憲法調査会

2003-05-14 参議院 全79発言

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会議録情報#0
平成十五年五月十四日(水曜日)
   午後一時開会
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         野沢 太三君
    幹 事
                市川 一朗君
                谷川 秀善君
                若林 正俊君
                堀  利和君
                峰崎 直樹君
                山下 栄一君
                小泉 親司君
                平野 貞夫君
    委 員
                愛知 治郎君
                荒井 正吾君
                景山俊太郎君
                近藤  剛君
                桜井  新君
                椎名 一保君
                中島 啓雄君
                中曽根弘文君
                福島啓史郎君
                舛添 要一君
                松田 岩夫君
                松山 政司君
                伊藤 基隆君
                江田 五月君
                川橋 幸子君
                木俣 佳丈君
                高橋 千秋君
            ツルネン マルテイ君
                角田 義一君
                松井 孝治君
                若林 秀樹君
                魚住裕一郎君
                高野 博師君
                山口那津男君
                吉岡 吉典君
                吉川 春子君
                松岡滿壽男君
                大脇 雅子君
   事務局側
       憲法調査会事務
       局長       桐山 正敏君
   参考人
       東京大学名誉教
       授        坂本 義和君
       元国連事務次長  明石  康君
       神戸大学大学院
       法学研究科教授  五百旗頭真君
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  本日の会議に付した案件
○日本国憲法に関する調査
 (平和主義と安全保障
 —憲法前文と第九条)

    ─────────────
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野沢太三#1
○会長(野沢太三君) ただいまから憲法調査会を開会いたします。
 日本国憲法に関する調査を議題といたします。
 本日は、「平和主義と安全保障」のうち、「憲法前文と第九条」について、東京大学名誉教授の坂本義和参考人、元国連事務次長の明石康参考人及び神戸大学大学院法学研究科教授の五百旗頭真参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙のところ本調査会に御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。調査会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
 忌憚のない御意見を承り、今後の調査に生かしてまいりたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
 議事の進め方でございますが、坂本参考人、明石参考人、五百旗頭参考人の順にお一人二十分程度御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
 なお、参考人、委員ともに御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、まず坂本参考人にお願いいたします。坂本参考人。
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坂本義和#2
○参考人(坂本義和君) 本日は参考人として意見を述べる機会を与えていただきまして、ありがとうございます。
 私の申し上げることはレジュメに大体書いてございますので、少し早口になるかもしれません、お聞き苦しいかもしれませんが、私の考えを述べさせていただきたいと思います。
 過去半世紀の平和憲法についての論議は、それぞれの時点での国際政治状況と密接に連関しながら政府と国民の切実な願いと厳しい選択として行われてきたのでありまして、憲法の文言の解釈や立法者の意思の解釈、憲法制定過程の歴史の解釈はそれぞれに重要でありますが、そうした解釈論は真空の中で行われてきたのではありません。
 この当然のことを申しますのは、今日、平和憲法をどう考えるかは今日の国際状況と切り離して議論することはできないと私は考えるからでございます。そのことを明らかにするために、まず、この半世紀余りの憲法論議の国際政治的文脈を極めて圧縮して述べさせていただきたいと思います。
 第一期は、一九四六年から始まる憲法制定期でありまして、ここで、第一に、侵略戦争の否定としての平和主義、特に自衛戦争を含めた戦争の放棄と一切の軍備の不所持、第二に、軍部主導の軍国主義の否定としての民主主義、主権在民、特に基本的人権の確立という基本原則が政府と国民のほぼコンセンサスとして打ち出されたと思います。
 第二期は、一九五〇年の朝鮮戦争の前後から約四十年続く東西冷戦の時期でありまして、ここで、第一に、全面核戦争の危機の高まりは戦争観の革命をもたらし、核時代の第三次大戦は防衛戦争、侵略戦争を問わず人類の破滅を意味する、その意味で一切の戦争を放棄するという憲法の原点が極めて現実的であるという、そういう認識が深められ、また広く共有されました。
 他方、米ソ二極間の戦争に巻き込まれることを拒否あるいはちゅうちょする国民の意思は、ほぼ三つの相互に対立する選択肢という形を取ることになりました。
 一つは、非武装中立と護憲と国連中心という議論。二つは、自主憲法と再武装という議論です。前者は国際主義、後者は民族主義の違いがありますが、米国とは距離を置いて別個の道を探るという点では類似している点がございます。三つ目は、日米安保、軽武装、憲法も自衛隊もという選択で、国民の過半数を占めました。この三つの立場が様々な状況の中で三つどもえをなして冷戦下の日本の憲法論議の土俵を設定してきたと思います。
 これに対して、一九九〇年前後の冷戦の終結は、それまでの議論の前提そのものを崩すことになりました。
 第一に、全面核戦争のおそれが激減し、第二には、二極構造が米国の一極優位へと激変いたしました。その反面で、日本地域ではなくて、日本と離れた地域での局地戦争である湾岸戦争や様々な民族紛争、そこにおける大量虐殺などに日本はどう対応するのか、そして冷戦期にほとんど機能しなかった国連安保理事会が活性化する中で憲法と国連憲章をどう関連させるのかという、それまでの憲法論議ではほとんど想定されなかった事態に当面しまして、PKOとか多国籍軍をめぐる議論が混乱を見せたと思います。
 ところが、この議論が次第に整理されていく方向に動いていたときに、さらに国際状況は一転しまして、同時多発テロ以後の第四期となります。第三期には、米国は国連を利用し、その反射的効果として国連が活性化したのに対し、今日では、米国は国連に対立して単独行動主義を取り、国権の発動としての戦争を肯定し、先制攻撃戦略を公言し、戦争違法化への国際法の長年の積み重ねを無視するという、日本国憲法の平和主義、戦争放棄、国際主義とは正面から対立する方針を採用しております。
 また、これと対決するテロリズムは、これは非対称的な戦術などと言われますが、国際的な正統性を欠くという点では単独行動主義もテロリズムも共通しております。さらに、この二つはどちらも各国の一国単位の対応だけでは対処できない問題であるという意味でも共通しております。
 しかし、他面で、冷戦終結後、この第四期を含めて、世界には国境を越えたもう一つの重要な動きがあります。それは、国際面と国内面、双方で民主主義あるいは平等の権利の主張がこれまでの歴史にないほど普遍化し、世界化しつつあるという現実であります。それが今日の世界世論の広範な対米批判の素地となっております。したがって、米国も国連中心あるいは国連重視は拒否しましても、国連無視はできないし、またそれは不利益でもあるという現状があると思います。
 さらに、今日の国連は、世界的、地球的な問題解決のために、これまでになく市民社会、国際市民組織の重要性を認め、それとの分業と協力を重視しております。したがって、米国の単独行動主義とテロリズムという厳しい現実と取り組むためには、国際政府組織と国際市民組織とを強化すること、つまりその両者の正統性と実効性を強化するということが緊急の課題であり、今日、我々が日本の憲法について議論する際にも、この課題と、そして今日の厳しい国際政治状況とに照らして、日本はどうあるべきか、何をなし得るかという視点が極めて重要であると私は考えます。
 以上述べましたことから明らかなように、憲法を考える場合に、不変の、つまり変わらない、また変えるべきでない基本原理と、具体的な国際、国内の状況認識との双方を踏まえる必要がありますが、そうした観点に立って、以下に憲法について私見を八点ほど述べたいと思います。
 一、個人の自衛権は自然権であり、したがって個人の自衛権の集合としての国の自衛権も条文以前の自然権であると私は考えます。
 憲法十三条は、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と述べております。言うまでもなく、基本的人権は憲法が認めたから存在するのではなくて、憲法に先行して存在するがゆえに、政府がこれを尊重、保障する義務を負うことを規定するのが憲法であります。十三条のモデルである米国の独立宣言の一句は、生命、自由及び幸福追求は奪い難い天賦の権利であるということは自明の真理であると信ずるとうたっておりますが、この天賦とかあるいは自明の真理という言葉は人による立法に先行する自然権であることを意味しております。同時に、国の自衛権が個人の自然権に基づくということは、その反面で、政府が提示し決定する自衛の行動や政策への協力を拒否するのも個人の自然権であることを意味します。特に、日本国憲法はその前文で、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないように決意し、ここに主権が国民に存在することを宣言し、この憲法を確定すると述べております。軍事主導の否定としての主権在民と基本的人権と冒頭で憲法制定期について述べましたが、それに当たると思います。
 したがって、国の軍事政策への非協力は、個人の自然権としての基本的人権であり、自然権としての国の自衛権と裏腹を成すものとして認めなければならないと思います。それを許容するのが自由民主主義の下での公共性であり、公共の福祉であると私は考えます。
 二、私は、こうした意味での自衛権とは、国の領土、領海、領空の防衛目的に限った自衛力を持つ権利を認めるのが当然だというふうに考えております。自衛力とは、言わば壁あるいは万里の長城でありまして、領域を越えて攻撃や侵略を行う、そういう能力はありませんが、領域を侵犯する者が簡単にそれを排除、破壊できないような障害を作る能力を指しております。
 三、九条二項は、「前項の目的を達するため、」の戦力不保持を言っているのであって、厳密な防衛目的の自衛力の保持や行使を禁じておりませんので、私はこの点で改憲の必要はないと思っております。
 四、戦力保持を憲法上可能にするために二項を削除するという改憲論がありますが、二項を削除するだけでは戦力の性格が無限定になりますので、もし二項を改めるのであれば、保持する戦力は厳密に専守防衛の目的と能力に限られることを明文で規定すべきであると思います。
 冷戦のさなかの一九七〇年代、八〇年代のヨーロッパで、国家間の軍備競争を防止し、平和共存を促進するために取るべき防衛政策として各国が防衛的防衛、ちょっと変な言い方なんですが、これはディフェンシブディフェンスと言っておりましたが、あるいは非挑発的防衛、ノンプロバカティブディフェンス、つまり日本語で言えば専守防衛の政策を取るべきだという議論がなされました。それは、東西緊張の緩和を目的とするだけではなくて、ヨーロッパ内部の国々の、ヨーロッパ統合を促進する方策としても議論されたのであります。
 専守防衛の概念を、例えば武器の性能などに即して明確に定義して線を引くのは容易でないのは当然でありますが、テクニカルにはあいまいな境界、領域を残しながらも、専守防衛を基本的な政策の指針として、その方向に努力を積み重ねること自体が国際緊張緩和の上で持つ政治的効果は大きいと思います。
 五、専守防衛を憲法に規定することは、本来は憲法は集団的自衛になじまないのでありますけれども、仮に日米安保条約のような集団的自衛体制を認めるにしても、専守防衛の規定というものは、その集団的自衛体制の実際の適用について日本の個別的自衛と不可分の限度にとどめる憲法上及び外交政策上の歯止めになると思います。このことは、前述しましたように、今日の米国の単独行動主義や先制攻撃容認にかんがみて特に留意すべき点であると思います。
 またさらに、靖国神社参拝問題、歴史教科書問題、従軍慰安婦問題などを契機にアジア諸国民の日本不信は、表には口には出さなくても繰り返し再燃してきている感情でありまして、この事実は軽視できないと思います。
 この点からも、日本が、単なる言葉ではなくて専守防衛を憲法上の原則とするならば、そうした行為そのものが日本への信頼を築くのに寄与すると思います。
 六、日本国憲法がいわゆる一国平和主義ではなくて国際平和への責務を負うことは、これは自国のことのみに専念してはならないという前文に明らかであると思います。
 七、その場合、何が国際的責務であるか、いかなる責務を負うべきかという問題を生じますが、特にそれが専守防衛の域を超える場合には、国連決議と国際法に基づいて判断し、国際的な正統性と合法性を満たすことが不可欠であります。
 言うまでもなく、およそ政治的決定には正統性と実効性が欠かせないのでありますけれども、国連は固有の強制力も経済力も持っておりませんから実効性に欠けるのはやむを得ないのであって、国連が果たし得る、また果たしている機能は何よりも正統化機能であると私は考えております。実に多様な利害や価値観あるいは国際認識を持った政府代表が折衝や討論を重ねてたどり着く決議は、ある問題についての国際社会の大方の一致点を示すものでありまして、それは国内で折衝や討論を通じて最終的には多数決で行う決定とほぼ似た正統性を持ちます。国連の決議は常に正しいとは言えないとしても、また決議をどう実行するかについては日本の自主的な判断が認められるにしても、国連の決議がない、国連の決議となり得ない、あるいは国連決議に反する政策は正統性を欠くと考えなければならず、その意味で国連決議による正統化は不可欠の必要条件であると思います。
 こうした意味で、日本が負う国際的責務は、国連の狭義、広義の平和維持活動への国際基準の武装部隊参加を含みます。ただ、それには戦闘目的とは異なる任務と技能を持ついわゆる別組織の充実が必要であると思います。それは、一部自衛隊と重なるでしょうが、民生の復興目的に適した警察、医療、社会経済的インフラの建設、開発や教育の支援などの役割を担う人材のプールと訓練の組織であります。
 八、一九九〇年代から国連で唱道され、今日では世界に妥当する判断基準として広く受け入れられており、小渕内閣でも採用されました人間の安全保障というこの目標の実現のための人道支援は、開発、人権、環境を含む平和の構築に不可欠でありますが、今申しました別組織は、こうした広義の平和に寄与する組織でもあります。と同時に、いわゆるNGOはこの分野で政府とは違った形で大きな役割を果たしておりますが、日本のNGOは、欧米に比べて財政的基盤が弱く、国際的支援能力の点で劣っております。そこで、その自律性を損なわない方式で政府の財政的な支援で基金を創設し、また別組織とNGOの役割分担と協力の体制を強めることを私は国民的なプロジェクトとしてもっと本腰を入れて実行すべきであると思っております。
 日の丸を世界各地でデモンストレートする、そして日本の存在を示すということが目的ではなくて、平和構築と人道支援というこの普遍的な価値の実現のイニシアチブを取ることを通じて日本の国際的なプレゼンスを高め、日本のアイデンティティーを確立していくというのが日本国憲法の精神を生かす道であると私は考えておりまして、最後に付言した次第でございます。
 以上でございます。
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野沢太三#3
○会長(野沢太三君) ありがとうございました。
 次に、明石参考人にお願いいたします。明石参考人。
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明石康#4
○参考人(明石康君) ありがとうございます。
 今日は大変に、ここにお招きいただいて、光栄と存じております。
 二人の碩学に囲まれて、国連の実務を担当してきた立場から率直に私の意見を述べさせていただきたいと思います。
 私は、国連の邦人職員の第一号として国連に入りまして、約四十年間にわたってそこで仕事をしてきました。特に、日本人であると、また日本国憲法というものを持った国民として、まあ悪びれることもなく、また特に肩に力を入れることもなく仕事をしてこれたと思います。そういった私の考え方の背景には、日本国憲法と国連憲章というのは基本的に同じ理念に立っているという信念があったのではないかと思います。
 私は、国連に入る直前に、一九五六年十二月十八日でしたけれども、重光外相の国連加盟演説を聞いておったわけでありますけれども、そのことについて私が岩波新書に書いた一節をちょっと読ませていただければと思います。
 重光演説が人を感動させたのは、それが戦後日本人の精神史をしっかり踏まえて大胆かつ率直に国連に対処する日本の立場を訴えたためだと思う。日本人の平和に対する希求が敗戦という言語に絶する苦しい体験に根差していることや、戦争の惨禍をなめた国民が今までの国家主義や軍国主義に代わる新しい国際関係の理想を求めていることは疑いのないところだった。日本国憲法の前文がいかに翻訳臭さを残したものであれ、世界の平和を愛する国々の公正と信義に信頼し、共存の理想にすべてを掛けて生きようという国民の決意は何の無理もなく、そのまま、我らの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の災害から将来の世代を救おうという国連憲章の精神に一直線につながっていくものに思われた。
 ちょっと飛びまして、戦争と武力の行使を放棄した国民としては、自国の安全を守り、国際平和を維持する道として国連を強化していかなければならないことは当然のことだったというようなことを書いております。
 この重光さんの演説は、英語としてはやや訥々としておりましたけれども、非常に格調の高いものだったと思います。しかし、それを考えてみますと、肯定的な側面としては人類の未来を先取りしているそういう高い理想主義がそこにありますけれども、当時の日本としてはアメリカの手厚い庇護により国際政治の、権力政治の荒波から隔離されていると、そういうことからくる厳しい権力政治への無知というような否定的な側面もあったと思います。そういったような考え方は、日米安保条約の第十条、つまり国連による安全と平和の体制ができるまでのつなぎとしてこういう条約があるんだというふうな考え方にもあるいはつながっておるのかもしれません。
 とにかく日本は国連加盟を申請して四年半ほど待たされ、その間ソ連による拒否権が三回も行使されましたので、国連に入るということは日本国民の本当に大きな悲願でありましたし、そのプロセスにおいて国連というものがやや美化され神格化されていったということもあると思います。
 しかし、最近はそれと逆に、イラク戦争に関連する国連への失望から、国連というのは何もできないんだというような考えとか、安保理の常任理事国になれないという挫折感から一種の閉鎖的な国粋主義みたいなものが出てきて、何で国連に一九・六%も分担金を払うんだというふうな議論も最近はよく聞こえます。
 国連の分担金というのは基本的には支払能力に基づいておりますので、いずれは、日本のGDPは世界との対比において次第に少なくなってきておりますので、数年すれば一五%くらいになるのは見えておるのでありますし、また、国連の分担金委員会とか第五委員会の審議を経た上で決まっておることでありますから、一方的に我が国が分担金を削減するというふうなことは、我々が批判するアメリカの一国主義につながる日本的一国主義ということになりはしないかという感じもいたします。絶対額でいいますと、国民一人当たり六百円ちょっとしか払っていない勘定になります。平和のためにそれくらいの額しか払っていないということを記憶すべきではないかと思います。
 とにかく、国連に加盟してから我が国は、国連第一主義と、それからアメリカとの同盟関係、それからアジア諸国との協調ということを外交の三原則として掲げてきたわけでありますけれども、加盟した五年後には、国連第一主義というものよりもアメリカとの協調が第一であるというふうに外交青書の中で解釈を変えていきました。
 国連というのは、いろんな意味で日本にとっては重要な存在であり、看板でもあったんですけれども、日本の外交政策が非常に国論が割れてジレンマに当面したようなときに、一つの隠れみのとして国連による決定というようなものを求める傾向もあったと思います。例えば、中国代表権の問題について国論が分かれたときは、正に国連に祝福されるようなときには、我が国も政策を変えるというふうにして政策当事者は説明をしました。
 それから、憲法前文でありますけれども、そこを流れておるのは基本的に平和主義であり国際主義であると思います。名誉という言葉が前文には二度も出てきます。最初には、「国際社会において、名誉ある地位を占めたい」という、そういう信念が述べられております。私は、こういう名誉ある地位を占めるという基本的な決意を変える必要は毛頭ないと思いますけれども、ともすれば、その中にはやや過度な理想主義があるというふうにも解釈されないことはありません。平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼するという言葉が出てきますけれども、果たして今の厳しい国際状況の中でそういうものに信頼して、全面的に信頼を寄せていいのであろうかということは問われてしかるべきでしょうし、政治道徳の原則は普遍的なものであるというような言葉に関しても、それはそうかもしれませんけれども、各国の行動を見ている限り、必ずしもそういう理念に合致しているとは思われないという面もございます。
 昨年の六月に、官房長官が私的懇談会として国際平和協力懇談会を作りまして、私は座長としての役目を仰せ付かりまして、十二月の十八日に我々の四十から成る提言を小泉総理と福田官房長官に提出いたしました。
 その中で我々が一致してコンセンサスとして強調したのは、我が国はもっと積極的に平和定着のためいろいろ活動していいのではないかと。我が国のODAも、高過ぎるなんというような批判もありますけれども、決してそうではなくて、それを有効に活用する、平和のために使う道はいろいろあるのではないかと。
 それから、我が国はお金とか機材を提供するだけではなくて、国際的に活躍する人材、若い人の中ではそういう人たちは多くなっていますけれども、こういう人材の育成をもっともっと組織的にやるべきだというふうなことを強調しております。
 その中ではいろんなことを言っておりますけれども、一九九二年にPKO協力法が通りまして、カンボジアPKOに参加して十年が過ぎたわけですけれども、この参加のための五原則というものも、余り硬直した形で解釈せずに、これを柔軟な見地から見直すべきであろうと。
 また、平和執行というふうな、国連憲章の第七章にうたっておるような行動に日本は参加しないと、従来どおりのPKOにとどめるということではなくて、ある条件の下では多国籍軍への参加も考えるべきであろうと。ただし、そのためには二つの条件を満たさなくてはいけない。その一つは国連決議があること、それは安保理決議であることもあるでしょうし総会決議であることもあると思います。それからもう一つは、我が国の参加は後方支援にとどめるべきであろうと。医療とか通信とか運輸、そういったような面にとどめるべきであろうということを我々のコンセンサスとしてまとめました。
 憲法九条のことになりますけれども、私はもちろん九条の第一項は問題ないと思います。問題になるのは第二項でありますけれども、戦力と交戦権を否定しておるということで、これは解釈によって運用していくべきなのか、きれいさっぱりと削除すべきなのか、意見の分かれるところだと思います。削除した方が論理的にはすっきりしていいとも思われますけれども、これは坂本教授も今言われたんですけれども、我々はそれにつけても近隣諸国、中国とか韓国を含む近隣諸国との信頼関係を損なわないように配慮しながら、誤解がないような形で削除すべきであろうと思います。
 この国際平和協力懇談会は、憲法前文は引用し、それに基づいておりますけれども、九条には触れませんでした。というのは、不毛な議論をそこで行うよりは、具体的な問題についての合意を求め、課題を探すことが重要だと我々は考えたものですから、そういう議論に集中しました。
 それから、この九条との関連で、自衛権の問題、個別的並びに集団的自衛権の問題がよく語られますけれども、これに関しましては、国連憲章の五十一条にそういう自衛のための固有の権利という言葉が使われております。この固有の権利と日本語に訳されている言葉は、英語ではインヒアレントライトとなっておって、日本語よりも重い意味があると思います。今、坂本さんが言われたような、自然権としての自衛権という意味が含まれておると思います。
 一九二八年にケロッグ・ブライアン不戦条約というのが結ばれましたけれども、それの立て役者であったアメリカの当時の国務長官は、何でケロッグ・ブライアン条約の中に自衛権の規定をしなかったのかという質問に対して、自衛権というのはもうどの国でも持っているということが自明のことであるから、あえてそれを不戦条約の中に入れなかったのだということを言っております。これはグッドリッジとハンブローという人の書いた国連憲章についての最も権威のある本の中に出てきます。
 この国連憲章五十一条というのは、実は国連憲章を作成する過程では出てきませんでした。やっと、一九四五年の春から夏にかけて開かれたサンフランシスコの条約の中に突如として規定されたわけですけれども、ラテンアメリカ諸国が作った米州機構を考える上で、一九四五年の三月にチャパルテペック会議というのがメキシコで開かれました。そこで、やっぱりラテンアメリカの安全保障の体制を国連にひっかき回されては困るというふうな問題意識がありまして、アメリカの当時の上院議員であったバンデンバーグさん辺りがそれに賛成して、結局そういう懸念を五十一条に盛り込むことになりました。
 国連という普遍的な安全保障体制が拒否権その他によって機能しなくなった場合の一つの安全弁として、セーフティーネットとして五十一条というのが付け加えられたわけでありまして、国連の体制の基本はあくまでも五十一条以外の第六章、第七章に盛り込まれておる規定であると言えると思います。しかしながら、冷戦が始まりまして米ソの対立が起き、結局この五十一条がNATOとか、またそれに対抗するワルシャワ条約の法的な根拠とされたわけであります。そういうことで、冷戦時代には非常に広範に適用されることになりました。
 しかし、このさっき触れましたグッドリッジとハンブローの本の中では、国連を作るときに、やっぱり核兵器というものが出てきたということが、国連にはまだ国連憲章を作る段階では予想されなかったのではないかということが言われております。
 つまり、五十一条の自衛権の発動というのは、武力攻撃があった場合に安保理が行動を取るまでの期間において加盟国はそういう権利を持つということでありますから、武力攻撃の存在が前提でありますけれども、核兵器を使った攻撃が行われるならば、もうそれに対する防御手段はないというふうに見られることから、五十一条の規定は、核時代においては既に時代後れの規定ではないかという懸念が出て、生まれてきました。
 また、例の九・一一以来、テロリズムの出現に関連して、テロという見えない敵に対しては相手から攻撃を受けるまで待ってはいられない、したがって先制攻撃の権利というものが語られるというふうなことになってきました。
 そういうことで、五十一条というのは新しくいろんな意味で語られ、脚光を浴びておるわけですけれども、やはり国際連盟を作り、国連を作っていった人類の歴史を見ますと、自衛権というものが我が国を含めいろんな国々によって濫用されておった、それに対する国際社会の大きな歯止めとして自衛権の制限ということが考えられるようになったということを我々は忘れてはいけないと思います。自衛権の拡大解釈をどのようにして戒め、制約するかというのは、今のようにブッシュ政権が突出した形で過剰な、過剰に見える自信を持っているような時代においては、そういうことが語られる必要はあると思います。
 私は国連に対する過剰な信頼とか幻想を持つことも危険だと思いますし、また、かといって国連は何もできないと全くの国連無用論に立つのも極めて危険だと思います。国連というのは人類が今の段階で持つ国際社会の世論を反映する一番のバロメーターでありますし、国際社会におけるルール作りというのは、余り効率的ではありませんけれども、やはり国連を通じて一歩一歩そういうことが行われてきております。
 国連はうまく機能することもあるし、そうでないこともあるわけでありまして、それは国連憲章に欠陥があるというよりは、結局、国連を支えておるのは国連を構成する加盟国であるということから出てくるんだと思います。国連を生かすも殺すも加盟国の決意にかかわっております。特に、安保理の常任理事国を構成する大国の意思に掛かっておるわけであります。
 私が国連に入る直前に、一九五六年の秋にハンガリー問題とスエズ運河の危機がありました。スエズ危機に際しては、国連は非常に有効に緊急国連平和軍を作って対処できました。ハンガリーにおけるソ連軍介入に関しては、国連は非難決議を繰り返すだけで有効な行動が取れませんでした。
 結局、そういうことで、国連はうまくいくこと、栄光のときもあるし、失意に沈んでしまうときもあるということであろうと思います。国連を粘り強く一歩一歩育てていくというような問題意識が我が国の場合、極めて必要だと思います。
 その意味で、カナダの国連外交というのは非常に参考になるんじゃないかと思います。アメリカとの同盟関係については、我が国よりももっと幅の広い根強いものがあると思いますけれども、国連に関しましては、アメリカと一線を画して行動しております。人権の問題、軍縮の問題、アフリカの開発の問題、こういったようなことでカナダはイニシアチブを取りましたし、またここ数年の間にも対人地雷の廃止の問題、国際刑事裁判所の設立の問題、環境の問題、こういったようなものではアメリカに明らかに批判的な行動を取ってきております。
 そういうことで、我々は同盟関係というものと国連重視というものを何とかかんとか調和させるように努力し、二国間の関係、地域的な関係、多国間の関係、また地球的な外交というものを重層的に展開していくしかほかはないのではないかと思います。
 ありがとうございます。
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野沢太三#5
○会長(野沢太三君) ありがとうございました。
 次に、五百旗頭参考人にお願いいたします。五百旗頭参考人。
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五百旗頭真#6
○参考人(五百旗頭真君) ありがとうございます。
 二人の尊敬する大先輩であり賢者である方とともにお招きいただき、大変光栄に存じております。
 私は歴史家でありますので、この第九条にまつわる歴史を振り返りながら議論をしたいと思います。ただ、歴史の話やり始めますと一晩掛かっても尽きないほどございますので、幸い配付していただきました参考資料にそうした歴史的経緯はかなり詳しく明快に書いておりますので、詳しくはそちらを御参照いただいて、結論的なところをかいつまんで申し上げたいと思います。
 まず第一に、第九条は、自衛を含むすべての戦争放棄という徹底した平和主義を装いつつ、その実、自衛戦争を可能にするよう工夫を凝らした条項である。これは出生の経緯として資料的に明らかになってまいりました。
 マッカーサー三原則というのを一九四六年二月三日に民政局の幹部に渡されたわけですが、その第二原則は平和条項でありまして、その中で、マッカーサー自身かホイットニーが書いたのか、どちらであるかは筆跡上明らかではありませんが、国際紛争解決の手段としての戦争だけではなくて、自国の生存のための戦争をも放棄すると、明白に侵略戦争と自衛戦争の双方を放棄するということをマッカーサーがこれだけは譲ってはならない三つの原則の一つとして下賜したわけであります。
 しかるに、それを受け取りましたケーディス民政局次長は、七つの分科会を作って各条項を一週間余りで用意いたしましたけれども、この第九条になるものについては分科会に任せていてもらちが明かないと判断いたしまして、彼自身がこれを条文化いたしました。
 その中で、マッカーサーの指示であった侵略だけではなくて自国の生存のためのという、その自衛戦争の部分を削除するんですね。軍人でありながら上司の指示に逆らって修正を加えたわけでありますが、このことを私はクリントン大統領が当選したその日にマサチューセッツ州のケーディスさんの住んでいる自宅で二日間にわたるインタビューをして詳細に聞き、確認いたしました。
 その話では、もし勝者が敗者に対しての自衛権すら奪うという憲法を強いた場合、そのことが占領終結後、速やかに重大な欠陥として受け止められ、憲法全体が廃止されるという危険を冒すのではないか、国際情勢を見れば、必ずしも、この徹底した自衛権すら返上するという決定を国際環境が祝福するとは必ずしも信じ難い、であるならば、より持続可能なものにするために自衛の部分は外した方がいいというわけで、侵略戦争のみを放棄するものに第一項を書き改めたわけですね。それについて上に上げましたところ、マッカーサーと上司であるホイットニー民政局長はそれを了承したというところで、GHQのトップ三人においては既に了解がなされた。しかし、日本側はそのようには考えませんで、徹底した平和主義、自衛の戦争すらも放棄したものと、それでなければ許されないというふうな認識を広く持ったわけであります。
 そう思うのも無理がないのは、マッカーサーもまた、自衛権すら放棄するような徹底した平和主義の憲法的表明が望ましいという判断も持っていたわけですね。だからこそ、彼は初めのメモに書いたわけですね。なぜならば、侵略戦争を重ねて敗戦を招き、世界に信用を失った日本が国際的な祝福を受けて復帰すると、それをマッカーサーはリードしたいわけですが、国際的信用を回復するために、特に当時、日本政府と国民が広く望んでいた天皇制の存続ということを含む日本の国際復帰ということを可能にするためには、徹底した平和主義が望ましい、国際社会が最終的に何を嫌がるかといえば、もう一度日本が刃物を持った侵略的な存在として世界に襲い掛かることであって、その危険は全くないということを示すことが日本に対する寛大な処置を可能にするんだという判断をしていたわけで、そのためには、あたかも自衛権すら放棄したというほどの平和主義に読めることは差し支えない、むしろ望ましい政治的意味がある。しかしながら、それでは実際にはやれないので、厳密に読んでいけば自衛は可能にする、侵略だけを厳密に言えば否定しているというふうにも読める、そうした工夫を凝らした条項であった、そういうふうに読める可能性をいわゆる芦田修正はより鮮明にしたと。そういうふうなことを参考資料の中に書いておりますので、見ていただければ恐縮、幸いであります。
 三番目でありますが、日本政府自身、解釈をかなり振幅させましたけれども、鳩山内閣以降、第九条が侵略戦争を否定し自衛戦争を許容するものであるという解釈で、日本政府に関する限り一貫しております。社会はそうではなくて、革新陣営、その中心である社会党は、村山内閣まで自衛隊が違憲であるというふうにしてきたことは御承知のとおりであります。その日本政府が自衛戦争を許容しつつ侵略戦争を否定するという解釈を取ってきた路線というのは、冷戦下の日本が国際安全保障の大きな部分は米国に依存しつつ経済国家として復興し発展すると、それに没頭するという段階に適合的な対外政策であったと言えようかと思います。
 さて、冷戦が終わりまして、冷戦終結期に起こりました湾岸戦争は、日本は一九七五年にG7サミットに加わりましたし、冷戦終結時には世界のGNPの一五%を一国で占有する、世界に二百余りの国があるというのに一国で一五%を占有するというとんでもない経済大国となっていたわけですが、そのようなグローバルな経済国家となった日本に、侵略か自衛かの二分法を超えた国際安全保障への関与を問う意味を持ったと思います。
 敗戦国であり社会更生中であるとき、あるいは貧乏な国際的影響力を持ち得ない存在であるときには国際的な安全保障への貢献ということは余り問われない。しかしながら、こういうグローバルな経済大国であるということから、自分自身の自衛かあるいは侵略戦争かということを超えて、ある国が侵略戦争を行った場合、国際安全保障問題についてどう考えるのかと、これがどう考えるのかということがまず第一であり、続いてそれにどのような役割を引き受けるのかということが問題になったわけですが、日本は侵略か自衛かという憲法神学の議論に没頭していて、それに対する答えを機敏に打ち出すことができなかった。
 しかし、その苦い経験から、こちらに明石さんがおられますが、平和維持のためであれば国連の下でのPKOに地域的限定なく自衛隊を派遣し得ると。カンボジアPKOが最初の大きな営みとして行われたのは御承知のとおりであります。さらに、九・一一テロ攻撃後、テロの脅威に対して極東周辺地域を超えた自衛隊の後方支援活動が行われるようになったことは体験してきたところであります。
 さらに、本日の朝刊を見ますと、有事法制ということが実現することになった。ようやく有事に際して国民を守る枠組みというのが制度化されることになったことは、大変、遅かったですけれども、なされるべきことがなされたと、国会の努力に敬意を表したいと思います。
 以上のように展開してまいりまして、少しまとめますと、安全保障、軍事活動は大きく二つのカテゴリーがある。一つは自衛権にかかわるものであり、他は国際安全保障への参画にかかわるものである。
 自衛権については、個別的自衛権と呼ばれる日本自身の国土、国民への防衛にかかわるもの。これについて、有事法制によって、超法規的決断という違法行為を犯すことなく合法的に危機に対処する法制が作られることになったのは喜ばしいことであります。それから集団的自衛権。米軍への攻撃が日本とその周辺で行われた場合に、これを共同対処するということでありますが、日米安保条約にはこの地域的な限定が付いておりまして、そのようなことが行われた場合には、集団的自衛権が権利としてあるが行使しないというのではなく、行使されるということが不可避であるというふうに考えます。日本の安全を全うするために来ているアメリカ軍がこの地域で何かをされた場合、これは日本としてはできませんということであれば、安保条約そのものを損なうことになるだろうと思います。
 それから、他方の国際安全保障の側面でありますけれども、これについては今申し上げましたように、テロのような無差別大量殺りくが行われたことに対する国際的な他国の行動への後方支援が行われること、そしてPKOが行われ、実施されてきたわけであります。
 対処をする場合に、私のような歴史を比較して見る者からいたしますと、憲法改正論あるいは立法論を議論しているときにも、日本人は、憲法及び法的枠組みからそれを神聖な規範として協議する好みが非常に強いです。大事なことは、実態を見据えて何をなすべきかということについて理にかなった対処法を考えることではないかと思います。そのためには、まず国際環境とその変化を認識するということが第一に極めて重要であります。そして第二に、日本の安全と福利のために望ましい方策ということを考える。そして同時に、三番目に、国内的、国際的な正統性というものを十分に考慮すると。
 日本の法規というのはそのような国内的正統性の一部をなすものだと思いますけれども、それを余りにも絶対枠組みとして考えるために、実際を十分に見て効果的な対処法を考えるというイマージナティブな考察ということが非常に弱い。したがって、一度でき上がった法制度というのを変えることは著しく困難でありますが、私は、歴史家として、もし明治憲法を大正デモクラシー時代に変える力が日本政治にあれば、日本は滅びなかったであろうと思っております。法規、前例に縛られて、できないできないというふうに金縛りになることを脱却しなければ、新しい時代の国民的な利益と幸福を切り開くことは難しいと思っております。
 そこで、どういうふうに第九条を変えるかという問題でありますが、第九条以前の集団的自衛権という問題について、これは解釈、適用だけで済む問題でありますが、集団的自衛権を発動するかどうかという場合に二つの問題が混同されている。慎重な考慮をもって適用するということが非常に大事だと一方で強調しなければなりません。しかし、それを必要な場合行使するということは同時に確保されていなければならないと思います。
 これは、状況の中で、正統性のレベルの高さ、例えば極端なことを言えば、アメリカが挑発して行動したという場合に、日本は御一緒する義理はありません。しかしながら、日本とアメリカに対する重大な攻撃が行われたというときに、法規主義に立ってそれはできないとか解釈が違うなどと言っていては国民的な生存、安全を損なうということになりますので、日本は賢慮をもって慎重に適用すると。そして、極めて世界のいかなる国よりも平和主義的な志向性が強いと。これを大事にしながら、二人の先輩の先生がおっしゃったとおりしながら、しかし必要な場合には行動するということが必要であると考えております。
 二番目に、国際安全保障の方でありますが、簡単に言えば、国連憲章にありますように、加盟国は侵略戦争はしない、万一だれかがそれを侵したならば加盟国みんなでそれを抑えるというのが基本的な考え方でありますが、それが侵略だけではなくて著しい人権の侵害、ジェノサイドのようなもの、テロのような無差別殺りくのようなこと、それに対してもやはり適用されるというのが国際的な認識の変化だと思います。
 アメリカの一国主義の危険ということは、私もこの一年間ハーバード大学におりまして分からないではありませんが、しかしながら、安全を守るということの国際対処の深化と、必要ということもあると。今アメリカという国は非常に試行錯誤というか、あえて試みるという性格の強いところです。日本人は継続と安定を非常に大事にしますが、アメリカの場合には変化を好みます。新しい試みを非常に大事にします。プラグマティックであって、そのときにはやや極端に見えるんですが、やがて、変化が制度化されているだけに、また政治文化も変化を好むだけに、それが欠陥があると思ったら、四年後、八年後に違う、逆の方へ振るんですね。
 そういう意味で、アメリカはもう国連を捨てたなどと考えるのは短見でありまして、現在は国連では間に合わなかった安全のために激烈な行動に見えることをやっている。しかし、アメリカ人は目の血走った狂人集団であると考えると絶対違います。極めて多様であって自由な議論が行われているから、自律的な復元力を持った社会であるというふうに考えておかなければならないと思います。
 ともあれ、そういうふうな侵略やジェノサイドが行われた場合に、日本はその国際的対処に我が事として参画すると、これがまず非常に大事な姿勢だと思います。
 日本は、その軍事対処への直接参加には極めて慎重であります。しかしながら、事の重大性、それが世界にとって、日本にとって、日本の安全にとってどれほど重大であるかという問題、それから事の経緯から判断される正統性、あるいはやられる側からすれば可罰性の明瞭さ、重大さ、そうしたことを判断して、日本は直接軍事行動にも場合によっては参加し得るというふうにすべきではないかと思います。
 特に私がそういうふうに言いますのは、御承知のような朝鮮半島の情勢が押し詰まってまいりました。私は大局的にはもうとっくに勝負があったと思っておりますが、北朝鮮を支持する国は一国もないわけで、大局は決まっているんですが、十対零で終盤を迎えながら、何をしでかすか分からないという妙な状況であります。
 北朝鮮も米国もある種の瀬戸際政策を用いる面があると。もしアメリカが外科手術的な基地の爆撃というふうなことを行いますと、金正日の政権は屈服するか戦争かというふうなところへ追い込まれます。
 もし戦争になった場合に、日本はそこで何をすべきかというのは大変難しい事態になります。湾岸戦争の比ではありません。日本の安全そのものが次に自動的に上がってくるからでありまして、その場合に、後方支援は当然でありますが、戦争の起こり方にもよりますけれども、後方支援は当然として、自衛隊派遣の要請がアメリカや韓国政府から行われるかどうか、恐らくまだ行われることはないだろうと思います。でも、行われたらどうするのか。
 そういう問題はやや蓋然性が少ないとして、その場合に日本がどうしてもやらなきゃいけないのは邦人、外国人、被災者の救出活動ではないかと思います。これについて本格的な訓練、準備、少なくとも知的準備があるのかどうか、極めて重大な備えであろうと思います。
 ともあれ、第九条の修正案といたしましては、先輩の先生方と余り違わないんですが、第一項を残して第二項を削除する。代わって第二項、つまり第一項によって侵略戦争は否定し、自衛戦争はオーケーであるということが既に含意されております。したがって、第一項を残せば、自衛戦争、侵略戦争の否定ということが出ておりますので、第二項には国際安全保障に日本が参画すること、今申し上げましたような日本は平和的な手段の極みまで求める、そういう国柄であると。しかしながら、必要な場合、国際的な安全、平和秩序のために諸国とともに協力して貢献するということを第二項に入れるべきではないかと思います。
 前文については申しませんでしたけれども、よい日本語で、国民の安全と国際の安全、その平和的達成を望むが、あらゆる努力をするんだということをうたえばいいのではないかと思っております。
 どうもありがとうございました。
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野沢太三#7
○会長(野沢太三君) ありがとうございました。
 以上で参考人の意見陳述は終了いたしました。
 これより参考人に対する質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言願います。
 なお、質疑の際は、最初にどなたに質問するかお述べください。また、時間が限られておりますので、質疑、答弁とも簡潔に願います。
 松田岩夫君。
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松田岩夫#8
○松田岩夫君 お三方の先生、本当に今日はありがとうございました。三人の碩学に、たかだか一時間ということで誠に恐縮でございました。二十分時間をいただきましたので、少しだけ御質問させていただきます。
 まず、お三方とも憲法、特に九条と戦後社会、戦後の日本といったような点についてそれぞれお触れになられました。
 五百旗頭参考人にまずお聞きいたしますが、いただきました資料の「日本の安全保障観はいかに推移したか」というのも読まさせていただきました。ただいまの御発言をお聞きして、正直、この制定当初からお調べになっていただくと、既に自衛戦争はもちろんのこと、国際安全保障上の共同行動への参加といったことについても意図されていたということが明確であると。それにもかかわらず、政府・与党ばかり、与党の解釈も非常に限られたもので、そういったことから過去五十年、長い歴史の回り道をしてきたといったことが書かれております。私も非常にその感を深くしておるわけであります。
 短い自分の経験から言いましても、正直、九二年のあのPKO法案審議の際、有名な歴史的な牛歩戦術といったようなものが行われたわけでありますが、今お触れになりましたように、この長い間の懸案でありました有事法整備といったものについて野党第一党との間で共同でそれを作り上げることができたと、この大きな変化といいますか、それなりにまた今御評価をいただく御発言もありました。まだまだ至らぬ点はあると思いますけれども、この過去五十年の憲法、平和主義、国際主義といったような点にかかわる国論といったものが、こうして政治の世界でも本当にだんだんだんだん収れんされながら、大変な努力が積み重なってきているなということをお三方の話を聞きながらしみじみ感じさせていただいたわけでありますが、そういう過去の我々のこの経験を踏まえて学ぶべきことは何かということで、これまた五百旗頭先生から、まず実態をよく見ろ、国際環境をよく考えろ、そして何が必要かということをよくまず判断することが第一だと。それに引換え我々は、その正統性とか、その正統性の根拠の一つになる法規、法律といったものにこだわり過ぎているのではないかといったようなニュアンスのお話もお聞きいたしました。お答えもいただいたのかと存じますが。
 しかしまた、この点について坂本参考人の、これは今日お話しになりませんでしたけれども、せっかくでしたので書物も幾つか読まさせていただきました。そういう中には、特に「相対化の時代」という書物の中で先生は、この戦後の反戦、反再軍備といった平和主義の市民運動が戦後の日本に民主主義が根付くことを可能にした、こうした平和主義の市民運動がなければ戦後の日本にも軍事政権や強権体制が生まれていたかもしれないと。ちょっとここは私の歴史認識と大分違うのでございますけれども、いずれにいたしましても、こういう評価もなさっておられます。時間がありませんので、坂本先生には後ほどこの点も踏まえて御質問させていただきますが。
 第一問は、五百旗頭先生に、我々は過去、長い歴史の回り道といったことを二度と起こさないために、もう一度簡単に何を学ぶべきかお述べいただけたらと存じます。
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五百旗頭真#9
○参考人(五百旗頭真君) 御質問ありがとうございます。
 既に松田議員の質問の中に返事が組み込まれていたので改めて申し上げるほどのこともございませんが、「歴史の教訓」という本がアメリカのアーネスト・メイ教授が書いております。その場合に、しばしば最近の激烈なる歴史的事実、国民的衝撃を受けた事実に大きく動かされるというのが今までの歴史の教訓の学び方であったというふうに書かれております。アメリカ自身の外交への反省として書いているんですが。
 我々の場合、あの戦争の時代、余りにも戦争にいそしんだ。そして、ついに全面破綻を来す。自ら戦争を仕掛けて敗北したという場合は、言うなら救いがないわけですね。正統性の面でも、そして勝敗という面でも救われない。そういう中で、剣をすきに持ち替えて戦後日本が平和的な生き方を求めたということは、基本的に間違っていない。間違っていないんですが、アーネスト・メイも言うとおり、最近の激烈な体験から、極端に振ると。日本でいえば、あつものに懲りてなますを吹くという言い方をいたしますが、およそ軍事にかかわることはすべていけない、危険があるから、それをもし認めたら次にこの危険が生ずるじゃないかという論法がすごく力を持っていたんですね。
 しかし、もしそんなことを言えば、交通事故がこんなに多い、外へ出れば車にはねられる危険がある、だから出るべきではない。時々水を飲んだらおなかを壊すことがある、だから水を飲んではならない。それは完全な論法の間違いなんですね。悪い水を飲まないようにこういうふうに注意をして飲むというのが答えでありますし、交通事故に遭う危険があるからこういう点に留意をしてこういう仕方で外を歩けと言うべきであるところを、あの激烈な経験ゆえに、いかなる安全保障にも関与してはならない、積極的な国際行動は危ない、そういうふうな目を我々が持ちましたし、また、周辺諸国からの猜疑心も強く、そういうふうな行動を取ってきた。
 しかしながら、大事なことは、過去のネガティブな行動は特に相手国に非常に長い恨みを残しますが、いい行動の蓄積がそれを中和していくんだということですね。戦後日本は平和的発展を遂げ、民主化を遂げ、そして途上国に援助をしてまいりました。その蓄積というのが、言うならば静かなる和解を築いている。
 そういう状況で我々は今、大事なことは、実態をよく見て、その中で何をなすべきか、何をなすことが長期的にも望ましいかということを考えていくことだと思うんですね。いかなる安全保障にもかかわらないということではなくて、日本にも、国際安全保障は地域の秩序にもプラスになるということを積極的に行動していくことだと、それが我々の取るべき教訓の得方だと思っております。
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松田岩夫#10
○松田岩夫君 ありがとうございました。
 後ほどまた五百旗頭参考人に時間があれば戻らさせていただきますが、時間の関係で次に明石参考人にお伺いいたします。
 過去四十年にわたる国連の経験から、非常に貴重なお話をありがとうございました。
 そこで、幾つかあるんですけれども、一つだけ最初に、まず国連と日本とのかかわり方、特に先生おっしゃいましたように、非常にあこがれる面と、いやそうではないという面と両面ある中で、カナダの例などをお話しになりながらお話しになりました。
 外交三原則そのものの中のウエートからいけば、私個人はやはり日米安保同盟というものが基本だろうと、今日の、今の実態をよく見ろということからいけばそういうことになるんじゃないかと思いますが、しかしまた、いろんな意味で日本の果たす役割が国連の場で非常に大きいと思います。
 その関連で、例えば国連改革という話が最近は消えてしまいました。しかし、今の新しい状況の中で、もう一つ後で御質問できたらと思うんですが、先生が関係された国際協力懇談会の御答申も踏まえて、日本の果たすべき役割の大きさというものは非常にあると思うんですが、そうであればあるほど、国連というものの機能を一層十全にさせて、そういった中で、日本が本当に国民的コンセンサスを得る中で、一層国際安全保障活動にも専念していくという意味では非常に大きい役割を、私は国連というものをどう我々が今後理解していくかであると思うんです。
 そういう観点から、ちょっと御発言、補足していただけたらと存じます。
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明石康#11
○参考人(明石康君) ありがとうございます。
 国連は、できましてからもう既に五十八年、そろそろ六十年になるわけであります。二世代を経験することになるわけです。ところが、基本的には国連は大きな改革をしてまいりませんでした。安保理事会と経済社会理事会は一度改革し、多少構成を拡大しました。しかし、小規模な手直しに終わったということは言えると思います。
 安保理に関して申し上げると、安保理の構成は、十一か国からただいま十五か国になっておりますけれども、常任理事国の数は五か国と、アメリカ、イギリス、フランス、当時は旧ソ連、現在のロシア、それから中国、この五か国にとどまっております。これに比べますと、国連加盟国の数は百九十一ということで、当初の発足時の四倍近くに拡大しておるわけです。開発途上国の数、非同盟諸国の数も増えました。
 そういうことで、国連は改革すべき時期に来ているということは、我が国のみならず、いろんな国から言われております。しかし、それぞれの国の思惑が違っておって、なかなか改革案というのを一つにまとめることは容易ではありません。
 我が国も、自分の思うところを同志を増やしながらコンセンサスを目指して改革の機運を盛り上げていくという作戦を粘り強く取っていくことが必要だと思います。例えば、我が国の常任理事国を目指す願望でありますけれども、私は、我が国は常任理事国になるべきだと思いますし、いずれはなるであろうと思います。しかし、それにはなかなか時間が掛かり、紆余曲折があるだろうと思います。
 私は、当初の作戦は、日本だけが常任理事国になろうということでやってきたことがあるいは間違いであったと思います。例えばアジアの大国であり、開発途上国であるインドと組んでそういう機運を盛り上げていくべきではなかったかと思いますし、現在五つある常任理事国の中で、日本の常任理事国化に旗幟を鮮明にしておらないのは中国一つだけでありますけれども、対中外交ももっと活発にやり、中国の賛同を得べく働き掛けることも大事だと思います。
 とにかく実績を積むことによって、我が国がなりたいから安保理事会の常任理事国になるのではなくて、日本を安保理事会の常任理事国にしないとおかしいではないか、国連自体の活性化にそれが必要ではないかという声がほうはいとして巻き上がってくるように我々は仕向けるべきであろうと思います。その意味では、多面的に国連活動に貢献していくという姿勢は崩すべきではないと思います。
 我が国の国連で果たすべき役割ということに関する松田先生の御質問に対しましては、私は日本の役割は極めて大きいだろうと思います。
 よく日本の国際的貢献という言葉が使われますけれども、私は実はこの貢献という言葉にちょっと引っ掛かっておりまして、貢献というと何かおためごかしに、やってあげるという響きがございます。ところが、私は、やっぱり現在のグローバル化した世界において日本が当然果たすべき役割、責務という観点から日本のなすべきことを考えていくことが至当なのであって、村の鎮守の神様のお祭りのときに寄附金を出すか出さないかというふうなのんびりした問題ではないのではないかと思います。そういう意味では、我が国がやっぱり鮮明な一つの世界観というビジョンを作り上げ、それに基づいて国連をどういうふうに活用するかということを考えるべきだと思います。
 私は、国連の神格化というものが今まであったので、これは問題であると申し上げましたけれども、国連にお祈りしておっても平和は来ないんですね。ぼたもちのように落ちてはきません。やはり我々が国連において具体的にどういうことをやるかということを突き詰めて具体的に考えるべきなのであって、そういう意味では、国連というものは使いがいのある、現在、そういう構成上、組織上の問題がありますけれども、にもかかわらず、いろいろ使いがいのある外交の非常に重要な一手段であるというふうに考えることが必要だと思います。
 最近のアメリカの国連外交を見てみますと、五百旗頭先生からもお話がありまして、私も全く先生と同感でありますけれども、アメリカという国はこういう国だと、こういう政策を取っているのはけしからぬとか賛成だとかいうのではなくて、非常にすそ野の広い、多様な考えを持った人が多くいる国でありますし、国連研究も、ほかの国の追随を許さないすばらしいものをアメリカのシンクタンクがいろいろ、ないしは大学その他が出しております。
 そういうことで、実は一九五〇年の朝鮮戦争のときも、国連のにしきの御旗をアメリカはうまく取り付けて朝鮮戦争を有利に戦うことができました。一九九一年の湾岸戦争のときも、安保理のにしきの御旗をうまく取って国論を統一し、戦争を成功裏に進めました。今回は、決議一四四一までは取ることができたわけですけれども、結局安保理決議をまた更にもう一つ獲得するということには成功しませんでした。
 そういうことで、国務省と国防省とのいろんなぎすぎすした関係も伝えられておりますけれども、アメリカ外交は本来の形においてはもっと国連をうまく活用できたんじゃないかと私は思うんです。ところが、アメリカ自身が一部に国連軽視、無視の議論があって、それは南部出身の保守派の上院議員の影響力もあるんですけれども、国連分担金を長い間払わなかったり、そういう無理難題を吹っ掛けることがありまして、包括的核実験禁止条約も参加しない、国際刑事裁判所の設立にも背を向ける、京都議定書もこれを批准しない、生物兵器についての検証条項が交渉の上やっとできたにもかかわらずこれにも参加しないというようなことは、私はアメリカ自身の長期的な国益にとっても恐らくマイナスであろうと思います。
 そういうことで我々は、国連を万能視することなく、過剰に美化することなく、しかもしぶとくこれを日本外交のために、私はカナダの例を挙げましたけれども、カナダのように知恵を絞って国連における我が国のイメージを上げ、また国連を通じてより広い国際的なそういう共同戦線を張っていくということがもっともっと行われていいと思います。
 安保理改革にもう一度戻りますと、今度のイラク戦争でドイツがああいうような行動を取りましたので、私は、日本とドイツは安保理の常任理事国の資格を少なくともGDPその他から見て十分に備えておると思っておりましたけれども、アメリカの世論は恐らくそれをここ二、三年は許すことはないでありましょう。また、安保理の決定が容易ではなかったということで、アメリカは安保理拡大に対する熱意を一時失ったかもしれません。
 また、長期的に見た場合に、ヨーロッパ連合、EUが、フランス、イギリスのほかに三票持つというのもおかしいではないかという声は出てくると思うんです。EUとして一票でいいではないかという声も出てくると思います。
 しかしながら、私は、GDPから見ればフランスとイギリスは我が国の半分くらいですけれども、なかなかやっぱり旧植民地国家として大変に豊かな国際的な知識も情報も分析能力も持っておりますし、国連でのイギリスとかフランスの外交には鮮やかなものがございます。そういうことで、腐ってもタイと言うとちょっと語弊がありますけれども、フランスとイギリスの外交というものは私は重要なものであると思います。
 そういうことで、アメリカにも安保理を余り拡大すると動きにくくなるという懸念がありますけれども、粘り強くアメリカを説得し、また日本を常任理事国に加えるのを嫌がる中国を説得していくと、そういうことで国連における多数派工作をますます進める。そのためには、ODAをうまく使うということも必要でしょうし、多面的に人権外交、軍縮外交、開発政策、環境問題、そういったような問題に率先して取り組むということが必要だと思いますし、私自身、最近、スリランカの平和定着の問題で政府代表として多少働いておりますけれども、こういうアジアの一角において民族紛争が起きても、それがその火の粉がいつ我が国に掛かってこないとも限りませんので、小泉総理が提唱し、川口外務大臣が実施しておる平和を定着させる外交、つまり、平和が来てからODAを使うのではなくて、まだ脆弱な平和を本物の平和にするために我が国が率先して出ていくと。
 今までの安全第一主義、石橋をたたいてもなかなか渡らない外交ではなくて、より積極的な外交。それには失敗のリスクも当然出てくると思いますけれども、多少の危険を冒しても平和のために努力するという新しいスタンスを見せるならば、私は、国連における日本の地位というものは将来拡大するでありましょうし、日本の役割に対する認識も内外ともに大きくなると思います。
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野沢太三#12
○会長(野沢太三君) 参考人の方々に申し上げます。
 時間が限られておりますので、答弁を簡潔にひとつお願いいたします。
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松田岩夫#13
○松田岩夫君 ありがとうございました。
 誠に済みません。坂本碩学のお教えをいただきたかったんですが、私がいただきました時間が来まして、これで私の質問を終了させていただきます。
 本当にありがとうございました。
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野沢太三#14
○会長(野沢太三君) 若林秀樹君。
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若林秀樹#15
○若林秀樹君 民主党の若林でございます。大変参考になる御説明、ありがとうございました。
 まず、坂本参考人にお伺いしたいと思います。
 ちょっと前段ですけれども、先ほど松田議員がおっしゃられましたように、昨日から今日にかけて、有事関連法案について、ある意味では与野党の合意を見たということは私は画期的なことではないかなというふうに思っています。これまで有事に関して議論することさえタブー視されたことが、ようやくこの段階に至ってお互いに歩み寄って、やっぱりあるべき姿をどうするべきかということをやっぱりお互いに議論したということが良かったんではないかなと。これはあくまで小さな一歩かもしれませんけれども、私は、新しい分野に踏み込む、また大きな一歩ではなかったかなというふうに思っております。
 これまで、やはり戦後我が国の安全保障を米国にゆだねたことによって、我が国の安全保障を主体的に考えてこなかったツケが今日に至っているんではないか。経済的には豊かになりましたけれども、それによってやっぱり失ったものがやはり同時に多いんではないかな、そんな観点から幾つかお伺いしたいなというふうに思っております。
 まず、坂本参考人でございますが、我が国の、日本の責務としての国際貢献についてお伺いしたいと思います。
 坂本参考人は、憲法の前文で十分ではないかというお話がありました。私はちょっと分からないのは、その憲法前文と個々の条文との関係なんですが、憲法前文というのはあくまである意味での政治宣言的な意味合いが強くて、法的な性格は持ちながらも法的な根拠がどこまで持てるのかということに対しては、私は、日本の責務、我が国の貢献ということをきちっとやっぱり条文化するということがやっぱり必要ではないかなというふうに思います。
 そういう意味では、少し今の我が国の憲法を考えますと、そういう意味での国際的な安全保障における関与という部分が具体的な条文に盛り込まれる必要があるんではないかなというふうに思いますが、その辺、坂本参考人にまずお伺いしたいなというふうに思います。
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坂本義和#16
○参考人(坂本義和君) 私も国際貢献という言葉は余り使いませんが、国際的な責任ということを条文化するということ自身は私は別に異論がございませんが、その場合の国際とは何を意味するかというのは、戦後日本の歴史を見てみますと、そう簡単ではない。現に、対米協力が優先するのか、国連を重視するのが優先するのかという、その非常に一種のジレンマに当面しておりますですね。
 だから、国際という言葉が一体何を意味するのかということをはっきりしませんと、そのいわゆる集団的自衛権というものを認める方向に行くのか、それとも多国間、いわゆるマルチラテラリズムですね、多国間の協力という国連的な国際機構というものに協力するというのか、そこの区別がはっきりしていれば、私はおっしゃることに別に異論はございません。
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若林秀樹#17
○若林秀樹君 ありがとうございました。
 では、その今おっしゃられたところに関連して、明石参考人にお伺いしたいと思います。
 今、対米重視なのか、国連との関係を重視すべきなのかというお話がありました。もう既にお答えになっていると思うんですけれども、やっぱり国連中心主義というのは、私はこれからも我が国外交のやっぱり基本ではないかなというふうに思っております。しかし、一方、我が国の安全保障を考えた場合に、我が国の視点から見たときにどうこの考え方として整理すべきなのかということについて、これまで四十年間国連で活躍された明石参考人の実務を基にした経験をお伺いしたいと思います。
 私は、今回の我が国のイラクへの対応を見ましても、やはり安保理がそれなりの国の思惑で動かざるを得ない。そして一方で、やっぱり拒否権を持った常任理事国が現実にやっぱり存在すると。その中で、国連中心主義をうたいながらも、最後の最後までの我が国の安全保障をそこにゆだねるということに対してはどうなのかということは、一方ではやっぱり議論すべきところがあるんじゃないかなと。
 その辺について、我が国から見た場合にどういうふうに考え方をこれを整理していいか、ちょっとお伺いしたいなというふうに思います。
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明石康#18
○参考人(明石康君) ありがとうございます。
 私は、国連尊重といいますか、国連主義というものは我が国の外交の幾つかの少数の柱の一つであり続けるべきだと思います。しかし、国連第一主義が看板になってしまっては困りますし、また外交の実態は必ずしも国連中心主義とは同じではありませんでした。
 そういうことで、基本的な我が国の憲法の精神に立ちながら、その理念と国連の理念との合致点を求めながら執拗に行動していくことが必要であり、その一致点と合致点というのはたくさん探せばあり得るのだと思います。
 そういうことで、我が国の広義の国益というものと、国連を強化していく、国連を活用するという二つのそういう問題意識をできるだけ一致させるようにしながら行動していくのがいいのではないかと思います。
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若林秀樹#19
○若林秀樹君 ありがとうございます。
 そういう意味では、できる限り国連の動きに対して一致するように我が国としても積極的に働き掛け、一致するように努力をしていくと。ただ、最終的な判断においては必ずしもそれに従うかどうかという部分においては、最後の安全保障においては、そこは留保すべき点がやっぱりあるという御意見だったというふうにお伺いしますが、もし違うんであればお答えいただきたいと思います。
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明石康#20
○参考人(明石康君) 若林先生のそういう御了解でよろしいと思います。
 できるだけ国連のそういう意向、意思、決議を尊重しつつも、例えば国連総会決議というのは勧告でありまして、安保理決議と違いまして拘束力があるものではありませんので、安保理の場合も先ほど申し上げた五十一条の自衛権というのは一つの例外規定ということになりますので、国家、本当に国家のバイタルな利益に関することに関しては安保理決議がない場合でも我が国が、ないしは我が国がアメリカと韓国と協調しながら行動するということは当然あり得ることだと思うんですね。
 ですから、国連のお墨付きはあればあるにこしたことはないけれども、それがなければ全く行動できないということでも困る事態があり得るというふうに思います。
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若林秀樹#21
○若林秀樹君 ありがとうございます。
 それでは、五百旗頭参考人にお伺いしたいなというふうに思っているところでございます。
 憲法九条における自衛権を認めるものか、戦略、戦争を放棄するものか、その辺のお話がありまして、先ほどケーディス修正等のお話を伺いました。非常に今回いろいろ資料を読んで、そのときのやっぱり政治の空気なり置かれた状況が非常に手に取るようにというとちょっと大げさですけれども、非常に分かるような気がして、結果的に今回の歴史を作った一番大きな原点ではないかなという感じがしております。
 そこで、ケーディス修正というものが自衛権の、自衛権というものを認めながらも、明確にそこにあえて明示的表現にしなかったということが私はその後の運命をたどる大きな要因を作ったんではないか、それによってやっぱりその時々の情勢の変化によって逆に日本政府がそれを使うことができたなという感じはしております。
 そのときに、その自衛権といった場合に、歴史学者として集団的自衛権という考え方がケーディス側の頭の中にそれはあったのかどうか。これは推測になると思いますけれども、これまでの歴史を研究された五百旗頭参考人としてどう思われるか、その辺についてちょっと、私の少し興味かもしれませんけれども、お伺いしたいなというふうに思います。
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五百旗頭真#22
○参考人(五百旗頭真君) ありがとうございます。
 大変そういう踏み込んだ歴史のひだにまで御関心を持たれて、御同慶の至りでございます。
 ケーディスの段階では既に国連憲章というのが問題になっておりました。で、参考資料にも書きましたように、幣原首相も、それから憲法の日本側の起草責任者で当初ありました松本烝治国務大臣も、それから金森国務大臣、これは国会において憲法制定の答弁に立った人でありますが、その人たちは皆、国連憲章を意識し、その中で国連憲章が語るところの、侵略行動を制止し処罰する国連加盟国による共同行動、それに日本がもしこのような第九条を持ったら参加できなくなるじゃないか、そうすると国連加盟を阻害するのではないか、十全に義務を果たし得る憲法にしておかなきゃいけないんじゃないかということを気にしたようですね。
 その上で、しかし日本の場合には、言うならば大きなとがのあった当時存在であって、そのような、国連が全体としてやる安全保障行動への参加云々というのはまだ早い、それよりもまず十分に平和志向に生まれ変わったということを示す必要があるという判断を総司令部側でも基調としたというふうに推されますし、ケーディスが意識していたということは間違いなくインタビューで確認しましたけれども、しかし、にもかかわらず、平和的というのはマッカーサーが特に重視をし、そして吉田首相は、それに沿うことが、この苦難の亡国という、国を失った社会がもう一度よみがえるときの国際的信任、国際的なある種の共感、親和性がなければもう一度立ち上がれないわけですね。
 それをやるために、言わば外交条約的な意味を持ってこの憲法を作る必要があるというわけで、その瞬間には殊更に平和主義的でなきゃいけない。そのためには、国連加盟の際の条件としてマイナスになるかどうかということは、今の時点ではそこまで突き詰める段階ではないというので、これをあえてのみ込んだというふうに見ております。
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若林秀樹#23
○若林秀樹君 その関連でもう一回、五百旗頭参考人にお伺いしたいというふうに思いますけれども、やはり九条というその解釈をめぐって様々な議論がこれまでにありました。今お伺いしても、二条については削除すべきだ、いや今でいいんだというお話もありますし、冷戦時代は様々な憲法学者が、自衛隊さえ違憲だという解釈が現実的にはあったわけですね。
 やっぱり運命的にそういう不明朗にしたというのは、その時点での判断かもしれませんけれども、これだけやっぱり解釈によって、その時代によって変わるというそのこと自体が私は問題ではないかと思いますし、国内外から分かるような、我が国安全保障上の政策の基本をきっちり変えるという意味では、九条はやっぱり変える、分かりやすく。その精神は変えずに、分かりやすくやっぱり変える必要があるのかなと思いますが、その辺、御見解をお伺いしたいと思います。
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五百旗頭真#24
○参考人(五百旗頭真君) 御見識だと思います。
 大きく見ますと、あの敗戦の瞬間に日本が、国際的及び国民的でもありますが、信任を取り戻すために、あれほどの徹底した、ある意味で自衛権まで疑われるような、そういうものを作ったことは全く間違っていたとも言えないと思うんです。いずれにせよ、そのような能力の持ちようもない状況でした。そして、独立し、冷戦下において日米安保条約の下での経済国家としての発展、平和的発展というのを基調に置いたその選択も間違っていないですし、そのような下で自衛力以上の能力を持ったり、あるいは国際関与を持とうとすることがまずは意味がない、合理的ではないと思われる時代を歩んできたわけですね。
 と申しますのは、冷戦期というのは米ソという二超大国が極度に突出していて、それに対して他の国がどういう軍備を持つかというのは非常に、もうほとんどネグリジブルである。そういう場合に、一方のアメリカとの同盟関係を結んで大きなところは押さえにするという判断は間違っていないわけで、その意味で、冷戦下はおおむねそれで大きな問題はなかった。
 しかし、冷戦が終わりまして、一方で一極突出ということがありますけれども、他方で、それぞれの国が自らの安全保障に対して、つまり西と東の二つのグループの中でというんではなくて、独自に安全保障をもっと真剣に考えなきゃいけない状況が生まれ、それが九〇年代の相次ぐ危機の我々が体験してきたところですよね。朝鮮半島もあれば台湾海峡もあり、湾岸もありと。そういう状況において、我々は今、あの今までの経緯をたどって、おかしなところはあったがそれなりに状況との適合性もあったというのを過去にしたわけですね。
 したがって、今そのような過去の解釈に縛られて動くのではなくて、自ら主体的に、この状況の中ですっきりした憲法に作り変えるという御意向は誠に御見識で、私も同様に考えております。
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若林秀樹#25
○若林秀樹君 ありがとうございます。
 時間的にもしかしたら最後になるかもしれませんけれども、明石参考人にお伺いしたいと思います。
 PKO法ができて昨年でちょうど十年という節目を迎えるに当たりました。これまで様々な紆余曲折を経て、幾つかの法改正を経て今日に至っているんですが、明石参考人から見てのこの十年間の我が国のPKOに対する評価をお伺いしたいと思います。そして、将来的な課題として、五原則の改定も含めましてどうあるべきかということを残りの時間、十分に時間ありますのでお話しいただければ、といっても三分ぐらいですかね。
 よろしくお願いを申し上げます。
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明石康#26
○参考人(明石康君) ありがとうございます。
 私は、一九九二年春、この参議院のPKO特別委員会で参考人としてお話をする機会がありました。PKO協力法ができまして自衛隊の一個大隊がカンボジアに、私が国連から最高責任者として行っておりましたけれども、来てくれたということは本当に涙が出るくらいうれしいことでした。
 当時、若葉マークの自衛隊一個大隊でありましたけれども、その後十年を経て、ゴラン高原、モザンビーク、それからゴマにおける人道支援その他を経験し、自衛隊は昨年東チモールに行きまして、これまた一個大隊の単位として参りまして、大変いい仕事をしていると思います。
 十年を経まして、着実に成長をしてきていると思います。しかしながら、それでいいかといいますと、私は十分ではないと思います。
 我が国と同じく若葉マークで発足したドイツでございますけれども、ドイツはカンボジアに野戦病院を一つ作りました。設備なんかは大変良かったんですけれども、ドイツの医者はマラリアなんという病気はどういう病気かその診断ができませんでした。そういうような状態で発足したんですけれども、今や一万人以上のドイツの兵が、我が国のように国連憲章第六条のいわゆる伝統的なPKO活動に従事するのみならず、第七条の平和に対する脅威を防止するための実力を持った国連のそういう一翼を担った兵力を出しております。アフガニスタンの国際治安支援部隊の指揮をオランダとともにドイツが握っております。それから、中央アジアのジョルジアその他にも出しております。ボスニア、コソボその他にも出しております。
 そういうことで、私は、我が国はいいところまで来ているけれども、ドイツにちょっと水を空けられたなという感じを持っております。
 もちろん、我が国とドイツを安易に比較することはできません。ドイツはEUの押しも押されぬメンバーですし、NATOのメンバーでもありますし、近隣諸国の和解というのもこれに成功しました。我が国が余り活発に国際的に動くと、お隣の中国その他から疑念を持って見られかねません。そういうことで、近隣諸国との外交、信頼醸成もきちんとやりつつ、国連の広がっていく活動範囲に我が国も適応するように活動範囲を広げる必要があります。
 そんなことで、昨年の十二月に総理と官房長官に提出した国際平和協力懇談会の四十の提言をごらんになれば、我々がこういう問題、単に自衛隊の問題のみならず、文民警察官のもっと活発な、これに関しては坂本先生が提唱されるように、もう警察として別組織の、国際活動のための組織を作るべきだということを言っておりますし、何よりも、NGOを始め若い非常に優れた人たちが、二十代の本当にいたいけな女性であっても、本当に世界の隅々まで行って青年協力隊その他として活躍しておると。しかし、日本へ帰ってくると仕事がない。こういう人たちは本当に残念なことなので、こういう人材をもっと長期的な観点から育成していくと。外務省から青年協力隊に、NGOから国連にというふうな多彩なキャリア活動とか経験を経て、この人たちが伸びていくようでないと、欧米の本当にプロのNGOと対抗できるはずもございません。
 そんなことで、やるべきことはたくさんあるのではないかということで、是非ともこの参議院議員であられる皆様方に、日本のこれからの国際活動はどうあるべきかということに関して、十年前の状況を踏まえつつ、また更に第一歩を踏み出していただきたいというふうに考えております。
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若林秀樹#27
○若林秀樹君 質問を終わります。
 どうもありがとうございました。
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野沢太三#28
○会長(野沢太三君) 高野博師君。
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高野博師#29
○高野博師君 それでは最初に、坂本参考人にお伺いをいたします。
 先生が書かれた「テロと「文明」の政治学」という論文を読ませていただきまして、大変興味深く読ませていただきまして、自分の思索も若干深めることができました。それで、あの論文はイラク戦争の前に書かれたと思うんですが、先生の考え方からしますと、今回、日本がイラク戦争において取った対応というのは先生から見て正しかったのかどうか。あの論文で言いますと、イスラム諸国からの信頼感を失って、日本の外交資産である中立性の価値が低減したというふうにとらえておられるのかどうか、まずお伺いいたします。
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