国会等の移転に関する特別委員会

1999-12-09 衆議院 全54発言

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会議録情報#0
平成十一年十二月九日(木曜日)
    午前十時二分開議
 出席委員
   委員長 井上 一成君
   理事 佐藤  勉君 理事 田野瀬良太郎君
   理事 蓮実  進君 理事 古屋 圭司君
   理事 永井 英慈君 理事 古川 元久君
   理事 久保 哲司君 理事 吉田 幸弘君
      荒井 広幸君    岩永 峯一君
      下村 博文君    滝   実君
      棚橋 泰文君    西田  司君
      穂積 良行君    渡辺 喜美君
      桑原  豊君    玄葉光一郎君
      山元  勉君    冨沢 篤紘君
      宮地 正介君    中島 武敏君
     知久馬二三子君
    …………………………………
   国務大臣
   (国土庁長官)      中山 正暉君
   国土政務次官       増田 敏男君
   衆議院調査局国会等の移転
   に関する特別調査室長   木寺 信行君
    —————————————
委員の異動
十二月九日
 辞任         補欠選任
  保坂 展人君     知久馬二三子君
同日               
 辞任         補欠選任
  知久馬二三子君    保坂 展人君
    —————————————
本日の会議に付した案件
 国会等の移転に関する件

    午前十時二分開議
     ————◇—————
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井上一成#1
○井上委員長 これより会議を開きます。
 国会等の移転に関する件について調査を進めます。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。田野瀬良太郎君。
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田野瀬良太郎#2
○田野瀬委員 第二次小渕内閣が成立して、きょう初めての特別委員会でございます。新しい大臣、政務次官を迎えまして、特に大臣にこれから数点、大臣の見解をひとつお聞きしたい、このように思いますので、よろしくお願い申し上げたいと思います。
 私は、平成五年に国会に初当選させていただきまして来させていただいた者でございますが、既に平成二年に東京からどこかへ首都機能を移そうという国会決議がなされ、平成四年にそれを受けての国会等の移転に関する法律が設けられまして、いよいよ具体的に国会移転を進めよう、そういう経緯があったことを国会に出てきて初めて知ったわけでございます。その中身を聞かせていただいて、私も実にその話に魅了された一人でございます。
 特に最近は、日本国家全体に漂う閉塞感、若者が夢を持って、あすに向かって活力を持って頑張る、そういう機運がないようにどうも思えてならないわけでございます。日本の歴史を振り返るんですが、首都を変わるたびに新しい時代が生まれ、日本が発展を遂げてきたということは、これはもう私から言うまでもないことでございます。私も、何としてもこの機会に、この閉塞感を打破する意味でぜひ首都機能を移転すべきだと強く期待をしておる一人でございます。
 新しい大臣におかれましては大変これに情熱を持たれておるということを聞き及んでおるわけでございまして、改めてこの席で国民に大臣の決意をひとつ表明していただきますように、そしてまた、その意義を含めて決意を語っていただければ大変有意義なことだと思いますので、よろしくお願い申し上げたいと思います。
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中山正暉#3
○中山国務大臣 おはようございます。
 この国会でこうして首都機能移転に関する委員会をお開きいただきまして、委員の皆さんと、それから御配慮いただきました委員長に心から敬意を表したいと思いますし、今、田野瀬先生から御質問がありましたが、私は、新しくミレニアム、千年紀を迎えるわけでございますが、日本がこれから再生するために、首都機能の移転というのは最大のプロジェクトではないかという感じがしております。
 今、国債、公債発行残高六百八兆、三百三十五兆が国の方で、地方が百七十九兆とか言われております。しかし、まだ千三百三十三兆の金融資産というのを国民が資産として持っておりまして、これは外国から金を借りているわけじゃございませんので、ここで知恵を持って日本列島の大改造をやる、その最大の一つがこの首都機能の移転ではないかと私は思います。民間の研究所なんかで試算をしておりますのは、三十兆から百兆の効果があると。移す場所によっての差もあるんだろうと思いますが、そういう民間の期待もありまして、特に国土の五〇%が過疎地で千二百三十の過疎市町村がある、これを、国土のバランスをとった大改造をするというのは、首都機能を移転するということが私は大変重要なことになるのではないか。
 きのうの参議院の予算委員会でも、六四五年の大化の改新から官僚機構が整った、特に、大蔵省という名前が今度は財務省という名前に変わるわけですが、大蔵省という名前は大化の改新で決まっております。ですから、千四百年ぶりに大蔵省の名前すら変わるときが来たわけでございますので、その意味で首都機能の移転。
 それから、特に、私はこれは閣議でも申し上げたんでございますが、残念なことに、百九十八カ国と日本は国交がありますけれども、東京に大使館を置いているところが百二十五しかありません。国内に大使館を置いていないところは六十四カ国、日本担当の大使館を置かないというのは三十九もあります。それから、海外の大使館に兼轄をさせている、中国に日本の兼轄をする大使館を置いているところが十三、本国からやっているところは六、それからインドからが三、ニューヨークの国連代表部に置いているところは一カ国、韓国に置いて日本を兼轄しているところは一カ国、マレーシアが一カ国、計二十五は東京に大使館がありません。これは東京の土地が高いから発展途上国なんかは東京に置けない。これは、やはり日本から大使館の土地でも提供してさしあげられるような新しい首都機能、これは首都移転ではありませんわけで、首都機能移転でございますから、東京はもっとグレードアップしていただくとか。
 それから、私はいわゆる江戸城の復元なんというのを言っているんですが、五十六年間この東京、江戸の町にそびえていた江戸城を復元して、木材業界の活性化、これは全部図面が国会図書館に残っておりますから、文部省も設計図が残っていたら復元をお願いできるわけでございますし、それからまた、臨海地域の開発とか、それからもう一つ東京に沖合展開の飛行場をなんという話がありますが、私は羽田空港のもっと拡張とか、そんな大きな、東京も国際都市、世界都市に格上げしていただくようなそういうのが、二百十二ヘクタールの役所をほかへ移すことによって東京はもっと緑豊かなもっと環境をよくするような、東京もこれにお金をかけることによってよくなる、それから日本列島も大改造ができる、そんな意味で私は期待をしております。
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田野瀬良太郎#4
○田野瀬委員 私、冒頭申し上げましたように、国会議員になって間もなくこの話を聞いて国会移転に魅了された一人でございます。そんなことで、この委員会にはできるだけ今まで参加させていただき、歴代大臣、長官の話を聞いてきたわけでございますが、歴代長官も並々ならぬ情熱を持っておりましたが、ただいまの中山大臣は今までの大臣に比べて一番だ、私はこのように敬意を表する次第でございます。ぜひ、その情熱でもって、この大プロジェクトをひとつ実現していただきたいと強く望むものでございます。
 ただ、とはいうものの、国民もマスコミも、率直に申し上げまして、本当かなという思い、半信半疑の思いは否めないと思うのですね、その空気を見ておりまして。この時期にどうして大金を投じてする必要があるのかとか、そういう空気は否めない。
 私は、これは議員立法で今日まで来ておりますので、国会に責任があるとはいえ、近くこの候補地が答申されるわけでございます。これも小渕総理、政府にされることでございますし、日本は議院内閣制でございます。やはり国会議員である内閣が先導役となって国民に発信しないと、この半信半疑の思いはなかなか消えないのではないかと思うわけでございまして、ぜひその大臣の情熱を、内閣でひとつ機運を盛り上げていただきたいし、やる気をぜひ第二次小渕内閣のもとで示していただきたい、このように強い発信を国民にしていただきたいと思うわけでございます。
 いよいよ近く答申がされるわけでございまして、それを受けてこれからどういう手順でこれを進めていこうとするのか、先ほど申し上げたその大臣の情熱をどう第二次小渕内閣で広めていただけるのか、その辺のところの御意見をお伺いさせていただきたい、このように思います。
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中山正暉#5
○中山国務大臣 これはバブルが崩壊した後、平成二年に決議がなされておりますから、私はその意味で、ちょっとムード的に悪かったために、そんなことができるのかということがあったと思いますが、私はこれをやらなきゃいかぬ。ペルリが日本に来て日本を大改造されました。それから、マッカーサーが来て、いい悪いは別にして大改造がなされましたが、今度は、だれも来ないときに、この平和なときにそういうことをやるということが私は重要だと思っております。
 今、審議会で御審議をいただいておりますが、年内にはその答申がなされるのではないかと思っておりますが、その後は、法律の定めるところによりまして、内閣総理大臣が答申を国会に報告し、これは移転法の第十三条第二項に書いてございますが、国会における東京都との比較考量等の検討を経て移転を決定する、これは法律の二十二条に東京都との比較考量というのが書いてございます。それから、国会の移転先についても、今度は法律で、これを内閣が受けました後法律をつくるということ、これは二十三条に書いてございます。
 国土庁といたしましては、答申後において、国会における審議状況を踏まえながら、引き続き必要な検討を着実に進めながら、移転の具体化に向けての積極的な検討を行う所存でございます。
 また、国民的合意形成に向けて一層の幅広い論議を呼びかけるということは、私はこの間石原知事にもお話をしておったのですが、ひとつお互いに切磋琢磨しながらこの話題を日本に広げるために大いにやろう、こういう話をしておきました。私は、外環道路とかそれから圏央道の凍結を解除してくれという話に十一月一日に来られましたから、それは凍結を解除する方向でひとつ進めるけれども、首都移転反対という東京都知事の口は凍結する、こう言っておきました。
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田野瀬良太郎#6
○田野瀬委員 いよいよ答申されますと、当委員会の責任も大きくなってきますし、国会でしっかりと審議していかなきゃならない、我々も頑張らなければならないのですが、どうぞ政府におきましても、やる気をひとつ国民にぜひ示していただきますように強く要望させていただきたいと思います。
 今お話に出ておりましたように、この時期になって、国会決議がなされ法律で粛々と進められておるこの事業に、東京が真っ向から、東京がというより石原知事が真っ向から、しかも非常に神経質に反対運動を起こしておることは、非常にゆゆしい思いで私は見ておるところでございます。
 今、江戸城の復活であるとか、あるいは東京都の発展に配慮しながらという大臣の非常に温かい言葉がありましたが、しっかりと石原知事を政府が責任を持ってひとつ説得していただきますこともよろしくお願い申し上げまして、私、もう既に十五分参りましたので、これで質問を終わらせていただきたいと思います。ありがとうございました。
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井上一成#7
○井上委員長 古川元久君。
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古川元久#8
○古川委員 民主党の古川元久でございます。
 私は、この委員会は初めてこの国会から参加させていただきまして、初めて質問させていただきます。
 私は愛知県の選出でございまして、そういった意味では、今、伝え聞くところによりますと、有力な候補地の一つとして挙がっているということではありますけれども、ただ、本当はこれは十一月末までには審議会の答申が出されるということになっておったわけでありますから、きょうの委員会はその答申を受けて本当は議論をしたかったわけでございます。
 こうした形でまだ答申がない中では、どんなことを聞いても、大臣も参照するものもないのでなかなか難しいかと思うのですが、少し一般的なお話になるかと思うのですけれども、先ほどの田野瀬議員からのお話にもありましたけれども、実は最近耳にするのは、要するに首都機能移転に反対する声ばかりの方で、どうも盛り上がりに欠ける。
 実は愛知県は、首都機能移転も国家的プロジェクトでございますが、二〇〇五年に同じような国家的プロジェクトとして愛知万博をやるということになっておるわけでありますが、これも何となく盛り上がりに欠けておりまして、愛知県以外の人は、国家的プロジェクトであるにもかかわらず、そもそも万博をやること自体も知らないぐらいの、そんな感じもなきにしもあらずなのでございます。その辺を見ていますと、これはもう少し具体的な中身に入っていかないと、やはりそうした国民の関心といいますか、そういうものも進んでこないのではないかなというふうに思っているわけなんです。
 一般論になってまことに恐縮なのでございますけれども、大臣は、このような関心が高まらない、一時期のバブルのときに東京一極集中が非難をされて、そこから出てきたところからすると、昔の政治改革をあれは熱病だったというような話が最近出ているような感じがありますけれども、何となくこの首都機能移転に対してもそんなような感も見られるような部分もあるわけなんですが、大臣は、今こうして気持ちが高まってこない、国民の関心が高まってこない、その理由はどういうところにあるというふうにお考えになっておられるのでしょうか。
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中山正暉#9
○中山国務大臣 私は、一九八九年のベルリンの壁の崩壊、これは世界的に大変いい時代が来たなと思ったのですが、そのときに、日本にあった二千億ドルぐらいの短期の資金が、これはヘッジファンドというものでぱっとヨーロッパにシフトした。それが最初の、あっという間にバブルが崩壊した理由だと私は思っております。二回目の、いわゆる宮澤基金をつくらなければならない、三百億ドル基金というものをつくらなければならない理由というのは、香港を返還した後の十月に、電子メールを打ったヘッジファンドのあれがいまして、これがタイのバーツの暴落につながる。そういうことでバブルが崩壊したものですから、そんなことできるわけないじゃないかというムードになりました。
 私は、逆に、今力をこれに入れなければ、日本の二十一世紀に対する期待というのは阻害をされるのじゃないかと思っております。
 名古屋も、私は今度も現地に入らせていただくということを言っております。私は、一九六七年にモントリオールの万博以来、一九七〇年の大阪の万博それから花の博覧会とか、ことしも五月二日に昆明の花博に行って、博覧会というのは、昭和三十九年のオリンピックも日本の経済に大変大きな起爆剤を与えましたから、私は、先生のこれからの期待される政治生活の中で、今、国会に出て私も三十年になりますが、後の時代に私どもが贈り物を贈るのは、日本列島のそういう意味での首都の機能というものを移して、東京をもっとスリムに、ぜい肉を落として発展をしていくような、石原知事とも私は仲がいいものですから、三十年来の友達で同い年なものですから、好きなことを言い合っておりますが、今先生のおっしゃったような話題をうんとつくって、首都機能移転の話題が国家的なプロジェクトとして国民の頭の中でも第一番目に置かれるような、そういう意味でのPRをしなきゃいかぬ。
 特に、答申が粛々とやっていただいておるものですから、それが表に余り出ませんので、むしろ答申が出たら、マスコミもみんな注目をしていただいて、日本じゅうの注目が集まるような働きをしたい。
 特に、国土庁でも一回一回審議会が行われますたびにこういう「新時代」というようなものを出しまして、インターネットなんかでも逐次報告はしておるようでございますが、まだ世の中にそれほど話題になっておらないことは、むしろこれからの、嵐の前の静けさというか、嵐という表現がいけないかもわかりません、いい風が吹いてくるという言い方に変えた方がいいかもわかりませんが、そういういい種子を運んでくる風になっていただきたいと思っております。
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古川元久#10
○古川委員 その期待はわかりますし、私もそうあってほしいなと思うのですけれども、やはりもうちょっと、ブループリントのような状況から少し具体的な、例えば中身がなかなか詰められないのであれば、手順であるとかそういうものをもうちょっと具体的に詰める必要があるのじゃないかと思うのですね。
 例えば、今度の答申が出てきた後に、では実際に法律を出すときに閣法でやるのかあるいは議員立法でやるのか。これまでの経緯を踏まえれば議員立法というような話もあるようなんですけれども、しかし、ここまで国会が内閣を通じて審議会で答申を出してもらうようにお願いをしてきたようなところの経緯を考えると、今度の審議会は総理のもとに置かれた諮問機関でありますし、答申は総理にされる、そして総理から国会に対して報告がされるというようなことで、その経過から見ると、何となくこれは閣法でやるものかなみたいな話まで戻ってくるわけなんですが、その辺を答申が出てから考えましょうと。
 閣法でやるのか議員立法でやるのかという部分ですけれども、もし議員立法でやるのであれば、それは相当精力的に事前から準備をしてやっていかないと、実態的には、名前だけ議員立法で実際はお役人がつくった、官僚がつくった法律を名前だけ議員立法で出すという、しばしばよくある、形だけの議員立法みたいになってしまう。それでは本当の国会の権威というものもないわけでございまして、特にこれだけ国家的なプロジェクトということであれば、例えばそのように閣法で出すとか議員立法で出すとか、そういうことも今の段階から本来は具体的な方向性を示すことじゃないかと思います。
 また、それを決めた上で、それをいつの時期に、例えば今度答申が出れば次の通常国会中には出すとか、何らかそういう方向性というものをもう少し具体的に、今審議会で、どこにするか、そういうことの部分はなかなか今のところでは議論できない話でありますけれども、そういう手続面というものは決められるものはやはり進めていくということが、国民の目から見ても、ああ、物事が進んでいくのだなということがわかるのじゃないかと思いますが、その点に関してはいかがお考えでしょうか。
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中山正暉#11
○中山国務大臣 審議会に答申をお願いしておりますということで、今、どういう形でこの答申が出てまいりますのか、まだ全く中身の予測がつかないわけでございます。複数説とかいろいろあるわけでございますが、私は、それが内閣に提出されたそのときから新しい事態が展開をしていって、今閣法になるのか議員立法になるのか、そもそも平成二年に国会の決議で首都機能移転の話が始まったものでございますから、最もいい方法で、それこそ国会等移転という主題になっておりますから国会議員の先生方で、特に複数候補地があった場合にはそれが決まるまでの紆余曲折がいろいろあると思います。それを、決まった場合、内閣の方で出した方がいいのか国会の議員立法にした方がいいのかということは、おのずから、その討議をすること自体が国民の関心を集めていくいいきっかけになるのではないか、私はこう見ております。
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古川元久#12
○古川委員 お気持ちはわかるのですけれども、そういうことをやっていると、何となく一般の国民からすると、ウィーン会議じゃないですけれども、会議は踊る、されど決まらずみたいな、今の議論だけ見ているとそんな感じに見えるのじゃないかと思うのですね。
 ちょっとまた方向を変えて、少し今の首都機能移転に関する国民の普通の感じ方を見ますと、例えば官邸が今立派なものを、新官邸をつくり上げようとしている。霞が関の省庁を見ても、どんどんと新しい新庁舎ができていって、今や、古く残っているのは大蔵省や文部省ぐらいのもので、ほとんどの官庁が新しいビルに建て直っている。ああいう姿を見ていると、普通の人から見ると、本当に政府はやるつもりがあるのですかと。
 総理大臣も新しい官邸をつくる。それはまあ確かに、首都機能移転、移転先が決まってから時間がかかるからというものはあるものの、逆に言うと、その辺で新たなものはつくらないというくらいに物理的ないろいろな制約を課さないと、新しいものをつくってもらえば、そんなに慌てなくても、まだここは今使えるんだから当分いいのじゃないかというふうに思ってしまうというか、そういう議論が間違いなく出てくると思うのですね。
 また、官庁に勤めている役人の立場からすれば、多くの人は、東京に中央官庁があるから中央官庁に勤めているという人もかなりいるはずでございまして、そういう人たちからすると、先にこうやって自分の官庁を新しく建て直してしまえば、役所を建て直してしまえば、そう簡単には、役所を出て行け、新しいところへ行けと言われないだろうと、まさに東京に残るための橋頭堡を築いているかのような、そんな感もやはり一般の国民からしたら見えると思うのです。
 ですから、やはりその辺、そうじゃないんだということであれば、例えばこの新官邸あるいは今の霞が関の新しく建っている官庁街、そういったものを首都機能移転後にはこういう形で利用しますとか、何かそういうもう少し先のものが見えないと、それで、見えなくてどんどんと新しいものをつくっていったのでは、これは本当に物事を議論だけしてずるずると先延ばしする、そういうように思われてしまうのではないか、そんなふうに私は思うのでございますが、大臣のお考えはいかがでしょうか。
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中山正暉#13
○中山国務大臣 私も、この間、ブラジルへ行く機会がありまして、ブラジリアというところを見てまいりました。三十年たっているそうでございますが、やっと形がついてきたというような話を伺いまして、官邸も、今つくっていますが、三十年ぐらいたったら、新しくつくるものでも老朽化が目立つような形になってくるのじゃないか。むしろ首都機能を移転した後の過渡期をどう補完するかというので、その場合には、やはり東京が国際都市になっていただくためには、外国から来られるお客様の接受とか、そんなことで、今つくっている総理官邸もそれなりの意味がある。
 それから、これは、国会に答申が出された後、今先生の御懸念の問題、中央官庁、今あるものをどういうふうにしていくのかとかいうようなことが具体的になってくると思いますので、私は、昭和四年にできた、田中義一内閣ではなかったかと思いますが、今の官邸、ライトさんがおつくりになった大変価値のある建造物でございますから、そういうものもちゃんと残しながら、それからまた、今私どもについていてくださるような役所の方々も、遠いところから毎日毎日通勤して、狭い官舎を与えられている人たちに広い、日本の将来のことを考えてくださる、もう国会に一々出てくることもだんだん少なくなってくるような方々に真剣に日本のことを考えていただくためには、住環境のいい首都機能を行政の方々にも提供したりする。それから、先ほど申しましたように、大使館もちゃんと準備してさしあげるというような。そういう非常に機能的なものが立ち上がるということは、しばらく、むだなように見えますが、今つくっている新しい一府十二省になるもの、これもほかへの転用ができることでありますので、私は大してそれに対する心配はいたしておりません。過渡期を補てんするものというのはやはりそれなりの姿を維持するべきである、こう思っておりますので、これは長いレンジで考えるべきものだ、こう思っております。
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古川元久#14
○古川委員 その長いレンジというのがどれぐらいの期間かというところで、この首都機能移転に関する国民の関心というのもやはり変わってくると思うのですね。それが、今おっしゃったように例えば三十年とか、そういう話になってきちゃうと、これは関心を持てといってもなかなか難しいものであります。ですから、三十年なら三十年にしても、では、ここの十年とかここの五年という、最終的なゴール点というものはそこにあっても、その前提のところというものを、これは議論に任せてという面も一つはあるのかもしれません、議論を十分に尽くしてということもあるのかもしれませんが。もう一つは、ある程度、時のリーダーというものがしっかりと先頭に立って方向性を指し示していかないと、とにかく、過去の日本の中で首都が移転をしたときを考えてみても、みんなの意見がまとまるまでという形でやっていては、これはなかなか進まないわけであります。
 そういった意味での方向性というものがどうも見えにくいのじゃないか、そんな懸念を持っていることを最後に申し添えまして、私の質問を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。
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井上一成#15
○井上委員長 宮地正介君。
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宮地正介#16
○宮地委員 きょうは、大臣、政務次官、時間が十五分という限られた時間でございますので、単刀直入にちょっと御質問させていただきたい、こう思います。
 特に、今回のこの首都機能移転というのは、二十一世紀のプロジェクトとして国家的な、大変重要なプロジェクトであろう。そういう意味合いにおきまして、まさに私は、この事業の成功によって日本の再生の大きなきっかけにしていくべきであろう。例えば、中央集権国家を、これを契機に地方主権国家に国をつくりかえていく、そういう動機づけにインパクトを与えていく、そういう点からも非常に大事ではなかろうか。
 そこで、ちょっと、いろいろ議論してまいりましたけれども、明確にしておかなきゃならない点。これは、いよいよ答申が十二条の法律に基づいて年内に出される、こういう方向でございます。大臣は、首都機能というこの言葉と遷都という言葉、これは同義語としてとらえておられるのか、どういうふうにとらえておられるのか、まず、そこをはっきりと答弁いただきたいと思います。
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中山正暉#17
○中山国務大臣 私は、京都に天皇がおられて、鎌倉に幕府が移された、これはまさに首都機能の移転であったのではないか。それから、天皇が京都におられて、そして江戸に幕府、首都機能を設置した。そういう形が、私は、天皇が御動座をなさる、天皇が動かれるというのが今までの遷都という意味合い、一八六八年、江戸城を東京城という皇城ということを決められたときの意義とは少し違う。これは、橋本龍太郎総理大臣もそういう意味のことをおっしゃっている。天皇に御動座いただく意味の首都機能移転というものではございませんと。首都機能移転で、首都移転ではない、こんなことです。
 しかし、首都は東京だという法律はありません。日曜日が休みだという法律がないのと同じでございます。ですから、これはその意味で、首都圏整備法とか、それから最高裁判所は東京都に置くとか、そういうことが書いてあります法律はありますが、基本的には、首都は東京であるという法律がない点は、私は、非常に自由な形になっていると思うのです。天皇がいらっしゃるところ、場所が移ることをいわゆる首都移転だと思っております。
 近畿の畿という字は、あれは昔、天皇のいらっしゃるところから百里以内というのが畿内。朝鮮半島のソウルという町も京畿道というところにあります。天皇のそばにあるというのが近畿とか畿内という言葉を使っておったようでございますが、天皇様は東京にいていただいて、そして首都の機能だけが移る、そんな認識でおります。
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宮地正介#18
○宮地委員 そうしますと、法律の第一条、これは三権分立の三権の中枢を移転する、こういうふうに我々は解釈しておるわけですね。橋本総理の当時の答弁では、いわゆる皇居はこれは移す考えはないと。こういう理解を我々もしているわけでございますが、大臣は、その点もう少し明確に、今回の首都機能移転というのは、いわゆる立法府である国会、行政府中枢、それから司法の中枢、これは地方に移転をする、しかし、皇居は東京に残す、こういうふうに理解してよろしいのかどうか、明確にしてもらいたい。
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中山正暉#19
○中山国務大臣 先生のおっしゃるとおりだと思いますが、「国は、国会並びにその活動に関連する行政に関する機能及び司法に関する機能のうち中枢的なもの(以下「国会等」という。)」そういう形で第一条ができておりますが、東京圏以外の地域への移転、国会等移転の具体化に向けて積極的な検討を行う責務を有するという、責務になっておりますので、これはおっしゃるように、司法、立法、行政というこの三権の機能を他へ移す、こういう意味だと思います。
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宮地正介#20
○宮地委員 そうしますと、今回、重要なこれからの答申が出た後、非常に重要なポイントは法律の二十二条ですね。この二十二条の、一つは、「審議会の答申が行われたときは、国民の合意形成の状況、」この国民の合意形成をいかにこれから進めていくか、これが一つの問題。もう一つは、「社会経済情勢の諸事情に配慮し、東京都との比較考量を通じて、移転について検討されるものとする。」いわゆる東京都との調整問題。
 先日、石原慎太郎都知事が来まして、慎太郎知事、皇居の問題に触れていましたが、何か皇居を移転するような、そういうふうにとられるような発言で、恐らくわかっていておっしゃったのじゃないかな、歴史的な文化的と。今おっしゃったように、法律では皇居は移転する考えはないわけですね。ですから、石原慎太郎知事も、その点ちょっと、わかっているようなわかっていないような発言があったわけで、そうした中でも、今大変な反対運動をしているわけですね。ここの東京都との調整の問題。この二つのクリアは私は非常に重要な課題である。これについて、大臣、どういうふうに取り組んでいくか、その点について確認したいと思います。
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中山正暉#21
○中山国務大臣 これは先ほどもちょっと御答弁申し上げましたが、十一月一日に石原知事が来られたり、それからヨルダンの国王が来られたときの夜の会でも、それの開会を待つ間、石原知事といろいろな話をしておりました。あなたも平成二年、国会にいたではないですか、そのときに賛成をしたでしょう、いや、おれは反対したなんという話をしておられましたが。議席も、私の隣の隣に座っておられたのです。平成五年にやめられたのかな。ですから、それはちょっとあなた、国会にいるときと、知事に出られたときと、また別な話をしてもらったら困るななんという笑い話をいたしておりました。彼にしてみれば、東京都知事に選ばれたということで、いろいろ東京都からも一連の反対の要望書を、意見書といいますか、そういうものを持ってこられているようですが、これはこれで、早く話題を出してくださったので、ちょうどよかったなと私は思っております。
 そして、東京都との比較考量というのが、そこから始まる。だから私は、東京都には、先ほど江戸城の話をちょっとしましたが、六十メートル、日本最高の江戸城があって、私は大阪の人間でございますので、昭和の天皇様の御大典記念に大阪市民から百五十万円の浄財を集めて、昭和三年に着工して六年に完成をしたのが大阪城でございます。江戸城は五十六年間そびえておりましたが、これは明暦の火事、振りそで火事というので焼け落ちてしまいました。私は、公開されております本丸跡の下を大国際会議場にでもして、御在位十年の式典を国立劇場でやるなどというのは、ちょっと余り東京都らしくないんじゃないか。だから、そういうものも東京に考えていただいて、天皇陛下がお歩きになって集会にお出ましいただけるようなものも東京都にあっていいんじゃないか。昔の吉原を見せて、これが江戸であるなどというのはみっともないんじゃないのと知事にも言っておきました。
 ですから、木材業界活性化という、木材を使った六十メートルの大建造物、そして、木材は規制がかかっておりまして、三階建てしかできません。小学校でも中学校でも、木造でつくってやればいいんじゃないか。そんな技術を残すためにも、図面の全部残っております江戸城の復元などというのは、東京の考量をするときに、新しくプレゼントを東京都に差し上げて、そして、東京都の人たちが首都が移転しても寂しくないという思いをしていただくような準備をしなきゃいかぬ。先生のおっしゃるように、この話題が出てきましたらその後どうするかというのを、そこから今度は国土庁としても、事務局としてきっちり立案をしてまいりたい、こう思っております。
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宮地正介#22
○宮地委員 そこで、大臣、時間がないのでまた次の機会にもいろいろ詳しく御質問したいと思うのです。東京都が、首都機能移転をしなくても東京を再生できる、むしろ首都機能移転をしない方がいいんだ、こういう論理の展開をやっておるのですよ。私は、首都機能移転をして東京は逆に再生できるんだ、もっと緑を残し、精神砂漠の東京から本当に心豊かな東京に変わるのだ、これをぜひ国土庁、しっかりとした東京再生プランを研究していただいて、東京都に負けないだけの、首都機能移転による東京再生のメリットがあるんだ、こういうことを発表することが大事じゃないか。こういう用意がありますか。
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中山正暉#23
○中山国務大臣 青島知事が都市博をやめられたので、湾岸のところに青い島になってしまったみたいなところがありますが、後が石の原にならない、石原にならないような対応をして、そして今お話しのように、つくばに国土地理院とか土木研究所などが移った後、四〇%は公園になっておりますから、私は石原知事にも言っているんです、二百十二ヘクタールという土地があくのではないの、あなた、そこを知恵を使って、何か大公園をつくったり、それからすばらしい計画を東京都として立ててもらって、それで国と一緒に、新しい、すっきりした、ぜい肉を落とした東京都というのが再生するのには、年間二千億ぐらい首都機能移転にお金がかかるようでございますけれども、これは首都をすばらしいものにする大変安くつく方法だ、私はこう思っております。
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宮地正介#24
○宮地委員 では最後に、増田総括政務次官、埼玉県出身の政務次官として、首都機能移転に対する御決意を伺って御質問を終わりたいと思います。
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増田敏男#25
○増田政務次官 御質疑をいただきまして、前置きが大変お褒めが入っていましたので、光栄であり恐縮です。
 簡単に申し上げますが、私自身、質疑者の宮地先生にはよく御存じのところかと思います。その上に立ってのお答えですが、平成二年、国会決議がなされました。平成四年、今度は法律ができました。平成七年、調査会の報告がありました。平成八年、その国会移転の法律が改正になりました。そして現在に至っているわけであります。
 私たちの職柄、積極的にこれに取り組むというのが私たちの職柄であります。これを離れて決意はどうだといいましたら、ただいままでの大臣のお答えのとおり、一生懸命大臣を補佐して取り組んでまいりたい、このように思います。よろしく御指導を賜りたいと思います。ありがとうございました。
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宮地正介#26
○宮地委員 ありがとうございました。
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井上一成#27
○井上委員長 吉田幸弘君。
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吉田幸弘#28
○吉田(幸)委員 自由党の吉田幸弘でございます。
 私、この委員会で大変勉強させていただいていまして、もうここまでなのかな、さらに勉強しなきゃいけないのかな、そんな中で、年末、審議会からの答申ということで非常に楽しみにし、また緊張感を高めているわけでございます。
 改めて大臣にお伺いをしたいと思います。
 まず、移転の今日的意義及び効果について、この移転は、当初論じられたときの意義ということに、さらに今日に至っていろいろな問題が発生したと思います。このことを含めて見解をお伺いしたいと思います。
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中山正暉#29
○中山国務大臣 私ども若いときに、日本列島改造論というのがありました。その日本列島改造論というのを、国土庁あたりにおられた方々がいろいろ研究しておられたことを、当時の幹事長、総理大臣をやられた田中角栄先生などが、それを実際に現実のものにしようという、「日本列島改造論」というのをお書きになりました。
 私は、二十一世紀に、本当に日本の新しい国土づくりというのは一体何だろう。新国土軸というような構想もあります。今まで、阪神・淡路大震災が平成七年に起こりましたが、あれで西日本が全部麻痺してしまいました。四兆九千五百億ぐらいのお金をかけて、五年間でよくあそこまで復興したなと思います。
 移転というのは、東京の一極集中を是正すると同時に、国土の災害対応能力を強化する、それから東京に潤いのある空間を回復することに寄与するとともに、国政全般の改革と深くかかわる重要な課題だ。これが後世に借金を残さない、いわゆる国家としての設備投資、新しい事業展開をするための、借金返しの、池を雪で埋めていくような財政運営ではなしに、何かしっかりした、次の日本の経済再生の起爆剤になるような投資をするのがこの首都機能移転ではないかと私は思っております。
 そういう意味で、意義とか効果につきましては、その時々の状況に応じて力点の置き方は異なるんですが、移転決議の当時から、これはしっかりやっていこうという国会議員の自覚の上に立った決議からの議員立法であったと私は思っておりますので、国会の意思をはっきり強調する上で大変意義のあることだと思っております。
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