日本国憲法に関する調査特別委員会

2007-05-08 参議院 全300発言

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会議録情報#0
平成十九年五月八日(火曜日)
   午後一時開会
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   委員の異動
 四月二十七日
    辞任         補欠選任
     島田智哉子君     松岡  徹君
     吉川 春子君     仁比 聡平君
 五月一日
    辞任         補欠選任
     福島みずほ君     近藤 正道君
 五月七日
    辞任         補欠選任
     岩城 光英君     岸  信夫君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         関谷 勝嗣君
    理 事
                岡田 直樹君
                中川 雅治君
                舛添 要一君
                広田  一君
                前川 清成君
                簗瀬  進君
                荒木 清寛君
    委 員
                太田 豊秋君
                荻原 健司君
                木村  仁君
                岸  信夫君
                佐藤 昭郎君
                櫻井  新君
                田中 直紀君
                中島 啓雄君
                中曽根弘文君
                野村 哲郎君
                山本 順三君
                大久保 勉君
                小林 正夫君
                芝  博一君
                津田弥太郎君
                那谷屋正義君
                白  眞勲君
                藤末 健三君
                松岡  徹君
                水岡 俊一君
                澤  雄二君
                山下 栄一君
                鰐淵 洋子君
                仁比 聡平君
                近藤 正道君
                長谷川憲正君
   事務局側
       日本国憲法に関
       する調査特別委
       員会及び憲法調
       査会事務局長   小林 秀行君
   参考人
       駒澤大学法学部
       教授       西   修君
       ジャーナリスト
       「国民投票・住
       民投票」情報室
       事務局長     今井  一君
       早稲田大学社会
       科学総合学術院
       教授       西原 博史君
       弁護士
       日本労働弁護団
       会長       宮里 邦雄君
       立教大学大学院
       法務研究科教授
       弁護士      鈴木 利治君
       慶應義塾大学教
       授
       弁護士      小林  節君
       上智大学法科大
       学院教授     高見 勝利君
       専修大学名誉教
       授        隅野 隆徳君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○日本国憲法の改正手続に関する法律案(衆議院
 提出)
○派遣委員の報告
    ─────────────
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関谷勝嗣#1
○委員長(関谷勝嗣君) ただいまから日本国憲法に関する調査特別委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨日までに、島田智哉子君、吉川春子君、福島みずほ君、岩城光英君が委員を辞任され、その補欠として松岡徹君、仁比聡平君、近藤正道君、岸信夫君が選任されました。
    ─────────────
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関谷勝嗣#2
○委員長(関谷勝嗣君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 日本国憲法の改正手続に関する法律案の審査のため、本日の委員会に駒澤大学法学部教授西修君、ジャーナリスト・「国民投票・住民投票」情報室事務局長今井一君、早稲田大学社会科学総合学術院教授西原博史君、弁護士・日本労働弁護団会長宮里邦雄君、立教大学大学院法務研究科教授・弁護士鈴木利治君、慶應義塾大学教授・弁護士小林節君、上智大学法科大学院教授高見勝利君、専修大学名誉教授隅野隆徳君を参考人として出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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関谷勝嗣#3
○委員長(関谷勝嗣君) 御異議ないと認め、さよう決定をいたします。
    ─────────────
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関谷勝嗣#4
○委員長(関谷勝嗣君) 日本国憲法の改正手続に関する法律案を議題といたします。
 本日は、まず、国民投票運動の規制について西参考人、今井参考人、西原参考人、宮里参考人、以上四名の参考人から意見を聴取し、質疑を行います。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多用のところ本委員会に御出席いただきまして、誠にありがとうございました。
 参考人の皆様方から忌憚のない御意見をお述べいただき、今後の審査の参考にしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いをいたします。
 議事の進め方について申し上げます。
 まず、西参考人、今井参考人、西原参考人、宮里参考人の順にお一人十五分程度で順次御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えをいただきたいと存じます。
 なお、参考人の方々の御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、早速、西参考人からお願いいたします。西参考人。
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西
西修#5
○参考人(西修君) よろしくお願いします。
 御紹介をいただきました西でございます。このような席でお話をさせていただく機会を得ましたことを光栄に存じます。私に与えられました時間は十五分程度という限られた時間でございますので、早速本題に入らせていただきます。
 まず、今国会で日本国憲法の改正手続に関する法律案が成案を得ようとしていることに歓迎の意を表したいと思います。言うまでもなく、憲法第九十六条は憲法改正のための具体的な法律を当然に予定しているのであって、本来、もっと早い段階で実現されているべきでありました。ともあれ、六十年間の立法の不作為状態の解消が図られようとしていることは喜ばしいと考えます。
 さて、本日は主に国民投票運動の規制という側面から意見を求められておりますので、若干の所見を述べさせていただきます。主要な論点は、一、公務員の政治的行為の適用除外、二、公務員等及び教育者の地位利用、三、テレビ、ラジオに対する放送法への留意の三点になろうかと思います。
 私の所見につきましては、お手元の今年三月十六日付けの読売新聞「論点」で述べたところであります。当時は、自由民主党、公明党、民主党の共同修正が盛り込まれたとする与党修正案、これは昨年十二月十四日付けのものでありますけれども、この与党修正案が提示されていました。その内容を読み、公正性のルールが欠けているのではないかということを指摘したものであります。
 ここで、あらかじめ私の基本的立場を申し上げれば、憲法改正のための国民投票は国の最高法規たる憲法改正案に対し国民一人一人がその賛否を投じる極めて重大な事柄であり、一方で、本法案第百条に定められているように憲法の保障する国民の自由と権利を不当に侵害しないように留意しなければならず、他方で、国民投票運動を展開するに当たり、その政治的混乱を避け公正さを確保しなければならないというものであります。そのような立場から、与党修正案に幾つかの問題点があることを指摘した次第であります。
 すなわち、第一に、同案では公務員の国民投票運動へのかかわりが国家公務員法及び地方公務員法で禁止されている政治的行為から適用除外されることが明記され、全く自由とされていました。この公務員には、裁判官、検察官、公安委員会委員、警察官といった特定公務員も含まれます。要するに、これらの公務員は一般国民と同じく憲法改正の賛否について、組織的な活動をしたり積極的に勧誘したりすることが完全に自由であるという内容でした。しかし、この三月二十七日に提出された与党併合修正、つまり本法案では、公務員の政治的行為の適用除外が本文から外されました。これは、この法案のポイントの一つであります。私の所見に合致するものであって、当然に支持いたします。もちろん、公務員が憲法改正問題に関し個人的に自らの賛否の意思を投票行動で示すことは全く自由であります。しかしながら、そのような行動と公務員という立場で国民投票運動へ積極的に関与するのとは次元を異にする問題であります。
 御存じのように、日本国憲法は第十五条第二項で、公務員は全体の奉仕者であることを明記しています。そして、公務員には、政治的偏向を廃し行政の中立的運営を図り、何よりも政治的中立性が求められることは最高裁判所が判示しているところであります。
 最高裁判所大法廷判決、昭和四十九年十一月六日のいわゆる猿払事件判決でございますけれども、同判決は次のように述べています。もし公務員の政治的行為のすべてが自由に放任されるときは、おのずから公務員の政治的中立性が損なわれ、ためにその職務の遂行ひいてはその属する行政機関の公務の運営に党派的偏向を招くおそれがあり、行政の中立的運営に対する国民の信頼が損なわれることは免れない。行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保するため、公務員の政治的中立性を損なうおそれのある政治的行為を禁止することは、まさしく憲法の要請にこたえ、公務員を含む国民全体の共同利益を擁護するためのものであって、その目的は正当なものと言うべきであると。
 これが猿払事件の最高裁大法廷判決の、ちょっと抜粋してきたところでありますけれども、私は、憲法改正の是非をめぐる問題はすこぶる政治性の高い問題だと思います。選挙運動は様々な政党があり政党支持者間でチェック機能の働く余地がありますが、憲法改正は賛成か反対かの二者択一を求められます。そのような政治的性格の高い問題に対して、公務員の活動を無条件に認めてよいとは考えません。その意味で、本法案において公務員の政治的行為の適用除外を本文から削除したことは適切な措置と考えます。
 ただし、本法案についてまだ三つの点が懸念されます。
 一つは、公務員の政治的行為の適用除外規定は、本文からは削除されたものの附則第十一条で、この法律が施行されるまでの間に、公務員が国民投票に際して行う憲法改正に関する賛否の勧誘その他意見の表明が制限されることのないよう、公務員の政治的行為の制限について定める国家公務員法、地方公務員法、その他の法令について検討を加え、必要な措置を講ずるものとすると定められていることであります。その具体的中身がはっきりしませんが、もし公務員の政治的行為の制限を撤廃するようであれば、何のための本文からの削除か分からないという結果を招くことになります。
 二つに、地位利用に関する禁止との関連で、従来包含されていた裁判官、検察官、公安委員会委員、警察官といった特定公務員が削除されたことであります。私は、上記の特定公務員についても本来的にはその地位利用を禁じるべきだと思います。なぜならば、上記の特定公務員は、それぞれ強制力と、その行為には強い影響力があると考えるからであります。
 ただ、例えば裁判官については、裁判所法第五十二条第二項で、裁判官は、在任中、政治運動をすることを禁じられています。実際に、裁判官がある法案に反対して集会に参加し発言したことが問題になった事案に関し、最高裁判所は平成十年十二月一日、同条項は、裁判官の独立及び中立、公正を確保し、裁判に対する国民の信頼を維持することの必要性から合憲であるとの判断を下しています。特定公務員の職にある人々には、自らの職の重大性を認識して慎重な行動を求めたいと思います。
 三つに、教育者について、学校の児童生徒及び学生に対する教育上の地位にあるために特に国民投票運動を効果的に行い得る影響力又は便益を利用して国民運動をすることができない、百三条二項でありますけれども、とのみ定められ、公職選挙法と異なり、違反者に対して罰則、刑事罰が設けられていません。
 教師には、様々の考え方の持ち主がいます。静穏たるべき学校が、場合によっては父母まで巻き込む騒擾の場と化すのではないかと恐れます。これについては、限度を超せば懲戒処分、行政罰の対象になるわけですから、適切な措置を講じることにより、静穏の場としての学校がくれぐれも扇動の場と化すことのないように運用されることを望みます。
 第二に、私は、前記「論点」の中で、マスコミ、とりわけテレビ、ラジオの報道の在り方に触れました。昨年十二月十四日の与党修正案の段階では何らの規定もありませんでしたが、これも現在提出されている本法案で第百四条が新設され、テレビ・ラジオ放送の業務を行う者は、国民投票に関する放送については、放送法第三条の二第一項の規定の趣旨に留意するものとするとの規定になりました。
 このような規定が入れられたこととの関連で、萎縮効果があるのではないかとの反対がありますが、放送法に既に存在している規定に留意するということですから、何らの問題もないと考えます。テレビやラジオの影響力の大きさにかんがみて、その報道の公平さが最大限確保されなければなりません。
 このほか、罰則規定は概して公職選挙法を準用していますが、公職選挙法より構成要件をかなり限定しているように感じられます。その点でおおむね支持できます。
 最後に、憲法改正のための法律作りにおいて最も大切なことは、国民に対して何が論点であるかを静かに自由に、かつ深く考える環境を公正のルールにのっとって整えることであります。
 以上、私は本法案について、若干懸念するところもありますが、総体的に、公務員の政治活動の適用除外が本文から削除されたこと、放送法への留意事項が新設されたことなどから、支持を表明するものであります。
 御清聴ありがとうございました。
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関谷勝嗣#6
○委員長(関谷勝嗣君) ありがとうございました。
 次に、今井参考人にお願いいたします。今井参考人。
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今井一#7
○参考人(今井一君) 私は、衆議院の方の憲法調査特別委員会には、参考人あるいは公述人として三回発言の機会を与えていただいております。今日参議院は初めてなものですから、本題について語る前に、最初に私の立場について、あるいは姿勢について若干お話をしてから本題に入りたいと思います。
 まず、私たちは三年前、二〇〇四年の四月に、真っ当な国民投票のルールを作る会という市民グループを立ち上げました。ここには、九条でいえば、九条改憲派の人もいるし九条護憲派の人もいます。主に弁護士、地方議員、それから首長、ジャーナリスト、そういう方々で、どういうルール作りをするのが一番いいのかと、どういう内容がいいのかというのを議論を重ねてきました。具体的な名前を言えば、慶應大学の小林節さんとか、少し前に市長を辞められましたけれども、東京都国立市長の上原公子さんとか、そういう非常に著名な方々も含めて、名前だけじゃなくて実質的に参加して議論を重ねてきました。あるいは、スイスやフランスに行って、現地のルールについても調査をしてきました。
 その上で、二年前の二月二十八日にいわゆる市民案というものを取りまとめて、ここにおられる関谷委員長あるいは衆議院の中山太郎委員長に、これを立法府に反映させてほしいということで要請を行いました。それからもう二年が過ぎたということです。今もその気持ちは変わっておりません。だから、今日こうやって直接発言する機会を与えていただいて大変光栄に思っております。
 それから、二番目に行きます。陳述要旨の二番ですけれども、これは私個人の考え方ですけれども、会としてじゃなくて。憲法改正手続法の審議が行われているわけですけれども、この制定についてはこんなふうに考えています。
 立法府、国会議員が公平かつ合理的な憲法改正手続法の制定を怠ったり阻んだりする行為は、国民の憲法改正権を侵害するものだと思っています。国会議員がなすべきことは、私たち主権者の憲法改正権の行使を具現化する法律の制定を阻むことではなく、公平で合理性に富んだルール作り、立法のために邪心なく幅広い合意形成に尽くすことであり、個人あるいは党としての改憲、護憲の姿勢や目先の選挙戦略等にとらわれる行為に終始してはならないと考えています。それは、ここにおられる議員の皆さん方全員がそういうふうにお考えになっていらっしゃると思います。
 この間、衆議院から参議院に審議が移ってから、インターネットテレビでも今中継ずっと見ることができますので、参議院の審議の模様は、私はもうすべて自宅において見聞きさせていただいております。ライブラリーでももちろん見れるんですけど、結構白熱しているものですから、つまらないテレビ見るよりもよっぽどおもしろいので。前川さんが座っていらっしゃいますけれども、前川さんが野党議員であるにもかかわらず、民主党の議員なのにもかかわらず、憲法上疑義があるというのはどこなんだと、最低投票率、それを発議者に突っ込んで聞いたり、結構ガチンコでやっていますから、それも聞かせていただいています。つまり、皆さん方の真剣度の度合いを肌で感じていますし、今後も目先の選挙戦略とか党の、政局とか党利党略にとらわれずに審議を重ねていただきたいというふうに思っております。
 それから、本題に入ります。
 テレビ、ラジオのスポットCM規制についてですけれども、先ほど申し上げた真っ当な国民投票のルールを作る会が市民案を作るときに、もう最初に私たちは、テレビのCMについてはこれを法規制すべきだという案を作りました。それには理由があります。一つは、スイスに行って、その調査の結果に基づくものです。
 スイスは、新聞、雑誌などに意見広告を出すのは全く自由です。私が現地である国民投票のときに取材をしたときも、これは高速道路の建設のことだったんですが、道路業界の人たちは毎日新聞に意見広告を載せていました。一方で、お金の余りない環境グループはほとんど載せられないという状況でした。しかし、CMの場合は一切流れていませんでした。理由を聞いてみたら、マインドコントロールに主権者を落とし込む余地があるからだ、可能性があるからだと、だから活字は許しても放送は許さないというのが当局の答えでした。あるいはメディア関係者の答えでした。
 時間がありませんので、もう一つの理由は後で質疑応答のときに述べたいと思いますけれども、私自身が一九九三年の、先ごろ亡くなられましたけれども、エリツィン大統領が行った四つの項目に関する国民投票、エリツィンを支持するかどうかとか市場経済に持ち込むかどうかという、その現場に私がいて、私、当時モスクワのアパートに住んでいたんですけれども、ダー・ダー・ニエット・ダー、ダー・ダー・ニエット・ダーと、朝から晩まで国営放送を使ってダー・ダー・ニエット・ダー、今でもこびりついています。この前、共同通信の当時記者やっていた松島君に会ったら、松島君も頭から離れないと言っていました。それぐらいひどいものです。だから、そういうこともあって、やめた方がいいんじゃないかというふうに考えました。
 ここにも書いていますけれども、理想的には、立法府が法規制をするんじゃなくて、メディアにかかわることは自主規制が望ましいと思っています。しかし、残念ながら、この間、民間放送連盟あるいは民放労連、この幹部の人たちと会ってみても、自主規制案を作る気配は全くないし、それに着手した気配もありません。自主規制案を提示して、立法府にこれでいってほしいと、だから法規制やめてくれと言うんならともかく、自主規制案を作っていない状態でやめろと言っても、これは筋が通らないんじゃないかというのが私の意見です。
 ただし、いったんここで法規制した後、三年の経過期間中にだれもが納得できる自主規制案を労使が一体となって作れば、再度立法府で検討していただけないかというのが私の考えです。
 それから、もどき、類似の内容を持ったCMについては、後ほど質疑応答のときに資料も提示して紹介したいと思っています。
 公務員法制上の政治的行為の制限等に関する規定の適用除外ですが、これはちょっと難しい問題なので読ませていただきますが、国民投票運動と憲法に関する一般的な意見表明については、公務員の政治的行為の制限を適用除外とする、これは昨年末の時点での自民、公明、民主三党の合意事項でした。公務員が主権者として原則自由に国民投票運動に参加できることを、国民投票法制のみならず、様々な公務員法制においても明確に担保し、保障するための適用除外であったと私は認識しています。にもかかわらず、こうした合意形成を壊し、併合修正案が、私にとっては後退と映るんですが、後退を見せたことについてとても残念に思っています。私は、併合修正案の事前審査段階で削除された適用除外規定を参議院において復活させるべきだと考えています。
 そうした意見は意見であるんですが、それとは別に、いわゆる労働組合や弁護士の方々が言っているこの問題についての意見についても私はちょっと一言申し上げたいことがあります。
 それは、本来、この問題の抜本的解消というのは、国民投票法の中にどうするか、何を盛り込むかということではなくて、国家公務員法、地方公務員法を始めとする様々な法律に記されている政治的行為の制限を緩和あるいは撤廃する法改正によってなされるものだと考えています。国民投票運動における公務員の政治的行為の制限に異議を唱える市民や議員がその主張のみを繰り返すだけで、前述の法改正を現在強く主張したり、具体的かつ本格的な行動を起こさないことについては疑問を抱いています。
 適用除外事項を盛り込めと言うんだったら、併せてそういった運動や主張を行うべきじゃないかと。国民にとってはそれが非常に分かりやすいことだと思います。先般、メーデーが行われましたけど、メーデーのときにこれを訴えている集会を見たことがありません。にもかかわらず、この中にそれを、適用除外だけを盛り込めというのはいささかおかしいんじゃないかと、そういう気がしております。
 それから、五番、民による民への干渉にも目を向けるべし。
 私は、一九九六年の八月四日に新潟県巻町で日本で最初に住民投票条例制定に基づく国民投票が行われて以来、様々な住民投票を現地取材しています。この十年間で住民投票は三百七十件行われています、すべて条例制定に基づくものですが。この中で、最近では少なくなってきましたけれども、本当にひどい、行政とかそういうところからの圧力じゃなくて、民同士がひどい圧力を掛けたりしていることが実際にあります。例えば、五〇%ルールが設定された徳島や岩国では投票に行かせないという、行かないようにしましょうというそういう優しいものじゃないんですよ、行ってはいけないと、これを無効にしてしまうんだと。だから、おれは投票所で見張っているからなと。おまえ来たら、おまえのところの飲み屋にはもう絶対行かないとか、おまえのスナックはもう使わないとか、本当にこういうことが実際に行われているということです。
 それから、五〇%ルールが適用されていなかった巻町や、沖縄の県民投票や名護の市民投票でも同じようなことが民同士で行われました。例えば、ある銀行に勤めている若い女性銀行員が、今度投票に行こうねと自分の自由時間に同じ会社の仲間にメールを打っただけで上司から呼び出されてとんでもないとしかられたことがあるんですね。
 私が言いたいのは、メディアを法でルールで縛るということだけじゃなくて、こういった民同士の脅しとか圧力とか、これが相当ひどい状態になったときにどんなふうにそれを抑制するのかということについても立法府の方でお考えいただけないかということです。
 それはそれとして、しかしやっぱりそういったことをなくす一番のかぎを握っているのは、私はメディアだと思っています。報道者がそういった事実をきちっと伝えて、そういったことはいけないんだ、駄目なんだと、民主主義や市民自治を侵すんだ、損なうんだということを懸命に報道して国民に啓蒙する役割を果たさなければいけないと思っています。
 そういった意味で、六番の報道者と国民による監視と批判が重要だということも話したいと思います。
 先ほど、公務員法制の問題ありましたけれども、これ、いろいろ危惧をすれば、あるいはこういう可能性もあるんじゃないかといえばもう切りがないんですよね。結局は、国民投票法、憲法改正手続法の内容だけの問題じゃなくて、それを運用する政府、権力の性向の問題にもかかわってくると思うんです。これをごちゃ混ぜにして論議すると問題が見えてこないと思います。
 私は、フランス政府が、最近もサルコジとロワイヤルの大統領選挙が行われましたけれども、〇五年の五月二十九日に行われた国民投票のときの話をちょっとしたいんですが、これ、ポスターは、舛添さんもよく御存じだと思いますけれども、フランスの場合は公共掲示板にしかこういうふうに張ってはいけないんですね。各政党ごとにこれは割り当てられているわけです。こういうものが、これはウイの方ですけれども、こういうふうに、まあこういうのが使われると。公共掲示板に張るというのは、要するにこういう形で張られるわけですね。指定の番号のところへ張るわけです。社会党は社会党、共産党は共産党と。ウイかノンかを張るわけですよね。公共掲示板以外のところに張ったら違法行為になるんです。
 ところが、これをごらんになったら分かるように、銀行の壁だとか、それからカフェの壁だとか、大学の構内あるいは横とか、もうありとあらゆるところにウイとノンがべたべたべたと張ってあるわけですね。このことについて逮捕者が出たかといったら、出ていないわけなんですね。だから、同じ日本とフランスで、あるいはよその国も、全く同じルールを適用していても、政府によって逮捕したりしなかったりするわけです。だから、単にルールの問題じゃなくて、それを運用する政府の性格、性向の問題もかかわってくるんじゃないかというふうに考えています。
 そういったことも含めて、後の質疑で詳細、細かいことについてはできたらお話をしたいというふうに思っています。
 最後に、今日は直接関係ないかもしれませんけれども、ボイコット運動と最低投票率についても、インターネットで中継を見聞きさせていただきましたら、発議者の赤松さんの方とか質問者の仁比聡平さんの方から具体的に私の名前が出て、ボイコット運動について言っているのは今井一さんだけじゃないかというふうに言っていただいたこともありまして、もしそういう機会がありましたら、今日、本人が来ているものですから、何か私に質問があれば、最低投票率のことやボイコット運動のことで、どなたでも結構ですので、質問していただければ答えたいと思っています。
 以上です。
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関谷勝嗣#8
○委員長(関谷勝嗣君) ありがとうございました。
 次に、西原参考人にお願いいたします。西原参考人。
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西
西原博史#9
○参考人(西原博史君) 御紹介いただきました西原でございます。本日は、重要な法案審議におきまして意見陳述の機会をお認めいただきましたことを深く感謝しております。
 私は、憲法学を研究する者として今日ここに参ったつもりでおりまして、その観点から、憲法改正、国民投票の在り方をめぐる幾つかの点について私見を申し述べさせていただきます。
 インターネットの中継等々、これまで審議経過をずっと拝見してまいりましたけれども、正直、なお根本的な諸問題について十分な議論がなされていないのではないかという印象をぬぐえないでおります。特に、今日のテーマであります国民投票運動について、基本線において公職選挙法の発想を受け継ぐ枠組みというものは、憲法改正国民投票というものの本質とかなりのずれを見せているのではないかという危惧を抱いておりまして、それらの点についてもなお国民全体を巻き込んだ慎重な審議が必要なのではないかというふうに考えております。
 大上段に振りかぶった物の言い方で恐縮なんですけれども、憲法改正国民投票という制度は、日本国憲法の国民主権原理の中で極めて特殊な位置を持っております。日本国憲法は基本的に議会制の構造を採用しているわけで、国民が一つの意思主体となって決定を下すという場面は憲法改正国民投票の場合にしか想定されていません。その憲法改正国民投票は、代表者を選びあるいは罷免するといった選挙とは本質においてかなり構造の異なるものだということになります。
 選挙の場合、人を選ぶために便宜的に投票という手段を用いているという側面がございまして、そこでは具体的な意思を持つ国家機関としての国民という存在が立ち現れてくるということではございません。それに対して憲法改正国民投票においては、国民という一つの団体、実際には有権者団という形で行動するわけですけれども、その国民という団体が特定の意思決定を任務とする国家機関として機能するということになります。そして、国会はその国民に対する提案者としての資格において行動するということが一つの特徴なわけです。
 日本国憲法は、議会制の構造にあえて強烈な例外を持ち込んでまで、なぜ憲法改正に当たってだけこうした特殊な意思決定の役割を国民に割り振ったのでしょうか。
 これは、この問いに答えを出すことはそう難しいことではありません。憲法改正という事柄の本質上、国会の三分の二という特別多数決をもってなお配慮されていない国民各層の多様な見解による吟味にゆだねなければならないということを考えているからというのが恐らくその答えでしょう。そのため、国民投票の実施に当たっては、ただ国会における発議に向けた審議で明らかになった論点について国民の判断を求めるというだけでは足りず、国民自らがいまだ明らかになっていない論点を発掘し検討をし尽くすということが必要となるわけです。
 こうした点を考えれば、例えば政党というものの機能は、選挙の場合と憲法改正国民投票の場合で全く異なるということが明らかになります。選挙の場合には、民意を集約する形で候補者と選挙民を媒介する政党の働きは不可欠なものと位置付けられるでしょう。それに対して憲法改正国民投票の場合、政党を通じて媒介された民意は既に発議過程で配慮済みということになりますから、政党を通じて媒介されていない部分、そして媒介し得なかった多様な見解、多様な利害関係に配慮すると、そしてそれを踏まえた総合的な判断を行うということが国民としての大きな課題となるわけです。
 私が最初にこれまでの審議、なお不十分な点があるかもしれないと申し上げたのは、このような憲法改正国民投票というものの日本国憲法の中での位置付けを踏まえた上でのことになります。
 以下、今日のテーマであります国民投票運動に関して、幾つかの点で具体的な帰結を御紹介させていただければというふうに思います。
 まず最初に、大きな枠組みとして、憲法改正国民投票が国民という主権的国家機関の意思決定であるという属性に伴う幾つかの問題があるということになります。
 まず第一に、国民投票運動期間の問題があります。与党併合修正案はこの期間を最短六十日まで国会が短縮してよいというか、六十日まで切ってよいという可能性を認めておりますけれども、先ほど申しましたように、国会審議でなお明らかになっていない論点まで検討するという上での国民投票が必要だと考えるならば、六十日というのは明らかに短過ぎるということが指摘できるように思われるわけです。
 さらに、この主権的国家機関である国民の意思決定という観点で申しますと、やはり最低投票率の問題というのは一定程度配慮を必要とするのではないかということになります。選挙の場合、投票率というのはあくまで便宜的な選出手続の正統性にかかわる事実上の問題なのですけれども、そこでは例えば棄権する選挙民の自由をも含めた考察が必要になってくるでしょう。それに対して、国民という具体的な国家機関が構成され、そこでの決定が行われるときには、これは最低投票率あるいは参加率の問題は機関決定としての質を持っているかどうか、その点にかかわる問題になってきます。選挙においては定足数という考え方は必要ないでしょうけれども、機関決定としての憲法改正国民投票において同じことが当てはまるわけではないということを考えに入れておく必要があるように思われます。
 第二に大きな論点、二つ目になりますけれども、国民投票運動に関して政党というものにどういう役割が期待されるのかという点についても若干の考察の余地がございます。
 既に指摘しましたとおり、国民投票運動の中において必要なのは、発議に至る過程の中で必ずしも十分に配慮されていない観点まで取り込んだ総合的な検証作業だということになります。その点において、例えば与党併合修正案百六条四項及び百七条四項に言う政党による賛否の意見の放送あるいは広告については、それが仮に同時間同分量という一見公平なルールを踏まえたように見えるものであっても、むしろ国民による審議を特定方向に誘導し、効果的な討論を阻害する危険があるのではないかという観点がなお残っております。
 特に危惧されるのは、この賛成、反対の意見表明が両議院の議長が協議して定めるところにより国民投票広報協議会の活動として行われることです。国会は国民との関係においてあくまで提案者としての立場において行動するわけであり、賛否の議論をリードする役割までもが国会あるいは国会に付随して活動する政党という存在に期待されているわけではないということを確認せざるを得ないような気がします。そうでありながら、国民投票広報協議会が主要な論点設定の機能まで引き受けようとするのは、憲法改正国民投票における主権的国家機関としての国民の活動をむしろ妨げるものとなっているのではないかという危惧があるわけです。
 大きな論点の三つ目として、狭い意味での国民投票運動に対する制限の問題があります。選挙運動はあくまで候補者が主体になって支持を呼び掛ける運動ですが、国民投票運動は、その本質において国会であれば審議に該当する主権的機関内部の決定作成過程そのものであります。その意味で、国民投票運動という呼び名そのものがある種、場違いの事柄の本質を逸脱したとんちんかんな用語法ということさえ言えるかもしれません。公職選挙法の枠組みを参照したこと、それ自身に一定の問題があるというふうに私が先ほど申し上げましたのはこういう前提に立ってのことであります。
 ここでは国民投票運動という言葉を便宜的に使い続けますけれども、この国民投票運動が国民という機関内部の決定作成過程そのものであるということからしますと、ここで国民の自由な討論を阻害するような法制度上の規制は極めて不適切であり、また憲法二十一条の表現の自由に違反する疑いが強いということを指摘せざるを得ないわけです。
 これは若干私個人の問題を含みますが、私個人の職業上の立場から特に困っているのが、与党併合修正案百三条二項の教育者の地位利用による国民投票運動の禁止規定です。私も学校教育法上の学校に勤める教育者の端くれで、その中で大学で憲法を講じて日々の糧を得ているわけですけれども、この憲法の中で憲法改正に係る論点を回避することは恐らく可能ではないように思われるわけです。憲法改正で具体的な論点とされた項目を含む授業内容で、現行憲法が踏まえている論理、踏まえている構造を紹介することすらもが憲法改正に反対の影響力利用だというそしりを受けかねないわけです。
 また、例えばテレビの討論番組に招待されたときに、憲法学を専門とする私は出席が許されるのかどうか。何しろ私の学生との関係では、テレビ画面を通じた影響力というものもあり得るというふうに考えられるわけです。
 このような指摘は半分冗談を含んでおりまして、もちろん法案の規定がそこまで教育者の自由を制限する趣旨で起草されているということではないと信じております。また、そもそも罰則がないのだから杞憂にすぎないということもある程度正統性を持った言い回しになっております。しかし、罰則規定がないからそれでよいのかというとそうではないわけでして、むしろ罰則規定がないことによって処罰の可否を問う運用の一元性すら確保されないという危惧が生じてきているという、もう一つの現状があります。例えば、私を雇用する学校法人が教育者としての地位利用を理由に私を解雇しようとした場合、私は長く苦しい裁判闘争を経ることによってしか自分を守れないということになるのでしょうか。
 このようなあいまいな条項でもって教育者の学問研究、及び教授の自由や表現の自由を制限することは、与党併合修正案百条にある適用制限にもかかわらず、やはり憲法違反の疑いを濃厚に持っているということになると思います。
 同じ危惧は、公務員による地位利用禁止についても当てはまります。与党併合修正案百九条二項に規定された利益誘導の禁止があれば必要な範囲での地位利用禁止は実効的に保てるはずでありまして、それを超えて禁止規定を置くことは、やはり萎縮的効果を発生させるし、そして主権的国家機関内部におけるきちんとした審議を阻害する役割しか果たさないのではないかという危惧があるわけです。少なくとも、民主党百一条にあるような公務員等の政治活動禁止の適用除外条項をきちんと法文化し、国民としての討議が十分に促進されるような法的環境を整えることは必須のことと思われるわけです。
 最後に、まとめ的なことになりますけれども、そもそも、今ここで審議しておりますこの国民投票法というものは極めて特殊な性格の法律だということになります。本来、主権的国家機関としての国民の意思表示の仕方は、その機関、国民が自ら決めるべきことであって、その国民に対して提案を行う主体である国会が決めることなのかどうかということにすら本質的な矛盾は実はあるわけです。ただ、もちろん国民自身がそのルールを作ることはできないわけですから、このルール設定は国会の任務とならざるを得ません。ただ、事柄が国民固有の意思決定の在り方にかかわるわけですから、この法案審議においてもっと国民各層の見解が反映されるような形で、そして国民としての合意と言えるだけの実質を持った立法過程の在り方が求められているように思われます。
 既に御指摘しましたような点を含め、なお国民としてのきちんとした議論に付すべき論点が数多く残されているように思われるわけでありまして、理性の府としての参議院におかれましても、軽挙妄動に走ることなく十分時間を掛けた、歴史の検証に堪える立派な御審議をいただけるものと切に期待しております。
 御清聴ありがとうございました。
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関谷勝嗣#10
○委員長(関谷勝嗣君) ありがとうございました。
 次に、宮里参考人にお願いいたします。宮里参考人。
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宮里邦雄#11
○参考人(宮里邦雄君) 弁護士の宮里でございます。私は、主として公務員、教育者の国民運動規制の論点に絞って意見を申し上げたいと思います。
 実は、このテーマは私、この参考人に出る前から大変関心を持っているテーマの一つであります。といいますのは、先ほど西参考人も指摘をされた猿払事件、あの猿払事件というのは、総理府統計局事件、徳島郵便局事件、三事件が併合して審査をされて最高裁で判決に至った事件でありまして、私はその総理府統計局事件の刑事弁護人であります。
 そういう意味で、かねてから、国公法百二条違反、人事院規則一四―七の公務員の政治活動規制は、諸外国の立法例に比べても余りにも広範に過ぎるのではないか、これは違憲ではないかということをずっと思い続けておりましたし、その事件の弁護に当たってもそういう主張をいたしました。この事件では、東京高裁は実は無罪判決を出したのでありますが、最高裁で覆ったという経過もございます。
 そういう意味で、とりわけ言論の自由が最大限に発揮されるべきその国民投票の問題において、公務員の政治活動規制がどう扱われるかというのは、私の重大なこの法案に対する関心の一つであったわけであります。そういう観点から、今日はその論点に絞って私の所見を申し上げたいと思うのでございます。
 総論的なことは既に各参考人から述べられましたけれども、最もこの問題を考える重要な視点の一つは、国民投票運動の意義、性格をどうとらえるかということにかかわっていると思われます。この点については、今、憲法学の立場から理論的な説明がなされました。私も、今おっしゃったことを聞いておりまして、全く同感でございます。
 つまり、国民投票というのは選挙とは違う。国民投票と選挙との違いをどう考えるかというのはこの問題を考える重要なポイントだと思います。選挙はその時々の政策あるいはその政策に関連しての候補者の選択であります。しかも、それは選挙が定期的に行われる、臨時にも行われる。国政もあれば地方選挙もある。しかし、憲法改正というテーマは、これは極めて長期的な意味で国の在り方を左右するし、基本的な人権の在り方を決定する。憲法改正の内容によっては、場合によっては天皇制の問題も出てくる。あるいは皆さん方の両院制の、参議院を廃止するという問題だって憲法上の議論であります。
 つまり、国の統治の在り方や基本的な人権にかかわる最も重要なテーマについて直接、主権者である国民の意思を問うというのが国民投票でありまして、言わばその時々の党派の争いである選挙とは決定的に性格が違うと。やっぱりこの点の認識を持つか持たないか、ここに私は国民投票運動の規制の在り方を考える基本的な視点があると思います。どうも国民投票法案を見ておりますと、公職選挙法的な規制の発想を取り込んでいる、持ち込んでいると。そこにそもそもの出発の誤りがあるというふうに言わざるを得ません。
 そういう点から、公務員、教育者に関する法案の規定について少し各論的に論じたいと思います。
 私の基本的な立場は、その国民投票というものが選挙とは違う。国の統治や基本的人権にかかわるそういう問題について唯一、国民が主権者として直接民主制を行使し得る唯一の機会であると。やっぱりこの点からその国民運動については最大限の自由が保障されるべきでありますし、先ほども議論が出ておりますように、様々、改正の賛否をめぐってオープンな国民の議論の場を確保するという点で、公務員や教育者についてもその制限は必要最小限、しかも厳格な要件の下にということを基本として申し上げたいと思うわけであります。
 実は、その選挙運動と国民投票運動の違いというのは私だけが申し上げているわけではございません。私の意見の中に紹介をしておきました。かつて一九五三年当時に、自治庁が憲法改正国民投票法案を作っているのであります。そのときに、この立法の中心であったと思われます自治庁選挙部長の金丸三郎氏が当時論文を発表しておられます。「日本国憲法改正国民投票について」という論文であります。その該当部分を紹介しておきましたけれども、金丸さんも明らかに選挙法的な規制は国民投票にはなじまないと、言論や文書による運動を制限する必要はないということを明確に述べているのであります。
 この選挙運動と憲法改正の国民投票は性格が違うんだというのは、これは私は憲法から出てくる当然の結論だろうと。そのことを一九五三年当時において指摘された金丸論文は正に達見であろうかと思います。そして、これは今日においても同様のことが当てはまるのではないかというふうに私は思うわけであります。
 さてそこで、各論的に百三条一項の、まず公務員の地位利用に関する国民投票運動の禁止について申し上げたいと思うわけでありますけれども、まず一つは、この法案ではその国民投票運動を定義しておりますが、これ自体非常に広い概念です。憲法改正案に対し賛成又は反対の投票をし又はしないよう勧誘する行為、これは非常に広い概念でありまして、何らかの働き掛けをする行為はほとんどこれに該当するというふうに解釈されるでありましょう。
 例えば裁判所法五十二条二号においては裁判官に対する政治運動の禁止がございますが、これは、裁判所法は政治運動の禁止ではなくて積極的に政治運動をすることを禁止しているんですね。つまり、積極的にという要件を付しているのであります。そういう点から考えても、今回の国民投票運動の概念は非常に広い、そしてその広い概念を前提として禁止をかぶせているというところに問題があります。
 さて、その地位利用概念も私は非常にあいまいな概念だと思います。
 確かに法案では、法文ではこれを限定されようという努力をされておりまして、その地位にあるため特に国民投票運動を効果的に行い得る影響力又は便益を利用してという、そういう条文になっております。ただ、これは従来、公職選挙法上の地位利用について言われている解釈をそのまま踏襲したものでありまして、特に地位利用概念について要件が限定されたというふうに解釈することはできないと思います。
 それから、私はもう一つ、これは従来余り言われていないことかもしれませんが、先ほどいみじくも今井参考人も指摘されたけれども、つまり、地位利用という問題は官だけではなく民間でも起こり得るんですね。民間、例えば企業ぐるみ選挙などにおいて、職務上高い地位にある管理職が部下に対して地位を利用して投票の勧誘活動をする、こういうことも起こり得るわけです。あるいは大企業と中小企業との間で、あるいは下請企業との間でこういう地位利用による運動というのは起こり得るわけです。
 もし地位利用による運動が自由な意思決定に対する阻害であるから許されないと考えるならば、どうして官のみが禁止され民は禁止されないのか。私は、この合理的な理由の説明はできないと思います。ましてや今、官から民へどんどんと業務が移管され、官と民の境がなくなり、官民は著しく相対化しています。
 私は、民について規制しろという意見ではありません。官だけ規制するのはおかしい、官を規制するならなぜ民を規制しないか、それは何らかの考え方が前提にあるのかということを言わざるを得ません。私は、基本的には官も民も自由であるべきだと思っておりますので、規制すべきという立場を取りませんが、官のみを規制する合理的理由はないというふうに言わざるを得ないと思います。
 それから、確かに公務員の地位利用や職権濫用、あるいは勤務時間中の国民投票運動とか信用失墜的な行為というのはあり得ると思います。それは国公法も地公法も、それに、服務規律違反に対しては懲戒規定を置いているわけですから、個別的な問題はもう十分懲戒処分によって対応し得るわけですね。個別的に予想される弊害を理由に一般的な規制を置くというのは、正に角を矯めて牛を殺すたぐいの立法規制ではないかということを言わざるを得ないのであります。
 そういう意味で、私は百三条一項の公務員の地位利用については反対でありまして、削除されるべきであるという見解でございます。
 次に、教育者の地位利用についても、今、公務員について述べたのと基本的には同じ理由であると言っていいと思います。
 教育者であるがゆえにこれほど広範な規制をする必要は、国民投票運動の持つ重大な性格からないと。教育者についても、先ほど憲法、大学の教授についての具体的な懸念のお話がありましたけれども、教育者についても私は広く主権者の一人として国民投票運動に参加をすべきではないか、参加をしてしかるべきではないかというふうに思います。
 それから、先ほどちょっと論点を一つ落としましたけれども、地位利用というなら、地位利用というのであれば、やはり実際上考えられる地位の濫用というのは、非常に裁量権限を持っているいわゆる高級公務員について妥当するわけでありまして、すべての公務員を規制の対象にするというのは、これもまた本来の規制の在り方から度を越している規制ではないかというふうに思います。
 最後に、一般的な国公法上の規制、地公法上の規制がこの国民投票に適用になるのかどうか、あるいはそのような規制を及ぼすべきかどうかという議論であります。
 これもいろいろ議論も出ておりますので、結論だけを申し上げますと、私は、三党合意において適用除外がなされたという経過があったように聞いておりますが、正にこれこそ非常に見識を持った対応でありまして、今回、立法者意思として明確に、国公法、地公法上の政治活動規制は国民投票に及ばないということを立法上明記するのが望ましいと思います。
 国公法、地公法上の政治活動規制、あるいは人事院規則一四―七が国民投票運動にそのまま果たして適用になるのかどうかというのは、多分解釈論上、いろいろな議論があり得ると思います。そのまま適用にならないという議論もあり得るかもしれません。しかし、例えば人事院規則一四―七を見ますと、特定の政策に賛成又は反対することという非常に漠たる行為も入っておりますので、適用される可能性は否定できないと。適用されますと、国家公務員法の場合は刑事罰の制裁もございます。
 そういう点で考えますと、この国民投票法という重大な主権者の選択の中にこの公務員、あるいは国家公務員、地方公務員をほとんどほぼ全面的に運動から排除するような国公法、地公法上の規制は排せられるべきではないかというふうに思います。
 ここで、ちょっと是非御理解いただきたいのは、よく引用されるんですね、猿払事件の判決が。先ほど西参考人も引用されたんですが、最高裁の猿払事件の判決は、行政における分野における公務というものは、議会制民主主義に基づく政治過程を経て決定された政策、政治過程を経て決定された政策の忠実な遂行、あるいは政治的な偏向なしにそれをやるという、そこに政治活動規制の法的な論拠を置いているわけですね。
 しかし、憲法改正に賛成するかどうかというのは、決定された政策に対するものではありません。正に憲法、先ほどおっしゃられましたように憲法の制定の一過程に国民が関与するという問題であります。そういう点で、猿払事件判決が政治活動を禁止した論旨は、私は国民投票運動には妥当しないと、ここはよくよく、猿払事件判決がよく引用されますが、私はこれは正しくないとらえ方であるというふうに考えております。
 結論的に申せば、適用される可能性がある、疑義のある国公法、地公法上の規定は、明文においてその適用除外を国民投票法案の中に定めるべきであるというふうに思うわけであります。
 最後に、附則十一条に関しまして、これをどう読むかという問題がありますが、私は国民投票運動において公務員の取扱いがどうなるかというのはこの法案の極めて重要な問題点の一つだというふうに思います。国民運動規制の在り方に関する重要な問題の一つだと思います。これを附則にゆだねて先送りをするというのは重要な、憲法改正手続法という重要な立法の在り方として非常に好ましくない、妥当ではないというふうに考えます。
 国民投票法が作られるのであれば、この点も含めて審議を尽くして立法化されるべきであるということを附則に関連して一言申し上げて、私の意見を終わりたいと思います。
 ありがとうございました。
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関谷勝嗣#12
○委員長(関谷勝嗣君) ありがとうございました。
 以上で参考人からの意見の聴取は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 なお、大変恐縮でございますが、各委員の質疑時間は限られておりますので、簡潔に御発言をいただきますようお願いをいたします。
 質疑のある方は順次御発言願います。
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岸信夫#13
○岸信夫君 自民党の岸信夫でございます。
 本日は、それぞれ各参考人の皆様には、連休明けの大変忙しい中をお越しいただきまして、また大変貴重な御意見を賜りまして、心より御礼申し上げます。
 さて、日本国民にとって最高法規であります日本国憲法でありますけれども、制定から六十周年を今年で迎えたわけです。戦後の復興期においても、この憲法の果たした役割というのは大変大きかった、影響が大きかったわけであります。また、経済発展を支えてきたという面もまた一方であるのではないかというふうにも思うわけでありますけれども、一方で、この長い年月の間に憲法に対して様々な意見が出てまいりました。また、各政党の中にも改正に対するスタンスが時代時代によって変わってきていると、こういうこともあるんだろうと思います。
 憲法を改正すべきである、あるいは改正すべきでないといった議論が堂々と行えるようになったということ自体は、私は自由な民主主義国家としては大変健全な姿になってきているというふうにも思うわけであります。しかし、今議論されていますように、問題としては、国民がそうした憲法改正についてきちんと自らの意思を示すためのその法律が整備されていないという現状でありまして、この状態が長い間残念ながら放置をされてしまったということでありまして、これは政治の怠慢と言われても致し方ないものだというふうに思っておるわけです。
 その状態について、それぞれの参考人の皆様がどのようにお考えになっているかということについて、まずお聞かせいただきたいと思うわけですけれども。
 まず、国民主権あるいは基本的人権といった現行憲法の理念自体に対して疑いを持つ国民はいないんじゃないかというふうにも思うわけですけれども、先ほど申しましたけれども、憲法改正の意思を示すための機会が国民に与えられていないわけです。あるいは、そこには憲法を改正しないという意思を表明すると、反対の意思表明をするという機会もないんではないかというわけであります。
 憲法を守るという立場、守りたいという立場の方にとっては現憲法が一つのベストの形である、こういうことだとは思うわけですけれども、その国民の意思を問うプロセスが決められていないという部分については、これはベストとは言えないのではないかなというふうに思うわけです。言わば、憲法自体が自己矛盾を抱えているような中でずっと来ているような状態になっていると思うんですけれども、それぞれの参考人の皆様に、この点について御意見をいただければというふうに思っております。
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西
西修#14
○参考人(西修君) 済みません、ちょっと論点がはっきりしない面ありますけれども、要するに憲法を守るという立場から、この憲法をどんなふうに考えてきたかというようなことの御質問ということでよろしいんでしょうか。
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岸信夫#15
○岸信夫君 といいますよりも、その憲法を守りたい、あるいは改正したい、それぞれの意見はあると思いますけれども、いずれにしてもこの国民投票法というプロセス自体が制定されてなかったままずっと来ているわけですが、この状態について皆様の御意見をいただきたいということです。
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西
西修#16
○参考人(西修君) 私は、やはり六十年間全く憲法改正の国民投票法というものが定められてこなかったということについては、私はやっぱり非常に異例な、異常な事態だということを思うわけでございます。
 それから、ちょっと今何か憲法の守る、守らないということをおっしゃられたんですけれども、今から六十年前の私は成立過程をちょっと勉強している感じから申しますと、昭和二十一年の六月二十四日でありますけれども、共産党を代表して徳田球一議員は、もう今の憲法は絶対に、この憲法を審議することそれ自体が反対であるということをはっきりおっしゃっておられましたし、また八月には野坂参三議員が、今の憲法九条は空文をもてあそぶものである、だから絶対に今の憲法九条のままでは駄目だというようなことをおっしゃっておられたわけでありまして、そういう意味において今の憲法を守る守らないということの原点を考えてみたら、どんなふうかなと。
 それから、社会党の当時の森戸辰男先生とかあるいは原彪先生も当時は、例えば日本社会党中央機関誌の「社会思潮」というところで原先生は、今の憲法は不満である、我々にとっては不満である。また、森戸辰男先生は、昭和二十一年の九月発行の「中央討論」誌では、いまだ不十分である、適当な時期をとらえてこれの改正を図るべきだとはっきりおっしゃっておられたわけで、だから、そういう意味において、やっぱり憲法を守る守らないということを、幅広い意味で原点に立ち返って憲法というものを考えていく、そういう意味において、やはり今ここで六十年の中で憲法をどう考えるかというようなことをこういう国民投票法で議論になったということは、私は非常に歓迎すべきものであるというように考えるわけでございます。
 以上でよろしいでしょうか。
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今井一#17
○参考人(今井一君) 一年ぐらい前ですかね、朝まで生テレビ!という番組に行ったときに、番組の冒頭で田原さん、あるいはその司会者だったと思うんで、どっちかだったかな、まず最初に今日のパネリストに、憲法改正に賛成か反対か、まずそこから聞きたいというふうにおっしゃったんですよね。
 私は、本当にもう次元が低いというか、今そういう時代じゃないんですよ。世論調査を見ても、憲法改正に賛成か反対か聞くだけじゃなくて、じゃ九条はどうかというふうになっているわけですね。大ざっぱに改憲派とか護憲派とかいう時代はもう過ぎたんですね。国会でもメディアの方でもそういった使い方はもうやめなければいけない。第一章改憲派とか第一章護憲派とか、九条改憲派とか九条護憲派とか九十六条改憲派とかですね、条項を添えて言うべきです。余りにも水準が低いと思う。ヨーロッパではこんな議論してませんよ。条項ごとに議論しています。まず、それが一つですね。
 それから、これおとといの朝日新聞ですけれども、大阪本社版ですから東京は載ってないかもしれませんけど、堺の人が「憲法を勝手に変えんとって」と言って、「安倍はん わたしら、憲法大好きなんや。」って、これ大阪本社版やからって大阪弁になっているわけじゃなくて、「九条のこと、大好きなんや。」と。ずっと行ってですね、最後の方に「憲法は国民が為政者をしっかり監視するためのもんなんや。」と、これはそのとおりですよね。それを気にいらんから言うて為政者が勝手に憲法を変えんとってって、こうなっているわけですよね。
 要するに、憲法を勝手に変えんとってと。憲法を勝手に国会は変えられると思っているわけですよね。その程度なんですよ。これは、メディアにも責任があるし、立法府にも責任があるんじゃないかと思うんです。提案しかできないんだと。中曽根さんが先日、スタートは国会が切るけれども、ゴールは国民で決めてほしいというふうに言われたと聞いています。こういう基本的なことを九条護憲派の方々あるいは改憲派の方々の中でどれぐらい分かっていらっしゃるのか、そこがまた大切なんじゃないかというふうに私は思っています。
 それから、この国民投票法制定に反対するいわゆる九条護憲派の方々に、私、二種類あると思っています、それは議員であれ市民であれ。中身にいろいろ不備があるから、こういう手続法だったら駄目だという御主張と、どういう内容であっても、物すごく自分たちにとっていいと、あるいは客観的に見て非常に合理性が高いものであっても駄目だと言う人と二つあるんですよね。あるいは、これは改正の手続法で思惑があるから、安倍さんやその他の人々に九条改憲の思惑があるから駄目だと言う人もいます。
 私は、これはおかしな議論だと思うんですよ。これ改正手続法なんだから、改憲の一里塚になって当たり前なんですよ、それは九条であっても八十九条であっても。これ、改憲の一里塚にならない改正手続法なんてあり得ないわけですよね。
 それから、思惑があってと言いますけれども、かつて神戸空港の住民投票のとき、それから徳島の住民投票のとき、人吉のダムに関する住民投票のとき、すべて、当時反対した人たちは署名集めをしている人たちに、要するに直接請求で署名集めしている人たちに思惑があるからだと、それは空港反対の思惑があるからだと、吉野川でいったら可動堰反対の思惑があるからだと。思惑があろうがなかろうが関係ないことなんですよね。それを思惑があるからといって反対するんだったら、この現在審議されている憲法改正手続法についてもそういう理由があるから駄目だというんだったら、当時、神戸空港や吉野川や長野の住民投票で住民で決めるべきだと言った人たちは筋が通らなくなります。だからそういうことを言っちゃ駄目だと思います。
 最後に、はっきり申し上げておきますけれども、憲法を、九条を、もうはっきり九条と言いますけれども、変えたくない人は主権者です、しかし変えたい人も主権者なんですね。だから、変えたい人も変えたくない人も主権者であって、変えたいという人の主権行使の機会を手続法を制定させないということで奪ってはいけないと思います。
 それは、先般行われた東京都知事選挙で、たとえですよ、これ、そうだと言っていません、たとえ石原慎太郎さんが知事になることが誤りだとしても、世論調査で二週間前にどうも石原慎太郎さんが圧勝するということが分かっているからといって石原慎太郎に反対するグループが急に公職選挙法を停止させたり、都知事選挙だけ延期させたりするわけにいかないわけですよね。自分と意見が違う人たちが憲法に基づいて、あるいは憲法にのっとった公職選挙法や憲法改正手続法にのっとって主権行使をする機会を奪ってはいけないということです。そういうことに力を注ぐんじゃなくて、できるだけ合理的なルール作りに励んでいただきたいと、そういうことです。
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西
西原博史#18
○参考人(西原博史君) 時間が余り残されていないので簡潔に申し上げますが、これまで国民投票法がなかったことをどう評価するか。これまでなかったことはある意味で言うと、先ほど私が触れましたとおり、国民投票法というものの構造的な難しさからしてまあ無理はなかったかもしれないということはあるかと思います。つまり、本来であれば、国民がどう意見表明するかに関して国会が決めなきゃいけないというところに一種のねじれが存在するわけですから、その部分について国会がためらいを持っていたというのは一つの見識だし、また今回そのためらいを乗り越えて一つの手続法を作るということももちろん一つの見識ということになると思います。
 ただ、その場合に立場が微妙なのは、国会というのはあくまで提案者なわけですから、その提案者が手続法を作ったときにどうしても提案、国会の提案が国民に受け入れやすいような構造をつくってしまいがちだという、あくまでこれは意思の問題ではなくて、あるいは思惑の問題ではなくて、構造の問題なんですけれども、そういう国会が国民投票法案を作ることのやはり難しさというのがあるわけでして、ここで一番私が強調したいのは、結局何らかの手続的な法規があればよいということでは決してない。やはりそこでは国民に代わって国民の意思表示のための手続を国会が作っているという今の手続がありますので、何らかの手続があればそれはそれでルールでいいんだということではなくて、あくまでその国民として納得できるような国民投票の手続をどうやってきちんと国会が国民のために作り上げるか、それが今難しい課題として取り上げられているという認識、これをやはり一番表に置いて御審議を続けていただきたいというふうに思っております。
 以上です。
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宮里邦雄#19
○参考人(宮里邦雄君) 国民投票法案の内容をどういうふうなものにするかという問題と、憲法に改正をするか反対をするかという議論はきちっと分けて議論をしていただきたいと私は思います。
 私は、個人的に現在の憲法を全体的に見て変えるべきところがあるというふうには思っていない立場です。そのことははっきり申し上げますが、しかしその問題と、だから改憲、この手続法に反対しているとか、そういうことではなくて、非常に重要な主権者である国民に選択を求める極めて重要な法律だからそれにふさわしいルールを作ってもらいたいということを申し上げているわけで、そういう点で言うと、憲法を変えてもらいたくないという立場からは、これはあくまでも憲法を変えるための手続法ですから、変える必要がないという評価に立てば必ずしも必要としない法律ということになります。
 しかし、それは国民の間で意見が分かれることも事実です。変えたいという人もあり、変えたくないという人もいるわけですから。しかし、そのルールの問題として考えたときにはそのルールとしてふさわしいものにしなければならないと、先ほどの国民運動規制の在り方についてもそういうことであろうというふうに思います。そこのところは私自身は冷静に分けて議論をしているつもりです。
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岸信夫#20
○岸信夫君 時間がなくなってしまいましたんで、肝心の規制の部分には入れなかったんですけれども、私も、公選法とはやはり違うべきである、広く国民の意見を聴きたいわけですから、国民的な議論を盛り上げるような方向に、是非規制はできるだけ少なく、ただ公平性というものはやはり大切にしていかなければいけないんだろうというふうには思っております。
 時間が来ましたので、ここで終わりとさせていただきます。ありがとうございました。
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白眞勲#21
○白眞勲君 民主党・新緑風会の白眞勲でございます。
 今日は、四人の方々、それぞれのお立場からいろいろな意見を言っていただきまして、非常に私も参考になったなというふうに思っております。
 そこで、まず第一問としまして、第一問ではない、一回ちょっと聞きたいなと思うのは、四人のそれぞれの参考人の方々に聞きたいんですけれども、今回、与党の方でこの日本国憲法の改正手続に関する法律案、今出されて、今いろいろ議論がなされているわけですけれども、例えば西原参考人の場合は、まだまだ議論は全然足りないよと、もっと条文とか何かを付け加えるべきだし、何だかんだということもあるんじゃないかということなんですけれども、多分そうだと思いますが、ほかのお三方もまだまだ議論は足りなくて、もっともっとこれは条文の付け加えとか削除とか、いろいろなことも手を加えるべきであるというふうにお考えでしょうか。まず、西参考人からお伺いします。
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西
西修#22
○参考人(西修君) それは、議論はいつまでやってももうそれは当然尽くせないと思うんですよね。
 ただ、先ほど申し上げましたように、十二月の段階ですか、民主党の意見もかなり入ったと、もう九割以上この百五十一条の中にかなり入っているわけであります。それを踏まえて、これは読売にもちょっと書きましたけれども、どちらがどうこうと申しませんけれども、何かこの一月以降、いわゆる政争の具というふうになってきたというようなことを私の立場から非常に残念に思います。
 これは本当に重要というか、いろんなセンシティブな問題もあるわけで、これはもういつまでやってもやっぱり議論が尽きない、やはりいつかどこかで議論を終結しなければいけない、それが今回であったということで、審議時間も結構取られているわけで、これはもうもっともっとやればいいわけですけれども、やはりどこかで終止符を打たなきゃいけない。そういう意味で、民主党の意見もかなり入ってきたと。最後、憲法改正の対象ですよね、これを一般の国政のところまで、政治上の重要な問題ですね、ここまで拡大するかどうか、そこぐらい残ったんで、例えば二十歳を十八歳にするとか、いろんな点でかなり妥協がされてきている。
 そういうような意味において、私は、いろいろ議論をすれば尽きませんけれども、そろそろやはりまとめていただきたいなというふうに考える次第でございます。
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今井一#23
○参考人(今井一君) 私は、議論は長ければ長い方がいいのに決まっています、それだけでいえば。
 ただし、安倍さんがこの秋には集団的自衛権の行使の容認を認めるかも分からないというような解釈改憲の更なる進行がなされる可能性がある段階で、いつまでもこの手続法を制定しないのは、私たちの主権行使が相変わらず阻害されたまま事実上の憲法九条改正がなされてしまう可能性もあるんじゃないかという観点からいえば、集団的自衛権の行使の容認の前に制定をするべきじゃないかというふうに考えています。
 この委員会の特殊性を考えたら、この前新聞で委員会審議の時間いろいろありましたけれども、皆さん方は一番御存じのように、しかし国民は全くだれも知りませんけれども、ほかの他の委員会と違って、衆参の憲法調査特別委員会は自民党にも共産党にも均等の時間が質疑時間として与えられているわけですね。そういうことでいえば……ヤジ違いますか。衆議院では、昨日も実は中山太郎さんと会ったんですけれども、辻元さんにも笠井さんにも自民党の議員と同じような時間が割り当てられて質疑をやっているというふうに聞きました。そういうことから考えたら、相当他の委員会とは違って共産党や社民党も、私もいつも傍聴させてもらっていましたけれども、十分な、十分という意味は、絶対量としては十分という意味じゃありませんけれども、相対的に十分な時間を与えられているんじゃないかというのが一つ。
 もう一つは、この問題で、さっきも西さんもおっしゃったみたいに、私は、中学生、高校生の試験勉強じゃないですけれども、一月過ぎて二月、三月って、衆議院通過してから急にメディアが報道し始めたんですよね。急に国民も興味を持ち始めたわけですよね、メディアがそれまで報道しなかったから。笑ってしまうのは、古舘さんが報道ステーションで、全然国民不在、国民が分かっていない段階でこんなことを衆議院通過させていいのかと言っていましたけれども、じゃ、おまえはいつ取材に来てくれたと私は言いたいです。
 例えば、今年の一月二十一日にスポットCMの問題で、皆さんよく御存じのカタログハウスの斎藤社長とか新聞労連の委員長とか当事者をみんな集めて、スポットCMどうすべきかということで、23にも報道ステーションにもみんな取材に来てくれと言いました。どこが来ましたか。自分たちの問題なのにテレビ局はどこも来なかった。取材さえしない。放送しないだけじゃない、取材さえ来なかった。そのくせ、衆議院が通過するや、あるいはその直前になるやにわか取材をして、やれ最低投票率やれ何やら。じゃ、二年前、三年前から我々は、小林節さんらと一緒に、関谷さんも参議院で慶応大学まで行かれましたけれども、そういうときに全く取材に来てない。衆議院通過する、参議院に移ったということになってからですよね。だから、これが日本の今の報道の現実なんです。
 ただ、唯一救いは、三年間の経過期間があるからということです。この三年間で、それこそ何か、これ禁句かもしれませんけれども、足らざるところはきっちりこの三年間でやればいいんじゃないかと私は思っています。取りあえずは、あと参議院で十分な審議をしていただいて、もし足らざるところがあるんだったら、それこそ本当に国民的な議論の中で、改正すべきところは三年間の間に皆さん方是々非々で改正していただけたらというふうに思っています。
 以上です。
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西
西原博史#24
○参考人(西原博史君) 御指摘いただきましたとおり、私はまだまだ審議が足りないという見解でありますけれども、これはやはり主権的な権利の行使、あるいは基本的人権の行使にかかわる手続について話そうとしているわけです。
 現時点では、例えば公務員の扱い、教員の扱い、一体何が許されて何が許されないのかについて法文上明確な指針が得られない。これはやはり基本的人権を制限、あるいは基本的人権の実現に資するための法律としては、やはりまだまだ法律としての十分な質を獲得しているものとは言えない。だから、やはり最低限、人権制限の要件の明確性などの点について、現段階で審議が十分であるという判断は私にはできないかと思います。
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宮里邦雄#25
○参考人(宮里邦雄君) どこまで議論を尽くせばいいのかというのは、国会の外にいる者にはよく分かりませんけれども、ただ非常に重要な問題で法案に全くない例えば最低投票率の問題、例えば最高裁国民審査法には最低投票率が書いてあるんですよね。最高裁の国民審査よりも国民投票は最低投票率が要らないんでしょうか。私はここが非常に疑問に思いますね。
 ですから、最低投票率の問題のような問題は、むしろ法案のかなりかなめにかかわる問題であって、ここはどういう議論があったか私は経過はよく分かりませんけれども、この問題はもう一度きっちり議論をしていただきたいというふうに思っていますし、公務員の政治活動の規制の問題は、今、西原参考人が述べられた点と同意見であります。
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白眞勲#26
○白眞勲君 いろいろな様々な意見をいろいろ拝聴させていただいているわけでございますけれども、西参考人にまずお聞きしたいと思いますが、この配付資料の中にも書いてありますし、また今も西参考人の方からもおっしゃった中に、学校の先生の件について、静穏たるべき場所が扇動の場にならないのかという懸念があるというふうにおっしゃった。
 私は、ちょっとそれはどうなんだろうかなというのが私個人としてはあるわけでして、例えば、じゃ先生は何も意見を言っちゃいけないのかといった場合に、子供ですから、子供ですからと言っちゃいけないのかな、学生としては当然、先生はどう思っているのって聞く場合だって私は学校の授業の中であると思うんですよ。そのときに、先生はね、今この公務員何とか法の何条何条によって私はこれから意見を言ったら大変なことになりますよとは言えないと思うんですね。それはやっぱり子供としても何が何だか分からないと思うんです。
 やっぱりそういったものについては、西参考人はどうお考えでしょうか。
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西
西修#27
○参考人(西修君) 先ほど西原参考人が御自分の体験をおっしゃられましたけれども、これは大学の場合と小中学校の場合とやっぱりちょっと違ってくるように思うんですけれども。
 大学の場合、私、憲法を講じているわけでありますけれども、いろんな学説とかいろんな学術的な立場から、例えばこの問題については賛否いろいろあって、そしてそれなりに論理的な整合性の中から自分の意見を言うということは、これは私は問題ないと思いますけれども、ただ、これなんかちょっと冗談で、衆議院でたしか小林先生が、小林節参考人がおっしゃられたようでありますけれども、憲法改正に賛成の者だけに単位を与えるとか反対の者にだけ単位を与えるとか、そういうことになったら、これは私は行き過ぎだと思います。
 それから、小中学校におきまして、例えば親に賛成なり反対なり、これを持っていきなさいというようなこととか、そういうやっぱりそれなりの分を越えるということはおのずから出てくると思うんですね。そういう意味において、その教場が騒擾になったり、あるいはそこのところが争奪戦になるというようなことを私は憂えているということでございます。
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白眞勲#28
○白眞勲君 そうしましたら、次に今井参考人にお聞きしたいんですけれども、テレビCMについて、スイスの例を出しながら一切禁止なんだと、それはマインドコントロールがあるからなんだよということをお話しいただいたわけですけれども、これテレビ番組につきましてちょっとお聞きしたいなと思うんですけれども、日本のテレビの特性としまして、一つは、そのテレビ番組全体を一つの大きなスポンサーが買い取ってしまうということになった場合に、これも当然あり得るわけでして、そういった場合に、テレビ局のそれは自主性かもしれませんが、そこにいわゆる大資本のそれなりの影響力というものがやはりあり得るんではないのかなというふうにも私は思えるわけなんですけれども、その辺について今井参考人の御意見、もしよろしければ、西原参考人も何かうなずいていらっしゃいましたので、もし何か言いたいことがあればどうぞ、西原参考人にもお願いします。
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今井一#29
○参考人(今井一君) 確かにおっしゃるとおり、そこはすごく大事なところだと思うんですよね。
 例えば、キャスターが九条、例えば具体的に言いますと、筑紫哲也さんとか古舘さんが、私は九条改憲に賛成なんだとか反対なんだと言うことはもうずっと投票日までないと思います。言わないでしょう。というか、テレビ局、言わさないでしょう。
 報道局仕切りでやる番組については言ってはいけないけれども、じゃ、バラエティーはどうなのかということなんですよね。太田光の、太田総理、秘書田中という番組で、もうここにおられる方も何か番組出ていらっしゃる方が何人かおられますけれども、ここは自由に言っているわけですよね、九条を変えるべきだとか変えちゃいけないとかね。じゃ、これの制限はどうなるのかという問題もあります。これを具体的に、これから立ち上げられるであろう憲法審査会で考えていただきたいのが一つ。
 もう一つ、白さん、大事な問題があって、実は今の併合修正案では投票日前二週間はスポットCMが禁止ですけれども、必ず九条改正賛成に投票してください、反対に投票してくださいというスポットばかりとは限らないわけですよね。二週間前になっても、それのまがいものみたいなものが出てくる可能性があるんです。
 これは、二年前の五月二十九日のEU憲法批准の是非を問う国民投票の翌日ですね、ノンが勝ちましたから、これフィガロでこんなのになっていますけれども、実はこの投票日の五日前に、本来やってはいけないのに、フィガロの別刷りの裏面に全面広告でウイというのが出たんですよ。私、びっくりしまして、取材した政府関係者に、これ法律違反じゃないかと言ったら、今井さん、よく見てと、EU憲法批准に賛成とは書いていないと、一つのヨーロッパに賛成と書いてあると。こういうことがスポットCMでも起こるんですよ。だから、私は、もどき、まがいものも二週間前からきっちり禁止しないとざる法になってしまうというふうに思っています。
 以上です。
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