憲法調査会

2004-12-02 衆議院 全82発言

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会議録情報#0
平成十六年十二月二日(木曜日)
    午前九時一分開議
 出席委員
   会長 中山 太郎君
   幹事 近藤 基彦君 幹事 福田 康夫君
   幹事 船田  元君 幹事 古屋 圭司君
   幹事 保岡 興治君 幹事 枝野 幸男君
   幹事 中川 正春君 幹事 山花 郁夫君
   幹事 赤松 正雄君
      伊藤 公介君    大村 秀章君
      加藤 勝信君    河野 太郎君
      坂本 剛二君    柴山 昌彦君
      渡海紀三朗君    中谷  元君
      永岡 洋治君    野田  毅君
      葉梨 康弘君    平井 卓也君
      平沼 赳夫君    二田 孝治君
      松野 博一君    松宮  勲君
      三原 朝彦君    森山 眞弓君
      渡辺 博道君    青木  愛君
      稲見 哲男君    大出  彰君
      鹿野 道彦君    鈴木 克昌君
      園田 康博君    田中眞紀子君
      樽井 良和君    辻   惠君
      中川  治君    中根 康浩君
      西村智奈美君    古川 元久君
      馬淵 澄夫君    笠  浩史君
      和田 隆志君    渡部 恒三君
      太田 昭宏君    佐藤 茂樹君
      福島  豊君    山口 富男君
      土井たか子君
    …………………………………
   衆議院憲法調査会事務局長 内田 正文君
    —————————————
委員の異動
十二月二日
 辞任         補欠選任
  稲見 哲男君     中川  治君
  辻   惠君     西村智奈美君
同日
 辞任         補欠選任
  中川  治君     稲見 哲男君
  西村智奈美君     樽井 良和君
同日
 辞任         補欠選任
  樽井 良和君     辻   惠君
    —————————————
本日の会議に付した案件
 日本国憲法に関する件
     ————◇—————
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中山太郎#1
○中山会長 これより会議を開きます。
 日本国憲法に関する件について調査を進めます。
 本日の午前は、国会、内閣、特に二院制及び政党についてを中心として自由討議を行います。
 議事の進め方でありますが、まず、各会派を代表して一名ずつ大会派順に十分以内で発言していただき、その後、順序を定めず自由討議を行いたいと存じます。
 発言時間の経過については、終了時間一分前にブザーを、また終了時にもブザーを鳴らしてお知らせいたします。
 それでは、まず、永岡洋治君。
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永岡洋治#2
○永岡委員 自由民主党の永岡洋治でございます。
 本日は、国会、内閣、二院制及び政党を中心としてをテーマとした調査会であります。
 本日、私からは、二院制のあり方と政党の位置づけについて意見を述べさせていただきます。
 まず、二院制の問題であります。
 現在我が国は二院制を採用していますが、フランス革命当時の政治家であるアベ・シェイエスは、その著書「第三身分とは何か」の中で、そもそも上院は何の役に立つのか、上院と下院は一致すれば無用であり、下院に反対すれば有害であると述べております。また、米国のベンジャミン・フランクリンは、二院制度は、一台の馬車の前後に馬をつなぎ反対方向に走らせるようなものだと述べております。
 一般に、一院制、二院制については、それぞれメリット、デメリットがあるとされています。二院制のメリットとしては、慎重な審議が確保できる、国民の多様な意見や利益をきめ細かに代表できるなどがあり、他方、一院制のメリットとしては、政策決定が効率的になり、立法上の行き詰まりが生じにくいとされております。
 我が国の二院制の現状を考える際には、統治構造のもう一つの柱である議院内閣制とその関連を見る必要があると考えます。二院制は、ある意味では、議院内閣制と緊張関係にあると考えられます。
 議院内閣制は、議会の多数派に多くの権限を集中し、立法府と行政府の融合によって内閣総理大臣という明確な権力中心をつくって権力と責任を一体化する仕組みでありますが、このように議院内閣制が予定する権力の集中にとって第二院の存在は抑制的要素となる可能性があり、特に、日本のように性格が似た両院がほぼ対等の権限を持って存在すると、第一院に基礎を置くべき内閣、あるいは首相のリーダーシップは大きく損なわれてしまうおそれがあります。そして、実際にも、現在の参議院により内閣の政策にブレーキがかけられているような場合もあるようにも感じるわけであります。
 また、総理の所信表明等について、衆参両院において全く同じ演説がなされ、それに対し似たような質疑が行われていることや、立法府の最も本質的な機能である法案の作成、審議につきまして、国民生活にとって重要な意義を有する法案が参議院から提出されたり、あるいは重要な法案修正が参議院において行われるなどの事例もあるわけでありますけれども、ややもすると、衆議院での議論をなぞるような状況も場合によっては見受けられ、参議院が衆議院のコピーとなっているという批判も全く的外れではないようにも思えるわけであります。
 この問題の解決策として主張されるものの一つに、一院制への移行があります。しかしながら、私は、一院制への移行には反対であります。
 といいますのは、我が国のように人口の多い国におきましては、民意のきめ細かな反映や、少数者の意見表明の機会の確保、国民の関心も高く、国会が主要な責任を果たすべきである行政監視機能の強化などが、一院では十分に果たし得ないと考えるからであります。
 と同時に、私は、現在のままの二院制をよしとするものでもありません。今述べました二院制の現状を踏まえるならば、本来の二院制のよさが発揮されるような改革に向けた議論が求められます。
 本調査会におきましても、二院制の改革をめぐっては、多くの議論がなされております。大別して、一つは、両院の役割分担の明確化に関する議論がありますし、二つ目には、参議院の権限に関する議論があります。そして三つ目には、選挙制度の見直しにより両院の構成に差異を生じさせるべきであるか否かに関する議論が行われてきたわけであります。
 衆参両院の役割分担の明確化につきましては、国会が全体として、国民代表機関として国政を推進し、監視していくという責務を十分に果たすために、衆議院と参議院の的確な機能分担を考慮した見直しが必要であるとの意見が述べられています。
 具体的には、参議院の役割として、決算審査を中心とした行政監視機能や、より長期的視野に立った調査機能を強化するということが考えられます。また、参議院の権限につきましては、参議院を補完的な機能を有する第二院として位置づける意見や、参議院の権限行使の自主的抑制の慣行を確立すべきであるといった意見も述べられております。
 私自身としては、かつての緑風会のように、ある程度党派的な立場を超越して、大所高所から意見表明を行うような参議院をイメージしており、そのような参議院を実現するために、衆参両院の権限のあり方について考えていくべきであろうと考えております。
 さらに、二院制と選挙制度をめぐっては、二院制である以上、異なる形での代表機能が期待されているにもかかわらず、現在は、両院の選挙制度が余りにも似通い過ぎていて二院制の意味を損ねていると、両院の選挙制度の類似性を批判する意見が述べられており、私自身もそうした意見に共感するところもあります。
 ただ、衆参両院の選挙制度は、先人が知恵を絞って、長年の努力の積み重ねとして現在の姿があることを踏まえて議論をすべきであります。そのとき、例えば、将来の道州制の導入を前提として、参議院を道州代表とすれば、参議院に固有の代表機能が付与されるものであって、検討の余地があると考えます。
 二院制の問題につきましては、各方面におきまして活発な議論が展開されているところであります。本日の調査会での議論などを通じて、よりよい二院制に向けた議論をさらに活発に行い、衆参両院の衆知を集めて幅広いコンセンサスを形成していくことが国会議員の務めであると考えるところであります。
 次に、政党であります。
 政党につきましては、現在の憲法では直接の規定はありません。この点、一般的には、憲法二十一条の結社の自由が政党を結成する自由等の保障を含んでいるとされております。
 しかしながら、政党は、政治と国民をつなぐ媒介として、現在の立憲民主主義にとりまして不可欠の構成要素であり、議院内閣制の中核をなす存在であります。
 そこで、私は、政党を憲法上、明文で位置づけた方がよいと考えております。ただ、規定の仕方によって、かえって政党の結成、活動の自由などが阻害されるおそれがあるので、そのようなことがないように注意をする必要があります。すなわち、思想の自由市場の価値を踏まえ、その主義主張によって政党としての適格が失われるということのないようにすることが肝要です。
 政党規定の具体的内容としては、政党の意義に加えて、政党の結成、活動の自由、党内民主主義、政党法の制定に関する根拠などが考えられますが、本日の調査会での議論などを通じて、政党の意義、機能を十分に踏まえた議論が今後望まれるところであります。
 来年は、いよいよ、本調査会発足時に約束された最終報告書を世に問う年であります。来年早々に始まる通常国会では、最終報告書の取りまとめに向けた具体的な作業を始めることとなると考えます。最終報告書が国民の負託にこたえるものとなりますよう、その取りまとめに向けたますます活発な議論をお願いいたしまして、私の発言とさせていただきます。
 ありがとうございました。
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中山太郎#3
○中山会長 次に、鈴木克昌君。
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鈴木克昌#4
○鈴木(克)委員 民主党の鈴木克昌でございます。
 本日は、国会と内閣を中心とした調査会でございますが、これからの統治機構のあり方を考えるに当たっては、まず、グローバル社会の到来に対応する国家のあり方を見据えるという視点が必要となるものと考えます。
 これまで我が国においては、中央集権システムのもとで、官僚による恣意的な行政指導が横行し、法の支配が形骸化するという傾向にありました。我が民主党が掲げている創憲は、このような危うい政治の現状に対して、立憲政治を立て直し、法の支配が確立した社会をつくり出そうというものであることを初めに申し上げておきたいと思います。
 二院制につきましては、二院制を維持すべきという意見と一院制を導入すべきという意見がありますが、私は、憲法改正により道州制を導入し、参議院議員をこの道州の代表とすることを前提として、二院制を維持すべきであると考えます。
 一院制を導入すべきとの意見は、衆参両院の選挙制度に根本的な差異がなく、参議院が政党化していることなどをその理由として挙げておりますが、選挙制度を改め、参議院議員の選挙区を道州とすることなど、地域代表制を中心とした選任方法へと改革することにより、この問題は解決が可能であろうと考えます。
 二院制を維持すべきであるとした上で、それでは、どのような改革が必要かという点であります。
 これは、衆参の役割分担を明確にすることには基本的には賛成であります。この点、例えば、衆議院は予算審議中心に、参議院は決算審査中心にという考え方も述べられており、一つの考え方として検討に値するものと考えます。ただ、決算審査におけるチェックを次の予算編成に生かし、税金のむだ遣いをなくすという観点からは、別の院が予算、決算を分担してうまくいくのかという懸念などからも、慎重に考えるべきではないかと考えます。
 ただ、現在、行政国家化現象と言われるように、行政権が肥大化していく中において、行政の執行が国民の利益から離れていく危険性があります。これに対しては、立法、司法などによる二重三重のチェックが必要となるものと考えます。税金の使い方を国民の目線で見て、国民の目線での改革を進めていく。そして、中央集権体制を変えていく。官僚政治を打破していく。そのためには、例えば、オンブズマン制度を憲法に明記し、会計検査院については機能や人員を強化し、これらの機関と立法府の連携をより実効性のあるものとしていくなど、行政監視機能の一層の充実強化を図ることが必要であると考えます。これは、参議院だけにゆだねていけば足りるわけではありませんが、参議院の特徴を考えるに当たって考慮すべき事項であると考えます。
 衆参両院の権限のあり方については、例えば、衆議院が外交、防衛などを初めとする国政の基本問題を所管し、道州代表から成る参議院がいわゆる生活環境、住民などに密着するものを中心に所管するという考え方もあり得るのではないかと思います。ただ、この点につきましては、最近いろいろな意見が表明されており、これらの意見を踏まえて、さらに議論を深めていく必要があると考えるところであります。
 次に、政党の憲法的位置づけについてであります。
 現代政治は政党を無視しては成り立ち得ないことから、ドイツやフランスでは、憲法上の機関として政党を位置づけております。また、選挙制度に小選挙区制が導入されて、政党の公約を媒介として国民が政権選択をするチャンスが浮上されつつある現在、国民主権との関係において、政党の位置づけは飛躍的に高まっていると言えます。
 現憲法は政党に関する規定は持ちませんが、一般的には、第二十一条の結社に含まれるものと考えております。
 しかし、議会制民主主義における政党の重要な地位と役割にかんがみ、政党に憲法上の地位を与えるべきであると考えます。また、その際、政党の基本はあくまでフリー、フェア、オープンであるべきことから、政党の結成、活動の自由のほか、政党の内部秩序、活動の民主性、資金の公開等についても憲法に規定した上で、政党法などによりその公正さと透明性とを確保する仕組みを確立していくことが重要であると考えます。
 議院内閣制のあり方については、政党のあり方とも関連しますが、二大政党制に近づいてきた現在の政治情勢のもと、野党第一党に対して、シャドーキャビネットの設置を義務づけ、一定の範囲で行政への関与を制限的に容認する仕組みを確立すべきであります。こうすることにより、野党時代から政策を練り、専門性をつけ、いざ政権を担うようになった場合、専門的な行政官を指導する力をつけることが可能となると考えます。また、政官関係につきましても、政治家と公務員との接触に関するルールを設け、与党議員は大臣を通じてのみ公務員にアクセスできるものとし、それ以外の与党の政治家がじかに公務員に接触することを原則禁止してはいかがかと思います。
 国会、内閣のあり方に関連して、個人的意見ではございますが、首相公選制について申し上げます。
 地方において首長を務めた私の経験から申し上げますと、行政府の長を国民が直接選ぶことは民主主義の観点から重要な意義を有し、そのような背景のもと、首相は迅速なリーダシップを発揮し得るということから、首相公選制を導入することに賛成であります。
 首相公選制につきましては、一方で衆愚政治につながるおそれがあるとの批判もございますが、国民や社会には自浄作用があることから、これは杞憂にすぎないのではないかと考えます。むしろ、現在の議院内閣制のもとでは、国民が直接関与せずに首相が決定されていることやグローバル化が進む中で、首相公選制という、より民主主義的なプロセスを持たなければ国家と国民が乖離してしまうのではないかとの懸念があることなどから、行政の長を直接選挙で選ぶ大統領制的な制度である首相公選制の導入を検討すべきであると考えます。
 また、選挙人の資格について申し上げます。
 選挙権年齢につきましては、憲法において、公務員の選挙については成年による普通選挙を保障すると規定し、その年齢等、選挙人の資格については公職選挙法にゆだねており、満二十歳以上の者が選挙権を有すると規定しています。
 今世界では、百五十カ国以上の国が選挙権を十八歳から与えることとされています。十八歳というのは高校を卒業する年齢でもあり、選挙権を付与して、社会の責任ある構成員としての位置づけでも何ら不思議はないものと考えます。今少年犯罪の増加等により問題となっております青少年問題につきましても、選挙権年齢を二十歳から十八歳へ引き下げることにより、若者も大人としての権利と責任についての自覚を持つこととなると考えます。
 以上、国会と内閣を中心として、現行の制度への改革案を申し上げてまいりましたが、現在の制度は、人口が増加していき、経済も上向きで伸びていった時代の制度であり、少子高齢化社会が進展し、デフレ不況が蔓延している現在においては、既に制度疲労というよりも制度崩壊に陥ってしまっていると感ぜざるを得ません。このような状況のもとでは、大きな改革を実行し、従来の制度とは違った形の制度を考える必要があるのではないかと考えるところでございます。
 まことにありがとうございました。
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中山太郎#5
○中山会長 次に、佐藤茂樹君。
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佐藤茂樹#6
○佐藤(茂)委員 公明党の佐藤茂樹でございます。
 本日は、意見表明の機会を与えていただきまして、大変にありがとうございます。二院制及び政党に関して意見を述べさせていただきます。
 最初に、二院制についてでございますけれども、結論から申しますと、公明党は、二院制を堅持すべきであるということでほぼ意見が一致しております。その上で、衆議院、参議院、両議院の役割分担を明確にし、特に参議院の良識の府、再考の府としての位置づけを明らかにする必要があると考えます。
 以下、順次論じていきたいと思います。
 さて、単一国家において二院制が採用されるとき、しばしばその意義が問われます。二院制が論じられる際には決まって引用されるシェイエスによる、第二院は、第一院と一致するならば無用であり、第一院と一致しないなら害悪であるとの指摘は、今なお単一国家における第二院が抱えるジレンマを象徴しています。単一国家にあって、しかも憲法上明確な存在意義を付与されていない日本の参議院の場合、その存在理由が問われるのはある意味では必然であり、従来、我が国における二院制の是非については、二院制の存続を前提とした上で、参議院のあり方を中心に論じられてきました。
 私は、冒頭申し上げたように、二院制の是非については、二院制を堅持すべきであると考えます。それは、以下に述べるような二院制の長所あるいは参議院の存在理由を重視すべきであると考えるからであります。
 第一の存在理由は、第二院は、日本の場合参議院でございますが、第一院、衆議院の多数派のみによって国政が専断されることを防ぎ、議会の行動をより慎重にする抑制と均衡の機能を果たすことができるということです。第一院の行き過ぎを抑止するとともに、慎重な審議を期するというのは、第二院の最も古典的な正当化論拠の一つであるとも言われています。
 第二の存在理由は、第二院を置くことによって、複雑多様な民意を多角的に議会にまで反映させることができるということです。現実に存在する民意は実は複雑で多様であり、議会がそれを反映すべきだとすれば、国民が一つなら院も一つという論理は必ずしも現実に即しません。国会に通ずる民意のパイプは、一本よりも二本の方がよいと考えます。また、両議院の任期の差と参議院の半数改選制により、多くの選挙の機会が保障され、流動的な民意を国会に反映することができます。
 第三の存在理由は、議事が二つの議院によって審議されることにより、先議院での審議過程で取り上げられず、または明確にならなかった問題点を、後議院が審議することにより、他院の審議を補完し、または再考を促すことができるということです。また、両議院で審議を繰り返すことにより、その間の民意の動向を審議に反映させることができます。先議院の審議、それによる世論形成、そしてその次に後議院の審議というルートを確保することで争点を国民に明示し、それに対する民意を吸収することが可能となることも大事であると考えます。
 第四の存在理由は、参議院議員は衆議院議員より任期が長く、解散がないこと及び半数改選であることから、長期的視野に立った審議が可能でありますし、また、急激な政治的変革を避けることができることです。
 第五の存在理由は、緊急集会制度により、衆議院の総選挙中における緊急の事態に対処することができることです。
 以上五点、二院制の堅持の理由として重視すべき参議院の存在理由を述べさせていただきました。
 次に、二院制を前提とした改革論としては、当憲法調査会におけるこれまでの議論でも、大別して三点の議論が行われてまいりました。一つは、両院の役割分担を明確にすべきか否かに関する議論、二つ目は、参議院の権限縮小等を図るべきか否かに関する議論、三点目は、選挙制度の見直しにより両院の構成に差異を生じさせるべきか否かに関する議論がなされてまいりました。
 そのうちの一番目の役割分担については、衆参両院の役割分担を明確にし、特に参議院の良識の府、再考の府としての位置づけを明らかにする必要があると考えます。
 具体的には、これまでの参議院制度の改革で実績を上げてきた点も考慮しつつ、一つ、議会における決算審査機能の強化を目的として、参議院の行政監視機能を強化するために、衆議院は予算審査に重点を置き、参議院は決算審査に重点を置き審議を行う、二つ、参議院では政策評価という観点からの法律審査方式を導入して審議を行う、三つ、参議院は衆議院と比べ任期が長く、長期的展望に立った審議が期待されるため、いわゆる基本法については参議院先議とするなどの改革案を具体的に提示しておきたいと思います。
 二番目の、権限縮小等を図るべきか否かについて述べさせていただきます。
 一般的には、二院制を両院の構成、権限から分類するカリフォルニア大学のアーレント・レープハルト教授による分類では、日本は中間的強度のやや強い二院制、すなわち、両院の構成が類似し、権限も対等な二院制に分類されています。しかし、日本国憲法を見ますと、両議院の権限に関しては、何点かにおいて衆議院の優越を認めています。
 まず、衆議院独自の権限として、内閣不信任案の可決、否決の権限が認められています。次に、先議権としては、衆議院に予算の先議権が認められています。さらに、議決の優越としては、法律案の議決、予算の議決、条約の承認の議決、内閣総理大臣の指名に衆議院の優越が認められています。
 このような現に存在する衆議院の優越を踏まえた上で、さらに参議院の権限縮小等を図るべきか否かについては、確かに公明党の一部には、例えば、一、原理的には、内閣総理大臣の指名や不信任の決議は専ら衆議院にゆだね、参議院の内閣総理大臣指名権や問責決議権は本来なくす方が整合的であるという意見や、二、衆議院で可決され参議院で否決された法律案に対して、衆議院で再可決するためには出席議員の三分の二の賛成が必要であると定める五十九条二項の規定について、要件が厳し過ぎるので、再議決権の一定期間の行使を禁ずるとともに、その場合の再議決は過半数で足りることとするという案を提示する意見も党内の一部にはありますが、いずれにしろ、我が党としては、参議院の影響力を弱めるような改革には賛同しがたいというのが大半の意見であります。
 三番目の、選挙制度の見直しにより両院の構成に差異を生じさせるべきか否かに関する議論については、我が党としては現段階でまとまった意見があるわけではございませんが、一般的に言えば、対等型の二院制を生かす意味では、選挙制度はできる限り衆議院と参議院は異質なものが望ましいと言えます。我が党の中には、選挙制度についても両院は異なる制度で行われるべきものであり、衆議院は中選挙区制、参議院は個人を選ぶ大選挙区制であるべきだとの強い意見もあります。
 いずれにしろ、参議院の選挙方法は衆議院との相対的な関係で決まりますので、なるべく類似性を排除した選挙制度にすべきであると考えます。
 次に、政党について述べさせていただきます。
 政党は、今日の政治過程の実態に即して見れば、議会制民主主義を支え、国民の統合と憲法の機能のあり方を規定する重要な存在です。しかし、日本国憲法は、政党に直接言及するところがありません。この憲法の沈黙を考慮し、かつ議員の国民代表的性格や議院内閣制との矛盾を指摘して、日本国憲法は政党に対して消極的であると解する説もあります。
 しかし、政党が現実に重要な機能を果たしていることが一般的に自覚されている背景において成立した日本国憲法が、政党を抜きに議院内閣制を採用したとは考えられません。むしろ、昭和四十五年の八幡製鉄政治献金事件において最高裁判決で示されているように、現代社会において、国民の政治意思を形成する最も有力な媒体として、かつ、議会制民主主義の円滑な運営を支える存在として、憲法は、政党の存在を当然に予定しているのみならず、さらにその積極的活動を期待していると言えます。
 このように、日本国憲法は政党の存在と機能を積極的に評価していると見られますが、その憲法上の直接の根拠規定を求めるとすれば、それは憲法二十一条の結社の自由であります。したがって、政党の機能の重要性にかんがみ、これを国家機関化したり、あるいは特別の制限、禁止対象とすることは許されず、一般の結社の場合と同様、政党の結成、不結成の自由、政党への加入、不加入の自由、党員の継続、脱党の自由、政党の自主的活動の自由が保障されています。
 その上で、実際には、政治資金規正法、政党助成法、政党交付金の交付を受ける政党等に対する法人格の付与に関する法律、公職選挙法、国家公務員法などの法律で、それぞれの法律の目的に応じた政党に関する定めが置かれています。
 以上、述べてきましたように、日本国憲法において、政党は、憲法二十一条の結社の自由の中に黙示的に書き込まれ、現実に、それぞれの目的に応じた政党を定める法律も存在し、十分に機能しているため、現段階において、政党をあえて憲法に明記する必要性は低いと考えます。
 以上、簡単ですが、二院制及び政党に関する意見表明とさせていただきます。
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中山太郎#7
○中山会長 次に、山口富男君。
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山口富男#8
○山口(富)委員 日本共産党の山口富男です。
 まず、二院制と日本国憲法について述べたいと思います。
 議会を持つ国が一院制を採用するか二院制を採用するかは、各国の歴史や議会制度の成り立ちによって、実にさまざまです。
 日本国憲法は、第四十二条において、国会は衆議院と参議院の両議院で構成すること、また四十三条で、両院とも、全国民を代表する選挙された議員で組織することを定めております。この法規範は、国民代表機関である国会に、主権者である国民の多様な意思を正しく反映させるように求めたもので、両議院での徹底審議の要請も、当然この原則を踏まえたものとなります。
 両院の構成という点では、憲法は、四十八条で両院議員の兼職の禁止を定め、四十五条、四十六条で、両院議員の任期を異なるものとし、衆議院での解散、参議院の三年での半数改選を定めております。これも、任期という時間的な軸での民意の反映と継続性の確保を図るとともに、解散という政治的な争点などでのその時々の国民の意思の反映を両院の構成上も図ったものと言えます。
 また、権限の点では、原則として両院を対等の位置に置きながら、法律案の議決、予算の先議と議決、内閣総理大臣の指名、条約の承認について、衆議院の優越を定めております。
 このように、憲法が定めた両院制の基本は、院の構成においても、国政調査権を初め機能の点でも、多様な民意の正しい反映という点に置かれていると言わなければなりません。となれば、両院制をめぐる憲法運用と解釈の大前提は、国会が主権者国民の意思を忠実に反映するものになっているかどうかというところに置かれます。
 この点を、具体的に、選挙制度をめぐる問題で見てみたいと思います。
 選挙制度については、先日の公聴会においても、関西大学教授の村田公述人が詳しく述べたところです。
 憲法は、両院の選挙について、四十三条、四十四条、四十七条において、これを法律で定める旨を定めています。これは、決して広範な立法裁量を認めるものではありません。両議院の議員及びその選挙人の資格に関する四十四条では、ただし書きで「人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない。」としております。選挙区や投票方法等の選挙に関する事項に関する四十七条にはただし書きはありませんが、十五条で、選挙権を国民固有の権利とし、普通選挙、秘密投票の原則などを定め、さらに十四条が平等原則を保障しています。これらの定めは、いわば、権利、権能を授ける授権の内在的な制約というもので、これを無視して、法律で自由に選挙制度を設計することは憲法上許されません。
 選挙権の意味について、最高裁の一九七六年四月十四日判決は、「選挙権は、国民の国政への参加の機会を保障する基本的権利として、議会制民主主義の根幹をなすもの」「選挙権の平等は、単に選挙人資格に対する制限の撤廃による選挙権の拡大を要求するにとどまらず、更に進んで、選挙権の内容の平等、換言すれば、各選挙人の投票の価値、すなわち各投票が選挙の結果に及ぼす影響力においても平等であることを要求せざるをえないものである。」と述べています。
 現行の選挙制度は、衆議院の場合、小選挙区制主体の選挙区制によって、大政党有利に比較第一党をつくり出し、得票率と議席の割合が大きく乖離するものとなります。多様な民意が議席数に反映しない仕組みと言えます。
 例えば、昨年の総選挙でも、小選挙区部分を見ますと、自民党は四四%の得票で五六%の議席を得ております。こうした状態は、「各投票が選挙の結果に及ぼす影響力においても平等であること」との実現にほど遠いものと言わなければなりません。両院制の憲法原則に基づく運用、解釈を問題にするならば、多様な民意の反映をゆがめている諸問題の解決に当たることこそが立法府の務めと言うべきだと考えます。
 次に、政党について述べます。
 国民の多様な意思が議会を通じて国政に反映される代表民主制にとって、政党はなくてはならない存在です。政党について、各国の憲法がどういう規定を置いているのか、あるいは置いていないかは、各国の歴史を反映して、この点でも実にさまざまです。
 日本国憲法は政党について直接の規定を持ちませんが、先ほども紹介されましたように、八幡製鉄献金事件の最高裁判決が認めたように、政党が重要な機能を果たし、積極的な活動を行うことを期待しています。そして、二十一条によって、政党の活動の自由を結社の自由として保障しています。憲法は、結社の自由を保障することを通じて、私的な結社である政党の自主的活動によって政治参画という公的性格の発揮を期待するという構えをとっており、この点は今後とも大事な原則とすべきものと考えます。
 今日、政党の問題として国民から問われている最大のものは、政治と金の問題です。いわゆる日歯連の自民党旧橋本派への一億円やみ献金事件は、その最たるものだと思います。改革が求められるのは、真相の解明と、やみ献金、そして政治腐敗の根絶です。
 もともと、今日の政党助成金制度が持ち込まれたのも、リクルート事件などがあり、政治と金をめぐる議会制民主主義の危機が叫ばれた際に、企業・団体献金の廃止の方向に踏み切る、そういう議論の中でのことでした。当時は、財界も企業献金のあっせんを自粛せざるを得ませんでした。今またあっせんを再開しましたが、ここにも政治と金をめぐる新たな火種が起きていると思います。
 準大手ゼネコン熊谷組の献金をめぐる福井地裁判決は、企業・団体献金の集中が「政界と産業界との不正常な癒着を招く温床ともなりかねない。」と指摘しましたが、企業・団体献金は本質的にわいろ性を持つものであって、これを断ち切ることが、議会制民主主義と政党活動の発展にとって重要な課題となります。
 政党へのものであれ、個人へのものであれ、企業・団体献金がある種のわいろ性を持つことに変わりありません。政党の政治資金を企業献金から個人献金に切りかえていくことは、首相の諮問機関である選挙制度審議会が一九六〇年代から九〇年代の答申で繰り返し述べてきたことです。政党助成金という国民の税金を三百億円も取りながら、企業・団体献金を将来にわたって続け、拡大をするというのでは、とても主権者国民の納得を得るものとはなりません。政党政治への信頼回復の大きな課題の一つがここにあることを申し述べ、意見の表明といたします。
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中山太郎#9
○中山会長 土井たか子君。
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土井たか子#10
○土井委員 大きなテーマは内閣と国会ということなのでございますけれども、この臨時国会も、ずっとこの憲法調査会の中で憲法に対して調査をするという立場が総合的になされる、包括的になされるということで今まで論議が進められてきたはずでございます。けれども、昨今は、何だか憲法調査会自身が改憲のために設けられ、また、ここでなすべき仕事は改憲のための作業であるがごとき認識を持たれる方々もあるわけで、どうも議員の中にもそういう認識をお持ちになっていらっしゃる方が政権党の中にもあるようでして、これは、この憲法調査会設立の趣旨に反しますし、運営の趣旨に反します。したがって、そこのところをはっきりさせなければならないというふうな思いを込めて、政党法の問題について申し上げさせていただきたいのです。
 今の政治というのは信用できないというふうに考えている国民が多いんですね。世論調査のたびごとに、支持する政党なしというパーセンテージはいつも大変に高いです。一番高いパーセンテージを示しているのがその部分じゃないのでしょうか。その原因はいろいろあろうと思います。その最大理由の一つには、政党に対する不信感があるということは否定できないんですね。したがって、どの政党も支持できないということだろうと思うんです。つまり、政治不信は政党不信というふうにも言えるわけです。
 しかし、この認識をさらに一歩進めて、政党に対して法的な規制を加えて、各政党に党内民主主義などの中身を法的に要求する必要があるという主張が最近そこで聞かれるんですね。政党政治を再生しようと思ったら、政党法を制定すべきであるという主張がまたあるわけですね。また、政党の役割をしっかり憲法で明文の規定として明記することによって、議会政治に対する政党の重要性を示す必要があるという意見もあるわけですね。
 私は、いずれもこれはわかりません。特に、政党に対して、なぜ今政党法が必要なのか、加えて、憲法上明記することが必要なのか、わからないです。これに力を込めて、政党を蘇生することのためにはそれが必要だとおっしゃる根拠というのがどうももう一つはっきりしないんですけれども、少なくとも、国民の皆さんの側から見れば、法律をつくったり、ましてや憲法の明文に一条そういうことを書き加えるということによって信頼を回復することができるのであるか、私はそう思わない。むしろ、ただいまの日本国憲法というのを誠実に、九十九条の指し示しているとおりです、尊重擁護する義務をどれだけ具体的に実行しているか、誠実に行っているか、そこが実は問題なのではないでしょうか。
 例えば、政党法を制定するというふうな場合、しばしばその代表的な内容として党内民主主義というのが要求されることになるわけですが、憲法が国会に要求する民主的な手続とは違いまして、党内の民主主義の内容というのは本来一義的ではございません。したがって、党首選挙を行うということが民主的であるかというと、現在も、必ずしもこれはそうであるとは言えないのです。
 例えば、実際に党首選挙を行っている政党の選挙実態を見ると、架空の党員をでっち上げたり、金権選挙を繰り広げたり、派閥抗争を行ったりするようなことが日常茶飯事みたいに行われているのじゃないでしょうか。政策選挙が行われるという約束に反して、そうでないという実態が余りにもあり過ぎますよ。ここに問題があるからといって、法律をそれに介入させるということになりますと、例えば党首選挙における選挙違反を処罰するということになると、結社の自由は政党には保障されなくなってしまいかねない。
 また、政党が国会で自分たちに関する法律をつくるというわけですから、どうしても多数派の肯定あるいは許容する内容になってしまいます。少数党並びに少数派の意見というのは取り上げられなかったり無視されたりするということが少なくともそこでは現実の問題としてあるのじゃないですか。
 したがって、党内民主主義の問題だと言われることについても、人数や綱領や規約や運営方法などについて少数党に不利な規定というのが、当然のことながら、その結果、行われない保障はどこにもないです。現に、ただいま、そういう法律がまだない、そういうことの討議がまだされていない、その段階においてすら、日常の法案の取り扱い一つ見ても、多数党中心で事柄が運営され動いていっていることははっきり目に見える問題であって、国民の側から見ると、例えば年金法なんかの取り扱いについては、一体あれはどういうことなのかと。国民の立場というのを果たしてどれだけ、力を持っている多数党が受けとめて、誠実にそれを履行しているかどうか。憲法からいえば、まさしく二十五条ですよ。そういうことが現実の問題としてまず考えられなければならないと思うのです。
 議会制民主主義の点で見ましても、議会内多数派が少数派に対して、これを抑える、そして抑制するということが政党法を利用して行われるということになると、自由な議論、政策論争を通じて政権交代が行われるということに対しても阻害要因をつくっていくことにもなりかねない。
 そしてまた、政党活動を規制するということは、すなわち憲法二十一条で保障されております結社の自由ということに対してこれを侵害するものになってしまうということが大変懸念されるという結果になります。戦前の無産政党への弾圧や翼賛政党化というのが、戦争遂行を食いとめることができなかった。この問題に対して、今の憲法二十一条も反省の上に立って制定された中身であるということは言うまでもないわけで、結社の自由をうたうことの中に、政党それ自身を規定していないけれども、含めて考えている。言うまでもなく、それは、政党の問題もこの結社の自由の中に入るというのが、戦前の反省を踏まえてのことだ。この点がもっともっと生かされていなければならないと私は思うんです。
 憲法の理念に立脚するならば、結社の自由によって日本の民主主義を豊富にさせて戦争体制づくりをストップさせようということになっていかなきゃならない、そして、政党活動の自由への規律、規制は必要最小限度でなければならないというのが当然のことだと思います。
 政党に対する不満は、究極的には、国民の監視を通じて、つまり、選挙における投票行動を初めとして政党の命運を決する場面で国民が勇気ある行動で選択していくということでなければ決して解消され得ない。憲法の前文の冒頭にございますとおり、「国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、」というのもそういう意味としてあるということを原点に返って考えるべきだと私は思います。
 したがって、政党法なるものの制定、また憲法に対して明文の規定を設けること、私は、解せないと同時に、これに対しては反対です。
 終わります。
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中山太郎#11
○中山会長 これにて各会派一名ずつの発言は終わりました。
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中山太郎#12
○中山会長 次に、委員各位からの発言に入ります。
 一回の御発言は、五分以内におまとめいただくこととし、会長の指名に基づいて、所属会派及び氏名をあらかじめお述べいただいてからお願いいたします。
 御発言を希望される方は、お手元のネームプレートをお立てください。御発言が終わりましたら、戻していただくようお願いいたします。
 それでは、ただいまから御発言をお願いいたします。御発言を希望される方は、お手元のネームプレートをお立てください。
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森山眞弓#13
○森山(眞)委員 両院の議席を経験いたしました者の一人といたしまして、きょうのテーマに沿ったことを一言申し上げたいと思います。
 私は、参議院に十六年、それから衆議院に来てからももう六、七年になりますが、それぞれ経験いたしまして、もちろん、法律上両院ともに重要であり対等であるということは具体的によく承知しております。個人的な議員のそれぞれの特性によって特徴を発揮しながら国政に貢献してきたということもそのとおりでありまして、それについて特に違いがあるというふうには感じておりません。
 ただ、非常に問題なのは、選挙のやり方ということが重要ではないかと思うんです。
 両院を持つ以上は、それぞれの特性を発揮して、例えば、予算を衆議院で、決算を参議院で重点的にやるというようなやり方が最近は工夫されているようですから、それもそれで大変いいとは思うんですけれども、それぞれ両院せっかくある以上は、それぞれの議員が違ったバックグラウンドから代表して出てきて、国民のいろいろな層を代表して出てきて発言するということが重要なのではないかというふうに思います。
 そのために、ずっと前からの、憲法ができたときのやり方は、衆議院は、今よりは広いですけれども、より狭い地方の選挙区から、参議院は全国区と都道府県の単位の選挙区からということで、参議院の場合は各県代表のようなものもございました。
 ところが、これが、ある程度年数がたちましていろいろな問題があったものですから、政治改革と称しまして、十年ほど前に選挙制度を見直そうということになりまして、非常に大議論が行われました。これは、国会の中であったばかりではなくて、そのほかに選挙制度審議会でも非常に議論をされたわけでございますが、私が大変気になりますのは、そのときから言っていたんですけれども、選挙制度審議会でさえも、まず衆議院の選挙制度はどうあるべきかということを考えられ、そして、それが終わった後、これに対応して参議院はどうするべきかということをお考えになった。それは理論的にはそれでいいのかもわかりませんけれども、私といたしましては、その二つを別々に論じるというのがよくなかったのではないかと思います。
 まず、国会とはどうあるべきか、そして国会議員とはどういうものであるべきか、それを選ぶにはどうすればいいか、一院か二院か、二院だとするなら、それぞれどういう議院であるべきか、その人たちはどのような方法で選ばれるべきかということを、全体として、トータルに考えるべきではなかったのかというふうに思いますし、もしこれからそのような機会があるならば、ぜひとも全体として考えるべきだというふうに思っております。
 そうすることによって、今の、現在私たちが持っているような、衆議院の選挙のやり方と参議院の選挙のやり方が非常に似通ったものになってしまって、それぞれ選挙によって選ばれる人、比例代表によって選ばれる人というような形になってしまって、国民から見ると、規模の大小はあっても、やり方がほとんど同じだという結果になってしまっているというのが大変残念だと思います。
 そのようなことがないように、両院のそれぞれの特徴をはっきりさせるために、出身母体、選出母体が違うように、トータルとして国会はいかにあるべきかということを考えるべきだというふうに思います。
 ありがとうございました。
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古川元久#14
○古川(元)委員 民主党の古川元久でございます。
 私は、国会のあり方につきまして、私の考え方を何点かお話しさせていただきたいと思います。
 まず、国会につきまして、二院制がいいのかどうか、あり方でございますけれども、この点は、国と地方との関係をどう整理するかというところと密接に絡んでくる話じゃないか。逆に言いますと、国と地方との役割分担、将来的に道州制を導入するのか、どのような形で地方自治を発展させていくのか、そのことの整理がつかないと、最終的には、二院制の形として、あり方がどうあるべきかというところがなかなか結論が出ないのではないかというふうに思っております。
 私ども民主党が考えているような、将来の道州制を目指して、より地域の権限を強化する、地域主権の国づくりをしていくということであれば、当然、その地域主権の中でそれぞれの地域の意見や利害を調整する、そういう役割の機関というものが何らか国会の中に、国政の場に必要になってくるだろう、その中での二院制のあり方というものが議論されてくることになるのではないかと思います。そういう意味では、二院制のあり方そして中身について考える際には、常に国と地方との関係について整理をすることというものを同時に議論して、同時決着というものが必要じゃないか、そんなふうに考えます。
 そしてまた、もう一つは、この国会が、特に衆議院のことでありますけれども、国民の声を正確に反映するという意味では、やはり制度的にきちんと一票の格差を是正するようなことが担保できるようなそういう仕組みというものを組み込むべきではないかと思います。
 やはり、世論の声とそして国会の議席数とが今乖離している、その最大の理由は、私はこの定数格差にあるというふうに思っています。一票の格差をきちんと是正する。一対二以上の格差があるようなことは全くおかしいのでありまして、できるだけ一対一に近づくように、これは自動的にでも定数の是正が行われるような、そういう制度的な仕組みをきちんと導入することが、国会が民意を反映してそうした構成になっているという国民の信頼のベースにもつながるのではないかと思います。そういう意味で、一票の格差の是正をきちんと自動的にやれるような、そういう仕組みを考えていくことが必要じゃないかと思っております。
 そして第三に、もう一点申し上げたいのは、国会の役割でございます。
 国会は、今の憲法の中では唯一の立法機関ということでありますけれども、立法というところに重点が置かれているわけでありますけれども、私はもう少し、行政、あるいは私ども民主党が今の行政権、内閣に属している行政権の部分は執行権という言葉を使うべきだというふうに主張しておりますけれども、その執行権に対するチェック機能、監視機能という面の役割というものをより重視して、そこをきちんと条文上でも確認をすべきことではないのかなというふうに思っております。
 私どもは、内閣、首相のリーダーシップを強めていく、そういう形で、今これだけ物事が速く進んでいく、そして大きく変化していく中においては、執行権がリーダーシップをとった迅速な政策遂行というものをやっていかなきゃいけないというふうに思っておりますけれども、その中では、国会の役割というのは会社でいえば株主総会のような役割であって、株主総会の中で基本的な方向を決め、その方向の中で、執行、経営陣が経営をしていく。そういうような考え方に立てば、この国会の役割というのは、経営陣、執行権の行動をチェックしていく、そこにしっかりしたチェック機能が持てるような、そういう仕組みをつくることが必要だと思っています。
 現在でも国政調査権というものはあるわけでありますけれども、やはり、国会の中に行政監視院のようなものを設けて、しっかり執行権に対するチェック機能が行使できる、実質的にも担保できる、そのような点も明確にしていくことが、国会のあり方と同時に役割を見直す点で必要ではないかというふうに考えます。
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中川正春#15
○中川(正)委員 民主党の中川正春です。ありがとうございます。
 今のテーマの二院制と政党ということについて考えていくのに、基本的に、この国の形の方向性というか、それをどう見定めていくかということと密接に関係があるんだろうというふうに思うんです。
 そんな中で、私は、二つのテーマといいますかコンセンサスというのをとっていくべきであろうし、そういう方向性なんだろうというふうに思うんです。
 一つは、分権に対する流れ。連邦制までいくかどうかということはともかくとして、今の中央集権という形のままでは、私たちの国の運営というのは行き詰まりがある。そんな中で、分権という流れを確実につくっていくということ、これが一つ大きなコンセンサスとしてあるんだろうというふうに思うんです。
 それから、もう一つは、いわゆる二大政党でいくのか、それともヨーロッパの、大陸型の連立政権の組み合わせでいくのかということがあるんだろうと思うんですが、私は、二大政党の流れをしっかりつくるということが、この国の意思というのを外に対しても内に対してもしっかりつくっていける基本だろうというふうに思っていまして、その二大政党へのコンセンサスづくりということが私たち政治の場でのテーマなんだろうと思っています。
 その上に立って考えていくと、二院制の、特に参議院の役割というのは、これは今のままじゃだめだということだと思います。分権の流れに沿った、それぞれの地方自治体と、例えばドイツみたいに、首長が兼職をする、あるいは地方議員が兼職をしながら参議院に上がってくる、そんな中での枠組みの中で参議院というのを活用していく、いわゆる違った視点で活用していくというような、そういう大胆な切りかえと分権ということを前提にした院の組み方というか、そういうものが一つ必要なんだろうというふうに思います。
 それから、もう一つは、一院制にするかどうかということについては、私は、運用の仕方なんだろうと思うんですよ。例えば、マスコミやあるいは国民の関心がまだ熟していない時点でどんどんどんどん法律が通っていってしまう、あるいは拙速に、欠陥のある法律が通ってしまうということが実際にあるんだなということを国会に出てきて実感しています。それが、参議院に、いわゆる滞空時間が長くなっていくと同時に、国民世論の関心がそれで高まって、マスコミもそれに乗ってきて、ああ、これから本格的な議論ができるなというところで決裁をしてしまうといいますか議論が終わってしまうというふうな、そういう現実があるんじゃないかなと。
 そういうことから考えても、この滞空時間と、それから違った形での論点というのを詰めていく、この二院制のあり方というのはいいんだろうというふうに思うんです。
 それから、政党については、二大政党なんですが、この政党というのは、国民が政治に関与をしていく、あるいは参加をしていく媒体なんだろうというふうに考えております。そうなっていったときに、例えば二大政党で影の内閣をつくって、それを法的にちゃんと位置づけていく。今は野党が勝手につくっているというような感じなんですが、これはもう法的に位置づけていって、イギリスのように、それをちゃんとした形で、前提のものとして運用をしていく、こういうことが大事なんだろうというふうに思います。
 以上、時間が来てしまいましたので、まだ続きはあるんですが、そのようなところを表明させていただいて、私の意見とさせていただきたいと思います。
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船田元#16
○船田委員 自民党の船田でございます。
 議会のあり方、特に二院制の問題について議論が続いておりますが、私も、他の委員と同様でありますが、二院制、これはやはり存続すべきであるというふうに考えます。
 理由としては、やはり戦後、今日に至るまで、長年の定着した議会制度というものがあります。と同時に、やはり一院だけではその暴走がチェックできない、歯どめがきかないということもあり、やはり本来的なチェック機能を発揮させる、こういう意味での二院制は重要であると思っております。
 また、国民の多様な意見、非常にさまざまな意見が存在をしておりまして、これを幅広く酌み取るという意味でも二院制のメリットは大きいと思っております。
 また、衆議院、参議院の両院の適切な役割分担ということで、国会の持つ機能、役割、これがさらに拡大をする、そういう将来への可能性もある、このようなことから、二院制は私は存続をすべきであると思っております。
 ただ、現状では、やはり、参議院は衆議院のカーボンコピーであるとやゆされたときも過去にはございます。その後、両院において努力を続けているわけでありますが、まだまだ十分なる役割分担ということには至っていないと感じております。先ほど来話が出ておりますように、衆議院は予算審議中心、参議院は決算審議中心、できれば会計検査院などもこの参議院の決算機能の一部門として位置づける、このような改正は必要であろうと思っております。
 あるいは、これは同時で結構なんでありますが、衆議院と参議院の議員の選び方、選挙制度が非常に似通っている、このこともやはり大きな問題があると思っております。私は、衆議院というのは民意の集約、つまり総理大臣を選ぶ、あるいは政権を選ぶということに主眼を置いた選出方法、すなわち小選挙区制度に限定をする、そういうあり方、それに対して、参議院は民意の反映ということで、比例代表制度あるいは各県の代表あるいは将来導入されるかもしれない道州の代表、そういう状況で選ばれることが望ましい、このことによって、選出方法による違いが役割分担にもおのずから影響を与えるものと考えております。
 なお、参議院において国民代表として推薦をする、このような、選挙によらないで議員が選ばれるという方法も考えられなくはありませんが、私は、やはり直接選挙というものになれ親しんだ現在の状況からして、このことは余り導入を考えるべきではない、こう考えております。
 それから、政党ということにつきましてですが、確かに、二十一条、結社の自由という中で広くは読めることでございます。しかし、他の結社と同じ範疇でこの政党というものが扱われることには、私は疑義があります。やはり、民主主義、議会政治の根幹は現在の政党であり、また政党政治であります。したがって、結社の自由とは別にきちんと政党を憲法の中で規定をする必要があると思っています。
 ただし、その方法として、政党の役割、あるいは政党結成の自由とか、あるいは複数政党を認める、承認する、そのような大枠だけは書いて、そして、例えば政党としてやってはいけないこと、禁止事項、あるいは政党の要件、あるいは政党としての義務など詳細につきましては、これを憲法に書き込むことは大変煩瑣になると思っております。こういった問題については政党法などの法律事項にゆだねるべき問題である、基本的なことを政党としては書くべきである、このように考えております。
 以上でございます。
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葉梨康弘#17
○葉梨委員 発言の機会を与えていただきまして、ありがとうございました。
 大きく二点について申し上げたいと思います。第一点は二院制の意義ということ、第二点は現行憲法の欠点ということでございます。
 二院制の意義については、先般来、発言者からいろいろと御発言がありました。学説の紹介等もあったわけですが、私は、それに加えて、別の観点から一点、二院制を維持するメリットというのを申し上げたいと思います。これは議員立法との関連でございます。
 昨日採決が行われました発達障害者支援法、これは衆議院の委員長提案ですから、衆議院においては審議は行われておりません。参議院においてのみ行われています。これから議員立法がしっかりとやっていかなきゃいけないといったときに、衆法について衆議院だけが行うということではなく、衆法については参議院が審議をすることが大切。それから、委員長提案ですから、発言はあったんですけれども、審議という形では行われていない、あれはあくまで発言ですから。また、参法についてはやはり衆議院が審議を行うという形で、やはり議員立法というのがこれから重大になってくるのであれば、それぞれの院がそれぞれの見方から審議を行っていくということも必要かなということで一点申し上げたいと思います。
 ただ、今現在の衆議院、参議院のあり方について、現行憲法の決定的な欠点というのがあります。
 一つは、選び方についてでございます。
 憲法四十三条、四十四条、それから十四条という形で、参議院と衆議院の選び方について、国民との関係については現行憲法は差を設けておりません。したがって、参議院であろうと衆議院であろうと、やはり一票の重みということに重点を置いた選挙制度をとらざるを得ない。ですから、選挙区の大きさを多少違えたにしても、ある程度その一票の重みということを、まあ二分の一なのか三分の一なのか、考えていきますと、どうしても構成としては同じような構成になってこざるを得ないだろうと思います。
 道州制の議論もありますけれども、私は、道州制を絡めて議論するまでもなく、例えば、衆議院については一票の重みを絶対徹底するんだ、参議院についてはある程度一票の重みを外しても地方の意思を反映するんだというような形で切り分けた書き方をしていきませんと、どうしても院の構成というのが似通ってきてしまう、これが現行憲法の一つの欠点だと思います。
 もう一つの欠点は、内閣と国会との関係において、内閣から参議院に対して、チェック・アンド・バランスとありますけれども、抑制機能が全く現行憲法上書き込まれていないということです。
 予算関連法案について参議院が否決した場合に国政運営ができなくなるので、ここのところをどうしたらいいかという議論は今までも行われたことがありますけれども、予算関連法案が非常に技術的なものであったり、審議未了であってもそんなに影響がなかったり、あるいは参議院において多数を政権党がとっていたということで今まで問題にならなかったわけですが、大きく国論が二分するような状況になって、例えば、自衛隊について、自衛隊は自衛のために持つのか、あるいは自衛のためには自衛隊を持てない、国際貢献のためにしか持てないという、大きく国論が二分して、前の国論、つまり、今のような自衛隊の形の国論を参議院が反映し、そして、新たな解散・総選挙によって、自衛隊は自衛のためには持てない、戦力は国際貢献のためにしか持てないというような政権党が政権をとったとします。
 そして、自衛隊法を全部改正して国際平和協力法を出す、そして予算も組み替えるというような法案を出したときに、約五兆円から六兆円の予算になりますが、その予算を、予算は衆議院が成立させた、ところが、その執行のためには、自衛隊法が国際平和協力法に変わっていなければいけない。ところが、自衛隊法が自衛隊法のままで参議院がその全部改正を否決してしまった場合に、内閣としては参議院に対して何らの文句も言えないというような状況が起こります。
 衆議院と参議院との優越の関係だけではなくて、国会と内閣との関係において、例えば、こういった場合には、参議院の議決に対して、アメリカの大統領が持っているようなビートー、拒否権、これを持つとか、そういった形で、国会と参議院という形の抑制を考えていかなければ、これが現行憲法においては決定的に欠けている点でございます。
 ですから、その意味では、国会と内閣の関係ということでまた見直していくことが必要だというふうに考えております。
 以上です。
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辻惠#18
○辻委員 民主党・無所属クラブの辻惠でございます。
 本日のテーマは、結局のところ、民意をどのようにしっかりと反映させる制度がつくれるのかというところであろうと思います。この問題について、制度論ということと、そして同時に、きょう問われている、むしろ主体の側の、担っていく主体をどのようにつくっていくべきなのかという二点にわたって申し述べたいと思います。
 まず制度論の問題について申し上げますと、鈴木委員の側からも発言がありましたが、民意が国政に十分に反映していない根本的な問題としては、今の行政国家化現象ということがあって、立法の権能が十全に機能していない、このことをどう解決していくのかということだろうと思います。
 オンブズマン制度も重要でありましょうし、また、財政民主主義という立場に立ったときに、会計検査院が現行では内閣に報告をするという形になっておりますが、国会にむしろ報告義務を負うということが、立法の権能を強める観点からも重要なのではないかというふうに思います。
 二院制の問題につきましては、多様な意見を反映するという意味において、二院制のそれぞれについて工夫はさらに必要ではありましょうが、多様な意見を反映する制度としては非常に重要であり、存置すべきである。かつ、現在の日本の政治状況から考えたときに、一院制であれば非常に拙速的に法案が強行されてしまう、十分に国会の審議が熟していないにもかかわらず数の力で一方的に法案が強行されるということに対する歯どめになっている、そういう制度的な担保になっている。そういう機能も現在の二院制にはあるということからも、二院制はしっかりと存置すべきであろうというふうに思います。
 もう一点、このような民意を反映させるための議会がしっかりと機能していくためには、それを構成する議員、そしてその議員の集合体である政党が、国民の皆さんのいろんな疑念についてしっかりと道義的な立場で倫理観を持って対応していく、そのような議員、そしてその集合体である政党というのをつくっていかなければいけない、このように思います。
 一昨日、政倫審で私は橋本元首相に対して質疑を行いました。国会法の百二十四条の三で政倫審の設置が認められ、百二十四条の二で政治倫理綱領そして行為規範を各議員は遵守しなければならない。行為規範の一条には、いやしくも国民の信頼にもとるようなことについては、説明責任をはっきり果たさなければいけないということが規定されております。このことをしっかりとわきまえた、見識のある議員を生み出していかなければいけないというふうに思います。
 そういう意味において、その議員の集合体である政党は、憲法上そしてまた法律上規定するということではなくて、それ以前に、まずそういう道義なり倫理をはぐくんでいく、そのような議員をきっちりとはぐくんでいく、そして、それの集合体としての政党をやはりはぐくんでいく必要がある。そういう意味で、国民の側からのチェックが議員活動や政党活動に恒常的になされるようなシステムをやはり考えていくべきなのではないか。
 今の状況では、一度選挙で当選すれば、次の選挙までの間、国民からのチェックはなかなか及ばないというような状況になっております。これが、議員が政治倫理や道義にもとる行為を行っていてもそれでいいんだということを、ある意味では居直るような根拠にもなっているように思います。
 そういう意味で、リコール制。地方の首長に対するリコール制というのはあります。これは国会議員に対して軽々に制度を導入すると言うべきではないのかもしれませんが、リコール制の導入も含めて考えていくべきであろう。
 政党法をつくるとか、憲法上に政党を明記するということが何の意味があるのか。むしろ、議員、政党の側が道義、倫理をしっかりとわきまえる、そういう担う主体となることがまず先決ではないか、このように思います。
 以上です。
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中谷元#19
○中谷委員 自由民主党の中谷元でございます。
 二院制を維持するとしても、衆議院は、代議士と呼ばれておりますので、直接公選で選ばれる国民の代表機関として、その権限と責任を大きく持たせなければならない。特に言いたいのは、外交関係でございます。国会における外交をしっかり監督する、そして国民の声を外交に反映するという観点でいいますと、やはり外交処理に関する国民の代表機関のコントロール権、これを強化させなければなりません。
 例えば、大使の任命手続ですね。特に全権大使などは、国の命運を左右するわけでありまして、天皇から認証をされているわけでございます。現在どのような方法で選ばれているかといいますと、これは外務省のOBが多くて、形式的には官邸の承認のもとに決定されますが、いわば外務省の省内人事的な面があります。以前も、外務大臣の指示に従わずに総理から職を辞せられた人もいますが、この人は大使になったりしておりますけれども。こういった点、本当に、国民から見て、この人選においては国会がきちんと管理しなければならない。
 もう一点は、外務省のOBが大使になった場合に、本省に後輩がいるわけですね。そのことによって、本当に外交方針に大使が従っているのかなどなど、やはり国民を代表する適材適所の人物に大使についてもらいたい。例えば学者、民間人、国会議員のOB、経済人、非常に日本には人材が多いんですね。アメリカでもそういった人を国会が任命しているんですね。議会で適性とか能力を判定して承認して、やはり一つの外交方針に従って運営をされております。
 したがいまして、国会の機能充実という点におきまして、衆議院に大使任命の手続の同意を得なければならないものとするということをぜひ実現していただきたいと思います。
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大出彰#20
○大出委員 民主党・無所属クラブの大出彰でございます。
 一つは、政党というのは、ウォルター・バジョットでしたか、国民と国政とのかけ橋であるということで、大変重要なものだという思いもあり、政党というのを憲法に位置づけた方がいいのではないかなと常々思ってまいりました。
 ところが、先ほど土井議員の方から、政党を位置づけることには反対であるということでありまして、ああ、そういうふうに考えているのかなと思いまして、多分土井さんの場合には政党の自由というものをかなり重視してお考えなんだと思いまして、それをお聞きしながら、憲法で政党を規定すると、逆に先生おっしゃったようなことが起こるかもしれないし、規定されちゃうと、逆にその政党の中にいる議員もいわゆる党議拘束というのを外せないようなことになるのかなというような、逆の意味の内部の方の思いもちょっといたしました。
 そういう意味で、政党を憲法に位置づけるということ、もう一回精査をしなければいけないかなと実はこの場で思ったところでございます。
 ただ、政党を位置づけますと、ドイツのなんかもそうですが、政党の運営方法まで規定したり、あるいは資金の出どころだとか使い道までとか、あるいは財産的なものまで憲法で規定しているとなると、これは政治倫理的な意味ではかなりよくなるんではないかなと思ったりもしているんです。ですから、ちょっと課題だなという感じがいたしました。
 それが政党の自由と憲法に政党を規定するかという絡みの話なんですが、もう一つは、政党というものの後に二院制という問題がありますが、二院制については、二院が同じ結論を出すならば片方は不要である、そして二院目が、参議院なら参議院が衆議院と別の結論を出すならば有害である、そんなような法的格言がございまして、まさに、二院制がだめなんではないかというところは、そういう効率性の話から多分来ているんだろうと思います。
 ただ、私がそれを考えていたときに、党内でもこの政党の部分を何か書きなさいということでやったことがあるんですが、そのときに思い出したのは、政党なんだけれども、政党は議員の集まりでございますから、まず議員ということが重要なんだと思います。
 ちょっと例は違うんですが、昔、議会で、今は白札、青い札で投票しておりますけれども、エジソンが議会での投票の仕方を電気投票、ボタンを押せばいいではないかというのを提案したんですね。そうしたら、アメリカの議会人は相手にしなかったんですね。何でなのかというと、効率性が重要なんではなくて、議員活動の自由、つまり、牛歩まで踏まえるかどうかもありますけれども、ある程度の自由というものが必要なので、即決すればいいというものではないんだという意思があるから多分最初のエジソンのボタン方式というのが採用されなかったんだろう、これが原点かなと思っています。
 そんな中で、やはり一院にしてしまうと、先ほども話が出ていましたけれども、ちょっと危険なんではないかという、やはりそれがあるんですね。
 二院制のチェックを考えたときに、私の党は、先ほど古川さんからのお話にありましたけれども、連邦型にするかどうかまでまだ煮詰まっておりませんが、道州制ということなんですね。
 私は、道州というんだったら、州制でいいじゃないかと言っているわけです。というのは、うちの道州制の道が入っている部分というのは、いわゆる憲法を改正して全くの連邦型分権国家にするところまで考えていないからかもしれませんけれども、そうなったときに、州にすれば州の代表としてのかなり根拠があるものになりますから、二院制がどうしても必要であるし、するならば州制度にすべきではないかということ。そして、中身は、先ほど決算機能だけとかいろいろありましたが、それは選出母体も含めて検討していけばいいんだろう、そんなふうに思っているところでございます。
 時間が来ましたので、これで終わります。以上です。
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山口富男#21
○山口(富)委員 日本共産党の山口富男です。
 何点か発言したいと思うんですけれども、一つは、日本国憲法における両議院制が、主権者国民の多様な民意を国民の代表機関に反映するというところに基本があるということで、きょうの議論でも、いわばその制度設計に問題があるんではなくて、国会なり政党なり、運用の側に問題があるということが随分指摘されたと思うんです。調査会は五月二十七日に、これは統治機構の小委員会だったと思うんですが、只野雅人参考人からこの点について、参考人招致を行って、同様の意見が出たんですけれども、この点、非常に大事だと思います。
 きょう、二つの院を経験された森山委員から、それぞれの特性を踏まえながらも、やはりトータルに考える必要があるんじゃないかという提起があったんですが、私はやはり、両院制の運用のあり方を考える場合に、確かにトータルなものとしていろいろな問題を考えることは大事であるというふうに感じました。
 それから、民意を反映するという問題で、船田幹事の方から、選挙制度の問題、これは非常に大事なわけですけれども、衆議院については民意の集約で小選挙区制、それから、参議院の方は民意の反映ということで比例を基本にしてはどうかという意見がありました。私は、いみじくも船田幹事が指摘されたように、民意の集約というところに、小選挙区制のいわば本来憲法が求めているところの多様な民意の反映という問題と矛盾を来す問題がやはり生まれてきていると思うんですね。
 現実に、定数問題、一票の格差の問題等を含めて、投票行動をしたけれども、それが議席として国会に反映しないという制度上の難点があるわけですから、これを民意の集約、民意の反映ということで区分して考えるのではなくて、両議院制の憲法上の要請からいったら、民意の反映をどういうふうにするのかということで考える必要があるというふうに思いました。
 それからもう一点、ちょうど昨日行われた発達障害者支援法の話が出たんですけれども、これは、私も議連の副会長をやりまして、衆議院段階で、議連としても、それから各派の協議としてもかなりの修正を行って、内閣委員長提出案にし、そして野党側は、審議に三時間、発言というか関連審議ですね、内閣委員長提案にかかわる関連質疑ということで、政府の姿勢をただしたわけです。それを受けて、昨日、私も、衆議院の内閣委員長代理ということで参議院側に説明に伺ったんですが、これはやはり、二つの院を持ちながら、それぞれの院が法案についてどういうふうに審議を進めるのかということでいうと、私は、なかなかおもしろい仕組みになっていると思いました。
 ですから、議員立法の法案の扱い方の問題もあると思うんですけれども、引き続きよく、民意の反映が求められている点から、審議の内容も慎重審議が必要になるわけですから、どういうあり方が望ましいのかの検討が必要であるというふうに思いました。
 最後に、政党法の問題なんですけれども、これは冒頭の発言で申し上げましたように、日本の場合は憲法二十一条で、政党といえども出発点は私的な結社ですから、結社の自由としてその活動を保障し、そして政党としての自主的な活動を発展させることで政治への参画という公的な仕事をなし得るという、そこの憲法の定めが基本的に非常に大事であって、私は、今日、憲法上に新たな政党規定を設ける必要はないというふうに考えております。
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赤松正雄#22
○赤松(正)委員 公明党の赤松正雄でございます。ありがとうございます。
 きょうのテーマにつきましての公明党の物の考え方は先ほど佐藤委員からお話をしていただきましたので、私の方は、若干少数意見的な、ちょっと違う角度のお話をさせていただきます。
 私は、実は、参議院も含めての一院制を推進する議員連盟の一員に所属をいたしております。ただし、一院制を推進するといっても、その議員連盟はほとんど、会合は一回か二回やったぐらいで、今日まで余りそういう会合をやった記憶はないわけです。
 これは、実はエピソード的に申し上げますと、この会に入って、余りふだん私の活動に対して賛同や喜びというか、いいよと言ってくれないある支持者から、極めてそれはいいことをおまえはやっているという賛意の表明をいただきました。それは一にかかって、非常に広範囲な、別に調べたわけじゃありませんから特に信憑性どうこうではないんですけれども、今の私どもが所属しているこの国会に対する不満、一般的な普通の庶民、民衆、大衆の不満として、やはり、国会におけるさまざまな行為、とりわけ立法という部分について遅い、そして国会議員の数が多い、こういったことに対する漠然たる賛意が背景にあったんじゃないかということを私は勝手に推測いたしております。
 先ほど来、民意を反映するというふうなこと等についての御発言がいろいろありましたけれども、私は、衆議院議員に選出されて十一年がたちますけれども、この中で一つ大きな、私の今述べてきたことと関係することで、いわゆる国会議員自身の自己変革、政治家自身の自己改革という部分で極めて重要なかぎを握っているのは、やはり議員立法ということじゃないかと思います。
 先ほど、議員立法についての流れがこれから強くなっていくならば云々という話がありましたけれども、私はやはり、今の、国会は唯一の立法機関であるというふうに憲法に定められておりますけれども、その国会が唯一の立法機関ということについて、その構成する中身というのが、やはり、国民から選挙を通じて代表となった国会議員が果たして本格的にそういう立法行為に、一番基礎の部分で参画をしているのかということについて、我が身に対する反省を含めて、強く感ずるところはあります。
 つまり、果たしてこういう法律が必要なのかというふうな、極めて必然性のないような法律が、こういう言い方をすると反発を受けるかもしれませんけれども、各省庁から、あたかもノルマ制に基づくかのごとき、そんなに必要ないんじゃないのかなという感じを受けるような法律まで出てくるということが結構あるんではないか。そういうふうなことが一方にあって、もう一方で、議員立法の波、うねりというのは結構強いものが最近あって、いいわけですけれども、さらにその辺の波を強くしていかないと、議員による立法というものを多くつくっていかない限り、真実、根底の部分における民意の反映ということについての国民の賛同を得ることはできないんじゃないか、そういうふうなことを感じているということを申し上げたいと思います。
 以上です。
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柴山昌彦#23
○柴山委員 二院制の両院の権限について、参議院の権限に、現在形骸化している裁判官、最高裁判所判事の国民審査に代替する指名機能というものを付与してもいいんじゃないかというように思っております。
 それと、選挙制度に関連して、先ほど来、いろいろ意見が出ております。衆議院で小選挙区制を導入するとやはり問題ではないかというような御意見もありましたが、やはり私は、多数党をつくって政権を安定させるといった機能ですとか、政権交代を実現しやすくすることのメリットというものは否定できないというふうに思いますので、民意の集約という言葉で、小選挙区制を政権交代を重視するための選挙である衆議院選挙においては重視するべきではないかなというふうに思っております。
 ただ、これに関連して、参議院選挙をそれでは比例代表制を中心に考えるのかというところについては、逆に政党色を薄めた選挙とするべきではないかという反論があるところでございまして、これは私は、両方、ハイブリッドに考えて、結局、現在のような制度というものを当面は維持してよいのではないかと思っております。
 道州制の導入に絡みまして、現在の都道府県代表の部分を道州代表にするというプランも私は将来的には検討に値すると思いますが、その際、複選制という形で行うべきかどうかというところは、やはり、今なお定着している現在の直接選挙のメリットということで、少し慎重に考えた方がよいのではないかなというふうに思っておりますし、先ほど船田先生から御意見もあったとおり、推薦制についても慎重に考えるべきではないかなというように思っております。
 次に、衆議院の優越性についてですけれども、先ほど、衆議院、内閣に対して参議院が余りにも防衛的になってしまって不都合な事態が生じると、例えば予算等法律の乖離などの事案が出ましたが。これに対しては、アメリカの拒否権、それからヨーロッパでは上院についても解散権が認められておりますが、当面、先ほどちらっと佐藤先生から触れられたところでもあるんですけれども、衆議院の再議決、法律についての再議決の要件を現在の三分の二から緩めていく、過半数まで緩めるかどうかは議論の余地があるかと思うんですが、そういう方向で検討していくのも私は一つの手だてだと思います。
 ただ、その場合においては、現在任意的とされている両院協議会、法律の場合は衆議院、参議院の両院協議会は任意的とされているわけですけれども、これを必要的とすることによって、参議院が余りにも軽視されることを防ぐ工夫が必要なのではないかなと思っております。
 政党制についてですけれども、私も実は、これは現在の政党のあり方が国民的にいろいろ議論され、または問題が生じている中で、憲法的に組み込んでいってもいいのではないかなと。特に、資金のあり方についてドイツの憲法に倣ったような規定を置いてもよいのではないかなというように思っております。
 ただ、民主的秩序を侵害して国の存立を危うくすることを目指す政党は違憲とするというような、こういった闘う民主制についての規定は、ドイツは今小選挙区比例代表の併用制になっていて、少数党が比較的容易に議席を獲得できるシステムになっているというところも一つ背景にあるのではないかなというように思っておりますので、私は、ここの部分は日本の結社の自由、政党の自由というものには必ずしもなじまないのではないかなというように思っております。
 以上です。
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土井たか子#24
○土井委員 先ほど民主党の辻委員がおっしゃったところは、全く全面的に私も同意見です。政党法並びに政党に対しての明文の規定を憲法にというこの両方とも、ただいま特にそれが何だか火がついたように言われているという側面もあるものですから、きょうはその点だけについて、十分間の時間は申し上げさせていただくことになったんです。
 考えてみますと、民主主義的な政治の中で三権の中枢をなしているのは、やはり立法権だと私は思うんですね。法の支配というのも、立法権を行使する立場の議会がしっかりしていないと、実は、法の支配、ひいては立憲主義というのは確かなものになり得ないと私は思っています。
 内閣は、議院内閣制ですから、国会が生みの親であって、言ってみれば国会議員の中から内閣総理大臣が誕生する、それは国会によって選ばれる。そのことのためには、政党政治というのがしっかり動いていないと、内閣に対しての国民からの支持というのも失われていくという形になるわけですね。内閣に対して、国会が常に生みの親であるという立場からすると、憲法の四十一条が決めている国権の最高機関という意味というのも、国民が主権者であるという関係において、実にはっきり浮き彫りになる問題だと思うんです。
 しかし、唯一の立法権を持っている場所であり、しかも国の最高機関である国会が、最近は、それに対しての何の説明もなく、ましてやそれに対しての審議もなく、例えば自衛隊の多国籍軍参加の問題であるとか、それからさらに、期限切れになる、期限をさらに延長するかどうかの問題であるとか、すべて閣議で決定すればできるというふうな傾向が最近は非常に強く出ております。重要な条約をめぐる取り決めの中身についても、国会に対して、特に外務委員会の審議対象には持っていかないというふうなことも、外務省を中心に政府の姿勢としては最近は非常に具体的です。露骨になってきていますね。
 こういう内閣の独断専行と申しますか、ある意味ではこれは独裁的なやり方だと私は思うんだけれども、抑えがきいていないというのは、つまりは国会がなすべき権限に対してしっかり行使していないということだと思うんですね。事前に、あるいは時宜によっては事後に、条約に対しても審議しなきゃならないと言われるその条約の範囲が広いわけですから、これはやはり国会の意思というのがその中に生きていなきゃならない。
 だから、立法ということに対しての、唯一の立法機関だという自覚といいますか、それが常に議員の中になきゃならないんですが、政党を構成している議員が、まず基本的にその辺の自負心と責任感と問題に対しての理解をしっかり持っていないと、これはうまく作用しない、ひいては議院内閣制そのものもうまく作用しないという形になっていくというふうに私は最近ひしひしと思います。
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三原朝彦#25
○三原委員 自民党の三原でございます。
 私は、今の二院制の問題で私自身の考えをちょっと述べたいと思うんですけれども、二院制でいつも言われるのは、同じようなものが二つあったってしようがない、こういうことなんですね。しかし、二つあればその分だけ逆に慎重に同じことを二度議論することになるじゃないか、こういう議論もあるわけですが、私としては、今時代がどんどん分権化しているという現状を見ていくと、それを反映したような、例えば参議院をより反映したような形にすることも大いに結構なんじゃないかな。特にそれは、私はイメージとしてはアメリカの上院をイメージしているんですけれども、人口割りではなくて地域地域の代表であるという、小さな州でもでかい州でも代表する人は同じだという感じなのです。
 地方分権をするときに地方の人たちがいつも言うことは、格差が起こる、特に財政的な格差ですね、これが一番問題だという議論に集中するわけですけれども、それに対する意見を述べる意味でも、今申し上げましたように、都道府県が同じような重みで代表を出す。その反面、衆議院ではより厳密な形の、人口を反映するような選挙制度になればいいと思っております。
 もともと私は、我が国の小選挙区比例並立制が行われたときに、ドイツ型の併用制が本当は一番民意を反映するのじゃないか、そのかわり小党が分立する可能性は大いにある、あるけれども、それを一方で持ちながら、反面、参議院は新たな改革をということを言っておったんです。
 今の場合、並立制で我々いっていますが、それにしても、比例制を入れた分だけ民意が、併用制ほどではないにしても反映できるようになっているという、まあ折衷型みたいなものですね、そういう形になっておるわけでありますので、私は、二院制を存続することに賛成であるし、しかしながら、二院制でも、一方の参議院というものを、今のような形で、人口を、かなり乖離はしていますけれども、いつも裁判で訴えられるような形になっていますけれども、それにしても、人口を基礎にして参議院をやるというよりも、分権化された形の地域を主にして人を選ぶ、代表者を選ぶ、そういう形をやることによって、これから先の分権化にも大いに地域の、地方の考え方が反映されるんじゃないかな、そんな気持ちを持っております。
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山花郁夫#26
○山花委員 民主党・無所属クラブの山花郁夫でございます。
 二院制の話なんですけれども、比較的きょうは二院制、その形、形態は、思いはいろいろあるようですけれども、維持すべしという意見が多かったような気がいたしておりますが、実は、短期的な面と長期的な面で検討すべき話は違うのかな、こんなふうに思っております。
 今、三原委員が御指摘になったような話であるとすると、まさに現行の憲法四十三条を変えないとそういう議論にはならないのではないか。つまりは、あくまでも今の参議院の、特に選挙区の方が都道府県代表的な要素が強いですよねという議論というのは、公職選挙法の別表にそうなっているというだけの話で、憲法上どうかといえば、四十三条は全国民の代表だと書いてあるからこそ一票の格差が問題になるわけでありまして、目の前の課題としては、本当に、だから全国民の代表という形で考えなければいけないのかどうかということがあるんだと思います。
 かつて近代の自治制度が始まったころは、新潟県が日本で全国一位の人口規模を誇っていて、東京府は第七位にすぎなかったという時代があったようですけれども、これが都市化によって一気にこれだけ人口の偏差が出てきて、鳥取、島根でしたかと東京だと八倍ぐらいの差が出てきているということですから、きれいに人口割りでやろうとしたら、これは東京の参議院議員を物すごく多くするということでないと是正はできないわけです。
 つまり、現行の四十三条と十四条をあわせて読んだときには、やはり一票の格差というのは、それは問題になるし、都道府県代表的な要素もありますよねという御意見は、気持ちはわかりますが、法律の理屈からすると、それはあくまでも憲法の下位規範の公選法の別表でそう書いてあるからという世界ですよねというにすぎないことだと思います。ただ、この御時世ですから、余り議員を何倍もふやせというふうにはなかなかなりづらい中で、現行のままで調整しようとすると、例えば鳥取県と島根県を一つの選挙区にしたりとか、つまりは、ある程度規模を広げないとなかなか整合性がとれないぐらいの人口偏差になってきているわけです。
 先ほど、道州制ぐらいになったころには道州代表にしてもいいのかなという御議論をされている方もいらっしゃいましたけれども、逆に言うと、道州ぐらいのマスにしてその中から何人、要するに現在みたいに鳥取全県区で一人とかいう形じゃなくなるわけですから、そのときに、いや、全国民の代表でいいんだとすれば、割と一票の格差の話というのは技術的にはなくしやすいわけで、つまりは、道州制にするから、ではその形で二院制かどうかというのは、まさに四十三条の全国民の代表ということを、両院、つまり衆議院でも参議院でも全国民の代表でいくのかどうか、そこの点にかかわってくる議論ではないかと思います。
 つまり、短期的には、今の一票の格差の問題をこの四十三条との関係でどう考えるのかということと、長期的には、道州制に仮に移行していったとしても、なお四十三条との関係でどうするのか。今の形態でも、今の考え方でもいいというのも一つの考え方でしょうし、私は、むしろ道州のような形になったら道州代表という形でいいんだとは思いますけれども、その辺が目の前に突きつけられている、最高裁からも違憲状態ですよということは来ているわけですから、その話と長期的な話とは少し分けて考えたらいいのかな、このように思っております。
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枝野幸男#27
○枝野委員 民主党・無所属クラブの枝野でございます。
 私は、ちょっと違った観点から二点お話をしたいと思います。
 まず、二院制についてですが、これは現行憲法典のもとの憲法秩序の問題として考えるにしても、憲法典を書きかえるにしても、二院でそれぞれの役割を少し整理するということまではほぼ一致をできるんだろうと思いますが、現実的に、例えば憲法典を変えるにしても、参議院の三分の二の賛成も得なければ憲法典の改正の発議はできません。もちろん、法律ベースで衆参で少し役割分担をしようなどという、国会法を改正するにしても、参議院の過半数の賛成がなければできません。
 そのとき、特に衆議院の中における議論としてもっと考えなければいけないのは、衆議院の優位性ということはもちろんあるんですけれども、逆に、衆議院の立場として、参議院に何の権限を手放して、それは参議院優先でやっていただくのかということをむしろ衆議院の側がかなりしっかりと考えないと、両院で折り合って一致をした形で衆参の役割分担という話にはならないのではないか。そこのところの議論は若干欠けているのかなと。
 私は、二大政党制、二大政党的な構造で、小選挙区で政権交代が可能な仕組み、やりやすい仕組みにしたということは、特に、今のように選挙の時期がずれていると、衆議院の多数党と参議院の多数党がずれる、そのときに非常に複雑怪奇なことが政権交代のたびに起こりかねないという構造になっていますから、一般的な法律などについて衆議院の優位性を高めなければ、政権交代と参議院との構造というのはわけがわからなくなる、政治的な混乱が大変起こると思っておりますので、そこの優位性を高める一方で、例えば外交案件、先ほど中谷先生から御指摘あったような外交案件などについてはかなりの権限を逆に参議院優位にするとか、ここは参議院優位でもいいんじゃないか、あるいはそうすることが任期の長い参議院の適性に合っているのではないかという指摘を衆議院の方から出していくことが必要ではないかと思っております。
 それからもう一点、政権交代、二大政治勢力制、小選挙区制をとって、これは自民党の皆さんも含めて、皆さんからは今の民主党でとれるのかという指摘はあるかもしれませんが、政権交代が時々起こり得るという制度をあえて導入したという前提になったときに、私は、七条解散ということについてもう一回ちゃんと考えないと、お互いに政権交代のたび、あるいはいろいろなことがわけがわからなくなるのではないかなというふうに思っています。
 つまり、今の建前というのは、総選挙においてそれぞれの党が、マニフェストと呼ぶかどうかは別として、我々の政権はこういうことをやります、そして党首である総理候補を掲げて、二大政治勢力で一つの議席を争って、勝った側が政権をとる、こういう仕組みをとっているわけでありますが、そうした中で七条解散が起こるというのはどういうことなんだろうということ。逆に、それで選ばれた以上は、原則としてやはり四年間、その政権公約に基づいて、総選挙のときの党首が内閣総理大臣として国民の負託に基づいて仕事をする。四年後の総選挙において、その四年間の実績に基づき与党は評価をされ、野党は新たなマニフェストを掲げて、どっちがいいか政権選択を求める。
 これが今の選挙制度を前提とした場合の政権選択とそれに国民がどう関与するかというシステムだというふうに思いますが、それが、時々意味なく衆議院が解散をされるということでは、逆に、これで四年間やりますと総選挙のときに約束をしたこととの兼ね合いはどうなるんだろうか。もちろん、例外的に、政府がめちゃくちゃなことをやって、与党も一部離脱をして不信任が通るとか、そういう場合の手当ては必要かもしれません。
 そこのところを申し上げるのは、実は、衆参で役割分担をしてやっていくにしても、衆議院選挙の時期と参議院選挙の時期が別々でいいんだろうかと、私は個人的には思いがあります。まさに衆議院で総選挙で政権交代が起こったけれども、参議院は選挙はあと二年間ありませんとかという状況のときの政権運営はどうやったってめちゃくちゃな話になって、民意の集約で衆議院選挙で国民が政権を選択したはずなのに、参議院の多数派形成のために裏でいろいろな駆け引きが行われる。こういうことを避けるためにも、選挙は衆参同時、もちろん今の制度で二票ずつ四票だなんて国民に迫るのはむちゃくちゃだと思いますので、衆参一票ずつ同じ時期に投票する、そのためには七条解散ということは本当にいいのかということを考えた方がいいのではないかというふうに思っております。
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永岡洋治#28
○永岡委員 先ほど意見陳述をさせていただきましたが、補足して二点ほど申し上げたいと思います。
 先ほども申し上げましたように、二院制を維持するということについては私は賛成であります。しかし、維持する上で、二点ほどさらに注意をしておかなければならないことがあると考えております。
 一つは、歴史的経緯を考えてみても、この二院制というのは、身分制社会を残しているような国、あるいは州制、連邦制などをとっている国が、別の利益あるいは別の階層の意見を代表する制度としてとってきているというのが歴史的経緯であります。
 したがって、単一民族、単一国家としての日本にこの現行憲法をマッカーサーが示したときには、一院制の案を示したわけであります。それに対して日本は、二院制をどうしてもとらないと一院制の行き過ぎをチェックできないということで、二院制を求めて再考を促したわけでありますけれども、そのときの日本側の要求も、その二院目の議員の選び方については、間接選挙制にすべきであるとか職能代表制にすべきであるとか、あるいはその他の一部議員の任命制というようなことを提案したわけでありますけれども、結果的には全国比例となっているわけであります。
 実は、現行憲法を当時衆議院が可決したときの附帯決議の第三項にこういう文言が入っているわけであります。「参議院は衆議院と均しく国民を代表する選挙せられたる議員を以て組織すとの原則はこれを認むるも、これがために衆議院と重複する如き機関となり終ることは、その存在の意義を没却するものである。政府は須くこの点に留意し、参議院の構成については、努めて社会各部門各職域の智識経験ある者がその議員となるに容易なるよう考慮すべきである。」こうなっています。
 このことが現在実現されているのかどうか、これが選挙制度を参議院についてやはりこれから見直していかなければならない一つの大きな課題であると思います。カーボンコピーであるという議論が先ほども出ておりましたけれども、第二院がカーボンコピーであっては意味がないし、また、行き過ぎた権限を持てば有害であるということになろうかと思います。その点を一つ申し上げておきたいと思います。
 それから二点目は、現在の憲法の骨格は三権分立とはいっても、主たる部分は実は議院内閣制ということで国の運営を行っていくことになっているわけであります。議院内閣制の正当性の根拠というのは、衆議院議員が国民から選ばれてきて、その衆議院において内閣総理大臣が選ばれる、その内閣総理大臣が国務大臣あるいは大臣を任命する、その中で国が運営をされる。つまり、議院内閣制が最も国民から直結した制度として運営をされなければならない。衆議院の役割は非常に大きいわけであります。
 そうなってまいりますと、実は最近の傾向を見ると、その趣旨からいえば、総選挙の結果いかんによって政権交代が行われるのが通常であるはずであります。しかし、現在、政権交代が行われるというのは、参議院選挙の結果によって政権交代が起こるというようなことが間々起こるわけでありまして、これは与党側として言いにくい面もあるわけでありますけれども、こういう制度のあり方を抑制し、運営を変えていくために、つまり、国論が二分をしたような場合に内閣は総辞職をするか国会を解散しなければならないわけでありますが、そのときに世論を、国論を問うても、参議院は六年間という安定した任期で、六年前のまま、あるいは三年前のまま、そのまま構成が残るということでは民意を問うたことに果たしてなるのかどうか、このところが第二番目の大きな問題であると思います。
 したがって、先ほどの意見でも述べましたように、参議院の機能あるいは役割の運営の仕方について、やや抑制的な要素というものを考えていかなければならないのではないか。先ほど柴山委員からもありましたけれども、法律案の再審議につきまして、現在の三分の二という要件がかなりきつい面もあるのではないか、かように考える次第でございます。
 以上でございます。ありがとうございました。
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渡海紀三朗#29
○渡海委員 ずっと議論を聞かせていただいておりまして、ほとんどの皆さんが二院制を前提にお話をされている、そんな感じがいたしておりますが、やはり私も、議院内閣制をとっているというふうな今の現状を考えますと、チェック・アンド・バランスとかそういった面でこの二院制をまだ維持していく必要があるのではないかな、そんなふうに考えております。
 ただ、多くの委員が述べられましたように、その場合に、衆議院と参議院の関係というものを、機能の面から、これが一点、それから二点目は、これも多くの委員が述べられましたように、選挙制度等の面から、選ばれ方の面から考えていかなければいけないのだろうというふうに思っております。
 また実際、今、山花委員はいらっしゃいませんが、先ほど三原委員の意見に対して四十三条の問題を提起されたわけでありますが、ここは憲法調査会でありますから、こういった制度を目指すべきであろうという議論がなされて、その結果、そのためにはこの四十三条というのが問題になってきますね、そういった整理をしていけばいいのではないか。これは余分なことでございますが、審議の仕方としてはそういったことが望まれるというふうに考えております。
 さて、この……ヤジ四十四条。四十四条だそうでございますが。
 これは、葉梨委員も実は意見の中で整理をされたことでございますが、制度を考えていく、また現状を分析していく上で、今の憲法との関係で問題点が浮き彫りになるものだというふうに思います。
 これはすべての委員がほとんど同意をいただけると思うんですが、一院制と二院制の違いというのは、一言で言えば、一院制は、やはり意思決定が速く、政治にスピード感が出てくるということであろうと思いますし、二院制は、やはりチェック機能というものをしっかりと果たしていくということであろうというふうに思います。
 そういった中で、今度は選挙制度を考えてみますと、小選挙区制というのは、これも言わずもがなでございまして、民意を集約していく。そういった意味では、選挙制度としては、本来、政権交代が起こる、起こりやすいという制度であるわけでありますし、これと対極的にあります比例代表制というのは、多くの民意を集約できるといいますか、少数意見をくみ上げることができる、こういった制度であります。
 今の衆議院の選挙というのは選挙制度の改正のときに随分議論されたわけでありますけれども、その二つをバランスよく組み合わせて、衆議院だけでもそうしよう、そんな議論も当時はありました。完全小選挙区という意見もあったわけでありますけれども、しかし、それでは少数意見が無視されてしまうではないか、死に票がたくさん出るんじゃないか、こんな議論も随分させていただいたわけであります。そういったことを考えた上で最終的な形というものを考えていかなきゃいけないだろうと思っております。
 私はやはり、目指すべき方向というものをしっかりと、さらに議論を深めて、最終的な取りまとめを通常国会でやるということであれば、そういった機会もあろうと思いますから、またその機会で細かい議論をさせていただきたいと思いますけれども、今後のあり方として、こういった形がいいのではないか、多くの意見がきょう述べられたわけでありますけれども、日本の政治形態として、また日本の民主主義の形として、こういう形がいいのではないかなという議論がさらに次の通常国会で展開されるということを期待を申し上げたいと思いますし、そういった途中段階で現行の問題をどう処理していくかといったようなことも、さらに意見を集約、集約というか、議論をしていただいたらいいのではないかなというふうに思っております。
 そういった議論の進め方を今後やっていただきたい。またその中で個々の意見については申し上げたいと思いますが、今回はそのことを申し上げさせていただきたいというふうに思っております。
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