厚生労働委員会

2009-07-09 参議院 全239発言

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会議録情報#0
平成二十一年七月九日(木曜日)
   午前十時四分開会
    ─────────────
   委員の異動
 七月七日
    辞任         補欠選任
     足立 信也君     牧山ひろえ君
     亀井亜紀子君     谷岡 郁子君
     田中 康夫君     家西  悟君
 七月八日
    辞任         補欠選任
     家西  悟君     加賀谷 健君
     小林 正夫君     大石 尚子君
     谷岡 郁子君     森田  高君
     牧山ひろえ君     足立 信也君
     西田 昌司君     丸川 珠代君
     渡辺 孝男君     山下 栄一君
 七月九日
    辞任         補欠選任
     大石 尚子君     小林 正夫君
     加賀谷 健君     亀井亜紀子君
     森田  高君     谷岡 郁子君
     丸川 珠代君     森 まさこ君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         辻  泰弘君
    理 事
                川合 孝典君
                中村 哲治君
                柳田  稔君
                衛藤 晟一君
                山本 博司君
    委 員
                足立 信也君
                梅村  聡君
                亀井亜紀子君
                小林 正夫君
                下田 敦子君
                谷  博之君
                谷岡 郁子君
                森 ゆうこ君
                森田  高君
                石井 準一君
                石井みどり君
                岸  宏一君
                島尻安伊子君
                西島 英利君
                南野知惠子君
                古川 俊治君
                丸川 珠代君
                森 まさこ君
                山下 栄一君
                小池  晃君
                福島みずほ君
       発議者      森 ゆうこ君
       発議者      小池  晃君
   委員以外の議員
       発議者      千葉 景子君
       発議者      岡崎トミ子君
       発議者      近藤 正道君
   衆議院議員
       発議者      河野 太郎君
       発議者      山内 康一君
       発議者      冨岡  勉君
       発議者      福島  豊君
   国務大臣
       厚生労働大臣   舛添 要一君
   大臣政務官
       法務大臣政務官  早川 忠孝君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        松田 茂敬君
   政府参考人
       法務大臣官房審
       議官       團藤 丈士君
       厚生労働省健康
       局長       上田 博三君
       厚生労働省雇用
       均等・児童家庭
       局長       北村  彰君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○政府参考人の出席要求に関する件
○臓器の移植に関する法律の一部を改正する法律
 案(衆議院提出)
○子どもに係る脳死及び臓器の移植に関する検討
 等その他適正な移植医療の確保のための検討及
 び検証等に関する法律案(千葉景子君外八名発
 議)
    ─────────────
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辻泰弘#1
○委員長(辻泰弘君) ただいまから厚生労働委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 本日までに、田中康夫君、西田昌司君及び渡辺孝男君が委員を辞任され、その補欠として森田高君、丸川珠代君及び山下栄一君が選任されました。
    ─────────────
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辻泰弘#2
○委員長(辻泰弘君) 政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 臓器の移植に関する法律の一部を改正する法律案及び子どもに係る脳死及び臓器の移植に関する検討等その他適正な移植医療の確保のための検討及び検証等に関する法律案の審査のため、本日の委員会に、理事会協議のとおり、厚生労働省健康局長上田博三君外二名の政府参考人の出席を求め、その説明を聴取したいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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辻泰弘#3
○委員長(辻泰弘君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
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辻泰弘#4
○委員長(辻泰弘君) 臓器の移植に関する法律の一部を改正する法律案及び子どもに係る脳死及び臓器の移植に関する検討等その他適正な移植医療の確保のための検討及び検証等に関する法律案の両案を一括して議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
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下田敦子#5
○下田敦子君 おはようございます。
 それでは、短い時間ですので手短に御質問を申し上げます。
 まず、臓器の移植に関する法律の一部の改正をする法律案及び子どもに係る脳死及び臓器の移植に関する検討等その他適正な移植医療の確保のための検討及び検証等に関する法律案についてお伺いいたします。
 本法案に関して、成立するまでの経緯は、昭和六十年十二月、厚生科学研究、脳死に関する研究班による判定基準、いわゆる竹内基準の発表から始まって、今日までの歩みは、国会のみならず一般社会においても、死とは何か、生命とは何か、そして生命倫理のとらえ方、社会規範から見た場合の臓器移植の考え方など、もっと平らかに申し上げれば、レシピエントその他ドナーに置かれている状況を、その困っていらっしゃる状況をその立場に立って共に考える度量、人を受け入れる大きさと心の奥深さが必要と私は思い続けています。
 そこで、臓器移植にかかわる関係組織、特に人的資源、いわゆる移植コーディネーターについてお尋ねをいたします。
 臓器移植を進める一方で、片や、いま一度慎重審議を望む意見が多くあります。いずれにしても、この臓器移植という医療行為の前提には様々なコーディネートが必要であることから、次の質問に入らせていただきます。
 まず第一です。日本における移植コーディネーターはどのように分類されていますか。大臣に専らお尋ねしたいと思います。
 また、ドナーコーディネーターとして、レシピエントコーディネーターとしてのその割合はどうなっているか、現在、何人登録されているかをお尋ねいたしたいと思います。
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辻泰弘#6
○委員長(辻泰弘君) 政府参考人でよろしいですか。
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下田敦子#7
○下田敦子君 はい。
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上田博三#8
○政府参考人(上田博三君) 移植コーディネーターは、臓器提供のまた候補者及びその御家族とのかかわり、臓器提供に関する連絡調整を行うドナーコーディネーターと、それから移植を受ける患者さんへの説明やケアなどを行うレシピエントコーディネーター、この二つに大きく分類をされておりますが、まず移植コーディネーターについては、日本臓器移植ネットワーク、それから都道府県、あるいは病院の中にも存在しておりまして、院内のドナーコーディネーターは三十八都道府県の六百五十八病院に一千五百七十五名おられますけれども、レシピエントコーディネーターについては病院において任意に設置されていることもございまして、私どもの方では正確な人数を把握をしておりません。
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下田敦子#9
○下田敦子君 ありがとうございました。
 ネットワークコーディネーター、これが何人おられますか。それから、ただいま都道府県の中で、お答えがありましたけれども、全くコーディネーターがいない県は何県ありますか。再質問です。
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上田博三#10
○政府参考人(上田博三君) お尋ねのドナーコーディネーターにつきましてでございますが、社団法人日本臓器移植ネットワークに所属するいわゆる日本臓器移植ネットワークコーディネーターは二十一名、それから都道府県に配置されております都道府県コーディネーターは四十都道府県に五十一名ございまして、二つの県で都道府県コーディネーターが配置されていないわけでございますが、それは愛知県と福島県と承知をしております。
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下田敦子#11
○下田敦子君 それでは次に、この移植コーディネーターの資格その他に関することをお尋ねします。
 この移植コーディネーターの職務は免許制度にはなっていませんけれども、その基礎的な資格、いわゆる応募資格、これにはどういうものがありますか、お尋ねいたします。また、どのような研修あるいは研修受講後の認定試験を行っているのか、お尋ねを申し上げます。
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上田博三#12
○政府参考人(上田博三君) 日本臓器移植ネットワークに所属する臓器移植コーディネーターにつきましては、まず一番目の条件として、医療有資格者又はこれと同等の知識を有すると認められる者であること、二つ目に、臓器提供者情報発生時には夜間、休日においても対応ができること、三番目に、全国に出張、転勤が可能であると、こういう条件を満たす方について筆記試験及び面接試験を実施をして、日本臓器移植ネットワークにおいて採用をしているところでございます。
 採用後には、心停止後の腎臓提供にかかわる知識と業務取得を目的とする新人研修や、脳死下での臓器提供に関する業務取得を目的とする継続研修などを行っているところでございまして、筆記テストや事例レポートなどの作成を行い、評価をいたしまして、質の確保と向上が図られているところでございます。
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下田敦子#13
○下田敦子君 今朝早くイギリスとアメリカのちょっとネットを出してみました。エジンバラ大学とかいろいろありますが、欧米ではその資格を取るための研修が基本的に大学で行われていると、そして単位修得制であるということが明示されておりました。このことについて大臣はどうお考えになりますか。
 それからもう一つ、去る四月二十一日の当委員会で、足立信也委員の御質問に対して舛添大臣は、まずドナーの方をいかに増やすかということを国内からやる、それでドナーについての調整、コーディネーターがいますから、これはもうコーディネーターがしっかりしてハブの役割を果たしてもらわないといけないと、ドナーを見付けるために必要であるということをお答えなさっておりました。いわゆるドナーサイド、それからレシピエントサイド、受ける人の方、それからそれをコーディネートする様々な体制整備ということを厚生労働省としては更に強力に進めていく必要があろうかと思っていますという御答弁でございました。
 現在、社団法人日本臓器移植ネットワーク、資料をお手元にお届けしてありますが、こちらの方で一切合財これに当たっていると。あっせん対策部と医療本部、コーディネーター部とあるようでありますけれども、厚生労働省としても主体的な施策を講ずるべきではないかと考えます。いかがでしょうか、お尋ねします。
 また、いわゆるハブ、いわゆるキーステーションという意味で大臣は御答弁されたんだと思いますが、役割を果たすとなれば、現在の臓器移植のコーディネーターは看護業務を兼任しております方が非常に多い。専任でない立場であるなどのことから環境整備が必要と考えます。国家資格化が必要とされることの意見もたくさん聞きます。
 そういう状況の中で、例えば肝臓移植、腎臓移植もありますが、アメリカのいわゆるRTCですね、これに関して考えますと、日本の看護師と同等かそれより低い傾向にあると、年収が。非常に、ですから忙しい上に、低い賃金で縛られていると。この点についてまずいかがお考えであるか。
 それから、勤務時間を調べてみました。規定の一・五倍であります。しかも、二十四時間オンコールです。大変な激務だと私は考えます。週七日実施しているコーディネーターが六〇%。ほとんどが一人で、交代する方がいないという現状があります。この点について大臣はいかがお考えですか。
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舛添要一#14
○国務大臣(舛添要一君) まず、移植コーディネーターの質を高める、これがもう必要だということは申すまでもないと思います。
 先ほど局長が説明いたしましたように、移植コーディネーターの日本臓器移植ネットワークでの公募要綱を見ていますと、医師、看護師、検査技師など国家医療資格保有者又はそれと同等の知識を持たれる方ということなので、ここで一定の医療情報に関する資格というのが認められていると思います。その上で細かい研修をやり、しかも筆記試験、面接試験をやっておりますので、当面は日本臓器移植ネットワークの中での研修ということを更に強化し、それをお手伝いする形でやればというふうに思っております。
 欧米の例を見てみましたけれども、いわゆる国家試験ということではなくて、やはりこういう財団的なものが認定を行う、その中身は今先生おっしゃったようにいろいろあると思いますけれども。今後の長期的な課題として、このコーディネーター、それ、ドナーコーディネーターもレシピエントコーディネーターの方も更に強力にそれ自身を一つの資格として国家が認定するという方向も検討課題としてはあり得ると思いますし、研修も看護師さんとかお医者さんとか以外の別建てでやるというのもあると思いますけれども、今の段階では、やはり臓器移植というのを更に進めるための臓器移植にとっての良いインフラストラクチャーの整備ということから、こういうことから始めることがいいことではないかというふうに思っております。
 様々なほかの資格を持っているような方々でこういうことに向いている方を非常に弾力的に、同等の資格を持っている、例えばケースワーカーとか精神保健福祉士などを使うということも、これは十分あり得るというふうに思っています。そしてまた、この処遇をどうするかということについてもやはり今後の検討課題だというように思いますので、そういうことも中期、長期的には考えながら、取りあえずは、今、日本臓器移植ネットワークの様々な御努力を厚生労働省としては支援していきたいというふうに思っております。
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下田敦子#15
○下田敦子君 ありがとうございました。
 昨日、当委員会で視察調査に女子医大にお邪魔いたしました。さすがだなと思いましたのは、心臓担当のいわゆるコーディネーター、これは看護師の基礎資格の上にお持ちになっている方、それから腎臓担当の看護師さんのコーディネーターが一人、それから念を入れて伺いましたら、ソーシャルワーカーが七人おいで、専従で。さすがですねという言葉を、大変御無礼だと思いましたが、申し上げてしまいましたけれども。
 そういう準備が、いずれにしても今回私は、A案であろうが他のいわゆる修正案であろうが、もう一つまた何か衆議院の方からお出しになっているということでありますが、そういう選択という以前の以前の以前にかかわる問題として、これらに携わる方々の環境、資格整備、時間と手間と暇が掛かります。今日考えて今日あしたというわけにはいかないのです、これは。ですから、そういうことでお尋ねしてまいります。
 いわゆるカウンセリングというものを含めた場合には、このサポートというのは、大変失礼ですけれども、従来の医療者だけではこれはなかなか難しい。心理学者も必要であれば、倫理学者も必要であれば、何よりもただいま大臣が御答弁にありましたように、PSW、精神保健福祉士は多岐にわたってこういうことの訓練なり勉強をしている。ところが、ちょっと脱線しますが、厚生労働省はたくさんの資格をおつくりになります。ですが、その資格限定付けが必ずしも整っていない。宙に浮いている。もったいなくも遊んでいるというわけではないんですが、別な仕事をしている人がいる。これらに対して考えなきゃいけないんです。
 ついでですから申し上げますが、特養での夜間の、特養に限らず、老健もそうですが、夜間の医療行為、必要欠くべからざる状態として出てまいりますが、百人の入所者に対して、看護師が三人、絶えず当直しているわけではありません。そういう中で医行為がどんどんどんどん出てきます。介護事故というものは表にこそ出ません、システムがそうなっていないから。医療行為ほど大きな問題にはなっていませんが、この度、厚生省がそれに対して、特定の資格を持ち、例えば介護福祉士のように医学一般を百八十時間勉強したとか、そういうふうなことに対しての規定も何も設けずに、言ってみれば、介護員で、ヘルパーでいいというふうな条件でこの医行為を何とか先へやろうとしている発表がマスコミを通じて出ています。現状は、大変騒々しくなってしまいました。ですから、こういう資格に対していま一度、こういう法案を前にして真摯に考えていくべきだと思います。
 少なくとも、今朝ちょっと大急ぎで見ましたが、これはエジンバラ大学のいわゆるソーシャルワーカーの特にこういうドナーに関する、あるいはレシピエントに関する相談のチームがあります。それから、アソシエーションですのでこういう協会も充実している。これ、イギリスの例であります。ですから、こういうことを何とぞ並行して進めていく体制が、この法案を出す出さない、受ける受けないにかかわらず、私は必要な行為ではないかと思います。
 それから次に、レシピエントに相ふさわしいその医学的な側面、あるいはドナーに相ふさわしいその医学的な側面から、あるいはまた家族の経済状況、そして家族や地域等々においてのその関係者の人的なメンタル面でのサポート、これらに関して、虐待であったかそうでないかということも含めながら環境整備をしていく、こういうスタッフが私はまず第一にありきだと思います。
 昨日も、女子医大でお許しを得て、御案内がありましたので、人工心臓を付けられた三十代前半の方がおられまして、あのとおりの状態の中で、お母様と若いお嫁さんと、テレビの上にはお子さんの写真が飾ってありまして、本当に感染の問題、あるいは人工心臓の維持機能がどれぐらいなのかというふうな問題とか考えさせられて胸がいっぱいになりますが、だけれども、もっと時間を掛けてもっといろんな面での審議も必要だろうし、環境の整備ということから見て私は大変時間の掛かる問題だと思います。
 そこで、次に、欧米での移植コーディネーターの業務内容を見ますと、多くは、業種が移植医療にかかわっているアメリカの移植チームは、まず移植外科医、それから移植の専門医、先ほど申し上げたRTC、レシピエント・トランスプラント・コーディネーター、ソーシャルワーカー、リサーチナース。リサーチナースというのは初めて私も調べましたけれども、ここまで看護師が進んでいるという状況です。それから倫理学者、それからリハビリテーションスタッフ、それから、次です、経済カウンセラーがチームを編成しているということです。その外堀を深める意味で、内分泌学の専門、感染症の専門のお医者さん、精神科医などが協調している現場が普遍であると聞いております。
 我が日本においては、こういう心理面あるいは精神医療にかかわっている方々の関係が実に薄い。ですから、その辺、物理的にとらえているのではないですかと言いたくなるほどかかわっていない。でも、移植を受ける方、する方、どちらにしても、非常に心理的な動揺、圧迫、悩み、それらをどうするかという問題が私は一番大事ではないかと思います。術後、術前において必要なことだと思います。
 どうぞ、こういう移植チームの専門職とメンバーの調整を協働して行う方々が二十四時間体制であってこそ、この医療の、移植というものが成り立つのではないかと思います。ですから、時間が掛かります。その点についてもう一度大臣の御所見を伺って、終わりたいと思います。
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舛添要一#16
○国務大臣(舛添要一君) 大変いい御指摘をいただいたと思っています。
 やはりチームで、ドナーそしてレシピエント両方に対して、そのチームの中には心理的な側面を担当なさる方も含めて、これはきちんと対応することができるようなインフラストラクチャーの整備はやらないといけないというように思っています。
 ただ、こういう問題は、片一方で、環境整備、制度整備があるとともに、今皆さんが御議論いただいている法律という形で制定することが更にそれに拍車を掛ける。その車輪を、両輪を回しながら多くの人の命を救えたらと、そういうように思っております。
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下田敦子#17
○下田敦子君 資料を三枚ほど用意させていただきましたが、時間がありませんので、資料三のところの数字を御覧いただきたいと思います。
 アメリカと単純比較はできません。また、比較すること自体が少し語弊を招きますが、何せドナーコーディネーター、レシピエントコーディネーターの数が圧倒的に違います。
 これがいいか悪いか、正しいか正しくないかは別な問題でありますが、ここまで環境が進んでいるという現実と、そして、何せ全くこういう面での備えがない日本と議論が逆じゃないですかということが、私は率直にこの度の問題で終始一貫考えさせられながら、この環境調査をしてみましたらこういうものも出てきましたので、これも併せて備えていくべきだと。おっしゃるように、拍車を掛けるような選択であってはなりませんけれども、併せてこれは備えなきゃいけないことだと私は思います。
 以上でございます。
 どうもありがとうございました。
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丸川珠代#18
○丸川珠代君 自由民主党の丸川珠代でございます。
 私は、この厚生労働委員会の委員の一人として、また国会議員の一人として、この命の議論に参加をさせていただくことに身の震えるような責任を感じております。我々の命を決めている何物かに対する畏怖の念のようなものも抱きながら一生懸命考えさせていただきました。こうした機会を与えていただいたことに、まずは感謝を申し上げたいと思います。
 我々は昨日、心臓移植を待つ患者さんにお会いをしました。人工心臓を付けた若い女性で、ほんの三か月ほど前、手術をする三か月前までは運動をして普通に暮らしていてアルバイトもしていたそうです。私は、心臓移植を必要な状態というのはこんなにも突然に生活の中にやってくるものなのかということで、大変な衝撃を受けました。
 また、人工心臓を付けることによって、その後の予後が決まってしまうということも伺いました。移植を待つ方々は、大体三年から四年ほど人工心臓を付けて自由に身動きが取れない状態で移植を待っておられるということです。
 日本臓器移植ネットワークの資料によりますと、年間千二百人から千五百人の方が新たに移植希望の登録をなさっておられますが、一方で、年間二百五十人以上がお亡くなりになられていると。新たに登録される方も、そして命を失われる方も年々増えているそうでございます。
 移植医療というのは、もしかすると再生医療というものの技術進歩が進むまでの過渡的なものという考え方もあるかもしれません。しかしながら、一方で、今貴重な、非常に大切な命のリレーによって救われる命があるのであれば、それは救いたいと思うのが人の情というものであろうと私は思います。そして、その助けたいという思いと同じぐらいの強さ、重さを持って、臓器を提供しようとする御本人そして家族が十分納得をして死を迎えるということが必要であると私は思います。
 私たちのこの委員会の参考人質疑で、脳死検証委員会のメンバーとして八十二の症例をつぶさに見てこられた柳田邦男先生のお話を伺いました。私はその話を伺って、果たして私たちは、その八十二例から学ぶべきことを学び、反省をし、そして今の移植医療にそれを生かしているかどうか、そのことに疑念を抱かざるを得ないという思いをいたしました。
 ドナー家族あるいは臓器を提供しようとする方たちは、その臓器を提供するという決意をした瞬間から二つの立場を背負うことになります。一つは家族を失う者としての立場、そしてもう一つは人を助けようとする者の立場でございます。この二つの立場が、臓器を提供しようとする家族はもちろんのこと、医療をする側でもきちんとした整理がなされずに混乱をしている、そして、その混乱が悲しみを増幅し、また誤解を生んでいるのではないか。とりわけ、私は、臓器提供者となる家族、個人、その方たちを支える体制が全く今のままでは不十分ではないかという問題意識を持っております。これについては後ほどまたお伺いしたいと思います。
 移植医療に携わる方々が口々におっしゃるのは、臓器を提供をしてくださる側が納得をして提供をしてくださらなければ移植医療そのものが成り立たないということでございます。できる限りの医療を行って徹底的に治療をしたということはもちろんでございますが、では、臓器を提供しようかどうしようか、そういうことをお考えになっている家族がどのようなプロセスをもって死を受容するのか、そのプロセスが納得されるものであるかどうかということも極めて重要であると思います。
 専門家が脳死は生物学的な死であるということを断言しても、なお私たちが脳死は人の死かどうかということを議論しているのは、死とは何か、死をどのように受け止めるかということが私たちの中でそれぞれに異なるからであるということは、私は疑いを持ってはおりません。それぞれの死生観というものが異なるからこそ、今脳死は人の死かということが議論をされているのであろうと思います。
 そして、人の死というものは時の流れの中の一つの点ではございません。脳が死へ向かって後戻りできないという状況になってから後も、すべての細胞が活動を止めてしまうまでの間にはある程度の時間がございます。そして、そのある程度の時間というものは、科学の進歩、医療の進歩によって延ばすことができるようになってきている。脳死という判定をなされてからもなお、レスピレーターやあるいは血圧を調整する投薬等によって三百日程度安定した状態、心拍を保つことができる小児の二つの症例というものもございます。
 脳が不可逆的な機能停止をしてからすべての細胞が活動を停止するまで、その間のどこをもってして死とするか。それを家族が選ぶ、あるいは個人が選ぶのは、それはそれぞれの私は権利であると思いますし、それを選ぶことを何人も侵害することはできない、これは私の思いでございます。
 臓器移植医療というものは、臓器提供者及びその家族の納得が大前提となっている。であるからこそ、私は、その提供者の死については個々の死生観にできる限り寄り添う、寄り添える制度であるべきだと私は思います。
 そういう私の問題意識の中で、A案の提出者の皆様にお伺いをしたいことがございます。
 昨日、この参議院厚生労働委員会で、A案の発議者のお一人である山内議員は、島尻委員の答弁にこのようにお答えになっておられます。「臓器移植法は、」、中略いたしますが、「臓器移植以外の場面について一般的な脳死判定の制度や統一的な人の死の定義を定めるものではありません。」、つまり、一般的に脳死を人の死とするものではないということをおっしゃっている、A案がです。
 しかし、一方で、六月五日の衆議院の厚生労働委員会の答弁の中で、冨岡議員は、井上議員、とかしき議員、川内議員、岡本議員への答弁でこのようにおっしゃっています。「提出者としては、脳死は一般に人の死であるという考え方を前提として組み立てて、この案を提出しているところであります。」、「提出者としては、脳死は一般に人の死であるという考え方を前提としてこの改正案を提出しております。」、「私たち提出者としては、脳死は一般に人の死であるという考え方を前提としてこの法律案を提出しているということは、何度も申し上げているところであります。」、そして、「A案は、客観的に、」、中略いたしますが、「臓器移植が行われるかどうかにかかわらず、それは一般に人の死であるという考え方に立っています」「したがって、」、中略いたしますが、「家族が承諾したから本人が死んだということになるのではありません。」とおっしゃっています。
 同じA案の発議者の中で意見があるいは見解が分かれているように思いますが、冨岡議員の真意をお伺いできますでしょうか。
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冨岡勉#19
○衆議院議員(冨岡勉君) 考えがぶれているというのは当たらないんじゃないかということを、またこの場で御説明いたします。
 先日来、委員もお読みいただいていると思いますけれども、再三御説明申し上げているところであります。つまり、脳死臨調の最終答申において、脳死は人の死であることについておおむね社会的に受容されている、また近年のアンケート調査においても多くの方が脳死を人の死と認めてよいとする結果が出ているのは委員も御存じのとおりだと思います。
 例えば、七月一日の読売新聞では、六一・五%が賛成され、一九・二%が反対されております。また、最近のFNNの報道では、六九・四%が賛成され、二一・四%が反対されています。ただし、注目されるべきことは、分からないと答えられた方が、以前は三割近くおられたのが、今九・二%まで下がってきています。十分議論がこういう場で伝えられているのかなと思うところであります。
 私たちは、A案提案者は、このような事情を背景に、脳死は一般に人の死であるという考え方を前提として確かに提出させていただいているところではあります。ただし、脳死は一般に人の死であるということは、あくまでも前提となる考え方にすぎないということを御説明申し上げているわけであります。
 すなわち、臓器移植法は、臓器移植に関連して脳死判定や臓器摘出の手続等について定める法律であって、臓器移植以外の場面について一般的な脳死判定の制度や統一的な人の死の定義を定めるものではないので、法律上の効果として臓器移植法に定める脳死の概念が臓器移植以外の場面に及ぶということにはならないと考えております。このように、A案の前提となる考え方の問題とA案で定める条文の法的効果の問題とは区別して議論していただくことが必要ではないかと考えております。
 したがいまして、先生が御指摘の、提案者の間で発言がぶれているという御指摘があったところではありますが、このことは一貫して申し上げているところであり、決してぶれているというわけではないと御理解いただければと思います。
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丸川珠代#20
○丸川珠代君 前提であるけれども法的効果とは別に議論する、御説明はいただきましたけれども、私は、この六月五日から七月七日の間の説明を伺っていても、なかなかそれを実態として理解することができない。これは私の理解力の不足かもしれませんけれども、私は、A案が一般的な人の死までも決めてしまおうとしているのではないかという疑念を抱く人の思いももっともであろうかと思います。私は、臓器移植医療について定める法律においては、脳死が、一般的な人の死はどういうものかということを法が定めるものではないということを明示的にするべきではないだろうかという意見を持っております。
 次に、私たちは七月七日の参考人質疑で森岡参考人の意見を伺いました。その中で、こういう言葉がございました。多くの人々は臓器移植について迷っているのです。この迷っていることを尊重するべきだと思います。我々には、脳死が人の死かどうか、臓器を摘出すべきかどうかについて迷う自由があります。この迷う自由を人々から奪ってはなりません。
 まだ、臓器の移植について、六割の人は賛成というけれども、それ以外に分からないという人が非常に多い。これは、まさに私は、迷っている人たちがたくさんいるんだろうというふうに思います。恐らく、人は迷うものであると思います。脳死判定を受けてからも迷うかもしれない。迷ったまま命を終えてしまう人もいるかもしれない。
 私は、その迷うということが臓器移植の提供意思表示カードには選択肢として書かれておりません。いつこの臓器を提供します、あるいは臓器を提供しませんということしか書かれておりません。しかし、もし迷っているという意思表示ができれば、そこから、じゃ、もっと臓器移植のことを知ってください、臓器移植とはこういうものです、こういうきっかけをつくることができるのではないかと思います。
 さらに、もう一点言わせていただくならば、私たちの社会は、臓器提供をする、しない、この自己決定をそれぞれの自己決定として尊重するような環境が果たして整っているのであろうか。臓器提供をしないという選択をしたときにだれかが、あの人は冷たい人だと私の見えないところで言っているのではないか、そういう気持ちを抱かずにはいられない、そのような環境にまだ私たちの社会はあるのではないか、こういう懸念を私は抱いております。
 臓器提供の移植医療を進めることは、私は待ったなしであろうと思います。今、失われていく命を何とか助けたいと私も思います。しかし、提供する、しない、その意思がどちらもがだれにも非難をされることもなく、責められることもなく、自己決定として尊重される、そういう社会の環境が整うまでは迷うという選択肢を私たちは残しておいた方がいいのではないか、そのような思いを持っております。
 この迷うという選択肢が今のところこの意思表示の方法としてないことについて、A案の皆様がどのようにお考えになるか、お聞かせいただけますでしょうか。
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山内康一#21
○衆議院議員(山内康一君) A案におきましても、臓器提供に関して臓器を提供する、しないを選択しない、あるいは迷っているという者に対してイエスかノーかの意思表示を強制するものでは決してありません。迷っている場合には絶対に臓器提供が行われることはございませんので、そういった意味では迷っている方の権利というのもそういった形で保障されるのかなというふうに思っております。
 不幸にも臓器提供に関して選択しない、あるいは迷っているという者が臓器提供が可能となるような場面に直面する場合には、その家族又は遺族が本人のそのような意思を酌み取って本人の意思を最大限尊重できるような形で判断するものと考えられます。
 本当にもしお迷いの方がいれば、やはりそのことを御家族含めてお話合いをして、その意思を、迷っているという意思も含めて近親の方に伝えておいていただく、そういう手はあるのかなというふうに思います。
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丸川珠代#22
○丸川珠代君 迷っているということを話す手はあるという御答弁でございました。私は、迷っているということを示す方法があれば、そこからまた次の臓器移植への理解が深まるであろうというふうに思っております。
 続けて、E案の発議者の皆様に是非お伺いをしたいと思います。
 私はまだ家族の死に、死を選ばなければいけない場面というものに直面したことはございませんが、多くの家族が延命治療をしている中で死を選ぶかどうかという悩みに直面する場面というのがあろうかと思います。命を続ける場面でも必ず死は隣り合わせでございます。人工呼吸器を付けるかどうか、経管栄養を付けるかどうか、この先命をどこまで私たちとともにこの家族を過ごしてもらおうかと、一緒にいてもらおうかと。話をしなくても、あるいは目が開かなくても、そこに心臓が動いていてくれるということは家族にとって支えになります。そういう中で、生きてもらうことか、あるいはもうあきらめるのかという選択を家族が迫られる場面というのはございます。
 臓器移植以外の場合においても、家族が本人の意思というのが分からない中で死を選ばざるを得ない、あるいは死を選ぶかどうか悩む場面というものがある中で、この臓器移植の場合において、しかも子供の場合において親がどう関与するかという議論を特段に深めなければいけないという、その理由はどういうところにあるのでしょうか、お聞かせください。
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千葉景子#23
○委員以外の議員(千葉景子君) 御質問ありがとうございます。
 今、丸川先生がちょっと御指摘になりました、臓器移植以外の場合においても家族が本人の意思が不明な中で死を決めることがあるというお話がございましたが、果たしてそういうことが一般的かどうかということについてはちょっと私は見解を異にしております。
 なお、厚生労働省による終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン、あるいは日本救急医学会の救急医療における終末期医療に関する提言などにおいては、本人の意思ないしリビングウイルが存在する場合はそれを尊重し、不明な場合は家族が本人の意思を推定し、又はそんたくして方針を決定することとされています。そういう意味では、基本的には本人の意思が尊重されているのだと私は考えております。
 なお、延命治療に関しては、患者が自らの意思で延命治療を行うだけの医療をあえて受けずに死を迎えるという、いわゆる尊厳死というものも問題になるところだと思います。ただ、仮に尊厳死が認められるとしても、患者の人間としての尊厳を最大限に受け止め、患者の意思、いわゆるリビングウイルを尊重し、ただ延命を図るだけの処置を差し控え、安らかに人生を終える選択を与えるものとなると考えられます。そういう意味では、やはり本人の意思、リビングウイルを尊重するという考え方、これが終末期医療あるいは臓器移植などにも共通するものだと私は理解をいたしております。
 現行の臓器の移植に関する法律においては、臓器の摘出に係る脳死の判定を行うことができるのは当該患者が判定に従う意思を書面により表示している場合と、こういうことになります。そういうことになると、死亡した者で、移植術に使用されるための臓器を脳死した者の身体を含む死体から摘出することができるのは書面により意思表示をしているときということになり、そうなると、子供につきましては自ら意思を表示することができないということで臓器の摘出をすることができないという、こういうことになります。
 そこで、今、丸川先生がいろいろと悩み多きこの問題についてお触れになりましたけれども、臓器の提供に関して子供の本当に自己決定はどうあるべきか、あるいはそのときの親の関与がどういうふうに認められるべきか、こういうことについて議論を進めなければなりません。それをこの法律案では、臨時子ども脳死・臓器移植調査会の調査の中で十分に検討をしていただくということにしたいと思っております。
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丸川珠代#24
○丸川珠代君 ありがとうございます。
 最後に一点だけ、コーディネーターの労働環境のことだけ触れさせてください。二十四時間三百六十五日、いつ提供病院から呼ばれるか分からない、いつ帰れるか分からない状況で働いておられます。提供者家族と接するときにコーディネーターさんがメンタルヘルスを保てていないと、適切な状況判断ができないと考えます。
 以上で私の質問を終わらせていただきます。
 ありがとうございました。
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山下栄一#25
○山下栄一君 公明党の山下でございます。
 大変大きな責任の決断を迫られる状況になっておるわけでございます。私は、平成九年の現行法、いろんな経過を経て成立した法律でございました。これは国会の最高機関としての見識を精いっぱい表現した法律であったのではないかと、こういう考え方でございます。更にそれを一歩進めて、更に立法府としての見識をきちっと示せるかということが今迫られるのではないかと、非常に意見が多様に分かれているわけでございます。
 人の死を法律では明記しないというのが現行法の考え方ではないかと。また、附帯決議でも、当時のですね、臓器を提供する意思表示可能年齢、これについては更に検討を加えていくということが書いてございました。もう一点、この判定基準。これは厚生省令、法的拘束力のある位置付けだと思いますが、この厚生省令で定める判定基準の範囲についても、医学の進歩に応じて常時検討するんだということを附帯決議に書いてございました。大事な附帯決議であったなと思っております。
 今もお話ございましたように、臓器を提供する側と受ける側の両方の命の尊厳を可能にする道を探るということだというふうに思います。また、これは後から確認しますけれども、人の尊厳というのは、やっぱり自己の意思に反して、自己の意思に反して自らの命は奪われないと、自己の意思に反して自らの命は奪われないと、奪われてきた例が歴史上いっぱいあったわけでございますけれども、それが人間の尊厳のやっぱり基本でなければならないと。心臓移植は提供者の死が前提であるという、そこで大きな問題になっておるわけであると思います。
 二つの懸念があるんですが、一つは、先ほどからもありましたけれども、人の死の定義というか、これを法制化する、法定化するということにつながる、ちょっと非常に難しい議論になっていてその辺がよく分かりませんけれども、さっきの話聞いていても。それを法律に書いてあるのか書いてないのかよく分かりませんけれども、A案ですけどね。そういう、人の死の定義を、例えば脳死は人の死だという、そういうことを法制化するに当たっては、先ほど平成四年の臨調はおおむねという話でしたけど、ここに疑問があるからいろんな意見が出てきているという、おおむねってどういうことですかということじゃないかなというふうに思います。やっぱり違和感があって、今も私はすとんと落ちておりません。
 それで、ちょっと話が変わってしまって申し訳ないんですけど、人の死というのは人の終わりだと、人の始まりはどうだと。人の始まりのことについてはどんなふうになっているのかということを私なりに勉強さしていただきました。
 まず、法務省にお聞きいたします。
 殺人罪は人を殺したときに成立すると。その人というのは、いつから人になるんだと。いわゆる人の始期、始めの時期はいつなのかと。民法、刑法に明記されているかと。また、民法には胎児についての規定がございます。権利主体は出生をもって権利主体とするんだと。出生っていつからですかというのははっきりしない。胎児はいつから胎児になるのかと。つまり、民法、刑法に明記されているかと、人のスタート、胎児のスタートですね。確認さしてください。
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早川忠孝#26
○大臣政務官(早川忠孝君) いわゆる、いつから人になるか、あるいはいつから胎児になるかという、人及び胎児の始期について民法及び刑法上明文で規定した条項はございません。
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山下栄一#27
○山下栄一君 ございませんで私はいいと思うんですけどね。それが正しいと思っております。それは、科学的な最高の見解をもって、法律上じゃなくて、それは別のところで考えるべきではないかと思っておりますが。法律で書くというのは難しい話だなというふうに、権力行為の一つではありますので難しいなと思いますが。
 更に質問でございます。
 民法、刑法上明記されていないと。じゃ、判例ではどうかと。判例ではどんなふうになっているかと。
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早川忠孝#28
○大臣政務官(早川忠孝君) まず、人の始期についてお答えいたしますと、大正八年の大審院の判例によりまして、これ刑事事件でありますけれども、母体から胎児の一部が露出した段階で殺人罪の客体としての人となるものとされております。現在でもそのように理解されているところでございます。
 なお、民事の判例上、人の始期、始まりの時期について明示したものは見当たりません。
 さらに、胎児の始期につきましては、民事及び刑事の判例上これを明示したものは、これも見当たりません。
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山下栄一#29
○山下栄一君 ありがとうございます。
 厚生労働省、大臣になると思いますけど、お聞きしたいと思います。
 同じような質問なんですけれども、ちょっとこれ、私の方から、答弁が長くなると困りますので。同じことなんですけどね。
 厚生労働省の所管の中で、胎児の生については、母体保護法に基づく人工妊娠中絶で行えるのは妊娠満二十二週未満と、これは法律じゃなくて次官通知、昭和二十八年が基になっていますけど、これは法的拘束力はないと、参考基準だと、このようにお聞きいたしました。
 今度は、胎児じゃなく、人の生です。医師法における死産児、健康保険に基づく出産育児一時金が受給できる出産の時期、八十五日以上となっておりますが。次は、墓地、埋葬等に関する法律の死体。死体は今度のこの臓器法でも死ぬ体ですけど、これは四月以上の、胎児、四月以上の死胎、死タイのタイは胎児ですけど、それも死体に含まれると、これが埋葬法の規定であります。しかし、この具体的な時期について実際には通知で定められている、先ほど言いました。法律上四月と書いてあるのは医師法とか健康保険法、埋葬法。この四月いうのも、その四月の月というのは二十八日という。この二十八日というのも人によって厳密に言えば違うんだろうとは思いますけれども、だけど法律上四月と書いてあると。これはもう、その根拠、科学的な根拠はどうなんですかと聞きましたら、それは不明というかはっきりしないと。昭和二十三年医師法、昭和二十三年埋葬法、そのとき以来全然変わっていないと、これが状況でございます。
 厚生労働省所管の法律で、胎児の生の始まり、人の生の始まりの時期を明確に規定したものは、大臣、ございますでしょうか。
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