厚生委員会

1994-11-01 参議院 全241発言

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会議録情報#0
平成六年十一月一日(火曜日)
   午前十時三分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 十月三十一日
    辞任         補欠選任
     竹村 泰子君     糸久八重子君
 十一月一日
    辞任         補欠選任
    清水 澄子君      今井  澄君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         種田  誠君
    理 事
                清水嘉与子君
                宮崎 秀樹君
                菅野  壽君
                横尾 和伸君
    委 員
                石井 道子君
                尾辻 秀久君
                大島 慶久君
                大浜 方栄君
                佐々木 満君
                前島英三郎君
                糸久八重子君
                今井  澄君
               日下部禧代子君
                堀  利和君
                勝木 健司君
                萩野 浩基君
                高桑 栄松君
                西山登紀子君
   衆議院議員
       修正案提出者   戸井田三郎君
   国務大臣
       厚 生 大 臣  井出 正一君
   政府委員
       防衛施設庁労務
       部長       涌田作次郎君
       沖縄開発庁総務
       局長       渡辺  明君
       厚生大臣官房長  山口 剛彦君
       厚生大臣官房総
       務審議官     太田 義武君
       厚生省保健医療
       局長       谷  修一君
       厚生省社会・援
       護局長      佐野 利昭君
       厚生省年金局長  近藤純五郎君
       社会保険庁運営
       部長
       兼内閣審議官   横田 吉男君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        水野 国利君
   説明員
       大蔵省主計局主
       計官       丹呉 泰健君
       運輸省運輸政策
       局消費者行政課
       長        淡路  均君
       労働省職業安定
       局高齢・障害者
       対策部企画課長  太田 俊明君
   参考人
       年金評論家    村上  清君
       日本労働組合総
       連合会副事務局
       長        河口 博行君
       慶應義塾大学名
       誉教授      庭田 範秋君
       労働運動総合研
       究所理事     草島 和幸君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○国民年金法等の一部を改正する法律案(第百二
 十九回国会内閣提出、第百三十一回国会衆議院
 送付)
    ―――――――――――――
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種田誠#1
○委員長(種田誠君) ただいまから厚生委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨日、竹村泰子君が委員を辞任され、その補欠として糸久八重子君が選任されました。
 また、本日、清水澄子君が委員を辞任され、その補欠として今井澄君が選任されました。
    ―――――――――――――
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種田誠#2
○委員長(種田誠君) 国民年金法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
 本法律案の審査のため、本日、参考人として、お手元に配付の名薄の方々に御出席いただいております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙中のところ本委員会に御出席いただきまして、まことにありがとうございます。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。参考人の方々から忌憚のない御意見を賜りまして、法案審査の参考にいたしたいと存じます。
 次に、議事の進め方について申し上げます。
 まず、参考人の方々からお一人十五分程度御意見をお述べいただきまして、その後委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
 なお、念のため申し上げますが、発言の際は、その都度委員長の許可を得ることとなっております。また、各委員の質疑時間が限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いをいたします。
 それでは、まず村上参考人からお願いいたします。
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村上清#3
○参考人(村上清君) おはようございます。村上でございます。
 きょうは、三つの点について意見を申し上げたいと思います。
 まず、第一は給付の面でございます。
 今回、特に六十五歳問題が論議の焦点になりました。ちょうどここに一年前の雑誌の記事がございます。読んでみますと、当時のプロジェクトチームが「六十歳から六十五歳までの対応策のパターン八通り(年金評論家 村上清氏の私案)」を参考にして検討したと書いてございます。年金評論家村上清というのは私のことのようでございます。どうも大変光栄でございますし、当時のプロジェクトチームの方にはありがとうございますと申し上げます。
 出てきた案を見ますと、私の書いた八通りの中に入っておりました。別に優先順位はつけておりませんからなんでございますけれども、しかし私が書いたものの中に出ている以上だめだと言うわけにまいりませんので、結構でございます、賛成でございますと給付の面については申し上げます。ただ、若干のコメントをしたいと思うんです。
 今回の改正では、六十から六十五歳の問は定額部分はなくなる、ただし六十五歳からの年金を繰り上げて六十からもらうこともできる。減額率は今は五八%ですが、将来は合理的な率に見直すというふうに言われておりました。その合理的な率というのは私の計算では七〇%でございますし、国際的にもこれがまあ妥当な水準だとされております。
 仮に定額と比例部分を五対五といたします。そこで、定額部分を六十歳から繰り上げてもらいますと、六十からの年金は一〇〇が八五になる。つまり一五%のダウンになるわけですね。従来から厚生省の説明では、年金の水準は男子の月給の六九%と言われておりました。現役にはいろんな諸控除があります。社会保険料だけでも一二%ぐらいが引かれておりますね。税金を五%といたしますと手取りは八三%でございます。一方、年金はほぼ手取りでございます。現役にはほかにボーナスがありますが、これは住宅ローンとか教育費に消えてしまうものだと思います。
 そこで、ネットの収入、つまり手取りで比較いたしますと、現役とそれから年金は八三対六九。これはわかりにくい数字ですので、同じことを別の率で言いますと一〇〇村八三、あるいは年金を一〇〇にすると現役は二一〇、または五五対四五という率に直しても同じことだと思います。
 以前の世の中は家族内扶養でございまして、仮に私が五十万円の月給を稼いでいた、そのうち二十万円をおやじとおふくろに仕送りをいたしまして私の家族は三十万円で暮らしたとすると、多分あいつは親孝行だと言ってくれると思うんです。これは六〇対四〇でございます。今の率は五五対四五なんですね。どっちがきついでしょうか。若い人がそれだけ身を削っているということになるんじゃないでしょうか。今度、六十からもらった場合一五%ダウンだと申し上げました。一五%ダウンにしますと大体三対二ぐらいになるんです。つまり、親孝行の数字になるわけなんです。これが妥当な水準じゃないでしょうか。
 日本は自由社会でございます。老後の準備を全部国に頼るというのはおかしな話でございまして、これは連合さんがおつくりになった資料でも、一階、二階、三階、つまり国の年金、退職金、個人貯蓄、この三つを積み上げるんだと書いてあるわけでございますから、基礎的な部分を保障するわけでございますね。とすると、今度の改正は、六十五歳にしたというよりも給付の水準を社会保障としてあるべき妥当な姿にした、そう考えた方がわかりやすいんじゃないかと思うんです。
 そうすると、確かに国の年金だけで豊かな暮らしというのができるわけはございませんから多少の努力をするのは当たり前のことでございますけれども、それをするならば六十歳で引退ができる。六十歳から六十五歳はそれぞれの人が自分の選択で働きたい人は働いていただく。あるいはもっと別の、収入はなくても社会のために役立つことをしたい人もいるし、あるいは自分のやりたい趣味、たった一度の人生てだった一人の自分でございますから、やりたいことをやって、そして自分は幸せだったなと思えるそういう生涯を送ることができるようにしていいんじゃないだろうか。
 厚生省の案ですと、六十から六十五の問は就労プラス年金となっております。それ以前は就労で、六十五以後は年金と。私は、政府が国民の生活をパターン化するというのは好きじゃないんです。つまり、選択とか自由とか独立というのがあるのが自由社会の原則だと思います。これは今、世界共通の傾向です。大体、リタイアの年齢は六十あるいはもうちょっと上ぐらいのあたりで一人一人が自由な選択をする、それが当然の姿でございます。アメリカを例にとれば、定年制は違法なんですから自分が選ぶよりしょうがないわけでございます。そういう意味では、給付の面につきまして私なりの解釈も加えまして、今回の改正は大変結構なことだと思っております。
 それから、二番目は負担の側面でございます。
 物事は両面がございますから、給付と負担の両方を議論しなきゃ意味がないわけでございます。ただ私、これをしゃべろうと思って考えておりましたならば、たまたま衆議院の公聴会で高山憲之先生が述べられた内容が載っておりました。これを見ましたら、私が言いたいことと全く同じことを既にしゃべられておりますので、重複することは時間もむだでございますし、きょうは時間が限られておりますからごく簡単にいたします。
 ポイントだけ申し上げますと、厚生年金の財政計画では原則として五年に一回二・五%ずつ引き上げる。それを、五年に一度二・五%ずつ引き上げるのにかえまして、その五分の一ずつ、〇・五%でいいわけですね、そのかわり毎年、そういうふうにする方がいいんじゃなかろうかというふうに思います。その方が負担もしやすい。現に国民年金の引き上げは毎年やっているわけでございますからへできないことはないだろうと思うんです。
 それから、年金制度というのはもう膨大なお金が動くわけです。GNPの何割にも相当するお金にかかわる問題でございます。したがって、その運営あるいはその財政というものは国民経済に大きな影響を及ぼすものでございます。経済にとってプラスかマイナスか、結局のところ年金制度を支えるのは経済でございます。経済が豊かになればどんな財政をとろうといい年金が払えるし、それから経済が落ち込んでしまったら、財政計画がどうであろうと要するに年金も給料も粗末になってしまうと、そういうことでございます。
 これは、各国でもやはり国民経済と年金というものは大変大きな関係がございますので、例えば、それが貯蓄なりあるいは消費に及ぼす効果はどうかというふうなことまで考えた上で議論していただけるとよろしいんじゃないか。今回も二・五%ではなくてとりあえず二%、積み残しはまた二年後ということでございますので、若干の配慮がされていることは評価いたしたいと思いますが、将来はできればもっときめ細かな配慮もあってよろしいんじゃないかというふうに思うわけでございます。
 それから、三番目が国庫負担の問題でございます。
 新聞で見ましたところでは、衆議院の段階で国庫負担のことで何かもめてしまって徹夜したとか、一日延びたとかそんな話を聞いておりますのでも、どうもその国庫負担の議論が私たちにはぴんとこないんです。私は基本的には国庫負担というのは好きではございません。
 例えば、アメリカは国庫負担ゼロでございます。労使が払う折半負担の社会保障税だけで、給付もそれから事務費も全部賄っております。彼らの言葉で言うとセルフサポートと言うんですか、自分の足で立つ、財政的に独立していく、そういうことによって内容が透明になり、そして過剰な給付も制度の合理化もあるいは事務の効率化も厳しくやれるわけでございます。ただし、アメリカの場合には対象は働き手でございます。日本のような皆年金ではないわけです。適用の範囲を働き手以外に拡大する、つまり日本のような皆年金にしてしまうと国庫負担なしては済まないよというのは、これは外国の専門家に聞いてもみんな言うところでございます。日本も基礎年金というものをつくりまして、これは皆年金、だれにでも出すんだということにしたわけです。
 諸外国の基礎年金はどうなっているか。約十カ国でやっておりますけれども、概して税方式でございます。保険料の支払いもございませんし、三号の届け出のようなものもございません。要件は居住、例えばその国に四十年住んでいるということだけを条件にいたしまして、六十五歳になったら五万円を支給するとかというふうにだれにでもくれる。国際的な用語ではユニバーサルペンションとかユニバーサルベネフィット、日本語にすればもう本当の意味の皆年金なんですね。この基礎年金は大部分が税方式でございます。一般税収の場合もございますし、一部目的税の場合もございますけれども、要するに税金を払う。それで条件は居住、つまりその国にいたということだけなんです。そのかわり税率は高いです。御案内のように間接税はみんな二けたでございます。それだけの税金を取らなきゃ払えないのは当然でございます。
 それから、例外的にイギリスとオランダは社会保険方式でございますが、掛金は所得基準です。そして、その費用は所得税にプラスして税務署が徴収しておりますから、取られる方から見れば税金が少し余計に取られるというふうな感じだと思います。
 消費税を引き上げる問題、これは批判が大変多うございます。一つは逆進的だということなんです。これはもう世界共通の理屈でございますからそのとおりなんでございますけれども、もしあれが逆進的だといたしますと、お金持ちも貧乏人もみんなから定額の一万円を取り上げるという国民年金は逆進的じゃないんでしょうか。税の言葉で言えば人頭税です。最悪の税だと言われております。税も社会保険料も取られる方からすればもう同じなんです、公租公課の一部なのでございます。私の知っている限りでは、定額掛金で失敗した例はございます。かつてのイギリスです。成功した例はございません。
 難点が三つあります。一つは、日本の国民年金の場合は掛金が定額ですから、負担能力に一切関係ないということです。これじゃついていけない人がふえるのは当たり前でございます。
 それから二番目は、強制徴収できない。強制徴収できない社会保険というのは成り立たないです。どの国でも強制的だということになっているんです。アメリカの例がございました。クリントンが大統領になったときに司法長官になりかけた人が、メイドさんの社会保障税を払わなかったために首になったというのがございます。そのくらい厳しいものでございます。
 それから三番目に、管理のために大変多額の人手と経費がかかっております。つまり、もうテレビの受信料のように一軒一軒訪ねていっては、払ってください、おばあちゃん、と言ってやっているわけです。それじゃ手間暇かかるのは当たり前なんです。
 私の考えでは、将来の姿はやっぱり税方式しかないんじゃないか。こうすれば皆年金になるわけです。日本では基礎年金にしたいという理念を持っているんですから、そうなれば必要な金は決まっているわけです。例えば、お年寄りの数掛ける五万円なら五万円というその総額を何かの形で現役が負担しなきゃならない。その負担の方法を直接税、まあクロヨンがございますけれども、直接税でやるのかあるいは間接税、消費税でやるのか、これも益税なんてあっては困るわけでございますけれども、それとも人頭税式の定額でやるのか。それから、できることならば管理費を少なくしたい。つまり管理費は消えてしまう金なんですから、それを少なくすればそれだけ国民の負担は少なくて済むわけでございます。そういう内容、金の流れ、効果、そういうことを全部透明にして見せたら結論というのはおのずから出るんじゃないでしょうか。
 今回の国庫負担の問題につきましては二分の一にしようとかいうふうな話も聞いておりますけれども、それにしたって大した影響はないです。今の状態はそう変わらないです。要するに、ピークの掛金がやや低くなるというだけのことでございまして、今はまだ五合目なんです。五合目でも数百万人脱落しているんです。外国の人から、なぜそういうことになるんだという疑問の手紙がたくさん参ります。
 ただ実際には、先生方苦労していらっしゃるように、消費税の引き上げというのは容易じゃないです。もうあれをやったら選挙でみんな落っこっちゃうかもしれないと、そういう話でございますね。ですから、やっぱり時間をかけてやらなきゃならない。でも、先生方とそれから役所とマスコミが全部して大きな声で言えば、そんなのは国民にわかるんです。
 そのわからせる第一弾といたしまして、国庫負担という言葉はやめていただきたいんです。税負担という言葉にしませんか。同じことでしょう。国庫負担というと、何か大きな蔵があって、先生方が行って頑張ってそこから分捕ってこられるという感じなんですけれども、結局全部国民がしょっているんですね。だから、税負担をする覚悟がなきゃ年金は払えないですよ。覚悟してもらうんですね。そのかわり、税金を払う対価として年金、特に基礎年金ですね、これは必ずだれにでも出るんだ、無年金者は一人も起こらないんだと。本当にお年寄りを見ていると、年金があるのとないんじゃもう天と地の違いでございます。
 今の日本の基礎年金は、国際的に見て異常な姿でございます。国民年金が発足したあのときに苦労なされた小山進次郎さんという方の本を見ましても、定額の保険料ではいずれは行き詰まる、だから負担能力に応じたものに将来は改めるべきだと、もうつくった御本人が書いていらっしゃるんです。あれから三十年以上たちました。もうこの時点で抜本的に議論して、基礎年金は将来どうあるべきか、それをひとつ、今回は間に合いませんけれども、その次にぜひ御議論いただきたいと思うわけでございます。
 どうもありがとうございました。
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種田誠#4
○委員長(種田誠君) ありがとうございました。
 次に、河口参考人にお願いいたします。
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河口博行#5
○参考人(河口博行君) 労働組合連合の河口でございます。きょうはお招きいただきましてありがとうございます。
 きょうお配りいただきました改正する法律案の参考資料を拝見させていただきまして、最初に書いてあります「年金制度改正に至る背景と経緯」、非常に感慨深く読ませていただきました。簡潔にして意を徹した名文だと思います。前回の八九年年金改正に当たりまして、八七年十一月に連合が発足して年金審議会に対応しましたが、そのときの改正案に対しましては、「背景と経緯」に書いてありますように、連合は定年引退と六十五歳支給の連結がないということで当時政府の審議会について労働委員を退席、俗に言えばボイコットいたしました。八九年の年金改正にも反対を行いました。異例な行動をとったわけでございますが、結果、ここに書いてあるとおり、前回の改正では衆議院で与野党一致で今回の改正に先送りされて今日に至っているわけであります。
 さらにさかのぼれば、八五年の改正以来十年ぶりの結論、決着を出さなきゃならない場面、さらにこれから三十年先を見込んでおるわけですから、ある意味では日本の進路にかかわる重要な一つのテーマだと思って臨んでおります。その意味で、この臨時国会で与野党一致、さらに国民も納得した内容でもって決着をつけることが肝要と、このように考えて臨んでまいりました。
 そこで、改革の視点について三つほど、私どもが感じておりますことを申し上げておきたいと思います。
 今回の年金改正の場合は、日本の今日までの雇用制度と社会保障制度をリストラクチャリングしていく中身であるというふうに受けとめております。いわば人生六十年、労働力過剰を背景にしてつくり上げられた雇用制度を、労働力不足時代に対応して、しかも現実は人生八十年になっておるわけでございますから、人生八十年に対応したシステムにリストラクチャリングしていくという中身であるというふうに受けとめております。しかしながら、現実は人生六十年を前提にした雇用制度になっておりますから、そこになかなか難しいところがありますが、今からおおむね二十年ぐらいかけてそういうふうに移行をしていかなきゃならないスタートに当たっているというふうに考えております。
 二番目に、国民全体をとってもそうでありますが、とりわけサラリーマンにとりまして年金改正は、実感で申せば五年に一度の生涯所得の配分のルールを改定するときでありますから、あえて言えば最も重要なテーマであると思っております。ピーク時に向けて、二〇二五年に向けての基本論議でございますが、同時に、きょうあすの問題でありますし、ある面ではサラリーマンにとって生涯の問題でもあるし、家族の問題を含んだ問題として取り組んでおります。特に今回の改正の場合は、いわば来月の給料袋からサラリーマンにとって一%のチェックオフ、会社の一%の負担増と、こういうことになっていくわけでございますから、極めて現実的な問題であると同時に、二〇二五年、三十年先まで見通して、しかも法律で方向を決めていくわけでございますから、極めて重大な課題として考えております。
 三番目のスタンスといいますか、気持ちで、特にこの点は申し上げたくてきょう資料も持参したわけでございますが、政府は鳥の目のように上から改革の視点を見るわけでございますが、私どもサラリーマンの立場で申し上げれば、地についておりまして虫の目で全体を見るわけでございますから、上から見たプログラムと下から見た声とがインターフェースしたときに改革が円滑に進む、このように考えておりますが、少し資料を使って、下からのサラリーマンの声ということでお聞き取りいただければと思います。
 資料を使わせてもらいますが、二つ資料を持ってまいりました。いずれも連合の作成した資料であります。
 資料一ページのところ、これは大変恐縮でございますが、現役の高齢化社会に向けての意識でございます。現役の特に中高年は、率直に申し上げれば、高齢化社会に対してOBよりもはるかに暗い見方をしております。将来に対しての不安が非常に強い。同時に、高齢者の生活水準の格差が広がるというふうに見ているんです。これが現役の見方であります。
 それから、政府の資料にもついておりますが、有識者調査で、六十代あるいは七十代も大いに働きたいという意識が載っております。一般的に意識調査をいたしましても、同様な結果が出ています。私どもがやっても出ます。しかしながら、実態の意識と建前の意識は違うというふうに御承知いただきたいわけであります。
 ここでいったら資料二ページのところに詳細は載せておりますが、実態で申し上げれば、年金が減額されない範囲であれば働くという人と、もう六十で結構、疲れだというのが四割ということで、その二つで大部分でありまして、フルタイムで働いてもいいという方は現在でいえば二七%程度しかおられません。潜在的な意識のある方を加えても三〇%程度であります。したがいまして、建前というと失礼ですが、こうありたいという気持ちと実態の意識には相当の乖離があるという上に立って進めなきゃならない、このように考えております。あと、資料をつけておりますが、老後格差がかなり実態としてある、また将来も広がるというような面も持っているということであります。
 それから、資料の二として二つの資料がございますが、連合として、特にサラリーマンとしては負担を、もちろん今回は年金改正でありますから年金のことを最も重視して考えておりますが、年金だけではなく税そして年金あるいはその他の社会保険等を含めたトータルの負担、あえて言えば国民負担率ということになりますが、おおむね負担率五〇%を目標にしながら、税、年金及びその他の保険をどのように負担していくかについて納得していくかということの視点で取り組んでおります。
 ちなみに、年金改正と消費税が今回論議されておりますが、政府原案どおり上がっていくということになりますれば、ここの資料に載せておりますように、年収五百万の方であれば九四年度レベルで消費税一・七、それから所得税・住民税三・一、社会保険料九・〇ということで二二・八、九三年で一四・二ですが、減税が先行いたしますからことしと来年は下がりますが、消費税が上がる九七年、あるいは年金で申せば、保険料が一七・三五になる年は五百万の人で一五・七、九八年は一六・一と。さらに、社会保障制度審議会が提案されているような介護保険などというものが出てまいればこの上に加算をするという数字になっていくというように、トータルな負担率として見ております。
 あと、七百万、八百万と一千万の事例を挙げております。また数字的根拠も資料に載せておりますが、このように相当の負担増が来月から上がっていき、この五年間でも相当上がっていく。さらに三十年先、ピーク時に向けて保険料は三〇%というように上がっていくということでございますから、そういうことを決意して臨んでいっているということでございます。
 特に、前回の改正以来、連合としましては年金審議会に、この現在の保険料一四・五%をおおむね三〇%、倍にしていくということについて、厳しい負担であるが承知をして臨んでいく、同時に、賞与についてもチェックオフされることについて決意を固めて臨んでまいりましたが、特にこの国会の前の段階では、いわゆる六十五歳への移行のプロセスと、そして先ほど村上参考人から御指摘の基礎年金につきましては、連合は当初三分の二というふうに申し上げておりましたが、この国会の段階では二分の一ということを強く求めました。
 なぜ強く求めたかにつきましては、基礎年金の持つ意味も御承知のとおりでございますが、あえて申し上げれば、高い負担を来月から三十年先まできっちりと上げていくということを抱えてやっていくわけでございまして、企業サイドもそれを当然負担していく。したがいまして、政府としてどのように腹を固められますかという気持ちもございます。
 同時に、OBの方につきましてもネットスライドになったということを先ほど詳細に村上参考人からお話しのように、OBも一定の我慢をしておるということでございますから、政府の決意と目標というものとが明示されて、また将来への格差是正の展望も方向づけていくことが極めて重要と、このように考えております。
 その面で、現役とOBとそして政府の三者の合意といいますか、決意があってこれだけの負担を乗り切っていけるものと思っておりますので、とりわけ政府及び議会が国民に決意のほどを明示いただきたいということがこの改正に臨んでの最も重要な点の一つであります。
 もう一つは、移行のプロセスに当たってより円滑にするためにということで、既に衆議院で修正をされました諸点についてお願いを申し上げました。
 最後に一点、残っておると言えば失礼でございますが、働きたくても働けない人を法律の上であるいはまた議会の意思として何らかの形で明示いただきたいと思っております。現在の実感を申し上げれば、法にかない、現にかない、情にかないということでなければならないと思いますが、いずれにしても、サラリーマンなり国民の立場から見れば、六十歳支給が六十五に変わるという、現実はそうでありますから、そこへ法律としての情が必要であると思っております。
 とりわけ、最近私どものところに資料が集まってまいりますのは介護にかかわる点でございます。特に今、介護休業もかなり普及をしてきておりますが、その中で出てくる一つの事例を紹介いたしますと、奥さんが交通事故でけがをされて寝込まれた状態で、しかも完全な介護を要する状況になったとき、今公務員は三カ月、民間で協定されたのは一年の休業ができますが、無給ですが、その中で結局収入が閉ざされるために職場に帰ってくるという状況になっております。したがいまして、六十代の前半層で、障害者あるいは四十五年の保険を掛けた方だけではなく、そういった方がいろいろな形で社会の変化の中から出てくるというふうに思っております。
 そういった面で、いわば厚生大臣が認められる内容のものについては六十歳から部分年金を支給するなどというようなことをできれば法律の中に盛り込んでいただきたいと思っておりますが、できなくとも国会として意思をそこに明確に出していただきたいと思っております。
 総理も人に優しいということを所信の第一としておられますだけに、そこのところを法律の中に法と理とそして情というものを最後に入れていただいて、高い負担と国民の相互扶助に向かってもらいたい。また、労使の間におきましてもこれを機会に、六十代の前半層はもちろんでございますが、高齢者が積極的に就業していくように労働協約を変え、設備を変え、システムを変えていくことに全力を挙げていくということも申し添えまして、この国会で国民が納得する内容で決着をつけていただきますことを心からお願い申し上げたいと思います。
 以上です。
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種田誠#6
○委員長(種田誠君) ありがとうございました。
 次に、庭田参考人にお願いいたします。
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庭田範秋#7
○参考人(庭田範秋君) 慶応大学をつい最近定年退職いたしました庭田と申します。きょうは、諸先生がいろいろ具体的な問題に深く介入されるようでございますので、私はむしろその考え方といったような点から皆さんにお聞きいただきたい、そのようにお願いをいたします。
 今回の年金改正というのは給付と負担の公平ということが一つのねらいになっております。と同時に、財政健全化ということもねらいになっておりまして、この両方を同時に追求していくといったようなものではないかと思います。したがいまして、一万だけ追求する、一方だけ上手に解決したというのでは年金改正の本当の成功とは言えないのではないか、このようにまず私は考えます。
 今回の年金改正に際しまして、私も学生諸君や主婦の皆さんと接触する機会がございますが、相当厳しい表現をとって言われるときがあります。つまり、内容を見ますと我々勤労者にとってまたは国民にとってろくなことはない、どうもいいことは何もないじゃないですか、こういうような言われ方をいたします。私はその際は、いいことはない、ろくなことはない、本当にそうですよとはっきりと申します。
 ただ、年金というのはお金の操作の制度でございまして、生産活動をするというものではありません。どちらかというと分配論の領域に関する一つの制度でございます。そして、いいことがないというのは、出し分が少なくてたくさん年金が来るということを大体頭に置いておるんだろうと思いますが、それは私は間違いであると説明をいたします。
 いいことというのは、既にもう我々は先取りいたしております。日本国民が全国民的な規模で長寿化し、そして長生きをして、その割に結構健康という点でも痛めつけられることなく生活をいたしております。ですから、長寿化といういいことを我々は既に先取りをいたしまして、その金銭的、財政的帳じりを合わすのが年金改正である。したがいまして、長寿化はするわ、年金はまた飛躍的によくなるわ、あるいは悪くなることは一切認めない、これは私は大変虫のいい話ではないかと思うわけであります。
 仮に、日本国民が長寿化することがなければ年金改正の必要は毛頭ないわけでありますから、やはり我々は長寿化した、そして老後というものを昔に比べてより長く楽しむことができる、あるいはその中で自分のしたいこともできる、こういういいことを先取りしたのでありますから、これに対するお金の帳じり合わせでは少し厳しくなることはこれはもう覚悟せざるを得ないであろう、このように私はよく説明をいたします。
 結局、年金はお金の操作でありまして、生産活動そのものではありません。したがって、年金改正を緩くしたりあるいはずらしたりという過程で問題は具体的あるいは最終的には変わるものではありません。結局、我々はいつかは帳じり合わせをしなければならないのである、こうまず頭の中に置くべきだろうと思います。
 そして、年金改正に対しまして、各項目にわたり各種の緩和措置というものが行われております。それはそれで大変結構でありがたいことだと思います。とにかく、当面の痛みというものを和らげまして、例えて言えば苦い薬にオブラートをかけるとかお砂糖をまぶすとか、そうやって飲みやすくする、そして徐々に年金改正を行うということで、例えばソフトランディングなんという言葉が使われますが、その間に経済体制も極力立て直す、そして個人としても心の中で準備をする、そういう時間を持つということは大変よろしいことであろうと私は思います。
 しかしながら、そのことを是認すると同時に、どうしても私たちは認めなければならないことがございます。それは結局、年金改正を緩和するあるいは先送りするということは、要するに後代に負担を回すということであります。借金をせがれに残す、孫に残すということとほとんど事情は同じであります。しかも、それを残される後代は今よりももっと実は高齢化の厳しい時代であります。ですから、後代の人たちは自分たちのより厳しくなる負担というものを負い、同時に、仮に先送りされたのならその負担も負わなければならない、二重苦になるわけであります。
 したがいまして、改正すべきものはやはりこの際後代の立場も考えてあげて改正すべきではないか。私は、余りに緩和そのものをもってすべてであるというような、温情というような姿勢で経済問題に真正面から取り組むのは少しどうかと、こう思います。
 経済学の中にはいろいろことわざがありまして、ウオーム・ハート・クール・ヘッドということわざがあります。経済学をやる者は心に温かいものを持たなければならないが、頭はぜひともクールでなければならない、こういう言葉が経済学の泰斗であるマーシャルという人が書物の中で書いておりますが、我々も時と場合によっては年金改正にクールな分析をすべきではないか、このように思うわけでございます。
 いわゆる六十五歳問題、これが大変論議の的になりましたけれども、長い時間をかけているうちに、何もあすから六十五歳にするんではなく徐々になっていく、そういうことを我々は忘れてはいけないと思います。そのほか、六十歳代前半の年金にたとえ不足であり不満であろうかもしれませんが、別個の給付、すなわち報酬比例部分が出るということにもなりましたし、在職老齢年金は明らかに過去よりは改正されておる、このように私は思います。しかも、賃金と年金の合計額が二十万を超えたらこうこうこのような措置をとるというのも、今回皆さんの御努力によりまして二十二万になりそうだと、こういう点も六十五歳問題の痛みをある程度は緩和するのではないかと思います。
 そのほかいろいろございまして、何にも増して我々が忘れてはならないのは、六十五歳問題が最終保険料率に対して大体五%ほどの引き下げ効果がある。そして、あとの改正は全部ひっくるめてもこれに及ばない程度の財政効果しか生みません。したがって、この六十五歳問題を見送るということは心臓部分を除去してしまうということで、年金改正の意味はほとんど薄れてなくなるのではないか、このように思います。
 なおかつ、企業年金に対しましても複数保険料率というようなものを導入し、自家運用、自主運用も積極的に認めよう、こういうところも言われておりまして、企業年金の普及ということも今後は期待できる。しかして、これは六十歳から六十五歳のつなぎ機能という点に重点が置かれそうである。そういうことを考えますと、そんなに心配するべき問題でもないであろう。
 まして、高年齢雇用継続給付というようなものも創設されまして、年金と賃金と高年齢雇用継続給付、この三者も重なるわけでありますから、もろもろの改正措置を総合いたしますと、大部分あるいは相当程度に六十歳が六十五歳になることの痛みは緩和されるのではないか。しかも、これなくして年金改正の真の目的は達せられない、財政健全化が期待できない、保険料をなるべく内輪に引き上げるという期待もこれも流れてしまう。こうなりますと、私は年金改正における六十五歳問題はぜひ通すべき問題である、こう思うわけでございます。
 なお、厚生年金の保険料率の引き上げ、これも具体的に言いますと大変痛い話でございます。何のことはない、給料が減るのと同じようなことになるのではないかと思います。しかしながら、この上げ率が大分きつくなったということの原因の一つは、年金改正をその都度先送りしながら今日に来たからである、こういうことが言えます。したがいまして、年金改正を優柔不断のままあるいはなまぬるいままで先送りいたしますと、この二・五%という保険料率の引き上げがさらに後代に大きな数字となってのしかかる、こういうことでございます。過去の経緯は将来への警告を意味しておる、こう考えてよろしいのではないかと思います。
 そのほか、年金改正にはいろいろの問題がございますが、一つは可処分所得、別名ネット所得あるいは実質的な賃金スライド、こういうことになっております、恐らく、学術的には可処分所得スライドというのが一番正しいのではないかと思いますが、これは当面はさしたる効果は上げないかもしれませんが、将来に向けて相当大きな財政的効果を生むと思います。同時に、これは年金受給者にも現役世代と少しは痛みの分け合いをする、こういうような意味合いもありますのでこれも妥当な措置ではないか、こう思うわけでございます。
 また、雇用保険の失業給付と年金給付の併給調整というような問題も出ております。これはほとんど反対するお方がなかったように私は記憶いたしておりますが、どうしてかといいますと、やはり一つの筋が通っているからではないか。失業給付をもらいながら年金給付をもらうというのは、一方において定年退職して働けないから年金をもらう、片一方には働こうと思うんだけれどもその機会がないから当分失業給付というわけで、論理の使い分けがなされているのではないか。こういうふうに考えますと、この雇用保険の失業給付と年金給付の併給調整においてはやはり筋を通されておるという意味におきまして私は賛成でございます。
 それから、ボーナス保険料の導入、こういうわけでございますが、これもどちらかというとやはり痛いことは痛いです。たとえ何でも保険料を取られるんですから、サラリーマンにはやはり痛みを伴う措置だろう、こう思います。しかしながら、もしこのボーナスの問題を横に置いておきますと、どちらかというと好景気の会社あるいは大企業あるいは時流に乗った産業というところはこれからボーナスに相当逃げるんじゃなかろうか、そして年金掛金は取られないで済む、こういうことになるんじゃなかろうか。同時に、賃金と年金の調整をするときに、給料を少なくしておけば年金がたくさん来るという意味でそこでもうまいことをする、そういう表現が果たしていいかどうかわかりませんが、わかりやすく言えばそういうようなことがはやるんではないか。こう考えますと、どうもボーナスにも少し制約といいますか、制肘を加えるというような意味でボーナス保険料の導入というのは公平、公正の原理に合うのではなかろうか。
 と同時に、これから国際化の時代が参ります。そうしますと、雇用問題、雇用条件というようなものもだんだん国際化しなければなりません。国際的には余りボーナスといったようなことははやっておりません。こういうことを考えますと、やはり給料というものに中心を置いてサラリーマンは生きていくという国際慣行に近づくいいチャンスではなかろうか。同時に、総報酬制とか年俸給制などという新しい動きにも対応する条件を整備していく、そういったようなことも言えるのではなかろうかと考えるわけであります。
 また、先ほどから村上先生を初め国庫負担の問題ということが出ております。私聞いておりますと、それぞれまことに妥当でなかなか反発のしようもないような気がいたしますけれども、ただ、私は国庫負担の問題ということは少し時間をかけなければいけないんじゃなかろうか、どうしてもそう思います。
 まず、何はさておき財源の問題を考えなければなりません。そして、この財源の問題を考えるときには、税負担の不公正ということもあるかもしれません。それから、税金を取るとか年金を出すとかというときに、ミーンズテストとかインカムテストとかということを、どうしてもこれは国庫負担を導入し税方式になるには許容をしなければならないのでありますが、こういうことに対しましてなかなか社会には抵抗が強いわけであります。この抵抗を取り除かないと、何のことはないサラリーマンが税金の相当部分を負うように、また一段ときつくなるようになってしまうんではないかと思います。
 なおまた、それでは消費税ということでございますが、今軽々に消費税率をここまで上げると、恐らく五、六%上げないと三分の一から二分の一にならないんじゃないかと思いますけれども、そのようなことを、ようやく少し景気が上向いてきたときに公言することが、政府が率先してそういう方針を打ち出すことがどういうものだろうか。年金は、一方においては国民生産性、国家の成長力を無視してはあり得ないと同時に、やはりそれほど社会環境に影響されるのであれば、せっかくよくなりつつあるのに悪い形の景気刺激を生みそうな税金問題を余り軽率にいじくるのはどういうものだろうか、こういうことを思うわけであります。
 一番最後に、やはり一元化といったような問題が出てこようかと思います。一元化なくしては、結局日本の公的年金全般の安定と維持、永続ということはなかなか期待しがたいと思います。一つの年金団体、小さな年金団体が倒産でもいたしますと、もうその影響は一遍に広がります。それでなくても若者の中には年金不信感というようなものもあるわけでございますから、まして、どの年金団体であれ倒産とか崩壊とかということになれば年金不信は一挙に広がるんではなかろうかと思います。そのような中で高齢化に対応するほどの年金が果たしてうまく組み上げられるであろうかというと、なかなかきついと思います。したがいまして、一元化というのも公的年金の永続、安定のためにはどうしても必要なんじゃなかろうか、こう考えるわけであります。
 そのためにも、まず前提条件として年金改正が行われていなければ、とても年金の一元化などということは合理的になし得るという見込みはございません。年金改正の成功がなくては年金の一元化はないでありましょう。年金の一元化なくして年金の国家的安定、永続はないでありましょう。そして、年金の国家的安定、永続なくして豊かで安心のできる高齢化社会というものは生み出せないのではないか。
 こう考えますと、一元化の問題をにらんでも、なおかつ年金改正はある程度の痛みはどうにもやむを得ない。もともと長寿化といういい点があるわけなんですから、それの代償としての痛みと、このようにお考えをいただきまして、ぜひ年金改正を成功させていただき、そして長期永続的な年金の安定を図り、我々一般国民の老後というものをひとつ確保していただきたい、このようにお願いするわけでございます。
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種田誠#8
○委員長(種田誠君) ありがとうございました。
 次に、草島参考人にお願いいたします。
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草島和幸#9
○参考人(草島和幸君) 労働総研の草島と申します。
 一言お断りさせていただきますが、労働総研というのは全労連と密接な関係がありますので、年金問題について全労連の主張や見解を踏まえて私の意見を申し述べさせていただくということにさせていただきます。
 私は、今回の年金法案に反対するという立場で意見を申し述べたいと思います。
 最初の問題点は、やはり支給開始年齢にかかわる問題です。
 六十歳から六十五歳にするということについて、政府や関係審議会は今度の法案を準備する過程で、六十歳引退社会から六十五歳現役社会にするんだとか、あるいはまた、現行の年金制度は雇用阻害的な制度だから雇用促進的なものにするということを挙げておられたようです。私はこの考え方について、実は内容上極めて問題の多い見解じゃなかろうか、つまりそれは、現実の日本の労働者の労働と生活の実態を余りにも無視した考え方じゃなかろうかというふうに理解しているところでございます。
 今、民間企業の大部分は六十歳が定年ということになっております。私、この定年制という問題について考えるに当たって、要するに六十までは雇用が保障されるという側面と、そのコインの裏側として六十になったら雇用は強制的に打ち切られる、その両方があるというふうに定年制について理解をするんですけれども、実態としては六十までの雇用保障という側面が最近は相当空洞化しているんじゃないか。そして、もう一つのコインの裏側である六十歳の強制退職ということについては、これだけは現実に生き残って合法的な解雇の制度と仕組みとして行われているというのが実態じゃなかろうかというふうに考えます。
 六十歳定年ということになるとするならば、六十を過ぎたら無収入状態ということになるのは当然の話です、仕事から離れるわけですから。無収入状態というのは、いわばサラリーマン、労働者にとっては地獄の入り口に立つという事態だというふうにとらえるわけですけれども、このときからの暮らしを支えるのは何かといったら、今までは、これからもしばらく続くようですけれども、公的年金が六十から支給されるということで地獄の入り口から救われるという状態だったわけですが、今回の法案ではそれが半分になる、報酬比例部分だけになるということにされようとしております。
 半分出るから地獄の入口から救われるかというふうに考えたら、これはとてもそんなものではないと思います。労働者と家族の暮らしというのはやはり一定の額が絶対的に必要だ、絶対的な要件としての金額というものが必要だというふうになるわけですから、半分でいいというその状態は到底理解できないというふうに考えます。
 そういう点から見ていきますと、引退社会から現役社会へというこのとらえ方というのは、六十から先、半額になった年金では生活できないからどんな労働条件であろうと高齢者が次の仕事につかなきゃいけない、えさを減らしておいて働けとしりをたたくという以外に考えられないというふうにとらえていかざるを得ないと思います。これは現実の事態として本当にひどい事態だというふうに思います。
 まして今度の法案によれば、六十歳からの後退が二〇〇一年から二〇一三年にかけて完成をするということになっておりますが、このときに六十歳から六十五歳にかかる世代というのはまさに戦後生まれ世代、第一次ベビーブームと言われるのが一九四七年から三年間だと言われておりますが、この世代の人たちは年間二百七十万人生まれたということですから、三年間で八百万人の大集団が世代としてあるわけですが、この世代が西暦二〇〇〇年の初めに一挙に六十から六十五に入っていく、まさに強制退職の時期ということと年金の支給開始をおくらせるという時期に重なってくるというふうになってくるわけです。
 言うまでもなく、戦後世代が六〇年代以降の日本の経済成長を支える労働力の主役であったわけです。今日の日本の経済発展の労働力供給の主役だった、主人公だった方々です。この人たちが四十年も働いて六十になる、さらには六十五になるというときに、年金は半分ですというのでは余りにも過酷な事態ではなかろうかというふうに言わざるを得ないと思います。
 私はこういう点で、六十五歳問題というのはぜひもう一度考え直していただきたい。日本の労働者の労働と生活の実態からしたら、これは余りにも過酷だ。まして、戦後世代のあの人たちがその一番最初に直面する世代に当たっているということについては、ぜひとも御考慮をいただきたいというふうに考えているところです。
 もう一つ、定年制についての空洞化、現実には空洞化しているという問題について、ぜひとも御理解いただきたいと思います。定年までが、六十歳までが完全な雇用保障の状態ではないという点についても御理解いただきたいというふうに思います。
 九二年十月に労務行政研究所というところが企業の調査を行った結果を発表しております。定年前の定期昇給はどういうふうになっているかということで企業からの回答を集計した結果によると、一般と同じだというのがたった二八・四%です。それ以外のところは、定期昇給を減らすとかあるいはストップをするとか、ひどい企業になると、マイナス定昇といって今ある賃金を逆に減らしていくという企業もある。これは三・六%と極めて少ないですけれども、そういう状態になっている。それから、定期昇給以外の賃上げではどうかというと、マイナスベアになるということも現に行われるわけですけれども、三三・七%が何らかの形で賃上げもストップをする、逆に賃金を減らすということをやっているという回答が寄せられております。
 六十までまともな状態で年功序列のてっぺんまで行けるなんという状態はもう既になくなっております。政府が五十五歳定年を六十歳に引き上げろというふうに強く働きかけたのは八〇年代です。八〇年代に企業の大部分が五十五歳定年を六十歳にしました。そのときにこういう事態が企業の中で起こっているという点は大変重要な問題、意味を持つのではなかろうかというふうに思います。六十歳から六十五歳ということを考えた際に、高齢労働者の賃金、労働条件についても同様な事態が起こり得るというふうに思っております。
 ましてや、最近はリストラ合理化といって、出向、配転、事実上の退職である移籍あるいは強引な退職勧奨ということが行われている現状ですし、労働省の行った雇用管理調査では、これは九二年の六月ですか発表されたところによると、六十歳定年制を持っていて一人でも六十歳定年でやめた労働者がいる企業はどれくらいかというのを発表しております。たった四八%しかない。六十歳定年はあっても六十前に半分以上がやめさせられている、企業としてやめさせているという結果も出ておるというところから見ると、この六十歳の支給開始を六十五歳におくらせるということの持つ意味というのは大変大きな問題点があるというふうに指摘しなければいけないと考えます。
 同時に、私はこの点について、高齢者の雇用をめぐる現状あるいはこれからの見通しという点についてもぜひ御考慮いただきたいというふうに思います。
 先ほど来、部分年金が出る、就労すれば賃金が上積みされる、雇用保険からの奨励金が出るという話がありました。問題は、高齢者が働く場があるかどうかというところでその上積みの効果が発揮されてくるわけです。在職老齢年金も同様です。雇用の場が確保されなければ上積みの効果はなしということになってしまうわけですので、高齢者の雇用が本当に確保できるかどうか、これについてやはりぜひとも御考慮いただきたいと思います。
 西暦二〇〇〇年の初め、先ほど申しましたように戦後世代が、第一次ベビーブームの世代が約八百万人、三年間かけてどっと高齢者の段階を迎えるわけです。これが労働市場に無職の労働者としてはじき出されてくるというときに、高齢者をめぐる労働市場の状態が民間の企業の努力だけで十分に吸収していくことができるのかどうかという点については甚だ疑問です。
 ということであるとするならば、六十五歳現役社会と政府がおっしゃるのでしたならば、六十五歳現役になるような高齢者の雇用について政府はどのような責任をとろうとするのか、その点をはっきりすべきでなかろうかと思います。今のところ何も示されていないというのであるならば、これにかかわっての年金問題についてぜひとも六十歳からの支給というのを確保しておかなければ、高齢労働者はそれこそ大量のホームレスにならざるを得ないんじゃなかろうかというふうに考えるところです。
 二つ目の問題点として、保険料率の問題について意見を申し上げます。
 現在、現役の労働者については実質賃金が二年連続で低下する、前年を下回るという状態がほぼはっきりしております。この八月に国税庁が民間労働者の給与実態というのを発表したところによると、名目賃金でもダウンするのじゃないかというようなことも言われております。大変深刻な事態だというふうに思います。したがって、政府も所得減税等を行っていく、来年も三兆五千億規模の所得減税を行うということになっているようですけれども、一体この保険料の引き上げ、十月からやるといいますけれどもおくれそうですけれども、この引き上げというのがこういう状態の中でどういう意味を持つのかというのをぜひ御考慮いただきたいと思います。
 労働者と事業主の負担分を合わせると、年金の保険料引き上げでトータルで約三兆円が政府の方に戻ってくるというふうに言われています。所得減税三兆五千億円ですから、減税の効果というのは保険料の引き上げによってほとんど帳消しになるという事態になってきます。ましてや、労働者は目に見えて一%の保険料を余分に負担するということになるわけですから、標準報酬の平均は約三十万円ですけれども、これに置きかえてみますと、毎月約三千円、一年間で三万六千円、ボーナスを含めたら、労使折半で一%の半分で約五カ月とするならば約七千五百円が引かれるわけですけれども、こういうことになったら個人としての労働者の減税効果はまるでゼロ、余分に持ち出しになるという事態になろうと思います。
 こういう時期に労働者あるいは中小企業の負担も大変だというふうに思いますが、こういう保険料の引き上げはやるべきではない。むしろ、消費を高めて景気を刺激してもっと豊かな状態になってから財政のあり方をどうするのかということを基本的に考えるべきじゃなかろうか、根本的に考えるべきじゃなかろうかというふうに思います。
 三つ目の問題としては、そういう年金財政を含めて全体の問題にも関連するわけですけれども、国庫負担の問題について一言申し上げたいと思います。
 基礎年金への国庫負担については、大変奇妙な事態が今の国会に起こっているというふうに私は思わざるを得ないと思います。旧連立政権のときに野党であった自民党と社会党は、衆議院段階ですけれども、基礎年金への国庫負担を二分の一に引き上げるという修正の御意見を出されていたようです。ところが、これが政権与党になった。今度は旧連立が野党になったということになると、旧連立、現に今野党の側が衆議院段階の審議では二分の一の国庫負担率引き上げということを御主張なさった。
 結果的にはちょっと先延ばし、先送りするということで結論が出ないまま今日に至っているという状況なんですが、この事態をトータルで見たらどうかといったら、国会を構成する政党のほとんどが基礎年金への国庫負担率を二分の一に引き上げるということを御主張なさっているという状態だと思いますのであるにもかかわらず結論が出せないというのは、国民にとってはなかなか理解できないというふうに言わざるを得ないと思います。
 当面、基礎年金への国庫負担率の引き上げというのは、先ほども村上先生がおっしゃったように、負担に耐えられない層が国民年金被保険者の中でどんどん膨らんでいるという事態も含めて大変緊急を要するというふうに思います。まして、基礎年金について二分の一国庫負担から計画的にこれを全額国庫負担へ持っていくような、いわゆる税方式の年金にしていくということでやるならばやはり無年金者の解消ということに直結するでしょうし、我々の公的年金に対するもっと充実した負担と給付の側面における改革が可能になるのではなかろうかというふうに思います。
 この問題についての財源としての消費税ということはここで言ういとまもありませんので、私はあえて消費税を使わなくてもやるべきじゃなかろうかというふうなところだけを申し上げておきたいと思います。
 次の点は、可処分所得スライドに関する問題です。
 可処分所得スライドが現役労働者とのバランス上必要だという御意見が多いようですが、現実の年金生活者についての実態からぜひ御考慮を願いたいと思うんですが、老齢年金の受給者については、現実に所得課税の対象として老齢年金から税金を持っていかれるという状態になっております。
 そういう実態を踏まえて、さらにまた健康保険の負担も強いられるということから見て、年金生活者にも可処分所得という、そういう概念があるかどうかわかりませんが、そういう事態があるということを考えていただくならば、均衡論というのはもう少しトータルの立場でお考えいただきたいというふうに考える次第です。
 雇用保険等について若干意見を申し上げたい点もありましたが、時間ですので省略をさせていただきます。
 最後に、年金問題が国政上のトータルの問題としてぜひとも慎重な御審議を、国政全般にかかわる立場からの御審議をお願いしたいということを申し上げて、私の意見を終わらせていただきます。
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種田誠#10
○委員長(種田誠君) ありがとうございました。
 以上で参考人の方々の御意見の陳述は終わりました。
 それでは、これより参考人の方々に対する質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
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前島英三郎#11
○前島英三郎君 参考人の先生方、大変きょうはお忙しい中ありがとうございます。私は、自由民主党の前島と申します。
 若干の御質問をさせていただきながら、一日も早くこの年金法が成立することに私たちも努力をしてまいりたいと思っております。
 村上、河口、庭田各先生はおおむね、いろいろ問題はあるにしてもぜひともという思いと同時にある程度の評価をいただいておりまして、草島参考人はかなりぼろくそに言われましたけれども、私は私としてわからぬところもないわけではありませんが、またいろいろお話を伺いたいと思っております。
 そこで、まず村上先生に伺いたいのですけれども、外国の基礎年金の国際比較の表をいただきましてちょっと興味深く拝見をさせていただきました。日本はどの国に沿ってということは現時点ではないにいたしましても、あるいは将来はどういう方式がいいのかという方向は、やっぱり国際社会の中でもいいところは学ぶべき点も多々あるのではないかという思いがいたします。
 ここにオーストラリアからイギリスまでの各国の税方式があったり、あるいは日本と同じような社会保険方式があったりするわけでありますが、大体どの国が将来としてはふさわしい年金制度であろうか、年金制度もいわば国の文化にも左右するところがあろうかと思いますので、その辺を専門の立場からお伺いできればと思いますが、いかがでしょうか。
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村上清#12
○参考人(村上清君) お答えいたします。
 日本で国民年金ができましたとき、これは違っているかもしれませんが、私の理解でございますけれども、その前にイギリスで国民保険といいますか、定額の年金をやっておったわけですね。ビバリッジという方が社会保障の神様みたいになっておりまして、ビバリッジが考えたのは、定額掛金で定額給付、だれからも例えば一万円ずつ取って三万円ずつ上げるとか、それが公平だと彼は考えたわけです。多分その影響を随分受けているんだろうと思うんです。というのは、発足当初の記録を見ますと、イギリスのことを随分調べていらっしゃるわけです。
 ところが、国民年金がいよいよ発足しかけたころに、イギリスでは定額じゃやっていけない、つまり定額方式というのは、当時のイギリスの白書の言葉をかりますと、たくさんの船が船団を組んで行く、一緒に行こうと思えば一番遅い人についていかなきゃいけない、つまりみんなから取ろうと思えば低い掛金しか取れないわけです。そうすると、まともな給付ができない、あるいは破綻しちゃうということで、もう既に所得比例に切りかえようという話が出ていたんです。
 小山進次郎さんは多分それを見ていらしたんで、将来は能力に応じた良担にすべきだと。ただ、それを言ったんじゃ始まらないから、とにかく始めるんだということでお始めになった。その功績は高く評価していいと思うんですね。もし国民年金がなかったら、今農村の、過疎のお年寄りは大変なことになっているわけでございますので、私はその意味で、小山さんだけじゃなくて厚生省の方の努力を大変高く評価したいと思うんです。
 ただ、そのときにイギリスはもうだめになっちゃったということを目の前にしながら発足したわけです。その後を見てもないわけです。社会保険料というのは能力に応じて徴収するのが当然じゃないんでしょうか。つまり、収入のない人から取れとか、日本では免除があるけれども、免除にしたら三分の一になっちゃいますね。
 そういうことを考えますと、これは私の意見というよりも、私は外国の専門家に会うたびに日本の窮状といいますか、困った状態を訴えて、何がいいと聞きます。そうすると、やっぱり一つの御意見は税方式だということです。これはごらんのようにほとんどの国が税方式です。それに対して目的税の国もございます。例えば、カナダなんかは最初は目的税でやって後で一般税収に変えたと。だから、それはどっちとも言えないんでございますけれどもね。
 それから、もう一つの御意見は、これはアメリカ人が言うんですけれども、自営業も全部厚生年金に入れちゃえと言うんです。アメリカの社会保障は、もう働き手全部、自営業であろうと何だろうと所得をがっちり捕捉して、それから社会保障税ですから税務署が税金と一緒に取っちゃうわけです。それで、基礎年金については居住だけを要件にして払ってやる。そういう意見を私はアメリカの大変偉い専門家お二人から聞きました。アメリカ人の発想からすればできるんですけれども、日本はクロヨンというのがございまして、それができるんだったら最初から自営業も厚生年金に入れちゃえばいいんで、そうすると、今で言うと、一号、二号、三号のうち一号がなくなって二号と三号になるわけです。三号というのはまさにもう税方式でしょう、働き手が所得に応じて払っている掛金でみんなが基礎年金をもらうわけでございますから。だから、日本も半ば部分的にはもう税方式のような要素が入っているんですね。
 そういうことを考えますと税方式しかないし、そうすると事務が非常に簡素化になるんです。人手も省けます。そして、その事務費にかかっているお金というのは税金なんですね。これはお調べになれば相当な額でございますよ、国民年金は。恐らく、外国人が見たらびっくりするぐらい高い率の負担になっております。これは役所の人が怠慢じゃないんです。大変な苦労をしていらっしゃるにもかかわらずそうなっているわけですね。
 ただ残念ながら、ある時期に消費税は悪い税だ、新税は悪税というイメージを、だれが植えつけたか知りませんよ、でも植えつけられた方がたくさんいるわけですよ。それが浸透しちゃう。日本のマスコミというのは要するに役所が言うことをただそのまま書くんですよ。木鐸じゃないですかと言ったら、皆さん昔はそうでしたとお答えになる。――きょうはいないでしょうね。木鐸も少しいると思うんですけれども。そういうことでございます。
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前島英三郎#13
○前島英三郎君 ありがとうございました。
 保険料であろうと税であろうと負担には変わりないわけでありますから、今後の国庫負担、まあ国庫負担という言葉がいいかどうかも含めて御異論もあろうかと思いますけれども、そういう方向は衆議院段階でも大変議論になったようだと思います。
 続きまして、河口先生に伺いたいと思うんですが、人生六十年の雇用制度から人生八十年の雇用制度へと、いわば移行期でもあるわけですが、年金制度というものがむしろ私はその牽引車的な役目を果たしていくし、それがいわばこれからの労働行政の中においても雇用という面でも重要な位置づけというふうに思うんです。いわばこの年金制度がこれからの、六十歳から六十五歳への、働きたい人は大いに働いてもらう、生きがいを持っていただくというような方向を目指すその牽引的な役割を持っているような気がするんですが、その辺はどのようにお考えになっておりますでしょうか。
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河口博行#14
○参考人(河口博行君) 確かにそういう面を持っていると思うんです。八九年改正のときはそれが余りにも露骨であったといいますか、引退と年金支給との結合がほとんどない、先行きも展望できないというような状況で出たので反対せざるを得なかったと思うんです。今回の場合は、年金はある面からいったら三十年先を見通しての方針なんですから、その面では年金が基本的に先行することは事実でありますが、それにできるだけ結合するように雇用政策をどこまで追いつけていくかということが非常に大事になっていくと思っておるんです。
 それは法律だけで全部律することは明らかに無理と思いますが、そこのところを雇用政策の上からも、あるいは企業における全体系ですね、年寄りが働けるような設備設計になっておりませんから、企業の設備設計から給与体系も含めまして、採用を含めて全体の体系につきましても高齢者が働けるような条件になっておりませんので、ある面で言えば、先ほど章島さんも御指摘のように六十歳でもって強制退職をさせる制度になっておるわけですから、そういった面では明らかに雇用の方とのギャップがあるわけです。
 それを今回の改正で、年金の制度の中では移行年を二〇〇一年から二二年、それから別個の給付というようなシステム、それから先ほど来の衆議院で修正された点、また私どもが申し上げた点で円滑にそういったものが進んでいくというふうに見ています。
 同時にこれから、労使はもとよりでありますが、国を含めまして全体のシステムをそういうふうに変えていくということに全力を挙げなきゃならぬと思っています。既に高齢給付の点とか在職老齢年金の改正が出ておりますけれども、それは一つの方向づけと見ておりますが、それだけで解決するとは思っておりません。先ほど草島さんも御指摘でしたが、そういう問題点を持っておることは事実でございます。したがいまして、前へ向いで今から雇用制度をそういうふうに切りかえていくということが必要と思っています。
 一つだけつけ加えさせていただきますと、労働時間の点で言うとわかりやすいから申し上げておきますが、六十歳から六十五歳までフル年金で働くようにということは、労働時間に直しますと約一万時間労働時間をふやすことになります。現在、国が目標にしている年間千八百時間を四十年働きますと七万二千時間ですから、五年分の労働時間を伸ばすことを意味しますが、そういったものは制度的には労働生理からいっても明らかに無理があるわけです。したがいまして、現役の労働時間のあり方も含めて変えていかなきゃならないというような、大きいシステムの改革から個々のシステムまで大きく変えていかなきゃならないものを持っているということをつけ足しておきたいと思っております。
 以上です。
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前島英三郎#15
○前島英三郎君 ゴルフに例えますと、みんなそれぞれハンディキャップが重くても軽くてもプレーをする。そのハンディキャップはルールがちゃんと支えてくれるわけですから平等にグリーンに出られるわけですね。ところが現状の社会は、あなたは年老いているからゴルフ場でもたもたされたら困る、あなたは障害があるからこのゴルフ場には入っちゃいけないんだというような社会の仕組みがあるわけですね。
 こういうものはおのずと変えていって、そしてみんなが十八ホールプレーをして、そして時間もあるからあとハーフ回ろうよという思いの中にも、どんなハンディキャップが、隔たりがあっても、シングルプレーヤーでも三十でも一緒にプレーができる、いわば国がそのハンディキャップを補てんするというものが本来私は年金の役目であってほしいという思いがするんですね。
 そういう意味では、ゼロの人も三十の大もともども一緒にかかりながらグリーンに出られるというような、ゴルフを楽しむ人の一つの思いをむしろ年金の中に取り入れていくべきではないかという思いがするので、その辺は働く皆さん方は、やっぱりプレーが終わるとすぐ風呂に入って帰りたいんだという思いなんでしょうか、いかがなんでしょうか。
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河口博行#16
○参考人(河口博行君) 考え方では先生の御意見に私は賛成でございます。まさにハンディでもって、特に高齢者の雇用の問題はそうでありますから賛成の意を表しておきたいと思いますが、現実の場合は、人生六十年を前提にしてつくられた制度になっておりますからそのようにならないわけですから、先生が御指摘のように、ハンディというものをつけていくという社会のシステムとルールをそのように雇用の面で変えていかなきゃならないということを申し上げておきたいと思います。
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前島英三郎#17
○前島英三郎君 どうもありがとうございました。
 時間が限られますので、庭田先生にお伺いしたいと思うんです。
 幸せを先取りして今その帳じり合わせであるというお話を大変興味深く伺って、過去の怠慢は将来への警告であると、これは政治にもこの言葉は当てはまるのではないかという思いがするんです。負担ということはやっぱりどうしても避けて通ることはできませんし、そしてまた給付はたくさんがいいにこしたことはないわけでありますが、今後の国庫負担のあり方というもの、私は余り過剰に国庫負担に年金が偏っていくというよりも、今なすべき福祉の全般的な社会資本とでも言いましょうか、今そういう整備の時代だというような思いがするので、軽々な国庫負担というようなあり方というのには私も若干の異論があるんですけれども、その辺はどうお考えになっておられるでしょうか。
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庭田範秋#18
○参考人(庭田範秋君) お答えをいたします。
 国庫負担の問題は、多々ますます弁ず、多く国が年金に出してくれればくれるほど国民は喜ぶ、こういうふうな話に持っていきやすい問題であります。ただ、先ほど村上先生が国庫負担という言葉をやめてむしろ税負担としろと言われたんですけれども、この辺に問題の本質があるんじゃないかと思います。
 私は、いろいろ経済を、資本主義初期から中期を経て後期になって、今は資本主義なんて余り言わないで福祉国家諭とかというようなもので代弁をいたしますが、必ずしもそれが妥当とは思っておりません。経済関係の思想の中には、よく働く者はよき報酬を得る、よき報酬を得た者はよい生活ができると。ここに年金を入れれば、よき報酬の人はそれなりに比較的高目の負担をいたすでありましょう。それを一つの条件にいたしましてよき老後があると。この原則を完全に否定いたしてしまいますと、じゃ何のために働くんだ、何のために努力するんだと、こういうことになりまして、じわじわと国の生産性は落ち勤労意欲は低下をいたしてしまう、こういうような事態になるんではないかと思います。
 したがいまして、いろいろの手段を利用して税をたくさん上げて、そして国庫負担で基礎年金のところをただどんどん厚くしていく。それはそれで福祉国家論というような物の見方で見ると大変よろしいんですが、しかし世界的な傾向でいきますと、どうもそれだけではなかなか現代の自由社会というのは持ちこたえられない。
 あの福祉国家の先進国で我々の手本としていたスウェーデンでも、今や福祉の後退と、はっきりそういう言葉が書いてありますが、福祉の後退を考えると。それから、何はさておきアメリカでも、医療保険に関しましても、いかにクリントン政権が頑張りましてもこれが国の経済発展にどうも余りいい影響を及ぼさないと、そのような見方から否定をされそうな状態にあります。
 したがいまして、我々は当面国庫負担を増額して、そして年金の負担を軽くしたりあるいは年金給付の抑制を少し緩めると、これはまことに結構なんでございますし、私らはそれで本当はもうよろしいわけであります。後、どういうふうに事態がなろうと多分私がいないところですから知ったこっちゃないと、こういうことになるんですが、それを言ったらおしまいだ、こういうことになるわけであります。
 日本の一つの特徴というのは、社会保障も随分よろしいんですが、やはり国民は貯蓄ということに対して相当な関心を払い努力をいたします。その理由を調査いたしますと、第一位が何と国の政策だけでは不安心だ、安心できない、早く言えば余り信用できない、こういうような物の言い方になっております。
 したがいまして、税にしろ何にしろ国庫負担を増すんだからたくさん取る、こう言ってもやはり国民はその割に喜ばないんじゃないか、どうもお金ばっかり持っていかれて、今後の年金のあり方には不安がいずれ残るんじゃないかと。そして、自分はこれだけ出した、したがってこれだけの年金が来ると、給付と反対給付をいつでも突き合わせて考える。この均衡をいつでも頭の中に入れて、その均衡が大幅に破られない限りにおいて国政に積極的に参加をする、こういう傾向が日本では強いわけであります。この国民の性情を考えましても、給付と負担というものを分断いたしまして関係を非常に薄くして、そして税方式とかあるいは国庫負担でもって年金財政を賄うといいますと、年金に対する各人の責任感も薄れますし、また年金制度の運営における合理化といったような要求もどうも後退しがちになります。
 そういう意味で私は、自由社会である限り、基礎年金というものはただ多ければ多いほどよろしいとも思っておりません。同時に、給付と反対給付を分断させて、そして給付が厚くなるんだからよろしいじゃないかと言っても、それではなかなか理性的に納得できないであろう。こういうことを考えますと、私は国庫負担の強化というのは、もう少し時間をかけてもう少し国民の精神構造に変化が出たときに初めて考えるべきではないかと。軽々にこういうことを導入して、一時の人気につながると言ったら大変申しわけないんですが、やや人気につながるようなそういう政策はこの不況のさなかにおいて余り私は歓迎できない、このように思っております。
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前島英三郎#19
○前島英三郎君 あとお一人、草島先生にお聞きしたいところですが、ちょうど私三十五分までで時間になりまして、何をお聞きしてもかなり反論が来そうで、この辺で私、やめさせていただきます。質問ができませんで申しわけありませんでした。
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日下部禧代子#20
○日下部禧代子君 社会党の日下部禧代子でございます。
 きょうは大変お忙しいお時間を私たちのために使っていただきまして、そして今回の改正だけではございませんで、一九九九年の次期の財政再計算に向けても参考になる御意見を承り、大変に勉強させていただいております。ありがとうございます。
 まず最初に、大変失礼でございますが、今回の改正、お話の中で評価をしていただいている部分、そしてそうではない部分というのがございましたけれども、もし点数をつけるとしたら、どの辺の点数をおつけになるのでございましょうか。元教師の出なものですからついこういう癖が出てしまいます。まず四人の方に簡単に、大変に失礼な質問でございますが。
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村上清#21
○参考人(村上清君) 点をつけるというのは大変苦労いたします。私も大学でしばらく教えておりまして、採点が一番苦労いたしました。私の教えた大学では優良可としてそういうふうに分けるというので、真といたします。
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河口博行#22
○参考人(河口博行君) 準ずるわけじゃございませんが、全体的には優良可で言ったら良だと思うんですね。先ほど来申し上げている税負担方式なり国庫負担なりというものが明確に出ておりますと、これは優ということになるわけでございますが。それと、最後にマル良といいますか、マルにしていくということが大事だと思っています。だから、それは最後のこの参議院の審議にかかっていると思っております。
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庭田範秋#23
○参考人(庭田範秋君) 私はいろいろの見方もできると思いますけれども、余りいい点をつける人というのは学校なんかでも信用できません。九十点だとか九十五点なんていうのを乱発する先生というのは、どうも学生の前に行くと厳しい点をつける権威が不足しておりまして、したがって学生に譲歩することで人気をつなぎとめると、こういうふうな点もございます。この見地からいきますと、九十点なんていうのは本来あるべきものではないと思います。
 では、私自身どう考えるかといいますと、このいろいろの具体的な技法の考案に関しては舌を巻くばかりであります。さすが日本のお役人はこういうことを考えさせると大したものだと。とにかく、賃金が上がると二分の一の年金が来るとか来ないとか、いろいろああいうことはなかなか尋常一様では考えられません。そういう点では、その技法においてはまことに抜群であると、こういうふうな気がいたします。
 しかしながら、あちらこちらを見ていきますと、大分やはり無理のところがありまして、私は七十八点ぐらいの採点です。そのような気持ちでおります。ただし、これは常識的にいきますと随分いい点じゃないかと思います。このように考えております。
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草島和幸#24
○参考人(草島和幸君) トータルで言うのはなかなか難しいんですが、育児休業の問題であるとか沖縄の問題であるとか個別のところについて言うんだったら満点でやっていただきたいと思うんですけれども、トータルで言うことになれば、先ほど言いましたようにやはり反対という立場からすると、優良可で言えばその下の不可というのが私の考えです。
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日下部禧代子#25
○日下部禧代子君 どうもありがとうございました。四人の方、それぞれの大変に興味ある採点をしていただきましてありがとうございました。
 それでは、まず村上参考人にお伺いしたいのでございますが、基礎年金の国際比較の表をいただきまして大変参考になりましたが、我が国の基礎年金の水準というのを生活保護の水準と比較した場合に、そしてまた国際的に比較した場合にどのようにお考えになっていらっしゃいますでしょうか。
 それからもう一つは、今度ネット所得スライドという方式が取り入れられておりますけれども、この場合、指標というのが家計調査を指標としております。家計調査を指標といたしますと、この家計調査というのは単身者を含まないなど指標とするにはいろいろと問題もあるというふうにも思うわけでございますが、これからこのネット所得スライドの指標というものはどういうものがよろしいのかという先生の御意見を承りたいと思います。
 それから三点目には、女性の年金権でございます。これは言われてから久しいのでございますけれども、第三号被保険者は固有の保険料負担がないという問題、これは共働きの女性あるいは自営業者とかそういった方々からの不公平だというお声も強くなっているところでございますが、その点。
 そしてまた、パートの場合でございますが、パート労働者の場合の厚生年金、いわゆる百三十万未満の収入の方々でございます。この百二十万未満という金額の問題も含めまして、厚生年金加入ということに関してはどういうふうにお考えになりますかということでございます。
 それからもう一点は、先生は国際的なさまざまな情報を非常に詳しく知識を持っていらっしゃいますが、他の国々におきましては、年金制度におきまして育児支援というものほかなり考慮されているわけでございます。女性が育児のために職業を中断した場合には、それを年金制度の中でいろいろと配慮するというふうな考慮がなされておりますが、今回、日本の場合には育児休暇中の保険料の問題ということだけにとどまっているように思います。
 こういう女性の年金権ということを考えてまいりますと、これから年金というのは単身ということになるのかあるいは世帯単位になるのかというその単位の問題にもかかわってくる根幹的な問題でもあるかと存じますが、先生の御意見を承りたいと存じます。
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村上清#26
○参考人(村上清君) お答えをする前に、先ほど私、良と申し上げたんですけれども、厚生省の方からすると不満だと思うんです。私は、今やっていらっしゃる方については優という点を差し上げたいんです。ただし、いかにしてもできないことはあるわけです。過去からの連続とか、あるいは片方で財源がどうしても伴わない、そういうことのために良という点をつけました。役所の御努力は私は優でございますが、結果的にはいろんな問題がどうしてもできないんで、仕方がないから良ということでございます。
 それから次に、基礎年金の水準なのでございますけれども、資料を差し上げました。そこに何円と入れたのもございますけれども、日本に比べるとかなり低くなっちゃっているんですね。数年前に調べたら大体日本と同じなんです。聞いてみたら円高のせいだというんです。ですから、大体日本の基礎年金とちょぼちょぼぐらい、購買力でいったらそのぐらいじゃないかなという感じがいたします。
 これは基礎的な部分でございますから、別に生活保護の水準とどうこうという問題じゃないと思うんです。ある程度努力するのは人間当たり前のことでございますし、それから日本では生活保護を受けていらっしゃる人の割合というのは欧米に比べて極端に低いですね、それだけ日本人は勤勉に努力していらっしゃる。しかし、何かの事情で落ち込んでしまう人がいれば、それは当然救済の手を差し伸べなきゃいけないんですけれども、今の水準で諸外国とも似ているし、私はいいんじゃないかと思います。
 それから次に、ネットスライドのインデックスですけれども、これはいろんなのがあるので議論が随分あるけれども、長い目で見れば私はどれを使ったって大して違いはないと思うんです。ですから、ごくごく大まかに考えております。要するに、勤労者が実質的に手にする金ということです。
 それから、女性の年金権は、これは議論が本当に少なくて残念なんです。どうぞ日下部先生、もう大きく発言をしていただきたいんですけれどもね。
 まず三号の問題は、基礎年金を税方式にすれば全部解決するわけでしょう。つまり、みんなが物を買うたびに、貧しい人は少し払い、ベンツやダイヤモンドを買う人はうんと払っていただく。そのお金で平等なのを払えば、主婦もそれから働き手もだれも関係ないわけですね。したがって、一階の部分はそれで私は、すぐできるとは思いませんけれども、それがベストの解決だと。
 それから、残っているのは二階部分なんですね。二階部分は前と同じで、例えば離婚すれば全然ゼロになっちゃうと、そういう投書を随分離婚した御婦人の方から受けます。何十年も我慢したのに全部亭主のところへ行っちゃう、私には一銭もないんですか、何か議員立法というのがあるから、議員の方が法律をつくって直してくださいと大きな声で言ってくれというので、きょうは大きな声で言いますけれども。
 それで、私が見ているのでは、やっぱり将来の方向というのは所得分割といいますか、つまり夫ないしは夫婦が稼いだ給料を二つに割っちゃうわけですね。仮に私が五十万ならばそれぞれが二十五万稼いだ、あるいは両方で六十万なら三十万ずつと、そういうことで二階部分の所得比例の年金を払えば育児期間も何もないんで、要するに夫婦で稼いだ総報酬の半分ずつになるわけです。
 ただ、そこに若干色をつければ、例えばイギリスやドイツなんかに例はございますが、イギリスのことは先生がお詳しいと思うんですけれども、ホーム・レスポンジビリティー・プロテクションというのがございますね。これは、やっぱり働くのと同じように社会に貢献したんだということで、働いたと同じような給料があったんだとみなして加入を認める。その分は国庫負担になるか全体の負担になるかわかりませんけれども、そんなことも含めてやればいいんじゃなかろうか。
 所得分割は、現にカナダで近いことをやっておりますし、それから最近の情報ですと、スウェーデンは再来年に大改正しますが、やはりそれを導入するようでございますので、やっぱり世界の趨勢になっていくだろうと考えております。
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日下部禧代子#27
○日下部禧代子君 あと二、三分ございますが、パートの問題については。
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村上清#28
○参考人(村上清君) アメリカの例を引きますと、アメリカでは所得税を払わないぐらいの人でも社会保険料は払っているわけです。例えば、基礎年金を間接税にすればだれだって払うわけです。だから、所得税と関係なく、だれだって厚生年金を所得に応じて徴収していいんじゃないですか。
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日下部禧代子#29
○日下部禧代子君 それにもう一点、年金制度の中における育児支援の問題について。
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