決算委員会
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会
会議録情報#0
昭和三十年六月二十七日(月曜日)
午前十時四十一分開会
―――――――――――――
委員の異動
本日委員秋山俊一郎君及び泉山三六君
辞任につき、その補欠として西川彌平
治君及び小沢久太郎君を議長において
指名した。
―――――――――――――
出席者は左の通り。
委員長 山田 節男君
理事
青柳 秀夫君
谷口弥三郎君
野本 品吉君
岡 三郎君
中川 幸平君
委員
石井 桂君
小沢久太郎君
大谷 瑩潤君
鹿島守之助君
木内 四郎君
白井 勇君
白波瀬米吉君
長島 銀藏君
宮田 重文君
飯島連次郎君
奥 むめお君
島村 軍次君
三浦 辰雄君
久保 等君
近藤 信一君
小林 亦治君
木島 虎藏君
白川 一雄君
市川 房枝君
政府委員
農林大臣官房長 安田善一郎君
農林大臣官房会
計課長 武田 誠三君
農林省農地局長 渡部 伍良君
運輸大臣官房長 山内 公猷君
運輸大臣官房会
計課長 梶本 保邦君
運輸省港湾局長 黒田 静夫君
建設大臣官房長 石破 二朗君
建設大臣官房会
計課長 齋藤 常勝君
建設省河川局長 米田 正文君
事務局側
常任委員会専門
員 池田 修蔵君
説明員
会計検査院事務
総局検査第三局
長 小峰 保栄君
参考人
徳島県鳴門市長 近藤 尚之君
徳島県農務部長 玉置 康雄君
大分県玖珠郡玖
珠町長 吉岡好太夫君
大分県農地部長 波多野 俊君
秋田県山本部響
村長 成田 龍三君
秋田県土木部管
理課課長補佐 藤肥 正三君
熊本県阿蘇郡長
陽村長 村上 恵君
熊本県阿蘇郡白
水村長 長尾 秋雄君
熊本県土木部長 佐分利三雄君
熊本県農地部長 宮内 義彦君
山口県大津郡油
谷町長 岡崎 澗雄君
山口県土木建設
部長 近藤 勇君
島根県簸川郡岐
久村長 伊藤 敏夫君
島根県土木部長 有馬 博雄君
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
○昭和二十八年度一般会計歳入歳出決
算(内閣提出)
○昭和二十八年度特別会計歳入歳出決
算(内閣提出)
○昭和二十八年度政府関係機関決算報
告書(内閣提出)
(昭和二十八年度決算中公共事業に
対する国庫補助金、国庫負担金の経
理に関する件)
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この発言だけを見る →午前十時四十一分開会
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委員の異動
本日委員秋山俊一郎君及び泉山三六君
辞任につき、その補欠として西川彌平
治君及び小沢久太郎君を議長において
指名した。
―――――――――――――
出席者は左の通り。
委員長 山田 節男君
理事
青柳 秀夫君
谷口弥三郎君
野本 品吉君
岡 三郎君
中川 幸平君
委員
石井 桂君
小沢久太郎君
大谷 瑩潤君
鹿島守之助君
木内 四郎君
白井 勇君
白波瀬米吉君
長島 銀藏君
宮田 重文君
飯島連次郎君
奥 むめお君
島村 軍次君
三浦 辰雄君
久保 等君
近藤 信一君
小林 亦治君
木島 虎藏君
白川 一雄君
市川 房枝君
政府委員
農林大臣官房長 安田善一郎君
農林大臣官房会
計課長 武田 誠三君
農林省農地局長 渡部 伍良君
運輸大臣官房長 山内 公猷君
運輸大臣官房会
計課長 梶本 保邦君
運輸省港湾局長 黒田 静夫君
建設大臣官房長 石破 二朗君
建設大臣官房会
計課長 齋藤 常勝君
建設省河川局長 米田 正文君
事務局側
常任委員会専門
員 池田 修蔵君
説明員
会計検査院事務
総局検査第三局
長 小峰 保栄君
参考人
徳島県鳴門市長 近藤 尚之君
徳島県農務部長 玉置 康雄君
大分県玖珠郡玖
珠町長 吉岡好太夫君
大分県農地部長 波多野 俊君
秋田県山本部響
村長 成田 龍三君
秋田県土木部管
理課課長補佐 藤肥 正三君
熊本県阿蘇郡長
陽村長 村上 恵君
熊本県阿蘇郡白
水村長 長尾 秋雄君
熊本県土木部長 佐分利三雄君
熊本県農地部長 宮内 義彦君
山口県大津郡油
谷町長 岡崎 澗雄君
山口県土木建設
部長 近藤 勇君
島根県簸川郡岐
久村長 伊藤 敏夫君
島根県土木部長 有馬 博雄君
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
○昭和二十八年度一般会計歳入歳出決
算(内閣提出)
○昭和二十八年度特別会計歳入歳出決
算(内閣提出)
○昭和二十八年度政府関係機関決算報
告書(内閣提出)
(昭和二十八年度決算中公共事業に
対する国庫補助金、国庫負担金の経
理に関する件)
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山
山田節男#1
○委員長(山田節男君) ただいまから第二十一回決算委員会を開会いたします。
昭和二十八年度一般会計歳入歳出決算、昭和二十八年度特別会計歳入歳出決算、同じく昭和二十八年度政府関係機関決算報告書を議題といたします。本日は公報にも記載してありますように、公共事業に対する国庫補助金、国庫負担金の経理に関し、参考人から意見を聴取することになっております。まず、参考人としてお呼びした皆さんに対して、委員長から本委員会にかわりましてごあいさつ申し上げたいと存じます。
時節柄非常に御多端な折柄にかかわらず、しかも遠路大へん御迷惑とは存じましたけれども、本委員会の招待に快く応じて今日御出席下さったことに対しまして、深く感謝いたす次第であります。すでに御案内申し上げた中に記載してあったので御承知願っておることと存じますが、本委員会は目下昭和二十八年度の一般会計歳入歳出決算を会計検査院の報告書に基いて審議いたしております。その過程におきまして、本委員会でいろいろな問題について論議されたのでありますが、ことにこの補助金、国庫負担金を含んでのその他たくさんな補助金が国庫から出ておるわけです。これに関する批難事項が相当会計検査院から指摘されておりましたので、われわれは慎重審議の結果、何とかこの補助金の交付ということにつきまして、求められる市町村に対してもできるだけ公平かつ有効に、もとより国民の血税を充てる問題でありますだけに、本決算委員会としましては慎重審議する必要もございますので、本日参考人の方々をお呼びいたした次第であります。もとより本決算委員会は検察当局ではないのであります。国民の代表として国民に決算の結果について政治的責任を追究し、また不当不正の事項を是正するというのが本委員会に課せられた任務であります。かような建前からお呼びした参考人の諸君から、忌憚のない率直な御意見を承わって、今後の補助金の行政に対する厳正かつ公平な運用を政府に注意せんがために今回のような企てをいたすようなことになったわけであります。参考人の方々におかれましても、そういう点を十分御了承下さいまして、各委員にその実態について、真実について一つ公述下さいまして、本委員会のこの企てに対し、御助力たまわらんことをひとえにお願い申し上げる次第であります。
本日参考人として出席される方々は、農林省関係では批難事項千三百九十七号関係の徳島県鳴門市長近藤尚之君、同じく徳島県農務部長玉置康雄君、批難事項第千五百六十九号、大分県玖珠郡玖珠町町長吉岡好太夫君、大分県農地部長波多野俊君、午前の部がこの二件に関してであります。農林省からは安田官房長、武田会計課長、渡部農地局長、櫻井建設部長、大塚災害復旧課長、会計検査院からは小峰検査第、三局長が出席しております。
先ず徳島県の部から始めまするが、その前に池田専門員からこの批難事項に対する概略を説明いたさせます。
それから大分県の吉岡町長と波多町部長は本事案の徳島県の部が終了するまで別室でお待ち願いたいと思います。御退席願います。
それでは池田専門員。
この発言だけを見る →昭和二十八年度一般会計歳入歳出決算、昭和二十八年度特別会計歳入歳出決算、同じく昭和二十八年度政府関係機関決算報告書を議題といたします。本日は公報にも記載してありますように、公共事業に対する国庫補助金、国庫負担金の経理に関し、参考人から意見を聴取することになっております。まず、参考人としてお呼びした皆さんに対して、委員長から本委員会にかわりましてごあいさつ申し上げたいと存じます。
時節柄非常に御多端な折柄にかかわらず、しかも遠路大へん御迷惑とは存じましたけれども、本委員会の招待に快く応じて今日御出席下さったことに対しまして、深く感謝いたす次第であります。すでに御案内申し上げた中に記載してあったので御承知願っておることと存じますが、本委員会は目下昭和二十八年度の一般会計歳入歳出決算を会計検査院の報告書に基いて審議いたしております。その過程におきまして、本委員会でいろいろな問題について論議されたのでありますが、ことにこの補助金、国庫負担金を含んでのその他たくさんな補助金が国庫から出ておるわけです。これに関する批難事項が相当会計検査院から指摘されておりましたので、われわれは慎重審議の結果、何とかこの補助金の交付ということにつきまして、求められる市町村に対してもできるだけ公平かつ有効に、もとより国民の血税を充てる問題でありますだけに、本決算委員会としましては慎重審議する必要もございますので、本日参考人の方々をお呼びいたした次第であります。もとより本決算委員会は検察当局ではないのであります。国民の代表として国民に決算の結果について政治的責任を追究し、また不当不正の事項を是正するというのが本委員会に課せられた任務であります。かような建前からお呼びした参考人の諸君から、忌憚のない率直な御意見を承わって、今後の補助金の行政に対する厳正かつ公平な運用を政府に注意せんがために今回のような企てをいたすようなことになったわけであります。参考人の方々におかれましても、そういう点を十分御了承下さいまして、各委員にその実態について、真実について一つ公述下さいまして、本委員会のこの企てに対し、御助力たまわらんことをひとえにお願い申し上げる次第であります。
本日参考人として出席される方々は、農林省関係では批難事項千三百九十七号関係の徳島県鳴門市長近藤尚之君、同じく徳島県農務部長玉置康雄君、批難事項第千五百六十九号、大分県玖珠郡玖珠町町長吉岡好太夫君、大分県農地部長波多野俊君、午前の部がこの二件に関してであります。農林省からは安田官房長、武田会計課長、渡部農地局長、櫻井建設部長、大塚災害復旧課長、会計検査院からは小峰検査第、三局長が出席しております。
先ず徳島県の部から始めまするが、その前に池田専門員からこの批難事項に対する概略を説明いたさせます。
それから大分県の吉岡町長と波多町部長は本事案の徳島県の部が終了するまで別室でお待ち願いたいと思います。御退席願います。
それでは池田専門員。
池
池田修蔵#2
○専門員(池田修蔵君) それではちょっとお許しを得まして、徳川県大津村の工事の御説明をいたします。本件は検査報告には詳細な記半がございませんので、別途資料を差し上げておきましたが、徳島県板野郡の大津村におきまして、二十四年の災害に対する復旧工事として、設計によりますと、水路延長五百七十二メートルの粗朶柵工及び樋門一カ所、橋梁三カ所、百十万円で復旧するとしておりますが、実際はこの水路の粗朶柵工は全く施行せられておりませんで、また付帯工事となった樋門、橋梁等のコンクリートの用材、砂、砂利等はそれぞれ立米当り六百七十六円、七百七十六円を要したとなっておりますが、実際はそれぞれ五百円あるいは七百円で足りた等でございまして、工事費は結局三十九万九千円で足りたものである、これは百十万円に対する補助金の七十一万五千円をずっと下回った工事費で済んだという案件でございます。
この発言だけを見る →山
山田節男#3
○委員長(山田節男君) では参考人からの説明を聞くわけでありますが、時間の関係がございますので、約十分間程度で参考人側の御意見を承わりたいと存じますが、徳島県の鳴門市長並びに徳島県の玉置農務部長からの御説明を願いたいと思います。まず近藤鳴門市長。
この発言だけを見る →近
近藤尚之#4
○参考人(近藤尚之君) 申し上げますが、私この春の選挙に新たに拡大せられました鳴門市の市長に就任いたしました関係上、そのときの事情は承わっておりますけれども、十分つまびらかにいたしておりませんので、徳島県の農務部長さんから御説明を先にお願いしたいと思うのですが、委員長さんいかがでございましょうか。
この発言だけを見る →山
玉
玉置康雄#6
○参考人(玉置康雄君) 徳島県の農務部長玉置でございます。
本件の旧大津村、現在は鳴門市でございますが、その排水路の工事につきまして、かよりに参議院の決算委員会においてまで問題になりましたことを深く恐縮に存ずるわけでございます。この問題がいろいろの小違いによりまして、かようなことになりましたことをまず最初にお詫び申し上げるのでありますが、それと同時に、これはいろいろな事情で、またいろいろな手違いからかようになりましたのでありまして、何も国家の補助金をだまし取ろうというような悪意によってできたものでないということを御了解願いたいのであります。
事情から御説明申し上げます。これが問題の旧大津村の地区でございまして、問題の水路は、これからこう行っております排水路なんであります。問題の地区はこれでありまして、それからこれは問題ではございません、別の水路でありますが、こう行きまして、ここで大代川という川に入っておるわけであります。これが二十四年のデラ台風によって被害を受けまして、先ほど池田専門員の方から御説明がありました通りに、これからこれまでが五百七十二メートル、あと橋梁が、三カ所と、せきとめ樋門と樋門が一カ所ずつあったわけでございます。これがデラ台風によって流されまして、災害復旧をすることになったわけでございますが、その実際の補助金がつきましたのは、二十八年度で初めてついたわけでございます。そういたしまして、その橋梁と樋門とは補助金のつく前、二十六年度にやってしまったわけでございます。そこで、どうしてこの堤を上げる方の工事、これができなかったかということが一番問題になるわけでございます。その際ちょっとお断わりしておきたいのは、この堤を設計通り上げる工事はやっておりませんけれども、めいめいこのたんぼの所有者が、流れなくなっておりますから、その底をかき上げまして、その堤の所に土を置く、その程度のことは実際やってしまったわけでございます。何分二十四年度の災害で二十八年度まで補助金がついておりませんから、少しずつ泥を上げるくらいのことはやってしまったわけでございますか、ほんとうの設計書通りのことをやらなかったわけであります。
それをなぜやらなかったかということを今から御説明いたしたいのでありますが、ここにかような道路がございまして、この道路が境目になって、こちらが大幸地区でございます。こちらが段関という地区でございます。そこで、こちらが山になっておりまして、この山から流れてくる水が、昔は全部こちら側に入りまして、この南側に大谷川という川がありまして、そこに入っておったのであります。ところが、この問題が起りましたころから、大体終戦後でございますが、一つの原因は非常に雨が多くなったということだと思うのであります。もう一つの原因は、やはり、山が荒れたせいだと思うのでありますが、非常にここに落ちてくる水量が増して参りまして、昔はあまり越えなかった道路を越えまして、こっちの水があふれてくるのであります。そして、あふれて参りますために、昔はこの辺でせきとめておったのでありますが、この地区にまで水がたくさん入ってくるわけであります。この地区よりはこの地区の方が少し低いのであります。そこで、ここに高い堤を築きますと、この地区の人はこっちから水が流れて参りまして、しかも、水が引く際には、ここに堤がありますと、この排水路の中にうまく入らないということになるわけでございまして、一番問題になるのは、この地区のたんぼの所有者なんであります。ここの人たちが非常に反対いたしまして、実際の工事がなかなかできなかったわけであります。そんならこの道路を少し上げまして、こっちの水がこっちに入らないようにすればいいじゃないかということになるわけであります。そういたしますと、今度はこっちの人が反対するわけでございまして、大幸地区の人は常にどこかに水が流れなくちゃ困るのでありますから、この道路のかさ上げをすることには絶対反対であります。そして、旧大津村の村長がこちらの地区とこちらの地区の間に挾まりまして非常に弱りまして、ついに工事はできないままになってしまったわけでございます。そこで二十八年度に補助金がつきましたけれども、二十八年度の末、二十九年、三月三十一日までには、先ほど申し上げました橋や樋門の工事は済んでおりますけれども、その堤を上げることば水争いの関係からついに実施できなかったのであります。そこでその際に、実は県の方でも。あっさり補助金をお返しすればよかったのでありますけれども、当時村長といたしましては、何とかしてこの工事をしたいということを申しておりましたために、ここのところは県も悪いのでありますが、一応この工事をできたことにいたしまして、その補助金を支出いたしまして、そしてその金を県で雑部金という制度があるのでありますが、出納長のところで雑部金として保管したわけでございます。そこてこの金は、現在まで地元には一銭も行っておりませんで、全部出納長のところで実は保管しているのであります。この雑部金という制度は、非常に変な制度でありますが、県ではときどきこういうことを実はしておるのでありまして、年度末までにどうしても工事ができないという場合に、あとわずかでできるという場合には、本来ならばそれは補助金返還とかあるいは繰り越しというわけでございますが、急にこの問題で県議会をお願いして繰り越しをやるというわけにも参りませんので、しばらくして工事が終るという場合には、こういう便法を使っておるわけであります。この工事につきましても、もし村長がほんとうにやろうと思えばすぐやれる工事でありますから、日数はそうかからない工事でありますから、一応雑部金に入れたわけでございます。しかしながら、その後もやはり両地区の水争いは解決いたしませんので、村長の方でもついに工事をやらなかったわけでございます。そのうちに二十九年の八月、会計検査院の方から検査に見えまして、それは県の方でも包み隠しはいたしません。橋と樋門だけやりまして、堤のかま上げはやってないということははっきり言っておるのでありますが、検査官もれをその通り報告されまして、先ほど池田専門員の方からお話しありました通りに、結局、三十九万九千円だけお認め願いまして、一番肝心の水路の七十万一千円はお認め願えない、むろんやっていないのでありますから当りまえでありますが、お認め願えないということになったわけであります。そういたしまして、この工事をやっておりません七十万一千円に当る補助金四十五万五千六百五十円でありますが、これにつきましては、今年の四月二十日付で岡山の農地事務局から返納の指令が参りまして、先ほども申し上げました通り、この金は地元には渡っておりませんけれども、県でまだ保管しておるのでありますから、すぐにお返しするようにできるわけであります。またお返しするつもりでおるわけでございます。
大体時間十分ということでございますので、至って簡単でございまして、おわかりにくい点もあったかと思いますが、大体以上のような事情で、根本は両地区の水争いで工事ができなかったわけでありまして、最初お断わりした通り、補助金をだまし取ろうというような意思でやったわけではございませんので、何とぞ御了承願いたいと思うのであります。
この発言だけを見る →本件の旧大津村、現在は鳴門市でございますが、その排水路の工事につきまして、かよりに参議院の決算委員会においてまで問題になりましたことを深く恐縮に存ずるわけでございます。この問題がいろいろの小違いによりまして、かようなことになりましたことをまず最初にお詫び申し上げるのでありますが、それと同時に、これはいろいろな事情で、またいろいろな手違いからかようになりましたのでありまして、何も国家の補助金をだまし取ろうというような悪意によってできたものでないということを御了解願いたいのであります。
事情から御説明申し上げます。これが問題の旧大津村の地区でございまして、問題の水路は、これからこう行っております排水路なんであります。問題の地区はこれでありまして、それからこれは問題ではございません、別の水路でありますが、こう行きまして、ここで大代川という川に入っておるわけであります。これが二十四年のデラ台風によって被害を受けまして、先ほど池田専門員の方から御説明がありました通りに、これからこれまでが五百七十二メートル、あと橋梁が、三カ所と、せきとめ樋門と樋門が一カ所ずつあったわけでございます。これがデラ台風によって流されまして、災害復旧をすることになったわけでございますが、その実際の補助金がつきましたのは、二十八年度で初めてついたわけでございます。そういたしまして、その橋梁と樋門とは補助金のつく前、二十六年度にやってしまったわけでございます。そこで、どうしてこの堤を上げる方の工事、これができなかったかということが一番問題になるわけでございます。その際ちょっとお断わりしておきたいのは、この堤を設計通り上げる工事はやっておりませんけれども、めいめいこのたんぼの所有者が、流れなくなっておりますから、その底をかき上げまして、その堤の所に土を置く、その程度のことは実際やってしまったわけでございます。何分二十四年度の災害で二十八年度まで補助金がついておりませんから、少しずつ泥を上げるくらいのことはやってしまったわけでございますか、ほんとうの設計書通りのことをやらなかったわけであります。
それをなぜやらなかったかということを今から御説明いたしたいのでありますが、ここにかような道路がございまして、この道路が境目になって、こちらが大幸地区でございます。こちらが段関という地区でございます。そこで、こちらが山になっておりまして、この山から流れてくる水が、昔は全部こちら側に入りまして、この南側に大谷川という川がありまして、そこに入っておったのであります。ところが、この問題が起りましたころから、大体終戦後でございますが、一つの原因は非常に雨が多くなったということだと思うのであります。もう一つの原因は、やはり、山が荒れたせいだと思うのでありますが、非常にここに落ちてくる水量が増して参りまして、昔はあまり越えなかった道路を越えまして、こっちの水があふれてくるのであります。そして、あふれて参りますために、昔はこの辺でせきとめておったのでありますが、この地区にまで水がたくさん入ってくるわけであります。この地区よりはこの地区の方が少し低いのであります。そこで、ここに高い堤を築きますと、この地区の人はこっちから水が流れて参りまして、しかも、水が引く際には、ここに堤がありますと、この排水路の中にうまく入らないということになるわけでございまして、一番問題になるのは、この地区のたんぼの所有者なんであります。ここの人たちが非常に反対いたしまして、実際の工事がなかなかできなかったわけであります。そんならこの道路を少し上げまして、こっちの水がこっちに入らないようにすればいいじゃないかということになるわけであります。そういたしますと、今度はこっちの人が反対するわけでございまして、大幸地区の人は常にどこかに水が流れなくちゃ困るのでありますから、この道路のかさ上げをすることには絶対反対であります。そして、旧大津村の村長がこちらの地区とこちらの地区の間に挾まりまして非常に弱りまして、ついに工事はできないままになってしまったわけでございます。そこで二十八年度に補助金がつきましたけれども、二十八年度の末、二十九年、三月三十一日までには、先ほど申し上げました橋や樋門の工事は済んでおりますけれども、その堤を上げることば水争いの関係からついに実施できなかったのであります。そこでその際に、実は県の方でも。あっさり補助金をお返しすればよかったのでありますけれども、当時村長といたしましては、何とかしてこの工事をしたいということを申しておりましたために、ここのところは県も悪いのでありますが、一応この工事をできたことにいたしまして、その補助金を支出いたしまして、そしてその金を県で雑部金という制度があるのでありますが、出納長のところで雑部金として保管したわけでございます。そこてこの金は、現在まで地元には一銭も行っておりませんで、全部出納長のところで実は保管しているのであります。この雑部金という制度は、非常に変な制度でありますが、県ではときどきこういうことを実はしておるのでありまして、年度末までにどうしても工事ができないという場合に、あとわずかでできるという場合には、本来ならばそれは補助金返還とかあるいは繰り越しというわけでございますが、急にこの問題で県議会をお願いして繰り越しをやるというわけにも参りませんので、しばらくして工事が終るという場合には、こういう便法を使っておるわけであります。この工事につきましても、もし村長がほんとうにやろうと思えばすぐやれる工事でありますから、日数はそうかからない工事でありますから、一応雑部金に入れたわけでございます。しかしながら、その後もやはり両地区の水争いは解決いたしませんので、村長の方でもついに工事をやらなかったわけでございます。そのうちに二十九年の八月、会計検査院の方から検査に見えまして、それは県の方でも包み隠しはいたしません。橋と樋門だけやりまして、堤のかま上げはやってないということははっきり言っておるのでありますが、検査官もれをその通り報告されまして、先ほど池田専門員の方からお話しありました通りに、結局、三十九万九千円だけお認め願いまして、一番肝心の水路の七十万一千円はお認め願えない、むろんやっていないのでありますから当りまえでありますが、お認め願えないということになったわけであります。そういたしまして、この工事をやっておりません七十万一千円に当る補助金四十五万五千六百五十円でありますが、これにつきましては、今年の四月二十日付で岡山の農地事務局から返納の指令が参りまして、先ほども申し上げました通り、この金は地元には渡っておりませんけれども、県でまだ保管しておるのでありますから、すぐにお返しするようにできるわけであります。またお返しするつもりでおるわけでございます。
大体時間十分ということでございますので、至って簡単でございまして、おわかりにくい点もあったかと思いますが、大体以上のような事情で、根本は両地区の水争いで工事ができなかったわけでありまして、最初お断わりした通り、補助金をだまし取ろうというような意思でやったわけではございませんので、何とぞ御了承願いたいと思うのであります。
山
山田節男#7
○委員長(山田節男君) 近藤鳴門市長にお伺いしますが、いつ新任市長に御就任なさったか。それからこの記録によりますと、今問題になっておる大津村が鳴門市に合併されたのじゃないかと思いますが、それならば合併された年月日をおっしゃっていただきたい。
この発言だけを見る →近
近藤尚之#8
○参考人(近藤尚之君) 近藤尚之でございます。申し上げます。本年の二月十二日に大津村を旧鳴門市に吸収合併いたしました。その後四月三十日の選挙に当選いたしまして、私が五月一日から就任いたした次第でございます。
この発言だけを見る →山
小
小林亦治#10
○小林亦治君 玉置部長に伺いたいのですが、二十八年の三月三十一日から今日までその剰余金といいますか、七十万一千円、それが返らなかったという事情はどういうところに理由があるのか、今日なおその県が保管しておるということですね。
この発言だけを見る →玉
玉置康雄#11
○参考人(玉置康雄君) 先ほど申し上げました通りに、まず三月三十一日にこれを雑部金に入れましたのは、先ほど申し上げました通り、県の方でときどきこういう便法を講ずるのでありまして、本来は繰り越しをするか、あるいは農林省にあっさりお返しするのが本当でありますけれども、あと数日で工事が終る、もしやりましたならば終るというような場合には、一応これは違法かもしれませんが、工事は終ったことにして金を支出いたしまして、県の出納長のところで保管して、そうして実際に工事ができましたら、それをまた渡すという便法を講じておるわけでございます。そうしておったのでありますが、その金が現在なお国庫に返ってないのはなぜかという御質問でありますが、それは先ほど申し上げましたように、昨年、二十九年八月の会計検査によりまして返すように言われたわけでございますが、実際に岡山の農地事務局から返納の指令が参りましたのは今年の五月であります。まだごく最近であります。そこでその間にもう一つ事情がありますのは、今御質問がありましたから、少しその次の事情をつけ加えておきたいと思うのであります。二十九年の八月に会計検査院から見えまして、こういうことになったのでありますが、その後実は二十九年の十月に岡山の農地事務局にこの事情を打ち合せたのであります。これが検査院の問題になったということを打ち合せましたところ、岡山の農地事務局の方では、さようなことならば三十九万九千円ももらうのはおかしいのじゃなかろうか、全額返すべきじゃないかというお話しがあったのであります。それはなぜかと申しますと、何分本工事は水路の方が本工事でありまして、橋とか樋門というものはこれは付帯工事であります。そこで付帯工事だけやって本工事をやってないというのではおかしいじゃないか、全額返した方がいいのではなかろうかというようなお話しもあったのであります。そこで岡山の農地事務局から四月二十日付の返納の指令が、実際に到着しましたのは五月でありますが、その指令が参りました際にも、これは岡山の方の最初のお話しと少し違いますので、百十万円に当る補助金七十二万五千円全額の返納の指令がそのうち来るのではなかろうか、こう思ったわけであります。そこで現在までそれがそのままになっておった次第でございます。しかし、その後また本省の方とも打ち合せましたところ、それは全額ではなくて、会計検査院の方のお認めになった七十万一千円に当る補助金四十五万五千六百五十円、やはりこれだけでいいのだというお話しでありますので、これにつきまして至急返すように考えておる次第であります。
この発言だけを見る →小
小林亦治#12
○小林亦治君 会計検査院に伺いたいのですが、検査院としてはいかがでしょう。今部長が御説明になるように、雑部金というような制度をどういうふうにお考えになり、どういう批判を従来お与えになっておったか。
この発言だけを見る →小
小峰保栄#13
○説明員(小峰保栄君) ただいまお話しのありました雑部会でありますが、これは各県で、今も一お話しがございましたように、数日あるいは一カ月、二カ月くらいに工事ができるというような場合には一応そういう処理をやっておるのであります。しかし、本件などはこれはもうひどいのでありまして、二十八年にとっくに終るべき工事を、いまだに雑部会にほうり込んだまま県が勝手に使っておると、こういう事態でございます。これなんかちょっと程度がひどいのではないかと思うのであります。国の工事でも短い期間に、たとえば四月一ぱいにできるというようなものですと、一応予算を不用額に立てることができませんから、いろいろな便法を講じますが、補助工事でもとかくこれは一般に行われておるわけでありますが、これは短い期間を限って黙認できるものではないかと、こう思うのであります。
この発言だけを見る →三
三浦辰雄#14
○三浦辰雄君 私この問題を聞いてみて、かねて心配をしていた問題が出たのです。これはよく見ますというと、結局二十四年の災害ということで、しかも契約の年月日は二十六年一月五日、その二十六年のうちにこの仕事がとにかく批難はあるけれども、できた分についてはでかしたのです。しかし考えられるのは、結局こういった農業関係の被害というものの復旧に当っては、これはたとえば五・三・三とか、いろいろと比率をもって三カ年計画でもって復旧をやろうという問題だけれども、その一カ所についてそれぞれの個所を見ると、それぞれ次の年のいわゆる増産と申しますか、農作のためには何とかして間に合せなければならないというのが実態なんです。この場合もそうなのであって、どうも被害のあった年から少し年はおくれておるようだが、とにかく二十六年にやっちゃった、それで出てきたものは金は二十八年度にやる、こういうようなところに私は考えなければならない一つの問題が確かにあると思うのですが、それはとにかくとして、ここに現われた面から見て、予定価格を百十万円でやり、請負を同額で、これは随意契約だから当時やったのでしょう。そうなってくると、これでもって岡田組なるものに渡したのだから、私は相当にこれはそういった事情を含めて岡田組に対して契約をしたのではないかと、こういうわけなんであるけれども、しかしまあ予算としてはこういうふうにしたわけなんだからまあ一つやってくれ、ただ請負額というものは、百十万円というものを契約高にするけれども、しかしそれは形であって、内容としてはこういうふうにしてそうしてやっていくんだと、しかも先ほど玉置部長からお話しがありましたが、水路の問題についてはこういう事情があるのだから、やがてはそれは解決したい、あなたの方でこの金の中でやってもらうのだよ、こういうような複雑な経緯を含ませての契約をしたのだと思うのですが、そういうことなんですか。
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玉置康雄#15
○参考人(玉置康雄君) ただいま三浦委員のお尋ねの点は、村長と岡田組の間の話でありますので、私どもつまびらかにしないわけでございます。むろん村長の方にとりましては、それが一番重要な問題でありますから、やはり岡田組の方も実際そこで橋なんかをやったのでありますから、その間の事情は知っておったということは十分想像がつくことでありますけれども、直接県の工事でございませんので、その間の事情ははっきりわからないわけでございます。
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三浦辰雄#16
○三浦辰雄君 ここにお見えにならないその当時の村長さんがすべてを知っておられるのでしょうが、それでは伺いますが、県の方はその間においていわゆる実地の検査あるいは指導ですね、そういうようなもの、さらにさかのぼれば設計ですね、こういうものはおやりになったのだと思うのだけれども、その点はどうなんですか。
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三
三浦辰雄#18
○三浦辰雄君 だとすれば、たれが行ってみても、すぐこういった水路の問題については気がつくわけです。こんなものはすぐ気がつく、それがやってないのだ。おそらくこの当時、県庁から近くでもあるし、一回くらい行かれただろうと思うのだけれども、そういう事実はなかったものなんでしょうか、どうなんでしょうか。
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玉置康雄#19
○参考人(玉置康雄君) 排水の問題で両方の地区の争いがあるということは、県の方でも十分よく知っておるわけでございます。そこで先ほど申しましたように、県の方でも、また村長の方でも、岡田組に請け負わせる際、そういう話をしたということは想像つくはずでありますけれども、何分その当時の村長、また実際に現地に参って指導しておりました県の係が現在おりませんので、はっきりは申しかねるわけでございます。
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玉
青
青柳秀夫#22
○青柳秀夫君 それではお伺いいたしますが、この県の嘱託が行って竣工検査をされて、そうして指令をされておる。その検査が昭和二十九年の五月二十六日となっております。この竣工検査をされて現場を見届けて、補助金を七十二万五千円交付になっておるように、この私の方の刷りものでは見えるのでありますが、その点はどうなんでございますか。検査をされたときにただ七十二万五千円というものを交付するという見込みを述べておられるのか、それともすっかりこれはできたものを実際検査されて、これだけを交付されたのか、この検査というところがかなり私は重要だと思うのであります。と申しますのは、検査をされたとなれば、実際それが水路でも付帯工事でもできておる。できておるからそれによって補助金というものがいくわけなんで、もしできてないものをできたと検査されれば、できてないものをできたというのは全く間違いのもとでありますから、その点をお伺いしたい。嘱託がされたことについての事実、またその嘱託に対する上司の監督の責任というものを伺います。
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玉置康雄#23
○参考人(玉置康雄君) ただいまお話しのありましたように、その検査の点が間違いのもとでありますが、先ほどお話しいたしました通り、雑部金に入れます際には、すべてそういう本道からいいましたならば違法の方法を講ずるのでありまして、一応竣工検査をやりまして、できたということにいたしまして、予算の方から金を出しまして、そうして雑部金という、これは予算にない費目でありますが、そっちの方に入れるわけであります。これは確かに違法の方法ではあります。
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青柳秀夫#24
○青柳秀夫君 全体の工事を大局的に見て、善意でこれを完成したいという御趣旨からいえば、幾分恕すべき点もあるかと思いますけれども、これは公けのことでありまして、いやしくも公務員が検査するといえば、検査を正確にすることがその人の正しい職責だと思うわけです。ほかの目的はともかくとして、検査員が誤まった検査をするということは、もう検査にならないわけであります。そういう点からいえば、公務員としては非常に、まあ部長もお認めになっておりますから、くどいことは申し上げませんけれども、そういう精神ですべてやられれば全く検査の権威というものはないわけです。また公務員の本来の職責である綱紀粛正というような意味からいいましても、非常にその点はまずいと思うのでありますが、県の方の知事さんなり、すべての綱紀に対する平素の心がまえというものはどういうふうにやっておいでになるか、また部長御自身も部下に対してどういう御指導をなさっておるか、その点を伺いたい。
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玉置康雄#25
○参考人(玉置康雄君) ただいまお話ありました県の綱紀につきましては、私どもも非常に注意しております。またその後工事が疎漏に流れるという点につきましても、非常に注意しておりまして、この点で非常に力になる、というと悪いのですが、バックになりますのは会計検査院でありまして、会計検査院の検査を厳重にされますことによって私どももだんだん工事はよくなっておると思っております。おととしから去年、会計検査院の検査の件数、その指摘を受けました件数は大分減っておりますし、ことしもまた、実は先日検査院の検査が終ったばかりでございますが、一例を申し上げますと、昨年は徳島県の検査の結果出来高不足が六千万円の指摘を受けたのでありますが、ことしは一千万円の指摘を受けたのであります。一千万円の指摘を受けながら何も自慢なんかできる柄ではありませんけれども、十分その点も注意しながらやっておるつもりでありまして、まあだんだんよくなっておると思うのであります。県の綱紀も十分注意いたしまして、こういうことを利用いたしまして、特に役人が堕落するというようなことはないようにしておるわけでございます。ただ一言その当時の事情を申し上げておきますと、問題のもとは先ほどおっしゃいましたように、こういうインチキの竣工検査をやりまして雑部金に入れることが問題のもとだったのでありますけれども、少くとも二十八年度ごろにおきましては、こういうことはぼつぼつ行われておったことでありまして、そのとき参りました嘱託が特に悪いと、こういうことではないのでありまして、一般に行われておったということを御了解願いたいのであります。
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青柳秀夫#26
○青柳秀夫君 会計検査院の検査の状況からいうと、成績がよくなってきておるということはまことにけっこうだと思います。しかし本来からいえば、県自体がしっかりおやりになれば、会計検査院が検査しようがしまいが、私はこういう問題は起らない、県の責任は相当大きいと思います。もちろん県というよりも、その市町村でおやりになるところがもとでありますから、そこにさらに御注意を願うことが必要だと思いますけれども、しかしただ会計検査院が見にゆくといいましても、日本全国きわめて多数の工事なり実地を見るということはなかなか不可能でありますので、自発的に県なり町村で御注意を願うことが一番必要なのでありますが、今部長のお話しを伺いますと、この嘱託に対する態度が非常は私は寛大過ぎるのじゃないか、もしもこういうことに対してもっと厳格な訓練をされていれば、これだけの問題を起した嘱託に対しては相当なる措置をとられておっていいのじゃないかと思います。慣例であるからこういうことは当り前だというのでは、なかなか私はこういう国の貴重なる金がどうなってもいいのだというところに問題が返って参りますので、非常に私は遺憾に思うのでありますが、いま少し厳格に検査なら検査ということに対する職務の執行についての心がまえ、またこういう問題を起した人に対しては相当なる措置をおとりになる気はないのでありましょうか、このままでいいとお考えになっておるのでありますか、その点をお伺いいたしたいと思います。
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玉置康雄#27
○参考人(玉置康雄君) 先ほど申し上げましたように、こういうことになりましたのは非常に遺憾でありまして、現在私どもも締めておるわけであります。一昨年から昨年、またことしと、非常に締めた結果が、会計検査院の検査におきまして成績が少しずつ上っておるということを申し上げたのでありますが、二十八年度ころのことを取り上げて、その問題をとがめるということになりますと、少くともその嘱託一人を責めるのは気の毒な気がするのであります。なぜならば、当時そういうことはぼつぼつ行われておったことでありまして、ほかにも例がある、そう申しましたならば、青柳委員の方では、それなら全部懲罰にでもしろという御意見かもしれませんけれども、当時と現在とで少し気分の違った点があるような気がいたしますので、当時のことで現在の何といいますか、道徳のレベルと申しますか、それに照らして二十八年度ごろの非を処罰するのは少し苛酷に過ぎるので、当時のことはまあ出時でお見逃し願って、今後一つ締めて行く、こういうことで御了解願いたいのであります。
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青柳秀夫#28
○青柳秀夫君 私は別に一とかめるという言葉は非常にまずいのでありまして、お互いに注意をして、国なり地方の事務を公正にやって行きたい、熱心におやりになっている検査院の方心、職責をむしろ励ますということが趣旨でございまして、とがめ立てをするというような気持は毛頭ございません。ただ、今お話しになったようなことが全般に、かりに日本国中にあるとすれば、検査の権威というものは失墜いたしまして、何ともしようがない、かように思いまするので、適当にそういう人に対して激励をされる、またできれば適当なる行政上の、これは注意でありますから、そういうことを遠慮されるよりは、むしろおやりになる方がいいのじゃないか、かように思って申し上げるわけでありまして、ただ人の過失をつついて云々するというような気で申し上げておるわけではございません。どうか一つその点はよくおくみ取りいただきまして、できるだけ熱心に、公平にやっていただきたいということをお願いして、私の発言を終ります。
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