日韓条約等特別委員会
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会
会議録情報#0
昭和四十年十一月二十七日(土曜日)
午前十一時七分開会
—————————————
委員の異動
十一月二十七日
辞任 補欠選任
内藤誉三郎君 船田 譲君
西村 尚治君 宮崎 正雄君
大森 久司君 藤田 正明君
植木 光教君 山内 一郎君
八田 一朗君 梶原 茂嘉君
平泉 渉君 中村喜四郎君
楠 正俊君 園田 清充君
—————————————
出席者は左のとおり。
委員長 寺尾 豊君
理 事
大谷藤之助君
久保 勘一君
草葉 隆圓君
長谷川 仁君
松野 孝一君
亀田 得治君
藤田 進君
森 元治郎君
二宮 文造君
委 員
井川 伊平君
梶原 茂嘉君
木内 四郎君
黒木 利克君
笹森 順造君
園田 清充君
田村 賢作君
中村喜四郎君
日高 広為君
廣瀬 久忠君
藤田 正明君
船田 譲君
宮崎 正雄君
柳田桃太郎君
山内 一郎君
和田 鶴一君
伊藤 顕道君
稲葉 誠一君
岡田 宗司君
小林 武君
佐多 忠隆君
中村 英男君
羽生 三七君
横川 正市君
渡辺 勘吉君
黒柳 明君
鈴木 一弘君
向井 長年君
岩間 正男君
市川 房枝君
国務大臣
内閣総理大臣 佐藤 榮作君
法 務 大 臣 石井光次郎君
外 務 大 臣 椎名悦三郎君
農 林 大 臣 坂田 英一君
国 務 大 臣 松野 頼三君
政府委員
内閣官房長官 橋本登美三郎君
内閣法制局長官 高辻 正巳君
法務省民事局長 新谷 正夫君
法務省入国管理
局長 八木 正男君
外務省アジア局
長 後宮 虎郎君
外務省経済協力
局長 西山 昭君
外務省条約局長 藤崎 萬里君
文部大臣官房長 安嶋 彌君
農林大臣官房長 大口 駿一君
水産庁長官 丹羽雅次郎君
水産庁次長 石田 朗君
事務局側
常任委員会専門
員 増本 甲吉君
常任委員会専門
員 結城司郎次君
常任委員会専門
員 坂入長太郎君
常任委員会専門
員 渡辺 猛君
常任委員会専門
員 宮出 秀雄君
—————————————
本日の会議に付した案件
○日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条
約等の締結について承認を求めるの件(内閣提
出、衆議院送付)
○日本国と大韓民国との間の漁業に関する協定の
実施に伴う同協定第一条1の漁業に関する水域
の設定に関する法律案(内閣提出、衆議院送
付)
○財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済
協力に関する日本国と大韓民国との間の協定第
二条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する
措置に関する法律案(内閣提出、衆議院送付)
○日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び
待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定の
実施に伴う出入国管理特別法案(内閣提出、衆
議院送付)
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この発言だけを見る →午前十一時七分開会
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委員の異動
十一月二十七日
辞任 補欠選任
内藤誉三郎君 船田 譲君
西村 尚治君 宮崎 正雄君
大森 久司君 藤田 正明君
植木 光教君 山内 一郎君
八田 一朗君 梶原 茂嘉君
平泉 渉君 中村喜四郎君
楠 正俊君 園田 清充君
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出席者は左のとおり。
委員長 寺尾 豊君
理 事
大谷藤之助君
久保 勘一君
草葉 隆圓君
長谷川 仁君
松野 孝一君
亀田 得治君
藤田 進君
森 元治郎君
二宮 文造君
委 員
井川 伊平君
梶原 茂嘉君
木内 四郎君
黒木 利克君
笹森 順造君
園田 清充君
田村 賢作君
中村喜四郎君
日高 広為君
廣瀬 久忠君
藤田 正明君
船田 譲君
宮崎 正雄君
柳田桃太郎君
山内 一郎君
和田 鶴一君
伊藤 顕道君
稲葉 誠一君
岡田 宗司君
小林 武君
佐多 忠隆君
中村 英男君
羽生 三七君
横川 正市君
渡辺 勘吉君
黒柳 明君
鈴木 一弘君
向井 長年君
岩間 正男君
市川 房枝君
国務大臣
内閣総理大臣 佐藤 榮作君
法 務 大 臣 石井光次郎君
外 務 大 臣 椎名悦三郎君
農 林 大 臣 坂田 英一君
国 務 大 臣 松野 頼三君
政府委員
内閣官房長官 橋本登美三郎君
内閣法制局長官 高辻 正巳君
法務省民事局長 新谷 正夫君
法務省入国管理
局長 八木 正男君
外務省アジア局
長 後宮 虎郎君
外務省経済協力
局長 西山 昭君
外務省条約局長 藤崎 萬里君
文部大臣官房長 安嶋 彌君
農林大臣官房長 大口 駿一君
水産庁長官 丹羽雅次郎君
水産庁次長 石田 朗君
事務局側
常任委員会専門
員 増本 甲吉君
常任委員会専門
員 結城司郎次君
常任委員会専門
員 坂入長太郎君
常任委員会専門
員 渡辺 猛君
常任委員会専門
員 宮出 秀雄君
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本日の会議に付した案件
○日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条
約等の締結について承認を求めるの件(内閣提
出、衆議院送付)
○日本国と大韓民国との間の漁業に関する協定の
実施に伴う同協定第一条1の漁業に関する水域
の設定に関する法律案(内閣提出、衆議院送
付)
○財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済
協力に関する日本国と大韓民国との間の協定第
二条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する
措置に関する法律案(内閣提出、衆議院送付)
○日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び
待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定の
実施に伴う出入国管理特別法案(内閣提出、衆
議院送付)
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寺
寺尾豊#1
○委員長(寺尾豊君) ただいまから日韓条約等特別委員会を開会いたします。
まず、委員の異動について御報告申し上げます。
本日、内藤誉三郎君、西村尚治君、大森久司君、植木光教君、八田一朗君、平泉渉君、楠正俊君が委員を辞任され、その補欠として船田譲君、宮崎正雄君、藤田正明君、山内一郎君、梶原茂嘉君、中村喜四郎君、園田清充君が選任されました。
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この発言だけを見る →まず、委員の異動について御報告申し上げます。
本日、内藤誉三郎君、西村尚治君、大森久司君、植木光教君、八田一朗君、平泉渉君、楠正俊君が委員を辞任され、その補欠として船田譲君、宮崎正雄君、藤田正明君、山内一郎君、梶原茂嘉君、中村喜四郎君、園田清充君が選任されました。
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寺
寺尾豊#2
○委員長(寺尾豊君) 日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約等の締結について承認を求めるの件、日本国と大韓民国との間の漁業に関する協定の実施に伴う同協定第一条1の漁業に関する水域の設定に関する法律案、財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定第二条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する措置に関する法律案、日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定の実施に伴う出入国管理特別法案
以上四案件を一括して議題といたします。
この際、佐藤内閣総理大臣から発言を求められておりますので、これを許します。佐藤内閣総理大臣。
この発言だけを見る →以上四案件を一括して議題といたします。
この際、佐藤内閣総理大臣から発言を求められておりますので、これを許します。佐藤内閣総理大臣。
佐
寺
岡
岡田宗司#5
○岡田宗司君 今回のこの日韓の諸条約、これは十四年間かかったと、こういうことで、条約が締結されるまでに至る期間としてはレコードかもしれません。しかし、この条約を見ておりますというと、私どもは、非常にまずい条約だ、至るところに欠点がある、解釈の食い違いが両者にある、こういうことで内容を検討すればするほど私どもとしては賛成し得ないことになっているわけであります。それは、それらの各条項等につきましては後に質疑いたすことといたしまして、まずこの条約が結ばれるに至りましたいきさつについて若干質問をしたいと思うのであります。
この条約が結ばれるにあたりまして、まずそれに先立つ交渉が始められた、これに十四年間かかっておる。この日韓の交渉は、最初アメリカが仲介の労をとって、それによって始められた、こういうことになっておるわけでございますが、その間アメリカがやはり何べんか立ち入っておるというふうに私どもは見ておるわけであります。朴政権になりましてからも非常にむずかしい場面もあったようでありますが、その際にやはり、公式ではないかもしれませんが、しかしアメリカ側のほうから両者に対して、圧力というか、あるいはまあ圧力ということばが承認しにくいならば、これは強い要請と、そういうものがあったように思うのでありますが、その点についてはどういうふうにお考えでございますか。
この発言だけを見る →この条約が結ばれるにあたりまして、まずそれに先立つ交渉が始められた、これに十四年間かかっておる。この日韓の交渉は、最初アメリカが仲介の労をとって、それによって始められた、こういうことになっておるわけでございますが、その間アメリカがやはり何べんか立ち入っておるというふうに私どもは見ておるわけであります。朴政権になりましてからも非常にむずかしい場面もあったようでありますが、その際にやはり、公式ではないかもしれませんが、しかしアメリカ側のほうから両者に対して、圧力というか、あるいはまあ圧力ということばが承認しにくいならば、これは強い要請と、そういうものがあったように思うのでありますが、その点についてはどういうふうにお考えでございますか。
椎
椎名悦三郎#6
○国務大臣(椎名悦三郎君) 少なくとも私に関する限り、アメリカ側から日韓交渉の問題について何らの注文がましいことは何一つ聞いておりません。さような事実はございません。
この発言だけを見る →岡
岡田宗司#7
○岡田宗司君 この問題は、あなたに関する限りの場合のことを言っているのじゃないんで、全体としての経過においてそういうことがあったんじゃないかということをお伺いしているわけです。
この発言だけを見る →椎
椎名悦三郎#8
○国務大臣(椎名悦三郎君) 私自身のことはいま申し上げたとおりでありますが、従来、十四年間の日韓交渉の経過において、さようなアメリカのほうから圧力とか、あるいは介入、あるいは特別の要請というようなものがあったということは全然聞いておりませんし、そういう事実は私は確信を持ってないと申し上げることができると思います。
この発言だけを見る →岡
岡田宗司#9
○岡田宗司君 たいへん確信を持った御返事のようです。しかし、この八月二十五日にアメリカの上院でもって、いまこちらへ来ておられる上院外務委員のモース氏が、「私は今日合衆国がおよそ四十カ国への干渉計画に加わっておることを教えられた」、こういう発言を行なって、そしてこの軍部をスポンサーにして行なわれておる各国別の、四十カ国から五十カ国にわたる研究計画というものがあることを指摘されたのであります。で、まあ当時日本の新聞では、アメリカの三矢研究であるとか何とかということでだいぶ問題にされたのでありますが、これはこのうちに日本に関係するものがあるわけであります。これは「日本特殊戦争ハンドブック」、こういうもので、実に八百二十ページに及ぶ膨大なものです。この中に日韓会談についての項があるのであります。どういうことが書いてあるかというと、いろいろ書いてありますが、「日韓交渉は、アメリカの強い圧力のもとに、一九六〇年早々に再開され、同年三月、両国政府は、双方が抑留中の漁民を釈放し、通商関係を再開することに同意した。」、はっきりと「アメリカの強い圧力のもとに」と書いてある。これがジャーナリストが書いたとか、あるいは新聞報道であるとか、こういうことならば、私はあなたにお聞きしょうとは思わない。しかしながら、アメリカ政府の刊行物、つまりアメリカの陸軍省がつくったハンドブックのうちにそういうことが書かれてあるということは、アメリカ自身がやはり圧力をかけたということをみずから認めたものにほかならない。これについて朝日新聞は、そのころワシントンのほうからの電報で、「この点について国務省が非常に当惑をしておる」、こういうことが言われておる。このハンドブックについては、すでに外務省も、あるいは防衛庁も、御存じだろうと思います。あるいは翻訳ができておるかもしれません。このハンドブックの中にこういうことが書かれてあるということは、椎名外務大臣は御承知ですか。
この発言だけを見る →椎
椎名悦三郎#10
○国務大臣(椎名悦三郎君) そのことは存じませんが、漁民の釈放を迫ったということでありますが、これは漁民の釈放を勧告したという趣旨なんだろうと思います。それは日韓の今回の一連の条約の交渉とは何ら私は関係がないと思います。
この発言だけを見る →岡
岡田宗司#11
○岡田宗司君 当時久保田発言以来中絶をしておりました日韓交渉の再開についての話なんです。で、アメリカから強い圧力をかけたということは、アメリカの陸軍省の発行したそのハンドブックの中に書かれてある。このハンドブックは、アジア局長御存じでしょうか。
この発言だけを見る →後
岡
岡田宗司#13
○岡田宗司君 ただいまアジア局長のお話だと、「承知しております」と、こういうことなんです。大臣は御承知ないとみえる。この点は、外国の圧力がかかったかかからないかということは、日本の外交にとって重大な問題です。その点もう一度お伺いしますが、この事実ですね、つまり会談がとぎれておった、それの再開についてアメリカ側で心配をして圧力をかけた、こういうことを向こう側の政府の刊行物で出しておるということは、これは私は重大なことだと思う。どうでしょう、それでも圧力はなかったと、こう断言できるのですか。
この発言だけを見る →椎
椎名悦三郎#14
○国務大臣(椎名悦三郎君) 日韓の間がお互いの自由陣営の関係でございますから、そういうことのないようにということは、これはもう通常の外交上においてしばしば行なわれることでございまして、戦争が苛烈になると、いいかげんにしてやめたらどうだといったようなこともあれば、そう両方むきになって他国の国民を抑留するというようなことは、これはやっぱりほんとうに平和を守るゆえんではない。でありますから、そういうことは適当に緩和したらどうかというぐらいのことは、これはもう決して、通常行なわれることでございまして、これぐらいの勧告は、私は友好国の間では当然のことだと考えております。それが日韓の条約の締結というものに特別の圧力をかけたとか、勧奨したとか勧誘したとかというようなことには全然ならないわけでございます。
この発言だけを見る →岡
岡田宗司#15
○岡田宗司君 いま椎名外務大臣の言われたこと、これは一般的なことなんです。そういうことはあるでしょう。しかし向こう側の資料で、しかも国会でもって、アメリカの国会で問題にされたもののうちに、政府側の資料で、圧力をかけた、こういうことが書いてあるのです。しかもそれは後宮アジア局長は、このハンドブックを知っていると、こう言う。椎名外務大臣が知らないとすれば、私はやはりこの点については資料として提供していただきたいと思うんです。この部分でよろしゅうございますが、これは外務省にある資料のうちから、その分に関しての抄訳をして、各員にまず配付していただきたい。
この発言だけを見る →寺
椎
岡
岡田宗司#18
○岡田宗司君 いま申し上げた一点だけ見ましても、これはかなりアメリカの圧力がかけられておったということは、明らかであろうと思います、これはアメリカ自身が言っていることでありますから。私どもは、他の面においてもいろいろとそういう事態があったと思うんでありまして、韓国側においても、圧力あるいは強い要請を受けたということも言っておる面もあるのでありまして、これらの面から見ますというと、どうも今回の日韓会談は、そういう第三者の力が強く働いて行なわれ、そうして、それによってこの条約が急速に結ばれた、こういうふうに見ざるを得ない点もあると思います。もちろんいま私のあげましたはっきりした証拠は、一九六〇年でございます。しかしながら、本年になりましてから、私どもは、急転直下この条約が結ばれるに至ったということは、これはやはり国際情勢と関連してアメリカ側の強い圧力、もしくは要請があったのではないかと思うのであります。佐藤総理大臣が一月に、ジョンソン大統領に会われましたときに、やはり日韓条約の問題、日韓会談を終結させる問題についてお話があったろうし、また朴大統領が五月にジョンソン大統領に会われた際にも、朴大統領は日韓会談の促進について勧告を受けておる。こういうような事態から見ますならば、これがその後すみやかに締結されたということは、明らかにアメリカ側の圧力という、ことばはどうかわかりませんが、少なくとも強い勧奨があった、要求があった、こういうふうに解せざるを得ないんですが、その点、総理大臣はどうお考えになりますか。
この発言だけを見る →佐
佐藤榮作#19
○国務大臣(佐藤榮作君) この十四年の長い交渉の過程におきましては、いろいろ諸外国が——ひとり米国だけではありません、諸外国がこの日韓の国交正常化について、各方面から関心を示したと——干渉ではなくって関心を示したと、こういう事柄はあっただろうと思います。しかしながら、この両国間の条約なりあるいは協定等につきましては、いわゆる外国がこれに圧力を加える、こういうものでないことは御承知のとおりであります。私はもしも外国から圧力が加わったと、こういうことであるならば、日韓両国とも必ずそれを排撃しているに違いないと、かように思います。
ことしの一月に、私がアメリカを訪問いたしました際に、ジョンソン大統領との間に話し合いがあったと、かようなお話をしていらっしゃいますが、さような事実はございません。
朴大統領がジョンソン大統領に会いましたときに、どういう話をされたか、これは私は知りません。
ただいまのように、いろいろのお話が出ておりますけれども、ただいまの日韓交渉が、最初GHQ時代に、吉田内閣の当初に、当時私は官房長官をしておった、その際に李承晩大統領が訪日された。そういう際に話がされた。たしかこのときの話は、占領軍司令官があっせんをいたしたようにも思います。しかし、このことは実を結ばなかった。その後、自発的にいろいろの交渉を持たれた。しかしその片言隻句が問題をぶちこわして、交渉をぶちこわしたという事態も起きている。しかし片一方でそれをぶちこわされているために、李承晩ラインというものが効力を発揮している。そうして拿捕、臨検、あるいは漁夫の抑留と、こういうふうな事実が次々に起こっている。私どもはとにかく日韓交渉を妥結して、この種の事柄をぜひともないようにしよう——ただいま言われた漁夫の釈放あるいは日本抑留韓国人の送還、こういうような事柄が、両国間の問題だったことも事実でありますが、日本政府とすれば不法な処置である、この漁夫の抑留と、こういうふうなことをぜひ釈放してもらいたいということで、しばしば抗議もし、交渉も持った、こういうことは岡田さんも御承知のとおりでございます。ここでこの双方の間をあっせんしたと、こういうことは、私はそのまますなおにとっていいことじゃないだろうか。ただハンドブックにどういう書き方がしてあるか、私は存じませんけれども、もしも圧力を加えた、かような表現があったにいたしましても、その圧力を加えたという以上、条件その他について何か出してきているというならわかりますが、再開——圧力を加えて再開さしたと、これだけではいわゆる圧力ということにならないように私は思うのでありまして、あるいは日韓交渉の妥結に圧力が加わったと、こういうことではないように思いますから、やや私はその書き方について疑問を持つというか、まあ、どちらかといえば不満を持つと——非常に圧力を加えてこれはできたのだと、こういう言い方には不満でございます。しかし、少なくとも漁師が抑留されていた、こういう事実があり、日韓交渉がされておらない、そういう結果が漁師の抑留というようなことを招来したと、かように考えますだけに、各国がこのことに関心を示した、かようなことは私は当然じゃないだろうか、そういう意味で、その関心を私どもが受け入れたということじゃないだろうか、かように思います。ただいまのお話は、あるいは見方によりまして圧力が加わったと、こういうような表現もあったのかもわかりませんけれども、問題は日韓交渉の内容について、特別に圧力が加わった、こういうものであるかどうか、問題はそこじゃないだろうか、かように私は思います。
この発言だけを見る →ことしの一月に、私がアメリカを訪問いたしました際に、ジョンソン大統領との間に話し合いがあったと、かようなお話をしていらっしゃいますが、さような事実はございません。
朴大統領がジョンソン大統領に会いましたときに、どういう話をされたか、これは私は知りません。
ただいまのように、いろいろのお話が出ておりますけれども、ただいまの日韓交渉が、最初GHQ時代に、吉田内閣の当初に、当時私は官房長官をしておった、その際に李承晩大統領が訪日された。そういう際に話がされた。たしかこのときの話は、占領軍司令官があっせんをいたしたようにも思います。しかし、このことは実を結ばなかった。その後、自発的にいろいろの交渉を持たれた。しかしその片言隻句が問題をぶちこわして、交渉をぶちこわしたという事態も起きている。しかし片一方でそれをぶちこわされているために、李承晩ラインというものが効力を発揮している。そうして拿捕、臨検、あるいは漁夫の抑留と、こういうふうな事実が次々に起こっている。私どもはとにかく日韓交渉を妥結して、この種の事柄をぜひともないようにしよう——ただいま言われた漁夫の釈放あるいは日本抑留韓国人の送還、こういうような事柄が、両国間の問題だったことも事実でありますが、日本政府とすれば不法な処置である、この漁夫の抑留と、こういうふうなことをぜひ釈放してもらいたいということで、しばしば抗議もし、交渉も持った、こういうことは岡田さんも御承知のとおりでございます。ここでこの双方の間をあっせんしたと、こういうことは、私はそのまますなおにとっていいことじゃないだろうか。ただハンドブックにどういう書き方がしてあるか、私は存じませんけれども、もしも圧力を加えた、かような表現があったにいたしましても、その圧力を加えたという以上、条件その他について何か出してきているというならわかりますが、再開——圧力を加えて再開さしたと、これだけではいわゆる圧力ということにならないように私は思うのでありまして、あるいは日韓交渉の妥結に圧力が加わったと、こういうことではないように思いますから、やや私はその書き方について疑問を持つというか、まあ、どちらかといえば不満を持つと——非常に圧力を加えてこれはできたのだと、こういう言い方には不満でございます。しかし、少なくとも漁師が抑留されていた、こういう事実があり、日韓交渉がされておらない、そういう結果が漁師の抑留というようなことを招来したと、かように考えますだけに、各国がこのことに関心を示した、かようなことは私は当然じゃないだろうか、そういう意味で、その関心を私どもが受け入れたということじゃないだろうか、かように思います。ただいまのお話は、あるいは見方によりまして圧力が加わったと、こういうような表現もあったのかもわかりませんけれども、問題は日韓交渉の内容について、特別に圧力が加わった、こういうものであるかどうか、問題はそこじゃないだろうか、かように私は思います。
岡
岡田宗司#20
○岡田宗司君 幾ら日本がアメリカの与国だからといって、おそらく内容にまで圧力を加えることはない。しかしながら、外交的に、政治的に私は中断されておりました会談が行なわれるように圧力が加えられた、こういうことはやはりあり得ることだと思うのであります。とにかく陸軍省の刊行物、戦略ハンドブックのうちにそういうことが書かれておるということは、これはどうも第三者をして見ても、圧力が加わったなということを思わしめるに足る理由である。もちろん、圧力を受けたほうが圧力だと感じなければ、あるいは圧力ではございませんでしたということで、椎名外務大臣のような御答弁にもなるかもしれませんけれども、少なくとも圧力をかけたほうが圧力をかけたのだと、こう言っている以上圧力があったと、こう見ざるを得ないのでありまして、私どもはもしそういう事実があったとするならば、これはまことに日本の外交にとりましてゆゆしき事態である、そうして今後もそういうようなことが起こり得るとするならば、これはたいへんなことじゃないか、こういうふうに考えるのですが、総理はその点どういうふうにお考えになりますか。
この発言だけを見る →椎
椎名悦三郎#21
○国務大臣(椎名悦三郎君) その圧力の効果が日韓交渉を促進するためには、全然効力がなかったならば、その圧力はむだであったということにもなると思います。向こうはどう言おうと、そのために促進された事実はありません。
なお、これに関連して私がこれはきわめて確かな情報でありますが、アメリカ以外のさる先進国からの情報としてきわめて信頼すべきものであります。韓国の相当の首脳者が借款のためにそこを訪れていろいろ折衝した際に、なぜ一体もっと緊密な関係を有すべきはずの日本との間に早くこの協定を成立させて、そうして経済的な建設のためにこれを役立てないのか、それを差しおいて、そうして遠くのわれわれのところまで来て、そうしていろいろな申し入れをするということは、大体順序、軽重を誤っているんじゃないかというような、かなりきびしい勧告を受けたという事実を私は入手しております。どこの国でどういう人からそういう話を聞いたということは言えませんけれども、きわめて信頼すべきこれは情報でございまして、私が直接これを聴取いたしたのでございます。これなんかは、いまあなたの言う圧力といえばこれは重大な圧力、かなり重要な借款申し入れに関連してそういうことが行なわれたのでありますから、それらも圧力といえば圧力、ところがいまハンドブックにあるのは、全然きかない圧力、ききめのない圧力、こんなのは私は圧力とは考えないのであります。まあ御参考までにある先進国との間にさようなことがあったということを、御参考までに申し上げておきます。
この発言だけを見る →なお、これに関連して私がこれはきわめて確かな情報でありますが、アメリカ以外のさる先進国からの情報としてきわめて信頼すべきものであります。韓国の相当の首脳者が借款のためにそこを訪れていろいろ折衝した際に、なぜ一体もっと緊密な関係を有すべきはずの日本との間に早くこの協定を成立させて、そうして経済的な建設のためにこれを役立てないのか、それを差しおいて、そうして遠くのわれわれのところまで来て、そうしていろいろな申し入れをするということは、大体順序、軽重を誤っているんじゃないかというような、かなりきびしい勧告を受けたという事実を私は入手しております。どこの国でどういう人からそういう話を聞いたということは言えませんけれども、きわめて信頼すべきこれは情報でございまして、私が直接これを聴取いたしたのでございます。これなんかは、いまあなたの言う圧力といえばこれは重大な圧力、かなり重要な借款申し入れに関連してそういうことが行なわれたのでありますから、それらも圧力といえば圧力、ところがいまハンドブックにあるのは、全然きかない圧力、ききめのない圧力、こんなのは私は圧力とは考えないのであります。まあ御参考までにある先進国との間にさようなことがあったということを、御参考までに申し上げておきます。
岡
岡田宗司#22
○岡田宗司君 痛くもかゆくもないものは圧力にならぬ、こう言われましたし、きかない圧力は圧力じゃないと言うけれども、かけたほうは、圧力をかけたと言っているのじゃありませんか。しかも会談は、中絶されておった会談が開かれ、そうしてさらにその後話が進んでおる、あるいはまた本年になりましてからもそうでありますが、バンディ国務次官補が韓国に行きまして、かなり圧力をかけた。同時にこちらに参りましても、あなた方のほうにお話があった、こう思うのです。これらはどうもきかなかったどころじゃない。やはりあなた方のほうでもそれは十分にお聞き入れになって、貴意に沿いますというようなことで進められたのじゃないか、こう思うのですが、いかがですか。
この発言だけを見る →椎
椎名悦三郎#23
○国務大臣(椎名悦三郎君) バンディ次官補が昨年でございましたか、韓国に訪れる途次に日本に立ち寄りました。私はその行きがけにたしか時事通信の主宰している全国の経済人の会合がありまして、そこでバンディ氏が演説をするということでありまして、たしかその会合だったと思いますが、ちょっといま日米協会だったか少し記憶が確かでございませんが、そのときにバンディ氏に会っただけで、韓国の帰りには私は全然お目にかかっておらない。したがって、日韓の交渉に関してバンディ氏とは一言のことばもかわしておらないのであります。
この発言だけを見る →岡
岡田宗司#24
○岡田宗司君 まあ圧力の問題については、かけたほうがかけたと言っているのだからあった、かからなかったのだ、圧力は感じなかったと言うならば、それはそれといたしまして、先に話を進めてまいります。
次に私どもはこの条約の結ばれた過程において、はたしてこの条約は対等の立場でもって話し合いが行なわれてきたかどうか、こういうことを疑わざるを得ないのであります。李承晩時代には、李承晩大統領は日本に対して臨む態度は戦勝国の態度で臨む、戦勝国対戦敗国の関係のような態度で臨む、こういう方針でおったようであります。これはもう明らかに対等の立場でありません。韓国との間に戦争をして、日本は韓国に負けたということではないわけであります。したがって、当然対等の立場でいかなければならぬ。それがどうも対等の立場でなかったように思う。それが尾を引きまして、ずっと後までの交渉過程も、何か対等とは言えないのじゃないかと思うのでありまして、たとえば代表部の問題がございます。占領時代に韓国は占領軍司令部に対して代表部を派遣しております。講和条約の効力が発生するようになりまして日本が独立国になった。日本はそのまま韓国代表部を、日本における代表部として認め、そして同時に韓国は大公使を任命し、外交官を日本へ派遣しているわけです。そして日本側はこれを外交官として待遇している。この際に日本側は向こうと覚え書きを取りかわして、韓国にも日本の代表部を置くという約束をしてある。ところがその後いつかな代表部を置かれておらない。ようやく今回の条約の批准が行なわれて、初めて代表部の設置が認められた。こういうことは対等の立場における会談の進め方ではなかったんじゃないか、李承晩時代の戦勝国が戦敗国に対する態度、それがそのまま続いたんではないかと思われるのですが、その点はどうお考えになりますか。まずその点についての事実関係を、アジア局長なり条約局長から明らかにしていただいて、そのあとで外務大臣の御答弁を願いたい。
この発言だけを見る →次に私どもはこの条約の結ばれた過程において、はたしてこの条約は対等の立場でもって話し合いが行なわれてきたかどうか、こういうことを疑わざるを得ないのであります。李承晩時代には、李承晩大統領は日本に対して臨む態度は戦勝国の態度で臨む、戦勝国対戦敗国の関係のような態度で臨む、こういう方針でおったようであります。これはもう明らかに対等の立場でありません。韓国との間に戦争をして、日本は韓国に負けたということではないわけであります。したがって、当然対等の立場でいかなければならぬ。それがどうも対等の立場でなかったように思う。それが尾を引きまして、ずっと後までの交渉過程も、何か対等とは言えないのじゃないかと思うのでありまして、たとえば代表部の問題がございます。占領時代に韓国は占領軍司令部に対して代表部を派遣しております。講和条約の効力が発生するようになりまして日本が独立国になった。日本はそのまま韓国代表部を、日本における代表部として認め、そして同時に韓国は大公使を任命し、外交官を日本へ派遣しているわけです。そして日本側はこれを外交官として待遇している。この際に日本側は向こうと覚え書きを取りかわして、韓国にも日本の代表部を置くという約束をしてある。ところがその後いつかな代表部を置かれておらない。ようやく今回の条約の批准が行なわれて、初めて代表部の設置が認められた。こういうことは対等の立場における会談の進め方ではなかったんじゃないか、李承晩時代の戦勝国が戦敗国に対する態度、それがそのまま続いたんではないかと思われるのですが、その点はどうお考えになりますか。まずその点についての事実関係を、アジア局長なり条約局長から明らかにしていただいて、そのあとで外務大臣の御答弁を願いたい。
後
後宮虎郎#25
○政府委員(後宮虎郎君) お答え申し上げます。御指摘のとおり在外事務所の問題、韓国代表部と日本の代表部の問題につきましては、講和条約の発効いたしました一九五二年の四月二十八日の交換公文でとりきめられておりまして、当時司令部に派遣されておりました韓国の代表部を日本政府に対する代表部として認めると同時に、日本側も相互主義の原則に従いまして、韓国にその政府代表部を置く権利を原則として認められたわけでございますが、御指摘のとおりその後朝鮮動乱等が起こりましたりいろいろな原因がございまして、当方累次こちらの代表部を置くことを折衝したのでございますが、先方はなかなか承知いたしませず、結局御指摘のとおり、今般条約を六月二十二日調印しましたのを契機として当方の代表部も設置することができる、そういう状況でございます。
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椎
椎名悦三郎#27
○国務大臣(椎名悦三郎君) まあ形はおっしゃるとおりでございます。こちらには堂々たる代表部ができておる、向こうにはわがほうとしてはホテル住まいというようなことでありまして、形の上では確かに対等ではございません。しかし、今回の条約の内容はそういう非対等の立場に立って、そして向こうから強制されて不利な条件をあえてのんだというような点は一つもございません。全く互恵平等の立場において今回の条約が締結されておるということは、はっきり申し上げることができると思います。
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岡田宗司#28
○岡田宗司君 とにかく主権国家二つの間で対等の立場で条約を結ぶということは、これは条約があとあと施行される際にも重要なことだと思う。ところが最初からこの条約はいまアジア局長の説明されましたとおり、また椎名外務大臣が認められましたとおり、形の上では対等でない形で話が進められてきた、これはもう明らかなんです。じゃ内容のほうはどうか、内容についても私はそういう点があらわれておることは、もう幾多も指摘することができると思うのであります。たとえば漁夫の送還の問題について、向こうと交渉する際に、当然不法な李ラインを越えて行った漁夫は、こちらの要求で釈放されなければならんはずです。それが長い間置かれておる。そうして船は没収されるというような事態も起こった、これを解決するためには、先ほど言われましたアメリカのいう圧力も加わりましたが、同時に日本側はあの際に、いわゆる文化財の返還ということで、韓国側の要求に応じて、そうしてそれとの交換でようやく漁夫の釈放が日の目を見るようになった。これなどはやはり対等の立場でということではないじゃないですか。椎名外務大臣いかがですか。
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椎名悦三郎#29
○国務大臣(椎名悦三郎君) 別に文化財の提供と、漁夫の釈放と取引きしたというような、そういう問題ではないのでありまして、結局大局的立場に立って、やはり日本と韓国の国力の実勢というものは、どう見てもこれは相当格差があると思うのであります。それにもかかわらず、向うが従来の占領政策下にある日本、引き続いての状況、いきさつからいいまして、いろいろ無法な李承晩ライン等を設定して、漁船の拿捕、抑留というような、非常な不法不当な行為をあえてやるというようなことでございまして、これらは確かに日本としては紛争を、武力によって解決するという道をみずからふさいだのでありますから、これをどうするわけにもいかぬ、ただ平和的な交渉、こういうものにたよる以外はなかったのであります。そういうふうに外面からいうと、いかにも向こうはいばりくさって、そうして日本をへこまして、そうしてとうとう日韓条約にこぎつけたというようなふうに見えるかもしれませんけれども、それはごく皮相的な観察でございまして、今回の条約・協定はもっと長い目で、大局的な見地に立って、そうして日本の利益も十分に考え、日韓双方の共栄共存の境地を開くという趣旨において条約ができたのでございまして、決して条約の内容から見て、日本が非常に締結にあたって、卑屈な弱者の立場でこれを締結させられたというようなことは絶対にございません。
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