農林水産委員会
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会
会議録情報#0
昭和三十二年二月二十六日(火曜日)
午前十時十八分開会
—————————————
出席者は左の通り。
委員長 堀 末治君
理事
重政 庸徳君
藤野 繁雄君
東 隆君
清澤 俊英君
島村 軍次君
委員
青山 正一君
秋山俊一郎君
雨森 常夫君
佐藤清一郎君
柴田 栄君
田中 啓一君
堀本 宜実君
安部キミ子君
小笠原二三男君
北村 暢君
羽生 三七君
上林 忠次君
河野 謙三君
千田 正君
北條 雋八君
政府委員
水産庁次長 奧原日出男君
事務局側
常任委員会専門
員 安楽城敏男君
説明員
運輸省鉄道監督
局国有鉄道部施
設課長 田中 倫治君
日本国有鉄道常
務理事 藤井松太郎君
参考人
横浜市助役 田中 省吾君
屏風浦漁業協同
組合顧問 大須賀金太郎君
神奈川県漁業協
同組合連合会会
長 奥村伊三郎君
神奈川県内湾漁
業協同組合連合
会会長 済田 平寿君
神奈川県議会議
員 八木 邦継君
神奈川県農政部
長 鈴木 重信君
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本日の会議に付した案件
○農林水産政策に関する調査の件
(屏風浦等漁場埋立問題の件)
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この発言だけを見る →午前十時十八分開会
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出席者は左の通り。
委員長 堀 末治君
理事
重政 庸徳君
藤野 繁雄君
東 隆君
清澤 俊英君
島村 軍次君
委員
青山 正一君
秋山俊一郎君
雨森 常夫君
佐藤清一郎君
柴田 栄君
田中 啓一君
堀本 宜実君
安部キミ子君
小笠原二三男君
北村 暢君
羽生 三七君
上林 忠次君
河野 謙三君
千田 正君
北條 雋八君
政府委員
水産庁次長 奧原日出男君
事務局側
常任委員会専門
員 安楽城敏男君
説明員
運輸省鉄道監督
局国有鉄道部施
設課長 田中 倫治君
日本国有鉄道常
務理事 藤井松太郎君
参考人
横浜市助役 田中 省吾君
屏風浦漁業協同
組合顧問 大須賀金太郎君
神奈川県漁業協
同組合連合会会
長 奥村伊三郎君
神奈川県内湾漁
業協同組合連合
会会長 済田 平寿君
神奈川県議会議
員 八木 邦継君
神奈川県農政部
長 鈴木 重信君
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本日の会議に付した案件
○農林水産政策に関する調査の件
(屏風浦等漁場埋立問題の件)
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堀
堀末治#1
○委員長(堀末治君) ただいまから農林水産委員会を開きます。
横浜市鼻風浦、根岸湾及び本牧沿岸漁場の埋め立ての件を議題にいたします。
この件につきましては、すでに御了承のことと存じますが、問題の発端は、昨年の十一月二十七日に横浜市鼻風浦漁業協同組合長、同根岸湾漁業協同組合長、同じく本牧漁業協同組合長、埋立反対期成同盟連合会実行委員長、神奈川県漁業協同組合連合会長及び全国ノリ貝類漁業協同組合連合会長の連名をもって、漁場埋立反対及び桜大線路線の変更の陳情がなされたことに始まったのでありまして、その際、陳情の要旨は横浜市が臨海工業地帯を造成し、かつ国鉄桜木町—大船間の桜大線を誘致するため、市の一方的な意図によって横浜市庭風浦、根岸湾及び本牧各地先の漁業の埋め立てを計画し、その実現に努力しているが、埋立予定地はノリ及び貝類の養殖を行い、神奈川県内湾随一の好漁易であり、埋め立てによって沿岸漁民は生業を奪われ、その生活は永久に根底から抹殺されることになるので、漁業の埋め立てに絶対反対であり、また埋め立てと相関連する桜大線の路線は、これを変更して、陸路線とせられたいということであります。
当委員会におきましては、この陳情を受けて、直ちに現地調査を行うようにとの御意向の向きもありましたが、現地調査を行う前に、地元関係者から事情を聞き、その上で現地調査を行う方がよろしいということになりまして、昨年十二月二十日の委員会におきまして、この問題について地元関係者を参考人として意見を聞くことに決議され、その人選及び時期等については、委員長に御一任を受けていたのであります。その後、諸般の事情から今日に至ったのでありますが、去る二月十九日の理事会のお打ち合せに従いまして、二十一日の委員会で御了解を得て、本日この会を設けることになった次第であります。
参考人各位におかれましては、御多忙中をお差し繰り御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。ただいまからお手元にお配りしておきました順序に従って、順次御意見を承わりたいと存じますから、よろしくお願いいたします。
なお、委員各位にお願い申し上げますが、委員各位の御質疑はなるべく、参考人の陳述が一通り終ってからにお願いをいたします。また、本日政府からは、水産庁の漁政部漁業調整第一課長丸山君、日本国有鉄道常務理事の藤井君が見えております。あと、運輸省からも今見えることになっておるのであります。
では、ただいまから参考人の御陳述を願います。どうぞ、お手元に差し上げております順序に従いまして、まず横浜市助役田中省吾君からお願い申し上げます。
なお、ちょっと申し上げますが、なるべく皆様方の御陳述は、せいぜい十分ないし十五分以内にとどめていただくように、お願い申し上げます。
この発言だけを見る →横浜市鼻風浦、根岸湾及び本牧沿岸漁場の埋め立ての件を議題にいたします。
この件につきましては、すでに御了承のことと存じますが、問題の発端は、昨年の十一月二十七日に横浜市鼻風浦漁業協同組合長、同根岸湾漁業協同組合長、同じく本牧漁業協同組合長、埋立反対期成同盟連合会実行委員長、神奈川県漁業協同組合連合会長及び全国ノリ貝類漁業協同組合連合会長の連名をもって、漁場埋立反対及び桜大線路線の変更の陳情がなされたことに始まったのでありまして、その際、陳情の要旨は横浜市が臨海工業地帯を造成し、かつ国鉄桜木町—大船間の桜大線を誘致するため、市の一方的な意図によって横浜市庭風浦、根岸湾及び本牧各地先の漁業の埋め立てを計画し、その実現に努力しているが、埋立予定地はノリ及び貝類の養殖を行い、神奈川県内湾随一の好漁易であり、埋め立てによって沿岸漁民は生業を奪われ、その生活は永久に根底から抹殺されることになるので、漁業の埋め立てに絶対反対であり、また埋め立てと相関連する桜大線の路線は、これを変更して、陸路線とせられたいということであります。
当委員会におきましては、この陳情を受けて、直ちに現地調査を行うようにとの御意向の向きもありましたが、現地調査を行う前に、地元関係者から事情を聞き、その上で現地調査を行う方がよろしいということになりまして、昨年十二月二十日の委員会におきまして、この問題について地元関係者を参考人として意見を聞くことに決議され、その人選及び時期等については、委員長に御一任を受けていたのであります。その後、諸般の事情から今日に至ったのでありますが、去る二月十九日の理事会のお打ち合せに従いまして、二十一日の委員会で御了解を得て、本日この会を設けることになった次第であります。
参考人各位におかれましては、御多忙中をお差し繰り御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。ただいまからお手元にお配りしておきました順序に従って、順次御意見を承わりたいと存じますから、よろしくお願いいたします。
なお、委員各位にお願い申し上げますが、委員各位の御質疑はなるべく、参考人の陳述が一通り終ってからにお願いをいたします。また、本日政府からは、水産庁の漁政部漁業調整第一課長丸山君、日本国有鉄道常務理事の藤井君が見えております。あと、運輸省からも今見えることになっておるのであります。
では、ただいまから参考人の御陳述を願います。どうぞ、お手元に差し上げております順序に従いまして、まず横浜市助役田中省吾君からお願い申し上げます。
なお、ちょっと申し上げますが、なるべく皆様方の御陳述は、せいぜい十分ないし十五分以内にとどめていただくように、お願い申し上げます。
田
田中省吾#2
○参考人(田中省吾君) 私、横浜市の助役の田中省吾でございます。横浜市の根岸湾埋立問題につきましては、先般来当委員会の皆様にも、非常な御迷惑、御配慮をわずらわしておりまして、まことに恐縮に存じております。この点厚くおわびを申し上げる次第であります。
ごく簡単に、根岸湾埋め立ての沿革とでも申すことを申し上げたいと存じますが、根岸湾埋め立てという問題は、実は古い問題でございまして、さかのぼりますと、明治四十四年の横浜市の市会におき失して、根岸湾埋め立ての議決をいたしまして、その一部は、昭和五年の八月に、約三万坪の埋め立てを実行いたしたのでございます。これはもうほんの少しでございます。それからさらに昭和二十六年に、二万九千坪余りの埋め立てを完成したような沿革もあるのでございます。
そういう古いことはさておきまして、それ以来、歴代の市の当局は、何とかこの根岸湾の埋め立てを実行いたしまして、工場地帯を造成いたしたいという念願を持ち続けておったのでございます。御承知のように、横浜には、神奈川、鶴見地区の大きな埋立地がございまして、そこは現在横浜市における大工場地帯を形成いたしておりますし、これはまあ日本全体から見ましても、大きな工場生産の基地になっておるというようなわけでございまして、横浜市といたしましては、さらに根岸湾の埋め立てを実行いたしまして、ここに第二の横浜港湾というものを作りたいという念願をもって、引き続いてずっと研究をいたしておりました。
それから最近になりましては、昭和十六年にやはり埋立計画を立てまして、市会の議決を経て、九十七万坪の埋め立てを計画いたしました。その当時、地元の漁業組合に埋め立ての同意を求めまして、そうして漁業組合に対しても十分の了解を求めて、覚書の交換もいたしました。漁業権については、漁業組合は漁業権を放棄する補償として、埋立面積の六十六万九千坪余りに対して、七万二千百九十一円支払うものとする、それから海面浚渫に対する慰謝料として五万円を支払うというような覚書を交換いたしまして、この六十六万九千坪余のうちで、まず五万坪を埋め立てするということになりまして、その五万坪の補償といたしまして六万五千百五十円、慰謝料として二万円、合せて八万五千百五十円の支払いを了しまして、その埋め立てにかかったのでございます。これがまあ漁業組合の方に、よく納得をして、了承を得て行いましたのでありまして、その後その五万坪のうちの約半分は竣工を見ておるのでございます。
そういうような沿革をたどっておるのでありますが、最近になりまして、何とか本格的な、五万坪や六万坪じゃなしに、何十万坪という大きな埋め立てをやりたいという希望で、いろいろ研究をいたしておりましたが、何しろ埋め立てには大きな金がかかりますし、その金策もなかなかむずかしい。かりにそれができましても、工場を誘致しても、工場が来てくれるかどうかという問題もありますし、最も大きな問題としては、漁業組合との了解がつかなければ、これはうまくいきませんので、そこでまだ実行をするという決心に立ち至らずに、まあ研究の程度で推移して参ったのでございます。
そういう沿革でございますが、実は昨年の初めになりまして、根岸線延長の問題というものが起って参りました。これはこれまた古い問題でございまして、国有鉄道が桜木町でとまっておりますのを、桜木町から延長してもらって、横浜市を貫通して北鎌倉駅に接続するという問題が、これは昭和十二年、鉄道建設法に根岸線の延長ということで載っておるわけでございまして、この鉄道の延長は、当時一部土地の買収もして、まさに着工しようという段階にまで立ち至ったのでありますけれども、戦争が起りましたために、中止になってしまっておるという問題が一つ、これは別の問題としてございます。
ところが、横浜市としては、やはりこれを実行いたしてもらいたいということを多年の念願としておったのでございます。しかるところ、昨年の初めになりまして、どうも桜木町から鉄道を延ばして北鎌倉に継ぐというのではおもしろくない、延長するならば大船駅にこれを接続するのがよろしいというようなことで、俗にこれが桜大線、桜木町の桜と、大船の大をとりまして、桜大線という名前でこれが問題になって参りました。正確の法律上の名前はやはり根岸線でございます。そこで昨年の二月に、鉄道建設審議会におきまして、根岸線の延長について、調査すべき線ということにお取りきめ願いまして、横浜市としては非常に喜んでおる次第でございます。
そこで、だんだん鉄道当局において御調査をなされ、市の当局としても、その御調査に対して全面的な御協力を申し上げて、今回に至っておるのでございますが、その初めのうちには、この根岸線、すなわち桜大線というものは、東海道線の現在の交通を緩和するということが非常に大きな理由になっておりまして、根岸湾の埋め立てということは、これはあればまことにけっこうだ、しかしまあその重みはむしろ東海道線の交通緩和ということにあるというような考え方であったのでございます。しかるに、漸次研究をして参りますと、この桜大線をやりましても、なかなか東海道線の交通緩和には、役立つには役立つけれども、十分でないということになりまして、東海道線の交通緩和にはまた別途の方法を講じなければならぬというような模様にだんだん変って参りました。
そこで私どもは、それはもう鉄道専門家の御研究に待つということにいたしまして、いずれにいたしましても、桜大線が敷かれるということになれば、根岸湾の埋めめ立てということも、これと並んで実行をいたしまして、ここに大工場地帯を作りまして、横浜港の第二港湾というようなものを作りたい。そうしてこれは横浜にとりましては非常にもう市の性格を変えるほどの大問題でございまして、御承知のように、横浜は戦災をこうむりました上に、その心臓部と申すべき部分を接収をいたされて、復興が非常におくれております。これを神戸、大阪、名古屋等に比べますれば、遺憾ながら非常に復興がおくれておりますので、この桜大線を敷設していただいて、そうして根岸湾を埋め立てて、横浜の性格を変更するような大事業をやっていただいて、そうして復興のおくれを取りもどしたい。これが横浜市の百年の大計として最も根本的な重要施策であり、これがまた日本の国の再建、復興に役立つものであるという信念を持ちまして、それに熱心にまあ研究をいたしておったわけでございます。
ところが、初めのうちはあくまでも研究をいたしておるというような状態でございました。そこへもって参りまして、昨年の八月、地元の鼻風浦の漁業組合で、この地元約二千坪を埋め立てたい、漁業組合の用に供するために二千坪を埋め立てたいという出願が出て参りまして、市長に対してその同意を求めるということになりました。これは法律的に申しますと、免許は知事に免許が申請されまして、知事から横浜市会にその意見を問われたわけでございまして、市会といたしましても、よく研究をいたしました結果、これに同意をしようということで同意を与えましたが、その際、漁業組合とよく懇談をいたしまして、一つの覚書を交換いたしたのでございます。
その覚書の内容駅で詳しく申し上げませんけれども、要するに、市はこの覚書に、漁業組合の二千坪の埋め立てに同意する、しかし、将来市が大きな埋立計画をやる場合に、これが支障になっては困るというので、その土地については、漁業組合において、市の方からかえ地を上げるとか、あるいはこれを市に売ってもらうとかということにしてもらいたい、というのは、将来本埋立地を市が必要とする場合は、組合はこの埋立地を適正な価格で市に譲渡するか、または適当な市有地と交換することに同意するといったような覚書を交換して、二千坪の埋め立てに同意をいたしました。そこは文言には現われておりませんけれども、まあ大きな埋め立てをするときには、漁業組合も同意してもらいたいという含めは十分あるつもりで、市の方はおったのでございます。
それからそのときにまだ、この根岸湾の埋め立てを本格的に実行するという決心は、市にはついておりませんでした。ついておりませんでしたけれども、決心をつけるためにいろいろな調査をいたさなければなりませんので、その調査をすることについて、まあ同意してもらいたいというお話もいたしたのでございまして、市の方としては、漁業組合の同意を得て、水面に入って、深さをはかってみたり、あるいはボーリングをやってみたりするということを、その後やりましたわけでございます。その後わかりましたところによりますと、どうも漁業組合においては、そういう漁場に入って深浅をはかったり、ボーリングをするということについて、完全な了解を与えていないのだということを、漁業組合の方で申しますので、そこにまあ一つの食い違いが実は起ったのでありまして、まことに残念でもあり、恐縮にも存じておるところでございます。市の方では決して強引にそういう調査をしたわけではないつもりであるのでございまして、まことに遺憾に思っておるところでございます。
そういう推移をたどりまして、昨年の十一月の初めに、国鉄当局の方から、だんだん調査研究の結果根岸線を延長……。ええ、もうすぐしまいにいたしますが、根岸線を延長するためには、やはりこの埋め立ということが非常に、絶対というほど必要であるというような意味で横浜市は本腰を入れてこの埋め立てをやるのかどうかというお問い合せがございまして、そこで市といたしましては、ほんとうに決心をいたしまして、これはすぐやらねばならぬという決心をいたしまして、市会の全員協議会にも諮りまして、御同意を得て、全会一致、政党政派を超越した御同意を得て、国鉄当局に、これはいたしますという回答をいたしました。
それから今年の一月十日には、市の内部に、埋立事業局という一つの新しい局を作りまして、そして自治庁等にもお願いをし、起債を認めてもらうという運動をして、これを実行するという段階になってたのでございます。そのためには、どうしても漁業組合に御同意を求めなければなりませんので、しばしば御同意を求めるために、地元の県市会議員、その他各種の方に御協力を得て、同意を求めるための努力をいたして参りました。そこで昨年の十二月二十八日と、本年の一月二十八日と、それから一昨日——日曜でございますが、三回にわたって漁業組合と折衝をいたして参りました。第二回目は地元の漁業組合は出席していただけませんでしたが、一昨日は皆さんおいでを願って、そこでお話し合いをいたしまして、それでは協議会を作って折衝をしようという段階にまで、おかげさまで到達いたしましたので、私どもの方としてはぜひともこの埋め立てはいたしたいという決心をいたしておりますし、そのためには漁業組合の同意をどうしても得なけりゃならぬ、最善の努力を尽しまして同意を得るつもりでございます。そうしてそれは漁業組合の方にとっては生活権の根本に触れる問題でございまして、非常に重大な問題でございますので私どもは漁業者の方々の身になってその補償等については最善の方途を講じたいというつもりでおるのでございます。
以上概要を申し述べまして、いろいろ行き違いもございましてまことに恐縮でございますが、そういう点についておわびを申し上げますと同時に、将来は責任をもって漁業組合と話し合いをつけて、漁民の生活については保障をいたしたい、こういうつもりでおりますので、何とぞよろしくお願いを申し上げる次第であります。
この発言だけを見る →ごく簡単に、根岸湾埋め立ての沿革とでも申すことを申し上げたいと存じますが、根岸湾埋め立てという問題は、実は古い問題でございまして、さかのぼりますと、明治四十四年の横浜市の市会におき失して、根岸湾埋め立ての議決をいたしまして、その一部は、昭和五年の八月に、約三万坪の埋め立てを実行いたしたのでございます。これはもうほんの少しでございます。それからさらに昭和二十六年に、二万九千坪余りの埋め立てを完成したような沿革もあるのでございます。
そういう古いことはさておきまして、それ以来、歴代の市の当局は、何とかこの根岸湾の埋め立てを実行いたしまして、工場地帯を造成いたしたいという念願を持ち続けておったのでございます。御承知のように、横浜には、神奈川、鶴見地区の大きな埋立地がございまして、そこは現在横浜市における大工場地帯を形成いたしておりますし、これはまあ日本全体から見ましても、大きな工場生産の基地になっておるというようなわけでございまして、横浜市といたしましては、さらに根岸湾の埋め立てを実行いたしまして、ここに第二の横浜港湾というものを作りたいという念願をもって、引き続いてずっと研究をいたしておりました。
それから最近になりましては、昭和十六年にやはり埋立計画を立てまして、市会の議決を経て、九十七万坪の埋め立てを計画いたしました。その当時、地元の漁業組合に埋め立ての同意を求めまして、そうして漁業組合に対しても十分の了解を求めて、覚書の交換もいたしました。漁業権については、漁業組合は漁業権を放棄する補償として、埋立面積の六十六万九千坪余りに対して、七万二千百九十一円支払うものとする、それから海面浚渫に対する慰謝料として五万円を支払うというような覚書を交換いたしまして、この六十六万九千坪余のうちで、まず五万坪を埋め立てするということになりまして、その五万坪の補償といたしまして六万五千百五十円、慰謝料として二万円、合せて八万五千百五十円の支払いを了しまして、その埋め立てにかかったのでございます。これがまあ漁業組合の方に、よく納得をして、了承を得て行いましたのでありまして、その後その五万坪のうちの約半分は竣工を見ておるのでございます。
そういうような沿革をたどっておるのでありますが、最近になりまして、何とか本格的な、五万坪や六万坪じゃなしに、何十万坪という大きな埋め立てをやりたいという希望で、いろいろ研究をいたしておりましたが、何しろ埋め立てには大きな金がかかりますし、その金策もなかなかむずかしい。かりにそれができましても、工場を誘致しても、工場が来てくれるかどうかという問題もありますし、最も大きな問題としては、漁業組合との了解がつかなければ、これはうまくいきませんので、そこでまだ実行をするという決心に立ち至らずに、まあ研究の程度で推移して参ったのでございます。
そういう沿革でございますが、実は昨年の初めになりまして、根岸線延長の問題というものが起って参りました。これはこれまた古い問題でございまして、国有鉄道が桜木町でとまっておりますのを、桜木町から延長してもらって、横浜市を貫通して北鎌倉駅に接続するという問題が、これは昭和十二年、鉄道建設法に根岸線の延長ということで載っておるわけでございまして、この鉄道の延長は、当時一部土地の買収もして、まさに着工しようという段階にまで立ち至ったのでありますけれども、戦争が起りましたために、中止になってしまっておるという問題が一つ、これは別の問題としてございます。
ところが、横浜市としては、やはりこれを実行いたしてもらいたいということを多年の念願としておったのでございます。しかるところ、昨年の初めになりまして、どうも桜木町から鉄道を延ばして北鎌倉に継ぐというのではおもしろくない、延長するならば大船駅にこれを接続するのがよろしいというようなことで、俗にこれが桜大線、桜木町の桜と、大船の大をとりまして、桜大線という名前でこれが問題になって参りました。正確の法律上の名前はやはり根岸線でございます。そこで昨年の二月に、鉄道建設審議会におきまして、根岸線の延長について、調査すべき線ということにお取りきめ願いまして、横浜市としては非常に喜んでおる次第でございます。
そこで、だんだん鉄道当局において御調査をなされ、市の当局としても、その御調査に対して全面的な御協力を申し上げて、今回に至っておるのでございますが、その初めのうちには、この根岸線、すなわち桜大線というものは、東海道線の現在の交通を緩和するということが非常に大きな理由になっておりまして、根岸湾の埋め立てということは、これはあればまことにけっこうだ、しかしまあその重みはむしろ東海道線の交通緩和ということにあるというような考え方であったのでございます。しかるに、漸次研究をして参りますと、この桜大線をやりましても、なかなか東海道線の交通緩和には、役立つには役立つけれども、十分でないということになりまして、東海道線の交通緩和にはまた別途の方法を講じなければならぬというような模様にだんだん変って参りました。
そこで私どもは、それはもう鉄道専門家の御研究に待つということにいたしまして、いずれにいたしましても、桜大線が敷かれるということになれば、根岸湾の埋めめ立てということも、これと並んで実行をいたしまして、ここに大工場地帯を作りまして、横浜港の第二港湾というようなものを作りたい。そうしてこれは横浜にとりましては非常にもう市の性格を変えるほどの大問題でございまして、御承知のように、横浜は戦災をこうむりました上に、その心臓部と申すべき部分を接収をいたされて、復興が非常におくれております。これを神戸、大阪、名古屋等に比べますれば、遺憾ながら非常に復興がおくれておりますので、この桜大線を敷設していただいて、そうして根岸湾を埋め立てて、横浜の性格を変更するような大事業をやっていただいて、そうして復興のおくれを取りもどしたい。これが横浜市の百年の大計として最も根本的な重要施策であり、これがまた日本の国の再建、復興に役立つものであるという信念を持ちまして、それに熱心にまあ研究をいたしておったわけでございます。
ところが、初めのうちはあくまでも研究をいたしておるというような状態でございました。そこへもって参りまして、昨年の八月、地元の鼻風浦の漁業組合で、この地元約二千坪を埋め立てたい、漁業組合の用に供するために二千坪を埋め立てたいという出願が出て参りまして、市長に対してその同意を求めるということになりました。これは法律的に申しますと、免許は知事に免許が申請されまして、知事から横浜市会にその意見を問われたわけでございまして、市会といたしましても、よく研究をいたしました結果、これに同意をしようということで同意を与えましたが、その際、漁業組合とよく懇談をいたしまして、一つの覚書を交換いたしたのでございます。
その覚書の内容駅で詳しく申し上げませんけれども、要するに、市はこの覚書に、漁業組合の二千坪の埋め立てに同意する、しかし、将来市が大きな埋立計画をやる場合に、これが支障になっては困るというので、その土地については、漁業組合において、市の方からかえ地を上げるとか、あるいはこれを市に売ってもらうとかということにしてもらいたい、というのは、将来本埋立地を市が必要とする場合は、組合はこの埋立地を適正な価格で市に譲渡するか、または適当な市有地と交換することに同意するといったような覚書を交換して、二千坪の埋め立てに同意をいたしました。そこは文言には現われておりませんけれども、まあ大きな埋め立てをするときには、漁業組合も同意してもらいたいという含めは十分あるつもりで、市の方はおったのでございます。
それからそのときにまだ、この根岸湾の埋め立てを本格的に実行するという決心は、市にはついておりませんでした。ついておりませんでしたけれども、決心をつけるためにいろいろな調査をいたさなければなりませんので、その調査をすることについて、まあ同意してもらいたいというお話もいたしたのでございまして、市の方としては、漁業組合の同意を得て、水面に入って、深さをはかってみたり、あるいはボーリングをやってみたりするということを、その後やりましたわけでございます。その後わかりましたところによりますと、どうも漁業組合においては、そういう漁場に入って深浅をはかったり、ボーリングをするということについて、完全な了解を与えていないのだということを、漁業組合の方で申しますので、そこにまあ一つの食い違いが実は起ったのでありまして、まことに残念でもあり、恐縮にも存じておるところでございます。市の方では決して強引にそういう調査をしたわけではないつもりであるのでございまして、まことに遺憾に思っておるところでございます。
そういう推移をたどりまして、昨年の十一月の初めに、国鉄当局の方から、だんだん調査研究の結果根岸線を延長……。ええ、もうすぐしまいにいたしますが、根岸線を延長するためには、やはりこの埋め立ということが非常に、絶対というほど必要であるというような意味で横浜市は本腰を入れてこの埋め立てをやるのかどうかというお問い合せがございまして、そこで市といたしましては、ほんとうに決心をいたしまして、これはすぐやらねばならぬという決心をいたしまして、市会の全員協議会にも諮りまして、御同意を得て、全会一致、政党政派を超越した御同意を得て、国鉄当局に、これはいたしますという回答をいたしました。
それから今年の一月十日には、市の内部に、埋立事業局という一つの新しい局を作りまして、そして自治庁等にもお願いをし、起債を認めてもらうという運動をして、これを実行するという段階になってたのでございます。そのためには、どうしても漁業組合に御同意を求めなければなりませんので、しばしば御同意を求めるために、地元の県市会議員、その他各種の方に御協力を得て、同意を求めるための努力をいたして参りました。そこで昨年の十二月二十八日と、本年の一月二十八日と、それから一昨日——日曜でございますが、三回にわたって漁業組合と折衝をいたして参りました。第二回目は地元の漁業組合は出席していただけませんでしたが、一昨日は皆さんおいでを願って、そこでお話し合いをいたしまして、それでは協議会を作って折衝をしようという段階にまで、おかげさまで到達いたしましたので、私どもの方としてはぜひともこの埋め立てはいたしたいという決心をいたしておりますし、そのためには漁業組合の同意をどうしても得なけりゃならぬ、最善の努力を尽しまして同意を得るつもりでございます。そうしてそれは漁業組合の方にとっては生活権の根本に触れる問題でございまして、非常に重大な問題でございますので私どもは漁業者の方々の身になってその補償等については最善の方途を講じたいというつもりでおるのでございます。
以上概要を申し述べまして、いろいろ行き違いもございましてまことに恐縮でございますが、そういう点についておわびを申し上げますと同時に、将来は責任をもって漁業組合と話し合いをつけて、漁民の生活については保障をいたしたい、こういうつもりでおりますので、何とぞよろしくお願いを申し上げる次第であります。
堀
大
大須賀金太郎#4
○参考人(大須賀金太郎君) お許しをお願いいたします。
横浜市屏風浦の漁場埋め立ての件に関し、地元漁民を代表しまして、以下率直に意見並びに問題点の概要を申し上げます。
まず、私ども地元漁民は終始一貫して本埋立を実施に絶対反対であることを申し上げます。
その理由は、申すまでもなく、われわれ漁民の生活権擁護のためであります。現漁場は屏風浦、根岸湾、本牧の地元三組合のほか、関係五組合が入漁しており、一千五百六十五世帯の漁家が本漁場により生活しているのであります。
この漁場に操業いたします業種は、ノリ養殖業を主体として、貝類養殖、ます網、打たせ網、延べなわ、一本釣り、潜水器等多種類に上り、東京湾西海区における沿岸漁場の中心漁場となっております。しかして本漁場における水揚総額は現在七億円をこしておりますが、さらに近年における浅海増殖技術の画期的進歩に伴い、近い将来においては十億円の水揚げも十分予想し得る全国屈指の優良漁場であります。また本漁場は、その生産高のみならず、製品の品質の優秀性においても、古くより内外の業界によく知られているところであります。
なお、特にここで申し上げたいことは、漁業生産の特質についてであります。すなわち、委員各位にはすでに十分御承知の通り、稚魚、稚貝はすべて沿岸の磯より発生いたします。私ども漁業者が日でろ磯々と申して大切に考えるのはそのためであります。従いまして、たとえ沿岸をわずかでも埋め立てされましたならば、この稚魚、稚貝の発生が根絶し、ために沿岸一般の各種漁業が壊滅するのであります。
以上本漁場の実情についてその概要を申し上げたのでありますが、結論として、本漁場の埋め立てが寸土といえども行われた場合は、優良漁場は壊滅して沿岸各種漁業が永久に根絶するのであります。また地元三千人の漁業者はその生活を根底から抹殺され、さらに入漁関係五千人の漁業者の生活にも死活に関する重大なる影響を及ぼすことになるのであります。
そこで、今かりに他の方法による生活権の確立を考えるとします。まず、今後もし私ども漁業者が未知でありしかも無経験である職業に転業いたしたとしても、とうてい長続きするとは考えられません。また生活を維持する収入においても、現在の収入もしくはそれに近い収入を得ることは不可能と断じ得るのであります。このことは、私どもは戦時中、徴用等による苦い経験をなめておるのでございますので、はっきりと申し上げ得るのであります。特に比較的漁業者には年長者が多いのでございまして、なかなか転業の道とてございません。祖父より受け継いで年少のころより就業し、さらに子孫代々にまでも残し得るこの安定した現職業を考えますときに、何人といえども私どもの生活権の代かえが絶対に不可能であることを御承知願えると信じます。従いまして、一般に考えられる一時的な補償のごときは、とうてい問題にはならないのでございます。
もとより私ども漁業者にとりまして、永年の漁場を失う悲しみと申しますか、万感胸に迫り、断ち切れざる哀愁は、よろしく御推察願えると存じます。しかしながら、私どもが断固として全員一致して埋め立てに絶対反対するその根底は、さような感傷的なものではありません。以上申し上げました通り、私どもは本埋め立て実施によって、将来あるこの優良漁場と、沿岸各種漁業の根絶を憂うるからであります。さらに私どもの生活権の確立、擁護を深刻に考えた上でありまして、しかも現在その代かえが絶対不可能であるとの観点に立って申しているのであります。この点は、私どもの意のあるところを十分御推察願いたいと思います。
第二に、この屏風浦一帯の沿岸地域は、横浜市有数の景勝の地であります。また住宅、観光地区としてはむろん、市民の健康を維持する衛生地帯としても、横浜市としてはなくてはならない所であります。この点はすでに広く内外によく知られております。従いまして、本埋め立ての、実施につきましては、漁業者のみならず、地元市民においても反対しておるわけであります。
時間の関係上大要にとどめますが、要するに、私ども漁業者としても、工業地帯造成の必要性は一応了解できるのでありますが、前述の通り、一体善良なる市民であるわれわれの絶対に代かえのない、しかも安定した性活権までも犠牲にして、埋め立てを実施する必要があるのかどうか。また、二度とかえがたい優秀なる漁場と沿岸漁業を永久に壊滅してまで、実施する必要があるかどうか、さらに、古来からの風教、景勝の地を永久に喪失してまで、実施する価値があるかどうか。むしろ他の陸上地区に求めた方が合理的ではないのか。こうした点を強く横浜市当局に再検討願いたいと思います。またそうした再検討による工業地帯造成の可能性をかたく信ずるものであります。
次に申し上げたいのは、今日の事態を招いた横浜市当局の本産め立てに対する施策並びに私ども漁業者に対するあり方であります、
大要を述べますと、昭和二十八年の八月、横浜市船引助役が屏風浦漁業協同組合の総会に出席されましたときに、全組合員の前で次のようなことを言明されたのであります。すなわち、現在埋立計画はない、また今後そのような計画があれば、事前に地元漁業者と協議する、さらに、もし私が漁業者の立場に立てば、埋立実施は死活問題である、との発言を行われております。この発言は去る昭和三十一年十二月に、地元県、市議団、県当局立ち会いの上で、横浜市首脳部と漁業者側が会見したときに、同助役も認めております。このときに確認書として、田中、船引両助役、八木、蔵原両県会議員の記名捺印した書類も提出されております、従いまして、純真なる漁業者は、一切この発言を信じて今日に至りましたことは当然のことであります。しかるに、昨年の九月ごろに至りまして、新聞紙上で、しきりに横浜市に埋立計画があり、しかも近く実施される旨の報道がありましたので、地元漁民は吃驚いたしまして直ちに市当局に面接いたしましたが、言を左右にしてなお要領を得なかったのであります。ところが、その後調査いたしますと、すでにそのときには組合に無断で埋め立ての現地調査を行なっており、市会においても埋め立てを前提とする根岸線の誘致を上提、可決しており、さらに各方面にも働きかけておったのであります。かくして正式に漁業者に埋立計画を示してきたのは去る十二月の会見の後でありまして、その間一切を頬かむりし、漁業者の存在を無視して、今日に至った市当局の態度は、私どもとしてまことに理解に苦しむところでございます。
次に、根岸線と本埋め立ての関連でありますが、元来この二つの問題は別個のものであろうと考えます。事実横浜市当局にしても、また調査に当った国鉄にいたしましても、私どもが九月及び十月に陳情いたしましたときには、常に根岸線の延長と埋め立ては別だ、埋め立てとは関係がないという回答であったのであります。むろん漁業者としても、市の発展上、鉄道の延上そのものにつきましては、反対できないことは御了解願えると思います。ところが、昨年の十二月末の会見のときに至り、埋め立てと鉄道の延長は切り離せなくなったと言い出してきたのであります。ところが、この点もあとでよく調査しますと、当初より、埋立地に鉄道を延長する案で、調査、準備を行なっており、当然まず考えるべき陸路線については本格的な検討を行なっていないのであります。しかも一方では横浜市は中央及び県に対し猛烈なる運動を行なっていたのであります。
こうした横浜市の地元漁業者並びに漁業を無視した動きに対しては、去る十二月の会見のときにも漁業者側から鋭く批判され、市当局も、その非を率直に認めておるところであります。こうしたことは、私どもとして決して感情論で申し上げているのではありません。こうした横浜市当局の態度、また漁業に対する軽視並びにその実情に対する認識不足、さらにまた調査計画の不備が、今日本問題を一そう紛争せしめている事実を御承知願いたいと思います。私どもは、当初申し上げた通り、本問題は絶対に代がえ不可能な生活権の擁護のためでありますがゆえに、現在家族ぐるみ、漁村の全組織をあげて埋立絶対反対の態度を持しており、今後もこの態度は絶対に変りございません。また昨年の十月における第五回の神奈川県水産大会及び内湾漁民総決起大会の決議の通り、県下全漁業系統団体、県下全漁民の総力をあげて戦っております。私どもは、横浜市当局がまず漁業の実態と、市民である漁業者の実情を十分に御了解の上、当然のことではありますが、まず第一歩から順序を立てて、陸路線による鉄道の延長及び内湾における工業地帯の造成について、本格的なる御研究をなされんことをお願いするものでございます。
最後に申し上げたい点は、最近沿岸漁場の埋め立てに関する問題が全国各地に起っておりますが、その根底は漁民の蔑視、沿岸漁業軽視の観念から生ずるものであります。私どもが沿岸漁業者として一歩も譲ることができません。さらに本埋め立ての件は、戦後までに埋立権を設定済みの所、あるいは漁場価値の比較的希薄な所とは異なって、戦後における新たなる優良漁場の埋め立てという全く新しい型の問題でありますので、この影響するところも重大なものがあると考えます。その意味におきまして、本常任委員会が慎重審議され、沿岸漁業百年の大計をはかられんことを心からお願い申し上げる次第でございます。
まことに恐縮でございました。
今、田中助役さんから、先般、二十四日の会合のときにおきまして、議決会を設置するという問題がございました。私どもは議決会に列席するものでございませんで、今後のことは相談をするというだけに承認いたしてあるのでございまして、決して同意をするということに賛成いたしておるのではございませんので、この点は常任委員の各先生方に、かくとお願い申し上げる次第でございます。まことに失礼いたしました。
この発言だけを見る →横浜市屏風浦の漁場埋め立ての件に関し、地元漁民を代表しまして、以下率直に意見並びに問題点の概要を申し上げます。
まず、私ども地元漁民は終始一貫して本埋立を実施に絶対反対であることを申し上げます。
その理由は、申すまでもなく、われわれ漁民の生活権擁護のためであります。現漁場は屏風浦、根岸湾、本牧の地元三組合のほか、関係五組合が入漁しており、一千五百六十五世帯の漁家が本漁場により生活しているのであります。
この漁場に操業いたします業種は、ノリ養殖業を主体として、貝類養殖、ます網、打たせ網、延べなわ、一本釣り、潜水器等多種類に上り、東京湾西海区における沿岸漁場の中心漁場となっております。しかして本漁場における水揚総額は現在七億円をこしておりますが、さらに近年における浅海増殖技術の画期的進歩に伴い、近い将来においては十億円の水揚げも十分予想し得る全国屈指の優良漁場であります。また本漁場は、その生産高のみならず、製品の品質の優秀性においても、古くより内外の業界によく知られているところであります。
なお、特にここで申し上げたいことは、漁業生産の特質についてであります。すなわち、委員各位にはすでに十分御承知の通り、稚魚、稚貝はすべて沿岸の磯より発生いたします。私ども漁業者が日でろ磯々と申して大切に考えるのはそのためであります。従いまして、たとえ沿岸をわずかでも埋め立てされましたならば、この稚魚、稚貝の発生が根絶し、ために沿岸一般の各種漁業が壊滅するのであります。
以上本漁場の実情についてその概要を申し上げたのでありますが、結論として、本漁場の埋め立てが寸土といえども行われた場合は、優良漁場は壊滅して沿岸各種漁業が永久に根絶するのであります。また地元三千人の漁業者はその生活を根底から抹殺され、さらに入漁関係五千人の漁業者の生活にも死活に関する重大なる影響を及ぼすことになるのであります。
そこで、今かりに他の方法による生活権の確立を考えるとします。まず、今後もし私ども漁業者が未知でありしかも無経験である職業に転業いたしたとしても、とうてい長続きするとは考えられません。また生活を維持する収入においても、現在の収入もしくはそれに近い収入を得ることは不可能と断じ得るのであります。このことは、私どもは戦時中、徴用等による苦い経験をなめておるのでございますので、はっきりと申し上げ得るのであります。特に比較的漁業者には年長者が多いのでございまして、なかなか転業の道とてございません。祖父より受け継いで年少のころより就業し、さらに子孫代々にまでも残し得るこの安定した現職業を考えますときに、何人といえども私どもの生活権の代かえが絶対に不可能であることを御承知願えると信じます。従いまして、一般に考えられる一時的な補償のごときは、とうてい問題にはならないのでございます。
もとより私ども漁業者にとりまして、永年の漁場を失う悲しみと申しますか、万感胸に迫り、断ち切れざる哀愁は、よろしく御推察願えると存じます。しかしながら、私どもが断固として全員一致して埋め立てに絶対反対するその根底は、さような感傷的なものではありません。以上申し上げました通り、私どもは本埋め立て実施によって、将来あるこの優良漁場と、沿岸各種漁業の根絶を憂うるからであります。さらに私どもの生活権の確立、擁護を深刻に考えた上でありまして、しかも現在その代かえが絶対不可能であるとの観点に立って申しているのであります。この点は、私どもの意のあるところを十分御推察願いたいと思います。
第二に、この屏風浦一帯の沿岸地域は、横浜市有数の景勝の地であります。また住宅、観光地区としてはむろん、市民の健康を維持する衛生地帯としても、横浜市としてはなくてはならない所であります。この点はすでに広く内外によく知られております。従いまして、本埋め立ての、実施につきましては、漁業者のみならず、地元市民においても反対しておるわけであります。
時間の関係上大要にとどめますが、要するに、私ども漁業者としても、工業地帯造成の必要性は一応了解できるのでありますが、前述の通り、一体善良なる市民であるわれわれの絶対に代かえのない、しかも安定した性活権までも犠牲にして、埋め立てを実施する必要があるのかどうか。また、二度とかえがたい優秀なる漁場と沿岸漁業を永久に壊滅してまで、実施する必要があるかどうか、さらに、古来からの風教、景勝の地を永久に喪失してまで、実施する価値があるかどうか。むしろ他の陸上地区に求めた方が合理的ではないのか。こうした点を強く横浜市当局に再検討願いたいと思います。またそうした再検討による工業地帯造成の可能性をかたく信ずるものであります。
次に申し上げたいのは、今日の事態を招いた横浜市当局の本産め立てに対する施策並びに私ども漁業者に対するあり方であります、
大要を述べますと、昭和二十八年の八月、横浜市船引助役が屏風浦漁業協同組合の総会に出席されましたときに、全組合員の前で次のようなことを言明されたのであります。すなわち、現在埋立計画はない、また今後そのような計画があれば、事前に地元漁業者と協議する、さらに、もし私が漁業者の立場に立てば、埋立実施は死活問題である、との発言を行われております。この発言は去る昭和三十一年十二月に、地元県、市議団、県当局立ち会いの上で、横浜市首脳部と漁業者側が会見したときに、同助役も認めております。このときに確認書として、田中、船引両助役、八木、蔵原両県会議員の記名捺印した書類も提出されております、従いまして、純真なる漁業者は、一切この発言を信じて今日に至りましたことは当然のことであります。しかるに、昨年の九月ごろに至りまして、新聞紙上で、しきりに横浜市に埋立計画があり、しかも近く実施される旨の報道がありましたので、地元漁民は吃驚いたしまして直ちに市当局に面接いたしましたが、言を左右にしてなお要領を得なかったのであります。ところが、その後調査いたしますと、すでにそのときには組合に無断で埋め立ての現地調査を行なっており、市会においても埋め立てを前提とする根岸線の誘致を上提、可決しており、さらに各方面にも働きかけておったのであります。かくして正式に漁業者に埋立計画を示してきたのは去る十二月の会見の後でありまして、その間一切を頬かむりし、漁業者の存在を無視して、今日に至った市当局の態度は、私どもとしてまことに理解に苦しむところでございます。
次に、根岸線と本埋め立ての関連でありますが、元来この二つの問題は別個のものであろうと考えます。事実横浜市当局にしても、また調査に当った国鉄にいたしましても、私どもが九月及び十月に陳情いたしましたときには、常に根岸線の延長と埋め立ては別だ、埋め立てとは関係がないという回答であったのであります。むろん漁業者としても、市の発展上、鉄道の延上そのものにつきましては、反対できないことは御了解願えると思います。ところが、昨年の十二月末の会見のときに至り、埋め立てと鉄道の延長は切り離せなくなったと言い出してきたのであります。ところが、この点もあとでよく調査しますと、当初より、埋立地に鉄道を延長する案で、調査、準備を行なっており、当然まず考えるべき陸路線については本格的な検討を行なっていないのであります。しかも一方では横浜市は中央及び県に対し猛烈なる運動を行なっていたのであります。
こうした横浜市の地元漁業者並びに漁業を無視した動きに対しては、去る十二月の会見のときにも漁業者側から鋭く批判され、市当局も、その非を率直に認めておるところであります。こうしたことは、私どもとして決して感情論で申し上げているのではありません。こうした横浜市当局の態度、また漁業に対する軽視並びにその実情に対する認識不足、さらにまた調査計画の不備が、今日本問題を一そう紛争せしめている事実を御承知願いたいと思います。私どもは、当初申し上げた通り、本問題は絶対に代がえ不可能な生活権の擁護のためでありますがゆえに、現在家族ぐるみ、漁村の全組織をあげて埋立絶対反対の態度を持しており、今後もこの態度は絶対に変りございません。また昨年の十月における第五回の神奈川県水産大会及び内湾漁民総決起大会の決議の通り、県下全漁業系統団体、県下全漁民の総力をあげて戦っております。私どもは、横浜市当局がまず漁業の実態と、市民である漁業者の実情を十分に御了解の上、当然のことではありますが、まず第一歩から順序を立てて、陸路線による鉄道の延長及び内湾における工業地帯の造成について、本格的なる御研究をなされんことをお願いするものでございます。
最後に申し上げたい点は、最近沿岸漁場の埋め立てに関する問題が全国各地に起っておりますが、その根底は漁民の蔑視、沿岸漁業軽視の観念から生ずるものであります。私どもが沿岸漁業者として一歩も譲ることができません。さらに本埋め立ての件は、戦後までに埋立権を設定済みの所、あるいは漁場価値の比較的希薄な所とは異なって、戦後における新たなる優良漁場の埋め立てという全く新しい型の問題でありますので、この影響するところも重大なものがあると考えます。その意味におきまして、本常任委員会が慎重審議され、沿岸漁業百年の大計をはかられんことを心からお願い申し上げる次第でございます。
まことに恐縮でございました。
今、田中助役さんから、先般、二十四日の会合のときにおきまして、議決会を設置するという問題がございました。私どもは議決会に列席するものでございませんで、今後のことは相談をするというだけに承認いたしてあるのでございまして、決して同意をするということに賛成いたしておるのではございませんので、この点は常任委員の各先生方に、かくとお願い申し上げる次第でございます。まことに失礼いたしました。
堀
奥
奥村伊三郎#6
○参考人(奥村伊三郎君) 神奈川県漁業協同組合連合会長の奥村でございます。今回横浜市が根岸湾を埋め立てることによりまして、これが漁業者の漁業を奪う、生活権を脅威するということで、重大なる問題が起ったわけでございます。以下私は、この根岸湾で行われますところの漁業の実態、並びにこの漁場を失うことによって何らか他の産業あるいは他の漁業に転換することができるかということにつきまして、私の見解を述べたいと思います。
この根岸湾で行われますところの漁業は、ノリの養殖業、それから貝類の養殖業が主たる漁業であります。そのほか零細なる沿岸の漁業があります。それでこのノリの養殖業と貝の養殖業、ことにこのノリの養殖業というものは非常に効率性の高い漁業であります。中小業者が大都市におきまして生活を維持しますることは非常に困難であります。これは漁業ばかりでなく、一般の企業についても思われることでありまするが、この横浜市の漁業者が今日この困難な中に生活を維持しておるということは、このノリの養殖業並びに貝の養殖業をやっておるから、これが生活がやっていける、こういうことであるんであります。さように重大なることの養殖業であります。ここに地元の漁業者がこの漁業を行い、また他の組合からも多数これに入り込んでおるわけであります。まことにその点から見ますると、けっこうなる職場であり、農業でいえばこれが農地である。そういたしまして、この漁業者が他にほかの仕事をやっておるかというと、これは何にもやっておらぬ、農業をやるにしましても、農地がない。多少、ノリをほすぐらいのほし場は持っておるんですが、農地はない。ほかの中小企業でもやっておるかというと、やっておらぬ。百パーセントこの漁業に生活を依存しておるわけです。
そういたしまして、横浜市今回の埋立計画は、漁場、そのノリと貝の養殖場を埋め立て、その前面を掘るわけであります。十メートルぐらいに掘るわけです。そういたしますると、漁場を全部失うわけであります。そういたしまして、漁場を埋め立てた結果、漁民の全員が完全失業するというわけであります。その点は農地とかあるいは中小企業の場合とまるで違います。ここに鉄道を敷くとか、何か学校をやるということでありますれば、その場所だけが失うわけでありますが、漁業の場合はほとんど全部失う。それでそれに従事しておる人間が全員これを失う、失業すると、こういうわけであります。そういたしまして、この漁場は父祖伝来の、継承したところの大切な漁場である。この漁場を自分らの意思でなしに、他から強制されてこれを失うということに追い込まれると、こういうわけでございます。そこに大きな問題があろうと思うわけであります。
それから、これらの業者が他の漁業に転換できるか、その可能性があるかないか、こういう問題でありますが、このノリだとか貝をやっておる漁業者というものは、水中の農業者、ほとんどこの沿岸のほかの漁業をやるというような技術もない。また今日は沿岸漁業と申しましても相当漁業が専門化しており、だれでもやれるというものではありません。また相当それをやるにつきましても、五十万円なり百万円なり、ちっちゃな漁業でも今日ではやるにつきましても資本が要ると。それを人を雇うてやっとったということじゃあ、これはとうてい間に合わぬ。それでありまするから、他の沿岸漁業に転換ができるか、これはできない。ほかの専門の漁師がやっておるその場所でやるということは、これはできない。そういうわけであります。それで、しからば、まあ他の陸上のほかの産業にこれが転換できるかということも、これはなかなか、この漁師なんというものは海のことばかりやっておる、それでありまするから、ほかの商売にかわるとか、あるいは工場の労働者になるとか、だいぶ自由業をやっておるものでありますし、それからまた老人もおりますから、ほかの仕事にこれが転換するというようなことは、なかなかこれは困難であります。そういうわけでありまして、以上申し上げましたところによりまして、この漁場を失うことがほとんどこの関係漁民のもう致命的の打撃でありまして、またこれがほかに転換する方法がまず困難であるというのが私の見解でございます。
で、最後に、今回のこの埋め立てに対する横浜市の態度に一言触れておきたいと思います。横浜市がこれをやられるということにつきましては、十分理由のあることだと私は考えますが、最初これをやられますときに、一向その相手方の最も利害の関係の深い漁民側には、あまり交渉はなかった。それで漁民側は、何か埋め立てができるそうだ、鉄道がかかるそうだというようなことが新聞に続々載ると、載りまするから、これは大へんだということでだんだん探りを入れてみると、どうやらそういうことがあるらしい、こういうことで、非常にまあ感情的にもけしからぬというように考えておるわけでありますが、これは決して感情的で終るものではない。横浜市がそうしたところの市民の、善良なる市民の一員であるところの漁民に対して、そういうような不親切な態度をとられることは、将来横浜市がこうもする、ああもするとおっしゃるけれども、果してこういう当局が、こういう良心的でないような——良心的であるかもしれませんけれども、その態度とやり口がです、良心的でないやり口をされるところの当局者が、将来いかなることをされるか、ますますわれわれを不利益な立場に追い込むのじゃないかと、かようなことにつきまして非常なる不安を持っておる。これはまあだんだん本日は助役さんも見えておりまして、さようでないとおっしゃって、そのように私は考えておるわけでありますが、これまでの横浜市の態度はその点にまことに遺憾であったと、かように思うのでありまして、まことにこの問題につきましては困難な問題でありまして、私どもその対策がむずかしいということを考えておるわけでございます。よろしく御判断あらんことをお願い申し上げます。
この発言だけを見る →この根岸湾で行われますところの漁業は、ノリの養殖業、それから貝類の養殖業が主たる漁業であります。そのほか零細なる沿岸の漁業があります。それでこのノリの養殖業と貝の養殖業、ことにこのノリの養殖業というものは非常に効率性の高い漁業であります。中小業者が大都市におきまして生活を維持しますることは非常に困難であります。これは漁業ばかりでなく、一般の企業についても思われることでありまするが、この横浜市の漁業者が今日この困難な中に生活を維持しておるということは、このノリの養殖業並びに貝の養殖業をやっておるから、これが生活がやっていける、こういうことであるんであります。さように重大なることの養殖業であります。ここに地元の漁業者がこの漁業を行い、また他の組合からも多数これに入り込んでおるわけであります。まことにその点から見ますると、けっこうなる職場であり、農業でいえばこれが農地である。そういたしまして、この漁業者が他にほかの仕事をやっておるかというと、これは何にもやっておらぬ、農業をやるにしましても、農地がない。多少、ノリをほすぐらいのほし場は持っておるんですが、農地はない。ほかの中小企業でもやっておるかというと、やっておらぬ。百パーセントこの漁業に生活を依存しておるわけです。
そういたしまして、横浜市今回の埋立計画は、漁場、そのノリと貝の養殖場を埋め立て、その前面を掘るわけであります。十メートルぐらいに掘るわけです。そういたしますると、漁場を全部失うわけであります。そういたしまして、漁場を埋め立てた結果、漁民の全員が完全失業するというわけであります。その点は農地とかあるいは中小企業の場合とまるで違います。ここに鉄道を敷くとか、何か学校をやるということでありますれば、その場所だけが失うわけでありますが、漁業の場合はほとんど全部失う。それでそれに従事しておる人間が全員これを失う、失業すると、こういうわけであります。そういたしまして、この漁場は父祖伝来の、継承したところの大切な漁場である。この漁場を自分らの意思でなしに、他から強制されてこれを失うということに追い込まれると、こういうわけでございます。そこに大きな問題があろうと思うわけであります。
それから、これらの業者が他の漁業に転換できるか、その可能性があるかないか、こういう問題でありますが、このノリだとか貝をやっておる漁業者というものは、水中の農業者、ほとんどこの沿岸のほかの漁業をやるというような技術もない。また今日は沿岸漁業と申しましても相当漁業が専門化しており、だれでもやれるというものではありません。また相当それをやるにつきましても、五十万円なり百万円なり、ちっちゃな漁業でも今日ではやるにつきましても資本が要ると。それを人を雇うてやっとったということじゃあ、これはとうてい間に合わぬ。それでありまするから、他の沿岸漁業に転換ができるか、これはできない。ほかの専門の漁師がやっておるその場所でやるということは、これはできない。そういうわけであります。それで、しからば、まあ他の陸上のほかの産業にこれが転換できるかということも、これはなかなか、この漁師なんというものは海のことばかりやっておる、それでありまするから、ほかの商売にかわるとか、あるいは工場の労働者になるとか、だいぶ自由業をやっておるものでありますし、それからまた老人もおりますから、ほかの仕事にこれが転換するというようなことは、なかなかこれは困難であります。そういうわけでありまして、以上申し上げましたところによりまして、この漁場を失うことがほとんどこの関係漁民のもう致命的の打撃でありまして、またこれがほかに転換する方法がまず困難であるというのが私の見解でございます。
で、最後に、今回のこの埋め立てに対する横浜市の態度に一言触れておきたいと思います。横浜市がこれをやられるということにつきましては、十分理由のあることだと私は考えますが、最初これをやられますときに、一向その相手方の最も利害の関係の深い漁民側には、あまり交渉はなかった。それで漁民側は、何か埋め立てができるそうだ、鉄道がかかるそうだというようなことが新聞に続々載ると、載りまするから、これは大へんだということでだんだん探りを入れてみると、どうやらそういうことがあるらしい、こういうことで、非常にまあ感情的にもけしからぬというように考えておるわけでありますが、これは決して感情的で終るものではない。横浜市がそうしたところの市民の、善良なる市民の一員であるところの漁民に対して、そういうような不親切な態度をとられることは、将来横浜市がこうもする、ああもするとおっしゃるけれども、果してこういう当局が、こういう良心的でないような——良心的であるかもしれませんけれども、その態度とやり口がです、良心的でないやり口をされるところの当局者が、将来いかなることをされるか、ますますわれわれを不利益な立場に追い込むのじゃないかと、かようなことにつきまして非常なる不安を持っておる。これはまあだんだん本日は助役さんも見えておりまして、さようでないとおっしゃって、そのように私は考えておるわけでありますが、これまでの横浜市の態度はその点にまことに遺憾であったと、かように思うのでありまして、まことにこの問題につきましては困難な問題でありまして、私どもその対策がむずかしいということを考えておるわけでございます。よろしく御判断あらんことをお願い申し上げます。
堀
済
済田平寿#8
○参考人(済田平寿君) 私が済田でございます。本問題につきまして、皆様に一言反対の理由を簡単に御説明申し上げたいと思うのでございます。
本問題のこの漁場は、内湾と申しまして、結局川崎から横須賀の境までと、こういう水域でありまして、沿岸水域の一部分でありまして、ここには、漁場の広さも持っておる関係上、五組合が入漁しておるのでございます。それで直接の関連性は、今申し上げました通り、五組合の相当数の家庭がこれに入漁して、冬季のノリ採取をしておると、いま一つの半面には、浅海アサリ養殖の漁場であると。これも何十万坪かの漁場でございます。これに依存して一年の生計を立てておる組合もございます。直接関係といたしましては、以上のような理由で反対するものでございます。
また間接には、われわれが皆様に御説明するまでもないと存じますが、大体漁業というものは、ほかの農地と違いまして、一つ所を強制収用されますと、非常に広範囲にわたって影響を及ぼすということなんでありまして、その内容は皆さんも御承知と存じますが、漁類の繁殖場所はごく浅海で、繁殖保護というような状態でございまして、相当の範囲の百何十万坪かの沿岸がつぶれますと、これに及ぼす影響は川崎から横須賀の境の方まで影響するというのが大きな理由でございます。
そういう理由でございまして、内湾連合会といたしますと、この十一組合がこの問題については再三協議いたしまして、この問題をどういうふうに考えていこうかと協議をいたしましておりますが、影響は非常に大きいので、どうしてもまあ地元の意向、三組合の意向は十分尊重するが、地元の意向ばかりでなく、自主的に各組合ともこの問題には側面から、いろいろな理由で損害をこうむるのだから、反対していこうという現段階でございます。いろいろわれわれといたしましても、市の発展——一市民であれば、市の発展ということも全然考慮に入れていないわけではございませんが、しかし、われわれ漁業者の代表といたしますれば、いかにして漁場を守り、漁業を永続させるかということにわれわれ責任を感じておりますので、本問題は、ぜひ賢明な皆様の御判断によりまして、この問題を一つ処理していただきたい、こういうふうに考えるものでございます。
はなはだ簡単でございますが、どうかよろしくお願いいたします。
この発言だけを見る →本問題のこの漁場は、内湾と申しまして、結局川崎から横須賀の境までと、こういう水域でありまして、沿岸水域の一部分でありまして、ここには、漁場の広さも持っておる関係上、五組合が入漁しておるのでございます。それで直接の関連性は、今申し上げました通り、五組合の相当数の家庭がこれに入漁して、冬季のノリ採取をしておると、いま一つの半面には、浅海アサリ養殖の漁場であると。これも何十万坪かの漁場でございます。これに依存して一年の生計を立てておる組合もございます。直接関係といたしましては、以上のような理由で反対するものでございます。
また間接には、われわれが皆様に御説明するまでもないと存じますが、大体漁業というものは、ほかの農地と違いまして、一つ所を強制収用されますと、非常に広範囲にわたって影響を及ぼすということなんでありまして、その内容は皆さんも御承知と存じますが、漁類の繁殖場所はごく浅海で、繁殖保護というような状態でございまして、相当の範囲の百何十万坪かの沿岸がつぶれますと、これに及ぼす影響は川崎から横須賀の境の方まで影響するというのが大きな理由でございます。
そういう理由でございまして、内湾連合会といたしますと、この十一組合がこの問題については再三協議いたしまして、この問題をどういうふうに考えていこうかと協議をいたしましておりますが、影響は非常に大きいので、どうしてもまあ地元の意向、三組合の意向は十分尊重するが、地元の意向ばかりでなく、自主的に各組合ともこの問題には側面から、いろいろな理由で損害をこうむるのだから、反対していこうという現段階でございます。いろいろわれわれといたしましても、市の発展——一市民であれば、市の発展ということも全然考慮に入れていないわけではございませんが、しかし、われわれ漁業者の代表といたしますれば、いかにして漁場を守り、漁業を永続させるかということにわれわれ責任を感じておりますので、本問題は、ぜひ賢明な皆様の御判断によりまして、この問題を一つ処理していただきたい、こういうふうに考えるものでございます。
はなはだ簡単でございますが、どうかよろしくお願いいたします。
堀
八
八木邦継#10
○参考人(八木邦継君) 八木でございます。私は、県会議員としての立場から参考人として呼ばれたわけでありますが、県会議員という立場と同時に、ただいま供述しました内湾漁業の関係で、その相談的立場にありますので、二つの立場に立って、実は本問題が昨秋来きわめて先鋭化しました時期から、この円満処理に何らか寄与できたならばというわけで、協議整うべくこのあっせんに乗り出したというのが私の立場でございます。
これを私どもの県議会の立場から申しますると、いわゆる横浜市の終戦後から今日までの現状は、何と申しましても、貿易港本来の使命が壊滅に瀕しておるといってもひとしい、そういうことが言えると存じますけれども、そういうことから、今後の横浜市の発展策をどうしたらいいか。そうすると、やはり工業都市化しなければならない。工業都市化するためにはどうしたらいいか。埋め立てして、臨海工業地帯の造成ということに相なるわけでございます。この臨海工業地帯の造成ということに相なりますと、当然問題となるのが、いわゆる漁業者との大きなギャップをどういうふうに調整するか。この点では県議会にも、実は本委員会に請願されておりますと同様の趣旨の陳情が出ております。ところが、現在までの段階におきましては、県議会は、請願をしておる、何らか横浜市の当局とそして漁民との間に話し合いがととのわないことはないだろうというような考え方から、目下地元でもって直接話し合いをするようにというような態度をとっております。これが私の県議会議員としての立場であります。
同時に、たまたまこの問題に対してあっせんに当っておるという立場から申し上げますと、正直に申して、奥村県漁連の会長の話はまさにその通りであろうと思います。横浜市の従来の水産行政、いわゆる産業、経済行政に対する態度と申しますか、これは私から批判しますと、全くゼロにひとしい。ことのほか水産業に関しましては、あまり関心がなかった。そういうところから、本問題が非常に紛糾をして参りました直接の原因があったわけであります。ここようやくにして、一、二年来、水産業に対する視野を市の行政の面で向け出したというのが現状でありまして、いわゆる水産業に対する基本的な認識が欠けておったことが、この問題がかようになった原因でございます。そこで漁民の立場から申しますと、勢い、横浜市は親子の関係だといいますけれども、親がたよりにならぬから、従って参議院の本委員会の方に請願を持ち出した。この事情は私は当然ではないかと思います。
ところが、まあ当然とはいいながら、やはり横浜全市的な関係から考えて参りますると、この直接当面しておりまするいわゆる根岸線の建設問題、これが、臨海工業地帯の造成が不可能である、こういうことになりますると、勢い、一番肝心かなめな、いわゆる根岸線の建設が御破算になってしまう。これを、全市民的視野から考えますると、非常におそれております。直接この根岸湾の関係で、磯子区、中区という所なんでありますが、選出しております県、市会議員団としましても、今日の段階ではきわめて苦境に立っておる。私は、その隣接の地帯に住んでおりますけれども、地元の県、市会議員団も、去る二十三日でございますが、漁民の方々と会いまして、そして何とか話しの結着をつけたい熱意に燃えて、会見はいたしておりますけれども、結局のところ、その中区、磯子区の選出されております県、市会議員団は、漁民の諸君に、率直に、これまでのいきさつに対して、何らか漁民だけはつんぼさじきに置いたような形になっている。これに対して明確な釈明をいたしまして、陳謝の意を表明しておる、そして今後寸土といえども、この埋め立ては、漁民の理解と納得のない限り、断じて埋め立てをさせないという申し合せを行なったわけであります。これは、私がその会議に臨んでおりまして、直接関連をしておりまする地元の県、市会議員というものが、そういう考えになっておる。あくまでもこれを納得づくで解決しようじゃないか、こういう傾向でございますが、それが、そういうわけでございますけれども、たまたま本年に入りましてから、新聞報道等が、きわめて漁民を刺激するようなやり方である。刺激をしようとしまいと、漁民の立場は、生活権を奪われるのですから、そんなことはどうでもかまいませんけれども、これがさらによけいな騒動の原因になった。そして、これを第三者の立場から見ますると、何か横浜市がそういう放送をして、新聞に書き立てさして、そして漁民だけが悪いのだ、根岸線の建設問題ができないということは、漁民が納得しないから、漁民が無理解だからできないのだ、そうなってしまうのだというような、そういう非常に世論から、横浜市の世論からいって追い詰められている。私は漁民の立場を率直にくみますると、まことに現状に追い込まれましたことに、窮鼠ネコをかむような気持でございます。これは、やはりくんでいかなきゃならぬ。このことを横浜市の当局に対しましても、強く認識をするように要請はして参りました。
そこで、一昨日、二十四日の日に、漁民の全部の方と横浜市の理事者並びに議会の代表との会見を持ったわけでありますが、これが、まあ私、奥村さん、済田さんという形であっせん役を買いまして、会見が行われました。この会見の席上におきましても、横浜市から発表されまする意見の内容が、水産業に対する考慮、配慮というものが何らなかった。これは、もうきわめて遺憾である。これは、私がきわめて厳正、中立に司会しなければならぬ立場でありますけれども、第三者の立場でも、その点は遺憾であった。それから、漁業者がきわめて激高する状況にあった。とどのつまり、そういう大衆討議ではいけないから、いずれにしましても、漁民の立場から申しますると、横浜市の最高首脳部に対して、もう少し水産業に対する根本的認識を改めてほしいという気持から、横浜市の方では、この話を何とか円満に終止したいという気持から、協議会を持つことになりました。これは、さいぜん実行委員会の委員長が申しました通り、必ずしも現段階におきましては、漁民の方が賛成するための協議機関を設置するわけではありません。いずれにしても、横浜市と横浜市民との関係でございますので、地元でもって十分に静かな形で一つ話し合いをしてみようじゃないか、こういうわけで、近々この協議機関なるものは持つことに相なっております。相なっておりますけれども、必ずしも、この協議機関を設置することに結論が一応出たからといって、直ちにこの問題に対して漁民の方で賛成するんだという意味ではありません。
これが現状のままを私から申し上げさしていただいたわけでありまして、私自身は何らかこの最大の横浜市の問題に対して円満な線が現地で局地的に解決ができればよろしいのではないか、まあそういうことが望ましいのじゃないかというふうに考えておりまして、必ずしも埋め立ての問題に対して賛否ということは、現在の私の立場からは申し上げません。
この発言だけを見る →これを私どもの県議会の立場から申しますると、いわゆる横浜市の終戦後から今日までの現状は、何と申しましても、貿易港本来の使命が壊滅に瀕しておるといってもひとしい、そういうことが言えると存じますけれども、そういうことから、今後の横浜市の発展策をどうしたらいいか。そうすると、やはり工業都市化しなければならない。工業都市化するためにはどうしたらいいか。埋め立てして、臨海工業地帯の造成ということに相なるわけでございます。この臨海工業地帯の造成ということに相なりますと、当然問題となるのが、いわゆる漁業者との大きなギャップをどういうふうに調整するか。この点では県議会にも、実は本委員会に請願されておりますと同様の趣旨の陳情が出ております。ところが、現在までの段階におきましては、県議会は、請願をしておる、何らか横浜市の当局とそして漁民との間に話し合いがととのわないことはないだろうというような考え方から、目下地元でもって直接話し合いをするようにというような態度をとっております。これが私の県議会議員としての立場であります。
同時に、たまたまこの問題に対してあっせんに当っておるという立場から申し上げますと、正直に申して、奥村県漁連の会長の話はまさにその通りであろうと思います。横浜市の従来の水産行政、いわゆる産業、経済行政に対する態度と申しますか、これは私から批判しますと、全くゼロにひとしい。ことのほか水産業に関しましては、あまり関心がなかった。そういうところから、本問題が非常に紛糾をして参りました直接の原因があったわけであります。ここようやくにして、一、二年来、水産業に対する視野を市の行政の面で向け出したというのが現状でありまして、いわゆる水産業に対する基本的な認識が欠けておったことが、この問題がかようになった原因でございます。そこで漁民の立場から申しますと、勢い、横浜市は親子の関係だといいますけれども、親がたよりにならぬから、従って参議院の本委員会の方に請願を持ち出した。この事情は私は当然ではないかと思います。
ところが、まあ当然とはいいながら、やはり横浜全市的な関係から考えて参りますると、この直接当面しておりまするいわゆる根岸線の建設問題、これが、臨海工業地帯の造成が不可能である、こういうことになりますると、勢い、一番肝心かなめな、いわゆる根岸線の建設が御破算になってしまう。これを、全市民的視野から考えますると、非常におそれております。直接この根岸湾の関係で、磯子区、中区という所なんでありますが、選出しております県、市会議員団としましても、今日の段階ではきわめて苦境に立っておる。私は、その隣接の地帯に住んでおりますけれども、地元の県、市会議員団も、去る二十三日でございますが、漁民の方々と会いまして、そして何とか話しの結着をつけたい熱意に燃えて、会見はいたしておりますけれども、結局のところ、その中区、磯子区の選出されております県、市会議員団は、漁民の諸君に、率直に、これまでのいきさつに対して、何らか漁民だけはつんぼさじきに置いたような形になっている。これに対して明確な釈明をいたしまして、陳謝の意を表明しておる、そして今後寸土といえども、この埋め立ては、漁民の理解と納得のない限り、断じて埋め立てをさせないという申し合せを行なったわけであります。これは、私がその会議に臨んでおりまして、直接関連をしておりまする地元の県、市会議員というものが、そういう考えになっておる。あくまでもこれを納得づくで解決しようじゃないか、こういう傾向でございますが、それが、そういうわけでございますけれども、たまたま本年に入りましてから、新聞報道等が、きわめて漁民を刺激するようなやり方である。刺激をしようとしまいと、漁民の立場は、生活権を奪われるのですから、そんなことはどうでもかまいませんけれども、これがさらによけいな騒動の原因になった。そして、これを第三者の立場から見ますると、何か横浜市がそういう放送をして、新聞に書き立てさして、そして漁民だけが悪いのだ、根岸線の建設問題ができないということは、漁民が納得しないから、漁民が無理解だからできないのだ、そうなってしまうのだというような、そういう非常に世論から、横浜市の世論からいって追い詰められている。私は漁民の立場を率直にくみますると、まことに現状に追い込まれましたことに、窮鼠ネコをかむような気持でございます。これは、やはりくんでいかなきゃならぬ。このことを横浜市の当局に対しましても、強く認識をするように要請はして参りました。
そこで、一昨日、二十四日の日に、漁民の全部の方と横浜市の理事者並びに議会の代表との会見を持ったわけでありますが、これが、まあ私、奥村さん、済田さんという形であっせん役を買いまして、会見が行われました。この会見の席上におきましても、横浜市から発表されまする意見の内容が、水産業に対する考慮、配慮というものが何らなかった。これは、もうきわめて遺憾である。これは、私がきわめて厳正、中立に司会しなければならぬ立場でありますけれども、第三者の立場でも、その点は遺憾であった。それから、漁業者がきわめて激高する状況にあった。とどのつまり、そういう大衆討議ではいけないから、いずれにしましても、漁民の立場から申しますると、横浜市の最高首脳部に対して、もう少し水産業に対する根本的認識を改めてほしいという気持から、横浜市の方では、この話を何とか円満に終止したいという気持から、協議会を持つことになりました。これは、さいぜん実行委員会の委員長が申しました通り、必ずしも現段階におきましては、漁民の方が賛成するための協議機関を設置するわけではありません。いずれにしても、横浜市と横浜市民との関係でございますので、地元でもって十分に静かな形で一つ話し合いをしてみようじゃないか、こういうわけで、近々この協議機関なるものは持つことに相なっております。相なっておりますけれども、必ずしも、この協議機関を設置することに結論が一応出たからといって、直ちにこの問題に対して漁民の方で賛成するんだという意味ではありません。
これが現状のままを私から申し上げさしていただいたわけでありまして、私自身は何らかこの最大の横浜市の問題に対して円満な線が現地で局地的に解決ができればよろしいのではないか、まあそういうことが望ましいのじゃないかというふうに考えておりまして、必ずしも埋め立ての問題に対して賛否ということは、現在の私の立場からは申し上げません。
堀
鈴
鈴木重信#12
○参考人(鈴木重信君) 鈴木でございます。すでに五人の方々からそれぞれお話がございましたので、それぞれのお立場は違うと思いますけれども、なるべく重複を避けまして、簡単に申し上げます。
県の立場でございますが、神奈川県は農業、水産ともに、大都市の必然的な膨張発展ということと、第一次産業——農業、水産業の保護育成という点と、この両点が時として矛盾を生じて参るのであります。農業におきましても年々約三百町歩ぐらいのものが、都市の膨張発展のために、壊廃されつつある。ことに今日問題になっております漁業につきましては、特に沿岸、内湾等の漁業は、大都市の膨張発展のために、次第に埋め立て等によりまして壊廃する傾向にあるのであります。
本件の特色といたしまして、これらの市の経済、あるいは市民の交通というようなものが当然に発展して参るということの必然性と同時に、住民としての漁業ないしは農業ということの生産の向上、生活の向上ということの矛盾をいかに調整して参るか、こういうことにつきましては非常に苦慮いたしておるわけでございます。従来までもそうしたことがあり、現に県におきまして、川崎市の大師河原のノリ漁場の、百六十万坪の工場地帯の埋め立てということは、数年来計画が立てられ、昨年から、漁民との間の交渉に入りまして、昨年の暮に補償の妥結を見まして、本年から実施に移る、こういうことに相なったわけであります。こうした事態が起きて参ります場合に、常に相互の深い理解、またことに埋め立てによる被害を受けます側の納得というものを得られまして、それが第一段階であり、その次に権利、あるいは生活権の保障ということに入るのが当然なのでございます。
今般の事態を見ておりますと、その点は、市当局のお話によりますと、計画の実現が非常に急速化して参ったというような内部の諸般の事情がおありになったようでございますが、そうしたことが原因でありましたと思いますが、漁民の側との話し合いの機会を持つチャンスというものが非常におくれた、その機会を持たないうちに反対運動が起きてきた、こういうふうなことでありまして、事態を見ておりますと、反対運動が熾烈になってから話し合いを持つようになった、非常に不幸な立場にあったのではないか、かように思われるのであります。これにはやむを得ない事情もあったと存じますが、そのうちに世の中の世論というものが、市の発展という方向を正当づけ、その必然性を説くというような形になりまして、次第に漁民の諸君の反対運動が世論から孤立をしていくというふうな傾向があったわけであります。
これが事態の推移でございますが、県といたしましては、昨年の十月の二十九日に漁民の諸君が反対の大会を行われ、そのあげくに、市並びに県に陳情に見えたのであります。この問題につきまして、初めて漁民から反対の意思を県が聴取いたしたのでありますが、当時はまだ市の計画の内容等についてつぶさに県は市からの説明を受けておりませんので、ただ一応陳情を受けた次第であります。こえて十二月の上旬になりまして、市の首脳部から県の知事を初め、関係者に正式の埋め立てに関するところの客観的な御説明があったわけであります。すでにそのときには反対も熾烈になり、また一方世論も起きて参る、かようなことでございまして、われわれ見ておりますと、先ほど申しました都市を発展させよう、工場地帯を作ろうという線と、これを反対する線が平行いたしておりまして、どこまでも平行線でありまして、話し合いの機会がないのはまことに不幸なことである、かように存じましたので、当時埋め立て反対の実行委員長でありました済田竹次郎君がたまたま県にたずねてこられましたので、これはどうしても一度冷静に向うの代表者とよく話し合いをするという機会を持つ方がよろしい、そうでないならば、いわゆる時流というものから孤立をしていく、こういう不幸なことになる、諸君は会津の白虎隊のような形になっては不幸なんだから、冷静に両者が話し合う機会をまずお持ちなさいと、こういうことを勧告いたしたのであります。その後、県会、市会等のあっせん、あるいは内湾漁連、あるいは全県の漁連の会長等のあっせんもございまして、押し詰まりまして、十二月の二十八日に最初の話し合いをお持ちになって、私も同席をいたしたのでありますが、そこから両者の理解納得の端緒と申しますか、相互に話し合いの機会が初めてそこに開けた、かような経過になっておるのであります。
こえて、ことしになりましてから、また陳情もあり、また先ほどお話のありました去る二十四日に第二回の話し合いが開かれる、かような経過になっておりまして、これはこの席上今後委員会を設けて両者で話し合おう、こういう形になったのであります。それは反対あるいは賛成ということでなく、まず話し合いを冷静に持っていこう、かような形になったのであります。
県といたしましては、こうした矛盾を生じております中に、市と市民、市と生産者との間に冷静な話し合いが続けられまして、なるべく円満な納得、理解が得られますように希望しておるような次第であります。
まことに簡単でございますが、県の立場と現在までの経過措置を、簡単に申し上げました。
この発言だけを見る →県の立場でございますが、神奈川県は農業、水産ともに、大都市の必然的な膨張発展ということと、第一次産業——農業、水産業の保護育成という点と、この両点が時として矛盾を生じて参るのであります。農業におきましても年々約三百町歩ぐらいのものが、都市の膨張発展のために、壊廃されつつある。ことに今日問題になっております漁業につきましては、特に沿岸、内湾等の漁業は、大都市の膨張発展のために、次第に埋め立て等によりまして壊廃する傾向にあるのであります。
本件の特色といたしまして、これらの市の経済、あるいは市民の交通というようなものが当然に発展して参るということの必然性と同時に、住民としての漁業ないしは農業ということの生産の向上、生活の向上ということの矛盾をいかに調整して参るか、こういうことにつきましては非常に苦慮いたしておるわけでございます。従来までもそうしたことがあり、現に県におきまして、川崎市の大師河原のノリ漁場の、百六十万坪の工場地帯の埋め立てということは、数年来計画が立てられ、昨年から、漁民との間の交渉に入りまして、昨年の暮に補償の妥結を見まして、本年から実施に移る、こういうことに相なったわけであります。こうした事態が起きて参ります場合に、常に相互の深い理解、またことに埋め立てによる被害を受けます側の納得というものを得られまして、それが第一段階であり、その次に権利、あるいは生活権の保障ということに入るのが当然なのでございます。
今般の事態を見ておりますと、その点は、市当局のお話によりますと、計画の実現が非常に急速化して参ったというような内部の諸般の事情がおありになったようでございますが、そうしたことが原因でありましたと思いますが、漁民の側との話し合いの機会を持つチャンスというものが非常におくれた、その機会を持たないうちに反対運動が起きてきた、こういうふうなことでありまして、事態を見ておりますと、反対運動が熾烈になってから話し合いを持つようになった、非常に不幸な立場にあったのではないか、かように思われるのであります。これにはやむを得ない事情もあったと存じますが、そのうちに世の中の世論というものが、市の発展という方向を正当づけ、その必然性を説くというような形になりまして、次第に漁民の諸君の反対運動が世論から孤立をしていくというふうな傾向があったわけであります。
これが事態の推移でございますが、県といたしましては、昨年の十月の二十九日に漁民の諸君が反対の大会を行われ、そのあげくに、市並びに県に陳情に見えたのであります。この問題につきまして、初めて漁民から反対の意思を県が聴取いたしたのでありますが、当時はまだ市の計画の内容等についてつぶさに県は市からの説明を受けておりませんので、ただ一応陳情を受けた次第であります。こえて十二月の上旬になりまして、市の首脳部から県の知事を初め、関係者に正式の埋め立てに関するところの客観的な御説明があったわけであります。すでにそのときには反対も熾烈になり、また一方世論も起きて参る、かようなことでございまして、われわれ見ておりますと、先ほど申しました都市を発展させよう、工場地帯を作ろうという線と、これを反対する線が平行いたしておりまして、どこまでも平行線でありまして、話し合いの機会がないのはまことに不幸なことである、かように存じましたので、当時埋め立て反対の実行委員長でありました済田竹次郎君がたまたま県にたずねてこられましたので、これはどうしても一度冷静に向うの代表者とよく話し合いをするという機会を持つ方がよろしい、そうでないならば、いわゆる時流というものから孤立をしていく、こういう不幸なことになる、諸君は会津の白虎隊のような形になっては不幸なんだから、冷静に両者が話し合う機会をまずお持ちなさいと、こういうことを勧告いたしたのであります。その後、県会、市会等のあっせん、あるいは内湾漁連、あるいは全県の漁連の会長等のあっせんもございまして、押し詰まりまして、十二月の二十八日に最初の話し合いをお持ちになって、私も同席をいたしたのでありますが、そこから両者の理解納得の端緒と申しますか、相互に話し合いの機会が初めてそこに開けた、かような経過になっておるのであります。
こえて、ことしになりましてから、また陳情もあり、また先ほどお話のありました去る二十四日に第二回の話し合いが開かれる、かような経過になっておりまして、これはこの席上今後委員会を設けて両者で話し合おう、こういう形になったのであります。それは反対あるいは賛成ということでなく、まず話し合いを冷静に持っていこう、かような形になったのであります。
県といたしましては、こうした矛盾を生じております中に、市と市民、市と生産者との間に冷静な話し合いが続けられまして、なるべく円満な納得、理解が得られますように希望しておるような次第であります。
まことに簡単でございますが、県の立場と現在までの経過措置を、簡単に申し上げました。
堀
田
田中啓一#14
○田中啓一君 ちょっとおくれて参りましたが、この横浜市でお出し下さいました根岸湾埋立基本計画書の十九ページの、根岸町地先公有水面埋立経過概要という所を拝見いたしますと、ずいぶん前からの問題であるように思われます。そうして大正十五年には根岸町の漁業協同組合、昭和三年には本牧の漁業協同組合が同意書を提出しておられます。昭和十五年に至りまして、補償金額もきまったように見え、かつまた、内払い金をお支払いになっているように見えるのでございますが、これは事実でございます。どちらからでもよろしゅうございますから、お答えを願います。
この発言だけを見る →田
田中省吾#15
○参考人(田中省吾君) 先ほど最初に陳述申し上げましたように、この根岸湾の埋立問題というものは、古くから問題になっておったのでありまして、ここにも記録してありますように、明治四十四年に最初手をつけまして、そのうち三万坪ばかりがもうできておる。さらに二万余坪ができておる。それから今お尋ねの点は、戦争中にやはり埋立計画を立てまして、そしてそのうち五万坪を埋め立てるということになりまして、その実行に着手いたしまして、現在その半分ぐらい竣工いたしております。そうして、漁業組合との話もつけてやったのでありますが、内払い金を払っておるのでございまして、先ほど申し上げた通りでございます。
この発言だけを見る →大
大須賀金太郎#16
○参考人(大須賀金太郎君) この埋め立てにつきましてお話し申し上げたいと思います。実は、この埋め立ては、昭和町と申しまして、鼻風協同組合の漁場の一番由の発端でございます。それを軍の圧力によりまして、当時の組合長さんが、ここに軍のために工場をこしらえるんだこういうようなことで、同意は確かにいたしたということは聞き及んでおります。そこで、横浜市は、この埋め立てを、権利はなるほどとりましたんですが、施行しないんでございます。そして、ある二万坪ぐらいの地所を埋めまして、会社にこの地所を売っちまったんでございます、水の上を、そういう不可解なことを今までやっておるのでございます。埋め立ての権利というものは、施行してからこそ初めてあるのじゃないかと思います。水の上を売るという権利はどこにあるんです。私は不可解になる。しかし先代の組合長さんがやられたことでありますので、実はわれわれは涙をのんで今までがまんしておったわけであります。その当時、返してくれ、売ってくれと、再々その当時の組合長さんがお願いしたのだが、何としても売らないで、二、三年持っていて、二百九十万という膨大な金をもうけたということを現在まで聞いております。
この発言だけを見る →田
田中啓一#17
○田中啓一君 要するに、大正十五年から昭和十五年、これは戦争前の話でありますが、もっとも支那事変中ではあったのでありますが、これは横浜市でお立てになっております第一期埋立計画並びに第二期埋立計画、合せまして約百八十万坪ばかりになるのでございますが、それ全体のことではなくて、きわめて一部分の、今お話にあったようなことだけの折衝で、約一万坪でありますか、二万坪でありますか、それほどのごく一部のものであって、全体とは必ずしも関連がないと、こういうように解してよろしゅうございますか。これは助役さんからお伺いします。
この発言だけを見る →田
田中省吾#18
○参考人(田中省吾君) ただいまお話しの通りでございまして、戦争中にやりました埋め立てというものは、きわめて一部分でございまして、ただ沿革として申し上げたのでございます。そうして、ただいま実行委員長から申しましたように、その埋め立てば、市が埋立権をもらいまして、それをある民間人に埋立権を譲渡したという事件はございます。これは私どももまことに遺憾至極であると思っております。(「けしからん」と呼ぶ者あり)そういう事態はございまして、今度の第一期、第二期の大きな埋立問題は、全然別の大きな計画でございます。
この発言だけを見る →田
田中啓一#19
○田中啓一君 これは両方から伺った方がいいのかも存じませんが、大体ここは漁業というものは、ノリと、それから貝の養殖と、それから沿岸漁業、こう三つの構造のように伺いました。そこでそれぞれの金額をお伺いしたいことと、それからもう一つは、今の三つの漁業組合から出しておられる陳情書を拝見しますると、関係したこれら三つの漁業をやっている漁民の数が千数百戸であるように書いてございますが、要するに、この横浜市の約百八十万坪の埋立に関連して、まあまことにおっしゃる通り、漁民にとっては死活問題であると存じますが、その関係漁民の戸数は千数百戸でございますか。その二点をお伺いいたしたい。
この発言だけを見る →大
大須賀金太郎#20
○参考人(大須賀金太郎君) ただいまお尋ねの点につきましてお話し申し上げたいと思います。千五百五十五世帯で、そのうちには、船をやっておる方が二百十五隻ございます。
この発言だけを見る →田
大
田
大
大須賀金太郎#24
○参考人(大須賀金太郎君) ええ、打瀬網でございます。それから無動力の船が八百八十五隻ございます。それでノリの入漁者の世帯数が千五十八世帯でございます。川崎、柴、富岡、生麦、本牧の五組合でございます。それから屏風ヶ浦、根岸、本牧の、入漁でなく自分でもって営業しておるものが五百七世帯でございます。これを合せまして千五百六十五世帯でございます。これは重複いたしまして、打瀬をやっておる方が先ほど申しました数字でございます。
この発言だけを見る →青
大
青
大
堀