憲法調査会
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会
会議録情報#0
平成十三年十月二十五日(木曜日)
午前九時開議
出席委員
会長 中山 太郎君
幹事 石川 要三君 幹事 津島 雄二君
幹事 中川 昭一君 幹事 葉梨 信行君
幹事 保岡 興治君 幹事 鹿野 道彦君
幹事 中川 正春君 幹事 細川 律夫君
幹事 斉藤 鉄夫君
伊藤 公介君 伊藤 達也君
今村 雅弘君 岡下 信子君
奥野 誠亮君 金子 一義君
後藤田正純君 高村 正彦君
佐田玄一郎君 下村 博文君
菅 義偉君 中曽根康弘君
中山 正暉君 鳩山 邦夫君
二田 孝治君 松本 和那君
三塚 博君 森岡 正宏君
山崎 拓君 小沢 鋭仁君
大出 彰君 岡田 克也君
小林 憲司君 今野 東君
首藤 信彦君 仙谷 由人君
筒井 信隆君 中野 寛成君
中村 哲治君 永田 寿康君
山田 敏雅君 上田 勇君
太田 昭宏君 都築 譲君
藤島 正之君 中林よし子君
春名 直章君 山口 富男君
今川 正美君 金子 哲夫君
山口わか子君 松浪健四郎君
近藤 基彦君
…………………………………
参考人
(東京大学教授) 大沼 保昭君
参考人
(拓殖大学国際開発学部教
授) 森本 敏君
衆議院憲法調査会事務局長 坂本 一洋君
—————————————
委員の異動
十月二十五日
辞任 補欠選任
西田 司君 後藤田正純君
中村 哲治君 永田 寿康君
山口 富男君 中林よし子君
土井たか子君 今川 正美君
野田 毅君 松浪健四郎君
同日
辞任 補欠選任
後藤田正純君 岡下 信子君
永田 寿康君 中村 哲治君
中林よし子君 山口 富男君
今川 正美君 山口わか子君
松浪健四郎君 野田 毅君
同日
辞任 補欠選任
岡下 信子君 西田 司君
山口わか子君 土井たか子君
—————————————
本日の会議に付した案件
委員派遣承認申請に関する件
日本国憲法に関する件(二十一世紀の日本のあるべき姿)
————◇—————
この発言だけを見る →午前九時開議
出席委員
会長 中山 太郎君
幹事 石川 要三君 幹事 津島 雄二君
幹事 中川 昭一君 幹事 葉梨 信行君
幹事 保岡 興治君 幹事 鹿野 道彦君
幹事 中川 正春君 幹事 細川 律夫君
幹事 斉藤 鉄夫君
伊藤 公介君 伊藤 達也君
今村 雅弘君 岡下 信子君
奥野 誠亮君 金子 一義君
後藤田正純君 高村 正彦君
佐田玄一郎君 下村 博文君
菅 義偉君 中曽根康弘君
中山 正暉君 鳩山 邦夫君
二田 孝治君 松本 和那君
三塚 博君 森岡 正宏君
山崎 拓君 小沢 鋭仁君
大出 彰君 岡田 克也君
小林 憲司君 今野 東君
首藤 信彦君 仙谷 由人君
筒井 信隆君 中野 寛成君
中村 哲治君 永田 寿康君
山田 敏雅君 上田 勇君
太田 昭宏君 都築 譲君
藤島 正之君 中林よし子君
春名 直章君 山口 富男君
今川 正美君 金子 哲夫君
山口わか子君 松浪健四郎君
近藤 基彦君
…………………………………
参考人
(東京大学教授) 大沼 保昭君
参考人
(拓殖大学国際開発学部教
授) 森本 敏君
衆議院憲法調査会事務局長 坂本 一洋君
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委員の異動
十月二十五日
辞任 補欠選任
西田 司君 後藤田正純君
中村 哲治君 永田 寿康君
山口 富男君 中林よし子君
土井たか子君 今川 正美君
野田 毅君 松浪健四郎君
同日
辞任 補欠選任
後藤田正純君 岡下 信子君
永田 寿康君 中村 哲治君
中林よし子君 山口 富男君
今川 正美君 山口わか子君
松浪健四郎君 野田 毅君
同日
辞任 補欠選任
岡下 信子君 西田 司君
山口わか子君 土井たか子君
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本日の会議に付した案件
委員派遣承認申請に関する件
日本国憲法に関する件(二十一世紀の日本のあるべき姿)
————◇—————
中
中山太郎#1
○中山会長 これより会議を開きます。
この際、委員派遣承認申請に関する件についてお諮りいたします。
日本国憲法に関する調査のため、来る十一月二十六日、愛知県に委員を派遣いたしたいと存じます。
つきましては、議長に対し、委員派遣の承認を申請いたしたいと存じますが、これに賛成の諸君の起立を求めます。
〔賛成者起立〕
この発言だけを見る →この際、委員派遣承認申請に関する件についてお諮りいたします。
日本国憲法に関する調査のため、来る十一月二十六日、愛知県に委員を派遣いたしたいと存じます。
つきましては、議長に対し、委員派遣の承認を申請いたしたいと存じますが、これに賛成の諸君の起立を求めます。
〔賛成者起立〕
中
中山太郎#2
○中山会長 起立多数。よって、そのように決しました。
なお、派遣委員の人選等につきましては、会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →なお、派遣委員の人選等につきましては、会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
中
中
中山太郎#4
○中山会長 日本国憲法に関する件、特に二十一世紀の日本のあるべき姿について調査を進めます。
本日、午前の参考人として東京大学教授大沼保昭君に御出席をいただき、国際連合と安全保障について御意見をお述べいただくことになっております。
この際、参考人の方に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多用中にもかかわらず御出席を賜りまして、まことにありがとうございます。参考人のお立場から忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じます。
次に、議事の順序について申し上げます。
最初に参考人の方から御意見を四十分以内でお述べいただき、その後、委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。
なお、発言する際はその都度会長の許可を得ることになっております。また、参考人は委員に対し質疑することはできないことになっておりますので、あらかじめ御承知おき願いたいと存じます。
御発言は着席のままでお願いいたします。
それでは、大沼参考人、お願いいたします。
この発言だけを見る →本日、午前の参考人として東京大学教授大沼保昭君に御出席をいただき、国際連合と安全保障について御意見をお述べいただくことになっております。
この際、参考人の方に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多用中にもかかわらず御出席を賜りまして、まことにありがとうございます。参考人のお立場から忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じます。
次に、議事の順序について申し上げます。
最初に参考人の方から御意見を四十分以内でお述べいただき、その後、委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。
なお、発言する際はその都度会長の許可を得ることになっております。また、参考人は委員に対し質疑することはできないことになっておりますので、あらかじめ御承知おき願いたいと存じます。
御発言は着席のままでお願いいたします。
それでは、大沼参考人、お願いいたします。
大
大沼保昭#5
○大沼参考人 それでは、私の意見を申し上げます。
まず、お手元にきょうの私の話の概要が二枚で届いているかと存じます。その順序に従いましてお話しいたします。さらに、資料一覧もお手元にあろうかと存じます。主に、この資料一覧の中の三番目と四番目の毎日新聞「「昭和憲法」考」というものにかなり言及することがあろうかと思います。本当は最初の「「平和憲法」と集団安全保障」という論文の方にできるだけリファーしてお話ししたいんですが、議員の方々は大変お忙しいでしょうから、私のこれまでの経験からも、余り長い論文をやるとかえって迷惑だという経験もございますので、新聞の論考に主にリファーいたします。
それでは、まず第一の「護憲的改憲論」という点からお話しいたします。
私は、既に改憲論の立場を一九九〇年代の初めから明らかにして、さまざまな媒体でこれを論じてきております。ただ、その改憲論というのは、現憲法の精神を重視し、また、現憲法が基本的には大変すぐれた憲法である、戦後日本の経済的な繁栄と平和と安全の確保に十分な役割を果たしてきた、そういう認識を持った上での改憲論でなければならないというのが私の立場であります。
まず、現憲法は、第二次大戦で侵略戦争を行った日本が国際社会に受け入れられるための条件でありました。また、現憲法は、軍事費の負担を減らして、戦後日本の経済繁栄を支える重要な拠点でありました。またさらに、現憲法は、戦後専ら経済的な利益を追求してまいりました日本が、死の商人として他の国々の紛争から自分が経済的な利得を得ない、そういう道義性を世界に示す根拠でありました。そして、さらにまた日本国憲法は、戦争責任を認めようとしなかった日本が、辛うじて、日本はあの戦争を反省し、今後とも平和な国家として生きていく、そういうメッセージを国際社会に発信する根拠でありました。
こういった現憲法の積極的な意義は「「平和憲法」と集団安全保障」の論文の十二ページから十五ページに書いてありまして、また毎日新聞のこの「「昭和憲法」考 上」の下から二段目と最後の段落に簡単に要約してあります。後で御参照いただければ幸いです。
しかしながら、現憲法は、これを維持する上で巨大な自己欺瞞が日本国民の間にありました。この点についても、詳しくは毎日新聞の論考の「下」の方に最初から第四段落までまとめてあります。
最も大きい自己欺瞞といいますのは、九条が、その立法者趣旨として求めた絶対的な平和主義の志向と、それから日本が、日本の平和と安全、そして経済的繁栄を確保するために受け入れざるを得なかった日米安保体制というものの間の矛盾、これを何らかの形で自己に納得させなければならなかった。
しかしながら、この両者の間には非常に大きな乖離がありまして、この両者を自分が道義的な立場で、国民倫理的な立場で納得することは甚だ困難でありました。
その困難があったにもかかわらず、日本は建前と本音の使い分けで、戦後の具体的な物質的利益、つまり経済繁栄と、それから一国の平和、日本が平和で他のさまざまな紛争から離れていられる、そういう状態を確保するために甘受してきたわけであります。
そのことによって、我々は憲法に対して一種のシニシズム、冷笑主義というべき態度を持つに至りました。しょせん憲法に書いていることは紙の上のことであって、我々が実際に行っていることはそれとは別の本音ベースのことである、本音で切り抜けていけばよいのだ、そういう本音万能主義をもたらした一つの大きな問題点がこの憲法にはあった、特に第九条にはあったわけであります。
もう一つは、一国平和主義批判という主張に代表される、日本人への偏愛と結びついた極端に利己主義的な平和観であります。
つまり、日本が安全でさえあればよい、日本人が死ななければよい、危険なところには一切自衛隊は派遣しない、日本人が外国で死ななければよい、国際安全保障のことはすべて米国その他の国々がやってくれる、日本はそれに手を汚したくないという非常に極端な、利己主義的な平和観がはびこってしまった。
しかしながら、このことは実は、いわゆる一国平和主義と批判されるこれまでの国会での野党の立場、あるいは岩波の進歩的文化人というものに限られたものではありませんで、例えば我々は日本のことをこれまで単一民族の社会であるというふうな形で考えてきたわけでありますけれども、この単一民族という神話、私はこれをずっと神話と言い続けてまいりましたが、そのことも要するに、日本社会には日本人という単一の民族が存在しているんだ、アイヌとか在日韓国・朝鮮人とか、あるいは海外からやってくるイラン人とかフィリピン人とか、そういった人々は日本の本来の構成メンバーにはなれないんだ、そういう日本人への偏愛と結びつくものだったわけであります。これは、むしろ野党というよりは国会の多数派を占めていた自民党にも非常に多い感覚でありまして、日本社会の恥ずべき一面であったわけであります。
そういう意味で、日本国憲法というものは、極めて重要な戦後の日本の安全と経済的繁栄を支え、そうして道義性を発信する根拠であると同時に、我々の倫理的な退廃を招く、そういう面も持ってきたわけであります。
戦後、日本国憲法は、五十年以上一度も改正されなかったわけであります。このことは、憲法が、先ほど申しましたような経済繁栄、ソ連に対する安全保障、平和主義の発信という本来両立しがたいぜいたくを日本国民に許してくれたその一つのかぎだったためであります。もちろん、具体的には、国会で憲法改正に反対する勢力が三分の一以上を常に占めていたということが具体的な理由でありますけれども、その根源には、今言ったようなぜいたく、これは言ってみれば日本国民の戦後のサクセスストーリー、日本国憲法はそういう日本のかぎ括弧つきの「成功」を支える根拠である、そのために我々は憲法を改正しなかったということがあるのだろうと私は思っております。
しかしながら、こうした憲法もさまざまな点で現実との不適合が蓄積されまして、その現実との乖離というものはもはや限界に達しているのではないかというのが私の考えであります。もっとも、現実と不適合があるから憲法を変えるべきだというのは、やや単純化された議論であります。
本来、法というものは、現実との乖離があって当然であります。もし法と現実とが完全に一致しているのであれば、法には存在理由はない。つまり、みんなが交通規則を守るのであれば、交通規則というのは要らないはずであります。みんなが速度八十キロで走ってしまうから、速度制限を六十キロにして事故を少なくするという法の存在理由があるわけです。その意味で、法というのは建前であり、我々が自分自身に課すやせ我慢の道具であります。
ただ、法というものは、本来、現実との乖離をその本質的要素とするわけでありますけれども、それにしても限度というものがあります。憲法と現実との距離が余りに広がって、だれの目にも憲法と異なる現実の状態が続きますと、憲法という国家の最も重要な基本法に対する国民の広範なシニシズム、冷笑主義というものが生じてまいります。しょせん憲法というのは建前にすぎない、そういうシニシズムであります。
私は、一九九〇年代ごろから、現憲法が、言ってみればそういういわば危険水域に入りつつあるという認識を持っておりまして、そのことが、私がこれまでの立場を若干修正して護憲的改憲論というものを九〇年代の初頭から主張するようになった基本的な理由であります。
もう一つ、私が九〇年代から改憲論を主張してきた原理的な論点がございます。
私の考えでは、憲法とは国家の基本理念の表明であります。もちろん、現在の日本国憲法というのは、これは自由主義、リベラリズムと民主主義に基づく憲法でありまして、その憲法の第一の存在理由は、基本的人権の尊重、国家の権力の抑制というところにあります。しかしながら、これはたまたま現在の歴史的段階の憲法がそういう内容を持つということでありまして、本来、憲法というものは、国家の基本理念を各世代の国民が表明し、これを定式化したものというふうに考えるべきであります。
歴史的に見てまいりますと、それぞれの世代は、それぞれ自分たちの世代が考える基本理念というものを表明し、それに従って国家を運営する権利を有し、義務を負っております。
ここで私が一つの世代と考えているのは、約二十五年であります。約二十五年たてば、社会を運営する中核部分というものが変わります。子供は親に従って社会の中で行動すべきものでありますけれども、その親も、老いては子に従えということであります。
恐らく、ある社会の最も中核をなす世代は、四十代から六十代というほぼ二十五年間の世代でありましょう。この世代は、もちろん例外はございますが、平均してみれば、最も判断力が充実して、社会の背骨となって国家を運営する世代であります。
ところが、今日、四十代から六十代の世代を考えた場合、現在の憲法というものは、自分が生まれる前か、せいぜい自分が十代の未成年の時代につくられたものであります。私自身は五十五歳でありますけれども、私にとっては、憲法というのは、自分が生まれたときにつくられたもので、私は何らこの憲法の制定に関与しておりません。こういう社会を運営する中核となる世代が、二世代前の世代がつくった憲法によってその基本的な枠組みを拘束されるということは、甚だ不自然であります。
各世代は、自分たちがよしと考える理念を憲法という形で表明して、その枠組みをみずからが設定して、それに基づいて国家を運営すべきであります。もちろん、各世代は独立して存在しているのではなくて、世代的な存在というのは、その前の世代あるいはその前の前の世代からの蓄積に基づいて国家を運営するわけであります。ですから、革命ということは基本的に望ましくない。憲法を基本的に維持しながら、部分的な改正によって、各世代が最もその理念に適合した形の憲法につくり変えていく、そういう漸進的な営みが、国家を安定した形で運営していくかぎであります。
今日、日本社会において、例えば宮澤元総理あるいは後藤田元官房長官といった世代にかなり強い護憲的な感覚があろうかと存じます。それはそれで、私は、大変理解のできる、またありがたい感覚であろうというふうに思います。しかしながら、その世代が国家の基本的な枠組みをつくったその憲法を、これからの二十一世紀の我々の世代、あるいは我々よりももっと若い世代がそのまま維持すべきかどうかということは、これはまた別の話であります。
現在の憲法にかかわった世代はほとんどもう鬼籍に入っているわけでありまして、我々は、二十一世紀に当たって、現在の三十代から六十代あるいはせいぜい七十代、そういう世代が共通に合意できる、そういう憲法をつくって、またそれをもととして日本社会を運営していくべきであるというふうに考えます。
次に、概要の2に移りたいと思います。
「昭和憲法制定時から八〇年代までの日本と国際社会」についてごく簡単に見ておきたいと思います。
憲法制定時の日本はどういう社会であったかということを考えてみますと、一人当たりのGDPは約百米ドル程度、つまり今日の三百分の一の非常に貧しい小国でありました。その時代は、第二次大戦によって強度の忌戦感情あるいは厭戦感情があり、また、戦争の被害者であるという意識が国民に広く共有されている、そういう時代でありました。他方におきまして、日本国民には、第二次大戦が日本の侵略戦争であったという意識は欠如しておりまして、専ら、戦争というのはもはや懲り懲りである、もう二度とこういう悲惨な思いはしたくないという被害者意識が支配的な時代でありました。そういう被害者意識と厭戦感情、忌戦感情をてことする強い平和主義が蔓延していた時代でありました。
また、この時代には、あらゆる面で米国への崇拝と憧憬が支配的でありました。その結果として、戦前のほとんどすべての日本的なる理念、思想、制度、あるいはアジア的なる理念、制度、思想というものが否定されました。これは、私がかつて「倭国と極東のあいだ」という本で書きました周辺国家日本の発想が強くこういう形で出たわけでありまして、この基本的な枠組みは、残念ながら今日もそう変わっておりません。そしてまた、戦争に懲り懲り、国家はすべてあしきものという感覚が経済的な私的利益を追求することを万能とする思想を生み、それが蔓延した時代でもありました。
さらに、この時代につくられた国連の集団安全保障体制とはどういうものであったかということを次に簡単にお話しいたします。
第二次大戦後の国連の体制、その中核をなす集団安全保障体制を理解するには、この体制の構築者たちが第一次大戦後の国際秩序の構築を極めて失敗作であったというふうに理解していたという、その理解が極めて重要であります。
彼らはどういう点を失敗の原因と考えていたかというと、まず第一に、第一次大戦後の国際連盟体制は集団安全保障体制として極めて弱体であったという認識があります。これは、米ソという非常に有力な大国が参加しませんでしたし、国際連盟における戦争違法化は不徹底であり、制裁は非軍事的制裁にとどまっておりました。
さらにまた、第二に、第一次大戦後の講和というものは、極めて過酷で非現実的な講和でありました。つまり、ドイツに対して戦争責任を課し、極めて重大な賠償を課して、結局のところ、連合国はこの巨大な賠償を取ることはできなかった。逆に、そういう不正な講和を課したことがドイツ国民の恨みを生み、ナチス・ドイツの台頭を促した、そういう結果を招いた。他方で、英国などはそういう不正な講和だという負い目の感覚があり、それがナチスへの融和的な姿勢を生んだ。その結果として、ベルサイユ体制をナチス・ドイツが無視しじゅうりんしたときにさえ、英国は、そもそもベルサイユ体制自身が不公正だという思いがあったために、断固とした姿勢をとることができなかった。米国も同じであります。
事情をさらに悪くしたのが、戦勝国の講和体制、つまりベルサイユ条約と戦後の国際秩序、国際連盟体制というものが同一視されていた。具体的には、国際連盟規約がベルサイユ条約の一部として構成されていたということであります。国際連盟体制が不公正なベルサイユ講和の一部だったために、ますます正当性を主張することができなかった。
最後に、最も経済的に豊かで経済力のあった戦勝国の米国が、保護主義的、孤立主義的な政策をとって、国際経済の円滑な発展を阻害した。その結果、ドイツは国際経済を利用して経済的に復活することができない。日本も、第一次大戦の経済ブームが去ってしまうと経済不況で苦しめられて、近衛元首相のいわゆる英米本位の平和に対する恨み、怨念というものが出てまいりました。さらに事態を悪化させたのは、米国や欧州で人種差別が猛威を振るって、日本の移民を差別し、日本国民のプライドを傷つけるということがありました。その結果として、大恐慌、そして日独伊では、英米に対する強い反発を持つファシズムが台頭することになったわけであります。
第二次大戦後の国際連合は、こういった失敗を繰り返さないという意識に支えられてつくられたわけであります。
そのことが、第一に、国連において集団安全保障体制が著しく強化された。国連憲章の二条四項で武力行使を一般的に禁止し、これに反して違法な武力行使を行った国には軍事的制裁も含む集団的な措置をとるという集団安全保障の極めて強化された体制がつくられましたし、唯一の例外的な武力行使には安保理の、形式的ではありますけれども、コントロールをきかせるという形で、この集団安全保障体制を形式的には強化したわけであります。
さらに戦勝国は、過酷な講和だった第一次大戦の失敗を反省して、日独伊に対して寛大な講和政策をとりました。日本は、サンフランシスコ条約その他で、甚だ日本としては少額の、当時高度成長しつつあった日本としては比較的余裕のある賠償で戦争責任をいわば免除してもらうことができましたし、中国は、信じられないことに、賠償を放棄するという大変寛大な態度をとりました。形式上日本の戦争の最高責任者であった昭和天皇は、戦争責任を追及されることなく終わりました。そうした寛大な結果を享受した日本とドイツは、経済的におくれた国々に今日では大量の経済的、技術的援助を行って、その寛大な講和にこたえることができたわけであります。そういう意味では、寛大な講和政策というのは非常に大きな成功をおさめたわけであります。
第三に、日独の講和、日本の場合はサンフランシスコ条約であり、ドイツについてはなし崩しに講和が実現しましたが、これは、国連体制と切り離して行われました。
そして最後に、米国は、自国の市場を開放した自由貿易体制をつくり上げ、他の経済的に苦しい状況にある日本やドイツあるいは戦勝国をも含めて、この経済が発展するように非常に寛大な経済政策を戦後とりました。そのことによって、第二次大戦後の国際体制は、米ソ対立というもう一つの非常に重大な問題がなければ、第一次大戦後の講和と戦後体制よりもはるかに成功した作品であったわけであります。
3の、「二十世紀末(冷戦終結後)の国際社会」に移ります。
今申し上げましたように、第二次大戦後の世界は、戦後体制の構築としては第一次大戦後の戦後体制よりもはるかに成功をおさめたにもかかわらず、冷戦というもう一つの大きな問題を抱えることによって、その問題が一九八〇年代までは大きな限界、問題となってさまざまな問題を生んでまいりました。ベトナム戦争がその代表例でありました。
しかしながら、一九八〇年代末に冷戦が終結し、ソ連、東欧圏が崩壊し、米国の一極覇権が成立いたしました。この米国の一極覇権を支える実体的要因は、言うまでもなく米国の強大な経済力と軍事力であります。しかしながら、二十一世紀の国際社会を考える上で最も重要なのは、米国のソフトパワー、文化的な情報的な優位というものが続くだろうということであります。そのことによって、戦後の国際秩序を維持、支配してきた米国的な発想と生活様式は、二十一世紀もますます強化されて続くだろうというふうに思われます。
この米国の一極覇権は、地球的な規模の資本主義的経済と結びついておりまして、いわゆるグローバライゼーションという形でこれが進行しております。そして、このことは、国境を越える普遍的な理念、この代表が人権と民主主義でありますけれども、この理念と結びついて、現在の途上国、非欧米諸国に対する非常に大きな圧迫、圧力となって二十一世紀も続いていくことになるでありましょう。
他方で、東アジア、日本、それからNIES、そして中国といった国々が経済的な実力を向上させ、それに伴って一定の自信を回復してきました。二十一世紀の世界は、中国の超大国化というものを我々は必ず見ることになるだろうというふうに思っております。
一九九〇年代の世界になりますと、集団安全保障の意義と限界というものが極めて明確にあらわれてまいりました。既に一九八〇年代まで、集団安全保障体制が東西の冷戦によってうまく機能しない、そのことから自衛権がむしろ常態化しておりました。NATOとワルシャワ条約機構がその代表であります。その結果として、国連の集団安全保障体制というのは、あたかも日本国憲法の九条的な地位に置かれることになった。つまり、理念として、規範としては一見それが原則でありながら、事実は個別的、集団的自衛権に基づく体制というものが現実である、そういう理念と現実の乖離が国際社会でも生じていたわけであります。
そのすき間を辛うじて埋めてきたのが国連の平和維持活動、PKOでありますけれども、PKOというのは本質的に現状維持的な活動でありまして、これは、新たな暴力、戦争やテロリズムの攻撃には対処できない。そこで、一九九〇年代には、米国の単独行動主義かあるいは国連の授権に基づく多国籍軍か、そういう選択肢が多くの人々の目の前に提出されるようになったわけであります。
最後に、九〇年代非常に明らかになってきたのは、グローバライゼーションの進展と米国の一極覇権による世界的な貧富の格差、文化、宗教的な衝突による敗者の側の怨念の蓄積であります。
先日、九月十一日に生じた事態は、この怨念の蓄積がいかにすさまじいものであるか、そして、こういう非合理的な行動に対して先進国の安全保障がいかに脆弱なものであるかということを見せつけた典型的な事例だったわけであります。この点についての私の主張、意見はございますけれども、これは後から、もし皆様の方から質問があれば、お答えしたいと思います。
次に、4と5を、残り時間が九分ほどですので、まとめてお話ししたいと思います。
二十世紀末以来、日本は、さまざまな憲法についての問題を抱えながら、戦争直後の意識構造が八〇年代の国際化まではほとんど変わらずに来てしまった。九〇年代にもその意識はなお残存しております。例えば、その一つとしての相も変わらぬ米国崇拝と憧憬がありまして、このことは九〇年代のグローバライゼーションによってさらに強化された。今日の九月十一日事件以後の対応でもそうでありますけれども、常に米国の眼鏡を通してしか世界を見ることができないという問題性があります。
第二に、憲法九条の厳格解釈にしがみつくことによって、戦争責任を認めないまま、二度とやりませんというメッセージを近隣諸国に発信するという構造はまだ変わっておりません。憲法九条というのは、本来、日本の自衛と国際社会の安全保障に対する参加を根拠づける条文であったわけでありますけれども、九条は、それとは異なり、日本が戦争責任を果たしてこなかったその代替機能、つまり、戦争責任を正面から認めることはしないけれども、実際上はあれを悔いているんだ、二度とああいうことはやらないんだというメッセージを諸国に発する、そういう根拠として用いられている。つまり、憲法九条は、本来の役割と違った機能を期待され、そういう機能を果たして今日まで来てしまった。
日本社会の中では、戦争直後と違って、第二次大戦が日本の侵略であったという認識はようやく九〇年代に定着してまいりました。ただ他方、これに対して、これを認めることができない、感情的にこれに反発するという反動も生じておりまして、過去の所業を隠ぺいし強弁するという風潮が出ております。このことは、しかしながら、私の考えでは、日本の積極的な外交と対外的な発信をみずから損なう、そういう意味での愚行であるというふうに私は考えております。
過度の米国モデルによって日本社会がさまざまな点で問題性を抱える、このことが九〇年代には非常に明らかになってまいりました。家庭と地域社会のモラルが低下いたしました。専ら被疑者、被告人の権利保障のみに偏った刑事法制度の問題性が噴出してまいりました。大量生産、大量消費、大量廃棄の生活様式が定着すると同時に、深刻な環境問題が出て、この解決策を我々は米国モデルの思考の中で見出すことができない。自由の名のもとで放縦が蔓延するという憂うべき現象も九〇年代には極めて明らかになりました。こういった問題状況というものは二十一世紀前半にも続くだろうというふうに思います。
私は、九〇年代に、例えばPKOの本体業務凍結を解除するということは当然行っておくべきだったというふうに考えますけれども、九〇年代の日本は、バブルの後始末と経済不況への対応に追われて、こういうことをやってまいりませんでした。我々はそこで二十一世紀に入ってしまったわけであります。
この二十一世紀で、我々が国際社会、特に国連の安全保障との関係で日本国憲法をどのように構想していくか。私は、ここで最初に申し上げたように、日本国憲法を今までの憲法の精神を十分生かしつつ改正すべきであるというふうに考えるわけであります。もちろん、憲法を変えずに解釈を変更する、例えば集団的自衛権というのは憲法九条のもとで許容される、そういうふうに憲法解釈を変えることによってやりくりをしていくという行き方もできないわけではありません。憲法というのは伸縮自在な規定であり、法としてかなり許容性の高い規範であります。
ただ、私が最初に申し上げた二つの点、一つは、国家の基本原理にかかわる安全保障を憲法の解釈の変更という形でやるべきではない。そういうふうに憲法をそのままにしたまま解釈で切り抜けるというやり方は、ますます日本国民の憲法に対するシニシズムを強めて、我々が社会を運営していく上でどうしても必要な法に対する信頼、法に対する敬意というものを日本国民から奪ってしまう、そういう非常に重大な問題があろうかと思います。
第二に、これも最初に申し上げましたように、各世代には、みずからの理念というものを憲法を通して表明し、その枠組みの中で国家を運営していく権利と義務があります。それを認めずに、半世紀以上前につくられた、その世代が最もよかれと思ってつくった憲法を維持していくことは、どうしても社会の運営に無理を来して、さまざまな問題を生むことになります。
これまでの憲法が果たしてきた役割というものを十分評価し、その理念を最大限尊重した上で、我々としては二十一世紀の初頭に憲法改正をすべきであるというふうに考えております。
以上で私の意見の開陳を終わります。御清聴ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →まず、お手元にきょうの私の話の概要が二枚で届いているかと存じます。その順序に従いましてお話しいたします。さらに、資料一覧もお手元にあろうかと存じます。主に、この資料一覧の中の三番目と四番目の毎日新聞「「昭和憲法」考」というものにかなり言及することがあろうかと思います。本当は最初の「「平和憲法」と集団安全保障」という論文の方にできるだけリファーしてお話ししたいんですが、議員の方々は大変お忙しいでしょうから、私のこれまでの経験からも、余り長い論文をやるとかえって迷惑だという経験もございますので、新聞の論考に主にリファーいたします。
それでは、まず第一の「護憲的改憲論」という点からお話しいたします。
私は、既に改憲論の立場を一九九〇年代の初めから明らかにして、さまざまな媒体でこれを論じてきております。ただ、その改憲論というのは、現憲法の精神を重視し、また、現憲法が基本的には大変すぐれた憲法である、戦後日本の経済的な繁栄と平和と安全の確保に十分な役割を果たしてきた、そういう認識を持った上での改憲論でなければならないというのが私の立場であります。
まず、現憲法は、第二次大戦で侵略戦争を行った日本が国際社会に受け入れられるための条件でありました。また、現憲法は、軍事費の負担を減らして、戦後日本の経済繁栄を支える重要な拠点でありました。またさらに、現憲法は、戦後専ら経済的な利益を追求してまいりました日本が、死の商人として他の国々の紛争から自分が経済的な利得を得ない、そういう道義性を世界に示す根拠でありました。そして、さらにまた日本国憲法は、戦争責任を認めようとしなかった日本が、辛うじて、日本はあの戦争を反省し、今後とも平和な国家として生きていく、そういうメッセージを国際社会に発信する根拠でありました。
こういった現憲法の積極的な意義は「「平和憲法」と集団安全保障」の論文の十二ページから十五ページに書いてありまして、また毎日新聞のこの「「昭和憲法」考 上」の下から二段目と最後の段落に簡単に要約してあります。後で御参照いただければ幸いです。
しかしながら、現憲法は、これを維持する上で巨大な自己欺瞞が日本国民の間にありました。この点についても、詳しくは毎日新聞の論考の「下」の方に最初から第四段落までまとめてあります。
最も大きい自己欺瞞といいますのは、九条が、その立法者趣旨として求めた絶対的な平和主義の志向と、それから日本が、日本の平和と安全、そして経済的繁栄を確保するために受け入れざるを得なかった日米安保体制というものの間の矛盾、これを何らかの形で自己に納得させなければならなかった。
しかしながら、この両者の間には非常に大きな乖離がありまして、この両者を自分が道義的な立場で、国民倫理的な立場で納得することは甚だ困難でありました。
その困難があったにもかかわらず、日本は建前と本音の使い分けで、戦後の具体的な物質的利益、つまり経済繁栄と、それから一国の平和、日本が平和で他のさまざまな紛争から離れていられる、そういう状態を確保するために甘受してきたわけであります。
そのことによって、我々は憲法に対して一種のシニシズム、冷笑主義というべき態度を持つに至りました。しょせん憲法に書いていることは紙の上のことであって、我々が実際に行っていることはそれとは別の本音ベースのことである、本音で切り抜けていけばよいのだ、そういう本音万能主義をもたらした一つの大きな問題点がこの憲法にはあった、特に第九条にはあったわけであります。
もう一つは、一国平和主義批判という主張に代表される、日本人への偏愛と結びついた極端に利己主義的な平和観であります。
つまり、日本が安全でさえあればよい、日本人が死ななければよい、危険なところには一切自衛隊は派遣しない、日本人が外国で死ななければよい、国際安全保障のことはすべて米国その他の国々がやってくれる、日本はそれに手を汚したくないという非常に極端な、利己主義的な平和観がはびこってしまった。
しかしながら、このことは実は、いわゆる一国平和主義と批判されるこれまでの国会での野党の立場、あるいは岩波の進歩的文化人というものに限られたものではありませんで、例えば我々は日本のことをこれまで単一民族の社会であるというふうな形で考えてきたわけでありますけれども、この単一民族という神話、私はこれをずっと神話と言い続けてまいりましたが、そのことも要するに、日本社会には日本人という単一の民族が存在しているんだ、アイヌとか在日韓国・朝鮮人とか、あるいは海外からやってくるイラン人とかフィリピン人とか、そういった人々は日本の本来の構成メンバーにはなれないんだ、そういう日本人への偏愛と結びつくものだったわけであります。これは、むしろ野党というよりは国会の多数派を占めていた自民党にも非常に多い感覚でありまして、日本社会の恥ずべき一面であったわけであります。
そういう意味で、日本国憲法というものは、極めて重要な戦後の日本の安全と経済的繁栄を支え、そうして道義性を発信する根拠であると同時に、我々の倫理的な退廃を招く、そういう面も持ってきたわけであります。
戦後、日本国憲法は、五十年以上一度も改正されなかったわけであります。このことは、憲法が、先ほど申しましたような経済繁栄、ソ連に対する安全保障、平和主義の発信という本来両立しがたいぜいたくを日本国民に許してくれたその一つのかぎだったためであります。もちろん、具体的には、国会で憲法改正に反対する勢力が三分の一以上を常に占めていたということが具体的な理由でありますけれども、その根源には、今言ったようなぜいたく、これは言ってみれば日本国民の戦後のサクセスストーリー、日本国憲法はそういう日本のかぎ括弧つきの「成功」を支える根拠である、そのために我々は憲法を改正しなかったということがあるのだろうと私は思っております。
しかしながら、こうした憲法もさまざまな点で現実との不適合が蓄積されまして、その現実との乖離というものはもはや限界に達しているのではないかというのが私の考えであります。もっとも、現実と不適合があるから憲法を変えるべきだというのは、やや単純化された議論であります。
本来、法というものは、現実との乖離があって当然であります。もし法と現実とが完全に一致しているのであれば、法には存在理由はない。つまり、みんなが交通規則を守るのであれば、交通規則というのは要らないはずであります。みんなが速度八十キロで走ってしまうから、速度制限を六十キロにして事故を少なくするという法の存在理由があるわけです。その意味で、法というのは建前であり、我々が自分自身に課すやせ我慢の道具であります。
ただ、法というものは、本来、現実との乖離をその本質的要素とするわけでありますけれども、それにしても限度というものがあります。憲法と現実との距離が余りに広がって、だれの目にも憲法と異なる現実の状態が続きますと、憲法という国家の最も重要な基本法に対する国民の広範なシニシズム、冷笑主義というものが生じてまいります。しょせん憲法というのは建前にすぎない、そういうシニシズムであります。
私は、一九九〇年代ごろから、現憲法が、言ってみればそういういわば危険水域に入りつつあるという認識を持っておりまして、そのことが、私がこれまでの立場を若干修正して護憲的改憲論というものを九〇年代の初頭から主張するようになった基本的な理由であります。
もう一つ、私が九〇年代から改憲論を主張してきた原理的な論点がございます。
私の考えでは、憲法とは国家の基本理念の表明であります。もちろん、現在の日本国憲法というのは、これは自由主義、リベラリズムと民主主義に基づく憲法でありまして、その憲法の第一の存在理由は、基本的人権の尊重、国家の権力の抑制というところにあります。しかしながら、これはたまたま現在の歴史的段階の憲法がそういう内容を持つということでありまして、本来、憲法というものは、国家の基本理念を各世代の国民が表明し、これを定式化したものというふうに考えるべきであります。
歴史的に見てまいりますと、それぞれの世代は、それぞれ自分たちの世代が考える基本理念というものを表明し、それに従って国家を運営する権利を有し、義務を負っております。
ここで私が一つの世代と考えているのは、約二十五年であります。約二十五年たてば、社会を運営する中核部分というものが変わります。子供は親に従って社会の中で行動すべきものでありますけれども、その親も、老いては子に従えということであります。
恐らく、ある社会の最も中核をなす世代は、四十代から六十代というほぼ二十五年間の世代でありましょう。この世代は、もちろん例外はございますが、平均してみれば、最も判断力が充実して、社会の背骨となって国家を運営する世代であります。
ところが、今日、四十代から六十代の世代を考えた場合、現在の憲法というものは、自分が生まれる前か、せいぜい自分が十代の未成年の時代につくられたものであります。私自身は五十五歳でありますけれども、私にとっては、憲法というのは、自分が生まれたときにつくられたもので、私は何らこの憲法の制定に関与しておりません。こういう社会を運営する中核となる世代が、二世代前の世代がつくった憲法によってその基本的な枠組みを拘束されるということは、甚だ不自然であります。
各世代は、自分たちがよしと考える理念を憲法という形で表明して、その枠組みをみずからが設定して、それに基づいて国家を運営すべきであります。もちろん、各世代は独立して存在しているのではなくて、世代的な存在というのは、その前の世代あるいはその前の前の世代からの蓄積に基づいて国家を運営するわけであります。ですから、革命ということは基本的に望ましくない。憲法を基本的に維持しながら、部分的な改正によって、各世代が最もその理念に適合した形の憲法につくり変えていく、そういう漸進的な営みが、国家を安定した形で運営していくかぎであります。
今日、日本社会において、例えば宮澤元総理あるいは後藤田元官房長官といった世代にかなり強い護憲的な感覚があろうかと存じます。それはそれで、私は、大変理解のできる、またありがたい感覚であろうというふうに思います。しかしながら、その世代が国家の基本的な枠組みをつくったその憲法を、これからの二十一世紀の我々の世代、あるいは我々よりももっと若い世代がそのまま維持すべきかどうかということは、これはまた別の話であります。
現在の憲法にかかわった世代はほとんどもう鬼籍に入っているわけでありまして、我々は、二十一世紀に当たって、現在の三十代から六十代あるいはせいぜい七十代、そういう世代が共通に合意できる、そういう憲法をつくって、またそれをもととして日本社会を運営していくべきであるというふうに考えます。
次に、概要の2に移りたいと思います。
「昭和憲法制定時から八〇年代までの日本と国際社会」についてごく簡単に見ておきたいと思います。
憲法制定時の日本はどういう社会であったかということを考えてみますと、一人当たりのGDPは約百米ドル程度、つまり今日の三百分の一の非常に貧しい小国でありました。その時代は、第二次大戦によって強度の忌戦感情あるいは厭戦感情があり、また、戦争の被害者であるという意識が国民に広く共有されている、そういう時代でありました。他方におきまして、日本国民には、第二次大戦が日本の侵略戦争であったという意識は欠如しておりまして、専ら、戦争というのはもはや懲り懲りである、もう二度とこういう悲惨な思いはしたくないという被害者意識が支配的な時代でありました。そういう被害者意識と厭戦感情、忌戦感情をてことする強い平和主義が蔓延していた時代でありました。
また、この時代には、あらゆる面で米国への崇拝と憧憬が支配的でありました。その結果として、戦前のほとんどすべての日本的なる理念、思想、制度、あるいはアジア的なる理念、制度、思想というものが否定されました。これは、私がかつて「倭国と極東のあいだ」という本で書きました周辺国家日本の発想が強くこういう形で出たわけでありまして、この基本的な枠組みは、残念ながら今日もそう変わっておりません。そしてまた、戦争に懲り懲り、国家はすべてあしきものという感覚が経済的な私的利益を追求することを万能とする思想を生み、それが蔓延した時代でもありました。
さらに、この時代につくられた国連の集団安全保障体制とはどういうものであったかということを次に簡単にお話しいたします。
第二次大戦後の国連の体制、その中核をなす集団安全保障体制を理解するには、この体制の構築者たちが第一次大戦後の国際秩序の構築を極めて失敗作であったというふうに理解していたという、その理解が極めて重要であります。
彼らはどういう点を失敗の原因と考えていたかというと、まず第一に、第一次大戦後の国際連盟体制は集団安全保障体制として極めて弱体であったという認識があります。これは、米ソという非常に有力な大国が参加しませんでしたし、国際連盟における戦争違法化は不徹底であり、制裁は非軍事的制裁にとどまっておりました。
さらにまた、第二に、第一次大戦後の講和というものは、極めて過酷で非現実的な講和でありました。つまり、ドイツに対して戦争責任を課し、極めて重大な賠償を課して、結局のところ、連合国はこの巨大な賠償を取ることはできなかった。逆に、そういう不正な講和を課したことがドイツ国民の恨みを生み、ナチス・ドイツの台頭を促した、そういう結果を招いた。他方で、英国などはそういう不正な講和だという負い目の感覚があり、それがナチスへの融和的な姿勢を生んだ。その結果として、ベルサイユ体制をナチス・ドイツが無視しじゅうりんしたときにさえ、英国は、そもそもベルサイユ体制自身が不公正だという思いがあったために、断固とした姿勢をとることができなかった。米国も同じであります。
事情をさらに悪くしたのが、戦勝国の講和体制、つまりベルサイユ条約と戦後の国際秩序、国際連盟体制というものが同一視されていた。具体的には、国際連盟規約がベルサイユ条約の一部として構成されていたということであります。国際連盟体制が不公正なベルサイユ講和の一部だったために、ますます正当性を主張することができなかった。
最後に、最も経済的に豊かで経済力のあった戦勝国の米国が、保護主義的、孤立主義的な政策をとって、国際経済の円滑な発展を阻害した。その結果、ドイツは国際経済を利用して経済的に復活することができない。日本も、第一次大戦の経済ブームが去ってしまうと経済不況で苦しめられて、近衛元首相のいわゆる英米本位の平和に対する恨み、怨念というものが出てまいりました。さらに事態を悪化させたのは、米国や欧州で人種差別が猛威を振るって、日本の移民を差別し、日本国民のプライドを傷つけるということがありました。その結果として、大恐慌、そして日独伊では、英米に対する強い反発を持つファシズムが台頭することになったわけであります。
第二次大戦後の国際連合は、こういった失敗を繰り返さないという意識に支えられてつくられたわけであります。
そのことが、第一に、国連において集団安全保障体制が著しく強化された。国連憲章の二条四項で武力行使を一般的に禁止し、これに反して違法な武力行使を行った国には軍事的制裁も含む集団的な措置をとるという集団安全保障の極めて強化された体制がつくられましたし、唯一の例外的な武力行使には安保理の、形式的ではありますけれども、コントロールをきかせるという形で、この集団安全保障体制を形式的には強化したわけであります。
さらに戦勝国は、過酷な講和だった第一次大戦の失敗を反省して、日独伊に対して寛大な講和政策をとりました。日本は、サンフランシスコ条約その他で、甚だ日本としては少額の、当時高度成長しつつあった日本としては比較的余裕のある賠償で戦争責任をいわば免除してもらうことができましたし、中国は、信じられないことに、賠償を放棄するという大変寛大な態度をとりました。形式上日本の戦争の最高責任者であった昭和天皇は、戦争責任を追及されることなく終わりました。そうした寛大な結果を享受した日本とドイツは、経済的におくれた国々に今日では大量の経済的、技術的援助を行って、その寛大な講和にこたえることができたわけであります。そういう意味では、寛大な講和政策というのは非常に大きな成功をおさめたわけであります。
第三に、日独の講和、日本の場合はサンフランシスコ条約であり、ドイツについてはなし崩しに講和が実現しましたが、これは、国連体制と切り離して行われました。
そして最後に、米国は、自国の市場を開放した自由貿易体制をつくり上げ、他の経済的に苦しい状況にある日本やドイツあるいは戦勝国をも含めて、この経済が発展するように非常に寛大な経済政策を戦後とりました。そのことによって、第二次大戦後の国際体制は、米ソ対立というもう一つの非常に重大な問題がなければ、第一次大戦後の講和と戦後体制よりもはるかに成功した作品であったわけであります。
3の、「二十世紀末(冷戦終結後)の国際社会」に移ります。
今申し上げましたように、第二次大戦後の世界は、戦後体制の構築としては第一次大戦後の戦後体制よりもはるかに成功をおさめたにもかかわらず、冷戦というもう一つの大きな問題を抱えることによって、その問題が一九八〇年代までは大きな限界、問題となってさまざまな問題を生んでまいりました。ベトナム戦争がその代表例でありました。
しかしながら、一九八〇年代末に冷戦が終結し、ソ連、東欧圏が崩壊し、米国の一極覇権が成立いたしました。この米国の一極覇権を支える実体的要因は、言うまでもなく米国の強大な経済力と軍事力であります。しかしながら、二十一世紀の国際社会を考える上で最も重要なのは、米国のソフトパワー、文化的な情報的な優位というものが続くだろうということであります。そのことによって、戦後の国際秩序を維持、支配してきた米国的な発想と生活様式は、二十一世紀もますます強化されて続くだろうというふうに思われます。
この米国の一極覇権は、地球的な規模の資本主義的経済と結びついておりまして、いわゆるグローバライゼーションという形でこれが進行しております。そして、このことは、国境を越える普遍的な理念、この代表が人権と民主主義でありますけれども、この理念と結びついて、現在の途上国、非欧米諸国に対する非常に大きな圧迫、圧力となって二十一世紀も続いていくことになるでありましょう。
他方で、東アジア、日本、それからNIES、そして中国といった国々が経済的な実力を向上させ、それに伴って一定の自信を回復してきました。二十一世紀の世界は、中国の超大国化というものを我々は必ず見ることになるだろうというふうに思っております。
一九九〇年代の世界になりますと、集団安全保障の意義と限界というものが極めて明確にあらわれてまいりました。既に一九八〇年代まで、集団安全保障体制が東西の冷戦によってうまく機能しない、そのことから自衛権がむしろ常態化しておりました。NATOとワルシャワ条約機構がその代表であります。その結果として、国連の集団安全保障体制というのは、あたかも日本国憲法の九条的な地位に置かれることになった。つまり、理念として、規範としては一見それが原則でありながら、事実は個別的、集団的自衛権に基づく体制というものが現実である、そういう理念と現実の乖離が国際社会でも生じていたわけであります。
そのすき間を辛うじて埋めてきたのが国連の平和維持活動、PKOでありますけれども、PKOというのは本質的に現状維持的な活動でありまして、これは、新たな暴力、戦争やテロリズムの攻撃には対処できない。そこで、一九九〇年代には、米国の単独行動主義かあるいは国連の授権に基づく多国籍軍か、そういう選択肢が多くの人々の目の前に提出されるようになったわけであります。
最後に、九〇年代非常に明らかになってきたのは、グローバライゼーションの進展と米国の一極覇権による世界的な貧富の格差、文化、宗教的な衝突による敗者の側の怨念の蓄積であります。
先日、九月十一日に生じた事態は、この怨念の蓄積がいかにすさまじいものであるか、そして、こういう非合理的な行動に対して先進国の安全保障がいかに脆弱なものであるかということを見せつけた典型的な事例だったわけであります。この点についての私の主張、意見はございますけれども、これは後から、もし皆様の方から質問があれば、お答えしたいと思います。
次に、4と5を、残り時間が九分ほどですので、まとめてお話ししたいと思います。
二十世紀末以来、日本は、さまざまな憲法についての問題を抱えながら、戦争直後の意識構造が八〇年代の国際化まではほとんど変わらずに来てしまった。九〇年代にもその意識はなお残存しております。例えば、その一つとしての相も変わらぬ米国崇拝と憧憬がありまして、このことは九〇年代のグローバライゼーションによってさらに強化された。今日の九月十一日事件以後の対応でもそうでありますけれども、常に米国の眼鏡を通してしか世界を見ることができないという問題性があります。
第二に、憲法九条の厳格解釈にしがみつくことによって、戦争責任を認めないまま、二度とやりませんというメッセージを近隣諸国に発信するという構造はまだ変わっておりません。憲法九条というのは、本来、日本の自衛と国際社会の安全保障に対する参加を根拠づける条文であったわけでありますけれども、九条は、それとは異なり、日本が戦争責任を果たしてこなかったその代替機能、つまり、戦争責任を正面から認めることはしないけれども、実際上はあれを悔いているんだ、二度とああいうことはやらないんだというメッセージを諸国に発する、そういう根拠として用いられている。つまり、憲法九条は、本来の役割と違った機能を期待され、そういう機能を果たして今日まで来てしまった。
日本社会の中では、戦争直後と違って、第二次大戦が日本の侵略であったという認識はようやく九〇年代に定着してまいりました。ただ他方、これに対して、これを認めることができない、感情的にこれに反発するという反動も生じておりまして、過去の所業を隠ぺいし強弁するという風潮が出ております。このことは、しかしながら、私の考えでは、日本の積極的な外交と対外的な発信をみずから損なう、そういう意味での愚行であるというふうに私は考えております。
過度の米国モデルによって日本社会がさまざまな点で問題性を抱える、このことが九〇年代には非常に明らかになってまいりました。家庭と地域社会のモラルが低下いたしました。専ら被疑者、被告人の権利保障のみに偏った刑事法制度の問題性が噴出してまいりました。大量生産、大量消費、大量廃棄の生活様式が定着すると同時に、深刻な環境問題が出て、この解決策を我々は米国モデルの思考の中で見出すことができない。自由の名のもとで放縦が蔓延するという憂うべき現象も九〇年代には極めて明らかになりました。こういった問題状況というものは二十一世紀前半にも続くだろうというふうに思います。
私は、九〇年代に、例えばPKOの本体業務凍結を解除するということは当然行っておくべきだったというふうに考えますけれども、九〇年代の日本は、バブルの後始末と経済不況への対応に追われて、こういうことをやってまいりませんでした。我々はそこで二十一世紀に入ってしまったわけであります。
この二十一世紀で、我々が国際社会、特に国連の安全保障との関係で日本国憲法をどのように構想していくか。私は、ここで最初に申し上げたように、日本国憲法を今までの憲法の精神を十分生かしつつ改正すべきであるというふうに考えるわけであります。もちろん、憲法を変えずに解釈を変更する、例えば集団的自衛権というのは憲法九条のもとで許容される、そういうふうに憲法解釈を変えることによってやりくりをしていくという行き方もできないわけではありません。憲法というのは伸縮自在な規定であり、法としてかなり許容性の高い規範であります。
ただ、私が最初に申し上げた二つの点、一つは、国家の基本原理にかかわる安全保障を憲法の解釈の変更という形でやるべきではない。そういうふうに憲法をそのままにしたまま解釈で切り抜けるというやり方は、ますます日本国民の憲法に対するシニシズムを強めて、我々が社会を運営していく上でどうしても必要な法に対する信頼、法に対する敬意というものを日本国民から奪ってしまう、そういう非常に重大な問題があろうかと思います。
第二に、これも最初に申し上げましたように、各世代には、みずからの理念というものを憲法を通して表明し、その枠組みの中で国家を運営していく権利と義務があります。それを認めずに、半世紀以上前につくられた、その世代が最もよかれと思ってつくった憲法を維持していくことは、どうしても社会の運営に無理を来して、さまざまな問題を生むことになります。
これまでの憲法が果たしてきた役割というものを十分評価し、その理念を最大限尊重した上で、我々としては二十一世紀の初頭に憲法改正をすべきであるというふうに考えております。
以上で私の意見の開陳を終わります。御清聴ありがとうございました。拍手
中
中
中
中
中川昭一#9
○中川(昭)委員 大沼先生には、貴重なお話を短時間に簡潔にお伺いいたしまして、まことにありがとうございます。
先生の今の説明の仕方は、現在から過去にさかのぼっていくという形でのお話であったというふうに流れとして解釈をさせていただきますが、私も、今いろいろな世の中の出来事、特に九月十一日のあの多発テロ以来、歴史をさかのぼりながらいろいろ考えているところが多いのであります。
今、先生まさしくお話しになったように、ちょっと細かいところはお考えが違うかもしれませんが、今の憲法のあるべき姿と問題点、その憲法というのは、日本国憲法ができる前に国連憲章ができ上がって、書き出しが「連合国」という言葉で始まっていて、その前に国際連合の宣言というものがあって、その以前に大西洋憲章ができて、その前に、今お話があったような国際連盟のいろいろな問題点があって、その前にベルサイユ条約ができ上がって、その前にウィーン条約があって、そのもっと前にウェストファリア条約があって、ある人に言わせると、国家の、国際間の条約というのは、まさにウェストファリア条約の、三十年戦争の後からスタートしたんだというふうに言っている人があるのでありますが、そういう近代の法体系の一連の流れの中で現在が成り立っている。
ただし、ここに一つ大きな、我々が注目しなければいけないのは、これは西欧の一つの約束事であって、したがって、我々の数百年前のアジアやあるいは当時の我々の知らない世界にとっては、直接的には関係のない、当事者ではなかったという一つの流れがあると思うんです。
それをまた現代に戻してきたときに、先生からお話あったように、ベトナム戦争のお話もございましたし、また湾岸戦争のお話もあると思いますし、また今回の九月十一日という流れがある。その間には、国連においても、朝鮮戦争の、いわゆる正規かどうかは別にした多国籍軍の問題、あるいは湾岸戦争の問題、そして今回の九月十一日の国連決議、そして現在ああいう紛争というか戦いが続いているわけであります。
そういう国家対国家という成り立ちの中で数百年続いてきたものが、国家を超えたもの、特に国際連合憲章というのは、我々はまだ敵国としての存在の位置づけがあるわけでありますけれども、これが現に明記されている状態の中で、しかし、冷戦体制あるいはまた地域紛争、そして今度は、国家を超えたといいましょうか、国家以前の存在が、今パクス・アメリカーナのお話がございましたけれども、その中枢に対して大変な攻撃をしたという流れを、先生のお考えの中では、今後に向かって、国連の本来あるべき集団的安全保障という観点から、どういうふうに今回の事件というものを解釈されておられるのでしょうか。
この発言だけを見る →先生の今の説明の仕方は、現在から過去にさかのぼっていくという形でのお話であったというふうに流れとして解釈をさせていただきますが、私も、今いろいろな世の中の出来事、特に九月十一日のあの多発テロ以来、歴史をさかのぼりながらいろいろ考えているところが多いのであります。
今、先生まさしくお話しになったように、ちょっと細かいところはお考えが違うかもしれませんが、今の憲法のあるべき姿と問題点、その憲法というのは、日本国憲法ができる前に国連憲章ができ上がって、書き出しが「連合国」という言葉で始まっていて、その前に国際連合の宣言というものがあって、その以前に大西洋憲章ができて、その前に、今お話があったような国際連盟のいろいろな問題点があって、その前にベルサイユ条約ができ上がって、その前にウィーン条約があって、そのもっと前にウェストファリア条約があって、ある人に言わせると、国家の、国際間の条約というのは、まさにウェストファリア条約の、三十年戦争の後からスタートしたんだというふうに言っている人があるのでありますが、そういう近代の法体系の一連の流れの中で現在が成り立っている。
ただし、ここに一つ大きな、我々が注目しなければいけないのは、これは西欧の一つの約束事であって、したがって、我々の数百年前のアジアやあるいは当時の我々の知らない世界にとっては、直接的には関係のない、当事者ではなかったという一つの流れがあると思うんです。
それをまた現代に戻してきたときに、先生からお話あったように、ベトナム戦争のお話もございましたし、また湾岸戦争のお話もあると思いますし、また今回の九月十一日という流れがある。その間には、国連においても、朝鮮戦争の、いわゆる正規かどうかは別にした多国籍軍の問題、あるいは湾岸戦争の問題、そして今回の九月十一日の国連決議、そして現在ああいう紛争というか戦いが続いているわけであります。
そういう国家対国家という成り立ちの中で数百年続いてきたものが、国家を超えたもの、特に国際連合憲章というのは、我々はまだ敵国としての存在の位置づけがあるわけでありますけれども、これが現に明記されている状態の中で、しかし、冷戦体制あるいはまた地域紛争、そして今度は、国家を超えたといいましょうか、国家以前の存在が、今パクス・アメリカーナのお話がございましたけれども、その中枢に対して大変な攻撃をしたという流れを、先生のお考えの中では、今後に向かって、国連の本来あるべき集団的安全保障という観点から、どういうふうに今回の事件というものを解釈されておられるのでしょうか。
大
大沼保昭#10
○大沼参考人 九月十一日事件をどのように解釈するかという問題でありますけれども、私は次のように考えております。
まず第一に、この事件は、もちろんその規模において極めて重大でありますけれども、既にこの二十年明らかになっている米国に対する、あるいは米国中心の現在の国際秩序に対する怨念の蓄積、それに基づくテロリズムの攻撃というものの一つであるということであります。
私は、先ほどの話の中で「「平和憲法」と集団安全保障」という論文にちょっと触れたわけでありますけれども、この論文を書いた一九九三年の時点で既に、これからの国際安全保障というものはそういう怨念をもとにしたテロリズムの攻撃というものを、ロシアの脅威などよりははるかに現実的な脅威として考えなければならないということを書いているわけです。そういう目から見ますと、私は、現在の米国の自衛権を根拠とした対応というものが、テロリズムを根絶してより安全な国際社会をつくる上でどれほど有効かということに対しては、かなり大きな疑問を持っております。
私は、そういう点からいえば、日本としては、もちろん積極的にテロリズムの鎮圧に対する主体的な行動をとるべきでありますけれども、そのあり方というのは、九〇年の湾岸戦争の、言ってみればトラウマにとらわれた、あの二の舞をしてはならない、だから米国の求めるところをとにかく先に読んで恥ずかしくないような対米協力をやるんだという発想ではなくて、既に何人かの方が言っておられることですけれども、アラブ、イスラム地域で日本が持っているこれまでの財産を最大限活用して、穏健派のアラブ諸国あるいはイスラムの過激派の不安におののいている諸国に対して、さまざまな形でこれを説得し、より厚みのある対テロのコアリション、いわば連合戦線をつくり上げる、そういう努力を目に見える形でやるべきだったというふうに考えております。
この発言だけを見る →まず第一に、この事件は、もちろんその規模において極めて重大でありますけれども、既にこの二十年明らかになっている米国に対する、あるいは米国中心の現在の国際秩序に対する怨念の蓄積、それに基づくテロリズムの攻撃というものの一つであるということであります。
私は、先ほどの話の中で「「平和憲法」と集団安全保障」という論文にちょっと触れたわけでありますけれども、この論文を書いた一九九三年の時点で既に、これからの国際安全保障というものはそういう怨念をもとにしたテロリズムの攻撃というものを、ロシアの脅威などよりははるかに現実的な脅威として考えなければならないということを書いているわけです。そういう目から見ますと、私は、現在の米国の自衛権を根拠とした対応というものが、テロリズムを根絶してより安全な国際社会をつくる上でどれほど有効かということに対しては、かなり大きな疑問を持っております。
私は、そういう点からいえば、日本としては、もちろん積極的にテロリズムの鎮圧に対する主体的な行動をとるべきでありますけれども、そのあり方というのは、九〇年の湾岸戦争の、言ってみればトラウマにとらわれた、あの二の舞をしてはならない、だから米国の求めるところをとにかく先に読んで恥ずかしくないような対米協力をやるんだという発想ではなくて、既に何人かの方が言っておられることですけれども、アラブ、イスラム地域で日本が持っているこれまでの財産を最大限活用して、穏健派のアラブ諸国あるいはイスラムの過激派の不安におののいている諸国に対して、さまざまな形でこれを説得し、より厚みのある対テロのコアリション、いわば連合戦線をつくり上げる、そういう努力を目に見える形でやるべきだったというふうに考えております。
中
中川昭一#11
○中川(昭)委員 ありがとうございました。
湾岸戦争等の地域紛争と今回と違うのは、当事者が国家ではないということですね。そうしますと、先ほど申し上げた長い歴史の中で、戦争にも一応ルールをつくろうとか、あるいは戦争はしてはいけないとかいうルールが一応でき上がっているわけですけれども、今回の場合は、強固な意志、そしてお金による武器、そして訓練とによって、とにかくアメリカを中心にした西側世界、そこに支援する国々は同罪であるという形でありますから、これは、アメリカ同時多発テロではなくて、世界同時多発テロではないか。日本人も二十数名の方が亡くなっているし、六千人とも七千人とも言われている人々が行方不明、もしくは亡くなっているという状況を考えますと、これは、国連も新たな、国対国という枠組みの中で安全保障を考えるのではなくて、それ以外の、サブリージョナルよりもっと非正規的なものに対して、いつ何どき、これは太平洋の向こうの出来事を映画で見ているんじゃなくて、あすは我が身、そして、あすは我が身にしちゃいけないという努力をする必要があると思いますので、その辺をもう少し具体的に御説明いただければと思います。
この発言だけを見る →湾岸戦争等の地域紛争と今回と違うのは、当事者が国家ではないということですね。そうしますと、先ほど申し上げた長い歴史の中で、戦争にも一応ルールをつくろうとか、あるいは戦争はしてはいけないとかいうルールが一応でき上がっているわけですけれども、今回の場合は、強固な意志、そしてお金による武器、そして訓練とによって、とにかくアメリカを中心にした西側世界、そこに支援する国々は同罪であるという形でありますから、これは、アメリカ同時多発テロではなくて、世界同時多発テロではないか。日本人も二十数名の方が亡くなっているし、六千人とも七千人とも言われている人々が行方不明、もしくは亡くなっているという状況を考えますと、これは、国連も新たな、国対国という枠組みの中で安全保障を考えるのではなくて、それ以外の、サブリージョナルよりもっと非正規的なものに対して、いつ何どき、これは太平洋の向こうの出来事を映画で見ているんじゃなくて、あすは我が身、そして、あすは我が身にしちゃいけないという努力をする必要があると思いますので、その辺をもう少し具体的に御説明いただければと思います。
大
大沼保昭#12
○大沼参考人 全くおっしゃるとおりだろうと思います。
私は、国際法学者ですので、例えば武力紛争法、それから軍縮の問題をこれまで少し研究してまいりました。私の考えるところでは、化学兵器と生物兵器というのは、これはいろいろな方が既に言っておられますが、かなり容易につくれる武器、そういう意味で、貧者の大量破壊兵器である。日本だって例の七三一部隊はもう生物兵器をつくっていたわけですから、当時の日本程度のローテクの水準でも生物兵器はできる。
ただ、戦後、生物兵器が非常に効果的な武器でありながら、なぜ諸国がこの開発にそれほど必死にならなかったのか。もちろん、ソ連は一定程度やりましたし、イラクとかそういううわさはありますけれども、本格的にやらなかったかというと、それは二つ理由があるわけです。
一つは、生物兵器というのはコントロールが非常に難しい、敵をせん滅させることはできるかもしれないけれども、味方も非常に甚大な被害をこうむる可能性が高い、だから、兵器としてなかなか使いにくいというのが一つであります。それからもう一つは、自分が使ってしまうと相手方も報復でそれを使うだろう、そういうおそれがある、だから生物兵器は使わない、これが二つ目の理由であります。
今、中川議員がおっしゃったように、現在問題となっているようなテロリストグループの場合には、この二つの前提がいずれも働かないわけです。つまり、自分は死んでも怖くないわけですから、自分が仮に生物兵器を使って死んだとしても、相手に害を与えれば、それはもう使うでしょう。それから、国家間関係でないわけですから、報復ということも考えずに使うことができる。ですから、テロリズムとの闘いというのは、今までの国家間戦争とは全く違った前提に立って考えなければならない、それはもう中川議員のおっしゃるとおりだと思うんです。
私は、なればこそ、今回の米国の対応というもの、そしてそれをいわば全面的に支持した日本政府の対応というものがかなり疑問なのではないか。船橋洋一さんが九月十一日事件が起こった直後の朝日新聞で書いておられましたけれども、米国は武力行使を将来やるかもしれない、その時点ではまだやるかどうかわかりませんでしたけれども、そのことによってビンラディン一味を捕まえる、あるいは殺すことはできるかもしれない。そういう意味で、テロリストに対しては勝つことはできるかもしれない。しかし、テロリズムに対して勝利をおさめることは非常に困難だろう。つまり、第二、第三のビンラディン、アルカイダが出てくるであろう。そういう意味で、対症療法的な武力行使によるテロリズムへの対応というのは、非常に大きな限界があるということがもっと強く認識されていいというふうに私は思います。
この発言だけを見る →私は、国際法学者ですので、例えば武力紛争法、それから軍縮の問題をこれまで少し研究してまいりました。私の考えるところでは、化学兵器と生物兵器というのは、これはいろいろな方が既に言っておられますが、かなり容易につくれる武器、そういう意味で、貧者の大量破壊兵器である。日本だって例の七三一部隊はもう生物兵器をつくっていたわけですから、当時の日本程度のローテクの水準でも生物兵器はできる。
ただ、戦後、生物兵器が非常に効果的な武器でありながら、なぜ諸国がこの開発にそれほど必死にならなかったのか。もちろん、ソ連は一定程度やりましたし、イラクとかそういううわさはありますけれども、本格的にやらなかったかというと、それは二つ理由があるわけです。
一つは、生物兵器というのはコントロールが非常に難しい、敵をせん滅させることはできるかもしれないけれども、味方も非常に甚大な被害をこうむる可能性が高い、だから、兵器としてなかなか使いにくいというのが一つであります。それからもう一つは、自分が使ってしまうと相手方も報復でそれを使うだろう、そういうおそれがある、だから生物兵器は使わない、これが二つ目の理由であります。
今、中川議員がおっしゃったように、現在問題となっているようなテロリストグループの場合には、この二つの前提がいずれも働かないわけです。つまり、自分は死んでも怖くないわけですから、自分が仮に生物兵器を使って死んだとしても、相手に害を与えれば、それはもう使うでしょう。それから、国家間関係でないわけですから、報復ということも考えずに使うことができる。ですから、テロリズムとの闘いというのは、今までの国家間戦争とは全く違った前提に立って考えなければならない、それはもう中川議員のおっしゃるとおりだと思うんです。
私は、なればこそ、今回の米国の対応というもの、そしてそれをいわば全面的に支持した日本政府の対応というものがかなり疑問なのではないか。船橋洋一さんが九月十一日事件が起こった直後の朝日新聞で書いておられましたけれども、米国は武力行使を将来やるかもしれない、その時点ではまだやるかどうかわかりませんでしたけれども、そのことによってビンラディン一味を捕まえる、あるいは殺すことはできるかもしれない。そういう意味で、テロリストに対しては勝つことはできるかもしれない。しかし、テロリズムに対して勝利をおさめることは非常に困難だろう。つまり、第二、第三のビンラディン、アルカイダが出てくるであろう。そういう意味で、対症療法的な武力行使によるテロリズムへの対応というのは、非常に大きな限界があるということがもっと強く認識されていいというふうに私は思います。
中
中川昭一#13
○中川(昭)委員 そういう先生のお考えは、ある意味では私もそうだと思うんですが、国対国、あるいはもっと言えば冷戦の巨大両国の対立から、今は多国間で紛争が起きる。今の九月十一日を初めとして、日本でもある宗教団体と言われている組織がああいうことをやったことが数年前ございましたけれども、こういうものに対して、先ほど先生はもっと厚みを持ってというお話がございましたが、やはり国際間でこういうことをなくすために、例えばマネーロンダリングをやるとか、あるいは入国管理をきちっとやるとか、あるいは今、国会で議論になっておりますけれども、我が国の重要施設をどうやって守っていくとか、これらはすべて、まさに、後ほどの先生の御結論にも関係があると思いますけれども、平和で安心して暮らせる日本国というものを今後も守っていくための一つの大きな柱であると思いますし、国際社会においても、新たなと言っていいんだろうと思いますけれども、いわゆる国連等を中心とした国際機関における大きな責任だろうというふうに思うわけです。
その意味で、軍事的に言えばアメリカになるでしょうし、あるいはまた経済的にも日本とかEUとかいった国々、そして何よりも、多くの数を占める途上国も含めて、国連が一致して何らかの具体的な、国連憲章五十一条等の発動の新たな形としての何らかの制裁措置というものが、私は、強制措置として必要になってくるのではないかというふうに思いますが、その辺、もう一度先生のお考えをお聞かせ願いたいと思います。
この発言だけを見る →その意味で、軍事的に言えばアメリカになるでしょうし、あるいはまた経済的にも日本とかEUとかいった国々、そして何よりも、多くの数を占める途上国も含めて、国連が一致して何らかの具体的な、国連憲章五十一条等の発動の新たな形としての何らかの制裁措置というものが、私は、強制措置として必要になってくるのではないかというふうに思いますが、その辺、もう一度先生のお考えをお聞かせ願いたいと思います。
大
大沼保昭#14
○大沼参考人 私も、おっしゃることにほとんど全面的に賛成でありまして、現在の五十一条を根拠とする、米国、英国、あるいはそれを支持するNATOの行動、あるいはそれを支持する日本政府の行動だけでは不十分である。新たな国連の枠組みによる制裁措置、それから、言ってみれば北風だけではだめであって、太陽を含んだ制裁措置というものが必要だろうと思います。
私が先ほど厚みを持った対テロリズムの連合戦線を構築すべきだと申し上げたのは、こういう理由があるわけです。
私は、たまたま九月二十六日から十月七日まで中国へ行っておりまして、中国のいろいろな人と九月十一日事件に対する反応について議論したり意見を聞いたわけですけれども、九九%の中国の人々の意見というのは、大変犠牲者には申しわけない言い方になりますけれども、率直に彼らの意見を伝えますと、ざま見ろ、自業自得だという意見だったわけです。これは、中国だけではなくて、途上国の非常に多くの民衆に共有されている感覚だと思います。
日本はとにかく先進国であり、我々日本国民が目にする報道というのは、ほとんど先進国の報道です。ニューヨーク・タイムズであるとか、イギリスの新聞であるとか、ドイツの新聞であるとかです。我々がテレビを見るのも、CNNとか、あるいはそれをそのまま放送するNHKその他の放送です。
だけれども、よくよく考えてみると、世界の六十億のうち、国際社会が米国の今の行動を支持しているといって、先進国は一体何割を占めるのか。二割しかいないわけです。八割は途上国の民衆であるわけです。途上国の民衆の感情を無視して、果たしてこの問題が解決できるだろうか。彼らは、本当にその大部分が、絶望的な貧困それから宗教的なふんまん、文化的な劣等感や非差別意識というものを持って今日の世界を暮らしている。そういう六十億のうちの八割の視点というものを見失って、国際社会が支持している、国際社会が行動をとっているということを余り簡単に言うべきではない。もし国際社会と言うのであれば、中川議員が今おっしゃったように、国連の枠組みを通して、国連の授権を得た上で、制裁をやるなり復興計画をつくるなりという行動をとるべきだ。五十一条による自衛権の行使というのはあくまでも例外的な措置であって、それに全面的に乗っかってしまうということは非常に危ういものがあるというふうに私は思います。
この発言だけを見る →私が先ほど厚みを持った対テロリズムの連合戦線を構築すべきだと申し上げたのは、こういう理由があるわけです。
私は、たまたま九月二十六日から十月七日まで中国へ行っておりまして、中国のいろいろな人と九月十一日事件に対する反応について議論したり意見を聞いたわけですけれども、九九%の中国の人々の意見というのは、大変犠牲者には申しわけない言い方になりますけれども、率直に彼らの意見を伝えますと、ざま見ろ、自業自得だという意見だったわけです。これは、中国だけではなくて、途上国の非常に多くの民衆に共有されている感覚だと思います。
日本はとにかく先進国であり、我々日本国民が目にする報道というのは、ほとんど先進国の報道です。ニューヨーク・タイムズであるとか、イギリスの新聞であるとか、ドイツの新聞であるとかです。我々がテレビを見るのも、CNNとか、あるいはそれをそのまま放送するNHKその他の放送です。
だけれども、よくよく考えてみると、世界の六十億のうち、国際社会が米国の今の行動を支持しているといって、先進国は一体何割を占めるのか。二割しかいないわけです。八割は途上国の民衆であるわけです。途上国の民衆の感情を無視して、果たしてこの問題が解決できるだろうか。彼らは、本当にその大部分が、絶望的な貧困それから宗教的なふんまん、文化的な劣等感や非差別意識というものを持って今日の世界を暮らしている。そういう六十億のうちの八割の視点というものを見失って、国際社会が支持している、国際社会が行動をとっているということを余り簡単に言うべきではない。もし国際社会と言うのであれば、中川議員が今おっしゃったように、国連の枠組みを通して、国連の授権を得た上で、制裁をやるなり復興計画をつくるなりという行動をとるべきだ。五十一条による自衛権の行使というのはあくまでも例外的な措置であって、それに全面的に乗っかってしまうということは非常に危ういものがあるというふうに私は思います。
中
中川昭一#15
○中川(昭)委員 今の先生のお話は非常に説得力があると思うのでありますが、よく考えてみると、この問題を、途上国と豊かな国、あるいは西洋近代国家とそれ以外の国というふうに仕分けするというのは、私は、ある意味では中国の一つの外交的な政策の手段ではないかと思います。
例えば、中国においても、チベット問題とか奥地の問題あるいは台湾の問題とか、いろいろあるわけですから、これは何も先進国が一部のテロリストにやっつけられてざま見ろと言うのではなくて、先ほど日本のことを申し上げましたが、あすは中国かもしれないという問題を、世界共通に認識をしなければいけない、問題の本質はそこにあるんだろうと私は思っているのです。
アメリカだからざま見ろとか、どこの国だからかわいそうだという次元でこの問題をとらえるのではなく、政治的にはいろいろあるんでしょうけれども、少なくとも論理的にといいましょうか、きちっととらえていかないと、何か、貧しい一部の人たちが豊かな人たちをニューヨークのど真ん中でやっつけた、拍手喝采だということだけで、だから同情しなさいよとか、アメリカはひどいことをやるなよとか、日本は余り協力するなよという理屈になっていくと、これはまさに南北問題であり、貧困問題であり、我々が注意しなければいけない宗教問題にまで入り込んでしまうということになると思いますので、やはりテロというのはどういう国家においてもいけないんだという前提で考えるべきだと私は思いますが、いかがでしょうか。
この発言だけを見る →例えば、中国においても、チベット問題とか奥地の問題あるいは台湾の問題とか、いろいろあるわけですから、これは何も先進国が一部のテロリストにやっつけられてざま見ろと言うのではなくて、先ほど日本のことを申し上げましたが、あすは中国かもしれないという問題を、世界共通に認識をしなければいけない、問題の本質はそこにあるんだろうと私は思っているのです。
アメリカだからざま見ろとか、どこの国だからかわいそうだという次元でこの問題をとらえるのではなく、政治的にはいろいろあるんでしょうけれども、少なくとも論理的にといいましょうか、きちっととらえていかないと、何か、貧しい一部の人たちが豊かな人たちをニューヨークのど真ん中でやっつけた、拍手喝采だということだけで、だから同情しなさいよとか、アメリカはひどいことをやるなよとか、日本は余り協力するなよという理屈になっていくと、これはまさに南北問題であり、貧困問題であり、我々が注意しなければいけない宗教問題にまで入り込んでしまうということになると思いますので、やはりテロというのはどういう国家においてもいけないんだという前提で考えるべきだと私は思いますが、いかがでしょうか。
大
大沼保昭#16
○大沼参考人 私も、個人的には中川議員のおっしゃるとおりだと思います。
これはやはり、別に貧困の人がみんなああいうむちゃな行動をするわけではもちろんないわけですし、また、宗教が違う、イスラムがみんなああいう行動をするわけでは毛頭ないわけです。ですから、それは中川議員のおっしゃるとおりなんです。
ただ、問題は、そういうふうな冷静なとらえ方をできない人たちが世界に極めて多数いる。世界の六十億のうち八割の途上国の民衆のかなりの部分が、残念ながら、中川議員が今おっしゃったような見方をするのが困難である。それは現実なんですね。つまり、中国政府としては、もちろん中川議員が今おっしゃったような考慮がありますから、内心ではざま見ろと思っていても、やはり自分の利益があって、また建前上もあって、米国政府を一応支持するという形で来ています。だけれども、中国政府のそういう姿勢とは別個に、中国のほとんどの人が、インテリからタクシーの運転手さんから、あるいはホテルの掃除をしている人も含めて、ざま見ろというふうに見てしまっている。
それはいけないんですよと、我々はもちろん言うことはできますよ。言うことはできても、そういう人が圧倒的にいるというその現実を無視して、我々が我々の見方を押しつけても問題の解決はできない。文明の対立ではないんだ、貧しい者と豊かな者の対立ではないんだと我々が幾ら言っても、向こうの側で、貧しい人たち、文明の対立だと思っている人たちがそういう主張を受け入れてくれなければ、問題は解決しないわけです。
そこの現実を我々日本としてはもっと、米国は今興奮していますから、そういうことはとても考えられないので、せめて日本がそういうことを理解して、米国の同盟国として、こういう点もあるんだよ、こういう点を考えないと問題の本格的な解決はできないんだよということを伝えるのがまさに真の友人としての日本の役割ではないかというふうに私は思っているわけです。
この発言だけを見る →これはやはり、別に貧困の人がみんなああいうむちゃな行動をするわけではもちろんないわけですし、また、宗教が違う、イスラムがみんなああいう行動をするわけでは毛頭ないわけです。ですから、それは中川議員のおっしゃるとおりなんです。
ただ、問題は、そういうふうな冷静なとらえ方をできない人たちが世界に極めて多数いる。世界の六十億のうち八割の途上国の民衆のかなりの部分が、残念ながら、中川議員が今おっしゃったような見方をするのが困難である。それは現実なんですね。つまり、中国政府としては、もちろん中川議員が今おっしゃったような考慮がありますから、内心ではざま見ろと思っていても、やはり自分の利益があって、また建前上もあって、米国政府を一応支持するという形で来ています。だけれども、中国政府のそういう姿勢とは別個に、中国のほとんどの人が、インテリからタクシーの運転手さんから、あるいはホテルの掃除をしている人も含めて、ざま見ろというふうに見てしまっている。
それはいけないんですよと、我々はもちろん言うことはできますよ。言うことはできても、そういう人が圧倒的にいるというその現実を無視して、我々が我々の見方を押しつけても問題の解決はできない。文明の対立ではないんだ、貧しい者と豊かな者の対立ではないんだと我々が幾ら言っても、向こうの側で、貧しい人たち、文明の対立だと思っている人たちがそういう主張を受け入れてくれなければ、問題は解決しないわけです。
そこの現実を我々日本としてはもっと、米国は今興奮していますから、そういうことはとても考えられないので、せめて日本がそういうことを理解して、米国の同盟国として、こういう点もあるんだよ、こういう点を考えないと問題の本格的な解決はできないんだよということを伝えるのがまさに真の友人としての日本の役割ではないかというふうに私は思っているわけです。
中
中川昭一#17
○中川(昭)委員 何か、生の政治家が理想論を述べて、大変著名な先生が現実論を述べているような感じになりますけれども、要は、こういうテロは絶対に撲滅しなければいけない、その意思を強固に発信することが国際社会においてまず必要なことだろうと私は思います。
翻って、日本のことでございますが、あるべき姿、これは憲法調査会でございますので、より身近な我々の憲法でありますけれども、今回のいろいろなテロ対策関連法案は、根拠としては憲法前文というものを前提にしているわけでございます。
憲法前文というのは、読むと、非常に高邁なすばらしい文章でありますけれども、これは、先ほども申し上げたように、この前の大戦を終わらせて、我ら戦勝国の人民は、もう一度繰り返しますが、要するに、戦勝国の枢軸国に対するある意味では国際平和組織の再構築というふうに私は位置づけているわけであります。したがって五十三条、百七条というものが現に今も生きておるわけで、これが条文的にどの程度実効性があるのかということになれば、それはもう現実そういうことはないでしょうとか、一方では、旧ソ連時代は、北方四島の占領の根拠として使っていた時期もあるわけでございます。
そういう中で、日本国憲法、特に崇高と言われております日本国憲法の前文でありますけれども、これは一言で言えば、二度と戦争は繰り返しません、平和に生きてまいります、これはもうだれも否定することではないと思います。しかし、その前提には、諸国民の正義等に信頼してという、極端な言い方をすれば、世界の人たちはみんな平和を希求しているんだからその人たちと一緒になって名誉ある地位を占めたいんだ、つまり、人類性善説に立っているわけであります。
しかし、過去五十数年の間にいろいろな対立もありましたし、いろいろな意図があったわけでございまして、そのときに、国家間のことはあえてきょうは横に置くとして、こういうテロ、日本もあすは我が身にしてはならないという現状の中で、この憲法前文というものが、まさに先生がおっしゃるように時代とともに、原則は変わらないという前提でございますけれども、こういう予測しなかったような出来事に対しても、平和に日本が発展をしていくためには、先生のおっしゃる、ただ何にもしないという一国平和主義、孤立的平和主義だけでいいのかということに、ここ十年間の湾岸戦争あるいはまた直接的な影響を、今回二十数名の我が日本人たちがああいう被害を受けたということも含めまして、この憲法前文というものの趣旨を体するためには、どういう憲法の改正なり法律的な改正あるいは制定が必要だというふうにお考えになりますでしょうか。
この発言だけを見る →翻って、日本のことでございますが、あるべき姿、これは憲法調査会でございますので、より身近な我々の憲法でありますけれども、今回のいろいろなテロ対策関連法案は、根拠としては憲法前文というものを前提にしているわけでございます。
憲法前文というのは、読むと、非常に高邁なすばらしい文章でありますけれども、これは、先ほども申し上げたように、この前の大戦を終わらせて、我ら戦勝国の人民は、もう一度繰り返しますが、要するに、戦勝国の枢軸国に対するある意味では国際平和組織の再構築というふうに私は位置づけているわけであります。したがって五十三条、百七条というものが現に今も生きておるわけで、これが条文的にどの程度実効性があるのかということになれば、それはもう現実そういうことはないでしょうとか、一方では、旧ソ連時代は、北方四島の占領の根拠として使っていた時期もあるわけでございます。
そういう中で、日本国憲法、特に崇高と言われております日本国憲法の前文でありますけれども、これは一言で言えば、二度と戦争は繰り返しません、平和に生きてまいります、これはもうだれも否定することではないと思います。しかし、その前提には、諸国民の正義等に信頼してという、極端な言い方をすれば、世界の人たちはみんな平和を希求しているんだからその人たちと一緒になって名誉ある地位を占めたいんだ、つまり、人類性善説に立っているわけであります。
しかし、過去五十数年の間にいろいろな対立もありましたし、いろいろな意図があったわけでございまして、そのときに、国家間のことはあえてきょうは横に置くとして、こういうテロ、日本もあすは我が身にしてはならないという現状の中で、この憲法前文というものが、まさに先生がおっしゃるように時代とともに、原則は変わらないという前提でございますけれども、こういう予測しなかったような出来事に対しても、平和に日本が発展をしていくためには、先生のおっしゃる、ただ何にもしないという一国平和主義、孤立的平和主義だけでいいのかということに、ここ十年間の湾岸戦争あるいはまた直接的な影響を、今回二十数名の我が日本人たちがああいう被害を受けたということも含めまして、この憲法前文というものの趣旨を体するためには、どういう憲法の改正なり法律的な改正あるいは制定が必要だというふうにお考えになりますでしょうか。
大
大沼保昭#18
○大沼参考人 まず最初に、中川議員の最初の方の御発言の中で、日本国憲法の前文と国連憲章の前文との若干混同があったかと思いますが、それはちょっと置きまして、日本国憲法の前文の趣旨を踏まえた憲法改正のあり方ということでありますけれども、私は、中川議員が最後の方でおっしゃったように、とにかく日本だけが平和であればよい、日本人の血が流れなければよいという基本的な姿勢を変えなければならないだろう。それは、我々国民一人一人がそういう気持ちをこれからつくり出していかなければならないという一つの作業があるだろうと思います。
もちろん、国家というものは国民の生命と安全を保障する、それが国家の基本的な目的でありますから、国民の生命と安全は最大限尊重するように、保障するように憲法というのはつくらなければならない。しかし他方で、人間というのは必ず死ぬわけです。私は、どういう死に方をするのか、社会の中で自分がどういうふうに生きてどういうふうに死んだのか、それを自分が納得できる、それが国家のあり方であり、憲法のあり方だろうと思うのです。
そういう意味で、私は、日本国の非常に利己的な、例えば経済的利益を追求するために自分が死んだり、自分の娘が、私は娘が二人おりますけれども、それが死ぬということは許せない。しかし、例えば自分なり自分の娘が、PKO活動に参加するとか地雷を除去するNGO活動に参加する、そういう過程でたまたま運悪く死んでしまった。それは非常に残念ではあるけれども、やむを得ないことであり、また、それは誇りに思うべきことだ、そういう基本的な考え方は大事である。
もちろん、それと違った考え方を持つ人がいてもそれは全く構いませんけれども、しかし、日本国全体の基本的な国のあり方、二十一世紀の憲法をつくるあり方としては、人間というのはいつかは必ずどこかでどういう形かで死ぬのだ、だから、生きることそれ自体が自己目的ではない、現在、老人医療で次第にそういう考え方が支配的になってきたと思いますけれども、どういう生き方をするのか、どういう死に方をするのか、その公共的な意義づけが問題なんだ、そういう問題意識を持った改正の姿勢というものが大事だろうというふうに思っております。
この発言だけを見る →もちろん、国家というものは国民の生命と安全を保障する、それが国家の基本的な目的でありますから、国民の生命と安全は最大限尊重するように、保障するように憲法というのはつくらなければならない。しかし他方で、人間というのは必ず死ぬわけです。私は、どういう死に方をするのか、社会の中で自分がどういうふうに生きてどういうふうに死んだのか、それを自分が納得できる、それが国家のあり方であり、憲法のあり方だろうと思うのです。
そういう意味で、私は、日本国の非常に利己的な、例えば経済的利益を追求するために自分が死んだり、自分の娘が、私は娘が二人おりますけれども、それが死ぬということは許せない。しかし、例えば自分なり自分の娘が、PKO活動に参加するとか地雷を除去するNGO活動に参加する、そういう過程でたまたま運悪く死んでしまった。それは非常に残念ではあるけれども、やむを得ないことであり、また、それは誇りに思うべきことだ、そういう基本的な考え方は大事である。
もちろん、それと違った考え方を持つ人がいてもそれは全く構いませんけれども、しかし、日本国全体の基本的な国のあり方、二十一世紀の憲法をつくるあり方としては、人間というのはいつかは必ずどこかでどういう形かで死ぬのだ、だから、生きることそれ自体が自己目的ではない、現在、老人医療で次第にそういう考え方が支配的になってきたと思いますけれども、どういう生き方をするのか、どういう死に方をするのか、その公共的な意義づけが問題なんだ、そういう問題意識を持った改正の姿勢というものが大事だろうというふうに思っております。
中
中川昭一#19
○中川(昭)委員 したがいまして、先生が二十五年のジェネレーションの中でどんどん変わっていくということで、私も、もちろん戦争のことは知りませんけれども、起こしてはならない。しかし、やむにやまれぬといいましょうか、ミサイルが突然飛んでくるとか、それこそ大規模なテロとかいうことに対しては、これはやはり国家のため、あるいは自分の子や孫たちのために毅然として戦わなければいけない。
その場合に、特に前文、九条、あるいは九十八条の条約遵守義務等々を総合的に勘案しますと、私としては、整合性がとれていない、解釈でいけるんだという話も今回はあると思うのですけれども、中長期的にはいささか疑問があるのではないかというふうに考えておりますが、最後でございますので、結論だけお聞かせ願えればありがたいと思います。
この発言だけを見る →その場合に、特に前文、九条、あるいは九十八条の条約遵守義務等々を総合的に勘案しますと、私としては、整合性がとれていない、解釈でいけるんだという話も今回はあると思うのですけれども、中長期的にはいささか疑問があるのではないかというふうに考えておりますが、最後でございますので、結論だけお聞かせ願えればありがたいと思います。
大
大沼保昭#20
○大沼参考人 整合性がとれていないというのはどういう視点から見るかでありますけれども、第九条も、解釈によっては整合的に解釈することは不可能ではない。「前項の目的を達するため、」ということを「国際紛争を解決する手段としては、」ということに係らせた少数説をとれば、私はそれなりに整合性はとれていると思いますが、しかし、これまで支配的だった内閣法制局の解釈からすれば、それは整合性はとれていないというのは私も同じ意見です。
この発言だけを見る →中
中
中
中川正春#23
○中川(正)委員 民主党の中川正春でございます。同じ中川が続きますが、よろしくお願い申し上げたいと思います。
護憲的改憲論という一つの軸というのは私も非常に共鳴するところでありまして、恐らく、今この調査会の中の議論の大勢の中で、もしそれが憲法の精神を生かして政治的に本当に可能なものであれば、そして、その憲法の精神というものがそれぞれの思いの中で一つの形に終局していく、いわゆる日本の国家の意思というのがそれで決めていけるという前提に立っていけば、まことにそのとおりなんだろう。今、それぞれの立場で改憲ということに反対している政党の皆さんであっても、その前提さえ可能になっていけば、先生の、解釈だけでいくのはもう限界なんだという思い、その思いをそのまま受けながら、もっと積極的な議論に加わっていただけるのではないかなということを、改めて、きょうのお話を聞きまして、思いをいたすところでございます。
その上に立って幾つかお尋ねをしていきたいと思うのですが、まず、さっきのテロの問題です。
一つは、文明、宗教あるいは貧富の差、いわゆる構造的な部分であらわれてきている新しい体制に対する挑戦の形、これを言われたんだと思うのですが、今、それに対して、国家というもの、いわゆる国家権力というものは、どうもちょっと違った形で行動しつつあるんじゃないか。
例えば、アラブ諸国の中で、本音のところはアメリカこんちくしょうと思っていても、テロを撲滅していく、テロに対して闘っていくというその大義にはやはり賛同せざるを得ない。その中で、国際秩序とアメリカの力というものを考慮に入れながら、アメリカの今の行動に対して賛成表明をする、あるいは国内にあるベースを貸していく、具体的にも軍事的な協力もしていく、そういう行動はやはり国家権力としての意思なんだと思うのですね。
それに対して、先生の言われるのは、国民があるじゃないかと。いわゆる生活者といいますか、それぞれ国民個人のアメリカに対する感情。今、テロリズムというのが、その一人一人の発展途上国にあるうっせきされた怨念といいますか、そういう表現をされましたけれども、そういうものから発するとすれば、国連もその国家権力の集まりという定義の中で今運営がされておりますし、それぞれの集団安全保障あるいは個別の自衛権というような考え方も国家を一つの単位として考えられて、その枠組みの中で意思決定がなされていくということであるとすれば、それが新しい形態に変わっていくというのは、その国家を超えた中で意思決定の枠組み、それから、アメリカを含めた先進国がその新しい意思決定の枠組みをいかにつくり上げていくかということなのかなということを、先ほどの議論の中で思いをめぐらせてきたのですが、そういうことを、例えば、具体的に国連の中で、そして特にこの日本国憲法の中で新しい時代の流れとして組み込んでいくとすれば、どのような形、どこが問題であって、どう対応していったらいいのか、できるだけ具体的に先生のお考えをもう少し発展させていただきたいと思うのです。
この発言だけを見る →護憲的改憲論という一つの軸というのは私も非常に共鳴するところでありまして、恐らく、今この調査会の中の議論の大勢の中で、もしそれが憲法の精神を生かして政治的に本当に可能なものであれば、そして、その憲法の精神というものがそれぞれの思いの中で一つの形に終局していく、いわゆる日本の国家の意思というのがそれで決めていけるという前提に立っていけば、まことにそのとおりなんだろう。今、それぞれの立場で改憲ということに反対している政党の皆さんであっても、その前提さえ可能になっていけば、先生の、解釈だけでいくのはもう限界なんだという思い、その思いをそのまま受けながら、もっと積極的な議論に加わっていただけるのではないかなということを、改めて、きょうのお話を聞きまして、思いをいたすところでございます。
その上に立って幾つかお尋ねをしていきたいと思うのですが、まず、さっきのテロの問題です。
一つは、文明、宗教あるいは貧富の差、いわゆる構造的な部分であらわれてきている新しい体制に対する挑戦の形、これを言われたんだと思うのですが、今、それに対して、国家というもの、いわゆる国家権力というものは、どうもちょっと違った形で行動しつつあるんじゃないか。
例えば、アラブ諸国の中で、本音のところはアメリカこんちくしょうと思っていても、テロを撲滅していく、テロに対して闘っていくというその大義にはやはり賛同せざるを得ない。その中で、国際秩序とアメリカの力というものを考慮に入れながら、アメリカの今の行動に対して賛成表明をする、あるいは国内にあるベースを貸していく、具体的にも軍事的な協力もしていく、そういう行動はやはり国家権力としての意思なんだと思うのですね。
それに対して、先生の言われるのは、国民があるじゃないかと。いわゆる生活者といいますか、それぞれ国民個人のアメリカに対する感情。今、テロリズムというのが、その一人一人の発展途上国にあるうっせきされた怨念といいますか、そういう表現をされましたけれども、そういうものから発するとすれば、国連もその国家権力の集まりという定義の中で今運営がされておりますし、それぞれの集団安全保障あるいは個別の自衛権というような考え方も国家を一つの単位として考えられて、その枠組みの中で意思決定がなされていくということであるとすれば、それが新しい形態に変わっていくというのは、その国家を超えた中で意思決定の枠組み、それから、アメリカを含めた先進国がその新しい意思決定の枠組みをいかにつくり上げていくかということなのかなということを、先ほどの議論の中で思いをめぐらせてきたのですが、そういうことを、例えば、具体的に国連の中で、そして特にこの日本国憲法の中で新しい時代の流れとして組み込んでいくとすれば、どのような形、どこが問題であって、どう対応していったらいいのか、できるだけ具体的に先生のお考えをもう少し発展させていただきたいと思うのです。
大
大沼保昭#24
○大沼参考人 今の御質問に対してもしちょっと見当外れのお答えをしてしまったら、後でもう一度御指摘いただきたいのですが、私は、今回のようなテロリズムに基づく殺傷、国際秩序への攻撃に対して、またそれを含めて、二十一世紀の国際秩序というものをどういう形で構築していくべきなのか、日本がそういう国際秩序をつくる上でどういう役割を果たしていくべきなのか、それを憲法の条文の中でどのように基礎づけるべきなのかというふうに考えてお答えしたいと思います。
私が先ほどから、日本としては、米国の自衛権の行使に基づく現在の攻撃に全面的にみずからを同化するという立場とはちょっと違った形の、より平和で安全な国際秩序に対する日本の役割の果たし方があるのではないかと申し上げたのは、私は、二十一世紀の、より害の少ない、より平和な秩序をつくり上げていく上で、三つのレベルの思考が求められていると思っているんです。
その一つは、国際的な視点、これは国家間関係として国際社会を見ていくという視点です。もう一つは、民際的な視点、これはNGOとか多国籍企業とか、あるいはよくNGOが言う市民社会、国際市民社会的な視点です。第三番目は、文際的な視点、これは文明と文明との間の関係をどのように見るか。そういう三つの視点が必要だというふうに思っているわけです。
国家間の視点はこれまで支配的であって、その限界が来ているというのは、お二人の中川議員とも恐らく共通の認識だろうと思うので、それを補完し、あるいはそれにかわるものとして、今、民際的な視点というのが非常にはやっているわけです。
ただ、この民際的な視点の落とし穴というのは、これは非常に先進国中心である。NGOというのは、例えばアムネスティ・インターナショナルとかOXFAMとか、いろいろな有力なものがありますけれども、ほとんどが先進国のものです。メディアにしても、CNNとかニューヨーク・タイムズに代表されるように、これも欧米先進国のものです。ということは、先ほどから私が言っている、世界六十億の人口のうちの八割というものはそこでは代弁されない。その声というのが出てこない。その声を吸収しなければ、安定的で平和な国際秩序をつくれない。
そこで必要になってくるのが文際的視点です。それは、例えばイスラム文明であるとか儒教文明であるとか、あるいはヒンズー文明であるとか、そういう文明を枠組みとして、現在の地球問題、国際問題を見ていく。その三つのレベルでの思考が必要である。
私は、先ほどの中川議員の言葉をかりれば、近代が非常に欧米中心的な世界であった、ウェストファリア体制以来、欧米中心的な主権国家体制というものが世界を覆った。しかし、二十一世紀には、間違いなく中国が超大国化していくでしょう、ほかのさまざまな途上国もそれなりの存在理由というものを示すようになる可能性がある。そこでは、近代欧米中心の文明の中で今まで表面に出てこなかったさまざまな文明というものが自己主張して、その文明間の共存というものを真剣に考えなければならない、そういう時代になるだろうというふうに思うんです。
前の中川議員の御質問との関連で言えば、私は、二十一世紀の日本国憲法の前文というのは、そういう文際的な視点というものを前文においてうたうべきだ。つまり、二十一世紀の国際社会というのは、複数の文明が共存して、その複数の文明のすぐれた点を我々が統合的に取り入れて日本国家をつくっていくんだ。それは、我々がこれまで生きてきた日本というもののあり方をはっきりした形で、つまり、米国の眼鏡を通してでなく、我々が自己認識する一つの非常に重要な視点だと私は思います。
これは、別に反米でも何でもなくて、我々の日本という社会の、日本という歴史的な存在のアイデンティティー、自己認識というものをどういうところに求めるか。そうすると、日本は十九世紀中葉までは東アジアの文明の一員であり、日本独自の文化をその中ではぐくんできた。この一世紀半の間、ヨーロッパ文明を受け入れて、そしてアメリカ文明に憧憬を持って生きてきた。もちろん、その近代の遺産というのは大事にしなきゃならないけれども、それ以前の二千年にわたる遺産というのもやはり重要なんだ。二十一世紀というのはそういう文際的な視点で我々が生きていくんだということを、私は、憲法の前文では明示すべきだろうというふうに考えております。
この発言だけを見る →私が先ほどから、日本としては、米国の自衛権の行使に基づく現在の攻撃に全面的にみずからを同化するという立場とはちょっと違った形の、より平和で安全な国際秩序に対する日本の役割の果たし方があるのではないかと申し上げたのは、私は、二十一世紀の、より害の少ない、より平和な秩序をつくり上げていく上で、三つのレベルの思考が求められていると思っているんです。
その一つは、国際的な視点、これは国家間関係として国際社会を見ていくという視点です。もう一つは、民際的な視点、これはNGOとか多国籍企業とか、あるいはよくNGOが言う市民社会、国際市民社会的な視点です。第三番目は、文際的な視点、これは文明と文明との間の関係をどのように見るか。そういう三つの視点が必要だというふうに思っているわけです。
国家間の視点はこれまで支配的であって、その限界が来ているというのは、お二人の中川議員とも恐らく共通の認識だろうと思うので、それを補完し、あるいはそれにかわるものとして、今、民際的な視点というのが非常にはやっているわけです。
ただ、この民際的な視点の落とし穴というのは、これは非常に先進国中心である。NGOというのは、例えばアムネスティ・インターナショナルとかOXFAMとか、いろいろな有力なものがありますけれども、ほとんどが先進国のものです。メディアにしても、CNNとかニューヨーク・タイムズに代表されるように、これも欧米先進国のものです。ということは、先ほどから私が言っている、世界六十億の人口のうちの八割というものはそこでは代弁されない。その声というのが出てこない。その声を吸収しなければ、安定的で平和な国際秩序をつくれない。
そこで必要になってくるのが文際的視点です。それは、例えばイスラム文明であるとか儒教文明であるとか、あるいはヒンズー文明であるとか、そういう文明を枠組みとして、現在の地球問題、国際問題を見ていく。その三つのレベルでの思考が必要である。
私は、先ほどの中川議員の言葉をかりれば、近代が非常に欧米中心的な世界であった、ウェストファリア体制以来、欧米中心的な主権国家体制というものが世界を覆った。しかし、二十一世紀には、間違いなく中国が超大国化していくでしょう、ほかのさまざまな途上国もそれなりの存在理由というものを示すようになる可能性がある。そこでは、近代欧米中心の文明の中で今まで表面に出てこなかったさまざまな文明というものが自己主張して、その文明間の共存というものを真剣に考えなければならない、そういう時代になるだろうというふうに思うんです。
前の中川議員の御質問との関連で言えば、私は、二十一世紀の日本国憲法の前文というのは、そういう文際的な視点というものを前文においてうたうべきだ。つまり、二十一世紀の国際社会というのは、複数の文明が共存して、その複数の文明のすぐれた点を我々が統合的に取り入れて日本国家をつくっていくんだ。それは、我々がこれまで生きてきた日本というもののあり方をはっきりした形で、つまり、米国の眼鏡を通してでなく、我々が自己認識する一つの非常に重要な視点だと私は思います。
これは、別に反米でも何でもなくて、我々の日本という社会の、日本という歴史的な存在のアイデンティティー、自己認識というものをどういうところに求めるか。そうすると、日本は十九世紀中葉までは東アジアの文明の一員であり、日本独自の文化をその中ではぐくんできた。この一世紀半の間、ヨーロッパ文明を受け入れて、そしてアメリカ文明に憧憬を持って生きてきた。もちろん、その近代の遺産というのは大事にしなきゃならないけれども、それ以前の二千年にわたる遺産というのもやはり重要なんだ。二十一世紀というのはそういう文際的な視点で我々が生きていくんだということを、私は、憲法の前文では明示すべきだろうというふうに考えております。
中
中川正春#25
○中川(正)委員 その辺をもう少し深めてみたいんですけれども、時間の関係で、次に、具体的に、憲法九条と、先ほど先生の解釈の中で、特に周辺諸国との関係、この辺をもう少しお伺いしたいんです。
今、国会で、自衛隊派遣をめぐるいろいろな議論があるんですが、先ほど、日本の本音というのは厭戦感と言われました。これはまだ続いているんだと思うのですね。武力を伴わずに貢献できれば、しかも、自衛隊というものが活用できればその道を探っていきたい、この意思だというふうに思うのですね。
その上に立って、この自衛隊の問題が、自衛隊の規範というのは、憲法以前の、いわゆる個別的自衛権、これは憲法九条の設定以前の問題なんだ、だから日本は自衛隊が持てるんだ、こういう形で決められた、いわゆる解釈されたということであるにもかかわらず、この間の小泉総理の発言の中では、憲法九条と憲法前文の間にすき間があるという指摘があって、私のとらえ方としては、憲法九条に基づいた自衛隊というような発言であったように思うのですね。
しかし、これは間違いなんだと思うのですね。基本的には、自衛隊そのものがいわゆる個別的な自衛権というもので設定されてある以上、ここで憲法九条は死んでいるんだろうというふうに思うのです。だから、国連憲章で改めて保障された個別的自衛権と、もう一つは、同じ国連憲章で設定された集団的自衛権、このはざまで漂っているんだということ、このことなんじゃないかなというふうに私は理解しております。
だからこそ、解釈論だけでいくんじゃなくて、逆に、憲法で自衛隊のやるべきことを明文化していく、限定していってその役割と目的をはっきりさせていく、そういう設定が必要なんだということ、このことなんじゃないかなというふうに私自身は今解釈しているんです。
その上に立って考えていくと、そうしたときに、周辺諸国の理解をどのように得ていくか。これまでは、先生のお話はまことにクリアだというふうに私は思ったんですが、この憲法というものを盾にとって、あるいはこれは看板にして、平和国家だからすべて許してくれ、こういう形できた。具体的に日本が進めてきたのは、ODAだとか技術援助だとか、歴代総理が行っておわびして、申しわけなかったという話をしてきたということなんですね。それを、周辺諸国との関係改善といいますか、本当の意味での信頼感を構築していきながら、憲法を自主的に、先ほどの話の、国家の意思として定めていくというプロセスに移っていくには、具体的に先生の頭の中に今あるのは、どのようなアクションを改めて周辺国家にとっていけばいいのかということです。このことをもう少し奥深く述べていただきたいと思うんです。
今見ている限りでは、国家補償をどうするか、これをもう一回蒸し返して、日本はやりますよという話に先生は持っていくべきだとお考えなのかどうか、そんな話だとか、日本が構築していこうとしているアジアの中での平和秩序に対して、仮に平和機構みたいな、NATOを設定したようなものを現実的に提案していっても、今の情勢の中ではとても無理だな、これは全く筋違いな話だなというところで終わってしまうわけですが、そこのところを組み立てるとすれば、日本のスタンスとして具体的にどのような形のものを提案できるのか、先生の心の中に今ある部分をもう少し展開していただければと思います。
この発言だけを見る →今、国会で、自衛隊派遣をめぐるいろいろな議論があるんですが、先ほど、日本の本音というのは厭戦感と言われました。これはまだ続いているんだと思うのですね。武力を伴わずに貢献できれば、しかも、自衛隊というものが活用できればその道を探っていきたい、この意思だというふうに思うのですね。
その上に立って、この自衛隊の問題が、自衛隊の規範というのは、憲法以前の、いわゆる個別的自衛権、これは憲法九条の設定以前の問題なんだ、だから日本は自衛隊が持てるんだ、こういう形で決められた、いわゆる解釈されたということであるにもかかわらず、この間の小泉総理の発言の中では、憲法九条と憲法前文の間にすき間があるという指摘があって、私のとらえ方としては、憲法九条に基づいた自衛隊というような発言であったように思うのですね。
しかし、これは間違いなんだと思うのですね。基本的には、自衛隊そのものがいわゆる個別的な自衛権というもので設定されてある以上、ここで憲法九条は死んでいるんだろうというふうに思うのです。だから、国連憲章で改めて保障された個別的自衛権と、もう一つは、同じ国連憲章で設定された集団的自衛権、このはざまで漂っているんだということ、このことなんじゃないかなというふうに私は理解しております。
だからこそ、解釈論だけでいくんじゃなくて、逆に、憲法で自衛隊のやるべきことを明文化していく、限定していってその役割と目的をはっきりさせていく、そういう設定が必要なんだということ、このことなんじゃないかなというふうに私自身は今解釈しているんです。
その上に立って考えていくと、そうしたときに、周辺諸国の理解をどのように得ていくか。これまでは、先生のお話はまことにクリアだというふうに私は思ったんですが、この憲法というものを盾にとって、あるいはこれは看板にして、平和国家だからすべて許してくれ、こういう形できた。具体的に日本が進めてきたのは、ODAだとか技術援助だとか、歴代総理が行っておわびして、申しわけなかったという話をしてきたということなんですね。それを、周辺諸国との関係改善といいますか、本当の意味での信頼感を構築していきながら、憲法を自主的に、先ほどの話の、国家の意思として定めていくというプロセスに移っていくには、具体的に先生の頭の中に今あるのは、どのようなアクションを改めて周辺国家にとっていけばいいのかということです。このことをもう少し奥深く述べていただきたいと思うんです。
今見ている限りでは、国家補償をどうするか、これをもう一回蒸し返して、日本はやりますよという話に先生は持っていくべきだとお考えなのかどうか、そんな話だとか、日本が構築していこうとしているアジアの中での平和秩序に対して、仮に平和機構みたいな、NATOを設定したようなものを現実的に提案していっても、今の情勢の中ではとても無理だな、これは全く筋違いな話だなというところで終わってしまうわけですが、そこのところを組み立てるとすれば、日本のスタンスとして具体的にどのような形のものを提案できるのか、先生の心の中に今ある部分をもう少し展開していただければと思います。
大
大沼保昭#26
○大沼参考人 私は、日本が自衛隊を含めて世界の平和秩序をつくり出して、それを維持していくのにもっと積極的な役割を果たす、日本はぜひそうすべきだというふうに信じておりますけれども、とにかくその仕事を進める上で大切なのは、日本が極めて明確な形で第二次大戦が日本の侵略戦争であったということを認めて、植民地支配についての具体的な反省、償いの気持ちを示す、そういう政策を進めると同時に、その事実を日本政府とメディア、さまざまなNGOが一体となって世界に発信していくことが非常に重要だというふうに思っています。
よく戦争責任の問題で、ドイツは反省しているけれども日本は反省していないと言われまして、私はこれは甚だ一面的な評価だと思いますけれども、残念ながら、こういう評価は国際社会にもはや定着してしまった。定着した一つの非常に大きな理由は、ブラント首相が、ポーランドに行って、ワルシャワのユダヤ人ゲットーを訪ねて、そこでひざまずいたわけです。それでわびた。それが全世界的に報道されて、これがドイツの真摯な反省を示す象徴的な行為として定着する。ブラント首相は、たしか翌年、ノーベル平和賞をいただいたと思います。
つまり、国家の指導者の象徴的な行動というのは非常に大きな意味を持つんですね。それを、残念ながら、戦後、日本の政府は一貫してやってくることができなかった。その結果として、日本政府は、積極的な国際平和、国際安全保障活動をやる上で常に近隣諸国に疑惑の目で見られて、PKO活動のような何ら問題のない、日本としては胸を張ってやることができるはずの行動でさえ近隣諸国に一々言いわけをしなければならない、本体業務を凍結するという愚かなことをこれまでずっと続けてきているわけです。
やはりそれは、日本の指導者が、そういうだれの目にもわかるような形の、日本は悪いことをやったんだ、もう二度とやらないんだというメッセージを世界に発して、その上で、日本は積極的に自衛隊も出して国際平和秩序の建設に邁進するんだという行動をとるべきだというふうに思います。
私は、小泉総理の考え方にはいろいろ違う点、例えば小泉総理が靖国参拝に行くと言い張られたことは非常に大きな間違いだったと思って、朝日にもそういうことを書きましたし、そのほかの点でも若干の意見の違いはありますけれども、小泉総理が持っておられる得がたい資質というのは、民衆に届く声を持っているということだと思うんです。これは、これまでの日本の総理がなかなか持ち得なかった資質だと思うんです。それをぜひ活用して、韓国なり中国の民衆に、本当に日本は悪かったと思っていると、例えば元慰安婦のところに行って、深々とお辞儀して元慰安婦を抱きかかえてあげるとか、そういう象徴的な行動をぜひ私はとっていただきたい。
お金のことについては、私は、九五年に、日本政府と国民、双方が拠金し合って、大規模な、兆単位のいわば補償基金をつくって、それで一切これまでの日本のいわゆる戦後処理にかかわる問題を処理すべきだということを主張しましたけれども、当時は村山政権時代で、それを大変小さくした形のアジア女性基金ということになったわけです。今の経済状況では、私は、それが現実的な提案と言えるかどうかは非常に疑問に思っております。
ドイツのやっていることを見ても、個々の犠牲者に対する現実の補償の額というのは、決してそんな大きいものではないんです。日本は、例えば元慰安婦に対しては、国民の償い金が二百万円で、政府の医療福祉事業が三百万円、合わせて五百万円を韓国と台湾の元慰安婦の被害者に対してはお払いしているわけですけれども、これは国際的な標準から見れば極めて高い。ドイツのいろいろなケースの補償よりも非常に高いものです。
なぜそれが評価されないのかというと、結局、日本がそういうことをやっていることの発信が決定的に不足している。これは私、外務省にもずっと言ってきましたし、メディアに対しても言ってきました。日本がこれまでそれなりのことをやってきたんだということを発信する、世界のどの国の人が見ても、ああなるほど、日本はあの戦争のことについて反省しているんだということが非常に明快な形でわかる行動を指導者がとり、また、それを日本国全体を挙げて発信する。それと並行して、自衛隊をまずはPKOのようにその世界的な公共性というものが高く認知されている活動に参加させていく、できれば韓国や中国の部隊と一緒に活動させる、そういう工夫を凝らしていくべきだろうというふうに思います。
この発言だけを見る →よく戦争責任の問題で、ドイツは反省しているけれども日本は反省していないと言われまして、私はこれは甚だ一面的な評価だと思いますけれども、残念ながら、こういう評価は国際社会にもはや定着してしまった。定着した一つの非常に大きな理由は、ブラント首相が、ポーランドに行って、ワルシャワのユダヤ人ゲットーを訪ねて、そこでひざまずいたわけです。それでわびた。それが全世界的に報道されて、これがドイツの真摯な反省を示す象徴的な行為として定着する。ブラント首相は、たしか翌年、ノーベル平和賞をいただいたと思います。
つまり、国家の指導者の象徴的な行動というのは非常に大きな意味を持つんですね。それを、残念ながら、戦後、日本の政府は一貫してやってくることができなかった。その結果として、日本政府は、積極的な国際平和、国際安全保障活動をやる上で常に近隣諸国に疑惑の目で見られて、PKO活動のような何ら問題のない、日本としては胸を張ってやることができるはずの行動でさえ近隣諸国に一々言いわけをしなければならない、本体業務を凍結するという愚かなことをこれまでずっと続けてきているわけです。
やはりそれは、日本の指導者が、そういうだれの目にもわかるような形の、日本は悪いことをやったんだ、もう二度とやらないんだというメッセージを世界に発して、その上で、日本は積極的に自衛隊も出して国際平和秩序の建設に邁進するんだという行動をとるべきだというふうに思います。
私は、小泉総理の考え方にはいろいろ違う点、例えば小泉総理が靖国参拝に行くと言い張られたことは非常に大きな間違いだったと思って、朝日にもそういうことを書きましたし、そのほかの点でも若干の意見の違いはありますけれども、小泉総理が持っておられる得がたい資質というのは、民衆に届く声を持っているということだと思うんです。これは、これまでの日本の総理がなかなか持ち得なかった資質だと思うんです。それをぜひ活用して、韓国なり中国の民衆に、本当に日本は悪かったと思っていると、例えば元慰安婦のところに行って、深々とお辞儀して元慰安婦を抱きかかえてあげるとか、そういう象徴的な行動をぜひ私はとっていただきたい。
お金のことについては、私は、九五年に、日本政府と国民、双方が拠金し合って、大規模な、兆単位のいわば補償基金をつくって、それで一切これまでの日本のいわゆる戦後処理にかかわる問題を処理すべきだということを主張しましたけれども、当時は村山政権時代で、それを大変小さくした形のアジア女性基金ということになったわけです。今の経済状況では、私は、それが現実的な提案と言えるかどうかは非常に疑問に思っております。
ドイツのやっていることを見ても、個々の犠牲者に対する現実の補償の額というのは、決してそんな大きいものではないんです。日本は、例えば元慰安婦に対しては、国民の償い金が二百万円で、政府の医療福祉事業が三百万円、合わせて五百万円を韓国と台湾の元慰安婦の被害者に対してはお払いしているわけですけれども、これは国際的な標準から見れば極めて高い。ドイツのいろいろなケースの補償よりも非常に高いものです。
なぜそれが評価されないのかというと、結局、日本がそういうことをやっていることの発信が決定的に不足している。これは私、外務省にもずっと言ってきましたし、メディアに対しても言ってきました。日本がこれまでそれなりのことをやってきたんだということを発信する、世界のどの国の人が見ても、ああなるほど、日本はあの戦争のことについて反省しているんだということが非常に明快な形でわかる行動を指導者がとり、また、それを日本国全体を挙げて発信する。それと並行して、自衛隊をまずはPKOのようにその世界的な公共性というものが高く認知されている活動に参加させていく、できれば韓国や中国の部隊と一緒に活動させる、そういう工夫を凝らしていくべきだろうというふうに思います。
中
中
斉
斉藤鉄夫#29
○斉藤(鉄)委員 公明党の斉藤鉄夫でございます。よろしくお願いいたします。
先生のいわゆる現憲法の戦争責任代替機能というお話、大変興味深く伺いました。先生の戦争責任の論文の中に、在韓被爆者、韓国にいる被爆者の問題も取り上げられておりますので、このことにつきまして、私も大変興味を持っているものですから、まず最初に質問させていただきます。
今、国内には被爆者援護法がございます。国内に居住している、これは日本人だろうと外国籍の方だろうとこの援護法が適用されますが、一歩日本の国を出ますと援護法が適用されなくなります。これは別に法律に書いてあるわけではないわけですが、行政庁がそのように解釈しているということでございます。
これに対して裁判が二つございまして、一つは広島地裁での裁判、一つは大阪地裁での裁判です。この問うていることは必ずしも一緒ではないんですけれども、基本的には援護法が在外者には適用されないことについて、広島の裁判は、やむを得ない、しかし大阪の裁判は、これはおかしいということで適用すべきだ、このように裁判所の判断も割れているという状況でございます。
そういう中で、これはまさしく自民党さんから共産党さんまで含めまして超党派で、在外被爆者に援護法適用をという議員連盟をつくっているわけですが、先週末、その議員連盟で、各党代表者が在韓被爆者の現状調査をしてきたわけです。私も行ってまいりましたが、大変重たい現実を目の前にして、私も本当に大きなショックを受けました。
強制連行されて広島に来て被爆し、家族を失い、その後、日本人として扱われなくて故国に帰り、故国でも、日本から帰ってきたという差別、また被爆者という差別に耐えながら、また健康障害に悩みながら必死で生き抜いてきた方々の心の叫び、自分はあと数年で死んでしまうけれども、日本国内にいる被爆者と同じ扱いをしてほしい、自分の人格を認めてほしいという悲痛な叫びを聞いて、各党の代表者も本当に重い思いをして帰ってきた次第でございます。
質問でございますけれども、この在韓被爆者と戦争責任ということに関しまして、先生のお考え、また、憲法に絡めてのお考えをお伺いできればと思います。
もう一つ、そのときに、ある被爆者が、日本はなぜあれだけの、戦争の通常の手段とはとても言えないような原爆を落としたアメリカの責任を問わないのか、このような声もございました。このことについても、先生のお考えをお伺いできればと思います。
この発言だけを見る →先生のいわゆる現憲法の戦争責任代替機能というお話、大変興味深く伺いました。先生の戦争責任の論文の中に、在韓被爆者、韓国にいる被爆者の問題も取り上げられておりますので、このことにつきまして、私も大変興味を持っているものですから、まず最初に質問させていただきます。
今、国内には被爆者援護法がございます。国内に居住している、これは日本人だろうと外国籍の方だろうとこの援護法が適用されますが、一歩日本の国を出ますと援護法が適用されなくなります。これは別に法律に書いてあるわけではないわけですが、行政庁がそのように解釈しているということでございます。
これに対して裁判が二つございまして、一つは広島地裁での裁判、一つは大阪地裁での裁判です。この問うていることは必ずしも一緒ではないんですけれども、基本的には援護法が在外者には適用されないことについて、広島の裁判は、やむを得ない、しかし大阪の裁判は、これはおかしいということで適用すべきだ、このように裁判所の判断も割れているという状況でございます。
そういう中で、これはまさしく自民党さんから共産党さんまで含めまして超党派で、在外被爆者に援護法適用をという議員連盟をつくっているわけですが、先週末、その議員連盟で、各党代表者が在韓被爆者の現状調査をしてきたわけです。私も行ってまいりましたが、大変重たい現実を目の前にして、私も本当に大きなショックを受けました。
強制連行されて広島に来て被爆し、家族を失い、その後、日本人として扱われなくて故国に帰り、故国でも、日本から帰ってきたという差別、また被爆者という差別に耐えながら、また健康障害に悩みながら必死で生き抜いてきた方々の心の叫び、自分はあと数年で死んでしまうけれども、日本国内にいる被爆者と同じ扱いをしてほしい、自分の人格を認めてほしいという悲痛な叫びを聞いて、各党の代表者も本当に重い思いをして帰ってきた次第でございます。
質問でございますけれども、この在韓被爆者と戦争責任ということに関しまして、先生のお考え、また、憲法に絡めてのお考えをお伺いできればと思います。
もう一つ、そのときに、ある被爆者が、日本はなぜあれだけの、戦争の通常の手段とはとても言えないような原爆を落としたアメリカの責任を問わないのか、このような声もございました。このことについても、先生のお考えをお伺いできればと思います。