予算委員会第三分科会

1981-03-31 参議院 全238発言

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会議録情報#0
昭和五十六年三月三十一日(火曜日)
   午前十時開会
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   分科担当委員の異動
 三月三十日
    辞任         補欠選任
     村沢  牧君     松本 英一君
     原田  立君     桑名 義治君
 三月三十一日
    辞任         補欠選任
     広田 幸一君     山田  譲君
    —————————————
  出席者は左のとおり。
    主 査         宮田  輝君
    副主査         増岡 康治君
    分科担当委員
                梶原  清君
                鈴木 省吾君
                谷川 寛三君
                松本 英一君
                山田  譲君
                桑名 義治君
                下田 京子君
                前島英三郎君
   国務大臣
       建 設 大 臣  斉藤滋与史君
       国 務 大 臣
       (国土庁長官)  原 健三郎君
   政府委員
       内閣総理大臣官
       房同和対策室長  小島 弘仲君
       国土庁長官官房
       長        谷村 昭一君
       国土庁長官官房
       審議官      柴田 啓次君
       国土庁長官官房
       会計課長     大森 敬介君
       国土庁土地局長  山岡 一男君
       国土庁水資源局
       長        北野  章君
       国土庁地方振興
       局長       四柳  修君
       建設大臣官房長  丸山 良仁君
       建設大臣官房会
       計課長      杉岡  浩君
       建設省計画局長  宮繁  護君
       建設省都市局長  升本 達夫君
       建設省河川局長  小坂  忠君
       建設省道路局長  渡辺 修自君
       建設省住宅局長  豊蔵  一君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        道正  友君
   説明員
       建設大臣官房官
       庁営繕部長    高野  隆君
   参考人
       日本住宅公団理
       事        救仁郷 斉君
       日本住宅公団理
       事        久保田誠三君
       日本道路公団理
       事        持田 三郎君
    —————————————
  本日の会議に付した案件
○昭和五十六年度一般会計予算(内閣提出、衆議
 院送付)
○昭和五十六年度特別会計予算(内閣提出、衆議
 院送付)
○昭和五十六年度政府関係機関予算(内閣提出、
 衆議院送付)
○参考人の出席要求に関する件
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宮田輝#1
○主査(宮田輝君) ただいまから予算委員会第三分科会を開会いたします。
 まず、分科担当委員の異動について御報告いたします。
 昨三十日、村沢牧君及び原田立君が分科担当委員を辞任され、その補欠として、松本英一君及び桑名義治君が分科担当委員に選任されました。
 また、本日、広田幸一君が分科担当委員を辞任され、その補欠として山田譲君が分科担当委員に選任されました。
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宮田輝#2
○主査(宮田輝君) 昭和五十六年度総予算中、建設省及び国土庁所管を議題といたします。
 これより質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
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山田譲#3
○山田譲君 私は、現在群馬で大変問題になっておりますいわゆる八ツ場ダムの問題について、主として建設省に対しまして御質問申し上げてみたいというふうに思います。
 それからもう一つ、それに関連をいたしまして、一般的な問題として水特法の問題、これについていろいろ、これはどちらかというと国土庁の御所管になるかと思いますけれども、そこら辺をお尋ねしてみたいというふうに思います。
 ただ、最初に、これは八ツ場ダムの問題というのは御承知のような状況で、非常にデリケートな段階になっておりますから、建設省としても、あるいは場合によっては、国土庁としてもなかなか具体的にお答えできないという問題もあるんじゃないかと思いますけれども、そこを私もよく承知いたしておりますから、その辺は無理してお答えいただかなくても結構でございます。私としても現状を見ますときに、非常に微妙なときでありますから、それがぶち壊しになるようなことになっては何もなりませんので、そこら辺は私もよくわかっておるつもりでありますから、その辺は遠慮なさらないで結構だと思います。しかし、わかる範囲ではできるだけ克明に御説明願いたいというふうに思います。
 最初にまずお聞きしたいのは、これは建設省のお考えを聞きたいわけでありますけれども、八ツ場ダムの問題が、話が持ち上がりましてから、もう恐らく二十年以上近くたつんじゃないかというふうに思います。最初はいろいろなトラブルもあったようでありますけれども、それにしましても、二十年以上も話が持ち上がってからたっている、そして、いまだにまだなかなか進捗していないというふうなことでございますけれども、その原因が一体どこら辺にあるかということをまず建設省からお答えをいただきたいというふうに思います。
 そしてまた、それに関連して、ほかにもこんなに長く、二十年以上もたっているような、そしてまたまだ工事に着手できないようなダムの話がほかにもあるかということもついでにお聞かせいただきたいと思います。
 最近では草木ダムの問題にしても、あるいは徳山ダムにしましても、一庫の問題にしましても、補償で相当時間がかかっているようでありますけれども、それにしてもこんなに八ツ湯ダムほど長くかかっちゃいないということもあると思いますので、ひとつそこら辺をできるだけ詳しく、最初からの、いままでの歴史といいますか、そういうものについてお答えをいただけたらありがたいと思うのです。
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小坂忠#4
○政府委員(小坂忠君) お答えいたします。
 ただいまの先生の御質疑にお答えいたしますのに、まず八ツ場ダムの背景と申しますか、その辺からお話し申し上げたいと思います。
 八ツ場ダムは利根川上流の右支川、吾妻川渓谷に計画されました高さ約百三十メートル、堤体長が約三百四十メートル、総貯水量が約一億一千万立方メートルの治水、利水を目的とした多目的ダムでございます。御承知のように、利根川の治水の歴史は非常に古うございまして、明治三十二年ごろから下流部の築堤工事に着手いたしまして、いまだに延々とその治水工事が続けられておるという状況でございますが、その中でも特に昭和二十二年に、御案内のようなカスリン台風による豪雨によりまして、利根川流域一帯大変な大洪水に見舞われました。利根川の下流部の基準地点でございます八斗島という地点で、当時の推定で毎秒約一万七千立方メートルの出水が起こりました。もちろん上流域、群馬県等も含めまして、非常なはんらん、破堤、溢水が起こりまして、多大の被害を受けたのはもとよりでございますが、御案内のように、栗橋地点で利根川の右岸の本堤が切れるという事態が発生いたしました。その水が東京都にまでも入ってきた。その沿岸一帯に甚大な被害をもたらしたわけでございます。この洪水によりまして、従来の治水計画では不十分であるというような再検討の必要性が感じられましたので、それに基づきましていろいろな検討がなされまして、昭和二十四年には治水調査会でございますか、いろいろの議を経まして計画を改定いたしまして、上流域におけるダム群の建設とか、あるいは河道部においては河積の不足に対処して、全州にわたる掘削、しゅんせつ、それから堤防のかさ上げ等を行いますほか、一部におきましては大規模な引き堤を数カ所行うというようなことで計画をまとめまして、それに従いまして、現在まで工事が行われております。
 特に、上流ダム群につきましては、藤原ダム、あるいは相俣ダム、矢木沢ダム、薗原ダム、下久保ダムが完成いたしておる次第でございます。そういった背景のもとで、その上流ダムの洪水調節の一つの重要な役割りを受け持ちます八ツ場ダムの洪水調節計画でございますが、これはダム地点におきます計画洪水流量三千九百立方メートル毎秒のうち、二千四百立方メートル毎秒の洪水調節を行い、吾妻川下流の洪水流量の低減はもちろん図るとともに、利根川上流の既設ダム群の洪水調節と相まちまして、利根川本川の洪水流量を低減させ、利根川治水の万金を期したいという目的を持つものでございます。
 また、一方これを利水の方面から見まするに、さきに国土庁でまとめました、昭和六十五年に向けての水資源開発計画と、水利用の需要と供給の関係等によりましても、昭和六十五年までに、関東地区においては年間約八十二億立方余の新規水の開発が必要とされておりまして、この逼迫する水需給に対処するためにも、八ツ場ダムが必要になってまいりますので、八ツ場ダムにおきましては、新たに都市用水として年間約五億四百万立方メートルの供給を行おうとしているものでございます。特に、最近、昭和五十三年、四年、五十五年と、三年間も続きまして、首都圏における渇水期の水不足、あわやという状況が再三起こっておる現状におきましても、このダムの利水的な必要性というのは非常に高いものがあろうかと思います。一方、この八ツ場ダムの、ダムをつくります上での問題点というものを見てみますと、水没戸数が約三百戸、水没の農地が約六十ヘクタール、水没山林約二百ヘクタールのほかに、温泉補償であるとか、国鉄吾妻線のつけかえ、国道百四十五号線のつけかえ等がございまして、また水没の規模と補償項目の多いことでも、全国でも有数のダムになっておるわけでございます。
 ただいまお話しのように、二十年来というお話でございますが、ダムの通常の、私どもダムをつくりますまでの段階といたしまして、当初予備調査というのをいたしまして、あら方の調査を済ませまして、いよいよダムをつくろうということになりますと、実施計画調査というのに入ります。それがある程度固まりますと、今度は建設事業に着手という段階、いわば三段階があるわけでございまして、当初計画いたしました時点、いわゆる予備調査の段階から申しますと、もう二十年たっておるということになります。ただ、非常に熟度が増してまいりまして、実施計画調査に入りましたのは昭和四十二年度から、それから実際にダムをつくる、いよいよつくるという、いわゆる建設事業に着手いたしましたのは昭和四十五年度からになっております。それにいたしましても、四十五年度からでももう十年以上、十一年目に入るというようなことでございますので、全国の数ある中でも、特に難航しているダムであるというふうに私も認識いたしております。
 建設省の行っておりますダムに対する対応でございますが、まず生活再建及び関連地域の開発、これが一番重要なことであるという観点から、これに対する検討を加えるとともに、地元の関係機関との調整にも努めてまいったわけでございますが、何分にも先ほどから申し上げておりますように、本ダムの規模が非常に大きい、また影響するところが非常に甚大であるというようなことから、広域な農地がつぶれる、あるいは川原湯温泉を含む約三百戸の水没される方々の生活再建の問題があるというようなことから、住民の生活環境と生活基盤に重大な影響があるものとして、住民の方々の御理解が得られないまま現在に至っておるというのが実は現状でございます。
 また、私ども国の立場以外に、ごく近年に至りましては、群馬県政としても、これは重要な課題であるというようなことから、群馬県におきましても、この問題を非常な重点事項としてお取り上げいただいておりまして、県においても温泉ボーリング調査を実施するなど、独自の立場でいろいろな調査を進められ、また、川原湯温泉対策を含みますこの地域の生活再建対策の検討を着々進められておる。昨年の十一月には、地元町議会に県の立場としての再建案を御発表になり、地元に御説明が済んでおるというふうに聞いております。
 以上で概略の御説明を申し上げました。
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山田譲#5
○山田譲君 私がこれからお尋ねしようということまで回答していただいたようなわけで、私も困りますけれども、私はそういうことを実は聞きたかったわけじゃないんですよ。私はこれ二十年もたって、ほかのダムとしても余り例がないんじゃないかと思うわけですけれども、確かに非常に与える影響大きいダムであるだけに、それだけ大変だったとは思うんですが、私が聞きたかったのは、そういうことよりも、むしろ何かどこかでもってこじれているんじゃないかという感じがしてならないわけです。特に現地へ行ってみたりすると、二十年前のいろんなことを土地の方が話なさるわけで、とにかく最初あそこに出ていかれたのは何ですか、事務所みたいなものがつくられたわけですね。そうしたら、そこへむしろ旗持って騒ぎに来たとか、そこの所長さんのやり方がどうしたこうしたというふうないろんな話を聞くわけです。そういう話を聞いて感じましたことは、ダムが与える影響もさることながら、地域住民に対する建設省の最初の対処の仕方がやはり問題があったんじゃないか。ちょっとこじれてしまったというふうな感じがしてならないわけでありますけれども、実はそこら辺のところを詳しくお聞きしたかったわけです。ほかのことはまた後でお聞きしますから、そこの分だけひとつお聞きしたいと思います。
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小坂忠#6
○政府委員(小坂忠君) どうも失礼いたしました。
 ただいまのお話でございますが、昭和四十二年度から実施計画調査に入りまして、地元の方々と直接の接触が始まったわけでございます。当初の段階でこのダムをどうしてもまとめたいというような意思から、地元の方々との若干の摩擦、トラブルがあったのも事実でございます。私どもといたしましては、当時のやり方、それをそのままやっていたのでは、地元の方々の御理解を得られぬばかりでなくて、ますます離反が激しくなってしまうんじゃないかというようなこともございまして、以後、いわばじみちと申しますか、私どもなりに御納得いただけるような生活再建案、あるいは、水没地を含めます水源地域全体の将来の繁栄のためにはどうあるべきかというような計画の検討、そういったことに重点を置きまして、地元の方々とは極力摩擦を避けながら、調査を進めてきておるということでございますが、当初そういった事実があったことも事実でございますので、私どもとしては重要な反省をいたしております。
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山田譲#7
○山田譲君 やはり二十年以上もたったということについては、いまお話ありましたように、何か気分的に何となくおもしろくないとか、やり方が一方的だとかというふうなことがあって、それがもとで変にこじれてしまったと、うまくいくこともいけなかったというふうなこともあるんじゃないかと思うんです。ですから、これからの問題になりますけれども、その点はひとつ十分反省をしていただきたいというふうに思います。
   〔主査退席、副主査着席〕
 それから二つ目に聞きたいのは、一般的に言いまして、今後やはりダムをつくるという場合になりますと、補償の問題で相当時間がこれはかかるんじゃないかというふうに思われます。たとえば、楢俣ダムなんか見ておりましても、水没したところがほとんど家もない、ただ国有林だけであるというふうなところですら、なかなか水上町との間の補償の問題をめぐって結構時間がかかるというふうなことでありますから、まして家が水没するなんということになりますと、これは補償だけで相当時間がかかるんじゃないかと思うんです。そして、これからそういうことで、八ツ場ダムなんかに限らず、一般的にそういう問題があると思うんですけれども、ひとつそういうことについてどういう対策を考えようとしておられるか、これは一般的な問題としてお答えいただきたいと思います。
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小坂忠#8
○政府委員(小坂忠君) まず、いまお話のございました中でも、特に直接水没なされる方々への直接的な補償、これをどうするかということがまずこれは地元の方々の最大関心事であろうと思います。これにつきましては、私どもといたしましてもお話し合いに入る状態になりますると、いろいろきめ細かい調査もいたしまして、地元の方々の立場に立った補償の御相談を申し上げる段階になろうかと思いますが、実はいままでのところはそういう段階になりませんので、それの準備をいたしておるというのが現在の状況でございます。
 そのまず補償の問題と、それからやはりその補償と直接、間接に関係がございます水源地域全体の整備計画と申しますか、後ほどあるいはお話が出ると思いますが、水特法による整備計画、あるいは資金を一体どうするのかとか、そういったようなことも含めまして準備の段階ではございますが、私どもなりにいろいろいま検討は進めておりますので、地元の御了解を得て、お話し合いができるということになりますれば、その段階で十分意を尽くしてお話し合いに応じたいというふうに考えております。
 項目的に申し上げますと、生活再建対策のための、従来各ダムでもいろいろやっておりますが、先生御指摘のように、特にいままでこじれたと申しますか、長年かかってまだ御理解いただけないこのダムにおきましては、特にその辺を入念に御説明し、御理解をいただかなければいかぬということで準備しておる次第でございます。
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山田譲#9
○山田譲君 最初の局長のお話にも触れてあったわけでありますけれども、改めて八ツ場ダムの現状について少し詳しく御説明をいただきたい。つまり、現在どんな段階になっているかということを、少し詳しくお話しいただきたいと思います。
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小坂忠#10
○政府委員(小坂忠君) 先ほど来のお話の中でも申し上げましたが、私ども建設省の事務所をつくってこのダムを建設をしていこうということは立場は変わりませんが、対応の仕方として、私どもがいきなり地元の方々、あるいは地元長野原町等の地元関係機関の方々と、いきなりお話しするというのは現状ではむずかしい状況にございます。
 先ほどお話し申し上げましたように、県としてもこれは重要な問題であるので、県がひとつ建設省と地元の間に入って、白紙の立場で生活再建案なり、この上流域全体の整備計画についての地元の御理解がいただけるようなものができるかどうか、それをつくってみようということで、県独自のいろいろな案が練られたわけでございます。それが先ほど申し上げましたように、つい先般、町議会に説明される筆ある程度その姿がはっきりしてまいりました。それを受けまして、地元の町議会なり、あるいは町当局におきましても、これからどうするかという御議論をいただいておる最中というふうに聞いております。それで、私どもといたしましては、やはりこの問題非常に多角的な行政の中で解決していかざるを得ない問題というふうに認識しておりますので、この県の御指導と申しますか、県の御提案、あるいは地元の方々のそれに対するいろいろな御意見、こういった地方公共団体等の関係機関の方々の今後の動きといいますか、御発議、御提案、あるいは私どもに対する御要求、そういったものを踏まえながら、今後対処していきたいというふうに考えておる次第でございます。
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山田譲#11
○山田譲君 やはりいまの段階としては、いきなり建設省が現地に乗り込むとか、現地に入っていって、直接話をするというふうなことは避けて、できるだけ県なり、あるいは地元長野原町の方に一応やってもらって、それの推移を見守っていこうと、こういうふうなお考えでございますか。
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小坂忠#12
○政府委員(小坂忠君) 先生のおっしゃるとおりでございます。ただ、私どもといたしましては、やはり冒頭来お話がございますように、非常に長くかかっている問題でございますし、長くかかるということは、私どもにとりましてもこれは都合が悪いわけでございますが、地元の方々にとりましても、これはやはり時間がかかるということ自体、非常にこれは不都合なことが起こってまいると思いますので、やはり一同も早く解決したいという気持ちは持っております。したがいまして、先ほど来申し上げておりますように、何が何でも地元の方々と直ちにお話し合いに入って、話をまとめようというようなことではございませんが、少しでも早く、しかも、円滑なうちに話が進められるように、私どもも努力したいというふうに考えております。
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山田譲#13
○山田譲君 そういうことでやっていただければ一番いいんじゃないかと思いますが、これは当然局長御存じだと思いますけれども、実際に現地の人たちに会ってみましても、まだなかなか根強い反対の雰囲気というものは残っているように思われるわけです。それはもう決して簡単には言えませんで、かなり部落によっても差がありますし、一概ではないですけれども、むしろやっぱり過半数の人たちが何らかの形でもってまだまだ反対の雰囲気が強い。こういうふうな気持ちがあるわけですけれども、そういう反対を静めるといいますか、賛成の方へ向けていくというふうな努力ですね、これはやはりいまお話しのように、可なり、県当局に大体任しておけばいいんじゃないかというふうなお考えですか。
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小坂忠#14
○政府委員(小坂忠君) 現在のところ地元の方々と直接私どもがお話し合いをするというのは、先ほど来の事情で、私どもも控えさしていただいております。かと言って、やはり町当局、あるいは関係機関、それから県当局とも十分な連携はとりながらやっていきたいというふうに考えております。
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山田譲#15
○山田譲君 さっきのお話にもありましたとおり、県が再建案を町に示したと、その町がそれを受けて各部落、水没部落に対して説明会を開こうとしているというふうな現段階のようでありますけれども、この再建案そのものでございますけれども、この内容、あるいは千六百億かかるとかいうふうなことについては、すでに新聞で発表が出ておりますけれども、建設省としてはこの県が出されたいわゆる再建案に対して、どういうお考えを持っておられるか。つまり、もっとはっきり言いますと、県がつくった建設案であるけれども、できるだけ建設省としては、これに協力をしていこうというふうな気持ちで現在いらっしゃるかどうか、そこら辺はどうでしょうか。
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小坂忠#16
○政府委員(小坂忠君) 新聞に報道されております、あるいは地元で発表されております再建案、これそのものはやはり県がつくりましたので、その細部につきましては私どもが関与したわけではございません。しかし、いまの段階といたしましては、県からもその案は聞いておりますし、内部については承知いたしております。
 ただ、この問題、先ほど冒頭に申し上げましたように、道路のつけかえであるとか、鉄道のつけかえであるとか、地域に私どもが補償工事としてやらなければいけない仕事、これとの関連も非常に強うございます。ですから、その辺を整理いたしまして、今後進めていく必要はあるだろうということで、千六百億の再建案の中身については今後県と詰めて、よりよきものにしていかなきゃいかぬというふうに考えております。
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山田譲#17
○山田譲君 県当局なり、町当局が非常に心配していることの一つに、その問題があるわけです。ですから、再建案でもってこれから説明に入ろうとしている、あるいはすでに入っているところもあるかもしれませんけれども、そういうときに、せっかく県がかなり苦労してつくった再建案でありますから、それは直接は建設省がタッチしていないとはいうものの、それなりに県の努力を評価していただいて、再建案にできるだけ協力をしていただくようにお願いしたいと思うんです。県なり、町もその点一番心配しているわけで、われわれも一生懸命この再建案に基づいてやるわけだけれども、最後の段階になって、余り協力してもらえないようなことになると、間に立った県なり、町が非常に困るわけでありますから、ひとつこの点はぜひこの再建案そのものについて、中身の詳細な内容についてはいまいろいろ申し上げませんし、お答えできる段階ではないと思いますけれども、全体として再建案にひとつ協力するというふうなことで、ぜひとも建設省も対処していただきたいというふうに、これは要望でございますけれども、しておきます。
 それから、これもさっきも触れたことで繰り返しみたいになって恐縮でありますけれども、地元では、何となくやっぱり建設省アレルギーみたいなものが、残念だけれどもまだまだ残っているように感じられてならないわけです。そして、やっぱりそういった実態を無視して、この事業を進めようと思っても、なかなかうまくいかないんじゃないか、結局はそういうところにつっかかってしまう、こういう問題があるように思うのです。ですから、やっぱりアレルギー——これはゆえのないアレルギーかもしれませんけれども、過去二十年来のいろいろな歴史の積み重ねの結果、そういった建設省アレルギーのようなものが、これ地元と言わず県全体の雰囲気としてもまんざらないとも言い切れない。そういう状態で、こういう実態をやっぱり無視しては、どうしてもこの問題は進めることができないと思うんですけれども、そこら辺の問題について、似たような問題でありますけれども、ひとつもう一遍お答えいただきたいと思うんです。
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小坂忠#18
○政府委員(小坂忠君) 先ほど来お話し申し上げておりますように、八ツ場ダムは私どもにとりましても非常に重要なダムでございます。その重要なダムをつくります上で、一番やはり重要なことは、現段階で私ども感じておりますのは、地元の方々の十分御理解を得た上でやらなければ物事は進まないということをよく承知いたしておりますので、先生のいまの御指摘のような趣旨に沿いまして、今後やりたいというふうに考えております。
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山田譲#19
○山田譲君 次は、いわゆる補償の問題に入りたいと思うんですが、補償といっても具体的な問題じゃありませんが、いわゆる補償要綱というものがありますね。これは一体どなたが補償要綱というものをつくったのか、それからまた、どういう形でもってつくられているのか、その辺ちょっとお伺いしたいわけです、いつごろできたかということですね。
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小坂忠#20
○政府委員(小坂忠君) 昭和三十七年に閣議了解によりましてできております。
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山田譲#21
○山田譲君 三十七年にできて、建設省がおつくりになったんですか。それともほかのいろんな省と一緒になってつくったものかどうか。
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小坂忠#22
○政府委員(小坂忠君) 閣議了解されておりますので、建設省だけということではございません。
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山田譲#23
○山田譲君 そうすると、関係するほかの役所としては、どんなところがあるんですか。
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小坂忠#24
○政府委員(小坂忠君) 原案は建設省から出ておりますが、これによってこの適用を受けますのは各省、その公共事業に関係いたします補償はすべてこれによるということになろうかと思います。
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山田譲#25
○山田譲君 そうすると、たとえば今度これを変えるというふうなことになった場合には、やはり建設省が発案されると、こういう形式になりますか。
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丸山良仁#26
○政府委員(丸山良仁君) 補償要綱につきましては、いま御答弁申し上げましたように、昭和三十七年に建設省が、たしか公共用地審議会だと思いますが、そこに諮りまして、原案をつくりまして、それから閣議の了解を求めた、こういう形になっておるわけでございまして、およそ政府関係の公共事業を実施する場合には、その要綱に従うということになっております。したがいまして、これを改定するということになりますと、やはり関係各省と相談した上で原案を建設省がつくりまして、やはり閣議の了解を求めるという手続が必要だと考えております。
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山田譲#27
○山田譲君 三十七年に閣議了解ということでおつくりになったこの補償要綱、これはその後これまた二十年近くたっているわけですけれども、どうも現状に合っていないんじゃないかというふうなことが心配されるわけであります。特に運用の幅が余りないんじゃないかというふうなことがよく言われていますけれども、この点どんなものでしょうか。現状でいいと考えるか、問題があるとお考えかどうか、そこをお伺いしたいと思うんです。
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小坂忠#28
○政府委員(小坂忠君) 私どもダムを建設いたします場合、一番問題になりますのは、この補償要綱の運用の問題でございます。補償要綱そのものは変わってはおりませんが、その解釈、運用等におきましては、制定当時よりも現在におきましては、かなり弾力的運用もなされているように私どもは考えております。なお、この個々の問題は、補償要綱だけで解決いたしかねる問題もございます。と申しますのは、あるいは後ほどお話が出ようかと思いますが、水源地域の対策基金であるとか、そういったものと組み合わせてやると、あるいは融資に対する対策をどうするのかとか、そういったほかのものと組み合わせを考えつつやるという手法は、この補償要綱制定当時から見ますと、いろいろな仕組みを組み合わせてやるようにいたしておりますので、その点では昔の補償とはかなり違ってきておるんじゃないかというふうに考えております。
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山田譲#29
○山田譲君 いま局長おっしゃられたようですけれども、やはり三十七年当時は、現在考えているような大型な、大規模なプロジェクトといいますか、そういうことまで想定されていなかったんじゃないか。特にダムのようなものをつくるときの補償というところまでなかなか考えていなかったんじゃないか。普通のそこら辺の学校つくったり、道路つくったりするときの補償と同じような考え方で、この要綱ができているんじゃないかというふうなことが実際問題としてあると思うんです。
 そこで伺いたいのは、こういった特に大きなダムなんかについての特別な補償を、この補償要綱とはまた別に、あるいは補償要綱を変えるというふうな形を考えていらっしゃらないか、いらっしゃるかどうかということをちょっとお伺いしたいと思います。
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