文教委員会

1977-03-10 参議院 全120発言

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会議録情報#0
昭和五十二年三月十日(木曜日)
   午前十時七分開会
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   委員の異動
 三月八日
    辞任        補欠選任
     宮之原貞光君     久保  亘君
    —————————————
  出席者は左のとおり。
    委員長         宮崎 正雄君
    理 事
                中村 登美君
                山崎 竜男君
                松永 忠二君
                小巻 敏雄君
    委 員
                山東 昭子君
                小野  明君
                久保  亘君
                内田 善利君
                白木義一郎君
                中沢伊登子君
   委員以外の議員
       発  議  者  安永 英雄君
   国務大臣
       文 部 大 臣  海部 俊樹君
   政府委員
       文部政務次官   唐沢俊二郎君
       文部大臣官房長  井内慶次郎君
       文部省初等中等
       教育局長     諸沢 正道君
       文部省大学局長  佐野文一郎君
       文部省体育局長  安養寺重夫君
       文部省管理局長  犬丸  直君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        瀧  嘉衛君
   説明員
       大蔵省主税局税
       制第一課長    矢澤富太郎君
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  本日の会議に付した案件
○教育、文化及び学術に関する調査
 (文教行政の基本施策に関する件)
 (昭和五十二年度文部省関係予算に関する件)
○義務教育諸学校等の女子教育職員及び医療施
 設、社会福祉施設等の看護婦、保母等の育児休
 業に関する法律等の一部を改正する法律案(宮
 之原貞光君外七名発議)(参第四号)
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宮崎正雄#1
○委員長(宮崎正雄君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 去る八日、宮之原貞光君が委員を辞任され、その補欠として久保亘君が選任されました。
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宮崎正雄#2
○委員長(宮崎正雄君) 教育、文化及び学術に関する調査中、文教行政の基本施策に関する件及び昭和五十二年度文部省関係予算に関する件を議題といたします。
 本件について質疑のある方は順次御発言を願います。
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久保亘#3
○久保亘君 私は、大臣の所信に関連をして少し最初に教育に対する基本的な考え方や行政姿勢のあり方についてお尋ねをしたいと思います。
 まず最初に、永井前文部大臣の主張でありました教育の場を政争の外に置く、すなわち教育に静かな環境を保障したいという考え方について大臣は再三述べられてきたんでありますが、この考え方について海部文部大臣はこれを支持される立場なのかどうか、最初にその点をお尋ねしたいと思います。
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海部俊樹#4
○国務大臣(海部俊樹君) 教育の現場が静かでそして教育にふさわしい環境を保持しておらなければならぬということは、これは永井文部大臣のみならず私も全くそのとおりだと認識をいたしております。
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久保亘#5
○久保亘君 ところで、永井文部大臣は二年間の文相体験を通じて、教育を政争の外に置くということがどんなにむずかしいものであるかということを感じてきたという所感を述べられております。その中で特に最近問題となっております主任の制度化の問題については、与党からの政治介入といいますか、権力的な介入と考えられるような問題もなかったわけではありませんし、また大臣は、私がお尋ねいたしましたときに、政治的な中立を守るということについては与党からの圧力を防ぐということも大事だということを痛感をしたということも述べられております。民間人であった永井文部大臣の文教行政に対する基本理念を支持していかれるということであるならば、再び、政党人として文部大臣の立場に立たれた海部さんは一層強い決意が必要と思われるのでありますが、この点についてお述べいただき、あわせて、海部文部大臣の文教行政のバックボーンとなるものは一体何であるのか、その点についてひとつあなたのお考えを少し詳しくお述べいただきたいと思います。
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海部俊樹#6
○国務大臣(海部俊樹君) 御指摘のように、前永井文部大臣が民間から来られた文部大臣であって、いろいろな面で教育が当面しておる問題を整理をして四つの柱に仕組んで一生懸命努力しておられたのを、私も関心を持って内閣の当時は副長官という立場でございましたが、ながめておりまして、全体としてこの方向は間違いないと私自身も納得しておりましたから、文教行政においてはこの永井さんのやってきた路線を私も継承していこうということを最初に申し上げたわけであります。ただ、私自身がいまどういう理念で教育に取り組んでおるかという御質問でありますが、これは申し上げるまでもなく、いまの教育は日本国憲法、教育基本法、そういった法の基盤に立ちまして、そして一人一人の日本国民が心身ともに健全であるように、勤労と責任をとうとび、自主的精神に充ちた国民として育成されていかなきゃならぬ。そのためには、国民として必要な基礎的基本的なことをやっぱりきちんと身につけてもらうとともに、知育偏重とか、詰め込み主義とか、いまいろいろな御批判が各界から出されておりますので、知育、徳育、体育と申しますか、その三者が調和のとれた人間として伸びていってもらうように、そういったことに心がけながら教育行政というものを行っていかなければならない。私は基本的にはこう考えております。
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久保亘#7
○久保亘君 それでは少し具体的にいろいろなことをお尋ねしたいと思うんでありますが、まず、文教行政の推進に当たって、政治的ないわゆる中立、純粋の意味で教育を政争の外に置くという立場を貫くとすれば、文教行政を進める上では与党に対する政治的配慮よりも純粋な教育的配慮が絶対に優先をしなければならないし、そのために文教行政の頂点に立つ者は毅然たる態度を貫くことができるかどうかがその主張される文教行政に対する基本理念のあかしになるだろう、こう思うんであります。
 私は、前にも申し上げたことがありますが、戦後の東大の総長でありました南原さんがかつてこういうことを言われております。それは、教育の政治的中立というのは時の政治権力、言ってみれば与党の政治権力の教育に対する圧力や介入から教育をどうして守るか、それが教育の政治的中立のまず一番重要なことであるという意味のことを述べられたことがあります。だから、そういう点について、私が申し上げましたように、与党に対する政治的な配慮よりも絶対に純粋に教育的な立場での配慮が優先をしなければならない。そのためには断固として文教行政の責任にある者はその基本理念を守り抜く決意が必要だ、その点については御同意がいただけるのでしょうか。
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海部俊樹#8
○国務大臣(海部俊樹君) 現在のところ、私には、与党の方からそういう圧力とか、断固闘わなければならぬというような問題や、具体的な出来事がございませんので、先生おっしゃったように、もしそういうようなことが不幸にして起こったらという大前提つきになると思うんですけれども、私は、教育というものは、時の権力の言うがままになるとか、あるいはまた時の権力に何でもかんでも反対しろということとかというような次元の問題が入り込んではいけないと思っておるんです。ですから、学校教育の問題等についてはやはり慎重にそういったことは常に心を配りながら、どうしたら所期の目的を達することができるかということに私はもちろん心を砕いてやっていかなければならない、こういう決意を固めております。
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久保亘#9
○久保亘君 それでは、具体的にお尋ねしたいのは、主任の制度化に関して、文部省の文教行政の衝にある者の立場よりも、むしろこの問題が政党の次元から非常に強力に主張されてきた。このことは、過去の経過に照らして大臣はお認めになりますか。
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海部俊樹#10
○国務大臣(海部俊樹君) 過去のいろいろな詳しい経過につきましては私は余り存じておりませんので、過去の詳しい経過につきましては御必要ならば担当の政府委員からお答えをさせますが、私自身の理解しておりますところは、むしろ、率直に申し上げますけれども、主任制度というのについては、もう前から、必要に応じて、こういった制度は学校の場の中にあった方がいいという立場から、すでにずっとこう行われてきておったという事実もあると聞いておりますし、また、それを制度化いたしますときも、学校教育の場において教育効果がより上がるためには、やっぱり主任のような係の人ができて、そしてお互いに指導助言、業務連絡等をやっていただいた方が学校運営も活発になる、そういうような角度から必要性を認めて文部省が省令化をしたんだと。永井前大臣からの受け継ぎのときもそういうように私は話を聞きまして、それから、私自身もいろいろな立場の方に大臣になりましてからお話を聞かなきゃならぬと思ってお目にかかったんでありますが、もちろん主任制度反対だからなくしてしまえという御意見もありましたし、あるいはまたほかのグループの方からは、主任制度は現に定着しておるし、それなりの効果も上げておるからこれは推進しなさいというお声も聞きまして、いろんな角度からいろんな議論があるんだなということは私もよく承知しておりますけれども、ただ、過去の経緯をながめますと、そういうものがあった方がいいんじゃないかということで事実としても存在してきておったし、また永井大臣も、そういう学校内に活発な教育活動を展開してもらうためにこれは省令化をしたんだ、こういうふうに私に申し継いでいかれましたので、私はそのように受けとめておるわけでございます。
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久保亘#11
○久保亘君 大変優等生の答弁をされるので、ある意味では、私がお聞きしたいと思っていることが率直に答弁でかみ合ってこない、こういう点を大変残念に思います。しかしまだ就任されてそう長くなりませんから、知らないと言われればやむを得ないのかもしれませんが、少なくとも主任が制度化されて、一定の教育に対する目的を持って制度化されていく段階において、教育の次元での論議よりも、政治的な立場での論議が先に出ていた時期が、この問題の重要な決定の段階においてしばしば見られたことは、当時内閣の中にも、まあ、閣僚ではなくてもおられたあなたのことですから御存じないわけはなかろうと、こう思うんであります。だからその点はよくおわかりになっていると思いますから、それじゃ私は、いまあなたが言われた主任というのはもともと教育の現場に必要なものとして生まれておったんだと、そう言われるので、それならばその点についてお聞きしたいことがあるんです。
 まず、あなたは最近マスコミにもよく文部大臣として御登場になりまして、教育の基本は人である、教育は人なりということを言われております。そしてまた所信表明の中でもそのことを強調されたようであります。そこで私がお尋ねしたいのは、あなたがその教育の基本は人にありと言っておられる、つまりその教師の問題ですね。その教師の問題について、文部大臣として理想的に考えられる教師像というのは一体どういうものであるのかお話しいただきたいと思います。
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海部俊樹#12
○国務大臣(海部俊樹君) 私の理想としておりまする教師像というのは、目も心も子供の方に向けて教育に打ち込んでいてくださる人が私にとっては理想の教師像でありまして、そのことは、この間たまたまあるところで日教組の槇枝委員長とも対談する機会がございましたので……。私は、槇枝委員長の本を読んで非常に感銘した点が一つある。それは自分の教え子の中で国語はできても数学のできない子供があったときに、なぜ数学ができないだろうかということを、その子供の教育条件、家庭の環境、それから教師の立場で自分の教え方に悪い点があるんじゃなかろうか、あるいはもっと別の方法の教え方をしたら理解してくれるのじゃなかろうか。そんなこと等を常に真剣に考えながらその子供のことを考え、そしてできれば正規の授業が終わった後にも居残って、一生懸命落ちこぼれないように教えてやるのが教師としての責任だということを槇枝さん自身も書いていらっしゃっている。私はそういうことを本当に子供の方に目も心も向けて、いわゆる落ちこぼれとか落ちこぼしとかいうようなものがないように、公教育の段階で学問的には基礎的基本的なことを、人間的には人間性豊かな、心豊かな一人の人間としての資質を十分身につけてくださるように、そういうふうに子供に対して愛情と熱情を傾けてくださる先生が私にとってはすばらしい先生だと、こう理解をしております。
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久保亘#13
○久保亘君 いま大臣が言われる教師自身の主観的なといいますか、教師を主観的に教師自身が考える場合の理想像としては、あなたがいま言われたことに別に私は格別の異論を持つわけじゃありません。しかし、そのような教師像というものが生まれてくる環境、そういうものについてどう考えたらよいのか。私は学校教育の場というのは縦の管理社会であるよりも教師相互間の横の連帯の非常に強い場である方がいまあなたが言われたような教師像が実際に生まれてくる場としてはふさわしい、こういうことを考えるのです。だから、そういう意味で今度はそういう教師像というものが実際に生まれてくる学校教育の場の環境論としてはどのようにお考えになりますか。
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海部俊樹#14
○国務大臣(海部俊樹君) 私はまず個々の教師に対して理想としておる姿を述べたわけでありますけれども、そういうことを期待しお願いすればこそやはり処遇の面でもできるだけのことはもちろんしていかなければならないという基本的な考えがございますし、同時に、学校の中ではお互いに先生方がいまおっしゃるように連絡し合ったり指導し合ったりしながらそういういいことと言いますか、すばらしいことがもっともっと広がっていくようにと。で、私はある新聞社の出された「教室」という二冊続きの本を読んで、その中でいろんな立場で苦労されたり一歩前進しようとされたりしておる教師の姿も読みましたけれども、また逆にそれが阻害されておるような実例等もいろいろその報告の中には出ておるわけでありまして、やっぱりこれは一人一人の先生方に心から期待をしお願いをするということが大切だなあと、私はそういうふうに理解しておりますから、できるだけ処遇その他の面については先生方にもそういうことを期待しお願いするんですから、できるだけのことはやっぱりしていかなきゃならぬし、同時に、学校のいまおっしゃる管理のみに強く出て、何か主任というと管理者ができてそれでそういう教育活動がむしろできなくなるんじゃなかろうかというような、そういう角度のことは私どもも心配をしないで、むしろそういう偉い人をつくろうとか管理者をつくって線を引いて、教育活動ができにくいようにいやな雰囲気を持ち込もうなんていうことは毛頭これ考えておるわけでございませんので、そういったことがより周知徹底して、より皆さん方にすばらしい能力を発揮していい教育をしてもらえるような環境になっていくためにも役に立つのではなかろうか、こう私は思っておるわけです。
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久保亘#15
○久保亘君 大臣が教育の場に管理体制の強化を持ち込む意思は毛頭ないというお考えを述べられたのですが、戦後の日本の文教行政といいますか、文教政策の歴史をずっとひもといてまいりますと、必ずしもあなたが言われたような形では動いてきていない。特に教師集団といいますか、教職員組合と文部省との間に交わされてきた論争というのもその点にかかって論議されるものが非常に多かったわけであります。それからまた、いま渦中の問題であります主任制度の問題についても、これは従来あります学校の中に生まれてきた主任というのは、横の連帯の中からその連帯の結び目として必要なものを学校の中で教師が生み出してきたものなんであります。これを、そういう長い教育の現場の活動の中から横の連帯に必要なものとして生まれてきたものを今度は逆手にとって、これに一つの管理体制の力を与えよう、そして教育を政治的に支配しようというような考え方が全く動いていなかったかと言えば私はそうではないと思う。現に与党の中でこの主任制度の問題が議論され始めた段階では、これは管理職としてやらなければいかぬという主張が非常に強力にあったはずであります。そのことは御存じですか。
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海部俊樹#16
○国務大臣(海部俊樹君) 最初に申し上げましたように、過去の詳しい経緯、出来事等は私は承知しておりませんのでお答えになりませんけれども、永井文部大臣から私が引き継ぎを受けましたときにこの問題については特に永井大臣から言われたことを私も忠実に受け継いでおるわけでありまして、その中にこれはひとつ管理体制に力を与えるんだというような発言はございませんでした。むしろやっぱり教育の現場を生き生きとした活発なものにするために、教育効果を上げるためにこういったものが必要なんだ、あった方がいいと思って省令化したんだというお話を私は承ってそういうふうに理解をいたしております。
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久保亘#17
○久保亘君 それは文部省がいま持っている結論をあなたに申し送られたそのことなんでありまして、そこに至るそういうような形でまとめざるを得なかったその過程というのは、これは大変複雑で、そしていま私が申し上げましたような政治と教育のあるべき関係というのが逆転した形の中で論ぜられた場合もしばしばあったのだということを、これはもし知っておられないのなら文部省の担当の局長などにもよくお聞きになって、その辺をよく理解をされていないと、主任制度の問題についてあなたがせっかくこの昭和世代の物のわかる大臣としてこれからの日本の教育を本当にお考えになろうとする場合に、誤った出発点に立たれるおそれがあるから、私はそのことをあなたにお願いしておきたいと思うんです。そして、すでに大臣に就任をされてから二カ月以上もたつのに一そうですね。こういう重大ないま日本の教育に対する国論を分けて論ぜられているような、こういう問題を、過去の経過について詳しく検討をしようとせず、ただ永井文部大臣からこういうふうに言われましたと、それだけをもってこの問題に対処されようとすることは非常に私は問題だと思う。また、文部省の各立場にあられる担当の局長の方々もそういう問題についてはしっかり大臣にわかってもらわぬと、昭和六年生まれだから明治三十八年とは違って物わかりがずいぶんよろしかろうから、そういう点は大丈夫だと思っておられると私はやっぱり大変ではないかと思うんですよ。だから、そういう点についてはひとつこの主任制度というものがどういういきさつで生まれ、そしてどういういきさつで発想され、そしてそれがどういう経過を政治と教育との関係において経てきたのか、そのことについては十分御承知になっておかないとこれからの教育現場の問題に正しく対応していただくことができないのではないか、こう思うんですがね。
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海部俊樹#18
○国務大臣(海部俊樹君) 先ほど来申し上げております永井文部大臣からいろいろと承ったということのほかに、もちろん当時の文献とか、あるいはいろいろな書き物その他についての経緯の説明を局長から聞いておることもこれは事実ございますし、それから、私があらゆる立場の学校教育の現場にいろんな立場で関係していらっしゃる団体の代表の皆さんからも時間をかけていろんなお話をこの主任制度について承ったこともございますし、また、私が個人的に知っておる現場の先生からいろんな意見も聞いたこともこれは事実でございますが、しかし、私としましては、現在永井大臣から受け継ぎ、前大臣の基本的な物の考え方、文部省が現在これに取り組んでおりまする現在の姿勢というものを受け継いでおるわけでありますから、だから、かりそめにも管理体制の力を与えろとか、管理者をつくれというような角度の私に対する進言や注意はどこからも参りませんし、むしろそういうものが来るんじゃなかろうかとおっしゃっても、そういったものはもう私のところへは全く来ておりませんので、現在の立場で私が受け継いだこと、聞きおること、それから現在目指しておる方向というものを、これを正しいと私が理解し、納得しておりますから、この方針をきちんと守っていきたいと、こういう基本的な態度でございます。
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久保亘#19
○久保亘君 いま言われたような立場では非常に素直に理解をしてまいりますと、従来、学校の中に横の連帯の必要から生まれておりました主任というのはその後制度化する目的で考えられ始めた。また、中教審の中でも言われてきているような、そういう立場でのこの主任のあり方というものとは非常に異質のものになるおそれが強くあるわけです。だから、そういうものについてはまた、きょうはこれだけをお尋ねするつもりではありませんので、時間がまだありましょうから、いろいろ私の方からも意見を申し上げたいと思います。あなたも私たちと同世代——私よりもまだずいぶんお若いから失礼かもしれませんが、大体同じ年代の生まれですから、私たちの世代の共通の意識というものは必ずあると思うんです。だから、ひとつ、私どもの方からもいろいろ機会を見てあなたには率直に意見も申し上げたい、こう思っておりますから、自由に私たちとこれからの教育について意見を交換することができるように、時には論争をしなければならぬこともあるだろうと思います。あるいは共通の意識・認識を持ち得るものも必ずあると思うんであります。だから、そういう意味において、いままでなかった新しい世代の文部大臣として格段のひとつ御努力をいただくようにお願いをしたいと思うんです。よろしゅうございますか。
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海部俊樹#20
○国務大臣(海部俊樹君) そういうような心づもりでおりますので、御必要とあらば、こういう速記録のつかないところで、二人だけで時間をかけて論争もいつでもさせていただきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
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久保亘#21
○久保亘君 次に、いま全国の婦人教師たちにとって非常に重要な関心、と言うよりは直接に影響する問題になってまいりました育児休業に伴う休業補償の制度についてでありますが、この問題について、まずデータを少しお聞きしておきたいと思うのであります。
 育児休業制度が昨年の四月に発足をいたしましてから今日まで一年を経過しようといたしておりますが、育児休業制度を利用した、まず学校だけに限ってみましょう、婦人教師の実情はどうなっているのか。これ担当者からで結構でありますから、その実態をお知らせいただきたいと思います。
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諸沢正道#22
○政府委員(諸沢正道君) 育児休業の法律が通りましたのはおととしの七月でございまして、去年の四月からそのような制度が実施されたわけでございますが、私どものいま持っております資料では、去年の四月一日から八月三十一日までの間に育児休業を申請しました件数が四千五百五十八件、許可になりましたものも同じく四千五百五十八件。ただ、この休業の期間でありますが、それはそれぞれの人の個人的な事情もありまして、四カ月以内、四カ月から八カ月の間、八カ月以上一年というふうに分けますと、八カ月以上というのが二千百二、四カ月から八カ月の間が千二百八十五、四カ月以内というのが千百七十一と、こういうふうになっております。
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久保亘#23
○久保亘君 ちょっと、いまの、四月一日からいつまででした……。
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諸沢正道#24
○政府委員(諸沢正道君) 八月三十一日までです。
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久保亘#25
○久保亘君 そうすると、八月三十一日からこの三月までを推計をいたしますと大体どれぐらいになったと考えられますか。
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諸沢正道#26
○政府委員(諸沢正道君) これは、一年間を通じましても、いま申し上げましたように、そのうちの三分の一ぐらいは四カ月以内であり、あるいは三分の一が八ヵ月以内ということになりますんで、八月以降新たに申請する人とすでに休業期間の切れる方と両方出てまいりますから正確な見込みはちょっとむずかしいわけでございますが、大体五、六千件ぐらいにはなっているだろうかというふうに考えるわけでございます。
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久保亘#27
○久保亘君 延べ件数ですよ。
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諸沢正道#28
○政府委員(諸沢正道君) はい。
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久保亘#29
○久保亘君 いや、切れる人もあるからということになると、切れた人もそれ一件で入っていくわけでしょう。
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