松野鶴平 に関する国会発言
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○麻生内閣総理大臣 これはうかつなことは言えませんので、「回想十年」とか、いろいろな吉田茂の書いた書物もありますので、それを読まれるとよろしいかと存じますが。 あの取り返すときに当たりましては、佐藤栄作内閣だったんです。佐藤栄作内閣が昭和三十九年にできたんだと思いますが、そのときに、外交で沖縄返還ということを佐藤栄作という人は掲げたんです。当時、それこそ松野鶴平先生から頼三先生にかわっていたよね、あなたの顔を見て思い出したわけじゃな
○公述人(矢嶋三義君) ここは討論の場でないですから、先生から質問された点に限ってお答えいたしたいと思います。 これ、随分と国会で質疑応答があっているんですが、私は外から見ていますと、まことに失礼だけれども、不十分、浅薄だと、こう思っているんですよ。それで、私、今から言うことに皆さん方からおしかりをいただくかもしらぬけれども、しからないでくださいね、私の考えていることを申し上げます。 数学の問題を解くときに仮説、仮定条件というも
○近藤忠孝君 今、私がテクノポリスセンターへの用地というのは、これで見ますとピンクで囲んだ部分ですね。その外に緑の線があります。下にもあります。これが高遊原農園が、昭和四十七年から八年にかけて、この付近の農民から買い取った土地です。空港がここにあるんですね。空港に一番近い、一番いい場所なんです。この土地がどういう状況で買われたかと申しますと、ここに全部色で囲んだ土地、約二百三十ヘクタールですが、これを熊本企業開発株式会社が全部農民からゴ
○小林(進)委員 委員長の善処を要望いたしておきたいと思います。確かに前回には口頭で刑事局長、法務大臣から御答弁のあったことは私は耳にとどめておきましたけれども、その内容についてはまだまだ了承いたしておりません。どうしてもそれは文書で正確にお出しをいただいて、後世歴史にとどめておく重要問題でございますので、特にお願いをいたしておきたいと思うのであります。 時間も参りましたので、私は、これももう世間に周知徹底せられた問題でありまするけ
○久保亘君 いまお父さんの松野鶴平氏がお亡くなりになったのは三十七年の暮れだと申されました。私どもも三十七年の十月十八日と記憶いたしております。そうなりますと、あなたが防衛庁長官在任中に高畑さんから電話があったというときに、まさかお悔やみを述べられたわけじゃないでしょう。お亡くなりになってから三年たっておりますね。あなたのお父さんの人脈遺産ともあなたが言われるような親しい間柄の高畑さんが、まさか亡くなって三年目にお悔やみの電話をかけられ
○木島委員 私、前の奥野文部大臣がおやめになる直前でありますが、大臣室でもって、あなた、ずいぶん日教組、日教組と頭に来ているようだけれども、日教組と文部省の蜜月時代があったんですよと言ったんです。そうしたら、えっとおっしゃるんです。わずかの期間だったけれども、ことに当時民間大臣、不当な支配に服することなくという十条の思想によって、四権分立的な立場——四権分立とは申しませんけれども、教育権の独立的な立場、その中で民間大臣があり学者大臣があ
○政府委員(平井啓一君) 御指摘のように、北富士演習場林野関係権利者協議会会長天野総一郎という方から、昭和四十二年十二月四日山梨県知事田辺国男殿あてということで質問書の提出がございました。 貴庁の御斡旋を得て、北富士演習場問題について政府との紛争解決のため会談をすすめました問題点のうち、林野雑産物補償の受給資格およびその適正化に関し下記のとおり政府の見解を承知したいので、早急に回答されるよう貴庁の御仲介をおねがいします。
○国務大臣(佐藤榮作君) ただいま松本君の熱情をもっての御意見に対しまして、心から敬意を表する次第であります。 今回の法案ができ上がりますまでに、ずいぶん長い経過をたどっております。各党とも話ができて、そしてようやく一致して、それでこの法案が取り上げられた。まあ、私から率直に申しますならば、いまさらこの種のことばをつかうこと自身、たいへん恥ずべきことではないか、かようにすら思っておるのであります。しかし、どうもこのことばは必要だと言
○松本英一君 本法案は両刃の剣としての性格があります。引き戻そうとする人々にはより多くの人を死なせる武器となり、推し進めようとする人々にはより多くの人を生かす武器となるのであります。この法案があるからといって最低の施策にとどまるならば、自由の原則や人権と民主主義を根底から破壊する武器の役目を果たすことになるからであります。部落解放へのほんとうの意味での足がかりになるよう、この法案の精神に基づいて具体的施策の発展を期していくべきだと考えて
○増田国務大臣 警務官のことは官房長からあとでお答えさせます。 いまハトとタカのことをおっしゃいましたけれども、私は平和を愛好する点においては受田君にはあえて劣らないつもりでございます。平和を愛しますハトというものはずいぶんけんかをするという話です。相当の大げんかをするのに、世の中では何しろ平和の象徴だということになってハトはいいということになっておりますが、ハトを飼ってみて――松野鶴平さんがハトが来て非常に弱った、ハトを追っ払うた
○神近委員 それから、大臣に気がねをなさるんじゃないかというようなお疑い、そのことはこの間ちょっと申し上げておきましたけれども、これは昭和十五年に日本国粋会というのができて、それでそのときの会長は阿部なんとかいう方だ。それから緒方竹虎、頭山満、石井光次郎、それから松野鶴平、そういう方々が、この柴田も入れてつくった。そのときの学校なんですよ。そのとき国士舘というものをつくった。それでこの間何度も、石井さんがきっと忘れておいでになるから、こ
○坂本委員 ぜひひとつそういうふうにお願いしたいと思いますが、最後に、毎日新聞の熊本支局長の論評を見ますと、少し前置きがありますが、「三年前の東京都知事選挙のとき、演説の上手な革新候補に対して、ひどい妨害があった。戸籍のない同姓同名の男まであらわれた。しかし東現知事が大差で勝った。その結果はどうだったろう。オーバーないい方をすれば水キキンという“天のムチ”があり、東京はサバクと化した。あげくの果ては、都議会議長選挙をめぐる汚職で、議員が
○田中茂穂君 ただいま議題となりました参議院予備金支出の件について、御報告申し上げます。 今回御報告いたします本院予備金の支出額は、昭和三十七年度分三百三十六万円、昭和三十八年度分五百万円、合計八百三十六万円でありまして、昭和三十七年度分につきましては二万円が不用額となっております。この支出は、すべて在職中死亡された議員の遺族に対する弔慰金であります。すなわち、昭和三十七年度分につきましては、故議員松野鶴平君及び園木登君、昭和三十八
○事務総長(河野義克君) 先般、特別職の職員の給与に関する法律の一部が改正され、これに伴いまして、国会議員の歳費も昨年十月に遡及して増額されましたので、同年十月以降に亡くなられました本院議員松野鶴平君及び同じく園木登君の御遺族に対する弔慰金につきましては、その差額六万円をそれぞれ追加支給いたさなければならないこととなりますが、これを本院予備金から支出することといたしたく、国会予備金に関する法律第二条の規定により本委員会の御承認をお願いす
○事務総長(河野義克君) 本院議員松村秀逸君には、去る九月七日、東大付属病院において胃かいようのため、また松野鶴平君には、去る十月十八日、日本医科歯科大学付属病院において糖尿性昏睡のため逝去せられました。まことに哀悼の至りにたえません。 松村君に対しましては去る九月十日、松野君に対しましては十月二十三日、それぞれ議長からお手元の資料のとおり弔詞を贈呈いたしますとともに、その御遺族に対しましては、法律の定めるところにより、弔慰金として
○委員長(小沢久太郎君) これより議院運営委員会を開会いたします。 まず、議員松村秀逸君及び松野鶴平君逝去につき、弔慰金の支出等に関する件を議題といたします。 事務総長の説明を求めます。
○松本治一郎君 本日、ここに、諸君を代表いたしまして、前議長松野鶴平君の追悼の言葉を述べなければならないことは、私の最も悲しみとするところであります。 顧みますれば、松野鶴平君は、昭和三十一年四月、わが参議院四代目の議長に御当選以来、実に六年有余にわたってその重職を全うせられ、去る八月、議員諸君に惜しまれつつ議長の職を退かれましたことは、私どもの記憶に新たなるところであります。 同君は、昨年五月末ごろから健康がすぐれず、日本医科
○議長(重宗雄三君) 議員松野鶴平君は、去る十月十八日逝去せられました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。 同君に対しましては、すでに弔詞を贈呈いたしました。 ここにその弔詞を朗読いたします。 〔総員起立〕 参議院は多年わが国民主政治発展のため力を尽くしさきに参議院議長として憲政の発揚につとめ特に院議をもって永年の功労を表彰せられまた国務大臣としての重責にあたられました議員従二位勲一等松野鶴平君の長逝に対しましてつつ
○松野鶴平君 このたび、私が議長を辞任したことにつき、ただいま佐藤尚武君から、議員一同を代表されまして、身に余るお言葉をいただき、感謝にたえません。 私は、第二十四回国会、昭和三十一年四月、議長に選任されましてから六年有余、その間、三たび諸君の御推挙を賜わり、栄誉ある本院の議長の席を汚して参りました。私は、昨年五月ごろから健康を害しまして、養生に努めて参りました。その間、議長の職責にいささかなりとも欠くるところがあっては、参議院のた
○議長(重宗雄三君) 松野鶴平君から発言を求められました。——この際、発言を許します。松野鶴平君。 〔松野鶴平君登壇、拍手〕