外務委員会

1978-03-29 衆議院 全260発言

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会議録情報#0
昭和五十三年三月二十九日(水曜日)
    午前十時九分開議
 出席委員
   委員長 永田 亮一君
   理事 大坪健一郎君 理事 井上 一成君
   理事 土井たか子君 理事 渡辺  朗君
      稲垣 実男君    川田 正則君
      鯨岡 兵輔君    小坂善太郎君
      佐野 嘉吉君    竹内 黎一君
      中山 正暉君    久保  等君
      高沢 寅男君    中川 嘉美君
      正森 成二君    伊藤 公介君
 出席国務大臣
        外 務 大 臣 園田  直君
 出席政府委員
        防衛庁防衛局長 伊藤 圭一君
        外務政務次官  愛野興一郎君
        外務省アジア局
        長       中江 要介君
        外務省欧亜局長 宮澤  泰君
        外務省経済協力
        局長      武藤 利昭君
        外務省条約局外
        務参事官    村田 良平君
        外務省国際連合
        局長      大川 美雄君
 委員外の出席者
        外務大臣官房書
        記官      久米 邦貞君
        参  考  人
        (国際協力事業
        団副総裁)   久宗  高君
        外務委員会調査
        室長      高杉 幹二君
    ―――――――――――――
委員の異動
三月二十九日
 辞任         補欠選任
  松本 善明君     正森 成二君
同日
 辞任         補欠選任
  正森 成二君     松本 善明君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 国際協力事業団法の一部を改正する法律案(内
 閣提出第二〇号)
 国際情勢に関する件
     ――――◇―――――
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永田亮一#1
○永田委員長 これより会議を開きます。
 国際情勢に関する件について調査を進めます。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。高沢寅男君。
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高沢寅男#2
○高沢委員 外務大臣にひとつお願いをいたします。私は、きょうは日ソ平和条約に関する問題で見解をお尋ねしたいと思います。
 御承知のとおり、日本とソビエトの国交が回復いたしましたのは日ソ共同宣言で、昭和三十一年のことでありますから、あれからもうすでに二十二年たっているわけであります。あの共同宣言の中では、日ソ平和条約について引き続き両国で協議する、そしてそれができたならば歯舞、色丹を引き渡す、こういうふうな規定になって、当然これを受けて日ソ間の平和条約というものも精力的にその妥結のための努力が進められるべきであったわけですが、これは相手のあることでありますから一方的にどうこうということは言えませんが、それにしても二十二年という、これは余りにも長かったのじゃないか。現在は福田内閣でありますが、その前ずいぶん代を重ねて各内閣がありましたが、その間に日ソ平和条約の努力が果たしてわが方の側からも前向きに行われたのかどうか、これについての大臣のお考えをひとつお聞きしたいと思います。
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園田直#3
○園田国務大臣 共同声明後、合意によりまして、平和条約交渉に基づいてソ連と日本の間の定期外相会議をやりながら交渉してきたわけであります。その具体的な経緯については、事務当局から説明をいたさせます。
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宮澤泰#4
○宮澤政府委員 ただいま御指摘になりました日ソ共同宣言の中に「日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は、両国間に正常な外交関係が回復された後、平和条約の締結に関する交渉を継続することに同意する。」こういう一条がございますので、これに基づきまして日本政府はその後今日まで引き続き、この共同宣言交渉のときに合意に至りませんでした北方四島のうちの、国後、択捉の返還をソ連側に求めるということで、あらゆる機会を通じてソ連側にその要求を続けてきたわけでございますが、不幸にしてソ連側の同意するところに至らず今日に至ったわけでございます。特に、一九七二年一月の日ソ外相定期協議の際、今後引き続き定期協議の際には平和条約の問題を取り上げる、こういう合意ができまして、その後鋭意これを続けて今日まで至ったわけでございます。
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高沢寅男#5
○高沢委員 そのことに関係するわけでありますが、ことしの一月外務大臣がモスクワを訪問されたときに、ソビエトの方からは日ソの善隣友好条約の草案が渡された。こちら側は向こうに対して日ソ平和条約のいわば草案といいますか、それを渡された、こういうふうにお聞きしているわけでありますが、その後ソビエト側では善隣友好条約の案を発表するというようなこともあったわけですけれども、そうすると、こういう問題は大体相互主義ということもあるわけでありますから、日本側も日ソ平和条約の向こうへ渡した案を発表されて、そしてソビエト側の案とこちら側の案の両方も含めた上でひとつ国民の検討にゆだねる、こういうふうなやり方をされたらいかがかと思うのですが、いかがでしょうか。
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園田直#6
○園田国務大臣 ただいま御発言の、先般ソ連側に提示いたしました日本側の条約案、骨子でありますが、これは当然のことながら四島一括返還を基本にして出したものではありますが、この案は共同声明の合意による平和条約交渉の一環として行ったものでありますから、この内容を発表するつもりはございません。
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高沢寅男#7
○高沢委員 内容を発表しない、こういうお考えでありますが、やはり外交のあり方としては、今日では国民外交という言葉がよく使われる。かつての宮廷外交の時代とか、あるいはその後官僚外交という言葉があったり、結局外交の当事者だけはいろいろなことは知っているが、国民は少しもわからぬ。事柄がいよいよ調印されて固まった段階で初めて国民は知るというようなことが、いままでの外交のあり方ではなかったかと思うのですが、この問題にしても、これほどすでに領土問題ということが国民の議論にもなっているとすれば、ここでこの草案を発表する。相手側のソビエトは手交されてわかっているわけでありますから、これを発表するということはむしろ対日本の国民という意味から必要性が非常にあるのじゃないか、こう考えますが、もう一度外務大臣のお考えをお聞きします。
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園田直#8
○園田国務大臣 仰せのとおりではございますけれども、日本側が出しました平和条約の骨子とソ連側が提示いたしました善隣協力条約の案なるものとは、これは並行して並べるべきものではなくて、平和条約が一応妥結をしてから次に検討するのが善隣友好条約ということになるわけでありますから、したがいまして、日本の方では両方合意による平和条約交渉の一環として出した文章でありますから、これをいまの段階で公表するつもりはございません。
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高沢寅男#9
○高沢委員 そうすると、再度にわたってお尋ねしましたが、公表はしない、こういう大臣のお答えでありますが、それはそれとして、私はその内容として考えられることについてお尋ねしたいと思うのであります。
 四島の返還ということは当然その草案には織り込んである、こういうふうなお答えであったわけですが、この千島あるいは南樺太という関係については、サンフランシスコ平和条約の第二条(C)項で日本はそこに対する権利、権原、請求権をすべて放棄する、こういうふうなことになっているわけであります。これはすでに国際的に成立をしているサンフランシスコ平和条約であるわけですが、その千島、南樺太に関するすべての権利、権原、請求権を放棄するということと、この四島返還と言われる政府の立場との関係を私は改めてお聞きしたいと思うわけです。私が記憶しているところでは、このサンフランシスコ条約が結ばれて日本の国会の承認を受けたその国会の当時の論議の中で、択捉、国後、つまり南千島は放棄した千島の中に入っているのかどうか、こういう議論がありまして、当時の吉田内閣の西村条約局長のお答えでは、放棄した中へ南千島は入っている、こういうふうな答えがあったと思うわけですが、このことと、いま択捉、国後、まあ歯舞、色丹はもちろんでありますが、そういうふうな返還要求をされることとの関連は国際法上どういうことになるのか、お尋ねをしたいと思います。
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宮澤泰#10
○宮澤政府委員 ただいま御指摘の西村条約局長の答弁が行われましたのは昭和二十六年十月十九日の衆議院におきます委員会の席上でございます。これに関しましてその後政府の方で統一見解をまとめまして、昭和三十一年二月十一日の衆議院外務委員会におきまして森下政務次官がこの西村条約局長の答弁を修正されて政府統一見解を述べられたわけでございまして、この中で「国後、択捉の両島は常に日本の領土であったもので、この点についてかつていささかも疑念を差しはさまれたことがなく、返還は当然である」このように述べられております。
 補足いたしますと、サンフランシスコ条約で、ただいま高沢委員御指摘のとおり、日本は千島、南樺太の権利、権原を放棄いたしましたけれども、この放棄された千島の中には、国後、択捉は入っておらない。そしてその根拠といたしまして、政府は、日本が一八五五年及び一八七五年に帝政ロシアと結びました日魯通好条約及び樺太千島交換条約の中に挙げられております定義をその一つの非常に権威のある歴史的根拠として用いておるわけでございます。
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高沢寅男#11
○高沢委員 いま宮澤さんの説明された歴史的ないきさつは私も承知しております。しかし私がいま問題にしているのは国際法的な立場からのことであって、サンフランシスコ条約では、放棄した、その前提で国会でそういう政府の答弁があって、その前提で国会で承認されて、その前提で批准書も交換した。しかしその後になって、いやあれは放棄していなかったのだ、こういうような変更が、これは政府の見解ではあるけれども、そういうことは国際法上、サンフランシスコ条約に参加した国々との関係においては一体いかが相なるのか、もう一度お聞きしたいと思うのです。
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宮澤泰#12
○宮澤政府委員 サンフランシスコ条約の二条C項におきましては千島列島という言葉が使われておりまして、英語のテキストではザ・クリール・アイランズと書いてございます。したがいまして、そのクリール・アイランズないし千島列島の中にこの国後、択捉が含まれておるかおらないかという問題でございますが、サンフランシスコ条約締結当時におきましてはこの内容の定義が必ずしもはっきり行われておらなかったわけでございます。したがいまして、西村条約局長は国会におきまして、ただいま高沢委員御指摘のような答弁をされましたが、これは当時の状況を反映いたしましたものといたしまして、それなりの意味はあったかと思いますけれども、その後しさいにいろいろ検討いたしまして政府の統一見解を出しましたことは、ただいま御説明しましたとおりでございます。
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高沢寅男#13
○高沢委員 そういたしますと、もう一つその次へ進めまして、千島、南樺太は放棄したことはサンフランシスコ条約で確定しておる、しかしその中の四島はそうではない、こういうお立場ですが、そうすると四島以外の千島、それから南樺太、これについてはサンフランシスコ条約で放棄した、こうなっておりますが、ではそれはどこの領土になるのかという帰属はサンフランシスコ条約では出されていないわけであります。しかしその帰属というものは、当然国際的な関係において確定しなければならぬということになろうかと思うのです。そうすると、これから日本政府がソビエトと平和条約を結ぶとき、その平和条約の中では、択捉、国後から北の方の千島、それから当然南樺太、これはソビエトに帰属するということを確定されるのかどうか、今後の園田外務大臣が渡した草案の中ではそういうことになっているのかどうか、この関係をお尋ねしたいと思うのです。
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宮澤泰#14
○宮澤政府委員 日本は千島列島及び南樺太の権利、権原を放棄いたしたわけでございますから、これの帰属について云々する立場にはないわけでございます。したがいまして、ソ連との間に日本が取り決めるべきことは、日本が放棄しておらない国後、択捉、歯舞、色丹の四島、このうち二島、歯舞、色丹はすでに日本に返されることが一応共同宣言の中で決まっておりますので、したがいまして残りの国後、択捉を日本に返還してもらうということを取り決めることが、結ばるべき日ソ平和条約の最も重大な点でございます。
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高沢寅男#15
○高沢委員 そういたしますと、われわれが放棄した南樺太や、択捉、国後以外の千島これはどこのものかわからぬ、しかしそれは国際的になるようになるのだということになるわけでしょうか。それはサンフランシスコ条約に参加した国々とソビエトとの間で話し合って決めてくれ、こういうことになるのかどうか、あるいはまた、事実上ソ連の有効な支配が行われているから、それでそういうものとして認めるというようなことになるのか、その関係をもう一度お尋ねしたいと思います。
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宮澤泰#16
○宮澤政府委員 日本は桑港条約におきまして、これに調印いたしました連合国に対してこの権利、権原を放棄したわけでございますので、この所属その他につきまして日本としては云々する立場にないということでございます。
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高沢寅男#17
○高沢委員 そうすると、日本は云々する立場ではない、それは連合国の問題だ、こうなってまいりますと、連合国にはヤルタ協定というものが出てくるということになるわけであります。ヤルタ協定は日本は認めていない、こういうことですね。そういたしますと、これは何か三すくみの議論になるのじゃないですか。放棄をした、それを決めるのは連合国だ、そうなってくると、連合国の議論になればヤルタ協定が出てくる。日本はヤルタ協定は認めておりません、拘束されません、こうなってくると、何かじゃんけんぽんの三つの関係がぐるぐる回るというようなことじゃないかと思うのですが、いかがでしょうか。
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宮澤泰#18
○宮澤政府委員 日本は、この日本の放棄いたしました島嶼ないし領土の帰属を連合国がどのように決めるかにつきまして、云々する立場でございませんので、これは連合国が決めるべきことだと考えております。
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高沢寅男#19
○高沢委員 私がいま言ったのは、それはわかりました、それでは連合国が決めるとなればヤルタ協定がありますね、こう言ったわけです。では、このことについて宮澤さん、あなたの見解を聞かせてください。
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宮澤泰#20
○宮澤政府委員 ヤルタ協定につきましては米国政府の正式な見解が示されておりますが、これにつきまして、ヤルタ協定はそれ自体として執行力を有するものではなく、または協定に表明された目的の最終的決定を意味するものではなかったということでございまして、このヤルタ協定によって最終的な領土の帰属が決められたものとは私は解しておりません。
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高沢寅男#21
○高沢委員 そういたしますと、また私はおかしなことになると思うのですが、アメリカは、ヤルタ協定というものに拘束されるものじゃない、こう言った。そうするとルーズベルト大統領が当時スターリン首相に約束した南樺太と千島を日本からソビエトに譲るというこのことは拘束力はないのだ、国際法上の力はないのだ、こういうことですが、そういたしますと、カイロ宣言なりあるいはポツダム宣言の趣旨は、日本が戦争で取った領土は日本が放棄する、こうなっております。戦争で取った領土となれば、まさに南樺太はそうであります。しかし千島は、あなたは幕末の時代から明治時代の条約を引かれましたが、やはりその条約によって、択捉、国後もそうであるけれども、択捉、国後から北の方の千島も、これは日本が戦争で取った領土ではないのであります。それをそれではなぜダレスがつくったサンフランシスコ条約の草案で放棄するようになってきたのかということであります。ヤルタ協定にアメリカは拘束されないという立場ならば、そのアメリカのダレスがつくったサンフランシスコ条約で千島の放棄というものがそもそも出てくるはずはないのでありますが、これは一体どういうわけでしょうか、宮澤さんの見解をお聞きします。
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宮澤泰#22
○宮澤政府委員 桑港平和条約は、当時の日本が連合国と平和を回復いたしまして国際社会に復帰するための条件でございまして、そしてこの条約の草案は、主として米国その他の連合国側でつくられたものでございまして、日本はこれに対して留保をつけるとか、あるいは修正を求めるという立場でございませんで、一に平和を回復して国際社会に復帰するための条件としてこれを受諾したものでございます。
 どのような意図で、この日本が戦争で略取したものでない千島等を放棄するような条項が挿入されたかということにつきましては、日本及び私もただいまから云々する立場でないと考えております。
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高沢寅男#23
○高沢委員 しかし、実際上日本政府はサンフランシスコ条約のできた後で、日ソのそういう領土交渉をやられる過程で、たとえば先ほど言った西村条約局長は、当初は、南千島は放棄した中に入っておる、こう言われておる、その後で放棄した中には入っていないと見解を訂正されている、その過程で、当時のアメリカのダレスのそういう趣旨の発言を求めたりというふうなことをいろいろされたけれども、択捉、国後以外の千島については、一度といえどもアメリカに対してそういうふうな見解の変更を求めるようなことをされたことはない、とすれば、この択捉、国後以外の少なくも千島は、これは放棄したことはもう当然のことであり、当然のことというのは、その前提に、連合国の申し合わせがあるからこういうことになるのじゃないかと思うのですが、そういたしますと、やはり択捉、国後も含めて、この連合国の申し合わせというものがかぶさってくるのじゃないのか、私はこういうふうに考えるわけであります。
 そうであるとすれば、この際、四島ということでソビエトと交渉されておるということでありますが、この千島の帰属については、私はむしろ、改めてソビエトともはっきりと話し合いをされるのが、かえってこのあいまいな状態を明確にするためにも必要ではないか、こういうふうに考えるわけですが、いかがでしょうか。
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宮澤泰#24
○宮澤政府委員 日本は千島列島を放棄いたしまして、国後、択捉、歯舞、色丹はこの中に入っておらないという立場をずっととり続けておりますので、この点はソ連に対しても十分に主張をいたし、そしてその返還を求めているわけでございますが、日本が放棄いたしました部分、すなわち千島列島につきましては、ソ連に対してこれを云々する立場ではないということでございます。
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高沢寅男#25
○高沢委員 それでは私、最後にもう一つだけお尋ねしたいと思います。
 先ほど言いました日ソの共同宣言、あの中では、日ソが平和条約を結んだその段階で歯舞、色丹を引き渡す、こういうことになっております。これは日本政府も結んだ日ソ共同宣言であります。
 それから、現在日本政府は、ソ連に対して歯舞、色丹だけではなくて、択捉、国後の返還も要求されている、それが入らなければ平和条約は結べない、こういう立場でおられるわけです。
 これは私は、いまの日ソ平和条約に対する日本政府の立場と、二十二年前に日ソ共同宣言を結んだときの日本政府の立場との間にはそういう違いが出てきているのじゃないか、こう思うのです。そうであるとすれば、むしろいまの日本政府の立場を通していくためには、二十二年前の日ソ共同宣言のその部分、平和条約を結んだら歯舞、色丹を引き渡すというこの部分については、たとえば、廃棄するというようなことができるのかどうかわかりませんが、その部分についてのむしろ何らかの変更というものを、ソビエト側に提起するということも必要になるのじゃないかと私は思いますが、これはいかがでしょう。
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宮澤泰#26
○宮澤政府委員 日本が共同宣言を行いまして、その中で歯舞、色丹の将来の取り扱いについてはすでに合意が成立したわけでございまして、ただいま高沢委員御指摘のとおり、平和条約ができた後で引き渡すということが合意されたわけでございます。
 それで、同じその共同宣言の中で、日ソ両国は外交関係を回復しました後に、引き続き平和条約の交渉を行う、こういう合意ができておるわけでございまして、なぜそのときに平和条約ができなかったかということは、領土問題につきまして合意ができなかった、すなわち日本側から申しますれば、国後、択捉の返還について合意ができなかったということで、歯舞、色丹の取り扱いだけは合意ができたということでございますので、これはこのまま今日なお有効でございます。
 したがいまして、残りの部分の国後、択捉につきまして、その返還について合意ができれば、そこで平和条約ができるわけでございますが、その交渉のときに歯舞、色丹、すでに取り扱いが決まっておりますこれとあわせて、四島の返還を求めて条約を調印しようというのが日本政府の態度でございます。
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高沢寅男#27
○高沢委員 私、日ソの平和条約の関係のことでお尋ねいたしまして、きょうはこれで終わりたいと思いますが、ただ、終わるに当たりまして、こういうふうな議論をやりますと、往々にして社会党の北方領土に対する態度というものがどうかということが出るので、念のためにそのことをひとつ申し上げておきたいと思うのであります。
 社会党は、先ほど言いましたように、千島に関しては、これは戦争で取った領土ではない、こういう立場をとっているわけであります。その幕末から明治の初めにかけての日本と当時のロシアとの間の取り扱いの条約は、それぞれの違いがあったにしても、戦争で取ったものではないということについては、千島全体がそういうものである、こう考えておりますから、したがいまして、われわれはカイロ宣言なりポツダム宣言なり、そういう趣旨からすれば、千島全体が日本の領土として当然回復されるべきである、こういう立場をとるわけであります。
 しかし、回復されるためには、その前提条件として、いまの日米の軍事同盟の関係であるとか、返還された千島が他日直ちに、今度はまたソビエトに対する軍事基地になるとかいうような危険性が排除される、そういうふうな前提条件があって千島全体が返還される、こういう立場を社会党はとるわけであります。
 その状態に行く過程の当然ステップがあるかと思いますが、そのステップの一つとして、共同宣言でわれわれが申し合わせをした日ソの平和条約を結んで、そうして歯舞と色丹の引き渡しを実現する、その際に日ソの間において千島全体という領土問題がお互いの間の継続案件としてあるということを確認をする、その上に立って第二段は、先ほど言いましたような平和と中立という条件を確保した上で千島の全体の返還を実現する、というような立場をわれわれ社会党はとっているわけであります。
 そういう意味においては、日ソの平和と友好の関係、そしてまた日本の固有の領土の回復というような立場からすれば、私はこの立場が一番妥当な立場である、こういうふうに考えるわけでありますが、最後に、質問を終わるに当たりまして、党の立場を明らかにして、そして政府もまた、この立場が妥当な立場ではないかということを十分考慮に入れて対ソ関係を進められるように要望したい。
 以上申し上げまして、私の質問を終わりたいと思います。
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宮澤泰#28
○宮澤政府委員 ただいまの社会党のお立場、十分に拝承いたしました。
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永田亮一#29
○永田委員長 井上一成君。
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