文教委員会
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会
会議録情報#0
昭和五十九年七月四日(水曜日)
午後零時四十四分開議
出席委員
委員長 愛野興一郎君
理事 石橋 一弥君 理事 大塚 雄司君
理事 白川 勝彦君 理事 船田 元君
理事 佐藤 誼君 理事 馬場 昇君
理事 有島 重武君
青木 正久君 臼井日出男君
榎本 和平君 北川 正恭君
小杉 隆君 坂田 道太君
田中 直紀君 高橋 辰夫君
葉梨 信行君 町村 信孝君
松田 九郎君 松永 光君
木島喜兵衛君 佐藤 徳雄君
田中 克彦君 中西 績介君
池田 克也君 伏屋 修治君
田中 慶秋君 滝沢 幸助君
藤木 洋子君 山原健二郎君
江田 五月君
出席国務大臣
文 部 大 臣 森 喜朗君
出席政府委員
文部政務次官 中村 靖君
文部大臣官房長 西崎 清久君
文部省高等教育
局長 宮地 貫一君
委員外の出席者
文教委員会調査
室長 中嶋 米夫君
―――――――――――――
委員の異動
七月三日
辞任 補欠選任
江田 五月君 菅 直人君
同日
辞任 補欠選任
菅 直人君 江田 五月君
同月四日
辞任 補欠選任
稻葉 修君 松永 光君
臼井日出男君 松田 九郎君
河野 洋平君 小杉 隆君
二階 俊博君 田中 直紀君
渡辺 栄一君 高橋 辰夫君
中野 寛成君 田中 慶秋君
同日
辞任 補欠選任
小杉 隆君 河野 洋平君
田中 直紀君 二階 俊博君
高橋 辰夫君 渡辺 栄一君
松田 九郎君 臼井日出男君
松永 光君 稻葉 修君
田中 慶秋君 中野 寛成君
―――――――――――――
七月二日
育英奨学金の即時支給、学生寮の充実等に関す
る請願(小川仁一君紹介)(第七〇三五号)
同(馬場昇君紹介)(第七〇八四号)
私学助成の増額に関する請願外三十九件(村田
敬次郎君紹介)(第七〇三六号)
同(横江金夫君紹介)(第七〇三七号)
同外二件(佐藤観樹君紹介)(第七一二六号)
教育職員免許法等の一部を改正する法律案反対
等に関する請願(梅田勝君紹介)(第七〇三八
号)
同(岡崎万寿秀君紹介)(第七〇三九号)
同(工藤晃君紹介)(第七〇四〇号)
同(佐藤祐弘君紹介)(第七〇四一号)
同(柴田睦夫君紹介)(第七〇四二号)
同(瀬長亀次郎君紹介)(第七〇四三号)
同(田中美智子君紹介)(第七〇四四号)
同(津川武一君紹介)(第七〇四五号)
同(中川利三郎君紹介)(第七〇四六号)
同(中島武敏君紹介)(第七〇四七号)
同(林百郎君紹介)(第七〇四八号)
同(東中光雄君紹介)(第七〇四九号)
同(不破哲三君紹介)(第七〇五〇号)
同(藤田スミ君紹介)(第七〇五一号)
同(正森成二君紹介)(第七〇五二号)
同(松本善明君紹介)(第七〇五三号)
同(三浦久君紹介)(第七〇五四号)
同(蓑輪幸代君紹介)(第七〇五五号)
同外五件(木島喜兵衛君紹介)(第七一二七号
)
同外一件(経塚幸夫君紹介)(第七一二八号)
同(辻第一君紹介)(第七一二九号)
同(林百郎君紹介)(第七一三〇号)
教育職員免許法等の一部を改正する法律案等反
対に関する請願(津川武一君紹介)(第七一二
三号)
同(中川利三郎君紹介)(第七一二四号)
同(中林佳子君紹介)(第七一二五号)
は本委員会に付託された。
―――――――――――――
七月三日
私学助成の充実強化に関する陳情書
(第三三四
号)
国立沖縄国際海洋総合大学創立に関する陳情書
(第三三五号)
教職員定数等改善計画の早期実現に関する陳情
書(第三三六号)
教育施設の整備充実に関する陳情書
(第三
三七号)
社会教育施設整備に関する陳情書
(第三三八
号)
校舎の大規模改修に関する陳情書
(第三三九
号)
埋蔵文化財調査費国庫補助対象基準の拡大に関
する陳情書
(第三四〇号)
教育職員免許法改正反対に関する陳情書
(第三四一号)
は本委員会に参考送付された。
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
日本育英会法案(内閣提出第二五号)
――――◇―――――
この発言だけを見る →午後零時四十四分開議
出席委員
委員長 愛野興一郎君
理事 石橋 一弥君 理事 大塚 雄司君
理事 白川 勝彦君 理事 船田 元君
理事 佐藤 誼君 理事 馬場 昇君
理事 有島 重武君
青木 正久君 臼井日出男君
榎本 和平君 北川 正恭君
小杉 隆君 坂田 道太君
田中 直紀君 高橋 辰夫君
葉梨 信行君 町村 信孝君
松田 九郎君 松永 光君
木島喜兵衛君 佐藤 徳雄君
田中 克彦君 中西 績介君
池田 克也君 伏屋 修治君
田中 慶秋君 滝沢 幸助君
藤木 洋子君 山原健二郎君
江田 五月君
出席国務大臣
文 部 大 臣 森 喜朗君
出席政府委員
文部政務次官 中村 靖君
文部大臣官房長 西崎 清久君
文部省高等教育
局長 宮地 貫一君
委員外の出席者
文教委員会調査
室長 中嶋 米夫君
―――――――――――――
委員の異動
七月三日
辞任 補欠選任
江田 五月君 菅 直人君
同日
辞任 補欠選任
菅 直人君 江田 五月君
同月四日
辞任 補欠選任
稻葉 修君 松永 光君
臼井日出男君 松田 九郎君
河野 洋平君 小杉 隆君
二階 俊博君 田中 直紀君
渡辺 栄一君 高橋 辰夫君
中野 寛成君 田中 慶秋君
同日
辞任 補欠選任
小杉 隆君 河野 洋平君
田中 直紀君 二階 俊博君
高橋 辰夫君 渡辺 栄一君
松田 九郎君 臼井日出男君
松永 光君 稻葉 修君
田中 慶秋君 中野 寛成君
―――――――――――――
七月二日
育英奨学金の即時支給、学生寮の充実等に関す
る請願(小川仁一君紹介)(第七〇三五号)
同(馬場昇君紹介)(第七〇八四号)
私学助成の増額に関する請願外三十九件(村田
敬次郎君紹介)(第七〇三六号)
同(横江金夫君紹介)(第七〇三七号)
同外二件(佐藤観樹君紹介)(第七一二六号)
教育職員免許法等の一部を改正する法律案反対
等に関する請願(梅田勝君紹介)(第七〇三八
号)
同(岡崎万寿秀君紹介)(第七〇三九号)
同(工藤晃君紹介)(第七〇四〇号)
同(佐藤祐弘君紹介)(第七〇四一号)
同(柴田睦夫君紹介)(第七〇四二号)
同(瀬長亀次郎君紹介)(第七〇四三号)
同(田中美智子君紹介)(第七〇四四号)
同(津川武一君紹介)(第七〇四五号)
同(中川利三郎君紹介)(第七〇四六号)
同(中島武敏君紹介)(第七〇四七号)
同(林百郎君紹介)(第七〇四八号)
同(東中光雄君紹介)(第七〇四九号)
同(不破哲三君紹介)(第七〇五〇号)
同(藤田スミ君紹介)(第七〇五一号)
同(正森成二君紹介)(第七〇五二号)
同(松本善明君紹介)(第七〇五三号)
同(三浦久君紹介)(第七〇五四号)
同(蓑輪幸代君紹介)(第七〇五五号)
同外五件(木島喜兵衛君紹介)(第七一二七号
)
同外一件(経塚幸夫君紹介)(第七一二八号)
同(辻第一君紹介)(第七一二九号)
同(林百郎君紹介)(第七一三〇号)
教育職員免許法等の一部を改正する法律案等反
対に関する請願(津川武一君紹介)(第七一二
三号)
同(中川利三郎君紹介)(第七一二四号)
同(中林佳子君紹介)(第七一二五号)
は本委員会に付託された。
―――――――――――――
七月三日
私学助成の充実強化に関する陳情書
(第三三四
号)
国立沖縄国際海洋総合大学創立に関する陳情書
(第三三五号)
教職員定数等改善計画の早期実現に関する陳情
書(第三三六号)
教育施設の整備充実に関する陳情書
(第三
三七号)
社会教育施設整備に関する陳情書
(第三三八
号)
校舎の大規模改修に関する陳情書
(第三三九
号)
埋蔵文化財調査費国庫補助対象基準の拡大に関
する陳情書
(第三四〇号)
教育職員免許法改正反対に関する陳情書
(第三四一号)
は本委員会に参考送付された。
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
日本育英会法案(内閣提出第二五号)
――――◇―――――
愛
馬
馬場昇#2
○馬場委員 奨学事業は、文教行政の中で最も重要な柱であることは当然のことでございますが、この育英奨学事業が昭和十九年に設立されましてから四十年間、あの戦争中や戦後の苦しい時代にもこの奨学資金に利子をつけるというようなことはなかったわけでございます。今回提案されております法律の改正で利子をつけるということが初めて出てきたわけでございまして、私は今これを法律の改正と言いましたけれども、改正という言葉は使えなくて、育英奨学制度の変質だ、こう言っても言い過ぎではない、私はこういうぐあいに思います。
多くの問題点があるわけでございますので、同僚の各委員がいろいろ問題点について質問をしたわけでございますが、私は、質問を聞いておりまして、疑問が解消したというよりもますます心配が多くなった、こういう気持ちでございます。
それで、いよいよ大詰めになっておりますけれども、重複する部分もたくさんあると思いますが、さらに問題を明らかにするために質問をさせていただきたいと思います。
その前に、一つ確認しておきたいことがございます。それは、私の同僚の佐藤徳雄議員、田中克彦議員、中西績介議員等が本委員会で質問をいたしまして、質問を留保しておる事項についてでございます。
今日の情勢は、いろいろありましても本日採決の段階に行くのではないか。そして、この法案が参議院に移るという段階になっております今日においてもなお、五十九年度に入学いたしました学生生徒が奨学金をもらえずに非常に苦しい立場、憂慮すべき状態が今続いておるわけでございます。
私どもがこの法律を衆議院で審議します過程におきまして、報道機関等の報道もございまして、学生が困っておる、憂慮すべき状態というのは国会の審議がおくれておるからだ、こういうような風潮が出たわけでございまして、これにつきまして私どもがこの衆議院で議論いたします場合に、審議を大変拘束したというような遺憾な状態が実は出てきたわけでございまして、言うならば、人質を取って審議を急がされたというような気持ちもしないわけではなかったわけでございます。
こういう状態でございましたので、少なくとも、国権の最高機関であります参議院の審議が、そういうことでもって自由な慎重な自主的な審議が束縛されてはならないと私は思います。
そういう意味におきまして、実は確認を求めるわけでございますけれども、まず、その第一点は、採用事務がおくれたのは、国会の責任ではなくて文部省の募集事務のおくれである、これが事実でございます。そういう点について文部省の責任を明らかにしながら、困っております学生に対してこの際遺憾の意を表明していただきたい、私はこういうぐあいに思います。大臣、どうですか。
この発言だけを見る →多くの問題点があるわけでございますので、同僚の各委員がいろいろ問題点について質問をしたわけでございますが、私は、質問を聞いておりまして、疑問が解消したというよりもますます心配が多くなった、こういう気持ちでございます。
それで、いよいよ大詰めになっておりますけれども、重複する部分もたくさんあると思いますが、さらに問題を明らかにするために質問をさせていただきたいと思います。
その前に、一つ確認しておきたいことがございます。それは、私の同僚の佐藤徳雄議員、田中克彦議員、中西績介議員等が本委員会で質問をいたしまして、質問を留保しておる事項についてでございます。
今日の情勢は、いろいろありましても本日採決の段階に行くのではないか。そして、この法案が参議院に移るという段階になっております今日においてもなお、五十九年度に入学いたしました学生生徒が奨学金をもらえずに非常に苦しい立場、憂慮すべき状態が今続いておるわけでございます。
私どもがこの法律を衆議院で審議します過程におきまして、報道機関等の報道もございまして、学生が困っておる、憂慮すべき状態というのは国会の審議がおくれておるからだ、こういうような風潮が出たわけでございまして、これにつきまして私どもがこの衆議院で議論いたします場合に、審議を大変拘束したというような遺憾な状態が実は出てきたわけでございまして、言うならば、人質を取って審議を急がされたというような気持ちもしないわけではなかったわけでございます。
こういう状態でございましたので、少なくとも、国権の最高機関であります参議院の審議が、そういうことでもって自由な慎重な自主的な審議が束縛されてはならないと私は思います。
そういう意味におきまして、実は確認を求めるわけでございますけれども、まず、その第一点は、採用事務がおくれたのは、国会の責任ではなくて文部省の募集事務のおくれである、これが事実でございます。そういう点について文部省の責任を明らかにしながら、困っております学生に対してこの際遺憾の意を表明していただきたい、私はこういうぐあいに思います。大臣、どうですか。
宮
宮地貫一#3
○宮地政府委員 この制度改正に当たりまして、私どもとしましても、五十九年度当初から新制度が実施されますように関係予算案及び法案を提出をいたしたわけでございますけれども、種々の要因が重なりまして、現実問題として、奨学金の交付を期待しております多くの学生生徒に事実上、募集事務がおくれますことによりまして学生生活上いろいろ支障が出るような事態になりましたことについては、私どもとしてもまことに遺憾に存じております。
この発言だけを見る →馬
馬場昇#4
○馬場委員 大学局長じゃなかったですね。今度何と変わったのですかな。——高等教育局長と変わったのですか。宮地さん、募集事務のおくれは私どもの方の責任とは今おっしゃらなかったようですね。しかし、最初は予約生も全然やらなかった。そして在学生ももちろんやらなかった。国会でやりなさいと言ったらそれをやり始める。それで在学生もやった。やればできることをやらなかったわけですから、そういう点についてはやはり文部省の責任が非常に多い。このことについてははっきりしておるわけでございます。
そこで、大臣にお聞きいたしますが、この間この文教委員会で、各党一致する意見として、大臣に対して、在学生の奨学採用予定者を緊急に救済するため、現行法に基づき、可及的速やかに募集事務を開始されたい、こういう要望を六月二十九日本委員会から文部大臣にしたところでございます。
これについて、国会の各党一致の要請を受けまして可及的速やかにこのことについて実行していただきたいということについて、文部大臣の御決意のほどをお聞きしたいと思います。
この発言だけを見る →そこで、大臣にお聞きいたしますが、この間この文教委員会で、各党一致する意見として、大臣に対して、在学生の奨学採用予定者を緊急に救済するため、現行法に基づき、可及的速やかに募集事務を開始されたい、こういう要望を六月二十九日本委員会から文部大臣にしたところでございます。
これについて、国会の各党一致の要請を受けまして可及的速やかにこのことについて実行していただきたいということについて、文部大臣の御決意のほどをお聞きしたいと思います。
森
森喜朗#5
○森国務大臣 先ほど宮地局長からもお答え申し上げましたように、さまざまな要因もございまして、国会の御審議をお願いをいたしております。その過程の中で奨学金を待望いたしております学生生徒が大変困った状態になっておりましたということについては、私も大変心を痛めておりました。お互いに国会の仕組みや法案の提出、あるいはまた予算はやはり予算関連法案というものを前提にして予算を御審議をいただいて御成立をいただいておりますものの、私ども、政府の立場から言えば、関連法案というもののやはり国会での御判断を得ないと、政府として勝手な動き方といいましょうか、これは政府自身としてはできないと思うのです。そういうことが大変皆様方にも御心配をおかけすることにもなったわけでございますが、幸い各党の皆様方に大変御心配をいただきまして、特に文教委員会で、教育の環境を少しでもよくしていこうというお気持ちで御議論をいただいておるということは、私もよく承知をいたしております。そういうお立場で私に対してお申し入れもいただきました。法律の中で判断をするということは極めて難しい問題も幾つかございましたけれども、各党の皆様方の合意、そしてそれを委員長が代表して院のお考えであるということで私どもにお申し出をくださいました。私どもとしてもできる限りの措置をとって、学生生徒の御心配をいただいている点を少しでも解決をするようにということで努力をいたしてまいりました。
いろいろとこの審議の過程の中でも御注意をいただいたり、また皆様方の各党の御意見も私どもも十分踏まえているわけでございまして、そういう点で、局長から申し上げましたとおり、御心配をいただきましたということについては極めて遺憾であるというふうにも考えておりますし、また、いろいろと御心配をいただき、そして少しでも前進するようにお声をかけてくださいました文教委員会、衆参合わせまして関係の皆様方に、私としても文部大臣の立場で感謝を申し上げたい、こういう気持ちでございます。
どのような方向で進めておるか等々については先生方の方もよく御存じでございます。必要がございましたら事務当局から御説明を申し上げたいと思います。
この発言だけを見る →いろいろとこの審議の過程の中でも御注意をいただいたり、また皆様方の各党の御意見も私どもも十分踏まえているわけでございまして、そういう点で、局長から申し上げましたとおり、御心配をいただきましたということについては極めて遺憾であるというふうにも考えておりますし、また、いろいろと御心配をいただき、そして少しでも前進するようにお声をかけてくださいました文教委員会、衆参合わせまして関係の皆様方に、私としても文部大臣の立場で感謝を申し上げたい、こういう気持ちでございます。
どのような方向で進めておるか等々については先生方の方もよく御存じでございます。必要がございましたら事務当局から御説明を申し上げたいと思います。
馬
馬場昇#6
○馬場委員 この国会の意思を文部大臣は十分尊重して、全力を挙げて可及的速やかに実行していただくという決意でございますが、これを実行されるに当たりまして、これは事務的な面も多いのですが、局長に、これは私の要求といいますか、こうしてもらいたいという希望を申し上げておきたいと思います。
御存じのとおりに、予約奨学生の三万六千人というのはもう募集事務が始まっておるわけでございます。在学採用予定者の八万二千人のうち、特別貸与相当数の四万七千人につきましても募集事務を開始されたと聞いておるわけでございますが、一般貸与相当数の三万五千人、これについては今検討中だと聞いております。
そこで、私の要求ですけれども、この人々の救済につきましても最大限の努力を可及的速やかにとっていただきますように要望しておきたいと思います。
それから、もう一つの点は、現行法による募集と同時に、改正法による募集作業を開始されると実は聞いておるわけですけれども、これは非常に問題でございまして、現在国会で審議中のものは成立するのか成立しないのかわからない。こういうときに、成立するものとして改正法によって募集作業をすることは、国会の審議権の侵害になる、こういうぐあいに私は思います。だから、通ってもいない法律、改正法に基づいて募集の作業は行うべきではない、こういうぐあいに思います。
こういうことにつきまして、行政というのは法律に基づいて仕事をするわけですから、今私の言いました二点については、局長の方でも十分検討されて努力をしていただきたい、この辺について要望をいたしておきます。局長、どうですか。
この発言だけを見る →御存じのとおりに、予約奨学生の三万六千人というのはもう募集事務が始まっておるわけでございます。在学採用予定者の八万二千人のうち、特別貸与相当数の四万七千人につきましても募集事務を開始されたと聞いておるわけでございますが、一般貸与相当数の三万五千人、これについては今検討中だと聞いております。
そこで、私の要求ですけれども、この人々の救済につきましても最大限の努力を可及的速やかにとっていただきますように要望しておきたいと思います。
それから、もう一つの点は、現行法による募集と同時に、改正法による募集作業を開始されると実は聞いておるわけですけれども、これは非常に問題でございまして、現在国会で審議中のものは成立するのか成立しないのかわからない。こういうときに、成立するものとして改正法によって募集作業をすることは、国会の審議権の侵害になる、こういうぐあいに私は思います。だから、通ってもいない法律、改正法に基づいて募集の作業は行うべきではない、こういうぐあいに思います。
こういうことにつきまして、行政というのは法律に基づいて仕事をするわけですから、今私の言いました二点については、局長の方でも十分検討されて努力をしていただきたい、この辺について要望をいたしておきます。局長、どうですか。
宮
馬
馬場昇#8
○馬場委員 次に、この育英奨学金の目的というものについてお伺いをいたしたいと思います。
この目的は、当然今、日本国の教育というものは憲法、教育基本法に基づいて行われておるわけでございますけれども、実はあの敗戦という悲惨なとうとい経験の中から、戦後私どもは、旧憲法、教育勅語による教育から、新憲法、教育基本法による教育をやっていこうということを決定したわけでございます。
実は、個人的なことを申し上げて恐縮ですけれども、私はこの憲法、教育基本法が施行されますときに教員になりました。言うならば、私はこの憲法、教育基本法と同級生だと思っております。
そういう同じ年というのじゃなしに、あの戦争中、国のため天皇のためには国民は喜んで死ぬべきだというような教育体制から、戦後の教育というものは、「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成」、そういう教育に変わったわけでございまして、人間が主人公で、教育行政、国というものはその人格完成のための教育の条件を整備するためにあるんだ、こういうぐあいに変わったわけでございます。
こういうことにつきまして、戦時の教育を受けた者といたしまして、こういう教育、こういう国にしなければならないと、実は戦争の反省の中から、身震いをするほどうれしく感動したのを覚えているわけです。
そういう立場から質問をするわけでございますが、原則的なことを申し上げて失礼ですけれども、憲法、教育基本法の理念に従いまして、その理念の実現のためにこの育英奨学事業はあるんだ、私はこう思うのですけれども、いかがですか。
この発言だけを見る →この目的は、当然今、日本国の教育というものは憲法、教育基本法に基づいて行われておるわけでございますけれども、実はあの敗戦という悲惨なとうとい経験の中から、戦後私どもは、旧憲法、教育勅語による教育から、新憲法、教育基本法による教育をやっていこうということを決定したわけでございます。
実は、個人的なことを申し上げて恐縮ですけれども、私はこの憲法、教育基本法が施行されますときに教員になりました。言うならば、私はこの憲法、教育基本法と同級生だと思っております。
そういう同じ年というのじゃなしに、あの戦争中、国のため天皇のためには国民は喜んで死ぬべきだというような教育体制から、戦後の教育というものは、「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成」、そういう教育に変わったわけでございまして、人間が主人公で、教育行政、国というものはその人格完成のための教育の条件を整備するためにあるんだ、こういうぐあいに変わったわけでございます。
こういうことにつきまして、戦時の教育を受けた者といたしまして、こういう教育、こういう国にしなければならないと、実は戦争の反省の中から、身震いをするほどうれしく感動したのを覚えているわけです。
そういう立場から質問をするわけでございますが、原則的なことを申し上げて失礼ですけれども、憲法、教育基本法の理念に従いまして、その理念の実現のためにこの育英奨学事業はあるんだ、私はこう思うのですけれども、いかがですか。
森
森喜朗#9
○森国務大臣 ただいま馬場先生、御自分がちょうど教員におなりになりましたときの思い出を含めまして、育英奨学制度についての先生のお考え方を述べられました。基本的には先生のお考えどおりであろうというふうに私も思います。
憲法そして教育基本法の理念に基づく民主的、文化的そして平和的な国家をつくる。その国家の構成者としての人間形成を目指す、それが教育の基本的な理念だと私どもは考えております。そういう中で、日本の将来の国家を構築するその形成者としての人間完成を目指すための教育の機会均等ということを国が大きく打ち出した制度でございますので、私どもとしては、そのことをさらにできるだけ改善をし、そしてまた、その対象が少しでも多くなるように事業として充実していきますように、私どもは念願として取り組んでおるわけでございます。
この発言だけを見る →憲法そして教育基本法の理念に基づく民主的、文化的そして平和的な国家をつくる。その国家の構成者としての人間形成を目指す、それが教育の基本的な理念だと私どもは考えております。そういう中で、日本の将来の国家を構築するその形成者としての人間完成を目指すための教育の機会均等ということを国が大きく打ち出した制度でございますので、私どもとしては、そのことをさらにできるだけ改善をし、そしてまた、その対象が少しでも多くなるように事業として充実していきますように、私どもは念願として取り組んでおるわけでございます。
馬
馬場昇#10
○馬場委員 これは局長にお尋ねしますけれども、この育英会法の第一条の目的の中に「優れた学生及び生徒であって」という言葉が入っております。この「優れた学生及び生徒であって」云々ということは、これは憲法、教育基本法のどこから来ているのですか、お尋ねします。
この発言だけを見る →宮
宮地貫一#11
○宮地政府委員 御指摘のように、今回の育英会法改正案の目的では、「優れた学生及び生徒であって経済的理由により修学に困難があるものに対し、学資の貸与等を行うことにより、」云々という目的規定になっておるわけでございまして、御指摘の「優れた学生及び生徒」という事柄については、憲法及び教育基本法では文言として直接出ておりません。ただ、国の予算の制約の中で学資貸与事業を実施いたします際に、学業成績がよりすぐれた者を対象とすること自体は、これは私どもとしては予算の制約というものがある以上はその点はやむを得ない点であろうかと思っておりまして、学業成績の要素を加味して採用選考を行うということ自体は教育の機会均等の趣旨に反するものでないというぐあいに私どもは理解をいたしておるところでございます。
この発言だけを見る →馬
馬場昇#12
○馬場委員 今局長は、すぐれた学生生徒というものに対する機会均等、これは憲法、教育基本法にはどこにも書いてないとおっしゃいました。そのとおりです。ところが、限られた予算、行政という立場でやるのだと。しかし、いかに限られた予算であろうとも、行政であろうとも、憲法、教育基本法に違反するようなことはできないはずでございます。そうでしょう。
そこで、すぐれた学生生徒、そういうものに対する機会均等というのは、すべての国民に対してという教育基本法、憲法の理念に反するのですよ。そういう規定になると私は思うのです、これは先ほど言いましたように。そうなりませんか。
この発言だけを見る →そこで、すぐれた学生生徒、そういうものに対する機会均等というのは、すべての国民に対してという教育基本法、憲法の理念に反するのですよ。そういう規定になると私は思うのです、これは先ほど言いましたように。そうなりませんか。
宮
宮地貫一#13
○宮地政府委員 そのこと自身は先ほど御説明をしたことに尽きるわけでございますけれども、私ども、この育英会法の今回お願いをしております改正案でもそういう規定でお願いをしておるわけでございますけれども、憲法二十六条では、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」という規定があるわけでございまして、御指摘の憲法なり教育基本法で定めております事柄が現実的に実現されることが、私どもとしても目標として持っている事柄としてはそのとおりであろうかと思いますが、現実の施策として今日ただいま対応できる政府の対応といたしましては、現在御提案を申し上げておりますような育英会法の目的のような形にならざるを得ないのが現実である。そして、理想としては御指摘のような方向を志向するということはもちろん持っていなければならないかと思いますけれども、そういう法律の定め方をすること自身、そのこと自身が憲法なり教育基本法に定めております事柄に違背するものだというぐあいには私どもは理解をしないわけでございます。望むべき理想としてはそうあらねばならないと思っておりますけれども、現実の今日ただいまでとり得る方策としては、こういう「優れた学生及び生徒」を対象とする考え方をとるというのが、今回御提案を申し上げております規定の趣旨でございます。
この発言だけを見る →馬
馬場昇#14
○馬場委員 理解をしておらぬ、自分たちが考えることが正しいんだというような言い方でございますけれども、では、具体的に聞きますと、「すべて国民は、ひとしく、」ということが教育基本法三条にありますね。それから憲法二十六条にも、「その能力に応じて、ひとしく教育を受ける」、この「すべて国民は、ひとしく、」というのと、育英会法の目的に出ておりますところの「優れた学生及び生徒」、これは違うんじゃないですか。一致しますか。どうですか。
この発言だけを見る →宮
宮地貫一#15
○宮地政府委員 その点は先ほども申し上げたわけでございますけれども、教育基本法で教育の基本方針を定めておるわけでございまして、具体的な事柄の定めといたしましては、学校教育法以下個別にそれぞれ法律の規定を定めまして、今日の教育行政全般の執行が行われているわけでございます。
教育基本法において能力ある者という抽象的な表現になっておりますけれども、それに基づきまして具体的に事業を実施をいたします法律の定めとして、従来から御説明しておりますように、日本育英会は、教育の機会均等に加えまして人材育成ということも目的に掲げておる。そのことの理由としては、先ほど来御説明したことに尽きるわけでございますけれども、そういう学業成績にすぐれていることと経済的困難性を要件として目的規定にこういう表現で規定をしているわけでございます。
また、憲法二十六条も、もちろん規定にございますように「法律の定めるところにより、」という規定があるわけでございまして、個別のそれぞれの実施に当たりましては、それぞれ実施するための個々の法律が定められるというのが全体の仕組みというぐあいに私どもは理解をしているわけでございます。
そこで、この日本育英会法の規定にいたしましても、現在政府としてとり得る施策としては、こういう人材育成という観点も含めた考え方ということになるわけでございまして、その点では、御指摘のように、憲法なり教育基本法が目指している事柄を全面的に実現していないではないかというおしかりは、確かに私どもその点は御指摘のとおりかと思うのでございますけれども、ただいま御提案申し上げられる政府のとるべき具体的な施策としての日本育英会の育英事業というものについて申し上げれば、この目的規定に沿った対応が今日とり得る事柄であって、したがって、そういう対応すること自身が、そのこと自身が直ちに憲法の規定なりあるいは教育基本法の定めていることから違背をしているんだというぐあいには私は考えないわけでございまして、御指摘の点は、将来の努力目標として私どもも考えなければならない点であることは重々承知をしているわけでございますけれども……(馬場委員「何を言っているかさっぱりわからぬから、やめていいよ」と呼ぶ)現実の施策としてとっております育英会の育英奨学事業としては、こういう目的を持って執行するという考え方でこの法案を御提案申し上げているわけでございます。
この発言だけを見る →教育基本法において能力ある者という抽象的な表現になっておりますけれども、それに基づきまして具体的に事業を実施をいたします法律の定めとして、従来から御説明しておりますように、日本育英会は、教育の機会均等に加えまして人材育成ということも目的に掲げておる。そのことの理由としては、先ほど来御説明したことに尽きるわけでございますけれども、そういう学業成績にすぐれていることと経済的困難性を要件として目的規定にこういう表現で規定をしているわけでございます。
また、憲法二十六条も、もちろん規定にございますように「法律の定めるところにより、」という規定があるわけでございまして、個別のそれぞれの実施に当たりましては、それぞれ実施するための個々の法律が定められるというのが全体の仕組みというぐあいに私どもは理解をしているわけでございます。
そこで、この日本育英会法の規定にいたしましても、現在政府としてとり得る施策としては、こういう人材育成という観点も含めた考え方ということになるわけでございまして、その点では、御指摘のように、憲法なり教育基本法が目指している事柄を全面的に実現していないではないかというおしかりは、確かに私どもその点は御指摘のとおりかと思うのでございますけれども、ただいま御提案申し上げられる政府のとるべき具体的な施策としての日本育英会の育英事業というものについて申し上げれば、この目的規定に沿った対応が今日とり得る事柄であって、したがって、そういう対応すること自身が、そのこと自身が直ちに憲法の規定なりあるいは教育基本法の定めていることから違背をしているんだというぐあいには私は考えないわけでございまして、御指摘の点は、将来の努力目標として私どもも考えなければならない点であることは重々承知をしているわけでございますけれども……(馬場委員「何を言っているかさっぱりわからぬから、やめていいよ」と呼ぶ)現実の施策としてとっております育英会の育英奨学事業としては、こういう目的を持って執行するという考え方でこの法案を御提案申し上げているわけでございます。
馬
馬場昇#16
○馬場委員 質問したことに答えてください。時間が余りないんですからね。
だから、端的に聞きますと、「優れた学生及び生徒であって」というのは、憲法二十六条で言う「その能力に応じて、」ここから出てきているんだ、さっき「能力に応じて、」と憲法にもあるとおっしゃいましたけれども、ここから出てきているんだ、こういう御説明をされたと聞いていいですか。
この発言だけを見る →だから、端的に聞きますと、「優れた学生及び生徒であって」というのは、憲法二十六条で言う「その能力に応じて、」ここから出てきているんだ、さっき「能力に応じて、」と憲法にもあるとおっしゃいましたけれども、ここから出てきているんだ、こういう御説明をされたと聞いていいですか。
宮
馬
馬場昇#18
○馬場委員 御承知のとおりに、憲法に違反する法律は無効ということが憲法九十八条に書いてあるわけでございますが、そこで、いろいろ押し問答してもなかなか、ですから具体的に言いますけれども、私は、あなたの今の答弁は全然理解もできません。もちろん納得もできないわけでございますが、私がおもんぱかるに、この前の昭和十九年にできました旧法に「優秀ナル学徒」とありますね。これをちょっと言葉を「優れた学生及び生徒であって」、こういうことに移したわけじやありませんか。これは旧憲法、教育勅語時代の目的ですよ。「優秀ナル学徒ニシテ」、これを片仮名を漢字、平仮名に直して移しかえたわけじやありませんか。これが新しい憲法、教育基本法の体制の中に溶け込んでおるはずはない。そして法律法律とおっしゃいますけれども、憲法に違反する法律は無効でしょう。そして、今聞きましたところが、「能力に応じて、」ということがあるとおっしゃいました。確かに「能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利」とありますが、ちょっとここで聞きますけれども、この憲法、教育基本法に言う「能力に応じて、」というのは、あなた方が具体的に行政をなさる場合に、これは学業成績を意味するのですか、この「能力に応じて、」というのは。どうですか。
この発言だけを見る →宮
馬
馬場昇#20
○馬場委員 そうしたら、この育英会法では、「能力に応じて、」というのがその学業ということで答弁があったわけですけれども、ここで一般貸与は三・二という平均がありますね。特別貸与は三・五。能力というのはこういうことで判断していいのですか。三・二とか三・五、この平均で、それで能力を判定していいのですか。
この発言だけを見る →宮
宮地貫一#21
○宮地政府委員 判定の仕方は、具体的に育英奨学事業でだれを奨学生にするかの採用決定に当たりましては、もちろん総合的に判断をすべきものと考えておりますけれども、先生御指摘の、能力があるということが三・一とか三・五ということかというお尋ねでございますと、奨学生を採用する際の一つの学力基準として、採用する際の公平その他いろいろな要素から、「優れた学生及び生徒」という事柄を判定する一つの目安といいますか、基準といたしまして三・二、現行の育英会法で申し上げれば、一般貸与については三・二以上というようなとらえ方をしているわけでございまして、能力があるということ自身が、それでは三・二以下は能力がないかというぐあいにお尋ねがあると、その点は大変申し上げにくいのでございますけれども、すぐれたという一つの学力的な判定を見る目安として、現行の一般貸与で言えば三・二というような基準を用いているわけでございまして、その点は、学業成績を加味した場合の判定の基準というぐあいに御理解をいただければと思います。
この発言だけを見る →馬
馬場昇#22
○馬場委員 具体的にお尋ねしますと、そうしたら、例えばある生徒がおりまして、この人は非常に芸術的にすぐれておる。学校の相対評価は、評価にならぬと私は思いますけれども、皆さん方が使っている三・二というものを割り出す基礎になっておりますが、その人が例えば芸術部面が五であったとする。あるいは理数の方は余り、五点評価でいって二とか一とかであったとする。そういう例はたくさんあるわけでございます。そうした場合に、この人は、平均してみたところ三・二にならなかった。この人はすぐれた学生ではないのですか。そうして、「能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利」というのはこの人にはないのですか、どうですか。
この発言だけを見る →宮
宮地貫一#23
○宮地政府委員 一般的に学力基準を考えております理由でございますけれども、出願者を学校長が育英会に推薦する場合、あるいはその者が育英会の選考を受ける資格要件を備えているかどうかを判定する場合、また育英会が学校長の推薦を受けた者について奨学生を選考する場合に用いておるわけでございます。これは例えば大学に入りました際に、高等学校の成績について見ておるわけでございまして、先生御指摘のような、例えば芸術的な分野で非常にすぐれた才能を持っておるけれども、高等学校成績で言えば平均的には三・二に入らないような者はどうなるのかというお尋ねでございますが、ただいまの基準で申し上げますと、一応三・二以上を一般貸与の対象としているという点からすれば、採用の基準には該当しないということになるわけでございます。
この発言だけを見る →馬
馬場昇#24
○馬場委員 そうしたならば、この「能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」そして、経済的理由によってその教育の機会均等が失われてはならないとする憲法、教育基本法の精神からしますと、例えばこの人は芸術にすぐれた能力を持っているわけです。ところがこの人は奨学生にはなれない。これはこの人から見ますと憲法、教育基本法違反ではありませんか。能力というのは、各人の持っておるところの個性だとか特性を含めて、ほかの者との比較ではなしに、その人の能力、それに基づいてひとしく教育を受ける権利があるわけでございます。これこそ憲法、教育基本法に言う基本的人権ではありませんか。今言った例の人が奨学金を受けられないということ、これこそ基本的人権の侵害だし、憲法、教育基本法に違反している。こういうやり方を今あなた方は、育英会ではやっておられるわけです。そしてまた、ペーパーテストで時間を区切って書かせて点数をとっている。あるいは人間を見た場合に、わせの人もおればおくての人もおる。それをある年齢のところで区切って、十八歳だ十五歳だというところでそれをやっておる。どこから見ても、今のような学業判定の方法——能力と今のような判定による学業成績というのは一致しない。これは事実現在そうなっておるわけでございます。
そういうことから考えてみますと、先ほど言いましたように、育英会のすぐれた者という目的にある考え方というのは、大日本育英会法、旧憲法、教育勅語のあの目的をそのまま移しかえたものであって一あの思想というのは英才教育ですよ。そういうものを貫く目的がここに現存しておる、私はこういうことが言えるのじゃないかと思うのです。
これは文部大臣に質問いたしますけれども、今、教育改革、臨教審、そういう中で、文部大臣はこの委員会でも答弁なさった、あるいは本会議、予算委員会、内閣委員会でも、今日の教育の荒廃というものの原因として、学歴社会があるし受験地獄があるし、そして共通一次テスト、偏差値による輪切りの教育、こういうものが非常に問題だ、教育の荒廃になっている、この臨教審の中において、教育改革の中において、共通一次テストであるとか偏差値による輪切りとか、十八歳でその人の一生が決まってしまう、あるいは十五歳のペーパーテストによってその人の一生が決まってしまう、そこに教育荒廃の原因があるのだ、こういうことは改めなければならぬということを、文部大臣はしょっちゅう言っておられるわけです。私もそれには賛成です。ところが、育英会法の今提案されているのを見ますと、森さんが一番心配しているようなことが現実として行われるという状況になっているのです。これについて文部大臣、どうですか。
この発言だけを見る →そういうことから考えてみますと、先ほど言いましたように、育英会のすぐれた者という目的にある考え方というのは、大日本育英会法、旧憲法、教育勅語のあの目的をそのまま移しかえたものであって一あの思想というのは英才教育ですよ。そういうものを貫く目的がここに現存しておる、私はこういうことが言えるのじゃないかと思うのです。
これは文部大臣に質問いたしますけれども、今、教育改革、臨教審、そういう中で、文部大臣はこの委員会でも答弁なさった、あるいは本会議、予算委員会、内閣委員会でも、今日の教育の荒廃というものの原因として、学歴社会があるし受験地獄があるし、そして共通一次テスト、偏差値による輪切りの教育、こういうものが非常に問題だ、教育の荒廃になっている、この臨教審の中において、教育改革の中において、共通一次テストであるとか偏差値による輪切りとか、十八歳でその人の一生が決まってしまう、あるいは十五歳のペーパーテストによってその人の一生が決まってしまう、そこに教育荒廃の原因があるのだ、こういうことは改めなければならぬということを、文部大臣はしょっちゅう言っておられるわけです。私もそれには賛成です。ところが、育英会法の今提案されているのを見ますと、森さんが一番心配しているようなことが現実として行われるという状況になっているのです。これについて文部大臣、どうですか。
森
森喜朗#25
○森国務大臣 お答え申し上げますのに正直申し上げて大変適当室言葉が出てこないのですが、基本的には、馬場さんが今おっしゃっておられるように、旧憲法のそういう精神の中での当時の「優秀ナル学徒ニシテ」云々ということをそのまま置きかえたということではないと思います。
いろいろと議論の分かれるところでありますが、いろいろ議論した結果、やはり国の税金をある意味では財源として、勉強しようという意欲のある人に貸してあげるわけですね。ですから、勉強してくれなければ困るわけで、遊んでいる人に貸すのでは国民が理解をしてくれないと思うのです。では、勉強する人に差し上げますよ、遊ぶ人には貸しませんよということはなかなか法律の中には書きにくいと思うのですね。もちろん能力に応じてですから、勉強しても勉強できない子もいると思います。
それから、今先生も例として取り上げられたように、特定の一つの、例えば芸術分野、音楽とか絵とかそういうものに対して大変なひらめき、才能がある。しかしほかの数学や英語も悪かった。したがってそれが三・二より下になる。この人たち、かわいそうじゃないか。それはおっしゃるとおりだと思うのですね。しかし、まじめに勉強する人たちに対して国民の皆さんが税金として納めてくださった財源をお貸しするんですから、やはりまじめにやってくださったかどうかということの判断は、結果的にはある程度の成績をおさめてくださることによって判断するしかない。これは無数にありますから、特定の分け方をして、例えばほかのものが悪くても芸術部門やこの部門だけはすばらしい成績があれば結構ですよというふうに書ければいいですけれども、そんなことは現実に法律の中にはなじまないと思うのです。努力して一生懸命に学んでくれたという学生を結果的に総合的に表現するということになれば、「優れた学生及び生徒」と書かざるを得ないことになるのじゃないでしょうか。そのことによって選別をしているという、昔の「優秀ナル学徒ニシテ」ということをそのまま現代文に置きかえたというふうにお考えいただくというのは、ちょっとつらいところだなと思うのです。
ただ、現実の問題としては、三・五や三・二というのは、希望者を募る、そのときに、あらかじめこの程度の学力を取っておいてくださいよということになるその一つの目安だろうと思うのですね。初めからこっちは三・五、こっちは三・二がだめだよということではなく、一応この目安で考えてください。そして、それは具体的にどういう進め方をするのか私は承知しておりませんけれども、高等学校である程度総合的な調査をしたり、勘案をするのだろうと思います。当然、先生がさっきおっしゃったようなことなどもある程度加味して、最終的には校長が判断をされるんだろう、こう思うのです。ですから、その一つの目安の数字として三・二、三・五というのが決められているわけでございますから、現実的にはかなり弾力的な総合的な判断をそれぞれ推薦する学校としてはされるのではないか。これは先生の方がよく御存じだと思います。
したがいまして、努力を一生懸命にしてくださる——さっき馬場さん昔のことを思い出しておられましたけれども、私もこの間どなたかの答弁に申し上げたのですが、私の学生時代、昭和三十一年から三十五年まで大学におりましたが、奨学資金なんというのは私はもう全く借りられないものだと思い込んでいました。なぜかといえば、成績が悪いからです、余り勉強もしませんし。ですから、私なんかには奨学資金なんというものは当たるものだと考えてもみなかった。家庭だって、私のおやじは、今でもそうですが、昔は田舎の町長をやっていまして、給料は非常に安かったですから、一万二千円を分けて送ってくれたのです。ですから、私なんかは本当は奨学資金をもらえる資格があったかもしれませんが、奨学金を借りようなんという気持ちはこれっぽっちも出てこなかった。それはなぜかといったら、勉強していないから。しかし、今は違うと思います。現実の問題として、私の事務所なんかにも学生諸君がたくさん来ますが、見ておりますと、随分奨学資金をもらっている人がいます。量的に大変拡大をされてきている。私はいいことだと思うのです。
そういう意味で、かなり今と音とは違っておりますし、優秀な学徒というものは能力だけで区別するということではなくて、国の税金を使わしていただくことですから、努力をするかしないかというその結果としての判断として「優れた学生」という言葉になったのであって、決して旧憲法の理念というものをそのまま採用したものでないということは、ぜひひとつ先生にも御理解をいただきたい、こう思うわけであります。
この発言だけを見る →いろいろと議論の分かれるところでありますが、いろいろ議論した結果、やはり国の税金をある意味では財源として、勉強しようという意欲のある人に貸してあげるわけですね。ですから、勉強してくれなければ困るわけで、遊んでいる人に貸すのでは国民が理解をしてくれないと思うのです。では、勉強する人に差し上げますよ、遊ぶ人には貸しませんよということはなかなか法律の中には書きにくいと思うのですね。もちろん能力に応じてですから、勉強しても勉強できない子もいると思います。
それから、今先生も例として取り上げられたように、特定の一つの、例えば芸術分野、音楽とか絵とかそういうものに対して大変なひらめき、才能がある。しかしほかの数学や英語も悪かった。したがってそれが三・二より下になる。この人たち、かわいそうじゃないか。それはおっしゃるとおりだと思うのですね。しかし、まじめに勉強する人たちに対して国民の皆さんが税金として納めてくださった財源をお貸しするんですから、やはりまじめにやってくださったかどうかということの判断は、結果的にはある程度の成績をおさめてくださることによって判断するしかない。これは無数にありますから、特定の分け方をして、例えばほかのものが悪くても芸術部門やこの部門だけはすばらしい成績があれば結構ですよというふうに書ければいいですけれども、そんなことは現実に法律の中にはなじまないと思うのです。努力して一生懸命に学んでくれたという学生を結果的に総合的に表現するということになれば、「優れた学生及び生徒」と書かざるを得ないことになるのじゃないでしょうか。そのことによって選別をしているという、昔の「優秀ナル学徒ニシテ」ということをそのまま現代文に置きかえたというふうにお考えいただくというのは、ちょっとつらいところだなと思うのです。
ただ、現実の問題としては、三・五や三・二というのは、希望者を募る、そのときに、あらかじめこの程度の学力を取っておいてくださいよということになるその一つの目安だろうと思うのですね。初めからこっちは三・五、こっちは三・二がだめだよということではなく、一応この目安で考えてください。そして、それは具体的にどういう進め方をするのか私は承知しておりませんけれども、高等学校である程度総合的な調査をしたり、勘案をするのだろうと思います。当然、先生がさっきおっしゃったようなことなどもある程度加味して、最終的には校長が判断をされるんだろう、こう思うのです。ですから、その一つの目安の数字として三・二、三・五というのが決められているわけでございますから、現実的にはかなり弾力的な総合的な判断をそれぞれ推薦する学校としてはされるのではないか。これは先生の方がよく御存じだと思います。
したがいまして、努力を一生懸命にしてくださる——さっき馬場さん昔のことを思い出しておられましたけれども、私もこの間どなたかの答弁に申し上げたのですが、私の学生時代、昭和三十一年から三十五年まで大学におりましたが、奨学資金なんというのは私はもう全く借りられないものだと思い込んでいました。なぜかといえば、成績が悪いからです、余り勉強もしませんし。ですから、私なんかには奨学資金なんというものは当たるものだと考えてもみなかった。家庭だって、私のおやじは、今でもそうですが、昔は田舎の町長をやっていまして、給料は非常に安かったですから、一万二千円を分けて送ってくれたのです。ですから、私なんかは本当は奨学資金をもらえる資格があったかもしれませんが、奨学金を借りようなんという気持ちはこれっぽっちも出てこなかった。それはなぜかといったら、勉強していないから。しかし、今は違うと思います。現実の問題として、私の事務所なんかにも学生諸君がたくさん来ますが、見ておりますと、随分奨学資金をもらっている人がいます。量的に大変拡大をされてきている。私はいいことだと思うのです。
そういう意味で、かなり今と音とは違っておりますし、優秀な学徒というものは能力だけで区別するということではなくて、国の税金を使わしていただくことですから、努力をするかしないかというその結果としての判断として「優れた学生」という言葉になったのであって、決して旧憲法の理念というものをそのまま採用したものでないということは、ぜひひとつ先生にも御理解をいただきたい、こう思うわけであります。
馬
馬場昇#26
○馬場委員 税金でやるのが公教育ですから、義務教育も無償ということが憲法にもありますし、後期中等教育でも大学、高等教育でも、そういう人権規約なんかもあるわけですから、やはり税金で公教育として無償で教育をするというのは当然の方向でございます。だから、税金をやるからといって変な憲法違反みたいなことはできないわけでございます。
また、今、森さん言われました、「優れた」と書かなくても「能力に応じてこと書けば、これが一番いいわけです、憲法にも教育基本法にもあるわけですから。何で「能力に応じてこと書かなくて、「優れた」と書くところがおかしいと思います。大体、森さんのような政治的に非常に能力のあるような人が何もちゅうちょなく育英資金を借りられるようにならなければいかぬですよ。あなた、ほかの成績がよかったか悪かったか知りませんけれども、そんなあなたのような人がないように、あなたにそこで貸せるような制度をつくらなければいかぬと思う。
それから、大臣、教育の荒廃について、偏差値の問題とか輪切りの問題とか、そして点数で三・五、三・二でやっているのですから、これと「優れた」というのはやはり通ずるものがありますよ。これは法の施行に当たっては、教育改革の中でそれを言っておられるのですから、その辺の観点というのも、この三・五、三・二のところにもぜひ当てはめて、大臣もひとつ研究して改善のために努力をしていただきたいと思うのです。
次に、もう一つ目的の中にありますのに、「国家及び社会に有為な人材の育成に資する」とあるのです。この言葉は憲法、教育基本法のどこから来ているのですか、局長。
この発言だけを見る →また、今、森さん言われました、「優れた」と書かなくても「能力に応じてこと書けば、これが一番いいわけです、憲法にも教育基本法にもあるわけですから。何で「能力に応じてこと書かなくて、「優れた」と書くところがおかしいと思います。大体、森さんのような政治的に非常に能力のあるような人が何もちゅうちょなく育英資金を借りられるようにならなければいかぬですよ。あなた、ほかの成績がよかったか悪かったか知りませんけれども、そんなあなたのような人がないように、あなたにそこで貸せるような制度をつくらなければいかぬと思う。
それから、大臣、教育の荒廃について、偏差値の問題とか輪切りの問題とか、そして点数で三・五、三・二でやっているのですから、これと「優れた」というのはやはり通ずるものがありますよ。これは法の施行に当たっては、教育改革の中でそれを言っておられるのですから、その辺の観点というのも、この三・五、三・二のところにもぜひ当てはめて、大臣もひとつ研究して改善のために努力をしていただきたいと思うのです。
次に、もう一つ目的の中にありますのに、「国家及び社会に有為な人材の育成に資する」とあるのです。この言葉は憲法、教育基本法のどこから来ているのですか、局長。
宮
宮地貫一#27
○宮地政府委員 これは、「国家及び社会に有為な人材の育成」という規定でございますけれども、基本的には、憲法、教育基本法の理念に基づきました民主的、文化的かつ平和的な国家及び社会の形成者としての国民を育成するという考え方でございます。先般にもお尋ねがあって、その点は、学校教育法上の高等学校の目的に掲げられている点についてお答えした点でもございますけれども、これを育英奨学制度の目的として掲げること自身は、私どもとしては憲法、教育基本法の理念に反するものではないというぐあいに理解をいたしております。
この発言だけを見る →馬
馬場昇#28
○馬場委員 理念に反するか反しないかと言うが、これは理念に反しますよ。しかし、具体的にどこから来たか、憲法のこの辺、この条項、教育基本法のこの条項、これを達成するために育英会法のこういう目的をここからやっているんです、そうきちっと答えられなければへ理屈ですよ。これはちゃんとはっきりしているじゃありませんか、どこから来たかというのは。憲法、教育基本法から来ておりませんよ。これは先ほども言いましたように、旧憲法、教育勅語、戦時体制下の大日本育英会法、その目的の中にこれと同じようなのがあるでしょう。「国家有用ノ人材ヲ育成」、それを引き移しただけじゃないですか。
結局、教育の目的というのは、教育基本法の前文にあるでしょう。「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期する」、教育の目的というのはここでしょう。これ自体を国家目的として定めておるわけですよ。個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成ですよ。これが憲法、教育基本法に示す教育の国家目的でしょう。それを、こんな戦争中の目的、有用な国家の人材を育成するなんて、それを引き移しただけの目的になっておるわけでございます。
こういう点は、私はきちんと整理をして、今から私が言いますから、いわゆる「優れた学生及び生徒」そして「国家及び社会に有為な人材の育成」、これを削っても、削った方が立派な育英会法の目的ができますよ、第一条が。
例えば、こう変えたらどうですか。「日本育英会」という言葉を「日本奨学会」と変えた方がいいですよ。「日本奨学会は、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する国民の中でこれは憲法二十六条ですよ。その次に、教育基本法三条を持ってくればいいのですよ。「経済的理由により修学に困難があるものに対して、学資の貸与等により教育の機会均等に寄与することを目的とする。」こういたしますと、完全に憲法、教育基本法に基づいた日本奨学会法というのができるじゃありませんか。
今私が言いましたのとあなた方が書いているのとどっちがいいですか。私の馬場私案で出したこの第一条とあなた方が提案している第一条、これはどちらがいいですか、局長。
この発言だけを見る →結局、教育の目的というのは、教育基本法の前文にあるでしょう。「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期する」、教育の目的というのはここでしょう。これ自体を国家目的として定めておるわけですよ。個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成ですよ。これが憲法、教育基本法に示す教育の国家目的でしょう。それを、こんな戦争中の目的、有用な国家の人材を育成するなんて、それを引き移しただけの目的になっておるわけでございます。
こういう点は、私はきちんと整理をして、今から私が言いますから、いわゆる「優れた学生及び生徒」そして「国家及び社会に有為な人材の育成」、これを削っても、削った方が立派な育英会法の目的ができますよ、第一条が。
例えば、こう変えたらどうですか。「日本育英会」という言葉を「日本奨学会」と変えた方がいいですよ。「日本奨学会は、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する国民の中でこれは憲法二十六条ですよ。その次に、教育基本法三条を持ってくればいいのですよ。「経済的理由により修学に困難があるものに対して、学資の貸与等により教育の機会均等に寄与することを目的とする。」こういたしますと、完全に憲法、教育基本法に基づいた日本奨学会法というのができるじゃありませんか。
今私が言いましたのとあなた方が書いているのとどっちがいいですか。私の馬場私案で出したこの第一条とあなた方が提案している第一条、これはどちらがいいですか、局長。
森
森喜朗#29
○森国務大臣 局長に答えると言えば、やはり馬場さんに敬意を表しなければならぬ、そういう立場……(馬場委員「余り長くやらぬでください、あとの質問があるんだから」と呼ぶ)
現行の育英会法は、「国家有用ノ人材ヲ育成スルコトヲ目的トス」、そこを「国家及び社会に」というふうにいたしておるわけです。この「社会」というのは、今の憲法あるいは教育基本法の中のいろんな理念をこれに反映をしておるというふうに私は解釈をいたします。そして、先ほど先生から御指摘ございましたけれども、教育基本法の第一条の中には、「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、」云々と書いてあるわけでございますから、そういう「社会の形成者」としての人材を育成するというふうに私どもは解釈をいたしておるわけでございます。そういう意味で、「国家及び社会に」と入れて「有為な人材の育成に資する」、こういうことでございますから、これはまさに、今の憲法あるいは教育基本法の理念に全く合っているというふうな判断を私どもはいたしております。先生の今例文としてお述べになりましたのも私は非常によくわかります。わかりますが、「経済的」だけを前に出してしまいますとまた先ほど一答えると長くなりますから、先ほど申し上げたようなことになってしまいます。
要は、先生、私は運用の問題であろうと思います。ですから、先ほど先生がおっしゃったようなことで、これをいろんな意味で幅広く解釈をして、本当に法律の精神をそれぞれの立場の人たちがよく理解をして運用をしていくということが大事だと思いますし、先生から御注意をなされましたことも、私ども十分そのことを外し、また国会の論議というものを踏まえて、育英会あるいはまたそれぞれ学校の推薦についても十分な配慮をしながら、これを有為に運用していくということが大事だというふうに思います。
この発言だけを見る →現行の育英会法は、「国家有用ノ人材ヲ育成スルコトヲ目的トス」、そこを「国家及び社会に」というふうにいたしておるわけです。この「社会」というのは、今の憲法あるいは教育基本法の中のいろんな理念をこれに反映をしておるというふうに私は解釈をいたします。そして、先ほど先生から御指摘ございましたけれども、教育基本法の第一条の中には、「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、」云々と書いてあるわけでございますから、そういう「社会の形成者」としての人材を育成するというふうに私どもは解釈をいたしておるわけでございます。そういう意味で、「国家及び社会に」と入れて「有為な人材の育成に資する」、こういうことでございますから、これはまさに、今の憲法あるいは教育基本法の理念に全く合っているというふうな判断を私どもはいたしております。先生の今例文としてお述べになりましたのも私は非常によくわかります。わかりますが、「経済的」だけを前に出してしまいますとまた先ほど一答えると長くなりますから、先ほど申し上げたようなことになってしまいます。
要は、先生、私は運用の問題であろうと思います。ですから、先ほど先生がおっしゃったようなことで、これをいろんな意味で幅広く解釈をして、本当に法律の精神をそれぞれの立場の人たちがよく理解をして運用をしていくということが大事だと思いますし、先生から御注意をなされましたことも、私ども十分そのことを外し、また国会の論議というものを踏まえて、育英会あるいはまたそれぞれ学校の推薦についても十分な配慮をしながら、これを有為に運用していくということが大事だというふうに思います。