憲法調査会国際社会における日本のあり方に関する調査小委員会

2002-11-14 衆議院 全128発言

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会議録情報#0
本小委員会は平成十四年十一月七日(木曜日)憲法調査会において、設置することに決した。
十一月七日
 本小委員は会長の指名で、次のとおり選任された。
      石川 要三君    近藤 基彦君
      下地 幹郎君    中川 昭一君
      葉梨 信行君    平井 卓也君
      山口 泰明君    首藤 信彦君
      中川 正春君    中村 哲治君
      山田 敏雅君    赤松 正雄君
      藤島 正之君    山口 富男君
      金子 哲夫君    井上 喜一君
十一月七日
 中川昭一君が会長の指名で、小委員長に選任された。
平成十四年十一月十四日(木曜日)
    午前九時三分開議
 出席小委員
   小委員長 中川 昭一君
      近藤 基彦君    下地 幹郎君
      葉梨 信行君    平井 卓也君
      山口 泰明君    首藤 信彦君
      中川 正春君    中村 哲治君
      山田 敏雅君    赤松 正雄君
      藤島 正之君    山口 富男君
      金子 哲夫君    井上 喜一君
    …………………………………
   憲法調査会会長      中山 太郎君
   憲法調査会会長代理    仙谷 由人君
   参考人
   (政策研究大学院大学助教
   授)           岩間 陽子君
   衆議院憲法調査会事務局長 坂本 一洋君
    —————————————
本日の会議に付した案件
 国際社会における日本のあり方に関する件

     ————◇—————
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中川昭一#1
○中川小委員長 これより会議を開きます。
 この際、一言ごあいさつを申し上げます。
 先般、先国会に引き続きまして小委員長に選任されました中川昭一でございます。
 小委員の皆様の御協力をいただきまして、公正円満な運営に努めてまいりたいと存じますので、何とぞよろしくお願い申し上げます。
 国際社会における日本のあり方に関する件について調査を進めます。
 本日は、参考人として政策研究大学院大学助教授岩間陽子君に御出席をいただいております。
 この際、参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多用中にもかかわらず御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。参考人のお立場から忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じます。
 次に、議事の順序について申し上げます。
 最初に参考人から御意見を四十分以内でお述べいただき、その後、小委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。
 なお、発言する際はその都度小委員長の許可を得ることとなっております。また、参考人は小委員に対し質疑することはできないことになっておりますので、あらかじめ御承知おき願いたいと存じます。
 御発言は着席のままでお願いいたします。
 それでは、岩間参考人、お願いいたします。
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岩間陽子#2
○岩間参考人 おはようございます。政策研究大学院大学の岩間です。きょうはよろしくお願いいたします。
 本日は、ドイツの憲法と、危機管理及び軍備に関する規定に関してのお話をということでしたので、私は、憲法学者ではございませんで、外交史それから国際政治をやっている範囲で、ドイツの憲法についてこれまで学んできましたことを簡単にお話しさせていただきたいと思います。
 皆さんもう十分御承知のことが多いかと思いますけれども、一応、歴史の流れに沿いまして、戦後の西ドイツ、それから、西ドイツの基本法を引き継ぎました現在のドイツの憲法と安全保障、危機管理についてお話しさせていただきたいと思います。
 御承知のことと思いますが、ドイツ連邦共和国の基本法といいますのは、これまでに、改正法の数で恐らく五十一回変更されております。最後の変更が二〇〇二年の七月二十六日で、この日に二つの改正法が通っておりますので、これを一回と数えるか二回と数えるかで五十回か五十一回か変わってくるんですが。以前は、すべての改正法案の頭に第何回改正というのは書いてあったのですが、恐らく、余りにふえたのでもう書かなくなったのだと思います。もう書いていないので私もよくわからないのでありますが、相当な数の改正を経てきているということであります。
 ドイツの特徴としましては、そのように基本法がかなりの頻度で改正されるということ、それから、連邦憲法裁判所というものがございまして、これが憲法の内容に関してかなり大胆な判断をこれまで繰り返し示してきているということがまず挙げられるかと思います。
 それでは、再軍備の関係のお話から入っていきたいと思います。
 もともと西ドイツというのは、日本と同じように、第二次世界大戦後、降伏をいたしまして完全に武装解除されたわけであります。ですから、一たん、全く軍備のない状態になりました。それで、現在の基本法というのは西ドイツが発足いたしました一九四九年にできたわけですけれども、そこには、当然、軍備に関する、あるいは有事に関する規定はなかったわけです。
 ですが、全くなかったかというと、幾つかその関連の規定があって、侵略戦争の禁止であるとか、あるいは兵役忌避を認める規定があったり、それから、国際機関の関連で、これは後に憲法上の海外派兵の根拠として使用されることになった第二十四条の一項、二項が、国際機関に加入すること、それから、その関連で、平和を維持するために相互的集団安全保障制度に加入できるというようなことを定めておりました。
 御承知のとおり、西ドイツの再軍備というのは、朝鮮戦争勃発後の国際情勢の中で検討され始めたわけです。結局、最終的には五五年にやっと志願兵法案が成立しまして、最初の連邦軍兵士が誕生するわけですけれども、この間、非常に複雑な政治外交の紆余曲折がございました。きょうは、憲法と関連する範囲内において、簡単にその過程を申し上げます。
 まず、ドイツの場合は、いざ再軍備するというときに、何らかのセーフガードを国際的に考えなければいけないわけで、その関連で、ドイツを、当時、シューマン・プラン以降始まったばかりでありましたヨーロッパ統合の枠組みの中で再軍備させようという構想が最初に持ち上がります。ドイツの主権をヨーロッパという枠で制限して再軍備させようということで、最初にその関連で締結されましたのが一九五二年のドイツ条約、これは、それまで降伏して占領下にあったのを主権回復するための条約でありまして、それから、EDC、ヨーロッパ防衛共同体の関係諸条約が締結されて、これが批准され次第、西ドイツの再軍備が始まる予定でありました。この関連で、まず最初の再軍備関連の憲法訴訟が幾つか起こってきます。
 一たん、この法案はドイツの国内では批准を完了して大統領の署名までいくのですが、結局、この法案自体は、EDC条約をフランスが批准しなかったことにより流産いたします。ですが、これで、ドイツの側は、着々と再軍備のための準備を始めるわけであります。
 その関連で、憲法を改正すべきかどうかということが問題になって、当初、アデナウアー政権は、改正しなくてもできるという姿勢だったんですが、一九五三年の総選挙で与党が圧勝いたしまして、その選挙の後に、幾つかの小さな政党と連立政権を樹立しまして、三分の二の多数を持つ政権を樹立いたしました。この多数をもって第一回の防衛関連の憲法改正を行いまして、このときは、連邦に防衛に関する立法権を付与するなど、最小限の改正にとどめて行われました。
 先ほど申しましたように、EDCは結局失敗いたしまして、そのかわりに西ドイツはNATOとWEU、ブラッセル条約に加盟することになりまして、これが五四年にパリ諸条約として調印されて、五五年に発効いたします。そして、その年のうちに、まず、志願兵の軍隊として連邦軍が発足する。この後にもう一度、再軍備関連の憲法改正というのが五六年に、今度は与野党協力によって行われます。
 社民党は、当初、再軍備に関して、これは違憲であるという立場から憲法訴訟を起こしました。それから、先ほど申しおくれましたが、違憲訴訟は幾つかは棄却されて、最後まで残ったものは、結局、憲法改正によってその訴える立場を失ったわけです。社民党の方は、最初は、彼らの一番の関心といいますのは、再軍備してしまうとドイツの再統一を妨げることになるということが心配だったわけです。ですが、再軍備になった以上、やはり民主的な軍隊をつくっていくために議論に参加していかなければいけないという立場から、第二回の防衛関連の憲法改正に関しては、社民党も参加いたしました。この関連で行われた改正はかなりの数に上ります。
 そこで、ドイツ基本法に一貫する姿勢としましては、チェック機能、連邦政府が軍隊を使っていくときのコントロールとして、一つには、議会による統制というものを考えている、もう一つは、連邦と州というもののバランスを常に考えていて、その双方からのバランスチェックというものを意識しているという点でございます。
 ドイツの場合、御承知と思いますが、連邦議会と連邦参議院がございまして、参議院の方は各州から代表という形で送られてきますから、参議院の議決というのは非常に強く州の意見を代表したものとして扱われるわけです。
 このときに決まったことを簡単に幾つか申し上げておきます。
 六十五a条に、軍隊の指揮・命令権は、平時においては国防大臣、有事においては連邦首相に属するということがはっきり憲法の規定で書かれたということ。
 それから、関連の条文はレジュメに大体書いてございますし、お手元に基本法の写しがあるかと思いますので、見ていただけるとよろしいのですが、ただ、これも何度か改正していますので、もう今なくなった条文とか変わってしまった条文もあって、その点、ドイツの法律というのは非常に読みにくいのですが、連邦議会の国防委員会が調査委員会として憲法上の機関になる。
 あるいは、国防受託者という新制度ができまして、連邦議会の補助機関として、それから、兵士の基本権保護に当たるというような任務を請け負うことになりました。
 いわゆる有事、国防事態という訳を用いることが多いのですが、その到来は議会が確定する。克服しがたい障害によって連邦議会が招集され得ず、遅延が危険を招くときのみ首相と大統領によって行われる。
 それから、予算の関係で、軍隊の員数とその組織の大綱は予算によって明らかにされなければならない。
 こういうようなことが決められました。
 この後、五七年の四月には徴兵制が開始されまして、これは現在に至るまで継続しております。現在、ドイツは九カ月の徴兵期間を実施しておりまして、冷戦後の環境がいろいろ変わった中で、再度、徴兵制は現政権で議論される予定ですが、ことしの二月に、徴兵制はもはや違憲ではないのかという訴えが一部出ておりまして、それに関して憲法裁判所は、冷戦後の環境においても徴兵制は合憲であるという判断を示しております。
 この次に危機管理に関して大きな法制が行われましたのは、一九六八年でありました。このときは大連立政権による立法でございまして、ドイツは、戦後、占領された状態から出発しまして、有事に関する法律が整備されるまでは一定の範囲内で占領国の権利というものが残っておりまして、最後の完全な主権回復のためにも、有事法制、非常事態立法というのは必要だったわけです。
 ですから、これは、ずっと長い期間、懸案だったわけですが、軍備ということに加えて、国内における軍隊の使用というのもこの場合は出てくるわけでありまして、それはドイツにおいても非常にセンシティブな問題でありますので、長い時間がかかって、やっと社民党と保守連合の連立政権で実現したわけです。
 このときは、かなり広い範囲の改正、変更が行われております。そこにざっと書いてありますけれども、大きく分けまして、国内における軍隊の使用、それから、外国から攻撃された場合の防衛のための軍隊の使用というのがあるわけです。
 国内で使用される場合に、基本的には、国内の治安というのは州の警察が一義的には負っているわけで、そこで賄い切れないような公共の安全または秩序の維持への危険というものが起こってきたときに、まず州のレベルから、他の州の警察であるとか、それから連邦の国境警備隊、それでも足りないときには軍隊というものを要請していくことができる。
 それから、逆に、今度は連邦の方がそれを必要と認めた場合に、それを州に対して指示できるというようなことに関する規定が設けられております。これは、先ほど申しましたように、連邦参議院の要請があれば解除できるということで、連邦が行った指令に対して、州の側からの反対というか対抗する手段というのが設けられております。
 自然災害とか重大な災厄事故の場合にも、このように国内における軍隊の使用というのが一定範囲内で想定されています。
 そして、後に問題になりましたのは八十七a条の二項、軍隊は国防を除いてはこの基本法が明文で認めている場合に限って出動することができるという規定がここで入りまして、明文で認めている場合というのはどの範囲かと。今申しましたように、国内における一定範囲の使用、それから、いわゆる防衛事態と言われる場合、それ以外に、PKOなどが認められているのかどうかというのが後に話題になったわけですが、当時のドイツはそのような活動を行っておりませんでしたから、問題にはなってきませんでした。
 防衛事態、それから緊迫事態、同盟事態というようないろいろな事態が想定されているんですが、そのような場合に、例えば、軍隊による非軍事的物件の保護や交通規制ができるというような、あるいは一定範囲内の移転の自由の制限のようなこともできるというような規定もこの有事法制関連で行われております。
 防衛事態ですが、これは、連邦領域が武力で攻撃された、またはこのような攻撃が直前に切迫していることということで、実際に武力攻撃が発生した、あるいはその危険が非常に切迫しているような状態について、連邦政府の申し立てに基づいて、連邦議会が連邦参議院の同意を得て防衛事態というものを確定するということになっております。連邦議会議員の過半数かつ投票数の三分の二が必要である。
 これができないときは、合同委員会というものが制度として設けられておりまして、これは連邦議会と連邦参議院の双方から選ばれたメンバーによって構成されるんですが、それが確定して、大統領が公布する。連邦領域に対する武力攻撃というものが実際にもう始まってしまっていて、このような手続が踏めないときは、確定は行われたものとみなされて、攻撃が開始された時点で公布されたものとみなされるというふうに規定されております。
 防衛事態が確定しますとともに、軍隊に対する命令・司令権は国防大臣から首相に移りまして、連邦政府の権限がさまざまな範囲で強化されます。収用や一定範囲の自由の制限、国境警備隊を連邦の全領域に出動させるなど州に対する権限の強化、それから、立法手続が簡素化されて、議会の立法が非常に迅速に行われるようになる。それから、防衛事態の期間中は、議会の解散ができない、あるいは議員、大統領などの任期は延長されるなどの規定があります。
 防衛事態の終了というのは、いつでも連邦議会が連邦参議院の同意を得て宣言できるというふうになっております。
 一応、ドイツの憲法上も、防衛事態まで至らないけれども、その前段階として、緊迫事態あるいは連邦議会の特別な合意による緊急事態というような場合に、平時において適用を差しとめられていた法令が適用可能になるような状態が想定されています。それから、議会による確定というのが機能しない場合でも、同盟上の義務から事実上軍隊の活動が始まるような場合にも、一定の範囲で配慮というものがされております。
 以上のように、六八年の改正というものは非常に広範囲にわたるものでありまして、かなり国内的にもいろいろな反対運動等があったのですけれども、ここで、ほとんどの領域をカバーするような有事法制を西ドイツの場合は整備したわけであります。
 当時の西ドイツの連邦軍が置かれた状況を思い起こしていただきますと、それは、NATOの集団防衛の中核でありまして、前方防衛の主軸でありました。あの当時のドイツが巻き込まれ得るといいますか、ドイツが当事者となり得る戦争というのは、東西冷戦の文脈の中でのNATO軍とワルシャワ条約機構軍の戦争以外には想定されておりませんでしたし、それ以外の戦争に備えるような余裕も、当時の西ドイツにはなかったわけです。ですから、その戦闘部隊というのはすべてNATOの防衛計画のために提供されておりましたし、ドイツ軍は単独で作戦を遂行することは想定されておらず、その機動性や展開力、指揮系統というのは厳しく制限されておりました。
 これは、もちろん、ドイツが第二次世界大戦を起こしたということもありまして、その関連で、再軍備はするけれども、西ドイツ軍がなるべく独自で動きにくいような状態にしてNATO軍に統合しておくという観点もあったと思われます。ドイツ海軍だけは常設作戦司令部を有していたようですが、陸軍、空軍は、冷戦後までNATOの統合司令部によって指揮されておりました。ですから、ドイツは、一九七三年に国連加盟をいたしましたが、PKO活動というのは特にこの時点では行っておらず、したがって、憲法上の議論も当時は起こってはきませんでした。
 ただし、人道援助や災害救難のための連邦軍の派遣というのは、これは軍隊の使用というのとは全く別の観点で考えられておりまして、このことに関しては、私は、議論というのは全く聞いたことがありません。一九六〇年に初めてモロッコの地震の折に連邦軍が派遣されて以来、ほぼ毎年のように世界各地に派遣されていまして、現在までに、これはドイツ国防省の資料でざっと数えてみただけでも、延べ百三十回以上、五十カ国以上に連邦軍は派遣されております。
 一九九〇年、九一年の湾岸危機の折にも、人道援助としては、ヨルダン、サウジアラビア、カタール、それからトルコ、イランのクルド人難民の支援などに実際に連邦軍が派遣されておりまして、それらは、ドイツにおいては、憲法の規定に触れるような軍隊の活動とは全く別種のものとして考えられております。
 今度は、冷戦後の状況の変化というものを御説明したいんですが、このあたりはかなり日本でも報道されておりますので、皆さんも御承知のところが多いかと思いますけれども、日本と同じでありまして、まず湾岸戦争で、ドイツはどのような立場をとるかということを問われたわけです。あのときは、多国籍軍の一部として戦闘を行うということは、ドイツはしなかった。
 その後、日本の場合はずっとそんな大した危機がないわけですけれども、ドイツの場合は、旧ユーゴスラビアの紛争というのが九〇年代にずっと続きまして、その過程で、ヨーロッパ各国、そしてNATOも組織として深くかかわることになりまして、最後、御存じのように、まず、ボスニア・ヘルツェゴビナにおいて空爆が行われて、その後、コソボにおいても大規模な空爆が行われたわけです。その範囲内で、NATO軍というのは非常に統合された組織となっておりますから、ドイツだけが参加せずに行動しますと、作戦に非常に支障が出てくる場合も多々あるわけです。それだけではなくて、同盟の一員として果たして何もしなくてもいいのかということが問われたわけです。あと、ソマリアにも国連PKOの範囲でドイツ兵は行っております。
 こういうふうに領域外へ連邦軍を派遣する必要が頻発するようになりましたが、先ほど申し上げましたように、それまで冷戦下においては、西ドイツ連邦軍というのはドイツの領域内で攻撃されたときに守るという以外の作戦は全く考えていなかったわけで、それが当然憲法にも合致するものであるというふうに考えられていた。
 ただし、ここは日本と違いますところは、それをどこか明文で規定していたというわけではなくて、実際上の状況としてそうであったし、それから、西ドイツの政治家たちも理解としてそういうものであるとは思っていたけれども、絶対に派遣してはいけないというような規定を、あるいははっきりした政府の政策というものをつくっていたわけではないということです。ただ、事実上、ドイツの憲法というのはそういうものであるというような大まかな政策上の理解があって、それが冷戦終了直後のドイツの派兵というものを拘束したのは確かであります。
 ただし、これは、実際上の必要が出てくると、まず、現実に実施されている政策の面で変化が出てきて、先ほど申しましたように、ソマリアなどに、それから、旧ユーゴ紛争の関連でアドリア海などにドイツ連邦軍の兵士は出ていくことになります。
 これが果たして基本法で許されているかどうか。先ほど申しましたように、基本法で明文で認められている場合にしか連邦軍は派遣してはいけないということで、防衛に使ってよいということは非常に明白なんですが、そうでない使い方というのが果たして合憲であるかどうかということが訴訟になりました。
 この関連では、違憲訴訟を起こしていた側も、決して絶対に派遣するなという立場であったわけではなくて、もちろんドイツの国内には絶対に域外派兵反対という人も少数いましたけれども、大部分の反対というものは、むしろ、憲法改正をちゃんと行って基本法上の根拠というものを明確にしてから出ていくべきであるというような観点から反対していたわけですので、もし違憲判決が出ていたならば、恐らく、大急ぎで改正法案をつくって、基本法上の根拠を新たにつくって派兵するということが政治上の解決としてとられたであろうと思われます。
 非常に有名な九四年七月の連邦憲法裁判所の判決は、「基本法二十四条二項は、相互集団安全保障制度への加盟とそれに伴う主権の制限を認めているのみならず、これらの機構への加盟から生ずる課題、したがって、これらの機構の枠内で行われる活動への連邦軍の参加のための憲法上の根拠を提供している。」としまして、それまで連邦政府が行ってきた派兵を認めたわけです。「ただし、基本法は連邦政府に、その際、連邦議会の同意を得るよう義務づけている。」としたわけです。
 二十四条二項というのは、平和維持の規範と独自の組織の構築によりすべての加盟国に平和の維持を相互に確約させ、安全を守る国際法上の義務を生じさせる独自の組織を構築するような制度を前提としているのであって、ですから、これは、国連であれば許されるのか、それともNATOのような同盟でも許されるのかということが一つの問題になり得るわけですけれども、そこは、憲法裁判所は非常に広く認めていて、国連のような集団安全保障機構と呼ばれるものであっても、あるいはNATOのような同盟組織であっても、連邦議会の同意を得ればドイツ連邦軍はそういう活動に参加できるという判断を示したのでありました。
 この判断を受けまして、連邦議会は、九四年七月時点までの連邦軍海外派兵というものを、当時、出席議員四百八十八名中、賛成四百二十四、反対四十八、棄権十六という表決で追認しておりました。
 これ以後、ドイツは、海外における連邦軍の活動を徐々に拡大してきております。コソボでは実際に戦闘活動にも参加しましたし、いまだにそのほとんどは平和維持活動と呼ばれるようなものですが、現在、常時九千人から一万人規模を連邦領域外に展開しております。これもドイツ国防省のホームページを見ますと、「世界で最も大きな国際的な部隊派遣国である」というふうに誇り高くうたっております。
 現在も、その約七割はバルカン地域で、ボスニア・ヘルツェゴビナにおきますSFORでありますとか、コソボにおけますKFOR、それから、マケドニアのタスクフォース・フォックスというようなものにドイツは多くの兵士を派遣しております。それから、昨年のテロ事件以後のエンデュアリングフリーダムという作戦にも大規模な協力をしておりますし、アフガニスタンのISAFにも多くの兵士を派遣していて、恐らく、トルコの次のリードネーション、アフガニスタンにおけるリードネーションをオランダとドイツが共同で引き受けることになると思います。
 ドイツ軍が現有勢力三十万人を切っている程度で常時一万人規模の展開をやっているというのは、相当な負担になっているものと思われます。特に装備の面で、今までそんな遠くに飛んでいくということを想定していませんでしたので、兵員、それから機材、物資等の輸送能力の面でも、持っている装備というのは非常に適していないわけで、現在、連邦軍を新しい任務に適応すべく改革が進行中であります。
 これもなかなか財源難のために思うようには進んでいないんですが、理念としては、ドイツの連邦軍というのは、もはや、自国に対する攻撃に対して自国を守るということはもちろん原則上残ってはいるけれども、実際に起こり得る可能性としてはほとんどないというふうに考えている。これは、ドイツの周辺国、九カ国あるわけですけれども、このうち七カ国がNATO諸国になってしまって、それ以外がオーストリアとスイスであるということで、ほぼ友好国に周囲を囲まれているということで直接の脅威というのは特にヨーロッパ大陸においてもう見られない、そのようなことは考えられないというわけで、連邦軍の任務として、一義的には危機管理あるいは紛争予防等のための域外への展開というものが主任務としてこれからなっていくという前提で、連邦軍は今、その改革というものを行っているわけでございます。
 このように、当初、冷戦、特に朝鮮戦争という非常に限定された政治状況の中で始まったドイツの再軍備なんですが、その後、大きな変化を経てきまして、現在は、全く違う軍隊に生まれ変わろうとしているわけでございます。
 時間が来ましたので、このあたりで終わらせていただきたいと思います。拍手
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中川昭一#3
○中川小委員長 以上で参考人の御意見の開陳は終わりました。
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中川昭一#4
○中川小委員長 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。山口泰明君。
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山口泰明#5
○山口(泰)小委員 自由民主党の山口泰明でございます。
 岩間参考人におかれましては、大変お忙しい中をお越しいただき、ありがとうございます。
 限られた時間でございますので、端的に先生のお話を聞きたいと思います。先生はドイツ及び欧州の安全保障が御専門であると聞いておりますけれども、私は、現在の日本が直面している諸問題のうち、憲法との関連を惹起し得る諸課題を質問させていただいた上で、ドイツとの法整備の違いをお聞きしたいと思っております。
 本日は憲法と危機管理をテーマとしているわけでありますけれども、我が国が抱える今日的な問題として、北朝鮮の拉致問題、核開発、不審船、領土問題、さらにはイラク問題につきましても、査察を受け入れる決定をしたとはいえ、米国の対イラク武力行使の可能性は依然として残されている状況であります。アジアを含め我が国周辺を取り巻く状況が決して穏やかでないことは、参考人御承知のとおりだと思います。これを背景に我が国の将来のあるべき法整備の方向性を考えたとき、私は、新たな脅威や多様な事態には適切に対応すべきであり、国際的な平和と安定の維持増進のため、確固たる法整備が不可欠であると認識する一人であります。
 しかしながら、我が国は、憲法第九条の軍事的制約の観点から、軍事分野における国際協力を自制しながら今日に至っているわけでありますけれども、国際社会の平和と安全にかかわる日本の今後の役割を踏まえた上で、日本の軍事分野における国際協力をどのように考えるか、まず先生の御所見をお聞かせいただきたいと思います。
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岩間陽子#6
○岩間参考人 国際協力をどのように考えるかということですが、これはいろいろ前提があると思うんです。
 現在の憲法が変わらない範囲内での国際協力をどのように考えるかということでまずお答えいたしますと、PKOに関しましては、既に法律ができておりまして、実際の活動も始まっているわけであります。そして、御承知のように、PKOは、冷戦後、相当変わってきております。ですから、日本の法律というのは、いわゆる第一世代、伝統的なPKOを前提としてつくられておりまして、その範囲内でも今までは非常に限定的な活動をしてきたわけですけれども、最低限、その伝統的PKOにおいては、全く完全な、フルな活動というものをしていくべきだと思います。
 それで、問題は、やや強制力を使うかもしれないPKOに対してどのような対処をするかということだと思います。
 最近はいわゆる国連憲章七章のもとのPKOというものがふえておりまして、その場合に、一定局面において軍事力の使用というのがあるかもしれないということが考えられます。これは、国連としてもまだそこのところは対応が定まっていなくて、いろいろな意見は出ておりますけれども、踏み込むべきか、それとももうちょっと後退すべきかというところは、いろいろ揺れている面があります。
 日本としては、参加するかどうかというのは、それぞれの局面で独自の判断をしていけばよいと思いますけれども、七章の決議が出ているからといって行かないということではなくて、そのときそのときで判断していけばよいのではないかと私は思っています。
 イラクのような、多国籍軍による明らかな戦争になった場合にどうするかというのは、これはもっと国民的な議論が恐らく必要なんだろうと思います。
 私個人としましては、国連安保理の決議がはっきりと出ている場合は、そのような多国籍軍には一定範囲内で日本は協力すべきであると思いますし、そのことは自衛の戦争とは全く別のカテゴリーでありますので、憲法上どうであるかというのは、本来それは日本国憲法が制定されたときには想定されていなかった事態だと思いますので、このことに関しましては、むしろ、政治の側で議論を重ねて国民的な合意をつくっていくことが必要なのではないかと思っております。
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山口泰明#7
○山口(泰)小委員 先般、当調査会の中山太郎団長から、海外派遣報告において、我が国の平和憲法がアジア各国から評価を受けているという報告がなされたんですけれども、私は、現憲法の精神は尊重しつつも、日本の軍事分野における不可避の国際協力があるとすれば、憲法改正は避けて通ることのできない選択肢になると考えておりますけれども、先生のお考えをお聞かせ願いたいと思います。
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岩間陽子#8
○岩間参考人 私自身も、憲法というのは非常に慎重に扱うべき法律ではありますが、決して変えてはいけないという態度で接するべきものではないと思っております。
 それは、ドイツのことを勉強しております立場からも、国を取り巻く環境というのはどんどん変わっていくものでありますから、そのときそのときでこの国の基本の方針がどういうことであるのかというのは国民的な合意をつくって、それをはっきりルールとして示していく方が望ましいのではないかと思っております。
 そういう意味で、日本の憲法の平和と安全に関します規定につきましても、それは、その憲法が発足した当時の状況に非常によく対応したものではあったと思いますし、今まで非常に大きな役割を果たしてきたとは思いますが、これからの日本の役割を考えていく上では、私もやはり見直しを考えていった方がいいだろうというふうに思っております。
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山口泰明#9
○山口(泰)小委員 ありがとうございました。
 幾つか系統立ててお聞きしようと思ったんですが、時間が迫られたので、先生の御専門で、緊急事態法についてちょっと最後に質問させていただきたいと思います。
 ドイツ連邦共和国基本法では、防衛上の緊急事態等対外的な緊急事態に関し詳細な規定を設けておりますけれども、日本の有事関連法案との比較において、とりわけ人権制約、地方自治体等に対する統制、国会によるコントロール等の観点から、先生の御所見を最後にお聞かせいただきたいと思います。
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岩間陽子#10
○岩間参考人 どの程度憲法に実際の規定を書くかというのは、それぞれの国の歴史でありますとか文化によって、恐らくなじみやすい形があるのだと思います。私は、大きな原則の幾つかは憲法のレベルで書いておく方が望ましいと思いますけれども、それの細則につきましては、別の法律をつくっても構わないであろうというふうに思います。
 ただ、今の日本の現状で非常に遺憾に思いますのは、何も憲法に書き込むことができないので、すべてをその他の法律のどこかに押し込んでいることによって、専門家でない者には非常にわかりにくい形になっていると思います。
 それはやはり、国民に理解してもらう政治をやっていくという上では望ましい形ではないと私は思いますので、大きな原則は憲法に書いて、実際の細かい内容については法律でやっていく、それもなるべく一つの法律にまとめてやるという形がとれれば一番望ましいのではないかと思っております。
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山口泰明#11
○山口(泰)小委員 私も全く今の先生のお考えに同感しております。
 短時間でありますが、大変ありがとうございました。
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中川昭一#12
○中川小委員長 山田敏雅君。
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山田敏雅#13
○山田(敏)小委員 民主党の山田敏雅でございます。
 きょうはどうもありがとうございました。
 時間が大変短いので端的にお伺いしたいんですが、今の山口委員の御質問にあったんですけれども、ドイツは今、五十一回、憲法を改正した、日本は今、一度もさわったことがないんですけれども、今の先生の御意見で、憲法というのは時代が大きく変わったものに対応していった方がいいという御意見ということなんですが、今の日本の状況、国際的な枠組みが大きく変化してきましたけれども、今、どういう憲法の改正が具体的に望ましいと思われますか。
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岩間陽子#14
○岩間参考人 安全保障の範囲内ということでお答えしますけれども、私、このことをまだ系統立てて考えてみたことはないんですが、九条はやはりややわかりにくい形になっていると思います。自衛権は認められている、それで侵略戦争はしないという原則。私は、自衛権を認めている範囲で持っている自衛隊というのは軍隊であると考えております。ですから、このことはもうはっきり認めた方がいいと思っております、具体的な文言というのはいろいろあり得ると思いますけれども。
 そして、日本の場合は、国連とかかわる中で日本がどういう役割を果たしていくのか、そのことに関する規定というのも入れた方が望ましいのではないかと思っております。
 あとは、最低限の有事における軍隊の指揮権、そのようなことに関する規定も憲法のレベルで入っていることが望ましいというふうに考えています。
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山田敏雅#15
○山田(敏)小委員 先生は有事法制を随分研究されているようですが、ドイツは今まで緊急事態法というのをずっとやってきたわけですね。長い間、いろいろな議論を経て、常にそういう緊急事態の法制についてやってきたということを今おっしゃったんですけれども、日本は今、有事法制の議論を国会でやっているわけですね。
 一番懸念されることは、有事に関する権限がどこに集中して、基本的人権がどの程度守られるかという議論が国会で今行われていると思うんですけれども、先生の御意見だと、ドイツ的な緊急事態法制のやり方を日本でやるべきなのか、あるいは、日本は独自の有事法制的な、今の権限の集中の問題ですね、権限の集中と制限の問題をどういうふうにお考えですか。
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岩間陽子#16
○岩間参考人 有事におきまして、条件つきで一定期間権限を集中させるということは、私は恐らく、事の性質上、不可避だと思うんですね。ですから、そのような法制は必要だと思います。
 問題は、それの乱用をどのように防ぐかということです。
 ですから、先ほど申しましたように、ドイツにおいては、議会によるコントロール、それから、州によるバランスということが非常に重視されているわけです。日本の場合は、ドイツのような連邦制ではございませんので、州と連邦のバランスという意味で、そこをチェックしていくということは、やや制度としてなじみにくいものがあるのだろうと思います。
 ですから、その点を、日本の場合はどのように乱用を防ぐか、あるいは、乱用されそうになった場合に、それに対してブレーキをかける機能というものをどこに持たせていくかということは、やはり日本は日本として考えなければいけないと思います。
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山田敏雅#17
○山田(敏)小委員 乱用を防ぐ最も有効な方法は、議会による議決によってそれを直ちにやめさせるとか、そういう規定を設けるのが有効だというふうに今のところお考えですね。
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岩間陽子#18
○岩間参考人 そうですね。
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山田敏雅#19
○山田(敏)小委員 ドイツと日本を比較した場合に、ドイツは、同じように、フランスとかいろいろなところに侵略したわけです。日本も、中国、韓国、朝鮮と行ったわけですけれども、その後の対応がちょっと違っているんです。
 ドイツの場合は、ナチスというものを徹底的に否定して、改めてやり直した、そして、今御説明ありましたように、NATOの枠組みの中でしか軍隊を動かせないようにしてやっていった、こういうことですね。
 日本は、今、中国、韓国から軍備とか自衛の問題についていろいろ意見を言われるわけですね。日本が、ドイツがやったように、近隣諸国に対してもう侵略の可能性すらないということを深く理解してもらうにはどうしたらいいか、ドイツの例を考えて何かお考えがあったら。
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岩間陽子#20
○岩間参考人 ドイツの場合には、いろいろな形で、いわゆるマルチラテラルと言われる制度の中に組み込まれているわけです。これは、私は、ドイツが日本と比較した場合に幸運であったのは、周辺に似たような体制の国がかなり多くあった、そこにヨーロッパ統合というものが戦後うまくスタートしたということが大きかったと思います。
 私もよく、ヨーロッパにおりますと、どうして日本はドイツのようにやらないか、こうヨーロッパ人に説教されるわけですが、一九四五年以後のアジアの歴史をかんがみますと、ヨーロッパと同じようなことをここでするのは非常に困難があっただろうと思います。ですから、日本が日米安全保障体制というもので対応してきたのは、ある期間までは仕方がないことであったのかなという気がします。
 ただ、今は情勢も相当変わってきております。韓国も民主化してきておりますし、その他、アジアに民主的な国はふえてきておりますし、中国も体制が相当変わってきている。そして、朝鮮半島の問題に関しては、周辺諸国で同じ土台の上で話せるような土壌というものが十分育ってきていると思います。
 ですから、一つには、やはり北東アジアにおける安全保障というものを複数国で常に解決していくという枠組みを日本が積極的につくっていくことだと思います。
 それから、もう一つの柱として、国連に対する貢献というものに対する日本独自の政策をはっきり持って、そこで一体日本がどういう役割を果たしていくのかということを明確に打ち出していく。
 本当は、アジア地域というこの中間のレベルがうまく育っていくと最もよいのですけれども、アジアは、御承知のように、非常に多様で地理的範囲も広うございますので、そこでの対話というのももちろん十分にやっていくべきでありますし、これから恐らく、中国が変わってくると、そこもまたやりやすくなってくると思いますので、そのレベルでも一定の範囲ができるとは思いますが、これはNATOとかOSCEのようなところまでいくにはまだまだ時間がかかるかなという気はいたしますので、とりあえず、目の前にあります北東アジアの情勢について話し合えるような枠組み、それから、国連に対して自分の政策を考えていくことが優先事項かなと思っております。
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山田敏雅#21
○山田(敏)小委員 最初の質問にも関係するんですけれども、憲法を改正するとすれば、その中に自衛隊の役割を明記すること、そして、その自衛隊と国連との関係をはっきりすること、こういうことだと思うんです。その中で、今後、我が国の自衛隊を国連軍というか国連のある指揮下に置くこと、最初にドイツの軍備について話されたときに、ドイツの陸軍と空軍ですか、それはNATOのほぼ指揮下にあったということで出発したという御説明がございましたが、そういう道を日本としてたどるのも一つの選択肢だと思うんですけれども、いかがお考えですか。
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岩間陽子#22
○岩間参考人 国連の指揮下といいます場合に、本来国連憲章が予定しているような形での国連軍が機能する場合と、そうではなくて、安全保障理事会の授権というものがあって多国籍軍が組織される場合と、二通りあると思うんですね。前者の、本来憲章が予定しているような国連軍が果たして近い将来に組織され得るかといいますと、私は、これは非常に難しいと思います。
 それは、現実問題として難しいということと同時に、兵士に生命をかけて戦ってくれと言う以上、そこには、政治的な、民主的な委任、あるいはそれに対して民主的に意見を反映させるような方法、そういうものが確立されている必要があると思うのですね。これはヨーロッパ統合の場合にもしばしば言えることなんですが。では、それが国連という組織にあるかというと、それはまだ非常に難しい状態である、そうである以上、私は、国連の指揮というものに兵士の生命を預けるということは、近い将来、どこの国も行うことは非常に難しいだろうと考えております。
 そうしますと、日本としましては、安全保障理事会の授権を受けた多国籍軍が戦闘行動を行う場合に一体どのような貢献をするのか、これは本当に難しい問題だと思いますけれども、ここを国民的に議論していかなければいけないんじゃないかと思います。
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山田敏雅#23
○山田(敏)小委員 時間が来ました。ありがとうございました。
 質問を終わります。
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中川昭一#24
○中川小委員長 赤松正雄君。
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赤松正雄#25
○赤松(正)小委員 公明党の赤松正雄でございます。
 きょうは大変参考になる意見をありがとうございました。
 私の方は、まず最初に、戦争責任をめぐる日独の差という問題についてお聞きしたいと思います。
 日本はこのところ少し収束している感がありますけれども、ドイツは、戦後、その戦争責任という問題について、先ほども少し話が出ましたけれども、ナチスにすべて責任をおっかぶせた。ドイツとしての、国家としての謝罪とか責任とかよりも、どちらかといえばナチスにすべて責任を負わせた。一方、日本は、その辺について極めてあいまいであった。したがって、端的に言えば、戦争責任という問題について、ドイツの戦後指導者のやり方は非常にうまかった、それに比べて日本の戦後指導者は極めて稚拙であった、こういう見方がありますけれども、その辺はどう思われますか。
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岩間陽子#26
○岩間参考人 ナチスにすべての責任を負わせたといいますか、ドイツの場合、原則は、その責任というのは個々人、個々の政治家にあるという立場でやってきたわけで、当然、責任があったのはナチスの責任ある部署にいた政治家であったわけですから、ナチスという抽象概念に責任を負わせたのではなくて、責任はあくまで個人に属するものであって、ドイツ国民全体の集団責任ではないというのが大きな前提というアプローチをとっておりました。
 それに対して日本は、私は、これは文化的な違いだろうと思いますけれども、全体的な責任というアプローチを日本もしたし、また、周辺諸国も割合にそういうアプローチをしがちであったと思います。そういう過程があること自体はもはやここまでやってきて変えることはできないので、その前提でやっていくしかないんだろうと思います。
 一つ、私はこういう問題でいつも思いますのは、どこかの時点でゼロになるというものではなくて、これはかなり続くものであるということでありまして、ドイツは非常にうまくやった、こう言われるんですが、それじゃドイツの問題はすべてけりがついているかといいますと、ユダヤ人に対する補償であるとか、企業に対しての補償請求であるとかは、いまだに延々と続いているわけであります。これに対して、ドイツ人は気長に対応しているわけであります。
 日本の文化としまして、何か、謝ったらそこで水に流してもらって、すべてはチャラになってゼロから出発できるという期待感があるので問題がこじれるんではないかと私は思うんですけれども、あくまで責任は責任として、法的な問題として恐らくずっと残るのであって、決して、ドイツがうまく立ち回ったというふうには私は思っておりません。
 多くの点において、ドイツと周辺諸国の関係というのは日本に比べればうまくいったと思います。その過程には、政治家が節目節目で非常に大きな政治的なジェスチャーというものを示してきたことが、個々の賠償の問題もありますし、その積み上げの問題もありますけれども、大きな政治的意思としてそういうものを示してきた。
 それに対して、私はやはり、日本の政治家、リーダーシップというのはどこか歯切れが悪かったような気がするんですね。ここまでは言っていいけれどもこの先を言ったらお金を取られるかもしれないとか、そういう割合に小さな議論が多くて。
 ここぞというときに非常に大きなジェスチャーを示せる、その非常に典型例が、ブラントがあのワルシャワでひざまずいている写真で、あれが世界を駆けめぐったことの政治的な重みというのはすごかったわけですね。別にあれは一銭もかかっていないわけですから、ひざまずくためには。だけれども、その政治的な意義というものは非常に大きかったわけで、私はむしろ、そういうようなことの積み重ねの方が大きかったのではないかという気がいたしております。
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赤松正雄#27
○赤松(正)小委員 ありがとうございました。
 今の後半の部分に関連するんですけれども、先ほど冒頭で四十分にわたって、ドイツの過去から現在に至るさまざまな安全保障上の課題をお話しいただいたんですけれども、一番最後の部分で、今回の九・一一における対アフガンに対するドイツの対応というのが、私なんか見ていて、今言われたことと関連する、なかなかうまいなという感じが実はするんです。
 岩間先生が書いておられる「ドイツの安保政策の変化と連邦軍改革」の一番後段の部分、「テロ事件以降」の中に、今回の対アフガンの話の中で、要するに、要請されれば軍事的な支援はやるんだということを言った上で、実際は余り何もやらないという、「現実には米英による特殊作戦にはまったく参加しなかった。」と。
 この中でちょっとすとんと落ちないのは、「ドイツが即座に軍事的手段を含むあらゆる支援を行う用意があることを、表明し得たこと、そして、それを大国としてのドイツの自己理解と結び付けて考えていることの意義が大きい。」こうおっしゃっているんですが、これはわかりやすく言うとどういうことですか、「大国としてのドイツの自己理解と結び付けて考えていることの意義」というのは。
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岩間陽子#28
○岩間参考人 そこで私が申し上げたかったのは、特にシュレーダー政権の場合、それまでのドイツ外交というのは、やはりどこか過去の負債を背負っているという意識があった上の外交であったわけですけれども、シュレーダー政権の外交というのは、その面はかなりもう薄れてきて、戦後世代としての政権として、ドイツは責任ある大国になったのであって、その他の大国と同じような義務、国際社会に対する責任というものを果たしていくべきであるという立場からの外交を行っている。ですから、それは、過去の負債があるから何をしなければいけないという発想から別の段階にドイツ外交が移ってきているように私には観察できるということを申し上げたかったんです。
    〔小委員長退席、山口(泰)小委員長代理着席〕
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赤松正雄#29
○赤松(正)小委員 今の関連でいきますと、先ほどのお話の中にも、ドイツがこれから劇的に変化していくという可能性を示唆しておられましたけれども、今回は米英とのいわば差をつける格好になっておりました。今後、近い将来は、対アメリカの行動に対して、例えばイギリスと同じようなことを同盟国としてやるという可能性が高いと見ておられますか。
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