文教委員会
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会
会議録情報#0
昭和五十三年四月二十一日(金曜日)
午前十時三十一分開議
出席委員
委員長 菅波 茂君
理事 石橋 一弥君 理事 唐沢俊二郎君
理事 藤波 孝生君 理事 渡部 恒三君
理事 木島喜兵衞君 理事 嶋崎 譲君
理事 有島 重武君 理事 曽祢 益君
石川 要三君 久保田円次君
小島 静馬君 玉生 孝久君
塚原 俊平君 中村 靖君
長谷川 峻君 水平 豊彦君
小川 仁一君 千葉千代世君
中西 積介君 長谷川正三君
湯山 勇君 池田 克也君
鍛冶 清君 伏屋 修治君
中野 寛成君 山原健二郎君
西岡 武夫君
出席国務大臣
文 部 大 臣 砂田 重民君
出席政府委員
文部政務次官 近藤 鉄雄君
文部大臣官房長 宮地 貫一君
文部省初等中等
教育局長 諸澤 正道君
文部省大学局長 佐野文一郎君
文部省学術国際
局長 井内慶次郎君
文部省体育局長 柳川 覺治君
文部省管理局長 三角 哲生君
文化庁長官 犬丸 直君
委員外の出席者
外務省情報文化
局文化事業部文
化第二課長 岡 照君
文教委員会調査
室長 大中臣信令君
—————————————
四月二十一日
理事石橋一弥君同月十九日委員辞任につき、そ
の補欠として石橋一弥君が理事に当選した。
—————————————
四月二十一日
女子教育職員の出産に際しての補助教育職員の
確保に関する法律の一部を改正する法律案(参
議院提出、第八十二回国会参法第一号)
オリンピック記念青少年総合センターの解散に
関する法律案(内閣提出第六七号)
著作権法の一部を改正する法律案(内閣提出第
七〇号)(参議院送付)
は本委員会に付託された。
—————————————
本日の会議に付した案件
理事の補欠選任
昭和四十四年度以後における私立学校教職員共
済組合からの年金の額の改定に関する法律等の
一部を改正する法律案(内閣提出第六八号)
文教行政の基本施策に関する件
————◇—————
この発言だけを見る →午前十時三十一分開議
出席委員
委員長 菅波 茂君
理事 石橋 一弥君 理事 唐沢俊二郎君
理事 藤波 孝生君 理事 渡部 恒三君
理事 木島喜兵衞君 理事 嶋崎 譲君
理事 有島 重武君 理事 曽祢 益君
石川 要三君 久保田円次君
小島 静馬君 玉生 孝久君
塚原 俊平君 中村 靖君
長谷川 峻君 水平 豊彦君
小川 仁一君 千葉千代世君
中西 積介君 長谷川正三君
湯山 勇君 池田 克也君
鍛冶 清君 伏屋 修治君
中野 寛成君 山原健二郎君
西岡 武夫君
出席国務大臣
文 部 大 臣 砂田 重民君
出席政府委員
文部政務次官 近藤 鉄雄君
文部大臣官房長 宮地 貫一君
文部省初等中等
教育局長 諸澤 正道君
文部省大学局長 佐野文一郎君
文部省学術国際
局長 井内慶次郎君
文部省体育局長 柳川 覺治君
文部省管理局長 三角 哲生君
文化庁長官 犬丸 直君
委員外の出席者
外務省情報文化
局文化事業部文
化第二課長 岡 照君
文教委員会調査
室長 大中臣信令君
—————————————
四月二十一日
理事石橋一弥君同月十九日委員辞任につき、そ
の補欠として石橋一弥君が理事に当選した。
—————————————
四月二十一日
女子教育職員の出産に際しての補助教育職員の
確保に関する法律の一部を改正する法律案(参
議院提出、第八十二回国会参法第一号)
オリンピック記念青少年総合センターの解散に
関する法律案(内閣提出第六七号)
著作権法の一部を改正する法律案(内閣提出第
七〇号)(参議院送付)
は本委員会に付託された。
—————————————
本日の会議に付した案件
理事の補欠選任
昭和四十四年度以後における私立学校教職員共
済組合からの年金の額の改定に関する法律等の
一部を改正する法律案(内閣提出第六八号)
文教行政の基本施策に関する件
————◇—————
菅
菅波茂#1
○菅波委員長 これより会議を開きます。
この際、理事補欠選任の件についてお諮りいたします。
委員異動に伴い、現在理事一名が欠員になっております。これよりその補欠選任を行いたいと存じますが、先例により、委員長において指名するに御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →この際、理事補欠選任の件についてお諮りいたします。
委員異動に伴い、現在理事一名が欠員になっております。これよりその補欠選任を行いたいと存じますが、先例により、委員長において指名するに御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
菅
菅
菅波茂#3
○菅波委員長 昭和四十四年度以後における私立学校教職員共済組合からの年金の額の改定に関する法律等の一部を改正する法律案を議題とし、提案理由の説明を聴取いたします。砂田文部大臣。
—————————————
昭和四十四年度以後における私立学校教職員共済組合からの年金の額の改定に関する法律等の一部を改正する法律案
〔本号末尾に掲載〕
—————————————
この発言だけを見る →—————————————
昭和四十四年度以後における私立学校教職員共済組合からの年金の額の改定に関する法律等の一部を改正する法律案
〔本号末尾に掲載〕
—————————————
砂
砂田重民#4
○砂田国務大臣 このたび政府から提出いたしました昭和四十四年度以後における私立学校教職員共済組合からの年金の額の改定に関する法律等の一部を改正する法律案につきまして、その提案の理由及び内容の概要を御説明申し上げます。
私立学校教職員共済組合は、昭和二十九年一月に、私立学校の教職員の福利厚生を図る目的のもとに、私立学校教職員共済組合法により設立されたものでありますが、その以後、本共済組合が行う給付については、国・公立学校の教職員に対する給付の水準と均衡を保つことをたてまえとし、逐次改善が進められ、現在に至っております。
今回は、昭和五十二年度に引き続き、国・公立学校の教職員の年金の額の改定に準じて、私立学校教職員共済組合法の規定による既裁定年金の額の改定等を行うため、この法律案を提出することといたしたのであります。
次に、この法律案の概要について申し上げます。
第一に、私立学校教職員共済組合法の規定による退職年金等の額を、昭和五十二年度の国家公務員の給与の改善内容に基づいて行われる国・公立学校の教職員の退職年金等の額の改定に準じ、昭和五十一年度以前の退職者について昭和五十三年四月分から増額することといたしております。また、これらに伴い、旧私学恩給財団の年金についても相応の引き上げを行うことといたしております。
第二に、既裁定の退職年金、廃疾年金及び遺族年金の最低保障額を、国・公立学校の教職員の既裁定年金の最低保障額の引き上げに準じ、昭和五十三年四月分から引き上げるとともに、六十歳以上の者等に係る遺族年金の最低保障額を昭和五十三年六月分からさらに引き上げることといたしております。
第三に、標準給与の月額の上限を、国・公立学校の教職員の掛金等の算定の基礎となる俸給等の限度額の引き上げに準じ、三十六万円から三十八万円に引き上げるとともに、下限についても六万二千円から六万六千円に引き上げることといたしております。
最後に、この法律の施行日につきましては、他の共済組合制度の例にならって、昭和五十三年四月一日といたしております。
以上が、この法律案の提案の理由及び内容の概要であります。
なお、私立学校教職員共済組合法は、給付関係の規定については、国家公務員共済組合法の関係規定を準用することといたしておりますので、昭和四十二年度以後における国家公務員共済組合等からの年金の額の改定に関する法律等の一部を改正する法律案が成立いたしますと、遺族年金に係る寡婦加算の額の引き上げ措置につきまして、私立学校教職員共済組合の給付についても同様に措置されることになりますので申し添えます。
何とぞ、十分御審議の上、速やかに御賛成くださいますようお願い申し上げます。
この発言だけを見る →私立学校教職員共済組合は、昭和二十九年一月に、私立学校の教職員の福利厚生を図る目的のもとに、私立学校教職員共済組合法により設立されたものでありますが、その以後、本共済組合が行う給付については、国・公立学校の教職員に対する給付の水準と均衡を保つことをたてまえとし、逐次改善が進められ、現在に至っております。
今回は、昭和五十二年度に引き続き、国・公立学校の教職員の年金の額の改定に準じて、私立学校教職員共済組合法の規定による既裁定年金の額の改定等を行うため、この法律案を提出することといたしたのであります。
次に、この法律案の概要について申し上げます。
第一に、私立学校教職員共済組合法の規定による退職年金等の額を、昭和五十二年度の国家公務員の給与の改善内容に基づいて行われる国・公立学校の教職員の退職年金等の額の改定に準じ、昭和五十一年度以前の退職者について昭和五十三年四月分から増額することといたしております。また、これらに伴い、旧私学恩給財団の年金についても相応の引き上げを行うことといたしております。
第二に、既裁定の退職年金、廃疾年金及び遺族年金の最低保障額を、国・公立学校の教職員の既裁定年金の最低保障額の引き上げに準じ、昭和五十三年四月分から引き上げるとともに、六十歳以上の者等に係る遺族年金の最低保障額を昭和五十三年六月分からさらに引き上げることといたしております。
第三に、標準給与の月額の上限を、国・公立学校の教職員の掛金等の算定の基礎となる俸給等の限度額の引き上げに準じ、三十六万円から三十八万円に引き上げるとともに、下限についても六万二千円から六万六千円に引き上げることといたしております。
最後に、この法律の施行日につきましては、他の共済組合制度の例にならって、昭和五十三年四月一日といたしております。
以上が、この法律案の提案の理由及び内容の概要であります。
なお、私立学校教職員共済組合法は、給付関係の規定については、国家公務員共済組合法の関係規定を準用することといたしておりますので、昭和四十二年度以後における国家公務員共済組合等からの年金の額の改定に関する法律等の一部を改正する法律案が成立いたしますと、遺族年金に係る寡婦加算の額の引き上げ措置につきまして、私立学校教職員共済組合の給付についても同様に措置されることになりますので申し添えます。
何とぞ、十分御審議の上、速やかに御賛成くださいますようお願い申し上げます。
菅
菅
小
小島静馬#7
○小島委員 久しぶりの一般質問でございますが、きょうは多くの問題に触れることなく、問題を二つにしぼってお伺いをいたしたいと思います。前半、学校給食、特にその中におけるところの米飯給食の問題点についてお伺いをしたいと思います。後半、日本の英語教育の問題点につきまして、特に外国人教師の招聘の問題についてお伺いをしたいと思います。
学校給食の沿革等も拝見をいたしまして、昭和二十一年から緒につきまして今日に至るまですでに三十年以上の経過をたどっておるわけでございますが、いまどんなふうな状況であるか、それから問題点はどこにあるか、そういう点について体育局長からお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →学校給食の沿革等も拝見をいたしまして、昭和二十一年から緒につきまして今日に至るまですでに三十年以上の経過をたどっておるわけでございますが、いまどんなふうな状況であるか、それから問題点はどこにあるか、そういう点について体育局長からお伺いしたいと思います。
柳
柳川覺治#8
○柳川政府委員 わが国の学校給食は、いま先生御指摘のとおり、学校給食法等に基づきまして、義務教育諸学校を中心に学校教育の一環として実施して今日に至っております。
五十二年五月一日現在におきます全国的な実施状況でございますが、小学校、児童数で申しまして九九・三%と、ほぼ完全実施に近い状態にございます。また、中学校につきましては、生徒数で八二・四%。特殊教育諸学校の幼児、児童、生徒数では七八・八%、夜間定時制高等学校、生徒数では八七・三%に達しておりまして、全体で千五百五十万人の児童、生徒に及んでおる次第でございます。
このうち、学校給食は完全給食、補食給食、ミルク給食の三態様がございますが、完全給食の実施状況は、小学校、児童数では九七・〇%と、ほぼ一〇〇%近い普及率を示しておりますが、中学校につきましてはなお、生徒数で五五・四%と、小学校に比べまして低い普及率になっております。この辺は、中学校の実施が当初開始の時期がおくれたということもございますが、中学校におきます完全給食への普及の問題がなお引き続きこれから努力すべき一つの課題であろうと思います。
それから、学校給食につきましては、全般に施設設備の整備を図っていくという問題がございますし、特に物資につきまして、物資の適正かつ円滑な供給確保を図るという問題が、常に組織需要としてまとまったものでございますので、この面が父兄負担の軽減等の観点から大事なことだということで、各、日本学校給食会あるいは都道府県の給食会を通してのこの面の組織的な確保の体制を図っていくという問題があろうかと思います。
また、特に最近の問題といたしましては、国民の食糧事情を背景といたしまして、長い期間粉食奨励のような形で、パンによります。パン、ミルク、おかずという形での給食が実施の形態でございましたが、これを五十一年度から、実験学校の経験も経まして、パンあり、米あり、めん類ありという、素直な日本人の食事形態の学校給食に切りかえていくというための米飯導入の問題が、現在私ども一番力を注いでおるところでございます。
この発言だけを見る →五十二年五月一日現在におきます全国的な実施状況でございますが、小学校、児童数で申しまして九九・三%と、ほぼ完全実施に近い状態にございます。また、中学校につきましては、生徒数で八二・四%。特殊教育諸学校の幼児、児童、生徒数では七八・八%、夜間定時制高等学校、生徒数では八七・三%に達しておりまして、全体で千五百五十万人の児童、生徒に及んでおる次第でございます。
このうち、学校給食は完全給食、補食給食、ミルク給食の三態様がございますが、完全給食の実施状況は、小学校、児童数では九七・〇%と、ほぼ一〇〇%近い普及率を示しておりますが、中学校につきましてはなお、生徒数で五五・四%と、小学校に比べまして低い普及率になっております。この辺は、中学校の実施が当初開始の時期がおくれたということもございますが、中学校におきます完全給食への普及の問題がなお引き続きこれから努力すべき一つの課題であろうと思います。
それから、学校給食につきましては、全般に施設設備の整備を図っていくという問題がございますし、特に物資につきまして、物資の適正かつ円滑な供給確保を図るという問題が、常に組織需要としてまとまったものでございますので、この面が父兄負担の軽減等の観点から大事なことだということで、各、日本学校給食会あるいは都道府県の給食会を通してのこの面の組織的な確保の体制を図っていくという問題があろうかと思います。
また、特に最近の問題といたしましては、国民の食糧事情を背景といたしまして、長い期間粉食奨励のような形で、パンによります。パン、ミルク、おかずという形での給食が実施の形態でございましたが、これを五十一年度から、実験学校の経験も経まして、パンあり、米あり、めん類ありという、素直な日本人の食事形態の学校給食に切りかえていくというための米飯導入の問題が、現在私ども一番力を注いでおるところでございます。
小
小島静馬#9
○小島委員 ごくあたりまえのことでありますけれども、学校給食を行う基本理念といいましょうか目標といいましょうか、どういうお考えでこれをおやりになっておられるのか、それから学習指導要領の中ではこれはどういう地位を占めておるのか、お伺いいたします。
この発言だけを見る →柳
柳川覺治#10
○柳川政府委員 学校給食は、現在、教育活動の一環としてこれを行うというたてまえをとりまして、学習指導要領の上におきましても特別活動のうちの学級指導に位置づけております。言うまでもございませんが、学校給食それ自体は、栄養のバランスのとれた食事を児童、生徒に提供する、そのことによりまして児童、生徒の健康の増進、体位の向上に寄与するということが第一義的な意義であろうと思います。このことは、学校給食が開始されました当時から、わが国の予供たちの栄養面の不足を補うということで大変大きな役割りを果たしておりますし、現に学校給食によりまして一日の所要の栄養量の相当部分が補完されておるという実態はなお今日でもそのような状態でございます。この学校給食の、健康の増進あるいは体位の向上に果たしておる役割りはなお大きなものがあるというように認識しておる次第でございます。
さらに、教育的な意義の面に立ちますと、児童、生徒の明るい社交性と豊かな人間関係がこの給食を通して育てられるということが指摘されようかと思いますし、また、教師と児童、生徒が同じ物を食べることを通しまして平等感が培われ、これによって情緒が安定し、学習にもよい効果を与えていること、あるいは教師と児童、生徒の親近感が育っておるということは大きな意義であろう。家庭におきまして夕げの場が家庭教育の場であるというように言われておりますとおり、学校におきまして学校給食の場で、教師、子供たちが、親子、兄弟のような人間関係において、食事を通して明るく楽しい環境がつくられておる。この面は人間形成の上で大変大事な場になっておるというように指摘されようかと思います。
また、児童、生徒が協力いたしまして配食や後片づけなどを行っております。このことは、勤労奉仕の精神を身につけることができるということも当然言われることでございまして、このように児童、生徒の円満な人格形成に大きな影響を与えておりまして、学校教育におきまして現在重要な役割りを果たしてきておるわけでございます。
この辺の認識に立ちまして、このたびの新しい学習指導要領の改定に当たりましても、従来の特別活動としての教育的な意義をそのまま継続しておるという経緯でございます。
この発言だけを見る →さらに、教育的な意義の面に立ちますと、児童、生徒の明るい社交性と豊かな人間関係がこの給食を通して育てられるということが指摘されようかと思いますし、また、教師と児童、生徒が同じ物を食べることを通しまして平等感が培われ、これによって情緒が安定し、学習にもよい効果を与えていること、あるいは教師と児童、生徒の親近感が育っておるということは大きな意義であろう。家庭におきまして夕げの場が家庭教育の場であるというように言われておりますとおり、学校におきまして学校給食の場で、教師、子供たちが、親子、兄弟のような人間関係において、食事を通して明るく楽しい環境がつくられておる。この面は人間形成の上で大変大事な場になっておるというように指摘されようかと思います。
また、児童、生徒が協力いたしまして配食や後片づけなどを行っております。このことは、勤労奉仕の精神を身につけることができるということも当然言われることでございまして、このように児童、生徒の円満な人格形成に大きな影響を与えておりまして、学校教育におきまして現在重要な役割りを果たしてきておるわけでございます。
この辺の認識に立ちまして、このたびの新しい学習指導要領の改定に当たりましても、従来の特別活動としての教育的な意義をそのまま継続しておるという経緯でございます。
小
小島静馬#11
○小島委員 もう一つの問題点でございますけれども、先刻の御説明の中で出てまいりました米飯給食の導入の問題ですね。これはやはり学校給食というふうな教育上の効果はもちろんでございますが、もう一つは、時の問題として、米の消費拡大という問題からも当然これは取り上げられるべきものでしょう。閣議におきましても了解事項として出ておりますが、この目標、それから実施状況、どういうふうになっておるか、その点をお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →柳
柳川覺治#12
○柳川政府委員 米飯給食につきましては、御指摘のとおり、食事内容の多様化を図る、また栄養を配慮した米飯の正しい食習慣を身につけさせる等の見地から教育上も大変意味あることでございますし、わが国の食糧資源を考慮いたしまして、これを大いに推進すべきものであるという考え方に立っております。
そのことから、昭和五十一年から学校給食への計画的な導入を図り、当面週二回の実施を目途に、その施策の推進を図っておるところでございます。その結果、昭和五十一年五月現在、学校数で申しまして三六・五%でありましたものが、昭和五十二年五月現在では五八・三%に達してまいりまして、順調にその普及が図られておる状態でございます。五十三年度以降につきましては、五十三年度にこの普及率を八〇%の学校に及ぼす、また五十四年度には九〇%、五十五年度に九五%、五十六年度に一〇〇%の学校が米飯の週二回の導入を実現するという方向の年次計画をいま進めておるところでございまして、これに要します精米の所要量は、五十三年度が四万一千トン、五十四年度六万トン、五十五年度八万三千トン、五十六年度十万四千トンという週二回の消費を考えておるということでございます。
この発言だけを見る →そのことから、昭和五十一年から学校給食への計画的な導入を図り、当面週二回の実施を目途に、その施策の推進を図っておるところでございます。その結果、昭和五十一年五月現在、学校数で申しまして三六・五%でありましたものが、昭和五十二年五月現在では五八・三%に達してまいりまして、順調にその普及が図られておる状態でございます。五十三年度以降につきましては、五十三年度にこの普及率を八〇%の学校に及ぼす、また五十四年度には九〇%、五十五年度に九五%、五十六年度に一〇〇%の学校が米飯の週二回の導入を実現するという方向の年次計画をいま進めておるところでございまして、これに要します精米の所要量は、五十三年度が四万一千トン、五十四年度六万トン、五十五年度八万三千トン、五十六年度十万四千トンという週二回の消費を考えておるということでございます。
小
小島静馬#13
○小島委員 週二回を目標に進めておって、五十二年に五八・三%いったという話ですが、全体として非常に達成率が高いように思いますけれども、実際にはそうじゃないんじゃないですか。全国平均でも結構ですが、月に何回くらい、全体のトータルをいたしますとどのくらいまでいっておりますか。
この発言だけを見る →柳
柳川覺治#14
○柳川政府委員 いま平均いたしまして月に三回くらいの割合でございまして、週二回の目標からいたしますとなおその目標に遠いということでございますが、米の方の消費量は、五十二年度二万トンの消費を見込んでおりましたがこれが二万二千トンほど消化されておるということでございまして、来年度は四万一千トン、約倍を見込んでおりますが、この四万一千トンの目標はぜひ達成いたしたいということを計画しております。学校によりましては現在の設備されておる圧力がま等で月一回だけ行うというところもございますが、すでに学校によっては週二回の計画的な実現を図っておるということで、地域また学校によって現在まちまちでございますが、一応の計画目標は達成していくという見込みの上に立ちまして努力をしてまいりたいと考えておるところでございます。
この発言だけを見る →小
小島静馬#15
○小島委員 これは文部省からいただきました資料でございますけれども、まだ月三回には及ばないんじゃないか。もう少し少ないように思うのですが、週にしますと〇・六ないし〇・七くらい、月にしますと二・五回くらい、そのくらいじゃないでしょうか。
この発言だけを見る →柳
柳川覺治#16
○柳川政府委員 御指摘のとおり三回弱になるという状態でございます。ちなみに、その辺の割合を申し上げますと、週一回行っておる学校が二二%、週二回が一四・二%、それから月一回が一八・一%、月二回が二七・四%、月三回が七・三%というような状態でございまして、やはり現状では週一回ないしは月二回程度という学校の占める割合が多いという状態でございます。
この発言だけを見る →小
小島静馬#17
○小島委員 それから内容的に見ていきますと、どうも大都市においては非常に米飯給食が低い、比較的、田舎に行きますとそうではなくて非常に高い、こういうふうなものが出ていると思うのですが、それは一体何が原因でしょうか。
この発言だけを見る →柳
柳川覺治#18
○柳川政府委員 学校給食への米飯導入につきましては、米の生産が高まったという問題を背景といたしまして、相当長期にわたりまして米作地帯を中心にこの辺の要望が高まってまいりました。その面から、米飯給食への導入につきましては、文部省としては五年間ほど実験校の実験を経まして、それぞれの学校が日本人の食事として素直に米の導入が現場においてなされるようにという期間を置きまして一部切りかえに踏み切ったわけでございます。そういうような関係から、米作地帯、農村地帯におきまして、自分の家でつくっておるお米というものを素直に学校給食へ米飯給食として導入するということの要望は高うございます。またその辺の要望を背景といたしまして、関係の市町村あるいは学校がそれにこたえていくということであろうかと思います。都市部におきましては、学校それ自体の数も多うございますし、都市部はまさに消費地帯でございまして、この面におきまして、一部のところではパンの業者に、パンと同じように米の委託炊飯をさせるというようなことによりまして全面的な実施の方向へ進めておるというところもございますし、自校炊飯方式等の推進を図っておりますが、実際問題として人手の問題等もございまして、都市部の方での切りかえにつきましてはかなり苦労しておるところでございます。
この発言だけを見る →小
小島静馬#19
○小島委員 いまお話が出ましたが、自校炊飯方式、委託炊飯方式、アルファ化米の利用方式、こういうふうに三つに分かれておるようでございますが、長い間の沿革もございまして、パン屋さんに炊飯装置の二分の一補助ですか、そして入れさしているという形が非常に尊重されているようですね。炊飯センター等がございましてもそれは使わないというふうな傾向がございます。いろいろな沿革があろうと思いますが、その理由、沿革についてどういうふうに理解されているでしょうか。
この発言だけを見る →柳
柳川覺治#20
○柳川政府委員 御案内のとおり、学校給食がパン、ミルク、おかずということで、良質な小麦粉を確保いたしましてこれをパンとして給食に導入し、その間、国内産牛乳の飲用奨励も含めまして、従来の日本食では発育盛りの子供に対する食事としては若干欠けていると言われておりますたん白質あるいは脂肪の、いわゆる高たん高脂の食事形態を確保して、わが国の子供たちを大きくたくましく育てていくということの役割りを果たしてきたわけでございます。その間、パンの業界の方にも、この学校給食のパン、ミルク、おかずという形態の推進について大きな御協力と支えをしていただいてきたわけでございます。この面の問題もございますし、なお、学校給食ではお米もあり、パンもあり、めんもある、そういう食事形態を素直に導入していくことが当を得たものであろうという認識に立っております。従来、パンにつきましてはパン業者が委託加工して学校に導入されておりました。そういう従来の経緯もございまして、米飯の問題に委託加工方式を取り入れるということで手間その他の問題も解消いたしますので、米飯の米の価格を低廉にするという施策と相まって、そのような委託加工につきましてもこれを認めていくという立場に立っておる次第でございます。
現在は、自校炊飯方式が五四・五%、委託炊飯方式が二六・八%、アルファ化米の利用方式が一八・七%というような米飯給食の実施形態になっておる次第でございます。委託炊飯方式につきましても、それぞれのパン屋さんの共同化の問題等もございますので、これも地域によってなかなかその形がとり得ないというか、いまその努力をしておる地域もございますが、広い地域でございますので、地域によっては委託加工の方式は無理であろうという、その面は地域あるいは学校の実態においていろいろバラエティーに富んだ対応になろうと思います。それぞれ米飯の導入を素直に実施する、そういう形態をとっていくことに対しまして、それぞれの自校炊飯に対する施設設備の助成、あるいは委託加工の問題につきましては三分の一の助成措置を設備投資にしていく、そういう多様な対応をしてまいりたいというように考えておるところでございます。
この発言だけを見る →現在は、自校炊飯方式が五四・五%、委託炊飯方式が二六・八%、アルファ化米の利用方式が一八・七%というような米飯給食の実施形態になっておる次第でございます。委託炊飯方式につきましても、それぞれのパン屋さんの共同化の問題等もございますので、これも地域によってなかなかその形がとり得ないというか、いまその努力をしておる地域もございますが、広い地域でございますので、地域によっては委託加工の方式は無理であろうという、その面は地域あるいは学校の実態においていろいろバラエティーに富んだ対応になろうと思います。それぞれ米飯の導入を素直に実施する、そういう形態をとっていくことに対しまして、それぞれの自校炊飯に対する施設設備の助成、あるいは委託加工の問題につきましては三分の一の助成措置を設備投資にしていく、そういう多様な対応をしてまいりたいというように考えておるところでございます。
小
小島静馬#21
○小島委員 学校給食をめぐる問題はまだいろいろあろうと思いますけれども、大まかな問題についていままでお伺いをしたわけでございます。
そこで大臣にお伺いをしたいと思います。昭和五十三年一月二十日の閣議了解事項でございますが、「農産物の総合的な自給力の強化と米需給均衡化対策について」その中で特に米飯学校給食の計画的な拡充を図るということが大きく取り上げられておるわけでございます。その後に特にこういった米飯導入といった問題が真剣に論議をされておるわけですが、大臣はこの問題につきましてはどういうふうな御認識をお持ちか、一般的な御意見で結構でございますのでお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →そこで大臣にお伺いをしたいと思います。昭和五十三年一月二十日の閣議了解事項でございますが、「農産物の総合的な自給力の強化と米需給均衡化対策について」その中で特に米飯学校給食の計画的な拡充を図るということが大きく取り上げられておるわけでございます。その後に特にこういった米飯導入といった問題が真剣に論議をされておるわけですが、大臣はこの問題につきましてはどういうふうな御認識をお持ちか、一般的な御意見で結構でございますのでお伺いしたいと思います。
砂
砂田重民#22
○砂田国務大臣 いま御指摘の閣議了解のもとになりましたのも、学校給食の立場から申し上げますならば、先ほど体育局長がお答えをいたしました長期計画をもって週二回の米飯給食を行う、それを目途にするわけでございまして、五十一年、五十二年は、先ほど体育局長がお答えいたしましたように、精米量にいたしますと計画を上回る量を消費できたわけでございます。私は五十三年も大体そういうところでいけると思うのですが、それから後にやはり問題があると思います。未実施校にどういうふうに実施をしていってもらうか。これは相当な努力を必要とすると思います。施設設備費の補助をさらにふやしていく。また、農林省に三五%値引きをしてもらっておりますけれども、これから将来の米価の問題も絡んでまいりますから、農林省にも御努力をいただきますこの値引きの問題もさらに努力を重ねてまいりまして、五十六年度を目指しての所期の目的を何とか達成するよう最善の努力を払ってまいりたい、またそうでなければならないと考えておるものでございます。
この発言だけを見る →小
小島静馬#23
○小島委員 いままでの学校給食の歴史を見ながらつくづく感じますことは、これが児童、生徒の体位の向上あるいは健康の増進に非常に大きな役割りを果たしたことは率直に評価されてよかろう、かように思うわけでございます。それは栄養的な観点もございましょう。それからもっと教育上の効果として徳育の面に非常に大きな影響を持っている、これもいま局長からお話があったとおりでございます。
それからもう一つの観点も率直に認めていいのではなかろうか。栄養等の問題もございましょうけれども、いま農政の中で非常に大きな問題になっております米の問題、国の大きな政策として減反までやって生産の調整をやっておるわけでございますが、考えてみますと、私ども戦前、戦中、戦後というものを生きてきた者にとりまして、これはある意味では非常にぜいたくな悩みでございます。食うに食えなかった三十年前までの日本の姿。ところがこのごろでは主食の米が余って仕方がない。ほかに食べるものもいっぱいあるというふうなことで、米の消費というものも一人当たりにいたしましてどんどん減っている。こういう実情の中で、私どもは、一つには生産の調整というような問題をどうやっていくかという面もございましょうけれども、同時に、国を挙げての消費の拡大というものを考えていくべきではなかろうか。
全体的な風潮として、とかく米を食うとコレステロールがたまるとか体によくない、美容によくないとかというふうに言いますけれども、実はむしろこれは副食に大きな原因があるわけでありまして、副食が非常にぜいたくであった。戦前の、あるいは戦中の日本人というのはそんなに肥満体質の人はおらなかったわけでありまして、あるいは今日の中国人とか韓国人の体型を見ましてもそんなに肥満児、肥満体の方というのはおらないわけでありまして、むしろ副食に大きな原因があるのでございます。外国人、西洋人と比べましても日本人というのは非常にはだがきれいである、きめが細かい、そういうふうな面から見ましても、美容に非常に私は米食が効果があるんじゃないかと思うわけでございまして、何でも外来のものだけがいいんだということでない。もちろんビタミンがどうのこうのということになりますと、パンの製造の過程におきましてはそういうものを混入していって補うということができるでしょう。米はなかなかそれができにくいという面もございましょうけれども、やはりもう一度日本人の本来の主食である米というものを見直して、消費の拡大を図っていかなければならない。
そういう傾向の中で、いまのままの学校給食を続けていきますと、最近米飯導入が言われ始めるようになったわけでありますが、これは国としても、農政だけでなく、国全体の経済の中で非常に大きな問題になってくると思うわけでございます。ですから、教育上の効果とあわせてこういった国の方の全体の政策に協力をしていく、こういうことを考えましたときに、もう少し積極的に米飯給食というものを取り上げていってしかるべきではなかろうか、かように考えるわけでございますが、そういう点につきまして、大臣もう一歩進めてひとつ御意見を伺わせてください。
この発言だけを見る →それからもう一つの観点も率直に認めていいのではなかろうか。栄養等の問題もございましょうけれども、いま農政の中で非常に大きな問題になっております米の問題、国の大きな政策として減反までやって生産の調整をやっておるわけでございますが、考えてみますと、私ども戦前、戦中、戦後というものを生きてきた者にとりまして、これはある意味では非常にぜいたくな悩みでございます。食うに食えなかった三十年前までの日本の姿。ところがこのごろでは主食の米が余って仕方がない。ほかに食べるものもいっぱいあるというふうなことで、米の消費というものも一人当たりにいたしましてどんどん減っている。こういう実情の中で、私どもは、一つには生産の調整というような問題をどうやっていくかという面もございましょうけれども、同時に、国を挙げての消費の拡大というものを考えていくべきではなかろうか。
全体的な風潮として、とかく米を食うとコレステロールがたまるとか体によくない、美容によくないとかというふうに言いますけれども、実はむしろこれは副食に大きな原因があるわけでありまして、副食が非常にぜいたくであった。戦前の、あるいは戦中の日本人というのはそんなに肥満体質の人はおらなかったわけでありまして、あるいは今日の中国人とか韓国人の体型を見ましてもそんなに肥満児、肥満体の方というのはおらないわけでありまして、むしろ副食に大きな原因があるのでございます。外国人、西洋人と比べましても日本人というのは非常にはだがきれいである、きめが細かい、そういうふうな面から見ましても、美容に非常に私は米食が効果があるんじゃないかと思うわけでございまして、何でも外来のものだけがいいんだということでない。もちろんビタミンがどうのこうのということになりますと、パンの製造の過程におきましてはそういうものを混入していって補うということができるでしょう。米はなかなかそれができにくいという面もございましょうけれども、やはりもう一度日本人の本来の主食である米というものを見直して、消費の拡大を図っていかなければならない。
そういう傾向の中で、いまのままの学校給食を続けていきますと、最近米飯導入が言われ始めるようになったわけでありますが、これは国としても、農政だけでなく、国全体の経済の中で非常に大きな問題になってくると思うわけでございます。ですから、教育上の効果とあわせてこういった国の方の全体の政策に協力をしていく、こういうことを考えましたときに、もう少し積極的に米飯給食というものを取り上げていってしかるべきではなかろうか、かように考えるわけでございますが、そういう点につきまして、大臣もう一歩進めてひとつ御意見を伺わせてください。
砂
砂田重民#24
○砂田国務大臣 全く同感でございます。特にいっとき御婦人の方がお米を食べなくなってしまっていた。しかし何か誤った宣伝に惑わされた感なきにしもあらずだという感じがいたします。従来子供たちにも、学校給食の場でパン、ミルク、おかずという組み合わせでもっぱら来たわけでございます。しかし、この子供たちが、将来、家庭での、きょうは何を食べるかということを決定する決定権を持つ立場になるわけでございますから、やはり栄養価というものを考えた多彩な学校給食、こういう面からと、いま御指摘のありました日本の食糧事情、やはり農政に協力もしていくということから、パン、米、めんという、そういう多彩な学校給食に切りかえていかなければいけない。そして、私どもといたしましては、米の消費を学校給食の場で積極的に取り組んでいく。できることならば、立てました長期計画より以上の消費を何とか図っていくように各様の対策に前向きに取り組んでまいりまして、積極的に学校給食に米食が取り入れられますことを念願としながら前向きにやってまいる決意でございます。
この発言だけを見る →小
小島静馬#25
○小島委員 そこで具体的な一つの例を提示したいと思うのでございますが、実は本年三月の十四日でございますが、わが党文教部会におきまして、静岡県豊岡村、ここの学校給食の実態を調査をしてまいりました。実はこの学校給食を愛情弁当というふうに呼んでいるわけでありますが、週に火曜日と木曜日の二日間だけでございますけれども、これはお母さんのつくった弁当を子供が持参をいたします。それをすでに二年近く行っているわけでありますが、その調査の結果に基づきましてまたいろいろお考えを聞いてみたいと思うのでございます。
ごく概括だけを申し上げてみたいと思うのでありますが、この愛情弁当、米飯弁当でございますが、その導入をこの豊岡村の村長の藤森さんという方が先頭に立って実は実施をいたしたわけでございます。五十一年の一月にアンケート調査を実施いたしまして、米飯給食について八五・三%の賛成を得ました。そのうち米飯弁当持参方式について八二・二%の賛成が得られましたので、議会、給食関係者等との慎重協議の上に、五十一年の四月、週二回、火、木曜日の米飯弁当持参の給食を実施いたしたのでございます。
その愛情弁当の内容調査は、これが子供のしつけあるいは親子の連帯感をどのように強めているか等徳育に果たしている役割り、それから朝御飯を炊くことにより家族を含めて米飯機会がふえて、米の消費拡大にどのような効果を及ぼしたか、そういう点についての調査でございます。小・中学生のいる全家庭八百戸を対象にいたしたものでございます。その結果を要約してみますと、現在九八%の父兄が次の効果を高く評価して、愛情弁当に賛成しているのであります。
その一つは、対話と連帯に対する効果。弁当の受け渡しを通じて、元気で勉強してきてねと親から、あるいは、きょうは全部食べてきたよと子供からの対話が生ずる。弁当の量を決めるに当たって親子で相談して決めることなどにより、親子の対話がふえた効果二二%、また台所の手伝いをするようになった一一%、それから子供の健康管理に非常に役立った、これが三八%。こういうことを通じまして親子の連帯感が非常に増してきたことを挙げております。
二番目は、しつけに対する効果でありますが、弁当を自分でかばんに入れる、これが九三%、空き弁当箱の処理は自分でかばんから出す、または洗いおけにつける、これも九六%あります。自分のことは自分でさせる、そのしつけの機会に非常に役立ったようでございます。
それから三番目は、感謝、思いやりに対する効果。お母さんの炊いた御飯は何よりもおいしいと思っている子供が九一%、それから小学校低学年ではお母さんが弁当をつくるのは大変だと思うというふうな気持ち、これが七六%。お母さんに感謝と愛情を深める機会に役立っております。お母さんの、おかずまでつくってやりたいというのが六%でありますね。これは非常に少ないんです。子供の、つくってもらいたい、こういう気持ちは五七%というふうに半分以上を超えております。
それから米の消費拡大に対する効果であります。豊岡村は世帯数二千三百九十戸でございますが、そのうち農家が千九十戸、四五・六%という農村地帯のために、御飯のウエートは八〇%と非常に高いわけでありますが、弁当持参による家庭への波及効果として一・五%、弁当持参による効果として三・七%、計四・二%の米の消費の拡大が進んだものと見込まれております。この結果、御飯中心の食事形態は九〇%近くに達しておるのであります。ちなみに、東京、大阪、名古屋、三大都市四百人の抽出調査によりますと六五%でございます。
そして、これは農村部で、豊岡村は農村部に属するわけでございますが、同時に、静岡県におきましては静岡市の中心ともいうべき静岡市立青葉小学校についての調査をいたしたのでございます。その結果を参考までに申し上げてみますと、静岡市中心部の青葉小学校の父兄百三十六人、これを対象に愛情弁当についてアンケート調査を実施したのであります。その結果、要約をいたしまして、一、朝食が御飯中心の家庭は六四%で、豊岡村の八四%を大幅に下回るにもかかわらず、九二%が賛成をいたしておるのであります。二番目に、賛成の理由として、親子の連帯感が強まるからというのが六九%、あるいは子供の健康状態がわかる、そういう理由でさらに積極的に四〇%の賛成があるわけであります。いずれにしても教育上の観点から好ましいという考え方がはね返ってきているのが、この調査の結果でございます。
それから、豊岡村の愛情弁当に対する措置の仕方でございますが、これは衛生的管理と食味保持のために、保温庫による保管、御飯以外は絶対に持たせない、朝炊いた御飯を持たせる、弁当箱及び弁当袋は常に清潔に保つというようなことを徹底させております。それからパン給食を希望する児童、生徒にはパンを給食する。三番目として、過食過少にならないよう、学年に応じた御飯の分量を指導するとともに、定期的にチェックしている。また、七分づき、麦飯も奨励をいたしております。
その他、愛情弁当持参の日には、きょうは忘れないようにというふうに有線放送で呼びかけるようなこともいたしておりまして、それでも忘れるような事例はありますけれども、親が後ろから届けたり、おもしろいことに級友が一はしずつ分けたという事例もあったようであります。もちろん副食、牛乳は一般生徒と同様に給食をされておるわけでございます。
学校の教師からの要望でございますけれども、教師は、給食時間が短いことが残食あるいは少量持参に連なるので、時間的に余裕を持たせたカリキュラムの編成を望んでいる、こういうのが出ております。村の当局は、愛情弁当に要する米穀にも、学校給食用米穀値引き措置に準じた措置が図られることを要望している。
ちなみに、豊岡村愛情弁当の実施方法として、設置費が、五十一年四月、申し上げたとおりですが、四百十万円の予算、これは保温庫が七つ、及び氏名刻印の弁当箱等約千七百人分。それから、家庭で詰められた弁当は各級ごとの受け箱、十五個から二十個に入れられて、保温庫で、これは常温を百度にして保管、給食のときには五十度ないし六十度に下がるよう前もって引き出しておいて給食をされる。副食及び牛乳は従来どおり給食センターから給食をされる。これが調査の結果の大要でございます。
私ども現場を見まして、非常に子供たちが明るく喜々としてやっている。それからお母さん方の御意見を聞いてみました。いま申し上げましたアンケートの中にも入っておりますけれども、非常にお母さん方が喜んで協力をしているという姿を見てきたわけでございます。教育上の効果といい、あるいは国の施策の方向に対する協力といい、いろいろな面で非常に感銘を受けるところがございまして、ぜひこれを全国的な規模にまで広げることはできないだろうか、そこまで実は思い入れをいたして帰ってきたようなわけでございます。
概要、御報告を申し上げたわけでございますが、何とかそういうふうな方向というものが御検討願えないだろうかと思うのでございます。大臣、ひとついかがでございましょうか。
この発言だけを見る →ごく概括だけを申し上げてみたいと思うのでありますが、この愛情弁当、米飯弁当でございますが、その導入をこの豊岡村の村長の藤森さんという方が先頭に立って実は実施をいたしたわけでございます。五十一年の一月にアンケート調査を実施いたしまして、米飯給食について八五・三%の賛成を得ました。そのうち米飯弁当持参方式について八二・二%の賛成が得られましたので、議会、給食関係者等との慎重協議の上に、五十一年の四月、週二回、火、木曜日の米飯弁当持参の給食を実施いたしたのでございます。
その愛情弁当の内容調査は、これが子供のしつけあるいは親子の連帯感をどのように強めているか等徳育に果たしている役割り、それから朝御飯を炊くことにより家族を含めて米飯機会がふえて、米の消費拡大にどのような効果を及ぼしたか、そういう点についての調査でございます。小・中学生のいる全家庭八百戸を対象にいたしたものでございます。その結果を要約してみますと、現在九八%の父兄が次の効果を高く評価して、愛情弁当に賛成しているのであります。
その一つは、対話と連帯に対する効果。弁当の受け渡しを通じて、元気で勉強してきてねと親から、あるいは、きょうは全部食べてきたよと子供からの対話が生ずる。弁当の量を決めるに当たって親子で相談して決めることなどにより、親子の対話がふえた効果二二%、また台所の手伝いをするようになった一一%、それから子供の健康管理に非常に役立った、これが三八%。こういうことを通じまして親子の連帯感が非常に増してきたことを挙げております。
二番目は、しつけに対する効果でありますが、弁当を自分でかばんに入れる、これが九三%、空き弁当箱の処理は自分でかばんから出す、または洗いおけにつける、これも九六%あります。自分のことは自分でさせる、そのしつけの機会に非常に役立ったようでございます。
それから三番目は、感謝、思いやりに対する効果。お母さんの炊いた御飯は何よりもおいしいと思っている子供が九一%、それから小学校低学年ではお母さんが弁当をつくるのは大変だと思うというふうな気持ち、これが七六%。お母さんに感謝と愛情を深める機会に役立っております。お母さんの、おかずまでつくってやりたいというのが六%でありますね。これは非常に少ないんです。子供の、つくってもらいたい、こういう気持ちは五七%というふうに半分以上を超えております。
それから米の消費拡大に対する効果であります。豊岡村は世帯数二千三百九十戸でございますが、そのうち農家が千九十戸、四五・六%という農村地帯のために、御飯のウエートは八〇%と非常に高いわけでありますが、弁当持参による家庭への波及効果として一・五%、弁当持参による効果として三・七%、計四・二%の米の消費の拡大が進んだものと見込まれております。この結果、御飯中心の食事形態は九〇%近くに達しておるのであります。ちなみに、東京、大阪、名古屋、三大都市四百人の抽出調査によりますと六五%でございます。
そして、これは農村部で、豊岡村は農村部に属するわけでございますが、同時に、静岡県におきましては静岡市の中心ともいうべき静岡市立青葉小学校についての調査をいたしたのでございます。その結果を参考までに申し上げてみますと、静岡市中心部の青葉小学校の父兄百三十六人、これを対象に愛情弁当についてアンケート調査を実施したのであります。その結果、要約をいたしまして、一、朝食が御飯中心の家庭は六四%で、豊岡村の八四%を大幅に下回るにもかかわらず、九二%が賛成をいたしておるのであります。二番目に、賛成の理由として、親子の連帯感が強まるからというのが六九%、あるいは子供の健康状態がわかる、そういう理由でさらに積極的に四〇%の賛成があるわけであります。いずれにしても教育上の観点から好ましいという考え方がはね返ってきているのが、この調査の結果でございます。
それから、豊岡村の愛情弁当に対する措置の仕方でございますが、これは衛生的管理と食味保持のために、保温庫による保管、御飯以外は絶対に持たせない、朝炊いた御飯を持たせる、弁当箱及び弁当袋は常に清潔に保つというようなことを徹底させております。それからパン給食を希望する児童、生徒にはパンを給食する。三番目として、過食過少にならないよう、学年に応じた御飯の分量を指導するとともに、定期的にチェックしている。また、七分づき、麦飯も奨励をいたしております。
その他、愛情弁当持参の日には、きょうは忘れないようにというふうに有線放送で呼びかけるようなこともいたしておりまして、それでも忘れるような事例はありますけれども、親が後ろから届けたり、おもしろいことに級友が一はしずつ分けたという事例もあったようであります。もちろん副食、牛乳は一般生徒と同様に給食をされておるわけでございます。
学校の教師からの要望でございますけれども、教師は、給食時間が短いことが残食あるいは少量持参に連なるので、時間的に余裕を持たせたカリキュラムの編成を望んでいる、こういうのが出ております。村の当局は、愛情弁当に要する米穀にも、学校給食用米穀値引き措置に準じた措置が図られることを要望している。
ちなみに、豊岡村愛情弁当の実施方法として、設置費が、五十一年四月、申し上げたとおりですが、四百十万円の予算、これは保温庫が七つ、及び氏名刻印の弁当箱等約千七百人分。それから、家庭で詰められた弁当は各級ごとの受け箱、十五個から二十個に入れられて、保温庫で、これは常温を百度にして保管、給食のときには五十度ないし六十度に下がるよう前もって引き出しておいて給食をされる。副食及び牛乳は従来どおり給食センターから給食をされる。これが調査の結果の大要でございます。
私ども現場を見まして、非常に子供たちが明るく喜々としてやっている。それからお母さん方の御意見を聞いてみました。いま申し上げましたアンケートの中にも入っておりますけれども、非常にお母さん方が喜んで協力をしているという姿を見てきたわけでございます。教育上の効果といい、あるいは国の施策の方向に対する協力といい、いろいろな面で非常に感銘を受けるところがございまして、ぜひこれを全国的な規模にまで広げることはできないだろうか、そこまで実は思い入れをいたして帰ってきたようなわけでございます。
概要、御報告を申し上げたわけでございますが、何とかそういうふうな方向というものが御検討願えないだろうかと思うのでございます。大臣、ひとついかがでございましょうか。
砂
砂田重民#26
○砂田国務大臣 私も大変感銘深くいまのお話を伺いました。ただ、お母様方の圧倒的多数の同意を得られたその豊岡村の場合は、教育上の意味からも大変恵まれた学校環境にあったように伺ったわけでございますが、いま御指摘のございました農林省の三五%値引きの問題をどう絡めていくかということも非常にむずかしい問題があろうかと思います。また、地域によっては、先ほど私、これからが問題がございますと申し上げたように、大都市部においてはそのようなお母様方の同意が得られるかどうか、非常にむずかしい点があろうと思います。中途半端なことで弁当持参ということを実施いたしますと、教育上むしろ大きなデメリットも伴うことでございます。ただ、いまの豊岡村の例は大変好ましい例だと思いますので、検討をさせていただきたいと思います。
この発言だけを見る →小
小島静馬#27
○小島委員 いま言いました三五%値引きの問題とか、いろいろむずかしい問題がたくさんあると思うのです。ただ、やはり積極的な指導、助成ということによって非常に普及してくるかどうかということはあるわけでございまして、非常に前向きな御答弁を承りまして大変ありがたく思います。ぜひ御検討いただきまして、できるところから導入していく。またデメリットになる部分はどうしたら消していくことができるだろうか、こういうことにもつながってくると思いますから、心から御要望申し上げますので、この機会にぜひ御検討いただきまして、今後の施策に御期待申し上げていく次第でございます。
なお聞きたい点がございますが、時間が余ったらということにいたしまして、大臣が大体十一時半くらいになりますとお出になるということでございますので、学校給食についてはこの程度にしておきます。おられる間にもう一つの問題点につきまして、大臣にお伺いをいたしたいと思うのでございます。
去年の三月だったと思うのでございますが、文教委員会におきまして、当時の文教行政の問題点について幾つか質問いたしました。その中の一つで私申し上げたことでございますが、今日の日本の英語教育の実情でございます。中学に入りますと英語の授業が受けられる。高等学校に行きますと、必修科目でございましたでしょうか、高等学校においても相当の時間数を割いて英語教育をやります。大学に行きましても、もちろん選択になりますけれども、外国語教育というのはやるわけであります。中学、高校、大学と、相当の時間をかけて英語の勉強をして、その結果、高卒あるいは大卒でどの程度の英語の実用化が図られているかということを考えてみますと、実は非常に心もとない実情ではなかろうかと思います。私などは英字新聞すら読めないわけでございますが、不勉強であった私のような者は例外といたしましても、学校でたとえば英語が優だとかAだとか、そういう点を取ったといたしましても、実際には英字新聞を字引を片手に何とか読めるというのがほぼ一般的なレベルではなかろうか。直ちに英会話ができる、先方の言ったことが理解でき、そしてまた自分の言いたいことを表現することができるというレベルには、実はなかなか到達しておらないのが実情ではなかろうかと思うのであります。
やはり、教育の目標というもの、外国語をなぜ教えるのだろうか、私はいろいろ考えます。ほかの科目に比べて、数学であるとかあるいは国語であるとか、そういうものとは違った外国語教育の何か目標があるように思うのでございます。そのことの中で、教育は人格を形成しあるいはその人の人間の能力を引っ張り出す、そういう論点があることは言うまでもございませんけれども、もう一つは、実学主義といいましょうか、実際にどれだけ役に立つかということ、これは教育の中の非常に大きな理念の一つだろう。私は、これは教育全体について言えることではないかと思うのであります。そういう角度から今日の英語教育の実情を考えましたときに、時間を相当かけて文法やらいろいろなことをやるわけでありますし、また実際の書物にも親しむことができるような方向はありますけれども、いわゆる実学主義的な立場からへ実用的な立場から考えてみますと、実は本当にお粗末なのが今日の英語教育の実態ではなかろうか。ですから、中にはいまのような英語教育だったら全部やめてしまった方がいいのだというふうなことまであえて言う識者もあるわけでございます。そういう観点の中から、どうしたら英語教育というものの実用化を図っていくことができるだろうか、このことを私は考えてみる必要があると思うのです。
今日の文教政策の中でもすでにこのことは行われているわけでございまして、アメリカから十何人でありますか、ことしの予算でも十五人くらいの者を連れてくる。ところが、聞いてみますと、案外引き受け手がないんだというようなお話までも聞いておるわけでありますが、これもやはり問題があるから引き受け手がないわけでありまして、そういう面で、英語教育の実用化というものを積極的に推進する施策が望ましいと私は思うのです。特にこれからの日本の青少年の世界に向かって生きていく生き方というものを考えましたときに、高等学校を出れば日常英会話程度はできる、このレベルくらいまでにはぜひ持っていきたいと思うのです。もちろん、外国へ行きましてもポルトガル語やスペイン語やあるいはフランス語やということがあるわけでありますが、何といいましても英語ができておれば大体世界じゅうどこへ行っても何とか日常生活には不自由がないということを、しばしば海外に行ってみて私は痛感するわけであります。やはり世界語と言われるのは英語が非常に普及度が高い。世界の七割は英語を使っているというようなことを言われているわけであります。正確なことは知りませんけれども。そういう意味で、英語教育をどうしたら実用化させることができるだろうか、このことが私は非常に重要だと思います。
それから、今日、雇用不安あるいは産業構造の不安の中に置かれておるわけでありますが、そのことを考えましたときに、日本人の海外進出というものをもう一度見直してみる必要があるのではなかろうか。それは、かつての戦前、戦中のような侵略的な意図につながるところの海外進出ではなくて、もっと平和的な、たとえば外国のおくれている国に出かけていって、そして日本の青年が持っている技術を使って職場リーダーになって、率先見本を示してその国の産業の発展のために尽くしていくとか、日本文化を紹介するとか、いろいろな面があるだろうと思うのでございます。そして年食ったらまた帰ってくる。嫁さんが欲しくなったら日本へ帰ってきて嫁さんを探して、女房を連れて出かけていく。そういうふうに世界の中に日本人が平和的に進出していく、そして世界じゅうの人から愛される。日本人はこういう人間で、非常に文化も高いし、単なるエコノミックアニマルではなかったな、そういうふうな理解を得ることが必要ではないかと思うのでございます。
私は、昨年の八月でございましたか、本院から派遣されまして、EC内外の六カ国の国々を回ってきたのであります。特に、どこへ行っても感じたことでございますが、英国へ行って感じたことでございます。私は聞いてみたのでございますが、あなたは日本を知っておりますか、こういうふうに聞いてみますと、四十五歳以上ぐらいの英国人は答えるのであります。知っていると言いますから、じゃ一体日本というのはどういう国であるかと聞きますと、日本はフジヤマの国である、こういうふうに答えるのであります。三十歳から下ぐらいの若い青少年を特に中心として聞いてみますと、日本を知っているかと言いますと、確かに彼らは答えます。日本を知っているよと、こう言うんです。どういう国だと聞いてみますと、日本はソニーの国であり、ホンダの国であり、ナショナルの国である、こういう答えがはね返ってくるのでございまして、日本がフジヤマの国であるということを知らないのでございます。イギリスの教育制度を調べてみますと、英国には歴史の先生というのがおりません。地理の先生が地理を教えながら歴史を教えているわけであります。そしてまず第一に教えているのが自分の国、英連邦、英国のことであります。二番目に教えているのがECを中心といたしましたヨーロッパのことであります。三番目に教えているのがアメリカのことであり、四番目に教えているのが近いアフリカのことでございまして、ようやく五番目になって日本のこと、いやアジアのことを教えるわけでありますが、そのアジアのこととして教えているのは日本でも何でもなくて、実は英連邦の一成員であるインドをもってこれがアジアであるといって教えておるわけであります。ですからいまの青年に聞いても日本がこういうふうな国であるということを知らないわけでございます。非常にそのことを痛感をいたしました。
今日、アメリカの日本に対する感情、あるいはEC諸国の日本に対する感情等を考えましたときに、慄然たるものが実はあるわけでございまして、今日の日本が伸びていく方向というものを考えましたときに、このような壁をそのままほうっておいたのでは日本の生きていく道は恐らくないだろうというふうに考えるわけでございまして、そういう意味では、日本全体の国際社会に生きる生き方の姿勢という問題を根底から変えていかなければならぬということを痛感をして私は帰ってまいりました。その中におけるところの文教行政のあり方、特にその中で具体的に直接的にこういう方途に役に立つ方法として、この外国語教育の実情を打破することを一つの目標としながら、同時に日本に対する国際的な理解を、真の評価を得さしめる、そういう方向というものを模索する何らかの政策があるはずだということを痛感をいたしておる次第でございます。
それで、その後実際的なそういう動きがあるということを理解をして帰ってきたわけでありますが、英国の大使館でも言っておりましたけれども、非常に熱心に、百人ないし二百人ぐらいの英国の大学の新卒者を送り込むので、日本がこれを受けとめてくれないかという話がすでに大使館には来ておる、あるいは外務省でどなたかが熱心にこれをやっているというふうなお話を聞いてきたわけでございます。さらに最近の動きをずっと調べてみますと、私もこれは参加いたしておりますが、五十二年七月に提案され、また五十三年の一月でございますか、日英文化混合委員会でございますか、そこにおいて正式に提案をされ、論議をされておるわけであります。また、日英議員連盟というのが超党派でできておりますが、これが本年の二月八日に岸会長以下会合を持ちまして、その席でも真剣に議論がされたところであります。当日は文部省の担当の方もお見えくださって、いろいろな御意見があってそう簡単にいく問題ではないということも承っております。
これは英語教師の長期派遣計画についてということで英国のウォルファース氏が、これは英国の保守党のホワイトロー副党首秘書役ということになっております。実際は銀行家であるというようなことも聞いておりますが、こういうふうな具体の計画がございます。これを実現したらどんなにいいだろうか。そして一年ないし二年の滞日期間、そしてそれをどんどん交代をさしていく。彼らが帰ったならば、そして再び英国の教壇に立ったときに、もう、日本はホンダの国でありソニーの国であるというだけではない認識を持って帰るはずであります。フジヤマの国であり、すばらしい人情、文化に恵まれた国であると、目を輝かせながら語るであろうというふうに期待される施策であるわけであります。幾つかの障害はあろうと思うわけでありますが、これをぜひ進めていったらどうだろうか。私は具体の動きに、さらにこの委員会におきまして積極的に応援をしていきたいような気持ちを持つわけでございます。
少し長く申し上げてしまいましたけれども、基本的な考え方において大臣はどのような対応の仕方をしてくださるだろうか、御期待を申し上げながら御質問申し上げるわけでございます。
この発言だけを見る →なお聞きたい点がございますが、時間が余ったらということにいたしまして、大臣が大体十一時半くらいになりますとお出になるということでございますので、学校給食についてはこの程度にしておきます。おられる間にもう一つの問題点につきまして、大臣にお伺いをいたしたいと思うのでございます。
去年の三月だったと思うのでございますが、文教委員会におきまして、当時の文教行政の問題点について幾つか質問いたしました。その中の一つで私申し上げたことでございますが、今日の日本の英語教育の実情でございます。中学に入りますと英語の授業が受けられる。高等学校に行きますと、必修科目でございましたでしょうか、高等学校においても相当の時間数を割いて英語教育をやります。大学に行きましても、もちろん選択になりますけれども、外国語教育というのはやるわけであります。中学、高校、大学と、相当の時間をかけて英語の勉強をして、その結果、高卒あるいは大卒でどの程度の英語の実用化が図られているかということを考えてみますと、実は非常に心もとない実情ではなかろうかと思います。私などは英字新聞すら読めないわけでございますが、不勉強であった私のような者は例外といたしましても、学校でたとえば英語が優だとかAだとか、そういう点を取ったといたしましても、実際には英字新聞を字引を片手に何とか読めるというのがほぼ一般的なレベルではなかろうか。直ちに英会話ができる、先方の言ったことが理解でき、そしてまた自分の言いたいことを表現することができるというレベルには、実はなかなか到達しておらないのが実情ではなかろうかと思うのであります。
やはり、教育の目標というもの、外国語をなぜ教えるのだろうか、私はいろいろ考えます。ほかの科目に比べて、数学であるとかあるいは国語であるとか、そういうものとは違った外国語教育の何か目標があるように思うのでございます。そのことの中で、教育は人格を形成しあるいはその人の人間の能力を引っ張り出す、そういう論点があることは言うまでもございませんけれども、もう一つは、実学主義といいましょうか、実際にどれだけ役に立つかということ、これは教育の中の非常に大きな理念の一つだろう。私は、これは教育全体について言えることではないかと思うのであります。そういう角度から今日の英語教育の実情を考えましたときに、時間を相当かけて文法やらいろいろなことをやるわけでありますし、また実際の書物にも親しむことができるような方向はありますけれども、いわゆる実学主義的な立場からへ実用的な立場から考えてみますと、実は本当にお粗末なのが今日の英語教育の実態ではなかろうか。ですから、中にはいまのような英語教育だったら全部やめてしまった方がいいのだというふうなことまであえて言う識者もあるわけでございます。そういう観点の中から、どうしたら英語教育というものの実用化を図っていくことができるだろうか、このことを私は考えてみる必要があると思うのです。
今日の文教政策の中でもすでにこのことは行われているわけでございまして、アメリカから十何人でありますか、ことしの予算でも十五人くらいの者を連れてくる。ところが、聞いてみますと、案外引き受け手がないんだというようなお話までも聞いておるわけでありますが、これもやはり問題があるから引き受け手がないわけでありまして、そういう面で、英語教育の実用化というものを積極的に推進する施策が望ましいと私は思うのです。特にこれからの日本の青少年の世界に向かって生きていく生き方というものを考えましたときに、高等学校を出れば日常英会話程度はできる、このレベルくらいまでにはぜひ持っていきたいと思うのです。もちろん、外国へ行きましてもポルトガル語やスペイン語やあるいはフランス語やということがあるわけでありますが、何といいましても英語ができておれば大体世界じゅうどこへ行っても何とか日常生活には不自由がないということを、しばしば海外に行ってみて私は痛感するわけであります。やはり世界語と言われるのは英語が非常に普及度が高い。世界の七割は英語を使っているというようなことを言われているわけであります。正確なことは知りませんけれども。そういう意味で、英語教育をどうしたら実用化させることができるだろうか、このことが私は非常に重要だと思います。
それから、今日、雇用不安あるいは産業構造の不安の中に置かれておるわけでありますが、そのことを考えましたときに、日本人の海外進出というものをもう一度見直してみる必要があるのではなかろうか。それは、かつての戦前、戦中のような侵略的な意図につながるところの海外進出ではなくて、もっと平和的な、たとえば外国のおくれている国に出かけていって、そして日本の青年が持っている技術を使って職場リーダーになって、率先見本を示してその国の産業の発展のために尽くしていくとか、日本文化を紹介するとか、いろいろな面があるだろうと思うのでございます。そして年食ったらまた帰ってくる。嫁さんが欲しくなったら日本へ帰ってきて嫁さんを探して、女房を連れて出かけていく。そういうふうに世界の中に日本人が平和的に進出していく、そして世界じゅうの人から愛される。日本人はこういう人間で、非常に文化も高いし、単なるエコノミックアニマルではなかったな、そういうふうな理解を得ることが必要ではないかと思うのでございます。
私は、昨年の八月でございましたか、本院から派遣されまして、EC内外の六カ国の国々を回ってきたのであります。特に、どこへ行っても感じたことでございますが、英国へ行って感じたことでございます。私は聞いてみたのでございますが、あなたは日本を知っておりますか、こういうふうに聞いてみますと、四十五歳以上ぐらいの英国人は答えるのであります。知っていると言いますから、じゃ一体日本というのはどういう国であるかと聞きますと、日本はフジヤマの国である、こういうふうに答えるのであります。三十歳から下ぐらいの若い青少年を特に中心として聞いてみますと、日本を知っているかと言いますと、確かに彼らは答えます。日本を知っているよと、こう言うんです。どういう国だと聞いてみますと、日本はソニーの国であり、ホンダの国であり、ナショナルの国である、こういう答えがはね返ってくるのでございまして、日本がフジヤマの国であるということを知らないのでございます。イギリスの教育制度を調べてみますと、英国には歴史の先生というのがおりません。地理の先生が地理を教えながら歴史を教えているわけであります。そしてまず第一に教えているのが自分の国、英連邦、英国のことであります。二番目に教えているのがECを中心といたしましたヨーロッパのことであります。三番目に教えているのがアメリカのことであり、四番目に教えているのが近いアフリカのことでございまして、ようやく五番目になって日本のこと、いやアジアのことを教えるわけでありますが、そのアジアのこととして教えているのは日本でも何でもなくて、実は英連邦の一成員であるインドをもってこれがアジアであるといって教えておるわけであります。ですからいまの青年に聞いても日本がこういうふうな国であるということを知らないわけでございます。非常にそのことを痛感をいたしました。
今日、アメリカの日本に対する感情、あるいはEC諸国の日本に対する感情等を考えましたときに、慄然たるものが実はあるわけでございまして、今日の日本が伸びていく方向というものを考えましたときに、このような壁をそのままほうっておいたのでは日本の生きていく道は恐らくないだろうというふうに考えるわけでございまして、そういう意味では、日本全体の国際社会に生きる生き方の姿勢という問題を根底から変えていかなければならぬということを痛感をして私は帰ってまいりました。その中におけるところの文教行政のあり方、特にその中で具体的に直接的にこういう方途に役に立つ方法として、この外国語教育の実情を打破することを一つの目標としながら、同時に日本に対する国際的な理解を、真の評価を得さしめる、そういう方向というものを模索する何らかの政策があるはずだということを痛感をいたしておる次第でございます。
それで、その後実際的なそういう動きがあるということを理解をして帰ってきたわけでありますが、英国の大使館でも言っておりましたけれども、非常に熱心に、百人ないし二百人ぐらいの英国の大学の新卒者を送り込むので、日本がこれを受けとめてくれないかという話がすでに大使館には来ておる、あるいは外務省でどなたかが熱心にこれをやっているというふうなお話を聞いてきたわけでございます。さらに最近の動きをずっと調べてみますと、私もこれは参加いたしておりますが、五十二年七月に提案され、また五十三年の一月でございますか、日英文化混合委員会でございますか、そこにおいて正式に提案をされ、論議をされておるわけであります。また、日英議員連盟というのが超党派でできておりますが、これが本年の二月八日に岸会長以下会合を持ちまして、その席でも真剣に議論がされたところであります。当日は文部省の担当の方もお見えくださって、いろいろな御意見があってそう簡単にいく問題ではないということも承っております。
これは英語教師の長期派遣計画についてということで英国のウォルファース氏が、これは英国の保守党のホワイトロー副党首秘書役ということになっております。実際は銀行家であるというようなことも聞いておりますが、こういうふうな具体の計画がございます。これを実現したらどんなにいいだろうか。そして一年ないし二年の滞日期間、そしてそれをどんどん交代をさしていく。彼らが帰ったならば、そして再び英国の教壇に立ったときに、もう、日本はホンダの国でありソニーの国であるというだけではない認識を持って帰るはずであります。フジヤマの国であり、すばらしい人情、文化に恵まれた国であると、目を輝かせながら語るであろうというふうに期待される施策であるわけであります。幾つかの障害はあろうと思うわけでありますが、これをぜひ進めていったらどうだろうか。私は具体の動きに、さらにこの委員会におきまして積極的に応援をしていきたいような気持ちを持つわけでございます。
少し長く申し上げてしまいましたけれども、基本的な考え方において大臣はどのような対応の仕方をしてくださるだろうか、御期待を申し上げながら御質問申し上げるわけでございます。
砂
砂田重民#28
○砂田国務大臣 学校におきます外国語教育、英語教育は、中学校から大学まで相当長い間行われているわけでございますけれども、日本語と言語系統が違うというようなことから、なかなか十分な語学力を身につけていないことの方が多い、御指摘のとおり、事実でございます。
いまお話のございました英国からの話のこと、いまの現状をお答えしておきたいと思いますが、当初、英国の大学を卒業した青年百ないし百五十人を日本へ派遣して、日本の学校や企業等で英語教育に当たらしめる、日本における英語教育の充実と、また英国人の正しい日本認識を深める、こういう考え方から、経費の負担、受け入れ先のあっせん等について日本側の協力が求められたわけでございます。その後いろいろ協議をいたしました結果、当面数十名程度の受け入れにしぼりまして、可能な範囲で五十三年度から受け入れを開始する線で努力することと相なりました。文部省といたしましては、日英の友好親善、相互理解、このようなことに資するとの観点から積極的に取り組むことにいたしまして、現在、中学校、高等学校、大学あるいは語学教育を主な目的といたします専修学校に対しまして、受け入れ希望数を照会、調査中でございます。この調査結果がまとまり次第、英国側に適任者の推薦を求めまして、本年の十月から受け入れが実現できるように関係者と協議を進めてまいりたい、かように考えまして、ただいま調査中でございます。
この発言だけを見る →いまお話のございました英国からの話のこと、いまの現状をお答えしておきたいと思いますが、当初、英国の大学を卒業した青年百ないし百五十人を日本へ派遣して、日本の学校や企業等で英語教育に当たらしめる、日本における英語教育の充実と、また英国人の正しい日本認識を深める、こういう考え方から、経費の負担、受け入れ先のあっせん等について日本側の協力が求められたわけでございます。その後いろいろ協議をいたしました結果、当面数十名程度の受け入れにしぼりまして、可能な範囲で五十三年度から受け入れを開始する線で努力することと相なりました。文部省といたしましては、日英の友好親善、相互理解、このようなことに資するとの観点から積極的に取り組むことにいたしまして、現在、中学校、高等学校、大学あるいは語学教育を主な目的といたします専修学校に対しまして、受け入れ希望数を照会、調査中でございます。この調査結果がまとまり次第、英国側に適任者の推薦を求めまして、本年の十月から受け入れが実現できるように関係者と協議を進めてまいりたい、かように考えまして、ただいま調査中でございます。
小
小島静馬#29
○小島委員 この問題につきましていま非常に前向きな、もう本年の十月から数十名を実施に移すのだというふうな具体的な計画をお示しいただきまして非常に意を強くいたした次第でございますが、これはやっていく上でいろいろ問題が出てくると思うのですよ。やり方でもってまた実際中身が非常に違ってくると思うのです。
そこで、実はこんなことでいろいろ資料を集めている間に、ある意味では驚くべき事実を私は一つ発見をいたしました。それは、私の住んでおります静岡県の教育委員会から実はけさ私のところへ電話で資料が入りました。文部省の方にも早速申し上げておきましたので、当時の実情がどうなっているかということを御調査を願いたいわけでございますが、それは、戦前におきましてすでにこういう制度を日本で取り上げておったのではないか、そう思われる資料が入手できたのでございます。
それは外国人英語教師でございますが、実は大正八年にすでにこの制度が始まっておりまして、県内で言いますと静岡商業、ここでは給与月額二十円、それから榛原中学、これはもちろん旧制でございますが、給与が月額五円でもって、教授嘱託の身分で外人英語教師がおったのでございます。これを出発点といたしましてその後どんどんふえておりまして、昭和六年までずっと続いております。いま申し上げました旧制静岡商業、榛原中学に加えまして、浜松一中、現在の浜松北高等学校であります。沼津中学、これは現在の沼津東高校。それから韮山中学、これは現在の韮山高等学校であります。掛川中学、現在の掛西。富士中、現在の富士高。下田にございます豆陽中学、現在の下田北高校であります。それから榛原中学、これは現在の榛原高校でございます。こういった県下の名門旧制中学が一斉に外人英語教師を、月の給与が二十五円ないし三十五円で雇い入れている事実がございます。そして昭和七年にそれらの中学から外人教師の在職が一斉になくなっております。その理由については昔のことでございますので定かではございませんが、当時の旧制中学の管理というのは国が行っていたはずでございますので、静岡県でこういうふうに県下の有力校に全部外人教師が張りつけられておったという事実から見ますと、恐らく全国的にその記録が残っているのではないだろうか、あるいは国が指導助成の策としてやっておったのではないか、そういうことが類推をされるわけであります。戦争が近づきまして、昭和七年から昭和十五年までの間にはこれらの学校の先生は消えまして、ひとり清水市立商業学校にのみ外人教師が在職していた記録が残っております。昭和十六年は開戦の年でございまして、それ以後は消えたわけでございます。まだ、けさ資料を手にしたばかりでございますので、文部省の方ではお調べになっておらないと思いますが、何か思い当たる節がございませんでしょうか。
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それは外国人英語教師でございますが、実は大正八年にすでにこの制度が始まっておりまして、県内で言いますと静岡商業、ここでは給与月額二十円、それから榛原中学、これはもちろん旧制でございますが、給与が月額五円でもって、教授嘱託の身分で外人英語教師がおったのでございます。これを出発点といたしましてその後どんどんふえておりまして、昭和六年までずっと続いております。いま申し上げました旧制静岡商業、榛原中学に加えまして、浜松一中、現在の浜松北高等学校であります。沼津中学、これは現在の沼津東高校。それから韮山中学、これは現在の韮山高等学校であります。掛川中学、現在の掛西。富士中、現在の富士高。下田にございます豆陽中学、現在の下田北高校であります。それから榛原中学、これは現在の榛原高校でございます。こういった県下の名門旧制中学が一斉に外人英語教師を、月の給与が二十五円ないし三十五円で雇い入れている事実がございます。そして昭和七年にそれらの中学から外人教師の在職が一斉になくなっております。その理由については昔のことでございますので定かではございませんが、当時の旧制中学の管理というのは国が行っていたはずでございますので、静岡県でこういうふうに県下の有力校に全部外人教師が張りつけられておったという事実から見ますと、恐らく全国的にその記録が残っているのではないだろうか、あるいは国が指導助成の策としてやっておったのではないか、そういうことが類推をされるわけであります。戦争が近づきまして、昭和七年から昭和十五年までの間にはこれらの学校の先生は消えまして、ひとり清水市立商業学校にのみ外人教師が在職していた記録が残っております。昭和十六年は開戦の年でございまして、それ以後は消えたわけでございます。まだ、けさ資料を手にしたばかりでございますので、文部省の方ではお調べになっておらないと思いますが、何か思い当たる節がございませんでしょうか。