国旗及び国歌に関する特別委員会

1999-08-06 参議院 全120発言

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会議録情報#0
平成十一年八月六日(金曜日)
   午前十時開会
    ─────────────
   委員の異動
 八月五日
    辞任         補欠選任
     林  紀子君     阿部 幸代君
     山崎  力君     田名部匡省君
 八月六日
    辞任         補欠選任
     岩崎 純三君     岩井 國臣君
     田名部匡省君     山崎  力君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         鴻池 祥肇君
    理 事
                岩井 國臣君
                溝手 顕正君
                江田 五月君
                森本 晃司君
                笠井  亮君
    委 員
                市川 一朗君
                景山俊太郎君
                亀井 郁夫君
                中川 義雄君
                南野知惠子君
                橋本 聖子君
                馳   浩君
                森田 次夫君
                足立 良平君
                石田 美栄君
                江本 孟紀君
                竹村 泰子君
                本岡 昭次君
                松 あきら君
                山下 栄一君
                阿部 幸代君
                清水 澄子君
                扇  千景君
                田名部匡省君
                山崎  力君
   国務大臣
       文部大臣     有馬 朗人君
       国務大臣
       (内閣官房長官) 野中 広務君
   政府委員
       内閣官房内閣内
       政審議室長
       兼内閣総理大臣
       官房内政審議室
       長        竹島 一彦君
       内閣法制局長官  大森 政輔君
       内閣法制局第二
       部長       宮崎 礼壹君
       内閣総理大臣官
       房審議官     佐藤 正紀君
       文部大臣官房長  小野 元之君
       文部省生涯学習
       局長       富岡 賢治君
       文部省初等中等
       教育局長     御手洗 康君
       文部省教育助成
       局長       矢野 重典君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        志村 昌俊君
       常任委員会専門
       員        巻端 俊兒君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○国旗及び国歌に関する法律案(内閣提出、衆議
 院送付)
○特別委員長の辞任及び補欠選任の件
○理事補欠選任の件



平成十一年八月六日(金曜日)
   午前十時開会
    ─────────────
   委員の異動
 八月五日
    辞任         補欠選任
     林  紀子君     阿部 幸代君
     山崎  力君     田名部匡省君
 八月六日
    辞任         補欠選任
     岩崎 純三君     岩井 國臣君
     田名部匡省君     山崎  力君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         鴻池 祥肇君
    理 事
                岩井 國臣君
                溝手 顕正君
                江田 五月君
                森本 晃司君
                笠井  亮君
    委 員
                市川 一朗君
                景山俊太郎君
                亀井 郁夫君
                中川 義雄君
                南野知惠子君
                橋本 聖子君
                馳   浩君
                森田 次夫君
                足立 良平君
                石田 美栄君
                江本 孟紀君
                竹村 泰子君
                本岡 昭次君
                松 あきら君
                山下 栄一君
                阿部 幸代君
                清水 澄子君
                扇  千景君
                田名部匡省君
                山崎  力君
   国務大臣
       文部大臣     有馬 朗人君
       国務大臣
       (内閣官房長官) 野中 広務君
   政府委員
       内閣官房内閣内
       政審議室長
       兼内閣総理大臣
       官房内政審議室
       長        竹島 一彦君
       内閣法制局長官  大森 政輔君
       内閣法制局第二
       部長       宮崎 礼壹君
       内閣総理大臣官
       房審議官     佐藤 正紀君
       文部大臣官房長  小野 元之君
       文部省生涯学習
       局長       富岡 賢治君
       文部省初等中等
       教育局長     御手洗 康君
       文部省教育助成
       局長       矢野 重典君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        志村 昌俊君
       常任委員会専門
       員        巻端 俊兒君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○国旗及び国歌に関する法律案(内閣提出、衆議
 院送付)
○特別委員長の辞任及び補欠選任の件
○理事補欠選任の件



    ─────────────
   〔理事鴻池祥肇君委員長席に着く〕
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鴻池祥肇#1
○理事(鴻池祥肇君) ただいまから国旗及び国歌に関する特別委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨日、林紀子君及び山崎力君が委員を辞任され、その補欠として阿部幸代君及び田名部匡省君が選任されました。
    ─────────────
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鴻池祥肇#2
○理事(鴻池祥肇君) 国旗及び国歌に関する法律案を議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
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本岡昭次#3
○本岡昭次君 この特別委員会の審議を通して、今までタブー視されてきた感のある国旗・国歌をいかに教えるかということについてかなりいろんな議論がされました。そして、官房長官なり文部大臣の答弁を含めて一つの方向も出てきたようにも思います。
 それで、私は、官房長官と文部大臣の答弁から、国旗・国歌をいかに教えるか、これ、すべてではありませんけれども、答弁に出てきた内容について確認をさせていただきたいんです。
 まず官房長官ですが、八月二日の本委員会で、我が会派の石田美栄委員の質問、学習指導要領等に掲げてあることをどう教えるのかという質問に対して次のような答弁をされております。
 全部ここで読みますと、ちょっと大変な時間をとりますので、私にとって必要な部分だけ読み上げることをお許しいただきたいと思います。
 教育現場におきまして、教科書に載っているけれども、教えてもらうまでに卒業してしまうんです。だから、いわゆる明治以来の我が国の異常な歩みは知らないまま、教えられないまま卒業してしまうんです。そして、日の丸と君が代は、少なくとも入学式、卒業式で無味乾燥な対立が行われているわけです。そして、教育の中で正確に日の丸・君が代の歴史、また一時期ゆがめられて使われた事実をきちっと教えることによって学校現場の教育が生かされ、民族のアイデンティティーとなって国際的な人間として我が国の国民が育っていくよう努力していかなければならない。こういう答弁をしております。その後の答弁を見ると、またこの席で私は文部大臣にも要請をしておきたいと思うわけでございます。こう書いてあるんですが、私なりに約して申し上げているわけであります。
 私は、卒業式と入学式の日の丸・君が代の対立がすべて無味乾燥なものとは思いませんけれども、この官房長官の答弁は、教育現場における今後の論議に重要な示唆を与えていると、ある意味では肯定し、評価をしたいわけであります。
 そしてまた、文部大臣も同じく八月二日の竹村委員の質問に対して、戦前戦後の客観的な事実については子供たちにしっかり教えなければならない。歴史教育は特に近現代史の教育が極めて大切だということは認識いたしております。正しく教えることも国際理解を深める上で重要であります。官房長官と、抽象的な表現ではありますけれども、同じように戦前戦後の客観的な事実というものを子供にしっかり教えよう、こういうことで歴史教育に対する重要な認識を示されているわけで、これについても私は同感であります。
 そこで、野中官房長官、有馬文部大臣のこの答弁を、国旗・国歌をいかに教えるかということについての政府答弁として私は確認させていただきたいのです。よろしいでしょうか。
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野中広務#4
○国務大臣(野中広務君) 学校におきます歴史教育は、児童生徒が我が国及び世界の歴史に対する理解を深め、かつ国際社会に生きる民主的な、平和的な国家社会の形成者といたしまして必要な資質を身につけることを目指して行われておると考えておるところでございます。
 学校におきましても、日の丸の歴史と君が代が生み出されてきた歴史、また一時期これがゆがめられて使われてきた事実、そういうものをきちっと教え、それが民族のアイデンティティーとなって国際的な人間として我が国の国民が育っていくように私どもは努力をしていかなければならないと考えておるところでございまして、これは先般、石田議員にも御答弁を申し上げたと私は考えておるところでございます。その際、今日までの教育の現場で、私の子供を含めて、大体現代史に至るところでは学校を卒業してしまって、教えられないまま社会の現象の中で日の丸とか君が代をとらまえることが多いわけでございます。
 そういう点では、例えば私は先般、文部大臣に、もう数代前の文部大臣にでございますが、日本であの明治以来の異常な敗戦までの歴史を教科書に載せて正確に史実として教えることはそれなりにいろんな議論があって難しいかもわかりません。けれども、これを教えないままに行くことの怖さを逆に知ります。したがって、中国で使われておるニッポンという教科書、韓国で教えられておるニッポンという教科書を日本語に訳したものを私は当時の文部大臣に渡して、そして客観的にこれからの若い人たちに、中国や韓国ではあの当時の日本をこのように教えておるという教え方も一つあるのではないか、そうでないと、完全に歴史が欠落した人たちが将来育っていって、そして本当にアジアのパートナーとしてやっていけるかどうかに、この時代に生きた一人として私は大きな危惧を感じると。こういうことを当時の文部大臣にも申し上げ、先般、有馬文部大臣にも申し上げておったところでございまして、そういう点をぜひ文部省がこれからの教育の中でお考えいただきたいということをお願いしておった次第でございます。
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本岡昭次#5
○本岡昭次君 非常に丁寧なお話も聞かせていただきました。
 私は、石田さんに対する答弁と、今さらに補足的に丁寧な答弁もいただいたわけで、それも含めて、官房長官は政府を代表しておられるわけですから、国旗・国歌をいかに教えるか、私は教えなければならないと思っている立場ですから、そういうことでこの答弁は政府の考え方だというふうに確認してよろしいですかと、こうお聞きしたのでありまして、結構ですというふうに言っていただければ面が立って非常にありがたいんですが、よろしゅうございますか。
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野中広務#6
○国務大臣(野中広務君) 結構でございますが、教育の具体的な手法につきましては、文部省において私の申し上げたことも含めて十分配慮して今後お取り組みをいただきたいと存じております。
 なぜなら、単に卒業式、入学式の儀式をめぐってこれのありようを考えることよりも、むしろこういう法制化をいたしたときは、教育の中で正確に教えていくことの大切さの方が重要であると考えるからであります。
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本岡昭次#7
○本岡昭次君 ありがとうございました。
 それでは、文部大臣いかがですか。
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有馬朗人#8
○国務大臣(有馬朗人君) 結論的には、この前、竹村委員の御質問に対してお答えいたしたとおりでございます。それからまた、ただいま野中官房長官が言われましたこと、それから先日私にお申し出があったこと等、重々認識をいたしております。
 まず、学校における歴史教育というものを考えてみますと、小中高等学校を通じまして、児童生徒の発達段階に応じて、具体的な事象の学習を通して歴史に対する興味や関心を高めます。そして、歴史的事象を多角的に考察し、公正に判断する能力と態度を育てたり、歴史的思考力を培いまして、国民としての自覚と国際社会に生きる日本人としての資質を養うことをねらいとして行われていることでございます。もう申し上げるまでもございません。
 特に近現代史の教育につきましては、従来から、国際理解と国際協調の観点から、調和のとれた指導の充実に努めてまいりました。歴史教育におきましては、客観的、学問的な研究成果を踏まえながら、事実は事実として正しく指導すること、また、あくまで児童生徒の発達段階に応じて指導することが重要であると考えております。
 私は、先日、竹村議員に御答弁申し上げたとおり、戦前戦後の客観的な事実については子供たちにしっかり教えていかなければならないことであると考えております。こういう意味で、歴史教育、特に近現代史を正しく日本の児童生徒に教えることも国際理解を深める上で極めて重要であると考えております。
 文部省では、これまでもこういう指導をやってまいりましたけれども、さらに正しい歴史を教えたいと思っております。
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本岡昭次#9
○本岡昭次君 きょうの官房長官と有馬文部大臣の私との議論、これは非常に意味のあることであると思いますし、教育現場で法制化後どうするんだということの中で非常に大きな意味を持つと私は考えて答弁の確認を求めたわけであります。ありがとうございました。
 それでは次に、文部省は、国旗・国歌が法制化されてもこれまでの指導を変えるわけではない、また変わらない、こうしたことを再三答弁してこられました。官房長官の方もそのような、法制化したからといって従来と変わるものではないという旨の答弁がありまして、そのことはほぼ合意されていると思います。
 そこで、小学校学習指導要領第四章第三の三に当たる、非常に分厚いものを持ってくるのも重いので表紙と中身の部分だけ持ってきましたが、ここには、「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする。」というのが学習指導要領の本文なんです。これをどのように考えていくのかという解説というのがありまして、その解説がされております。もちろん特別活動の部分です。
 そこにある問題について考えたいんですが、先ほど私が読みましたように、「入学式や卒業式など」、この「など」というのは一体何を指すのか。そして、この「など」について、これまでの指導を変えないということの確認をさせていただきたいんです。
 それで、文部省の言う指導の根拠は学習指導要領にあるということは、もうこれもはっきりしております。その学習指導要領にはいわゆる法的拘束力があるという文部省の主張であります。しかし、私はそうは思っておりませんが、そこの議論はやめておきます。
 そして、百歩譲って、そういう立場にあるとしてその話を進めた場合に、「入学式や卒業式のほかに、全校の児童及び教職員が一堂に会して行う行事としては、」ということで、この中には「など」の解説があるわけです。「始業式、終業式、運動会、開校記念日に関する儀式などがある」と、またここにも「など」がついておるんですが、「これらの行事のねらいや実施方法は学校により様々である。したがって、どのような行事に国旗の掲揚、国歌の斉唱指導を行うかについては、各学校がその実施する行事の意義を踏まえて判断するのが適当である。」と、「各学校がその実施する行事の意義を踏まえて判断するのが適当である。」というふうに解説してあります。学芸会というようなものはこの中には入っていないわけなのでありますが、「など」がありますから、学校でやるもの全部含めようと思ったら含められないことではありません。
 そこで、文部大臣、この「など」という部分の取り扱い、これは国旗・国歌が法制化する前と、今度されても変わりはないということなのか。「など」は格上げされて、卒業式と入学式と同等というふうなことになるのかということに僕はなってくるんじゃないかと思うんです。だから、変わらないというならば、「など」はあくまで「など」であり、そして、その「など」の考え方は、平成十一年五月、ことしの五月に出されたこの活動編による内容であるというふうに確認したいんですが、そうなのか違うのか、時間がないので一言でやってください。
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有馬朗人#10
○国務大臣(有馬朗人君) 全く変わりありません。
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本岡昭次#11
○本岡昭次君 ありがとうございます。そういうふうに私も理解したいと思います。
 次に、私は教育の緊急問題として文部大臣に訴えておきたいことがあるんです。もちろん、国旗・国歌の問題をどう教えるか、どう扱うかということも、これはある意味では非常に重要な部分であります。しかしながら、今、子供や青年にあらわれている危機的な現象があります。それは学びからの逃避であります。学ぶことから逃げていく、それが不登校とかいじめとか学級崩壊とかいろんなことになってくる。もう一つ大変なことは、働くことからの忌避、働きたくないということなんです。これはもう大変なことなのであります。学びから逃避し、働くことから忌避する子供を育てるということになれば、これは教育はそもそももう存在し得ない。
 この危機を解決するためには、関係者が英知を傾けて、逆に言えば学ぶことの喜び、働くことの大切さというものを懸命に教えていく努力が求められていると思うんですよ。日の丸・君が代を教えたらできるというなら、それはいいですよ。僕はそんなものじゃないと思っている。
 そこで、今全国四十七都道府県、三千三百の市町では、この問題は重要な問題としてさまざまな取り組みが行われていると私は見ています。
 その実践の一つとして、私の選挙区である兵庫県ではトライやる・ウイーク、一週間をトライやるするというんですね、という新しい創造的な教育実践を県、行政、教育関係者、地域の人々を挙げての協力で実施されて高い評価を受けておるんです。中学二年生の子供が一週間鉄工所へ行って、鉄工所で働いている人と同じ仕事をしてみる、またこちらは福祉で働いている人の一週間をやってみて、そして同じ働きをしてみる、農業の一週間をやってみる、さまざまな一週間をトライやる、トライするというわけです。そのことによって子供も変わるし、子供を引き受けたその事業所も変わるし、その子供と接触した大人も変わるという一石三鳥、一石四鳥の効果を上げている。考えてみたら当たり前のことなんですが、そういうものは指導要領に書いていないからというんでだれもやらなかったわけです。だけれども、指導要領を乗り越えて、創造的に一週間という大事な学習の時間をそういうところに当てていく。
 そこで、私はこういう取り組みで一つ心配するのは、今回の国旗・国歌の法制化というふうなことから、地域社会と一緒になった地域における教職員なり子供たちのための真剣な努力、こういうものが分裂させられたり、また今までやれておったことがやれなくなったりするようなことに結びついてはならないという心配をするんです。
 だから、国旗・国歌法制化法案というのは、そうした各地域における創造的な実践的な子供たちのための取り組みというものができなくなったり、つぶれたり、要するに、できないということは地域社会の信頼関係がつぶれるということなので、そのような心配は絶対ありませんという有馬文部大臣の決意というのか確認をいただければありがたいと私は思います。いかがですか。
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有馬朗人#12
○国務大臣(有馬朗人君) 私も、兵庫県でおやりになったトライやる・ウイークを大変評価いたしております。私も一日拝見をさせていただきました。
 文部省といたしましても、子供たちがそういう商店その他で実際に勉強することはすばらしいことだという考えに立って、現在いろいろな試みを行おうといたしております。そしてまた、このトライやる・ウイークの非常な貢献というか成果というのは、非常に大勢いた不登校の人が帰ってきたという。このことは私は非常に重要視いたしております。そういう試みを地域社会がどんどんしてくださるということを私どもは大いに評価いたしまして、また学校を挙げてこういう問題をどんどんお進めいただくことを私は念願しております。
 今後とも、文部省といたしましては、トライやる・ウイークのような取り組みによりまして、子供たちの健やかな成長のため、学校、家庭、地域社会が連携を深めながら、校長のリーダーシップのもとで各学校が一丸となって地域に開かれた学校教育を目指していくことを期待いたしております。
 文部省といたしましては、国旗・国歌の法制化が行われた場合でも、学習指導要領に基づく学校におけるこれまでの国旗・国歌の指導に関する取り扱いを変えるものではないということはたびたび申し上げております。そういう面から、トライやる・ウイークなどのさまざまな教育活動への影響は考えられないと思っております。
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本岡昭次#13
○本岡昭次君 ありがとうございました。
 終わります。
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江田五月#14
○江田五月君 今回の日の丸・君が代の議論の発端は、官房長官がたびたびおっしゃるように広島県の世羅高校の校長先生の出来事でした。
 きょうはまた広島原爆記念日で、小渕総理も参列をして午前中式典が行われた。もう一つ、今、重要な日になるであろうと思われている九日、これは長崎の原爆記念日になる。広島のこと、長崎のことは日の丸・君が代と関係があるのかないのか。関係がある、そういう思いを持っている人も大変多いので、何か象徴的な偶然の一致を感ずるわけでございます。
 私の場合でも、例えば私の父は戦前、戦争反対で二年八カ月投獄されました。父の獄舎が多分窓が北向きだったんでしょうか、南の空が見えない。行商で生活を支えて父に差し入れをする母に対して、私の父が、秋のある日でしょう、シリウスはまだ見えないかと。私は自分の主宰するグループをつくったときに、名前をシリウスとつけました。
 私自身はそういう生まれですから、その時代のことはまだ生まれていないですから追体験で知るしかありませんが、原体験を持っている皆さんの強烈な思いというのはまだございます。私は、まあ器用に生きよう、もう国民みんながそう言うならいいじゃないかと思ったりしますが、しかし、いやいや、あの時代の思い出を風化させることはできないとこだわる皆さんの思いというのもやっぱりこれは大切だと思います。
 そういう戦争中の日の丸・君が代が悲しい使われ方をした時代のことを話をすると、どうも何かこの委員会の中にもあるいは世間でも、残念ながらそういうことに対してあざけるといいますか罵倒するといいますか、そういう人々の心の痛みに対して何かとげとげしく反応するような風潮がある。私は、やはりこれはいいことじゃない。何かこういう日の丸・君が代の問題を議論するときにどうも物が非常に言いにくい。何なんだろうか。日の丸・君が代というものが何かしら一つ持っている不可侵性といいますか神格性といいますか、そんなことがこの社会を非常に住みにくくしているということがあるんじゃないかという気がいたします。
 そんなことで、日の丸・君が代を国旗・国歌に法定することに対して抵抗する気持ちを持っている皆さんのそういう思いを、官房長官はどう思われますか。そういう思いはおかしいんだと言うのか、そういう思いは大切なんだと言うのか、そこのところをお答えください。
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野中広務#15
○国務大臣(野中広務君) きょうは広島に原爆が投下をされた日であります。小渕総理もまた出席をし、多くの犠牲者にその弔意を表し、また再びこの悲劇が起こらないことをお誓いした次第であります。私どもも改めてあの広島と長崎の惨禍を思い、世界で核が存在しないための一層の努力をし、かつ決意を新たにしていかなくてはならないと思うわけでございます。
 今、委員から、日の丸・君が代が過去の一時期、あの戦争の激しかった時期の歴史が多くの方々に今なお重く心の上に残って心の痛みとなっておるというお話がございました。私はそういう痛みが残っておる方々が存在することは事実であろうと思っております。
 けれども、先ほど本岡委員にもお答えいたしましたように、日の丸・君が代が生まれ出てきたそういう我が国の長い千年を超える歴史を十分踏まえながら、これを国民によく理解をしていただき、そして戦争中のあの一時期、誤った戦争への手段の一つに使われた反省もまた十分事実としてこれを記録し、教育し、理解させられ、そういう中から、またあの大きな犠牲の中から、戦後の五十四年の平和をこの大きな犠牲の中から築き上げたことを、さらには平和憲法のもとにきょう五十四年の平和が築かれてあることに思いをいたし、そしてそういう中におきましても、なお残念ながらこの国旗・国歌の問題が教育現場において混乱が続いておる事実を思ってみたり、あるいは二十世紀を締めくくるに当たり、新しい世紀へ、慣習法として定着をしたとはいえ成文化することによって明確にしておかなければならないと考え、その端緒として広島県におきます世羅高校の石川校長のとうとい犠牲もあったりいたしましたり、また春には日本共産党が「論座」やあるいは「前衛」の中でそれぞれ、自民党が正面から議論することを避けて、そして定着しておるからということで法制化から避けてきたという指摘をなさいましたことも一つの契機でありました。
 いろんな契機を合わせながら、こういうものをこの時代で法文化することによって、次の時代へ新しく我が国が国際社会に通じる国としてやっていくために、教育の中で生かし、そして日の丸・君が代が法文化されてきちっと整理され、また、他国の国旗・国歌に対しても深い敬意を表する国際国民として我が国が雄飛できるように願ってこの法案をお願いした次第であります。
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江田五月#16
○江田五月君 官房長官、まことに申しわけないんですが、私が許されている時間は非常に限られておりまして、いろいろお話しいただくことは大変大切だと思いますが、ひとつ簡潔にお願いをしたいと思います。
 私が聞いておりますのは、日の丸・君が代が持っている過去の歴史に心を痛め、そのことをずっと忘れることはできないとこだわる皆さん方の思いというのは大切なんじゃないですかということなんです。
 二十世紀のことは二十世紀のうちにというふうにおっしゃいますけれども、法定すること、法制化することによって、そういう皆さんが今なお心を痛めておられる過去の出来事はどうなるんですか。これは断ち切られるんですか。そういうものはもう歴史のかなたに葬り去ってしまうんですか。それとも、法制化するということも含めて、いろんな過去の事実がずっと積み重なって日の丸・君が代の現在があるという、そのことは私は法制化によって否定することはできないんだと思いますが、いかがですか。
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野中広務#17
○国務大臣(野中広務君) おっしゃるように、否定することはできないと思います。
 ただ、それだけに、過去の一時期において多くの国々や、とりわけアジアの諸国の人々に対して多大な損害と苦痛を与えた事実をさらに謙虚に受けとめ、また、現在の我が国の平和と繁栄が先人たちの方々のとうとい犠牲の上に築かれたということを特に忘れることなく、今後とも、我が国はもとより、世界の平和と繁栄のために一層努力しなければならないと考える次第であります。
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江田五月#18
○江田五月君 アジアの人々に多大な苦痛を与えたと、そちらをそのままにしながら法制化の方だけやる、これはやはりバランスがとれていないんじゃないか。ここで官房長官、アジアの人々に対し具体的にどうというのは今すぐにまだ出てこないと思いますが、言葉だけではなくて、ちゃんと過去の傷をいやす手段をとる、その決意をお聞かせください。
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野中広務#19
○国務大臣(野中広務君) 過去の大戦におきますそれぞれいろんな傷跡につきましては、サンフランシスコ平和条約やそれぞれ二国間の平和条約その他の関連条約等におきまして一応の決着を見、それぞれ法的にも解決済みだと申しますものの、なおアジアの国々の方の中にはそれぞれ今なお戦後処理として残った問題があるわけでございます。
 こういう問題について、どのようにして傷を埋めていくか、これは今また二十世紀末における私どもの重要な任務であろうと考えて、それぞれ今関係当局にその具体的なありようについて検討をさせておるところでございます。
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江田五月#20
○江田五月君 過去の思い入れというのにもっともっとこだわりたいところですが、時間がありません。
 過去の日の丸・君が代に対してつらい思いを持っている皆さんの立場、日の丸・君が代を否定したいと思う皆さんの気持ち、そのこともこの法制化によって否定し去るものじゃないんだ、皆さんのそういう気持ちは大切にして未来に生かしていくんだと。そのことを確認しておきたいと思います。
 ところで、今、官房長官は、日の丸・君が代、これはセットで慣習法になっている、それを成文法にするんだと、そういうことを言われました。
 私も、日の丸については、確かにこれまでのお話にございます、例えば自衛隊法、自衛艦には国旗を掲げるとか、あるいは商標法、国旗には商標は成立しないとか、国旗というときに、さて、国旗は何だろうなと、それはだれも思わない。それは日の丸であって、これには商標というもの、商標権は成立をしないんだとか、こうした国旗イコール日の丸ということについての一定の法的確信が存在をしている、法的確信によって支えられた規範となっている。これはそうだと認めていいと思うんですが、君が代の方は、これは法制局長官、いつ慣習法になったんですか。
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大森政輔#21
○政府委員(大森政輔君) 慣習法の性質上、いつ慣習法になったかという問題についてはなかなか答弁が難しい事柄であるということは従前も申し上げているわけでございますが、御承知のとおり、この法的確信を伴うというのは、個々の国民の主観的な意識を問うものではございません。それは客観的、制度的な評価の問題として考えるべきであろうと思っているわけでございますが、国歌君が代につきましては、確かに現行法令上国歌について定めた規定はないということは言えようかと思いますが、長年の慣行により君が代が国歌とされるという認識が確立し、広く国民の間に定着しており、我が国の国歌といえば君が代を意味するということは従前そのように取り扱われてきたわけでございます。
 学習指導要領、これは学校教育法に根拠を持ち、そして最高裁判所も法規としての性格を有するということを認めているわけでございますが、この学習指導要領におきましても国歌という言葉が使われております。これは、君が代が我が国の国歌とされるということが既に確立していることを当然の前提としているというふうに解されるわけでございまして、このような状況から、国民の間に君が代が我が国の国歌であるという法的確信が存在しているというふうに判断しているわけでございます。
 なお、ちなみに、この学習指導要領、これは記載が若干の変遷をたどっていることは委員御承知のとおりでございますが、昭和三十三年、四十三年当時は、歌については君が代を斉唱するという記載がなされておりました。それが、五十二年に至りまして国歌を斉唱させるとなり、平成元年以降は国歌君が代という記載になっております。このようなことからも推測いたしまして、学習指導要領は法的確信を伴う慣習法を前提としているというふうに判断しているところでございます。
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江田五月#22
○江田五月君 これまで答弁されていることは私も一応踏まえて聞いていますので、質問の方も同じ質問を繰り返さないようにしますが、答弁の方も同じ答弁を繰り返さないようにしていただきたいんです。
 国旗の方は、国会が例えば自衛隊法を制定する、商標法を制定するときに国旗という言葉を使って法律をつくっているわけです。その国旗は何であるかということに国会が何も関心を持たずに法律をつくったわけじゃないんです。国旗イコール日の丸ということが一定の頭の中にあって、そしてそういう法律をつくっておるわけで、国権の最高機関、唯一の立法機関である国会も、国旗という言葉を使うときに、それに何らかの規範性、何らかの命題がちゃんとあるということを前提にしてつくっているわけですから、これが法的確信に支えられている慣習法だということは私は認める。
 しかし、国歌の方はそういうものはないんです。いろいろおっしゃる、文部省の文部大臣告示で決まるとかそんなものじゃない。私はこれは馳委員の質問の中で出てきますから細かく言いませんが、例えば昭和五十四年の真田法制局長官、あるいは六十三年の味村法制局長官、やっぱりそこは違う答弁になっているんじゃないですか。何か突然あなたの代になって国歌の方も君が代であるということが慣習法になったと。おかしいんじゃありませんか。
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大森政輔#23
○政府委員(大森政輔君) 先ほど学習指導要領は法律じゃないという御指摘があったわけでございますが、それは確かにそのとおりでございますが、最高裁判所においても指摘しておりますように、学校教育法及び規則の委任を受けた文部大臣告示でございまして、法律と同様の法的性格を有するということは明らかであるわけでございます。
 そして、法制局の従前の答弁を引用されましたけれども、真田元長官は「国民的習律」という言葉を使っております。また、味村長官は国歌については「事実たる慣習」という言葉を確かに使っているわけでございますが、国民的確信があるという言葉をも同時に述べておりまして、必ずしも規範的性格を有しないと規範的性格を否定したものではないというふうに理解しているわけでございます。
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江田五月#24
○江田五月君 味村長官の説明は、片方は、日の丸は慣習法だと、もう一つ、君が代は事実たる慣習だと。この二つは違うんですね。
 慣習法というのは法例の二条にちゃんとある。事実たる慣習は、民法の九十二条でしたか、別のものなんです。我が国の国歌は君が代だという一つの命題が国民の中で認識が確立していて、それが定着をしていると。
 仮にそうだとしても、そのことに法規範性があるかどうかというのは、私は大森長官に法律の講義をするほど法律が達者じゃありませんからそれ以上申し上げませんが、やっぱりおかしい。私は、やはりここは、国歌を君が代とするという新たな法規範を立法でつくろうとしている、慣習法を単に条文にするだけではないということを言っておかなきゃならぬと思います。
 ところで、君が代について政府がいろいろと解釈をしておられます。政府解釈、政府の見解、あるいは内閣総理大臣の解釈、これは何か法律的な意味があるんですか、官房長官。
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野中広務#25
○国務大臣(野中広務君) 政府といたしまして、さきに石垣一夫衆議院議員から君が代の「君」の解釈及び君が代の歌詞の解釈を含む国旗・国歌に関する質問主意書が提出をされましたことから、これに対する答弁書の中で御指摘の件について答弁をしたものでございます。
 また、政府といたしましては、今回この国旗・国歌に関する法律案を国会に提出するに当たりましては、君が代の歌詞などについて政府の見解を示すことが必要があると考えまして、これまで衆議院及び参議院において、審議におきまして政府の見解をお答えしてきたものでございます。
 これらの政府の見解は政府自身の見解でございまして、国民お一人お一人が君が代の歌詞の意味などについてどのようにお受けとめになるかにつきましては、最終的には個々人の内心にかかわる事柄であると考えております。
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江田五月#26
○江田五月君 君が代が古今和歌集あるいは和漢朗詠集の時代からあった、そして長く続いてきたから国歌としてふさわしいという、そういうお話ですが、古今和歌集や和漢朗詠集の時代からずっと続いてきている歌はほかにもいっぱいあるので、それらが全部国歌にふさわしいなどということはないと思います。また、古今和歌集の時代に君が代というのが、今のこの日本国憲法の云々というそんな解釈が成立するなんということは到底あるはずもない。そして、君が代が古今和歌集の中で登場したときにその歌の意味というのは決まるので、時代が変遷して解釈が変遷するというのもどうも何か、憲法についてはそういうことがあるにしても、和歌についてそういうことがあるというのはすとんと胸に落ちないことでございます。
 今の官房長官のお話、とにかくそのときそのときの政府やあるいは内閣総理大臣が、自分はこう、あるいは私たちはこう解釈をしているということを言っているだけのことであって、最終的にはそれぞれの国民の解釈だと。
 さて、文部大臣、最終的に国民の解釈、そして学校現場ではということになるんですが、学校現場の校長と教師とか、あるいは教師と子供とか児童生徒とか、この関係について、よくこれは特別権力関係なのだからというような説明がなされることがある。文部省はそういう説明をしたことはないというふうにも聞くんですが、特別権力関係、これはおとりになるのかとられないのか、端的に答えてください。
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有馬朗人#27
○国務大臣(有馬朗人君) 文部省といたしましては、公立学校の校長と教員、あるいは教員と生徒の関係を特別権力関係とはとらえておりません。
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江田五月#28
○江田五月君 さて、そこで文部大臣に、もう時間がありませんので、一つ。
 子供たちの中に、どうしても自分はこの君が代は歌いたくないと。それはいろんな理由があるでしょう。例えば自分の両親が戦争中にキリスト教の関係でいろんな苦しいこともあった、そのことを思い出して歌いたくないと。そういう子がいるときに、この子に歌わせることを強制はできない、学校現場で。
 さて、内心の自由ということを教えるチャンスですね、こういうことがあったときには。その子供がどういうことで歌いたくないのか。歌いたくないその子をほかの友達の非難や興味の眼にさらすのではなくて、なぜ歌いたくないのか、なるほどそうなのか、そういうことはみんなが大切にしなきゃいけないことだ、決してその子をいじめその他で扱うようなことがないようにと、そういう教育をなさいますか。
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御手洗康#29
○政府委員(御手洗康君) 基本的には小学校六年生の憲法学習の中で基本的人権についてしっかりと教えるように学習指導要領で決めているところでございますし、実際にも教科書等におきましては基本的人権に関する記載がございますので、各学校において適切な指導が行われているものと考えているところでございます。
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