外務委員会
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会
会議録情報#0
昭和五十三年十月十三日(金曜日)委員長の指名
で、次のとおり小委員及び小委員長を選任した。
多国籍企業等国際経済に関する小委員
稲垣 実男君 大坪健一郎君
奥田 敬和君 川田 正則君
佐野 嘉吉君 塩崎 潤君
毛利 松平君 井上 一成君
河上 民雄君 土井たか子君
渡部 一郎君 渡辺 朗君
寺前 巖君 伊藤 公介君
多国籍企業等国際経済に関する小委員長
奥田 敬和君
―――――――――――――――――――――
昭和五十三年十月十四日(土曜日)
午前十時十二分開議
出席委員
委員長 永田 亮一君
理事 大坪健一郎君 理事 奥田 敬和君
理事 塩崎 潤君 理事 毛利 松平君
理事 井上 一成君 理事 土井たか子君
理事 渡部 一郎君 理事 渡辺 朗君
石井 一君 石原慎太郎君
鯨岡 兵輔君 竹内 黎一君
中山 正暉君 浜田 幸一君
岡田 春夫君 佐野 進君
高沢 寅男君 安井 吉典君
瀬野栄次郎君 中川 嘉美君
曽祢 益君 寺前 巖君
伊藤 公介君 楢崎弥之助君
出席国務大臣
外 務 大 臣 園田 直君
通商産業大臣 河本 敏夫君
国 務 大 臣
(防衛庁長官) 金丸 信君
出席政府委員
防衛庁防衛局長 伊藤 圭一君
防衛庁人事教育
局長 渡邊 伊助君
防衛庁装備局長 間淵 直三君
外務政務次官 愛野興一郎君
外務大臣官房長 山崎 敏夫君
外務省アジア局
長 中江 要介君
外務省アメリカ
局長 中島敏次郎君
外務省欧亜局長 宮澤 泰君
外務省経済局長 手島れい志君
外務省経済協力
局長 武藤 利昭君
外務省条約局長 大森 誠一君
外務省国際連合
局長 大川 美雄君
大蔵大臣官房審
議官 天野 可人君
農林水産大臣官
房長 松本 作衛君
農林水産省畜産
局長 杉山 克己君
食糧庁長官 澤邊 守君
林野庁長官 藍原 義邦君
水産庁長官 森 整治君
通商産業省通商
政策局長 宮本 四郎君
通商産業省貿易
局長 水野上晃章君
資源エネルギー
庁石油部長 神谷 和男君
資源エネルギー
庁石炭部長 高瀬 郁彌君
委員外の出席者
環境庁長官官房
参事官 日下部甲太郎君
外務省欧亜局外
務参事官 加藤 吉弥君
外務省情報文化
局文化事業部長 大鷹 正君
通商産業省貿易
局輸出課長 松田 岩夫君
通商産業省貿易
局為替金融課長 小川 邦夫君
外務委員会調査
室長 高杉 幹二君
―――――――――――――
委員の異動
十月十四日
辞任 補欠選任
木村 俊夫君 石井 一君
佐野 嘉吉君 浜田 幸一君
河上 民雄君 佐野 進君
正木 良明君 瀬野栄次郎君
同日
辞任 補欠選任
石井 一君 木村 俊夫君
浜田 幸一君 佐野 嘉吉君
佐野 進君 河上 民雄君
瀬野栄次郎君 正木 良明君
―――――――――――――
十月十三日
北朝鮮在住日本人妻の安否調査等に関する請願
(中尾栄一君紹介)(第一四九四号)
同(三池信君紹介)(第一四九五号)
は本委員会に付託された。
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約
の締結について承認を求めるの件(条約第一
号)
――――◇―――――
この発言だけを見る →で、次のとおり小委員及び小委員長を選任した。
多国籍企業等国際経済に関する小委員
稲垣 実男君 大坪健一郎君
奥田 敬和君 川田 正則君
佐野 嘉吉君 塩崎 潤君
毛利 松平君 井上 一成君
河上 民雄君 土井たか子君
渡部 一郎君 渡辺 朗君
寺前 巖君 伊藤 公介君
多国籍企業等国際経済に関する小委員長
奥田 敬和君
―――――――――――――――――――――
昭和五十三年十月十四日(土曜日)
午前十時十二分開議
出席委員
委員長 永田 亮一君
理事 大坪健一郎君 理事 奥田 敬和君
理事 塩崎 潤君 理事 毛利 松平君
理事 井上 一成君 理事 土井たか子君
理事 渡部 一郎君 理事 渡辺 朗君
石井 一君 石原慎太郎君
鯨岡 兵輔君 竹内 黎一君
中山 正暉君 浜田 幸一君
岡田 春夫君 佐野 進君
高沢 寅男君 安井 吉典君
瀬野栄次郎君 中川 嘉美君
曽祢 益君 寺前 巖君
伊藤 公介君 楢崎弥之助君
出席国務大臣
外 務 大 臣 園田 直君
通商産業大臣 河本 敏夫君
国 務 大 臣
(防衛庁長官) 金丸 信君
出席政府委員
防衛庁防衛局長 伊藤 圭一君
防衛庁人事教育
局長 渡邊 伊助君
防衛庁装備局長 間淵 直三君
外務政務次官 愛野興一郎君
外務大臣官房長 山崎 敏夫君
外務省アジア局
長 中江 要介君
外務省アメリカ
局長 中島敏次郎君
外務省欧亜局長 宮澤 泰君
外務省経済局長 手島れい志君
外務省経済協力
局長 武藤 利昭君
外務省条約局長 大森 誠一君
外務省国際連合
局長 大川 美雄君
大蔵大臣官房審
議官 天野 可人君
農林水産大臣官
房長 松本 作衛君
農林水産省畜産
局長 杉山 克己君
食糧庁長官 澤邊 守君
林野庁長官 藍原 義邦君
水産庁長官 森 整治君
通商産業省通商
政策局長 宮本 四郎君
通商産業省貿易
局長 水野上晃章君
資源エネルギー
庁石油部長 神谷 和男君
資源エネルギー
庁石炭部長 高瀬 郁彌君
委員外の出席者
環境庁長官官房
参事官 日下部甲太郎君
外務省欧亜局外
務参事官 加藤 吉弥君
外務省情報文化
局文化事業部長 大鷹 正君
通商産業省貿易
局輸出課長 松田 岩夫君
通商産業省貿易
局為替金融課長 小川 邦夫君
外務委員会調査
室長 高杉 幹二君
―――――――――――――
委員の異動
十月十四日
辞任 補欠選任
木村 俊夫君 石井 一君
佐野 嘉吉君 浜田 幸一君
河上 民雄君 佐野 進君
正木 良明君 瀬野栄次郎君
同日
辞任 補欠選任
石井 一君 木村 俊夫君
浜田 幸一君 佐野 嘉吉君
佐野 進君 河上 民雄君
瀬野栄次郎君 正木 良明君
―――――――――――――
十月十三日
北朝鮮在住日本人妻の安否調査等に関する請願
(中尾栄一君紹介)(第一四九四号)
同(三池信君紹介)(第一四九五号)
は本委員会に付託された。
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約
の締結について承認を求めるの件(条約第一
号)
――――◇―――――
永
永田亮一#1
○永田委員長 これより会議を開きます。
日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約の締結について承認を求めるの件を議題といたします。
質疑の申し出がありますので、順次これを許します。高沢寅男君。
この発言だけを見る →日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約の締結について承認を求めるの件を議題といたします。
質疑の申し出がありますので、順次これを許します。高沢寅男君。
高
高沢寅男#2
○高沢委員 私は、きのうもわが党の委員から申し上げたのでありますが、今回、この日中平和友好条約がまとまったことに対する、外務大臣を初めとしてそれぞれ外務省担当の皆さんの御努力に対して、まず敬意を表する次第であります。その上に立ちまして、この条約の問題点について以下御質問をいたしたいと思います。
まず、日中平和友好条約は、これは戦後処理の条約ではない、こういうことが繰り返し表明されているわけであります。そこで、その戦後処理という関係で言えば、結局サンフランシスコ条約がある。それから日華平和条約がある。さらには日中共同声明、こういうものがあるわけで、そこでその三者の関係についてお尋ねをいたしたいと思います。なお、私、国際法とか国際条約については全く素人でありますから、見当違いのことがありましたらひとつお許しをいただきたいと思います。
まず、戦争終結条項でありますが、サンフランシスコ条約の第一条(a)項では、「日本国と各連合国との間の戦争状態は、」「この条約が日本国と当該連合国との間に効力を生ずる日に終了する。」こういうふうにはっきり規定されております。ただし、このサンフランシスコ条約の調印に当たりましては、当時の中華民国、それから中華人民共和国、これはともに当時は参加していなかった、こういう経過があります。その後、日華平和条約が結ばれまして、この第一条で「日本国と中華民国との間の戦争状態は、この条約が効力を生ずる日に終了する。」こういうふうになっているわけであります。その後、今度は昭和四十七年の日中共同声明でありますけれども、この中ではこういう戦争終結条項はどうなっているかということで見ますと、前文の中では、「日中両国は、一衣帯水の間にある隣国であり、長い伝統的友好の歴史を有する。両国国民は、両国間にこれまで存在していた不正常な状態に終止符を打つことを切望している。戦争状態の終結と日中国交の正常化という両国国民の願望の実現は、両国関係の歴史に新たな一頁を開くこととなろう。」こういうふうにありまして、あと第一項の中で「日本国と中華人民共和国との間のこれまでの不正常な状態は、この共同声明が発出される日に終了する。」こういうふうになっております。
それでお尋ねしたいのでありますが、サンフランシスコ条約とか日華平和条約は、これはもうこの文言から見て戦争終結ということがきわめて明瞭であります。ところが、この共同声明の中のいま私の読んだ部分は、戦争終結であるともとれる、あるいはまた国交正常化であるともとれる、その辺が大変まじり合っているという感じがするわけですが、この規定をどう見るべきか、ちょっとそれを御説明願いたいと思います。
この発言だけを見る →まず、日中平和友好条約は、これは戦後処理の条約ではない、こういうことが繰り返し表明されているわけであります。そこで、その戦後処理という関係で言えば、結局サンフランシスコ条約がある。それから日華平和条約がある。さらには日中共同声明、こういうものがあるわけで、そこでその三者の関係についてお尋ねをいたしたいと思います。なお、私、国際法とか国際条約については全く素人でありますから、見当違いのことがありましたらひとつお許しをいただきたいと思います。
まず、戦争終結条項でありますが、サンフランシスコ条約の第一条(a)項では、「日本国と各連合国との間の戦争状態は、」「この条約が日本国と当該連合国との間に効力を生ずる日に終了する。」こういうふうにはっきり規定されております。ただし、このサンフランシスコ条約の調印に当たりましては、当時の中華民国、それから中華人民共和国、これはともに当時は参加していなかった、こういう経過があります。その後、日華平和条約が結ばれまして、この第一条で「日本国と中華民国との間の戦争状態は、この条約が効力を生ずる日に終了する。」こういうふうになっているわけであります。その後、今度は昭和四十七年の日中共同声明でありますけれども、この中ではこういう戦争終結条項はどうなっているかということで見ますと、前文の中では、「日中両国は、一衣帯水の間にある隣国であり、長い伝統的友好の歴史を有する。両国国民は、両国間にこれまで存在していた不正常な状態に終止符を打つことを切望している。戦争状態の終結と日中国交の正常化という両国国民の願望の実現は、両国関係の歴史に新たな一頁を開くこととなろう。」こういうふうにありまして、あと第一項の中で「日本国と中華人民共和国との間のこれまでの不正常な状態は、この共同声明が発出される日に終了する。」こういうふうになっております。
それでお尋ねしたいのでありますが、サンフランシスコ条約とか日華平和条約は、これはもうこの文言から見て戦争終結ということがきわめて明瞭であります。ところが、この共同声明の中のいま私の読んだ部分は、戦争終結であるともとれる、あるいはまた国交正常化であるともとれる、その辺が大変まじり合っているという感じがするわけですが、この規定をどう見るべきか、ちょっとそれを御説明願いたいと思います。
大
大森誠一#3
○大森政府委員 先ほど先生がおっしゃいましたように、サンフランシスコ平和条約第一条というものがございます。このサンフランシスコ平和条約には中華民国は参加しなかったわけでございます。そこで先生も御指摘のように、当時の中華民国とわが国との間で平和条約を結ぶ、こういうことになったわけでございます。わが国といたしましては、ポツダム宣言を受諾しました、そのポツダム宣言に参加している中国というものが中華民国政府であったというような諸事情も勘案しまして、当時わが国としては中国という一つの国を正統に代表する政府といたしましては、中華民国政府をそのような政府として承認するという立場から、日華平和条約を結んだ次第でございます。
したがいまして、この中華民国との平和条約第一条によりまして、中国という国と日本国との間の戦争状態は、その条約が効力を生ずる日に終了した、これがわが方の一貫した法的立場なわけでございます。
そこで、次に、日中共同声明の先ほど先生がお読みになりましたくだりでございますけれども、昨日も私から申し上げたところでございますが、当時、かかるわが国の法的立場ということに関連いたしまして、中華人民共和国政府は別の見解をとっておりました。すなわち、日華平和条約というものは当初から不法、無効なものである、このような立場をとっていたわけでございます。しかしながらわが国といたしましては、日華平和条約、中華民国とわが国との間の平和条約というものは、わが国政府がわが国憲法上の規定に従いまして、国会の御承認も得た上で批准したものであり、かつ憲法第九十八条の規定により、これらの条約、この条約を含めまして、条約というものは誠実に遵守するという義務も定められているところでございまして、わが国としては、先ほど申し上げましたような法的立場を崩すわけにはまいらぬという経緯があったわけでございます。
このように、日中間におきまして戦争状態の終結あるいはその他の戦後処理の問題をめぐりまして、法的立場に相違があったわけでございますけれども、この相違を、日中間の国交を正常化するという大目的のために、これらの困難を克服して日中共同声明の文言に合意したという経緯がございます。
そのような経緯を反映いたしまして、日中共同声明の前文では、先生御指摘になりましたように、「戦争状態の終結」という言葉がうたわれているわけでございますけれども、本文の第一項におきましては、これらの問題一切をひっくるめまして、日中間のすべての過去の不正常な状態は、この共同声明が発出される日に終了する、つまり戦後処理の問題は、すべて、この日中共同声明によって最終的に処理する、解決するという趣旨で、このような文言で合意に達した次第でございます。
この発言だけを見る →したがいまして、この中華民国との平和条約第一条によりまして、中国という国と日本国との間の戦争状態は、その条約が効力を生ずる日に終了した、これがわが方の一貫した法的立場なわけでございます。
そこで、次に、日中共同声明の先ほど先生がお読みになりましたくだりでございますけれども、昨日も私から申し上げたところでございますが、当時、かかるわが国の法的立場ということに関連いたしまして、中華人民共和国政府は別の見解をとっておりました。すなわち、日華平和条約というものは当初から不法、無効なものである、このような立場をとっていたわけでございます。しかしながらわが国といたしましては、日華平和条約、中華民国とわが国との間の平和条約というものは、わが国政府がわが国憲法上の規定に従いまして、国会の御承認も得た上で批准したものであり、かつ憲法第九十八条の規定により、これらの条約、この条約を含めまして、条約というものは誠実に遵守するという義務も定められているところでございまして、わが国としては、先ほど申し上げましたような法的立場を崩すわけにはまいらぬという経緯があったわけでございます。
このように、日中間におきまして戦争状態の終結あるいはその他の戦後処理の問題をめぐりまして、法的立場に相違があったわけでございますけれども、この相違を、日中間の国交を正常化するという大目的のために、これらの困難を克服して日中共同声明の文言に合意したという経緯がございます。
そのような経緯を反映いたしまして、日中共同声明の前文では、先生御指摘になりましたように、「戦争状態の終結」という言葉がうたわれているわけでございますけれども、本文の第一項におきましては、これらの問題一切をひっくるめまして、日中間のすべての過去の不正常な状態は、この共同声明が発出される日に終了する、つまり戦後処理の問題は、すべて、この日中共同声明によって最終的に処理する、解決するという趣旨で、このような文言で合意に達した次第でございます。
高
高沢寅男#4
○高沢委員 いまの御説明によれば、つまり戦争状態終結も、それから国交正常化も、この共同声明の中で、言うならばもうあわせて一木でこの中に盛り込まれておる、こういうふうな御説明だったと思うのですが、ただし、この共同声明の段階で、これによって日華平和条約は存在の意義を失う、これはもう当時大平外務大臣も明らかに述べられたわけであります。
そうなってまいりますと、日本政府が戦争終結の根拠としていた日華平和条約は存在しなくなる、こういうことになるとすれば、後、日中共同声明の中でそれが今度は内容として実現されておるということになれば、この日中共同声明はその意味で非常に重要な意味を持つということになれば、国会承認という手続もとられるべきものではなかったか、私はこう思うのでありますが、過去にさかのぼっての問題でありますが、ひとつ評価をお聞きしたいと思うのであります。
この発言だけを見る →そうなってまいりますと、日本政府が戦争終結の根拠としていた日華平和条約は存在しなくなる、こういうことになるとすれば、後、日中共同声明の中でそれが今度は内容として実現されておるということになれば、この日中共同声明はその意味で非常に重要な意味を持つということになれば、国会承認という手続もとられるべきものではなかったか、私はこう思うのでありますが、過去にさかのぼっての問題でありますが、ひとつ評価をお聞きしたいと思うのであります。
大
大森誠一#5
○大森政府委員 日華平和条約の中には、戦後処理を解決するという通常の平和条約に見られます処分的な性格の条項があるわけでございます。これらの処分的な条項につきましては、この日華平和条約が効力を発生した日をもってすでにすべて決着を見る、こういうことでございます。
それから、先ほど申し上げましたように、わが国としては、不法、無効であるという中国政府の法的な立場にはくみし得ないという立場を当初からとったわけでございます。したがいまして、日中共同声明が発出された時点におきましては、日華条約、特に処分的条約を持っている条約の規定につきましては有効に存続していたという立場に、当時日本政府は立っていたわけでございます。しかしながら、ただいま先生仰せのように、共同声明の中ではございませんが、共同声明調印後の記者会見において大平大臣がこの条約について述べられたというくだりは、そのとおりでございます。
この発言だけを見る →それから、先ほど申し上げましたように、わが国としては、不法、無効であるという中国政府の法的な立場にはくみし得ないという立場を当初からとったわけでございます。したがいまして、日中共同声明が発出された時点におきましては、日華条約、特に処分的条約を持っている条約の規定につきましては有効に存続していたという立場に、当時日本政府は立っていたわけでございます。しかしながら、ただいま先生仰せのように、共同声明の中ではございませんが、共同声明調印後の記者会見において大平大臣がこの条約について述べられたというくだりは、そのとおりでございます。
高
高沢寅男#6
○高沢委員 きのうの大森局長の答弁の中に、こういう戦争終結を条約でなくてやった前例がないわけじゃない、こういう答弁がありましたが、参考のためにそういうケースをちょっと聞かせてもらいたいと思います。
この発言だけを見る →大
大森誠一#7
○大森政府委員 お答え申し上げます。
昨日私が申し上げましたように、戦争状態の終結というものにつきましては、一般的に申し上げまして、当事国間の平和条約の締結で終了するのが通常でございます。しかしながら、それ以外のケースというものも先例としてあるわけでございます。幾つかの例を申し上げますと、たとえば、これはいわゆる第二次大戦前の古い時期にさかのぼりますが、単純な戦争行為の終止ということによって戦争が終了したという例といたしましては、一七一六年のポーランド・スウェーデン戦争、一七二〇年のフランス・スペイン戦争、一八〇一年のロシア・ペルシャ戦争、一八六七年のフランス・メキシコ間及びスペイン・チリ間の戦争といったような例がございます。
また、戦争状態の終了宣言ということでもって、つまりいわば戦勝国の一方的な宣言という措置によって終了した例もございます。たとえば、一九一九年九月十五日の中国による対ドイツ戦争終了宣言、あるいは一九二一年七月二日の米国上下両院の合同決議によるドイツ、オーストリア及びハンガリーとの戦争終了宣言、このような例がございます。それからまた、一九四七年九月十六日の英国のオーストリアに対する戦争状態終了の通告、こういう形をとった例もございます。
以上のとおりでございます。
この発言だけを見る →昨日私が申し上げましたように、戦争状態の終結というものにつきましては、一般的に申し上げまして、当事国間の平和条約の締結で終了するのが通常でございます。しかしながら、それ以外のケースというものも先例としてあるわけでございます。幾つかの例を申し上げますと、たとえば、これはいわゆる第二次大戦前の古い時期にさかのぼりますが、単純な戦争行為の終止ということによって戦争が終了したという例といたしましては、一七一六年のポーランド・スウェーデン戦争、一七二〇年のフランス・スペイン戦争、一八〇一年のロシア・ペルシャ戦争、一八六七年のフランス・メキシコ間及びスペイン・チリ間の戦争といったような例がございます。
また、戦争状態の終了宣言ということでもって、つまりいわば戦勝国の一方的な宣言という措置によって終了した例もございます。たとえば、一九一九年九月十五日の中国による対ドイツ戦争終了宣言、あるいは一九二一年七月二日の米国上下両院の合同決議によるドイツ、オーストリア及びハンガリーとの戦争終了宣言、このような例がございます。それからまた、一九四七年九月十六日の英国のオーストリアに対する戦争状態終了の通告、こういう形をとった例もございます。
以上のとおりでございます。
高
高沢寅男#8
○高沢委員 はい、わかりました。
いまそういう実例の御説明がありましたが、言うまでもなく、第二次世界大戦で日本と戦った連合国、その中でも一番比重の大きいのが中国であります。したがいまして、この中国との戦争状態の終結は、そういう国際上の先例があるにしても、やはり正規な条約の形をとり、そして国会の承認を受けるというような取り扱いをすべきものではなかったか、私はこう思うのでありますが、これはもうすでに済んだことでありますから、一つの評価の問題として申し上げておきたいと思います。
次に、台湾の帰属の問題についてお尋ねしたいと思うのであります。
これもサンフランシスコ条約の第二条(b)項では、「日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。」こうなっております。それから日華平和条約の第二条では、「日本国は、」サンフランシスコ条約第二条に基づき、「台湾及び澎湖諸島並びに新南群島及び西沙群島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄したことが承認される。」こうなっております。それで、今度の日中共同声明の中では、「中華人民共和国は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。」こうなっておりますが、私の考えでは、この台湾の帰属については、少なくもこの日中共同声明の中にある、中国が「中華人民共和国の領土の不可分の一部である」、こう表明したのに対して、日本国政府はこの中華人民共和国の立場を承認する、こういう表現に当然なるべきだったのではないか、こう思うわけですが、それがそういうふうな明確な表現ではなくて、「理解し、尊重し、」そして「ポツダム宣言第八項の立場を堅持する。」こういうふうな、何かやはり奥歯に物がはさまったような表現になっておりますが、この関係の御説明をひとつ願いたいと思います。
この発言だけを見る →いまそういう実例の御説明がありましたが、言うまでもなく、第二次世界大戦で日本と戦った連合国、その中でも一番比重の大きいのが中国であります。したがいまして、この中国との戦争状態の終結は、そういう国際上の先例があるにしても、やはり正規な条約の形をとり、そして国会の承認を受けるというような取り扱いをすべきものではなかったか、私はこう思うのでありますが、これはもうすでに済んだことでありますから、一つの評価の問題として申し上げておきたいと思います。
次に、台湾の帰属の問題についてお尋ねしたいと思うのであります。
これもサンフランシスコ条約の第二条(b)項では、「日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。」こうなっております。それから日華平和条約の第二条では、「日本国は、」サンフランシスコ条約第二条に基づき、「台湾及び澎湖諸島並びに新南群島及び西沙群島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄したことが承認される。」こうなっております。それで、今度の日中共同声明の中では、「中華人民共和国は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。」こうなっておりますが、私の考えでは、この台湾の帰属については、少なくもこの日中共同声明の中にある、中国が「中華人民共和国の領土の不可分の一部である」、こう表明したのに対して、日本国政府はこの中華人民共和国の立場を承認する、こういう表現に当然なるべきだったのではないか、こう思うわけですが、それがそういうふうな明確な表現ではなくて、「理解し、尊重し、」そして「ポツダム宣言第八項の立場を堅持する。」こういうふうな、何かやはり奥歯に物がはさまったような表現になっておりますが、この関係の御説明をひとつ願いたいと思います。
大
大森誠一#9
○大森政府委員 ただいま先生御指摘のように、台湾の問題につきましては、日中共同声明第三項にはっきりと述べられているとおりでございます。
この点につきましては、この日中共同声明が発出されました直後の、昭和四十七年十月の大平外務大臣による外交演説に次のようなくだりがありますので、参考のために読ましていただきたいと存じます。
台湾の地位に関してでございますが、サンフランシスコ平和条約により台湾を放棄したわが国といたしましては、台湾の法的地位につきまして独自の認定を行なう立場にないことは、従来から政府が繰り返し明らかにしておるとおりでございます。しかしながら、他方、カイロ宣言、ポツダム宣言の経緯に照らせば、台湾は、これらの両宣言が意図したところに従い中国に返還されるべきものであるというのが、ポツダム宣言を受諾した政府の変わらない見解であります。共同声明に明らかにされておる「ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」との政府の立場は、このような見解をあらわしたものであります。
これが大平外務大臣の外交演説のくだりでございまして、これは現在も変わらざる政府の立場でございます。
この発言だけを見る →この点につきましては、この日中共同声明が発出されました直後の、昭和四十七年十月の大平外務大臣による外交演説に次のようなくだりがありますので、参考のために読ましていただきたいと存じます。
台湾の地位に関してでございますが、サンフランシスコ平和条約により台湾を放棄したわが国といたしましては、台湾の法的地位につきまして独自の認定を行なう立場にないことは、従来から政府が繰り返し明らかにしておるとおりでございます。しかしながら、他方、カイロ宣言、ポツダム宣言の経緯に照らせば、台湾は、これらの両宣言が意図したところに従い中国に返還されるべきものであるというのが、ポツダム宣言を受諾した政府の変わらない見解であります。共同声明に明らかにされておる「ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」との政府の立場は、このような見解をあらわしたものであります。
これが大平外務大臣の外交演説のくだりでございまして、これは現在も変わらざる政府の立場でございます。
高
高沢寅男#10
○高沢委員 いま条約局長からその大平外務大臣の言葉も紹介されたわけでありますが、大平大臣の言うカイロ宣言、ポツダム宣言で中国に返還するという表現ですが、カイロ宣言の文書をごらんいただけば、「中華民国ニ返還スル」、こうなっているわけであります。中華民国に返還するということと、今回の「中華人民共和国の領土の不可分の一部である」というこの関係というものは、一体どういうふうにつなげる考えなんですか。
この発言だけを見る →大
大森誠一#11
○大森政府委員 御指摘のように、カイロ宣言それ自体の文言は「中華民国」という言葉になっております。この点につきましては、先ほど私が申し上げたことに関連するわけでございますが、ここで言っている中華民国というものは、中国という国を正統に代表している中華民国政府が参加した宣言、ポツダム宣言ということからきているところでございまして、したがって、カイロ宣言には「中華民国」という表現がございますけれども、その意図いたしましたところは中国ということでございますので、先ほどの大平大臣の演説の該当部分がそれについて述べられているわけでございます。
この発言だけを見る →高
高沢寅男#12
○高沢委員 次へ進みますが、請求権の問題です。
請求権の問題では、サンフランシスコ条約の第十九条では、日本国及び日本国民のすべての対連合国請求権の放棄が規定されておりますし、日華平和条約第三条でもまたそのことが規定されて、特にこの日華平和条約では、「日本国政府と中華民国政府との間の特別取極の主題とする。」請求権の問題、こうなっていますが、この特別の取り決めというのはその後何かやられたのですか。
この発言だけを見る →請求権の問題では、サンフランシスコ条約の第十九条では、日本国及び日本国民のすべての対連合国請求権の放棄が規定されておりますし、日華平和条約第三条でもまたそのことが規定されて、特にこの日華平和条約では、「日本国政府と中華民国政府との間の特別取極の主題とする。」請求権の問題、こうなっていますが、この特別の取り決めというのはその後何かやられたのですか。
大
大森誠一#13
○大森政府委員 ただいま先生御指摘の日華平和条約の規定につきましては、これはわが方と台湾との間の財産請求権問題についてはサンフランシスコ平和条約第四条(a)項により、他の分離地域の場合と同様に、わが国と台湾の施政当局との間の特別取り決めによって処理されるべき旨規定されているわけでございます。しかしながら、わが国と台湾の施政当局間の特別取り決めによる処理が実現に至らない状況で日中国交正常化が実現いたしました結果、台湾の施政当局との間でこのような処理を行うことができなくなったというのが実情でございます。
この発言だけを見る →高
高沢寅男#14
○高沢委員 いまの条約局長の御説明で、結局その本質は出たと私は思うのですが、日華平和条約でこういう特別の取り決めを行うという、条約でうたって、しかしその後今回の中華人民共和国との国交正常化までの間、この取り決めという処理がなされなかったというこのことに、結局中華民国政府というものは中国を代表できる政府でないということの、その本体というものはそういう形で示されているんじゃないのか、こう私は思うわけです。
したがいまして、今度中華人民共和国と国交が正常化されたというこの立場は、要するに中国を代表するのは中華人民共和国の政府であるということを認められたからそういう日中の共同声明も結ばれた、そして今度の日中平和友好条約もひとつ締結された、こういうことではないかと思うのですが、この点についてはひとつ大臣の見解をお聞きしたいと思います。
この発言だけを見る →したがいまして、今度中華人民共和国と国交が正常化されたというこの立場は、要するに中国を代表するのは中華人民共和国の政府であるということを認められたからそういう日中の共同声明も結ばれた、そして今度の日中平和友好条約もひとつ締結された、こういうことではないかと思うのですが、この点についてはひとつ大臣の見解をお聞きしたいと思います。
園
園田直#15
○園田国務大臣 御発言のとおりでございます。
ちょっと委員長、この際お許しをいただいて……。昨日、曽祢委員の質問に対して、私が中国側に正当な効果のある通告をするのかと確認してまいりましたというこの通告は、手続という言葉に訂正させていただきます。
この発言だけを見る →ちょっと委員長、この際お許しをいただいて……。昨日、曽祢委員の質問に対して、私が中国側に正当な効果のある通告をするのかと確認してまいりましたというこの通告は、手続という言葉に訂正させていただきます。
高
高沢寅男#16
○高沢委員 そういたしますと、つまりいまの大臣のお答えでは現在中国を正統にまた有効に代表するのは中華人民共和国の政府であるということをお認めになったわけですが、これは私の考えでは、現在のみならず、すでに一九五二年、わが国が日華平和条約を結んだあの当時でもすでにそうだったということではないかと思うのです。なぜかと言えば、当時でもすでに台湾の中華民国政府というのは、中国本土から追い出されて亡命して、そして台湾という全く中国全体から見れば一部分にしがみついていた地方政権にすぎないというような存在であったことは、あの当時もいまも何らの変わりはないわけであります。
そういたしますと、現在中華人民共和国の政府が正統な政府であるということをいま政府が認められたということは、一九五二年のその当時、中華民国政府をそういう政府と認定して、そして日華平和条約を結んだ立場が間違いであったということをみずから認めたということになるんではないか、こう私は思うのですが、大臣のお考え、いかがでしょうか。――大臣に聞いています。
この発言だけを見る →そういたしますと、現在中華人民共和国の政府が正統な政府であるということをいま政府が認められたということは、一九五二年のその当時、中華民国政府をそういう政府と認定して、そして日華平和条約を結んだ立場が間違いであったということをみずから認めたということになるんではないか、こう私は思うのですが、大臣のお考え、いかがでしょうか。――大臣に聞いています。
大
大森誠一#17
○大森政府委員 大臣がお答えになります前に、事務的な面だけに限りまして私からお答えさせていただきます。
先ほど大臣が、高沢先生御指摘の中華人民共和国政府が中国の正統政府であるということを日本は認めている、この点につきましては、日中共同声明第二項に「日本国政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する。」ということがございまして、その点はきわめて明確にされているところでございます。
なお、一九五二年当時にわが国が中華民国を中国を代表する正統政府として認めていたことにつきましては、これはいろいろな当時の情勢ということもありましたけれども、いずれにいたしましても、それは厳たる事実でございまして、その点についてのどう評価するということは、これはまた別の問題であろうかと存じます。
この発言だけを見る →先ほど大臣が、高沢先生御指摘の中華人民共和国政府が中国の正統政府であるということを日本は認めている、この点につきましては、日中共同声明第二項に「日本国政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する。」ということがございまして、その点はきわめて明確にされているところでございます。
なお、一九五二年当時にわが国が中華民国を中国を代表する正統政府として認めていたことにつきましては、これはいろいろな当時の情勢ということもありましたけれども、いずれにいたしましても、それは厳たる事実でございまして、その点についてのどう評価するということは、これはまた別の問題であろうかと存じます。
園
高
高沢寅男#19
○高沢委員 一九五二年と言えば吉田内閣であります。その当時にさかのぼって、当時の日本の選択が間違いであったということを私はいま認めるように大臣に求めているわけですが、まあ大臣はそこまでは言えないと、こういうことであろうと思いますが、しかし恐らく腹の中ではそのことを大臣も認めておられるのじゃないか、こう私は思うのであります。
しかし、ここで、私は一つの歴史的な教訓があると思うのです。一九五二年に、当時すでに中国を代表できなくなっていた中華民国政府と、あたかもこれが代表であるかのごとく扱って日華平和条約を結んだ。これでこの戦争状態の終結は終わったと、こういうふうな立場を日本政府がとったわけですが、そのことの現実との食い違いの誤り、それがその後日本の外交にとって、あるいは相手の中国にとってもどんなに大きなマイナスを与えたかということは、私はこれは歴史的に否定できないと思う。その大きな間違いあるいはマイナスというものを調整するために、今度の日中共同声明、これでまたどんなに皆さんがそこら辺の国際法のつじつまを合わせる、現実と国際法のつじつまを合わせるために苦労されたかということも、恐らく内心認めておられると思うのです。中江さん、うなずいておられます。
そうであるとすれば、これは私は、大きな歴史の教訓として、今後こういう間違いを二度と繰り返してはならぬということを、日本の外交の立場としてしっかり確立をしてもらいたい、こう思うのであります。今度の日中平和友好条約も、これは今度はこれからの日中間の問題ですが、この条約の扱いにつきましても、したがって、同じように将来、何年かたってあるいは何十年かたって、これはまずかったというふうなことのないような、ひとつそういう運営をぜひお願いしたい、こう思うわけでありますが、これは私の見解を述べたので、別段答弁を要求するものではありません。
それで、次へ進みたいと思いますが、今度の日中平和友好条約の第一条の二項では、「両締約国は、」「相互の関係において、すべての紛争を平和的手段により解決」する。そして、「武力又は武力による威嚇に訴える」ことはしない、そういうことを確認すると、こうなっております。このことは、私、素人考えですが、お互いにそういう武力の行使はしないということをはっきり約束をしているということは、これは日中間にいわゆる不可侵条約というものができたというふうな、そういう内容と受け取っていいのかどうか、それをちょっとお聞きしたいと思います。
この発言だけを見る →しかし、ここで、私は一つの歴史的な教訓があると思うのです。一九五二年に、当時すでに中国を代表できなくなっていた中華民国政府と、あたかもこれが代表であるかのごとく扱って日華平和条約を結んだ。これでこの戦争状態の終結は終わったと、こういうふうな立場を日本政府がとったわけですが、そのことの現実との食い違いの誤り、それがその後日本の外交にとって、あるいは相手の中国にとってもどんなに大きなマイナスを与えたかということは、私はこれは歴史的に否定できないと思う。その大きな間違いあるいはマイナスというものを調整するために、今度の日中共同声明、これでまたどんなに皆さんがそこら辺の国際法のつじつまを合わせる、現実と国際法のつじつまを合わせるために苦労されたかということも、恐らく内心認めておられると思うのです。中江さん、うなずいておられます。
そうであるとすれば、これは私は、大きな歴史の教訓として、今後こういう間違いを二度と繰り返してはならぬということを、日本の外交の立場としてしっかり確立をしてもらいたい、こう思うのであります。今度の日中平和友好条約も、これは今度はこれからの日中間の問題ですが、この条約の扱いにつきましても、したがって、同じように将来、何年かたってあるいは何十年かたって、これはまずかったというふうなことのないような、ひとつそういう運営をぜひお願いしたい、こう思うわけでありますが、これは私の見解を述べたので、別段答弁を要求するものではありません。
それで、次へ進みたいと思いますが、今度の日中平和友好条約の第一条の二項では、「両締約国は、」「相互の関係において、すべての紛争を平和的手段により解決」する。そして、「武力又は武力による威嚇に訴える」ことはしない、そういうことを確認すると、こうなっております。このことは、私、素人考えですが、お互いにそういう武力の行使はしないということをはっきり約束をしているということは、これは日中間にいわゆる不可侵条約というものができたというふうな、そういう内容と受け取っていいのかどうか、それをちょっとお聞きしたいと思います。
大
大森誠一#20
○大森政府委員 ただいま先生は不可侵という言葉をお使いになりましたが、不可侵という意味は、昨日アジア局長の答弁にもございましたように、いわゆる戦争といったような伝統的な国際法のもとにおける概念をもとにしての相互不可侵条約的なものということであれば、若干意味合いを異にするかと思いますけれども、この日中が日中間で相互不可侵ということを誓約し合ったという点につきましては、第一条二項ということからもそれは読めるところかと存じますけれども、第一条第一項において明確に相互不可侵ということをうたっているわけでございます。したがいまして、この日中平和友好条約は、その意味におきまして相互不可侵の面も持った条約であるということは申せると存じます。
この発言だけを見る →高
高沢寅男#21
○高沢委員 私もそうだろうと思うのであります。そういたしますと、もう今後日本と中国の間で二度と戦争をするような事態があってはならぬということを、お互いに確認したということだと思うのですが、それを私は大変評価しながら、ただ、この場合に心配になることは、日本と中国の間に朝鮮半島があるわけであります。その朝鮮はいま南と北に分断されている。そのことによって朝鮮半島で戦争が現実に起きる危険性というものがここに現実に存在している。このことは、私は否定できない現実のアジア情勢だと思うのですね。
そこで、これはあってはならぬことですが、まさに万々万一の可能性として、朝鮮半島において戦争状態が起きる、こういうときに、御承知かと思いますが、朝鮮民主主義人民共和国とソ連、それから朝鮮民主主義人民共和国と中国の間に相互援助条約というものがあります。いわゆるソ朝相互援助条約あるいは中朝相互援助条約というものがあります。この相互援助条約では、朝鮮民主主義人民共和国が他国から武力攻撃を受けたときは、ソビエトもあるいは中国も、武力的な手段も含めてあらゆる援助をする、こういうことがこの条約の中に規定されているわけであります。そうなりますと、このことを考えてみると、日本と中国の間ではこれから絶対に戦争しないということが有効に成り立つためには、朝鮮半島においても絶対に戦争があってはならぬ、こういうことがなければいかぬじゃないか、私はこう思うわけですが、まずその認識の問題について大臣にひとつお考えをお聞きしたいと思います。
この発言だけを見る →そこで、これはあってはならぬことですが、まさに万々万一の可能性として、朝鮮半島において戦争状態が起きる、こういうときに、御承知かと思いますが、朝鮮民主主義人民共和国とソ連、それから朝鮮民主主義人民共和国と中国の間に相互援助条約というものがあります。いわゆるソ朝相互援助条約あるいは中朝相互援助条約というものがあります。この相互援助条約では、朝鮮民主主義人民共和国が他国から武力攻撃を受けたときは、ソビエトもあるいは中国も、武力的な手段も含めてあらゆる援助をする、こういうことがこの条約の中に規定されているわけであります。そうなりますと、このことを考えてみると、日本と中国の間ではこれから絶対に戦争しないということが有効に成り立つためには、朝鮮半島においても絶対に戦争があってはならぬ、こういうことがなければいかぬじゃないか、私はこう思うわけですが、まずその認識の問題について大臣にひとつお考えをお聞きしたいと思います。
園
高
高沢寅男#23
○高沢委員 御認識が一致した上に立ってお尋ねするわけでありますが、いま有事立法ということが盛んに議論されております。これから防衛庁長官にもお聞きしたいと思いますが、その有事立法ということが出てくると、私たちはいわゆる三矢計画というものがすぐに頭に浮かんでくるわけであります。これは、昭和三十八年から、当時の防衛庁の制服グループの人たちが秘密のうちにそういう計画を作成していたということが昭和四十年の国会でわが党の岡田春夫議員から暴露されて、そして追及されたという事実があったわけであります。この三矢計画というものを振り返ってみますと、一言に言えば、要するに朝鮮戦争に対して日本の自衛隊も参加する、こういう内容であったわけであります。この想定によれば、朝鮮の軍事境界線を越えて朝鮮民主主義人民共和国と中国の軍隊が南へ攻め込んでくる、こういうことが起きたと想定をして、それに対して、それは日本にとっても緊急な事態であるということで、日本の内閣総理大臣はそれに対して、国民に向かって共産勢力との戦いを呼びかけるというふうな事態があって、そしてその戦争状態に備えるために、今度は国内体制を臨戦体制にしなければならぬから、そこで、八十七本の立法をやる。その立法は、緊急、必要やむを得ざるときは委員会の審議も省略して直ちに本会議で成立させるとか等々の内容になっていた三矢計画はよく御承知かと思うのでありますが、この計画は、一言で言えば、さっき言いましたように日本が朝鮮と戦争をやる、こういうふうな想定に立った計画であったわけであります。
そうすると、今度また福田総理大臣の指示によって有事立法の検討を進めるというその検討がどういうふうに進むか、私は今後の問題だと思いますが、私の見方では、必ず三矢計画の焼き直しのようなものになるのじゃないのかという危惧を抱くわけでありますが、この点について、金丸防衛庁長官どういうふうにお考えか、お聞きしたいと思うのであります。
この発言だけを見る →そうすると、今度また福田総理大臣の指示によって有事立法の検討を進めるというその検討がどういうふうに進むか、私は今後の問題だと思いますが、私の見方では、必ず三矢計画の焼き直しのようなものになるのじゃないのかという危惧を抱くわけでありますが、この点について、金丸防衛庁長官どういうふうにお考えか、お聞きしたいと思うのであります。
金
金丸信#24
○金丸国務大臣 ただいま防衛庁で実施いたしております防衛研究という問題は、専守防衛という立場で、朝鮮半島に紛争が起きたというような特定の想定のもとに研究は絶対いたしてはおりません。
この発言だけを見る →高
高沢寅男#25
○高沢委員 いままで日本における安全保障の一つの概念として釜山赤旗論という言葉があることは御承知かと思います。朝鮮においてその戦争状態というものはあってはならぬわけですが、仮に万一起きて、そして朝鮮民主主義人民共和国の方が釜山まで制圧をしてくるというような状態になると、釜山にも赤旗が立つ、こういう状態になると、これは即日本の安全が脅かされる事態だ、こういう一つの認識があって、そういうふうな状態を避けるには今度は日本から打って出るべきだ、あるいは出なければならぬ、こういうふうな考え方が現実にあったことは、私はこれは否定できない事実だと思うのであります。いわゆる佐藤・ニクソン共同声明の中で、「韓国の安全は日本自身の安全にとって緊要である」ということを言ったのも、私は実際上そういう内容を意味しているのじゃないのか、こう思うのであります。いま防衛庁長官から、そういうふうな想定は断じてしない、またあり得ない、こういうお答えがあったのですが、このいわゆる釜山赤旗論ということについてお考えをひとつ聞きたいと思います。
この発言だけを見る →金
高
高沢寅男#27
○高沢委員 そうすると、くどいようでももう一度確認したいと思いますが、仮に万々一朝鮮にそういう事態が起きて、そして朝鮮民主主義人民共和国の勢力が釜山まで及んでくるというふうなことがあったとしても、それはあくまで朝鮮の内政問題である。したがって、それに対して日本から軍事的にどうこう発動するような対象ではないということを私はこの際はっきり確認をしてもらいたい、こう思うのですが、これは防衛庁長官及び後外務大臣にひとつお願いします。
この発言だけを見る →金
園