決算行政監視委員会
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会
会議録情報#0
平成十年三月二十五日(水曜日)
午前九時一分開議
出席委員
委員長 粕谷 茂君
理事 佐藤 静雄君 理事 高市 早苗君
理事 原田昇左右君 理事 穂積 良行君
理事 上田 清司君 理事 海江田万里君
理事 大口 善徳君 理事 石垣 一夫君
臼井日出男君 久野統一郎君
熊谷 市雄君 倉成 正和君
桜田 義孝君 下村 博文君
田邉 國男君 滝 実君
東家 嘉幸君 能勢 和子君
萩山 教嚴君 堀之内久男君
宮島 大典君 村田 吉隆君
矢上 雅義君 山口 泰明君
石井 紘基君 古賀 一成君
島津 尚純君 末松 義規君
古川 元久君 前田 武志君
田端 正広君 山中 燁子君
若松 謙維君 青木 宏之君
西田 猛君 佐々木憲昭君
中林よし子君 保坂 展人君
出席国務大臣
国務大臣
(総務庁長官) 小里 貞利君
出席政府委員
内閣官房副長官 額賀福志郎君
首席内閣参事官
兼内閣総理大臣
官房総務課長 江利川 毅君
内閣参事官
兼内閣総理大臣
官房人事課長 洞 駿君
内閣審議官 松田 隆利君
内閣法制局第一 秋山 收君
部長
人事院総裁 中島 忠能君
人事院事務総局
管理局長 尾木 雄君
人事院事務総局
任用局長 森田 衞君
人事院事務総局
給与局長 武政 和夫君
人事院事務総局
職員局長 佐藤 信君
総務政務次官 熊代 昭彦君
総務庁長官官房
審議官 大坪 正彦君
総務庁長官官房
審議官 西村 正紀君
総務庁人事局長 中川 良一君
大蔵政務次官 中村正三郎君
大蔵大臣官房長 武藤 敏郎君
大蔵大臣官房金
融検査部長 原口 恒和君
大蔵大臣官房審 中井 省君
大蔵省主計局次
長 寺澤 辰麿君
厚生省医薬安全
局長 中西 明典君
社会保険庁運営
部長 真野 章君
委員外の出席者
総務庁行政監察
局企画調整課長 熊谷 敏君
大蔵省主計局司
計課長 田頭 基典君
会計検査院事務
総局第一局長 深田 烝治君
会計検査院事務
総局第二局長 諸田 敏朗君
参 考 人
(政策研究大学
院大学教授) 伊藤 大一君
参 考 人
(中央大学総合
政策学部教授) 増島 俊之君
参 考 人
(日本経済新聞
社論説副主幹) 田勢 康弘君
参 考 人
(日本銀行総裁) 速水 優君
参 考 人
(日本銀行理事) 鴨志田孝之君
決算行政監視委
員会専門員 天野 進君
委員の異動
三月二十日
辞任 補欠選任
不破 哲三君 佐々木憲昭君
同月二十五日
辞任 補欠選任
三塚 博君 下村 博文君
山本 譲司君 古川 元久君
米津 等史君 西田 猛君
村山 富市君 保坂 展人君
同日
辞任 補欠選任
下村 博文君 能勢 和子君
古川 元久君 山本 譲司君
西田 猛君 米津 等史君
保坂 展人君 村山 富市君
同日
辞任 補欠選任
能勢 和子君 三塚 博君
本日の会議に付した案件
参考人出頭要求に関する件
歳入歳出の実況に関する件及び行政監視に関す
る件(公務員制度改革、公務員倫理及び天下り
に関する問題)
この発言だけを見る →午前九時一分開議
出席委員
委員長 粕谷 茂君
理事 佐藤 静雄君 理事 高市 早苗君
理事 原田昇左右君 理事 穂積 良行君
理事 上田 清司君 理事 海江田万里君
理事 大口 善徳君 理事 石垣 一夫君
臼井日出男君 久野統一郎君
熊谷 市雄君 倉成 正和君
桜田 義孝君 下村 博文君
田邉 國男君 滝 実君
東家 嘉幸君 能勢 和子君
萩山 教嚴君 堀之内久男君
宮島 大典君 村田 吉隆君
矢上 雅義君 山口 泰明君
石井 紘基君 古賀 一成君
島津 尚純君 末松 義規君
古川 元久君 前田 武志君
田端 正広君 山中 燁子君
若松 謙維君 青木 宏之君
西田 猛君 佐々木憲昭君
中林よし子君 保坂 展人君
出席国務大臣
国務大臣
(総務庁長官) 小里 貞利君
出席政府委員
内閣官房副長官 額賀福志郎君
首席内閣参事官
兼内閣総理大臣
官房総務課長 江利川 毅君
内閣参事官
兼内閣総理大臣
官房人事課長 洞 駿君
内閣審議官 松田 隆利君
内閣法制局第一 秋山 收君
部長
人事院総裁 中島 忠能君
人事院事務総局
管理局長 尾木 雄君
人事院事務総局
任用局長 森田 衞君
人事院事務総局
給与局長 武政 和夫君
人事院事務総局
職員局長 佐藤 信君
総務政務次官 熊代 昭彦君
総務庁長官官房
審議官 大坪 正彦君
総務庁長官官房
審議官 西村 正紀君
総務庁人事局長 中川 良一君
大蔵政務次官 中村正三郎君
大蔵大臣官房長 武藤 敏郎君
大蔵大臣官房金
融検査部長 原口 恒和君
大蔵大臣官房審 中井 省君
大蔵省主計局次
長 寺澤 辰麿君
厚生省医薬安全
局長 中西 明典君
社会保険庁運営
部長 真野 章君
委員外の出席者
総務庁行政監察
局企画調整課長 熊谷 敏君
大蔵省主計局司
計課長 田頭 基典君
会計検査院事務
総局第一局長 深田 烝治君
会計検査院事務
総局第二局長 諸田 敏朗君
参 考 人
(政策研究大学
院大学教授) 伊藤 大一君
参 考 人
(中央大学総合
政策学部教授) 増島 俊之君
参 考 人
(日本経済新聞
社論説副主幹) 田勢 康弘君
参 考 人
(日本銀行総裁) 速水 優君
参 考 人
(日本銀行理事) 鴨志田孝之君
決算行政監視委
員会専門員 天野 進君
委員の異動
三月二十日
辞任 補欠選任
不破 哲三君 佐々木憲昭君
同月二十五日
辞任 補欠選任
三塚 博君 下村 博文君
山本 譲司君 古川 元久君
米津 等史君 西田 猛君
村山 富市君 保坂 展人君
同日
辞任 補欠選任
下村 博文君 能勢 和子君
古川 元久君 山本 譲司君
西田 猛君 米津 等史君
保坂 展人君 村山 富市君
同日
辞任 補欠選任
能勢 和子君 三塚 博君
本日の会議に付した案件
参考人出頭要求に関する件
歳入歳出の実況に関する件及び行政監視に関す
る件(公務員制度改革、公務員倫理及び天下り
に関する問題)
粕
粕谷茂#1
○粕谷委員長 これより会議を開きます。
歳入歳出の実況に関する件及び行政監視に関する件、特に、公務員制度改革、公務員倫理及び天下りに関する問題について調査を進めます。
この際、一言申し上げます。
本委員会は、国民の行政に関する苦情を受け付け、これを審議に資することとしております。
この苦情受け付け窓口、いわゆる平成の目安箱には、毎日実に数多くの意見が寄せられております。国民の大きな期待を感ずるとともに、本委員会の行政監視機能を果たすという大きな使命を自覚せざるを得ません。
特に、公務員の倫理、天下りの問題に対する厳しい声が多数寄せられており、理事会の協議を踏まえ、委員会で審議を行うことになりました。
本日は、我が国の公務員制度の問題点や国民の信頼を得られる公務員倫理のあり方を明確にし、行政に関する苦情を踏まえた実りある審議となるよう、活発な議論を期待いたしたいと存じます。
ここに、委員各位の御理解と御協力を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
本日、午前中は、参考人として政策研究大学院大学教授伊藤大一君、中央大学総合政策学部教授増島俊之君及び日本経済新聞社論説副主幹田勢康弘君に御出席をいただいております。
なお、午後については、人事院総裁及び総務庁長官から順次説明を聴取した後、質疑を行うことといたしております。
この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多用中のところ本委員会に御出席いただきまして、まことにありがとうございます。参考人各位には、公務員制度改革、公務員倫理及び天下りに関する問題につきまして、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきますようお願い申し上げます。
次に、議事の順序について申し上げます。
ます、伊藤参考人、増島参考人、田勢参考人の順序で、お一人十五分程度御意見をお述べいただきたいと思います。次に、委員からの質疑に対しましてお答えいただきたいと思います。
それでは、ます伊藤参考人にお願いいたします。
この発言だけを見る →歳入歳出の実況に関する件及び行政監視に関する件、特に、公務員制度改革、公務員倫理及び天下りに関する問題について調査を進めます。
この際、一言申し上げます。
本委員会は、国民の行政に関する苦情を受け付け、これを審議に資することとしております。
この苦情受け付け窓口、いわゆる平成の目安箱には、毎日実に数多くの意見が寄せられております。国民の大きな期待を感ずるとともに、本委員会の行政監視機能を果たすという大きな使命を自覚せざるを得ません。
特に、公務員の倫理、天下りの問題に対する厳しい声が多数寄せられており、理事会の協議を踏まえ、委員会で審議を行うことになりました。
本日は、我が国の公務員制度の問題点や国民の信頼を得られる公務員倫理のあり方を明確にし、行政に関する苦情を踏まえた実りある審議となるよう、活発な議論を期待いたしたいと存じます。
ここに、委員各位の御理解と御協力を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
本日、午前中は、参考人として政策研究大学院大学教授伊藤大一君、中央大学総合政策学部教授増島俊之君及び日本経済新聞社論説副主幹田勢康弘君に御出席をいただいております。
なお、午後については、人事院総裁及び総務庁長官から順次説明を聴取した後、質疑を行うことといたしております。
この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多用中のところ本委員会に御出席いただきまして、まことにありがとうございます。参考人各位には、公務員制度改革、公務員倫理及び天下りに関する問題につきまして、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきますようお願い申し上げます。
次に、議事の順序について申し上げます。
ます、伊藤参考人、増島参考人、田勢参考人の順序で、お一人十五分程度御意見をお述べいただきたいと思います。次に、委員からの質疑に対しましてお答えいただきたいと思います。
それでは、ます伊藤参考人にお願いいたします。
伊
伊藤大一#2
○伊藤参考人 伊藤でございます。
この一、二年、公務員制度の改革論議が活発になってまいりました。政府サイドでは、昨年、公務員制度調査会が活動を再開されましたし、人事院でも、独自の研究会を組織して問題の検討に着手されたというふうに伺っております。国会サイドでも、公務員倫理法を制定しようとする動きが急になっていると伺っております。こうした流れを受けまして、本日、当決算行政監視委員会としてもこの問題を取り上げられたのだろうと承知しております。
なぜ公務員制度の改革が改めて議論されるようになったのかを考えてみますと、一つの大きなきっかけとして、公務員による不祥事の多発ということがあると存じます。そこで、ではなぜ不祥事が多発するのか、その理由は何かといった角度からこの問題を取り上げてみたいと思います。
お手元に簡単なレジュメをお配りしておきましたのでごらんいただきたいと思います。このレジュメに即して意見を申し述べさせていただきます。
公務員の不祥事が多発する理由、これが同時に、公務員制度の改革に当たり考慮すべき問題点ということになりますけれども、二つの理由あるいは問題があると思います。一つは、公務員の個人、本人に関する問題であります。これが職業倫理上の理由、問題。二番目は、組織もしくは制度、構造のレベルの問題であります。これが行政構造上の理由、問題というふうにお書きしたものであります。これにつきまして、順次考えを申し述べさせていただきます。
第一に、職業倫理上の理由、問題でありますけれども、これにつきましては、三つの点を指摘することができるかと存じます。
一つは、バブル経済の影響であります。
バブル経済の影響を受けまして、これはもう国民一般が金銭感覚を麻痺させてしまった、失調を来したということが言えると思いますが、公務員についても同じことが言えると思います。
それに加えまして、このバブル期を通じまして、官民の間の所得格差が拡大したのではないかという感じを私は持っております。これは、民と言いましてもいろいろな民がございますけれども、特にサービス産業あるいは金融部門における所得と公務員の所得との間に格差がある、その格差が拡大したのではないかという印象を持っております。
この場合の所得と申しますのは、月給だけではございませんで、年金の問題とか退職金の問題等も含めて考えております。
退職金につきましては、一部のマスコミなどで、次官が、こちらにお見えになっております増島さんは次官の経験者でいらっしゃいますからよく御存じかと思いますけれども、巨額の退職金を得ているというようなことが報道されまして、民間との間にアンバランスがあるということが言われておりますけれども、私は、比較の仕方がちょっと不正確であると。
民間の場合、例えば次官と比較すべきものは取締役、会社の役員だろうと思うのですけれども、役員の場合はどういう所得構造になっているかと申しますと、企業の内部で出世をされて部長ぐらいまでなられる、そこで一たん退職をされるわけであります。退職金を取られまして、その後で改めて取締役に就任されるということになりますから、実質的にはかなりの所得を得ておられるだろうと思いますが、公務員の場合には、そういう二段階の構造になっておりませんで、一度限りであります。そういうことも考えますと、次官といえどもそれほど大きな退職金は得ておられないだろうと思います。
加えまして、いわゆるフリンジベネフィットみたいなものがございまして、公務員の場合には特別なフリンジベネフィットはございませんけれども、一部の民間部門、特に金融部門などでは、有利な住宅ローンが使える。そこで現役中に自分の家を持つというケースがふえたと思いますが、公務員の場合にはそういうことはございません。大体が公務員宿舎におられまして、退職と同時に初めて自分の家を持つということが普通だろうと思います。そういうことで、バブル期を通じて持ち家率にも変化があったのではないか。そういったようなことが、公務員の側の金銭感覚を麻痺させる一つの原因になっているのではないかというふうに思います。
〔委員長退席、原田(昇)委員長代理着席〕
二番目は、目的意識と申しますか、あるいは使命感が希薄化したのではないかということであります。
公務員は権限を持っているわけでありますが、この権限の悪用もしくは誤用に対する最も有効な歯どめは、目的意識あるいは使命感に根差す緊張感だろうと思うのです。これは例えば、少し前に日本経済新聞の「経済教室」にイギリスの有名な日本研究者でありますロナルド・ドーア教授が書いておられましたけれども、公務員の腐敗を防止する一番有効な方法は公務員に使命感、誇りを持たせることであるというふうに言っておられました。
私は全く同意見でございますが、この使命感あるいは誇りが、昭和三十年代、四十年代のいわゆる追いつき型の近代化の時代には非常に高かったと思うのです。国民が生活に苦しんでいる、何とかして欧米並みの生活に到達したい、そういう国民の希望を受けまして公務員が一生懸命頑張ってこられた、そういう使命感といいますか、目的意識が非常にはっきりしておられたと思うのでありますが、昭和五十年代、六十年代に入りまして、追いつき型近代化を達成してしまった後、目的意識が少しぼけてきてしまったのではないかという感じがいたします。そのことが公務員の使命感と申しますか、緊張に弛緩を来したのではないかという印象を持っているわけであります。
これが二番目の問題でありますが、これは単に公務員個々人の問題ではございませんで、日本国家全体の問題でもあろうかと思います。
それから三番目は、職業倫理の実効性を担保するメカニズムが弱いのではないかということが考えられます。
ここに国家公務員法八十四条ということをお書きしておきましたけれども、この八十四条の一項ではへ懲戒処分というものがございます。不幸にして不祥事を起こした公務員に対して懲戒処分をする、この懲戒処分は任命権者、つまり大臣が行うということになっておりますけれども、実際には、恐らく秘書課あたりでそういう事務を担当されるのだろうと思います。そうなりますと、実際には、自分の省庁の職員、身内でありますから、身内に対してはどうしても厳しさが欠けてくるのではないかという問題が一つございます。それからもう一つは、局長とか次官といった上位者には、遠慮があったりいたしまして手を及ぼせないのではないか、そういうこともございます。
そういうこともあろうかということで、公務員法の八十四条は二項で、任命権者だけではなしに、注の一にお書きしておきましたけれども、人事院が任命権者にかわって懲戒手続を進めることができるという規定を置いているわけでございますが、私の承知しております範囲では、この規定はほとんど使われたことがないというふうに感じております。その辺が、職業倫理に実効性を持たせるメカニズムが少し弱いという一つのポイントーになるかと思います。
なお、最近、倫理法の問題に絡みまして、アメリカの政府倫理法、エシックス・イン・ガバメント・アクツでございますが、このことがしばしば参照されますけれども、これについて一つだけ御注意いただきたい点がございます。
それは、アメリカの政府倫理法は、主として政治的な任命職を念頭に置いてつくられたものであります。大体三千名ぐらいの者が大統領の任命になっている政治的任命でありますが、この方々は、公務員になられる前は大多数の方が民間の企業の役員をしておられたわけであります。公務員になられたときに、民間企業におられたときよりもより厳しい倫理基準を守っていただかなければいけないということで、主としてそういう方を念頭に置きまして倫理法が制定されている。
例えばその中を見ますと、自分のオフィスを使って民間企業の人といろいろ自分の再就職のことを交渉してはいけない。これは、大統領の任期が終わりに近づきますと、またもう一度民間に戻らなければいけない、そのときの自分の再就職先のことを心配し出すわけであります、浮き足立ってくるわけであります。そのときに、自分のオフィスに民間の人を呼んでいろいろ再就職の交渉をしたりする、そういうことのために自分のオフィスを使ってはならぬといったようなことまで書いてあるわけでありまして、これは明らかに、そういう政治的な任命職の方を主たる対象としてつくられた法律だろうと思いますので、その点をちょっと御留意いただきたいと思います。
以上が、お役人個人の職業倫理に関する問題であります。
二番目は、行政構造上の問題があると思います。
これも三つの点が指摘できると思いますが、第一は、日本の行政の場合、いわゆる裁量行政の範囲が広過ぎるということがございます。
私の友人で、金融行政のことを専門に研究しております者から話を聞きましたが、例えば銀行法という法律は、三十数条であります。でありますから、法律の規定としては非常に簡単であります。実際にその法律に定められた権限を行使する、どういう基準で行使するか、その基準につきましては通達等々で決められている。その通達の数が約一千あるのだそうでありますが、そのくらい、行政の判断あるいは行政官の担当者の判断によって物事が決まるというケースが多いわけであります。
そういうことになりますと、企業としてはなるべく自分に有利な判断をしてもらおう、さじかげんをしてもらおうということで、どうしても公務員に対して誘惑の手を差しのべるということになってしまいます。そういうことで、裁量行政というのはどうしても腐敗の温床になりやすい。
先週でございましたけれども、通産省の研究所で「政府と市場」というセミナーがございまして、世界銀行のスティグリッツさんという副総裁の方がお見えになりまして基調講演をしておられましたけれども、そのときに政策レソトという言葉を使っておられました。このレソトというのは、もともとは地代という意味のレソトでありますが、不労所得のことであります。汗水流さないで所得を稼ぐ、これをレソトというふうに申しておりますけれども、裁量行政の範囲が広いということは、裏から返しますと、そういうレソトの幅が大きい、レソトの余地が大きい。企業としては、裁量を自分のために有利に行使してもらって、そして労せずして収益を上げようというふうにどうしても考えてしまうということでありますが、日本の場合には、そういうことで裁量行政の範囲が広過ぎる、裁量レソトが大き過ぎるということでございます。
これにつきましては、今月の初めの朝日新聞に、官房副長官の古川さんがそういうことをはっきりインタビューのときにおっしゃっておられました。大変印象的でございました。
二番目は、この裁量行政の裏側になるわけでありますけれども、ルール型の行政に切りかえていかなければいけない。
ルール型の行政と申しますのは、例えば公正取引委員会がやっておられるような行政でありますけれども、これがいわゆる規制緩和と言われているものだろうと思います。規制緩和と申しますのは、規制をなくしてしまうというのではなくて、規制のあり方を変える、ルール型の規制を設定するということなのだろうと思いますが、私が一つ懸念しておりますのは、全体としてはこういう方向、裁量行政からルール型の行政に移りつつあると思うのですけれども、分野によってはむしろそれに逆行するような現象が見られる。
例えば金融行政などで、一方で金融の緩和が進む、銀行と証券の壁が取り払われる。そういたしますと、新しいタイプの金融会社が設立されます。その設立に当たって、大蔵省が事実上の承認を与えるといったようなことが行われている。法律にはそういうことは書いてないわけでありまして、むしろ通達によってそういう承認が行われる、事実上の許認可が行われているというようなことがあるやに聞いております。
これは先生方にお調べいただきたいわけでありますけれども、そういうことで、どうも裁量行政というものの幅が思ったほど縮まっていかないというのが現状だろうと思います。これが二番目の構造上の理由、問題の第一点であります。
二番目に、専門知識の低下という問題がございます。これは公務員の専門知識、特に民間企業の専門家に比べた場合に、公務員の専門知識がだんだん低下してきているのではないかということであります。
これにつきましては、注の三にお書きしておきましたけれども、元水産庁長官をなさいました佐竹五六さんとおっしゃる方が最近本をお出しになりました。その中で、これは非常に心配をして書いておられましたけれども、日本の公務員はエキスパートである、テクノクラートであると言われるけれども、一体何のテクノクラートかと申しますと、これは結局、人間関係調整技術、わかりやすく申しますと、根回しの技術のエキスパートである、しかし、それ以外のエキスパートではない。例えば、金融行政を担当しておられるお役人が金融行政、金融活動のことをよく知っているかというとそうではないと、余り御存じないということを書いておられました。農業行政についても同じであるということを佐竹さんは書いておられました。
他方で、どんどん技術革新が進んでまいります。例えば、アメリカでは金融産業というものもハイテク産業の一つに数えられている。そのぐらい技術革新が著しいところであります。民間の部門では、そういったような新しい技術を取得した人がどんどん出てきている。ところが、お役所の方ではそういう技術を持った人が育っていかない。そこに、大きな技術格差が生じてしまっているということであります。その結果どういうことになるかと申しますと、ここにお書きしておきましたように、裁量行政のもとにおける専門知識の民間依存、わからないことが起きたときには結局民間に聞く、民間に問い合わせるということになってしまうわけであります。
先日来新聞をにぎわしております、例えばMOF担、大蔵省担当の方が、大蔵省のお役人にかわって実は通達の原案を書いていたといったようなことも報道されておりました。
数年前でありましたけれども、公正取引委員会がいわゆる業界団体、正式には事業者団体と申しますけれども、業界団体についての実態調査をなさったことがございます。その報告書を拝見いたしましたけれども、日本の業界団体はどういうことをしているか。かなりの業界団体が、二十数%でありましたけれども、お役所にかわって政策あるいは施策の原案をつくっているというようなところもございました。
これは、業界団体の方が専門知識を持っている、新しい法律なり計画なりをつくるのに必要な情報、知識を持っているということでありまして、そこで、お役所にかわってそういうことをなさっているということが報告書に出ておりました。私もちょっとびっくりいたしましたけれども、そのぐらい技術の点で民間に依存するという傾向が出てきてしまっている。やはりこのことが、公務員の不祥事、腐敗を招く一つの温床になっているのではないかというふうに考えます。
今後、ルール型の行政になった場合に、それじゃ一体どういうことになるか。私は、専門知識はますます必要になると思うのですね。ルール型の行政と申しますのは、一方でますルールを設定する、その後で今度はそのルールが実際に守られているかどうかを監視する、そういう基準の設定と監視、これはかなり高度な専門技術を必要といたします。それは、例えば今度発足いたします金融監督庁についても同じでありますが、それだけの、民間部門に対抗できるだけの専門知識、専門技術というものを役所の側が持っていなければいけない。そうしなければ、ルール型行政というのは順調に期待されたような効果を発揮いたしません。そういうふうに考えますと、専門知識の重要性はますます高まってくるだろうという感じがいたします。
三番目は、官民関係における制度と実態の乖離ということをちょっとお書きしておきました。
ちょっとかた苦しい表現ですけれども、私が申し上げたいと思いましたことは、いわゆる行政システム、官僚制というふうに言われておりますけれども、これまでの官僚制は、秩序行政、一番の中心は警察行政をモデルにした官僚制であったわけであります。その場合には、民間と余り接触しない方がいい、むしろ民間と距離を置いた方がいいという隔絶型の官僚システムになっていた。これは、日本が明治時代にドイツから行政組織を取り入れましたときに、もともとのドイツがそういうような仕組みになっていたわけでありますが、今日までそれが続いております。
ところが、最近ではそういう警察をモデルとする官僚制ではなくて、むしろ経済官僚、経済行政というものがだんだん中心になってくる。この経済行政ということになりますと、特に市場経済、資本主義経済のもとでは、社会と距離を置くのではなくて、むしろ社会と密接に連絡を保つ、情報を交換する、あるいは人事の交流を図るといったようなことが必要になってまいります。
そこで、同じ行政システムでも、かつての閉鎖系から開放系に移る、構造転換を図る必要があると思うのでありますが、そこのところがスムーズにいっていない。実際は経済界、社会との接触が必要になってきているのに、行政制度そのものはいまだに閉鎖系のままであるということになりまして、どうしてもそこに無理が生ずる。非公式な接触、社会や経済との非公式な接触というものが始まってくる。それが例えば天下りであったり、接待であったりするということが考えられます。
そこで、これから先は、社会、経済の進展に合わせまして、行政システムそのものを開放系のものに改めていく。経済、社会との間で情報や人事の自由な交流が行われるようにする。しかも、それでいて行政の公正さというものを保つ、そういったようなシステムを考え出していく必要がある。そういう時代に来ているのだろうと思います。
その点で、注の四に書いておきましたけれども、最近人事院の方で、国と民間企業との間の人事交流を促進するような制度をつくるべきであるというような意見を内閣及び国会に申し出られておりますが、ぜひこういう制度を実現されたらいいのではないか。私といたしましては、先生方がこの申し出に対して積極的に対応されることを期待したいと思っております。
なお最後に、二枚目になりますが、補論といたしまして、天下り問題について考えておりますことを若干お書きしておきました。
天下りという言葉は、非常にあいまいな言葉であります。非常に広く解釈いたしますと、一番初めに①に書きましたように、公務員の民間への再就職、これを全部天下りと見ていく。これは非常に広義の天下りであります。この広義の天下りの中には、これは一概に非難すべきではない、むしろ非常にすぐれたお役人がおられる、能力のすぐれた方がおられる、そういう方が個人の能力を生かして社会的に活躍される、それはいいことだろうと思いますので、これは、広義の天下りのメリットの面であります。
しかし同時に、天下りには官民の癒着を招くというデメリットもやはりございます。そこで、このメリットとデメリットをどう調整していくか、これが難しいところであります。
最近、人事院の方で就職承認基準を改正されまして、局長以上には厳しく、課長以下には弾力的にというような新しい基準を設定されました。これは、人事院が大変御苦労なさったのだと思いますけれども、一応局長と課長というところで線を引かれたわけでありますが、これでいいのかどうか。もっと別の線の引き方があるのではないかという感じが私にはしております。
いずれにしても、これは広義の天下りでありまして、これについては一概には悪とは言えないということですね。
ところが、二番目に書いておきましたように、もう一つの天下りがあります。狭義の天下りですね。これは、権限を背景とする組織的な押しつけのような再就職であります。
実際には官房の秘書課あたりが中心になりまして、役所のOBを民間に再就職させるというような慣行でありますけれども、これは大変弊害が大きいと思うのですね。そういうことをいたしますと、どうしても役所の側が民間に対して、弱みを見せる、借りをつくってしまいます。そこを逆につけ込まれるということになりますので、これは腐敗の温床になりやすいというふうに感じます。
それからもう一つ、そういう組織的な天下り、狭義の天下りは、官房の秘書課あたりが中心になってなさいますので、どうしてもセクショナリズムを強めるような効果もあるのではないかというふうに思いますので、これはぜひやめるべきではないか。それにかわって、行政改革会議でも提案されておりましたし、最近では公務員制度調査会でも検討されております、例えば人材バンク方式ですね、求人情報、求職情報を一元化する、そういう人材バンク方式の天下りと申しますか、再就職というものをお考えになるべきではないかというふうに考えております。これが③に書かれていることでございます。
また、そういうふうにしてある程度お役人が民間に出ていかれる、活躍されるということは、役所全体を若々しくさせる、役所の老化を防ぐという効果もございます。
イギリスのお役所に行ったことがございますが、イギリスの役所では定年が六十五歳でございまして、次官、局長というような方々は大体六十を過ぎた方であります。どうしても考え方が慎重になり過ぎてしまう。日本のこれまでの公務員制度のいいところは、若々しい方が、五十代の方が局長、次官になっておられた、課長は四十代である。そういう若々しい方がそういうラインのポストについておられますと、当然斬新な、イノベーティブな政策が出てまいります。そういう官僚組織全体としての若々しさを保つ、その意味でも広義の天下りは歓迎していいのではないかと私は思っておりますが、他方で、不祥事の根をいかにして絶つかということが非常に難しい、思案、工夫のしどころだろうと思っております。
以上、いろいろなことを申しましたけれども、私の結論といたしましては、ここにお書きいたしましたように、公務員の大多数は今でも誠実である、士気も高いというふうに信じております。こういう公務員の方々が後顧の憂いなく職務に専念できるような環境、条件を構築する、あるいは再構築するということが一番大事なことではないかと感じております。
以上をもつて私の陳述を終わります。拍手
この発言だけを見る →この一、二年、公務員制度の改革論議が活発になってまいりました。政府サイドでは、昨年、公務員制度調査会が活動を再開されましたし、人事院でも、独自の研究会を組織して問題の検討に着手されたというふうに伺っております。国会サイドでも、公務員倫理法を制定しようとする動きが急になっていると伺っております。こうした流れを受けまして、本日、当決算行政監視委員会としてもこの問題を取り上げられたのだろうと承知しております。
なぜ公務員制度の改革が改めて議論されるようになったのかを考えてみますと、一つの大きなきっかけとして、公務員による不祥事の多発ということがあると存じます。そこで、ではなぜ不祥事が多発するのか、その理由は何かといった角度からこの問題を取り上げてみたいと思います。
お手元に簡単なレジュメをお配りしておきましたのでごらんいただきたいと思います。このレジュメに即して意見を申し述べさせていただきます。
公務員の不祥事が多発する理由、これが同時に、公務員制度の改革に当たり考慮すべき問題点ということになりますけれども、二つの理由あるいは問題があると思います。一つは、公務員の個人、本人に関する問題であります。これが職業倫理上の理由、問題。二番目は、組織もしくは制度、構造のレベルの問題であります。これが行政構造上の理由、問題というふうにお書きしたものであります。これにつきまして、順次考えを申し述べさせていただきます。
第一に、職業倫理上の理由、問題でありますけれども、これにつきましては、三つの点を指摘することができるかと存じます。
一つは、バブル経済の影響であります。
バブル経済の影響を受けまして、これはもう国民一般が金銭感覚を麻痺させてしまった、失調を来したということが言えると思いますが、公務員についても同じことが言えると思います。
それに加えまして、このバブル期を通じまして、官民の間の所得格差が拡大したのではないかという感じを私は持っております。これは、民と言いましてもいろいろな民がございますけれども、特にサービス産業あるいは金融部門における所得と公務員の所得との間に格差がある、その格差が拡大したのではないかという印象を持っております。
この場合の所得と申しますのは、月給だけではございませんで、年金の問題とか退職金の問題等も含めて考えております。
退職金につきましては、一部のマスコミなどで、次官が、こちらにお見えになっております増島さんは次官の経験者でいらっしゃいますからよく御存じかと思いますけれども、巨額の退職金を得ているというようなことが報道されまして、民間との間にアンバランスがあるということが言われておりますけれども、私は、比較の仕方がちょっと不正確であると。
民間の場合、例えば次官と比較すべきものは取締役、会社の役員だろうと思うのですけれども、役員の場合はどういう所得構造になっているかと申しますと、企業の内部で出世をされて部長ぐらいまでなられる、そこで一たん退職をされるわけであります。退職金を取られまして、その後で改めて取締役に就任されるということになりますから、実質的にはかなりの所得を得ておられるだろうと思いますが、公務員の場合には、そういう二段階の構造になっておりませんで、一度限りであります。そういうことも考えますと、次官といえどもそれほど大きな退職金は得ておられないだろうと思います。
加えまして、いわゆるフリンジベネフィットみたいなものがございまして、公務員の場合には特別なフリンジベネフィットはございませんけれども、一部の民間部門、特に金融部門などでは、有利な住宅ローンが使える。そこで現役中に自分の家を持つというケースがふえたと思いますが、公務員の場合にはそういうことはございません。大体が公務員宿舎におられまして、退職と同時に初めて自分の家を持つということが普通だろうと思います。そういうことで、バブル期を通じて持ち家率にも変化があったのではないか。そういったようなことが、公務員の側の金銭感覚を麻痺させる一つの原因になっているのではないかというふうに思います。
〔委員長退席、原田(昇)委員長代理着席〕
二番目は、目的意識と申しますか、あるいは使命感が希薄化したのではないかということであります。
公務員は権限を持っているわけでありますが、この権限の悪用もしくは誤用に対する最も有効な歯どめは、目的意識あるいは使命感に根差す緊張感だろうと思うのです。これは例えば、少し前に日本経済新聞の「経済教室」にイギリスの有名な日本研究者でありますロナルド・ドーア教授が書いておられましたけれども、公務員の腐敗を防止する一番有効な方法は公務員に使命感、誇りを持たせることであるというふうに言っておられました。
私は全く同意見でございますが、この使命感あるいは誇りが、昭和三十年代、四十年代のいわゆる追いつき型の近代化の時代には非常に高かったと思うのです。国民が生活に苦しんでいる、何とかして欧米並みの生活に到達したい、そういう国民の希望を受けまして公務員が一生懸命頑張ってこられた、そういう使命感といいますか、目的意識が非常にはっきりしておられたと思うのでありますが、昭和五十年代、六十年代に入りまして、追いつき型近代化を達成してしまった後、目的意識が少しぼけてきてしまったのではないかという感じがいたします。そのことが公務員の使命感と申しますか、緊張に弛緩を来したのではないかという印象を持っているわけであります。
これが二番目の問題でありますが、これは単に公務員個々人の問題ではございませんで、日本国家全体の問題でもあろうかと思います。
それから三番目は、職業倫理の実効性を担保するメカニズムが弱いのではないかということが考えられます。
ここに国家公務員法八十四条ということをお書きしておきましたけれども、この八十四条の一項ではへ懲戒処分というものがございます。不幸にして不祥事を起こした公務員に対して懲戒処分をする、この懲戒処分は任命権者、つまり大臣が行うということになっておりますけれども、実際には、恐らく秘書課あたりでそういう事務を担当されるのだろうと思います。そうなりますと、実際には、自分の省庁の職員、身内でありますから、身内に対してはどうしても厳しさが欠けてくるのではないかという問題が一つございます。それからもう一つは、局長とか次官といった上位者には、遠慮があったりいたしまして手を及ぼせないのではないか、そういうこともございます。
そういうこともあろうかということで、公務員法の八十四条は二項で、任命権者だけではなしに、注の一にお書きしておきましたけれども、人事院が任命権者にかわって懲戒手続を進めることができるという規定を置いているわけでございますが、私の承知しております範囲では、この規定はほとんど使われたことがないというふうに感じております。その辺が、職業倫理に実効性を持たせるメカニズムが少し弱いという一つのポイントーになるかと思います。
なお、最近、倫理法の問題に絡みまして、アメリカの政府倫理法、エシックス・イン・ガバメント・アクツでございますが、このことがしばしば参照されますけれども、これについて一つだけ御注意いただきたい点がございます。
それは、アメリカの政府倫理法は、主として政治的な任命職を念頭に置いてつくられたものであります。大体三千名ぐらいの者が大統領の任命になっている政治的任命でありますが、この方々は、公務員になられる前は大多数の方が民間の企業の役員をしておられたわけであります。公務員になられたときに、民間企業におられたときよりもより厳しい倫理基準を守っていただかなければいけないということで、主としてそういう方を念頭に置きまして倫理法が制定されている。
例えばその中を見ますと、自分のオフィスを使って民間企業の人といろいろ自分の再就職のことを交渉してはいけない。これは、大統領の任期が終わりに近づきますと、またもう一度民間に戻らなければいけない、そのときの自分の再就職先のことを心配し出すわけであります、浮き足立ってくるわけであります。そのときに、自分のオフィスに民間の人を呼んでいろいろ再就職の交渉をしたりする、そういうことのために自分のオフィスを使ってはならぬといったようなことまで書いてあるわけでありまして、これは明らかに、そういう政治的な任命職の方を主たる対象としてつくられた法律だろうと思いますので、その点をちょっと御留意いただきたいと思います。
以上が、お役人個人の職業倫理に関する問題であります。
二番目は、行政構造上の問題があると思います。
これも三つの点が指摘できると思いますが、第一は、日本の行政の場合、いわゆる裁量行政の範囲が広過ぎるということがございます。
私の友人で、金融行政のことを専門に研究しております者から話を聞きましたが、例えば銀行法という法律は、三十数条であります。でありますから、法律の規定としては非常に簡単であります。実際にその法律に定められた権限を行使する、どういう基準で行使するか、その基準につきましては通達等々で決められている。その通達の数が約一千あるのだそうでありますが、そのくらい、行政の判断あるいは行政官の担当者の判断によって物事が決まるというケースが多いわけであります。
そういうことになりますと、企業としてはなるべく自分に有利な判断をしてもらおう、さじかげんをしてもらおうということで、どうしても公務員に対して誘惑の手を差しのべるということになってしまいます。そういうことで、裁量行政というのはどうしても腐敗の温床になりやすい。
先週でございましたけれども、通産省の研究所で「政府と市場」というセミナーがございまして、世界銀行のスティグリッツさんという副総裁の方がお見えになりまして基調講演をしておられましたけれども、そのときに政策レソトという言葉を使っておられました。このレソトというのは、もともとは地代という意味のレソトでありますが、不労所得のことであります。汗水流さないで所得を稼ぐ、これをレソトというふうに申しておりますけれども、裁量行政の範囲が広いということは、裏から返しますと、そういうレソトの幅が大きい、レソトの余地が大きい。企業としては、裁量を自分のために有利に行使してもらって、そして労せずして収益を上げようというふうにどうしても考えてしまうということでありますが、日本の場合には、そういうことで裁量行政の範囲が広過ぎる、裁量レソトが大き過ぎるということでございます。
これにつきましては、今月の初めの朝日新聞に、官房副長官の古川さんがそういうことをはっきりインタビューのときにおっしゃっておられました。大変印象的でございました。
二番目は、この裁量行政の裏側になるわけでありますけれども、ルール型の行政に切りかえていかなければいけない。
ルール型の行政と申しますのは、例えば公正取引委員会がやっておられるような行政でありますけれども、これがいわゆる規制緩和と言われているものだろうと思います。規制緩和と申しますのは、規制をなくしてしまうというのではなくて、規制のあり方を変える、ルール型の規制を設定するということなのだろうと思いますが、私が一つ懸念しておりますのは、全体としてはこういう方向、裁量行政からルール型の行政に移りつつあると思うのですけれども、分野によってはむしろそれに逆行するような現象が見られる。
例えば金融行政などで、一方で金融の緩和が進む、銀行と証券の壁が取り払われる。そういたしますと、新しいタイプの金融会社が設立されます。その設立に当たって、大蔵省が事実上の承認を与えるといったようなことが行われている。法律にはそういうことは書いてないわけでありまして、むしろ通達によってそういう承認が行われる、事実上の許認可が行われているというようなことがあるやに聞いております。
これは先生方にお調べいただきたいわけでありますけれども、そういうことで、どうも裁量行政というものの幅が思ったほど縮まっていかないというのが現状だろうと思います。これが二番目の構造上の理由、問題の第一点であります。
二番目に、専門知識の低下という問題がございます。これは公務員の専門知識、特に民間企業の専門家に比べた場合に、公務員の専門知識がだんだん低下してきているのではないかということであります。
これにつきましては、注の三にお書きしておきましたけれども、元水産庁長官をなさいました佐竹五六さんとおっしゃる方が最近本をお出しになりました。その中で、これは非常に心配をして書いておられましたけれども、日本の公務員はエキスパートである、テクノクラートであると言われるけれども、一体何のテクノクラートかと申しますと、これは結局、人間関係調整技術、わかりやすく申しますと、根回しの技術のエキスパートである、しかし、それ以外のエキスパートではない。例えば、金融行政を担当しておられるお役人が金融行政、金融活動のことをよく知っているかというとそうではないと、余り御存じないということを書いておられました。農業行政についても同じであるということを佐竹さんは書いておられました。
他方で、どんどん技術革新が進んでまいります。例えば、アメリカでは金融産業というものもハイテク産業の一つに数えられている。そのぐらい技術革新が著しいところであります。民間の部門では、そういったような新しい技術を取得した人がどんどん出てきている。ところが、お役所の方ではそういう技術を持った人が育っていかない。そこに、大きな技術格差が生じてしまっているということであります。その結果どういうことになるかと申しますと、ここにお書きしておきましたように、裁量行政のもとにおける専門知識の民間依存、わからないことが起きたときには結局民間に聞く、民間に問い合わせるということになってしまうわけであります。
先日来新聞をにぎわしております、例えばMOF担、大蔵省担当の方が、大蔵省のお役人にかわって実は通達の原案を書いていたといったようなことも報道されておりました。
数年前でありましたけれども、公正取引委員会がいわゆる業界団体、正式には事業者団体と申しますけれども、業界団体についての実態調査をなさったことがございます。その報告書を拝見いたしましたけれども、日本の業界団体はどういうことをしているか。かなりの業界団体が、二十数%でありましたけれども、お役所にかわって政策あるいは施策の原案をつくっているというようなところもございました。
これは、業界団体の方が専門知識を持っている、新しい法律なり計画なりをつくるのに必要な情報、知識を持っているということでありまして、そこで、お役所にかわってそういうことをなさっているということが報告書に出ておりました。私もちょっとびっくりいたしましたけれども、そのぐらい技術の点で民間に依存するという傾向が出てきてしまっている。やはりこのことが、公務員の不祥事、腐敗を招く一つの温床になっているのではないかというふうに考えます。
今後、ルール型の行政になった場合に、それじゃ一体どういうことになるか。私は、専門知識はますます必要になると思うのですね。ルール型の行政と申しますのは、一方でますルールを設定する、その後で今度はそのルールが実際に守られているかどうかを監視する、そういう基準の設定と監視、これはかなり高度な専門技術を必要といたします。それは、例えば今度発足いたします金融監督庁についても同じでありますが、それだけの、民間部門に対抗できるだけの専門知識、専門技術というものを役所の側が持っていなければいけない。そうしなければ、ルール型行政というのは順調に期待されたような効果を発揮いたしません。そういうふうに考えますと、専門知識の重要性はますます高まってくるだろうという感じがいたします。
三番目は、官民関係における制度と実態の乖離ということをちょっとお書きしておきました。
ちょっとかた苦しい表現ですけれども、私が申し上げたいと思いましたことは、いわゆる行政システム、官僚制というふうに言われておりますけれども、これまでの官僚制は、秩序行政、一番の中心は警察行政をモデルにした官僚制であったわけであります。その場合には、民間と余り接触しない方がいい、むしろ民間と距離を置いた方がいいという隔絶型の官僚システムになっていた。これは、日本が明治時代にドイツから行政組織を取り入れましたときに、もともとのドイツがそういうような仕組みになっていたわけでありますが、今日までそれが続いております。
ところが、最近ではそういう警察をモデルとする官僚制ではなくて、むしろ経済官僚、経済行政というものがだんだん中心になってくる。この経済行政ということになりますと、特に市場経済、資本主義経済のもとでは、社会と距離を置くのではなくて、むしろ社会と密接に連絡を保つ、情報を交換する、あるいは人事の交流を図るといったようなことが必要になってまいります。
そこで、同じ行政システムでも、かつての閉鎖系から開放系に移る、構造転換を図る必要があると思うのでありますが、そこのところがスムーズにいっていない。実際は経済界、社会との接触が必要になってきているのに、行政制度そのものはいまだに閉鎖系のままであるということになりまして、どうしてもそこに無理が生ずる。非公式な接触、社会や経済との非公式な接触というものが始まってくる。それが例えば天下りであったり、接待であったりするということが考えられます。
そこで、これから先は、社会、経済の進展に合わせまして、行政システムそのものを開放系のものに改めていく。経済、社会との間で情報や人事の自由な交流が行われるようにする。しかも、それでいて行政の公正さというものを保つ、そういったようなシステムを考え出していく必要がある。そういう時代に来ているのだろうと思います。
その点で、注の四に書いておきましたけれども、最近人事院の方で、国と民間企業との間の人事交流を促進するような制度をつくるべきであるというような意見を内閣及び国会に申し出られておりますが、ぜひこういう制度を実現されたらいいのではないか。私といたしましては、先生方がこの申し出に対して積極的に対応されることを期待したいと思っております。
なお最後に、二枚目になりますが、補論といたしまして、天下り問題について考えておりますことを若干お書きしておきました。
天下りという言葉は、非常にあいまいな言葉であります。非常に広く解釈いたしますと、一番初めに①に書きましたように、公務員の民間への再就職、これを全部天下りと見ていく。これは非常に広義の天下りであります。この広義の天下りの中には、これは一概に非難すべきではない、むしろ非常にすぐれたお役人がおられる、能力のすぐれた方がおられる、そういう方が個人の能力を生かして社会的に活躍される、それはいいことだろうと思いますので、これは、広義の天下りのメリットの面であります。
しかし同時に、天下りには官民の癒着を招くというデメリットもやはりございます。そこで、このメリットとデメリットをどう調整していくか、これが難しいところであります。
最近、人事院の方で就職承認基準を改正されまして、局長以上には厳しく、課長以下には弾力的にというような新しい基準を設定されました。これは、人事院が大変御苦労なさったのだと思いますけれども、一応局長と課長というところで線を引かれたわけでありますが、これでいいのかどうか。もっと別の線の引き方があるのではないかという感じが私にはしております。
いずれにしても、これは広義の天下りでありまして、これについては一概には悪とは言えないということですね。
ところが、二番目に書いておきましたように、もう一つの天下りがあります。狭義の天下りですね。これは、権限を背景とする組織的な押しつけのような再就職であります。
実際には官房の秘書課あたりが中心になりまして、役所のOBを民間に再就職させるというような慣行でありますけれども、これは大変弊害が大きいと思うのですね。そういうことをいたしますと、どうしても役所の側が民間に対して、弱みを見せる、借りをつくってしまいます。そこを逆につけ込まれるということになりますので、これは腐敗の温床になりやすいというふうに感じます。
それからもう一つ、そういう組織的な天下り、狭義の天下りは、官房の秘書課あたりが中心になってなさいますので、どうしてもセクショナリズムを強めるような効果もあるのではないかというふうに思いますので、これはぜひやめるべきではないか。それにかわって、行政改革会議でも提案されておりましたし、最近では公務員制度調査会でも検討されております、例えば人材バンク方式ですね、求人情報、求職情報を一元化する、そういう人材バンク方式の天下りと申しますか、再就職というものをお考えになるべきではないかというふうに考えております。これが③に書かれていることでございます。
また、そういうふうにしてある程度お役人が民間に出ていかれる、活躍されるということは、役所全体を若々しくさせる、役所の老化を防ぐという効果もございます。
イギリスのお役所に行ったことがございますが、イギリスの役所では定年が六十五歳でございまして、次官、局長というような方々は大体六十を過ぎた方であります。どうしても考え方が慎重になり過ぎてしまう。日本のこれまでの公務員制度のいいところは、若々しい方が、五十代の方が局長、次官になっておられた、課長は四十代である。そういう若々しい方がそういうラインのポストについておられますと、当然斬新な、イノベーティブな政策が出てまいります。そういう官僚組織全体としての若々しさを保つ、その意味でも広義の天下りは歓迎していいのではないかと私は思っておりますが、他方で、不祥事の根をいかにして絶つかということが非常に難しい、思案、工夫のしどころだろうと思っております。
以上、いろいろなことを申しましたけれども、私の結論といたしましては、ここにお書きいたしましたように、公務員の大多数は今でも誠実である、士気も高いというふうに信じております。こういう公務員の方々が後顧の憂いなく職務に専念できるような環境、条件を構築する、あるいは再構築するということが一番大事なことではないかと感じております。
以上をもつて私の陳述を終わります。拍手
原
増
増島俊之#4
○増島参考人 中央大学の増島でございます。
お手元の簡単なメモに即しまして、五点お話し申し上げたいと思います。
第一点でございますけれども、行政改革といいますといろいろなとらえ方がございますけれども、行政改革を対象領域に着目して分類しますと、官民関係の改革があるわけでございます。主たる内容は、規制緩和であります。それから、国、地方関係の改革というとらえ方。主たる内容は、地方分権であります。それから、政官関係の改革があるわけでございます。現在、内閣のリーダーシップを強化する仕組みの改革とか、政治が討議しやすい行政組織、そういうようないろいろな観点の改革がございます。また、官の内部改革としての透明性、公正性、効率性を高める改革などがあるわけであります。
公務員倫理や天下りの問題といいますのは、これらの諸領域の改革と実は密接に結びついておりまして、この行政改革の全般的な、あるいは包括的な推進というものがないと、なかなかそれ自体も難しいということであります。
なお、参考でございますけれども、行政改革の観点で、かつて第二臨調というのがございました。その第二臨調が掲げました行政改革の観点というのは四つありまして、変化への対応、それから総合性の確保、簡素化・効率化、そして信頼性の確保という四点を掲げたわけであります。現在、この信頼性の確保という観点が非常に強調されてきているわけでございます。従来までですと、この信頼性の確保という観点から進められてきました改革に、個人情報保護法の制定とかあるいは行政手続法の制定とかいうものがございます。その延長上に情報公開法案、そういうものもあるわけであります。
その信頼性の回復を支えるキーワードは二つありまして、透明性と、もう一つは説明責任でございます。国民の関心が今この問題に非常に強く向けられているわけであります。 〔原田(昇)委員長代理退席、穂積委員長代理着席〕
二点目でございますが、官僚制のゆがみが生じないようにするためには、行政組織が、ゆがんだ人間をつくり出すというようなことではなくて、いかに健全な人間というものを認めるような組織とすることができるかという視点が非常に大切なのではないかというふうに思うわけであります。日本の官僚組織といいますのは、大変すぐれた特質を持っていると思いますけれども、同時に、健全な組織となることを妨げているようなものもあるわけであります。
健全な組織運営のゆがみをもたらすもの、いろいろな問題があるわけでございます。
第一点で述べました過剰な規制についてなくしていく、そういうものも当然あるわけです。過剰な規制の問題というようなものもありますけれども、例えばキャリアパス、キャリアパスといいますと、役所に入りましてから退職するまでの経路でございますけれども、キャリアパスにつきまして非常に硬直的な運用がなされているということです。
その職員の方がハイラーキーの中に乗らないと評価されない、あるいはまた、非常に専門性を深めてもその専門性自体について評価の仕組みがない、あるいは、入り口試験がございますけれども、その入り口試験にはいろいろな種類がございまして、その試験の種類に非常に重点が置かれ過ぎている、そういうようなもろもろの問題がございます。
それから二番目でございますけれども、退職公務員の関連業界への天下り問題、あるいはまた中央省庁から都道府県庁の非常に重要なポストに天下りをする、そういう人事慣行というのがございます。これはそれぞれいろいろな意味を持っているわけでありますけれども、特に後者のような問題については、今、地方主権というような言葉さえ言われるようなときにこのような慣行が当たり前のように行われている、こういうのもやはり健全な組織としてはおかしいのではないかということであります。
それから、三番目に挙げております、各省庁における意思決定の過程におきまして、技官などの専門職員に対しまして過度に頼り過ぎている、そういうところもあるわけであります。厚生省におけるエイズ薬害事件の病理現象というのは、恐らくそういう典型的な事件なのではないかというふうにも思うわけであります。
それから、四番目に例として挙げておりますのは、機能的な組織観というものが非常に欠けているのではないか、これからはもっと機能的な組織観というものがあってもよいのではないかというふうに思います。
例えば、局長や部長がある一定年齢になりますと、これまでは、さらに昇任するか退職するかという選択になるわけでございますけれども、これからは、マネジャーから別の仕事に変わるということが当たり前のようになる、そういう組織観が要るのではないかと思います。そして、これまでの知識、経験を生かしまして、研修所の教官になるとか、あるいは行政相談事務に当たるとか、あるいは調査、翻訳事務に従事するとか、いろいろな職種、もう少し機能的な組織観というものが広く認められるような仕組みになる必要があるのではないか。これは第三点のところでも述べます、六十五歳定年制を実施に移す場合に、こういう組織運営ないし組織についての見方というものが大変必要であるというふうに考えております。
三点目でございますけれども、関連業界への天下り問題に限定して申し上げますと、官民癒着の弊害が生ずる。これは、各省庁の退職職員が、許認可規制を背景としまして関連業界への天下りをするからであるというふうに言われるわけであります。
一般的に、退職者の方が役所で得た知識、経験というものを広く民間の活動に役立てることの意義といいますのは、十分考えられるわけであります。職業選択の自由がございますので、退職職員の方が自己の知識、経験が役立つ民間で働くことを全面的に禁止することはできませんし、また妥当なことではないというふうに考えております。しかし、その関連業界への就職あっせんの慣行がしばしばもたらします弊害というものも指摘されているわけであります。
〔穂積委員長代理退席、委員長着席〕
それで、私は、もしこの天下り問題に対する方策というものに本格的に取り組むのだとすれば、やはり次の二つの人事運営の大枠というものを決定する必要があるのではないかというふうに思います。
一つは、現在六十歳定年でございますけれども、定年を六十五歳にする、そして職員が希望すれば六十五歳まで働くことができるようにする、そしてもう一つは、今後、役所の人事当局が組織としていわゆる就職あっせんをしないということを定めることなのではないかというふうに考えております。もちろん、政府の中で、役所の人事当局とは別に、退職公務員の求職やそれらの人材を求める民間の人たちの求人活動、そういうものを円滑にする部門、そういうものがあってもよいのではないかと考えております。
こういうことを申し上げますと、いつも出てきますのは、それでは新陳代謝というものが停滞するではないか、幹部人事の運用が非常に円滑さを欠くのではないか等の問題があるわけであります。しかし、この新陳代謝の停滞とか幹部人事の運用、あるいは給与のあり方、あるいは定員措置の有無、あるいは新規採用の抑制問題などについてどのような細目的な工夫ができるかということにつきましては、やはり関係機関の専門的な検討にゆだねることが必要だと思います。専門的な検討にゆだねる場合には、やはり大枠としてはこういう大枠というものをきちっとしませんと、鶏と卵の関係のようなことで、結論が出てこないわけであります。
それから、四点目に申し上げたいことは、官民改革あるいは国、地方関係の改革、さらには政官関係の改革、こういういろいろな諸改革がどのように進展いたしましても、公務の本質的な性格や、それが陥りやすい欠点は依然として残るわけであります。このことを留意しませんと、どのような思い切った改革も、国民が求めます本当の成果を上げることはできないのではないかと考えます。また、生涯を公共の福祉のために捧げるような公務員を生み出すこともできないのではないかと思います。このあるべき行政の実現のために、あるいは公務員にとって生きがいのある行政の実現のために何が必要なのかということについて、最後に述べたいと思います。
官僚制の問題点というものを考えますと、やはり公務とは何かということにいつも突き当たってくるわけであります。そして、この認識が欠けてしまいますと、官僚制はすぐに腐敗する、非常に腐敗しやすいものになる、そういうことであります。
お手元の二枚目の資料、簡単なメモに、私の著書の中から引いているものでございますけれども、公務とは何かということ、公務の特質といいますのを民間活動、企業と比較をして出したものがございます。左の方の「全体の奉仕者」あるいは「権力の独占」。権力の独占といいますと大変強い言葉のように思いますけれども、ある許認可権限が法律の中にありまして、そしてある省のある課に割り当てられますと、その課以外はどこも関与できない、そういうことであります。もちろん民間も、その許認可権限というものを持つ、そういうことはできないわけであります。そういう意味の仕組み、すなわち権力の独占というものがあるわけであります。
それから、財源は租税ですし、租税であるがゆえに、財源の確保に一定のそういう限度があるわけであります。それから、民間にはすぐ破産というのがありますけれども、公務の場合は破産がない。
あるいはまた、民間の場合は市場メカニズムといいますものが非常にヤードスティックとして働いておりますけれども、公務の場合には、活動成果の測定の目安が非常に多元的かつ複雑。国際的な信用を確保するとか、あるいは年とった方の安心感を確保するとか、あるいはまた経済活動を活発にさせるとか、いろいろな観点からの活動がなされておりまして、そういう活動の目安が非常に多元的かつ複雑である。したがって、それがゆえに、経済社会というものが変わってきたときにも、すぐにその対応している部門を縮小することができない、おくれてくる、そういうことにもなるわけであります。
また、国民の権利義務と密接に関連していますことから、非常に手続が重視されるわけであります。行政手続法の制定といいますものも、こういうことに着眼しているわけであります。民間の活動では、どちらかといえば、手続より結果を重視するというような特質があるわけであります。
そこで、こういう公務の特質につきましての社会一般の認識と公務員自身の認識というものが必要であるということでございます。そして、こういう公務の特質、すなわち権力を持つこと、あるいは破産がないこと、あるいはそういう市場メカニズムで単純にはかれないこと、あるいは非常に手続を重視することなど、今いろいろ申し上げましたようなことといいますのは、実は公務の悪さというものも生み出すわけであります。権力はしばしば容易に堕落するわけであり、また、時代の流れからおくれてしまうわけであります。また、社会一般の人々の声に耳を傾けることが少なくなるわけであります。公務の特質、よく考えますと、いわば貨幣の裏表のようなことで、その特質というものがあって、非常にいろいろなよさもあるわけですけれども、それが常に弊害を引き起こす要因になるということも忘れてはならないわけでございます。
ここで、やはり必要なことは、国政に携わられる方々や公務員自身がそのような公務の特性を明確に認識することが大切であります。そして、そういう悪い部分が必ず出てくるということを前提にしまして、その除去の努力というのを繰り返し行うことが必要であります。汚職が起きないための人事管理や運営管理上の工夫とか、あるいは国民からの苦情相談の充実とか、許認可事務手続あるいは補助金事務手続の簡素化、効率化のための定期的な見直しとか、あるいは民間における管理手法の吸収、あるいは公務員研修、教育の重視などであります。
私は、長い間官界におりまして、そして行政の改善、改革の仕事に従事しておりましたけれども、その経験を踏まえて、日本の行政運営の欠陥といいますものをぎりぎり一つに絞ったらどうなるか、もしそういう質問がありましたら、それはやはり、プラン偏重である。プラン・ドゥー・シーという管理サイクルがすべての業務にはあるわけでございますけれども、プラン・ドゥー・シーの管理サイクルのうち、非常にプランに偏重していて、評価の部分が極めて手薄いということであります。これは、日本の行政のぎりぎり絞ったときの非常な欠陥であります。この欠陥、こういうことを念頭に置いて、各領域において、あるいはまた各段階での努力が必要であるというふうに考えております。
最後、五点目でございますけれども、人事院の調査によりますと、現職の公務員にあなたはなぜ公務員になったのですかというふうに問いますと、七〇%は、公共への奉仕がしたいといいますのが公務員を志望した理由となっております。これは大変すばらしいことであります。このような公務員が生涯誇りを持って生きることができるような仕組みをつくる、そしてそれを維持すること、それは非常に大切であります。なぜならば、士気の高い官僚制といいますのは、国民の大切な財産だからであります。本院においてのいろいろな御審議の中においても、この視点というものをぜひ持って、いろいろのことを御検討いただきたいというふうに思います。
以上です。拍手
この発言だけを見る →お手元の簡単なメモに即しまして、五点お話し申し上げたいと思います。
第一点でございますけれども、行政改革といいますといろいろなとらえ方がございますけれども、行政改革を対象領域に着目して分類しますと、官民関係の改革があるわけでございます。主たる内容は、規制緩和であります。それから、国、地方関係の改革というとらえ方。主たる内容は、地方分権であります。それから、政官関係の改革があるわけでございます。現在、内閣のリーダーシップを強化する仕組みの改革とか、政治が討議しやすい行政組織、そういうようないろいろな観点の改革がございます。また、官の内部改革としての透明性、公正性、効率性を高める改革などがあるわけであります。
公務員倫理や天下りの問題といいますのは、これらの諸領域の改革と実は密接に結びついておりまして、この行政改革の全般的な、あるいは包括的な推進というものがないと、なかなかそれ自体も難しいということであります。
なお、参考でございますけれども、行政改革の観点で、かつて第二臨調というのがございました。その第二臨調が掲げました行政改革の観点というのは四つありまして、変化への対応、それから総合性の確保、簡素化・効率化、そして信頼性の確保という四点を掲げたわけであります。現在、この信頼性の確保という観点が非常に強調されてきているわけでございます。従来までですと、この信頼性の確保という観点から進められてきました改革に、個人情報保護法の制定とかあるいは行政手続法の制定とかいうものがございます。その延長上に情報公開法案、そういうものもあるわけであります。
その信頼性の回復を支えるキーワードは二つありまして、透明性と、もう一つは説明責任でございます。国民の関心が今この問題に非常に強く向けられているわけであります。 〔原田(昇)委員長代理退席、穂積委員長代理着席〕
二点目でございますが、官僚制のゆがみが生じないようにするためには、行政組織が、ゆがんだ人間をつくり出すというようなことではなくて、いかに健全な人間というものを認めるような組織とすることができるかという視点が非常に大切なのではないかというふうに思うわけであります。日本の官僚組織といいますのは、大変すぐれた特質を持っていると思いますけれども、同時に、健全な組織となることを妨げているようなものもあるわけであります。
健全な組織運営のゆがみをもたらすもの、いろいろな問題があるわけでございます。
第一点で述べました過剰な規制についてなくしていく、そういうものも当然あるわけです。過剰な規制の問題というようなものもありますけれども、例えばキャリアパス、キャリアパスといいますと、役所に入りましてから退職するまでの経路でございますけれども、キャリアパスにつきまして非常に硬直的な運用がなされているということです。
その職員の方がハイラーキーの中に乗らないと評価されない、あるいはまた、非常に専門性を深めてもその専門性自体について評価の仕組みがない、あるいは、入り口試験がございますけれども、その入り口試験にはいろいろな種類がございまして、その試験の種類に非常に重点が置かれ過ぎている、そういうようなもろもろの問題がございます。
それから二番目でございますけれども、退職公務員の関連業界への天下り問題、あるいはまた中央省庁から都道府県庁の非常に重要なポストに天下りをする、そういう人事慣行というのがございます。これはそれぞれいろいろな意味を持っているわけでありますけれども、特に後者のような問題については、今、地方主権というような言葉さえ言われるようなときにこのような慣行が当たり前のように行われている、こういうのもやはり健全な組織としてはおかしいのではないかということであります。
それから、三番目に挙げております、各省庁における意思決定の過程におきまして、技官などの専門職員に対しまして過度に頼り過ぎている、そういうところもあるわけであります。厚生省におけるエイズ薬害事件の病理現象というのは、恐らくそういう典型的な事件なのではないかというふうにも思うわけであります。
それから、四番目に例として挙げておりますのは、機能的な組織観というものが非常に欠けているのではないか、これからはもっと機能的な組織観というものがあってもよいのではないかというふうに思います。
例えば、局長や部長がある一定年齢になりますと、これまでは、さらに昇任するか退職するかという選択になるわけでございますけれども、これからは、マネジャーから別の仕事に変わるということが当たり前のようになる、そういう組織観が要るのではないかと思います。そして、これまでの知識、経験を生かしまして、研修所の教官になるとか、あるいは行政相談事務に当たるとか、あるいは調査、翻訳事務に従事するとか、いろいろな職種、もう少し機能的な組織観というものが広く認められるような仕組みになる必要があるのではないか。これは第三点のところでも述べます、六十五歳定年制を実施に移す場合に、こういう組織運営ないし組織についての見方というものが大変必要であるというふうに考えております。
三点目でございますけれども、関連業界への天下り問題に限定して申し上げますと、官民癒着の弊害が生ずる。これは、各省庁の退職職員が、許認可規制を背景としまして関連業界への天下りをするからであるというふうに言われるわけであります。
一般的に、退職者の方が役所で得た知識、経験というものを広く民間の活動に役立てることの意義といいますのは、十分考えられるわけであります。職業選択の自由がございますので、退職職員の方が自己の知識、経験が役立つ民間で働くことを全面的に禁止することはできませんし、また妥当なことではないというふうに考えております。しかし、その関連業界への就職あっせんの慣行がしばしばもたらします弊害というものも指摘されているわけであります。
〔穂積委員長代理退席、委員長着席〕
それで、私は、もしこの天下り問題に対する方策というものに本格的に取り組むのだとすれば、やはり次の二つの人事運営の大枠というものを決定する必要があるのではないかというふうに思います。
一つは、現在六十歳定年でございますけれども、定年を六十五歳にする、そして職員が希望すれば六十五歳まで働くことができるようにする、そしてもう一つは、今後、役所の人事当局が組織としていわゆる就職あっせんをしないということを定めることなのではないかというふうに考えております。もちろん、政府の中で、役所の人事当局とは別に、退職公務員の求職やそれらの人材を求める民間の人たちの求人活動、そういうものを円滑にする部門、そういうものがあってもよいのではないかと考えております。
こういうことを申し上げますと、いつも出てきますのは、それでは新陳代謝というものが停滞するではないか、幹部人事の運用が非常に円滑さを欠くのではないか等の問題があるわけであります。しかし、この新陳代謝の停滞とか幹部人事の運用、あるいは給与のあり方、あるいは定員措置の有無、あるいは新規採用の抑制問題などについてどのような細目的な工夫ができるかということにつきましては、やはり関係機関の専門的な検討にゆだねることが必要だと思います。専門的な検討にゆだねる場合には、やはり大枠としてはこういう大枠というものをきちっとしませんと、鶏と卵の関係のようなことで、結論が出てこないわけであります。
それから、四点目に申し上げたいことは、官民改革あるいは国、地方関係の改革、さらには政官関係の改革、こういういろいろな諸改革がどのように進展いたしましても、公務の本質的な性格や、それが陥りやすい欠点は依然として残るわけであります。このことを留意しませんと、どのような思い切った改革も、国民が求めます本当の成果を上げることはできないのではないかと考えます。また、生涯を公共の福祉のために捧げるような公務員を生み出すこともできないのではないかと思います。このあるべき行政の実現のために、あるいは公務員にとって生きがいのある行政の実現のために何が必要なのかということについて、最後に述べたいと思います。
官僚制の問題点というものを考えますと、やはり公務とは何かということにいつも突き当たってくるわけであります。そして、この認識が欠けてしまいますと、官僚制はすぐに腐敗する、非常に腐敗しやすいものになる、そういうことであります。
お手元の二枚目の資料、簡単なメモに、私の著書の中から引いているものでございますけれども、公務とは何かということ、公務の特質といいますのを民間活動、企業と比較をして出したものがございます。左の方の「全体の奉仕者」あるいは「権力の独占」。権力の独占といいますと大変強い言葉のように思いますけれども、ある許認可権限が法律の中にありまして、そしてある省のある課に割り当てられますと、その課以外はどこも関与できない、そういうことであります。もちろん民間も、その許認可権限というものを持つ、そういうことはできないわけであります。そういう意味の仕組み、すなわち権力の独占というものがあるわけであります。
それから、財源は租税ですし、租税であるがゆえに、財源の確保に一定のそういう限度があるわけであります。それから、民間にはすぐ破産というのがありますけれども、公務の場合は破産がない。
あるいはまた、民間の場合は市場メカニズムといいますものが非常にヤードスティックとして働いておりますけれども、公務の場合には、活動成果の測定の目安が非常に多元的かつ複雑。国際的な信用を確保するとか、あるいは年とった方の安心感を確保するとか、あるいはまた経済活動を活発にさせるとか、いろいろな観点からの活動がなされておりまして、そういう活動の目安が非常に多元的かつ複雑である。したがって、それがゆえに、経済社会というものが変わってきたときにも、すぐにその対応している部門を縮小することができない、おくれてくる、そういうことにもなるわけであります。
また、国民の権利義務と密接に関連していますことから、非常に手続が重視されるわけであります。行政手続法の制定といいますものも、こういうことに着眼しているわけであります。民間の活動では、どちらかといえば、手続より結果を重視するというような特質があるわけであります。
そこで、こういう公務の特質につきましての社会一般の認識と公務員自身の認識というものが必要であるということでございます。そして、こういう公務の特質、すなわち権力を持つこと、あるいは破産がないこと、あるいはそういう市場メカニズムで単純にはかれないこと、あるいは非常に手続を重視することなど、今いろいろ申し上げましたようなことといいますのは、実は公務の悪さというものも生み出すわけであります。権力はしばしば容易に堕落するわけであり、また、時代の流れからおくれてしまうわけであります。また、社会一般の人々の声に耳を傾けることが少なくなるわけであります。公務の特質、よく考えますと、いわば貨幣の裏表のようなことで、その特質というものがあって、非常にいろいろなよさもあるわけですけれども、それが常に弊害を引き起こす要因になるということも忘れてはならないわけでございます。
ここで、やはり必要なことは、国政に携わられる方々や公務員自身がそのような公務の特性を明確に認識することが大切であります。そして、そういう悪い部分が必ず出てくるということを前提にしまして、その除去の努力というのを繰り返し行うことが必要であります。汚職が起きないための人事管理や運営管理上の工夫とか、あるいは国民からの苦情相談の充実とか、許認可事務手続あるいは補助金事務手続の簡素化、効率化のための定期的な見直しとか、あるいは民間における管理手法の吸収、あるいは公務員研修、教育の重視などであります。
私は、長い間官界におりまして、そして行政の改善、改革の仕事に従事しておりましたけれども、その経験を踏まえて、日本の行政運営の欠陥といいますものをぎりぎり一つに絞ったらどうなるか、もしそういう質問がありましたら、それはやはり、プラン偏重である。プラン・ドゥー・シーという管理サイクルがすべての業務にはあるわけでございますけれども、プラン・ドゥー・シーの管理サイクルのうち、非常にプランに偏重していて、評価の部分が極めて手薄いということであります。これは、日本の行政のぎりぎり絞ったときの非常な欠陥であります。この欠陥、こういうことを念頭に置いて、各領域において、あるいはまた各段階での努力が必要であるというふうに考えております。
最後、五点目でございますけれども、人事院の調査によりますと、現職の公務員にあなたはなぜ公務員になったのですかというふうに問いますと、七〇%は、公共への奉仕がしたいといいますのが公務員を志望した理由となっております。これは大変すばらしいことであります。このような公務員が生涯誇りを持って生きることができるような仕組みをつくる、そしてそれを維持すること、それは非常に大切であります。なぜならば、士気の高い官僚制といいますのは、国民の大切な財産だからであります。本院においてのいろいろな御審議の中においても、この視点というものをぜひ持って、いろいろのことを御検討いただきたいというふうに思います。
以上です。拍手
粕
田
田勢康弘#6
○田勢参考人 田勢康弘でございます。
昨年まで、アメリカの大学で研究生活をしておりました。そのときに、私の研究仲間にアメリカの軍の幹部が三人おりました。陸軍、海軍、空軍の軍人であります。彼らと一緒に、大学の代表団で世界各地を回りました。いずれも招待を受けて回りましたけれども、どういうわけか、この三人の軍人は、招待はビジネスクラスで受けておりますけれども、常に彼らはエコノミークラスにしか乗りませんでした。
私は、非常に不思議に思って、何か軍のルールがあるのかと尋ねたことがございます。彼らの答えは、いや、ルールなどというものはない、しかし、自分たちは国民の税金で国民を守る仕事をしている、したがってプライベートでも自分たちはいつもこのクラスしか乗ったことはない、こういう話でございました。
仕事柄、世界をあちこち行っておりますけれども、日本の若い官僚がファーストクラスに乗っている姿をしばしば見かけます。それを非難するつもりは全くございませんけれども、しかしながら、本来、このアメリカの軍人が私に言った自分たちの生き方の問題、これは日本人がアメリカ人に胸を張って言うべきことであったのではないかというふうに思うわけでございます。
昨今の公務員批判、詰まるところ問題は、現在の公務員の制度にあるのではなくて、国家の運営に携わる者としての覚悟の欠如、これに尽きるのではないかというふうに私は思っております。
古い話ですけれども、西郷隆盛が残した言葉の中にこういう言葉がございます。今も要らず、名も要らず、官位も金も要らぬ人は始末に負えぬものなり、しかし、この始末に負えぬ人ならでは、報難をともにして国家の大業をなし得ることは不可能であるということを、西郷は南洲遺訓で残しております。
私は、政治家を含めた国家運営に携わる者としての覚悟は、全くこの一言に尽きるだろう、これがないというところが、今日本が抱えている最大の問題ではないかというふうに思っております。
マックス・ウェーバーは官僚システムを論理的に説明をした偉大な社会学者であろうと思っておりますが、そのマックス・ウェーバーは、官職は天職であると言っております。まさに私は、今の公務員に、とりわけ幹部候補生たる公務員に、この官職は天職であるという言葉の意味をかみしめていただきたい、何ゆえに国家運営に携わる者としての覚悟というものがなくなってしまったかと。
日本の歴史を振り返って見ますと、やはり明治以降、一刻も早く近代国家の礎を築こうということで非常に急いで官僚制度ができました。いかにすれば有能な官僚を輩出できるかということで、東京帝国大学法学部の前身がつくられたわけでございます。自来、今日に至るまで、有能な人材というのは、特定の優秀だと言われている大学を優秀な成績で卒業して、かつては高文、今は公務員試験を優秀な成績で入った人たちが有能な人材というふうに言われてまいったわけであります。
しかしながら、よく考えてみますと、こういう人たちはある意味でぺーパーテストの天才ではありましょうけれども、しかしながら、人間トータルとしての能力、つまり、創造力を持っているか、人徳はどうか、そういうようなことを総合的に考えますと、ぺーパーテストの天才――つまり、ぺーパーテストというのはいついかなるときも必ず正しい答えがあるわけであります。この正しい答えがある問題を解く能力、こういうものに秀でた人たちが本当に国家運営、つまり、国家運営に当たっては恐らく解答のないような問題ばかり発生するわけでありますが、そのときには全く機能しないというのが、今の日本のこの国家の意思決定システムではなかろうかなと思っております。
かつて、全国から優秀な人材は皆、陸軍へ入りました。その結果、満州国をつくったあたりから、日本の官僚の力と政治の力が逆転してしまったというふうに私は思っております。石原莞爾を初め陸軍の幹部が、満州国をつくり、外圧によって国内を改革しようとしたというのが、その後十五年に及ぶ日中戦争から太平洋戦争へ渡る道筋であったわけであります。政治が本来の機能、つまり国家の意思決定を政治がきちんとするという仕組みになっていれば、これほどの官僚ばっこという事態にはならなかったであろうということを考えますと、現在も同じようなことが相当言えるのではないかというふうに思うわけでございます。
もう一つ、私も若い官僚に友人、知人がたくさんおります。彼らから感じますのは、強烈なまでの使命感であります。しかしながら、この使命感が正しく育っていかないと、ある時点で、自分たちは国家を動かしているという意識がいつの間にか民間をさげすむ意識につながっている、そういう気配を感じることが間々あります。
一方で、日本の官僚システムが持っている非常に強大な権限、また裁量行政という名で呼ばれる不透明な部分、それに社会全体を覆っている、自分だけが得をしよう、自分だけがうまいことをしようということが、やはり一刻も早く官が握っている行政の情報をとろうということにつながっていくのだろうというふうに思います。私どもマスメディアを含めて、日本の官僚システムを等身大以上に非常に持ち上げて、実態以上に大きな存在にしてしまったというのが今日の姿であろうと思うわけでございます。一つには、官僚だけの問題ではなくて、日本社会全体の問題であろうというふうに思います。
下から上へ物事を上げていって決めるボトムアップの方式、これには大変時間がかかります。前例があるかないかということがまた問題になります。予算として計上されているかどうか。この三つの条件が見事に当てはまれば、日本の官僚は実に堅実な仕事をするわけでありますけれども、申し上げるまでもなく、現在のような状況は、前例もなければ時間もない、瞬時にして物事を決めなければならない。そういうときに、何度も申し上げますけれども、政治がきちんと意思表明をする、国家の意思を決めるということをおやりになれば、決して今のような官僚主導という言葉がはびこることにはならないのではないかというふうに思うわけでございます。
政治家のことを英語ではローメーカーというわけでありますけれども、ぜひこのローメーカー本来の姿に――つまり、現在の日本は正しい意味での三権分立にはなっていない。立法府の相当部分まで行政府が入り込んできております。相当のことを行政府、官僚たちが決めております。これをなるべく理想的な三権分立の姿に戻すことが、公務員制度そのものに手をつけるよりもはるかに効果的であろうというふうに私は思います。
社会全体のことを考えますと、日本は世界有数の交際費天国、交際費社会でございます。私は、アメリカに駐在しておりますときに、自分で車を運転してホワイトハウスへ入るジム・ベーカー国務長官を何度も見かけました。それがすべていいというようなことを申し上げるつもりはございませんけれども、しかしながら、東京近郊の非常に有名なゴルフ場に朝から夕方までとまっております黒塗りのハイヤーの数を見ますと、ほとんど目まいがする思いがいたします。これがやがて海外から必ず指摘をされて、日本の交際費というものが問題になるときが来るだろうというふうな予感もしております。問題は、公務員だけではなくて、民間を含めた社会全体にあるというふうに思うわけであります。
最後に一言申し上げたいのは、私どもマスコミの最近の公務員批判というのは、私自身もかなり、度を越す部分もあるというふうに思っております。大事なことは、国家というものの存在を認める限り、つまり国家の存在を前提とする限り、その運営に携わる人間にいかに有能な人たちを集めるかということは、国として非常に大事なことであります。これが正しい意味でのエリーティズム、つまりエリート主義であります。
しかしながら、エリートには二つの側面があろうかと思います。一つは身分としてのエリート、二つ目は機能としてのエリート。我々が守らなければならないのはこの機能としてのエリートでありますけれども、肝心の官僚の人たちが身分としてのエリートと錯覚をして、自分たちは偉いのだと思ってしまったところが、今のような非常にもうあきれるほどの行儀の悪さにつながってきたのではないかというふうに思っております。
以上でございます。拍手
この発言だけを見る →昨年まで、アメリカの大学で研究生活をしておりました。そのときに、私の研究仲間にアメリカの軍の幹部が三人おりました。陸軍、海軍、空軍の軍人であります。彼らと一緒に、大学の代表団で世界各地を回りました。いずれも招待を受けて回りましたけれども、どういうわけか、この三人の軍人は、招待はビジネスクラスで受けておりますけれども、常に彼らはエコノミークラスにしか乗りませんでした。
私は、非常に不思議に思って、何か軍のルールがあるのかと尋ねたことがございます。彼らの答えは、いや、ルールなどというものはない、しかし、自分たちは国民の税金で国民を守る仕事をしている、したがってプライベートでも自分たちはいつもこのクラスしか乗ったことはない、こういう話でございました。
仕事柄、世界をあちこち行っておりますけれども、日本の若い官僚がファーストクラスに乗っている姿をしばしば見かけます。それを非難するつもりは全くございませんけれども、しかしながら、本来、このアメリカの軍人が私に言った自分たちの生き方の問題、これは日本人がアメリカ人に胸を張って言うべきことであったのではないかというふうに思うわけでございます。
昨今の公務員批判、詰まるところ問題は、現在の公務員の制度にあるのではなくて、国家の運営に携わる者としての覚悟の欠如、これに尽きるのではないかというふうに私は思っております。
古い話ですけれども、西郷隆盛が残した言葉の中にこういう言葉がございます。今も要らず、名も要らず、官位も金も要らぬ人は始末に負えぬものなり、しかし、この始末に負えぬ人ならでは、報難をともにして国家の大業をなし得ることは不可能であるということを、西郷は南洲遺訓で残しております。
私は、政治家を含めた国家運営に携わる者としての覚悟は、全くこの一言に尽きるだろう、これがないというところが、今日本が抱えている最大の問題ではないかというふうに思っております。
マックス・ウェーバーは官僚システムを論理的に説明をした偉大な社会学者であろうと思っておりますが、そのマックス・ウェーバーは、官職は天職であると言っております。まさに私は、今の公務員に、とりわけ幹部候補生たる公務員に、この官職は天職であるという言葉の意味をかみしめていただきたい、何ゆえに国家運営に携わる者としての覚悟というものがなくなってしまったかと。
日本の歴史を振り返って見ますと、やはり明治以降、一刻も早く近代国家の礎を築こうということで非常に急いで官僚制度ができました。いかにすれば有能な官僚を輩出できるかということで、東京帝国大学法学部の前身がつくられたわけでございます。自来、今日に至るまで、有能な人材というのは、特定の優秀だと言われている大学を優秀な成績で卒業して、かつては高文、今は公務員試験を優秀な成績で入った人たちが有能な人材というふうに言われてまいったわけであります。
しかしながら、よく考えてみますと、こういう人たちはある意味でぺーパーテストの天才ではありましょうけれども、しかしながら、人間トータルとしての能力、つまり、創造力を持っているか、人徳はどうか、そういうようなことを総合的に考えますと、ぺーパーテストの天才――つまり、ぺーパーテストというのはいついかなるときも必ず正しい答えがあるわけであります。この正しい答えがある問題を解く能力、こういうものに秀でた人たちが本当に国家運営、つまり、国家運営に当たっては恐らく解答のないような問題ばかり発生するわけでありますが、そのときには全く機能しないというのが、今の日本のこの国家の意思決定システムではなかろうかなと思っております。
かつて、全国から優秀な人材は皆、陸軍へ入りました。その結果、満州国をつくったあたりから、日本の官僚の力と政治の力が逆転してしまったというふうに私は思っております。石原莞爾を初め陸軍の幹部が、満州国をつくり、外圧によって国内を改革しようとしたというのが、その後十五年に及ぶ日中戦争から太平洋戦争へ渡る道筋であったわけであります。政治が本来の機能、つまり国家の意思決定を政治がきちんとするという仕組みになっていれば、これほどの官僚ばっこという事態にはならなかったであろうということを考えますと、現在も同じようなことが相当言えるのではないかというふうに思うわけでございます。
もう一つ、私も若い官僚に友人、知人がたくさんおります。彼らから感じますのは、強烈なまでの使命感であります。しかしながら、この使命感が正しく育っていかないと、ある時点で、自分たちは国家を動かしているという意識がいつの間にか民間をさげすむ意識につながっている、そういう気配を感じることが間々あります。
一方で、日本の官僚システムが持っている非常に強大な権限、また裁量行政という名で呼ばれる不透明な部分、それに社会全体を覆っている、自分だけが得をしよう、自分だけがうまいことをしようということが、やはり一刻も早く官が握っている行政の情報をとろうということにつながっていくのだろうというふうに思います。私どもマスメディアを含めて、日本の官僚システムを等身大以上に非常に持ち上げて、実態以上に大きな存在にしてしまったというのが今日の姿であろうと思うわけでございます。一つには、官僚だけの問題ではなくて、日本社会全体の問題であろうというふうに思います。
下から上へ物事を上げていって決めるボトムアップの方式、これには大変時間がかかります。前例があるかないかということがまた問題になります。予算として計上されているかどうか。この三つの条件が見事に当てはまれば、日本の官僚は実に堅実な仕事をするわけでありますけれども、申し上げるまでもなく、現在のような状況は、前例もなければ時間もない、瞬時にして物事を決めなければならない。そういうときに、何度も申し上げますけれども、政治がきちんと意思表明をする、国家の意思を決めるということをおやりになれば、決して今のような官僚主導という言葉がはびこることにはならないのではないかというふうに思うわけでございます。
政治家のことを英語ではローメーカーというわけでありますけれども、ぜひこのローメーカー本来の姿に――つまり、現在の日本は正しい意味での三権分立にはなっていない。立法府の相当部分まで行政府が入り込んできております。相当のことを行政府、官僚たちが決めております。これをなるべく理想的な三権分立の姿に戻すことが、公務員制度そのものに手をつけるよりもはるかに効果的であろうというふうに私は思います。
社会全体のことを考えますと、日本は世界有数の交際費天国、交際費社会でございます。私は、アメリカに駐在しておりますときに、自分で車を運転してホワイトハウスへ入るジム・ベーカー国務長官を何度も見かけました。それがすべていいというようなことを申し上げるつもりはございませんけれども、しかしながら、東京近郊の非常に有名なゴルフ場に朝から夕方までとまっております黒塗りのハイヤーの数を見ますと、ほとんど目まいがする思いがいたします。これがやがて海外から必ず指摘をされて、日本の交際費というものが問題になるときが来るだろうというふうな予感もしております。問題は、公務員だけではなくて、民間を含めた社会全体にあるというふうに思うわけであります。
最後に一言申し上げたいのは、私どもマスコミの最近の公務員批判というのは、私自身もかなり、度を越す部分もあるというふうに思っております。大事なことは、国家というものの存在を認める限り、つまり国家の存在を前提とする限り、その運営に携わる人間にいかに有能な人たちを集めるかということは、国として非常に大事なことであります。これが正しい意味でのエリーティズム、つまりエリート主義であります。
しかしながら、エリートには二つの側面があろうかと思います。一つは身分としてのエリート、二つ目は機能としてのエリート。我々が守らなければならないのはこの機能としてのエリートでありますけれども、肝心の官僚の人たちが身分としてのエリートと錯覚をして、自分たちは偉いのだと思ってしまったところが、今のような非常にもうあきれるほどの行儀の悪さにつながってきたのではないかというふうに思っております。
以上でございます。拍手
粕
粕
粕谷茂#8
○粕谷委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。
この際、参考人各位に申し上げます。
御発言は、すべてその都度委員長の許可を得てお願いをいたします。また、委員に対しましては質疑ができないこととなっておりますことを、あらかじめ御了承いただきたいと思います。
質疑の申し出がありますので、順次これを許します。滝実君。
この発言だけを見る →この際、参考人各位に申し上げます。
御発言は、すべてその都度委員長の許可を得てお願いをいたします。また、委員に対しましては質疑ができないこととなっておりますことを、あらかじめ御了承いただきたいと思います。
質疑の申し出がありますので、順次これを許します。滝実君。
滝
滝実#9
○滝委員 自由民主党の滝実でございます。きょうは、三人の参考人の皆様方には、大変示唆に富む御意見をお聞かせいただきまして、ありがとうございます。
時間もありませんので、早速、持ち時間の範囲内で、なお中身に入った御意見をそれぞれ数点ずつお聞かせいただきたいと存じます。
まず、伊藤参考人にお願いを申し上げます。
公務員の問題全体の中でいろいろなことをお教えいただきましたけれども、その中で幾つかお願いを申し上げたいのは、まず第一点、国家公務員法八十四条の問題でございます。要するに、人事院が懲戒権を持っている、こういう条文でございます。
参考人は、身内が身内の懲戒をする、あるいは上司の懲戒をする、そういうところに基本的なひっかかりがあると。ということは、八十四条をもう少し積極的に活用して、独立の機関が公務員の監視に当たるという機能を発揮すべきではないか、こういうことだろうと思うのでございますけれども、具体的にこの八十四条を発動させようといたしますと、実際、人事院がそういうことが直接できるのかどうか。例えば、余りにも数が多い公務員全体を対象にするとか、そういう物理的な問題があろうかと思うのでございます。
参考人は、この八十四条をもう少し積極的に活用する場合に、具体的にどういうようなことが必要だというふうにお考えになっているのか、もしあれば、その辺のところをお聞かせいただきたいと思うのでございます。
この発言だけを見る →時間もありませんので、早速、持ち時間の範囲内で、なお中身に入った御意見をそれぞれ数点ずつお聞かせいただきたいと存じます。
まず、伊藤参考人にお願いを申し上げます。
公務員の問題全体の中でいろいろなことをお教えいただきましたけれども、その中で幾つかお願いを申し上げたいのは、まず第一点、国家公務員法八十四条の問題でございます。要するに、人事院が懲戒権を持っている、こういう条文でございます。
参考人は、身内が身内の懲戒をする、あるいは上司の懲戒をする、そういうところに基本的なひっかかりがあると。ということは、八十四条をもう少し積極的に活用して、独立の機関が公務員の監視に当たるという機能を発揮すべきではないか、こういうことだろうと思うのでございますけれども、具体的にこの八十四条を発動させようといたしますと、実際、人事院がそういうことが直接できるのかどうか。例えば、余りにも数が多い公務員全体を対象にするとか、そういう物理的な問題があろうかと思うのでございます。
参考人は、この八十四条をもう少し積極的に活用する場合に、具体的にどういうようなことが必要だというふうにお考えになっているのか、もしあれば、その辺のところをお聞かせいただきたいと思うのでございます。
伊
伊藤大一#10
○伊藤参考人 今御指摘になりましたとおりでございまして、人事院は約七百名の職員しかおりません。いろいろな仕事をやっておられまして、もしも八十四条二項を担当するということになりますと、またそれだけ大きな負担が課せられることになります。
私が考えておりますのは、今滝先生がおっしゃいました点の、特に二番目の、上位の者、局長とか次官、あるいはもう少し広げましてキャリア、こういうキャリア官僚が不祥事を起こしたような場合に限って人事院が対応する、それ以外の大多数の、九十何%かの公務員の場合にはこれは一応各省の方にお任せする、何か特別に人事院としてすべきであるといったような要請があった場合にはやるということで、主としてキャリアというものを対象にして対応されるのが現実的であろうかと思っております。
以上であります。
この発言だけを見る →私が考えておりますのは、今滝先生がおっしゃいました点の、特に二番目の、上位の者、局長とか次官、あるいはもう少し広げましてキャリア、こういうキャリア官僚が不祥事を起こしたような場合に限って人事院が対応する、それ以外の大多数の、九十何%かの公務員の場合にはこれは一応各省の方にお任せする、何か特別に人事院としてすべきであるといったような要請があった場合にはやるということで、主としてキャリアというものを対象にして対応されるのが現実的であろうかと思っております。
以上であります。
滝
滝実#11
○滝委員 ありがとうございました。
公務員全般ではなくて、やはり特定のグループというようにグループ分けをしなければ到底無理だ、こういうようなお考えだと思います。そういう観点からも、今この公務員法八十四条の発動が議論されるのは、むしろ遅きに失したような感じもありますけれども、その辺のところは、やはり今後の問題だろうという感じがいたします。
二番目の問題で引き続き伊藤参考人にお伺いしたいのでございます。時間がありませんので、二つ続けてお聞きをさせていただきたいと思うのです。
一つは、今までの公務員の汚職問題をずっと見てまいりますと、先生は、閉鎖された問題、あるいは開放された公務員関係、こういうような区別の中でいろいろな御示唆に富んだお話をされましたけれども、今までの公務員関係の汚職というのは、民間との接触が薄かった部門が社会的な状況の変化で急に民間との接触が強くなってくる、こういうところにいろいろな汚職問題が発生してきたように思うわけでございます。
そういう観点から、参考人は、閉鎖系モデルから開放系モデルヘというふうにおっしゃっているわけでございますけれども、その開放系モデルの中でこういうような汚職問題というか不祥事件がどの程度まで防げるのかというのがやはり一番の関心事ではないだろうかという感じがあるわけでございます。
参考人は、その一環として、民官の交流機能を強化する、こういうことも御提案をされておりますし、また、それを積極的に支持されているわけでございますけれども、そういうような開放系の体系というものを組む場合には、実際問題としてやはりアメリカ的な要素が入ってくる、そうすると、それに対応する措置が必要ではないかなという感じがあるのでございます。その辺の対応措置も含めて、御意見があればひとつお聞かせいただきたい。
それからもう一点は、参考人は、最初に公務員の給与に関連して御意見をお述べいただいたわけでございますけれども、天下りの問題と年金の問題があるように思うわけでございます。
この決算行政監視委員長のもとに寄せられた目安箱の意見を拝見いたしましても、渡り鳥の天下り公務員が五千万円もの年間報酬を得ているのは甚だけしからぬ、これはやはり、国民に奉仕する、税金で公務に携わっているという意識が希薄だからだ、こういうような意見も寄せられているわけでございますけれども、実際問題として、年金問題ということをとってみますと、諸外国、例えばイギリスとかドイツとかフランスとか、そういうようなところの公務員と比べて年金問題はいかがなものだろうか、こういうような感じもあるわけでございます。こういう問題が、いわば天下り問題を考える際の一つのポイントになるのではないかなという感じがありますので、その辺のところの御意見をお聞かせいただければありがたいと思うのです。
以上二点について、よろしくお願いを申し上げたいと思います。
この発言だけを見る →公務員全般ではなくて、やはり特定のグループというようにグループ分けをしなければ到底無理だ、こういうようなお考えだと思います。そういう観点からも、今この公務員法八十四条の発動が議論されるのは、むしろ遅きに失したような感じもありますけれども、その辺のところは、やはり今後の問題だろうという感じがいたします。
二番目の問題で引き続き伊藤参考人にお伺いしたいのでございます。時間がありませんので、二つ続けてお聞きをさせていただきたいと思うのです。
一つは、今までの公務員の汚職問題をずっと見てまいりますと、先生は、閉鎖された問題、あるいは開放された公務員関係、こういうような区別の中でいろいろな御示唆に富んだお話をされましたけれども、今までの公務員関係の汚職というのは、民間との接触が薄かった部門が社会的な状況の変化で急に民間との接触が強くなってくる、こういうところにいろいろな汚職問題が発生してきたように思うわけでございます。
そういう観点から、参考人は、閉鎖系モデルから開放系モデルヘというふうにおっしゃっているわけでございますけれども、その開放系モデルの中でこういうような汚職問題というか不祥事件がどの程度まで防げるのかというのがやはり一番の関心事ではないだろうかという感じがあるわけでございます。
参考人は、その一環として、民官の交流機能を強化する、こういうことも御提案をされておりますし、また、それを積極的に支持されているわけでございますけれども、そういうような開放系の体系というものを組む場合には、実際問題としてやはりアメリカ的な要素が入ってくる、そうすると、それに対応する措置が必要ではないかなという感じがあるのでございます。その辺の対応措置も含めて、御意見があればひとつお聞かせいただきたい。
それからもう一点は、参考人は、最初に公務員の給与に関連して御意見をお述べいただいたわけでございますけれども、天下りの問題と年金の問題があるように思うわけでございます。
この決算行政監視委員長のもとに寄せられた目安箱の意見を拝見いたしましても、渡り鳥の天下り公務員が五千万円もの年間報酬を得ているのは甚だけしからぬ、これはやはり、国民に奉仕する、税金で公務に携わっているという意識が希薄だからだ、こういうような意見も寄せられているわけでございますけれども、実際問題として、年金問題ということをとってみますと、諸外国、例えばイギリスとかドイツとかフランスとか、そういうようなところの公務員と比べて年金問題はいかがなものだろうか、こういうような感じもあるわけでございます。こういう問題が、いわば天下り問題を考える際の一つのポイントになるのではないかなという感じがありますので、その辺のところの御意見をお聞かせいただければありがたいと思うのです。
以上二点について、よろしくお願いを申し上げたいと思います。
伊
伊藤大一#12
○伊藤参考人 お答えいたします。
第一の点でありますけれども、おっしゃるとおりでございます。今までの制度の建前が、社会から切り離すという建前になっておりました。特に治安関係の公務員の場合には、腐敗というものは絶対あってはいけないということもございまして、例えば戦前の日本では、ドイツの制度に倣いまして、内務省のお役人が地方に赴任いたしますときに、自分の出身地へは絶対赴任させなかったわけであります。それは、くされ縁のようなものがあってはいけないということでございますけれども、これが戦後変わってきたわけであります。
これから先、現在もそうでありますけれども、経済行政が中心になってまいりますと、嫌でも民間と接触せざるを得なくなってくる。そういうときには、むしろ制度そのものを開いておく。開いた上で、いかにして公正さを保つかということを考えるべきだろう、そちらの方向に向かっていくべきだろうと。制度としては閉鎖系にしておいて、しかし実際上接触するということになりますと、どうしても無理が生ずるということであります。
そこで、対応策でありますけれども、人事院の方で、実際に国と民間企業との間の人事交流をお進めになる、そのときに幾つかの歯どめのようなものを設けておられます。
一つは、役人が民間部門に行きます場合、これは三年間という期限つきでありますけれども、その役所の職務権限が直接関係する業界には派遣しないということです。逆に、民間の方が役所に三年間という期限を限って来られます場合にも、自分の企業もしくは業界に対して直接監督権を持っているような役所には行かないといったようなことを、一項入れておられます。
私は、これだけで十分だとは思いませんけれども、とにかくこれから先、試行錯誤でそういう新しい制度をつくっていかなければいけないわけでありまして、一つの基本的な方法としては、そういったような措置を講ずるということであります。
もう一つは、やはり基本的に情報公開の問題というものが大事だろうと思います。
そういうようなことでありまして、最終的にはアメリカのような形ということをおっしゃいましたけれども、私は、アメリカの公務員制度は初めから開放系としてつくられている、それだけに、開放系に伴いがちな問題を防ぐような措置が講じられていたと思います。アメリカの政府倫理法というのも、そういったような趣旨でつくられてきていると思います。
ですから、日本としては、もちろんアメリカに学ぶべき点はあると思いますけれども、ただ、アメリカまでいってしまうのはちょっと行き過ぎではないか。アメリカのような政治的任命職、これについては、メリットもございますけれども、いろいろなデメリットも指摘されているわけでありますので、私は、何か日本的な行き方とアメリカ的な行き方との、両者のいいところを総合した中間的なものがあるのではないか、今後、そういうものを試行錯誤を重ねながらつくり出していくということが大事ではないかと思っております。
二番目の点であります。
渡り鳥で、お役人をやめたときの退職金はそう大したことはございませんけれども、その後の公社公団で大変な額の退職金が出される。私は、これは本当におかしなことだと思いまして、本当に個人的に憤慨しているのですけれども、ただ、ある経済学者の説明によりますと、これはおくれて支払われる給与の一種であると。お役人というのは、どの民間部門と比較するかという問題もございますけれども、例えばサービス産業、金融産業なんかに比べますと、確かに比較的給与が安い。退職金につきましても、先ほど申しましたように、一回こっきりしか出ないということもございます。その埋め合わせをするのが天下りであり、天下りに伴う退職金だ、そういうような説明をなさる方もいらっしゃいます。
一面の真理はあると思うのですけれども、先ほどおっしゃいましたような渡り鳥に多額の退職金が支払われる、これは行き過ぎだろうと思います。明らかに行き過ぎでありますから、これはぜひやめるべきだろうと思います。
それに関連いたしまして、年金の問題であります。
現在の日本の場合、次官の経験者でありましても、退職されまして年金は大体三百万円ぐらい。私は、やはりこれは少ないと思うのです。戦前の日本の公務員は非常に清廉潔白でありました。清廉潔白であった一つの理由は、戦前は年金と申しませんで恩給と申しましたけれども、十分悠々自適の生活ができるだけの恩給を差し上げていたということであります。イギリス、フランスなどにつきましても、年金の水準は日本よりはるかにいい水準であります。特に第二の就職口を探さなくても、ある程度の生活ができるだけの年金が保障されているということであります。
私は、先ほど増島参考人がおっしゃいましたように、原則として六十五歳まで定年を延長する、その後は年金である程度の生活ができる、そういうふうな基本を整える必要があるだろうと思います。御指摘のとおりであります。
この発言だけを見る →第一の点でありますけれども、おっしゃるとおりでございます。今までの制度の建前が、社会から切り離すという建前になっておりました。特に治安関係の公務員の場合には、腐敗というものは絶対あってはいけないということもございまして、例えば戦前の日本では、ドイツの制度に倣いまして、内務省のお役人が地方に赴任いたしますときに、自分の出身地へは絶対赴任させなかったわけであります。それは、くされ縁のようなものがあってはいけないということでございますけれども、これが戦後変わってきたわけであります。
これから先、現在もそうでありますけれども、経済行政が中心になってまいりますと、嫌でも民間と接触せざるを得なくなってくる。そういうときには、むしろ制度そのものを開いておく。開いた上で、いかにして公正さを保つかということを考えるべきだろう、そちらの方向に向かっていくべきだろうと。制度としては閉鎖系にしておいて、しかし実際上接触するということになりますと、どうしても無理が生ずるということであります。
そこで、対応策でありますけれども、人事院の方で、実際に国と民間企業との間の人事交流をお進めになる、そのときに幾つかの歯どめのようなものを設けておられます。
一つは、役人が民間部門に行きます場合、これは三年間という期限つきでありますけれども、その役所の職務権限が直接関係する業界には派遣しないということです。逆に、民間の方が役所に三年間という期限を限って来られます場合にも、自分の企業もしくは業界に対して直接監督権を持っているような役所には行かないといったようなことを、一項入れておられます。
私は、これだけで十分だとは思いませんけれども、とにかくこれから先、試行錯誤でそういう新しい制度をつくっていかなければいけないわけでありまして、一つの基本的な方法としては、そういったような措置を講ずるということであります。
もう一つは、やはり基本的に情報公開の問題というものが大事だろうと思います。
そういうようなことでありまして、最終的にはアメリカのような形ということをおっしゃいましたけれども、私は、アメリカの公務員制度は初めから開放系としてつくられている、それだけに、開放系に伴いがちな問題を防ぐような措置が講じられていたと思います。アメリカの政府倫理法というのも、そういったような趣旨でつくられてきていると思います。
ですから、日本としては、もちろんアメリカに学ぶべき点はあると思いますけれども、ただ、アメリカまでいってしまうのはちょっと行き過ぎではないか。アメリカのような政治的任命職、これについては、メリットもございますけれども、いろいろなデメリットも指摘されているわけでありますので、私は、何か日本的な行き方とアメリカ的な行き方との、両者のいいところを総合した中間的なものがあるのではないか、今後、そういうものを試行錯誤を重ねながらつくり出していくということが大事ではないかと思っております。
二番目の点であります。
渡り鳥で、お役人をやめたときの退職金はそう大したことはございませんけれども、その後の公社公団で大変な額の退職金が出される。私は、これは本当におかしなことだと思いまして、本当に個人的に憤慨しているのですけれども、ただ、ある経済学者の説明によりますと、これはおくれて支払われる給与の一種であると。お役人というのは、どの民間部門と比較するかという問題もございますけれども、例えばサービス産業、金融産業なんかに比べますと、確かに比較的給与が安い。退職金につきましても、先ほど申しましたように、一回こっきりしか出ないということもございます。その埋め合わせをするのが天下りであり、天下りに伴う退職金だ、そういうような説明をなさる方もいらっしゃいます。
一面の真理はあると思うのですけれども、先ほどおっしゃいましたような渡り鳥に多額の退職金が支払われる、これは行き過ぎだろうと思います。明らかに行き過ぎでありますから、これはぜひやめるべきだろうと思います。
それに関連いたしまして、年金の問題であります。
現在の日本の場合、次官の経験者でありましても、退職されまして年金は大体三百万円ぐらい。私は、やはりこれは少ないと思うのです。戦前の日本の公務員は非常に清廉潔白でありました。清廉潔白であった一つの理由は、戦前は年金と申しませんで恩給と申しましたけれども、十分悠々自適の生活ができるだけの恩給を差し上げていたということであります。イギリス、フランスなどにつきましても、年金の水準は日本よりはるかにいい水準であります。特に第二の就職口を探さなくても、ある程度の生活ができるだけの年金が保障されているということであります。
私は、先ほど増島参考人がおっしゃいましたように、原則として六十五歳まで定年を延長する、その後は年金である程度の生活ができる、そういうふうな基本を整える必要があるだろうと思います。御指摘のとおりであります。
滝
滝実#13
○滝委員 ありがとうございました。時間があれば、また後ほどお尋ねをさせていただきたいことがありますけれども、とりあえずは増島参考人に移らせていただきます。
増島参考人につきましては、二点について御意見を承らせていただきたいと思います。
第一点は、機能的な組織観が日本のいわば任用の中では足りないのではないか、こういう中で、特に管理職につくような人たちについては、思い切って機能を重視した任務へのコンバートというものがあっていいのではないか、例えば研究職であるとか、あるいは研修機関への従事というようなことはどうだろうか、こういうようなことでございます。
これは、現在でも多かれ少なかれそういう点はあるわけでございますけれども、どうもそれだけのイメージではないようにお伺いしましたので、もう少しほかに、イメージとして具体的に私どもが持てるようなものがあれば、教えていただきたいというのが第一点でございます。
もう一つは、退職管理でございます。
一切就職あっせんをしない、こういうような原則のもとに、なおかつ求人求職活動を円滑にする部門の必要というのがあるのではないだろうか、こういうような御意見もちょうだいいたしたわけでございますけれども、この辺のところについてはどういうふうにお考えになっているのか、お尋ねをしたいと思います。
聞くところによりますと、人材あっせんについては、例えば人事局とか人事院でプール制にして、そこでいわばハローワークみたいなことを公共部門は公共部門でやったらどうかというような議論もなされているやに聞いているのでございますけれども、そういうようなことについてどういうふうにお考えになっているのか。
その二点について、ひとつお聞かせをいただきたいと思います。
この発言だけを見る →増島参考人につきましては、二点について御意見を承らせていただきたいと思います。
第一点は、機能的な組織観が日本のいわば任用の中では足りないのではないか、こういう中で、特に管理職につくような人たちについては、思い切って機能を重視した任務へのコンバートというものがあっていいのではないか、例えば研究職であるとか、あるいは研修機関への従事というようなことはどうだろうか、こういうようなことでございます。
これは、現在でも多かれ少なかれそういう点はあるわけでございますけれども、どうもそれだけのイメージではないようにお伺いしましたので、もう少しほかに、イメージとして具体的に私どもが持てるようなものがあれば、教えていただきたいというのが第一点でございます。
もう一つは、退職管理でございます。
一切就職あっせんをしない、こういうような原則のもとに、なおかつ求人求職活動を円滑にする部門の必要というのがあるのではないだろうか、こういうような御意見もちょうだいいたしたわけでございますけれども、この辺のところについてはどういうふうにお考えになっているのか、お尋ねをしたいと思います。
聞くところによりますと、人材あっせんについては、例えば人事局とか人事院でプール制にして、そこでいわばハローワークみたいなことを公共部門は公共部門でやったらどうかというような議論もなされているやに聞いているのでございますけれども、そういうようなことについてどういうふうにお考えになっているのか。
その二点について、ひとつお聞かせをいただきたいと思います。
増
増島俊之#14
○増島参考人 第一点でございますけれども、先ほど伊藤先生からのいろいろな御説明の中にもありましたが、身分制的な運用というのか、やはりそれが非常に強いと思います。
例えば、課長あるいは部長、局長というものをもう一つのファンクションとしてとらえるというような組織についての見方、偉さということでなくて、どういう機能を果たすのかという物の考え方がもっと徹底しないといけないのではないかという思いが大変強くあります。
大阪の中のある市なんですけれども、総務部長をやられたその方が市民相談の一線に立たれているということですね。私は、やはり大したものだな、そういう思いが非常に強くあります。その種の局長には、いろいろな仕事をしてそこまで来ましたときには、いろいろな知識経験があります。役所の中には、そういう経験というものを生かしたいいろいろな仕事がたくさんあります。ですから、局長になりました後は、次官になるとか、それでなければやめるとかいうような運用でない運用、そういうものをもっと当たり前のように受け入れていく役所の環境といいますか、そういうものが要るのではないかというふうに考えております。
特に、先ほどの天下り問題なんかで六十五歳ということを申し上げましたけれども、六十五歳まで上の人が全部上がっていくというのではなくて、ある時点で、そういう一変していくということが当たり前のようになっていく、最初二、三年は少し抵抗があるかもしれませんが、そういうことに本格的に乗り出せば、皆、考え方は変わっていくのではないかというふうな思いが強くあります。
それから、役所が一切就職あっせんしない。
役所は、やはり許認可規制というものが依然として強いという背景がありますので、現実にそれをちらつかせてするというようなことはない、そういうふうにも思いますけれども、しかし、例えば許認可規制というものが非常に強くある省の人事当局がいろいろなお願いをする、そうしますと、やはり原局もいろいろそういう方向で動いてくる、あるいは協力をする。そういうような中でどうしても出やすい。その結果、いろいろ就職あっせんがされますと、就職あっせんされましてもそれでいろいろな不正が起こるということもまずないと思いますけれども、癒着があるのではないかという批判というものをどうしてもぬぐうことができない。ですから、人事当局がこういう就職あっせんを一切しないということが、やはりこの天下り問題では必要なのではないか。
しかし、先ほどの、先生がおっしゃいましたいろいろな機関、これは全く私見ですけれども、それを人事院とか総務庁とかいうところにつくるのが適当なのかどうかなという意見はあります。むしろ、求職情報とか求人情報とかというものがきちっとたくさん集まるようなところ、そういうところが公務員についてのリクルートに関して扱う方がもう少し素直なのではないかなというような考え方を持っております。
この発言だけを見る →例えば、課長あるいは部長、局長というものをもう一つのファンクションとしてとらえるというような組織についての見方、偉さということでなくて、どういう機能を果たすのかという物の考え方がもっと徹底しないといけないのではないかという思いが大変強くあります。
大阪の中のある市なんですけれども、総務部長をやられたその方が市民相談の一線に立たれているということですね。私は、やはり大したものだな、そういう思いが非常に強くあります。その種の局長には、いろいろな仕事をしてそこまで来ましたときには、いろいろな知識経験があります。役所の中には、そういう経験というものを生かしたいいろいろな仕事がたくさんあります。ですから、局長になりました後は、次官になるとか、それでなければやめるとかいうような運用でない運用、そういうものをもっと当たり前のように受け入れていく役所の環境といいますか、そういうものが要るのではないかというふうに考えております。
特に、先ほどの天下り問題なんかで六十五歳ということを申し上げましたけれども、六十五歳まで上の人が全部上がっていくというのではなくて、ある時点で、そういう一変していくということが当たり前のようになっていく、最初二、三年は少し抵抗があるかもしれませんが、そういうことに本格的に乗り出せば、皆、考え方は変わっていくのではないかというふうな思いが強くあります。
それから、役所が一切就職あっせんしない。
役所は、やはり許認可規制というものが依然として強いという背景がありますので、現実にそれをちらつかせてするというようなことはない、そういうふうにも思いますけれども、しかし、例えば許認可規制というものが非常に強くある省の人事当局がいろいろなお願いをする、そうしますと、やはり原局もいろいろそういう方向で動いてくる、あるいは協力をする。そういうような中でどうしても出やすい。その結果、いろいろ就職あっせんがされますと、就職あっせんされましてもそれでいろいろな不正が起こるということもまずないと思いますけれども、癒着があるのではないかという批判というものをどうしてもぬぐうことができない。ですから、人事当局がこういう就職あっせんを一切しないということが、やはりこの天下り問題では必要なのではないか。
しかし、先ほどの、先生がおっしゃいましたいろいろな機関、これは全く私見ですけれども、それを人事院とか総務庁とかいうところにつくるのが適当なのかどうかなという意見はあります。むしろ、求職情報とか求人情報とかというものがきちっとたくさん集まるようなところ、そういうところが公務員についてのリクルートに関して扱う方がもう少し素直なのではないかなというような考え方を持っております。
滝
滝実#15
○滝委員 ありがとうございました。
最後になりましたけれども、田勢参考人に、一点だけお伺いをさせていただきたいと存じます。田勢参考人におかれましては、特に政治との兼ね合いの問題でお伺いしたいと思うのでございます。
委員長のもとに寄せられた目安箱の意見によりましても、やはり政治家がきちんとしていないからだ、こういうような強い意見が数多く寄せられているわけでございます。その中で、田勢参考人は、とにかく一般職の公務員が余りにも強烈な意思を持っていて、政治家の分野、いわば国家意思の決定にまで積極的に参与しているというところに、その反対としていろいろな問題が出てくるのではないだろうか、こういうように受け取らせていただいたわけでございます。
そこのところをどうしたらいいかといえば、これは国会そのものの問題であるわけでございますので、一朝一夕ではいかないというふうに思うのですね。そういった点について、段階的にでもどう持っていったらいいのか、そういうことについて御意見があればお聞かせいただきたいと思います。
この発言だけを見る →最後になりましたけれども、田勢参考人に、一点だけお伺いをさせていただきたいと存じます。田勢参考人におかれましては、特に政治との兼ね合いの問題でお伺いしたいと思うのでございます。
委員長のもとに寄せられた目安箱の意見によりましても、やはり政治家がきちんとしていないからだ、こういうような強い意見が数多く寄せられているわけでございます。その中で、田勢参考人は、とにかく一般職の公務員が余りにも強烈な意思を持っていて、政治家の分野、いわば国家意思の決定にまで積極的に参与しているというところに、その反対としていろいろな問題が出てくるのではないだろうか、こういうように受け取らせていただいたわけでございます。
そこのところをどうしたらいいかといえば、これは国会そのものの問題であるわけでございますので、一朝一夕ではいかないというふうに思うのですね。そういった点について、段階的にでもどう持っていったらいいのか、そういうことについて御意見があればお聞かせいただきたいと思います。
田
田勢康弘#16
○田勢参考人 ひとえに、国会の機能をどのようにすれば回復し得るかという問題に尽きるのではないか。官僚が積極的に立法府の分野へ入ってきているわけではなくて、やむを得ずして入ってきているという側面もあろうかと思います。やはり、国の意思をだれかが決めなければならない、もしそれを政治がやらないとすれば自分たちがやらなければならないというようなゆがんだ使命感を持っているのではないかというふうに思います。したがいまして、私は、この公務員の問題とともに、ずっと古くから言われていることですけれども、国会の改革といいますか、政治の本当の意味での改革というものが必要だろうと思います。
何から手をつけるかという問題がございますけれども、一つにはやはり、法律でできる問題ではありませんけれども、それぞれの政党が選挙のたびに、候補者を擁立されるときに、候補者をもっと吟味する。イギリスのように、保守党も労働党も、一人の候補者に大体二回から三回口頭試問をして候補者を決める。イギリスでは、原則として自分の出身地からは立候補できないようになっているわけですけれども、こういう民主主義を担保するようなルールをつくらないと、どうしてもいい人材が集まってこないように思うわけでございます。
この発言だけを見る →何から手をつけるかという問題がございますけれども、一つにはやはり、法律でできる問題ではありませんけれども、それぞれの政党が選挙のたびに、候補者を擁立されるときに、候補者をもっと吟味する。イギリスのように、保守党も労働党も、一人の候補者に大体二回から三回口頭試問をして候補者を決める。イギリスでは、原則として自分の出身地からは立候補できないようになっているわけですけれども、こういう民主主義を担保するようなルールをつくらないと、どうしてもいい人材が集まってこないように思うわけでございます。
滝
粕
末
末松義規#19
○末松委員 民友連を代表しまして、末松義規でございます。
参考人の皆様、本当に貴重な御意見をありがとうございました。
早速質問に移らせていただきます。ちょっと順序は狂いますけれども、ます田勢参考人の方にお伺いします。
私の問題意識は、行政官庁の交際費を予算計上すべきか否かという話でございます。先ほど、伊藤参考人の方から専門知識の民間依存というお話がございました。確かに、デリバティブというふうなことを一つとっても、大蔵省の役人の方が知っているかどうか。知らないと思うのですね。我々も知らない。実際にトレードしていないとわからない、そういう世界になってまいりました。そうすると、やはり民間から知識を入れるためにも民間との接触がどうしても必要だということでございます。
先ほど、ゴルフ場で黒塗りの車があることは問題じゃないかというお話がございました。これを、実際に民間と接触する必要はある、情報を集める必要はある、そうしないと逆に国家運営を誤るという話であるならば、それは認めていかざるを得ない。ただ、やり方。つまりやり方で、田勢参考人の言われているのは、例えば事前報告があって、記録があって、きちんと公開するのだというような前提があるならば、そこは例えば交際費の予算計上なんかも認めていいのではないかという御意見に対してどういうふうに思われますでしょうか。
この発言だけを見る →参考人の皆様、本当に貴重な御意見をありがとうございました。
早速質問に移らせていただきます。ちょっと順序は狂いますけれども、ます田勢参考人の方にお伺いします。
私の問題意識は、行政官庁の交際費を予算計上すべきか否かという話でございます。先ほど、伊藤参考人の方から専門知識の民間依存というお話がございました。確かに、デリバティブというふうなことを一つとっても、大蔵省の役人の方が知っているかどうか。知らないと思うのですね。我々も知らない。実際にトレードしていないとわからない、そういう世界になってまいりました。そうすると、やはり民間から知識を入れるためにも民間との接触がどうしても必要だということでございます。
先ほど、ゴルフ場で黒塗りの車があることは問題じゃないかというお話がございました。これを、実際に民間と接触する必要はある、情報を集める必要はある、そうしないと逆に国家運営を誤るという話であるならば、それは認めていかざるを得ない。ただ、やり方。つまりやり方で、田勢参考人の言われているのは、例えば事前報告があって、記録があって、きちんと公開するのだというような前提があるならば、そこは例えば交際費の予算計上なんかも認めていいのではないかという御意見に対してどういうふうに思われますでしょうか。
田
田勢康弘#20
○田勢参考人 イギリスがビッグバンをやりましたときにイギリス政府がつくりました資料というのは、極めて薄いものでございました。数行で、金融に関するあらゆる規制を撤廃すると書いてあるだけであります。したがいまして、日本の大蔵省がもし民間の知識をかりなければ対応できないということであるならば、余計そういう規制はすべて手放すということがます大前提ではなかろうか。
もう一つは、公務員の交際費計上の問題ですけれども、夕食をともにしなければ話ができないというようなことは、そういう話はほとんどあり得ないだろうと思います。ですから、夕食は家族とともにするというふうにどんどんしていかなければならない、これは民間にも責任があると思いますけれども。
この発言だけを見る →もう一つは、公務員の交際費計上の問題ですけれども、夕食をともにしなければ話ができないというようなことは、そういう話はほとんどあり得ないだろうと思います。ですから、夕食は家族とともにするというふうにどんどんしていかなければならない、これは民間にも責任があると思いますけれども。
末
末松義規#21
○末松委員 時間がございませんので、次々と質問させていただきます。
次は、伊藤参考人にお伺いをいたします。
公務員の再就職問題を含めた処遇の問題なんですけれども、先ほど伊藤参考人の方から、年金も含めてきちんとした給料を支払うべきではないか、ある意味では安過ぎるのではないかというお話もございました。
私の方で思いますのは、ポリティカルアポインディーというよくある幹部以外は、実は公務員というのは、余りお金のことを気にせずに、利潤というものを一切意識せずに、公の立場から公平に行政を運営していくということを訓練されておりますから、その方々が急に職を失って民間に行きますということでは、民間では対応できない方々だろうと思います。むしろ、そういう利潤というものに非常にさとい人が公務員にいてもらっては、逆に言えば困るのかもしれません。そうすると、再就職といっても非常に厳しい。特に人材の水平移動ができない日本の社会では、それはもうある意味では死を意味するという話ですから、そこは給料と年金で生活を保障して安定的にやっていただくのが一番ベストだろうと思うのです。
一方、幹部職員、つまり、ポリティカルアポインディーができるレベルの人というのは、非常に仕事もできるわけですね。そういった場合であれば、例えば政治家の側からいっても、例えば政権がかわったときに、自分たちの政権構想を実現できるような事務方を選ぶ権利と力もあるのだろうということで、そうなると、特別職の話なんでしょうけれども、どんどんそれをかえていくということあり得べしだと思うのですね。
それを硬直的にやっていると全く変わりばえのしない行政にもなってくるということですから、このポリティカルアポインティーレベルとそうでないレベルの人をきちんと分けて、ポリティカルアポインティーレベルの人については、それはもう常時かわるのが常であるというぐらいの意識でやるべきではないかという意見もございますが、その点について御意見をいただければありがたいです。
この発言だけを見る →次は、伊藤参考人にお伺いをいたします。
公務員の再就職問題を含めた処遇の問題なんですけれども、先ほど伊藤参考人の方から、年金も含めてきちんとした給料を支払うべきではないか、ある意味では安過ぎるのではないかというお話もございました。
私の方で思いますのは、ポリティカルアポインディーというよくある幹部以外は、実は公務員というのは、余りお金のことを気にせずに、利潤というものを一切意識せずに、公の立場から公平に行政を運営していくということを訓練されておりますから、その方々が急に職を失って民間に行きますということでは、民間では対応できない方々だろうと思います。むしろ、そういう利潤というものに非常にさとい人が公務員にいてもらっては、逆に言えば困るのかもしれません。そうすると、再就職といっても非常に厳しい。特に人材の水平移動ができない日本の社会では、それはもうある意味では死を意味するという話ですから、そこは給料と年金で生活を保障して安定的にやっていただくのが一番ベストだろうと思うのです。
一方、幹部職員、つまり、ポリティカルアポインディーができるレベルの人というのは、非常に仕事もできるわけですね。そういった場合であれば、例えば政治家の側からいっても、例えば政権がかわったときに、自分たちの政権構想を実現できるような事務方を選ぶ権利と力もあるのだろうということで、そうなると、特別職の話なんでしょうけれども、どんどんそれをかえていくということあり得べしだと思うのですね。
それを硬直的にやっていると全く変わりばえのしない行政にもなってくるということですから、このポリティカルアポインティーレベルとそうでないレベルの人をきちんと分けて、ポリティカルアポインティーレベルの人については、それはもう常時かわるのが常であるというぐらいの意識でやるべきではないかという意見もございますが、その点について御意見をいただければありがたいです。
伊
伊藤大一#22
○伊藤参考人 日本の場合には、今おっしゃいましたようなポリティカルアポインディーは、現在は制度としてはございません。ただし、戦前にはそれはございました。大正の終わりから昭和の初めごろ、一時日本の政党政治が非常に盛んでありましたときに、主として内務省でありますけれども、民政党寄りの知事がおられる、あるいは政友会寄りの知事がおられる。そうしますと、政友会が政権をとりますと民政党寄りの知事の方はおやめになる、そして政友会寄りの方が知事におなりになるということがございました。
これはアメリカと同じようなポリティカルアポインディーでありますけれども、ただ、アメリカと違いますところは、政党がかわって、それでは全く官界から離れてしまうかというと、そうではございませんで、官僚の身分は継続する。ただし、忙しい仕事からは外されるわけでありますから、そのときに待命という制度を使いまして、待命で、ある程度の給与は支払われるということであります。また、自分の支持している政党が復帰いたしますとまた知事に呼ばれるということもあり得るわけであります。こういう制度はポリティカルアポインディーではありますけれども、アメリカほど極端ではない。
大体これに似た制度はフランスにございます。フランスにキャビネという制度がございまして、高級官僚の中で特にある特定の政権をとった政党と政治的な物の考え方、政策的な物の考え方が近い人を、幹部として採用いたします。その人たちがキャビネというものを組織するということでありまして、キャビネに入りますと、忙しくなりますし、当然給与も上がる。それから外されますと、また通常の給与に戻るということであります。
私は、日本でもそういうフランス流のキャビネの制度あるいは戦前にございました待命のような制度をもう一度取り入れたらいいのではないか、個人的にはそういうふうに思っております。
そういう非常にお忙しい職務につかれた方の場合にはそれだけ責任も大きいわけでありますから、当然報酬も引き上げる、それに年金の計算も結びつけるということになるわけでありまして、報酬も大きいけれどもリスクも大きい、そういうような職務給的といいますか、そういったような要素を今後取り入れていくべきだろうと思います。日本の企業ではそういう動きが最近急速にどんどん始まっておりますので、公務員の世界でもそういうことをすべきであろうというふうに考えております。
この発言だけを見る →これはアメリカと同じようなポリティカルアポインディーでありますけれども、ただ、アメリカと違いますところは、政党がかわって、それでは全く官界から離れてしまうかというと、そうではございませんで、官僚の身分は継続する。ただし、忙しい仕事からは外されるわけでありますから、そのときに待命という制度を使いまして、待命で、ある程度の給与は支払われるということであります。また、自分の支持している政党が復帰いたしますとまた知事に呼ばれるということもあり得るわけであります。こういう制度はポリティカルアポインディーではありますけれども、アメリカほど極端ではない。
大体これに似た制度はフランスにございます。フランスにキャビネという制度がございまして、高級官僚の中で特にある特定の政権をとった政党と政治的な物の考え方、政策的な物の考え方が近い人を、幹部として採用いたします。その人たちがキャビネというものを組織するということでありまして、キャビネに入りますと、忙しくなりますし、当然給与も上がる。それから外されますと、また通常の給与に戻るということであります。
私は、日本でもそういうフランス流のキャビネの制度あるいは戦前にございました待命のような制度をもう一度取り入れたらいいのではないか、個人的にはそういうふうに思っております。
そういう非常にお忙しい職務につかれた方の場合にはそれだけ責任も大きいわけでありますから、当然報酬も引き上げる、それに年金の計算も結びつけるということになるわけでありまして、報酬も大きいけれどもリスクも大きい、そういうような職務給的といいますか、そういったような要素を今後取り入れていくべきだろうと思います。日本の企業ではそういう動きが最近急速にどんどん始まっておりますので、公務員の世界でもそういうことをすべきであろうというふうに考えております。
末
末松義規#23
○末松委員 大変貴重な御意見を伺いました。
では次に、増島参考人にお伺いを申し上げます。
今度は、公務員の不正の摘発についてでございます。
実は、不正が行われると、基本的に身内意識が邪魔をしまして、組織は組織で防衛をいたします。それはわからぬではないですね。内部調査というものがほとんど機能しない、そういうことが実態であろうかと思います。特に、官民ぐるみでやって密室から密室へということですが、これはほとんどマフィアの世界で、わからないという話になってしまう。
今回も、東京地検特捜部の方でいろいろな一連の事件を調べて、資料を全部得たときに初めてある程度の絵がかけて、こういう事件が起こった。よくよく考えてみれば、東京地検が動かなければ、警察が動かなければ、何ら変わらなかった、去年もことしも全く一緒でずっと過ごしてきていたわけですね。それを考えると、逆に言えば、東京地検特捜部が動くとそれで世の中が変わるというのであれば、情けない社会だなと、私は個人的には思うのです。
民主党では、行政監視院構想なんかで、国会が、行政と同時にいろいろなところを監視するというようなことも発案しましたけれども、ただ、申し上げたいのは、そういった公務員の不正摘発、これをどういうふうに、要するに司法的というか警察的なものが行政の中で未然に防止するような形の手だて、特にマフィアのような状況にあるいは告発制度みたいなシステム的なものが可能なのか。それとも、最後は当然特捜部が来るのかもしれませんけれども、それを待たなければ一切有効な手だてはないのか、その辺について御意見を伺いたいと思います。
この発言だけを見る →では次に、増島参考人にお伺いを申し上げます。
今度は、公務員の不正の摘発についてでございます。
実は、不正が行われると、基本的に身内意識が邪魔をしまして、組織は組織で防衛をいたします。それはわからぬではないですね。内部調査というものがほとんど機能しない、そういうことが実態であろうかと思います。特に、官民ぐるみでやって密室から密室へということですが、これはほとんどマフィアの世界で、わからないという話になってしまう。
今回も、東京地検特捜部の方でいろいろな一連の事件を調べて、資料を全部得たときに初めてある程度の絵がかけて、こういう事件が起こった。よくよく考えてみれば、東京地検が動かなければ、警察が動かなければ、何ら変わらなかった、去年もことしも全く一緒でずっと過ごしてきていたわけですね。それを考えると、逆に言えば、東京地検特捜部が動くとそれで世の中が変わるというのであれば、情けない社会だなと、私は個人的には思うのです。
民主党では、行政監視院構想なんかで、国会が、行政と同時にいろいろなところを監視するというようなことも発案しましたけれども、ただ、申し上げたいのは、そういった公務員の不正摘発、これをどういうふうに、要するに司法的というか警察的なものが行政の中で未然に防止するような形の手だて、特にマフィアのような状況にあるいは告発制度みたいなシステム的なものが可能なのか。それとも、最後は当然特捜部が来るのかもしれませんけれども、それを待たなければ一切有効な手だてはないのか、その辺について御意見を伺いたいと思います。
増
増島俊之#24
○増島参考人 不正の摘発というような観点ですと、それはやはり警察とかあるいは地検とかという機能だと思いますけれども、私、汚職事件はいろいろな意味で起こるわけですけれども、もっと行政管理という面に着目した対応があるのではないかということは強く思います。
例えば、かつてのことでございますけれども、ある県で、ある市で清掃汚職というのが摘発された。そうしますと、一カ月ごとくらいに次から次へと出てくること。あるいはまた、ある病院で医療関係の汚職が、調達でありますから、出た。すると、次から次と出てくる。そういう新聞報道なり内容なりを見ますと、行政管理面というものにすごい欠陥があるのではないか。
その点はいろいろな面があるのですけれども、例えば人事運営、人事管理面ですと、非常に長期にある特定の人がその業務に携わっている、それが非常に共通的に出てくるということもありますし、それから、極めて強い許認可権限というものがその人に集中しているということがありまして、そしてそれに対して内部的なチェックの仕組み、そういうものが非常に欠けているというようなことですね。それから、薬剤汚職なんかの場合でもそうですけれども、ある専門家のような人がいまして、その人が言うとほとんどそれで決まってしまう、そういうものに対する内部的な牽制の仕組み、そういうものが欠けている。
要するに、この種の汚職事件というものはいろいろなタイプに分けられるわけですけれども、共通的に、発生の原因が管理上の仕組みの欠陥というのはかなりあるのではないか。ですから、もし可能ならば、そういう不正事件とか汚職事件というもののケースが積み重ねられまして、そしてその管理上の欠陥が抽出できてくるというようなことをきちっとすることができれば、それを念頭に置いて行政運営上のいろいろな不正が起こらない仕組みをつくり上げることができるのではないかということを常々思っております。
この発言だけを見る →例えば、かつてのことでございますけれども、ある県で、ある市で清掃汚職というのが摘発された。そうしますと、一カ月ごとくらいに次から次へと出てくること。あるいはまた、ある病院で医療関係の汚職が、調達でありますから、出た。すると、次から次と出てくる。そういう新聞報道なり内容なりを見ますと、行政管理面というものにすごい欠陥があるのではないか。
その点はいろいろな面があるのですけれども、例えば人事運営、人事管理面ですと、非常に長期にある特定の人がその業務に携わっている、それが非常に共通的に出てくるということもありますし、それから、極めて強い許認可権限というものがその人に集中しているということがありまして、そしてそれに対して内部的なチェックの仕組み、そういうものが非常に欠けているというようなことですね。それから、薬剤汚職なんかの場合でもそうですけれども、ある専門家のような人がいまして、その人が言うとほとんどそれで決まってしまう、そういうものに対する内部的な牽制の仕組み、そういうものが欠けている。
要するに、この種の汚職事件というものはいろいろなタイプに分けられるわけですけれども、共通的に、発生の原因が管理上の仕組みの欠陥というのはかなりあるのではないか。ですから、もし可能ならば、そういう不正事件とか汚職事件というもののケースが積み重ねられまして、そしてその管理上の欠陥が抽出できてくるというようなことをきちっとすることができれば、それを念頭に置いて行政運営上のいろいろな不正が起こらない仕組みをつくり上げることができるのではないかということを常々思っております。
末
末松義規#25
○末松委員 ありがとうございます。
これは今に始まった話ではなくて、行政官庁の方ではそういったことは常々行われてきているのだろうなと。私自身も外務省というところに十数年間奉職していたわけですけれども、そこのところは先生から見て十分でないのかどうか、ちょっと後でお答えいただきたい。
同時に、最後になりますけれども、公務員の評価の仕方、つまり能力のはかり方ということの問題でございます。
例えば昇進をする場合に、公務員の場合何らかの、予算を引っ張ってきたとか、法律の権限を持ってきたとかあるいは人を引っ張ってきたとか、そういう組織のためになることをやると昇進するようなシステムが今のところ一般的じゃないかと。しかも、もっともらしさといいますか、理屈が立つ人が集まっていますから、そういった意味で組織拡大のためにどんどんやっていくと、これはだれも押さえ切れなくなる、政治家がこれを押さえる役割に立つわけですけれども。
そういうふうなことになると、結局評価そのものは、実際にそういう拡大をすれば、それはいいこと、あの人はできる人、こうなってくるとこれは社会全体にとってよくない。特に、今政府のスリム化が求められている時代ですから、その中で私らがそれをちょっと変えて、例えば私も実際に行ったことがあるのですけれども、アメリカのオレゴン州とかあるいはシリコンバレーのサニーべール市、インディアナポリス市とかは、そういうことじゃなくてパフォーマンスといいますか、目標を自分で設定してそれを管理して、そしてそれに対して、先ほど言われていたプラン・ドゥ・シーのシーの部分、ますプラン等をやってそれを評価する、行政評価、こういった面が日本では確かに非常におくれているし、それを学問としてもきちんとやっていかなければいけない時期に来ているし、実際の行政でもそれを実行していかなければいけない時期に来ているのではないかと思いますが、増島参考人の御意見を賜れればと思います。
この発言だけを見る →これは今に始まった話ではなくて、行政官庁の方ではそういったことは常々行われてきているのだろうなと。私自身も外務省というところに十数年間奉職していたわけですけれども、そこのところは先生から見て十分でないのかどうか、ちょっと後でお答えいただきたい。
同時に、最後になりますけれども、公務員の評価の仕方、つまり能力のはかり方ということの問題でございます。
例えば昇進をする場合に、公務員の場合何らかの、予算を引っ張ってきたとか、法律の権限を持ってきたとかあるいは人を引っ張ってきたとか、そういう組織のためになることをやると昇進するようなシステムが今のところ一般的じゃないかと。しかも、もっともらしさといいますか、理屈が立つ人が集まっていますから、そういった意味で組織拡大のためにどんどんやっていくと、これはだれも押さえ切れなくなる、政治家がこれを押さえる役割に立つわけですけれども。
そういうふうなことになると、結局評価そのものは、実際にそういう拡大をすれば、それはいいこと、あの人はできる人、こうなってくるとこれは社会全体にとってよくない。特に、今政府のスリム化が求められている時代ですから、その中で私らがそれをちょっと変えて、例えば私も実際に行ったことがあるのですけれども、アメリカのオレゴン州とかあるいはシリコンバレーのサニーべール市、インディアナポリス市とかは、そういうことじゃなくてパフォーマンスといいますか、目標を自分で設定してそれを管理して、そしてそれに対して、先ほど言われていたプラン・ドゥ・シーのシーの部分、ますプラン等をやってそれを評価する、行政評価、こういった面が日本では確かに非常におくれているし、それを学問としてもきちんとやっていかなければいけない時期に来ているし、実際の行政でもそれを実行していかなければいけない時期に来ているのではないかと思いますが、増島参考人の御意見を賜れればと思います。
増
増島俊之#26
○増島参考人 まず最初の方の評価。確かに役所の中で、組織のためにいろいろ動いた者、そういう者に対する高い評価を与えるというようなこと、そういうことも確かにあるのではないかと思いますけれども、最近はかなりそういう点は変わっているのではないかなというふうにも思います。
評価自体が役所の中ではかなり実際は厳しいということ、これは余り知られていないのではないかと思いますけれども、役所の中における評価というものは、かなり厳しい。入りまして何年、何十年といういわば評価の積み重ねのようなところがありますので、そういう点はかなり厳しいと思いますけれども、ただ、先ほど私も陳述の中で申し上げましたように、一つのキャリアパスのようなものがあって、そういう枠の中でだものですから、もう少し柔軟な対応の仕方、そういう仕組みが欠けていると。だから、評価自体は、ないかといえばかなり厳しいものはあると思いますけれども、そういうもっと柔軟な仕組みが必要なのではないかというふうに思います。
それから、プラン・ドゥー・シー、これは先ほど申し上げましたように、やはり行政の一番の欠陥だと思います。したがって、いろいろな努力がされておりますけれども、しかし、例えば立法段階でいえば、評価せざるを得ないような仕組み、法律の中にそういう仕組みをつくっていくというのもありますし、法律でないものにつきましても、今委員が言われましたようないろいろな目標設定、そしてその目標設定を本当にどの程度達成しているかどうか、それを必ずチェックできるような仕組み、そしてそれを第三者に対して報告できるような仕組み、やはり一番欠けているのは、そういう仕組みのビルトインがないのですね。ですから、そこのところができるようになれば、動いていくと思うのです。
評価ですから、評価で何か問題があるということを発見することじゃなくて、それがプランに結びついていくということ、その円滑に動いていくかどうかのきちっとしたケア、そういうものが今欠けているわけなので、そのことが行政段階において非常に必要である。恐らく、立法府の段階においても必要であるという御認識が決算行政監視委員会の設立というようなことにつながって、私は、大変大切な動きであると思います。
この発言だけを見る →評価自体が役所の中ではかなり実際は厳しいということ、これは余り知られていないのではないかと思いますけれども、役所の中における評価というものは、かなり厳しい。入りまして何年、何十年といういわば評価の積み重ねのようなところがありますので、そういう点はかなり厳しいと思いますけれども、ただ、先ほど私も陳述の中で申し上げましたように、一つのキャリアパスのようなものがあって、そういう枠の中でだものですから、もう少し柔軟な対応の仕方、そういう仕組みが欠けていると。だから、評価自体は、ないかといえばかなり厳しいものはあると思いますけれども、そういうもっと柔軟な仕組みが必要なのではないかというふうに思います。
それから、プラン・ドゥー・シー、これは先ほど申し上げましたように、やはり行政の一番の欠陥だと思います。したがって、いろいろな努力がされておりますけれども、しかし、例えば立法段階でいえば、評価せざるを得ないような仕組み、法律の中にそういう仕組みをつくっていくというのもありますし、法律でないものにつきましても、今委員が言われましたようないろいろな目標設定、そしてその目標設定を本当にどの程度達成しているかどうか、それを必ずチェックできるような仕組み、そしてそれを第三者に対して報告できるような仕組み、やはり一番欠けているのは、そういう仕組みのビルトインがないのですね。ですから、そこのところができるようになれば、動いていくと思うのです。
評価ですから、評価で何か問題があるということを発見することじゃなくて、それがプランに結びついていくということ、その円滑に動いていくかどうかのきちっとしたケア、そういうものが今欠けているわけなので、そのことが行政段階において非常に必要である。恐らく、立法府の段階においても必要であるという御認識が決算行政監視委員会の設立というようなことにつながって、私は、大変大切な動きであると思います。
末
粕
山
山中あき子#29
○山中(燁)委員 山中燁子でございます。
わずか十五分でございますので、お三人に一問ずつ質問をさせていただきたいと思います。
その前に、粕谷委員長あての目安箱というのは大変いい試みであったと思いますので、私は、それに従って質問をさせていただきたいと思います。
とりあえず現状を見ますと、高度成長時代に大変有効であった経済の仕組みも、あるいは社会の構造も、教育のシステムも、これから日本がどこへ行くかというその過渡期にあってさまざまなひずみが、大蔵の不祥事もそうですし、それから青少年の犯罪もそうですが、出てきているというふうに私は認識しておりますので、思い切った方向転換、視点を変えるということが必要であろうと思います。
一番最初に、増島参考人にお伺いしたいのですが、きょういただいたものにもお書きいただいておりますけれども、税金の値打ちが一〇〇%生かされる努力、これが本当に基本的なことで、もし自発的な、あるいは積極的な簡素化、合理化、あるいは定期的、集中的な見直しというものを行政の中で常にやっていれば、今のようなところに至らなかったのではないか。
この議論は、議事録を繰ってみますと、昭和五十七年、六十年、同じことをやっているわけです。つまり、そういう意味で中の機能がもし働いていないとすれば――これは目安箱の中に青森県の方から、四、五年に一度公務員としての適性検査をすべきだというのがあります。また、税務署に勤務しただけで税理士の資格を与えるようなことはやめてほしいというような、公務員の採用に関する、あるいは昇格に関することが出てきております。私は、政治の世界も同じでございますけれども、新陳代謝がなければ、やはりすべてのものが沈殿していく、前に進まないというふうに思っております。
そういう意味で、公務員の試験のあり方、外務省は今度変わりましたけれども、イギリスの場合は、年齢制限が五十歳までです。五十歳で公務員に採用されて、もし今の日本のシステムのような昇格のあり方、つまり年次の序列でいくとしたら、五十歳の人はあるポストには絶対につけない。そういうシステムから考えていきますと、この公務員の採用試験のあり方、それから年齢制限、それと同時に昇格、昇進の仕組みをやはりもう少し適材適所というふうに変えていく、そういう抜本的な改革が必要ではないかと思います。
それと同時に、私も大学人でおりまして、たまたま友人のエズラ・ボーゲルが、御存じのようにCIAに二年間出向しましたけれども、二年間で戻ってくれば、もとの地位がきちっと保証されております。その間、国にサービスをするわけです。また、キッシンジャー博士のように、こちらの方がおもしろいということで大学をやめてしまうというケースもあるわけです。ビジネスの世界、それから大学、研究者、こういう人たちが例えば二年間入って、しかもそのときにきちんとしたポストと責任を与えられて、そしてまた出ていく、こういう仕組みというものを確立することが必要ではないかというふうに思っております。
そして、九三年の総務庁の調べの、日本の青年の意識調査を見ておりましても、ドイツ、フランス、ブラジル、ロシア、イギリス、フィリピン、スウェーデン、アメリカ、タイ、韓国、日本という十一カ国の比較の中で、職場への定着意識は日本が一番低い。これは二七・五%で、ドイツの五三%の半分でございます。今の若者は、もう既に一つの仕事への定着の意識が世界の十一カ国の中で一番下になっている。こういう若者の動態を考えましても、今のような昇格の仕組み、採用の仕組みは変えるべきだと思うのですが、この点について御意見を例えればと思います。
この発言だけを見る →わずか十五分でございますので、お三人に一問ずつ質問をさせていただきたいと思います。
その前に、粕谷委員長あての目安箱というのは大変いい試みであったと思いますので、私は、それに従って質問をさせていただきたいと思います。
とりあえず現状を見ますと、高度成長時代に大変有効であった経済の仕組みも、あるいは社会の構造も、教育のシステムも、これから日本がどこへ行くかというその過渡期にあってさまざまなひずみが、大蔵の不祥事もそうですし、それから青少年の犯罪もそうですが、出てきているというふうに私は認識しておりますので、思い切った方向転換、視点を変えるということが必要であろうと思います。
一番最初に、増島参考人にお伺いしたいのですが、きょういただいたものにもお書きいただいておりますけれども、税金の値打ちが一〇〇%生かされる努力、これが本当に基本的なことで、もし自発的な、あるいは積極的な簡素化、合理化、あるいは定期的、集中的な見直しというものを行政の中で常にやっていれば、今のようなところに至らなかったのではないか。
この議論は、議事録を繰ってみますと、昭和五十七年、六十年、同じことをやっているわけです。つまり、そういう意味で中の機能がもし働いていないとすれば――これは目安箱の中に青森県の方から、四、五年に一度公務員としての適性検査をすべきだというのがあります。また、税務署に勤務しただけで税理士の資格を与えるようなことはやめてほしいというような、公務員の採用に関する、あるいは昇格に関することが出てきております。私は、政治の世界も同じでございますけれども、新陳代謝がなければ、やはりすべてのものが沈殿していく、前に進まないというふうに思っております。
そういう意味で、公務員の試験のあり方、外務省は今度変わりましたけれども、イギリスの場合は、年齢制限が五十歳までです。五十歳で公務員に採用されて、もし今の日本のシステムのような昇格のあり方、つまり年次の序列でいくとしたら、五十歳の人はあるポストには絶対につけない。そういうシステムから考えていきますと、この公務員の採用試験のあり方、それから年齢制限、それと同時に昇格、昇進の仕組みをやはりもう少し適材適所というふうに変えていく、そういう抜本的な改革が必要ではないかと思います。
それと同時に、私も大学人でおりまして、たまたま友人のエズラ・ボーゲルが、御存じのようにCIAに二年間出向しましたけれども、二年間で戻ってくれば、もとの地位がきちっと保証されております。その間、国にサービスをするわけです。また、キッシンジャー博士のように、こちらの方がおもしろいということで大学をやめてしまうというケースもあるわけです。ビジネスの世界、それから大学、研究者、こういう人たちが例えば二年間入って、しかもそのときにきちんとしたポストと責任を与えられて、そしてまた出ていく、こういう仕組みというものを確立することが必要ではないかというふうに思っております。
そして、九三年の総務庁の調べの、日本の青年の意識調査を見ておりましても、ドイツ、フランス、ブラジル、ロシア、イギリス、フィリピン、スウェーデン、アメリカ、タイ、韓国、日本という十一カ国の比較の中で、職場への定着意識は日本が一番低い。これは二七・五%で、ドイツの五三%の半分でございます。今の若者は、もう既に一つの仕事への定着の意識が世界の十一カ国の中で一番下になっている。こういう若者の動態を考えましても、今のような昇格の仕組み、採用の仕組みは変えるべきだと思うのですが、この点について御意見を例えればと思います。