籍離脱の申し出をされたということが伝えられておりますけれども、これは事実であるのか、あるいはどういう形で行われたのか伺います。
この発言だけを見る →最近の報道等によりまして、三笠宮寛仁親王が皇籍離脱の申し出をされたということが伝えられておりますけれども、これは事実であるのか、あるいはどういう形で行われたのか伺います。
山
山本悟#12
○山本(悟)政府委員 三笠宮寛仁親王殿下から皇籍離脱のお申し出があったという新聞報道がなされたのは御存じのとおりでございます。この間の事情につきましては、新聞報道等でも触れられていたところでございますが、殿下は先月の初めごろから非常に体調も崩されて、いろいろと伏せっていらっしゃったというふうな状況がございまして、その間に宮内庁の担当課長に対しましてそういうようなお電話が夜中にあったとか、あるいは伏せっていらっしゃるところに宮内庁長官がお見舞いに行ったときに、いろいろお話があったとかいうような事情があったわけでございますが、いずれにいたしましても、非常に体調を崩されている状況のもとにおけるそういったようなことでございましたので、まず御体調をお治しいただきたいということを申し上げまして、その後殿下は日赤に入院なさって現在まで至っている、こういうような状況で経過をいたしたことでございます。
御案内のとおり、親王の皇籍離脱というものは、皇室典範の規定によりまして御本人の意思に基づいて離脱をするという道は、現行典範制度としてはございませんわけでございますので、よくよくお考えもお聞きし、また御説明もしなければならないことというように承知をいたしているわけでございます。いずれにいたしましても、まず体をお治しいただくということが先決の問題であるというように判断をいたしまして、そちらの方の手当てに御努力をいただくということで現在推移をいたしているわけでございます。
この発言だけを見る →御案内のとおり、親王の皇籍離脱というものは、皇室典範の規定によりまして御本人の意思に基づいて離脱をするという道は、現行典範制度としてはございませんわけでございますので、よくよくお考えもお聞きし、また御説明もしなければならないことというように承知をいたしているわけでございます。いずれにいたしましても、まず体をお治しいただくということが先決の問題であるというように判断をいたしまして、そちらの方の手当てに御努力をいただくということで現在推移をいたしているわけでございます。
新
新村勝雄#13
○新村委員 そういたしますと、御意思が伝えられたということはいまのお話で事実ですね。しかし、体調が十分でないというお話ですけれども、そうしますと宮内庁としては、その御意思は正しく真意が伝えられたのではないというようにも受け取れるわけでありますけれども、その点はどうであるのか。そういうお考えがあるということを宮内庁は確認をされているのか、あるいはそういうことはどうもはっきりしないということであるのか、その点をお聞きします。
この発言だけを見る →山
山本悟#14
○山本(悟)政府委員 ただいま申し上げましたように、そういった御体調のもとにおいてそういうようなお話があったことは事実でございますが、何分制度といたしましての皇室典範には親王についてはさような道は認められていない、そういったような問題点でございますので、これはやはり健康が十分に回復をされた後によくよくお話し合いをする必要がある、かように判断をいたしておるわけでございます。したがいまして、ただいまのところ、いま入院加療中でいらっしゃいますので、詰めた話はしていないというような状況でございます。
この発言だけを見る →新
新村勝雄#15
○新村委員 そうしますと、その意思表示があったということ、その事実をどう受け取るかという問題でありますけれども、その事実があったことは事実としてお認めになりますか。
この発言だけを見る →山
山本悟#16
○山本(悟)政府委員 先ほど申し上げましたように、そういう御体調のもとにおいてそういうお話があったことはそのとおりでございますが、しかしそういう御体調のもとにおいてそういうお話があったこと、しかも制度上あり得ないことをどういうぐあいに理解すべきかということは、なお問題でございます。したがって、そういうことは十分御体調が回復されてからよくよくお話し合いをする必要がある、御説明もしなければならないし、御真意も伺わなければならないだろう、こういうように考えているところでございます。
この発言だけを見る →新
新村勝雄#17
○新村委員 そうしますと、皇室典範の解釈の問題でありますが、十一条の一項、二項、一項の方は「年齢十五年以上の内親王、王及び女王は、その意思に基き、皇室会議の議により、皇族の身分を離れる。」二項においては「親王、内親王、王及び女王は、前項の場合の外、やむを得ない特別の事由があるときは、皇室会議の議」を経てとありますけれども、一項と二項との趣旨、その意味するところはどういうことなのであるのか、一項と二項とはどういう相違があるのかですね。
この発言だけを見る →山
山本悟#18
○山本(悟)政府委員 皇族につきましては、象徴天皇制を維持するという必要性から、一定の身分の関係につきまして制約をこの典範では置いているわけでございます。
その一つといたしまして、皇籍を離れるという場合のやり方につきまして、十一条一項におきましては、その意思に基づき、皇室会議の議により離れる手段というものをまず認めておる。その認める範囲というのは、ただいま御指摘ございましたように、年齢十五年以上の内親王、王及び女王、この三者につきましては、自分の意思をもとにいたしまして、皇室会議の議があれば、皇籍を離れられる、こういう手段を一項で置いたわけであります。
しかし、御案内のとおり、この項には親王というものは入っていないわけであります。親王につきましては、第二項の方に親王——これでも皇太子及び皇太孫は除かれているわけでございますが、「親王、内親王、王及び女王は、前項の場合の外、やむを得ない特別の事由があるときは、皇室会議の議により、皇族の身分を離れる。」こういうことでありまして、親王につきましては、一項のように、その意思に基づき、皇室会議の議により、身分を離れるという制度は、典範上ないわけでございます。その他の内親王、王及び女王については、意思に基づき、議により離れるという手段と、特別のやむを得ない事由の場合に意思にかかわらず離せられるというような二つの手段をこの典範が認めておる、親王については意思に基づきという手段は認められていない、こういうようなことに実定法上の典範としてはなっておるわけであります。
この関係というのは、やはり世襲制度としての象徴天皇制というものを憲法の制度として維持していくためには、ある程度の非常に天皇に近い身位の方々というのはそういった制約を受けてもやむを得ない、象徴天皇制を維持する上において必要な制度であるというような観点から、かかる典範の制度になっておるというように私どもは存じておるわけでございます。皇室典範が成立いたしましたときの国会審議その他の説明を見ましても、さように理解をいたしているわけでございます。
ちなみに申し上げれば、全く皇室会議の議を経ないでも皇族が身分を離れる場合だってあるわけでございまして、これは、たとえば民間から皇族でない女性の方が皇族の妃殿下になっている。それでその殿下の方が亡くなられたというような場合に身分を離れるときは、これは御意思だけで離れられるわけでございまして、皇室会議の議も要らないというようないろいろなランクが典範上は規定されているわけでありますが、その一番皇位継承権者としての地位の高い親王につきましては、御自分の意思に基づいて離れるという手段は、現在の典範は認めていないというように存じております。
この発言だけを見る →その一つといたしまして、皇籍を離れるという場合のやり方につきまして、十一条一項におきましては、その意思に基づき、皇室会議の議により離れる手段というものをまず認めておる。その認める範囲というのは、ただいま御指摘ございましたように、年齢十五年以上の内親王、王及び女王、この三者につきましては、自分の意思をもとにいたしまして、皇室会議の議があれば、皇籍を離れられる、こういう手段を一項で置いたわけであります。
しかし、御案内のとおり、この項には親王というものは入っていないわけであります。親王につきましては、第二項の方に親王——これでも皇太子及び皇太孫は除かれているわけでございますが、「親王、内親王、王及び女王は、前項の場合の外、やむを得ない特別の事由があるときは、皇室会議の議により、皇族の身分を離れる。」こういうことでありまして、親王につきましては、一項のように、その意思に基づき、皇室会議の議により、身分を離れるという制度は、典範上ないわけでございます。その他の内親王、王及び女王については、意思に基づき、議により離れるという手段と、特別のやむを得ない事由の場合に意思にかかわらず離せられるというような二つの手段をこの典範が認めておる、親王については意思に基づきという手段は認められていない、こういうようなことに実定法上の典範としてはなっておるわけであります。
この関係というのは、やはり世襲制度としての象徴天皇制というものを憲法の制度として維持していくためには、ある程度の非常に天皇に近い身位の方々というのはそういった制約を受けてもやむを得ない、象徴天皇制を維持する上において必要な制度であるというような観点から、かかる典範の制度になっておるというように私どもは存じておるわけでございます。皇室典範が成立いたしましたときの国会審議その他の説明を見ましても、さように理解をいたしているわけでございます。
ちなみに申し上げれば、全く皇室会議の議を経ないでも皇族が身分を離れる場合だってあるわけでございまして、これは、たとえば民間から皇族でない女性の方が皇族の妃殿下になっている。それでその殿下の方が亡くなられたというような場合に身分を離れるときは、これは御意思だけで離れられるわけでございまして、皇室会議の議も要らないというようないろいろなランクが典範上は規定されているわけでありますが、その一番皇位継承権者としての地位の高い親王につきましては、御自分の意思に基づいて離れるという手段は、現在の典範は認めていないというように存じております。
新
新村勝雄#19
○新村委員 そうしますと、一項の方では十五年以上に達して、しかも意思があれば、これは会議の議を経ますけれども、大体原則として認めるという方向の規定である。それから二項については、これは親王を含んでおるし、これは自分の意思いかんにかかわらず、御意思によってだけでは離脱ができないという。一項はむしろ皇籍離脱の方の規定であるし、二項は皇室離脱ができない方の規定である、こういうようなニュアンスでいいですか。
この発言だけを見る →山
山本悟#20
○山本(悟)政府委員 感じといたしましては、いま先生おっしゃいましたようなものに近いような感じがいたします。ただ、一項の方におきましても、御本人の意思に基づきますが、皇室会議の議により決まることでございまして、決定権はあくまで皇室会議の議でございます。御本人の意思をそのまま認めるべきなのかどうかの判定は、まさに皇室会議にかかっておるということでございます。
この発言だけを見る →新
新村勝雄#21
○新村委員 そうしますと、二項の場合ですけれども、二項の場合にも、親王、内親王、王及び女王という方々も皇室会議の議を経て離れることはできる、こういう規定があるわけですが、ただし「やむを得ない特別の事由」ということでありますけれども、このやむを得ない特別の理由とはどういう場合を指すのか、これをお教えいただきたい。
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山本悟#22
○山本(悟)政府委員 典範案を御審議いただきました際の説明あるいはその後の国会における御質問に対する宮内庁としての答弁等でこの関係で挙げられましたのは、一つには、皇族としての品位を傷つけるとかあるいはその地位を保持することが不適当なような事情があったような場合、これは一つの事情として、典型的なものとして例として挙げられることでございます。
それからもう一つは、たとえば皇族の数が非常に多く、多数になって、皇室制度上そこまで皇族の数を確保しておくことがどうかというようなときに、数を調整する必要があるというようなことが考えられました場合にはこの二項の規定は働くであろう、こういうような説明がなされてきておるところでございます。
いずれにいたしましても、この二項の方は、御本人の意思にかかわらず、御本人が希望されようとされまいと、この二項というものによって、皇室会議の議があれば皇族の皇籍を離れるという規定でございまして、むしろ御本人の意思にかかわらないということが一項と二項との対比によって明らかになるところでございます。
この発言だけを見る →それからもう一つは、たとえば皇族の数が非常に多く、多数になって、皇室制度上そこまで皇族の数を確保しておくことがどうかというようなときに、数を調整する必要があるというようなことが考えられました場合にはこの二項の規定は働くであろう、こういうような説明がなされてきておるところでございます。
いずれにいたしましても、この二項の方は、御本人の意思にかかわらず、御本人が希望されようとされまいと、この二項というものによって、皇室会議の議があれば皇族の皇籍を離れるという規定でございまして、むしろ御本人の意思にかかわらないということが一項と二項との対比によって明らかになるところでございます。
新
新村勝雄#23
○新村委員 二項については御本人の意思と関係がないということであります。そしてやむを得ない理由というのは、品位を傷つけた場合あるいは多数になったときということでありますが、親王の場合にそんなに多数になるということは、これは普通は考えられないんじゃないでしょうか。ですから、むしろこれは親王の場合といえども、特別の事由ということで皇籍を離れる道を開いてあるということでありますから、それは特に御本人の意思がはっきりしている、そういう場合をもこれは含めないと、今後の長い期間における運営で困るのではないかと思いますが、その点はいかがですか。
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山本悟#24
○山本(悟)政府委員 いろいろのお考えがあろうかと思いますが、典範成立当時からの考え方として説明されていることあるいは一項と二項との対比というような点から申し上げれば、少なくとも意思に基づく、それが原動力になるという考え方はこの二項には入っていないというように存じます。
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新村勝雄#25
○新村委員 そうしますと、いまおっしゃった品位を傷つけた場合、あるいは多数になったときというふうに言われましたけれども、これはやむを得ない特別の事由の解釈、内容であると思いますが、そういう見解はどこで確立をされたのか。どういう過程を経てこういう考え方が確立——確立というか、一つの解釈として成立をしたのか、それを伺います。
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山本悟#26
○山本(悟)政府委員 先ほど申し上げましたように、皇室典範案ができましてその立法の際のいろいろな資料あるいは全体として典範案が広く議会において審議されましたときの事情、それからその後におきます国会において御質問になりました際の答弁といったようないろいろのものを積み重ねてまいりますと、ただいま申し上げましたようなことでございまして、御案内のとおりこの一項と二項というようなことが具体の問題といたしまして適用になったことはまだないわけでございまして、実定法としての皇室典範の一項と二項との読み合わせ、立法の経過といったようなものから、ただいまのところでは私が申し上げましたような考え方をとっているということでございます。
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新村勝雄#27
○新村委員 実定法としての皇室典範があるわけですけれども、それに対する解釈、これはほかの法律と違って判例とかそういったものではないわけですね。いまのお話では、制定の過程の中での政府答弁等からそのような解釈が行われているということにすぎないわけですね。ですから、具体的にこういう事態が発生した場合には、そういう見解が解釈としては確立をしているとは言えないと思うのですね。答弁の中でそういうことが言われているということだけであって、確立されていない。判例も何もないわけですから。それから、前例もないし、行政実例もないわけですから。そういう事態が起こった場合に、仮に寛仁親王のお考えが、先ほどは病気のためだとおっしゃいましたけれども、そういうお考えが病気回復の後で確認をされた場合には、そういう単なる一方的な解釈というよりは、機関に諮るのが至当ではないかと思うのですが、いまのところそういうお考えはありませんか。
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山本悟#28
○山本(悟)政府委員 ただいまのところ対処いたしておりますことは、先ほども申し上げましたように、まずお体を治していただくことを第一、そしてその上で、よくよくお話し合いもし、御意見も伺い、御真意も確かめ、またわれわれとしての考え方、あるいは典範としての規定がこうなっているはずのものであるという御説明もよくよくしなければならない段階と存じておりますので、最終段階のことにつきまして、ただいまのところ申し上げる段階ではなかろうと存じます。
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