予算委員会

2012-02-23 衆議院 全350発言

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会議録情報#0
平成二十四年二月二十三日(木曜日)
    午前九時開議
 出席委員
   委員長 中井  洽君
   理事 笹木 竜三君 理事 武正 公一君
   理事 西村智奈美君 理事 鉢呂 吉雄君
   理事 若井 康彦君 理事 若泉 征三君
   理事 石破  茂君 理事 小池百合子君
   理事 高木 陽介君
      石関 貴史君    磯谷香代子君
      稲富 修二君    今井 雅人君
      打越あかし君    江端 貴子君
      大西 健介君    金森  正君
      神山 洋介君    川口  博君
      川村秀三郎君    岸本 周平君
      工藤 仁美君    櫛渕 万里君
      近藤 和也君    佐々木隆博君
      瑞慶覧長敏君    杉本かずみ君
      菅川  洋君    空本 誠喜君
      高井 崇志君    高橋 英行君
      高邑  勉君    玉木雄一郎君
      玉城デニー君    津村 啓介君
      中野渡詔子君    仁木 博文君
      橋本 博明君    花咲 宏基君
      藤田 大助君    馬淵 澄夫君
      三宅 雪子君    向山 好一君
      村上 史好君    村越 祐民君
      室井 秀子君    山岡 達丸君
      山崎  誠君    山田 良司君
      湯原 俊二君    吉田 統彦君
      渡部 恒三君    赤澤 亮正君
      伊東 良孝君    小里 泰弘君
      小野寺五典君    金子 一義君
      金田 勝年君    佐田玄一郎君
      菅原 一秀君    竹本 直一君
      橘 慶一郎君    徳田  毅君
      中川 秀直君    丹羽 秀樹君
      野田  毅君    馳   浩君
      山本 幸三君    竹内  譲君
      東  順治君    笠井  亮君
      高橋千鶴子君    内山  晃君
      中後  淳君    阿部 知子君
      江田 憲司君    山内 康一君
      中島 正純君    石川 知裕君
      松木けんこう君
    …………………………………
   内閣総理大臣       野田 佳彦君
   総務大臣         川端 達夫君
   外務大臣         玄葉光一郎君
   財務大臣         安住  淳君
   厚生労働大臣       小宮山洋子君
   農林水産大臣       鹿野 道彦君
   経済産業大臣       枝野 幸男君
   国土交通大臣       前田 武志君
   国務大臣
   (金融担当)       自見庄三郎君
   国務大臣
   (国家戦略担当)
   (経済財政政策担当)   古川 元久君
   財務副大臣        五十嵐文彦君
   財務大臣政務官      三谷 光男君
   参考人
   (日本銀行総裁)     白川 方明君
   予算委員会専門員     春日  昇君
    —————————————
委員の異動
二月二十三日
 辞任         補欠選任
  打越あかし君     空本 誠喜君
  大西 健介君     高邑  勉君
  岸本 周平君     川村秀三郎君
  櫛渕 万里君     津村 啓介君
  佐々木隆博君     工藤 仁美君
  杉本かずみ君     玉城デニー君
  橋本 博明君     菅川  洋君
  花咲 宏基君     藤田 大助君
  馬淵 澄夫君     向山 好一君
  湯原 俊二君     吉田 統彦君
  渡部 恒三君     村上 史好君
  伊東 良孝君     中川 秀直君
  小里 泰弘君     菅原 一秀君
  橘 慶一郎君     丹羽 秀樹君
  山本 幸三君     徳田  毅君
  東  順治君     竹内  譲君
  笠井  亮君     高橋千鶴子君
  内山  晃君     中後  淳君
  山内 康一君     江田 憲司君
  松木けんこう君    石川 知裕君
同日
 辞任         補欠選任
  川村秀三郎君     岸本 周平君
  工藤 仁美君     高橋 英行君
  菅川  洋君     橋本 博明君
  空本 誠喜君     高井 崇志君
  高邑  勉君     大西 健介君
  玉城デニー君     瑞慶覧長敏君
  津村 啓介君     櫛渕 万里君
  藤田 大助君     花咲 宏基君
  向山 好一君     三宅 雪子君
  村上 史好君     渡部 恒三君
  吉田 統彦君     稲富 修二君
  菅原 一秀君     小里 泰弘君
  徳田  毅君     小野寺五典君
  中川 秀直君     伊東 良孝君
  丹羽 秀樹君     竹本 直一君
  竹内  譲君     東  順治君
  高橋千鶴子君     笠井  亮君
  中後  淳君     内山  晃君
  江田 憲司君     山内 康一君
  石川 知裕君     松木けんこう君
同日
 辞任         補欠選任
  稲富 修二君     神山 洋介君
  瑞慶覧長敏君     川口  博君
  高井 崇志君     打越あかし君
  高橋 英行君     中野渡詔子君
  三宅 雪子君     磯谷香代子君
  小野寺五典君     山本 幸三君
  竹本 直一君     橘 慶一郎君
同日
 辞任         補欠選任
  磯谷香代子君     馬淵 澄夫君
  神山 洋介君     湯原 俊二君
  川口  博君     杉本かずみ君
  中野渡詔子君     佐々木隆博君
    —————————————
本日の会議に付した案件
 公聴会開会承認要求に関する件
 平成二十四年度一般会計予算
 平成二十四年度特別会計予算
 平成二十四年度政府関係機関予算
     ————◇—————
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中井洽#1
○中井委員長 これより会議を開きます。
 平成二十四年度一般会計予算、平成二十四年度特別会計予算、平成二十四年度政府関係機関予算、以上三案を一括して議題といたします。
 本日は、経済(円高・デフレ・第一次産業等)についての集中審議を行います。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。津村啓介君。
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津村啓介#2
○津村委員 民主党の津村啓介でございます。
 冒頭、天皇陛下の一日も早い御回復を心よりお祈りいたします。
 さて、本日は円高、デフレからの脱却がテーマでございます。きょうは、二月十四日に行われました日本銀行の追加金融緩和、昨年夏以降四次にわたって編成されました補正予算、そして円高対策、こういった政府、日銀のマクロ経済政策の政策効果を検証しながら、デフレ脱却への道筋を議論させていただきたいと思います。
 デフレは、OECD等の国際的な定義によれば、一般物価水準の継続的下落と定義をされます。日本では、多年にわたるデフレ環境のもとで、欧州危機が発生し、また、円高、東日本大震災、そしてそれに続く原発問題、エネルギー供給の制約など、企業や家計にとってみれば、五重苦、六重苦、大変な困難な環境が続いております。
 しかし、その一方で、実体経済の制約という面のみならず、いわば心理的な側面と申しますか、将来の日本のビジョンが、あるいは政府、日銀の描く将来の経済の姿、こういったものが、新成長戦略、日本再生戦略などさまざまな形でまとめられているにもかかわらず、必ずしも国民の皆さんに十分に届いていない。あるいは、震災、原発問題などの出来事もあって、必ずしも当初予定していたほどのスピード感が持てていない。
 そうした中で、国民の皆さん、一般企業におかれましては、将来どのような分野に投資をしていけばいいのか、また事情が変わってしまうのではないか、一般家計におきましても将来への不安から消費を少し手控えている。そうしたことがさらに悪循環となって、将来の成長への期待、物価上昇への期待といったものをしぼませている面もあろうかと思います。
 こうした中、本日は、政府、日銀の描く成長戦略あるいはデフレ脱却のシナリオを再確認させていただき、日本経済、後ほど触れてまいりますけれども、いろいろと再生、復活の兆しも芽生え始めております。そうした芽を力強くサポートしていく、そして、国民の皆さんに自信を取り戻していただき、日本経済の力強い復活の年にしていく、そんな思いで御質問をさせていただきたいと思います。
 それでは議論の出発点として、まず総理、日本経済が長期のデフレに陥っている根本的な原因は何であるとお考えか、お聞かせください。
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野田佳彦#3
○野田内閣総理大臣 おはようございます。
 御質問は、我が国が長期にわたりデフレから脱却できないその原因ということでございますけれども、一つは、あのバブルが崩壊をした後に、資産デフレそしてバランスシートの調整ということが長期化をする中で、需要不足状態が続いてきているということであります。また、こうした中で期待物価上昇率が低下をしてきている、これも指摘をされていることだと承知をしております。
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津村啓介#4
○津村委員 今総理がおっしゃられたことは、少し難しい言葉でおっしゃられましたけれども、需要不足ということでありますから、物をつくって供給をする方々の経済規模に比べて、それを消費する、あるいは投資を行う、この物を買う方々の規模が少ない、そのギャップが生じている、そういうことだろうと思います。そして、そのことが企業や家計のマインドを冷やして、このままでいくと将来も余り期待できないんじゃないか、デフレから抜け出せないんじゃないか、これが今総理がおっしゃられた期待物価上昇率の低下ということの少しかみ砕いた意味なのかなというふうに思います。
 そう考えますと、やはり、まずは将来の成長への期待というものを高めていくために安定したマクロ的な経済環境を整えること、そして十年後、二十年後、あるいは五十年後の日本が、高齢化という、あるいは人口減少という大きな制約を抱える中で、あるいは厳しい財政制約の中で、しかし力強い成長を遂げていく姿、まず政府がこれをしっかりと描き、伝えていく努力が必要かと思います。
 この十数年、私は、霞が関の縦割りも一つの大きな制約になっていたのかと思います。成長戦略という言葉、政権交代直後に、当時の菅副総理・国家戦略担当大臣、そして国家戦略室長を務められた古川現大臣、御努力をされた部分でありますけれども、それまでは、毎年のように、しかも各省庁がいわば予算獲得のための一つのプレゼンテーションとしていろいろな成長戦略を出して、それがばらばらだった。そして、毎年のように変わっていた。そうすると、何を信じていいのか、企業は思い切った投資ができない。このことを変えていくというのが、この民主党政権二年半の取り組みだったんだろうと思います。
 二年半の間にもいろいろなことがありました。しかし、野田総理は、財務副大臣、財務大臣、そして内閣総理大臣として常に民主党政権の経済政策の中枢におられ、そして、今国家戦略担当大臣を務めていらっしゃる古川大臣は、まさにこの新成長戦略を取りまとめた責任者をされた方であります。この二年半、まさに一本の筋を通して民主党政権が成長戦略を描いてきた、このことをもっともっと予算あるいはさまざまな政策の中で光を当て、さらに加速をさせていただきたい。そのことが、今おっしゃられた二つのデフレの根本的な原因を、短期的な金融緩和やこういった対症療法的な政策ではなくて、デフレーションの根本原因を治す処方箋なんだろうというふうに思います。
 それでは、少しこの間の経緯を振り返っていきたいと思いますが、二年前、二〇〇九年の十一月にデフレ宣言というものがありました。古川大臣、このデフレ宣言の背景についてお伺いしたいと思います。
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古川元久#5
○古川国務大臣 おはようございます。
 津村委員には、政権交代のときから私と一緒に、まさに経済財政政策や国家戦略を努力いただきました。今お話のあった新成長戦略も一緒になってつくってまいりました。そういった意味では、まさに津村議員も本当に一生懸命汗をかいていただいた。そうしたものを今のこの野田政権でも引き継いでやっていくということでございます。
 そのことを申し上げた上で、デフレ宣言について申し上げたいと思います。
 当時の物価状況を見てみますと、消費者物価の基調が六カ月連続で前月比マイナスというふうになっておりました。また、GDPデフレーターで見ましても、季節調整済み前期比が二四半期連続でマイナスになっておりました。さらに、GDPギャップの大幅なマイナスが続いておりまして、それが物価の下押し圧力となっておりました。
 こうした状況を総合的に勘案して、今御指摘がございましたように、二〇〇九年十一月の月例経済報告におきまして、我が国経済は、持続的な物価下落という意味において、緩やかなデフレ状況にあるというふうに判断したところであります。
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津村啓介#6
○津村委員 私の記憶では、マクロ経済政策、政府の経済政策が必ずしもこの五年、十年、国民の心に響いてこなかった一つの背景には、月例経済報告などの景気判断が、実質GDPそのほか、物価の変化を取り除いた実質ベースで景気判断を行ってきた一方で、国民一般は物価上昇、物価下落を取り除くことはできませんから、まさにデフレで苦労している、そこを除いたベースで景気判断をしていたから、ある意味では国民の実感と離れてしまった、そういう面があろうかと思います。そういった意味で、当時のデフレ宣言には、物価の変化、デフレに政府がしっかりと光を当て、目を背けないぞという力強いメッセージがあったのかな、そう考えております。
 しかしながら、そのことを、短期的には、私の記憶では、内閣府の景気ウオッチャー調査という景況感を示す統計がありますけれども、デフレ宣言の直後には、おっ、これは困ったことになったということで景況感が一時的に大きく悪化をし、そこから改めてスタートを切らなきゃいけない、そういった場面もありました。
 私は、経済的な危機に政府がしっかりと光を当てることは大事だと思いますが、これから景気回復、そしてデフレ脱却のシナリオを描いていくときに、必要以上に危機をあおり続けるのではなくて、先ほど申し上げたように復活の兆し、再生の芽のところにはやはりしっかりと光を当てて、そこを伸ばしていくということにぜひ力を入れていただきたいと思います。
 デフレ宣言の直後には、政府と日銀が協調的な政策をとって、十二月だったと思いますけれども、日銀の金融緩和、そして政府の緊急経済対策が発表されました。その後も、政府と日銀の連携が密にとられる中で、最近ではようやく株価も堅調に推移をし、また、歴史的な円高も、このところ二週間ほどでしょうか、日銀の追加的な金融緩和から、やや修正されつつあるというふうに認識しております。
 今後とも、この難しい局面、政府と日銀がしっかりと連携を密にして、さまざまな認識を共有していっていただきたい。もちろん、月例経済報告、ございます。金融政策決定会合もございます。また、国家戦略会議もあろうかと思いますが、やはり総理と白川日銀総裁が直接、個人的な信頼関係も含めて密に連携をとっていただくそういった姿が国民に見える、あるいは海外にも見える、そういったことが大変重要かと思っております。不定期にお会いになるのではなくて、海外でも例のありますように、定期的に連絡をとる、そういった定期協議を御提案したいと思いますが、総理、お考えはいかがでしょうか。
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野田佳彦#7
○野田内閣総理大臣 津村委員とは、今御指摘のあった日銀の金融政策決定会合、私は財務副大臣で、津村さんが内閣府の政務官で、ともに一緒に出ていたことを懐かしく思い出します。
 そういう公式的な会合だけではなくて、日銀総裁とは頻繁にお会いをしながら、意思疎通をしながら、円高、デフレ克服に向けての問題意識を共有しながら、それぞれ政策はお互いの持ち場がありますけれども、それを克服していくことの危機感、使命感を持って、そしてお互いに理解し合うということは大変重要なことだと思います。
 その意味からも、一月の十六日に、私を含む関係閣僚と総裁、副総裁と意見交換する場がありました。そのときに、より頻繁に膝突き合わせて会うような機会をつくっていこうということになりまして、その一環としてせんだって、二月の十五日に、私と総裁が直接お会いをしてざっくばらんな意見交換をすることもありました。
 これからも頻度をどんどん高めながら、膝突き合わせてのコミュニケーションを図って、そして日本銀行としっかりと適切に連携をしていく、そういう関係をより強化していきたいというふうに思います。
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津村啓介#8
○津村委員 今までも十分なそういう意思疎通があった中で、さらに密度を高めていくということで、大変前向きな御答弁をいただいたと思います。
 ただ、総理、私の本も持ってくださっていますけれども、私、これはぜひ総理に御留意いただきたいところなんですが、会うタイミングというのが非常に思惑を呼ぶといいますか、なぜこのタイミングで会ったんだろう、では次に何があるんだろうか、不定期にお会いになるとどうしても、なぜ今というクエスチョンマークが出てきて、いろいろな思惑を呼ぶということがあります。
 私が定期協議と申し上げたのは、常日ごろからコンスタントに、もうそれはそういうものだということでお会いになる形をつくることがかえって信頼を増すのではないか、そういう趣旨で申し上げました。いかがでしょうか。
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野田佳彦#9
○野田内閣総理大臣 ある程度定期的というのは、例えば、一月にお会いしたような、総裁、副総裁、そして関係閣僚とのものはそういう考え方もちょっと検討させていただきたいというふうに思いますが、総裁と私は、余り決めずに随時お会いをして、頻繁に会うということの方がいいのではないかと思っております。
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津村啓介#10
○津村委員 財務大臣、何かございますか。
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安住淳#11
○安住国務大臣 常にさまざまなレベルで連絡をとりながらやっております。
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津村啓介#12
○津村委員 それでは、足元の経済状況に向けて少しずつ時間を前に進めていきたいと思います。
 デフレの状況は今どうなっているかということで、私は先ほど、明るい芽も少しずつ芽生え始めているのではないか、そこをしっかりと育てていくことが大事なんじゃないか、悲観論ばかりではいけないということを申し上げました。
 こちらは今お配りしているものでございますけれども、先ほど申し上げた需給ギャップですね、最初に総理がデフレの原因とおっしゃられた需要不足、どれだけ不足しているのかというグラフでございます。こちらをごらんいただきますと、二年半ほど前、これはリーマン・ショックからの大きな落ち込みでありますが、その後、リバウンド、少し回復をしてきて、震災のときに若干もたついた場面はございますけれども、また矢印が少し上に向かっている。
 そして、政府が発表している、内閣府が発表している政府経済見通しによりますと、二〇一二年、二〇一三年のGDP、二%ないしは一・五%程度の上昇が見込まれるということでございます。
 そういたしますと、これから需給ギャップはだんだんゼロに向かって、つまり需要と供給がほぼ均衡に向かうということを事実上政府がおっしゃっているのかなということかと思いますが、古川大臣、需給ギャップは今後いつごろ解消に向かうのか、教えてください。
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古川元久#13
○古川国務大臣 今委員から御指摘がございましたように、GDPギャップは現在まだ政府の試算で大体三%程度存在をいたしておりますが、政府経済見通し及び経済財政の中長期試算においては、マクロ経済の姿につきまして、実質成長率は、二〇一一年度にマイナス一%程度となった後、二〇一二年度には二・二%、二〇一三年度には、慎重シナリオで一・五%程度、成長戦略シナリオでは二・一%程度になる、そういう見込みを考えております。
 また、消費者物価上昇率は、二〇一一年度にはマイナス〇・二%程度となった後、二〇一二年度に〇・一%程度のプラスに転じて、二〇一三年度には、慎重シナリオで〇・五%程度、成長戦略シナリオでは一・一%程度、一%になるというふうに展望しております。
 こうしたマクロ経済の姿を踏まえて見ますと、二〇一二年度、二〇一三年度と、GDPギャップは徐々に解消していくものというふうに考えております。
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津村啓介#14
○津村委員 三%とおっしゃいましたけれども、数字でいいますと約十五兆円程度ということになろうかと思います。そして、その三%がまさに、慎重シナリオにおいても二年合わせれば三%、四%前後になるわけですから、二〇一三年度内には需給が均衡するということでよろしいでしょうか。
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古川元久#15
○古川国務大臣 済みません、一点だけ、私、二〇一一年度の数字をマイナス一%程度と言いましたけれども、マイナス〇・一%程度でございますので、ちょっとそこだけ修正させていただきたいと思います。
 ゼロになるかどうかは、ちょっとなかなか今のところでは、まだ確証は申し上げられませんが、解消に向けて進んでいくということは間違いないというふうに考えております。
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津村啓介#16
○津村委員 ありがとうございます。
 そうした中で、私は、この需給ギャップを埋めていくことがこれからの成長戦略のまさに最大の目標というふうに考えております。
 こちらをごらんいただきますと、十年単位で見た日本の実質GDP成長率の要因分解ということでございます。
 実績値と今後の姿がありますが、この赤くなっている部分、濃くなっている部分ですけれども、こちらは労働力人口のことですから、もう既に将来の、二十年、三十年後もほぼ数字がはっきりわかるわけですね。これから日本の就業人口、労働力人口が、もちろん、女性の働く機会、高齢者の働く機会、あるいは場合によって外国人の方々の受け入れ、こういったことで、いろいろな議論は、これはこれでしなきゃいけませんが、一方で、私たちがいわばコントロールし得る、もっと努力できるのは、生産性の向上の部分でございます。
 総理は、以前からフロンティアという言葉をしばしばお使いになり、科学技術、あるいはIT、宇宙、知的財産権の戦略、こういった分野にも大変深い御関心を持っていただいておりますけれども、民主党政権は、この科学技術政策、IT政策等でいろいろな新機軸を打ち出してきた。そのことが、残念ながら、研究者の現場の皆さん、あるいは企業の経営者の方々とお話ししていると、何か聞いたことはあるなというふうにおっしゃるんですけれども、なかなかしっかりとしたメッセージとして伝わっていない一面もございます。
 科学研究費補助金、科研費の基金化、複数年度化など、いろいろと新機軸があるわけですけれども、野田総理、民主党の科学技術政策に込められた思い、ぜひお聞かせください。
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野田佳彦#17
○野田内閣総理大臣 御指摘のとおり、科学技術イノベーションは、我が国が将来にわたって持続的に成長、発展していくための国家戦略におけるいわば主力のエンジンだというふうに位置づけております。
 そこで、昨年の八月に策定をしました、民主党政権にとって初めての科学技術基本計画では、科学技術の成果をイノベーションを通じて新たな価値創造に結びつけるような、科学技術政策とイノベーション政策を一体的に推進していくこととしております。あわせて、従来の発想にとらわれない斬新な手法も取り入れて、震災からの復興、再生を最重点としつつ、グリーンイノベーション、ライフイノベーションなどを実現し、新しい成長に結びつけることとしております。
 基本計画では、官民合わせた研究開発投資の対GDP比四%以上、政府研究開発投資の対GDP比一%が目標に掲げられております。総合科学技術会議の改組により、司令塔機能を強化し、科学技術イノベーション政策を強力かつ戦略的に推進をしていきたいと考えております。
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津村啓介#18
○津村委員 ありがとうございます。
 私もこれまで、国会議員になって八年余りですけれども、野田総理が総理になられる以前から、この科学技術の分野、宇宙の分野、リニアコライダーの議連というのも御一緒させていただいておりますが、いろいろな場面で夢を、思いを語られてきたことを思い出しております。
 古川大臣にお尋ねしたいと思います。
 先ほど、私、科研費の基金化の話をしました。そのことはちょっと私から御紹介をしますが、科研費、毎年の科学技術の予算を単年度で区切ってしまうと、三月に必ずしも必要のない大きな機械を買わなければいけない、あるいは実験の海外出張を途中で終わらなければいけない。科学技術の研究というのは時間のかかるものですから、単年度主義でなかなか整理できないところがある。研究者の方々には、いろいろな書類の提出だとか、御負担をかけてきた部分、ここを基金化という形で改善したのが菅総理、そして野田総理のもとでも随分拡充をされました。一つの大きな進歩だと思います。
 そうした中で、科学技術の方は比較的光が当たっているんですけれども、IT政策、これは、民主党政権のもとで、一方ではレガシー刷新という言い方をしますけれども、ちょっと古い形の巨大な情報システムについては、むしろ大胆な事業仕分けといいますか、かなり大幅な見直しを行っています。
 そういった意味で、表面的にはIT投資は減っているように見えるんですけれども、それはあくまでも古いレガシーシステムというものを刷新しているのであって、新機軸、ここは、古川さんはデジタルネーティブというお言葉をよくお使いになりますけれども、非常にこれからの若い世代への期待ということをIT戦略の中にもいろいろと織り込まれたと思います。少し御紹介いただきたいと思います。
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古川元久#19
○古川国務大臣 まさにこの分野も津村議員が私と一緒に、科学技術などと一緒に力を入れて、そして平成二十二年五月にIT戦略本部で新しいIT戦略をまとめて、これを六月に決めて、そして平成二十三年八月に改訂をいたしておりますが、今それを、具体的な取り組みのスケジュールに沿って、その工程表に従って確実な実施を図っているところであります。
 その中で、今お話があったデジタルネーティブと言われるような、そういう若い人たちの能力がどう生かせるか、そのための人的資源の能力の向上であるとか、あと、どこでもMY病院構想、自分の情報を病院でデータを入れてもらって、それをほかの病院に持っていく。そうすると、例えば、ほかの病院であった情報を、検査とか何かのを使えるようにする。そういうことがありますと、そのカードを持っていれば、何かどこかで道で行き倒れとか何かになっちゃった場合に、そのときにそのカードであれば、自分がどういう投薬を受けていたか、そういうこともわかって命が助かることにつながるような、そういうどこでもMY病院構想とか、あと、住民票の写しや印鑑登録証明書等の証明書を、役所の窓口以外の、コンビニなんかでとることができる行政キオスク端末の普及、そうした行政効率化及びサービスの向上、さまざまな施策は、今実行に向けてとにかく進んでおります。
 また近々、IT戦略本部をもう一回開催して、そうした取り組みの確認と新たな取り組みに向けての方向性を示していきたいというふうに考えております。
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津村啓介#20
○津村委員 IT戦略本部、知財本部など、重要な会議がたくさんございます。野田総理、古川大臣、ぜひ御出席もいただきながら議論を進めていただきたいと思います。
 白川総裁、お待たせいたしました。
 日本経済再生のために忘れてはならないもう一つの大事な柱が、私は国際協調ということだと思っております。ギリシャ問題後の金融危機の中で、国際金融のシステムのあり方が問われているわけでありますけれども、間もなく総裁がG20の方にも行かれるという中で、私は、各国が現在、自国の通貨安に向けて国際的な金融緩和競争を展開しているという指摘にも耳を傾けなければならない、そのように考えます。
 まず一つお伺いしたいんですが、現在、国内金融機関の国債保有は大変多くなっておりますけれども、長期金利が一%上昇した場合、国内金融機関の損失は、大手、地方、どのくらいになるでしょうか。
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白川方明#21
○白川参考人 お答えいたします。
 仮に金利が全期間にわたりまして一律一%上昇するというケースを想定しまして、金融機関の保有する債券価格の下落幅、損失を計算いたしますと、大手行につきましては三・五兆円、地域の銀行については二・八兆円でございます。
 議員御存じのとおり、これは機械的な前提を置いて計算しておりますので、あわせて、金利が上昇するときには貸出金利も上がるということでございます。
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津村啓介#22
○津村委員 ありがとうございます。
 国際的な金融緩和、それぞれ大変な努力をしているわけで、これからも引き続き御努力をお願いしたいところでございますが、こういった非常に国債市場のリスクとも裏表という中で、このリスクについてもしっかり見ていかなければいけないということだと思います。G20、これから行かれるわけですけれども、先ほど私が指摘いたしましたような主要国間での金融緩和競争に陥らないようにすべきという考え方につきまして、総裁の見解を伺いたいと思います。
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白川方明#23
○白川参考人 お答えいたします。
 各国の中央銀行は、自国の経済、金融の安定ということに全力を尽くしております。しかし、同時に、これだけ金融のグローバル化が進んでおる現状を考えますと、自国の金融政策が他国にどういうふうに影響し、それがまた最終的にはどういうふうに自国にフィードバックしてくるのか、そうしたことも考えていく必要があるというふうに思っております。
 そういう意味で、今議員が御指摘の点も、私、いろいろな国際会議の場で指摘をしておりますけれども、そうしたことも踏まえて、各国がしっかり政策運営をしていく必要があるというふうに考えております。
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津村啓介#24
○津村委員 ありがとうございました。
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中井洽#25
○中井委員長 この際、岸本周平君から関連質疑の申し出があります。津村君の持ち時間の範囲内でこれを許します。岸本周平君。
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岸本周平#26
○岸本委員 岸本周平でございます。
 本日は、質問の機会をいただきました。中井委員長初め与野党理事の皆様に御礼を申し上げたいと思います。
 野田総理、覚えていらっしゃるかどうか、昨年の八月、財務金融委員会の八月の総括質疑、特例公債法案と税制法案の締めくくり総括がございまして、当時財務大臣の野田総理に御質問をさせていただきました。
 あのときに、オーストラリア、あるいはカナダ、ニュージーランドなどのように財政再建が成功した国に共通のものがありましたよね。それは、財務大臣を経験した人が総理をやったときには、非常にうまく財政再建が進むという実例がありました。そのことを御指摘して、ぜひ野田総理として財政再建をやっていただきたいということをお願いしたことを覚えております。
 それで、一九五五年体制ができて、戦後の政治の中で政権交代はありませんでしたけれども、景気が悪くなりますと、実は自民党の議席数がふえるというルールがありました。景気がよくなりますと、実は社会党初め野党の議席がふえるというルールがありました。これは政治学の基本でありました。
 といいますのは、政権交代があり得ないものですから、景気が悪くなると、有権者は不安になりますから、自民党頑張ってくれということで議席を与える。景気がよくなりますと、少しおきゅうを据えようかということで野党に入れる。これは政治学の基礎であります。一方で、ヨーロッパやアメリカでは、景気が悪くなると、そのときの与党あるいは大統領の政党は選挙で負けるということでありました。
 そして、ついに、私どもが三年前に政権交代をさせていただいた。この要因はたくさんあると思います。いろいろな要因が重なって政権交代をさせていただいたんだろうと思います。
 私は、実は、選挙でいいますと一勝一敗でございまして、七年前は落選をし、四年間、街頭に立ち続け、そしてまた三年間、現職としても週末は街頭に立ち、有権者の皆様の御意見を聞いております。
 その七年間の経験で今気づいたことなのでありますが、やはりこの政権交代は、有権者の皆さんが、二〇〇八年のリーマン・ショックの後、本当に景気が悪くなって、〇九年も続きました。本当に景気が悪い中で、何とか生活をよくしたい、景気をよくしたい、どうか政権交代を、その結果として私たちの暮らしがよくなるという、わらにもすがるような思いで私たちに政権を託してくださったのではないか。
 しかし一方で、政権交代したけれども、景気はよくなるどころか、かえって悪くなっているじゃないか、本当にこの苦しい生活を何とかしてくれという思いを、私どもは街頭で聞き続けております。
 そして、私たちは、ここでいろいろな反省をすべき点があろうかと思いますが、一つに、これは私の私見ですけれども、政権がかわるということは、もし順調に政権運営がなされていれば政権はかわることはありません。つまり、本当に行き詰まってしまって、にっちもさっちもいかないからこそ政権がかわる、そのことに対する私どもの認識が甘かったのではないかということであります。
 つまり、バブルのときは税収は六十兆ぐらいありました。平時になりまして、五十兆。小泉内閣のときは、税収五十兆で借金三十兆がベースで運営をされてきました。しかし、私どもが政権を引き継いだときには、何と、二十二年度の予算は三十七兆円の税収でスタートせざるを得なかった。
 それは、私たちは、私も経済、財政の専門家とはいえ、そこは想定しておりませんでした。恥ずかしいと思います。しかし、政権交代というのは、日本の場合、本当に行き詰まって、最悪の状態でバトンを引き継ぐ、それが政権交代ということではなかったか。それに私たちは備える覚悟がなかったのではないかということを思います。
 この点について、野田総理の御見解をお聞きしたいと思います。
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野田佳彦#27
○野田内閣総理大臣 政権交代と経済、景気の関係について、大変興味深い御指摘があったというふうに思いますが、ちょうどあの一昨年の九月の政権交代のときは、非常に厳しい状況の中でバトンタッチをされたというふうに思います。今も言われましたけれども、税収が三十七兆、当初四十六兆を見込んでいた税収が三十七兆に落ち込んだ上で予算編成をするということも、私も経験をさせていただきました。
 その後でありますけれども、これは、公平に見て、前政権がまいた種も生きてきつつあったと思いますけれども、政権交代直後の九月以降、四つの四半期にわたってプラス成長になりました。残念ながら、そうした景気の回復傾向があった中で、大震災が発災をしたり、あるいは歴史的な円高となったり、あるいは今の欧州の債務危機等のような下振れリスクが続いてきている中で、今も日本経済の再生のために総力を挙げなければいけないという状況に至っているということでございます。
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岸本周平#28
○岸本委員 ありがとうございます。
 それで、今の景気対策等について質問をしていきたいのでありますけれども、実は、一九九一年からの二十年間、日本の実質成長率は約〇・九%、非常に低い成長が続いてまいりましたので、失われた二十年とも言われているわけであります。
 九〇年代と二〇〇〇年代の景気停滞の原因は少し違っていると思うんです。
 先ほど津村委員からも少しコメントがありましたけれども、九〇年代は何といっても不良債権問題、バランスシート問題で、金融機関がなかなか積極的に成長分野に資金が出せない、そうすると成長期待が失われますから、企業も家計もなかなか支出をしない、消費をしないということであります。そこで、九五年からオーバーナイト金利が〇・五以下ということで、いわゆる金利ゼロ、ゼロ金利政策というのがとられたわけであります。
 そして、二〇〇二年、二〇〇〇年代に入りまして何とか、金融機関に対しても非常に厳しい指導が行われて、バランスシート問題が徐々に解決をされていくということであります。
 そして、〇五年から〇七年、これは大変な円安バブルと欧米のまさに経済のバブルで日本の輸出産業が、本来は日本のような高い賃金でつくってはいけない、あるいは、新興国と競争するような低付加価値の製品をつくる企業は、本来、もう既にその段階では海外に出ておくべきであったにもかかわらず、〇五年—〇七年の円安バブルで実は残っておられた。今、海外進出ラッシュと言われますけれども、これは、円高が原因というよりも、実はその当時に出ておくべきだった企業が出ていかなかったということであろうかと思います、もちろん円高は大変なことですからとめるべきでありますけれども。
 しかし、二〇〇〇年代全体では非常に低成長であった理由は、これは、先ほど津村委員のグラフにもありましたが、まさに生産年齢人口が減り始めた。これはすごいインパクトです。マイナス一%の減少で生産年齢人口が減り、またこれからも減り続けるということであります。
 この辺の、二〇〇〇年代の不況について、その原因、古川大臣の御見解をちょっとお聞きしたいと思います。
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古川元久#29
○古川国務大臣 岸本議員は私が社会人になったときの最初の直属の上司で、今のお話を伺っても、大変いろいろなことを教えていただきました。本当に、私が今こうしてあるのも岸本議員に御指導いただいたおかげだというふうに思っております。そういった意味では、今お話があった岸本議員の分析というのは、私はまさにそのとおりだというふうに思います。
 やはり、九〇年代からの失われた二十年と言われているもの、過去のいわばあの成長時代、高度成長時代、そして本当は、石油ショックのころは低成長、ゼロ成長だと言われたのが、その後バブルが起きて、また、このバブルが崩壊した後も、何か、とにかく頑張っていればまたもとに戻れるんじゃないかという、そういう過去の土地神話に象徴されるような、どうしても、問題を先送りしていれば何とか景気がまた戻ってくるんじゃないか、過去に戻るんじゃないか、そういう発想があった。
 しかし、今も御指摘があったように、不良債権処理を初めとして、そうしたことの問題の解決が、私は財政の健全化はまさにそうだと思うんですが、いわばツケを先送り、先送りしてきた結果、どこかで景気がよくなれば税収が上がって返せるんじゃないか、そのことが財政赤字もどんどん拡大させてきたと思うんです。
 そうした問題の先送りに、今御指摘があったような、二〇〇〇年代に入って、前々から指摘をされてきた高齢化の問題、特に団塊の世代が高齢化になったときにはどうするんだという、まさにその問題が今現実として起きているわけですね。団塊の世代がこれからどんどん六十五歳を超えてきて、今まさに労働人口が、団塊の世代のリタイアによって、年間百万人単位でこれから三年ぐらい続けて減っていくという状況になってきます。
 こういう下押し圧力に対して経済をどう持ち上げていくか、そのことが、今低迷をしている最大の要因じゃないかというふうに私は考えております。
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