憲法調査会国際社会における日本のあり方に関する調査小委員会

2002-05-09 衆議院 全88発言

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会議録情報#0
平成十四年五月九日(木曜日)
    午前九時二分開議
 出席小委員
   小委員長代理 近藤 基彦君
      石川 要三君    高村 正彦君
      土屋 品子君    葉梨 信行君
      平井 卓也君    首藤 信彦君
      中川 正春君    中村 哲治君
      山田 敏雅君    赤松 正雄君
      藤島 正之君    山口 富男君
      阿部 知子君    井上 喜一君
    …………………………………
   憲法調査会会長      中山 太郎君
   憲法調査会会長代理    中野 寛成君
   参考人
   (株式会社三井物産戦略研
   究所所長)        寺島 実郎君
   衆議院憲法調査会事務局長 坂本 一洋君
    —————————————
五月九日
 小委員近藤基彦君四月十六日委員辞任につき、その補欠として近藤基彦君が会長の指名で小委員に選任された。
同日
 小委員金子哲夫君同日小委員辞任につき、その補欠として阿部知子君が会長の指名で小委員に選任された。
同日
 小委員阿部知子君同日委員辞任につき、その補欠として金子哲夫君が会長の指名で小委員に選任された。
    —————————————
本日の会議に付した案件
 国際社会における日本のあり方に関する件

     ————◇—————
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近藤基彦#1
○近藤(基)小委員長代理 これより会議を開きます。
 小委員長の指名により、私が小委員長の職務を行います。
 国際社会における日本のあり方に関する件について調査を進めます。
 本日、参考人として株式会社三井物産戦略研究所所長寺島実郎君に御出席をいただいております。
 この際、参考人の方に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多用中にもかかわらず御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。参考人のお立場から忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じます。
 次に、議事の順序につきまして申し上げます。
 最初に参考人の方から御意見を四十分以内でお述べいただき、その後、小委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。
 なお、発言する際はその都度小委員長の許可を得ることとなっております。また、参考人は小委員に対し質疑することはできないことになっておりますので、あらかじめ御承知おき願いたいと存じます。
 御発言は着席のままでお願いいたします。
 それでは、寺島参考人、お願いいたします。
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寺島実郎#2
○寺島参考人 寺島でございます。
 きょうは、この大切な調査会にこういう形でもって発言の機会を許していただいて、ありがとうございます。
 私の立場を一言で申し上げますと、私、九七年からさかのぼる十年間、アメリカの東海岸で、前半の四年がニューヨーク、後半の六年がワシントンで仕事をして帰ってまいりました。その前、国にも相当御迷惑をおかけした、三井グループが中東のイランでIJPCという大変大きな石油化学のプロジェクトを試みまして、イラン・イラク戦争、さらにその前にはイラン革命という、戦争と革命という二つの大きな障壁にぶつかって、結局、全面的にこのプロジェクトから撤退するという経験をしたわけですけれども、その際、IJPC関連の情報活動で世界じゅうの中東問題の専門家を訪ね歩き、シンクタンク等を動き回っていた時期がございます。
 したがいまして、私の議論というのは、外から日本を見る機会が非常に多いということから議論を組み立てていると御理解いただければわかりやすいかなというふうに思います。
 まず、冒頭の話としまして、私、「一九〇〇年への旅」という日本の二十世紀を総括する連載を新潮社の国際情報誌でずっと続けてきていまして、日本の二十世紀とは一体何だったのかということをずっと追いかけてきております。そういう中で、国際社会における日本のあり方ということがテーマですので、日本の二十世紀の国際関係とは一体何だったのかということを、日本外交の二十世紀と言いかえてもいいかと思うんですけれども、ざっくりとキーワードで言うと、アングロ・サクソン同盟というのが日本の二十世紀の外交を特色づけるキーワードだと思っています。
 どういう意味かというと、百年のうち実に四分の三、七十五年間、アングロ・サクソンの国との二国間同盟で生き延びたアジアの国という自画像を日本は持っている。前半の二十年、一九〇二年から一九二一年のワシントン会議で解消するまで、御承知のように、この国は、日英同盟という英国との同盟によって、これはユーラシア外交の成功体験という言い方がありますけれども、日露戦争から第一次世界大戦まで、いわゆる勝ち組として極東の小国からすい星のように大国の一翼を占める国にのし上がった時期がございます。
 日英同盟の時代が前半の二十年、間に二十五年、戦争を挟んだ非常に不幸な時期があって、その後、一九四五年から御承知のように五十五年間、新手のアングロ・サクソンと言ってもいいんですけれども、米国というアングロ・サクソンの国との二国間同盟で今日まで進んできた。
 しかも、その日米同盟も、復興から成長へという一種の成功体験というイメージと結びついていますので、多くの日本人にとって、アングロ・サクソン同盟を持っていた時代は、日本は成功体験をしたという認識がかなりの程度共通の認識として埋め込まれているといいますか、特に間に挟まった二十五年が戦争を挟んだ不幸な時期であったため、アングロ・サクソン同盟こそこの国の安定軸だという一種の基本的な考え方みたいなものができ上がっているというのが、多分この国の二十世紀の外交の、ほかのアジアの国には全くない特色だろうと私は思います。
 したがって、後でその議論になるわけですけれども、この国のこれからの国際関係について議論すれば、ここから二つに議論が分かれます。歴史の教訓としてのアングロ・サクソン同盟を大事にしていくべきだという議論と、そこから新しい発想でパラダイムを変えていくべきだという考え方とが必ず出てきます。そこで今、我々が何を考えなければいけないのかということをお話ししたいというのがきょうの僕の最大のポイントでございます。
 ちょうどことしが、日米安保が発効して、締結されてからは五十一年なんですけれども、発効して五十年の年です。日中国交回復三十周年の年です。非常に記念すべき年なんですね。問題は、日中国交回復三十年、日米安保発効五十年のこの谷間に挟まっている二十年についての認識というのが非常に重要だろうと僕は思います。
 この二十年の間というのは何を意味しているかというと、一九四九年に中国に共産中国が成立して、毛沢東の中国ができた。アメリカのワシントンで、戦前から戦中戦後と、いわゆるチャイナ・ロビーという言葉があるんですけれども、中国を支援して、反日親中国の論陣あるいは活動を展開していた一群のグループがあるんです。例えば、ヘンリー・ルースなんというタイム・ワーナーの創始者なんかがその中心にいた人物です。
 彼は、たまたま山東省で長老派プロテスタント教会の宣教師の子供として中国に生まれて、みずから育てたタイムとかライフとかフォーチュンなんという雑誌を駆使して、戦前のアメリカの世論を、自分が生まれ育った中国にひたひたと攻め寄せていく日本を、中国を支援して排斥しなきゃいけないという考え方で一大キャンペーンを張って、蒋介石夫人の宋美齢をアメリカに呼んで一大ヒロインに祭り上げたりしたんですね。
 要するに、真珠湾に向けて米国の世論を反日親中国に変えた男と言われていますけれども、例えば、そのヘンリー・ルースのような男に代表されるチャイナ・ロビーの人たちが、今まで自分たちが支援してきた蒋介石が敗れて台湾に追い詰められたことに衝撃を受けて、ちょうどバイメタルがひっくり返るように、日本を西側陣営の一翼に取り込んで、戦後復興させて、反共のとりでにしていかなきゃいけないという考え方がすっと浮かび上がったんですね。
 翌年、御承知の朝鮮動乱。それが一九五一年のサンフランシスコ講和会議につながっていくという意味は、当時ダレスとヘンリー・ルースの間に行き交っていた書簡なんかを、私「ふたつのフォーチュン」という本をそのことについて出しているんですけれども、分析してみるとよくわかりますが、要するに、一群のチャイナ・ロビーの人たちが、大陸の中国を封じ込めるために、日本を西側陣営に取り込んでいこうというシナリオがすっと浮上してきた。
 したがって、こう説明すれば一番わかりやすいんです。
 敗戦後、わずか六年で日本が国際社会に復帰できた最大の理由は何だということなんです。イラクが湾岸戦争に敗れて十年以上たっていますけれども、国際社会に復帰するというのは容易じゃないです。まるでモーゼの十戒の海が割れるように、日本にとっては僥幸にも近いタイミングで中国が二つに割れた。そのことによって今申し上げたようなシナリオが浮上してきた。それが五一年、サンフランシスコ講和条約、日米安全保障条約というシナリオの下地になった。
 さらに、こういう言い方をすると一番意思が伝わるかと思うんですけれども、もし戦後の中国を蒋介石がしっかり掌握し続けていたとしたら、日本の戦後復興は三十年おくれただろうと言われています。なぜならば、アメリカのアジアに対する投資も支援もすべて中国に向かって、戦後のアジアは戦勝国の中国とアメリカによって仕切られていった、日本の戦後復興の余地はかなりおくれただろうというふうに、これはもう一つの常識みたいな話です。つまり、間隙をつくように日本の戦後復興の可能性というシナリオが浮かび上がってきた。
 松本重治さんという有名な国際問題の研究者がおられましたけれども、戦前、一九三〇年代の上海でジャーナリストとして活動して、六本木の国際文化会館なんかをつくった人ですけれども、彼はなぞ解きのような言葉を実は残していまして、後進に対する教訓ということで、日米関係は米中関係だという言葉をくどいほど言い残しているんですね。それは何を意味しているかというと、日米という関係は二国間関係で完結しない、中国という要素が絡みついているということを言いたかったんですね、彼は。
 事実、そうなんです。この過去百年間の日米中の関係史を分析すると浮かび上がってくることですけれども、日米関係の谷間には常に中国という要素が絡みついている。ところが、戦後の日本人は、幸いなことと言えると思うんですけれども、このことを忘れていられた。
 なぜならば、今申し上げたように、中国が二つに割れて、アメリカの対アジア政策が二十年間の空白期間に入ったわけですね。御承知のように、アメリカが本土の中国を承認したのは、一九七二年のニクソン訪中というのがあったわけですけれども、要するに、二十年、対中政策がブラックボックスの中に入った、チャイナ・ロビーの中でも台湾派という人たちが物すごく影響力があったから。先ほど申し上げたヘンリー・ルースは一九六七年に死んでいるんですけれども、ヘンリー・ルースが死ぬまでアメリカは中国が承認できなかったという表現があるぐらい、つまり六〇年代末まで引っ張られたわけですね。
 香港問題を抱えている英国は、一九四九年の共産中国の成立と同時に本土の中国を承認しています。アメリカが二十年おくれたんですね。アジア政策が二十年空白の期間に入ったという表現をする人もいます。
 その間隙をつく形で、まさにすい星のごとく、復興、成長という、つまり、アメリカの支援とアジア戦略の中心としての日本という位置づけを受けて、戦後復興、高度成長というシナリオの中に七〇年代まですっと入っていけた。これはまあ僥幸にも近い風だったということですね。
 しかし、今、アメリカのアジア政策の基軸が根底のところで変わっている。それはどういう意味かというと、中国という要素の新たなる展開といいますか、要するに、表層観察していると、政権がかわるごとに米国の対中政策は揺れ動いているように見えますけれども、根底のところで、二十一世紀の経済大国、二十一世紀の軍事大国になりつつある中国に対するビジネス面からの期待という意味と脅威という意味の二重の意味で、アメリカの中国に対する関心はいやが上にも高まっている。
 したがって、アメリカの東アジア外交の基本性格が、日本がバイパスされて米中同盟ができるなんという、そんな単純な話じゃなくて、日本も大事だけれども中国も大事という相対的なゲームに変わりつつあるということは間違いない。
 ついこの間、胡錦濤の訪米というのもあったわけです。ブッシュ政権設立直後は、中国に対して、前クリントン政権が使っていた戦略的パートナーという言葉を引っ込めて、中国は戦略的コンペティターだというふうに言っていたわけですけれども、この間、日本、韓国、中国を訪れたブッシュ大統領及びパウエル国務長官は、中国に対して戦略的コンペティターという言葉を今後使わないということを言い始めて、御承知のように、次の国家主席だと言われている胡錦濤の訪米を歓迎するというシナリオに、政権発足当初の対中こわもて外交といいますか、ハードライナー的な対応というものがすっと変わってきています。
 したがいまして、そういう短期間の表層的な変化に対する観察だけじゃなくて、長期構造的に、二十一世紀の半ばに向けて、アメリカのアジア政策が、今私が申し上げているように、日本も中国も大事というゲームの中に収れんしていくであろうということは十分に想定しておかなきゃいけない。
 つまり、私が言いたいのは、戦後のこの半世紀というのは、特に米国の対中政策が空白期に入った二十年間というものの余韻を引きずって、アメリカのアジア外交の基軸が日本であり続けるという、ウイッシュフルシンキングという言葉があるんですけれども、期待感みたいなもので成り立ってきた。ところが、構造的にその期待が持ち得ない状況に入ってきているということを、日本人として我々は腹にくくっておく必要がある。
 しかも、悩ましいのは、アメリカという国も、多民族国家を束ねるために、理念の共和国という言い方がありますけれども、理念性を強く打ち出してきて、これが、御承知のように、政治的には民主主義というキーワード、経済的には世界の市場化といいますか、競争主義というキーワードで、世界じゅうをその価値のもとに引っ張っていかなきゃいけないという考え方。中国の方も、自分の国が発信している価値に非常にこだわるといいますか、世に中華思想という言葉があるぐらい、世界の文明、文化の中心は中国だと思っているような、この二つのある種の自国利害中心的な大国に挟まれて、日本が二十一世紀のかじ取りをしていかなきゃいけなくなるということは間違いない。
 そこで、私が申し上げたいポイントに入っていくわけですけれども、誤解していただきたくないのは、私は反米でも嫌米でもなく、自分では、私ぐらい親米派はないといいますか、アメリカに十何年世話になってきて、アメリカの社会システムの持っている多様性だとか、経済の活力を生み出している源泉だとかということについてはだれよりも評価している立場だと思っています。むしろ親米派がこそ、今まで戦後五十年、日米安保がこの国の安定軸を確立する上で大きな役割を果たしてきてくれたということを一定の評価をする立場の人間こそ、この先五十年どうしていったらいいかということについて、ある固定観念から脱却して、アメリカとの関係を冷静に再設計しなければいけない時点に差しかかっているんではないかということを申し上げたいわけです。
 私、国際関係の中でいろいろな人と議論してきて、特にOECDでも、最近、欧州の外交官等と話をする機会が多いものですから余計それを実感している部分もあるんですが、よく私が書いたものでも言っているんですけれども、二つの常識ということ。この国の国際関係のあり方を今後考える上での二つの常識ということを盛んに申し上げているわけです。
 それは、視野の狭い意味でのナショナリズムということで申し上げているんではなくて、グローバルなコモンセンスとして、国際社会の常識として、二つの常識ということに立ち返らなきゃいけないところに差しかかっているんではないか。
 まず第一の常識は、一つの独立国に外国の軍隊が長期にわたって駐留し続けているということは異様なことだという常識です。そんなことないよと言う人も世の中にはいます。ドイツにだって、あるいは世界じゅうにアメリカの軍事基地ぐらいあるじゃないか、日本だけじゃないじゃないかという議論があります。しかし、じっくり情報を集積すればわかることですけれども、例えばドイツは、九三年に米国の在ドイツ基地の地位協定というものを改定して、ドイツの主権を大きく回復するところにまで踏み込んでいます。
 つまり、日本における米軍基地のステータスを、反米でも何でもなく、冷静に分析すればわかることですけれども、ほとんど占領軍の基地のまま、一九六〇年の、四十年以上前の安保のステータスのまま今日現在も、冷戦が終わってもう十年たっていますけれども存在し続けているということになっています。
 最近、よく北京に行くんです。それから、サハリン・プロジェクトをやっていますからロシア関係の人ともよく議論をします。中国、ロシア、本音の部分で、日本をアメリカ周辺国だと思っています。ブレジンスキーが、最近の本でも、日本のことをプロテクトレートと呼んでいます。プロテクトレートというのは保護領という意味ですね、日本人の自尊心を甚だ傷つけるものですけれども。
 したがいまして、私が今申し上げたいのは、国際社会から見た日本は、国家としての問題意識において、今申し上げた第一の常識という意味において、過去五十年、冷戦の時代に日本を安定させる軸として日米安保が機能したということを評価する立場の人間でも、この先五十年、この国に例えば四万五千人、一千万坪の米軍基地が今のままあり続けても全く平気だとにやにやしているような国が、国際社会の中で大人の役割が期待されるだろうか、こういう意味での常識です。
 それから二つ目の常識ですけれども、米国はみずからの世界戦略とその時点での国民世論の枠組みの中でしか日本を守らないという常識です。
 というのは、きょう机の上にお配りいただいている委員会の関係法規集に日米安保条約が出ています。日米安保条約を読めばだれもが当たり前のことだということに気づくはずです。米国はみずからの世界戦略の枠組みとその時点での国民世論の枠の中でしか日本を守らないという意味はどういう意味かというと、日本人の多くは、日本を取り巻く有事なるものが起こったときに、いつでも駆けつけてくれる善意の足長おじさんのように日米安保というものを期待している節があるわけですけれども、そんなものじゃないということですね、基本的に。
 例えば、一番わかりやすい例が一つだけ浮かび上がってくるわけです。尖閣列島問題というものです。例えば、尖閣を中国がある日突然武力を行使して占拠したとすると、日本人の感覚からすれば、それはすぐさま日本のためにアメリカがみずからの国の青年の血を流してまで戦ってくれるんだろうというふうに日米安保を理解している人がいるかもしれませんけれども、これはアメリカの中にでもさまざまな意見が入り乱れています。
 国務省のアジア関係の人たちは、日中間の領土問題に巻き込まれたくないという意思を隠そうとしない。表面的には、いや、そのときはアメリカは動きますよという説明をする人もいますけれども。ところが、日本の立場からいえば、沖縄が一九七二年に返ってくる瞬間まで、尖閣というのはアメリカが施政権を持っていた領域で、あれはどちらの国の領土だかわからないんだよねというスタンスはあるはずがないロジックなんですね。にもかかわらず、アメリカは、先ほど申し上げたように、中国に息をのむように配慮しながら、できればこの問題には巻き込まれたくないという本音を隠そうとしない。
 したがって、私が申し上げたいのは、今後、朝鮮半島の統一だとか、いろいろな我々が今予測もできないような事態が展開されていく中で、日米安保さえあればこの国の二十一世紀の安定も確保されるという考え方は、簡単にはとれないということなんですね。
 この二つの常識ということをよく今考える必要がある。
 私が申し上げたいのは、対米関係の再設計という話なわけですけれども、僕はいかなる国家、民族にもナショナリズムというのがあって当然だと思っていますが、このナショナリズムというものをかなりねじれた形で封印してきたのが日本の戦後だと思うんです。
 健全なナショナリズムというものがあるとすれば、今我々がこの国のことを思って考えなきゃいけないのは、開かれたナショナリズムというものですね。つまり、近隣からも理解と共感が得られるようなナショナリズム、どんな国にも、一寸の虫にも五分の魂で、みずからの民族と国家を思う気持ちというのはあるわけで、そういう中で近隣の国からも共感と理解が得られるようなナショナリズムでなければいけない。
 といったときに、近隣の国を刺激するようなナショナリズムではなくて、この国において大人が今まともに取り戻さなきゃいけないセンスというのは、開かれたナショナリズムとして、アメリカに対する問題意識こそしっかり取り戻さなければいけない。つまり、ユーラシア外交などという言葉を使おうにも、僕は非常に魅力ある言葉だと思いますけれども、近隣の国がこの国をアメリカ周辺国としてしか位置づけないような状況下で、ユーラシア外交の展開というのは無理だろうというふうに思います。
 我々、戦後五十年の日米同盟、それからさらには、先ほど申し上げたように、戦前の日英同盟というある種の成功体験認識というものをベースに、米国というフィルターでしか世界を見ないという傾向をいつの間にか身につけてしまっている。
 したがって、これは、何も外交安全保障だけじゃないんです。きょうはそれがテーマじゃないから触れませんけれども、経済、産業についての考え方も、アメリカというフィルター、アメリカの価値観においてしか世界のあり方を認識しないという傾向が身につき過ぎちゃっているものだから、ブラインドが起こっています、陰の部分が、見えていない部分が。
 そういう中で、この外交安全保障の議論に戻して、例えば、では、この国のあり方としてどうあるべきなんだということについて私なりの意見を申し上げたいわけですけれども、私は、米国に対して、日米安保の二十一世紀をにらんだ見直しということを堂々と机上にのせていくべきではないか。その際、非常に重要なテーマになってくるのは、先ほども言いかけましたけれども、地位協定の改定、それから段階的な基地の縮小、ドイツがやったように、基地ごとの利用目的というものを厳密に再検討して、段階的に基地を縮小していく。
 例えば、この国には米国の陸軍が二千人駐留しています。アメリカのペンタゴンの中でのいろいろな資料で、御承知の先生は多いと思いますけれども、世に瓶のふたという議論があって、なぜ日本に陸軍兵力の駐留が必要なのかということの説明に際して、日本に軍国主義の復活を許さないために、アジア諸国の期待を担って陸軍兵力を駐留させておくんだというような説明さえなされている部分があります。
 これこそ日本人として大きく傷つけられる部分があるわけで、要するに、日本の軍国主義の復活を許すか許さないかは、独立国であるならば、日本の国民自身が主体的に考え、行動していくべきことであって、例えばそういうことを一つ一つ積み上げたならば、この国における日米安保をベースにしたアメリカの基地のステータスがどういうものになっているかということに気づいていきます。横須賀とか佐世保の基地のステータスは、米国の海軍基地というのは世界じゅうにありますけれども、例外とも言えるほどアメリカが占有権を持っている基地です。それを段階的に見直していく。
 ただ、これはちょっと話が横になりますけれども、お手元に、実は、きょう出た岩波の世界という雑誌に、ついこの間、僕は、アメリカのワシントンへ行って、アジア外交のいろいろな関係者の人と議論してきた結果を踏まえて、アメリカの新外交ドクトリンという論文を書いていますけれども、皮肉なことに、アメリカにとっての在日米軍基地というのは、むしろ重要性を九・一一以降高めちゃったんですね。
 どういう意味かというと、それまでは極東に十万人の前方展開兵力、日本に四万五千人、一千万坪とさっき申し上げたような前方展開兵力を配置しておくことが必要だということについて、例えば北朝鮮の脅威だとか、中国の潜在脅威とかということも含めてそこはかとなく説明がなされていたんですけれども、軍事の専門家であるならば、今サイバー戦争という言葉があるぐらい、衛星でモニターしてトマホークを撃ち込んでいくような戦いの時代において、仮に北朝鮮が南進しても、極端に言えば、ハワイ、グアムの線までアジアに展開している兵力を引っ込めても、一週間で北朝鮮をつぶせるぐらいの軍事力を持っているということについては、アメリカ側は盤石の自信を持っているにもかかわらず、ホスト・ネーション・サポートで七割の駐留経費を負担してくれるような基地、ビューロクラットという立場からいえば、後ろに、ハワイ、グアムまで引いたら、いわゆる縮小しなきゃいけないというんですね。
 そういう意図が働いているものですから、何らかの理由をつけて、極東に展開しておく兵力が十万人必要だということを一生懸命説明していたわけですけれども、皮肉なことに、この九・一一が起こって、アフガン攻撃をやってみて、日本のような占有権を確保している基地がいかに重要かということを思い知ったと思うんです。
 例えば、アフガンを取り巻いている基地、パキスタンの基地にしても、サウジアラビアの基地なんか、結果的には、サウジアラビアのちょっと反米的な動きに対する懸念もあって、アフガン攻撃には利用できなかったんですね。それぐらい気を使いながら、利用目的を限定して、交渉しながら使っていかなきゃいけない、基地を中央アジアなんかにも展開してみたわけですけれども。そうなってくると、一段と日本の基地のステータスのありがたさが身にしみるわけです。
 そういう意味で、特に、例えばイラク攻撃などということを想定してシミュレーションしているのは、本当に大まじめな段階に入っていると思いますけれども、アメリカ側は、インドネシアとかマレーシア、御承知のように、インドネシアは世界最大のモスレム国家という言い方があります。穏健派モスレムの国というふうに我々認識しがちですけれども、最近、シンガポールのリー・クアンユーなんかもその懸念を表明し始めていますけれども、国内に原理主義的な動きあるいは反米的な動きというものが非常に高まっていて、もしイラク攻撃なんということになれば、国内にその種の反米感、あるいは反政府感、あるいは原理主義的な動きというものに火をつけていく可能性があるということが言われ始めています。
 となると、アジアにまで中東の案件が飛び火してくるというか、そういうことを考えた場合には、沖縄を基軸にした日本の基地の重要性はむしろ高まっているという認識が、ペンタゴンの関係者の人たちの一様の発言になってきています。
 したがって、今僕が申し上げているような、基地の縮小なんというとぼけたシナリオが提示できるような時代ではだんだんなくなってきているという部分もあるんですが、私が申し上げたいのは、いかに時間がかかろうが、日本の意思表示として、対米同盟のあるべき姿への見直しということを提起していかなきゃ、たとえ五十年かけても、基地の縮小と地位協定の改定というものを提示していく意思を示さなければ、日米中というトライアングルの構図の中で、日本が存在感を持っていくことは多分できないだろうというふうに思います。
 極論すれば、僕は実は、これは現代の条約改正だと思っています。条約改正というのは、小村寿太郎、陸奥宗光を持ち出すまでもなく、我々の先輩たちは、国家が国家であるためにはどういう要件を整えているべきなのかということを、国際政治学のPhDを取った人ではないけれども、本能的に知っていたということですね。今、我々は、何やら戦後五十年の中でぼやけてきちゃって、先ほど申し上げたような常識さえ薄らいじゃって、何をすべきかということさえぼけてきちゃっている。
 僕は、誤解していただきたくないのは、日米安保を解消しろなんて言っているんじゃないんです。日米の軍事協力関係のアジアにおけるあり方を見直すべきだと言っているわけです。特に、専守防衛を基軸にして、さっき申し上げたような先端的な情報技術革新の中で戦争というもののステージがまるで変わっている状況下で、日米の軍事協力はどういうことに重点を置いたものであるべきかということをしっかり見直す。
 それから同時に、もう一つ強調しておきたいのは、多国間のフォーラムといいますか、これは予防外交というようなキーワードでも成り立つと思うんです。多国間フォーラムというのはどういうことかというと、アメリカのアジア外交の特色というのは、ディバイド・アンド・ルールという言葉があります。分断統治というものですね。二国間関係に断ち切っておくという考え方です。
 つまり、これは日米財界人会議なんかでも必ず蒸し返されてくる議論ですけれども、アジアにおいて多国間のフォーラムをつくるということに対して物すごく警戒的です。欧州においては、御承知のようにNATOのような多国間のスキームがあるわけですけれども、アメリカは、アジアについていえば、一貫して、日米、米韓それから米中、米フィリピンという二国間の関係はあるけれども、多国間の外交安全保障上のフォーラムをつくることについて非常に慎重かつ警戒的な展開を示してきています。それをディバイド・アンド・ルールと言うんですね。
 ところが、御承知のように、中国まで参加している多国間のフォーラムというのはAPECだけなんですね。しかし、これは安全保障とは何も関係ないわけです。
 これから日本は、特に東アジアに関して、ロシアとか中国だとか、韓国、北朝鮮をも含む多国間の、NATOのような仕組みはもちろんできないと思いますけれども、これは中谷防衛庁長官なんかも言われ始めているようですけれども、できるだけ情報の密度を濃く交流するようなフォーラムからスタートしていって、意思疎通を密にして、誤解とかあるいは突発的な出来事が起こらないように制御していくような予防外交的な布陣というものが必要になってくると思うのです。これは決してアメリカを排除するような構想ではなくて、アメリカをも巻き込みながら動き始めていく必要があるだろうというふうに思います。
 その他、時間が参りましたので、あと御質問の中で、アメリカの新外交ドクトリンに対する日本のスタンスだとか有事法制等に対する考え方は補足したいと思います。
 どうもありがとうございました。拍手
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近藤基彦#3
○近藤(基)小委員長代理 以上で参考人の御意見の開陳は終わりました。
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近藤基彦#4
○近藤(基)小委員長代理 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。平井卓也君。
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平井卓也#5
○平井小委員 きょうは、参考人、どうもありがとうございました。自由民主党の平井と申します。
 きょうの参考人のお話を聞いておりまして、同じような問題意識は我々自由民主党の議員も持っています。
 そこで、これは憲法調査会ですので、憲法との関連でまず単刀直入にお伺いしたいのですが、九条の問題、イコールこれははっきり裏表で日米安保というものがあったわけですから、私も、先ほど日米関係を長期的に見直していこうということには賛成でありますが、そのためには、その九条というものが、今の条文ではなく、私は、国際社会における日本の位置づけ論的なものに変えていかないと、今のままでは、安保の見直しだけでは十分に議論が進まないのではないかと思うわけであります。
 今まで九条の問題というのはアンタッチャブルな雰囲気もありまして、この理想を世界に広めていかなきゃいけないというような話と、また、これは非現実だから変えなきゃいけないという話、これが両方対立している中で知らない間に時がたってしまったんですが、例えば憲法の前文にしても、これはすばらしい理念だという見方もあれば、これは何だ、戦争に対して謝っているだけじゃないかというような考え方もある。
 ところが、トータルで考えていくと、やはり現実的には日米安保と九条の問題が切り離せないわけですから、私は、憲法の前文そして九条をトータルで変えていくべきではないかという個人的な意見ですが、参考人の御意見を聞かせていただければと思います。
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寺島実郎#6
○寺島参考人 私の今の御質問に対する答えは、九条の基本理念である部分、つまり平和主義といいますか、特に日本にとって、僕は、今後国際社会を多国間関係の中でリードし参画していくためには、日本の外交の基軸は非核平和主義であるべきだというふうに思っています。
 だからこそ、逆に言うと、今おっしゃった部分と重なってくるのですけれども、憲法を見直すということに消極的であってはいけないと思うんですね。
 軽武装・経済国家を貫くためにも、この国の中に矛盾があってはいけないんですね。私は、今早稲田の大学院大学で教壇に立って若い人と議論していても、あるいは高校生レベルでも、おっしゃったような九条と自衛隊の間に存在しているような矛盾ということに、何かこの国の大人社会には大きな欺瞞があるということの大きな根拠になっちゃっている。
 したがって、国際紛争を解決する手段として武力を行使しないなんという考え方は極めて重要だということで、きちっと、つまり非核平和主義を貫く基軸として残すべきだと思いますけれども、特に九条第二項における、例えば戦力を保持しないとか、あるいは交戦権は認めないという考え方に対しては、現実に即した考え方で矛盾のない形にすべきだというのが今の御質問に対する私の考え方です。
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平井卓也#7
○平井小委員 私も共感するところは多い御意見であります。
 あと、安全保障の問題、先ほど参考人もちょっと触れようとされておりましたけれども、経済の安全保障の問題、あとまた、こういう言葉を最近使われているかどうかちょっと定かではありませんが、環境とか貧困とか病気とか、これは人間安全保障というような言葉も使われていたように思うのですが、日本の外交の場合は、ステージを幾つかに分けてこれからやっていかなきゃいけないのではないかな。
 というのは、余りにも今はパワーポリティックスと台頭する中国への対処ということばかりに頭がいってしまって、日本が中心的な役割を担えるようなもの、例えばこの間の京都議定書のようなものであるとか、軍縮であるとかエネルギーとか感染症とか、そういうグローバルガバナンスの分野において、そこは日本は独自外交ができるチャンスがあるのではないかなというふうに私は考えているのです。
 その意味で、日本ができること、さっき言ったような国土の安全保障というだけじゃない、経済とか人間とかというような分野にどのようにトータルで取り組んでいくかがこれからの日本の外交ではないか、そのように思うのですが、先生の御意見をお聞かせ願いたいと思います。
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寺島実郎#8
○寺島参考人 経済安全保障に関連して、お配りしている私の基本資料の五番の「エネルギー関連資料」というところをちょっと見ていただきたいのですけれども、ポイントは、日本の中東に対する石油の依存は、御承知のように八六%になってきています。あの七三年の石油危機と言われた年でさえ七八%だったのですね。いつの間にかこうなっちゃった。
 それは、九〇年代にグローバルな市場化という言葉が使われて、石油ももはや戦略的な商品ではなくて、ワン・オブ・ゼムの国際コモディティーだ、国際商品だという考え方から、IEA、世界エネルギー機関も、アメリカとかイギリスの影響力のもとに、石油のコモディティー化という流れが、グローバルな市場化というすべての分野についてその影響が出てきた。日本も、一セントでも安い原油を効率的に入手してこようということになると、太らせたタンカーで中東から数珠つなぎにして持ってくるのがいいという、効率性だけを探求していく方向へと傾斜していった。その流れの中で、気がつけば八六%になっているということですね。
 ちなみに、アメリカの中東に対する石油依存というのは、これは一〇%になっていますけれども、今約一五%だと言われています。アメリカというのは、ヒドゥンアジェンダ、隠されたアジェンダという表現でエネルギー戦略を語る人がいますけれども、極端に言えば、中東から一滴の石油が来なくてもアメリカはやっていけるというボトムラインで線引きしていると言われています。米州エネルギー自給構想というヒドゥンアジェンダ、隠されたアジェンダを持っていると言われている。したがって、権益は中東に持っているけれども、物理的には、中東に依存している度合いは、国内生産が四割ある国ですから、そういう部分もあるわけですけれども、一五%のあたりでぴしっと抑えているんです。
 日本は、気がつけば八六%です。したがって、湾岸戦争を思い起こしてもわかりますけれども、私は当時ワシントンにいて、先月までホルムズ海峡の上を哨戒していたけれども、下を通っているタンカーは全部日章旗を積んでいたぞという議論が、だれがだれのために中東を守ってやっていると思うんだという話につながって、日本の外交の選択肢を物すごく狭めている。つまり、経済安全保障の基軸というのは食糧とエネルギーだと思いますけれども、このエネルギーという問題においてもいかに虚弱な構造の上に立っているかということですね。
 アメリカという国は、エネルギーについても、食糧についても世界最大の食糧輸出国であります。今、日本の安全保障を考えるときに、まさに、おっしゃっているように、経済安保の分野で国家としての極めて重大な戦略的構想というものを持っていないとまずいといいますか、すべて市場化という流れの中に置けばいいというものじゃないという部分が、このエネルギーと食糧という部分だと思うんですね。
 したがいまして、高度の国家戦略性というものをその部分においては問いかけられているということで、これが、おっしゃるように、軍事における安全保障の問題と極めて密接にリンクしているということを私自身も痛感しているということを申し上げたいと思います。
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平井卓也#9
○平井小委員 ありがとうございました。
 先生のおっしゃることは、本当にこれから我々が考えていかなきゃいけないことだと思っています。外交が非常に重要な局面に来ている中で、憲法問題というものも、さらに我々が今本当に真剣に考えなければならない問題だというふうに改めて認識をさせていただきまして、質問を終わります。ありがとうございました。
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近藤基彦#10
○近藤(基)小委員長代理 中村哲治君。
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中村哲治#11
○中村(哲)小委員 民主党の中村哲治でございます。本日は、大変ありがとうございました。
 先生にまずお聞きしたいのは、安全保障における集団的自衛権の問題であります。
 九条から考えますと、私たち日本が自衛権を持っているのか持っていないのか、行使すべきなのかすべきでないのかという論点がまずあると思います。そして、自衛権を持っているから個別的自衛権の行使ができるというふうなロジックだと私は理解しております。
 日本が集団的自衛権の行使ができないというのであれば、集団的自衛権だけでなく、個別的自衛権も含めた自衛権が行使できないというふうに考えるべきなのではないか。自衛権を認めた以上、個別的も集団的自衛権の行使も認めるというのが、憲法解釈上私は妥当だと考えておるんですけれども、従来の議論はそういうふうになっていないと思います。そして、集団的自衛権を認めていないということが、かえって国益を損なうことになってしまっているのではないかと私は思っております。
 例えば、昨年のテロ特措法においても、個別的自衛権の範囲しか認められていないという憲法解釈をとっているがゆえに、現行憲法の範囲でできる限りのことをするということで、無限定無原則に、世界情勢によって最大限の協力をしていかないといけない。無限定無原則に自分たちがかかわる範囲を広げていってしまうというところに問題があるのではないかと思っております。
 つまり、憲法解釈でどこまでできるのかという一般的抽象的な範囲というものと、個別具体的にその状況においてどういうふうな政策決定をしていくのかということを分けて考えなくてはならないのではないか。
 そういうことを考える上においては、集団的自衛権の行使というものは認めていった方が、現代の軍事的なあり方、安全保障のあり方ともそぐうのではないか。武力行使と一体化というふうな概念が用いられておりますけれども、近代戦において、この武力行使と一体化という概念が本当に個別的自衛権と集団的自衛権を峻別する基準になるのかどうかも含めて、私は非常に疑問に感じております。
 前文の意思と九条の意思というものは、私は非常に大切だと思っております。この感覚を現代の世界情勢の中で生かすためにも、憲法解釈は変えて、そしてその中で、九条と前文の趣旨を反映して、できるだけ抑制的に自衛権の行使というものを考えていくことが必要なのではないかと考えておるのですけれども、世界情勢から見たときに、こういうふうな考え方、そして、今平井委員がおっしゃいました憲法改正のあり方を含めて、憲法改正をした方がいいのか、それとも解釈で変えた方がいいのか、その辺も、国益にはどちらがそぐうのかということをお聞きしたいと思います。よろしくお願いいたします。
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寺島実郎#12
○寺島参考人 私は、解釈改憲というふうな技術的な、いわゆる原則の崩壊みたいなことはまずいというふうに思っていまして、変えるならば、きちっと憲法を筋道通ったものにすべきだというのは先ほど申し上げたとおりなんです。
 今おっしゃった点について、ちょうど国際社会における日本のあり方に関する調査小委員会の関係法規集というものの百六ページに、まさに日米安保条約がきちっと載っかっています。その冒頭のところをごらんになればわかるように、ここに「両国が国際連合憲章に定める個別的又は集団的自衛の固有の権利を有していることを確認し、」と明確に日米安保に書いてあるわけですね。したがって、私も、自衛権に集団的も個別的もなく、いかなる国も自衛権を持っているし、原則的にこの国も集団的自衛権も個別的自衛権も持っている。
 しかも、最も重要なのは、自衛権の発動に対する主体的判断力をこの国が持っているのかというところを重視しなきゃいけないと思うのですね。つまり、集団的自衛権を行使する判断、一緒に参画してこの国の防衛を図る、判断する、そういう基軸を持っているのかというところがポイントで、例えば今般の有事法制に関する議論にも絡んでくるわけですけれども、国家として、緊急時に対して緊急権を確立しておくということはある程度必要だということはよくわかります。
 だけれども、問題は有事認定というものです。その有事の認定にこの国が主体的な力を持っているのかどうか。現実論として、集団的だろうが個別的だろうが、今この国が、周辺事態という言葉で呼ぼうが有事という言葉で呼ぼうが、アメリカが現実的に軍事力を行使する行動に出た場合には、ほぼ自動的に、実態的にそれに巻き込まれていかざるを得ないという構図になっていることこそ問題なのではないか。
 したがって、この国が主体的に有事を線引きできる立場を確立するというのが、先ほど申し上げた、例えば地位協定だの基地の縮小だのという話を持ち出した最大の理由で、あとは、ある種の細かい技術論を超えて、日本が主体的に有事を判断できるようなさまざまな制度設計といいますか、例えば国際情勢を判断する情報力というものも含めて、国家としての戦略を確立する上での前提として、いかにも虚弱な部分を抱えているというのが僕の実感です。
 つまり、先ほどから繰り返しているように、アメリカというフィルターを通じてしか政策を判断できないようなところにまでなっているのではないかという問題意識を前提にして、今申し上げたような話でお答えにさせていただきたいと思います。
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中村哲治#13
○中村(哲)小委員 次の質問に移らせていただきます。
 多国間フォーラムというお話がありまして、東アジアにおいて多国間フォーラムが大切だというお話でした。
 私、先週インドへ行ってまいりまして、インドという国から見て、インドまで含めた、東アジアからちょっと広げた方がいいのではないかというようなことも感じたんです。というのは、インドというのは大国でありながら民主主義の国でありますし、そして、行ってみてわかったのが、過去の悪い経緯がなかったということもあるのでしょうけれども、かなり親日的な国であります。
 こういったアジアの国と連携をとりながら、アジアの多国間フォーラムを考えるべきなのではないかというふうな印象を持ったのですけれども、それについてはいかがでしょうか。
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寺島実郎#14
○寺島参考人 望ましくは、その方向に行くべきだというふうに申し上げたいと思います。
 これは、配っている資料を若干活用する意味もあって、この二ページ目の「エマージング諸国の経済見通し」ということの中で、世界のエコノミストの平均的な予測値が、二〇〇二年、二〇〇三年についているんですけれども、おっしゃったインドというのは、今五%成長ゾーンということですごく経済的にも力をつけてきている、中国の七%ほどではないですけれども。
 御承知のように、ASEANとインドの関係というのは物すごく重要なんですね。特に、シンガポールとインドのITにおける連携というのは我々が物すごく気にしているところです。ASEANに対するインドの影響力、それからさらに、中国の南進という言葉がありますけれども、要するに、ASEANに対する大変大きな浸透性、影響力、そういう中で、アジアの経済大国としての日本がどういうスタンスをとっていくのかということは非常に重要で、こういう経済的な関係をも背景に置いて、それをより安全、安定したものに持ち込むための、おっしゃるような多国間の外交安全保障に関する意思疎通の場を南西アジアにまで広げたフォーラムにということは、一つの視界に入れておくべき戦略だろうと思います。
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中村哲治#15
○中村(哲)小委員 それにはまだ状況が足りないということを、まず東アジアじゃないと現実的ではないというお話だと理解してよろしいんでしょうか。
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寺島実郎#16
○寺島参考人 僕が言いたいのは段階的接近法で、まずこの国にとっての、例えば日米安保そのものが極東条項というものに今日現在も縛られているはずで、いつの間にかそれを忘れられちゃっているわけですけれども、やはり東アジアにおけるまず予防外交に最大の重点を置いて、ただし、中国に対するカードとしてのインドというのは、これは歴史的にも大変重要なものがあるし、インドは、チャンドラ・ボースからパール判事まで、二十世紀の日本の外交に大変大きな意味を持ってきたところでもあるし、そういう意味合いにおいてインドカードというものを重視しなければいけないという視点は、おっしゃることは物すごく重要だと僕も思っています、ここのところインドとの関係もいろいろあるものですから。
 特に、インドのIT分野での力のつけ方というのは、日本が今後アジアとの連携を図るときに、ITにおける連携というときに必ずインドが視界に入ってこなきゃいけないということです。そういう意味合いにおいても、インドにより注目すべきだという視点をこれから大事にしなきゃいけないと思います。
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中村哲治#17
○中村(哲)小委員 時間が参りましたので、終わらせていただきます。
 ありがとうございました。
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近藤基彦#18
○近藤(基)小委員長代理 次に、赤松正雄君。
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赤松正雄#19
○赤松(正)小委員 公明党の赤松正雄でございます。
 実は、先ほど寺島さんがお話をしてくださったとき、ちょうど衆議院のいわゆる有事法制に関する特別委員会で四十分間、小泉総理中心に質問をしてきましたので、肝心のお話が聞けなかったんですが、私は寺島さんが書かれたほとんどと言っていいぐらいの本を読ませていただいております。同世代、ちょっと私の方が年が上だろうと思いますけれども、団塊の世代、私は団頭の世代、塊の上、ビール瓶の先っちょのところ、昭和二十年生まれは団頭の世代だという造語をしておりますが、団塊の世代を引っ張っていくのは団頭の世代だという自覚を持っておるんです。
 寺島という人は、アメリカ通でありながら、アメリカにのめり込まないで、大変にアメリカに対しても辛口な論評をされている、今の日本の論壇状況の中では非常に珍しい位置の人だろうかな、いわゆる右でもない、左でもない、公明党と同じように真ん中じゃないのか、こういうふうに思った時期が随分あります。きょうは、こういうお話をさせていただくのは非常にありがたいと思っておるわけです。
 そこで、三つほど聞かせていただきたいと思うんですが、一つは、実はゴールデンウイーク、アメリカではゴールデンウイークなんてないんですけれども、ワシントンへ行ってまいりました。私は、寺島さんと違ってワシントンに行くこと二度目という、前回行ったときが例の湾岸戦争の直後、今回が九・一一直後、極めて節目に行っているわけですけれども、私は、そこで実はヘリテージ財団でちょっとばかり、五分間ぐらいのスピーチをする機会があったんです。そこで二つの失望という話をいたしました。
 一つは、日本から見たアメリカへの失望。
 これは、簡単に言うと、ブッシュ政権が沖縄の基地をいわば縮小する、そして世界の警察官たることをやめるんだということをブッシュが大統領選挙のときに言ったんですよね。言ったけれども、九・一一以降これは撤回したと見ざるを得ない、非常に残念だという一つの失望、日本から見たアメリカへの失望です。
 もう一つ、アメリカから見て、恐らく近い将来抱くであろう失望。
 それは何か。それは、要するに、これ以上日本に期待してもらっても困ると。日本は、十年前のPKO法から周辺事態安全確保法、テロ特措法、そして今度の有事法、これはすべてに公明党が深くかかわっています。これは、日本の憲法という枠の中で、日米安保条約の持つ特質をいかに生かすか、私の言葉を言わせてもらえば、ぎりぎりの知恵を使ってやった一つの所産だろうと思っています。しかし、これ以上求められても困る。先ほど集団的自衛権の話がありましたけれども、もっと日本にやるべきことがあるんじゃないかと言われても困る、もうここまでよという話をしてきました。恐らく、それに対して、アメリカの政権関係者は失望を抱くであろうという話をして、実に希望のない話をしてきたんです。
 こういう、私がトータル思うこと、今、寺島さんに聞きたいと思うことは、日米のいわば認識ギャップというんですか、日本がアメリカに期待すること、アメリカが日本に期待すること、この日米の認識ギャップというのはどうやったら埋められるのか。
 つまり、寺島さんのような人は、いわばアメリカに長くいてワシントンにもいろいろなつき合いがあって、今の立場でいろいろなことをおっしゃっている。だけれども、大多数の日本人はアメリカがよくわかっていない。ましてアメリカも、アメリカの国会議員なんて、今日本にほとんど関心がないと聞きましたよ。我々が行ったって会いたいなんていう人はほとんどいない。こういう状況で、ますます日米認識ギャップは広がる。こういった状況で、寺島さんはどういう秘術というか、こういった状況を打開するための考えを持っておられますか。
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寺島実郎#20
○寺島参考人 今、大変重要なことをおっしゃったと僕は思うんです。米中関係と日米関係の大きな違いは、相互敬愛というモチーフが違うといいますか、中国から見たアメリカに対する、これは美国と書くぐらい、近代中国外交史の中でアメリカが中国に登場してきたタイミングが、欧州とか日本からむしばまれていくプロセスの中で、カウンターカードとしてのアメリカの登場を歓迎したというところから始まっているものですから、米中関係というのは根本的にいい部分があるんですね。相互に敬愛しているような部分があるんです。
 日米関係にそういう部分がないというのが僕は非常にワシントンで実感してきた部分です。中国の要人がアメリカを訪問するときの雰囲気と、日本の要人がアメリカを訪問するときの向こうサイドでの受けとめ方をじっくり深く入ってあれしていると、親中国派とか知中派の人の厚みと親日派とか知日派という人の厚みは十倍違うだろうと思うぐらい、ずしっとくるんです。
 それはなぜかというと、例えば安保というものは、アメリカから見たら本音の部分で日米安保は片務条約です。なぜ自分の国の青年の血を流してまで日本を守ってやらなきゃいけないのという床屋政談的な議論が、アメリカ人の本音の中でフリーライダー論として蒸し返されてくる部分があります。一方、日本から見たら、一時、中曽根さんがそういうことを言われて問題になったことがありましたけれども、傭兵条約といいますか、ガードマン条約といいますか、おれたちが金を払っているんだという、七割はおれたちが負担しているんだと言わんばかりの本音がちらちらかいま見える。
 ですから、安保というものに対する相互リスペクトといいますか、敬愛がない仕組みを、お互いにやはり敬愛できるような仕組みに変えていかなきゃいけないということがこの外交安全保障における、まず、僕はポイントだと思う。それで、さっきからくどいほど僕は発言してきたのが、二つの常識というものに返って、この国におけるアメリカ軍の基地のあり方だとか地位協定の改定だとかというものをしっかり持ち出して、相互に敬愛できるような仕組みに近づけていこうよということを言い出さねばならないということを申し上げたんです。
 そこで、一つだけ、ちょうどきょう発売になっているから、お手元にコピーを配らせていただいた米国の新外交ドクトリン。多分、アメリカで議論されて同じようなことをお感じになったと思いますけれども、ブッシュ政権が、アフガン・モデルという言葉があって、アフガニスタンに短期に攻撃をしかけて親米政権をつくれたということをイラクにもというモチベーション、さらにはその延長線上に、この中で、後でお読みいただいたらよくわかっていただけると思いますけれども、ちょうど戦後直後に対共産圏封じ込め政策を発表したジョージ・ケナンという人がいたわけですけれども、ジョージ・ケナンがつくった外交ドクトリンにも匹敵するような、二十一世紀の新しい外交ドクトリンをつくろうという動きがアメリカの中でじわっと盛り上がっていると僕は思うんですね。これはチェイニー・チームだけじゃなくて、国務省のパウエルを支えているようなラインも一緒になって動き始めている。
 そういう中で、では、新外交ドクトリンというのは何だというと、アメリカのドミナントな、圧倒的に優位な役割を確保しつつ、テロとの闘いと、それから世界じゅうに民主主義という旗を立てていく。ただし、テロとの闘いも民主主義も、アメリカ的なコンセプトにおけるテロとの闘いであり民主主義なわけですけれども、そういうものを基軸にした外交ドクトリンを打ち立てようということで動き始めている。ある意味では、一種の役割意識肥大症みたいな気分になってきていて、今までユニラテラリズム批判というものがあって、世界の出来事に無関心なアメリカというものに批判があったものだから、ぐっと反転して、ねじれた形でのユニラテラリズムといいますか、アメリカ一極主義みたいなものが新たに展開されようとしている。
 私が言いたいのは、イラク攻撃カードとか、あるいは朝鮮半島政策の変更だとかというアメリカの新しい外交ドクトリンの中で見えてくるシナリオに対して、相当リードタイムを長くこの国が準備しておく必要があるということです。また、青天のへきれきのように、湾岸戦争とか九・一一とかという形で、パッチワークとは言いませんけれども、緊急避難的に事態に対応していかなきゃいけないというようなことに追い込まれないように、アメリカとの軍事協力関係というものを先ほど申し上げたリードタイムの中で見直しておかないと、結局この国に残された回路というのは、仕方がないじゃないか症候群といいますか、要するに、ほかにとる道はないじゃないかというところで政策が選択されていくということになりかねないんじゃないかということなわけです。特に、この新外交ドクトリンというのはかなり緊迫した動きだというふうに僕は思っていますので、後でお読みいただければと思います。
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赤松正雄#21
○赤松(正)小委員 わかりました。ありがとうございます。
 先にそういうお話がいろいろあったことを知りませんで、失礼しました。
 あと、では最後に一つだけ。
 これは、今も小泉さんにもお話し申し上げてきたんですが、要するに、日本のやるべきは、有事対応は万の一つだ、九千九百九十九の外交的努力が大事なんだという話の中で、私たち、一つの提案として、沖縄に国連のアジア本部というものを誘致したらどうだという、これには外務省がいろいろだめだと言うんですけれども、これはやはり二十一世紀の前半における大きなテーマとして、課題として、執拗に迫っていこうと思っているんですが、御感想を教えてください。
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寺島実郎#22
○寺島参考人 私自身も、国連がニューヨークに本部があるわけですけれども、ジュネーブに国連機関が十五本部を持っていて、年間四十万人の国連関係者がジュネーブを訪れ、一泊五百ドルするホテルがいつも満杯というジュネーブをつくり上げて、国際中核都市としてのジュネーブが、情報密度というのがキーワードだと思うんですけれども、いかに国際情報密度の高い町になっているかということを考えたときに、日本にも、おっしゃっているような国連アジア太平洋本部みたいなものを引っ張ってくるぐらいの気迫を見せて国連外交にかかわるべきだということを、実は書いているものの中で何回も主張していまして、おっしゃっている沖縄の人たちともよく意見交換しているんです。
 これは、沖縄であるべきかどうかということはまた別にしまして、沖縄が一番熱心であればそれを実現していくということも大いに重要で、そういう意味で、アジアには国連関係の本部というのは、日本にも例えば国連大学が青山にありますけれども、何も大学のキャンパスがあるわけじゃない。実際問題として、幾つかの国連関係機関のセンターが神戸とか横浜にあるだけで、あとはタイのバンコクにESCAPの本部があるぐらいですね。
 したがって、日本が国連外交を重視するならば、しかも欧米偏重と言われている国連に対する問題点を提起する意味も込めて、アジア太平洋の国連本部、特に日本が得意とする分野での国連機関、例えば経済協力に関する機関だとかアジア太平洋地域のエネルギーとか食糧の、さっき申し上げたような安全保障にかかわるような国際機関だとかを粘り強く積み上げて誘致して、国連アジア太平洋本部というものを日本に引っ張っていこうという考え方は、この国を空洞化させないためにも、あるいは安全保障戦略においても実に意味があると思います。というのは、要するに、年間四十万人の国連関係者が訪れるようなところというのは、例えば核攻撃できませんから、そういう意味も含めて、おっしゃっているポイントはすごく重要だと思います。
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赤松正雄#23
○赤松(正)小委員 ありがとうございました。終わります。
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近藤基彦#24
○近藤(基)小委員長代理 次に、藤島正之君。
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藤島正之#25
○藤島小委員 自由党の藤島正之でございます。
 米国が我が国を考える場合、日米安保条約もそうですが、やはり意識的には、当時は極東ソ連軍が随分大きなウエートを占めていたと思うんですが、今は、当時の十分の一ぐらいしかないわけで、全く考えていないわけです。それにかわって中国が出てきておるわけですけれども、米国が中国を考えると同様に、日本にとっても中国というのは大変重大な影響のある存在になっているわけです。米国は、今後の中国をどういうふうになっていくと見ておるんでしょうか。
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寺島実郎#26
○寺島参考人 今のブッシュ政権の中国政策というのは、台湾問題を封印しながら、台湾問題の存在をきちっと重視しているということを明確にしながら中国との関係を改善していこうという、いわゆる七九年の上海コミュニケみたいなところに戻ったというふうに考えていいだろうと僕は思っています。
 その背景には、先ほど申し上げたように、やはり二十一世紀の経済大国中国に対するアメリカの、ビジネスの熱烈とも言えるような関心。アメリカにとっての貿易赤字ですが、米中間の貿易赤字の方が日米間の貿易赤字よりも超えたという、去年からそういう数字になっているわけですけれども、アメリカにとって、日米間の貿易赤字と米中間の貿易赤字は性格が大きく違うんですね。
 それは何が違うかというと、中国からアメリカに輸出されていっているものの六割は、アメリカの企業が中国に投資をして、そこの工場からできた製品が、例えばナイキの靴屋が靴の製造工場を中国につくって、それがアメリカに戻っていっているといいますか、いわゆるブーメランというものなんですね。したがって、アメリカの企業がもうかる形ででき上がっている米中間の赤字と、アメリカの企業がもうかる形にはなっていない日米間の赤字とでは性格が違うということが言われているのですね。したがって、対中最恵国待遇を毎年のように見直す行事が行われていたわけですけれども、ワシントンに圧力をかけに来るのは中国政府でもなければ何でもなく、アメリカの企業自身が最恵国待遇を延長しろという圧力をワシントンにかけるというか、それぐらい米中関係の密度というのは経済面でも深まっていっている、投資、貿易含めてですね。
 しかも、先ほど申し上げたように、歴史的に見て、米中関係というのは非常に根の深い、在米華僑三百万と言われていますけれども、いろいろな意味で根深い関係を持っている中で、日本が、先ほど申し上げた米中日のトライアングルの中で、この両国との関係をバランスよく組み立てていくというゲームは物すごく難しくなってくるというか、それを意識しなきゃいけない局面に入っているということが、申し上げたかった大変大きな問題意識なわけです。
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藤島正之#27
○藤島小委員 もう一点。
 日米安保が、十五年ぐらい前には、日米の経済戦争に対する、非常に日米関係をうまくやっていく基本みたいなものがあったわけですけれども、今やアメリカと日本の経済がどんどん差がついて、逆にアメリカでは五十一番目の州みたいなことを言う人もおるし、我が国でもその方がいいんじゃないかなんて言う人もいるんですけれども、米国は、今のような日本がずっと日米関係として続いていく方を望んでいるのかどうかですね。
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寺島実郎#28
○寺島参考人 私も、直近に行ったワシントン、ニューヨークでの議論で、先生が今御心配されているような、アメリカにとって日本が極端に小さくなっていくというか、私、十年いた間、これほど日本がある種のさげすまれた目線で議論されている経験をしたことないというぐらい小さくなってきているという実感があります。したがって、アメリカの議員も、この一年間、世界じゅう、先ほど話題に出ていましたけれども、中国にはどんどん今関心を持って行くけれども、日本に行く議員はいなくなったみたいな話をどこからも耳にするようなことになっちゃった。
 ただし、ここから一つ申し上げたいのは、話を長くしちゃいけないんですけれども、僕は、九〇年代にアメリカは産業構造の基本性格を変えたと思っているんです。冷戦が終わって、それまで軍事という産業に基軸を置いていた産業構造が、金融といいますか、要するにウォールストリートに軸を置くようなマネーゲーム型の産業構造に変わったということを盛んに僕は分析して言ってきているんです。そのことのために、日本に発信してくるメッセージも、やたらに金融に関心を持ったメッセージに変わってきているということに気がつかなきゃいけないと思うんです。
 ところが、この国の産業の基軸というのは、マネーゲームの国じゃないわけです。物をつくることに対する生まじめさ、例えば製造業を中軸にした、農林水産業からあるいは建設業に至るまで、ここの部分でやはり日本の産業化というものの基軸がなされてきたわけです。そういう意味で、この先の日本ということを考えたならば、同じ土俵だけで、つまり金融にだけ軸足を置いた産業国家になりつつあるアメリカと同じ土俵の中だけで針路を議論してちゃいけないということが僕の言いたいポイントです。
 したがって、アメリカに対して話をするときに、全員が株価と不良債権の話だけ話題にしているような構図から、日本の新しい産業の創成とか活性化というときに、どこに軸をとって産業の創成とか活性化をやらなきゃいけないかということを視界に入れなきゃいけない。
 したがって、アメリカというのは新しい技術パラダイムを成長力につなげていく巧みな力を持っていますから、ITだバイオだナノだとしかけてきているわけですけれども、日本も、新しい技術パラダイムとともに、新しい、その技術に乗っかった、自動車産業の次の新しいプロダクトサイクルをつくり出していくような産業政策といいますか構想力が物すごく問われていて、そこの部分が踏み固まらないと、やはり日本が国際社会の中で敬愛されている最大のポイントはまだそこなわけですから、アメリカも日本を見る目を改めて見直すという気持ちになるときに、多分このポイントが重要だろうなと思っています。
 一つだけわかりやすい具体例を挙げると、僕、これは半分冗談だという意味で言っているわけじゃないんですけれども、今回、ずっと関係者といろいろ議論してきて、それだけは日本はやめた方がいいよということを大いに進めることがこの国の再生にとって役に立つという気がしてきた、逆説的な表現ですけれども。何かというと、例えばジェット旅客機のことなんです、わかりやすく言うと。
 日本は、ボーイングだとか欧州のエアバスに対抗していくようなジャンボジェットをつくるということは、市場性からいって大変現実論からかけ離れるかもしれないけれども、例えば沖縄なんかの空港の整備なんということを前提にしたら、台湾とか香港とか上海だとかというところと、コミューター型の中距離の航空機需要は二十一世紀になったら非常に大きいわけですね。
 例えば、中型旅客機みたいなものに日本の持っている産業技術と資金力とエンジニアの力を集中していく、こういうことをやったらどうだろうかということを仮にアメリカに提起したとします、発想として。それだけはやめた方がいいよといって、必死になって反論します。なぜならば、アメリカのものを買えばいいんだよ、そんなもの自前でつくるなんということはやめた方がいいよ、大変な困難があるよということを盛んに言います。しかし、同じことを自動車産業の創成期のときに言っていたんですね、アメリカのものを買えばいいよと、日本が国民車構想なんというものを発表する以前に。ところが、頑張ったから今日の輸出第一位のアイテムになっているわけですね。
 事ほどさように、航空機というのは、ITもバイオもナノの技術も集結したようなプロダクトイメージですよね。そういうものをきちっとつくっていくことにチャレンジするぐらいの気迫がなければ、物を基軸にした経済の再生なんということはあり得ないんじゃないかということを私は言いたいんです。ジェット旅客機だけが唯一のプロジェクトじゃありませんよ、もちろん。ただ、一つの例として意思を伝えたいということでございます。
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藤島正之#29
○藤島小委員 もう一点、日米安保の変質みたいな部分、極東条項で、本来、日米安保は極東の安全ということでできたわけですけれども、最近、アジア全般あるいは中東までをにらんだアメリカの世界戦略の中にどんどん組み込まれていっている。先ほど先生も、地位協定等を見直さなければいかぬというふうにおっしゃっているわけですけれども、ある意味で、本当に日本が独立国であるというためには、ある程度米国から独立したものでなければいけないわけですけれども、その辺は今後、先生さっき二点おっしゃいましたけれども、我が国としてどういうふうに発想し行動していけばいいのか、承りたいと思います。
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