決算委員会
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会
会議録情報#0
平成二十七年二月九日(月曜日)
午後一時一分開会
─────────────
委員の異動
二月六日
辞任 補欠選任
秋野 公造君 平木 大作君
吉良よし子君 倉林 明子君
中西 健治君 渡辺美知太郎君
又市 征治君 福島みずほ君
二月九日
辞任 補欠選任
大野 元裕君 足立 信也君
田城 郁君 江崎 孝君
安井美沙子君 大島九州男君
田村 智子君 井上 哲士君
アントニオ猪木君 山口 和之君
─────────────
出席者は左のとおり。
委員長 小坂 憲次君
理 事
赤石 清美君
井原 巧君
石井 正弘君
相原久美子君
石橋 通宏君
杉 久武君
委 員
磯崎 仁彦君
江島 潔君
熊谷 大君
滝波 宏文君
塚田 一郎君
中原 八一君
藤川 政人君
堀内 恒夫君
若林 健太君
足立 信也君
礒崎 哲史君
江崎 孝君
大島九州男君
斎藤 嘉隆君
安井美沙子君
平木 大作君
寺田 典城君
藤巻 健史君
井上 哲士君
倉林 明子君
山口 和之君
渡辺美知太郎君
福島みずほ君
国務大臣
総務大臣 高市 早苗君
国務大臣
(復興大臣) 竹下 亘君
副大臣
復興副大臣 浜田 昌良君
総務副大臣 西銘恒三郎君
総務副大臣 二之湯 智君
財務副大臣 宮下 一郎君
環境副大臣 小里 泰弘君
大臣政務官
復興大臣政務官 小泉進次郎君
総務大臣政務官 あかま二郎君
経済産業大臣政
務官 岩井 茂樹君
事務局側
常任委員会専門
員 吉岡 拓君
政府参考人
内閣官房内閣審
議官 向井 治紀君
内閣府大臣官房
審議官 安田 貴彦君
内閣府大臣官房
政府広報室長 別府 充彦君
内閣府地方分権
改革推進室次長 三宅 俊光君
内閣府地方創生
推進室次長 麦島 健志君
内閣府地方創生
推進室次長 末宗 徹郎君
内閣府政策統括
官 日原 洋文君
復興庁統括官 熊谷 敬君
総務大臣官房総
括審議官 武井 俊幸君
総務大臣官房地
域力創造審議官 原田 淳志君
総務省自治財政
局長 佐藤 文俊君
総務省統計局長 井波 哲尚君
総務省政策統括
官 南 俊行君
消防庁長官 坂本 森男君
文部科学大臣官
房審議官 徳田 正一君
文部科学省初等
中等教育局長 小松親次郎君
文部科学省高等
教育局長 吉田 大輔君
文部科学省研究
開発局長 田中 正朗君
文部科学省スポ
ーツ・青少年局
長 久保 公人君
厚生労働省職業
安定局長 生田 正之君
厚生労働省雇用
均等・児童家庭
局長 安藤よし子君
厚生労働省老健
局長 三浦 公嗣君
資源エネルギー
庁原子力損害対
応総合調整官 森本 英雄君
国土交通省国土
政策局長 本東 信君
環境省総合環境
政策局環境保健
部長 北島 智子君
説明員
会計検査院事務
総局第一局長 田代 政司君
会計検査院事務
総局第五局長 平野 善昭君
参考人
日本郵政株式会
社専務執行役 谷垣 邦夫君
─────────────
本日の会議に付した案件
○平成二十五年度一般会計歳入歳出決算、平成二
十五年度特別会計歳入歳出決算、平成二十五年
度国税収納金整理資金受払計算書、平成二十五
年度政府関係機関決算書(第百八十七回国会内
閣提出)
○平成二十五年度国有財産増減及び現在額総計算
書(第百八十七回国会内閣提出)
○平成二十五年度国有財産無償貸付状況総計算書
(第百八十七回国会内閣提出)
(復興庁及び総務省の部)
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この発言だけを見る →午後一時一分開会
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委員の異動
二月六日
辞任 補欠選任
秋野 公造君 平木 大作君
吉良よし子君 倉林 明子君
中西 健治君 渡辺美知太郎君
又市 征治君 福島みずほ君
二月九日
辞任 補欠選任
大野 元裕君 足立 信也君
田城 郁君 江崎 孝君
安井美沙子君 大島九州男君
田村 智子君 井上 哲士君
アントニオ猪木君 山口 和之君
─────────────
出席者は左のとおり。
委員長 小坂 憲次君
理 事
赤石 清美君
井原 巧君
石井 正弘君
相原久美子君
石橋 通宏君
杉 久武君
委 員
磯崎 仁彦君
江島 潔君
熊谷 大君
滝波 宏文君
塚田 一郎君
中原 八一君
藤川 政人君
堀内 恒夫君
若林 健太君
足立 信也君
礒崎 哲史君
江崎 孝君
大島九州男君
斎藤 嘉隆君
安井美沙子君
平木 大作君
寺田 典城君
藤巻 健史君
井上 哲士君
倉林 明子君
山口 和之君
渡辺美知太郎君
福島みずほ君
国務大臣
総務大臣 高市 早苗君
国務大臣
(復興大臣) 竹下 亘君
副大臣
復興副大臣 浜田 昌良君
総務副大臣 西銘恒三郎君
総務副大臣 二之湯 智君
財務副大臣 宮下 一郎君
環境副大臣 小里 泰弘君
大臣政務官
復興大臣政務官 小泉進次郎君
総務大臣政務官 あかま二郎君
経済産業大臣政
務官 岩井 茂樹君
事務局側
常任委員会専門
員 吉岡 拓君
政府参考人
内閣官房内閣審
議官 向井 治紀君
内閣府大臣官房
審議官 安田 貴彦君
内閣府大臣官房
政府広報室長 別府 充彦君
内閣府地方分権
改革推進室次長 三宅 俊光君
内閣府地方創生
推進室次長 麦島 健志君
内閣府地方創生
推進室次長 末宗 徹郎君
内閣府政策統括
官 日原 洋文君
復興庁統括官 熊谷 敬君
総務大臣官房総
括審議官 武井 俊幸君
総務大臣官房地
域力創造審議官 原田 淳志君
総務省自治財政
局長 佐藤 文俊君
総務省統計局長 井波 哲尚君
総務省政策統括
官 南 俊行君
消防庁長官 坂本 森男君
文部科学大臣官
房審議官 徳田 正一君
文部科学省初等
中等教育局長 小松親次郎君
文部科学省高等
教育局長 吉田 大輔君
文部科学省研究
開発局長 田中 正朗君
文部科学省スポ
ーツ・青少年局
長 久保 公人君
厚生労働省職業
安定局長 生田 正之君
厚生労働省雇用
均等・児童家庭
局長 安藤よし子君
厚生労働省老健
局長 三浦 公嗣君
資源エネルギー
庁原子力損害対
応総合調整官 森本 英雄君
国土交通省国土
政策局長 本東 信君
環境省総合環境
政策局環境保健
部長 北島 智子君
説明員
会計検査院事務
総局第一局長 田代 政司君
会計検査院事務
総局第五局長 平野 善昭君
参考人
日本郵政株式会
社専務執行役 谷垣 邦夫君
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本日の会議に付した案件
○平成二十五年度一般会計歳入歳出決算、平成二
十五年度特別会計歳入歳出決算、平成二十五年
度国税収納金整理資金受払計算書、平成二十五
年度政府関係機関決算書(第百八十七回国会内
閣提出)
○平成二十五年度国有財産増減及び現在額総計算
書(第百八十七回国会内閣提出)
○平成二十五年度国有財産無償貸付状況総計算書
(第百八十七回国会内閣提出)
(復興庁及び総務省の部)
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小
小坂憲次#1
○委員長(小坂憲次君) ただいまから決算委員会を開会いたします。
委員の異動について御報告いたします。
去る六日、吉良よし子君、又市征治君、中西健治君及び秋野公造君が委員を辞任され、その補欠として倉林明子君、福島みずほ君、渡辺美知太郎君及び平木大作君が選任されました。
また、本日、アントニオ猪木君、大野元裕君、田城郁君及び田村智子君が委員を辞任され、その補欠として山口和之君、足立信也君、江崎孝君及び井上哲士君が選任されました。
─────────────
この発言だけを見る →委員の異動について御報告いたします。
去る六日、吉良よし子君、又市征治君、中西健治君及び秋野公造君が委員を辞任され、その補欠として倉林明子君、福島みずほ君、渡辺美知太郎君及び平木大作君が選任されました。
また、本日、アントニオ猪木君、大野元裕君、田城郁君及び田村智子君が委員を辞任され、その補欠として山口和之君、足立信也君、江崎孝君及び井上哲士君が選任されました。
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小
小
小坂憲次#3
○委員長(小坂憲次君) この際、お諮りいたします。
議事の都合により、これら決算の概要説明及び決算検査の概要説明は、いずれも省略して、本日の会議録の末尾に掲載することといたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →議事の都合により、これら決算の概要説明及び決算検査の概要説明は、いずれも省略して、本日の会議録の末尾に掲載することといたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
小
小
小
熊
熊谷大#7
○熊谷大君 皆様こんにちは。自由民主党の熊谷大でございます。
本日は、三つの質問をさせていただきたいと思います。最初は、被災地の宮城県の石巻市に建設される国営の追悼施設について、二つ目は、ちょっとこれは文科省の方に係るんですけれども、被災地の児童生徒の心のケアについて、そして最後、総務省マターになっております奨学金制度、これは地方創生と相まった地方の奨学金制度についてお尋ねしたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
最初、宮城県石巻市に建設予定の国営追悼・祈念施設、これはまだ仮称でございます、及びその周辺の開発についてお尋ねをしたいと思います。
政府は二〇一四年、東日本大震災の犠牲者を慰霊する同施設を岩手、宮城両県に建設することを閣議決定いたしました。来年度中に基本設計に着手し、震災十年を迎える二〇二一年三月をめどに完成をさせる予定でございます。
宮城県は、市民の約一割が死亡又は行方不明となっている石巻市南浜地区に復興祈念公園を造成し、その公園内に広場を造成し、モニュメントなどを設置することを想定いたしております。災害の被災者に関する施設を建設するのは初めての試みでございます。それゆえに、全国的にも注目度が高い事業だと考えております。
そこで、大臣に質問でございます。
二十年前の阪神・淡路大震災のとき被災した兵庫県では、震災の教訓を伝える記念館は県と市が事業主体でありました。今回のこの追悼・祈念施設、これ、事業主体がまだちょっと曖昧な、不確定な、不明な部分がございます。決まっていなかったらまだ決まっていないということで結構でございます。この事業主体というのは、今回どの、国、県、市を考えているのか、お答えいただければと思います。
この発言だけを見る →本日は、三つの質問をさせていただきたいと思います。最初は、被災地の宮城県の石巻市に建設される国営の追悼施設について、二つ目は、ちょっとこれは文科省の方に係るんですけれども、被災地の児童生徒の心のケアについて、そして最後、総務省マターになっております奨学金制度、これは地方創生と相まった地方の奨学金制度についてお尋ねしたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
最初、宮城県石巻市に建設予定の国営追悼・祈念施設、これはまだ仮称でございます、及びその周辺の開発についてお尋ねをしたいと思います。
政府は二〇一四年、東日本大震災の犠牲者を慰霊する同施設を岩手、宮城両県に建設することを閣議決定いたしました。来年度中に基本設計に着手し、震災十年を迎える二〇二一年三月をめどに完成をさせる予定でございます。
宮城県は、市民の約一割が死亡又は行方不明となっている石巻市南浜地区に復興祈念公園を造成し、その公園内に広場を造成し、モニュメントなどを設置することを想定いたしております。災害の被災者に関する施設を建設するのは初めての試みでございます。それゆえに、全国的にも注目度が高い事業だと考えております。
そこで、大臣に質問でございます。
二十年前の阪神・淡路大震災のとき被災した兵庫県では、震災の教訓を伝える記念館は県と市が事業主体でありました。今回のこの追悼・祈念施設、これ、事業主体がまだちょっと曖昧な、不確定な、不明な部分がございます。決まっていなかったらまだ決まっていないということで結構でございます。この事業主体というのは、今回どの、国、県、市を考えているのか、お答えいただければと思います。
竹
竹下亘#8
○国務大臣(竹下亘君) お話しになりました石巻市の南浜地区、私もあそこに仮の慰霊碑が建てられておりますので追悼をさせていただいたものでございます。
お尋ねになりました祈念施設でございますが、県や市が整備を進める周辺の公園の中に国営追悼・祈念施設として国がこの施設を建設すると。全てを国がやるんではなくて、県あるいは市が一緒になって、祈念公園というようなものがあって、その中の一部でございますが、そこは国の祈念施設として復興予算でやらせていただくというふうな仕切りになっております。
この発言だけを見る →お尋ねになりました祈念施設でございますが、県や市が整備を進める周辺の公園の中に国営追悼・祈念施設として国がこの施設を建設すると。全てを国がやるんではなくて、県あるいは市が一緒になって、祈念公園というようなものがあって、その中の一部でございますが、そこは国の祈念施設として復興予算でやらせていただくというふうな仕切りになっております。
熊
熊谷大#9
○熊谷大君 基本計画は、実はまだこれから、有識者会議が過去二回開かれて、もう一度開かれてだんだん固まってくると。そこの中でだんだん事業主体が決まってくるのかなというふうに思っておりますが、なかなか県や市は、被災した自治体はお金がやはりないということが課題でございますので、やはり国に頼らざるを得ないところがある。そして、看板として、まだ仮の名前ですけれども、国営ということが付いてございますので、何とか手厚いというか、皆様のお力、御支援が必要なのかなというふうに思っております。
そこで、資金という問題で、本当に竹下大臣もいろんな議員又は自治体そして各関係者の皆様から、復興集中期間後はどうするんだと、やはりいろいろ、私も質問をさせていただきましたし、もう毎日その質問が飛び交っている、そして飛んでくるんではないかなと思っております。やはり、昨日もある宮城県の県議会議員の先生ともお話をしましたが、どうしてもまだまだ事業をしなければいけない、復興集中期間が終わっても継続しなければならない事業は山ほどあると、それが終わらなければ復興は本当に完成すること、目に見えて本当に復興が終わったなということはままならないだろうというふうに訴えられます。
そこで、この国営の追悼・祈念公園又は施設も、集中復興期間が終わってしまったから、いや、まだ基本計画も出ていないから、これはもう集中復興期間が終わったら何か尻すぼみで、又は尻切れとんぼのように事業計画も何か雲の中に消えちゃった、風に吹かれてなくなっちゃったと、そういうふうなことがないように、是非大臣から一言、これは絶対やるんだと、県と市と一緒になって国もちゃんと追悼施設、慰霊する施設を造るんだということの意気込みを聞かせていただきたいと思います。
この発言だけを見る →そこで、資金という問題で、本当に竹下大臣もいろんな議員又は自治体そして各関係者の皆様から、復興集中期間後はどうするんだと、やはりいろいろ、私も質問をさせていただきましたし、もう毎日その質問が飛び交っている、そして飛んでくるんではないかなと思っております。やはり、昨日もある宮城県の県議会議員の先生ともお話をしましたが、どうしてもまだまだ事業をしなければいけない、復興集中期間が終わっても継続しなければならない事業は山ほどあると、それが終わらなければ復興は本当に完成すること、目に見えて本当に復興が終わったなということはままならないだろうというふうに訴えられます。
そこで、この国営の追悼・祈念公園又は施設も、集中復興期間が終わってしまったから、いや、まだ基本計画も出ていないから、これはもう集中復興期間が終わったら何か尻すぼみで、又は尻切れとんぼのように事業計画も何か雲の中に消えちゃった、風に吹かれてなくなっちゃったと、そういうふうなことがないように、是非大臣から一言、これは絶対やるんだと、県と市と一緒になって国もちゃんと追悼施設、慰霊する施設を造るんだということの意気込みを聞かせていただきたいと思います。
竹
竹下亘#10
○国務大臣(竹下亘君) お話しのとおり、二十七年度で集中復興期間の最初の五年が終わるわけでございまして、その後どうするんだということはもうどこへ行っても必ず受ける質問でございまして、安倍総理も度々答えておりますが、集中復興期間が終わったから自分たちは立ち止まることはない、復興するまで復興をやるのが復興だという基本的な姿勢をずっとお話しになっております。私もその思いを受けてやろうと思っておりまして。
お尋ねの国営の追悼施設についてでございますが、今、二十五年、二十六年とかけまして基本計画、基本的な検討の予算を付けております。これから実際どういう形にするのか、大々的な箱物を造るということではなくて、まさに魂の問題、被災をされた皆さん方の記憶を、あるいはそのことを後世に伝える、思いを伝えるという施設がいいんではないかという議論が今いろんな国が設けております委員会の中でも出ておるところでございます。
そういうことを受けて、必ず造ります。ただし、あの南浜のエリア全てを国でやるのではなくて、国がやるのはそのまさに一部の国営祈念施設であるという位置付けではございますが、必ずやり遂げていかなければならない事業だと思っております。
この発言だけを見る →お尋ねの国営の追悼施設についてでございますが、今、二十五年、二十六年とかけまして基本計画、基本的な検討の予算を付けております。これから実際どういう形にするのか、大々的な箱物を造るということではなくて、まさに魂の問題、被災をされた皆さん方の記憶を、あるいはそのことを後世に伝える、思いを伝えるという施設がいいんではないかという議論が今いろんな国が設けております委員会の中でも出ておるところでございます。
そういうことを受けて、必ず造ります。ただし、あの南浜のエリア全てを国でやるのではなくて、国がやるのはそのまさに一部の国営祈念施設であるという位置付けではございますが、必ずやり遂げていかなければならない事業だと思っております。
熊
熊谷大#11
○熊谷大君 大臣、ありがとうございます。
必ずやるという言葉に本当にどれだけ被災自治体又は被災者が安心したのかということをおもんぱかっております。
そこでなんでございますが、その南浜地区でございますが、結構大きな敷地をその公園、慰霊に際して使おうということを考えておるようでございます。しかし、今、防災集団移転する人と、それに賛同する方とされない方、これは本当に被災直後からずっと分かれてしまっておるのが現状でございます。
その公園を造りますよ、慰霊碑を造りますよ、建てますよ、国が施設を造りますよという説明は、もちろんあまねくその公園が敷設される土地を持つ人々に説明されていなければいけないと思うんですね。しかし、私、この前、門脇小学校という有名な小学校、震災遺構として残すか残さないかというところで今ちょっとイシューになっているところなんかも訪ねてミニ集会を何回か開催をさせていただいたんですけれども、どうも聞くところによると、防災集団移転、高台に移転する人たちにはこういう、跡地は公園になります、公園にする予定であります、そういう計画で進めよう、また進ませようと思っていますという説明はあるんでございましょうが、どうしてもこの土地を、ここに何とか、いろんな思いがあってここに残りたい又は残らざるを得ない、又は相続の問題がまだ解決していなくてここの土地をどうしたらいいのか分からないという人たちに対しては、うまいコミュニケーションがどうも取れていないようなんですね。
又は、説明をするときも、復興庁が説明するのか又は県が説明するのか又は市が説明するのか、何か三つどもえで説明しに来たり、又は三回同じことを別の会場を使って説明をしたりという、大変混乱が見られるようでございます。
そういうことを一元化して、一つの窓口、ワンストップで行うようにできるということが復興庁のそもそもの理念だったのではないかなと。恐らく縦割りが原因だと。各省庁で一々、経産省行ったり文科省行ったり総務省行ったりするのが非常に手間である、そういうことを横串を刺して、復興庁をつくれば一元的にまとめてくれる。しかし、恐らく省庁の関連はそういうふうにまとめてくださっていると思うんですけれども、残念ながら、それが、じゃ、縦のラインといえばいいんでしょうか、国、政府、県、市というのが上善如水のように流れているのかなと思うと、なかなかそれは震災から多くの月日を重ねてもまだまだ課題として残っているのかなというふうに思っております。
是非、大臣のリーダーシップでもって、そういった被災者が迷惑、迷惑というか手間の掛かるような、何でこれこの前聞いたのにまた聞かなきゃいけないんだというような、又は意見を取りまとめる際にリーダーシップを取っていただいて、又は復興庁、宮城の復興局でも、それが可能であれば是非まとめて、意見集約に動いていってほしいなというふうに思いますが、復興大臣がどのように考えているか、聞かせてください。
この発言だけを見る →必ずやるという言葉に本当にどれだけ被災自治体又は被災者が安心したのかということをおもんぱかっております。
そこでなんでございますが、その南浜地区でございますが、結構大きな敷地をその公園、慰霊に際して使おうということを考えておるようでございます。しかし、今、防災集団移転する人と、それに賛同する方とされない方、これは本当に被災直後からずっと分かれてしまっておるのが現状でございます。
その公園を造りますよ、慰霊碑を造りますよ、建てますよ、国が施設を造りますよという説明は、もちろんあまねくその公園が敷設される土地を持つ人々に説明されていなければいけないと思うんですね。しかし、私、この前、門脇小学校という有名な小学校、震災遺構として残すか残さないかというところで今ちょっとイシューになっているところなんかも訪ねてミニ集会を何回か開催をさせていただいたんですけれども、どうも聞くところによると、防災集団移転、高台に移転する人たちにはこういう、跡地は公園になります、公園にする予定であります、そういう計画で進めよう、また進ませようと思っていますという説明はあるんでございましょうが、どうしてもこの土地を、ここに何とか、いろんな思いがあってここに残りたい又は残らざるを得ない、又は相続の問題がまだ解決していなくてここの土地をどうしたらいいのか分からないという人たちに対しては、うまいコミュニケーションがどうも取れていないようなんですね。
又は、説明をするときも、復興庁が説明するのか又は県が説明するのか又は市が説明するのか、何か三つどもえで説明しに来たり、又は三回同じことを別の会場を使って説明をしたりという、大変混乱が見られるようでございます。
そういうことを一元化して、一つの窓口、ワンストップで行うようにできるということが復興庁のそもそもの理念だったのではないかなと。恐らく縦割りが原因だと。各省庁で一々、経産省行ったり文科省行ったり総務省行ったりするのが非常に手間である、そういうことを横串を刺して、復興庁をつくれば一元的にまとめてくれる。しかし、恐らく省庁の関連はそういうふうにまとめてくださっていると思うんですけれども、残念ながら、それが、じゃ、縦のラインといえばいいんでしょうか、国、政府、県、市というのが上善如水のように流れているのかなと思うと、なかなかそれは震災から多くの月日を重ねてもまだまだ課題として残っているのかなというふうに思っております。
是非、大臣のリーダーシップでもって、そういった被災者が迷惑、迷惑というか手間の掛かるような、何でこれこの前聞いたのにまた聞かなきゃいけないんだというような、又は意見を取りまとめる際にリーダーシップを取っていただいて、又は復興庁、宮城の復興局でも、それが可能であれば是非まとめて、意見集約に動いていってほしいなというふうに思いますが、復興大臣がどのように考えているか、聞かせてください。
竹
竹下亘#12
○国務大臣(竹下亘君) お話にありましたその門脇小学校をどうするかという問題についてでございますが、震災遺構の保存につきましては、地元で、残せという人と、いや、子供たちが犠牲になっているからもう見たくない、残してほしくないという意見もありまして、地元の住民の皆さん方や関係者の間で議論をいただいて、合意が形成されるということが一番大事であると。これは、国がこうしなさい、ああしなさい、あるいは県がこれは残しますよとかというんじゃなくて、地元の合意というのが一番大事であるというふうに我々考えております。
門脇小学校につきましては、昨年の十二月に、石巻市が設置した震災伝承検討委員会におきまして、震災遺構として保存、活用すること、保存に当たっては周辺住民の感情を十分に配慮することとの提言が出されているところでございまして、この提言を受けて、まさに今、石巻市としてどう判断していくか、慎重に御判断をいただいているというふうに伺っております。
復興庁としましては、この部分は地元の意見をしっかり、あるいは地元の判断を受け止める、まあ極端に言うとそれ以外に方法はないと。国がこうしなさいという話ではないんじゃないかなと、こう思っております。
ただ、先ほどお話がありました津波につかって壊されたそこにある土地をどうするか、あるいはそれを、じゃ公園にするなら公園にするでいろんな手続がまた必要です。それから、その土地の所有者の同意なり、どこかへ移っていただくなり、いろんなことをやっていかなければなりませんが、それは復興庁がまさにワンストップでやらなければならないことの一つだと。
これは復興庁だけでできる話じゃありませんけれども、市、県と力を合わせながら、できる限りワンストップで被災者の思いに沿うような形で対応していかなきゃならぬと、そういう課題だと、こう認識をいたしております。
この発言だけを見る →門脇小学校につきましては、昨年の十二月に、石巻市が設置した震災伝承検討委員会におきまして、震災遺構として保存、活用すること、保存に当たっては周辺住民の感情を十分に配慮することとの提言が出されているところでございまして、この提言を受けて、まさに今、石巻市としてどう判断していくか、慎重に御判断をいただいているというふうに伺っております。
復興庁としましては、この部分は地元の意見をしっかり、あるいは地元の判断を受け止める、まあ極端に言うとそれ以外に方法はないと。国がこうしなさいという話ではないんじゃないかなと、こう思っております。
ただ、先ほどお話がありました津波につかって壊されたそこにある土地をどうするか、あるいはそれを、じゃ公園にするなら公園にするでいろんな手続がまた必要です。それから、その土地の所有者の同意なり、どこかへ移っていただくなり、いろんなことをやっていかなければなりませんが、それは復興庁がまさにワンストップでやらなければならないことの一つだと。
これは復興庁だけでできる話じゃありませんけれども、市、県と力を合わせながら、できる限りワンストップで被災者の思いに沿うような形で対応していかなきゃならぬと、そういう課題だと、こう認識をいたしております。
熊
熊谷大#13
○熊谷大君 ありがとうございます。
被災地、被災した町内会又は土地、その土地は危険区域に指定されて、もう町内会機能もないし住んでいる人ももちろんいらっしゃらないということで、恐らく復興庁又は県、市も、どこを窓口にしてその情報を教えたらいいのかとか、個人情報保護の観点から非常に、住民の皆様、被災者の皆様に情報が届かないというところが課題として残っているとも聞きます。そうした課題を本当に一つ一つクリアをしていって、住民が一つにまとまれるように是非お力をお貸しいただけたらなというふうに思っております。
続きまして、将来を担う子供たちの心のケアについてお尋ねしたいと思っております。
皆様のお手元に資料が配られております。ちょっと仰々しいタイトルの資料でございます。ちょっと順番が前後しますが、一つ一つ解説をしていきたいと思います。
まず、自殺者の推移というのがございます。私、二年前も文教科学委員会でこの問題を取り上げさせていただきました。近年、自殺者対策が功を奏したのか、全国的に十年以上、三万人を超える自殺者が日本国内で出ていたにもかかわらず、それが近年、三万人を割って二万人台になりました。しかし、このデータを見ていただくと、宮城県、被災三県を御覧になっていただきますと、二十三年が震災の年でございます。震災の前の年が六百二十人だったのが、震災の年に四百八十三人という数になって、二十四年にこれまた増えているんですね、五百八、そして二十五年に少しまた戻して、そして平成二十六年にまた増えてきているという数でございます。これは原因を本当に分析していかなければなりません。数字だけで物事を判断してしまうと、ちょっとミスリードになってしまったりします。
そこで、じゃ内容はどうなのかということも、内容というか、ほかの数値も比較してみたいなと思って、今日は持ってきました。皆さん、資料の三の一、ストーカー事案というのを御覧ください。縦になって、大変申し訳ございません、見にくいかもしれませんが、ストーカー事案の認知件数、宮城県の方を見ていただくと、二十三年から二十四年、かなり増えております。で、平成二十五年、これ、二十六年のデータが三月末にならないと出ないということなので、二十五年でごめんなさい。ストーカー規制法違反検挙件数、これは付きまといで捕まった人の数。もう一つ下の刑法・特別法検挙件数というのが、これは脅迫とか家宅侵入までして捕まった人たちの数でございます。これも、例えば例にありますが、宮城県の平成二十三年、震災の年、翌年四十一人、そして翌々年四十四人と、こう増えてまいっております。
続きまして、次のページをお開きください。
配偶者からの暴力事案ということです。これも認知件数、通報があったよということでございますが、平成二十三年、二十四年、二十五年ということ、数字を比較していただければなと思っております。この刑法も同じでございます、家宅侵入やその他の脅迫等々あって実際に捕まった人の数でございます。
さらに、最後、三の四の方に行ってください。
児童虐待に係る児童相談所への通告児童数、これも通告でございます。子育てをしていると、どこまでがしつけなのか、どこまでが虐待なのかちょっと分からないところがございます。そういうのも含めていろいろな通報があったよというのが通告児童数でございます。その下の検挙件数、これを御覧ください。二十五年は大分減っているんですけれども、二十三年、二十四年ともだんだん増加しているというところが見て取れます。
僕の見立てはこうです。失業した、被災を受けて津波でぼおんと加工工場、勤めていた会社が流された、お父さん失業してしまったと。失業して明日どうなるか分からない。いらいらして母ちゃんぶん殴るんでしょう、家で。そして、お母さんが逃げる、お母さんを追っかけに行く、それがストーカーとかDVです。その一部始終を子供たちが見て、精神的に非常につらくなる。子供たちはいいです、学校に行けばスクールカウンセラーや養護の先生、担任の先生に相談できるからいいと思うんですけれども、しかし、家に帰ってくればまたそういった悲惨な口げんか又は言い争い、そして先行き不安に対する解決できない問題が横たわっているところに帰る。そうすると、阪神・淡路大震災のときもそうだったんですけれども、被災して、震災が起こって三年がたって不登校者数が増えるんですね。
記事を今日持ってきました。産経新聞宮城県内版です。読みます。宮城、平成二十五年度の県内の不登校の中学生のうち、不登校の原因に震災の影響もあるとされる生徒が前年度より二・四ポイント増の九・一%だったことが五日、県教委の調査で分かったというふうにあります。非常に子供たちが、心のケアと言えばいいんでしょうか、非常に必要な状況になってきております。
私たち自民党も、これは三原じゅん子参議院議員中心に女性局が宮城県に視察に入ってくれたときの話です。石巻市のあの悲惨な犠牲が出た大川小学校に我々行きました、足を運びました。そのときに校長先生に言われました。校長先生は、やっと子供たちは震災のことを話してくれるようになったと。それまでは物すごく意図的に明るく、無邪気で、言うことを聞く子供たちだと、何でなんだろうなとすごく変に思っていたと。
あるとき、生き残った生徒がじんま疹が止まらないとお母さんに言ったそうです。で、お母さんからの訴えがあったそうです。先生、またスクールカウンセラー、養護の先生がお話を子供に聞いたときに、何でも話していいんだからねとその子供に言ったそうです。そうしたら、何でもいいのと。もちろんいいよと。何でもいいのともう一回聞いて、何でもいいよと。話した瞬間、それを言った瞬間に涙をぼろぼろ流して震災の話を話し始めたと。次の日、じんま疹が見事に収まったと。それぐらい子供たちは周りの大人に迷惑を掛けちゃいけない、震災のことを話しちゃいけない、自分が重荷とされるのが耐えられない、だから震災のことを話しちゃいけない、自分はつらかったということを話してはいけないという物すごいストレスを隠している、言わないでいるんですね。それがこの数値となって今出てきているんではないかなと思っています。
そこで、私は二年前、何で文教科学委員会で取り上げたのかというと、やっぱり二十年前の私はトラウマというか、社会的なトラウマがあるなと学校の現場の先生たちと話していて思いました。やっぱり学校の現場の先生たちは、生徒に落ち着きがないと非常によく理解をしておりました。学校の先生たちがすごく気にしていたのは、阪神・淡路大震災の後に、熊谷さん、何が起こりましたかと。何ですか。酒鬼薔薇聖斗事件が起こりましたよねと言うんですね。結局は、未曽有の社会不安とかそういうことがあったとき、子供たちは物すごい不安なんですね。これは安易に結び付けるわけにはいきません。しかし、子供たちの状態が非常にストレスフルで、どこにも話せないと。自分の思いのたけを聞いてくれる人たちも実はいないと思っている。そういうところに非常に過重な負担が掛かっているんではないか、又は掛かってきてそれが不登校という形で現れているんではないかなと今非常に危惧をしています。
そこで、スクールカウンセラー、我々も非常に訴えを、各先生方も訴えをしていただいて、緊急で派遣もしていただいておりますし、予算も計上していただいております。しかし、現場に聞くと、どうしたってスクールカウンセラーは掛け持ちだと。週に何回かしか学校にいない。学校にいないということは、どうしたって頼るところ、そういうふうに心に負担を持っている子供たちが頼るところは養護の先生だと。一番最初に相談に行くのは保健の先生だと。保健の先生も一人ではなかなか抱え切れない、だから担任の先生だ。担任の先生も、なかなか生徒三十人、三十五人いる中でその何人かの子供たちだけの悩みを聞くことができない。やっぱりそれは加配措置をしなきゃいけない、養護の先生も加配措置をしなきゃいけない。
しかし、ここでまた課題が出てきます。加配措置というのは単年度でございますので、次、その先生が翌年もこの学校に来てくれるかは分からない。また、非正規雇用といえばいいでしょうか、非常勤講師で先生を加配として雇う。しかし、その先生も六か月後、半年後、一年後いるかは分からないと。そういった中で、本当に子供たちが十分な教育、又は心のケアをしながら教育が受けられるのかというところが非常に心配があります。加配の実績は、平成二十三年度千八十人、平成二十四年度千三十一人、平成二十五年度千四十人、平成二十六年度千六十九人ですね。二十七年度は千人の加配措置の計上があります。
そういった中で、やはり阪神・淡路大震災の教訓を参考にしなければいけないのは、阪神のときは十五年間も加配措置が行われているんです。だから、もうあらかじめ十五年、二十年は腰を据えて、子供たち、いわゆる中学校を卒業するまでは面倒をしっかり見ますよということを政府の姿勢として、文科省の姿勢として出さなければいけないなというふうに思うんですけれども、これは文科省はどのように考えているか。
この発言だけを見る →被災地、被災した町内会又は土地、その土地は危険区域に指定されて、もう町内会機能もないし住んでいる人ももちろんいらっしゃらないということで、恐らく復興庁又は県、市も、どこを窓口にしてその情報を教えたらいいのかとか、個人情報保護の観点から非常に、住民の皆様、被災者の皆様に情報が届かないというところが課題として残っているとも聞きます。そうした課題を本当に一つ一つクリアをしていって、住民が一つにまとまれるように是非お力をお貸しいただけたらなというふうに思っております。
続きまして、将来を担う子供たちの心のケアについてお尋ねしたいと思っております。
皆様のお手元に資料が配られております。ちょっと仰々しいタイトルの資料でございます。ちょっと順番が前後しますが、一つ一つ解説をしていきたいと思います。
まず、自殺者の推移というのがございます。私、二年前も文教科学委員会でこの問題を取り上げさせていただきました。近年、自殺者対策が功を奏したのか、全国的に十年以上、三万人を超える自殺者が日本国内で出ていたにもかかわらず、それが近年、三万人を割って二万人台になりました。しかし、このデータを見ていただくと、宮城県、被災三県を御覧になっていただきますと、二十三年が震災の年でございます。震災の前の年が六百二十人だったのが、震災の年に四百八十三人という数になって、二十四年にこれまた増えているんですね、五百八、そして二十五年に少しまた戻して、そして平成二十六年にまた増えてきているという数でございます。これは原因を本当に分析していかなければなりません。数字だけで物事を判断してしまうと、ちょっとミスリードになってしまったりします。
そこで、じゃ内容はどうなのかということも、内容というか、ほかの数値も比較してみたいなと思って、今日は持ってきました。皆さん、資料の三の一、ストーカー事案というのを御覧ください。縦になって、大変申し訳ございません、見にくいかもしれませんが、ストーカー事案の認知件数、宮城県の方を見ていただくと、二十三年から二十四年、かなり増えております。で、平成二十五年、これ、二十六年のデータが三月末にならないと出ないということなので、二十五年でごめんなさい。ストーカー規制法違反検挙件数、これは付きまといで捕まった人の数。もう一つ下の刑法・特別法検挙件数というのが、これは脅迫とか家宅侵入までして捕まった人たちの数でございます。これも、例えば例にありますが、宮城県の平成二十三年、震災の年、翌年四十一人、そして翌々年四十四人と、こう増えてまいっております。
続きまして、次のページをお開きください。
配偶者からの暴力事案ということです。これも認知件数、通報があったよということでございますが、平成二十三年、二十四年、二十五年ということ、数字を比較していただければなと思っております。この刑法も同じでございます、家宅侵入やその他の脅迫等々あって実際に捕まった人の数でございます。
さらに、最後、三の四の方に行ってください。
児童虐待に係る児童相談所への通告児童数、これも通告でございます。子育てをしていると、どこまでがしつけなのか、どこまでが虐待なのかちょっと分からないところがございます。そういうのも含めていろいろな通報があったよというのが通告児童数でございます。その下の検挙件数、これを御覧ください。二十五年は大分減っているんですけれども、二十三年、二十四年ともだんだん増加しているというところが見て取れます。
僕の見立てはこうです。失業した、被災を受けて津波でぼおんと加工工場、勤めていた会社が流された、お父さん失業してしまったと。失業して明日どうなるか分からない。いらいらして母ちゃんぶん殴るんでしょう、家で。そして、お母さんが逃げる、お母さんを追っかけに行く、それがストーカーとかDVです。その一部始終を子供たちが見て、精神的に非常につらくなる。子供たちはいいです、学校に行けばスクールカウンセラーや養護の先生、担任の先生に相談できるからいいと思うんですけれども、しかし、家に帰ってくればまたそういった悲惨な口げんか又は言い争い、そして先行き不安に対する解決できない問題が横たわっているところに帰る。そうすると、阪神・淡路大震災のときもそうだったんですけれども、被災して、震災が起こって三年がたって不登校者数が増えるんですね。
記事を今日持ってきました。産経新聞宮城県内版です。読みます。宮城、平成二十五年度の県内の不登校の中学生のうち、不登校の原因に震災の影響もあるとされる生徒が前年度より二・四ポイント増の九・一%だったことが五日、県教委の調査で分かったというふうにあります。非常に子供たちが、心のケアと言えばいいんでしょうか、非常に必要な状況になってきております。
私たち自民党も、これは三原じゅん子参議院議員中心に女性局が宮城県に視察に入ってくれたときの話です。石巻市のあの悲惨な犠牲が出た大川小学校に我々行きました、足を運びました。そのときに校長先生に言われました。校長先生は、やっと子供たちは震災のことを話してくれるようになったと。それまでは物すごく意図的に明るく、無邪気で、言うことを聞く子供たちだと、何でなんだろうなとすごく変に思っていたと。
あるとき、生き残った生徒がじんま疹が止まらないとお母さんに言ったそうです。で、お母さんからの訴えがあったそうです。先生、またスクールカウンセラー、養護の先生がお話を子供に聞いたときに、何でも話していいんだからねとその子供に言ったそうです。そうしたら、何でもいいのと。もちろんいいよと。何でもいいのともう一回聞いて、何でもいいよと。話した瞬間、それを言った瞬間に涙をぼろぼろ流して震災の話を話し始めたと。次の日、じんま疹が見事に収まったと。それぐらい子供たちは周りの大人に迷惑を掛けちゃいけない、震災のことを話しちゃいけない、自分が重荷とされるのが耐えられない、だから震災のことを話しちゃいけない、自分はつらかったということを話してはいけないという物すごいストレスを隠している、言わないでいるんですね。それがこの数値となって今出てきているんではないかなと思っています。
そこで、私は二年前、何で文教科学委員会で取り上げたのかというと、やっぱり二十年前の私はトラウマというか、社会的なトラウマがあるなと学校の現場の先生たちと話していて思いました。やっぱり学校の現場の先生たちは、生徒に落ち着きがないと非常によく理解をしておりました。学校の先生たちがすごく気にしていたのは、阪神・淡路大震災の後に、熊谷さん、何が起こりましたかと。何ですか。酒鬼薔薇聖斗事件が起こりましたよねと言うんですね。結局は、未曽有の社会不安とかそういうことがあったとき、子供たちは物すごい不安なんですね。これは安易に結び付けるわけにはいきません。しかし、子供たちの状態が非常にストレスフルで、どこにも話せないと。自分の思いのたけを聞いてくれる人たちも実はいないと思っている。そういうところに非常に過重な負担が掛かっているんではないか、又は掛かってきてそれが不登校という形で現れているんではないかなと今非常に危惧をしています。
そこで、スクールカウンセラー、我々も非常に訴えを、各先生方も訴えをしていただいて、緊急で派遣もしていただいておりますし、予算も計上していただいております。しかし、現場に聞くと、どうしたってスクールカウンセラーは掛け持ちだと。週に何回かしか学校にいない。学校にいないということは、どうしたって頼るところ、そういうふうに心に負担を持っている子供たちが頼るところは養護の先生だと。一番最初に相談に行くのは保健の先生だと。保健の先生も一人ではなかなか抱え切れない、だから担任の先生だ。担任の先生も、なかなか生徒三十人、三十五人いる中でその何人かの子供たちだけの悩みを聞くことができない。やっぱりそれは加配措置をしなきゃいけない、養護の先生も加配措置をしなきゃいけない。
しかし、ここでまた課題が出てきます。加配措置というのは単年度でございますので、次、その先生が翌年もこの学校に来てくれるかは分からない。また、非正規雇用といえばいいでしょうか、非常勤講師で先生を加配として雇う。しかし、その先生も六か月後、半年後、一年後いるかは分からないと。そういった中で、本当に子供たちが十分な教育、又は心のケアをしながら教育が受けられるのかというところが非常に心配があります。加配の実績は、平成二十三年度千八十人、平成二十四年度千三十一人、平成二十五年度千四十人、平成二十六年度千六十九人ですね。二十七年度は千人の加配措置の計上があります。
そういった中で、やはり阪神・淡路大震災の教訓を参考にしなければいけないのは、阪神のときは十五年間も加配措置が行われているんです。だから、もうあらかじめ十五年、二十年は腰を据えて、子供たち、いわゆる中学校を卒業するまでは面倒をしっかり見ますよということを政府の姿勢として、文科省の姿勢として出さなければいけないなというふうに思うんですけれども、これは文科省はどのように考えているか。
小
小松親次郎#14
○政府参考人(小松親次郎君) お答えを申し上げます。
まず、被災地において子供たちが、今御指摘のように落ち着いた環境の中で、それから安心して学ぶということが非常に重要だと思っております。そういう観点から、子供たちの心のケアや学習支援に必要な部分をずっと引き続き取り組んでいくということが大事だというふうに認識をしております。
今少し御指摘ございましたけれども、被災した児童生徒、お子さんたちの心のケアあるいは学習支援を充実するためには、一つはスクールカウンセラー等の派遣、それからおっしゃられますとおり養護教諭の方々の手当て、それから教職員定数としての加配措置、さらに、その方たちが実際に動けるようにするための指導資料等の配付などを組み合わせて支援していくことが必要だと思っております。
これまでのところは、実情に応じてきちっとやっていく必要があるということから、例えば宮城県でございますと、スクールカウンセラーの方々に聞き取りその他をしていただきまして、それに沿ってただいまのような人的体制の充実等を御支援するということをいたしております。
御要望にお応えできる形でしておりますので、今後とも、この復興の状況、それからそれぞれの地元の御要望等をよく踏まえまして、必要な支援を着実に実施してまいりたいというふうに考えております。
この発言だけを見る →まず、被災地において子供たちが、今御指摘のように落ち着いた環境の中で、それから安心して学ぶということが非常に重要だと思っております。そういう観点から、子供たちの心のケアや学習支援に必要な部分をずっと引き続き取り組んでいくということが大事だというふうに認識をしております。
今少し御指摘ございましたけれども、被災した児童生徒、お子さんたちの心のケアあるいは学習支援を充実するためには、一つはスクールカウンセラー等の派遣、それからおっしゃられますとおり養護教諭の方々の手当て、それから教職員定数としての加配措置、さらに、その方たちが実際に動けるようにするための指導資料等の配付などを組み合わせて支援していくことが必要だと思っております。
これまでのところは、実情に応じてきちっとやっていく必要があるということから、例えば宮城県でございますと、スクールカウンセラーの方々に聞き取りその他をしていただきまして、それに沿ってただいまのような人的体制の充実等を御支援するということをいたしております。
御要望にお応えできる形でしておりますので、今後とも、この復興の状況、それからそれぞれの地元の御要望等をよく踏まえまして、必要な支援を着実に実施してまいりたいというふうに考えております。
熊
熊谷大#15
○熊谷大君 本当によろしくお願いします。
その視察、女性局と一緒に行った視察のときは、石巻の地元の新聞の石巻日日新聞というところにも訪問をいたしました。そのとき記者さんが、やはり震災後、不登校の子供が多く出るようになった、そして荒れる学校が今問題となっている、震災当時の未就学児が思春期の今、非常に心が不安定の事例が数多く報告されていると。そういったことも、地元の新聞社又は地域の人も非常に理解をしております、認知しておりますので、是非、文科省の御支援又はその継続的な加配措置を是非よろしくお願いします。
そこで、まだまだ学習環境、心の問題もそうですけれども、学習環境という点では、仮設住宅に入っている子供たちも非常に多うございます。やはり集会所を使って勉強をするとか、余りにも仮設住宅は狭過ぎるということで集会所を使って勉強をする、又は、おじいちゃんとかおばあちゃんとか、あの狭い仮設住宅で一緒なんですね。そうすると、介護を受けている方、こう言うと大変失礼なんですけれども、臭いがかなりきついと、いわゆる排せつの臭いがきついということでなかなか勉強に集中できないという訴えがよく聞かれます。
そうした中で、平成二十三年度から学びを通じた被災地の地域コミュニティ再生事業ということも文科省は行っておりまして、そういった学習会を開いて、平成二十五年度で宮城県だけで延べ十万人強の児童生徒が参加をしております。そういった学習環境、又は親も被災をしたという中で、いろいろ将来のことを考え始めます、四年も五年もたてば。そうすると、こうした困難な学習環境で、進学についてやっぱり経済的な負担とか心配も子供たち自身がします。被災をして財産を失ってしまった親に対して、進学するということにお金が掛かる、そういったお話をするということは、またこれ非常にストレスであったりすると思います。
震災により就学困難となった世帯の幼児、児童生徒の就学支援で、文科省が被災児童生徒就学支援等臨時特例交付金というのを創設してくれました。四百十一億円措置、これもしてくれたんですけれども、しかし、基金不足のため三十三億円を平成二十六年度予算でまた措置をしてもらいました。そして、予算措置をしてもらった子供たちが大学進学とか高校進学を考える時期になっております。そのときは奨学金にやっぱり頼るというふうに考えると思います。
しかし、現在の独立行政法人日本学生支援機構、これは昔の育英会でございます、給付型というのがなくなったんですね。ほとんどもう全て貸与、貸しますよということになっております。そうした給付型がなくなってしまったという背景も含めて、奨学金制度について、現在の奨学金制度についてちょっと御説明いただきたいと思います。
この発言だけを見る →その視察、女性局と一緒に行った視察のときは、石巻の地元の新聞の石巻日日新聞というところにも訪問をいたしました。そのとき記者さんが、やはり震災後、不登校の子供が多く出るようになった、そして荒れる学校が今問題となっている、震災当時の未就学児が思春期の今、非常に心が不安定の事例が数多く報告されていると。そういったことも、地元の新聞社又は地域の人も非常に理解をしております、認知しておりますので、是非、文科省の御支援又はその継続的な加配措置を是非よろしくお願いします。
そこで、まだまだ学習環境、心の問題もそうですけれども、学習環境という点では、仮設住宅に入っている子供たちも非常に多うございます。やはり集会所を使って勉強をするとか、余りにも仮設住宅は狭過ぎるということで集会所を使って勉強をする、又は、おじいちゃんとかおばあちゃんとか、あの狭い仮設住宅で一緒なんですね。そうすると、介護を受けている方、こう言うと大変失礼なんですけれども、臭いがかなりきついと、いわゆる排せつの臭いがきついということでなかなか勉強に集中できないという訴えがよく聞かれます。
そうした中で、平成二十三年度から学びを通じた被災地の地域コミュニティ再生事業ということも文科省は行っておりまして、そういった学習会を開いて、平成二十五年度で宮城県だけで延べ十万人強の児童生徒が参加をしております。そういった学習環境、又は親も被災をしたという中で、いろいろ将来のことを考え始めます、四年も五年もたてば。そうすると、こうした困難な学習環境で、進学についてやっぱり経済的な負担とか心配も子供たち自身がします。被災をして財産を失ってしまった親に対して、進学するということにお金が掛かる、そういったお話をするということは、またこれ非常にストレスであったりすると思います。
震災により就学困難となった世帯の幼児、児童生徒の就学支援で、文科省が被災児童生徒就学支援等臨時特例交付金というのを創設してくれました。四百十一億円措置、これもしてくれたんですけれども、しかし、基金不足のため三十三億円を平成二十六年度予算でまた措置をしてもらいました。そして、予算措置をしてもらった子供たちが大学進学とか高校進学を考える時期になっております。そのときは奨学金にやっぱり頼るというふうに考えると思います。
しかし、現在の独立行政法人日本学生支援機構、これは昔の育英会でございます、給付型というのがなくなったんですね。ほとんどもう全て貸与、貸しますよということになっております。そうした給付型がなくなってしまったという背景も含めて、奨学金制度について、現在の奨学金制度についてちょっと御説明いただきたいと思います。
吉
吉田大輔#16
○政府参考人(吉田大輔君) 古くは日本育英会、今現在は日本学生支援機構でございますけれども、日本学生支援機構では、大学生等に対する奨学金事業というのを行っております。
大きく種類としては、利子の付かないいわゆる無利子奨学金制度と、それから有利子の奨学金制度、大きな二つの種類がございます。
今先生御指摘のいわゆる給付型の支援ということでは、過去ではございますけれども、昭和二十八年度からございました教育・研究職免除制度というのがございました。これは、優秀な人材を確保することを目的といたしまして、教職や研究職に一定期間以上従事した者につきましては奨学金の返還を全額又は一部免除すると、こういった制度でございました。
ただ、この制度につきましては、その後様々な議論がございまして、教員等の確保策としての意義が薄れてきたという御指摘や、あるいは特定の職に対してのみ優遇することへの不公平感の観点などから見直しが行われまして、大学段階では平成十年度入学者から、大学院段階では平成十六年度採用者から廃止されたところでございます。
日本育英会の奨学金制度の中では、貸与者の死亡ですとか心身障害による免除、これは今でもございますけれども、過去のような教職・研究職免除制度のようなものは今現在は残っていないという状況でございます。
この発言だけを見る →大きく種類としては、利子の付かないいわゆる無利子奨学金制度と、それから有利子の奨学金制度、大きな二つの種類がございます。
今先生御指摘のいわゆる給付型の支援ということでは、過去ではございますけれども、昭和二十八年度からございました教育・研究職免除制度というのがございました。これは、優秀な人材を確保することを目的といたしまして、教職や研究職に一定期間以上従事した者につきましては奨学金の返還を全額又は一部免除すると、こういった制度でございました。
ただ、この制度につきましては、その後様々な議論がございまして、教員等の確保策としての意義が薄れてきたという御指摘や、あるいは特定の職に対してのみ優遇することへの不公平感の観点などから見直しが行われまして、大学段階では平成十年度入学者から、大学院段階では平成十六年度採用者から廃止されたところでございます。
日本育英会の奨学金制度の中では、貸与者の死亡ですとか心身障害による免除、これは今でもございますけれども、過去のような教職・研究職免除制度のようなものは今現在は残っていないという状況でございます。
熊
熊谷大#17
○熊谷大君 僕もこの奨学金制度をちょっと調べてみて、すごく驚きました。
驚いたというのは何かというと、学生数に占める奨学金の貸与を受けている子たちの割合が非常に高くなってきているなと。全国ベースでいくと、三七・八%が奨学金を受けております。被災地、宮城、岩手、岩手県は四九・三%です。宮城は四四・六%ですね。これ非常に、奨学金といっても貸与ですから、ローンなんですよね。社会に出るときはやっぱりそれなりの借金と言うと大変失礼なんですけれども、ローンを背負って社会に出ると。そうすると、地方から都市部の大学に出てきて卒業した、ローンを背負っている。じゃ、そのローンを背負って地元の企業に就職しようと思ったときに、都市部の企業と地方の企業はこれはやっぱり給与格差がありますから、それだけ本当に返せるのかなと心配になりますよね。
今年は地方創生元年でございますので、この学生をどのように本当に社会で育てていくのかということもこの奨学金を通して考えていかなければならないと思っております。
ここで、総務省の皆さんにお尋ねしたいんですけれども、総務省が地方創生と相まっていろいろアイデアを持っているということなので、是非お聞かせいただければと思います。
この発言だけを見る →驚いたというのは何かというと、学生数に占める奨学金の貸与を受けている子たちの割合が非常に高くなってきているなと。全国ベースでいくと、三七・八%が奨学金を受けております。被災地、宮城、岩手、岩手県は四九・三%です。宮城は四四・六%ですね。これ非常に、奨学金といっても貸与ですから、ローンなんですよね。社会に出るときはやっぱりそれなりの借金と言うと大変失礼なんですけれども、ローンを背負って社会に出ると。そうすると、地方から都市部の大学に出てきて卒業した、ローンを背負っている。じゃ、そのローンを背負って地元の企業に就職しようと思ったときに、都市部の企業と地方の企業はこれはやっぱり給与格差がありますから、それだけ本当に返せるのかなと心配になりますよね。
今年は地方創生元年でございますので、この学生をどのように本当に社会で育てていくのかということもこの奨学金を通して考えていかなければならないと思っております。
ここで、総務省の皆さんにお尋ねしたいんですけれども、総務省が地方創生と相まっていろいろアイデアを持っているということなので、是非お聞かせいただければと思います。
あ
あかま二郎#18
○大臣政務官(あかま二郎君) お答えいたします。
今先生おっしゃったように、奨学金貸与を受けている学生が非常に多いと。しかし、そうした方々がローンを背負ったまま、じゃ地方へという話がいくのかといえばなかなかそうはならないという実情を鑑みて、総務省としても同じような問題意識を抱えながら、地方創生、また地方の自立という観点を踏まえた奨学金制度を今想定をしております。
地方において必要な人材、また地域課題、また地域の産業にとって必要な人材、そうした人材というものをいかに確保するかが地方自立、地方創生という形には大事だということの中で、奨学金を活用した若者定着の取組として、地方の中核企業等を担うリーダー、これを、奨学金をいかに活用しようという中で、具体的に地元の産業界、それと地方の公共団体、これらが合意する形によって、地方の経済を引っ張っていく人材、また産業分野、これらにおいて、学位を取ったであるとか資格を持っているとか、さらには成績等なんかを加味した、そうしたものを要件とした奨学金制度、これをつくること、これが考えられないだろうかという話でございます。
少し分かりづらいので、少し取組の流れという話について説明を加えたいと思います。
まず、地方公共団体と地元産業界がそれぞれ拠出をして基金をつくる、そして地元産業界にとって必要な人材、この資格等をそこで決定をする、地方公共団体が独立行政法人の日本学生支援機構へ将来の地方産業を担う学生を推薦をする、学生支援機構が当該学生について無利子奨学金の優先枠を設けるなど優遇措置を実施をする、当該学生が地元企業に就職した場合等に基金から奨学金の全部又は一部を負担するための給付金を支給するというようなものでございます。
しかし、この中にあって、地方創生、またその大事な部分という中でいけば、今の枠組みはあくまでも一例というふうに我々は理解をしております。実際の事業執行、これについては、各地方公共団体であるとか産業界、この中においてその詳細を決定していただく、極めて分権的な形を取りたいというふうに考えております。
以上でございます。
この発言だけを見る →今先生おっしゃったように、奨学金貸与を受けている学生が非常に多いと。しかし、そうした方々がローンを背負ったまま、じゃ地方へという話がいくのかといえばなかなかそうはならないという実情を鑑みて、総務省としても同じような問題意識を抱えながら、地方創生、また地方の自立という観点を踏まえた奨学金制度を今想定をしております。
地方において必要な人材、また地域課題、また地域の産業にとって必要な人材、そうした人材というものをいかに確保するかが地方自立、地方創生という形には大事だということの中で、奨学金を活用した若者定着の取組として、地方の中核企業等を担うリーダー、これを、奨学金をいかに活用しようという中で、具体的に地元の産業界、それと地方の公共団体、これらが合意する形によって、地方の経済を引っ張っていく人材、また産業分野、これらにおいて、学位を取ったであるとか資格を持っているとか、さらには成績等なんかを加味した、そうしたものを要件とした奨学金制度、これをつくること、これが考えられないだろうかという話でございます。
少し分かりづらいので、少し取組の流れという話について説明を加えたいと思います。
まず、地方公共団体と地元産業界がそれぞれ拠出をして基金をつくる、そして地元産業界にとって必要な人材、この資格等をそこで決定をする、地方公共団体が独立行政法人の日本学生支援機構へ将来の地方産業を担う学生を推薦をする、学生支援機構が当該学生について無利子奨学金の優先枠を設けるなど優遇措置を実施をする、当該学生が地元企業に就職した場合等に基金から奨学金の全部又は一部を負担するための給付金を支給するというようなものでございます。
しかし、この中にあって、地方創生、またその大事な部分という中でいけば、今の枠組みはあくまでも一例というふうに我々は理解をしております。実際の事業執行、これについては、各地方公共団体であるとか産業界、この中においてその詳細を決定していただく、極めて分権的な形を取りたいというふうに考えております。
以上でございます。
熊
熊谷大#19
○熊谷大君 返還について総務省等といろいろ文科省と是非協力をしていただいて、有為な人材を育てていっていただけたらというふうに思います。
質問を終わります。ありがとうございました。
この発言だけを見る →質問を終わります。ありがとうございました。
江
江島潔#20
○江島潔君 山口県選出の江島潔でございます。熊谷大先生に続きまして質問をさせていただきます。
今年の、平成二十七年の二月の十三日、金曜日になりますんですが、ちょうどこの日が、私が前職を務めておりました山口県の下関市が合併をしてちょうど十周年を迎えるところであります。十年一昔と言いますけれども、本当に長いようで短い十年間でございました。その翌日の二月の十四日になりますが、土曜日に下関でもこの十周年の記念の式典を行うところであります。
また、この当時はもちろん平成の大合併ということで、全国各地で地方自治体が合併を進めていったところでありますけれども、まず、先般も井原議員によりこの合併の効果等の質問がございましたが、改めて、平成の大合併と言われたあの一連の合併によって全国的にどんな効果、つまりプラスの面があったかというものを、大臣の御所見をお伺いできればと思います。
この発言だけを見る →今年の、平成二十七年の二月の十三日、金曜日になりますんですが、ちょうどこの日が、私が前職を務めておりました山口県の下関市が合併をしてちょうど十周年を迎えるところであります。十年一昔と言いますけれども、本当に長いようで短い十年間でございました。その翌日の二月の十四日になりますが、土曜日に下関でもこの十周年の記念の式典を行うところであります。
また、この当時はもちろん平成の大合併ということで、全国各地で地方自治体が合併を進めていったところでありますけれども、まず、先般も井原議員によりこの合併の効果等の質問がございましたが、改めて、平成の大合併と言われたあの一連の合併によって全国的にどんな効果、つまりプラスの面があったかというものを、大臣の御所見をお伺いできればと思います。
高
高市早苗#21
○国務大臣(高市早苗君) 江島委員は、四期、また十四年にわたって下関で市長を務められて、その間に一市四町合併によりまして山口県では初めてのそして唯一の三十万人中核都市を実現された立て役者と承知をいたしております。
合併のメリットにつきましては委員の方がお詳しいのかと思いますけれども、データ的に申し上げますと、まずは平成の合併につきまして、市町村の平均人口や面積が約一・九倍になりました。他方、議員数は約五一%の減、職員数が約一九%の減になるといったことで、一定の行財政基盤の強化が図られたものと認識をいたしております。
また、平成の合併期から平成二十三年十月までに合併した市町村に対します調査、市町村合併に関する調査結果におきますと、市町村合併による効果としては、専門職員の配置・充実、専門部署の新設などの組織・機構の充実や、職員配置の適正化などの行財政の効率化が挙げられております。市町村合併による行政能力の向上が図られたものと考えております。
他方で、行政に対して住民の声が届きにくくなっているのではないかといった課題の指摘もございますが、合併された市町村が一体感を醸成し、そしてまた、時間とともに規模の経済効果というのが現れていくこと、大いに期待いたしております。
この発言だけを見る →合併のメリットにつきましては委員の方がお詳しいのかと思いますけれども、データ的に申し上げますと、まずは平成の合併につきまして、市町村の平均人口や面積が約一・九倍になりました。他方、議員数は約五一%の減、職員数が約一九%の減になるといったことで、一定の行財政基盤の強化が図られたものと認識をいたしております。
また、平成の合併期から平成二十三年十月までに合併した市町村に対します調査、市町村合併に関する調査結果におきますと、市町村合併による効果としては、専門職員の配置・充実、専門部署の新設などの組織・機構の充実や、職員配置の適正化などの行財政の効率化が挙げられております。市町村合併による行政能力の向上が図られたものと考えております。
他方で、行政に対して住民の声が届きにくくなっているのではないかといった課題の指摘もございますが、合併された市町村が一体感を醸成し、そしてまた、時間とともに規模の経済効果というのが現れていくこと、大いに期待いたしております。
江
江島潔#22
○江島潔君 下関でも、合併をしたことによりまして議員の数が大体合併前の百十八名から三分の一くらいになりましたので、全国的にも半分以上の議員の数が減ったと、あるいは職員の数も減少したということで、全国的には大変大きな行財政効果はあったんではないかと思っております。
一方で、幾つか今大臣も、マイナスというか、合併したことによって少しマイナスの効果も出たなというところを御指摘いただいたんですが、私は、この合併によってマイナスになったということの一つに、投票率の低下というのも、これももしかしたら合併のマイナス要因の一つだったんではないかなというような気がしてなりません。
今日では、国政選挙も地方自治体選挙も押しなべて全部投票率が下がってきまして、これは必ずしも単なる有権者の政治意識離れとかあるいは政治への無関心というもの以上に、例えば合併したことによって、行政効率のアップということもありますんですが、例えば投票所の数を相当減らしてしまったりとか、あるいは、期日前投票は確かにしやすくなりましたけれども、全般的に投票所が近くでなくなったということで、やはりお年寄りの方も選挙に行かなくなってしまったというようなことを私の周りでもよく耳にしますんですが、この行政効率を高めたことによる、投票率の低下とは直結はされてないのかもしれませんが、この辺の投票率低下に関しては総務省としてはどのような対策を講じていられるんでしょうか。
この発言だけを見る →一方で、幾つか今大臣も、マイナスというか、合併したことによって少しマイナスの効果も出たなというところを御指摘いただいたんですが、私は、この合併によってマイナスになったということの一つに、投票率の低下というのも、これももしかしたら合併のマイナス要因の一つだったんではないかなというような気がしてなりません。
今日では、国政選挙も地方自治体選挙も押しなべて全部投票率が下がってきまして、これは必ずしも単なる有権者の政治意識離れとかあるいは政治への無関心というもの以上に、例えば合併したことによって、行政効率のアップということもありますんですが、例えば投票所の数を相当減らしてしまったりとか、あるいは、期日前投票は確かにしやすくなりましたけれども、全般的に投票所が近くでなくなったということで、やはりお年寄りの方も選挙に行かなくなってしまったというようなことを私の周りでもよく耳にしますんですが、この行政効率を高めたことによる、投票率の低下とは直結はされてないのかもしれませんが、この辺の投票率低下に関しては総務省としてはどのような対策を講じていられるんでしょうか。
高
高市早苗#23
○国務大臣(高市早苗君) 投票所数ですね、これが、中山間地域等における過疎化による選挙人数の減少や、あと市町村合併などを契機とした投票区の見直しなどによって年々減少してきているというのは事実でございます。
投票率につきましては、やはり有権者が投票しやすい環境の有無というのも一定の影響があると考えられますし、また、当日の天候、選挙の争点など様々な事情があるかと思いますから、その低下の要因を一概に申し上げるということはなかなか困難なんですが、いずれにしましても、投票の権利は民主主義の基礎的な部分でございますので、各選挙管理委員会には、投票所の設置などに当たって選挙人の投票機会の確保について十分配慮するように引き続き要請を続けてまいります。
この発言だけを見る →投票率につきましては、やはり有権者が投票しやすい環境の有無というのも一定の影響があると考えられますし、また、当日の天候、選挙の争点など様々な事情があるかと思いますから、その低下の要因を一概に申し上げるということはなかなか困難なんですが、いずれにしましても、投票の権利は民主主義の基礎的な部分でございますので、各選挙管理委員会には、投票所の設置などに当たって選挙人の投票機会の確保について十分配慮するように引き続き要請を続けてまいります。
江
江島潔#24
○江島潔君 私、市長選に最初に出た頃は投票率というのは大体七〇%ぐらいあったんですが、近年の下関の同じ市長選挙が大体三〇%台になっております。これはまさしくもう民主主義の危機ではないかと思っておりますので、是非この投票率に関しましては引き続き注視をしていただければと思っております。
今後の合併に関しまして、自治体合併というものは現時点で総務省としてはどのようにお考えでしょうか。
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高
高市早苗#25
○国務大臣(高市早苗君) 今後の市町村合併でございますけれども、やはり平成十一年以来政府が行ってきたのは市町村の自主的な合併の推進ということでありまして、平成二十一年度末で一区切りはしております。しかし、人口減少社会において、全国の市町村が地方自治体として持続可能な形で行政サービスを提供していく、このためには、単独の地方自治体の活性化に加えまして、近隣市町村との有機的な連携による活性化が重要でございます。あわせて、単独であらゆる公共施設を維持管理して全ての行政サービスを提供するというフルセットの行政の考え方からは脱却していかなければならないと思います。
このような市町村間の新たな広域連携を推進していくために、昨年地方自治法を改正して連携協約制度を創設いたしました。今後は、自主的な合併、それから市町村間の広域連携、都道府県との連携など、多様な手法の中で各市町村が最も適したものを自ら選択できるようにして地域の活性化につなげていくということが必要だと考えます。
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江
江島潔#26
○江島潔君 十年前の平成の大合併のときには、かなりこれは国の強力なリーダーシップ、指導というものがあったように記憶をしております。やはり、合併に対するあめとむちというものも相当感じましたし、合併をすると相当いろいろなその後にわたっての支援がいただけるなと、これはしなかったら相当いろいろ厳しい目に遭うなというようなものを感じながら合併作業を進めたのでありますけれども。
下関の例を取り上げますと、前回の合併がちょうど五十年前の一九五五年、昭和三十年でありまして、五十年前の合併ですから、当然、その当時の合併作業、プロトコル等を知っている職員は一人もおりません。ですから、ほとんどが、皆が全く手探りでこの合併というものを進めていったところでありますけれども。山口県は比較的、知事が総務省の御出身だったということもありまして、全域的に非常に合併が進んだ地域でございます。それでも、しかし直前になって合併が破綻したところ、あるいは最初から合併をしないと宣言をした自治体もありますし、また、本市の場合でも、一市四町で合併を進めたんですが、いよいよ合併の直前になりましてその中の一つの町がこの合併に対して反対の姿勢を示しまして、そこでは最終的には自治体の住民投票を行いまして住民の方が合併賛成という意思表示をしましたので、最終的にそこの首長も合併に参加をしたということでありますけれども。
ですから、必ずしもすいすいとこの合併というのは進んだのではないわけでありますけれども、その後の、合併をしたところ、しなかったところというところにも随分今実際に差が出てきているところでありますし、そのことについてもちょっと触れたいんですけれども。
一つお伺いしたいのが、当時は、合併をしていったというその何か延長上に道州制というようなものも何となく見えていたような気がしますんですが、現実にはしかし、今私は都道府県の役割というのは非常に大きなものがあると思っておりますし、今でも市町村自治体というものとそれから国との間に都道府県というものの役割というものはしっかりと果たされていると感じているんですけれども、大臣はこの都道府県の存在、役割というものはどういうふうにお捉えになっていらっしゃるでしょうか。
この発言だけを見る →下関の例を取り上げますと、前回の合併がちょうど五十年前の一九五五年、昭和三十年でありまして、五十年前の合併ですから、当然、その当時の合併作業、プロトコル等を知っている職員は一人もおりません。ですから、ほとんどが、皆が全く手探りでこの合併というものを進めていったところでありますけれども。山口県は比較的、知事が総務省の御出身だったということもありまして、全域的に非常に合併が進んだ地域でございます。それでも、しかし直前になって合併が破綻したところ、あるいは最初から合併をしないと宣言をした自治体もありますし、また、本市の場合でも、一市四町で合併を進めたんですが、いよいよ合併の直前になりましてその中の一つの町がこの合併に対して反対の姿勢を示しまして、そこでは最終的には自治体の住民投票を行いまして住民の方が合併賛成という意思表示をしましたので、最終的にそこの首長も合併に参加をしたということでありますけれども。
ですから、必ずしもすいすいとこの合併というのは進んだのではないわけでありますけれども、その後の、合併をしたところ、しなかったところというところにも随分今実際に差が出てきているところでありますし、そのことについてもちょっと触れたいんですけれども。
一つお伺いしたいのが、当時は、合併をしていったというその何か延長上に道州制というようなものも何となく見えていたような気がしますんですが、現実にはしかし、今私は都道府県の役割というのは非常に大きなものがあると思っておりますし、今でも市町村自治体というものとそれから国との間に都道府県というものの役割というものはしっかりと果たされていると感じているんですけれども、大臣はこの都道府県の存在、役割というものはどういうふうにお捉えになっていらっしゃるでしょうか。
高
高市早苗#27
○国務大臣(高市早苗君) 地方自治法におきましては、都道府県は、広域にわたる事務、それから市町村に関する連絡調整に関する事務、それから規模また性質において一般の市町村が処理することが適当でない事務を処理すると定められております。つまり、広域自治体として指定区間の一級河川の管理や警察などの事務を担当しています。
また、人口減少社会を迎えまして、やはりこれから自治体間の連携協力を行っていくということが重要となっている中で、小規模な市町村などで処理が困難な事務が生じた場合について都道府県が補完的な役割を担うということも選択肢の一つでありまして、私は都道府県の新たな役割として考えられるところだと考えております。
都道府県がやはり各地域においてその役割というのを適切に果たすことができるように、引き続き地方行政体制の検討というものを行ってまいります。
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都道府県がやはり各地域においてその役割というのを適切に果たすことができるように、引き続き地方行政体制の検討というものを行ってまいります。
江
江島潔#28
○江島潔君 今後の自治体運営の中でやはり都道府県は大きな役割を果たされるというふうにお考えということが分かりましたんですが、御案内のように、今この都道府県というのは随分大きいところと小さいところの差がありまして、現行の憲法下ではこの参議院においても各県から一人出せなくなるおそれが非常に高まってきているわけでありますけれども、これは、選挙制度の改定ということになりますとこれは政治マターにもなるんだと思いますけれども、この都道府県というものの重要性というものを御認識をいただいている大臣としては、大臣、個人的にはこの各県から一人出せなくなってしまうかもしれないということについてはどういうふうな御所見をお持ちでしょう。
この発言だけを見る →高
高市早苗#29
○国務大臣(高市早苗君) これは選挙制度に関わることです。選挙制度というのはもうまさに民主主義、代議制民主主義の根幹を成すものでございますから、これはやはり国会において各党各会派でしっかりと御議論をいただくということが重要だと思っております。
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