国民生活・経済に関する調査会
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会
会議録情報#0
平成九年五月二十八日(水曜日)
午後二時四十三分開会
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委員の異動
五月八日
辞任 補欠選任
千葉 景子君 一井 淳治君
五月二十七日
辞任 補欠選任
聴濤 弘君 筆坂 秀世君
—————————————
出席者は左のとおり。
会 長 鶴岡 洋君
理 事
小野 清子君
大島 慶久君
牛嶋 正君
笹野 貞子君
筆坂 秀世君
委 員
太田 豊秋君
中島 眞人君
橋本 聖子君
三浦 一水君
海野 義孝君
小林 元君
林 久美子君
三重野栄子君
朝日 俊弘君
一井 淳治君
堂本 暁子君
小山 峰男君
事務局側
第二特別調査室
長 林 五津夫君
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本日の会議に付した案件
○理事補欠選任の件
○国民生活・経済に関する調査
(二十一世紀の経済社会に対応するための経済
運営の在り方に関する件)
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この発言だけを見る →午後二時四十三分開会
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委員の異動
五月八日
辞任 補欠選任
千葉 景子君 一井 淳治君
五月二十七日
辞任 補欠選任
聴濤 弘君 筆坂 秀世君
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出席者は左のとおり。
会 長 鶴岡 洋君
理 事
小野 清子君
大島 慶久君
牛嶋 正君
笹野 貞子君
筆坂 秀世君
委 員
太田 豊秋君
中島 眞人君
橋本 聖子君
三浦 一水君
海野 義孝君
小林 元君
林 久美子君
三重野栄子君
朝日 俊弘君
一井 淳治君
堂本 暁子君
小山 峰男君
事務局側
第二特別調査室
長 林 五津夫君
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本日の会議に付した案件
○理事補欠選任の件
○国民生活・経済に関する調査
(二十一世紀の経済社会に対応するための経済
運営の在り方に関する件)
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鶴
鶴岡洋#1
○会長(鶴岡洋君) ただいまから国民生活・経済に関する調査会を開会いたします。
まず、委員の異動について御報告いたします。
去る八日、千葉景子君が委員を辞任され、その補欠として一井淳治君が選任されました。
また、昨二十七日、聴濤弘君が委員を辞任され、その補欠として筆坂秀世君が選任されました。
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この発言だけを見る →まず、委員の異動について御報告いたします。
去る八日、千葉景子君が委員を辞任され、その補欠として一井淳治君が選任されました。
また、昨二十七日、聴濤弘君が委員を辞任され、その補欠として筆坂秀世君が選任されました。
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鶴
鶴岡洋#2
○会長(鶴岡洋君) 次に、理事の補欠選任についてお諮りいたします。
委員の異動に伴い現在理事が一名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。
理事の選任につきましては、先例により、会長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →委員の異動に伴い現在理事が一名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。
理事の選任につきましては、先例により、会長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
鶴
鶴
鶴岡洋#4
○会長(鶴岡洋君) 国民生活・経済に関する調査を議題とし、二十一世紀の経済社会に対応するための経済運営の在り方に関する件のうち、社会資本整備及び社会保障の在り方について意見表明を行います。
本調査会は、現在までニカ年にわたり二十一世紀の経済社会に対応するための経済運営の在り方をテーマに調査を進めてまいりました。
本日は、本年度の中間報告書を取りまとめるに当たり、これまでの調査を踏まえ御意見を伺いたいと存じます。
本日の議事の進め方でございますが、御意見を述べられる方は、各会派から一名ずつそれぞれ十分以内で順次御意見を述べていただく方法で進めたいと存じます。
なお、御発言はすべて着席のままで結構でございます。
それでは、順次御意見を述べていただきたいと存じます。
この発言だけを見る →本調査会は、現在までニカ年にわたり二十一世紀の経済社会に対応するための経済運営の在り方をテーマに調査を進めてまいりました。
本日は、本年度の中間報告書を取りまとめるに当たり、これまでの調査を踏まえ御意見を伺いたいと存じます。
本日の議事の進め方でございますが、御意見を述べられる方は、各会派から一名ずつそれぞれ十分以内で順次御意見を述べていただく方法で進めたいと存じます。
なお、御発言はすべて着席のままで結構でございます。
それでは、順次御意見を述べていただきたいと存じます。
牛
牛嶋正#5
○牛嶋正君 皆さんのお手元に「社会資本整備の進め方について」というペーパーを用意させていただきました。今、会長がおっしゃいましたように、ちょっと時間が十分というふうに限定されておりますので、ぺーパーを用意させていただきました。これに沿って説明をさせていただきたいと思います。
これまで多くの参考人の方から意見を聴取してまいりました。これから二十一世紀に向けて社会資本整備を進めていく場合に何が一番大切であるかということ、そういった参考人の意見を聞きながら私なりに考えてみたわけですが、問題は、社会資本を整備していく場合の基準と申しますか、投資基準といいますか、整備基準のあり方、これがやっぱり一番問題になるのではないかなというふうに思います。
そこで、すべての社会資本についてその整備基準、それから投資基準を議論することは時間的にも許されておりませんので、きょうは道路整備のケースを取り上げてこの問題を考えてみたいと思いました。なぜ道路整備を取り上げたかということですが、一般会計ベースで見ますと、公共投資総額の約三〇%が道路の投資に向けられているわけです。全体の公共投資額がGDPの六%ですから、約十兆の投資額ということになります。ですから、ここの道路のところの整備が非常に効率的に、そして資源配分の観点から見ましても最適な形で進められるならば、我が国の社会資本整備に対する評価というのはそこでかなり高まってくるというふうに思われるからであります。
もう一つ道路を取り上げた理由は、参考人の御意見にもありましたように、道路に関しましては比較的これまで科学的あるいは客観的な分析手法が使われてまいりました。それはどういうふうなものであるかといいますと、費用便益分析と呼ばれているものであります。道路が建設されることにかかる費用とそれから道路がもたらす便益とを比較いたしまして投資の決定を行っていくわけであります。
これだけの説明ではちょっと御理解いただけないと思いますので、四ページをお開きいただきたいと思いますが、ここでバイパス建設に例をとりまして、費用便益分析がどういうふうに適用されるかということを説明させていただいております。
よく見かけることですけれども、国土軸の上にあります都市で、国道が都市の市街地の真ん中を通っている場合があります。通過交通が多いわけですけれども、市街地ですから幾つか信号がございまして、そこでとまらなければならない。その都市を通過するのに相当時間がかかります。そういうときにバイパスが建設されるわけであります。その場合に、今そのバイパスのルートとして三つのルート、それを適当にルート一、ルートニ、ルート三と、こういうふうに呼んでおきたいと思いますけれども、そういう建設計画がつくられたといたします。これはいわば代替案でございます。このうちからどのルートを選んでバイパスを建設するかというときに費用便益分析が使われるわけであります。
五ページのところに、そのバイパス三ルートの効率性ということで表をまとめさせていただきました。この単位は一億円でございますけれども、ルート一の場合には建設をしていくに当たりまして、例えばトンネルの箇所もあったりなんかしまして、百二十億の費用がかかるというふうに今仮定をしたいと思います。ルート二の方は、比較的平たんなところに道をつくりますので百億で済む。ルート三は、これは今までの市街地を通っている国道を立体交差するというふうな形で、先ほど申しました通過交通量の処理をしていくということで九十五億というふうにいたします。
それに対しまして、便益というのは何かということです。今、このルートがつくられなかった場合に、その市街地を通過するのに仮に二十分時間がかかったと。ところが、ルートが建設されることによりまして、十分でその二地点を通過することができたといたしますと、十分間の時間短縮になります。一台についてそうですから、交通量を掛けますと全体の時間短縮額になるわけで、これを例えば平均賃金等で貨幣に換算する、貨幣タームに換算するというのがベネフィットでございます。それが百五十億、百四十五億、それから百三十億というふうに計算されたといたしますと、C分のB、費用に対する便益がどのような割合になっているかということがそれぞれのルートの効率をあらわすわけであります。計算いたしますと、一・二五、一・四五、一・三七でございますので、この場合はルートニが一番高い効率であるということで、ルートニを選んで建設事業が進められるわけであります。
こういうふうに、費用便益分析というのは一つのプロジェクト、事業を進めていくに当たりまして幾つかの代替案を設定して、その代替案の中から最も効率的な代替案を選ぶというのに非常にすぐれた分析手法であります。ですから、我が国におきましても、建設省あたりばこの費用便益分析を非常によく使っているわけであります。
しかし、この費用便益分析が絶対的なものであるかというと、そうではありませんで、やはり有効性から見ますと幾つかの問題がございます。きょう私が御提案申し上げますのは、その問題点をどういうふうにクリアしていくか、そしてこの費用便益分析を軸に置きながら、効率的な投資が行われるための基準をどうつくっていくのかということで提案させていただくわけでございます。
したがって、一番最後の、ちょっと途中を抜かしまして、九ページの社会資本整備の進め方に関する四つの提言というところに入らせていただきます。十ページに、そのうちの一つといたしまして、事業間の優先順位の決定についてという項目を設けさせていただきました。
今、説明いたしましたように、バイパスを建設するというときに幾つかの複数の代替案があって、そこから最も効率的なものを選ぶのには費用便益分析というのは非常にすぐれているわけです。しかし、別な事業とそれからバイパス建設とを比較する場合、そこに優先順位をつけるに当たりましては、ちょっとこの費用便益分析は問題があるわけでございます。
例えば、そのバイパスを建設する都市を、今仮にA市というふうに言っておきたいと思います。そして、そのお隣にB市がございまして、その二つの都市の人口が最近急速に増大をしてきた、したがってAとBを結ぶこれまでの道路ではちょっとピーク時におきましては渋滞、停滞が生ずる。そこで、これまでの道路をもう少し拡幅するか、あるいはもう一つ新しい道路を新設するかというふうな事業が上がってきたといたします。
その場合、その事業と、それから今説明いたしましたバイパスの事業を予算的には優先順位をつけて、ことしは一つだけ、そして来年その次にもう一つやるというふうに優先順位をつけなければならないといたしますと、その優先順位をつけるに当たりまして費用便益分析はそれほど有効ではありません。そこで、そういった事業間の優先順位をつけるためには、もう一つ総合的な判断基準が用意されなければならないわけであります。
その判断基準といたしましては、私はその地域における道路ネットワークを想定いたしまして、その道路ネットワークの持っております。その機能がどちらを優先した方が高まるのかというふうなことで判断していけば、その事業間の優先順位もつけることができるのではないかというふうに思います。そういった総合的な判断基準をさらに設定するということをここで提案させていただいております。
二番目は、十一ページになりますけれども、環境への影響の評価であります。
これまで道路の建設というのは、先ほどから言っておりますように、主としては効率性を追求しながら道路の建設が行われてきたというふうに考えていいのではないかと思います。しかし、最近は、道路建設によって周囲の環境にどういう影響を与えるかといった環境への影響を考えていかなければなりません。その場合に、道路建設に当たりまして、環境への影響を評価するに当たりまして二つの方法があると思います。
そこに書きましたように、その一つは、環境への影響度に上限を設け、それがクリアされるときは社会資本整備を進めるという立場であります。これは、今議論されております環境アセスメントがこういった方法をとっているわけであります。もう一つは、社会資本の持つ効率性と環境への影響度とをトレードオフの関係としてとらえる立場であります。
今、その下に別表、事業AとBの効率性と影響度というので表をつくらせていただきました。プロジェクトAの場合は、先ほど費用便益ではかりました効率は一・五六、それからプロジェクトBは一・三八というふうに今仮に想定をいたしました。影響度の方は、これは大きい方が問題でありまして、プロジェクトBは五の影響度でありますが、プロジェクトAは八の影響度であります。もしこのプロジェクトAとプロジェクトBを選択するに当たりまして効率だけで決めるならば、当然プロジェクトAというのが決まるわけであります。しかし、環境に与える影響度だけで考えますと、今度は逆にプロジェクトBが選択されます。こういうふうに二つの基準がトレードオフの関係になってしまった場合に、それじゃどちらに決めるべきかという問題が出てくるわけであります。
一つの方法といたしましては、効率で見ますと、プロジェクトAはプロジェクトBに対して一・一三倍の効率性を持っております。ところが、影響度の方は、プロジェクトAの方はプロジェクトBに比べまして一・六倍の影響度があるわけであります。ということでございますので、環境度を採用いたしましたプロジェクトBを選択するというふうなことも一つのとり方だと思います。
いずれにいたしましても、今いろいろなところで議論されておりますように、できるだけ効率と影響度のトレードオフの関係を、国民の意見を反映しながらやっぱり一定のルールを決めるべきではないかというふうに思います。
あと二つ提案がございますが、その一つだけ、時間の関係がございますので報告させていただきますと、社会資本の場合は、民間資本に比べまして非常に長い耐用年数です。民間資本の場合は、大体法定の耐用年数というのは十年でありますけれども、社会資本の場合は五十年とか六十年でございます。しかも、その計画から建設までの建設期間、これも長いのであります。
そうしますと、計画を立てた時点に比べましてどんどんどんどん時間がたつ、それに従いましてプロジェクトで立てた前提が崩れていくわけであります。そういたしますと、建設計画の途中でも、あるいはまた供用を開始された後でも、もう一度そういった前提が大きく変わる場合には私は計画の変更を考えていいのではないか。そしてまた、最近のように環境問題というものが非常に重要になった場合には、建設計画を立てたときにはまだ効率だけで議論されていた。そうだとしますと、先ほど説明いたしました環境度を考慮した、もう一度計画の立て直しをしてもいいのではないかということであります。
ただ、その場合、ケース・バイ・ケースで行いますと非常に混乱をいたしますので、やはり計画の変更をする場合には一定のルールをつくるべきであるというふうに思いますが、そのルールに関しましては、残念ながらちょっと時間がなくて十分な御提案ができないのでございます。
あとの四番目の提案は、だんだんだんだん社会資本の整備が進んでまいりました。ですから、これから建設よりも、むしろこれまでつくられた社会資本の維持管理が非常に重要ではないかというふうな点を指摘させていただいたわけでございます。
ちょっと超過いたしましたが、以上でございます。
この発言だけを見る →これまで多くの参考人の方から意見を聴取してまいりました。これから二十一世紀に向けて社会資本整備を進めていく場合に何が一番大切であるかということ、そういった参考人の意見を聞きながら私なりに考えてみたわけですが、問題は、社会資本を整備していく場合の基準と申しますか、投資基準といいますか、整備基準のあり方、これがやっぱり一番問題になるのではないかなというふうに思います。
そこで、すべての社会資本についてその整備基準、それから投資基準を議論することは時間的にも許されておりませんので、きょうは道路整備のケースを取り上げてこの問題を考えてみたいと思いました。なぜ道路整備を取り上げたかということですが、一般会計ベースで見ますと、公共投資総額の約三〇%が道路の投資に向けられているわけです。全体の公共投資額がGDPの六%ですから、約十兆の投資額ということになります。ですから、ここの道路のところの整備が非常に効率的に、そして資源配分の観点から見ましても最適な形で進められるならば、我が国の社会資本整備に対する評価というのはそこでかなり高まってくるというふうに思われるからであります。
もう一つ道路を取り上げた理由は、参考人の御意見にもありましたように、道路に関しましては比較的これまで科学的あるいは客観的な分析手法が使われてまいりました。それはどういうふうなものであるかといいますと、費用便益分析と呼ばれているものであります。道路が建設されることにかかる費用とそれから道路がもたらす便益とを比較いたしまして投資の決定を行っていくわけであります。
これだけの説明ではちょっと御理解いただけないと思いますので、四ページをお開きいただきたいと思いますが、ここでバイパス建設に例をとりまして、費用便益分析がどういうふうに適用されるかということを説明させていただいております。
よく見かけることですけれども、国土軸の上にあります都市で、国道が都市の市街地の真ん中を通っている場合があります。通過交通が多いわけですけれども、市街地ですから幾つか信号がございまして、そこでとまらなければならない。その都市を通過するのに相当時間がかかります。そういうときにバイパスが建設されるわけであります。その場合に、今そのバイパスのルートとして三つのルート、それを適当にルート一、ルートニ、ルート三と、こういうふうに呼んでおきたいと思いますけれども、そういう建設計画がつくられたといたします。これはいわば代替案でございます。このうちからどのルートを選んでバイパスを建設するかというときに費用便益分析が使われるわけであります。
五ページのところに、そのバイパス三ルートの効率性ということで表をまとめさせていただきました。この単位は一億円でございますけれども、ルート一の場合には建設をしていくに当たりまして、例えばトンネルの箇所もあったりなんかしまして、百二十億の費用がかかるというふうに今仮定をしたいと思います。ルート二の方は、比較的平たんなところに道をつくりますので百億で済む。ルート三は、これは今までの市街地を通っている国道を立体交差するというふうな形で、先ほど申しました通過交通量の処理をしていくということで九十五億というふうにいたします。
それに対しまして、便益というのは何かということです。今、このルートがつくられなかった場合に、その市街地を通過するのに仮に二十分時間がかかったと。ところが、ルートが建設されることによりまして、十分でその二地点を通過することができたといたしますと、十分間の時間短縮になります。一台についてそうですから、交通量を掛けますと全体の時間短縮額になるわけで、これを例えば平均賃金等で貨幣に換算する、貨幣タームに換算するというのがベネフィットでございます。それが百五十億、百四十五億、それから百三十億というふうに計算されたといたしますと、C分のB、費用に対する便益がどのような割合になっているかということがそれぞれのルートの効率をあらわすわけであります。計算いたしますと、一・二五、一・四五、一・三七でございますので、この場合はルートニが一番高い効率であるということで、ルートニを選んで建設事業が進められるわけであります。
こういうふうに、費用便益分析というのは一つのプロジェクト、事業を進めていくに当たりまして幾つかの代替案を設定して、その代替案の中から最も効率的な代替案を選ぶというのに非常にすぐれた分析手法であります。ですから、我が国におきましても、建設省あたりばこの費用便益分析を非常によく使っているわけであります。
しかし、この費用便益分析が絶対的なものであるかというと、そうではありませんで、やはり有効性から見ますと幾つかの問題がございます。きょう私が御提案申し上げますのは、その問題点をどういうふうにクリアしていくか、そしてこの費用便益分析を軸に置きながら、効率的な投資が行われるための基準をどうつくっていくのかということで提案させていただくわけでございます。
したがって、一番最後の、ちょっと途中を抜かしまして、九ページの社会資本整備の進め方に関する四つの提言というところに入らせていただきます。十ページに、そのうちの一つといたしまして、事業間の優先順位の決定についてという項目を設けさせていただきました。
今、説明いたしましたように、バイパスを建設するというときに幾つかの複数の代替案があって、そこから最も効率的なものを選ぶのには費用便益分析というのは非常にすぐれているわけです。しかし、別な事業とそれからバイパス建設とを比較する場合、そこに優先順位をつけるに当たりましては、ちょっとこの費用便益分析は問題があるわけでございます。
例えば、そのバイパスを建設する都市を、今仮にA市というふうに言っておきたいと思います。そして、そのお隣にB市がございまして、その二つの都市の人口が最近急速に増大をしてきた、したがってAとBを結ぶこれまでの道路ではちょっとピーク時におきましては渋滞、停滞が生ずる。そこで、これまでの道路をもう少し拡幅するか、あるいはもう一つ新しい道路を新設するかというふうな事業が上がってきたといたします。
その場合、その事業と、それから今説明いたしましたバイパスの事業を予算的には優先順位をつけて、ことしは一つだけ、そして来年その次にもう一つやるというふうに優先順位をつけなければならないといたしますと、その優先順位をつけるに当たりまして費用便益分析はそれほど有効ではありません。そこで、そういった事業間の優先順位をつけるためには、もう一つ総合的な判断基準が用意されなければならないわけであります。
その判断基準といたしましては、私はその地域における道路ネットワークを想定いたしまして、その道路ネットワークの持っております。その機能がどちらを優先した方が高まるのかというふうなことで判断していけば、その事業間の優先順位もつけることができるのではないかというふうに思います。そういった総合的な判断基準をさらに設定するということをここで提案させていただいております。
二番目は、十一ページになりますけれども、環境への影響の評価であります。
これまで道路の建設というのは、先ほどから言っておりますように、主としては効率性を追求しながら道路の建設が行われてきたというふうに考えていいのではないかと思います。しかし、最近は、道路建設によって周囲の環境にどういう影響を与えるかといった環境への影響を考えていかなければなりません。その場合に、道路建設に当たりまして、環境への影響を評価するに当たりまして二つの方法があると思います。
そこに書きましたように、その一つは、環境への影響度に上限を設け、それがクリアされるときは社会資本整備を進めるという立場であります。これは、今議論されております環境アセスメントがこういった方法をとっているわけであります。もう一つは、社会資本の持つ効率性と環境への影響度とをトレードオフの関係としてとらえる立場であります。
今、その下に別表、事業AとBの効率性と影響度というので表をつくらせていただきました。プロジェクトAの場合は、先ほど費用便益ではかりました効率は一・五六、それからプロジェクトBは一・三八というふうに今仮に想定をいたしました。影響度の方は、これは大きい方が問題でありまして、プロジェクトBは五の影響度でありますが、プロジェクトAは八の影響度であります。もしこのプロジェクトAとプロジェクトBを選択するに当たりまして効率だけで決めるならば、当然プロジェクトAというのが決まるわけであります。しかし、環境に与える影響度だけで考えますと、今度は逆にプロジェクトBが選択されます。こういうふうに二つの基準がトレードオフの関係になってしまった場合に、それじゃどちらに決めるべきかという問題が出てくるわけであります。
一つの方法といたしましては、効率で見ますと、プロジェクトAはプロジェクトBに対して一・一三倍の効率性を持っております。ところが、影響度の方は、プロジェクトAの方はプロジェクトBに比べまして一・六倍の影響度があるわけであります。ということでございますので、環境度を採用いたしましたプロジェクトBを選択するというふうなことも一つのとり方だと思います。
いずれにいたしましても、今いろいろなところで議論されておりますように、できるだけ効率と影響度のトレードオフの関係を、国民の意見を反映しながらやっぱり一定のルールを決めるべきではないかというふうに思います。
あと二つ提案がございますが、その一つだけ、時間の関係がございますので報告させていただきますと、社会資本の場合は、民間資本に比べまして非常に長い耐用年数です。民間資本の場合は、大体法定の耐用年数というのは十年でありますけれども、社会資本の場合は五十年とか六十年でございます。しかも、その計画から建設までの建設期間、これも長いのであります。
そうしますと、計画を立てた時点に比べましてどんどんどんどん時間がたつ、それに従いましてプロジェクトで立てた前提が崩れていくわけであります。そういたしますと、建設計画の途中でも、あるいはまた供用を開始された後でも、もう一度そういった前提が大きく変わる場合には私は計画の変更を考えていいのではないか。そしてまた、最近のように環境問題というものが非常に重要になった場合には、建設計画を立てたときにはまだ効率だけで議論されていた。そうだとしますと、先ほど説明いたしました環境度を考慮した、もう一度計画の立て直しをしてもいいのではないかということであります。
ただ、その場合、ケース・バイ・ケースで行いますと非常に混乱をいたしますので、やはり計画の変更をする場合には一定のルールをつくるべきであるというふうに思いますが、そのルールに関しましては、残念ながらちょっと時間がなくて十分な御提案ができないのでございます。
あとの四番目の提案は、だんだんだんだん社会資本の整備が進んでまいりました。ですから、これから建設よりも、むしろこれまでつくられた社会資本の維持管理が非常に重要ではないかというふうな点を指摘させていただいたわけでございます。
ちょっと超過いたしましたが、以上でございます。
鶴
鶴
三
三重野栄子#8
○三重野栄子君 社会民主党・護憲連合の三重野栄子でございます。
私は、本調査会のこの一年間の調査会活動を踏まえまして、社会資本整備及び社会保障のあり方について幾つかの見解を申し述べさせていただきます。
まず、社会資本整備のあり方でございます。我が国の社会資本は、着実に整備が進められてきた結果その整備水準は近年向上してまいりましたが、部門によっては地方におくれが見られるものがある一方で、道路混雑、通勤混雑、環境汚染、大災害あるいは水不足など都市化の進展にその整備が追いついていないといった実情も見られます。特に、生活関連分野でのおくれは国民生活に大きな影響を与えるものでありまして、豊かさが実感できない要因ともなっています。
安全で快適な国民生活を実現するためには、生活を取り巻く住宅や生活環境施設が一定の水準で整備され、それが適切に配置されていることが重要となります。このため、公共投資の配分に当たりましては、豊かな国民生活の実現に向けて生活関連の社会資本への配分の重点化を必要とします。
また、生活の豊かさは、日常生活の中でどれだけ身近に自然の緑や水辺空間に接することができるかといったことにも依存するものでありますから、こうした自然の保護を図るためには、自然がもたらす潤いや安らぎといった面を経済的に評価するとともに、公園、緑地等の整備を進める必要があります。同時に、自然災害等に備えた安全な住宅市街地の形成には市街地内のオープンスペースを確保する必要がありますが、道路、公園、緑地などの公共施設の整備はこの面からも必要であります。
また、毎年のように夏になりますと渇水が起きております。これは近年の少雨傾向と生活水準の向上や生産活動の拡大等による一人当たりの使用水量が増加傾向にあることなどから、水資源の安定的な利用が困難になり、水需要の逼迫している地域を中心に渇水に見舞われているということがあると思います。水は国民の生活や命にかかわるものであり、安全でおいしい水を確保することは快適な生活環境にとって重要なものであります。そのためには水源涵養機能の回復や森林の保全などに努める必要があります。
また、都市化の進展などに伴い水の需要が増大していくことを考えますと、水を大切に使うこと、すなわち雨水の利用を含めた水の循環利用や節水に積極的に取り組むこと、具体的にはトイレの洗浄水や庭の水まき、車の洗車などは雨水や汚水の再利用など中水道の整備も必要になってまいります。
一方、高齢者や障害者、妊婦や子供など国民だれもが安心して生活を楽しめるようにするために、福祉の町づくりを進めていくことも重要であると考えます。
最近は、建築物の出入り口の段差の解消や安全で快適な移動ができる幅の広い歩道の整備などの設置といった施設の改善が見受けられるようになりました。施設のバリアフリー化は、高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建設の促進に関する法律、すなわちハートビル法等により進められておりますが、現在は車いす使用者の方を中、心とした整備がほとんどでありますから、視覚障害者や聴覚障害者などより広い範囲内での障害を持った方への対応を考えた整備が必要であると思われます。
また、生活水準の向上、自由時間の増大等は、多様で個性的な文化をより高い水準で身近に求めよりとする機運が高まってきております。国民一人一人が音楽や絵画等のすぐれた芸術、文化を鑑賞でき、かつみずからが主体的に新たな文化、学習活動を展開できる基盤の整備及び環境の醸成を求めています。
このために、図書館、美術館、博物館、公民館等文化施設につきましては、それぞれの施設を有効利用できるよう広域的な利用を踏まえた立地を考えるとともに、運営面でも施設間の連携を深める必要があります。
また、専門化、高度化したニーズに対応するためには、文化活動に携わる人材の養成や文化に関する総合的な情報活動を行う必要があります。
次に、社会保障のあり方について申し上げます。
近年の急激な人口構造の変化や長寿命化等によるライフサイクルの変化が社会保障を初めとして経済社会全般に影響を与えておりまして、今後の高齢化の進行等によってはその影響が一層拡大していくものと考えられます。
少子・高齢化、国際化、情報化等が進展する二十一世紀の経済社会におきましては、まず高齢者が経済的に自立した豊かな生活の確保を図るために、高齢者の雇用機会の拡大あるいは知識や経験を生かして、生きがいを持って過ごせる社会参加の場を積極的に確保していくことも重要となります。
また、加齢による身体機能の低下は避けられないことから、高齢者が生涯を通じて健康を維持できますように、生涯の各段階に応じた生活全般にわたる健康管理と生活環境の整備が重要であります。
特に、後期高齢者の増加に伴いまして要介護者が増加し、また家族形態や国民の意識の変化等によって家族の介護機能が低下する中でその基盤の早急な整備が必要となります。
一方、少子化が急速に進展する中で若年労働力人口が大幅に減少することなどから、経済社会の活力が失われかねないものと考えられております。仕事と育児の両立の難しさや、子供を産み育てる経済的コストの高騰などの経済的、社会的環境の変化を踏まえまして、少なくとも子供を持ちたい人が安心をして育てることができ、子供が産まれ育ちやすい環境整備が必要であります。
具体的には、まず、生涯を通じて健康で安心できる生活を保障することであります。このためには、六十五歳までの継続雇用の法的整備を図るとともに、六十五歳以降も働ける限り就業できるシステムの整備が必要であります。
また、雇用環境の整備に当たっても、高齢者のニーズに即した多様な就業機会を用意するとともに、労働災害に対する備えも必要であります。
次に、雇用と年金の連携を確保することであります。
六十歳代前半の高齢者雇用の状況を踏まえ、公的年金の支給開始年齢の引き上げ時期を再検討することも必要であります。また、子育てについては、特にその経済的負担を軽減するため、育児休業期間中の給付水準の引き上げ、児童手当の増額、支給期間延長が必要であります。
次に、夫婦の共働きが一般化していること等を踏まえ、多様な保育ニーズにこたえていくことが重要であります。このため、職業と家庭の両立を図るため、就業時間と保育時間が連携した保育サービスが必要であります。今後、少子・高齢化が急速に進展する中で、家庭と仕事の両立を図るため、育児休業期間の延長と介護休業制度の早期定着に努めるべきであります。特に、介護休業期間中における経済的支援策については検討を進める必要があります。
そのほか、高齢社会対策基本法の趣旨を踏まえまして、従来の枠組みにとどまらず、教育、社会参加、生活環境等の関係諸施策、制度との整合性を図り、かつ抜本的な見直しを行っていく必要があります。前にも申し上げましたが、特に住宅の高齢化への対応や福祉の町づくりは、高齢者が自宅や地域において生きがいを持った生活を営むための基本をなすものであり、その積極的な推進が必要であります。
また、近年の医療、福祉、情報通信分野における技術開発には目覚ましい進歩があり、こうした成果を適切に取り込み、社会保障サービスを向上させ、効率化していくことが重要であります。さらに、高齢者や障害者の社会参加や自立を確保するためにも、高齢者や障害者が利用しやすい情報関連技術の推進も重要であります。
以上の視点を踏まえて、二十一世紀の社会保障を構築していくことにより、経済社会の活力を維持、発展させ、豊かな国民生活を実現していくことが重要であると考えます。
以上で終わります。
この発言だけを見る →私は、本調査会のこの一年間の調査会活動を踏まえまして、社会資本整備及び社会保障のあり方について幾つかの見解を申し述べさせていただきます。
まず、社会資本整備のあり方でございます。我が国の社会資本は、着実に整備が進められてきた結果その整備水準は近年向上してまいりましたが、部門によっては地方におくれが見られるものがある一方で、道路混雑、通勤混雑、環境汚染、大災害あるいは水不足など都市化の進展にその整備が追いついていないといった実情も見られます。特に、生活関連分野でのおくれは国民生活に大きな影響を与えるものでありまして、豊かさが実感できない要因ともなっています。
安全で快適な国民生活を実現するためには、生活を取り巻く住宅や生活環境施設が一定の水準で整備され、それが適切に配置されていることが重要となります。このため、公共投資の配分に当たりましては、豊かな国民生活の実現に向けて生活関連の社会資本への配分の重点化を必要とします。
また、生活の豊かさは、日常生活の中でどれだけ身近に自然の緑や水辺空間に接することができるかといったことにも依存するものでありますから、こうした自然の保護を図るためには、自然がもたらす潤いや安らぎといった面を経済的に評価するとともに、公園、緑地等の整備を進める必要があります。同時に、自然災害等に備えた安全な住宅市街地の形成には市街地内のオープンスペースを確保する必要がありますが、道路、公園、緑地などの公共施設の整備はこの面からも必要であります。
また、毎年のように夏になりますと渇水が起きております。これは近年の少雨傾向と生活水準の向上や生産活動の拡大等による一人当たりの使用水量が増加傾向にあることなどから、水資源の安定的な利用が困難になり、水需要の逼迫している地域を中心に渇水に見舞われているということがあると思います。水は国民の生活や命にかかわるものであり、安全でおいしい水を確保することは快適な生活環境にとって重要なものであります。そのためには水源涵養機能の回復や森林の保全などに努める必要があります。
また、都市化の進展などに伴い水の需要が増大していくことを考えますと、水を大切に使うこと、すなわち雨水の利用を含めた水の循環利用や節水に積極的に取り組むこと、具体的にはトイレの洗浄水や庭の水まき、車の洗車などは雨水や汚水の再利用など中水道の整備も必要になってまいります。
一方、高齢者や障害者、妊婦や子供など国民だれもが安心して生活を楽しめるようにするために、福祉の町づくりを進めていくことも重要であると考えます。
最近は、建築物の出入り口の段差の解消や安全で快適な移動ができる幅の広い歩道の整備などの設置といった施設の改善が見受けられるようになりました。施設のバリアフリー化は、高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建設の促進に関する法律、すなわちハートビル法等により進められておりますが、現在は車いす使用者の方を中、心とした整備がほとんどでありますから、視覚障害者や聴覚障害者などより広い範囲内での障害を持った方への対応を考えた整備が必要であると思われます。
また、生活水準の向上、自由時間の増大等は、多様で個性的な文化をより高い水準で身近に求めよりとする機運が高まってきております。国民一人一人が音楽や絵画等のすぐれた芸術、文化を鑑賞でき、かつみずからが主体的に新たな文化、学習活動を展開できる基盤の整備及び環境の醸成を求めています。
このために、図書館、美術館、博物館、公民館等文化施設につきましては、それぞれの施設を有効利用できるよう広域的な利用を踏まえた立地を考えるとともに、運営面でも施設間の連携を深める必要があります。
また、専門化、高度化したニーズに対応するためには、文化活動に携わる人材の養成や文化に関する総合的な情報活動を行う必要があります。
次に、社会保障のあり方について申し上げます。
近年の急激な人口構造の変化や長寿命化等によるライフサイクルの変化が社会保障を初めとして経済社会全般に影響を与えておりまして、今後の高齢化の進行等によってはその影響が一層拡大していくものと考えられます。
少子・高齢化、国際化、情報化等が進展する二十一世紀の経済社会におきましては、まず高齢者が経済的に自立した豊かな生活の確保を図るために、高齢者の雇用機会の拡大あるいは知識や経験を生かして、生きがいを持って過ごせる社会参加の場を積極的に確保していくことも重要となります。
また、加齢による身体機能の低下は避けられないことから、高齢者が生涯を通じて健康を維持できますように、生涯の各段階に応じた生活全般にわたる健康管理と生活環境の整備が重要であります。
特に、後期高齢者の増加に伴いまして要介護者が増加し、また家族形態や国民の意識の変化等によって家族の介護機能が低下する中でその基盤の早急な整備が必要となります。
一方、少子化が急速に進展する中で若年労働力人口が大幅に減少することなどから、経済社会の活力が失われかねないものと考えられております。仕事と育児の両立の難しさや、子供を産み育てる経済的コストの高騰などの経済的、社会的環境の変化を踏まえまして、少なくとも子供を持ちたい人が安心をして育てることができ、子供が産まれ育ちやすい環境整備が必要であります。
具体的には、まず、生涯を通じて健康で安心できる生活を保障することであります。このためには、六十五歳までの継続雇用の法的整備を図るとともに、六十五歳以降も働ける限り就業できるシステムの整備が必要であります。
また、雇用環境の整備に当たっても、高齢者のニーズに即した多様な就業機会を用意するとともに、労働災害に対する備えも必要であります。
次に、雇用と年金の連携を確保することであります。
六十歳代前半の高齢者雇用の状況を踏まえ、公的年金の支給開始年齢の引き上げ時期を再検討することも必要であります。また、子育てについては、特にその経済的負担を軽減するため、育児休業期間中の給付水準の引き上げ、児童手当の増額、支給期間延長が必要であります。
次に、夫婦の共働きが一般化していること等を踏まえ、多様な保育ニーズにこたえていくことが重要であります。このため、職業と家庭の両立を図るため、就業時間と保育時間が連携した保育サービスが必要であります。今後、少子・高齢化が急速に進展する中で、家庭と仕事の両立を図るため、育児休業期間の延長と介護休業制度の早期定着に努めるべきであります。特に、介護休業期間中における経済的支援策については検討を進める必要があります。
そのほか、高齢社会対策基本法の趣旨を踏まえまして、従来の枠組みにとどまらず、教育、社会参加、生活環境等の関係諸施策、制度との整合性を図り、かつ抜本的な見直しを行っていく必要があります。前にも申し上げましたが、特に住宅の高齢化への対応や福祉の町づくりは、高齢者が自宅や地域において生きがいを持った生活を営むための基本をなすものであり、その積極的な推進が必要であります。
また、近年の医療、福祉、情報通信分野における技術開発には目覚ましい進歩があり、こうした成果を適切に取り込み、社会保障サービスを向上させ、効率化していくことが重要であります。さらに、高齢者や障害者の社会参加や自立を確保するためにも、高齢者や障害者が利用しやすい情報関連技術の推進も重要であります。
以上の視点を踏まえて、二十一世紀の社会保障を構築していくことにより、経済社会の活力を維持、発展させ、豊かな国民生活を実現していくことが重要であると考えます。
以上で終わります。
笹
笹野貞子#9
○笹野貞子君 私は、民主党・新緑風会の意見をまとめまして、社会資本整備及び社会保障のあり方について意見を述べさせていただきます。
皆様方のところにペーパーをお配りしておきましたので、それをごらんになっていただきたいと思います。
我が国は、経済の成熟化と少子・高齢化時代を迎えつつあります。途上国型の産業保護政策や旧来型の社会資本整備を中心とした政府の役割を縮小し、基礎研究など純然たる公共財の供給に徹した市場補完的な機能へ移行すべきであると思います。一方、高齢化社会に対応した社会保障を中心とする政府の役割を再編、強化すべきであると思います。
その一といたしまして、財政構造改革時代の社会資本の整備。一、公共事業の総合的、効率的な実施。
伝えられるところによれば、政府・与党の財政構造改革会議は、公共投資基本計画の三年延長、分野別長期計画の二年延長といったことを議論しているとのことであります。しかし、二十一世紀に向けた公共財の内容やその供給方法を示さず、政策的優先順位も論じないで、このような単に公共事業の計画期間を延長するだけでは本当の意味での財政構造改革とは言えません。
今後の社会資本整備は、第一に、目標の明確化、重点化を図ること、第二に、事業のコストと効果の事前事後の評価を明確にすることの二点が重要であります。
二番目といたしまして、社会資本整備の目標の明確化。第一の社会資本整備の目標としては、例えば、一、超高齢化社会における快適な生活環境の整備、二、安心、安全な暮らしを支えるインフラの整備、三として、成熟段階の次世代経済システムを支える基盤整備であると思います。
具体的には、一、超高齢化社会への対応としては、高齢者向けの医療、福祉施設、バリアフリーの施設や町づくりが求められます。また、自然との共生を重視した治山治水対策や水資源開発、多重性を持った交通通信ネットワークの整備が考えられます。
三として、さらに、次世代の経済システムを支える基盤整備としては、次代を担う人材の育成、確保を目的とした女性の社会進出を支える育児、介護その他の生活環境を整備したり、情報化に対応した教育施設整備などが求められます。また、ハードウエアとしては、光ファイバーなど情報通信網や基礎的な科学研究施設、効率的な国内物流体制や国際交流ネットワークなどが求められます。
三として、計画の効率性、透明性の確保、第一に、公共事業の効率性については、建設コストにかかわる内外価格差や重複投資の是正、競争原理に基づく入札、契約、施工の仕組みの確立などが求められます。
また、民主党が提案している公共事業コントロール法案などに見られるように、一、公共事業計画を検討する審議会の情報開示等による計画策定手続の透明化や国会における公共事業計画の統一的、総合的な審議、二番目として、あるいは事後評価書の策定や国会審議などによって計画の策定から執行、事後評価までのプロセスを公正、透明に行うことが必要です。
大きな二番目として、成熟社会の社会保障について述べさせていただきます。
まず第一に、単なる負担論を乗り越えなければなりません。社会保障のあり方について意見を述べますと、昨今の社会保障問題をめぐる論議は、国民負担率や保険料に関するものなど単なる負担論に陥りがちであります。
そこで、まず第一に指摘したいのは、少子・高齢化社会においては、日本が戦後の欧米へのキャッチアップのプロセスにおいてらち外に置いていた老いや障害、性差別といった問題が普遍的な課題として浮上するという点であります。
日本はいわば二十一世紀の高齢化社会のフロントランナーとなるわけですから、したがって戦後の高度成長期以降の高成長追求、若年の男子労働者中心の経済システムの上に成り立った従来型の発想の転換が求められると思います。
二番目に、福祉・社会保障の経済化と経済の福祉・社会保障化の問題について述べたいと思います。
福祉・社会保障と経済を独立して対立するものととらえる従来型発想から転換する必要があります。介護サービス、公的介護制度の充実によって女性の介護、家事労働からの解放、女性の社会参加の機会の増大、労働力率の上昇、労働供給の増加、経済成長という経路で、福祉・社会保障が経済にとってプラスに作用するといったことが予想されます。
もちろん、こうしたプラスの発展が順調に進むためには、介護以外の面でも家庭責任の公平な分担や労働と生活の両立整備などの基盤整備が不可欠であることは言うまでもありません。すなわち、福祉的な事業が市場ベースに乗るようになり、あるいは経済にプラスの効果をもたらすようになる、つまり福祉・社会保障の経済化がもたらされます。
その一方、高齢化社会においては、例えばノーマライゼーションの観点から、バリアフリー型の住宅や公共施設、交通機関等の建設や高齢者、障害者との共生を念頭に置いた町づくりが求められます。つまり、経済活動が福祉的な観点や要素をあらかじめある程度織り込んだものに変化していく経済の福祉・社会保障化の進展が追求されるべきであると思います。
三つ目としまして、成熟・超高齢化時代の社会保障の公私の役割を分担しなければなりません。成熟社会、超高齢化社会における社会保障は、その公私の役割分担のあり方や保険制度と公費、すなわち税による制度のあり方を整理すべきであります。
高齢者の構成比が非常に大きくなる超高齢化の時代においては、社会保険は、リスクの分散という性格から世代間の所得移転、すなわち福祉という性格が色濃くなります。例えば、老人の医療費を若年者が支えている老人医療、福祉の部分がそれに当たります。また、同じ世代内において長生きをするリスクを分散することを目的とした社会保障である年金についても同様であります。当初の積立方式が実質的に若年者が高齢者の年金を負担する賦課方式に移行しており、所得移転の性格が色濃くなっております。
一方、特定少数者を対象とする一方的な所得移転として出発した福祉が、超高齢化によって対象が拡大し、リスクの分散としての保険的な性格を持つようになってきております。
したがって、例えば、第一に、高齢化に伴い所得移転的な性格が強い部分については公費中心の基盤を充実させ、第二に、所得移転よりもリスクの分散という機能の強い部分については保険によることとし、国は市場を補完する役割に純化させていかなければなりません。第三に、保険制度をとるもののうち、若年者の医療など、いわゆる逆選択が生じやすい部分は強制加入の社会保険で保険制度を維持する。第四に、年金の所得比例部分のように逆選択性が生じにくい部分については民間保険で対応していくようにするといったことを考えるべきです。
こうした基本的な考え方で現在の社会保障制度を見直すとすれば、第一に、所得移転の性格が強い年金の基礎的部分や老人医療、福祉は税中心の仕組みにする。第二に、リスク分散の性格が強く、かつ逆選択が生じやすい若年者の医療については社会保険の仕組みにする。第三に、リスク分散の性格が強く、かつ逆選択が生じにくい年金の所得比例部分、いわゆる厚生年金の二階建て部分については、民間保険を視野に改革していくべきだというふうに思います。
いずれにしても、単なる負担論に終始しがちな社会保障改革論ではなく、中長期的な視野、歴史的な視点から見直すべきだと考えます。
以上で終わります。
この発言だけを見る →皆様方のところにペーパーをお配りしておきましたので、それをごらんになっていただきたいと思います。
我が国は、経済の成熟化と少子・高齢化時代を迎えつつあります。途上国型の産業保護政策や旧来型の社会資本整備を中心とした政府の役割を縮小し、基礎研究など純然たる公共財の供給に徹した市場補完的な機能へ移行すべきであると思います。一方、高齢化社会に対応した社会保障を中心とする政府の役割を再編、強化すべきであると思います。
その一といたしまして、財政構造改革時代の社会資本の整備。一、公共事業の総合的、効率的な実施。
伝えられるところによれば、政府・与党の財政構造改革会議は、公共投資基本計画の三年延長、分野別長期計画の二年延長といったことを議論しているとのことであります。しかし、二十一世紀に向けた公共財の内容やその供給方法を示さず、政策的優先順位も論じないで、このような単に公共事業の計画期間を延長するだけでは本当の意味での財政構造改革とは言えません。
今後の社会資本整備は、第一に、目標の明確化、重点化を図ること、第二に、事業のコストと効果の事前事後の評価を明確にすることの二点が重要であります。
二番目といたしまして、社会資本整備の目標の明確化。第一の社会資本整備の目標としては、例えば、一、超高齢化社会における快適な生活環境の整備、二、安心、安全な暮らしを支えるインフラの整備、三として、成熟段階の次世代経済システムを支える基盤整備であると思います。
具体的には、一、超高齢化社会への対応としては、高齢者向けの医療、福祉施設、バリアフリーの施設や町づくりが求められます。また、自然との共生を重視した治山治水対策や水資源開発、多重性を持った交通通信ネットワークの整備が考えられます。
三として、さらに、次世代の経済システムを支える基盤整備としては、次代を担う人材の育成、確保を目的とした女性の社会進出を支える育児、介護その他の生活環境を整備したり、情報化に対応した教育施設整備などが求められます。また、ハードウエアとしては、光ファイバーなど情報通信網や基礎的な科学研究施設、効率的な国内物流体制や国際交流ネットワークなどが求められます。
三として、計画の効率性、透明性の確保、第一に、公共事業の効率性については、建設コストにかかわる内外価格差や重複投資の是正、競争原理に基づく入札、契約、施工の仕組みの確立などが求められます。
また、民主党が提案している公共事業コントロール法案などに見られるように、一、公共事業計画を検討する審議会の情報開示等による計画策定手続の透明化や国会における公共事業計画の統一的、総合的な審議、二番目として、あるいは事後評価書の策定や国会審議などによって計画の策定から執行、事後評価までのプロセスを公正、透明に行うことが必要です。
大きな二番目として、成熟社会の社会保障について述べさせていただきます。
まず第一に、単なる負担論を乗り越えなければなりません。社会保障のあり方について意見を述べますと、昨今の社会保障問題をめぐる論議は、国民負担率や保険料に関するものなど単なる負担論に陥りがちであります。
そこで、まず第一に指摘したいのは、少子・高齢化社会においては、日本が戦後の欧米へのキャッチアップのプロセスにおいてらち外に置いていた老いや障害、性差別といった問題が普遍的な課題として浮上するという点であります。
日本はいわば二十一世紀の高齢化社会のフロントランナーとなるわけですから、したがって戦後の高度成長期以降の高成長追求、若年の男子労働者中心の経済システムの上に成り立った従来型の発想の転換が求められると思います。
二番目に、福祉・社会保障の経済化と経済の福祉・社会保障化の問題について述べたいと思います。
福祉・社会保障と経済を独立して対立するものととらえる従来型発想から転換する必要があります。介護サービス、公的介護制度の充実によって女性の介護、家事労働からの解放、女性の社会参加の機会の増大、労働力率の上昇、労働供給の増加、経済成長という経路で、福祉・社会保障が経済にとってプラスに作用するといったことが予想されます。
もちろん、こうしたプラスの発展が順調に進むためには、介護以外の面でも家庭責任の公平な分担や労働と生活の両立整備などの基盤整備が不可欠であることは言うまでもありません。すなわち、福祉的な事業が市場ベースに乗るようになり、あるいは経済にプラスの効果をもたらすようになる、つまり福祉・社会保障の経済化がもたらされます。
その一方、高齢化社会においては、例えばノーマライゼーションの観点から、バリアフリー型の住宅や公共施設、交通機関等の建設や高齢者、障害者との共生を念頭に置いた町づくりが求められます。つまり、経済活動が福祉的な観点や要素をあらかじめある程度織り込んだものに変化していく経済の福祉・社会保障化の進展が追求されるべきであると思います。
三つ目としまして、成熟・超高齢化時代の社会保障の公私の役割を分担しなければなりません。成熟社会、超高齢化社会における社会保障は、その公私の役割分担のあり方や保険制度と公費、すなわち税による制度のあり方を整理すべきであります。
高齢者の構成比が非常に大きくなる超高齢化の時代においては、社会保険は、リスクの分散という性格から世代間の所得移転、すなわち福祉という性格が色濃くなります。例えば、老人の医療費を若年者が支えている老人医療、福祉の部分がそれに当たります。また、同じ世代内において長生きをするリスクを分散することを目的とした社会保障である年金についても同様であります。当初の積立方式が実質的に若年者が高齢者の年金を負担する賦課方式に移行しており、所得移転の性格が色濃くなっております。
一方、特定少数者を対象とする一方的な所得移転として出発した福祉が、超高齢化によって対象が拡大し、リスクの分散としての保険的な性格を持つようになってきております。
したがって、例えば、第一に、高齢化に伴い所得移転的な性格が強い部分については公費中心の基盤を充実させ、第二に、所得移転よりもリスクの分散という機能の強い部分については保険によることとし、国は市場を補完する役割に純化させていかなければなりません。第三に、保険制度をとるもののうち、若年者の医療など、いわゆる逆選択が生じやすい部分は強制加入の社会保険で保険制度を維持する。第四に、年金の所得比例部分のように逆選択性が生じにくい部分については民間保険で対応していくようにするといったことを考えるべきです。
こうした基本的な考え方で現在の社会保障制度を見直すとすれば、第一に、所得移転の性格が強い年金の基礎的部分や老人医療、福祉は税中心の仕組みにする。第二に、リスク分散の性格が強く、かつ逆選択が生じやすい若年者の医療については社会保険の仕組みにする。第三に、リスク分散の性格が強く、かつ逆選択が生じにくい年金の所得比例部分、いわゆる厚生年金の二階建て部分については、民間保険を視野に改革していくべきだというふうに思います。
いずれにしても、単なる負担論に終始しがちな社会保障改革論ではなく、中長期的な視野、歴史的な視点から見直すべきだと考えます。
以上で終わります。
筆
筆坂秀世#10
○筆坂秀世君 私は、二十一世紀を展望した社会資本整備、社会保障のあり方を考える上で、やはり押さえておく必要があるのは、本調査会の昨年の中間報告でも指摘されましたけれども、豊かで安心して暮らせる国民生活をどう実現するか、当然のことですけれども、これを基本に据えることが大事だと考えます。
そういう立場から、公共事業と社会資本整備のあり方について、そして国民の負担増への対処、経済をどう運営するのかの三点について意見を述べたいと思います。
まず、公共事業の問題についてですが、公共事業のあり方が今のままでよいとする議論は、さすがに最近では影を潜めました。私は、公共事業のあり方について三つの問題点を指摘したいと思います。
第一は、総額六百三十兆円の公共投資基本計画、あるいは十六本の長期計画に見られる総額先にありきというやり方についてであります。これは、必要な事業を積み上げるのではなく、総額に合わせて事業をつくり出すというやり方であり、これが浪費の根源になってきました。巨大な釣り堀同然の港湾整備、ほとんど利用されない農道空港、あるいは空港整備等々、挙げればこれは枚挙にいとまがありません。
第二は、特定財源方式であります。これも、必要性よりも財源を使い切るというところに重点が置かれています。
第三は、今問題になっている諌早湾干拓事業などに見られるように、一たん手をつけると理由を変えてでも事業を継続する、一たん始まればとまらないという仕組みであります。
先般、財政構造改革会議の中間報告が出されましたが、今指摘した点については残念ながら手をつけるものにはなっておりません。計画の期間を延長して単年度の投資額を圧縮するという方向が示されていますが、しかし事業そのものはむだなものがあります。したがって、この場合、期間を延ばしても浪費を長期間続けるだけのことにすぎません。それどころか中間報告は、高規格幹線道路、拠点空港、中枢中核港湾は優先的、重点的に整備するとしています。今でも港湾、空港、道路の浪費が中心になっているときに、これを優先的に進めるというのでは浪費を抑えることはできません。
その一方で、生活関連の社会資本整備は抑制するということが指摘されています。また、経済企画庁は、六百三十兆円の公共投資基本計画について、本調査会の説明で当初対米公約ではないと言っておりましたが、質疑の中で諸外国の認識が背景にあったと述べ、外圧があったことを事実上認めました。アメリカの経済運営の利害によって日本の財政のあり方がゆがめられる、こういうことはあってはならないことであります。必要な社会資本整備のために公共投資をすること自体はもちろん必要です。これは将来のためにも大切なことだと考えます。しかし、ゼネコンとの癒着によって巨大プロジェクトを優先するやり方は改めなければなりません。参考人からも、適切なマンパワーの配置との結合や計画策定のプロセスでの住民の参加がなければ施設への投資が生かされないということが指摘されていました。これは貴重な指摘だと思います。
また、総合的な視野に立った社会資本形成の推進のために、縦割り行政の弊害を克服することも大切であります。今問題になっている諌早湾の干拓事業でも、水害防止のための干拓ということが言われましたが、河川は建設省、河口部は農水省ということで、有効な水害対策にならず、干拓を進めるための口実になっています。しかも、今は建設大臣は優良農地造成のためと言い、農水省は水害対策のためと言っています。所管のことを理由に持ち出さないことを見てもこの事業の破綻は明白だと考えます。
交通運輸の分野でも、道路は建設省、鉄道は運輸省ということではなく、総合的に対策を進める必要があります。そのためには、総合交通特別会計を設けて旧国鉄長期債務問題の解決やモーダルシフトの推進などに当たることを提案したいと考えます。同時に、旧国鉄長期債務はJRの本州三社に応分の負担をさせることももちろん必要であります。
今、各自治体で新ゴールドプランが進められていますけれども、二〇〇〇年三月の期限までに達成できるかどうかという問いに対して、七〇%以上がそれは無理である、こういう回答を行っています。この点でも、この新ゴールドプランの期限までの達成のために国の責任をさらに強化すべきだと考えます。
情報通信分野では、参考人は、各家庭までの光ファイバーのネットワークをいわば国家的事業と位置づけて推進するよう力説しました。ところが、最近の新聞報道では、在来の回線を使った新しい通信技術の採用によって光ファイバー網の整備の緊急性は薄れたという指摘もあります。長期にわたって大量の資金を投入するプロジェクトには常にこの種の問題がつきまといます。長良川河口堰や諌早湾干拓などは、目的が失われても事業はあくまでも続行されるという最悪の見本でありました。
したがって、現時点で合理的なビジョンであっても絶えず再点検をする、必要ならば中止や変更もできるということが大切であります。そのためには、国民への情報公開、これが必要です。
次に、国民負担について述べたいと思います。
政府は、今国会で消費税を引き上げ、さらに医療保険制度の改悪も強行して、総額で九兆円の負担増を押しつけようとしています。本調査会でも厚生省は、給付と負担のバランスを口実に、年金制度の改悪など社会保障の全面的な改悪、切り捨てを進める意向を表明しました。これから高齢化社会になっていくことは、これは客観的な事実であります。しかし、だから高齢者が安心して老後を送れるような対策を重視するのではなく、福祉も切り捨ての免罪符に高齢化社会がされることがあってはならないと考えます。
国民負担率について述べたいと思います。
これは、税と社会保障負担を指すものですけれども、この国民負担率には自己負担は全くカウントされていません。例えば高齢者が一カ月入院すれば保険外負担は四十万円あるいは五十万円月々払わなければなりません。したがって、国民負担率だけで社会保障の負担を議論するのは、これは適当ではないと考えます。参考人の意見の中にも、低過ぎる負担はかえって国民の負担を重くする、こういう指摘もありました。これは、国民負担率を下げると称して社会保障給付を引き下げれば、個々人が所得を万一のための備えに回さざるを得なくなり、結局社会全体から見ても実質的な負担増となるということであります。経済の効率性の上でもある程度の福祉の水準は維持すべきという点で、耳を傾けるべき見解と考えます。
最後に、経済運営について若干述べます。
景気刺激策としての公共投資の効果は薄れており、むしろ国民の懐を直接暖めることを経済政策の基本に据えるべきだと考えます。
バブル崩壊後も膨らみ続けている大企業の内部留保は、税や社会保障を通じて低所得者を中心に再配分することで個人への購買力を高めるというような政策がますます大事になってきていると思います。個人への給付をふやしても貯蓄に回るだけだという意見もあります。なぜそうなっているのか。これは、結局今の制度のもとで、老後のこと、万一の場合のことに安心感が持てないからだと考えます。だれも好きこのんで貯蓄に励んでいるわけではありません。結局、国民が生活費を切り詰めてまで貯蓄しなくても済む制度を整備することが有効需要創出の最善の手段だと考えます。
この点でも、参考人から社会福祉そのものの雇用創出効果について指摘があったことは大事であり、今後に生かすべきだと考えます。
以上で意見表明を終わります。
この発言だけを見る →そういう立場から、公共事業と社会資本整備のあり方について、そして国民の負担増への対処、経済をどう運営するのかの三点について意見を述べたいと思います。
まず、公共事業の問題についてですが、公共事業のあり方が今のままでよいとする議論は、さすがに最近では影を潜めました。私は、公共事業のあり方について三つの問題点を指摘したいと思います。
第一は、総額六百三十兆円の公共投資基本計画、あるいは十六本の長期計画に見られる総額先にありきというやり方についてであります。これは、必要な事業を積み上げるのではなく、総額に合わせて事業をつくり出すというやり方であり、これが浪費の根源になってきました。巨大な釣り堀同然の港湾整備、ほとんど利用されない農道空港、あるいは空港整備等々、挙げればこれは枚挙にいとまがありません。
第二は、特定財源方式であります。これも、必要性よりも財源を使い切るというところに重点が置かれています。
第三は、今問題になっている諌早湾干拓事業などに見られるように、一たん手をつけると理由を変えてでも事業を継続する、一たん始まればとまらないという仕組みであります。
先般、財政構造改革会議の中間報告が出されましたが、今指摘した点については残念ながら手をつけるものにはなっておりません。計画の期間を延長して単年度の投資額を圧縮するという方向が示されていますが、しかし事業そのものはむだなものがあります。したがって、この場合、期間を延ばしても浪費を長期間続けるだけのことにすぎません。それどころか中間報告は、高規格幹線道路、拠点空港、中枢中核港湾は優先的、重点的に整備するとしています。今でも港湾、空港、道路の浪費が中心になっているときに、これを優先的に進めるというのでは浪費を抑えることはできません。
その一方で、生活関連の社会資本整備は抑制するということが指摘されています。また、経済企画庁は、六百三十兆円の公共投資基本計画について、本調査会の説明で当初対米公約ではないと言っておりましたが、質疑の中で諸外国の認識が背景にあったと述べ、外圧があったことを事実上認めました。アメリカの経済運営の利害によって日本の財政のあり方がゆがめられる、こういうことはあってはならないことであります。必要な社会資本整備のために公共投資をすること自体はもちろん必要です。これは将来のためにも大切なことだと考えます。しかし、ゼネコンとの癒着によって巨大プロジェクトを優先するやり方は改めなければなりません。参考人からも、適切なマンパワーの配置との結合や計画策定のプロセスでの住民の参加がなければ施設への投資が生かされないということが指摘されていました。これは貴重な指摘だと思います。
また、総合的な視野に立った社会資本形成の推進のために、縦割り行政の弊害を克服することも大切であります。今問題になっている諌早湾の干拓事業でも、水害防止のための干拓ということが言われましたが、河川は建設省、河口部は農水省ということで、有効な水害対策にならず、干拓を進めるための口実になっています。しかも、今は建設大臣は優良農地造成のためと言い、農水省は水害対策のためと言っています。所管のことを理由に持ち出さないことを見てもこの事業の破綻は明白だと考えます。
交通運輸の分野でも、道路は建設省、鉄道は運輸省ということではなく、総合的に対策を進める必要があります。そのためには、総合交通特別会計を設けて旧国鉄長期債務問題の解決やモーダルシフトの推進などに当たることを提案したいと考えます。同時に、旧国鉄長期債務はJRの本州三社に応分の負担をさせることももちろん必要であります。
今、各自治体で新ゴールドプランが進められていますけれども、二〇〇〇年三月の期限までに達成できるかどうかという問いに対して、七〇%以上がそれは無理である、こういう回答を行っています。この点でも、この新ゴールドプランの期限までの達成のために国の責任をさらに強化すべきだと考えます。
情報通信分野では、参考人は、各家庭までの光ファイバーのネットワークをいわば国家的事業と位置づけて推進するよう力説しました。ところが、最近の新聞報道では、在来の回線を使った新しい通信技術の採用によって光ファイバー網の整備の緊急性は薄れたという指摘もあります。長期にわたって大量の資金を投入するプロジェクトには常にこの種の問題がつきまといます。長良川河口堰や諌早湾干拓などは、目的が失われても事業はあくまでも続行されるという最悪の見本でありました。
したがって、現時点で合理的なビジョンであっても絶えず再点検をする、必要ならば中止や変更もできるということが大切であります。そのためには、国民への情報公開、これが必要です。
次に、国民負担について述べたいと思います。
政府は、今国会で消費税を引き上げ、さらに医療保険制度の改悪も強行して、総額で九兆円の負担増を押しつけようとしています。本調査会でも厚生省は、給付と負担のバランスを口実に、年金制度の改悪など社会保障の全面的な改悪、切り捨てを進める意向を表明しました。これから高齢化社会になっていくことは、これは客観的な事実であります。しかし、だから高齢者が安心して老後を送れるような対策を重視するのではなく、福祉も切り捨ての免罪符に高齢化社会がされることがあってはならないと考えます。
国民負担率について述べたいと思います。
これは、税と社会保障負担を指すものですけれども、この国民負担率には自己負担は全くカウントされていません。例えば高齢者が一カ月入院すれば保険外負担は四十万円あるいは五十万円月々払わなければなりません。したがって、国民負担率だけで社会保障の負担を議論するのは、これは適当ではないと考えます。参考人の意見の中にも、低過ぎる負担はかえって国民の負担を重くする、こういう指摘もありました。これは、国民負担率を下げると称して社会保障給付を引き下げれば、個々人が所得を万一のための備えに回さざるを得なくなり、結局社会全体から見ても実質的な負担増となるということであります。経済の効率性の上でもある程度の福祉の水準は維持すべきという点で、耳を傾けるべき見解と考えます。
最後に、経済運営について若干述べます。
景気刺激策としての公共投資の効果は薄れており、むしろ国民の懐を直接暖めることを経済政策の基本に据えるべきだと考えます。
バブル崩壊後も膨らみ続けている大企業の内部留保は、税や社会保障を通じて低所得者を中心に再配分することで個人への購買力を高めるというような政策がますます大事になってきていると思います。個人への給付をふやしても貯蓄に回るだけだという意見もあります。なぜそうなっているのか。これは、結局今の制度のもとで、老後のこと、万一の場合のことに安心感が持てないからだと考えます。だれも好きこのんで貯蓄に励んでいるわけではありません。結局、国民が生活費を切り詰めてまで貯蓄しなくても済む制度を整備することが有効需要創出の最善の手段だと考えます。
この点でも、参考人から社会福祉そのものの雇用創出効果について指摘があったことは大事であり、今後に生かすべきだと考えます。
以上で意見表明を終わります。
小
小山峰男#11
○小山峰男君 太陽党の小山峰男でございます。
お手元にレジュメを用意申し上げてございますので、これに基づいて説明をさせていただきたいと思います。
一点目は、社会経済情勢の変化ということでございます。少子・高齢化社会あるいは経済の低成長化、価値観の多様化等は皆さん既に御存じのところでございますが、特に私は、(4)分権化社会の要請、今、大変地方分権というのが要請をされてきておりまして、まさにこういう社会をつくることによって縦割り行政だとか陳情行政の是正というようなことが行われるだろう。
下水道等については、既に皆さん方御存じのように、建設省、農水省、さらに厚生省というような形で行われているとか、いろいろの問題があるわけでございまして、地方分権を進めることによって、そういう問題も含めてかなり効率的な資本整備だとか社会保障が行われるだろうというふうに思っております。
さらに、五点目としては、これからの社会というのは、民間活力をいかに活用するかというところにかかっているだろうと。社会資本整備につきましても、どうやって民間活力を導入していくか、また社会保障についてもこの辺を考えていく必要があろうというふうに思っているところでございます。
二番目の社会資本整備のあり方でございますが、まず基本的には、道路あるいは下水道、いろいろの社会資本があるわけでございますが、整備水準という目標をきちっと立てて、それに向かって全国各地が均等に整備されていくということが必要だというふうに思っております。
それから、国と地方の役割分担の明確化ということでございますが、国が一体どの部分を担当するか、地方がどの部分を担当するかということを社会資本整備として明確にして、それぞれの責任で整備をしていくというシステムにしない限りなかなかうまくいかないだろうというふうに思っております。
そういうことを行うことによって三番目の負担と受益の選択、自己責任でそういうものを整備するとすれば、ある程度の負担をするという、そういう選択ができてくると。身近なところにそういう行政があれば、より直結度というのが高くなるというふうに思っておりまして、地方分権、役割分担の明確化、そういうことに伴って自分たちに、あるいは国民に受益と負担を選択してもらうという形ができてくるだろうというふうに思っているわけでございます。
それから、社会保障のあり方でございますが、私は基本的にこれからの社会というのは、自分のことは自分でやるんだという自助、お互いに助け合うという互助、それから公的な支援が必要だという場合には公助あるいは扶助、そういう三つの機能がバランスよく働くような社会が理想的だ、これがこれからの社会の基本だというふうに思っておりまして、こういう社会をつくらなければと。
私は長野県におりましたが、結いというような制度で、年寄りを近所の五人が見ていくというようなシステムをつくったところもありまして、非常に身近な、しかも手軽な、安上がりな福祉が進んだというふうに思っております。
そういう意味では、全国が一律にそういうことができるわけではありませんが、そういう社会を目指していくべきだ、これを基本に置かなければ二十一世紀はあり得ないというふうに思っております。
二番目としては、年金それから医療保険、これを抜本的に改正するということが必要だ。今のままでいけばもうパンクすることは目に見えているわけでして、これからその辺をぴしっと改革していく、そういうことによってこの制度が継続していくだろうというふうに思っております。
それから三番目は、まさに今申し上げたようなことですが、地方の自主性の尊重あるいは施設運営の効率化というようなものをしていくということが大変大事だ。
介護保険というような問題もありますが、霞が関で制度を全部つくって実施は市町村だという、そういうシステムでは介護なんというのはうまくいかない。私は、身近なところに財源を付与する形で運営されていく、そういうような形じゃないと本当に効率的な福祉につながっていかないというふうに思っておりますし、施設運営にしましても、特養等につきましてもっとその施設の運営について自主性を発揮できるような、そういうシステムにしなければならないだろう。
今、特養でも、常勤職員が何名、どういう職種の人が何名というような形になっておりますが、この辺は施設の独自性が発揮できるようなそういう形にしていくことが大変大事だと。また、ボランティアの皆さんに応援をいただけるようなシステムにしなければならないだろうというふうに思っております。
それから、四番目としては国民負担率と社会保障水準の問題でございますが、私は、基本的にアメリカ型、いわゆる自助型の社会保障と北欧型の公的負担型の社会保障、日本としてはその中間ぐらいが適当かなというふうに思っておりまして、そういう意味では、国民負担率もまさにアメリカ型あるいは北欧型の中間ぐらいを今後日指すべきだろうというふうに思っているわけでございます。
以上でございます。
この発言だけを見る →お手元にレジュメを用意申し上げてございますので、これに基づいて説明をさせていただきたいと思います。
一点目は、社会経済情勢の変化ということでございます。少子・高齢化社会あるいは経済の低成長化、価値観の多様化等は皆さん既に御存じのところでございますが、特に私は、(4)分権化社会の要請、今、大変地方分権というのが要請をされてきておりまして、まさにこういう社会をつくることによって縦割り行政だとか陳情行政の是正というようなことが行われるだろう。
下水道等については、既に皆さん方御存じのように、建設省、農水省、さらに厚生省というような形で行われているとか、いろいろの問題があるわけでございまして、地方分権を進めることによって、そういう問題も含めてかなり効率的な資本整備だとか社会保障が行われるだろうというふうに思っております。
さらに、五点目としては、これからの社会というのは、民間活力をいかに活用するかというところにかかっているだろうと。社会資本整備につきましても、どうやって民間活力を導入していくか、また社会保障についてもこの辺を考えていく必要があろうというふうに思っているところでございます。
二番目の社会資本整備のあり方でございますが、まず基本的には、道路あるいは下水道、いろいろの社会資本があるわけでございますが、整備水準という目標をきちっと立てて、それに向かって全国各地が均等に整備されていくということが必要だというふうに思っております。
それから、国と地方の役割分担の明確化ということでございますが、国が一体どの部分を担当するか、地方がどの部分を担当するかということを社会資本整備として明確にして、それぞれの責任で整備をしていくというシステムにしない限りなかなかうまくいかないだろうというふうに思っております。
そういうことを行うことによって三番目の負担と受益の選択、自己責任でそういうものを整備するとすれば、ある程度の負担をするという、そういう選択ができてくると。身近なところにそういう行政があれば、より直結度というのが高くなるというふうに思っておりまして、地方分権、役割分担の明確化、そういうことに伴って自分たちに、あるいは国民に受益と負担を選択してもらうという形ができてくるだろうというふうに思っているわけでございます。
それから、社会保障のあり方でございますが、私は基本的にこれからの社会というのは、自分のことは自分でやるんだという自助、お互いに助け合うという互助、それから公的な支援が必要だという場合には公助あるいは扶助、そういう三つの機能がバランスよく働くような社会が理想的だ、これがこれからの社会の基本だというふうに思っておりまして、こういう社会をつくらなければと。
私は長野県におりましたが、結いというような制度で、年寄りを近所の五人が見ていくというようなシステムをつくったところもありまして、非常に身近な、しかも手軽な、安上がりな福祉が進んだというふうに思っております。
そういう意味では、全国が一律にそういうことができるわけではありませんが、そういう社会を目指していくべきだ、これを基本に置かなければ二十一世紀はあり得ないというふうに思っております。
二番目としては、年金それから医療保険、これを抜本的に改正するということが必要だ。今のままでいけばもうパンクすることは目に見えているわけでして、これからその辺をぴしっと改革していく、そういうことによってこの制度が継続していくだろうというふうに思っております。
それから三番目は、まさに今申し上げたようなことですが、地方の自主性の尊重あるいは施設運営の効率化というようなものをしていくということが大変大事だ。
介護保険というような問題もありますが、霞が関で制度を全部つくって実施は市町村だという、そういうシステムでは介護なんというのはうまくいかない。私は、身近なところに財源を付与する形で運営されていく、そういうような形じゃないと本当に効率的な福祉につながっていかないというふうに思っておりますし、施設運営にしましても、特養等につきましてもっとその施設の運営について自主性を発揮できるような、そういうシステムにしなければならないだろう。
今、特養でも、常勤職員が何名、どういう職種の人が何名というような形になっておりますが、この辺は施設の独自性が発揮できるようなそういう形にしていくことが大変大事だと。また、ボランティアの皆さんに応援をいただけるようなシステムにしなければならないだろうというふうに思っております。
それから、四番目としては国民負担率と社会保障水準の問題でございますが、私は、基本的にアメリカ型、いわゆる自助型の社会保障と北欧型の公的負担型の社会保障、日本としてはその中間ぐらいが適当かなというふうに思っておりまして、そういう意味では、国民負担率もまさにアメリカ型あるいは北欧型の中間ぐらいを今後日指すべきだろうというふうに思っているわけでございます。
以上でございます。
堂
堂本暁子#12
○堂本暁子君 ありがとうございます。大変いい機会を与えていただいたと思っております。
私は、二十一世紀に向けての社会資本、特に公共事業のあり方について、環境と福祉の視点から考察を加えてみたいと思っております。
参考人として出席された上智大学の山崎教授のおっしゃっておりますことに、公共事業はどういうものかということの分析で、マクロ政策としての景気対策、それからミクロ政策としての資源配分の効率性と公正ということをおっしゃっているわけですが、山崎教授のお書きになった中に、「現在の景気の状態を深刻なものと認識する限り、仮に公共投資が望ましくない副作用を伴うとしても、景気対策としての必要性は否定できないように思われる。」というふうに発言されております。
この副作用でございますけれども、短期的に見て確かに景気を刺激するということで公共投資が必要だという考え方があることは確かですが、この副作用が重なっていった場合に、十年後あるいは二十年後、一世紀後に公共事業が日本の社会にとってどういうような影響を与えていくのかという視点から、環境と福祉から考えてみたいということです。
私のレジュメの二番目に入りますけれども、あえて「公共事業と生物多様性」と書かせていただきました。
リオの地球サミットで二つの条約が採択されました。一つは生物多様性であり、そしてもう一つは気候変動枠組み条約という温暖化についての条約です。この二つの条約は、一つは地球を囲んでいる大気の問題であり、生物多様性の方は地球上の生態系を扱ったものです。
日本の生態系というのは、意外に意識されておりませんけれども、植物で申しますと野生植物の六種に一種が今は絶滅の方向に向かっています。これは非常に危機的な状況でございます。地球全部で言いますと、六千五百万年前に恐竜が絶滅したそのときのスピードよりもさらに大規模に今は地球上の生物が崩壊しているというふうに客観的にデータが出ています。
そういった中で、今日本で行われている公共事業は、非常に生態系に対しての、副作用という言葉を山崎先生の言葉から拝借して使いますならば、その生態系の破壊につながっているという事態があります。これを守るために日本もすぐに生物多様性条約は批准しましたけれども、国内法を変えることはしませんでした。さらに、地球サミットの一年前に種の保存法という種を保存するための法律も日本はつくりまして成立しましたけれども、しかしその法律がなぜ公共事業をつくるときに機能しないかと申しますと、例えば河川法、それから土地改良法などがすべて例外というふうに記載されています。
したがって、実際に、例えばイリオモテヤマネコというのは日本の絶滅種として種の保存法が制定されてから一番最初に指定された種ですが、そのイリオモテヤマネコのいる西表島でさえどんどんイリオモテヤマネコがすんでいるところを開発して、そこが今や農地になろうとしています。そんなことが西表島であるはずがないと皆様お思いになるかもしれませんが、実は、これは昭和二十四年施行の法律ですが、種の保存法よりも優先するという日本の考え方で、その法律に基づいて強制的にそこは開発されているわけです。何も今、世界から注目される、その種がいるところを開発する必要はないのではないかというふうにだれもが思うんですが、今日本の法体系はそのようになっています。
しかし、自然環境保全審議会は、事前にその報告の中で次のように言っています。
野生生物の世界は、多様な構成要素により成り立っている。そこには生態系、生物群集、個体群、種、遺伝子等様々なレベルがあり、それぞれの段階での多様性こそが自然の根源であり、野生生物を保護するには、この各レベルでの多様性を保護する必要があるとともに、そのような多様性の基盤である生物の生存する環境の保持に注意を払わねばならない。
この中で種は生物相・生態系を構成する基本単位であり、野生生物の保護を進めるには、生態系の保護とともに種の保護の観点でも個別対策を進めることが効果的であり、かつ重要である。
申しますのは、ここに書いてあります遺伝子の場合は、二十一世紀は多分バイオの時代、遺伝子工学あるいは生物産業の時代に入っていきます。そういったときに、日本は非常に遺伝子のレベルで貧困な国になりかねない。
次に、生物種も同じでありまして、今は緑がたくさんあるようですが、種が減っていくと、ある段階まで行ったときに急激に減っていきます。今、トキとかそういうものだけと思っていますが、実は私たちが名前も知らないような生物種がもう毎日のようになくなっていっている。そして、生態系も、今諌早の話も出ましたけれども、そういった形で公共事業の中でどんどん破壊されていっている。海岸線も破壊されています。それから、貴重な山村やそういったところの雑木林も破壊されています。
すべてを破壊してはいけないということを今申し上げているのではありません。公共事業がそういったものと共生できるようなつくり方に変革しなければいけない。今のようにセメントだけで固めるような形ではいけないのであって、例えば、もう今は諏訪湖の湖畔のセメントを崩してそこにアシを植えるように諏訪湖でもやり始めましたけれども、四万十川でも同じようなことをやっています。これからの公共事業の質のあり方を問わない限りこの副作用が大きくなって、日本は二十一世紀には大変自然の貧困な国になってしまうというそのことをまず指摘したい。そういった意味で、これから二十一世紀の公共事業をどのような内容の質の公共事業にしていくのか、そのことを考えなければならないというふうに思います。
二番目に、「高齢化社会における福祉環境」というふうに書きました。今、私は医療の方の協議の抜本改革ということに携わっておりますけれども、先日、有岡参考人からも指摘があったように、二十一世紀に入りますとたちまち日本では高齢者のカップルの世帯あるいは女性一人の世帯が大変な数を占める、三分の一を占めるという指摘が先日もございました。その場合に、一々地方へ移るというようなそういった今のような施設収容は高齢者にとってもよくないし、それからどんどん都会も空洞化していくという意味で、居住環境を、今まで居住していたところに在宅福祉を充実していく必要があると思います。
そういった場合に、それから次のことも申し上げれば、少子化ということが言われていますけれども、子供を育てる環境としての都市あるいは都会においても、保育園や養護施設のようなところだけではなくて、私たちが住むその環境の中に生態系の豊かさが必要になってくる。今のようにビルや高層ビルの中だけで生活してまいりますと、その中で人間も生物もともに非常に精神的にも大変影響を受けてくる、隣に精神科のお医者様がいらっしゃいますからそれは専門家に任せますけれども、やはりビルの中だけで生きていられるようなことは人間でも生物でもできない。そういったときに、単に道をつくればいい、下水道があればいいというだけではなくて、生活環境の中にいかに自然と共生していけるようなこれからの公共事業のあり方を模索していくかということが二十一世紀の課題ではないかというふうに思います。
次に申し上げたいのは、単に公共事業があるということが、道が整い、道路が、新幹線が走り、下水のあるということが豊かな国なのかといえば決してそうではない。そこには多様な文化、歴史的な文化、地理的な文化、そして個性豊かな文化があって初めて豊かな国だということが言えるのだというふうに思います。
先日、ベルギーに参りましたけれども、三百年前の都市、家、その形を大変大事にしていて、新しく家を建てる場合に三百年前の家の色と形を模したものを近代的に建てるということで、建物の高さなども全く均一にして、その都市としての美を豊かにしていました。そしてそこでは、もちろん水そして樹木、そういった自然との調和をとっている。それは、例えばパリのような町でも同じようなことが言えると思います。バンクーバーは町の四分の一が自然の公園で、そこに生物が多くすんでいます。
そのような形で、これからの公共事業というのは、ハードなインフラストラクチャーを整備するだけが住みやすい私たちの環境なのではなくて、二十一世紀の公共事業というのは、人間が生きやすく豊かに生活できる、そういった環境づくり、そしてそれは生態系との共存であるということから見ますと、今緊急に公共事業のあり方を見直す必要があるのではないか、そのように思っております。
ありがとうございました。
この発言だけを見る →私は、二十一世紀に向けての社会資本、特に公共事業のあり方について、環境と福祉の視点から考察を加えてみたいと思っております。
参考人として出席された上智大学の山崎教授のおっしゃっておりますことに、公共事業はどういうものかということの分析で、マクロ政策としての景気対策、それからミクロ政策としての資源配分の効率性と公正ということをおっしゃっているわけですが、山崎教授のお書きになった中に、「現在の景気の状態を深刻なものと認識する限り、仮に公共投資が望ましくない副作用を伴うとしても、景気対策としての必要性は否定できないように思われる。」というふうに発言されております。
この副作用でございますけれども、短期的に見て確かに景気を刺激するということで公共投資が必要だという考え方があることは確かですが、この副作用が重なっていった場合に、十年後あるいは二十年後、一世紀後に公共事業が日本の社会にとってどういうような影響を与えていくのかという視点から、環境と福祉から考えてみたいということです。
私のレジュメの二番目に入りますけれども、あえて「公共事業と生物多様性」と書かせていただきました。
リオの地球サミットで二つの条約が採択されました。一つは生物多様性であり、そしてもう一つは気候変動枠組み条約という温暖化についての条約です。この二つの条約は、一つは地球を囲んでいる大気の問題であり、生物多様性の方は地球上の生態系を扱ったものです。
日本の生態系というのは、意外に意識されておりませんけれども、植物で申しますと野生植物の六種に一種が今は絶滅の方向に向かっています。これは非常に危機的な状況でございます。地球全部で言いますと、六千五百万年前に恐竜が絶滅したそのときのスピードよりもさらに大規模に今は地球上の生物が崩壊しているというふうに客観的にデータが出ています。
そういった中で、今日本で行われている公共事業は、非常に生態系に対しての、副作用という言葉を山崎先生の言葉から拝借して使いますならば、その生態系の破壊につながっているという事態があります。これを守るために日本もすぐに生物多様性条約は批准しましたけれども、国内法を変えることはしませんでした。さらに、地球サミットの一年前に種の保存法という種を保存するための法律も日本はつくりまして成立しましたけれども、しかしその法律がなぜ公共事業をつくるときに機能しないかと申しますと、例えば河川法、それから土地改良法などがすべて例外というふうに記載されています。
したがって、実際に、例えばイリオモテヤマネコというのは日本の絶滅種として種の保存法が制定されてから一番最初に指定された種ですが、そのイリオモテヤマネコのいる西表島でさえどんどんイリオモテヤマネコがすんでいるところを開発して、そこが今や農地になろうとしています。そんなことが西表島であるはずがないと皆様お思いになるかもしれませんが、実は、これは昭和二十四年施行の法律ですが、種の保存法よりも優先するという日本の考え方で、その法律に基づいて強制的にそこは開発されているわけです。何も今、世界から注目される、その種がいるところを開発する必要はないのではないかというふうにだれもが思うんですが、今日本の法体系はそのようになっています。
しかし、自然環境保全審議会は、事前にその報告の中で次のように言っています。
野生生物の世界は、多様な構成要素により成り立っている。そこには生態系、生物群集、個体群、種、遺伝子等様々なレベルがあり、それぞれの段階での多様性こそが自然の根源であり、野生生物を保護するには、この各レベルでの多様性を保護する必要があるとともに、そのような多様性の基盤である生物の生存する環境の保持に注意を払わねばならない。
この中で種は生物相・生態系を構成する基本単位であり、野生生物の保護を進めるには、生態系の保護とともに種の保護の観点でも個別対策を進めることが効果的であり、かつ重要である。
申しますのは、ここに書いてあります遺伝子の場合は、二十一世紀は多分バイオの時代、遺伝子工学あるいは生物産業の時代に入っていきます。そういったときに、日本は非常に遺伝子のレベルで貧困な国になりかねない。
次に、生物種も同じでありまして、今は緑がたくさんあるようですが、種が減っていくと、ある段階まで行ったときに急激に減っていきます。今、トキとかそういうものだけと思っていますが、実は私たちが名前も知らないような生物種がもう毎日のようになくなっていっている。そして、生態系も、今諌早の話も出ましたけれども、そういった形で公共事業の中でどんどん破壊されていっている。海岸線も破壊されています。それから、貴重な山村やそういったところの雑木林も破壊されています。
すべてを破壊してはいけないということを今申し上げているのではありません。公共事業がそういったものと共生できるようなつくり方に変革しなければいけない。今のようにセメントだけで固めるような形ではいけないのであって、例えば、もう今は諏訪湖の湖畔のセメントを崩してそこにアシを植えるように諏訪湖でもやり始めましたけれども、四万十川でも同じようなことをやっています。これからの公共事業の質のあり方を問わない限りこの副作用が大きくなって、日本は二十一世紀には大変自然の貧困な国になってしまうというそのことをまず指摘したい。そういった意味で、これから二十一世紀の公共事業をどのような内容の質の公共事業にしていくのか、そのことを考えなければならないというふうに思います。
二番目に、「高齢化社会における福祉環境」というふうに書きました。今、私は医療の方の協議の抜本改革ということに携わっておりますけれども、先日、有岡参考人からも指摘があったように、二十一世紀に入りますとたちまち日本では高齢者のカップルの世帯あるいは女性一人の世帯が大変な数を占める、三分の一を占めるという指摘が先日もございました。その場合に、一々地方へ移るというようなそういった今のような施設収容は高齢者にとってもよくないし、それからどんどん都会も空洞化していくという意味で、居住環境を、今まで居住していたところに在宅福祉を充実していく必要があると思います。
そういった場合に、それから次のことも申し上げれば、少子化ということが言われていますけれども、子供を育てる環境としての都市あるいは都会においても、保育園や養護施設のようなところだけではなくて、私たちが住むその環境の中に生態系の豊かさが必要になってくる。今のようにビルや高層ビルの中だけで生活してまいりますと、その中で人間も生物もともに非常に精神的にも大変影響を受けてくる、隣に精神科のお医者様がいらっしゃいますからそれは専門家に任せますけれども、やはりビルの中だけで生きていられるようなことは人間でも生物でもできない。そういったときに、単に道をつくればいい、下水道があればいいというだけではなくて、生活環境の中にいかに自然と共生していけるようなこれからの公共事業のあり方を模索していくかということが二十一世紀の課題ではないかというふうに思います。
次に申し上げたいのは、単に公共事業があるということが、道が整い、道路が、新幹線が走り、下水のあるということが豊かな国なのかといえば決してそうではない。そこには多様な文化、歴史的な文化、地理的な文化、そして個性豊かな文化があって初めて豊かな国だということが言えるのだというふうに思います。
先日、ベルギーに参りましたけれども、三百年前の都市、家、その形を大変大事にしていて、新しく家を建てる場合に三百年前の家の色と形を模したものを近代的に建てるということで、建物の高さなども全く均一にして、その都市としての美を豊かにしていました。そしてそこでは、もちろん水そして樹木、そういった自然との調和をとっている。それは、例えばパリのような町でも同じようなことが言えると思います。バンクーバーは町の四分の一が自然の公園で、そこに生物が多くすんでいます。
そのような形で、これからの公共事業というのは、ハードなインフラストラクチャーを整備するだけが住みやすい私たちの環境なのではなくて、二十一世紀の公共事業というのは、人間が生きやすく豊かに生活できる、そういった環境づくり、そしてそれは生態系との共存であるということから見ますと、今緊急に公共事業のあり方を見直す必要があるのではないか、そのように思っております。
ありがとうございました。
鶴
鶴岡洋#13
○会長(鶴岡洋君) ありがとうございました。
以上で意見表明は終了いたしました。委員各位には貴重な御意見をいただきまして、まことにありがとうございました。
本日述べていただきました御意見は、後日作成いたします中間報告書案に反映させていただきたいと存じます。
本日はこれにて散会いたします。
午後三時五十一分散会
この発言だけを見る →以上で意見表明は終了いたしました。委員各位には貴重な御意見をいただきまして、まことにありがとうございました。
本日述べていただきました御意見は、後日作成いたします中間報告書案に反映させていただきたいと存じます。
本日はこれにて散会いたします。
午後三時五十一分散会
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