文教・科学委員会
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会
会議録情報#0
平成十年六月四日(木曜日)
午後一時三十一分開会
―――――――――――――
委員の異動
五月二十八日
辞任 補欠選任
長谷川道郎君 松浦 孝治君
萱野 茂君 前川 忠夫君
五月二十九日
辞任 補欠選任
松浦 孝治君 長谷川道郎君
前川 忠夫君 萱野 茂君
六月四日
辞任 補欠選任
田沢 智治君 山本 一太君
上山 和人君 瀬谷 英行君
―――――――――――――
出席者は左のとおり。
委員長 大島 慶久君
理 事
小野 清子君
北岡 秀二君
馳 浩君
小林 元君
松 あきら君
委 員
井上 裕君
釜本 邦茂君
世耕 政隆君
野沢 太三君
長谷川道郎君
山本 一太君
江本 孟紀君
萱野 茂君
但馬 久美君
日下部禧代子君
瀬谷 英行君
阿部 幸代君
扇 千景君
国務大臣
文 部 大 臣 町村 信孝君
政府委員
文部大臣官房長 小野 元之君
文部大臣官房総
務審議官 高 為重君
文部省生涯学習
局長 富岡 賢治君
文部省初等中等
教育局長 辻村 哲夫君
文部省教育助成
局長 御手洗 康君
文部省高等教育
局長 佐々木正峰君
文部省体育局長 工藤 智規君
事務局側
常任雇員会専門
員 巻端 俊兒君
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
○学校教育法等の一部を改正する法律案(内閣提
出、衆議院送付)
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この発言だけを見る →午後一時三十一分開会
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委員の異動
五月二十八日
辞任 補欠選任
長谷川道郎君 松浦 孝治君
萱野 茂君 前川 忠夫君
五月二十九日
辞任 補欠選任
松浦 孝治君 長谷川道郎君
前川 忠夫君 萱野 茂君
六月四日
辞任 補欠選任
田沢 智治君 山本 一太君
上山 和人君 瀬谷 英行君
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出席者は左のとおり。
委員長 大島 慶久君
理 事
小野 清子君
北岡 秀二君
馳 浩君
小林 元君
松 あきら君
委 員
井上 裕君
釜本 邦茂君
世耕 政隆君
野沢 太三君
長谷川道郎君
山本 一太君
江本 孟紀君
萱野 茂君
但馬 久美君
日下部禧代子君
瀬谷 英行君
阿部 幸代君
扇 千景君
国務大臣
文 部 大 臣 町村 信孝君
政府委員
文部大臣官房長 小野 元之君
文部大臣官房総
務審議官 高 為重君
文部省生涯学習
局長 富岡 賢治君
文部省初等中等
教育局長 辻村 哲夫君
文部省教育助成
局長 御手洗 康君
文部省高等教育
局長 佐々木正峰君
文部省体育局長 工藤 智規君
事務局側
常任雇員会専門
員 巻端 俊兒君
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本日の会議に付した案件
○学校教育法等の一部を改正する法律案(内閣提
出、衆議院送付)
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大
大島慶久#1
○委員長(大島慶久君) ただいまから文教・科学委員会を開会いたします。
まず、委員の異動について御報告いたします。
本日、上山和人君が委員を辞任され、その補欠として瀬谷英行君が選任されました。
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この発言だけを見る →まず、委員の異動について御報告いたします。
本日、上山和人君が委員を辞任され、その補欠として瀬谷英行君が選任されました。
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大
北
北岡秀二#3
○北岡秀二君 久しぶりに質問させていただきます。
直接この法案に関連のある質問ではないのですが、つい先日、科学技術庁の方から白書が出されまして、その白書の概要でちょっと気になる数字が出ておったものですから、その点からちょっとお伺い申し上げたいと思うんです。
これはもう既に御承知だろうと思いますが、国立教育研究所が子供たちにアンケート調査をとられていらっしゃる。このアンケート調査の内容によりますと、科学技術庁の白書で特にこの部分だけを取り上げておるんですが、「科学のために世界がだんだん破壊される」というこのイエス、ノーの答えで、小学校五年生に対してのアンケート調査の結果が、六四%の小学校五年生の子供たちが科学のために世界がだんだん破壊されるという結果を出されたと。
私は、科学技術庁のこの白書の表に出されておる数字を拝見させていただいたときに大変心配をいたしました。ある一面確かにそのとおりだろうとは思うんですが、私どもの国というのは科学技術立国で、科学技術者の人材養成をしていかなければならないという観点から申し上げますと、科学技術に対する認識が、子供の時代から科学技術によって世の中が悪くなっていますよというような認識をとられるところに、将来の我が国の人材養成という観点から非常に心配をしておるわけでございます。
実際にこの研究所がとられましたアンケート調査の内容を精査いたしますと、児童生徒の意見で「科学に対する価値観」という領域に関しては、生活が科学技術によって豊かになっている、あるいは日常生活の問題解決に役立っている等々の部分はかなり肯定的な数字が出ておるわけでございますが、「科学技術の功罪」という部分で、科学のために世界がだんだん破壊される、さらには、科学の発明は世の中を余りにも複雑にし過ぎた、そしてまた、科学的発見はよいことより害をもたらすことの方が多い、さらには、世の中の困った問題の多くは科学技術が原因となっているという、この功罪の部分のアンケート調査では小学校五年生の御意見が軒並みそういう罪の部分を肯定する部分が多い。
これは私は非常に心配な数字と思っておるんですが、文部省はこの数字のあたりをどういうふうに解釈されていらっしゃるのか、まずお聞き申し上げたいと思います。
この発言だけを見る →直接この法案に関連のある質問ではないのですが、つい先日、科学技術庁の方から白書が出されまして、その白書の概要でちょっと気になる数字が出ておったものですから、その点からちょっとお伺い申し上げたいと思うんです。
これはもう既に御承知だろうと思いますが、国立教育研究所が子供たちにアンケート調査をとられていらっしゃる。このアンケート調査の内容によりますと、科学技術庁の白書で特にこの部分だけを取り上げておるんですが、「科学のために世界がだんだん破壊される」というこのイエス、ノーの答えで、小学校五年生に対してのアンケート調査の結果が、六四%の小学校五年生の子供たちが科学のために世界がだんだん破壊されるという結果を出されたと。
私は、科学技術庁のこの白書の表に出されておる数字を拝見させていただいたときに大変心配をいたしました。ある一面確かにそのとおりだろうとは思うんですが、私どもの国というのは科学技術立国で、科学技術者の人材養成をしていかなければならないという観点から申し上げますと、科学技術に対する認識が、子供の時代から科学技術によって世の中が悪くなっていますよというような認識をとられるところに、将来の我が国の人材養成という観点から非常に心配をしておるわけでございます。
実際にこの研究所がとられましたアンケート調査の内容を精査いたしますと、児童生徒の意見で「科学に対する価値観」という領域に関しては、生活が科学技術によって豊かになっている、あるいは日常生活の問題解決に役立っている等々の部分はかなり肯定的な数字が出ておるわけでございますが、「科学技術の功罪」という部分で、科学のために世界がだんだん破壊される、さらには、科学の発明は世の中を余りにも複雑にし過ぎた、そしてまた、科学的発見はよいことより害をもたらすことの方が多い、さらには、世の中の困った問題の多くは科学技術が原因となっているという、この功罪の部分のアンケート調査では小学校五年生の御意見が軒並みそういう罪の部分を肯定する部分が多い。
これは私は非常に心配な数字と思っておるんですが、文部省はこの数字のあたりをどういうふうに解釈されていらっしゃるのか、まずお聞き申し上げたいと思います。
町
町村信孝#4
○国務大臣(町村信孝君) 私も、委員御指摘のとおり、この科学技術白書の結果を見ていささか考えさせられたといいましょうか、ある意味では確かに心配になったわけであります。
委員御指摘のとおり、科学に対する価値観という意味ではかなりプラスの、「生活が豊かになる」というのを肯定する児童が五七%とか、「日常生活上の問題解決に役立つ」七三%、「国の発展に重要」六九%、非常にそういう面も見ているわけです。
他方、功罪ということになると、やはりこれは昨今の環境問題でありますとか、あるいは原爆、水爆の実験の問題等々、そうした罪の部分の方がむしろより大きく世の中に報道されるといったようなことなども影響するんだろうと思いますが、今の子供たちのそういう意味の情報量とか知識量というのは私どもの小さいころとは比べ物にならないほど大きくなっている。そういう意味でいささかマイナス面の評価も大きくなっているのかなと、こういう気がするわけであります。
ただ、もう一つ、ちょっと救われるかなと思いますのは、その欄の下に高校を出た後六年たった方々の調査結果も出ております。例えば、「科学のために世界がだんだん破壊される」というのが、小学校五年生が六四%、高卒後六年の方は四〇%とか、「科学的発見はよいことより害を多くもたらす」、小学校五年生が四三%で高卒後六年が一五%というように、やっぱり世の中に出てみると少しくそうした功罪というものの冷静な評価ができるようになってくるという意味では、ある意味では楽観できるところもあるのかもしれない。
しかし、いずれにしても学校教育の段階で、こうした科学技術によります社会発展への貢献とか、あるいは子供たち自身が未知の世界を知ることの喜びでありますとかあるいは発見する喜び、こうしたものを体験などを通じて科学技術の重要性、大切さ、しかし同時に私は、そのマイナスの面、影の部分もやっぱりあるということを認識しながらプラスの面をいかに伸ばしていくのかというバランスよい受けとめられ方ができるように学校教育の中でもしっかりと教えることができるように心がけていきたいし、これから新しい学習指導要領等もつくるわけでございますから、今後そうした面に十分留意をしながら、よりプラスの面をしっかりと認識できるように努めてまいりたいと考えております。
この発言だけを見る →委員御指摘のとおり、科学に対する価値観という意味ではかなりプラスの、「生活が豊かになる」というのを肯定する児童が五七%とか、「日常生活上の問題解決に役立つ」七三%、「国の発展に重要」六九%、非常にそういう面も見ているわけです。
他方、功罪ということになると、やはりこれは昨今の環境問題でありますとか、あるいは原爆、水爆の実験の問題等々、そうした罪の部分の方がむしろより大きく世の中に報道されるといったようなことなども影響するんだろうと思いますが、今の子供たちのそういう意味の情報量とか知識量というのは私どもの小さいころとは比べ物にならないほど大きくなっている。そういう意味でいささかマイナス面の評価も大きくなっているのかなと、こういう気がするわけであります。
ただ、もう一つ、ちょっと救われるかなと思いますのは、その欄の下に高校を出た後六年たった方々の調査結果も出ております。例えば、「科学のために世界がだんだん破壊される」というのが、小学校五年生が六四%、高卒後六年の方は四〇%とか、「科学的発見はよいことより害を多くもたらす」、小学校五年生が四三%で高卒後六年が一五%というように、やっぱり世の中に出てみると少しくそうした功罪というものの冷静な評価ができるようになってくるという意味では、ある意味では楽観できるところもあるのかもしれない。
しかし、いずれにしても学校教育の段階で、こうした科学技術によります社会発展への貢献とか、あるいは子供たち自身が未知の世界を知ることの喜びでありますとかあるいは発見する喜び、こうしたものを体験などを通じて科学技術の重要性、大切さ、しかし同時に私は、そのマイナスの面、影の部分もやっぱりあるということを認識しながらプラスの面をいかに伸ばしていくのかというバランスよい受けとめられ方ができるように学校教育の中でもしっかりと教えることができるように心がけていきたいし、これから新しい学習指導要領等もつくるわけでございますから、今後そうした面に十分留意をしながら、よりプラスの面をしっかりと認識できるように努めてまいりたいと考えております。
北
北岡秀二#5
○北岡秀二君 方向はそういう形でよろしいかと思うんですが、ここ何年か前から、何年か前というか、何十年か前から子供たちの理系離れという現象もかなり顕著にあるのではなかろうかと思うのですが、そのあたりの理系離れの実態というのは文部省ではどのように掌握をされていらっしゃるのか、具体的におわかりであればお教えをいただきたいと思います。
この発言だけを見る →辻
辻村哲夫#6
○政府委員(辻村哲夫君) 理系離れにつきましては、小中高だけでなく大学への進学動向等も含めましてさまざまに言われております。まず、大学の理工学部への進学志願者の割合の低下でありますとか、あるいはもう少し上の段階での若者たちが科学等に対して興味を示さないということ、これは量的になかなか示しにくい点もあみわけでございますけれども、そういう指摘がございます。私ども、小中高の段階におきましても、この点については心配をしつつ検討をいたしております。
言えますことは、今回の学習指導要領の改訂作業の基礎となります達成度調査という、今の指導要領をどのくらい子供たちが達成しているかという形の調査をいたしております。全国の子供たち、小・中・高等学校の各学年一万六千名ずつ選びまして、小学校は五・六年生、中学校は各学年でございますけれども、そうして達成度の調査をいたしますと、子供たちの成績はおおむね良好という結果になっております。
それから、国際数学・理科調査というものがございまして、各国との国際比較も行うような機会があるわけでございますけれども、その場合でも、いわゆる学力の点におきましては中学生、小学生ともに大変高い順位を示しているわけでございます。
ただ、そうした中で、今先生御指摘の点を踏まえて分析いたしますと、国際比較の点におきましては、では高い結果を示しておる子供たちに対しまして将来科学を使う仕事をしたいと積極的に思うかという問いを生徒に発しますと、日本の子供たちは下位でございます。そういうものに対してイエスと答える子供たちが大変少ない。それから、端的に理科を好きと答える子供の割合、これも、下位ということではございませんけれども、国際の平均値よりも低いというような状況になってございます。
したがいまして、子供たちは、お勉強と申しましょうか、学力の点では高い成績を示しつつ、しかし、ではそれを使って将来生きていくか、それを積極的に評価していくかということになりますと大変低いという状況が統計的にも出ておるわけでございます。
そういう点をもちまして私どもは、科学に強いというだけでなく、科学に対して知的好奇心とか、科学が好きな子供たちというものをどのように育てていくのか、このことが大事なことであろうと。これを裏返せば、理科離れでありあるいは科学技術離れと言われることに対する取り組みということになるんではないか、こんなふうに分析をいたしております。
この発言だけを見る →言えますことは、今回の学習指導要領の改訂作業の基礎となります達成度調査という、今の指導要領をどのくらい子供たちが達成しているかという形の調査をいたしております。全国の子供たち、小・中・高等学校の各学年一万六千名ずつ選びまして、小学校は五・六年生、中学校は各学年でございますけれども、そうして達成度の調査をいたしますと、子供たちの成績はおおむね良好という結果になっております。
それから、国際数学・理科調査というものがございまして、各国との国際比較も行うような機会があるわけでございますけれども、その場合でも、いわゆる学力の点におきましては中学生、小学生ともに大変高い順位を示しているわけでございます。
ただ、そうした中で、今先生御指摘の点を踏まえて分析いたしますと、国際比較の点におきましては、では高い結果を示しておる子供たちに対しまして将来科学を使う仕事をしたいと積極的に思うかという問いを生徒に発しますと、日本の子供たちは下位でございます。そういうものに対してイエスと答える子供たちが大変少ない。それから、端的に理科を好きと答える子供の割合、これも、下位ということではございませんけれども、国際の平均値よりも低いというような状況になってございます。
したがいまして、子供たちは、お勉強と申しましょうか、学力の点では高い成績を示しつつ、しかし、ではそれを使って将来生きていくか、それを積極的に評価していくかということになりますと大変低いという状況が統計的にも出ておるわけでございます。
そういう点をもちまして私どもは、科学に強いというだけでなく、科学に対して知的好奇心とか、科学が好きな子供たちというものをどのように育てていくのか、このことが大事なことであろうと。これを裏返せば、理科離れでありあるいは科学技術離れと言われることに対する取り組みということになるんではないか、こんなふうに分析をいたしております。
北
北岡秀二#7
○北岡秀二君 私は、前段に申し上げましたとおり、今の日本の国ということを考えてみましたときに、資源も土地もない、人間という側面である程度世界に伍した一つの経済大国をつくっておるという状況から申し上げますと、これはもう申し上げるまでもないことなんですが、科学技術に頼る部分というのはかなりある。これは将来的にもそうなんですが、そういう観点から申し上げると、日本の国にとって将来科学技術に従事する優秀な人材を育成していくというのは本当に国策の中の一番大きな柱の一つだろうと思うんです。
そういう観点から申し上げますと、そういう部分での人材を育成していくという一つの必要性のみならず、今の教育改革という流れから申し上げますと、子供たちに夢がない、そういう部分で心の教育をどんどんしていかなければならないという、この場面だけをとらえても、科学技術に対して夢を持っていただいて、将来こういう大人になるんだ、こういう仕事をやるんだという夢を持っていただくこと自体、今荒れている学校教育の改革の助けの一つにもなるんでないのかなというふうに感じておる次第でございます。
ついさっきも科学技術庁のある幹部の方と話をしておりまして、今の科学技術の現場での若い技術者の状況というのをお伺いしたんです。最近、皆さん方御承知のとおり、例えば技術系でいくと就職に有利だとか、あるいは経済的にある程度保障されるという観点で、ともすると受け身の立場で理科系に入っていらっしゃる方が結構いらっしゃる。これは理科系だけじゃなくて、我が国の若い方々全般にそういう傾向が強いわけでございます。特に今の日本の状況を考えてみますと、最近は欧米諸国に比べて科学技術の水準がともするとおくれがちになっておる、どんどんこれから将来の先端産業を中心としたグローバルスタンダードをつくっていかなければならない状況の中で、日本の技術力というのは外国におくれをとりつつありますよという話もよく聞きます。
そういう状況から申し上げますと、これはただ一つのアンケートを見て私は申し上げるつもりはないんですが、今の日本の特に小学校の子供を取り巻く理科系、科学技術に対する夢を持っていただいてどんどんそういう部分の人材をつくるという側面をとらえていったときに、非常に大きな欠陥を持っておるような感じがするんです。
確かに今の世の中、環境ホルモンだとかあるいは原子力問題にとか、あるいは産業廃棄物とか、あるいはトータルの環境間値全般、科学にまつわる世の中の影の部分というのが取りざたをされておるものですから、親やあるいはマスコミや、ひょっとしたら学校の現場でもそういうマイナス情報を子供たちに提供しているばかりに、本来であれば、素直な形で科学技術というのをとらえるのであれば夢を持っていただかなければならない領域に、ともするとマイナスの要因が入っているんじゃなかろうか。これはもう単純に考えてみてもそうなんですが、当然光と影がある。その影の部分を解決するのも科学技術。今取りざたされております環境ホルモンにしてもダイオキシンの問題にしても、それを解決するのもまた科学技術であることもほかならない。そういうふうに認識をするわけでございます。
そういう観点から申し上げますと、文部省としても今までも取り組んでいらっしゃっておるだろうとは思うわけでございますが、ともすると世の、中がそういうネガティブキャンペーンに対応するような社会構造になりつつありますので、ぜひともそのあたりを心して、将来の人材づくりという観点から、夢を持っていただくという理科系の人材育成に教育の現場でぜひとも力をいただきたい。
大臣、所見がありましたらお述べをいただいて、次の質問に移りたいと思います。
この発言だけを見る →そういう観点から申し上げますと、そういう部分での人材を育成していくという一つの必要性のみならず、今の教育改革という流れから申し上げますと、子供たちに夢がない、そういう部分で心の教育をどんどんしていかなければならないという、この場面だけをとらえても、科学技術に対して夢を持っていただいて、将来こういう大人になるんだ、こういう仕事をやるんだという夢を持っていただくこと自体、今荒れている学校教育の改革の助けの一つにもなるんでないのかなというふうに感じておる次第でございます。
ついさっきも科学技術庁のある幹部の方と話をしておりまして、今の科学技術の現場での若い技術者の状況というのをお伺いしたんです。最近、皆さん方御承知のとおり、例えば技術系でいくと就職に有利だとか、あるいは経済的にある程度保障されるという観点で、ともすると受け身の立場で理科系に入っていらっしゃる方が結構いらっしゃる。これは理科系だけじゃなくて、我が国の若い方々全般にそういう傾向が強いわけでございます。特に今の日本の状況を考えてみますと、最近は欧米諸国に比べて科学技術の水準がともするとおくれがちになっておる、どんどんこれから将来の先端産業を中心としたグローバルスタンダードをつくっていかなければならない状況の中で、日本の技術力というのは外国におくれをとりつつありますよという話もよく聞きます。
そういう状況から申し上げますと、これはただ一つのアンケートを見て私は申し上げるつもりはないんですが、今の日本の特に小学校の子供を取り巻く理科系、科学技術に対する夢を持っていただいてどんどんそういう部分の人材をつくるという側面をとらえていったときに、非常に大きな欠陥を持っておるような感じがするんです。
確かに今の世の中、環境ホルモンだとかあるいは原子力問題にとか、あるいは産業廃棄物とか、あるいはトータルの環境間値全般、科学にまつわる世の中の影の部分というのが取りざたをされておるものですから、親やあるいはマスコミや、ひょっとしたら学校の現場でもそういうマイナス情報を子供たちに提供しているばかりに、本来であれば、素直な形で科学技術というのをとらえるのであれば夢を持っていただかなければならない領域に、ともするとマイナスの要因が入っているんじゃなかろうか。これはもう単純に考えてみてもそうなんですが、当然光と影がある。その影の部分を解決するのも科学技術。今取りざたされております環境ホルモンにしてもダイオキシンの問題にしても、それを解決するのもまた科学技術であることもほかならない。そういうふうに認識をするわけでございます。
そういう観点から申し上げますと、文部省としても今までも取り組んでいらっしゃっておるだろうとは思うわけでございますが、ともすると世の、中がそういうネガティブキャンペーンに対応するような社会構造になりつつありますので、ぜひともそのあたりを心して、将来の人材づくりという観点から、夢を持っていただくという理科系の人材育成に教育の現場でぜひとも力をいただきたい。
大臣、所見がありましたらお述べをいただいて、次の質問に移りたいと思います。
町
町村信孝#8
○国務大臣(町村信孝君) 北岡委員御指摘のとおり、確かに光と影と両方あると思うんです。ですから、昨今の環境問題を勉強する、それへの適切な対応を考えるということもまさに御指摘のとおり、影の部分をしっかりコントロールしながら、いかに光の部分を伸ばしていくか。影の部分がないんだと言う必要は私はないと思うんです。それはそれとしてしっかり対応を考えながら、あといかに夢を持ちながら光の部分を伸ばしていくかということだろうと思います。
私のふるさと北海道から宇宙飛行士の毛利さんが日本で初めて飛ばれました。そして、毛利さんが宇宙から子供たちに呼びかけたあのすばらしいメッセージでありますとか、あるいは、私地元で毛利さんがしゃべっているその会場の子供たちの顔が映ったのを見たことがございますが、本当に目が輝いて、もう食い入るような目で毛利さんの話を聞いていた子供たちの顔が非常に印象的でございました。
ですから、私はそういう意味で、子供たちはそうした部分で非常に大きな夢と希望、期待というものを持っているという、潜在的にはそういうものがあるんだということを強く感じますので、子供たちが自然に持っているそうしたものをいかに伸ばしていくのかということを心がけていきたい。
理科教育振興法という特別な法律も既にあるわけでありまして、それに基づいて、十分かどうかわかりませんが、学校への理科の器材のきちんとした整備でありますとかいろいろな対策も打ってきております。そうしたことなどを含めて、子供たちが科学技術に夢や希望を持てるようにしっかりと教育の現場でも努力をしてまいりたいと考えております。
この発言だけを見る →私のふるさと北海道から宇宙飛行士の毛利さんが日本で初めて飛ばれました。そして、毛利さんが宇宙から子供たちに呼びかけたあのすばらしいメッセージでありますとか、あるいは、私地元で毛利さんがしゃべっているその会場の子供たちの顔が映ったのを見たことがございますが、本当に目が輝いて、もう食い入るような目で毛利さんの話を聞いていた子供たちの顔が非常に印象的でございました。
ですから、私はそういう意味で、子供たちはそうした部分で非常に大きな夢と希望、期待というものを持っているという、潜在的にはそういうものがあるんだということを強く感じますので、子供たちが自然に持っているそうしたものをいかに伸ばしていくのかということを心がけていきたい。
理科教育振興法という特別な法律も既にあるわけでありまして、それに基づいて、十分かどうかわかりませんが、学校への理科の器材のきちんとした整備でありますとかいろいろな対策も打ってきております。そうしたことなどを含めて、子供たちが科学技術に夢や希望を持てるようにしっかりと教育の現場でも努力をしてまいりたいと考えております。
北
北岡秀二#9
○北岡秀二君 ぜひともよろしくお願い申し上げます。
これは私は目に見えない部分で非常に大きな問題だろうと思いますので、マイナス思考の方向に入らずに、特に今の日本の状況を考えてみますときに、プラス思考の領域で子供たちに接触をしていただくという部分でぜひとも今後のなお一層の努力をされた対応をお願い申し上げたいと思う次第でございます。
時間の関係で、直接法案の方に入らせていただきます。このたびの中高一貫教育、学校教育法の改正ということで、今まで何日間か議論をされました。文部省のいろいろな御意見というのは私どもも拝聴させていただきまして、基本的には賛成なんですが、私は、中高一貫教育を現場に普及させていくという過程の中でちょっと一部心配な点がございます。
そういうことでお伺いしたいわけでございますが、今度の法律では、中高一貫教育を実質普及させていく過程の中で、一貫型あるいは併設型、連携型という三つのスタイルで実際にやっていただきたいというような形の内容になっておろうかと思うんです。この三つのスタイルに区分けをして、こういう形で奨励をしていこうとする文部省のねらい、どういうところにねらいがあるか、まずお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →これは私は目に見えない部分で非常に大きな問題だろうと思いますので、マイナス思考の方向に入らずに、特に今の日本の状況を考えてみますときに、プラス思考の領域で子供たちに接触をしていただくという部分でぜひとも今後のなお一層の努力をされた対応をお願い申し上げたいと思う次第でございます。
時間の関係で、直接法案の方に入らせていただきます。このたびの中高一貫教育、学校教育法の改正ということで、今まで何日間か議論をされました。文部省のいろいろな御意見というのは私どもも拝聴させていただきまして、基本的には賛成なんですが、私は、中高一貫教育を現場に普及させていくという過程の中でちょっと一部心配な点がございます。
そういうことでお伺いしたいわけでございますが、今度の法律では、中高一貫教育を実質普及させていく過程の中で、一貫型あるいは併設型、連携型という三つのスタイルで実際にやっていただきたいというような形の内容になっておろうかと思うんです。この三つのスタイルに区分けをして、こういう形で奨励をしていこうとする文部省のねらい、どういうところにねらいがあるか、まずお伺いしたいと思います。
辻
辻村哲夫#10
○政府委員(辻村哲夫君) 先生御指摘のとおり、中高一貫教育の形として三つ考えてございます。そのうちの二つ、中等教育学校というものと併設型の中高一貫校を法律でお願いをしているものでございます。もう一つは連携型と称しておりますが、これは現在の中学校と高等学校というものを前提にして、実態として中高間のカリキュラムですとかその他をつなぐ形で中高一貫教育を実現していこうと、こういう形のものでございます。
ポイントだけ申し上げますと、中等教育学校というのはずんどう型と申しましょうか、六年間原則同じ生徒が生活をともにして卒業していくという形を想定してございます。したがいまして、組織としては大変かたい組織になってございます。六年間原則生徒は同じ、教師も同じというものでございます。
ただ、この中高一貫につきましては、問題点としていわゆる中だるみですとか、あるいはこの長い学生生活になじめない子供が出るんではないかというような指摘がございます。そこで、中学校と高等学校と組織は一応別々にしておきますけれども、同一設置者が設置して中と高の間は選抜なしにつなぐという形で、高等学校の段階でずんどう型ではない、別のところからの中学卒業生を高校に入れ得るような少し柔軟な形を想定してございますのがこの併設型というものでございます。これは現在ある高等学校を前提にして、それに同一設置者が中学校を併設するという形で設置できるという形で、かなり現実的な創設が可能なのではないかという意味も込めてございます。
それから、もう一つの連携型はまさに今の中学校、高等学校を前提にしてございますので、これは各地域地域の状況によって柔軟に実現できるわけでございます。
そうした三つの型それぞれに特色がございますので、各都道府県等の設置者においてどんな形でこれを活用していくのか、そうした幅を三つほど設けて選択をして中高一貫教育を広く実施していきたい、こういう気持ちであるわけでございます。
この発言だけを見る →ポイントだけ申し上げますと、中等教育学校というのはずんどう型と申しましょうか、六年間原則同じ生徒が生活をともにして卒業していくという形を想定してございます。したがいまして、組織としては大変かたい組織になってございます。六年間原則生徒は同じ、教師も同じというものでございます。
ただ、この中高一貫につきましては、問題点としていわゆる中だるみですとか、あるいはこの長い学生生活になじめない子供が出るんではないかというような指摘がございます。そこで、中学校と高等学校と組織は一応別々にしておきますけれども、同一設置者が設置して中と高の間は選抜なしにつなぐという形で、高等学校の段階でずんどう型ではない、別のところからの中学卒業生を高校に入れ得るような少し柔軟な形を想定してございますのがこの併設型というものでございます。これは現在ある高等学校を前提にして、それに同一設置者が中学校を併設するという形で設置できるという形で、かなり現実的な創設が可能なのではないかという意味も込めてございます。
それから、もう一つの連携型はまさに今の中学校、高等学校を前提にしてございますので、これは各地域地域の状況によって柔軟に実現できるわけでございます。
そうした三つの型それぞれに特色がございますので、各都道府県等の設置者においてどんな形でこれを活用していくのか、そうした幅を三つほど設けて選択をして中高一貫教育を広く実施していきたい、こういう気持ちであるわけでございます。
北
北岡秀二#11
○北岡秀二君 先ほど申し上げましたとおり、この法律がいざ実施段階になって、当然今の段階では積極的に取り組んでいきたいという地域はかなり多いんだろうと思うんですが、いざ実際取り組む段階になって考えてみますときに、これは文部省の見解はどういうようなのか私はわかりませんが、かなり地域間格差が出てくるんじゃなかろうかな。やりたいんだけれども、やれる現実にないと。
また、これはもう少しはっきり申し上げますと、都市部で取り組むに当たっては、都市部は都市部なりに悩みはあるだろうとは思います。高校数も多いし中学数も多い、それだけ選べるメニューがたくさんありますから、逆にメニューがたくさんあり過ぎてそのあたり最終決断するのが難しいかもわかりません。逆に、私ども郡部の過疎地域に住んでおるんですが、その郡部の過疎地域でも、その学区内に中学校が複数で高校が一つしかないというようなところはえいやで思い切ってできるかもわかりませんが、その他の中途半端な地方は、非常にこれは私現実問題として、取り組んでいくに当たって取り組みづらいんじゃないのかなというような懸念を抱いておるわけです。
ですから、これはあくまで文部省の当初の方針自体が、とにかく選択肢をふやすんですよ、これは強制的に全国に普及さすつもりもないことであろうし、やりたいところだけがやってくださいというようなことですので、基本的には全国津々浦々どこの学区でも一つというようなことも別に想定はしていないだろうとは思うんです。
ただ、これがある程度成功をおさめてかなり全国的に、少なくとも学区内に一校は選択できますよというような形で普及された状況を想像してみたときに、中途半端な地方、これは非常にそのあたりの地域の中高一貫教育に対する現実的な取り組みというのはかなりおくれをとるであろうし、現実問題としてそういう学校制度を新しくつくろうにもつくれない状況というのが出てくるんじゃなかろうかなというふうに直感するわけです。そのあたりは文部省として、どういうふうにお考えで、そしてまたなおかつ、やりたいんだけれどもできない地域ができ得るとすればどういうふうに対応していくつもりなのか、ちょっとお考えをお伺いさせていただきたいと思います。
この発言だけを見る →また、これはもう少しはっきり申し上げますと、都市部で取り組むに当たっては、都市部は都市部なりに悩みはあるだろうとは思います。高校数も多いし中学数も多い、それだけ選べるメニューがたくさんありますから、逆にメニューがたくさんあり過ぎてそのあたり最終決断するのが難しいかもわかりません。逆に、私ども郡部の過疎地域に住んでおるんですが、その郡部の過疎地域でも、その学区内に中学校が複数で高校が一つしかないというようなところはえいやで思い切ってできるかもわかりませんが、その他の中途半端な地方は、非常にこれは私現実問題として、取り組んでいくに当たって取り組みづらいんじゃないのかなというような懸念を抱いておるわけです。
ですから、これはあくまで文部省の当初の方針自体が、とにかく選択肢をふやすんですよ、これは強制的に全国に普及さすつもりもないことであろうし、やりたいところだけがやってくださいというようなことですので、基本的には全国津々浦々どこの学区でも一つというようなことも別に想定はしていないだろうとは思うんです。
ただ、これがある程度成功をおさめてかなり全国的に、少なくとも学区内に一校は選択できますよというような形で普及された状況を想像してみたときに、中途半端な地方、これは非常にそのあたりの地域の中高一貫教育に対する現実的な取り組みというのはかなりおくれをとるであろうし、現実問題としてそういう学校制度を新しくつくろうにもつくれない状況というのが出てくるんじゃなかろうかなというふうに直感するわけです。そのあたりは文部省として、どういうふうにお考えで、そしてまたなおかつ、やりたいんだけれどもできない地域ができ得るとすればどういうふうに対応していくつもりなのか、ちょっとお考えをお伺いさせていただきたいと思います。
辻
辻村哲夫#12
○政府委員(辻村哲夫君) 私どもも、具体的に量的にそれぞれの地域に何枚という形で示すということは差し控えるべきであるし、それは各地域地域の御判断であろうと思っております。
ただ今回の措置が、実質的に三三で歩もうとする子にはその道を、しかし、それをつなげた形の中高一貫という形がニーズに合う子供たちにはそういう機会が与えられるようにということでございますので、実質的な機会が与えられるだけの整備は望まれるところであろうというふうに思っております。そのときに三つの型をいろいろな形で工夫してやっていただくというわけでございます。
一つの具体的な例でございますけれども、岡山市で来年度からやろうとして考えておりますのは、市立の商業高校と工業高校を統合して総合型の学科をつくると。四つの系列でそれは構成するわけでございますけれども、そういうふうに高等学校をつくる。そのときあわせて併設型の中学校を設ける。その第二の形で中高一貫校をやろうとしている例がございます。これはこれで岡山市の実情を踏まえた形での中高一貫校の実情だと思います。
それ以外にさまざまな形で中高一貫の試みがございます。ですから、一概にどうということはないわけでございますけれども、例えば人口が非常に小さいところでありますと、実質的に現在の中学校と高等学校のままでありましても、いわゆる連携型という形で中高一貫校ができるということであればそれはそれでいいかとも思います。しかし、さらに進んだ形ということであれば、三年だけではない、六年間生徒がともに生活をするということにメリットを見出すということであれば、高等学校を中心に中等教育学校をつくる、あわせて中学校は併置してあるという形のものも考えられると思います。
ただ現実問題として、都市部の中で高等学校もたくさんある、中学校もたくさんあるという場合にどんな形でその中等教育学校をつくるのか、併設型をつくるのか、あるいは連携型をしていくのかというのは、個別にはなかなか決断が難しいケースはあろうかと思います。それは各都道府県等におきます研究、検討会議の場でじっくりと御検討いただいて進めていただく、こんなふうに考えておりまして、それぞれのニーズを踏まえた形での取り組みが進められていかれればいいのではないかと、こういうふうに思っております。
この発言だけを見る →ただ今回の措置が、実質的に三三で歩もうとする子にはその道を、しかし、それをつなげた形の中高一貫という形がニーズに合う子供たちにはそういう機会が与えられるようにということでございますので、実質的な機会が与えられるだけの整備は望まれるところであろうというふうに思っております。そのときに三つの型をいろいろな形で工夫してやっていただくというわけでございます。
一つの具体的な例でございますけれども、岡山市で来年度からやろうとして考えておりますのは、市立の商業高校と工業高校を統合して総合型の学科をつくると。四つの系列でそれは構成するわけでございますけれども、そういうふうに高等学校をつくる。そのときあわせて併設型の中学校を設ける。その第二の形で中高一貫校をやろうとしている例がございます。これはこれで岡山市の実情を踏まえた形での中高一貫校の実情だと思います。
それ以外にさまざまな形で中高一貫の試みがございます。ですから、一概にどうということはないわけでございますけれども、例えば人口が非常に小さいところでありますと、実質的に現在の中学校と高等学校のままでありましても、いわゆる連携型という形で中高一貫校ができるということであればそれはそれでいいかとも思います。しかし、さらに進んだ形ということであれば、三年だけではない、六年間生徒がともに生活をするということにメリットを見出すということであれば、高等学校を中心に中等教育学校をつくる、あわせて中学校は併置してあるという形のものも考えられると思います。
ただ現実問題として、都市部の中で高等学校もたくさんある、中学校もたくさんあるという場合にどんな形でその中等教育学校をつくるのか、併設型をつくるのか、あるいは連携型をしていくのかというのは、個別にはなかなか決断が難しいケースはあろうかと思います。それは各都道府県等におきます研究、検討会議の場でじっくりと御検討いただいて進めていただく、こんなふうに考えておりまして、それぞれのニーズを踏まえた形での取り組みが進められていかれればいいのではないかと、こういうふうに思っております。
北
北岡秀二#13
○北岡秀二君 私は、地域間格差がひょっとしたら、いざ実際にその実施段階になれば出てくる可能性が大いにありだろうと思うんです。特に田舎へ行けば行くほど当然学校数、高校数は少なくなりますし、なおかつ、これは田舎の特性でありますが、非常に地域エゴというか地域性が強くなってきますので、その組み合わせは難しいし選択肢は少ないしということで、多分私は、ある程度普及して成功裏におさまるような形になれば、やりたくてもできない地域というのは必ずできるだろうと思いますので、そのあたりの対応というのは、文部省、今後の一つの課題として全国的な普及、教育の機会均等、少なくともどの地域でもその選択肢の一つとして必ず機会が均等に与えられるような体系をぜひとも、また今後これから先の将来の課題としてお考えをいただきたいと思う次第でございます。
本当はもっと大臣に聞きたかったんですが、時間が参りましたので、以上で終わります。
この発言だけを見る →本当はもっと大臣に聞きたかったんですが、時間が参りましたので、以上で終わります。
江
江本孟紀#14
○江本孟紀君 よろしくお願いします。
この中高一貫教育というのは、基本的には先ほどの先生と同じで私も賛成をしておりますけれども、この制度を取り入れるとしたらいろんな問題点も当然ありますし、それから取り入れるんであればこうしてほしいというのが何点かありまして、そういったことを中心にお話をさせていただきたいと思います。
中高一貫は、大学の入試、それから高校入試、こういった入試地獄みたいなところから子供を早く解放させてやろう、中高一貫を六年間やっている間にゆとりやいろんなものを子供に与えようというような趣旨のようですけれども、しかし、これはそこだけ直せばいいかという問題じゃなくて、戦後の教育の一つの仕組みからいえば、やはり大学入試、それから大学のあり方、ここに本来問題があったんではないか。
今みたいに学歴社会の、いい大学に行かすためには小学校から中学校から高校からというようなところで、いい学歴を得るために、また社会もそれを受け入れているわけですから、そういった部分において今の子供のさまざまな問題が出ているんではないか。だから、中学校から高校へ行く間だけ受験地獄をなくしてやれば子供に余裕が生まれるとか、教育の改革が全部できるかというと、そうでもないんじゃないかなという気がしております。行く行くやはり大学に対する問題点、こういったものもこれを踏まえて考えていただきたいなと思います。
そこで私は、どうせこういったもの、どうせと言うのはおかしいんですが、こういうものができた以上は、やはりもっときちっとした方針といいますか、あいまいではなくて問題点をもっとはっきり出して、例えば、これは明らかに学力エリート養成学校であるというぐらいに言ってもいいんじゃないか、こう思います。それは、そういう学校が一つぐらい公立にあってもいいんじゃないかというふうに理解したいと思います。
例えば五ケ瀬の中高を見ましても、卒業している人たちの進路、ここに堂々と有名大学を書いてありまして、私の出身は書いていませんけれども、これを見たら相当いい学校ばっかりなんですね。そうすると、こういうのに、卒業した人はこういうところへ、いいところへ入っていますよとはっきり言っているわけですから、これはそれでいいと思うんですね。
それを別の意味で、ゆとりとか子供の受験地獄を解消するとかというようなことじゃなくて、どうせなら堂々と、各県に一つぐらいは公立のエリート養成学校があるんだ、私立の中高一貫のエリート学校というものは金がかかって高いんで、そういうところばかり行かす苦労を、公立でこういったところもあるよというものをつくった方がいいんじゃないかなというふうに私は思いますけれども、その私の考えはどうなんでしょうか。その辺をお聞きしたいと思います。
この発言だけを見る →この中高一貫教育というのは、基本的には先ほどの先生と同じで私も賛成をしておりますけれども、この制度を取り入れるとしたらいろんな問題点も当然ありますし、それから取り入れるんであればこうしてほしいというのが何点かありまして、そういったことを中心にお話をさせていただきたいと思います。
中高一貫は、大学の入試、それから高校入試、こういった入試地獄みたいなところから子供を早く解放させてやろう、中高一貫を六年間やっている間にゆとりやいろんなものを子供に与えようというような趣旨のようですけれども、しかし、これはそこだけ直せばいいかという問題じゃなくて、戦後の教育の一つの仕組みからいえば、やはり大学入試、それから大学のあり方、ここに本来問題があったんではないか。
今みたいに学歴社会の、いい大学に行かすためには小学校から中学校から高校からというようなところで、いい学歴を得るために、また社会もそれを受け入れているわけですから、そういった部分において今の子供のさまざまな問題が出ているんではないか。だから、中学校から高校へ行く間だけ受験地獄をなくしてやれば子供に余裕が生まれるとか、教育の改革が全部できるかというと、そうでもないんじゃないかなという気がしております。行く行くやはり大学に対する問題点、こういったものもこれを踏まえて考えていただきたいなと思います。
そこで私は、どうせこういったもの、どうせと言うのはおかしいんですが、こういうものができた以上は、やはりもっときちっとした方針といいますか、あいまいではなくて問題点をもっとはっきり出して、例えば、これは明らかに学力エリート養成学校であるというぐらいに言ってもいいんじゃないか、こう思います。それは、そういう学校が一つぐらい公立にあってもいいんじゃないかというふうに理解したいと思います。
例えば五ケ瀬の中高を見ましても、卒業している人たちの進路、ここに堂々と有名大学を書いてありまして、私の出身は書いていませんけれども、これを見たら相当いい学校ばっかりなんですね。そうすると、こういうのに、卒業した人はこういうところへ、いいところへ入っていますよとはっきり言っているわけですから、これはそれでいいと思うんですね。
それを別の意味で、ゆとりとか子供の受験地獄を解消するとかというようなことじゃなくて、どうせなら堂々と、各県に一つぐらいは公立のエリート養成学校があるんだ、私立の中高一貫のエリート学校というものは金がかかって高いんで、そういうところばかり行かす苦労を、公立でこういったところもあるよというものをつくった方がいいんじゃないかなというふうに私は思いますけれども、その私の考えはどうなんでしょうか。その辺をお聞きしたいと思います。
町
町村信孝#15
○国務大臣(町村信孝君) 委員のお考えはお考えといたしまして、いわゆる受験エリート校というもの、どういうふうに定義するかということもありましょうが、よく巷間言われている受験エリート校は私立の中高一貫に見受けられるわけでありますが、例えば高校二年の段階までで全部のカリキュラムを終わって、最後の三年生のときはもうひたすら決めた大学の受験勉強だけをやるというような姿があったり、あるいは入学の際に極めて難問奇問的、とても小学校六年生にはわからないような試験をやってその点差で採る、そういう形で受験エリート校というのができ上がってきているのかなとも思うんですが、そういうものを私は今回つくりたいとは思っておりません。むしろそういうのはつくってはならない、こう思います。
なぜならば、受験エリートのなれの果てといいましょうか、行く末といいましょうか、それは一体何なんだろうかというと、いい学校を出て、いい大学を出て、それはいい会社に入るかもしれない。しかし、それは人生のエリートでも何でもないんです。むしろ、江本委員のようにプロ野球でエリートになるという方がある意味でははるかにエリートかもしれません。だから、ただ単にある部分、どちらかというと記憶力だけが異常にすぐれているということをもって人間のエリートでも何でもないと私は思うのであります。
だからこそ、私どもは七つのパターンと申し上げておりますけれども、例えば、じっくりと学びたい子供たちに合ったような学校をつくったり、あるいは国際化教育に特色を出す学校とか、あるいは環境教育をしっかりやる学校とか、あるいは情報化問題に対応できる学校とか、あるいは体験学習を非常に重視する学校、そういうようないろいろな特色を持った中高一貫校というものを目指すべきだろうし、したがって、小学校六年生、受験生に対して学力試験というものは課さないというのもそうした考え方に基づいているわけでございます。
じゃ、世の中にいろんな意味でのエリート、それはいろんな分野でのまたいい意味のエリートというのは僕はあると思うんです。それがこの世の中必要ないかといえば、それはそうではないんだろうと私は思います。ただ、それが日本ではえてして受験エリート、すなわち何か日本社会のエリートみたいになっちゃっているところがむしろおかしいんだろうなと、こう思っておりまして、そういう意味の受験エリート校を私どもはこの中高一貫で全く考えていないということをはっきりと申し上げたいと思います。
この発言だけを見る →なぜならば、受験エリートのなれの果てといいましょうか、行く末といいましょうか、それは一体何なんだろうかというと、いい学校を出て、いい大学を出て、それはいい会社に入るかもしれない。しかし、それは人生のエリートでも何でもないんです。むしろ、江本委員のようにプロ野球でエリートになるという方がある意味でははるかにエリートかもしれません。だから、ただ単にある部分、どちらかというと記憶力だけが異常にすぐれているということをもって人間のエリートでも何でもないと私は思うのであります。
だからこそ、私どもは七つのパターンと申し上げておりますけれども、例えば、じっくりと学びたい子供たちに合ったような学校をつくったり、あるいは国際化教育に特色を出す学校とか、あるいは環境教育をしっかりやる学校とか、あるいは情報化問題に対応できる学校とか、あるいは体験学習を非常に重視する学校、そういうようないろいろな特色を持った中高一貫校というものを目指すべきだろうし、したがって、小学校六年生、受験生に対して学力試験というものは課さないというのもそうした考え方に基づいているわけでございます。
じゃ、世の中にいろんな意味でのエリート、それはいろんな分野でのまたいい意味のエリートというのは僕はあると思うんです。それがこの世の中必要ないかといえば、それはそうではないんだろうと私は思います。ただ、それが日本ではえてして受験エリート、すなわち何か日本社会のエリートみたいになっちゃっているところがむしろおかしいんだろうなと、こう思っておりまして、そういう意味の受験エリート校を私どもはこの中高一貫で全く考えていないということをはっきりと申し上げたいと思います。
江
江本孟紀#16
○江本孟紀君 私はそういう言い方をしましたけれども、受験エリートというよりも人間形成も含めたエリート養成ということをちょっと言いたかったんです。それは条件が私も一応ありまして、ただもう勉強だけできればいいということじゃないんです。
スポーツの部分においてもちょっとお聞きしたいことがあったんですが、関連して言いますと、五ケ瀬のパンフレット、これはモデルになると思いますけれども、このパンフレットの表紙に「志忠恕妙気」、何かよく読めない、私もちょっと理解しづらいんですけれども、これの説明をこのパンフレットに書いてあるんですけれども、これちょっと私は不満なんですね。
それは何が不満かといいますと、ちょっと引用させていただきますけれども、お茶の水女子大の藤原正彦教授は、あるものに書いてあったんですけれども、まさしく私はこのことを言いたかったんですが、多少中略をするところもありますけれども、「道徳的な教育をもっと盛り込んで、日本人に昔からある「形」というものを、国語教育を通じて教えて行く必要がある。」。そして、「われわれの子供のころは、卑怯と言われたら人間性を否定されるようなことだった。卑怯を憎む心は武士道精神の中でも一番大きなものの一つである。そういう「形」を教わっていない。「形」は理屈ではない。広い意味の国語を通して「形」をきちんと教えないと、日本の様に宗教のない国家では、座標軸がなくなりどうしようもなくなってしまう。」。そして、「「形」をきちんと教えれば、いじめを前に身を呈して助ける子供が出てくる。」。そして、「座標軸としてあった武士道精神を、家庭と学校で理屈なしでたたきこまなければならない。」ということを言っておるんですけれども、要するに、今の教育をめぐるさまざまな問題の根本的な部分というのは座標軸を持てないということであります。
だから、公立ですから、国がやっぱりもっと、国家はこういうものである、国はこういうことであるぞということを、昔だったら士官学校だとか何かがあって、勉強も武道もできるというような学校があったんですけれども、今やそんな時代じゃありませんので、むしろこれからの日本を考えた場合に、子供のときから、国家はこういうものであるぞ、お前たちが大きくなったらこういうふうに社会に貢献するんだぞというような、そういう学校があってもいいんじゃないか。まさしく公立だったらそれをやるべきなんですね、私に言わせれば。
だから、これは非常に生易しいんですよ。これはもう明らかに勉強だけの学校になっていますから、私は、むしろ各県に一校ぐらいは、文部大臣がいつでも行って堂々と君が代を歌えるような、日の丸を出せるような、そういう学校を堂々とつくってもいいんではないかなというふうに思うんですけれども、その点についてはいかがでしょうか。
この発言だけを見る →スポーツの部分においてもちょっとお聞きしたいことがあったんですが、関連して言いますと、五ケ瀬のパンフレット、これはモデルになると思いますけれども、このパンフレットの表紙に「志忠恕妙気」、何かよく読めない、私もちょっと理解しづらいんですけれども、これの説明をこのパンフレットに書いてあるんですけれども、これちょっと私は不満なんですね。
それは何が不満かといいますと、ちょっと引用させていただきますけれども、お茶の水女子大の藤原正彦教授は、あるものに書いてあったんですけれども、まさしく私はこのことを言いたかったんですが、多少中略をするところもありますけれども、「道徳的な教育をもっと盛り込んで、日本人に昔からある「形」というものを、国語教育を通じて教えて行く必要がある。」。そして、「われわれの子供のころは、卑怯と言われたら人間性を否定されるようなことだった。卑怯を憎む心は武士道精神の中でも一番大きなものの一つである。そういう「形」を教わっていない。「形」は理屈ではない。広い意味の国語を通して「形」をきちんと教えないと、日本の様に宗教のない国家では、座標軸がなくなりどうしようもなくなってしまう。」。そして、「「形」をきちんと教えれば、いじめを前に身を呈して助ける子供が出てくる。」。そして、「座標軸としてあった武士道精神を、家庭と学校で理屈なしでたたきこまなければならない。」ということを言っておるんですけれども、要するに、今の教育をめぐるさまざまな問題の根本的な部分というのは座標軸を持てないということであります。
だから、公立ですから、国がやっぱりもっと、国家はこういうものである、国はこういうことであるぞということを、昔だったら士官学校だとか何かがあって、勉強も武道もできるというような学校があったんですけれども、今やそんな時代じゃありませんので、むしろこれからの日本を考えた場合に、子供のときから、国家はこういうものであるぞ、お前たちが大きくなったらこういうふうに社会に貢献するんだぞというような、そういう学校があってもいいんじゃないか。まさしく公立だったらそれをやるべきなんですね、私に言わせれば。
だから、これは非常に生易しいんですよ。これはもう明らかに勉強だけの学校になっていますから、私は、むしろ各県に一校ぐらいは、文部大臣がいつでも行って堂々と君が代を歌えるような、日の丸を出せるような、そういう学校を堂々とつくってもいいんではないかなというふうに思うんですけれども、その点についてはいかがでしょうか。
町
町村信孝#17
○国務大臣(町村信孝君) 日の丸・君が代は、これはもうすべての学校でしっかりとやっていただかなきゃならぬことは言うまでもないので、新しくできる中高一貫校だけでやってそれでいいというわけにはまいりません。
それはさておきまして、今、私は大変重要な御指摘があったと思います。一体日本の教育の座標軸はどこにあるのか。これは非常に根源的なお問いかけで、なかなか私も短い時間でうまくお答えをするだけの能力も知識もございませんけれども、例えば、委員は宗教というお話を言われた。日本に宗教というのがあるのかないのか、もちろんあるわけでありますが、諸外国のように、例えばイスラムのような形で国を挙げてみたいなことはもとより日本ではございません。およそ宗教というものは、何かすべて学校教育の中で触れられていないような感じがするわけです。指導要領を見ると、宗教の重要性は教えなさいと言っているんですが、率直に言って余りそれはなされていない、一部の私立の学校においてのみではないのかなと思います。
例えば、どの宗教がいいですよとか悪いですよと言う必要はありませんけれども、世界にはキリスト教もあるしイスラム教もあるし仏教もあるし、それぞれこういうことを教えているんだ、こういうのが教義である、こういうのはそれぞれ人間生きる上にとって大切なんだということをもっとしっかりと公立の学校の中でも指導してもいいのではないんだろうかなと私は思っております。
しかし、それはあくまでも勉強じゃないかと。まあ身につけてほしいんですが、では何が戦後の日本の教育の座標軸であり得るか、もっと言うと、日本の教育の中でどういう人間に育ってもらいたいかということに関して私は文部大臣就任以来いろいろ考えておりますけれども、正直言って、答えはないんじゃないのかなと私は思っております。
戦前であれば、よかれあしかれ一つの修身という姿があったし、あるいは江戸時代からのある意味ではよき遺産といいましょうか、武士道とか商人道とかいろいろな道というものがありました。そういうものは戦後ほとんど否定をされてしまった中にあって、例えば昭和二十七、八年ごろ天野文部大臣がある種のそういう望ましい人間像みたいなのを出そうとして葬り去られました。昭和四十一、二年ごろに期待される人間像というのを中央教育審議会が出したけれども、それも葬り去られました。いずれも上からの押しつけはだめだという形で葬り去られて今日に来ております。
ですから、日本の教育で一体どういう姿が望ましい人間像なのか、教育の目標は何なのかということについて、率直に言って日本はコンセンサスがないまま今日に来ているところにいろいろな問題点が実は生まれてしまっているのではないのかな、こう思います。ではつくればいいじゃないかと言っても、またこれは文部省がやれば三回目の失敗になってしまうでしょう。
ですから、今こういう時期だからこそ、むしろ民間の有識者が幅広く集まって下から盛り上がった形で、こういう教育、こういう人間像がいいのではないのかなということをむしろつくっていただきたい、そんなことを僕は今まで数多くの民間有識者、マスコミの方等々を含めてお話をしているのでありますが、よしやってみようかという方がなかなかいらっしゃいません。本当に何をもって座標軸とするか。それはあるんですよ、形式的というか、教育基本法も憲法もあります。
しかし、それはそれでいいんですけれども、ちょっと表現が不適切だったらお許しをいただきますが、どうもいま一つ建前に過ぎているような感じがして、日本人としてという部分がいささか見えてこないのが今の憲法、教育基本法といったものの制約というか限界というか、何かそんな感じがして、ちょっと取りとめのないお話で申しわけないのでありますが、中高一貫からどんどん離れた答弁になって申しわけありませんでした。
この発言だけを見る →それはさておきまして、今、私は大変重要な御指摘があったと思います。一体日本の教育の座標軸はどこにあるのか。これは非常に根源的なお問いかけで、なかなか私も短い時間でうまくお答えをするだけの能力も知識もございませんけれども、例えば、委員は宗教というお話を言われた。日本に宗教というのがあるのかないのか、もちろんあるわけでありますが、諸外国のように、例えばイスラムのような形で国を挙げてみたいなことはもとより日本ではございません。およそ宗教というものは、何かすべて学校教育の中で触れられていないような感じがするわけです。指導要領を見ると、宗教の重要性は教えなさいと言っているんですが、率直に言って余りそれはなされていない、一部の私立の学校においてのみではないのかなと思います。
例えば、どの宗教がいいですよとか悪いですよと言う必要はありませんけれども、世界にはキリスト教もあるしイスラム教もあるし仏教もあるし、それぞれこういうことを教えているんだ、こういうのが教義である、こういうのはそれぞれ人間生きる上にとって大切なんだということをもっとしっかりと公立の学校の中でも指導してもいいのではないんだろうかなと私は思っております。
しかし、それはあくまでも勉強じゃないかと。まあ身につけてほしいんですが、では何が戦後の日本の教育の座標軸であり得るか、もっと言うと、日本の教育の中でどういう人間に育ってもらいたいかということに関して私は文部大臣就任以来いろいろ考えておりますけれども、正直言って、答えはないんじゃないのかなと私は思っております。
戦前であれば、よかれあしかれ一つの修身という姿があったし、あるいは江戸時代からのある意味ではよき遺産といいましょうか、武士道とか商人道とかいろいろな道というものがありました。そういうものは戦後ほとんど否定をされてしまった中にあって、例えば昭和二十七、八年ごろ天野文部大臣がある種のそういう望ましい人間像みたいなのを出そうとして葬り去られました。昭和四十一、二年ごろに期待される人間像というのを中央教育審議会が出したけれども、それも葬り去られました。いずれも上からの押しつけはだめだという形で葬り去られて今日に来ております。
ですから、日本の教育で一体どういう姿が望ましい人間像なのか、教育の目標は何なのかということについて、率直に言って日本はコンセンサスがないまま今日に来ているところにいろいろな問題点が実は生まれてしまっているのではないのかな、こう思います。ではつくればいいじゃないかと言っても、またこれは文部省がやれば三回目の失敗になってしまうでしょう。
ですから、今こういう時期だからこそ、むしろ民間の有識者が幅広く集まって下から盛り上がった形で、こういう教育、こういう人間像がいいのではないのかなということをむしろつくっていただきたい、そんなことを僕は今まで数多くの民間有識者、マスコミの方等々を含めてお話をしているのでありますが、よしやってみようかという方がなかなかいらっしゃいません。本当に何をもって座標軸とするか。それはあるんですよ、形式的というか、教育基本法も憲法もあります。
しかし、それはそれでいいんですけれども、ちょっと表現が不適切だったらお許しをいただきますが、どうもいま一つ建前に過ぎているような感じがして、日本人としてという部分がいささか見えてこないのが今の憲法、教育基本法といったものの制約というか限界というか、何かそんな感じがして、ちょっと取りとめのないお話で申しわけないのでありますが、中高一貫からどんどん離れた答弁になって申しわけありませんでした。
江
江本孟紀#18
○江本孟紀君 その辺は非常に難しいと思いますが、せっかく国がこうして中高一貫で教育改革をしようとするのであれば、そういったものをもっと推し進めていただいて、単なる私立の中高の受験校のような形にしてほしくないというのが一方ではあるわけです。
それで、先ほどちょっと触れましたけれども、スポーツ関係のことについてお話をさせていただきたいと思います。
この中高一貫をやりますと、さまざまなスポーツ活動といいますか、こういったものもちょっと難しい面が出てくるんですね。このパンフレットを見ますと、「体育的クラブ・部」とか書いてありまして、これはちょっと意味がよくわからないんですね。中学と高校を一緒にグラウンドの中でやらせますと、グラウンドが仮に一つしかない場合は、例えば野球なんかの場合だと中学と高校では道具も違いますし、それからボールだとかバットだとか、そういったものの違いがあるわけですね。そうすると、これは一緒にできなかったりするわけですね。
そういう意味でいいますと、この学校がうたっている、幅広いスポーツをやりたい人だとか、文化的クラブというのもありますけれども、こういった幅広いものを自分が選択したいときに、私は野球だから言うわけじゃないんですけれども、野球はないんですわ。これが本当にこの学校の本来の姿なのかどうかという点について多少疑問がありますので、そういったやりやすいスポーツしかしないというようなことではいけないんじゃないかなと思いますが、その点についていかがでしょうか。
この発言だけを見る →それで、先ほどちょっと触れましたけれども、スポーツ関係のことについてお話をさせていただきたいと思います。
この中高一貫をやりますと、さまざまなスポーツ活動といいますか、こういったものもちょっと難しい面が出てくるんですね。このパンフレットを見ますと、「体育的クラブ・部」とか書いてありまして、これはちょっと意味がよくわからないんですね。中学と高校を一緒にグラウンドの中でやらせますと、グラウンドが仮に一つしかない場合は、例えば野球なんかの場合だと中学と高校では道具も違いますし、それからボールだとかバットだとか、そういったものの違いがあるわけですね。そうすると、これは一緒にできなかったりするわけですね。
そういう意味でいいますと、この学校がうたっている、幅広いスポーツをやりたい人だとか、文化的クラブというのもありますけれども、こういった幅広いものを自分が選択したいときに、私は野球だから言うわけじゃないんですけれども、野球はないんですわ。これが本当にこの学校の本来の姿なのかどうかという点について多少疑問がありますので、そういったやりやすいスポーツしかしないというようなことではいけないんじゃないかなと思いますが、その点についていかがでしょうか。
工
工藤智規#19
○政府委員(工藤智規君) 野球について申し上げますと、中学校は軟式野球が中心なわけでございますが、全国の中学校で野球部のある学校というのが約八〇%でございます。高等学校レベルですと八六%で、いずれも結構多いのでございますが、逆にやっていない学校もあるわけでございます。
この五ケ瀬の場合は、調べてみますと、例えば野球ですとか卓球ですとか、ほかの学校では多いクラブが残念ながら置かれていない。これは、お聞きいたしますと、生徒数が少ないことによりましてなかなか部員構成が難しいとか、あるいはグラウンドの広さの問題でございますとかそれぞれの要因があるようでございますが、いずれにしましても、中高一貫だからできないということよりは、別の要因でそれぞれの学校が御判断いただいていることであるわけでございます。
また、中と高で用具が違うというのは運動の場合にあるわけでございますが、それは既に私立の中高併設校でも同じ経験をしながらそれぞれ独自に活動していらっしゃるわけでございますし、また、小学校レベルでも低学年と高学年はかなり体力の違いもございます中で、いずれもそれぞれの学校の事情に応じて、しかも子供たちが楽しく勉強でき、楽しく学校生活を送れればいいわけでございますから、それぞれ多様な活動をやっていただくことが大事なのではないかと思うわけでございます。
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また、中と高で用具が違うというのは運動の場合にあるわけでございますが、それは既に私立の中高併設校でも同じ経験をしながらそれぞれ独自に活動していらっしゃるわけでございますし、また、小学校レベルでも低学年と高学年はかなり体力の違いもございます中で、いずれもそれぞれの学校の事情に応じて、しかも子供たちが楽しく勉強でき、楽しく学校生活を送れればいいわけでございますから、それぞれ多様な活動をやっていただくことが大事なのではないかと思うわけでございます。
江
江本孟紀#20
○江本孟紀君 この中高一貫教育の中で野球にかかわることを言ってはあれですけれども、高野連なんかも多少気にしておりますし、これはちょっと御意見を聞いてもいい面と悪い面があるよというような話をされておりましたので、ぜひ選択の幅を広げられるようなものをつくっていただきたいと思います。
それからもう一つお聞きしたいんですけれども、簡単に言いますと、この学校は障害児についてはどうされるのか。一緒に学ばせるのかどうかというような問題も出てくると思うんですね。当然こういった障害者も含めたいろいろな人たちと一緒にこの学校に学ぶということが非常に大きなプラスになると私は思いますけれども、その点についてはいかがでしょうか。
この発言だけを見る →それからもう一つお聞きしたいんですけれども、簡単に言いますと、この学校は障害児についてはどうされるのか。一緒に学ばせるのかどうかというような問題も出てくると思うんですね。当然こういった障害者も含めたいろいろな人たちと一緒にこの学校に学ぶということが非常に大きなプラスになると私は思いますけれども、その点についてはいかがでしょうか。
辻
辻村哲夫#21
○政府委員(辻村哲夫君) この点につきましては、現行の中学校、高等学校におきまして障害を持った子供たちをどのように受け入れるかということと同じ問題だと思っております。したがって、この中高一貫校がどんなふうな形でこうした生徒たちを受け入れるかはそれぞれの設置者、学校の判断によるということだと思います。
ただ、身体障害者等を理由にして入学決定に当たって不利益になるようなことがあってはならないというふうに考えておりますが、どうするかは設置者等の判断にゆだねられるということになると思います。
この発言だけを見る →ただ、身体障害者等を理由にして入学決定に当たって不利益になるようなことがあってはならないというふうに考えておりますが、どうするかは設置者等の判断にゆだねられるということになると思います。
江
江本孟紀#22
○江本孟紀君 時間がありませんけれども、私はこの委員会で質問するのが最後になるかもしれませんので、もう一つだけ最後にお聞きしたいと思います。
ちょっとこの問題とは離れるかもしれませんが、文部大臣の諮問機関でありますさまざまな審議会があると思うんですけれども、自民党の先生方も、大変すばらしい参議院の文教委員の方もいらっしゃいます。どうも今度の参議院選挙を見ますと、さまざまな審議会の役員をされた、会長もされた有馬さんという方が自民党から選挙に出られるそうです。そういう人がいろいろな役職についておいて、いきなり国政の場に出てくるということはちょっとどうかなという気もするんですね。公平で公正である立場で審議会等に参加をされておるわけですから、そういう方の政治参加というのはちょっとどうかなと思います。自民党の先生方も文教委員の立派な方々ばかりですから十分かと思いますが、今さら来ていただいて、その方にここで言っていただくような話じゃないと思います。
審議会のあっ方といいますか、これはある程度公的な機関だと思いますので、こういった人選も含めて、またその審議会のあるべき姿というものについて文部大臣のお考えを最後にお聞きしたいと思います。
この発言だけを見る →ちょっとこの問題とは離れるかもしれませんが、文部大臣の諮問機関でありますさまざまな審議会があると思うんですけれども、自民党の先生方も、大変すばらしい参議院の文教委員の方もいらっしゃいます。どうも今度の参議院選挙を見ますと、さまざまな審議会の役員をされた、会長もされた有馬さんという方が自民党から選挙に出られるそうです。そういう人がいろいろな役職についておいて、いきなり国政の場に出てくるということはちょっとどうかなという気もするんですね。公平で公正である立場で審議会等に参加をされておるわけですから、そういう方の政治参加というのはちょっとどうかなと思います。自民党の先生方も文教委員の立派な方々ばかりですから十分かと思いますが、今さら来ていただいて、その方にここで言っていただくような話じゃないと思います。
審議会のあっ方といいますか、これはある程度公的な機関だと思いますので、こういった人選も含めて、またその審議会のあるべき姿というものについて文部大臣のお考えを最後にお聞きしたいと思います。
町
町村信孝#23
○国務大臣(町村信孝君) 有馬前中教審会長、五月二十日付で委員をおやめになりました。そして、同日、自民党の加藤幹事長以下と会って、最終的に立候補の決意をされたということでございます。立候補の自由というのは、これは憲法が保障する基本的な人権でございますから、あなたはこれこれの今公職についているからだめですよというわけにはまいりませんし、また私がそれを云々することもできないわけでございます。
もとより審議会の委員の決定に当たりましては、法律上もそうはっきり書いてありますけれども、例えば、「中央教育審議会は、人格が高潔で、教育、学術又は文化に関し広くかつ高い識見を有する者のうちから、文部大臣が内閣の承認を経て任命する二十人以内の委員で組織する。」、こうなっております。私どもそういう観点で、審議会の特性に合った、また立派な方々を委員にお願いをするということをこれまでも心がけてまいりましたし、これからもそういうことで臨んでいきたいと考えております。
この発言だけを見る →もとより審議会の委員の決定に当たりましては、法律上もそうはっきり書いてありますけれども、例えば、「中央教育審議会は、人格が高潔で、教育、学術又は文化に関し広くかつ高い識見を有する者のうちから、文部大臣が内閣の承認を経て任命する二十人以内の委員で組織する。」、こうなっております。私どもそういう観点で、審議会の特性に合った、また立派な方々を委員にお願いをするということをこれまでも心がけてまいりましたし、これからもそういうことで臨んでいきたいと考えております。
江
小
小林元#25
○小林元君 小林でございます。よろしくお願いします。
今、江本委員からもいろいろ質問なり個性的な考え方を披瀝されましたけれども、答申の中でもこの中高一貫教育につきましてはメリット、デメリットが論ぜられております。ただ、現実にもう先行しておりまして、国立大学の附属中学校あるいは附属高校、そしてまた私立関係の一貫校、そういう二種類というんでしょうか、そういういろんな形で、詰め込み教育といいますか、受験準備校だというような批判もされているのは御承知のとおりでございます。
国立てすと十三校ですか、私学は高校だけですと千三百余校ありますが、一貫校になりますと六百四十五というようなことでございます。これらについて私学の方は、あるいは国立の方もそうかもしれませんが、いわゆる日本の教育を進める上でいろいろ実験的なごとをするために附属高校あるいは附属中学というようなものがあったと思います。そういう中で、特色あるといいつつも受験校化といいますか、そういう道を歩んできてしまったのか、意図してそうなったのか、いろいろあると思います。そしてまた、私学の方では個性ある教育といいますか、そういう中で受験予備校化、受験準備校化という道を歩んでしまったのではないかと思います。
そういうことで、いわゆるデメリットといいますか、日本の教育に及ぼしている影響というのは大変大きいわけでございますが、そういう中で今回の中高一貫教育というものは選択肢の幅を広げる形で出てきて、デメリットはなるべく排除してメリットを生かそうということでスタートしたいと、こういう考え方だと思います。これまで中高一貫教育をしてきた国立あるいは私学に対して、どのような対応をするのかしないのか、どういう考え方をお持ちなのかをお聞かせいただきたいと思います。
この発言だけを見る →今、江本委員からもいろいろ質問なり個性的な考え方を披瀝されましたけれども、答申の中でもこの中高一貫教育につきましてはメリット、デメリットが論ぜられております。ただ、現実にもう先行しておりまして、国立大学の附属中学校あるいは附属高校、そしてまた私立関係の一貫校、そういう二種類というんでしょうか、そういういろんな形で、詰め込み教育といいますか、受験準備校だというような批判もされているのは御承知のとおりでございます。
国立てすと十三校ですか、私学は高校だけですと千三百余校ありますが、一貫校になりますと六百四十五というようなことでございます。これらについて私学の方は、あるいは国立の方もそうかもしれませんが、いわゆる日本の教育を進める上でいろいろ実験的なごとをするために附属高校あるいは附属中学というようなものがあったと思います。そういう中で、特色あるといいつつも受験校化といいますか、そういう道を歩んできてしまったのか、意図してそうなったのか、いろいろあると思います。そしてまた、私学の方では個性ある教育といいますか、そういう中で受験予備校化、受験準備校化という道を歩んでしまったのではないかと思います。
そういうことで、いわゆるデメリットといいますか、日本の教育に及ぼしている影響というのは大変大きいわけでございますが、そういう中で今回の中高一貫教育というものは選択肢の幅を広げる形で出てきて、デメリットはなるべく排除してメリットを生かそうということでスタートしたいと、こういう考え方だと思います。これまで中高一貫教育をしてきた国立あるいは私学に対して、どのような対応をするのかしないのか、どういう考え方をお持ちなのかをお聞かせいただきたいと思います。
町
町村信孝#26
○国務大臣(町村信孝君) 個人的なことを申し上げて恐縮ですが、私も国立大学附属の小学校・中学校に通っていた者でございます。
そもそも国立大学の附属というのは、やっぱり一つは実験的な研究をやる、今委員御指摘のとおりでありまして、例えば、私は小学校のときから英語の授業があったと記憶をしておりますし、あるいは小学校は週五日制でございました。そういう意味での実験をやっていたんだなということが今思い返せばありましたし、また教育実習、学芸大の大学生の方々が非常にたくさん年じゅう実習に来ておられて、教生の先生と僕ら言っていましたが、教生の先生がいない月がないぐらい頻繁に実習の大学生が来ておりました。そういう役割はあったんだろうなと思いますし、今でもあるわけであります。
ところが、今委員御指摘のように、ややもするとそれが大学受験のいわゆる括弧つき受験エリート校化しているという問題、確かに現実に指掛をされているわけでございますし、受験競争をあおるようなことを国立大学の附属の中学や高校がやってはいけないと、私もそう思っております。今までもそうしたあおってはいけませんよということで指導はしてきておりますが、率直に言って余り効果は上がっておりません。いささか文部省の、余り指導指導というのはいいのかどうかわかりませんが、しかしどうせ言うのならば、国立大学に対してその附属の教育というものをどう考えるのかということをもう少しはっきりとした方針を出して、いたずらに受験校として有名な何とか大学附属高校ということにならないようにしっかりとした方針で臨んでいきたいと、こう思っております。
それから、私立の学校の方はどうかというと、これはもう基本的には各学校の建学の精神というものに基づいておやりになるので、国立大学の附属に対して言うのと同じことは言えないと私は思いますが、さはさりながら、例えばそっちの学校の卒業生に対して極めて難しい難問奇問といったようなものを出したりするような学校があって、そのことがまたカリキュラムを無視した受験戦争をあおっているという面もあると思いますので、これはそれぞれの学校の一応協力のもとにという前提つきなんですが、国立教育研究所に委託をいたしまして、入試問題の調査分析をしてその結果を発表しております。
そういう形でソフトに、こういう問題は余り好ましくないですよというようなことはやっているわけでありますが、どれだけの効果が上がっているか率直に言ってよくわかりません。しかし、基本的にはこれは私立てございますから、余りああしなさいこうしなさいということを言うのにはやっぱり一定の制約があるということは御理解をいただきたいと思います。
もう一度申し上げますが、国立の附属の方についてはもう少し、実験校である、あるいは実習を受け入れる学校であるという性格をよりはっきりするような、そういう学校として位置づけていく必要があるのではないだろうか、そういう方向に沿って大学の方にしっかりとした話をしていきたいと考えております。
この発言だけを見る →そもそも国立大学の附属というのは、やっぱり一つは実験的な研究をやる、今委員御指摘のとおりでありまして、例えば、私は小学校のときから英語の授業があったと記憶をしておりますし、あるいは小学校は週五日制でございました。そういう意味での実験をやっていたんだなということが今思い返せばありましたし、また教育実習、学芸大の大学生の方々が非常にたくさん年じゅう実習に来ておられて、教生の先生と僕ら言っていましたが、教生の先生がいない月がないぐらい頻繁に実習の大学生が来ておりました。そういう役割はあったんだろうなと思いますし、今でもあるわけであります。
ところが、今委員御指摘のように、ややもするとそれが大学受験のいわゆる括弧つき受験エリート校化しているという問題、確かに現実に指掛をされているわけでございますし、受験競争をあおるようなことを国立大学の附属の中学や高校がやってはいけないと、私もそう思っております。今までもそうしたあおってはいけませんよということで指導はしてきておりますが、率直に言って余り効果は上がっておりません。いささか文部省の、余り指導指導というのはいいのかどうかわかりませんが、しかしどうせ言うのならば、国立大学に対してその附属の教育というものをどう考えるのかということをもう少しはっきりとした方針を出して、いたずらに受験校として有名な何とか大学附属高校ということにならないようにしっかりとした方針で臨んでいきたいと、こう思っております。
それから、私立の学校の方はどうかというと、これはもう基本的には各学校の建学の精神というものに基づいておやりになるので、国立大学の附属に対して言うのと同じことは言えないと私は思いますが、さはさりながら、例えばそっちの学校の卒業生に対して極めて難しい難問奇問といったようなものを出したりするような学校があって、そのことがまたカリキュラムを無視した受験戦争をあおっているという面もあると思いますので、これはそれぞれの学校の一応協力のもとにという前提つきなんですが、国立教育研究所に委託をいたしまして、入試問題の調査分析をしてその結果を発表しております。
そういう形でソフトに、こういう問題は余り好ましくないですよというようなことはやっているわけでありますが、どれだけの効果が上がっているか率直に言ってよくわかりません。しかし、基本的にはこれは私立てございますから、余りああしなさいこうしなさいということを言うのにはやっぱり一定の制約があるということは御理解をいただきたいと思います。
もう一度申し上げますが、国立の附属の方についてはもう少し、実験校である、あるいは実習を受け入れる学校であるという性格をよりはっきりするような、そういう学校として位置づけていく必要があるのではないだろうか、そういう方向に沿って大学の方にしっかりとした話をしていきたいと考えております。
小
小林元#27
○小林元君 大学にしましても大学の自治ということもあるでしょうし、それから私学の方につきましては建学の精神といいますか、これまで自分たちの力で、いろいろ批判は受けてはいるけれどもこのような道を選んだといいますか、歩んでこられた誇りといいますか、そういう気持ちもあると思います。いわゆる強権的な行政指導というもので改善をされるというものではなくて、やはりこれは国民世論の中で改善をすべきことだろうと思いますし、大学の入試制度につきまして今回の答申でもいろいろと触れられておりますから、これまでのいわゆる知識詰め込み偏重、偏差値中心といいますか、そういうものでない入試制度のあり方というものが広く求められれば全体として制度がきちんとしたものに立ち上がっていくんではないかと思います。どうぞよろしくお願いしたいと思います。
一貫校のいわゆる七つのパターンといいますか、教育内容とかいろんなことを大分答申で触れております。例えば、先ほどもちょっと出ましたけれども、全県で一校、宮崎でこういう形で先行しておりますけれども、ということでいきますと、通学区の問題等がありまして、選択肢の幅を広げだといいながら必ずしもそれは広げたということにならない。やっぱり特定の者を集めて、それがエリート校化するかどうかはわかりませんけれども、特殊な学校、特別な学校ということで一般的に希望しても行けないというようなことになって、一校にするか、例えば通学区ごとに何校かにするかということでは大分対応が変わってくるわけでございます。
そういう中で、六年間という非常に長い期間の一貫教育ということになりますから、その後半の後期三年、高校部分につきまして多様な進路がある、選択肢ができるというふうなことになりますと、いわゆる総合学科の高校に近いような巨大校づくりになってしまうんではないか。いわゆる総合学科と一貫校というのは全く別だと思いますけれども、その辺の考え方についてどのようにお考えになっておりますか。
この発言だけを見る →一貫校のいわゆる七つのパターンといいますか、教育内容とかいろんなことを大分答申で触れております。例えば、先ほどもちょっと出ましたけれども、全県で一校、宮崎でこういう形で先行しておりますけれども、ということでいきますと、通学区の問題等がありまして、選択肢の幅を広げだといいながら必ずしもそれは広げたということにならない。やっぱり特定の者を集めて、それがエリート校化するかどうかはわかりませんけれども、特殊な学校、特別な学校ということで一般的に希望しても行けないというようなことになって、一校にするか、例えば通学区ごとに何校かにするかということでは大分対応が変わってくるわけでございます。
そういう中で、六年間という非常に長い期間の一貫教育ということになりますから、その後半の後期三年、高校部分につきまして多様な進路がある、選択肢ができるというふうなことになりますと、いわゆる総合学科の高校に近いような巨大校づくりになってしまうんではないか。いわゆる総合学科と一貫校というのは全く別だと思いますけれども、その辺の考え方についてどのようにお考えになっておりますか。
辻
辻村哲夫#28
○政府委員(辻村哲夫君) 中高一貫教育の中身につきましては、小学校を卒業してこの中高一貫校に入る、その三年間の間にいろいろと考えながら後期課程に進んでいく、そのときにその学校の中に多様な選択肢があれば、それはそれでより円滑な後期課程への進級ができるであろうということで、総合学科はこの中高一貫校において考えられる一つのパターンであるということが中教審の答申にも言われているわけでございますけれども、私どもは総合学科のみが中高一貫のパターンであるというふうには思っておりません。専門学科、普通科、いずれもあり得るというふうに思っております。
そして、どのような規模、内容の専門学科をつくるのか、あるいは普通科としてどのような規模のものにするのか、これはそれぞれの設置者において慎重な御検討をいただいて御決定いただければいいのではないかというふうに思っております。
したがって、総合学科が唯一であるというふうには思っておりませんが、総合学科は総合学科でこの中等教育学校にある意味でフィットしたメリットを持っておりますので、それはそれで各設置者においてお考えいただければいいのではないか、こんなふうに思っております。
それから、総合学科であるからといって直ちに大規模化というふうにも必ずしも私どもは考えておりません。岡山で来年度発足予定のものでございますが、これは四つの系列を想定してございますが、その系列もいろんな形のものがあろうかと思います。生徒や保護者等のニーズを踏まえながら構想していただけばいいわけでございまして、そこのあたりのところは柔軟にお考えいただければよろしいのではないか、こんなふうに思っております。
この発言だけを見る →そして、どのような規模、内容の専門学科をつくるのか、あるいは普通科としてどのような規模のものにするのか、これはそれぞれの設置者において慎重な御検討をいただいて御決定いただければいいのではないかというふうに思っております。
したがって、総合学科が唯一であるというふうには思っておりませんが、総合学科は総合学科でこの中等教育学校にある意味でフィットしたメリットを持っておりますので、それはそれで各設置者においてお考えいただければいいのではないか、こんなふうに思っております。
それから、総合学科であるからといって直ちに大規模化というふうにも必ずしも私どもは考えておりません。岡山で来年度発足予定のものでございますが、これは四つの系列を想定してございますが、その系列もいろんな形のものがあろうかと思います。生徒や保護者等のニーズを踏まえながら構想していただけばいいわけでございまして、そこのあたりのところは柔軟にお考えいただければよろしいのではないか、こんなふうに思っております。
小
小林元#29
○小林元君 いずれにしましても、中高一貫教育の導入ということにつきましてはこの委員会でもいろいろ議論をされておりまして、そういう中で、やはり何とかメリットを伸ばすといいますか、そういうことをしていただきたい。いろんな研究協議会等も地域ごとにつくるということになっておりますが、文部省としても、全国的な視野でぜひそのメリットを伸ばすといいますか、そういう形で進めていただきたいということを希望しまして、私の質問を終わらせていただきます。
ありがとうございました。
この発言だけを見る →ありがとうございました。