憲法審査会
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会
会議録情報#0
平成二十六年二月二十六日(水曜日)
午前十時開会
─────────────
委員氏名
会 長 小坂 憲次君
幹 事 赤池 誠章君
幹 事 大家 敏志君
幹 事 佐藤 正久君
幹 事 中川 雅治君
幹 事 丸川 珠代君
幹 事 小西 洋之君
幹 事 白 眞勲君
幹 事 西田 実仁君
幹 事 松田 公太君
幹 事 仁比 聡平君
石井 正弘君
石田 昌宏君
宇都 隆史君
大沼みずほ君
木村 義雄君
北村 経夫君
熊谷 大君
上月 良祐君
滝波 宏文君
堂故 茂君
豊田 俊郎君
中曽根弘文君
中西 祐介君
柳本 卓治君
山下 雄平君
足立 信也君
有田 芳生君
石上 俊雄君
小川 敏夫君
櫻井 充君
林 久美子君
広田 一君
藤末 健三君
前川 清成君
石川 博崇君
魚住裕一郎君
佐々木さやか君
山田 太郎君
和田 政宗君
吉良よし子君
東 徹君
清水 貴之君
福島みずほ君
浜田 和幸君
─────────────
委員の異動
二月十四日
辞任 補欠選任
山田 太郎君 川田 龍平君
二月十八日
辞任 補欠選任
仁比 聡平君 井上 哲士君
二月十九日
辞任 補欠選任
井上 哲士君 仁比 聡平君
二月二十五日
辞任 補欠選任
山下 雄平君 中泉 松司君
藤末 健三君 大島九州男君
二月二十六日
辞任 補欠選任
川田 龍平君 寺田 典城君
─────────────
出席者は左のとおり。
会 長 小坂 憲次君
幹 事
赤池 誠章君
大家 敏志君
中川 雅治君
丸川 珠代君
小西 洋之君
白 眞勲君
西田 実仁君
松田 公太君
仁比 聡平君
委 員
石井 正弘君
石田 昌宏君
宇都 隆史君
大沼みずほ君
木村 義雄君
北村 経夫君
熊谷 大君
上月 良祐君
滝波 宏文君
堂故 茂君
豊田 俊郎君
中泉 松司君
中曽根弘文君
中西 祐介君
柳本 卓治君
足立 信也君
有田 芳生君
石上 俊雄君
小川 敏夫君
大島九州男君
櫻井 充君
林 久美子君
広田 一君
前川 清成君
石川 博崇君
魚住裕一郎君
佐々木さやか君
和田 政宗君
吉良よし子君
東 徹君
清水 貴之君
川田 龍平君
寺田 典城君
福島みずほ君
浜田 和幸君
事務局側
憲法審査会事務
局長 情野 秀樹君
─────────────
本日の会議に付した案件
○幹事補欠選任の件
○日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基
本法制に関する調査
(憲法の役割、在り方等について)
─────────────
この発言だけを見る →午前十時開会
─────────────
委員氏名
会 長 小坂 憲次君
幹 事 赤池 誠章君
幹 事 大家 敏志君
幹 事 佐藤 正久君
幹 事 中川 雅治君
幹 事 丸川 珠代君
幹 事 小西 洋之君
幹 事 白 眞勲君
幹 事 西田 実仁君
幹 事 松田 公太君
幹 事 仁比 聡平君
石井 正弘君
石田 昌宏君
宇都 隆史君
大沼みずほ君
木村 義雄君
北村 経夫君
熊谷 大君
上月 良祐君
滝波 宏文君
堂故 茂君
豊田 俊郎君
中曽根弘文君
中西 祐介君
柳本 卓治君
山下 雄平君
足立 信也君
有田 芳生君
石上 俊雄君
小川 敏夫君
櫻井 充君
林 久美子君
広田 一君
藤末 健三君
前川 清成君
石川 博崇君
魚住裕一郎君
佐々木さやか君
山田 太郎君
和田 政宗君
吉良よし子君
東 徹君
清水 貴之君
福島みずほ君
浜田 和幸君
─────────────
委員の異動
二月十四日
辞任 補欠選任
山田 太郎君 川田 龍平君
二月十八日
辞任 補欠選任
仁比 聡平君 井上 哲士君
二月十九日
辞任 補欠選任
井上 哲士君 仁比 聡平君
二月二十五日
辞任 補欠選任
山下 雄平君 中泉 松司君
藤末 健三君 大島九州男君
二月二十六日
辞任 補欠選任
川田 龍平君 寺田 典城君
─────────────
出席者は左のとおり。
会 長 小坂 憲次君
幹 事
赤池 誠章君
大家 敏志君
中川 雅治君
丸川 珠代君
小西 洋之君
白 眞勲君
西田 実仁君
松田 公太君
仁比 聡平君
委 員
石井 正弘君
石田 昌宏君
宇都 隆史君
大沼みずほ君
木村 義雄君
北村 経夫君
熊谷 大君
上月 良祐君
滝波 宏文君
堂故 茂君
豊田 俊郎君
中泉 松司君
中曽根弘文君
中西 祐介君
柳本 卓治君
足立 信也君
有田 芳生君
石上 俊雄君
小川 敏夫君
大島九州男君
櫻井 充君
林 久美子君
広田 一君
前川 清成君
石川 博崇君
魚住裕一郎君
佐々木さやか君
和田 政宗君
吉良よし子君
東 徹君
清水 貴之君
川田 龍平君
寺田 典城君
福島みずほ君
浜田 和幸君
事務局側
憲法審査会事務
局長 情野 秀樹君
─────────────
本日の会議に付した案件
○幹事補欠選任の件
○日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基
本法制に関する調査
(憲法の役割、在り方等について)
─────────────
小
小坂憲次#1
○会長(小坂憲次君) ただいまから憲法審査会を開会いたします。
幹事の補欠選任についてお諮りいたします。
委員の異動に伴い現在幹事が一名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。
幹事の選任につきましては、会長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →幹事の補欠選任についてお諮りいたします。
委員の異動に伴い現在幹事が一名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。
幹事の選任につきましては、会長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
小
小
小坂憲次#3
○会長(小坂憲次君) 日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制に関する調査を議題といたします。
本日は、憲法の役割、在り方等について委員間の意見交換を行います。
まず、各会派一名一巡により、各五分以内で意見表明を行っていただきたいと存じます。発言時間の経過状況をメモで通知し、時間が経過した際にはベルを鳴らします。あらかじめ御承知願います。
なお、御発言は着席のままで結構でございます。
それでは、意見のある方は順次御発言を願います。
赤池誠章君。
この発言だけを見る →本日は、憲法の役割、在り方等について委員間の意見交換を行います。
まず、各会派一名一巡により、各五分以内で意見表明を行っていただきたいと存じます。発言時間の経過状況をメモで通知し、時間が経過した際にはベルを鳴らします。あらかじめ御承知願います。
なお、御発言は着席のままで結構でございます。
それでは、意見のある方は順次御発言を願います。
赤池誠章君。
赤
赤池誠章#4
○赤池誠章君 私は、自由民主党の赤池誠章です。
自民党は、昭和三十年、一九五五年、立党以来、自主憲法制定が党是であります。当時の立党文書の一つである「党の使命」には次のように書かれております。国内の現状を見るに、祖国愛と自主独立の精神は失われ、独立体制はいまだ十分整わず、ここに至った一端の原因は、敗戦の初期の占領政策の過誤にあると。初期の占領政策の方向が主として我が国の弱体化に置かれていたため、現行憲法の自主的改正を始めとする独立体制の整備を強力に実行し、もって国民の負託に応えんものである。
自民党が立党して今年で五十九年となります。来年は戦後七十年、自民党立党六十年を迎えるわけであります。改めて、自主憲法制定実現に向けて、私はその意義、理由を以下三点あると考えております。
第一は、現行憲法には制定過程に問題があり、法律としての大前提である正統性がないと感じております。
御承知のとおり、マッカーサーが率いる占領軍、GHQから、占領中に言論統制された中で押し付けられたものです。現行憲法は、日本国民の自由意思で、公正で民主的な手続で起草されたものではありません。これは、占領軍が占領地の法律を尊重しなければいけない国際法の違反ともあり、何よりも、現行憲法が自らの前文にある「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、」「ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」に反しています。憲法自体が憲法違反の存在というものであります。
正当に選挙もされない占領軍の最高司令官マッカーサーの指示によって短期間で英語で草案が作られ、日本国民に知らされないまま日本国政府に渡され、政府はそれを翻訳して憲法草案が作られ、衆議院、貴族院と議論されて成立したものであります。その制定過程を知る以上、国民代表である私たち国会議員がそれを是とすることはあり得ないと私は考えております。これを現行のまま放置することは恥であり、後世から叱責を受けかねないと感じております。
第二は、制定過程、その後、主権が回復して国民が十分承認をされているという反論のある中で、私は憲法の内容自体にも問題があると感じております。
現行憲法の基礎となっておりますのは、考え方は三つあると言われております。
第一は、制定過程で分かるように、日本人には自分の国を守る力を持たさず、二度と立ち上がらせないようにするという弱体化という占領政策、米国の属国化、保護国化という考え方があります。それが戦争放棄の憲法九条となっております。その条項が、激動する国際情勢の現在、国家安全保障の足かせとなっております。
第二は、人工国家、米国流の社会契約説であります。敗戦後の日本国民が契約によって新しい国家をつくったフィクションに基づいています。だから、日本の歴史や伝統、文化は全く反映されておりません。
第三は、旧ソ連の、一九三六年、スターリン憲法に影響されており、共産主義が紛れ込んでおります。第二十四条の家族生活における個人の尊重と両性の平等、二十七条の勤労の権利及び義務などはその条項に当たると言われております。社会主義者や共産主義者が護憲になる理由がここにあるわけであります。
第三の自主憲法制定理由は、国民の意識、民意であります。
自民党は、一昨年、第二次憲法草案全文を発表して、十二月に総選挙を戦い、勝利して政権を奪還しました。さらに、昨年夏の参議院通常選挙において第一党となりました。
自主憲法制定は国民の民意となりつつあります。これは、国内外の激動する情勢が国民意識を変化させてきたからだと思っております。国際社会における米国の相対的地位の低下、北朝鮮の日本人拉致事件、チャイナの尖閣諸島への侵略行為、ロシアの北方領土や韓国の竹島への不法占拠の強化、国内においては東日本大震災もありました。日本国民は、現行憲法では自分自身や自分の家族、地域や国家を守ることができないのではないかと気付いています。
以上、現行憲法の正統性のない制定過程、日本の歴史から断絶した憲法内容、民意の三点から、自主憲法制定は今まさに国政の重要課題となっております。
今後は、憲法改正国民投票のいわゆる十八歳投票年齢などの三つの宿題を解決させ、全国各地で国民の声を聴く国民運動を展開しつつ、立憲主義に基づき、改正原案を更に詰め、来るべく国政選挙において三分の二以上の国会議員を結集させるべく、私自身もその一助になればと考えております。
世界有数の歴史と伝統を誇る我が国を守り、発展させ、子孫につないでいくために、立憲主義に基づいた自主憲法を制定する決意の表明とさせていただきました。
御清聴ありがとうございました。
この発言だけを見る →自民党は、昭和三十年、一九五五年、立党以来、自主憲法制定が党是であります。当時の立党文書の一つである「党の使命」には次のように書かれております。国内の現状を見るに、祖国愛と自主独立の精神は失われ、独立体制はいまだ十分整わず、ここに至った一端の原因は、敗戦の初期の占領政策の過誤にあると。初期の占領政策の方向が主として我が国の弱体化に置かれていたため、現行憲法の自主的改正を始めとする独立体制の整備を強力に実行し、もって国民の負託に応えんものである。
自民党が立党して今年で五十九年となります。来年は戦後七十年、自民党立党六十年を迎えるわけであります。改めて、自主憲法制定実現に向けて、私はその意義、理由を以下三点あると考えております。
第一は、現行憲法には制定過程に問題があり、法律としての大前提である正統性がないと感じております。
御承知のとおり、マッカーサーが率いる占領軍、GHQから、占領中に言論統制された中で押し付けられたものです。現行憲法は、日本国民の自由意思で、公正で民主的な手続で起草されたものではありません。これは、占領軍が占領地の法律を尊重しなければいけない国際法の違反ともあり、何よりも、現行憲法が自らの前文にある「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、」「ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」に反しています。憲法自体が憲法違反の存在というものであります。
正当に選挙もされない占領軍の最高司令官マッカーサーの指示によって短期間で英語で草案が作られ、日本国民に知らされないまま日本国政府に渡され、政府はそれを翻訳して憲法草案が作られ、衆議院、貴族院と議論されて成立したものであります。その制定過程を知る以上、国民代表である私たち国会議員がそれを是とすることはあり得ないと私は考えております。これを現行のまま放置することは恥であり、後世から叱責を受けかねないと感じております。
第二は、制定過程、その後、主権が回復して国民が十分承認をされているという反論のある中で、私は憲法の内容自体にも問題があると感じております。
現行憲法の基礎となっておりますのは、考え方は三つあると言われております。
第一は、制定過程で分かるように、日本人には自分の国を守る力を持たさず、二度と立ち上がらせないようにするという弱体化という占領政策、米国の属国化、保護国化という考え方があります。それが戦争放棄の憲法九条となっております。その条項が、激動する国際情勢の現在、国家安全保障の足かせとなっております。
第二は、人工国家、米国流の社会契約説であります。敗戦後の日本国民が契約によって新しい国家をつくったフィクションに基づいています。だから、日本の歴史や伝統、文化は全く反映されておりません。
第三は、旧ソ連の、一九三六年、スターリン憲法に影響されており、共産主義が紛れ込んでおります。第二十四条の家族生活における個人の尊重と両性の平等、二十七条の勤労の権利及び義務などはその条項に当たると言われております。社会主義者や共産主義者が護憲になる理由がここにあるわけであります。
第三の自主憲法制定理由は、国民の意識、民意であります。
自民党は、一昨年、第二次憲法草案全文を発表して、十二月に総選挙を戦い、勝利して政権を奪還しました。さらに、昨年夏の参議院通常選挙において第一党となりました。
自主憲法制定は国民の民意となりつつあります。これは、国内外の激動する情勢が国民意識を変化させてきたからだと思っております。国際社会における米国の相対的地位の低下、北朝鮮の日本人拉致事件、チャイナの尖閣諸島への侵略行為、ロシアの北方領土や韓国の竹島への不法占拠の強化、国内においては東日本大震災もありました。日本国民は、現行憲法では自分自身や自分の家族、地域や国家を守ることができないのではないかと気付いています。
以上、現行憲法の正統性のない制定過程、日本の歴史から断絶した憲法内容、民意の三点から、自主憲法制定は今まさに国政の重要課題となっております。
今後は、憲法改正国民投票のいわゆる十八歳投票年齢などの三つの宿題を解決させ、全国各地で国民の声を聴く国民運動を展開しつつ、立憲主義に基づき、改正原案を更に詰め、来るべく国政選挙において三分の二以上の国会議員を結集させるべく、私自身もその一助になればと考えております。
世界有数の歴史と伝統を誇る我が国を守り、発展させ、子孫につないでいくために、立憲主義に基づいた自主憲法を制定する決意の表明とさせていただきました。
御清聴ありがとうございました。
小
前
前川清成#6
○前川清成君 民主党の前川清成でございます。
まず第一に、これから憲法の役割を議論するに先立って確認しておきたいことがあります。それは、私たち、今この世に生きる一人一人の人間があまねく自由でかつ平等だということです。自由であり、かつ平等であるということは、基本的人権が保障されていると言い換えることも可能です。
私たちの誰もが、ただこの世に生まれてきたがゆえに尊い存在であり、だからこそ、一人一人の個人として尊重され、その個性も尊重され、したがって、どのような形の幸せを追求したとしても、他人に迷惑を掛けない限り、国家権力や他人から干渉や妨害を受けてはなりません。私たちの誰もが、ただこの世に生まれてきたがゆえに尊い存在であり、だからこそ、一人一人には様々な違いがあることを当然の前提にしつつも、人間としての尊さに違いはありません。
この自由と平等、基本的人権の保障を否定する、あるいは、政治において最優先で追求すべき価値として認めない者がいたとするならば、ここから先の憲法の議論は馬の耳に念仏となります。憲法の議論は、自由と平等、基本的人権をどのような仕組みで守るのかという議論です。
第二に申し上げたいことは、憲法の制限規範性です。
自由と平等という侵すことのできない永久の権利も、地球上に当初から横たわっていたわけではありません。まさに、人類の多年にわたる自由獲得の努力の結果です。では、人類の多年にわたる自由獲得の努力は何に対して向けられてきたのでしょうか。
例えば、人権宣言の嚆矢と評価されて、国王といえども法の下にあることを確認したイギリスのマグナカルタは、一二一五年、国王ジョンに対して封建領主らが突き付け、承認させた文書です。一七七六年からのアメリカ独立戦争は、課税の強化等苛政に苦しむ植民地住民と本国イギリスとの戦いでした。一七八九年のフランス革命は、絶対君主制、アンシャンレジームに対して第三身分、平民が自由、平等、博愛を理念として掲げた戦いでした。
枚挙にいとまはありませんが、人類の歴史において自由や平等の妨げとなったのは国家権力でした。だからこそ、憲法というルールが生まれ、憲法によって国家権力は制限されています。このように、国家権力が憲法によって制限されることを立憲主義あるいは法の支配と言います。
したがって、この制限規範性に関して、安倍総理が、今月三日の衆議院予算委員会において、王様の時代の考え方と述べたことに私は驚きを禁じ得ませんでした。安倍総理は、今国会冒頭の施政方針演説を始め様々な機会に、自由や民主主義、人権、法の支配など、基本的な価値観を共有する国々と連携を深めると述べておられますが、憲法の制限規範性を否定することは、法の支配の否定にほかなりません。
さらに、安倍総理は、今月十二日の衆議院予算委員会において、憲法の解釈に関して、私たちは選挙で国民から審判を受けるなどと述べておられますが、民主主義は憲法の制限規範性を否定しません。なぜならば、例えばヒトラーのナチス・ドイツのように、民主的な政権であったとしても、時として暴走し、自由や平等を侵害することがあります。だからこそ、王様の時代が終わり民主主義国家が成立しても、国は憲法を持ち、国家権力を制限しています。むしろ、立憲主義と民主主義とは密接に結び付いています。なぜならば、自由な討論の広場が存在しない社会に制度としての民主主義は存在し得ませんので、民主主義は全ての国民に基本的人権が保障されて初めて開花します。単に多数者支配の意味ではなく、民主主義が実を伴ったものであるためには、自由、平等の保障、そのための国家権力の制限は必須です。
フランス人権宣言第十六条が、権利の保障が確保されず、権力の分立が規定されていない社会は、全て憲法を持つものではないと述べているとおり、基本的人権の保障とそのために権力を制限することが憲法の核心的な構成要素であることを世界と歴史が承認しています。
第三に、憲法は制限規範である以上、その論理的帰結として硬性憲法となりますが、硬性憲法であることは決して不磨の大典であることを意味しません。現行憲法も施行後既に六十六年を経過しています。社会や環境が大きく変化しています。憲法も現実の社会を規律するルールである以上、社会や環境の変化に応じて変わらざるを得ない場合があります。
だからこそ、私たち民主党は、昨年三月に策定した新しい綱領において、「国民とともに未来志向の憲法を構想していく。」と述べ、昨年七月の参議院選挙のマニフェストにおいても、更に国民とともに憲法対話を進め、補うべき点、改めるべき点への議論を深めると記しています。
以上です。
この発言だけを見る →まず第一に、これから憲法の役割を議論するに先立って確認しておきたいことがあります。それは、私たち、今この世に生きる一人一人の人間があまねく自由でかつ平等だということです。自由であり、かつ平等であるということは、基本的人権が保障されていると言い換えることも可能です。
私たちの誰もが、ただこの世に生まれてきたがゆえに尊い存在であり、だからこそ、一人一人の個人として尊重され、その個性も尊重され、したがって、どのような形の幸せを追求したとしても、他人に迷惑を掛けない限り、国家権力や他人から干渉や妨害を受けてはなりません。私たちの誰もが、ただこの世に生まれてきたがゆえに尊い存在であり、だからこそ、一人一人には様々な違いがあることを当然の前提にしつつも、人間としての尊さに違いはありません。
この自由と平等、基本的人権の保障を否定する、あるいは、政治において最優先で追求すべき価値として認めない者がいたとするならば、ここから先の憲法の議論は馬の耳に念仏となります。憲法の議論は、自由と平等、基本的人権をどのような仕組みで守るのかという議論です。
第二に申し上げたいことは、憲法の制限規範性です。
自由と平等という侵すことのできない永久の権利も、地球上に当初から横たわっていたわけではありません。まさに、人類の多年にわたる自由獲得の努力の結果です。では、人類の多年にわたる自由獲得の努力は何に対して向けられてきたのでしょうか。
例えば、人権宣言の嚆矢と評価されて、国王といえども法の下にあることを確認したイギリスのマグナカルタは、一二一五年、国王ジョンに対して封建領主らが突き付け、承認させた文書です。一七七六年からのアメリカ独立戦争は、課税の強化等苛政に苦しむ植民地住民と本国イギリスとの戦いでした。一七八九年のフランス革命は、絶対君主制、アンシャンレジームに対して第三身分、平民が自由、平等、博愛を理念として掲げた戦いでした。
枚挙にいとまはありませんが、人類の歴史において自由や平等の妨げとなったのは国家権力でした。だからこそ、憲法というルールが生まれ、憲法によって国家権力は制限されています。このように、国家権力が憲法によって制限されることを立憲主義あるいは法の支配と言います。
したがって、この制限規範性に関して、安倍総理が、今月三日の衆議院予算委員会において、王様の時代の考え方と述べたことに私は驚きを禁じ得ませんでした。安倍総理は、今国会冒頭の施政方針演説を始め様々な機会に、自由や民主主義、人権、法の支配など、基本的な価値観を共有する国々と連携を深めると述べておられますが、憲法の制限規範性を否定することは、法の支配の否定にほかなりません。
さらに、安倍総理は、今月十二日の衆議院予算委員会において、憲法の解釈に関して、私たちは選挙で国民から審判を受けるなどと述べておられますが、民主主義は憲法の制限規範性を否定しません。なぜならば、例えばヒトラーのナチス・ドイツのように、民主的な政権であったとしても、時として暴走し、自由や平等を侵害することがあります。だからこそ、王様の時代が終わり民主主義国家が成立しても、国は憲法を持ち、国家権力を制限しています。むしろ、立憲主義と民主主義とは密接に結び付いています。なぜならば、自由な討論の広場が存在しない社会に制度としての民主主義は存在し得ませんので、民主主義は全ての国民に基本的人権が保障されて初めて開花します。単に多数者支配の意味ではなく、民主主義が実を伴ったものであるためには、自由、平等の保障、そのための国家権力の制限は必須です。
フランス人権宣言第十六条が、権利の保障が確保されず、権力の分立が規定されていない社会は、全て憲法を持つものではないと述べているとおり、基本的人権の保障とそのために権力を制限することが憲法の核心的な構成要素であることを世界と歴史が承認しています。
第三に、憲法は制限規範である以上、その論理的帰結として硬性憲法となりますが、硬性憲法であることは決して不磨の大典であることを意味しません。現行憲法も施行後既に六十六年を経過しています。社会や環境が大きく変化しています。憲法も現実の社会を規律するルールである以上、社会や環境の変化に応じて変わらざるを得ない場合があります。
だからこそ、私たち民主党は、昨年三月に策定した新しい綱領において、「国民とともに未来志向の憲法を構想していく。」と述べ、昨年七月の参議院選挙のマニフェストにおいても、更に国民とともに憲法対話を進め、補うべき点、改めるべき点への議論を深めると記しています。
以上です。
小
西
西田実仁#8
○西田実仁君 公明党の西田実仁でございます。
この参議院の憲法審査会というのは、参議院憲法調査会の報告書を踏まえまして、衆議院とは異なる、独自性ある議論を行うことを旨として運営されてまいりました。
一昨年の常会では、「東日本大震災と憲法」、人権、統治機構、国家緊急権が、昨年の常会では、「二院制」、「新しい人権」がテーマとされてまいりました。この憲法審査会の設置以降、国民投票法の整備、投票権年齢、公務員の政治的行為の制限等が喫緊の課題とされる中、安倍内閣の下で憲法上の論点は、九十六条改正と立憲主義、特定秘密保護法と知る権利、集団的自衛権と平和主義等、広がりを見せております。東日本大震災と原発事故からの復興も道半ばであり、今日、憲法とは何かが改めて問われる状況となっております。
また、昨年は参議院選挙でメンバーも大きく替わっていることからも、憲法論の原点を再確認する必要があると思われます。毎年初回の憲法審査会は、そうした意味で、憲法とは何かという問いから始めるのが良いのではないかと考えております。
憲法の骨格を成す恒久平和主義、基本的人権の尊重、国民主権の三原則は人類の英知というべき優れた普遍の原理であり、平和、人権、民主の憲法精神を国民生活と日本社会の隅々まで定着させ、開花させる闘いに全力を尽くすというのが公明党の基本的立場であります。
憲法改正については、現憲法は優れた憲法であり、平和、人権、民主の憲法三原則を堅持しつつ、環境権など、時代の進展に伴い提起されている新たな理念を加えて補強する加憲が最も現実的で妥当であるとの考えであります。
民主主義国家の憲法は、国家のためにあるのではなく、国民の幸福追求のためにあります。また、人権保障の拡大と国民主権の徹底は民主主義国家の歴史の流れでもあります。したがって、憲法改正の視点は、国民の幸福追求のための人権保障の拡大と国民主権の徹底でなければならないと考えます。加憲が最も現実的で妥当であると考えるのはそのためであります。
国民主権に基づく国民の代表機関で国権の最高機関とされる国会は、本来、政府と官が法を誠実に遵守するよう見張る立場にあり、とりわけ政府から距離を置くことができる参議院は監視を行うにふさわしいと考えます。
二院制の在り方については、参議院に行政監視院を置くという構想も主張されたことがあり、参議院の行政監視機能の強化は二院制支持者の共通の認識となっております。さきの参院選後、衆参において与党が過半数の議席を占めていることからも、対政府という観点の重要性を意識する必要があると考えます。
また、良識の府である参議院では、公共の利益の実現を超党派で目指すよう努力すべきであるとも考えます。特に、行政の組織、人事に対する統制という観点、政府と官僚機構をつくる衆議院、それを監視する参議院という観点は重要であり、この観点での参議院の役割論を深めるべきと考えております。
参議院の行政監視機能強化と併せて、参議院の決算重視も語られております。ただ、決算審議の目的は予算審議へのフィードバックであり、予算審議と決算審議は本来一連一体のものとして行われるべきであることから、衆議院は予算、参議院は決算を単純に徹底すべきではないと考えております。衆参それぞれの特徴に応じた審議をする前提で参議院の決算重視の内容を考えるべきであり、年金制度、特別会計制度等、数年度にわたる長期的検討を要する事項に重点を置いた審議を行うべきではないかと考えております。
我が国政治、行政の根本問題として、真の意味での政治主導をいかにつくるかということが挙げられます。その象徴ともいうべき委任立法の増大に歯止めを掛ける必要があると考えます。特定秘密保護法の問題でも政令で定める旨の規定が多用されておりまして、法の運用が官僚に丸投げされれば、権限濫用により不当逮捕等、重大、深刻な人権侵害を引き起こすおそれがございます。同法の民主的で公正な運用を確保するためには、とりわけ官僚機構に対する国会の監視が重要であり、委任政令を適切に統制する方法を考える必要があると思います。
この点、信州大学の田中祥貴准教授は、参議院の憲法保障機能という新たな視点から、災害対策基本法第百九条第四項にある議会拒否権制度の拡大を提唱しており、注目されます。国会でもこれを研究すべきではないかと考えます。
中央防災会議・防災対策推進検討会議最終報告は、自然災害による国家的な緊急事態への対応の在り方について憲法審査会でも議論をされるよう求めております。首都直下地震など巨大災害の発生に迅速に対応するためには、国会の開会中でも行政府の権限、緊急政令を広範に認める必要がある場合が考えられますが、これは立法府と行政府の関係の根幹、三権分立の在り方が問われる憲法問題となるからであります。一昨年、「東日本大震災と憲法」をテーマとした参議院憲法審査会にふさわしい問題と考えます。ここでも人権保障のために行政をどのように統制していくかが問題の本質であり、議会拒否権制度をどう組み込むか、最重要の論点となると考えます。
以上でございます。
この発言だけを見る →この参議院の憲法審査会というのは、参議院憲法調査会の報告書を踏まえまして、衆議院とは異なる、独自性ある議論を行うことを旨として運営されてまいりました。
一昨年の常会では、「東日本大震災と憲法」、人権、統治機構、国家緊急権が、昨年の常会では、「二院制」、「新しい人権」がテーマとされてまいりました。この憲法審査会の設置以降、国民投票法の整備、投票権年齢、公務員の政治的行為の制限等が喫緊の課題とされる中、安倍内閣の下で憲法上の論点は、九十六条改正と立憲主義、特定秘密保護法と知る権利、集団的自衛権と平和主義等、広がりを見せております。東日本大震災と原発事故からの復興も道半ばであり、今日、憲法とは何かが改めて問われる状況となっております。
また、昨年は参議院選挙でメンバーも大きく替わっていることからも、憲法論の原点を再確認する必要があると思われます。毎年初回の憲法審査会は、そうした意味で、憲法とは何かという問いから始めるのが良いのではないかと考えております。
憲法の骨格を成す恒久平和主義、基本的人権の尊重、国民主権の三原則は人類の英知というべき優れた普遍の原理であり、平和、人権、民主の憲法精神を国民生活と日本社会の隅々まで定着させ、開花させる闘いに全力を尽くすというのが公明党の基本的立場であります。
憲法改正については、現憲法は優れた憲法であり、平和、人権、民主の憲法三原則を堅持しつつ、環境権など、時代の進展に伴い提起されている新たな理念を加えて補強する加憲が最も現実的で妥当であるとの考えであります。
民主主義国家の憲法は、国家のためにあるのではなく、国民の幸福追求のためにあります。また、人権保障の拡大と国民主権の徹底は民主主義国家の歴史の流れでもあります。したがって、憲法改正の視点は、国民の幸福追求のための人権保障の拡大と国民主権の徹底でなければならないと考えます。加憲が最も現実的で妥当であると考えるのはそのためであります。
国民主権に基づく国民の代表機関で国権の最高機関とされる国会は、本来、政府と官が法を誠実に遵守するよう見張る立場にあり、とりわけ政府から距離を置くことができる参議院は監視を行うにふさわしいと考えます。
二院制の在り方については、参議院に行政監視院を置くという構想も主張されたことがあり、参議院の行政監視機能の強化は二院制支持者の共通の認識となっております。さきの参院選後、衆参において与党が過半数の議席を占めていることからも、対政府という観点の重要性を意識する必要があると考えます。
また、良識の府である参議院では、公共の利益の実現を超党派で目指すよう努力すべきであるとも考えます。特に、行政の組織、人事に対する統制という観点、政府と官僚機構をつくる衆議院、それを監視する参議院という観点は重要であり、この観点での参議院の役割論を深めるべきと考えております。
参議院の行政監視機能強化と併せて、参議院の決算重視も語られております。ただ、決算審議の目的は予算審議へのフィードバックであり、予算審議と決算審議は本来一連一体のものとして行われるべきであることから、衆議院は予算、参議院は決算を単純に徹底すべきではないと考えております。衆参それぞれの特徴に応じた審議をする前提で参議院の決算重視の内容を考えるべきであり、年金制度、特別会計制度等、数年度にわたる長期的検討を要する事項に重点を置いた審議を行うべきではないかと考えております。
我が国政治、行政の根本問題として、真の意味での政治主導をいかにつくるかということが挙げられます。その象徴ともいうべき委任立法の増大に歯止めを掛ける必要があると考えます。特定秘密保護法の問題でも政令で定める旨の規定が多用されておりまして、法の運用が官僚に丸投げされれば、権限濫用により不当逮捕等、重大、深刻な人権侵害を引き起こすおそれがございます。同法の民主的で公正な運用を確保するためには、とりわけ官僚機構に対する国会の監視が重要であり、委任政令を適切に統制する方法を考える必要があると思います。
この点、信州大学の田中祥貴准教授は、参議院の憲法保障機能という新たな視点から、災害対策基本法第百九条第四項にある議会拒否権制度の拡大を提唱しており、注目されます。国会でもこれを研究すべきではないかと考えます。
中央防災会議・防災対策推進検討会議最終報告は、自然災害による国家的な緊急事態への対応の在り方について憲法審査会でも議論をされるよう求めております。首都直下地震など巨大災害の発生に迅速に対応するためには、国会の開会中でも行政府の権限、緊急政令を広範に認める必要がある場合が考えられますが、これは立法府と行政府の関係の根幹、三権分立の在り方が問われる憲法問題となるからであります。一昨年、「東日本大震災と憲法」をテーマとした参議院憲法審査会にふさわしい問題と考えます。ここでも人権保障のために行政をどのように統制していくかが問題の本質であり、議会拒否権制度をどう組み込むか、最重要の論点となると考えます。
以上でございます。
小
松
松田公太#10
○松田公太君 みんなの党の松田公太です。みんなの党を代表して、日本国憲法に関する基本的な考え方を申し述べたいと思います。
戦後の焼け野原の中から我が国は復興を始め、先進諸国に追い付け追い越せと、国民が一丸となり高度経済成長を成し遂げてきました。生産も所得も右肩上がりで伸び、全体のパイがどんどん膨らむような状況においては、中央集権型で突き進む方法が有効だったのかもしれません。しかし、一九九〇年のバブル崩壊以降は状況が一変し、日本国全体が迷路の中に入り込んでしまいました。それから二十五年間、我々は出口を見付けられずに同じところをぐるぐるとさまよっているような感じさえあります。
なぜ様々な政策と法改正を施しても決定打を打つことができないのか。答えは一つではありませんが、国民のニーズが多種多様化してきていることと、無力感と諦めの意識が蔓延していることが大きな原因ではないかと考えております。
それを打破するためには、やる気があればチャレンジできる、また、頑張った者が報われるという公平な競争が可能な社会、そして同時に、力を持った者がやりたい放題にやってはいけないという共助と公助の精神も張り巡らせた社会に変えていく必要があります。それを阻害しているのが、戦時中に構築された官僚統制と中央集権のストラクチャーなのです。
国民が十分主体的に活動できるような国家に成長するためにも、地域主権型道州制を実現するべきだと思います。そして、時代が変化を必要としている以上、国家の理念たる憲法も見直し、真の自由社会を希求できるようにしなければなりません。
道州制が導入されれば、国家の役割は必然的に外交、防衛、金融政策、社会保障等に限定されます。そして、議員定数の削減を経て、第四十二条を改正し、一院制へと移行するべきだと考えております。もちろん、その際には、違憲状態にある一票の格差を是正しなければなりません。また、国民の意見を集約する上で重要な存在である政党の位置付けを明記するとともに、国民から選挙で信任を得た政党が活動できるよう政党法も整備するべきです。
一方、現在の強固な官僚統制を打破し政治主導を実現するためには強いリーダーシップが求められます。首相公選制の実現により、国民の意思を反映したリーダーによる改革を行っていくべきです。
さらに、今後、首都直下型地震や南海トラフ地震の発生が予想される中、未曽有の災害に対応できるようにしなければなりません。すなわち、憲法上、緊急事態宣言を始めとした緊急事態法制に関する規定を盛り込む必要があると考えています。これにより、政府が大規模災害時に機動的な対応が可能となるとともに、その限界や責任主体を明確にすることで国家権力の暴走も防ぐことができます。
次に、憲法改正論議の前提となる国民投票法の改正について申し上げます。
憲法の硬性に鑑みれば、改正の影響は将来世代にこそ強く生じます。そうであるならば、可能な限り投票年齢は下げるべきであり、十八歳への引下げは可及的速やかに行わなければなりません。同様に、公職選挙法上の選挙権についても十八歳への引下げを行うべきです。高齢化が進む現状においては、相対的に若者の意見は少数派になってしまいます。ほぼ全ての先進国が十八歳以上の国民に選挙権行使を認める中で、日本の若者だけが未熟であるという議論には説得力がありません。
最後に、集団的自衛権を含め、九条について申し上げます。
現在、党内で話を進めておりますが、そもそも憲法九条は、一読しただけではその意味を理解し難く、我が国において不可欠な存在である自衛隊の位置付けも曖昧です。また、PKOで一緒に派遣されている密接な友好国の部隊が襲われたときに自衛隊が反撃できないという現状は、余りにも無責任だと思います。
さらに、保持はしているけれども行使はできないという集団的自衛権に対するスタンスは、国民にとって極めて分かりづらいものです。国連憲章においては、個別的自衛権のみならず、集団的自衛権も国家の固有の権利として認められています。同じ自衛権でありながら、一方は認め、他方は認めないというのは不自然です。
解釈改憲については否定的な意見も見られますが、過去にも六十六条二項の文民規定の解釈変更が行われております。
また、我々と同様に官僚依存から脱却するという信条を掲げる政党が多い中、集団的自衛権だけは内閣法制局の判断に依存するというのも整合性が取れないのではないでしょうか。脱官僚を提言するなら、最終的な解釈権限が司法にあることを前提に、国民的議論を踏まえつつ、政治が責任ある解釈を行ってしかるべきです。
激動する国際情勢の中で、日本に求められている役割も変わってきております。いつまでも同盟国に一方的に頼り切るというわけにはいきません。集団的自衛権の行使は認めない方がおかしいとさえ考えております。
以上のように、これまでの我が国は、官僚統制等による一部国民の活動や国民的な議論が阻まれてきたと考えられます。もうすぐ戦後七十年を迎える中で、時代の変化に合わせ、国家モデルを変えていくべきです。それが国際社会の中においても一人前として認められる国家へ成長するための重要な方策だと我々は考えております。
御清聴ありがとうございました。
この発言だけを見る →戦後の焼け野原の中から我が国は復興を始め、先進諸国に追い付け追い越せと、国民が一丸となり高度経済成長を成し遂げてきました。生産も所得も右肩上がりで伸び、全体のパイがどんどん膨らむような状況においては、中央集権型で突き進む方法が有効だったのかもしれません。しかし、一九九〇年のバブル崩壊以降は状況が一変し、日本国全体が迷路の中に入り込んでしまいました。それから二十五年間、我々は出口を見付けられずに同じところをぐるぐるとさまよっているような感じさえあります。
なぜ様々な政策と法改正を施しても決定打を打つことができないのか。答えは一つではありませんが、国民のニーズが多種多様化してきていることと、無力感と諦めの意識が蔓延していることが大きな原因ではないかと考えております。
それを打破するためには、やる気があればチャレンジできる、また、頑張った者が報われるという公平な競争が可能な社会、そして同時に、力を持った者がやりたい放題にやってはいけないという共助と公助の精神も張り巡らせた社会に変えていく必要があります。それを阻害しているのが、戦時中に構築された官僚統制と中央集権のストラクチャーなのです。
国民が十分主体的に活動できるような国家に成長するためにも、地域主権型道州制を実現するべきだと思います。そして、時代が変化を必要としている以上、国家の理念たる憲法も見直し、真の自由社会を希求できるようにしなければなりません。
道州制が導入されれば、国家の役割は必然的に外交、防衛、金融政策、社会保障等に限定されます。そして、議員定数の削減を経て、第四十二条を改正し、一院制へと移行するべきだと考えております。もちろん、その際には、違憲状態にある一票の格差を是正しなければなりません。また、国民の意見を集約する上で重要な存在である政党の位置付けを明記するとともに、国民から選挙で信任を得た政党が活動できるよう政党法も整備するべきです。
一方、現在の強固な官僚統制を打破し政治主導を実現するためには強いリーダーシップが求められます。首相公選制の実現により、国民の意思を反映したリーダーによる改革を行っていくべきです。
さらに、今後、首都直下型地震や南海トラフ地震の発生が予想される中、未曽有の災害に対応できるようにしなければなりません。すなわち、憲法上、緊急事態宣言を始めとした緊急事態法制に関する規定を盛り込む必要があると考えています。これにより、政府が大規模災害時に機動的な対応が可能となるとともに、その限界や責任主体を明確にすることで国家権力の暴走も防ぐことができます。
次に、憲法改正論議の前提となる国民投票法の改正について申し上げます。
憲法の硬性に鑑みれば、改正の影響は将来世代にこそ強く生じます。そうであるならば、可能な限り投票年齢は下げるべきであり、十八歳への引下げは可及的速やかに行わなければなりません。同様に、公職選挙法上の選挙権についても十八歳への引下げを行うべきです。高齢化が進む現状においては、相対的に若者の意見は少数派になってしまいます。ほぼ全ての先進国が十八歳以上の国民に選挙権行使を認める中で、日本の若者だけが未熟であるという議論には説得力がありません。
最後に、集団的自衛権を含め、九条について申し上げます。
現在、党内で話を進めておりますが、そもそも憲法九条は、一読しただけではその意味を理解し難く、我が国において不可欠な存在である自衛隊の位置付けも曖昧です。また、PKOで一緒に派遣されている密接な友好国の部隊が襲われたときに自衛隊が反撃できないという現状は、余りにも無責任だと思います。
さらに、保持はしているけれども行使はできないという集団的自衛権に対するスタンスは、国民にとって極めて分かりづらいものです。国連憲章においては、個別的自衛権のみならず、集団的自衛権も国家の固有の権利として認められています。同じ自衛権でありながら、一方は認め、他方は認めないというのは不自然です。
解釈改憲については否定的な意見も見られますが、過去にも六十六条二項の文民規定の解釈変更が行われております。
また、我々と同様に官僚依存から脱却するという信条を掲げる政党が多い中、集団的自衛権だけは内閣法制局の判断に依存するというのも整合性が取れないのではないでしょうか。脱官僚を提言するなら、最終的な解釈権限が司法にあることを前提に、国民的議論を踏まえつつ、政治が責任ある解釈を行ってしかるべきです。
激動する国際情勢の中で、日本に求められている役割も変わってきております。いつまでも同盟国に一方的に頼り切るというわけにはいきません。集団的自衛権の行使は認めない方がおかしいとさえ考えております。
以上のように、これまでの我が国は、官僚統制等による一部国民の活動や国民的な議論が阻まれてきたと考えられます。もうすぐ戦後七十年を迎える中で、時代の変化に合わせ、国家モデルを変えていくべきです。それが国際社会の中においても一人前として認められる国家へ成長するための重要な方策だと我々は考えております。
御清聴ありがとうございました。
小
仁
仁比聡平#12
○仁比聡平君 日本共産党の仁比聡平です。
我が党は、本日の憲法審査会開会に強く反対してきました。私は、まず第一に、憲法審査会はそもそも動かすべきでないことを改めて主張するものです。
憲法審査会は、戦後レジームからの脱却、時代に最もそぐわないのは憲法九条と唱えた第一次安倍政権の改憲スケジュールの一里塚として二〇〇七年五月に強行された改憲手続法によっています。しかし、その改憲手続法自体が、最低投票率さえ定めず、公務員や教育者の国民投票運動を不当に制限し、改憲案の広報や広告を改憲派に有利にし、衆参合同審査会の勧告権限や両院協議会によって改憲発議を容易にするなど、できるだけ低いハードルで改憲案を通せるようにした不公正な仕組みであり、国民主権及び憲法制定権力の発動である憲法九十六条の理念、趣旨に反するものにほかなりません。投票権年齢、公務員などの運動規制、国民投票の対象という三つの宿題も、参議院における十八項目にも及ぶ附帯決議もそうした重大問題から発するものですが、そこで提起された課題は何ら解決されていません。
中でも、憲法審査会は、改憲原案の審査権限を持ち、明文改憲に直接つながる重大な機関であります。この審査会の活動は、勢い改憲手続の具体化、改憲原案のすり合わせとなり、国民は憲法改正を求めていないのに、改憲機運を国会が押し付けることになります。改憲手続法、そして憲法審査会は動かしてはならないのです。
第二に、憲法審査会を動かすことは、日本国憲法が決して許さない集団的自衛権とその行使を始めとした強権と戦争国家化という憲法改悪の条件づくりにほかならないからです。
自民党改憲草案に代表される憲法九条明文改憲の国民的ハードルは高く、そのハードルを下げようという憲法九十六条先行改憲も、憲法が憲法でなくなるという強い批判に勢いを失う下で、昨年の参議院選挙後、第二次安倍政権は、もはや憲法を棚上げし、無視して、多数を頼んだ憲法破壊の数々を強行しています。
戦争司令部と、司令塔というべき国家安全保障会議と一体の特定秘密保護法の強行、国家安全保障戦略に基づく自衛隊の侵略的機能強化、武器輸出禁止三原則の撤廃、辺野古新基地の押し付けを始め在日米軍の再編強化などに続き、集団的自衛権をめぐる安倍総理の国会答弁は歴代の政府見解をも根底から覆してエスカレートしていますが、戦争放棄と戦力不保持、交戦権の否認によって軍事力行使の手を縛り、国際紛争の平和的解決の道を示す憲法九条の下で、集団的自衛権とその行使が認められるはずもありません。
総理は、立憲主義は王権が絶対権力を持っていた時代の話とか、最高責任者は私だ、私が責任を持って選挙で審判を受けるなどと強弁するに至っていますが、こうなると、政府の憲法解釈の変更はもはや法的、論理的な意味での解釈でさえなく、単に国会の多数を獲得すれば時の政権が憲法解釈を自由勝手にできる、すなわち、憲法の最高規範性を失わせる憲法破壊にほかなりません。しかも、その国会の多数は、二〇一二年総選挙でも四割の得票で八割の議席という小選挙区制の虚構の多数でしかないのです。その下で与党が改憲手続法改正案を今国会に提出しようとする動きは、こうした憲法破壊と日本国憲法との相入れない矛盾を打開するための明文改憲の条件づくりというべきです。
総理が幾ら積極的平和主義を弁明しても、凍り付いたような日中、日韓関係は打開の糸口さえ見えず、日米関係のきしみも覆い隠せなくなっています。それが、靖国神社参拝強行を始め、侵略戦争と植民地支配を正当化する総理の歴史認識と政策のゆえであるところに、軍国主義の除去と民主主義の確立によって国際社会に復帰した戦後日本の原点である憲法九条と相入れない根本的矛盾が現れています。
さきの臨時国会で示された秘密保護法反対の声の国民的広がりは、日本国民の巨大な民主主義の力を示しました。
日本共産党は、憲法改悪を許さず、憲法九条を生かす北東アジア平和構想の実現のために全力を尽くすものです。
以上です。
この発言だけを見る →我が党は、本日の憲法審査会開会に強く反対してきました。私は、まず第一に、憲法審査会はそもそも動かすべきでないことを改めて主張するものです。
憲法審査会は、戦後レジームからの脱却、時代に最もそぐわないのは憲法九条と唱えた第一次安倍政権の改憲スケジュールの一里塚として二〇〇七年五月に強行された改憲手続法によっています。しかし、その改憲手続法自体が、最低投票率さえ定めず、公務員や教育者の国民投票運動を不当に制限し、改憲案の広報や広告を改憲派に有利にし、衆参合同審査会の勧告権限や両院協議会によって改憲発議を容易にするなど、できるだけ低いハードルで改憲案を通せるようにした不公正な仕組みであり、国民主権及び憲法制定権力の発動である憲法九十六条の理念、趣旨に反するものにほかなりません。投票権年齢、公務員などの運動規制、国民投票の対象という三つの宿題も、参議院における十八項目にも及ぶ附帯決議もそうした重大問題から発するものですが、そこで提起された課題は何ら解決されていません。
中でも、憲法審査会は、改憲原案の審査権限を持ち、明文改憲に直接つながる重大な機関であります。この審査会の活動は、勢い改憲手続の具体化、改憲原案のすり合わせとなり、国民は憲法改正を求めていないのに、改憲機運を国会が押し付けることになります。改憲手続法、そして憲法審査会は動かしてはならないのです。
第二に、憲法審査会を動かすことは、日本国憲法が決して許さない集団的自衛権とその行使を始めとした強権と戦争国家化という憲法改悪の条件づくりにほかならないからです。
自民党改憲草案に代表される憲法九条明文改憲の国民的ハードルは高く、そのハードルを下げようという憲法九十六条先行改憲も、憲法が憲法でなくなるという強い批判に勢いを失う下で、昨年の参議院選挙後、第二次安倍政権は、もはや憲法を棚上げし、無視して、多数を頼んだ憲法破壊の数々を強行しています。
戦争司令部と、司令塔というべき国家安全保障会議と一体の特定秘密保護法の強行、国家安全保障戦略に基づく自衛隊の侵略的機能強化、武器輸出禁止三原則の撤廃、辺野古新基地の押し付けを始め在日米軍の再編強化などに続き、集団的自衛権をめぐる安倍総理の国会答弁は歴代の政府見解をも根底から覆してエスカレートしていますが、戦争放棄と戦力不保持、交戦権の否認によって軍事力行使の手を縛り、国際紛争の平和的解決の道を示す憲法九条の下で、集団的自衛権とその行使が認められるはずもありません。
総理は、立憲主義は王権が絶対権力を持っていた時代の話とか、最高責任者は私だ、私が責任を持って選挙で審判を受けるなどと強弁するに至っていますが、こうなると、政府の憲法解釈の変更はもはや法的、論理的な意味での解釈でさえなく、単に国会の多数を獲得すれば時の政権が憲法解釈を自由勝手にできる、すなわち、憲法の最高規範性を失わせる憲法破壊にほかなりません。しかも、その国会の多数は、二〇一二年総選挙でも四割の得票で八割の議席という小選挙区制の虚構の多数でしかないのです。その下で与党が改憲手続法改正案を今国会に提出しようとする動きは、こうした憲法破壊と日本国憲法との相入れない矛盾を打開するための明文改憲の条件づくりというべきです。
総理が幾ら積極的平和主義を弁明しても、凍り付いたような日中、日韓関係は打開の糸口さえ見えず、日米関係のきしみも覆い隠せなくなっています。それが、靖国神社参拝強行を始め、侵略戦争と植民地支配を正当化する総理の歴史認識と政策のゆえであるところに、軍国主義の除去と民主主義の確立によって国際社会に復帰した戦後日本の原点である憲法九条と相入れない根本的矛盾が現れています。
さきの臨時国会で示された秘密保護法反対の声の国民的広がりは、日本国民の巨大な民主主義の力を示しました。
日本共産党は、憲法改悪を許さず、憲法九条を生かす北東アジア平和構想の実現のために全力を尽くすものです。
以上です。
小
清
清水貴之#14
○清水貴之君 日本維新の会の清水貴之です。
我々日本維新の会の現行憲法に対する考え方、そして認識をお伝えしたいと思います。
日本維新の会は、決定でき、責任を負うことができる民主的な統治機構を構築するため、体制維新の実行を目指しています。その際、現在の統治機構を規定している現行憲法の改正が不可避であると考えています。
日本維新の会は、党内に憲法調査会を設置し、これまで二十回にわたって会合を開き、昨年六月、憲法改正に関する基本的な考え方を中間報告として取りまとめました。この報告において、財政健全化条項を盛り込むことや首相公選制の導入を前提に国会を一院制に改革することなど、新たな国と地方の在り方を示しました。統治機構改革を推進していくためにも、国会に設置されているこの憲法審査会において、財政や地方分権、緊急事態などに関する条文案の作成に着手すべきだと考えています。
しかし、衆参共に憲法審査会はほとんど開催がなく、憲法改正論議は国会の内でも外でも低調です。憲法改正の進展には、国会での論議を深め、それによって国民的議論を起こすことが不可欠です。現在、加憲論も併せた憲法改正を容認する勢力が衆参両院で三分の二を占めています。この現状は、国民が国会の場で憲法改正に関する真摯な議論を望んでいるあかしではないでしょうか。この憲法審査会も議論を深める場として活動的な会となることを希望いたします。
国と地方の仕組みを抜本的に改革するためには憲法の改正が必要です。そのためにも、まず憲法九十六条を改正し、国民の手で憲法改正ができるようにしたいと考えています。憲法の改正に必須の国民投票の不備を直す改正案を日本維新の会は昨年提出しました。このように積極的に憲法改正論議をリードしているつもりではありますが、更なる論議を惹起するためにも、国民投票法改正案の成立を目指していきたいと思います。
財政の健全化、これも我が国の喫緊の課題です。
健全財政を担保するため、将来世代を含む国民の利益を保護する趣旨を盛り込んだ財政規律条項を規定する、経常収支勘定と資本的収支勘定とに区分した上で、公会計を透明性の高いルールの下に置くことなどの基本原則を明記する、内閣総理大臣の予算、決算に関する説明責任を明記する、国会において予算の修正が可能であることを明確にすることなどを日本維新の会憲法調査会の中間報告には盛り込んでいます。
さらに、今国会での大きな議論の的となるであろう集団的自衛権についても一言述べさせていただきます。
これまで政府は、集団的自衛権は国際法上保有しているが、行使できない権利と位置付けてきましたが、行使は政策の問題であり、国際情勢の変化に合わせて政策は見直すべきではないでしょうか。国際社会と連携協力し、自国への攻撃を抑止するのは安全保障の常識であり、趣旨は国連憲章にも明記されています。集団的自衛権の行使が認められていない現状では、攻撃された他国軍を守る活動が許されず、日本の平和維持活動の足かせとなるだけでなく、日本に対する信頼を大きく損ねることにもなります。
しかし、その一方で、米国の意向で戦争に巻き込まれるのではないかという懸念もあります。そのためにも、法律によって集団的自衛権の行使に関する要件を明確にし、国民の納得と国際社会の理解を得るべきです。そのための十分な手続と説明について、我が党でもしっかりと議論をしていきたいと思います。
緊急事態に関する項目を追加するべきであるというのが日本維新の会の考え方です。
外部からの武力攻撃はもちろん、大規模な自然災害、原発事故等の大規模な事故、大規模なテロ、大規模な伝染病の流行などの緊急事態に迅速かつ効果的に対処するとともに、有事にあっても憲法秩序を維持し、権力の濫用や簒奪を防ぐため、内閣総理大臣による指揮命令権の行使と国会による民主的統制を明記し、緊急事態に対する体制を整備すべきであると考えています。
様々意見を申しましたが、日本を強く賢くするため、日本維新の会は憲法改正を含む抜本的な統治機構の改革に真正面から取り組んでまいります。
以上です。御清聴ありがとうございました。
この発言だけを見る →我々日本維新の会の現行憲法に対する考え方、そして認識をお伝えしたいと思います。
日本維新の会は、決定でき、責任を負うことができる民主的な統治機構を構築するため、体制維新の実行を目指しています。その際、現在の統治機構を規定している現行憲法の改正が不可避であると考えています。
日本維新の会は、党内に憲法調査会を設置し、これまで二十回にわたって会合を開き、昨年六月、憲法改正に関する基本的な考え方を中間報告として取りまとめました。この報告において、財政健全化条項を盛り込むことや首相公選制の導入を前提に国会を一院制に改革することなど、新たな国と地方の在り方を示しました。統治機構改革を推進していくためにも、国会に設置されているこの憲法審査会において、財政や地方分権、緊急事態などに関する条文案の作成に着手すべきだと考えています。
しかし、衆参共に憲法審査会はほとんど開催がなく、憲法改正論議は国会の内でも外でも低調です。憲法改正の進展には、国会での論議を深め、それによって国民的議論を起こすことが不可欠です。現在、加憲論も併せた憲法改正を容認する勢力が衆参両院で三分の二を占めています。この現状は、国民が国会の場で憲法改正に関する真摯な議論を望んでいるあかしではないでしょうか。この憲法審査会も議論を深める場として活動的な会となることを希望いたします。
国と地方の仕組みを抜本的に改革するためには憲法の改正が必要です。そのためにも、まず憲法九十六条を改正し、国民の手で憲法改正ができるようにしたいと考えています。憲法の改正に必須の国民投票の不備を直す改正案を日本維新の会は昨年提出しました。このように積極的に憲法改正論議をリードしているつもりではありますが、更なる論議を惹起するためにも、国民投票法改正案の成立を目指していきたいと思います。
財政の健全化、これも我が国の喫緊の課題です。
健全財政を担保するため、将来世代を含む国民の利益を保護する趣旨を盛り込んだ財政規律条項を規定する、経常収支勘定と資本的収支勘定とに区分した上で、公会計を透明性の高いルールの下に置くことなどの基本原則を明記する、内閣総理大臣の予算、決算に関する説明責任を明記する、国会において予算の修正が可能であることを明確にすることなどを日本維新の会憲法調査会の中間報告には盛り込んでいます。
さらに、今国会での大きな議論の的となるであろう集団的自衛権についても一言述べさせていただきます。
これまで政府は、集団的自衛権は国際法上保有しているが、行使できない権利と位置付けてきましたが、行使は政策の問題であり、国際情勢の変化に合わせて政策は見直すべきではないでしょうか。国際社会と連携協力し、自国への攻撃を抑止するのは安全保障の常識であり、趣旨は国連憲章にも明記されています。集団的自衛権の行使が認められていない現状では、攻撃された他国軍を守る活動が許されず、日本の平和維持活動の足かせとなるだけでなく、日本に対する信頼を大きく損ねることにもなります。
しかし、その一方で、米国の意向で戦争に巻き込まれるのではないかという懸念もあります。そのためにも、法律によって集団的自衛権の行使に関する要件を明確にし、国民の納得と国際社会の理解を得るべきです。そのための十分な手続と説明について、我が党でもしっかりと議論をしていきたいと思います。
緊急事態に関する項目を追加するべきであるというのが日本維新の会の考え方です。
外部からの武力攻撃はもちろん、大規模な自然災害、原発事故等の大規模な事故、大規模なテロ、大規模な伝染病の流行などの緊急事態に迅速かつ効果的に対処するとともに、有事にあっても憲法秩序を維持し、権力の濫用や簒奪を防ぐため、内閣総理大臣による指揮命令権の行使と国会による民主的統制を明記し、緊急事態に対する体制を整備すべきであると考えています。
様々意見を申しましたが、日本を強く賢くするため、日本維新の会は憲法改正を含む抜本的な統治機構の改革に真正面から取り組んでまいります。
以上です。御清聴ありがとうございました。
小
川
川田龍平#16
○川田龍平君 結いの党の川田龍平です。
まず、会派を代表して発言させていただけることを各党の各会派の皆様に御礼を申し上げます。今国会、初めてこうして会派を認めていただき、そして今回、ようやくこうして会派を代表して発言をすることができました。
結いの党は、昨年の十二月十八日に結党いたしました日本で一番新しい政党です。その中でこの憲法について是非議論をして、憲法についてを、この憲法審査会でもしっかり議論を深めていきたいというふうに考えております。
結いの党は、結党時に発表した党の理念に、「戦後、日本国憲法が果たしてきた役割を正当に評価するとともに、時代の要請に応じて不断の見直しを行う。」と掲げています。これは、現行憲法を不磨の大典とすることにはしていません。この美しい国、強い日本といった耳に聞こえが良い言葉の裏で国防軍の設置などを画策する復古的な改憲論とは一線を画し、近代立憲主義を大切にしつつ、統治機構の改革を主眼に置いて必要な改正を行うべきという立ち位置にあります。
そもそも、この法治国家における憲法とは、個人の自由を保障するものであり、そのために国家権力を制限するものであって、国家権力が侵すことのできない国民の基本的人権の保護が規定されているのが基本法典であると考えています。日本国憲法が国民の権利を強調し過ぎており、義務が少ないのではないかという意見もありますが、近代立憲主義において憲法とは、国家の有する主権を制限し、個人の権利、自由を保護するためにあり、むしろ国民への義務は必要最小限にとどめるべきというものです。もし仮にどうしても憲法に人権の制限を加える事項を追加するのであれば、その条項をいかに制約的にするべきかを第一に考えるべきと考えます。この考えに逆行するこの憲法の改正には反対です。
集団的自衛権について、解釈改憲に踏み切ると受け取られる総理の発言がありましたが、それは立憲主義の否定であり、これは断固反対をいたします。統治機構改革についても、選挙制度や政党を含めた政治改革、公務員制度の改革など、憲法改正の前にやるべきことがあると考えています。この憲法九十六条改正の前にやるべきことがあるということも訴えてきました。
集団的自衛権の拡大解釈の是非が議論になっていますが、時の為政者が憲法を拡大解釈して憲法の本来の方向性をゆがめるような行為をすることは、憲法九十九条によって禁じられています。首相が権力を持っているからといって、憲法を拡大解釈するというのは間違っていると考えます。
そもそも、憲法の目的は国民を幸福にすることであり、憲法十三条の幸福追求権にも象徴されるように、国民を幸福にするためのものです。国会議員も国民も憲法をもう一度改めて読み直して、この憲法について議論をすることが必要と考えています。
私も、この憲法については、大学時代、教職員免許を取るために憲法の授業で勉強をしてきました。しかしながら、大学の授業だけではなく、私自身が薬害エイズの裁判を通して、憲法二十五条の生存権、そして、生命、自由そして幸福追求の個人の権利について定めたこの憲法十三条、それを基に裁判で国を、争ってきたこの裁判を体験してきたことからも、私自身は、この憲法をやはりしっかり守り、この憲法をしっかりと機能させて使っていくことが大事だと考えて個人的にいます。
特に、この憲法の前文にある、日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し、我らの安全と生存を保持しようと決意した。我らは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。我らは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。我らは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。日本国民は、国家の名誉に懸け、全力を挙げてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。
この前文にあるように、私は、この日本国憲法をしっかりと機能させること、目的を失わずに憲法をしっかり議論し、そして、これを不磨の大典とせず、皆さんと議論していくことをしたいと思って考えています。
ありがとうございました。終わります。
この発言だけを見る →まず、会派を代表して発言させていただけることを各党の各会派の皆様に御礼を申し上げます。今国会、初めてこうして会派を認めていただき、そして今回、ようやくこうして会派を代表して発言をすることができました。
結いの党は、昨年の十二月十八日に結党いたしました日本で一番新しい政党です。その中でこの憲法について是非議論をして、憲法についてを、この憲法審査会でもしっかり議論を深めていきたいというふうに考えております。
結いの党は、結党時に発表した党の理念に、「戦後、日本国憲法が果たしてきた役割を正当に評価するとともに、時代の要請に応じて不断の見直しを行う。」と掲げています。これは、現行憲法を不磨の大典とすることにはしていません。この美しい国、強い日本といった耳に聞こえが良い言葉の裏で国防軍の設置などを画策する復古的な改憲論とは一線を画し、近代立憲主義を大切にしつつ、統治機構の改革を主眼に置いて必要な改正を行うべきという立ち位置にあります。
そもそも、この法治国家における憲法とは、個人の自由を保障するものであり、そのために国家権力を制限するものであって、国家権力が侵すことのできない国民の基本的人権の保護が規定されているのが基本法典であると考えています。日本国憲法が国民の権利を強調し過ぎており、義務が少ないのではないかという意見もありますが、近代立憲主義において憲法とは、国家の有する主権を制限し、個人の権利、自由を保護するためにあり、むしろ国民への義務は必要最小限にとどめるべきというものです。もし仮にどうしても憲法に人権の制限を加える事項を追加するのであれば、その条項をいかに制約的にするべきかを第一に考えるべきと考えます。この考えに逆行するこの憲法の改正には反対です。
集団的自衛権について、解釈改憲に踏み切ると受け取られる総理の発言がありましたが、それは立憲主義の否定であり、これは断固反対をいたします。統治機構改革についても、選挙制度や政党を含めた政治改革、公務員制度の改革など、憲法改正の前にやるべきことがあると考えています。この憲法九十六条改正の前にやるべきことがあるということも訴えてきました。
集団的自衛権の拡大解釈の是非が議論になっていますが、時の為政者が憲法を拡大解釈して憲法の本来の方向性をゆがめるような行為をすることは、憲法九十九条によって禁じられています。首相が権力を持っているからといって、憲法を拡大解釈するというのは間違っていると考えます。
そもそも、憲法の目的は国民を幸福にすることであり、憲法十三条の幸福追求権にも象徴されるように、国民を幸福にするためのものです。国会議員も国民も憲法をもう一度改めて読み直して、この憲法について議論をすることが必要と考えています。
私も、この憲法については、大学時代、教職員免許を取るために憲法の授業で勉強をしてきました。しかしながら、大学の授業だけではなく、私自身が薬害エイズの裁判を通して、憲法二十五条の生存権、そして、生命、自由そして幸福追求の個人の権利について定めたこの憲法十三条、それを基に裁判で国を、争ってきたこの裁判を体験してきたことからも、私自身は、この憲法をやはりしっかり守り、この憲法をしっかりと機能させて使っていくことが大事だと考えて個人的にいます。
特に、この憲法の前文にある、日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し、我らの安全と生存を保持しようと決意した。我らは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。我らは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。我らは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。日本国民は、国家の名誉に懸け、全力を挙げてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。
この前文にあるように、私は、この日本国憲法をしっかりと機能させること、目的を失わずに憲法をしっかり議論し、そして、これを不磨の大典とせず、皆さんと議論していくことをしたいと思って考えています。
ありがとうございました。終わります。
小
福
福島みずほ#18
○福島みずほ君 社民党の福島みずほです。社民党を代表して、社民党の考え方を申し上げます。
まず第一に、憲法とは何か。憲法は、国を縛るもの、国を縛る鎖です。基本的人権を保障するために国家権力を縛るものが憲法です。憲法は国民を縛る鎖ではありません。今の政府が正しいと考える道徳を国民に守らせるものでもありません。国民主権の下で、民主主義の下で、主人公は国民であり、国民の基本的人権を守るために憲法を作り、その憲法を最高法規とし、憲法に反する法律は認めないとし、いかなる国家権力も行政も国会も裁判所も憲法に従わなければなりません。
国家権力を縛るもの、国は憲法に従わなければならないというのは、憲法のイロハのイです。憲法によって統治権力に縛りを掛ける立憲主義、あるいは法治主義というのは、近代的な国家として当たり前のことです。憲法を守れというのは、国民に対してではなく、国家権力に対して課せられているものです。だからこそ、日本国憲法九十九条は、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」としています。
ナチス・ドイツは、ワイマール憲法を改正せずに国家授権法を作り、行政が何でもできるとしました。そのために、国家授権法が猛威を振るい、人々の基本的人権をじゅうりんしました。
最も憲法を守らなければならないのは総理大臣です。しかし、安倍総理は、日本国憲法の下で集団的自衛権の行使をできるとするのではないかと言われています。解釈を変えることを総理は答弁しています。
自民党政権は、そして全ての政権は、日本国憲法の下で集団的自衛権の行使はできないとしてきました。憲法解釈上、集団的自衛権の行使はできないのです。また、自民党政権は、憲法九条についての解釈を変えたりすれば、それは憲法への国民の信頼を失わせるので、できないとしてきました。集団的自衛権の行使を認めるのであれば、それは明文改憲によってなされるべきであり、解釈改憲でやることができないと繰り返し答弁をしてきています。これは戦後積み上げられてきたものであり、また、法律家として申し上げますが、日本国憲法の下で他国防衛のための集団的自衛権の行使を認める解釈は取り得ません。集団的自衛権の行使はできないので、日本は朝鮮戦争でもベトナム戦争でもイラク戦争でも武力行使はしませんでした、できませんでした。
イラク戦争は、武力行使の口実となったイラクの大量破壊兵器の存在が捏造であることが今日では明らかとなりました。日本があのとき武力行使をし、イラクの人々を殺していれば、その責任はどうやって取ることができたでしょうか。日本国憲法が海外で戦争はできない、他国防衛のために武力行使はできないとしていることは、日本の人々、世界の人々を救っています。
集団的自衛権に関わる従来の憲法解釈を否定しようという今回の動きは、単純に憲法九条の問題にとどまらず、行政が憲法に従うという立憲主義を否定する大問題です。立憲主義、法の支配、法治主義、民主主義の破壊です。解釈によって憲法九条を意味のないものにし、日本国憲法を空洞化しようとするものですから、憲法の否定です。どのような立場に立とうと、立憲主義を破壊させてはなりません。法治国家が崩壊します。
自民党が二〇一二年四月に発表した日本国憲法改正草案は、国を縛る鎖である憲法という理解には立たず、憲法が国民を縛るものになっている点で憲法の理解が根本的に間違っています。
第二に、自民党の日本国憲法改正草案は、人権についても根本的に理解が間違っていると考えます。
また、自民党は、QアンドAの中で天賦人権論には立たないと明記をしています。しかし、人権は、憲法によって国から恩恵として与えられるものではありません。人間であることによって全ての人が普遍的に当然に持っている権利で、国家、政府等の公権力が侵してはならないものです。人権が衝突したり、お互いの人権が守られる環境をつくるときには譲り合う必要がありますが、そのときも、たった一人の人権であっても大事にするという考え方を出発点に調整の工夫、方法をしなければなりません。
日本の憲法も世界の歴史の中にあります。このような人権の考え方は、発祥地は西洋でも、今や民主主義国では世界共通のものです。日本は、世界人権宣言を受け入れ、国際人権規約を批准し、人権の面では世界のリーダーを目指してきました。このことを否定するものです。
先日、内閣法制局長官であった阪田雅裕さんのお話を超党派でお聞きする機会がありました。阪田さんは、護憲の立場で平和憲法を守ろうとか九条を守ろうと主張しているのではありません。一貫して立憲主義を守るという観点から解釈改憲に反対をしています。
護憲か改憲派という立場を超え、立憲主義の破壊をさせてはいけないという一点で超党派で力を合わせていきたいと考えています。
この発言だけを見る →まず第一に、憲法とは何か。憲法は、国を縛るもの、国を縛る鎖です。基本的人権を保障するために国家権力を縛るものが憲法です。憲法は国民を縛る鎖ではありません。今の政府が正しいと考える道徳を国民に守らせるものでもありません。国民主権の下で、民主主義の下で、主人公は国民であり、国民の基本的人権を守るために憲法を作り、その憲法を最高法規とし、憲法に反する法律は認めないとし、いかなる国家権力も行政も国会も裁判所も憲法に従わなければなりません。
国家権力を縛るもの、国は憲法に従わなければならないというのは、憲法のイロハのイです。憲法によって統治権力に縛りを掛ける立憲主義、あるいは法治主義というのは、近代的な国家として当たり前のことです。憲法を守れというのは、国民に対してではなく、国家権力に対して課せられているものです。だからこそ、日本国憲法九十九条は、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」としています。
ナチス・ドイツは、ワイマール憲法を改正せずに国家授権法を作り、行政が何でもできるとしました。そのために、国家授権法が猛威を振るい、人々の基本的人権をじゅうりんしました。
最も憲法を守らなければならないのは総理大臣です。しかし、安倍総理は、日本国憲法の下で集団的自衛権の行使をできるとするのではないかと言われています。解釈を変えることを総理は答弁しています。
自民党政権は、そして全ての政権は、日本国憲法の下で集団的自衛権の行使はできないとしてきました。憲法解釈上、集団的自衛権の行使はできないのです。また、自民党政権は、憲法九条についての解釈を変えたりすれば、それは憲法への国民の信頼を失わせるので、できないとしてきました。集団的自衛権の行使を認めるのであれば、それは明文改憲によってなされるべきであり、解釈改憲でやることができないと繰り返し答弁をしてきています。これは戦後積み上げられてきたものであり、また、法律家として申し上げますが、日本国憲法の下で他国防衛のための集団的自衛権の行使を認める解釈は取り得ません。集団的自衛権の行使はできないので、日本は朝鮮戦争でもベトナム戦争でもイラク戦争でも武力行使はしませんでした、できませんでした。
イラク戦争は、武力行使の口実となったイラクの大量破壊兵器の存在が捏造であることが今日では明らかとなりました。日本があのとき武力行使をし、イラクの人々を殺していれば、その責任はどうやって取ることができたでしょうか。日本国憲法が海外で戦争はできない、他国防衛のために武力行使はできないとしていることは、日本の人々、世界の人々を救っています。
集団的自衛権に関わる従来の憲法解釈を否定しようという今回の動きは、単純に憲法九条の問題にとどまらず、行政が憲法に従うという立憲主義を否定する大問題です。立憲主義、法の支配、法治主義、民主主義の破壊です。解釈によって憲法九条を意味のないものにし、日本国憲法を空洞化しようとするものですから、憲法の否定です。どのような立場に立とうと、立憲主義を破壊させてはなりません。法治国家が崩壊します。
自民党が二〇一二年四月に発表した日本国憲法改正草案は、国を縛る鎖である憲法という理解には立たず、憲法が国民を縛るものになっている点で憲法の理解が根本的に間違っています。
第二に、自民党の日本国憲法改正草案は、人権についても根本的に理解が間違っていると考えます。
また、自民党は、QアンドAの中で天賦人権論には立たないと明記をしています。しかし、人権は、憲法によって国から恩恵として与えられるものではありません。人間であることによって全ての人が普遍的に当然に持っている権利で、国家、政府等の公権力が侵してはならないものです。人権が衝突したり、お互いの人権が守られる環境をつくるときには譲り合う必要がありますが、そのときも、たった一人の人権であっても大事にするという考え方を出発点に調整の工夫、方法をしなければなりません。
日本の憲法も世界の歴史の中にあります。このような人権の考え方は、発祥地は西洋でも、今や民主主義国では世界共通のものです。日本は、世界人権宣言を受け入れ、国際人権規約を批准し、人権の面では世界のリーダーを目指してきました。このことを否定するものです。
先日、内閣法制局長官であった阪田雅裕さんのお話を超党派でお聞きする機会がありました。阪田さんは、護憲の立場で平和憲法を守ろうとか九条を守ろうと主張しているのではありません。一貫して立憲主義を守るという観点から解釈改憲に反対をしています。
護憲か改憲派という立場を超え、立憲主義の破壊をさせてはいけないという一点で超党派で力を合わせていきたいと考えています。
小
福
小
浜
浜田和幸#22
○浜田和幸君 新党改革及び無所属の会の浜田和幸です。
人間でも、六十年過ぎて七十近くなると、体が大分がたがたしてくるものだと思います。日本国憲法もアンチエージングが必要ではないかと思います。
確かに、この憲法が成立した過程においてはマッカーサー、GHQの支配下にあったという面はありますが、そういう戦争に負けた、敗戦した日本においてこういうアメリカ式の言わば価値観を押し付けられた、それは否めない事実だと思いますが、戦後、我々日本人は、そういう厳しい環境にあっても、創造力と先進的な技術開発等を通じて今日世界に誇るべき平和と安定の国を築いてきているわけですね。
また、日本国が世界の平和のために様々な平和外交を展開していることは、ある意味では、近隣国の言ってみれば法の原則を破るような、そういう国が傍若無人な行為をしている中において、世界に大変高い評価と希望を与えているものだと思います。
とはいえ、一つ一つボディーチェックをしていきますと、この憲法にはやはりもう一度、今日的に見て、新しい解釈、新しい条項を加えるべきではないかと思わざるを得ない部分も多々あると思います。そういう意味では、私は、この憲法審査会、十分な時間を掛けて柔軟な発想で取り組むべきではないかと思います。
元々、この憲法を、草案を作ったアメリカの学者たちも、こんなに長い間日本人がこの憲法に固執するとは思っていなかったということを繰り返し言っています。アメリカの場合には、憲法といえどもこれはビジネスの一環として受け止められている側面があります。フィラデルフィア・リーガルセンターは、世界各国、特に新興国の、新しい国が独立した際に、その国の憲法、国歌、国旗、そういったものを提供する、大変、憲法そのものをサービスとして捉えている、そういう側面すらあるわけですね。
そこまで、この憲法をビジネスの一環とするということは、我々は考える必要はないと思います。しかし、現状を見ると、TPPの交渉にしても、アメリカのある意味では価値観やそういうアメリカのビジネスが戦わずして勝てるような、そういう環境をつくるという背景もあるわけですから、我々憲法のことを考えるときに、そういう今の国際情勢、これまで日本が経験してこなかったようなそういう新しい時代ということに対してしっかり備える、対抗できる武器としてこの憲法をどう生かしていくかという視点でもう一度前文から全て検討し直す、そういう時期に差しかかっているのではないかと思います。
第一章の第一条の例えば天皇の地位、これにつきましても、天皇が日本国の象徴であり、主権の存する日本国民の総意に基づくということは多くの国民にとっては共通の認識だと思いますが、では果たしてどうやって日本国民の総意というものを判断してきたのかということに関しては、やはり何らかの国民に対する総意を確認するプロセスというものも必要ではないかと思います。
第二章の戦争の放棄、これも平和主義の日本にとっては大変世界にアピールできる、世界遺産と言ってもいいものかも分かりませんが、現実においては、様々な日本を取り巻く国際環境、いつ何どき日本が攻撃を受けるかも分からないというような国際情勢においては、きっちりと日本を守る、そのための自衛隊の位置付けということを明文化することも必要ではないかと思います。
そういうことをしないままに、現実には日本を取り巻く国際環境は厳しいがゆえに、自衛隊の強化、特に私の地元、美保基地等が大変、北朝鮮やあるいは中国といったところの軍事的な脅威に対抗するために様々な基地の強化に取り組んでおります。
そういう実態もやはりきちんと国民の前に示した上で、何が必要なのか、憲法でできること、できないこと、集団的自衛権ということに対する議論をこの場を通じて皆さん方と意見交換、そして新しい日本にふさわしい憲法の在り方を議論していきたいと思います。
以上です。
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確かに、この憲法が成立した過程においてはマッカーサー、GHQの支配下にあったという面はありますが、そういう戦争に負けた、敗戦した日本においてこういうアメリカ式の言わば価値観を押し付けられた、それは否めない事実だと思いますが、戦後、我々日本人は、そういう厳しい環境にあっても、創造力と先進的な技術開発等を通じて今日世界に誇るべき平和と安定の国を築いてきているわけですね。
また、日本国が世界の平和のために様々な平和外交を展開していることは、ある意味では、近隣国の言ってみれば法の原則を破るような、そういう国が傍若無人な行為をしている中において、世界に大変高い評価と希望を与えているものだと思います。
とはいえ、一つ一つボディーチェックをしていきますと、この憲法にはやはりもう一度、今日的に見て、新しい解釈、新しい条項を加えるべきではないかと思わざるを得ない部分も多々あると思います。そういう意味では、私は、この憲法審査会、十分な時間を掛けて柔軟な発想で取り組むべきではないかと思います。
元々、この憲法を、草案を作ったアメリカの学者たちも、こんなに長い間日本人がこの憲法に固執するとは思っていなかったということを繰り返し言っています。アメリカの場合には、憲法といえどもこれはビジネスの一環として受け止められている側面があります。フィラデルフィア・リーガルセンターは、世界各国、特に新興国の、新しい国が独立した際に、その国の憲法、国歌、国旗、そういったものを提供する、大変、憲法そのものをサービスとして捉えている、そういう側面すらあるわけですね。
そこまで、この憲法をビジネスの一環とするということは、我々は考える必要はないと思います。しかし、現状を見ると、TPPの交渉にしても、アメリカのある意味では価値観やそういうアメリカのビジネスが戦わずして勝てるような、そういう環境をつくるという背景もあるわけですから、我々憲法のことを考えるときに、そういう今の国際情勢、これまで日本が経験してこなかったようなそういう新しい時代ということに対してしっかり備える、対抗できる武器としてこの憲法をどう生かしていくかという視点でもう一度前文から全て検討し直す、そういう時期に差しかかっているのではないかと思います。
第一章の第一条の例えば天皇の地位、これにつきましても、天皇が日本国の象徴であり、主権の存する日本国民の総意に基づくということは多くの国民にとっては共通の認識だと思いますが、では果たしてどうやって日本国民の総意というものを判断してきたのかということに関しては、やはり何らかの国民に対する総意を確認するプロセスというものも必要ではないかと思います。
第二章の戦争の放棄、これも平和主義の日本にとっては大変世界にアピールできる、世界遺産と言ってもいいものかも分かりませんが、現実においては、様々な日本を取り巻く国際環境、いつ何どき日本が攻撃を受けるかも分からないというような国際情勢においては、きっちりと日本を守る、そのための自衛隊の位置付けということを明文化することも必要ではないかと思います。
そういうことをしないままに、現実には日本を取り巻く国際環境は厳しいがゆえに、自衛隊の強化、特に私の地元、美保基地等が大変、北朝鮮やあるいは中国といったところの軍事的な脅威に対抗するために様々な基地の強化に取り組んでおります。
そういう実態もやはりきちんと国民の前に示した上で、何が必要なのか、憲法でできること、できないこと、集団的自衛権ということに対する議論をこの場を通じて皆さん方と意見交換、そして新しい日本にふさわしい憲法の在り方を議論していきたいと思います。
以上です。
小
小坂憲次#23
○会長(小坂憲次君) 以上で各会派の意見表明は終了いたしました。
次に、各委員の発言希望に基づいて、会長の指名により意見交換を行います。
発言を希望される方は、お手元に配付した資料のとおり、机上の氏名標を立てていただき、会長の指名を受けた後、御発言願います。
多くの委員が発言の機会を得られますよう、一回の発言時間は各三分以内といたします。発言時間の経過状況をメモで通知し、時間が経過した際はベルを鳴らします。あらかじめ御承知願います。発言が終わった方は、氏名標を横にお戻しください。
なお、御発言は着席のままで結構でございます。
それでは、発言を希望される方は氏名標を立ててください。
では初めに、柳本卓治君。
この発言だけを見る →次に、各委員の発言希望に基づいて、会長の指名により意見交換を行います。
発言を希望される方は、お手元に配付した資料のとおり、机上の氏名標を立てていただき、会長の指名を受けた後、御発言願います。
多くの委員が発言の機会を得られますよう、一回の発言時間は各三分以内といたします。発言時間の経過状況をメモで通知し、時間が経過した際はベルを鳴らします。あらかじめ御承知願います。発言が終わった方は、氏名標を横にお戻しください。
なお、御発言は着席のままで結構でございます。
それでは、発言を希望される方は氏名標を立ててください。
では初めに、柳本卓治君。
柳
柳本卓治#24
○柳本卓治君 自由民主党の柳本卓治です。
憲法の役割、在り方等についてということでございますが、私は、憲法とは国家像や歴史の流れが前提になっていなければならない、すなわち、まず大切なことは、日本とは何かを問い、国民的コンセンサスを得ることなのです。その国の憲法には、その国とは何かという国家と国民、民族のアイデンティティーが込められています。これは、さきの大戦を境に戦前と戦後の時代に歴史が断絶状態に陥った我が国にとって特に大切なことであります。どの国家もどの民族も、それぞれ固有の価値を持ってこそ世界に存在する意義を持つし、そうであってこそ世界的にも貢献していけるのであります。
その上で、私は、超党派の新憲法制定議員同盟の事務局長を務めております。私たち新憲法議員同盟は、四つの願いのこもった新憲法の制定を目指しております。
その四つの願いとは何か。まず第一に、日本の歴史、文化、伝統の薫り高い憲法を作っていこう、第二に、自由、民主、人権、平和、国際協調を基本とする憲法を作ろう、第三に、国際平和を願い、他国と共にその実現のため協力し合うことを誓う憲法を作っていこう、第四に、自然との共生を信条に、美しく豊かな地球環境を守る憲法を作ろう、以上の四項目です。
五月の一日午後四時から憲政記念館で国民集会を開催いたしますから、どうぞ皆さん、御出席をしていただきたいと思います。
さて、私は、憲法とは、その時代に相応しその姿を変えていくものであることにその役割、在り方があると考えています。憲法問題というものは国家の基本であり、党派各々の信条を超えて活発な議論をなされるものであると考えます。
ここ数年、決められない政治の主原因であったねじれ状態も解消された今、二十一世紀の日本にふさわしい憲法を議論する環境は整ったと考えています。つきましては、本日を契機に、衆参の憲法審査会を定期的に開催し、活発な議論が交わされるように強く要望いたします。
この発言だけを見る →憲法の役割、在り方等についてということでございますが、私は、憲法とは国家像や歴史の流れが前提になっていなければならない、すなわち、まず大切なことは、日本とは何かを問い、国民的コンセンサスを得ることなのです。その国の憲法には、その国とは何かという国家と国民、民族のアイデンティティーが込められています。これは、さきの大戦を境に戦前と戦後の時代に歴史が断絶状態に陥った我が国にとって特に大切なことであります。どの国家もどの民族も、それぞれ固有の価値を持ってこそ世界に存在する意義を持つし、そうであってこそ世界的にも貢献していけるのであります。
その上で、私は、超党派の新憲法制定議員同盟の事務局長を務めております。私たち新憲法議員同盟は、四つの願いのこもった新憲法の制定を目指しております。
その四つの願いとは何か。まず第一に、日本の歴史、文化、伝統の薫り高い憲法を作っていこう、第二に、自由、民主、人権、平和、国際協調を基本とする憲法を作ろう、第三に、国際平和を願い、他国と共にその実現のため協力し合うことを誓う憲法を作っていこう、第四に、自然との共生を信条に、美しく豊かな地球環境を守る憲法を作ろう、以上の四項目です。
五月の一日午後四時から憲政記念館で国民集会を開催いたしますから、どうぞ皆さん、御出席をしていただきたいと思います。
さて、私は、憲法とは、その時代に相応しその姿を変えていくものであることにその役割、在り方があると考えています。憲法問題というものは国家の基本であり、党派各々の信条を超えて活発な議論をなされるものであると考えます。
ここ数年、決められない政治の主原因であったねじれ状態も解消された今、二十一世紀の日本にふさわしい憲法を議論する環境は整ったと考えています。つきましては、本日を契機に、衆参の憲法審査会を定期的に開催し、活発な議論が交わされるように強く要望いたします。
小
小
小西洋之#26
○小西洋之君 民主党・新緑風会の小西洋之でございます。
本審査会は、会長の御指導の下、建設的な運営、また民主的な運営が運ばれているように承知しております。ただ、先ほど赤池幹事が意見表明をなさいました会派を代表しての意見表明、日本国憲法の正統性、またその内容、また国民に支えられる民意、その三つについての御意見、その全体について私は全く異なる見解を持つということをまず申し上げさせていただきます。
本日、憲法の役割、在り方等について議論する場でございますので、まさに憲法とは何か、その一番の真髄の価値観について私の考えるところを申し上げさせていただきたいと思います。
まさに、憲法とは、それは近代立憲主義に立つもの、つまり、国家を制限し、またその国民の自由や権利を保障する、もうそれに尽きるわけでございます。日本に豊かな伝統や文化があることは私もそれは賛同いたしますけれども、そうしたことは法律によって規定すればよいことでございまして、憲法にはただ一つ、国民の自由や権利を守る、国家権力を制限する、それ以外の役割を与えてはいけない、それが人類の長年のそのまさに血を流す歴史の上にようやくつかみ取った私は憲法観であるというふうに理解しております。
その観点で、今日的な課題として、憲法九条の集団的自衛権行使の解釈改憲の問題がございます。これもまさに立憲主義の問題でございます。
憲法九条をどのように読み解いても、頑張ってみても、もう条文、解釈変更の余地すらない。余地すらないがゆえに憲法九条の条文を変える以外に集団的自衛権の行使は可能にできない。これが長年にわたり議院内閣制の下で確立してきた政府の憲法解釈でございます。
これについて何ら合理的な、論理的な理由なく、ある日突然、安倍第二次内閣によってできると言った瞬間に、これはもう憲法九条だけの問題ではございませんで、もう日本という、政治が、内閣が、そして国会が憲法を憲法として扱わない、憲法が滅んでしまう、憲法規範そのものの存立に関わる問題であるというふうに理解しております。まさにこれが、ワイマール憲法があってもナチスが世界史にもう例のないような人権弾圧、じゅうりんを繰り広げた、また戦争を繰り広げたナチスの手口そのものであるわけでございます。こうした解釈変更を絶対に許してはいけない。そのために、この参議院の憲法審査会でこの解釈改憲の問題について私は議論することを御提案をしたいと思います。
最後に、自民党の憲法草案についても申し上げたいと思います。
自民党憲法草案、日本国憲法の立憲主義の真髄であります憲法十三条について、それを公益及び公の秩序、幸福追求権よりも優先する価値を置いて、まさに立憲主義を破壊するものを作っております。かつ、それを安倍総理は二十一世紀にふさわしい憲法であるというふうに言っております。私は、こうした安倍総理、またその安倍総理が任命した小松長官の憲法観を議会の責任において国民のために明らかにするために、この二人の参考人としての招致を提案を申し上げます。
以上でございます。
この発言だけを見る →本審査会は、会長の御指導の下、建設的な運営、また民主的な運営が運ばれているように承知しております。ただ、先ほど赤池幹事が意見表明をなさいました会派を代表しての意見表明、日本国憲法の正統性、またその内容、また国民に支えられる民意、その三つについての御意見、その全体について私は全く異なる見解を持つということをまず申し上げさせていただきます。
本日、憲法の役割、在り方等について議論する場でございますので、まさに憲法とは何か、その一番の真髄の価値観について私の考えるところを申し上げさせていただきたいと思います。
まさに、憲法とは、それは近代立憲主義に立つもの、つまり、国家を制限し、またその国民の自由や権利を保障する、もうそれに尽きるわけでございます。日本に豊かな伝統や文化があることは私もそれは賛同いたしますけれども、そうしたことは法律によって規定すればよいことでございまして、憲法にはただ一つ、国民の自由や権利を守る、国家権力を制限する、それ以外の役割を与えてはいけない、それが人類の長年のそのまさに血を流す歴史の上にようやくつかみ取った私は憲法観であるというふうに理解しております。
その観点で、今日的な課題として、憲法九条の集団的自衛権行使の解釈改憲の問題がございます。これもまさに立憲主義の問題でございます。
憲法九条をどのように読み解いても、頑張ってみても、もう条文、解釈変更の余地すらない。余地すらないがゆえに憲法九条の条文を変える以外に集団的自衛権の行使は可能にできない。これが長年にわたり議院内閣制の下で確立してきた政府の憲法解釈でございます。
これについて何ら合理的な、論理的な理由なく、ある日突然、安倍第二次内閣によってできると言った瞬間に、これはもう憲法九条だけの問題ではございませんで、もう日本という、政治が、内閣が、そして国会が憲法を憲法として扱わない、憲法が滅んでしまう、憲法規範そのものの存立に関わる問題であるというふうに理解しております。まさにこれが、ワイマール憲法があってもナチスが世界史にもう例のないような人権弾圧、じゅうりんを繰り広げた、また戦争を繰り広げたナチスの手口そのものであるわけでございます。こうした解釈変更を絶対に許してはいけない。そのために、この参議院の憲法審査会でこの解釈改憲の問題について私は議論することを御提案をしたいと思います。
最後に、自民党の憲法草案についても申し上げたいと思います。
自民党憲法草案、日本国憲法の立憲主義の真髄であります憲法十三条について、それを公益及び公の秩序、幸福追求権よりも優先する価値を置いて、まさに立憲主義を破壊するものを作っております。かつ、それを安倍総理は二十一世紀にふさわしい憲法であるというふうに言っております。私は、こうした安倍総理、またその安倍総理が任命した小松長官の憲法観を議会の責任において国民のために明らかにするために、この二人の参考人としての招致を提案を申し上げます。
以上でございます。
小
佐
佐々木さやか#28
○佐々木さやか君 公明党の佐々木さやかでございます。発言の機会をいただき、ありがとうございます。
私からは、憲法の役割、在り方を考える際に重要な立憲主義について申し上げたいと思います。
憲法とは、権力を制限することにより、国民の自由、人権を保障するものであるというのが立憲主義の考え方であります。人類の歴史の中で確立されてきた権力の行使を憲法に基づかせようという考え方であり、主権者である国民が権力を名宛て人として定め、遵守させるのが憲法であります。
基本的人権の尊重、国民主権、平和主義という日本国憲法の三大基本原則、これは人類普遍の原理であって、これを今後も維持すべきであるというのが平成十七年四月に作成をされました参議院憲法調査会日本国憲法に関する調査報告書での一致をした意見でございました。この三原則を維持するということは、立憲主義の憲法としての日本国憲法を維持するということであります。
日本国憲法は、人間の尊厳に価値の根源を置き、全ての人が生まれながらに有する基本的人権を保障すると規定をしております。そのために、国民主権の下、権力分立を定め、権力の濫用から国民の自由、人権を守る統治機構を規定をしております。さらに、国家による最大の人権侵害ともいうべき戦争を放棄し、平和主義を宣言しております。このように、日本国憲法は権力から国民の人権を保障しようとする立憲主義憲法であって、三原則は立憲主義と不可分のものというべきであります。
三原則を維持するためには、権力を制限し、国民の不断の監視の下に置かなければならない、これが私たちが歴史から学ぶ真実であります。立憲主義は、これからも日本国憲法の本質として維持されていかなければなりません。権力に対して懐疑的であって、国民の人権を保障するために権力を制限するのが憲法の在り方でなければならないと思います。
以上でございます。ありがとうございました。
この発言だけを見る →私からは、憲法の役割、在り方を考える際に重要な立憲主義について申し上げたいと思います。
憲法とは、権力を制限することにより、国民の自由、人権を保障するものであるというのが立憲主義の考え方であります。人類の歴史の中で確立されてきた権力の行使を憲法に基づかせようという考え方であり、主権者である国民が権力を名宛て人として定め、遵守させるのが憲法であります。
基本的人権の尊重、国民主権、平和主義という日本国憲法の三大基本原則、これは人類普遍の原理であって、これを今後も維持すべきであるというのが平成十七年四月に作成をされました参議院憲法調査会日本国憲法に関する調査報告書での一致をした意見でございました。この三原則を維持するということは、立憲主義の憲法としての日本国憲法を維持するということであります。
日本国憲法は、人間の尊厳に価値の根源を置き、全ての人が生まれながらに有する基本的人権を保障すると規定をしております。そのために、国民主権の下、権力分立を定め、権力の濫用から国民の自由、人権を守る統治機構を規定をしております。さらに、国家による最大の人権侵害ともいうべき戦争を放棄し、平和主義を宣言しております。このように、日本国憲法は権力から国民の人権を保障しようとする立憲主義憲法であって、三原則は立憲主義と不可分のものというべきであります。
三原則を維持するためには、権力を制限し、国民の不断の監視の下に置かなければならない、これが私たちが歴史から学ぶ真実であります。立憲主義は、これからも日本国憲法の本質として維持されていかなければなりません。権力に対して懐疑的であって、国民の人権を保障するために権力を制限するのが憲法の在り方でなければならないと思います。
以上でございます。ありがとうございました。
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