建設委員会
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会
会議録情報#0
昭和三十四年九月二十五日(金曜日)
午前十時十九分開会
—————————————
出席者は左の通り。
委員長 岩沢 忠恭君
理事
稲浦 鹿藏君
松野 孝一君
武藤 常介君
田中 一君
委員
小沢久太郎君
小山邦太郎君
櫻井 三郎君
米田 正文君
内村 清次君
久保 等君
田上 松衞君
武内 五郎君
安田 敏雄君
説明員
行政管理庁行政
監察局長 原田 正君
大蔵省主計局主
計官 宮崎 仁君
建設政務次官 大沢 雄一君
建設大臣官房日
本住宅公団首席
監理官 国宗 正義君
建設省河川局長 山本 三郎君
建設省道路局次
長 前田 光嘉君
参考人
日本住宅公団総
裁 狭間 茂君
日本住宅公団副
総裁 渡辺喜久造君
日本住宅公団理
事 渋江 操一君
日本住宅公団理
事 吉田安三郎君
日本住宅公団理
事 今泉 兼寛君
日本住宅公団理
事 武藤 文雄君
日本住宅公団理
事 滝野 好暁君
—————————————
本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○派遣委員の報告
○建設事業並びに建設諸計画に関する
調査の件
(第十四号台風による被害状況に関
する件)
(住宅に関する件)
(台風第六号及び第七号により決壊
した三国国道の擁壁盛土等の復旧安
定措置並びに山腹保全の緊急施行に
関する件)
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この発言だけを見る →午前十時十九分開会
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出席者は左の通り。
委員長 岩沢 忠恭君
理事
稲浦 鹿藏君
松野 孝一君
武藤 常介君
田中 一君
委員
小沢久太郎君
小山邦太郎君
櫻井 三郎君
米田 正文君
内村 清次君
久保 等君
田上 松衞君
武内 五郎君
安田 敏雄君
説明員
行政管理庁行政
監察局長 原田 正君
大蔵省主計局主
計官 宮崎 仁君
建設政務次官 大沢 雄一君
建設大臣官房日
本住宅公団首席
監理官 国宗 正義君
建設省河川局長 山本 三郎君
建設省道路局次
長 前田 光嘉君
参考人
日本住宅公団総
裁 狭間 茂君
日本住宅公団副
総裁 渡辺喜久造君
日本住宅公団理
事 渋江 操一君
日本住宅公団理
事 吉田安三郎君
日本住宅公団理
事 今泉 兼寛君
日本住宅公団理
事 武藤 文雄君
日本住宅公団理
事 滝野 好暁君
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本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○派遣委員の報告
○建設事業並びに建設諸計画に関する
調査の件
(第十四号台風による被害状況に関
する件)
(住宅に関する件)
(台風第六号及び第七号により決壊
した三国国道の擁壁盛土等の復旧安
定措置並びに山腹保全の緊急施行に
関する件)
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岩
岩沢忠恭#1
○委員長(岩沢忠恭君) これより建設委員会を開会いたします。
この際お諮りいたします。住宅問題について意見を聴取するために日本住宅公団総裁狭間茂君、同じく副総裁渡辺喜久造君、同理事渋江操一君、同じく吉田安三郎君、同じく今泉兼寛君、同じく武藤文雄君、同じく滝野好暁君を本委員会の参考人にすることにいたしたいと存じまするが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →この際お諮りいたします。住宅問題について意見を聴取するために日本住宅公団総裁狭間茂君、同じく副総裁渡辺喜久造君、同理事渋江操一君、同じく吉田安三郎君、同じく今泉兼寛君、同じく武藤文雄君、同じく滝野好暁君を本委員会の参考人にすることにいたしたいと存じまするが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
岩
岩
岩沢忠恭#3
○委員長(岩沢忠恭君) それでは、先般当委員会が行いました委員派遣について、派遣委員から御報告を聴取することにいたします。
最初に利根川水系の班からお願いいたします七
この発言だけを見る →最初に利根川水系の班からお願いいたします七
田
田中一#4
○田中一君 第一班、利根川水系建設事業調査報告書を朗読いたします。先般、利根川水系の建設事業の調査に参りました第一班の報告を私から申し上げます。
去る七月三十日から八月三日まで五日間の日程をもって、小山委員、小平委員とともに、利根川の上流から河口まで一貫してその治水、利水事業と一部道路事業を調査して参りました。
その経路及び視察個所につきましては、お手元に配付いたしました図面1をごらんいただきたいと思いますが、東京から群馬県渋川に直行、利根川水系の全体の計画を聞き、支川赤谷川に入り、相俣ダム、三国国道を見て水上泊り、翌日は利根川本流をさかのぼって、藤原ダム、東京電力須田貝ダム、調査中の矢木沢ダム地点まで参り、さらに支流片品川の薗原ダム及び柿の平砂防実験場を見、公団の伊香保道路を経て伊香保に入りました。翌八月一日は、赤城山系、渡良瀬川水系の砂防事業を見て、足尾砂防堰堤から引き返し、渡良瀬川上流改修工事、特に足利市岩井山付近を視察、本流の昭和橋を経て古河に入りました。翌二日は、渡良瀬遊水池から本川上流改修工事の北河辺引堤個所、関宿分流点、利根運河、龍ケ崎、布川、印旛水門を経て牛堀に入り、翌三日常陸川逆水門、河口の波崎、銚子を経て帰京いたしました。
利根川は御承知の通り本邦第一の大河であります。源を群馬県利根郡水上町の丹後山に発し、群馬県内において支川、片品川、赤谷川、吾妻川、烏神流川を、栗橋にて渡良瀬川を合せ、関宿において江戸川を分流し、さらに鬼怒川、小貝川のほか、手賀沼、印旛沼、霞ケ浦、北浦の水を集めて、銚子から鹿島灘に注いでいます。その幹川流路延長は三百三十二キロ、総延長四千四百二キロ、流域面積一万五千四百四十三平方キロに及び、流域面積は本邦第一、流路延長は信濃川、石狩川に次いで第三位であります。
利根川の河道は、山間部を流れる間は流路の変遷はないのでありますが、平地を流れる部分は、古来自然にあるいは人工によってしばしば変流しています。古くは、利根川は今の本庄あたりから下流は幾条かに分れて東京湾に注いでいたのでありますが、変流のおもなものは、長禄年間太田道潅が江戸城を築くに当りその一部を浚渫して幹川としたこと、また元和七年新川を開さくして現在の鬼怒川筋に分流し、次第にこれを広げてついにこれを本流としたこと等で、現在のように銚子において太平洋に注ぐことになったのであります。
利根川の過去の洪水を見ますと、多数の記録がありますが、明治以前最も有名なのは天明六年のもので、現在の栗橋下流の権現堂堤が破堤し、はんらんした水は江戸に及び、本所、深川、千住一帯はもとより牛込、小石川の低地まで浸し、明治以前最大の惨害であったといわれています。明治時代には四十三年のものが最大であって、山王堂、中之条、権現堂等の堤防が欠壊し、はんらん区域は十八万町歩に達しています。昭和に入ってからは昭和十年、十三年、十六年、二十二年が最も大きく、昭和十年の洪水は過去の記録を越え、また昭和二十二年のカスリン台風は未曾有の豪雨をもたらし、栗橋上流北埼玉郡東村の破堤により、洪水は東京都の市街地に浸入する大災害となっています。
利根川本川の改修計画を見ますと、明治三十三年度より着手され、計画洪水量は烏川合流点より江戸川分流点に至る間を三千七百五十立方メートル毎秒としていましたが、明治四十三年の出水に遭遇し、計画洪水量を五千五百七十立方メートル毎秒と改め、昭和五年にその竣工を見ています。しかし昭和十年、十三年の大出水に際会し、昭和十四年に増補計画が立案され、八斗島における計画洪水量を一万立方メートル毎秒として工事を進めたのであります。しかしまた昭和二十二年カスリン台風により治水計画の再検討が必要となり、治水調査会で審議の結果、昭和二十四年改訂改修計画が立案され、計画洪水量一万七千立方メートル毎秒とされ現在に至っております。この改訂改修計画は国土総合開発法に基く利根特定地域の事業計画において、昭和三十二年五月閣議決定を見ていますが、この計画は計画洪水量一万七千立方メートル毎秒のうち三千立方メートル毎秒を上流ダム群により洪水調節し、八斗島における計画洪水量を一万四千立方メートル毎秒と定めるもので、以下河道の流量配分はお手元の図面2の通りであります。この図で渡良瀬川、鬼怒川、小貝川の各支川流量は遊水池によって本川流量に影響を及ぼさない計画であり、栗橋で一万四千立方メートル毎秒の計画洪水量は江戸川及び利根運河で五千五百立方メートル毎秒分流し、さらに下流部で利根川放水路の開さくにより三千立方メートル毎秒を分流、下流部河口までを五千五百立方メートル毎秒と定めています。
次に利水について見ますと、現在江戸川を含む利根川本川筋における各種用水の使用水量は、年総流量百三十億立方メートルのうち一二%に相当する十六億立方メートルが使用され、渇水時には干塩害を生ずるのが恒例であり、昭和三十一年五、六月の大旱魃における水不足量は一億五千万M方メートルと推定されております。また利根川を水源とする各種用水の新規需要は、農業用水において利根特定地域開発計画で確定しているもののほか、群馬用水、埼玉仲仙道用水等三十四立方メートル毎秒、上水道用水において昭和四十五年度を目途として東京都及び千葉方面で十八立方メートル毎秒、工業用水としては京葉工業地帯造成計画により、昭和四十五年度までに千五百万坪の埋め立てによるもの十立方メートル毎秒等、計約六十二立方メートル毎秒が予想され、このため表(3)の通り、薗原、矢木沢に次いで下久保、神戸のダムを計画しており、幹線水路の建設及び管理のため公団のようなものも考えているようであります。
以下、上流砂防事業、ダム、下流改修工事、利水事業に大別して問題点を拾ってみます。
まず砂防事業について見ますと、利根水系、渡良瀬水系あるいは赤城山系等において砂防堰堤が見事に土砂を扞止し、十分に効果を発揮しているのを見るのでありますが、まだまだ計画に比べて竣工しているものが少く、予算増大の必要を痛切に感じるものであります。また藤原ダム等ダム貯水池の沿岸等に多くの土砂流出が見られるのでありますが、これらはダムの効果、寿命のためにもぜひとも林野砂防の実施を要請しなければならないと思われます。また足尾地区は鉱害で金山はげ山となり、明治三十四年田中正造による直訴事件まで起した鉱毒地区でありますが、煙害は昭和三十一年以後は施設により非常に減少しており、最近は植生板によりわずかに草が見られるようになっています。ただ鉱津の処理等については河川管理者の立場からなお厳重に取り締るとともに、渡良瀬上流にはどうしても大規模な砂防事業を必要とすることが痛感されるのであります。
次にダムについて見ますと、計画は上流ダム群により八斗島において三千立方メートル毎秒調節しなければならないのでありますが、現在竣工しているものは藤原、相俣の両ダムであり、その調節はわずかに七百五十立方メートル毎秒で二五%に過ぎません。着工した薗原、矢木沢両ダムあるいは計画中の下久保ダムを加えても二千五百五十立方メートル毎秒の調節にしかならず、三千立方メートル毎秒の八五%に過ぎません。改訂改修計画に対して計画地点もないということではまことに心細い次第であります。従って沼田下流の岩本地点あるいは吾妻川にどうしてもダムを考えねばならなくなって参ります。建設省は岩本に高さ八十五メートル、有効貯水量一億四千万立方メートル程度のものを考え、産業計画会議の勧告にあるごとき、高さ百二十五メートル、有効貯水量八億立方メートルのダムは不必要と見ているようでありますが、後述の利根川放水路と関連して、後ほどこの勧告に対する政府の態度を承わりたいと思っています。また吾妻川方面にもダムサイトがぜひほしいところであり、八ツ場ダム案もあったのでありますが、この方面は草津温泉等による有名な硫酸酸性の水質でありぺーハーも一・八という激しいものであります。酸性水質はコンクリートを浸蝕し、また水田農業を不可能にしているので、群馬県では石灰石の投入による毒水の中和を考え、一日七十トンの投石により年間六千五百万円程度を要しますが、これが国による直轄管理を希望しています。これは全国でも珍しい例であり、水質の改良は河川法にも明瞭に示されていませんが、同法の四条、六条、八条、二十六条等で拡張解釈できるものか、政府の御意見を聞きたいと思っています。薗原ダムでは水没九十一町歩、六十五世帯の移転があり、目下水没対策委員会ができこれと協議していますが、委員会では明治初年には私有地であった現在の国有林の払い下げを願い、さらに水没者のために新しい村作りを要求しています。中部電力井川ダムの村作りの例があり、井川ダムの事業費、補償物件等と比較すると、薗原は大体二割ないし三割程度のものと思われますが、補償方法が金銭補償から漸次現物補償にかわる趨勢にある今日、国としてもこれに応ずるだけの能力、誠意を示さねばならないと思います。
次に矢木沢、須田貝、藤原の各ダムのごとく、階段状にダムが並んだ場合でありますが、この場合東電の毎日貝ダムに対しては、水利権の認可条件等において洪水調節干害放流の事項がないようでありますが、この点に疑問を抱くものであります。
次に下流改修工事についてみますと、渡良瀬川上流足利市岩井山の湾曲部は昭和二十二年カスリン台風の際、左岸堤が破堤し一挙に百八十名の生命を奪ったのでありますが、河川敷の拡幅計画がようやく昨年から予算化しています。その用地問題については、地元では区画整理を併用して実施したい模様であり、このことはまことにけっこうでありますが、補償計画が長年にわたっているので、補償費の支出はぜひとも単年度に支出すべきであり、またそのためにも土地収用法を適用するよう進言して参りました。
次に利根川下流布川の狭窄部及び小貝川合流点の問題は、瀬割堤で計画されたが地元の反対で実施できず、放置されている状態であります。このため逆流による小貝川の堤防漏水の問題も出て参りましたので、早急に解決を望む次第であります。
改修工事は早く効果を上げるため、計画断面を一度に完成することなく、暫定断面をもって全川を施行し、順次完成していくのが多いようでありますが、江戸川なども五千立方メートル毎秒の計画を一応四千立方メートル毎秒で実施しております。従って、下流の工事ができ上っていないので関宿の流頭部の洪水量を制限しているようであります。こういうことでありますから、本川下流において計画洪水量三千立方メートル毎秒を分担する利根川放水路は、早急に調査し早期に着工しなければならないわけでありますが、表(4)の三十五年度以降の予算にも全然顔を出していないような状態でありますし、この大工事はほとんど不可能ではないかと考えられてくるのであります。ここで先ほどの産業計画会議の沼田ダム案が三千立方メートル毎秒の洪水調節ができることを考えれば、再考の必要があるのではないかと思うのであります。なるほど、産業計画会議案は揚水発電により東京のピーク電力百万キロワットを生む電力に主力がおかれていることはたしかであり、また水没家屋二千二百戸、道路、鉄道のつけかえ、水没代替地としての赤城山麓の水田開拓等、関連補償工事が莫大で総事業費千六百三十億円を要する大事業ではありますが、治水と農業、水道、工業用水即発の総合性等、水の有効利用を考え、また利根川放水路も前途困難にして百年河清を待つ感がいたしますので、この際勧告に対する政府側の見解をお聞きしたいと思うわけであります。
次に利水事業として農林省印旛沼、手賀沼干拓事業の印旛排水機場を見ました。工事はほとんど竣工いたしておりましたが、この排水機の洪水時における排水規程は建設、農林両省の間で夫決定でありますので早急に解決すべきものと存じます。
このほか、三国国道の予算増大、昭和橋、三国橋の促進、五霞村における引堤前の堤防補強、群馬、栃木、茨城、千葉県当局の陳情等、種々御要求がありましたが、あまり長くなりますので後ほど政府側にお尋ねいたしますとともに、詳細は持ち帰りました資料によってごらんいただくことといたします。
以上で第一班の報告を終ります。
この発言だけを見る →去る七月三十日から八月三日まで五日間の日程をもって、小山委員、小平委員とともに、利根川の上流から河口まで一貫してその治水、利水事業と一部道路事業を調査して参りました。
その経路及び視察個所につきましては、お手元に配付いたしました図面1をごらんいただきたいと思いますが、東京から群馬県渋川に直行、利根川水系の全体の計画を聞き、支川赤谷川に入り、相俣ダム、三国国道を見て水上泊り、翌日は利根川本流をさかのぼって、藤原ダム、東京電力須田貝ダム、調査中の矢木沢ダム地点まで参り、さらに支流片品川の薗原ダム及び柿の平砂防実験場を見、公団の伊香保道路を経て伊香保に入りました。翌八月一日は、赤城山系、渡良瀬川水系の砂防事業を見て、足尾砂防堰堤から引き返し、渡良瀬川上流改修工事、特に足利市岩井山付近を視察、本流の昭和橋を経て古河に入りました。翌二日は、渡良瀬遊水池から本川上流改修工事の北河辺引堤個所、関宿分流点、利根運河、龍ケ崎、布川、印旛水門を経て牛堀に入り、翌三日常陸川逆水門、河口の波崎、銚子を経て帰京いたしました。
利根川は御承知の通り本邦第一の大河であります。源を群馬県利根郡水上町の丹後山に発し、群馬県内において支川、片品川、赤谷川、吾妻川、烏神流川を、栗橋にて渡良瀬川を合せ、関宿において江戸川を分流し、さらに鬼怒川、小貝川のほか、手賀沼、印旛沼、霞ケ浦、北浦の水を集めて、銚子から鹿島灘に注いでいます。その幹川流路延長は三百三十二キロ、総延長四千四百二キロ、流域面積一万五千四百四十三平方キロに及び、流域面積は本邦第一、流路延長は信濃川、石狩川に次いで第三位であります。
利根川の河道は、山間部を流れる間は流路の変遷はないのでありますが、平地を流れる部分は、古来自然にあるいは人工によってしばしば変流しています。古くは、利根川は今の本庄あたりから下流は幾条かに分れて東京湾に注いでいたのでありますが、変流のおもなものは、長禄年間太田道潅が江戸城を築くに当りその一部を浚渫して幹川としたこと、また元和七年新川を開さくして現在の鬼怒川筋に分流し、次第にこれを広げてついにこれを本流としたこと等で、現在のように銚子において太平洋に注ぐことになったのであります。
利根川の過去の洪水を見ますと、多数の記録がありますが、明治以前最も有名なのは天明六年のもので、現在の栗橋下流の権現堂堤が破堤し、はんらんした水は江戸に及び、本所、深川、千住一帯はもとより牛込、小石川の低地まで浸し、明治以前最大の惨害であったといわれています。明治時代には四十三年のものが最大であって、山王堂、中之条、権現堂等の堤防が欠壊し、はんらん区域は十八万町歩に達しています。昭和に入ってからは昭和十年、十三年、十六年、二十二年が最も大きく、昭和十年の洪水は過去の記録を越え、また昭和二十二年のカスリン台風は未曾有の豪雨をもたらし、栗橋上流北埼玉郡東村の破堤により、洪水は東京都の市街地に浸入する大災害となっています。
利根川本川の改修計画を見ますと、明治三十三年度より着手され、計画洪水量は烏川合流点より江戸川分流点に至る間を三千七百五十立方メートル毎秒としていましたが、明治四十三年の出水に遭遇し、計画洪水量を五千五百七十立方メートル毎秒と改め、昭和五年にその竣工を見ています。しかし昭和十年、十三年の大出水に際会し、昭和十四年に増補計画が立案され、八斗島における計画洪水量を一万立方メートル毎秒として工事を進めたのであります。しかしまた昭和二十二年カスリン台風により治水計画の再検討が必要となり、治水調査会で審議の結果、昭和二十四年改訂改修計画が立案され、計画洪水量一万七千立方メートル毎秒とされ現在に至っております。この改訂改修計画は国土総合開発法に基く利根特定地域の事業計画において、昭和三十二年五月閣議決定を見ていますが、この計画は計画洪水量一万七千立方メートル毎秒のうち三千立方メートル毎秒を上流ダム群により洪水調節し、八斗島における計画洪水量を一万四千立方メートル毎秒と定めるもので、以下河道の流量配分はお手元の図面2の通りであります。この図で渡良瀬川、鬼怒川、小貝川の各支川流量は遊水池によって本川流量に影響を及ぼさない計画であり、栗橋で一万四千立方メートル毎秒の計画洪水量は江戸川及び利根運河で五千五百立方メートル毎秒分流し、さらに下流部で利根川放水路の開さくにより三千立方メートル毎秒を分流、下流部河口までを五千五百立方メートル毎秒と定めています。
次に利水について見ますと、現在江戸川を含む利根川本川筋における各種用水の使用水量は、年総流量百三十億立方メートルのうち一二%に相当する十六億立方メートルが使用され、渇水時には干塩害を生ずるのが恒例であり、昭和三十一年五、六月の大旱魃における水不足量は一億五千万M方メートルと推定されております。また利根川を水源とする各種用水の新規需要は、農業用水において利根特定地域開発計画で確定しているもののほか、群馬用水、埼玉仲仙道用水等三十四立方メートル毎秒、上水道用水において昭和四十五年度を目途として東京都及び千葉方面で十八立方メートル毎秒、工業用水としては京葉工業地帯造成計画により、昭和四十五年度までに千五百万坪の埋め立てによるもの十立方メートル毎秒等、計約六十二立方メートル毎秒が予想され、このため表(3)の通り、薗原、矢木沢に次いで下久保、神戸のダムを計画しており、幹線水路の建設及び管理のため公団のようなものも考えているようであります。
以下、上流砂防事業、ダム、下流改修工事、利水事業に大別して問題点を拾ってみます。
まず砂防事業について見ますと、利根水系、渡良瀬水系あるいは赤城山系等において砂防堰堤が見事に土砂を扞止し、十分に効果を発揮しているのを見るのでありますが、まだまだ計画に比べて竣工しているものが少く、予算増大の必要を痛切に感じるものであります。また藤原ダム等ダム貯水池の沿岸等に多くの土砂流出が見られるのでありますが、これらはダムの効果、寿命のためにもぜひとも林野砂防の実施を要請しなければならないと思われます。また足尾地区は鉱害で金山はげ山となり、明治三十四年田中正造による直訴事件まで起した鉱毒地区でありますが、煙害は昭和三十一年以後は施設により非常に減少しており、最近は植生板によりわずかに草が見られるようになっています。ただ鉱津の処理等については河川管理者の立場からなお厳重に取り締るとともに、渡良瀬上流にはどうしても大規模な砂防事業を必要とすることが痛感されるのであります。
次にダムについて見ますと、計画は上流ダム群により八斗島において三千立方メートル毎秒調節しなければならないのでありますが、現在竣工しているものは藤原、相俣の両ダムであり、その調節はわずかに七百五十立方メートル毎秒で二五%に過ぎません。着工した薗原、矢木沢両ダムあるいは計画中の下久保ダムを加えても二千五百五十立方メートル毎秒の調節にしかならず、三千立方メートル毎秒の八五%に過ぎません。改訂改修計画に対して計画地点もないということではまことに心細い次第であります。従って沼田下流の岩本地点あるいは吾妻川にどうしてもダムを考えねばならなくなって参ります。建設省は岩本に高さ八十五メートル、有効貯水量一億四千万立方メートル程度のものを考え、産業計画会議の勧告にあるごとき、高さ百二十五メートル、有効貯水量八億立方メートルのダムは不必要と見ているようでありますが、後述の利根川放水路と関連して、後ほどこの勧告に対する政府の態度を承わりたいと思っています。また吾妻川方面にもダムサイトがぜひほしいところであり、八ツ場ダム案もあったのでありますが、この方面は草津温泉等による有名な硫酸酸性の水質でありぺーハーも一・八という激しいものであります。酸性水質はコンクリートを浸蝕し、また水田農業を不可能にしているので、群馬県では石灰石の投入による毒水の中和を考え、一日七十トンの投石により年間六千五百万円程度を要しますが、これが国による直轄管理を希望しています。これは全国でも珍しい例であり、水質の改良は河川法にも明瞭に示されていませんが、同法の四条、六条、八条、二十六条等で拡張解釈できるものか、政府の御意見を聞きたいと思っています。薗原ダムでは水没九十一町歩、六十五世帯の移転があり、目下水没対策委員会ができこれと協議していますが、委員会では明治初年には私有地であった現在の国有林の払い下げを願い、さらに水没者のために新しい村作りを要求しています。中部電力井川ダムの村作りの例があり、井川ダムの事業費、補償物件等と比較すると、薗原は大体二割ないし三割程度のものと思われますが、補償方法が金銭補償から漸次現物補償にかわる趨勢にある今日、国としてもこれに応ずるだけの能力、誠意を示さねばならないと思います。
次に矢木沢、須田貝、藤原の各ダムのごとく、階段状にダムが並んだ場合でありますが、この場合東電の毎日貝ダムに対しては、水利権の認可条件等において洪水調節干害放流の事項がないようでありますが、この点に疑問を抱くものであります。
次に下流改修工事についてみますと、渡良瀬川上流足利市岩井山の湾曲部は昭和二十二年カスリン台風の際、左岸堤が破堤し一挙に百八十名の生命を奪ったのでありますが、河川敷の拡幅計画がようやく昨年から予算化しています。その用地問題については、地元では区画整理を併用して実施したい模様であり、このことはまことにけっこうでありますが、補償計画が長年にわたっているので、補償費の支出はぜひとも単年度に支出すべきであり、またそのためにも土地収用法を適用するよう進言して参りました。
次に利根川下流布川の狭窄部及び小貝川合流点の問題は、瀬割堤で計画されたが地元の反対で実施できず、放置されている状態であります。このため逆流による小貝川の堤防漏水の問題も出て参りましたので、早急に解決を望む次第であります。
改修工事は早く効果を上げるため、計画断面を一度に完成することなく、暫定断面をもって全川を施行し、順次完成していくのが多いようでありますが、江戸川なども五千立方メートル毎秒の計画を一応四千立方メートル毎秒で実施しております。従って、下流の工事ができ上っていないので関宿の流頭部の洪水量を制限しているようであります。こういうことでありますから、本川下流において計画洪水量三千立方メートル毎秒を分担する利根川放水路は、早急に調査し早期に着工しなければならないわけでありますが、表(4)の三十五年度以降の予算にも全然顔を出していないような状態でありますし、この大工事はほとんど不可能ではないかと考えられてくるのであります。ここで先ほどの産業計画会議の沼田ダム案が三千立方メートル毎秒の洪水調節ができることを考えれば、再考の必要があるのではないかと思うのであります。なるほど、産業計画会議案は揚水発電により東京のピーク電力百万キロワットを生む電力に主力がおかれていることはたしかであり、また水没家屋二千二百戸、道路、鉄道のつけかえ、水没代替地としての赤城山麓の水田開拓等、関連補償工事が莫大で総事業費千六百三十億円を要する大事業ではありますが、治水と農業、水道、工業用水即発の総合性等、水の有効利用を考え、また利根川放水路も前途困難にして百年河清を待つ感がいたしますので、この際勧告に対する政府側の見解をお聞きしたいと思うわけであります。
次に利水事業として農林省印旛沼、手賀沼干拓事業の印旛排水機場を見ました。工事はほとんど竣工いたしておりましたが、この排水機の洪水時における排水規程は建設、農林両省の間で夫決定でありますので早急に解決すべきものと存じます。
このほか、三国国道の予算増大、昭和橋、三国橋の促進、五霞村における引堤前の堤防補強、群馬、栃木、茨城、千葉県当局の陳情等、種々御要求がありましたが、あまり長くなりますので後ほど政府側にお尋ねいたしますとともに、詳細は持ち帰りました資料によってごらんいただくことといたします。
以上で第一班の報告を終ります。
岩
田
田中一#6
○田中一君 これは政府から、今私が早口で読み上げたのじゃおわかりにならないから、速記がとれましたら、これによって詳細な答弁を願いたい。と同時に、これに対して書類で一応出していただいて、その説明を願いたいとこう思うのです。
この発言だけを見る →大
岩
稲
稲浦鹿藏#9
○稲浦鹿藏君 私は向井委員とともに、去る八月十九日より四日間、名神高速道路、阪奈道路、天ケ瀬ダム等、京都、大阪、兵庫、奈良各府県の建設事業を視察して参りました。なおこの間田中清一委員も特別参加されました。以下その概略を御報告いたします。
まず道路関係のうち、名神高速道路については、京阪兵庫建設所管内の状況を調査するとともに、山科、東伏見工事現場を視察いたしました、山科、東伏見工事地区約七キロメートルは、京都バイ。ハス区間約十キロメートルの一部として、名神間で最も早く用地問題も妥結し、山科工事地区は昨年九月工事に着工し、また東伏見地区は、それより三カ月ほどおくれて工事に着工したもので、現在鋭意建設に努力中であります。工事の概要を申し上げますと、山科地区は総延長五千二百八十メートル、東伏見地区二千七十一メートル、設計速度はともに百キロメートル、幅員二十四・四メートル、四車線、最小半径は山科七百メートル、東伏見千メートル、橋梁は十四個所及び五個所等となっております。
現在までの進捗状況は、山科地区六五%、東伏見地区一八%となっておりますが、大津インターチェンジから京都インターチェンジの間、いわゆる京都バイパスが完成しますと、現在京都市街地を通過する場合に比して、その所要時間は約三十分から六分ないし七分程度に短縮され、経済上多大の便利を招来することになります。ただ伏見の深草地区商店街約一キロメートル程度は、まだ両者間の話し合いがつかず用地の買収未済となっております。
なお、その他の地区の用地買収の状況を京阪建設所に例をとってみますと、八月一日現在で乙訓地区九四・二%、東高槻地区四・五%、茨木地区四六・九%、吹田地区一六・六%、豊中地区四〇・四%等となっており、延長約四十六キロメートル、坪数にして約八十万坪のうち四九・五%の買収済みとなっております。
用地買収のおくれている原因としては、地元民との間に買収価格の点について折り合いがつかないということもありますが、地元側としては、高速道路の建設には賛成しながら、高速道路貫通に伴う将来の都市の発展という見地より、その設計に対しての注文が非常に多く、この点について交渉が妥結しないため買収ができずにいるという地区も多々あるように見受けました。要するに、本道路の建設は一大国策であることにかんがみ、政府においても今後一段の御努力を願う次第でありますが、なお、また本道路建設に伴う関連公共事業についても、これを総合的に推進する必要があると考えるのであります。
次に阪奈道路について簡単に申し上げます。
本道路は、昭和二十七年に制定された道路整備特別措置法に基いて、大阪府、奈良県により、有料道路として昭和三十年十月に着工されたものでありますが、日本道路公団の発足に伴い、昭和三十一年七月一日より同公団に引き継がれ、工事が進められて完成をみたものであります。
本道路は、大阪府大東市寺川より奈良市尼ケ辻に至る一七・七キロメートルの区間で、工事に当っては道路工事としては画期的なスタビライザーで、ソイルセメントによる路盤工が行われたり、あるいはコルゲートパイプの採用等、名神高速道路のテストケースとしての工事が幾多行われました。
木道路の完成により、大阪・奈良間は一級国道二十五号線よりも十四キロメートル短縮され、時間的にも二時間を要したものが五十分足らずで走ることができるようになりました。本道路は、産業並びに観光道路として大きな役割を果しており、これを料金収入の面よりみますと、昭和三十四年度料金収入目標額月間五百七十八万円に対し、最近七月の場合は八百二十九万円と、目標を相当上回っている状態であります。
このほか、東山道路、六甲有料道路、第二阪神国道についても調査して参りましたが、これらについては持ち帰りました資料によって御承知を願いたいと思いますが、第二阪神国道に関連してその早期完成と同時に、大阪市内の雑踏を緩和するため、安治川新橋梁架設実施年度の繰り上げ等について要望があったことを申し上げておきます。
なお、道路関係については、大阪、四日市線の改良並びに舗装工事の促進、一級国道二十九号線の改良促進、主要地方道姫路・米子線及び姫路・豊岡線の国道編入、一級国道二十四号線の未改良区間の早期改良、主要地方道天理・上野線の一級国道編入、伯母峰峠の切り下げ等の陳情を承わって参りました。
次に天ケ瀬ダムでありますが、本ダムは淀川水系改修基本計画に基き、南郷洗堰の改造、木津川の高山ダムの築造と相待って淀川水系の洪水調節を行うとともに、平時においてはダムの落差を利用し、四万八千キロワットアワーの発電を行い、京阪神地方の電力需用に応じようとするものであります。
本工事の遅延は、用地問題の未解決、特に滋賀県側との交渉の難航によるものでありまして、現在までの用地補償の状況は、京都府地内の水没地については、すでにほとんど用地調査を終了しており問題はありませんが、滋賀県地内は昭和三十二年当時から再三測量の交渉を行なってきましたが、一部は依然水没反対を唱え、交渉に応ずることを拒否して参りました。最近に至りわずかながらその態度にも変化をみせ、地元民の間には交渉に入ってもよいという考えも出てきたようであります。ただこの問題は、現地住民だけでなく、滋賀県当局との関係があり、県側としては、あくまでも琵琶湖との関連において本問題の解決を考えており、その水位問題等ともからみ、早急の解決はなかなか困難であるようであります。水没住民に対する第二次補償等、県当局でなければできない部面も幾多あるので、政府においては県側の意向も十分尊重し、補償問題について遺憾のないよう、今後とも一そうの熱意と努力を払い、もって工事の早期完成を期待いたします。
治水関係について西高瀬川改修促進、淀川水系改修促進、大和川未改修区間の早急実施、紀ノ川水系吉野川(和歌山県界より吉野町に至る区間)を直轄工事施行河川区域編入、宇陀川ダムの早期着工促進、琵琶湖総合開発の促進、大阪市内の河川汚濁対策事業の推進等の陳情があり、その他大阪地区地盤沈下対策事業の早期完成、東播海岸浸蝕対策事業の直轄施行、千里丘陵住宅地区開発事業の推進、市営高速鉄道建設の促進等の陳情がありました。
最後に、去る八月十三日の豪雨による水害復旧に対し、京都府及び奈良県より特別交付税及び起債について格段の配慮を願うこと、二十八年度災害同様に、高率補助及び補助限度の引き下げを考慮されたいこと等の要望がありましたことを報告いたします。
以上で御報告を終ります。
この発言だけを見る →まず道路関係のうち、名神高速道路については、京阪兵庫建設所管内の状況を調査するとともに、山科、東伏見工事現場を視察いたしました、山科、東伏見工事地区約七キロメートルは、京都バイ。ハス区間約十キロメートルの一部として、名神間で最も早く用地問題も妥結し、山科工事地区は昨年九月工事に着工し、また東伏見地区は、それより三カ月ほどおくれて工事に着工したもので、現在鋭意建設に努力中であります。工事の概要を申し上げますと、山科地区は総延長五千二百八十メートル、東伏見地区二千七十一メートル、設計速度はともに百キロメートル、幅員二十四・四メートル、四車線、最小半径は山科七百メートル、東伏見千メートル、橋梁は十四個所及び五個所等となっております。
現在までの進捗状況は、山科地区六五%、東伏見地区一八%となっておりますが、大津インターチェンジから京都インターチェンジの間、いわゆる京都バイパスが完成しますと、現在京都市街地を通過する場合に比して、その所要時間は約三十分から六分ないし七分程度に短縮され、経済上多大の便利を招来することになります。ただ伏見の深草地区商店街約一キロメートル程度は、まだ両者間の話し合いがつかず用地の買収未済となっております。
なお、その他の地区の用地買収の状況を京阪建設所に例をとってみますと、八月一日現在で乙訓地区九四・二%、東高槻地区四・五%、茨木地区四六・九%、吹田地区一六・六%、豊中地区四〇・四%等となっており、延長約四十六キロメートル、坪数にして約八十万坪のうち四九・五%の買収済みとなっております。
用地買収のおくれている原因としては、地元民との間に買収価格の点について折り合いがつかないということもありますが、地元側としては、高速道路の建設には賛成しながら、高速道路貫通に伴う将来の都市の発展という見地より、その設計に対しての注文が非常に多く、この点について交渉が妥結しないため買収ができずにいるという地区も多々あるように見受けました。要するに、本道路の建設は一大国策であることにかんがみ、政府においても今後一段の御努力を願う次第でありますが、なお、また本道路建設に伴う関連公共事業についても、これを総合的に推進する必要があると考えるのであります。
次に阪奈道路について簡単に申し上げます。
本道路は、昭和二十七年に制定された道路整備特別措置法に基いて、大阪府、奈良県により、有料道路として昭和三十年十月に着工されたものでありますが、日本道路公団の発足に伴い、昭和三十一年七月一日より同公団に引き継がれ、工事が進められて完成をみたものであります。
本道路は、大阪府大東市寺川より奈良市尼ケ辻に至る一七・七キロメートルの区間で、工事に当っては道路工事としては画期的なスタビライザーで、ソイルセメントによる路盤工が行われたり、あるいはコルゲートパイプの採用等、名神高速道路のテストケースとしての工事が幾多行われました。
木道路の完成により、大阪・奈良間は一級国道二十五号線よりも十四キロメートル短縮され、時間的にも二時間を要したものが五十分足らずで走ることができるようになりました。本道路は、産業並びに観光道路として大きな役割を果しており、これを料金収入の面よりみますと、昭和三十四年度料金収入目標額月間五百七十八万円に対し、最近七月の場合は八百二十九万円と、目標を相当上回っている状態であります。
このほか、東山道路、六甲有料道路、第二阪神国道についても調査して参りましたが、これらについては持ち帰りました資料によって御承知を願いたいと思いますが、第二阪神国道に関連してその早期完成と同時に、大阪市内の雑踏を緩和するため、安治川新橋梁架設実施年度の繰り上げ等について要望があったことを申し上げておきます。
なお、道路関係については、大阪、四日市線の改良並びに舗装工事の促進、一級国道二十九号線の改良促進、主要地方道姫路・米子線及び姫路・豊岡線の国道編入、一級国道二十四号線の未改良区間の早期改良、主要地方道天理・上野線の一級国道編入、伯母峰峠の切り下げ等の陳情を承わって参りました。
次に天ケ瀬ダムでありますが、本ダムは淀川水系改修基本計画に基き、南郷洗堰の改造、木津川の高山ダムの築造と相待って淀川水系の洪水調節を行うとともに、平時においてはダムの落差を利用し、四万八千キロワットアワーの発電を行い、京阪神地方の電力需用に応じようとするものであります。
本工事の遅延は、用地問題の未解決、特に滋賀県側との交渉の難航によるものでありまして、現在までの用地補償の状況は、京都府地内の水没地については、すでにほとんど用地調査を終了しており問題はありませんが、滋賀県地内は昭和三十二年当時から再三測量の交渉を行なってきましたが、一部は依然水没反対を唱え、交渉に応ずることを拒否して参りました。最近に至りわずかながらその態度にも変化をみせ、地元民の間には交渉に入ってもよいという考えも出てきたようであります。ただこの問題は、現地住民だけでなく、滋賀県当局との関係があり、県側としては、あくまでも琵琶湖との関連において本問題の解決を考えており、その水位問題等ともからみ、早急の解決はなかなか困難であるようであります。水没住民に対する第二次補償等、県当局でなければできない部面も幾多あるので、政府においては県側の意向も十分尊重し、補償問題について遺憾のないよう、今後とも一そうの熱意と努力を払い、もって工事の早期完成を期待いたします。
治水関係について西高瀬川改修促進、淀川水系改修促進、大和川未改修区間の早急実施、紀ノ川水系吉野川(和歌山県界より吉野町に至る区間)を直轄工事施行河川区域編入、宇陀川ダムの早期着工促進、琵琶湖総合開発の促進、大阪市内の河川汚濁対策事業の推進等の陳情があり、その他大阪地区地盤沈下対策事業の早期完成、東播海岸浸蝕対策事業の直轄施行、千里丘陵住宅地区開発事業の推進、市営高速鉄道建設の促進等の陳情がありました。
最後に、去る八月十三日の豪雨による水害復旧に対し、京都府及び奈良県より特別交付税及び起債について格段の配慮を願うこと、二十八年度災害同様に、高率補助及び補助限度の引き下げを考慮されたいこと等の要望がありましたことを報告いたします。
以上で御報告を終ります。
岩
松
松野孝一#11
○松野孝一君 第三班について御報告いたします。
内村、櫻井両委員と私と先月二十八日から一週間の日程で、九州地方の建設省関係事業の調査に行って参りました。日程、視察の順路、視察個所等につきましては、お手元に配付いたしました資料で御承知いただきたいと存じます。
視察は主として、道路と河川改修の現況並びに計画について行なって参りましたが、以下二、三の所見を述べまして、報告にかえさせていただきます。
道路について。
視察いたしました道路は、国道三号、十号線、二級国道の二百二十一号線、二百十九号線、二百十六号線、百九十九号線並びに有料道路としての長府及び関門道路、北九州道路、霧島道路、阿蘇登山道路、工事中の若戸橋及び計画調査中の天草連絡道路と、九州横断道路等でありますが、まず国道について言いますと、一、二級国道ともまだまだ未改良部分が多いこと、たとえて言いますと、宮崎県管内の十号国道の未改良部分は七〇%、熊本県管内の三号国道の未改良部分は七八%という状態で、舗装に至ってはそれぞれ一五%、二六%という低さにとどまっています。二級国道におきましては全国的にそうでありますけれども、山間部の未改良が非常に多いことが感ぜられました。大分・佐伯線の二百十七号線は、佐賀関—津久見間の山間部の開通がまだできていないということでびっくりしたような次第です。
また今回視察しまして特に問題であろうと思われますものに、橋梁のかけかえの件があります。これは地方道でありますが、河川の改修工事が進捗していないために、災害復旧費で一部改良工事を付加して作られた永久橋の部分と、応急架設の木橋の部分が継ぎ足されて、橋梁としては一応人馬の交通の便にはなっておりますが、自動車交通は不可能であるといったものが一、二にとどまらなかったのであります。
例をあげますと、球磨川上流の深田村庄屋橋があります。この橋は昭和二十三年の水害で一部を残して流失、復旧は河川改修計画に合せて流失部分を永久橋で架設したが、残った橋梁部分とは橋床の高さに開きがあり、桟橋状に継いで、辛うじて人だけは通行できるという状態で十年余を過ぎてきている始末ですが、これなどは河川改修工事に付帯して早急に完成をはかるべきではないかと思います。
ただし、この際実際に問題になるのは、地方道の場合、市町村の財政負担が可能かどうかということになりますから、国としても十分に検討してほしいと思います。
次に有料道路ですが、霧島や阿蘇道路はいずれも観光道路ですが、採算上の成績はあまりよくないかと思います。今年度から北霧島道路と南霧島道路とを結ぶ計画が実施の運びになるそうでありますが、観光ルートというものを当初から計画に入れて実施に移す必要があると思います。その点で、現存公団で調査測量中の九州横断道路は、実質的には別府—阿蘇—雲仙を最短距離でつなぐ観光ルートとしての道路になりますから、観光道路としての機能、効率はよくなることと思います。ただ観光道路として見た場合には、この横断道路が、これまでの九州一般の料金収入の状態や採算上の経費の点から、砂利道になるようなことは避けるべきではないかと思います。
天草連絡道路は昭和三十一年から調査に着手、今明年度には完了するということでありますが、この道路は未開発後進地域天草の開発道路だと思います。離島と本島とを結ぶという点で一脈若戸橋にも通ずるものがありますが、天草島自体の道路整備がきわめておくれている点、道路公団の事業として見るよりも、むしろ公共事業的性質が多いと思われますので、この計画の実施の検討に当っては、ただに企業採算上からばかりでなく、建設省としても特別の考慮が払わるべきであると思います。
また若戸橋は、海上吊橋として総工事費五十一億円、わが国最大の橋梁工事でありますが、三十七年度竣工を控えて、これに接続する二級国道百九十九号線の改良拡幅をあわせて実施し、橋梁完成後において十分なる効果を発揮し得るようにぜひともすべきであると考えます。
河川について。
直轄河川の大淀川、球麿川、白川等の改修工事は着々進捗してはおりますが、それらの進捗率は微々たるもので、白川は四・七%、球磨川上流工事は一九・六%という状態におかれています。この現況から見ますと、新治水五カ年計画におきましても、これらの改修計画はその何パーセントを進捗することになるのか、きわめて心細い感を抱かせられたのであります。
さらに中小河川以下においては未改修原始河川も多く、累年水害に悩まされている地元の人々からは至るところで改修促進の陳情を受けてきたのであります。それらの詳細は省略いたしますが、たとえば黒川の例でみますと、上流部は二十八年災の災害復旧助成工事で、中流部は一部の中小河川改良区域を除いて局部改良、下流部は中小河川改良区域として取り扱われて、中流部の局部改良区域が来年度から二十八年災の復旧工事費の打ち切りによって、この区間だけ進捗が取り残されるということで、これが中小河川改良区域編入の要望がきわめて強かったのであります。黒川改修の残事業はなお約一億円と見られていますので、工事の進捗について地元民の強い不安と不満が現われているのだと思います。
終りに、本年七月水害の状況を福岡県について見ますと、砂防施設のすでに行われておった所は、下流にほとんど被害は皆無であったことが明らかに示されておりますことと、市町村の一件十五万円以下の小災害がきわめて大きな数字に上っていることを申し述べておきたいと思います。
以上で報告を終ります。
この発言だけを見る →内村、櫻井両委員と私と先月二十八日から一週間の日程で、九州地方の建設省関係事業の調査に行って参りました。日程、視察の順路、視察個所等につきましては、お手元に配付いたしました資料で御承知いただきたいと存じます。
視察は主として、道路と河川改修の現況並びに計画について行なって参りましたが、以下二、三の所見を述べまして、報告にかえさせていただきます。
道路について。
視察いたしました道路は、国道三号、十号線、二級国道の二百二十一号線、二百十九号線、二百十六号線、百九十九号線並びに有料道路としての長府及び関門道路、北九州道路、霧島道路、阿蘇登山道路、工事中の若戸橋及び計画調査中の天草連絡道路と、九州横断道路等でありますが、まず国道について言いますと、一、二級国道ともまだまだ未改良部分が多いこと、たとえて言いますと、宮崎県管内の十号国道の未改良部分は七〇%、熊本県管内の三号国道の未改良部分は七八%という状態で、舗装に至ってはそれぞれ一五%、二六%という低さにとどまっています。二級国道におきましては全国的にそうでありますけれども、山間部の未改良が非常に多いことが感ぜられました。大分・佐伯線の二百十七号線は、佐賀関—津久見間の山間部の開通がまだできていないということでびっくりしたような次第です。
また今回視察しまして特に問題であろうと思われますものに、橋梁のかけかえの件があります。これは地方道でありますが、河川の改修工事が進捗していないために、災害復旧費で一部改良工事を付加して作られた永久橋の部分と、応急架設の木橋の部分が継ぎ足されて、橋梁としては一応人馬の交通の便にはなっておりますが、自動車交通は不可能であるといったものが一、二にとどまらなかったのであります。
例をあげますと、球磨川上流の深田村庄屋橋があります。この橋は昭和二十三年の水害で一部を残して流失、復旧は河川改修計画に合せて流失部分を永久橋で架設したが、残った橋梁部分とは橋床の高さに開きがあり、桟橋状に継いで、辛うじて人だけは通行できるという状態で十年余を過ぎてきている始末ですが、これなどは河川改修工事に付帯して早急に完成をはかるべきではないかと思います。
ただし、この際実際に問題になるのは、地方道の場合、市町村の財政負担が可能かどうかということになりますから、国としても十分に検討してほしいと思います。
次に有料道路ですが、霧島や阿蘇道路はいずれも観光道路ですが、採算上の成績はあまりよくないかと思います。今年度から北霧島道路と南霧島道路とを結ぶ計画が実施の運びになるそうでありますが、観光ルートというものを当初から計画に入れて実施に移す必要があると思います。その点で、現存公団で調査測量中の九州横断道路は、実質的には別府—阿蘇—雲仙を最短距離でつなぐ観光ルートとしての道路になりますから、観光道路としての機能、効率はよくなることと思います。ただ観光道路として見た場合には、この横断道路が、これまでの九州一般の料金収入の状態や採算上の経費の点から、砂利道になるようなことは避けるべきではないかと思います。
天草連絡道路は昭和三十一年から調査に着手、今明年度には完了するということでありますが、この道路は未開発後進地域天草の開発道路だと思います。離島と本島とを結ぶという点で一脈若戸橋にも通ずるものがありますが、天草島自体の道路整備がきわめておくれている点、道路公団の事業として見るよりも、むしろ公共事業的性質が多いと思われますので、この計画の実施の検討に当っては、ただに企業採算上からばかりでなく、建設省としても特別の考慮が払わるべきであると思います。
また若戸橋は、海上吊橋として総工事費五十一億円、わが国最大の橋梁工事でありますが、三十七年度竣工を控えて、これに接続する二級国道百九十九号線の改良拡幅をあわせて実施し、橋梁完成後において十分なる効果を発揮し得るようにぜひともすべきであると考えます。
河川について。
直轄河川の大淀川、球麿川、白川等の改修工事は着々進捗してはおりますが、それらの進捗率は微々たるもので、白川は四・七%、球磨川上流工事は一九・六%という状態におかれています。この現況から見ますと、新治水五カ年計画におきましても、これらの改修計画はその何パーセントを進捗することになるのか、きわめて心細い感を抱かせられたのであります。
さらに中小河川以下においては未改修原始河川も多く、累年水害に悩まされている地元の人々からは至るところで改修促進の陳情を受けてきたのであります。それらの詳細は省略いたしますが、たとえば黒川の例でみますと、上流部は二十八年災の災害復旧助成工事で、中流部は一部の中小河川改良区域を除いて局部改良、下流部は中小河川改良区域として取り扱われて、中流部の局部改良区域が来年度から二十八年災の復旧工事費の打ち切りによって、この区間だけ進捗が取り残されるということで、これが中小河川改良区域編入の要望がきわめて強かったのであります。黒川改修の残事業はなお約一億円と見られていますので、工事の進捗について地元民の強い不安と不満が現われているのだと思います。
終りに、本年七月水害の状況を福岡県について見ますと、砂防施設のすでに行われておった所は、下流にほとんど被害は皆無であったことが明らかに示されておりますことと、市町村の一件十五万円以下の小災害がきわめて大きな数字に上っていることを申し述べておきたいと思います。
以上で報告を終ります。
岩
内
内村清次#13
○内村清次君 ただいま松野委員から御報告になりましたように、私たちにも——この調査に参加した者ですが——詳細につきましては、先ほど第一班の方で言われましたように、報告書が印刷になりましたなら、この検討をして、その個所別に対するところの建設省としての考え方を、資料として委員会報告として出していただきたいと思います。
特に報告の内容にありました黒川の改修の件ですが、この問題は、当時私も行きました際にも、ちょうど新聞に大きく出ておったというようなことで、地元沿岸の農村の方々が大挙押し寄せてきて陳情を受けたわけです。だからして私もこれはぜひ早く委員会の席上で、責任あるあなた方から話を聞いておきたいというような感じで質疑をするわけですが、問題は二十八年災の白川、この下流のいわゆる熊本地方を中心とするところの惨たんたる災害は御承知の通りです。ところが今年まで予算的にもあまりこの進捗状態は、私たちは決してすみやかであるとは言い切れない問題が残されております。この問題にも十分私たちも質疑を展開するところの余地は持っておりますけれども、ただ問題はこの下流の改修が完了しないと、黒川の改修——すなわち上流部の改修には手をつけられないというような新聞記事が出て、そこで上流関係黒川沿岸の農村の方々が押し寄せて来たわけですが、そういった方針が建設省におありかどうか、その点は一つ重要ですからはっきりと御答弁願いたいと思います。
それから報告書の内容にありましたように、この黒川の改修がこれまた遅々として進んでおりませんが、問題は毎年々々こういった改修のおくれのために、四千万円以上の水害を出しているんですね。でそれに中流部においては、局部改修のためにわずか年間に二百万円ばかりの局部改修予算しか出しておらない。それも災害復旧といたしましては、二十八年災の災害は本年度で切れますから、来年度一体どうやって費用をお出しになるのか。この点に対しても非常にこれは県も地元も心配している問題ですが、この点に対するところの御答弁をお願いいたしたい。
それからこれはやはり黒川の上流部と下流部ですね、下流部は中小河川で改修をやっているんですが、上流部の方は災害助成費でやっている。こうやって同じ十キロや十五、六キロの河川関係を、いろいろこの手当を予算の違った改修費でもってやっているんですが、これではとうてい完全な改修はできないと思うんですけれども、これに対しましては地元といたしましては中小河川として取り上げて、そうしてこの改修は早くやってくれいというような陳情が熱烈になされておりますが、これに対するところの御答弁をお願いしたい。
この発言だけを見る →特に報告の内容にありました黒川の改修の件ですが、この問題は、当時私も行きました際にも、ちょうど新聞に大きく出ておったというようなことで、地元沿岸の農村の方々が大挙押し寄せてきて陳情を受けたわけです。だからして私もこれはぜひ早く委員会の席上で、責任あるあなた方から話を聞いておきたいというような感じで質疑をするわけですが、問題は二十八年災の白川、この下流のいわゆる熊本地方を中心とするところの惨たんたる災害は御承知の通りです。ところが今年まで予算的にもあまりこの進捗状態は、私たちは決してすみやかであるとは言い切れない問題が残されております。この問題にも十分私たちも質疑を展開するところの余地は持っておりますけれども、ただ問題はこの下流の改修が完了しないと、黒川の改修——すなわち上流部の改修には手をつけられないというような新聞記事が出て、そこで上流関係黒川沿岸の農村の方々が押し寄せて来たわけですが、そういった方針が建設省におありかどうか、その点は一つ重要ですからはっきりと御答弁願いたいと思います。
それから報告書の内容にありましたように、この黒川の改修がこれまた遅々として進んでおりませんが、問題は毎年々々こういった改修のおくれのために、四千万円以上の水害を出しているんですね。でそれに中流部においては、局部改修のためにわずか年間に二百万円ばかりの局部改修予算しか出しておらない。それも災害復旧といたしましては、二十八年災の災害は本年度で切れますから、来年度一体どうやって費用をお出しになるのか。この点に対しても非常にこれは県も地元も心配している問題ですが、この点に対するところの御答弁をお願いいたしたい。
それからこれはやはり黒川の上流部と下流部ですね、下流部は中小河川で改修をやっているんですが、上流部の方は災害助成費でやっている。こうやって同じ十キロや十五、六キロの河川関係を、いろいろこの手当を予算の違った改修費でもってやっているんですが、これではとうてい完全な改修はできないと思うんですけれども、これに対しましては地元といたしましては中小河川として取り上げて、そうしてこの改修は早くやってくれいというような陳情が熱烈になされておりますが、これに対するところの御答弁をお願いしたい。
大
岩
岩沢忠恭#15
○委員長(岩沢忠恭君) 委員長から派遣委員の諸君に一言ごあいさつを申し上げます。
派遣委員の方は調査期間が酷暑の折にもかかわらず熱心に検討いたされまして、貴重なる報告を得ました御労苦に対して厚くお礼を申し上げます。
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この発言だけを見る →派遣委員の方は調査期間が酷暑の折にもかかわらず熱心に検討いたされまして、貴重なる報告を得ました御労苦に対して厚くお礼を申し上げます。
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岩
山
山本三郎#17
○説明員(山本三郎君) 台風第十四号による被害の概況につきまして御説明申し上げます。
お手元に資料を差し上げてございますが、これによりまして逐次御説明を申し上げておきます。
第一ページは気象の概況でございますが、これは御承知のように、九月の十一日にマリアナ諸島に発生いたしました十四号台風が、西の方へ行くと思いましたけれども、北緯二十六度から二十八度の辺で北に回りまして、朝鮮海峡あるいは朝鮮の釜山付近を通りまして、日本海の真ん中を北東に進みまして、北海道と樺太の間をオホーツク海の方面に抜けて行ったわけでございます。十四号台風は比較的雨が少かったわけでございますが、非常に気圧の低い大きな台風でございまして、そのために海岸における被害が多かったわけでございます。以下建設省所管の公共土木施設の被害の状況を刷りものによって御説明申し上げたいと思います。
二ページに参りまして、第一番は直轄で復旧すべき被害の状況でございますが、北海道の災害でございますが、これは河川も道路も直轄でやる部分の被害でございまして、北海道は主として右の方の欄に書いてございますように道路、橋梁でございまして、小樽、函館の管内におきまする道路、橋梁の被害でございまして、これが一億八千七百六十八万程度に報告されております。被害個所が百十五カ所でございます。それから九州でございますが、筑後川と書いてございますが、これは有明海の高潮によりまして筑後川の下流部分の堤防の護岸がやられたのでございまして、現在のところ被害個所が九カ所で四千五百万と報告されております。以上直轄の被害が百二十四カ所で二億三千二百六十八万でございます。
次は補助災害に該当する分でございますが、まず北海道でございまして、これは主として西南部の海岸でございまして、渡島支庁、檜山支庁、後志支庁の管内でございまして、おもなる被害個所に書いてございますように、主として海岸の道路でございます。これらの被害額が十億七千八百万円余りでございまして、今回におきましては、北海道の被害が一番多く報告されております。次は青森でございまして、これはやはり西の海岸の方でございまして、西津軽郡、北津軽郡方面の道路、橋梁等の被害でございまして、九千六百九十六万と報告されております。秋田はやはり、西海岸、海岸の西でございますが、海岸及び道路の損傷でございまして三千二百九十一万、新潟が佐渡並びに三島郡の海岸でございまして約一千万、富山が魚津市、滑川市等で四千三百六十万、鳥取は西伯郡と米子市でございまして二千百万程度でございまして、主として海岸でございます。それから島根県におきましては、隠岐島、出雲市等におきまして海岸道路がやられております。三千五百三十四万円程度でございます。山口県も県の北西部でございまして、主として二級国道の下関—益田線でございまして六千三百二十八万六千円、次は福岡県の山門郡と柳川市、これもやはり海岸の有明海に面する海岸の堤防の被害でございまして二千百三十三万ということに相なっております。それから次は佐賀でございますが、ここに書いてありますように小城郡、杵島郡、佐賀市、佐賀郡、福富村という方面におきまして、海岸の堤防が損傷しあるいは破堤をいたしまして、一億二千万円余りの被害が報告されております。次は長崎県でございまして、これは対島、五島列島それから島原半島の小浜それから巌原、高島町、これは島でございますが、それから大島町、美津島町、峯村、崎戸町、郷浦町、主としてやはり海岸と島の被害でございまして六億六千百万円余りでございます。熊本は主として天草でございまして二億四千三百万円の道路、海岸等の被害でございます。鹿児島が四千九百三十二万、大分が三百七十五万と相なっております。補助災害の合計が二十四億八千百七十三万四千円でございまして、先に申しました直轄の分を合せますと二十七億一千四百万円余りに相なります。
これらの被害に対しまして、第七ページにありますように、対策といたしましては、今次災害の激甚でございました長崎県、佐賀県並びに北海道に対しましては、現地の状況の把握と緊急復旧工法の指導に当らすために係官を現地に派遣しております。指導を終りまして間もなく帰京する予定に相なっております。以上簡単でありますが、報告を終らせていただきます。
この発言だけを見る →お手元に資料を差し上げてございますが、これによりまして逐次御説明を申し上げておきます。
第一ページは気象の概況でございますが、これは御承知のように、九月の十一日にマリアナ諸島に発生いたしました十四号台風が、西の方へ行くと思いましたけれども、北緯二十六度から二十八度の辺で北に回りまして、朝鮮海峡あるいは朝鮮の釜山付近を通りまして、日本海の真ん中を北東に進みまして、北海道と樺太の間をオホーツク海の方面に抜けて行ったわけでございます。十四号台風は比較的雨が少かったわけでございますが、非常に気圧の低い大きな台風でございまして、そのために海岸における被害が多かったわけでございます。以下建設省所管の公共土木施設の被害の状況を刷りものによって御説明申し上げたいと思います。
二ページに参りまして、第一番は直轄で復旧すべき被害の状況でございますが、北海道の災害でございますが、これは河川も道路も直轄でやる部分の被害でございまして、北海道は主として右の方の欄に書いてございますように道路、橋梁でございまして、小樽、函館の管内におきまする道路、橋梁の被害でございまして、これが一億八千七百六十八万程度に報告されております。被害個所が百十五カ所でございます。それから九州でございますが、筑後川と書いてございますが、これは有明海の高潮によりまして筑後川の下流部分の堤防の護岸がやられたのでございまして、現在のところ被害個所が九カ所で四千五百万と報告されております。以上直轄の被害が百二十四カ所で二億三千二百六十八万でございます。
次は補助災害に該当する分でございますが、まず北海道でございまして、これは主として西南部の海岸でございまして、渡島支庁、檜山支庁、後志支庁の管内でございまして、おもなる被害個所に書いてございますように、主として海岸の道路でございます。これらの被害額が十億七千八百万円余りでございまして、今回におきましては、北海道の被害が一番多く報告されております。次は青森でございまして、これはやはり西の海岸の方でございまして、西津軽郡、北津軽郡方面の道路、橋梁等の被害でございまして、九千六百九十六万と報告されております。秋田はやはり、西海岸、海岸の西でございますが、海岸及び道路の損傷でございまして三千二百九十一万、新潟が佐渡並びに三島郡の海岸でございまして約一千万、富山が魚津市、滑川市等で四千三百六十万、鳥取は西伯郡と米子市でございまして二千百万程度でございまして、主として海岸でございます。それから島根県におきましては、隠岐島、出雲市等におきまして海岸道路がやられております。三千五百三十四万円程度でございます。山口県も県の北西部でございまして、主として二級国道の下関—益田線でございまして六千三百二十八万六千円、次は福岡県の山門郡と柳川市、これもやはり海岸の有明海に面する海岸の堤防の被害でございまして二千百三十三万ということに相なっております。それから次は佐賀でございますが、ここに書いてありますように小城郡、杵島郡、佐賀市、佐賀郡、福富村という方面におきまして、海岸の堤防が損傷しあるいは破堤をいたしまして、一億二千万円余りの被害が報告されております。次は長崎県でございまして、これは対島、五島列島それから島原半島の小浜それから巌原、高島町、これは島でございますが、それから大島町、美津島町、峯村、崎戸町、郷浦町、主としてやはり海岸と島の被害でございまして六億六千百万円余りでございます。熊本は主として天草でございまして二億四千三百万円の道路、海岸等の被害でございます。鹿児島が四千九百三十二万、大分が三百七十五万と相なっております。補助災害の合計が二十四億八千百七十三万四千円でございまして、先に申しました直轄の分を合せますと二十七億一千四百万円余りに相なります。
これらの被害に対しまして、第七ページにありますように、対策といたしましては、今次災害の激甚でございました長崎県、佐賀県並びに北海道に対しましては、現地の状況の把握と緊急復旧工法の指導に当らすために係官を現地に派遣しております。指導を終りまして間もなく帰京する予定に相なっております。以上簡単でありますが、報告を終らせていただきます。
岩
米
山
米
山
米
山
山本三郎#24
○説明員(山本三郎君) 六号台風までは緊急査定を終りまして、その分につきましては予備費の支出の決定をいただいております。七号台風につきましては、現在査定を実施中あるいは査定の終りましたものがございますので、それらをまとめまして近く予備金の支出をお願いしようということになっております。
この発言だけを見る →米
山
山本三郎#26
○説明員(山本三郎君) つなぎ融資は比較的今度要望が少いようでございますが、詳しいことは現地の財務局の方でやっておられるようでございますが、おそらく今度は何千万の程度ではないかと思っておりますが……。
この発言だけを見る →田
田中一#27
○田中一君 そこで今の米田君の質問に関連するのですがね。今、予備金はいくら残っておりますか。そして今までの分と合せて、これは山本君に聞いてわからなければ宮崎君が知っておるので、宮崎君に伺いますがね。どのくらい残っておりますか。
この発言だけを見る →宮
宮崎仁#28
○説明員(宮崎仁君) 前回七号台風の関係で、予備金の問題を申し上げましたときに、支出残七十三億と申し上げておりますが、その後ただいま河川局長のお話のように、七月以前の災害につきまして、約十四億災害として支出をいたしておりますので、残額としましては約五十九億ということになります。
この発言だけを見る →田
田中一#29
○田中一君 これはそうしますと、たしか八十億でしたね、年度初めのやつは。それから七億出して七十三億、前回の七号台風までは。十四号台風までを入れて五十五億残っておるということですか。
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