厚生委員会
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会
会議録情報#0
平成六年十二月一日(木曜日)
午後三時四十四分開議
出席委員
委員長 岩垂寿喜男君
理事 衛藤 晟一君 理事 木村 義雄君
理事 鈴木 俊一君 理事 戸井田三郎君
理事 井上 喜一君 理事 石田 祝稔君
理事 山本 孝史君 理事 網岡 雄君
荒井 広幸君 小野 晋也君
熊代 昭彦君 近藤 鉄雄君
斎藤 文昭君 塩崎 恭久君
住 博司君 高橋 辰夫君
竹内 黎一君 長勢 甚遠君
根本 匠君 藤本 孝雄君
堀之内久男君 山口 俊一君
青山 二三君 井奥 貞雄君
岩浅 嘉仁君 小沢 辰男君
岡田 克也君 塚田 延充君
野呂 昭彦君 福島 豊君
桝屋 敬悟君 矢上 雅義君
柳田 稔君 米田 建三君
秋葉 忠利君 金田 誠一君
五島 正規君 土肥 隆一君
森井 忠良君 三原 朝彦君
岩佐 恵美君
出席国務大臣
厚 生 大 臣 井出 正一君
出席政府委員
外務省北米局長 時野谷 敦君
厚生政務次官 狩野 勝君
厚生大臣官房長 山口 剛彦君
厚生省保健医療
局長 谷 修一君
委員外の出席者
議 員 冬柴 鐵三君
議 員 斉藤 鉄夫君
外務大臣官房審
議官 杉内 直敏君
厚生委員会調査
室長 市川 喬君
—————————————
委員の異動
十一月三十日
辞任 補欠選任
斉藤 鉄夫君 福島 豊君
冬柴 鐵三君 青山 二三君
十二月一日
辞任 補欠選任
塩崎 恭久君 斎藤 文昭君
森井 忠良君 秋葉 忠利君
同日
辞任 補欠選任
斎藤 文昭君 塩崎 恭久君
秋葉 忠利君 森井 忠良君
—————————————
本日の会議に付した案件
原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律案(内閣提出第一九号)
原子爆弾被爆者援護法案(粟屋敏信君外六名提出、衆法第六号)
派遣委員からの報告聴取
————◇—————
この発言だけを見る →午後三時四十四分開議
出席委員
委員長 岩垂寿喜男君
理事 衛藤 晟一君 理事 木村 義雄君
理事 鈴木 俊一君 理事 戸井田三郎君
理事 井上 喜一君 理事 石田 祝稔君
理事 山本 孝史君 理事 網岡 雄君
荒井 広幸君 小野 晋也君
熊代 昭彦君 近藤 鉄雄君
斎藤 文昭君 塩崎 恭久君
住 博司君 高橋 辰夫君
竹内 黎一君 長勢 甚遠君
根本 匠君 藤本 孝雄君
堀之内久男君 山口 俊一君
青山 二三君 井奥 貞雄君
岩浅 嘉仁君 小沢 辰男君
岡田 克也君 塚田 延充君
野呂 昭彦君 福島 豊君
桝屋 敬悟君 矢上 雅義君
柳田 稔君 米田 建三君
秋葉 忠利君 金田 誠一君
五島 正規君 土肥 隆一君
森井 忠良君 三原 朝彦君
岩佐 恵美君
出席国務大臣
厚 生 大 臣 井出 正一君
出席政府委員
外務省北米局長 時野谷 敦君
厚生政務次官 狩野 勝君
厚生大臣官房長 山口 剛彦君
厚生省保健医療
局長 谷 修一君
委員外の出席者
議 員 冬柴 鐵三君
議 員 斉藤 鉄夫君
外務大臣官房審
議官 杉内 直敏君
厚生委員会調査
室長 市川 喬君
—————————————
委員の異動
十一月三十日
辞任 補欠選任
斉藤 鉄夫君 福島 豊君
冬柴 鐵三君 青山 二三君
十二月一日
辞任 補欠選任
塩崎 恭久君 斎藤 文昭君
森井 忠良君 秋葉 忠利君
同日
辞任 補欠選任
斎藤 文昭君 塩崎 恭久君
秋葉 忠利君 森井 忠良君
—————————————
本日の会議に付した案件
原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律案(内閣提出第一九号)
原子爆弾被爆者援護法案(粟屋敏信君外六名提出、衆法第六号)
派遣委員からの報告聴取
————◇—————
岩
岩垂寿喜男#1
○岩垂委員長 これより会議を開きます。
内閣提出、原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律案及び粟屋敏信君外六名提出、原子爆弾被爆者援護法案の両案を一括して議題といたします。
この際、両案審査のため、広島県及び長崎県に委員を派遣いたしましたので、派遣委員から、それぞれ報告を求めます。第一班衛藤晟一君。
この発言だけを見る →内閣提出、原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律案及び粟屋敏信君外六名提出、原子爆弾被爆者援護法案の両案を一括して議題といたします。
この際、両案審査のため、広島県及び長崎県に委員を派遣いたしましたので、派遣委員から、それぞれ報告を求めます。第一班衛藤晟一君。
衛
衛藤晟一#2
○衛藤(晟)委員 第一班の広島県の派遣委員を代表いたしまして、団長にかわりまして私からその概要を御報告申し上げます。
派遣委員は、岩垂寿喜男委員長を団長として、理事山本孝史君、委員熊代昭彦君、委員桝屋敬悟君、委員土肥隆一君、それに私、衛藤晟一を加えた六名であります。なお、現地において、委員斉藤鉄夫君、議員岸田文雄君及び秋葉忠利君が参加されました。
現地における会議は、十一月三十日午前十時より午後零時十分まで、広島ターミナルホテル会議室において開催し、まず岩垂団長から、派遣委員及び意見陳述者の紹介並びに議事運営の順序等を含めてあいさつを行った後、財団法人放射線影響研究所理事長重松逸造君、連合広島事務局長小林寛治君、広島県原爆被爆者団体協議会理事長伊藤サカヱ君及び全国被爆教職員の会会長石田明君の四名の方から参考意見を聴取いたしました。
その意見内容につきまして、ごく簡単に申し上げます。
重松君からは、被爆五十年に向けた被爆者援護の新法成立の努力に敬意を表し、原爆放射線の人体影響に関する研究者の立場から、今回の両法案に調査研究の推進を図る旨の規定が置かれていること及び財政的補助の法定化について高く評価できる旨の意見が述べられました。
小林君からは、国の戦争責任と原爆被爆者への国家補償を条文上明記すること、原爆死没者への差別のない個別弔意を示すべきこと、及び早期に被爆者に対する援護法を全会一致で成立させてもらいたい旨の意見が述べられました。
伊藤君からは、みずからの被爆者としての体験に基づき、政府案に関しては、前文の核兵器廃絶の決意の表明、特別葬祭給付金の支給対象を原爆投下時までさかのぼること、所得制限の撤廃に関しては評価するが、国家補償の明記がないこと、特別葬祭給付金の支給対象者を被爆者手帳取得者に限定していることについて認めがたいとし、改革提出法案に関しては、「国家補償的配慮」の明記、特別給付金を遺族のすべてに支給すること、各種手当を年金と改称したことは評価できる旨の意見が述べられました。
石田君からは、同じくみずからの被爆体験から、被爆者が国家補償を求める理由、原爆投下が国際法違反である等の意見が述べられました。
以上のような意見の陳述が行われた後、各委員から、「国の責任」及び「国家補償的配慮」という文言に対する意見、原爆被爆者と一般戦災者との均衡の問題、特別葬祭給付金によって新たに生じる格差の可能性及び平和祈念事業に対する意見等について熱心に質疑が行われました。
なお、会議の内容を速記により記録いたしましたので詳細は会議録によって御承知願いたいと思いますので、会議の記録ができましたならば、本委員会議録に参考として掲載されますようお取り計らいをお願いいたします。
以上をもって第一班の報告を終わりたいと思いますが、今回の会議の開催につきましては、関係者多数の御努力により、極めて円滑に行うことができた次第であります。
以上、御報告申し上げます。
この発言だけを見る →派遣委員は、岩垂寿喜男委員長を団長として、理事山本孝史君、委員熊代昭彦君、委員桝屋敬悟君、委員土肥隆一君、それに私、衛藤晟一を加えた六名であります。なお、現地において、委員斉藤鉄夫君、議員岸田文雄君及び秋葉忠利君が参加されました。
現地における会議は、十一月三十日午前十時より午後零時十分まで、広島ターミナルホテル会議室において開催し、まず岩垂団長から、派遣委員及び意見陳述者の紹介並びに議事運営の順序等を含めてあいさつを行った後、財団法人放射線影響研究所理事長重松逸造君、連合広島事務局長小林寛治君、広島県原爆被爆者団体協議会理事長伊藤サカヱ君及び全国被爆教職員の会会長石田明君の四名の方から参考意見を聴取いたしました。
その意見内容につきまして、ごく簡単に申し上げます。
重松君からは、被爆五十年に向けた被爆者援護の新法成立の努力に敬意を表し、原爆放射線の人体影響に関する研究者の立場から、今回の両法案に調査研究の推進を図る旨の規定が置かれていること及び財政的補助の法定化について高く評価できる旨の意見が述べられました。
小林君からは、国の戦争責任と原爆被爆者への国家補償を条文上明記すること、原爆死没者への差別のない個別弔意を示すべきこと、及び早期に被爆者に対する援護法を全会一致で成立させてもらいたい旨の意見が述べられました。
伊藤君からは、みずからの被爆者としての体験に基づき、政府案に関しては、前文の核兵器廃絶の決意の表明、特別葬祭給付金の支給対象を原爆投下時までさかのぼること、所得制限の撤廃に関しては評価するが、国家補償の明記がないこと、特別葬祭給付金の支給対象者を被爆者手帳取得者に限定していることについて認めがたいとし、改革提出法案に関しては、「国家補償的配慮」の明記、特別給付金を遺族のすべてに支給すること、各種手当を年金と改称したことは評価できる旨の意見が述べられました。
石田君からは、同じくみずからの被爆体験から、被爆者が国家補償を求める理由、原爆投下が国際法違反である等の意見が述べられました。
以上のような意見の陳述が行われた後、各委員から、「国の責任」及び「国家補償的配慮」という文言に対する意見、原爆被爆者と一般戦災者との均衡の問題、特別葬祭給付金によって新たに生じる格差の可能性及び平和祈念事業に対する意見等について熱心に質疑が行われました。
なお、会議の内容を速記により記録いたしましたので詳細は会議録によって御承知願いたいと思いますので、会議の記録ができましたならば、本委員会議録に参考として掲載されますようお取り計らいをお願いいたします。
以上をもって第一班の報告を終わりたいと思いますが、今回の会議の開催につきましては、関係者多数の御努力により、極めて円滑に行うことができた次第であります。
以上、御報告申し上げます。
岩
網
網岡雄#4
○網岡委員 第二班の長崎県の派遣委員を代表いたしまして、私からその概要を御報告申し上げます。
派遣委員は、団長を務めました私、網岡雄のほか、理事鈴木俊一君、理事石田祝稔君、委員住博司君、委員冬柴鐵三君、委員三原朝彦君、委員岩佐恵美君の七名であります。
なお、現地において、山崎泉議員が参加されました。
現地における会議は、十一月三十日午前十時より午後零時三十一分まで、ホテルニュー長崎会議室において開催し、まず私から、派遣委員及び意見陳述者の紹介並びに議事運営の順序等を含めてあいさつを行った後、長崎大学医学部長長瀧重信君、核兵器禁止平和建設長崎県民会議議長久米潮君、長崎県被爆者手帳友の会会長深堀勝一君、長崎県労評センター単産被爆者協議会連絡会議議長築城昭平君、日本原水爆被害者団体協議会代表理事・長崎原爆被災者協議会事務局長山田拓民君の五名の方から参考意見を聴取いたしました。
その意見内容につきまして、ごく簡単に申し上げます。
長瀧君からは、このたび内閣から提出された原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律案の内容について、被爆者の援護について大きく前進したもので、早期成立を期待する旨の意見が述べられました。
久米君からは、被爆者の援護に関する法律の制定に踏み切った政府の姿勢を評価するが、その内容について国家補償の明記、特別葬祭給付金の支給対象者の範囲の拡大等を求める旨の意見が述べられました。
深堀君からは、特別葬祭給付金の支給対象者の範囲の拡大、長崎の被爆地域の見直し、長崎地区における高齢被爆者向け老人ホームの整備、被爆二世に対する健康調査及び医療給付の実施等を求める旨の意見が述べられました。
築城君からは、被爆者の援護に関する法律が成立の運びとなったことに敬意を払うとともに、その内容について国家補償の明記、特別葬祭給付金の支給対象者の範囲の拡大、被爆二世・三世の健康対策を行うこと等を求める旨の意見が述べられました。
また、山田君からは、原爆の被害を国として償う立場に立った法律とすること、原爆死没者の遺族及び生存被爆者に年金を支給すること、外国に居住する者にもこの法律を適用すること等を求める旨の意見が述べられました。
意見の陳述が行われた後、各委員から、内閣提出法律案の前文の評価、改革提出法案の前文の評価、被爆者の健康に関する調査研究課題、特別葬祭給付金の評価、被爆者二世の健康問題とその対策、被爆者援護に当たり国家補償を求める理由と年金給付を行うことの必要性、平和祈念事業のあり方等について熱心に質疑が行われました。
なお、会議の内容を速記により記録いたしましたので詳細は会議録によって御承知願いたいと思いますので、会議の記録ができましたならば、本委員会議録に参考として掲載されますようお取り計らいをお願いいたします。
以上をもって第二班の報告を終わりたいと思いますが、今回の会議の開催につきましては、関係者多数の御協力により、極めて円滑に行うことができた次第であります。
以上、御報告申し上げます。
この発言だけを見る →派遣委員は、団長を務めました私、網岡雄のほか、理事鈴木俊一君、理事石田祝稔君、委員住博司君、委員冬柴鐵三君、委員三原朝彦君、委員岩佐恵美君の七名であります。
なお、現地において、山崎泉議員が参加されました。
現地における会議は、十一月三十日午前十時より午後零時三十一分まで、ホテルニュー長崎会議室において開催し、まず私から、派遣委員及び意見陳述者の紹介並びに議事運営の順序等を含めてあいさつを行った後、長崎大学医学部長長瀧重信君、核兵器禁止平和建設長崎県民会議議長久米潮君、長崎県被爆者手帳友の会会長深堀勝一君、長崎県労評センター単産被爆者協議会連絡会議議長築城昭平君、日本原水爆被害者団体協議会代表理事・長崎原爆被災者協議会事務局長山田拓民君の五名の方から参考意見を聴取いたしました。
その意見内容につきまして、ごく簡単に申し上げます。
長瀧君からは、このたび内閣から提出された原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律案の内容について、被爆者の援護について大きく前進したもので、早期成立を期待する旨の意見が述べられました。
久米君からは、被爆者の援護に関する法律の制定に踏み切った政府の姿勢を評価するが、その内容について国家補償の明記、特別葬祭給付金の支給対象者の範囲の拡大等を求める旨の意見が述べられました。
深堀君からは、特別葬祭給付金の支給対象者の範囲の拡大、長崎の被爆地域の見直し、長崎地区における高齢被爆者向け老人ホームの整備、被爆二世に対する健康調査及び医療給付の実施等を求める旨の意見が述べられました。
築城君からは、被爆者の援護に関する法律が成立の運びとなったことに敬意を払うとともに、その内容について国家補償の明記、特別葬祭給付金の支給対象者の範囲の拡大、被爆二世・三世の健康対策を行うこと等を求める旨の意見が述べられました。
また、山田君からは、原爆の被害を国として償う立場に立った法律とすること、原爆死没者の遺族及び生存被爆者に年金を支給すること、外国に居住する者にもこの法律を適用すること等を求める旨の意見が述べられました。
意見の陳述が行われた後、各委員から、内閣提出法律案の前文の評価、改革提出法案の前文の評価、被爆者の健康に関する調査研究課題、特別葬祭給付金の評価、被爆者二世の健康問題とその対策、被爆者援護に当たり国家補償を求める理由と年金給付を行うことの必要性、平和祈念事業のあり方等について熱心に質疑が行われました。
なお、会議の内容を速記により記録いたしましたので詳細は会議録によって御承知願いたいと思いますので、会議の記録ができましたならば、本委員会議録に参考として掲載されますようお取り計らいをお願いいたします。
以上をもって第二班の報告を終わりたいと思いますが、今回の会議の開催につきましては、関係者多数の御協力により、極めて円滑に行うことができた次第であります。
以上、御報告申し上げます。
岩
岩垂寿喜男#5
○岩垂委員長 以上で派遣委員からの報告は終わりました。
お諮りいたします。
ただいま報告のありました第一班及び第二班の現地における会議の記録が後ほどでき次第、本日の会議録に参照掲載することに御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →お諮りいたします。
ただいま報告のありました第一班及び第二班の現地における会議の記録が後ほどでき次第、本日の会議録に参照掲載することに御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
岩
岩
木
木村義雄#8
○木村(義)委員 私は、ただいま議題となっております政府案について、まことに基本的な論点から大臣に御質問をいたします。
昭和二十年八月に、当時の連合軍によりまして広島、長崎に原子爆弾が投下をされたわけでございます。この事実は、恐らく今世紀最大の歴史的な事件、否、人類史上にとってある意味で最大の惨事、こう言うことができると思うわけでございます。そしてこれはもちろん、戦争という大変悲惨な国同士の争い、これがあったわけでございまして、国権の発動たる戦争が、戦後五十年をたってもまだその戦争という事実で多くの方々が苦しんでおられる、また心に傷を持っておられる、これは本当に大変残念なことでありますし、また関係者の方々の思いというものは、私ども戦後生まれの者にとっては、これははかり知れないものがあるのではないか、そういうような気がいたしてならないわけでございます。
その中で、戦争というのはあくまでもこれは政府の政策決定であります。時の政府の政策決定というものが後でこれだけ何十年にもわたって禍根を残す。当時としてはどういう政策決定がなされたのか。恐らくある意味で、当時としては合法な手段でもってその政策決定が積み重ねられていって戦争という事態になったのだろう。これは今歴史的な書物等でよく著されているようなところであります。しかしこういういっときの政策決定が何十年後にもわたって影響を及ぼすであろうということが、今この時点においても、またこれからの時点においても起こり得る可能性がある。
特に今、井出先生は、大臣という政府の大変な要職にあるわけでございます。その政府の政策決定の重みというものをどのようにまずお感じになっておるのか。特にこの戦争、そして原爆の投下、また今日のこういう被爆者の援護法とか、そういうもの全体を見渡して、まず大臣の御所見をお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →昭和二十年八月に、当時の連合軍によりまして広島、長崎に原子爆弾が投下をされたわけでございます。この事実は、恐らく今世紀最大の歴史的な事件、否、人類史上にとってある意味で最大の惨事、こう言うことができると思うわけでございます。そしてこれはもちろん、戦争という大変悲惨な国同士の争い、これがあったわけでございまして、国権の発動たる戦争が、戦後五十年をたってもまだその戦争という事実で多くの方々が苦しんでおられる、また心に傷を持っておられる、これは本当に大変残念なことでありますし、また関係者の方々の思いというものは、私ども戦後生まれの者にとっては、これははかり知れないものがあるのではないか、そういうような気がいたしてならないわけでございます。
その中で、戦争というのはあくまでもこれは政府の政策決定であります。時の政府の政策決定というものが後でこれだけ何十年にもわたって禍根を残す。当時としてはどういう政策決定がなされたのか。恐らくある意味で、当時としては合法な手段でもってその政策決定が積み重ねられていって戦争という事態になったのだろう。これは今歴史的な書物等でよく著されているようなところであります。しかしこういういっときの政策決定が何十年後にもわたって影響を及ぼすであろうということが、今この時点においても、またこれからの時点においても起こり得る可能性がある。
特に今、井出先生は、大臣という政府の大変な要職にあるわけでございます。その政府の政策決定の重みというものをどのようにまずお感じになっておるのか。特にこの戦争、そして原爆の投下、また今日のこういう被爆者の援護法とか、そういうもの全体を見渡して、まず大臣の御所見をお伺いしたいと思います。
井
井出正一#9
○井出国務大臣 お答えをする前に、昨日広島、長崎へ大変お忙しい中御出張なさって、あちらでさまざまな陳述人の皆さんの御意見をお聞きいただいてこられました両団長初め委員の先生方に心から御礼を申し上げ、また貴重な御意見を陳述なさってくださった方々に感謝を申し上げたいと思います。いずれ会議録を私もじっくり拝見させていただく所存であります。
さて、今木村委員の御質問でございますが、実は少し問題が外れてしまうかもしれませんが、お許しいただきたいところであります。
厚生省から毎年発表されます平均寿命、ことし七月に発表されました。それは昨年のですが、男子が七十六・三歳、女子が八十二・五歳だったと思います。どちらも世界一の長寿国でありますが、今から五十年前、ちょうど原爆が投下された昭和二十年の日本人の平均寿命も、厚生省の推計でございます、これが残っております。それを見ますと、驚くことなかれ、昭和二十年の男子の平均寿命は二十三・九歳、女子が三十七・五歳だったということが残っております。あの昭和二十年という年、いかに戦争で多くの方が亡くなられたか、あるいは大陸から引き揚げる途中で倒れられてしまったか、さらにまた、ああいう経済、食糧事情でございますから、栄養失調とかあるいは餓死された方も、あるいは伝染病も蔓延したでしょうし、乳幼児の死亡率も高かった。
これらの平均寿命の余りの違いを比較するときに、私は、これはいつだったか、樋口恵子さんもどこかでおっしゃっていたと思うのですが、人間というのは、平和とある一定の豊かさがないと老いることすらできない存在なのだ、こういうことをつくづく感ずる次第であります。
そしてまた、五十年たっても、今木村さんおっしゃったように、その被害にいまだに苦しんでいらっしゃる皆さんが大勢いらっしゃるということを思うとき、平和というものがいかに大切か、そしてまた平和と一定の豊かさを追求することが政治に課せられた大きな課題じゃないかな、こんなふうに思っているのであります。
この発言だけを見る →さて、今木村委員の御質問でございますが、実は少し問題が外れてしまうかもしれませんが、お許しいただきたいところであります。
厚生省から毎年発表されます平均寿命、ことし七月に発表されました。それは昨年のですが、男子が七十六・三歳、女子が八十二・五歳だったと思います。どちらも世界一の長寿国でありますが、今から五十年前、ちょうど原爆が投下された昭和二十年の日本人の平均寿命も、厚生省の推計でございます、これが残っております。それを見ますと、驚くことなかれ、昭和二十年の男子の平均寿命は二十三・九歳、女子が三十七・五歳だったということが残っております。あの昭和二十年という年、いかに戦争で多くの方が亡くなられたか、あるいは大陸から引き揚げる途中で倒れられてしまったか、さらにまた、ああいう経済、食糧事情でございますから、栄養失調とかあるいは餓死された方も、あるいは伝染病も蔓延したでしょうし、乳幼児の死亡率も高かった。
これらの平均寿命の余りの違いを比較するときに、私は、これはいつだったか、樋口恵子さんもどこかでおっしゃっていたと思うのですが、人間というのは、平和とある一定の豊かさがないと老いることすらできない存在なのだ、こういうことをつくづく感ずる次第であります。
そしてまた、五十年たっても、今木村さんおっしゃったように、その被害にいまだに苦しんでいらっしゃる皆さんが大勢いらっしゃるということを思うとき、平和というものがいかに大切か、そしてまた平和と一定の豊かさを追求することが政治に課せられた大きな課題じゃないかな、こんなふうに思っているのであります。
木
木村義雄#10
○木村(義)委員 今大臣も、まず政治家の務めとして平和を求めることが大変大事だ、こういうお話がありました。まことにもっともなことでございます。
私ども、先ほど申しましたように戦後生まれの者でございます。戦争の時代に生まれてなくて本当に幸せなときを過ごさせていただいてきたわけであります。しかし、それはやはり、こういう大変な被害に遭った多くの方々の本当に艱難辛苦の大変なる犠牲の上に今我々は平和を甘受させていただいているのだ、そういうことを感じますと、こういう被害者の方々にできるだけのことをしてあげたい、こう思うのはまさに当然のことでありましょう。
私どもの本委員会におきましても、今回は異例ともいうべき長時間の審議、また中央においては参考人、地方では広島、長崎、大変タイトな日程の中で委員長以下多くのすばらしい先生方に行っていただきました。真摯な現地の方々の声を聞いてきたところでございます。その現地の方々の声の中にこういうのがございます。我々は金をくれと運動をしているのではないのだ、再び被害者を、被爆者をつくらないための国家補償、これを求めているんだ、こういう言葉がありました。これは我が岩垂委員長から私も何回も聞いた言葉でありますが、私は率直な話、この被爆者の皆さん方の本当の素直な心はここにあるのではないか、お金ではないんだよ、心なんだよ、これの悲痛な叫びが何か聞こえてくるような気がいたしてならないわけでございます。
そして、まさに国家補償というのが、国がコンペンセートする、補償するという意味が、ここで言うのはそうじゃないんだ、お金でもって補償してくれというんじゃないんだ、これからずっと平和でいてほしい、今後このような苦しみを自分の子々孫々やまた多くの国民に決して与えてはいけないという、ギャランティーとかトラストとかいう意味での保証ではないのでしょうか。こんな点をまた大臣、私はその辺、ホショウという意味が違うのではないか、そういうことをお聞きしたいのでございますが、いかがでございましょうか。
この発言だけを見る →私ども、先ほど申しましたように戦後生まれの者でございます。戦争の時代に生まれてなくて本当に幸せなときを過ごさせていただいてきたわけであります。しかし、それはやはり、こういう大変な被害に遭った多くの方々の本当に艱難辛苦の大変なる犠牲の上に今我々は平和を甘受させていただいているのだ、そういうことを感じますと、こういう被害者の方々にできるだけのことをしてあげたい、こう思うのはまさに当然のことでありましょう。
私どもの本委員会におきましても、今回は異例ともいうべき長時間の審議、また中央においては参考人、地方では広島、長崎、大変タイトな日程の中で委員長以下多くのすばらしい先生方に行っていただきました。真摯な現地の方々の声を聞いてきたところでございます。その現地の方々の声の中にこういうのがございます。我々は金をくれと運動をしているのではないのだ、再び被害者を、被爆者をつくらないための国家補償、これを求めているんだ、こういう言葉がありました。これは我が岩垂委員長から私も何回も聞いた言葉でありますが、私は率直な話、この被爆者の皆さん方の本当の素直な心はここにあるのではないか、お金ではないんだよ、心なんだよ、これの悲痛な叫びが何か聞こえてくるような気がいたしてならないわけでございます。
そして、まさに国家補償というのが、国がコンペンセートする、補償するという意味が、ここで言うのはそうじゃないんだ、お金でもって補償してくれというんじゃないんだ、これからずっと平和でいてほしい、今後このような苦しみを自分の子々孫々やまた多くの国民に決して与えてはいけないという、ギャランティーとかトラストとかいう意味での保証ではないのでしょうか。こんな点をまた大臣、私はその辺、ホショウという意味が違うのではないか、そういうことをお聞きしたいのでございますが、いかがでございましょうか。
井
井出正一#11
○井出国務大臣 戦争というものがいかに大勢の人たちを悲惨なあるいは惨禍に巻き込み、大変な犠牲をもたらすものであるかということは、過般のあの大戦、そしてまた御審議いただいております原爆の被爆者の皆さんの御状況なんかを考えるときに、私も全く同感であります。
その意味では、二度と戦争を起こさないようにしてほしい、またしなくちゃいかぬ。まさに犠牲になった皆さんも考えていらっしゃるだろうし、それを我々は決して忘れちゃいかぬ。戦争を知らない世代が確かにもう国民の過半になっておるわけでございますが、こういう我々知らない世代も、そういうことをきちっとわきまえてこれから進んでいかなくちゃならぬと思うのであります。そういった意味で、今木村さんおっしゃったように、今後二度とこういう過ちをおかしちゃいかぬという思いを持っていらっしゃると私も思います。
ただ、今回政府がこの法案を提出しましたゆえんは、この筆舌に尽くしがたい、外に例を見ない苦しみを経験された原爆死没者の方々に対する哀悼の思いは、これまた広く国民で共有しなくちゃならぬ、こう思いまして、今回特に、生存者で被爆された方々に対しては、今申し上げましたような補償という、物的といいましょうか金銭的なものも加えたところであります。
この発言だけを見る →その意味では、二度と戦争を起こさないようにしてほしい、またしなくちゃいかぬ。まさに犠牲になった皆さんも考えていらっしゃるだろうし、それを我々は決して忘れちゃいかぬ。戦争を知らない世代が確かにもう国民の過半になっておるわけでございますが、こういう我々知らない世代も、そういうことをきちっとわきまえてこれから進んでいかなくちゃならぬと思うのであります。そういった意味で、今木村さんおっしゃったように、今後二度とこういう過ちをおかしちゃいかぬという思いを持っていらっしゃると私も思います。
ただ、今回政府がこの法案を提出しましたゆえんは、この筆舌に尽くしがたい、外に例を見ない苦しみを経験された原爆死没者の方々に対する哀悼の思いは、これまた広く国民で共有しなくちゃならぬ、こう思いまして、今回特に、生存者で被爆された方々に対しては、今申し上げましたような補償という、物的といいましょうか金銭的なものも加えたところであります。
木
木村義雄#12
○木村(義)委員 その気持ちもわからぬじゃないんですね。何かそういう、本当に御苦労をかけて大変でございました、御苦労さまでございました、これは国の責任としてあなた方の御苦労に大変感謝いたしますよ、まさに、先ほど申しましたように、今の平和国家日本をつくったその原動力、それはあなた方の本当に御苦労と御努力のおかげですよ、こういう面も相当あるんではないかな、私はそう思えてならない。
しかし、やはり私は、いつもその心根にあるのは、何回も申し上げますけれども、委員長がいつも言っておられる、金ではない、何か心でもってこういう方々をお慰めをする方法はないのか、こういうところであります。
そこで、特別葬祭給付金以外の方法で、もしこれから国家補償という、先ほど言ったコンペンセートの方の国家補償という言葉を使いますと、これは大変大きな、今度はもっと幅広い問題が生じるのは、もうここの委員会の議論であるいは相当議論が出たところでございます。今までのそういう議論ではなくて、まさに特別葬祭給付金以外の方法で何か別な方法はなかったのか。例えば何か、そういう御苦労していただいた方に、これは軍人の、欠格者の方々には何か賞状を渡している、金杯を渡している、そういうまた別な例があるわけでございますが、そういう何かお金以外の方法はなかったのかな。そういう意味で何か大臣、お考え等がありましたら、またそれは御答弁お願いいたします。
この発言だけを見る →しかし、やはり私は、いつもその心根にあるのは、何回も申し上げますけれども、委員長がいつも言っておられる、金ではない、何か心でもってこういう方々をお慰めをする方法はないのか、こういうところであります。
そこで、特別葬祭給付金以外の方法で、もしこれから国家補償という、先ほど言ったコンペンセートの方の国家補償という言葉を使いますと、これは大変大きな、今度はもっと幅広い問題が生じるのは、もうここの委員会の議論であるいは相当議論が出たところでございます。今までのそういう議論ではなくて、まさに特別葬祭給付金以外の方法で何か別な方法はなかったのか。例えば何か、そういう御苦労していただいた方に、これは軍人の、欠格者の方々には何か賞状を渡している、金杯を渡している、そういうまた別な例があるわけでございますが、そういう何かお金以外の方法はなかったのかな。そういう意味で何か大臣、お考え等がありましたら、またそれは御答弁お願いいたします。
井
井出正一#13
○井出国務大臣 今回御審議いただいております法案では、被爆後五十年のときを迎えるに当たりまして、原爆による死没者のとうとい犠牲を銘記し、かつ恒久の平和を祈念するために、原爆の惨禍に関する国民の理解を深めること、あるいはまた被爆体験を次の世代に伝えること、そしてまた原爆による死没者に対する追悼の意をあらわす、こういった事業を平和を祈念するための事業として法定化しようとしているわけであります。
ですから、今先生の御提案のようなこともこの平和を祈念するための事業の中でまた御検討をいただくことに相なろうかな、こう思いますが、具体的には、原爆に関する資料、情報の収集整理や死没者の永続的な追悼等を行う原爆死没者慰霊等施設を設置することとしておりまして、この施設が原爆死没者の方々の全体を慰霊し、恒久の平和を祈念するものとなるよう、今後十分検討してまいりたいと思うところであります。
この発言だけを見る →ですから、今先生の御提案のようなこともこの平和を祈念するための事業の中でまた御検討をいただくことに相なろうかな、こう思いますが、具体的には、原爆に関する資料、情報の収集整理や死没者の永続的な追悼等を行う原爆死没者慰霊等施設を設置することとしておりまして、この施設が原爆死没者の方々の全体を慰霊し、恒久の平和を祈念するものとなるよう、今後十分検討してまいりたいと思うところであります。
木
木村義雄#14
○木村(義)委員 私が言っているのは、それは金ではないよと。心じゃなくて物だよと言っているわけじゃないのですね。だから、その点はもう少し踏み込んだ答弁、何かありましたら。物じゃなくて別の、心。
この発言だけを見る →井
木
木村義雄#16
○木村(義)委員 実は私が期待している答弁というのはまさにそういうことだったのですよ。本当に今こういう場で、やはり戦後五十年ということでこういう議論が行われること、総理を初め多くの方々が、やはり五十年として何かしなければいけない、そういう思いがこの国会を動かし、また多くの国民の皆さんに感動を与えていく。そして、広島や長崎の御苦労された皆さん、あるいは被爆を受けながら全国に散っている皆様方の御苦労に感謝しようと、そういう心がつながってくるのではないか、私はそう思えてならないわけでございまして、やっと大臣から私が期待をしていた答えが出た、そう思えてならないわけでございます。
それからもう一つ、ここで感じるようなことは、この特別葬祭給付金、広島と長崎の方々に、いろいろな仕分けがありますけれども、国債として十万円渡される。ここは非常に微妙な問題で、またこれはこの委員会で大変議論をされたところでありますけれども、一般戦災者の方々との区別が今回随分問題になりました。しかし、私は、今回こういう形で法案で決着がついておりますけれども、やはり一般戦災者の方々の気持ちを思いますと、あの東京大空襲、B29で大量の焼夷弾がばらまかれ、あのまさに業火のような炎熱地獄の中で今度は機銃掃射また直撃弾、こういう方々のそのときの状態を考えますと、この阿鼻叫喚、どこが広島、長崎と違うのだろうか、こう思いますと、これはそう簡単に違うということでは、私は割り切れない。それは放射能とかいろいろな問題があるかもしれません。しかし、そのときのそのわずかな時間の状態、その地獄絵、これは本当に分けることができるのだろうか、これを思うと、私は何か割り切れないものを感じるわけでございます。
そこで大臣、今回は広島、長崎の原爆の方々でありますが、一般戦災者の方々、もちろんこれは大きく手を広げるわけに、今の国の財政状態、その他いろいろなことを思いますと、これはできません。しかし、そこで、先ほどの心でありますから、一般戦災者の方々のそういう被害に遭った方のお気持ちに対して、大臣が何か思っているものがあれば、私はぜひこの場でお話をしていただきたい、こう思うわけであります。
この発言だけを見る →それからもう一つ、ここで感じるようなことは、この特別葬祭給付金、広島と長崎の方々に、いろいろな仕分けがありますけれども、国債として十万円渡される。ここは非常に微妙な問題で、またこれはこの委員会で大変議論をされたところでありますけれども、一般戦災者の方々との区別が今回随分問題になりました。しかし、私は、今回こういう形で法案で決着がついておりますけれども、やはり一般戦災者の方々の気持ちを思いますと、あの東京大空襲、B29で大量の焼夷弾がばらまかれ、あのまさに業火のような炎熱地獄の中で今度は機銃掃射また直撃弾、こういう方々のそのときの状態を考えますと、この阿鼻叫喚、どこが広島、長崎と違うのだろうか、こう思いますと、これはそう簡単に違うということでは、私は割り切れない。それは放射能とかいろいろな問題があるかもしれません。しかし、そのときのそのわずかな時間の状態、その地獄絵、これは本当に分けることができるのだろうか、これを思うと、私は何か割り切れないものを感じるわけでございます。
そこで大臣、今回は広島、長崎の原爆の方々でありますが、一般戦災者の方々、もちろんこれは大きく手を広げるわけに、今の国の財政状態、その他いろいろなことを思いますと、これはできません。しかし、そこで、先ほどの心でありますから、一般戦災者の方々のそういう被害に遭った方のお気持ちに対して、大臣が何か思っているものがあれば、私はぜひこの場でお話をしていただきたい、こう思うわけであります。
井
井出正一#17
○井出国務大臣 あの戦争によって亡くなられたりまた大変な被害をこうむられた方は、今木村さんおっしゃったようにいろいろなケースがあるわけでございます。その皆さんに対しても、まさに二度とそういう過ちを犯して、そういう経験をまただれかが、次の世代がすることのないようにすることが一番の我々の務めだとは思います。そして、そういう皆さんのことも考えながら、しかし原爆という特殊な被害に、惨禍に遭われた皆さんに対して、国としてできるぎりぎりの線を考えたのが、今回の御提案を申し上げた法案の内容だと御理解をいただきたい、こう思うのであります。
この発言だけを見る →木
井
木
木村義雄#20
○木村(義)委員 時間も参りましたので、どうか、これからも大臣初め多くの関係者の皆様が、本法案の成立を契機として、より一層平和のため、またこうして戦争等で被害を受けられ、実際の傷や心の傷を受けられている方々に対し、本当に心からの感謝の気持ちを、御苦労、ねぎらいの気持ちをあらわしていただきますように、また国会が、戦後五十年に当たりまして、私も戦後生まれでございますけれども、こういう歴史的な法案の中の審議に加われたと感激を持っているということをつけ加えさせていただきまして、私の質問を終わらせていただきます。
ありがとうございました。
この発言だけを見る →ありがとうございました。
岩
石
石田祝稔#22
○石田(祝)委員 私は、まず申し上げたいことは、この今回の法案は、二十二日に閣議決定がされて、きょうが十二月の一日。十日間でこういうことになってきているわけでございます。これは、本来でありましたら、政府ももう少し早く提出をいたしまして、国民の内外の意見を広く聞いて、その上で私は結論を出すべきではないか、このように正直なところ実感をいたしております。
昨日、広島、長崎と公聴会を開かせていただきまして、大変厳しい日程でございました。その中で、私も長崎に行かせていただきまして、いろいろな方の御意見を拝聴して今後の審議にとにかく生かしていこう、こういうことは与野党それぞれがその場でお感じになったし、また申し述べたところでございますので、これから参議院におきましても十二分に審議をされんことをお願いをしたいというふうに私は思っております。
それで、公聴会のことに触れながら御質問させていただくのでありますけれども、その前に、外務省に来ていただいております。若干気になることがございますので、お伺いをしたいと思います。
実は、これは昨日の新聞ですが、こういうふうな記事が載っておりました。記念切手の図柄に原爆キノコ雲アメリカ採用、こういう対日戦勝五十周年を記念した記念切手を出す。その中に、原爆投下後のキノコ雲の図柄を加えた、こういうことが出ておりましたけれども、これについて外務省はどのように把握をされておりますでしょうか。
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それで、公聴会のことに触れながら御質問させていただくのでありますけれども、その前に、外務省に来ていただいております。若干気になることがございますので、お伺いをしたいと思います。
実は、これは昨日の新聞ですが、こういうふうな記事が載っておりました。記念切手の図柄に原爆キノコ雲アメリカ採用、こういう対日戦勝五十周年を記念した記念切手を出す。その中に、原爆投下後のキノコ雲の図柄を加えた、こういうことが出ておりましたけれども、これについて外務省はどのように把握をされておりますでしょうか。
時
時野谷敦#23
○時野谷政府委員 お答え申し上げます。
ただいま先生御提起の件は、私どもも昨日知ったばかりでございまして、事実関係につきましては現在調査中でございます。
そういうことでございますので、詳しいことを私ども承知をするに至っておりませんが、これはアメリカの郵便公社の第二次大戦中のさまざまな史実を記念するシリーズの一環として、シリーズの切手でございますが、その一環として原子爆弾投下を取り上げているということのようでございます。
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そういうことでございますので、詳しいことを私ども承知をするに至っておりませんが、これはアメリカの郵便公社の第二次大戦中のさまざまな史実を記念するシリーズの一環として、シリーズの切手でございますが、その一環として原子爆弾投下を取り上げているということのようでございます。
石
石田祝稔#24
○石田(祝)委員 これを新聞を見て知った、私も見て知ったわけですから偉そうなことは言えませんけれども、これ余りにも外務省として、怠慢という言葉も今出ておりますけれども、やはりもう少しすべてに目を配ってやられることが必要じゃないか、このように思います。
それで、これは単なるキノコ雲の図を配しただけではありません。その下に言葉が書かれております。これをちょっと英語で読んで日本語に訳してください。
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時
時野谷敦#25
○時野谷政府委員 私の持っているコピーはよくは読めませんが、「アトミック ボムズ ヘイスンウオーズ エンド オーガスト 一九四五」と書いておるように思います。要するに、ここに言っておりますことは、原爆が戦争終結を早めるというふうに書いてございます。
この発言だけを見る →石
石田祝稔#26
○石田(祝)委員 このことは、これから事実関係を確かめていただくことだろうと思いますけれども、ここまで切手の図柄とともに言葉も明確に出ております。まさしく今被爆者援護法を、日本の国とはいえアメリカから見ればこれは他国ということではありましょうけれども、今まさにこういう戦後五十周年を前にして、やはりその被爆者の方々に思いをいたし、私たちは政府案の中身についてはこれは十分ではない、我々の案の方がいいということで改革案を提示をいたしておりますけれども、少なくとも被爆者の方々に思いをいたして、この法案を国会で論議をさせていただいているところでございます。それに対してこういうふうに書かれておる。これは我々がああしろこうしろと言うことじゃないかもしれないけれども、やはりこれははっきりと言っておかないと、こういうことで日本は何も言ってこない、このように誤解をされて、そのままアメリカの歴史の教えとして定着をしていくんじゃないか、これは私は大きな問題だろうと思うんです。
局長もまた審議官も来ていただいておりますけれども、日本の外務省でございますから、そこのところを踏まえてこのことに対してどういうふうに対処をされるお考えなのか、お考えをお聞きしたいと思います。
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時
時野谷敦#27
○時野谷政府委員 先ほど先生の御質問で読みました私の英語は、きのうの日本の新聞からとったものでございますので、そのことをあらかじめお断りしておきたいと思いますが、いずれにしましても、先生御指摘のとおり、原子爆弾の投下というのは歴史的事実でございますが、一方で、我が国国民にこの問題についての特別な感情があるということはこれは事実ということでございまして、私どももその点は十分認識をいたしているつもりでございます。
いずれにしましても、対応をどうするかという御質問でございますけれども、先ほど申し上げましたように今事実関係を調査中でございまして、まずは今事実関係を把握の上、どういう対応が適当であるのかということを検討してまいりたいと思います。
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石
石田祝稔#28
○石田(祝)委員 事実関係の把握は、これはもう大いに大事なことであろうと思いますけれども、少なくともここまではっきり図柄も出て、説明文もこう我々が見てもわかるように拡大をして載っております。ですから、これは事実関係を確かめた上でどういうふうにされるのか、もう一度御答弁をお願いします。
この発言だけを見る →時
時野谷敦#29
○時野谷政府委員 私が申し上げました趣旨は、まず事実関係を把握いたしまして、その事実関係に基づきましてどういう対応が適当であるのかということを検討してまいりたいと思います。
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