法務委員会

1961-10-27 参議院 全57発言

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会議録情報#0
昭和三十六年十月二十七日(金曜日)
   午後一時四十七分開会
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本日委員大森創造君辞任につき、その
補欠として豊瀬禎一君を議長において
指名した。
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 出席者は左の通り。
   委員長     松野 孝一君
   理 事
           井川 伊平君
           増原 恵吉君
           亀田 得治君
   委 員
           青田源太郎君
           木島 義夫君
           徳永 正利君
           鳥畠徳次郎君
           林田 正治君
           加瀬  完君
           松澤 兼人君
           田畑 金光君
           辻  武寿君
           加賀山之雄君
  衆議院議員
           鈴木 義男君
           富田 健治君
           早川  崇君
           門司  亮君
  政府委員
   公安調査庁次長 関   之君
  事務局側
   常任委員会専門
   員       西村 高兄君
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  衆議院法制局側
   第 二 部 長 川口 頼好君
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  本日の会議に付した案件
○政治的暴力行為防止法案(第三十八
 回国会衆議院提出)(継続案件)
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松野孝一#1
○委員長(松野孝一君) ただいまから法務委員会を開会いたします。
 政治的暴力行為防止法案を、議題とし、前回に引き、続いて質疑を続行いたします。
 ただいま出席の当局側は、発議者衆議院議員早川崇君、同じく富田健治君、同じく門司亮君、衆議院法制局第二部長川口頼好君であります。
 御質疑のおわりの方は、順次御発言下さい。
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田畑金光#2
○田畑金光君 私は、提案者に、対して、まずこの法律の立法の経緯についてお尋ねしたいと考えますが、政治的暴力行為防止法案がなぜ提案されたかという経緯については、一応私なりに理解を持っておりますけれども、ただ、この種治安立法は、それを生み出す社会的なあるいは客観的な条件の成熟から生まれてきたということは、よく理解できますけれども、ただ、この種治安立法は、ときに国民の基本的権利に影響し、あるいはまた、労働運動とか大衆運動に対し、非常な運用によっては悪影響あるいは侵害をもたらす危険性があるわけでございます。ことに戦後の日本の社会の民主化の過程を振り返ってみますと、戦前戦後の日本の特殊な社会条件がそうさしたのでありますが、この種立法に際しては、国民も非常に敏感であり、警戒的であるわけです。ことにまた、今日この法律案に対しまっこうから反対する、団体や、あるいは批判する個人等においても、この種法案を正しく理解して、是非の批判をする前に、むしろ一つの社会的な環境から、あるいはムードから批判をする傾向も多々あるわけでございます。こういうことを考えてみましたときに、われわれといたしましては、この種治安立法というものが、あくまでも超党派的に、各党の意見の一致の上に立って提案されることが望ましいあり方であったと、こう痛切に感ずるわけです。その意味におきまして、先の通常国会においては、衆議院段階におきまして、社会党でもテロ行為処罰法案が提案され、民社党が政治的危害防止法案を提案し、また、与党におかれても法案を準備されたわけでございます。いろいろな経緯は経たでありましょうが、それが今日、自民、民社共同提案の政治的暴力行為防止法案、こういう形になったわけでございますが、今後の審議を進める上のまあ思想的な統一をはかる上において、そういう気持もありますから、衆議院段階においてこの治安立法を手がけた当時のひとついきさつを説明を願いたい。こう考えております。
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早川崇#3
○衆議院議員(早川崇君) それでは、提案者を代表いたしまして、経過を御説明申し上げたいと思います。われわれ提案者の基本的な考え方は、終戦後得たわれわれ日本国民のただ一つの宝物は民主主義である、平和的な議会政治であると、こういう基本的な考え方に立ちまして、この民主主義をここ数年来暴力によって危機に陥れるという社会情勢が生まれて参りました。浅沼事件あるいは河上、岸殺傷事件、さらには、暴力的な集団暴力あるいは集団監禁というようなものが非常に激増して参りまして、せっかく得た宝である民主主義が脅威を受ける段階になりました。さらに、一般暴力に関しましては、非常なこれまた激増ぶりでございまして、政治的並びに一般暴力というものを何らかの意味でこの際排除するという以外に道はないと考えて参ったわけであります。そういう関係で、昨年の暮れにたまたま浅沼事件というものが起こりましたときに、共産党を除く三党によりまして、暴力排除に関する決議案というものが採択されまして、その趣旨にのっとりまして、われわれは、単に政治暴力のみならず、町の暴力をも排除しようというので、一方は銃砲刀剣類の所持禁止法の改正、政治暴力に対しましては政防法ということに進んで参ったわけでございます。次にお尋ねの、こういう法案は各党各派が一致するのが望ましいと、こういうことも、われわれも十分痛感をいたしまして、法務大臣も政府提案をいたさないで、政府提案でありました場合には、単独政府提案でありますので、議員立法という型を取ることを決意いたしまして、それ以来七、八回にわたりまして、社会党、民社党、自民党で協議を重ねたのでございます。その間いろいろ、自民党のほうも譲歩する、民社党も譲歩すると、議会政治は妥協でありまするので、譲歩に譲歩を重ねまして、最後に、社会党の方々も、この政治暴力防止の交渉委員に猪俣浩三君、中村高一君、坂本泰良君、それに、法務委員でありました畑議員と四名が交渉委員として出ておられましたが、この御四人も賛成されまして、世にいわゆる猪俣私案というものが三党の最大公約数として出て参りました。猪俣私案といりのは、御承知のように、国会乱入暴力行為を別建の法律にすると、それから政防法の中で、われわれはそう思いませんが、団体規制という面が入っております。これを乱用されるおそれがあるんではないか。法文にはそういうことはないわけでありますが、社会党並びにその背後の労組の御要望もありまして、団体規制を殺人のみに限定をいたしまして、その他は全部削除するともそれ以外は民社、自民で妥協いたしました原案によると、そうして三党で責任を持ってこの法律を通すということを決定をいたしたのが本年の四月下旬のころであったのでございますが、ところが、この交渉委員の猪俣提案といいますか、むしろ私は三党の交渉委員の妥結案と言いたいのでありまするが、この案に対しまして、自民党も党に持ち帰り、民社党も持ち帰りまして、この際、国民の強い暴力排除の要望にこたえて妥協したわけでありまするが、まことに残念なことには、三日後開かれました日本社会党の執行委員会におきまして、これを拒否するということになったわけでございます。そうなりました以上、われわれといたしましては、原案が、民社、自民で妥協いたしました案がいいと考えておるわけでありまするので、今お手元に出しましたような、もう一つ前の衆議院提案となったわけであります。その後、衆議院に提案されまして以来、参考人の御意見をお聞きいたしまして、その中で、これは恒久立法になっておりますが、そういう点、これを時限立法に直せとか、一昨日の委員会で申しました警察に対する通報義務とか、いろいろ聞くべき御意見もございましたので、そういった点も修正をいたしまして、参議院に回付されました原案になったわけでございます。
 さような経過をたどって参りましたが、われわれ提案者の意図するところは、政治目的のためには一切暴力をふるわぬようにしようじゃないか。日本では、言論の自由、選挙の自由、政治結社の自由があるわけでありますから、何がゆえに暴力に訴えにやならぬか。しかもそれは、殺人、傷害一切の暴力を排除するというのが、平和主義、民主主義に徹するゆえんではないか。これ以外に他意はないわけでありまして、一部で、これは労働者の弾圧とか、あるいは大衆の弾圧とか、治安維法だというようなことは、この法案をお読みいただきましたならば、どこにもそういう法文はないことを御理解願えるのではないか。以上がこの政防法の提案の経過でございます。
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田畑金光#4
○田畑金光君 今、提案者から御答弁がございましたが、日時の点等には、若干今御説明の内容と衆議院の審議の推移や三党の話し合いの日時の関係とをいささか混同している点もあるやにお聞きしたわけでございますが、と申しますのは、政治暴力防止法案が衆議院に出されたのが、たしか五月の十三日だと記憶しております。衆議院の法務委員会において、審議の過程において参考人の意見を聴取されて、その結果、六つの点の修正がなされたと聞いております。まあそういう過程を経て、最終的な段階において、今お話のような猪俣私案をめぐり、三党の話し合いがなされたと記憶しておりますが、経緯は今申し上げたとおりではなかろうかと、こう思います。
 そこで、私、今御答弁をお聞きいたしまして、もう一度念を押したいのは、いわゆる猪俣私案と、こう世間では呼ばれておりますが、この猪俣私案というのは、三党の折衝の結果、自民党においても共同提案である民社党においても、これをこの線で共同修正をやるということについては了承がついたのかどうか。ただ問題は、今お話のように、五月三十日に、社会党の中央執行委員会で猪俣私案がけられたということは、私は新聞で記憶しておりますが、三党の少なくとも出先の各折衝委員相互の中においては、猪俣私案というものは、社会党を含めて、これで行こうと、こういう確認の上に立って折衝は終わっておるのかどうか。この点をもう一度明確にお聞きしておきたいと思います。
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早川崇#5
○衆議院議員(早川崇君) 先ほどの経過の御説明で、時間的に食い違ったようなお話、そのとおりでございまして猪俣私案の話し合いをしたのは、衆議院に提案されたあと並行的になったわけでありますから、今仰せのとおりでございます。三党の話し合いは、もちろん交渉委員として妥結したことは、はっきり申し上げられるかと思いますし、それが終わりまして、これは非公式でありまするが、特にお名前をあげると困るんでありますが、社会党の幹部の方にもいろいろお話し合いしたこともございます。そのときは、猪俣私案では、国会乱入の別法律と原案と、三党が共同して通すという申し合わせになっておるわけでございます。ところが、それ以外に、これは公式の御提案ではありませんから、そのつもりでお聞き願いたいのでありますが、私的には、幹部の方からこういうお話もあったことを御報告して、いろいろ御審議の参考にいたしたいのは、国会乱入以外はよろしいと。しかし、国会乱入のものは社会党としては賛成できないが、実力行使とか、審議をけるとか、そういうことをしないで、反対は反対だけれども、正規のルートでこれを採決するということであればよりよいんじゃないかという御提案も私的にはありました。しかし、もちろん三党の申し合わせでは、この猪俣私案、両建になっておる私案を三党が全部共同して賛成して通すという申し合わせになっておるわけですな。それを、国会乱入だけは、社会党としては、あの当時、安保のときに浅沼さんあたりが先頭に立って入られた経過もあるから、そういう経過も考慮して、反対は反対であった。しかし、正規の審議で採決するということの含みがあれば、より三党は妥協しやすいのではないかという御意見もございました。しかしながら、正式に三党といたしましてはあの話し合いで線が実は切れたわけでありまして、今日まで特に折衝をいたしました経緯は、提案者としては、自民党も民社党もなかったと申し上げる以外はございません。
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田畑金光#6
○田畑金光君 経緯はそういう経過を経たということで、一応了承いたしましたが、先ほど提案者から、猪俣私案の内容について二つの点の説明があったわけです。すなわち、国会乱入を別建にしようということと、それから、政治的暴力行為について、殺人行為以外については、団体規制からはずそうこういうような提案であった。しかも、これについては、提案者である自民党も民社党もその線でしからば話し合いをまとめていこうこういうことになったという御説明でございますが、この猪俣私案をかりに取り入れた場合に、それによってこの法を修正した場合に、あるいは二本建にした場合に、具体的に少し条文に入りますけれども、どういうような、第何条をはずし、あるいは政治的暴力行為の内容についてどのようにこれを改めようということになるのであるかどうか。この点について、まあ立法技術的な問題などにわたりますので、法制局でもけっこうでございますが、簡単にひとつ、猪俣私案を取り入れてこの法を修正したときはこういう形になるのだということを、簡単に御説明願いたいと思います。
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早川崇#7
○衆議院議員(早川崇君) 詳細なる法文もそのときは、用意いたしましたので、現にできておりまするから、御必要であれば差し上げたいと存じまするが、大筋を申しますと、政治的暴力行為防止法案の第四条第一項第六号の、国会議事堂等への不法侵入を削除し、別に国会議事堂等への不法侵入行為の処罰に関する法律案を作成提案するという別法律になるということが一つ、二番目は、政治的暴力行為防止法案の第七条、第八条の団体規制の対象を殺人、傷害のみに限定し、他の政治的暴力行為については刑罰の加重のみにとどめるということ、この二点が中心でございます。
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田畑金光#8
○田畑金光君 御承知のように、この法律案は、参議院に送付されて参りまして、前国会の末期においては、松野議長のあっせんにより、五派会談において、この種治安立法については、各会派の意見の一致が必要と思われるから、無理に強行採決を避けて、継続審議にしよう、こういういきさつになったわけでございます。したがいまして、参議院においては、各会派とも、この委員会の審議を通じ、各会派の意見の一致を求めるために、これからさらに努力をしなければならない、こう考えております。その努力をするにあたっても、当然一つの基準に考えられるのは、衆議院段階において一応猪俣私案が出された。これが大きな基準になることも、これは必然だと考えております。そこで、社会党が執行委員会においてのまなかったから、自民党も民社党も猪俣私案を一応引っ込めて、以治的暴力行為防止法案は、最初の原案で提案をした。こういうお話でございますが、提案者といたしましては、今日の時点においても、参議院の各会派の話し合いにもちろんなって参りますが、あるいはもっと審議の過程において疑問点もあろうし、あるいはこの法律は非常に難解でございまして、そういう面において修正を加える必要もあるいは出てくるかとも考えますが、少なくとも猪俣私案の線でこの法律を修正するということについては、今でもその確信を持っておられるのかどうか、これをひとつ自民党並びに民社党の提案昔から、それぞれ見解を承っておきたいと思います。
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早川崇#9
○衆議院議員(早川崇君) われわれの念願は、こういう治安立法は、刑罰を科してひっくくるのが目的ではございません。社会教育的効果で、一般国民が民主主義、議会政治、平和主義を守るために暴力という手段を行使しないんだという断固たる決意を国民に示す、抑制的教育効果を最も重視しておるわけであります。したがって、われわれは原案をベストと考え、その通過をお願いし、また正当性を確信いたしておりますが、しかしながら、一部にそういうことに対する疑問、不案もあるから、猪俣私案というものの修正案も出たわけでありまして、もし三党並びに各会派が一致して妥結案ができまして、最初申し上げました大きい、日本から政治暴力ムードをなくするということでありますならば、自民党といたしましては、さらに提案者といたしましても、妥協するに、決してちゅうちょいたさないつもりでございます。
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門司亮#10
○衆議院議員(門司亮君) ただいまの御質問でございますが、われわれとしては、もとよりこの法案を提案するときにこの種の治案立法は、今、早川君からもお話がありましたように、刑法の一つであると考えても差しつかえないような法案であります。また、事実上刑法の一部を改正するような法律でもございますので、したがって、国民の基本的の権利と自由に非常に大きな影響を持つものでございますので、当初から、この法案は三党一致の形においてこれを出したい。暴力行為が次々に起こって参りまして、国民の世論といたしましても、これに対して何らか対処すべきであるとの世論が非常に大きいものでありましたので、それを反映して、国会でも全会一致の形で、いうならば、三党一致の形でこれを出したいということは、当初よりの念願でございまして、もう一つの問題は、したがって、この法案の審議の過程におきましては、世論に率直に耳を傾けて、そうして修正すべきものは修正をする。一応提案したからといって、今の考え方を決して固報するものではないという考え方を基本的な条件としておりましたので、したがって、審議の過程におきましても、公聴会等の意見は、ほとんど取り入れるべきものは取り入れて、六カ所の修正をいたしたような次第でございます。
 したがって、御質問の趣旨にあります、将来この法案の取り扱いをどうするかということについては、われわれは、今申し上げましたようなことが当初からの私どもの考え方であり、そういう態度で臨んでおりますので、当委員会におきましても、できれば全会一致あるいは三党一致した形において集約決定されますならば、われわれの考え方といたしましては、それに何らの異論もございませんし、むろんそういう形が望ましいのであるということを申し上げて、お答えといたします。
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田畑金光#11
○田畑金光君 先ほど御答弁の中にもありましたように、参考人の意見聴取を通じ、六つの点について修正をされたわけでございます。この党は、学者、法律実務家あるいは大衆運動の指導者、それぞれの意見を取り入れて六点の修正をなされたと、こう考えておりますが、それでもなおかつ、まだこの法案については、いろいろ疑問点や不安点が残されているわけです。残されているというのは、そういうような見方があるということです。ことに、この法律が実施されますと、大衆運動や、あるいは政治活動や、あるいはまた労働組合活動にただちに大きな影響があるかのごとく宣伝されている実情であるわけですが、そこで私、こまかなことは本日は質問をやる意思はございませんが、たとえば修正案の中で、第一条に、当初は「思想的信条」、こういう言葉が使われていたわけでございますが、その後「政治的信条」、こういうふうに直されているわけです。提案者が当初「思想的信条」、こういう言葉の中で考えられていたことはどういう内容であったのか。それが「政治的信条」、こう変わったのでございますが、これによってどういう不安が除去されたのであるか、この点をまず承っておきたいと思います。
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早川崇#12
○衆議院議員(早川崇君) 「思想的信条」とありますと、宗教上の主義とかいう問題もございます。また、道徳的な確信によって、その結果遇発的に暴力行為に出るという面もありますので、できるだけこの目的を政治的な、政治目的を達するための暴力行為という意味に限定したほうがこういう治安立法はいいのではないかという趣旨から、「政治的信条」と、明確に修正をいたした次第でございます。
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田畑金光#13
○田畑金光君 第二の点は、第三条第二項「労働組合その他の国体の正当な活動」云々ということを入れられたわけでございますが、これは、当初この法律案にはなかったわけでございます。ところが、破防法第三条には、やはり労働組合の活動についてこれを乱用してはならない等々の規定があるので、そういうような批判等もあって、第三条第二項に「労働組合その他の団体の正当な活動」、これが挿入されたように聞いておりますが、当初どうして労働組合についての規定を置かなかったのであるのか。この点について、ひとつその辺の事情を説明願いたいと思います。
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早川崇#14
○衆議院議員(早川崇君) この法律はこの立法の内容を読んでいただきますと、政治目的のための暴力行為に限定しておるわけですから、労働組合の団交なり、資本家と労働組合員との経済的闘争その他において暴力が起こりましても、適用にならないのは当然なんです。したがって、その必要を認めなかったわけでありまするが、なお念のためにこういうように入れたわけでありまして、当然のことを入れたというように御理解賜わりたいと思います。
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田畑金光#15
○田畑金光君 当然のことを入れたにすぎない、こういうことでございますが、これを挿入したことによって、労働組合あるいは大衆運動における不安が除去されたかというと、決してそうではないので、今日一部の労働団体あるいは政治団体においては、ますます政防法反対というのが強いスローガンとして掲げられてきておるわけです。特に最近、御承知のように、政策転換闘争というようなことで、労働運動の一つの闘争指標が掲げられておるわけでございますが、第一条に「政治上の主義若しくは施策」、この施策の転換ということが非常に取り上げられておるわけです。一部の組合の中には、たとえば警職法反対あるいは政防法反対、ILO条約批准促進、こういうようなこともできなくなるというような極端な曲解もありまするが、そういうことはさておきまして、この政策転換闘争という具体的な労働団体の運動が現実にあるわけでございまして、これがかりに行き過ぎて、デモから暴力行為が発生した、こういうことになってきます、あるいはまた、国会の周辺に押しかけて、それが第四条の第六号に相当するような行動に発展をした、こういうようなこと等も予測されないわけでもないわけでございます。あるいはまた、政策転換闘争に対して、対政府交渉その他政府機関との交渉の中で、あるいは暴力行為が発生する、逮捕、監禁あるいは面会強要、そういうような事態が発生することも予測されるわけでございます。そういう点から見ますと、確かに第四条の第一号、第二号の殺人、傷害、これは右翼テロ行為言いうことはよく理解できますが、一第三号以下等に、あるいは三号、四号、五号あるいは六号、こういう点になって参りますと、確かに、大衆行動に対して、その当時のこれは起きた事象によりますけれども、大衆運動に心理的な圧力あるいはこの法律の乱用によって正当な憲法上の行動が制約される、こういうこともおそれられないでもなかろうと考えておりまするが、今申し上げましたようなかりに説明において、第四条の項目に該当するような暴力行為が発生したような場合には、一体この法律の関係はどうなるのか。これをひとつ明確に示してもらいたいと思います。
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早川崇#16
○衆議院議員(早川崇君) 政治目的のための一切の暴力を排除するわけでありますから、暴力行為ということ自体を取り締まるのでありまして、団体行動自体を取り締まるわけではございません。そこで、御質問の趣旨は、殺人と傷害のみに限定すべきではないかといろ御趣旨のように承るわけでありますが、われわれとしましては、逮捕監禁とか、あるいは暴行とかというようなものも、やはり一つの政治暴力でありますから、程度は違いますが、片一方は非常に重い刑罰でありますが、それ以外のものは、程度は違いますが、暴力行為とは差別をつけないという観点から、殺人、傷害だけに限定していないわけであります。
 それから、労働組合の政治闘争に対して非常な不安があるということでありまするが、これは、この条文を読んでいただきましたならば、労働組合が政治的目的のために運動することは、一切この対象にはなっておりません。にもかかわらず、共産党や一部の労働組合が発行しておりまする機関紙を見ますると、少しでも暴力行為をやったり、国会に乱入したり、そういうことで、すぐその団体は禁止されるとか、解散させられる、あるいはまた団体交渉などの場合において、暴力、強要、脅迫というようなことで、簡単に労働組合も解散させられるおそれもある、「アカハタ」九月十五日号に載っております。私は、そういうでっち上げのうそで、一部の労働者を、いかにもこれを弾圧法だということで、反対運動せしめている実情を非常に遺憾に思いまして、そういうことは全然ないわけであります。ただし、労働組合のみならず、一般の団体にいたしましても、団体の意思として、団体の主義主張で暴力をふるってもいい、そうして暴力行為が繰り返しなされたという場合にのみ、若干の団体規制をするというにすぎないのでございますので、そういう点は、この法律を読んでいただきましたならば、世上、労働組合その他の心配されておるような法文は、ほとんど、全然といっていいほどないわけであります。したがって、そういう点の御心配は、具体的に法文のどこだということで御指摘願いましたならば、納得のいくような御説明を申し上げたいと思うわけであります。
 それからもう一つ、団体示威運動だけが、この憲法上保障された権利である、だから、テロや傷害と違うのだという御議論も、最高裁の真野元判事なども中央公論で言っておりましたが、これは非常な誤りなんで、われわれとしては、政治テロと、それ以外の暴力行為を区別する理由はないわけでありまして、テロがなぜ悪いかといいますと、政治活動の自由というものは、これは憲法で保障されております。団体示威運動の自由も、これまた憲法の保障するところであります。ただ、政治活動の自由という憲法の権利を乱用して、これを殺人や傷害という暴力行為に訴えるからいけない。同じことは、団体運動の自由は、もちろん憲法上保障されていることは、政治的活動の自由と同じでありまするが、それを乱用して国会に不法に暴力的に乱入したり、人を逮捕監禁して、つるし上げして病気にさしたり、暴行を加えたりということが悪いのでありまして、そのこと自体は、刑法におきましても、殺人だけが暴力として刑罰の対象になってはおらない。逮捕、監禁、強要も、もちろん刑法の対象になっていることでもおわかりかと思うのであります。
 ただ、この機会に、しからば一部の評論家——長谷部さんでありましたかが、何かに載っておりしたが、テロと集団暴力を同一視するのじゃないかという疑問も出されておりましたが。この法案では、決して同一視いたしておりません。そして殺人とかテロ傷害に対しては、団体の解散とか、あるいはまた、非常に重い刑罰というところで、それ以外の逮捕監禁とか、集団暴行とか、国会の不法乱入とかいうものの団体規制並びに刑罰において格段の区別をつけておる。したがって、現在反対と言われておる方々の御意見に対しましても、この法案は十分たえ得る理論的根拠に立っておるということを御了解賜わりたいと思います。
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田畑金光#17
○田畑金光君 そこで、私、いろいろ長ったらしい質問で、また答弁も長かったわけでございますが、端的にお伺いしますと、労働団体がいかなる政治的なスローガンを掲げても、あるいは政治的な目標を掲げても、それ自体は本法とは何らの関係がないことであるまた、たとえば国家公務員あるいは地方公務員、公共企業体の労働組合、公営企業体の労働組合あるいは日雇労務者、これらは、いずれも直接間接、国の予算によって労働条件がきまるわけでありますが、その団体において政府の政策転換要求を主張することは、何らこれは差しつかえない、本法とは関係ない、警職法反対であろうとも、政防法反対であろうとも、ILO条約批准促進運動をやろうとも、それ自体は労働組合運動の当然のこれは政治的主張であり、本法とは関係がない、こういう運動からかりに暴力行為が発生しても、それは、規行刑法その他によって法の処罰の対象になるにすぎないのだ、こういうことだと、こう私は理解したわけでございますが、それでよろしいのかどうか。さらに私は、この法が規制の対象としておるのは、このような政治目標を掲げることは自由であり、当然のことであるが、ただ、そのような政治目的達成のためには、第四条の第一項以下掲げたもろもろの暴力行為、こういういかなる手段を弄しても政治目的を達成するのだ、こういう機関の決定に基づいて具体的に暴力行為が発生した場合においては、本法の適用の対象になるのだ、こういうようにこれは理解しておりますがそれでいいのかどうか、あらためてひとつ御説明願いたい。こう思うのです。
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早川崇#18
○衆議院議員(早川崇君) 田畑委員の御質問の中の二点、われわれとしては是正申し上げたいと思います。第一の国家公務員、日雇労務者あるいはその他あらゆる団体が政府反対の政治運動をやっても、もちろんその点ではいいわけですが、その場合に、国家公務員の場合には国家公務員法の範囲内でと、こういうただし書きが必要かと思う。その点が第一点。
 それから第二点は、そういう政治運動、反政府的あるいはILO批准促進という団体運動の結果、たまたま起こりました傷害、暴行、器物破損、国会乱入、こういうことが起きた場合に、現刑法で処罰の対象としておるのかという御質問であったのでありますが、これは、政治目的のための暴力行為でありますから、それを犯した個人、現行犯の人は、この政防法によって刑罰が適用されるわけであります。しかし、その結果その団体の規制、たまたま組合員が出たところで団体規制にはもちろんなりません。御承知のように、この法律の第八条、第九条あたりでは、団体の意思として殺人その他の暴力行為が繰り返し反覆してやった場合という、しぼりがございますから、そういうことを団体の意思として決定して、計画的にやる団体というものではおそらくないように今御指摘された。ですから、その点は、その団体自身には何ら影響はないのであります。
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田畑金光#19
○田畑金光君 団体の意思として、機関の意思決定に基づき、あるいはいろいろ殺人団体であるならば、平素のその団体の性格やあるいは規約等に基づいて行動を起こして、それが暴力行為に発展した場合には、団体規制というようなこと等にもこれは発展するでございましょうが、私のお尋ねしていることは、機関の意思決定としては、別段暴力行為をふるって、あるいはいかなる手段を弄してもと、そういう機関の意思決定はないことを前提にして、たまたま労働団体等が政防法反対、こういうようなスローガンのもとに、国会前をデモした。その場合に、団体としては善意であり、健全な団体であったが、その団体構成の中にたまたまはね上がった者があって、第四条の第六号に該当するような住居侵入、こういう現に犯罪行為が起きた場合は、これは、刑法の住居侵入罪で処罰をするのであって、この第四条の「政治的暴力行為」としてこれを処罰するのではないというふうに解しているわけでございますが、そのような場合も、たまたまデモの中にそのような不心得者が出た場合、団体そのものは健全であったが、個人にはね上がった者があって、こういう行為に発展したという場合なども、第四条によって処断するのかどうか、適用するのかどうか、この点。
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早川崇#20
○衆議院議員(早川崇君) 団体は何ら規制の対象にはならないことは、御了解いただいたと思いますが、暴力行為を行なった人自身は、むろん計画的に行なった場合もございましょうが、偶発的に行なった場合もございましょう。そのことは、同時に殺人、テロにもいえることだし、計画的にその団体の意思でなくて、何かの政治目的のための行動の場合に、かっとなって、偶発的に反対党の者を殺したという場合にも、その個人は政治目的のために殺人をしたということで、この政防法の規定によって処罰されるわけであります。また、政防法反対ということで、国会に不法に、かつ暴力的に、計画的に、あるいはまた、偶発的といいますか、その場合はむろん情状酌量して軽くなりますが、政防法の政治暴力行為として、その個人はこの法律の対象になるわけであります。さればこそ、刑法に比べまして、殺人の場合も格段に重くしております。それ以外の政治暴力行為も重くしているのでありまして、それによって抑制効果をわれわれは達成できると考えております。
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田畑金光#21
○田畑金光君 この第六条と七条と、それから第九条を読んでみますと、第六条は、団体のためにする行為の禁止あくまでも第六条は、個人の暴力行為、政治的な暴力行為、これを対象にしているわけで、第七条、第九条は、団体の活動の制限ないし解散ということを規定しているわけでございますが、団体の活動ということでございます。この団体の活動というのは、第四条の第四項に定義が載っておるわけでございまするが、「団体の活動」ということと、第六条の「団体の活動に関し」と、こういう非常に解釈のしにくい言葉になっておるわけでございますが、どのようにこれは違うのか。「団体の活動」ということと、「団体の活動に関し」、このこととはどのように違うのか。第七条を読みますと、「団体の活動として」云々、また第九条も、「団体の活動として」、団体の活動としてやる場合には、七条あるいは九条の適用があるわけです。「団体の活動に関し」と、こうなってきますと、個人的な犯罪行為、暴力主義行為、こういうようなことで、それぞれもちろん適用が異なってきまするが、まずお尋ねしておきたいことは、非常にこれは難解で、ございますが、「団体の活動として」「団体の活動に関し」、これはどのように読めばいいのか、これを一つ解釈願いたいと思います。
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川口頼好#22
○衆議院法制局参事(川口頼好君) 率直に申しまして、第六条の場合と、それから第七条の場合とは、法文自体もそれから立案の動機においても、趣旨として若干の違いがあるということを申し上げた方がよろしいと思います。したがいまして、第四条の四項にあります定義は、第七条にはそのままあてはまる。しかし、第六条におきましては、「団体の活動として」とは書いておりませんで、「関し」とか「資するため」というような表現を用いておりますから、ニュアンスの上でも、それから、実質的な意味合いにおきましても、若干ゆるやかといいますか、柔軟性がある。第六条の解釈におきましては柔軟性がある。こう申していいと思います。
 なぜそうなっているかということでございますが、まず第七条というのは、これは、団体自体の活動を、四カ月ないし六カ月問機関紙の発行をストップしましたり、それから、集団行進その他をやめろというふうな、団体自体に対する制約でございますが、第六条というのは、おっしゃるとおりの意味がございまして、ある比較的まともな団体に、変んな、非常に飛ばっちりをしたような行動をしたメンバーが現われて、団体自体が迷惑をしておる場合も実はあるわけであります。今度は逆にたまたま一人か二人しか出なかったが、団体自体今のうちにその役員を排除しておけば、あるいは今度構成員を排除しておけば、団体自体としては公正といいますか、それほど悪くならないだろうというふうに、好意的に考えられることもございますので、したがいまして、第六条におきましては、これは俗にパージと考えてよろしいのであります。その団体にお前出入りするなと、簡単にいいましてそういうことでございますが、そういう意味の行政処分は、第七条の構成要件よりは、ゆるくしてよろしい、積極的に申しまして「関しとはどういうことかといいますと、これは、民法の不法行為にあります「業務に関し」とか、刑法で「公務に関し」とかというふうにいわれますのと同様でございまして、実質的に関連性を持っておれば足りるというふうに、つまり、団体の活動ずばりではなくて、それに関連性を持っておればよろしい、こういうふうに定義づけるものかと考えます。
 そこで、田畑先生の考えておられますのは、今申しましたことは、第四条の四項自体を詳しく説明申し上げてから、あとで申し上げた方がむしろいいかと思いますので、直接的には御質問がなかったのでございますが、若干敷衍して申し上げますと、第四条の四項におきましては、団体自体の責任を問う規定が七条と、それから(解散の指定)にございますので、ここでは非常に厳重な定義を下しまして、要するに、団体の機関意思の決定そのもの、あるいは団体の主義、方針、主張に従って、あるいは基づいてするメンバーの行動、こういうふうにしましたゆえんのものは、従ってとか、基づいてとかのゆえんのものは、先ほど早川先生から御説明がございましたように、ある団体がある政治目的のスローガンを掲げて、たまたま二、三のメンバーがとんでもない行動をしてくれた、こういうふうなものは排除する、つまり含ましめない意図でございまして、それは、団体そのものに責任を負わせる事柄ではございませんで、ここで申しておりますのは、団体自体が、例を申し上げますというと、たとえば、かっての球根栽培法というふうな、中核自衛隊というふうに、初めから暴力を肯定するような意思決定がすでに団体そのものの中で行なわれておりまして、それに基づいてそのメンバーが実力行使をした。こういうふうなものは明確な実例でございまして、しかし、普通に労働組合あたりで考えられまする、何か知らぬけれども、団体はただ政治的なスローガンだけを掲げていたが、たまたま派生的に、偶発的に、どこかで飛ばちった事件が起きたというふうなものは、これは、その行為自身は、先ほど早川先生からおっしゃいましたように、この政治暴力防止法案における特別なる犯罪として処罰されるとしましても、団体そのものの責任追及は、その第四条の定義からは当然出てこないわけでありまして、団体の活動制限というものは出てこないわけでございます。
 以上、補足して申し上げます。
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田畑金光#23
○田畑金光君 まあ大体わかったような、あるいはまだわからぬような感じがするわけですが、なかなかこれはむずかしいので、その第六条は、そうしますと、団体の活動に関連して、たまたま偶発的な犯罪行為が起きた。その場合は、団体に制限を加えるとかいうのでなくして、たまたまその不心得者を政治暴力行為として処罰の対象にしよう、こういうようなことになるのかどうか。その場合、その個人の、不心得者というものの主観的な意思というものは、一体要件として考えられるのかどうか。行為自体で、まあ客観的に一つの犯罪行為が起きたならば、第六条でこれは規制していこうとするのであるのかどうか、この辺ひとつ御説明願いたい。
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川口頼好#24
○衆議院法制局参事(川口頼好君) この六条は、七条と対照した意味におきましては、若干趣旨が違うというふうに先ほど申し上げましたが、そういう意味で、この「関し」とか、「資するため」とかという概念は、「活動として」という概念とは違いますと、こう申し上げたわけでございますが、しかし、たとえばある男が、こういう団体と関係のない男が、第三者が、何といいますか、取り越し苦労と申しますか、よけいなお世話で、自分がこういう行動をとったらあの団体が喜んでくれるだろう、こういうようなことのために、全部この団体の責任、第六条にかかってくるということは、これは不当でございますので、したがって、ここでいう「活動に関し」、「実現に資するため」というのは、一種の主観要素を言っているわけじゃございませんで、客観的に団体の活動と関連性がある、こういうふうに考えるべきであるかと思います。客観的な要件であると……。
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田畑金光#25
○田畑金光君 第六条の場合、まあ今のようなお話で、大体これはわかってきましたが、第六条のかりに第一項を見ますと、第四条第一項の第一号、これは殺人行為です。もしくは第七号に規定する行為、これは殺人の教唆、煽動でございますが、こういうような行為をやった場合に、この当該役職員あるいは構成員について六カ月、あるいは、その次を見ますと、四カ月の行為を禁止すると、こうなっておりますけれども、こういう行為自体が、あえて役職員や団体のための行為を禁止しなくても、これ自体がすでに刑法上の犯罪行為として当然処罰されるわけで、実際六カ月をこえない期間、あるいは四カ月をこえない期間活動をやめろと、こう言っても、この法律、この条文自体は無意味じゃなかろうか、なくてもいいのじゃなかろうかと、こういう感じもするわけですが、この点はどうでしょうか。
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川口頼好#26
○衆議院法制局参事(川口頼好君) 現に、今先生の御質問と同趣旨の御質問が、衆議院の段階でもあったわけです。しかしこれは、現在の破壊活動防止法の中にも、これと全く同じじゃございませんが、これとほぼ同趣旨の規定があるわけでございまして、今のお尋ねの要件は、結局本人は刑務所にぶち込まれるのだから、こんなことをわざわざしなくてもいいじゃないか、こういうような趣旨もあるのでございますが、具体的な問題といたしましては、たとえば、これですぐ起訴されまして、勾留されるというようなことで、実際上団体の活動に関与する余裕も何もなくなる場合が多うございましょう。そういう意味において、あるいは、何といいましょうか、これ自体が、直接的にこの条文がなければ非常に困るというほどのものではないかもしれません。しかしながら、常にそうだとは限りませんで、かつ、これはむしろ団体の活動に対する一種の、何といいましょうか、その団体の機能の上での非常な活動力といいましょうか、そういうものに対する影響というもの、実質的には非常に重要な影響を与えるわけでございまして、そういう意味におきましては、やはり団体自体に対する反省を求める意味と、それから団体の活動能力が、暴力というものに対して比較的無神経であったというようなものに対して、強い反省を求めるというふうな事柄におきましては、やはりこの条文は破防法と同様に必要である、こういうふうに考えております。
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田畑金光#27
○田畑金光君 時間が来ましたから、私はこの辺でやめます。
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加賀山之雄#28
○加賀山之雄君 最近といわず、私どもが非常に憂えておりますことは、暴力というものが非常に、何といいますか、随所に行なわれて、たとえば、人を殺傷するというようなことが非常に簡単に起きているように見えるのでございまして、私は、そういうことになって参っている社会的な背景と申しますか、そういうものに深く意を注いで、根本を突く必要があるというふうに考えておるものでございますが、特に政治的暴力が頻発した経緯にかんがみましてこの法律案が立案されたと理解しておりますが、その全般の、暴力全体についての考え方、またそれが現にいろいろの場所で、またいろいろのときに、集団であると個人であるとを問わず行なわれて、この社会的背景、そうして、それのよってきたる原因といったものについて、立案された先生方はいかにこれを理解されておられますか。そしてこれの根本的方策はどこにあるというふうにお考えになっておりますか。まずその点についてお考えをお伺い申し上げたいと思うのであります。
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早川崇#29
○衆議院議員(早川崇君) なかなか大きい政治のお話でありますから、われわれ治安対策を担当する者としての範囲でお答え申し上げたいと思います。
 われわれはこういうように考えておるのです。終戦後ここ数年の暴力犯罪の増加は、戦前の三倍ぐらいになっておるわけであります。そこで、われわれといたしましては、戦前、昭和七、八年ごろが一番暴力の一般犯罪が多かったわけであります。そのときに、同時に戦争前に政治暴力が一番盛んであった。五・一五事件、二・二六事件、そのころは労働組合が弾圧されておりましたから、いわゆる左翼の暴力ということよりも、政治テロが一番多かった年が、同時に一般暴力犯罪が一番多かったということになり、統計上出ております。戦後の状況を見ますと、政治暴力が一番多くなりました昨年、一昨年のころには、同時に戦後の一般町の暴力犯罪がピークをなしているという歴史上の一つの教訓があるわけであります。したがって、われわれは、当時新聞紙上あるいは評論家の中で、政治テロだけを取り締まって、一般暴力はあと回しにしろという議論がありました。しかし私は、それはいかないので、いわゆるこの一般暴力犯罪のムードの上に政治テロ、左右を問わず政治暴力が発生しておるのだ。この認識がなければいかぬということで、われわれといたしましては、政治暴力を出す前に、一般暴力犯罪をどう減らしていくかということに一年間真剣に取り組みまして、所得を十カ年で倍増するならば、ひとつ、十年といわないで、五年で暴力犯罪を半減しょう、所得倍増、暴力半減というスローガンを立てまして、いろいろな施策を講じて参っておるわけであります。昨年の二月に、閣議で、暴力犯罪防止対策要綱を作りまして、いろいろな施策を講じてきております。また、内閣に犯罪防止懇談会を設けまして、いろいろな施策を講じておるわけであります。その内容はいろいろあるわけでありまするが、二、三の点だけを申し上げますと、治安面からいいますと、暴力犯罪に対しては、刑罰が軽過ぎるということです。御承知のように、英国では、殺人の場合には、九五%までは死刑なんですね。ところが、日本におきましては、強盗殺人は英国並みでありますが、一般の暴力に対しましては、平均三年という寛大な処置をとられております。したがって、一般の暴力団なんかの暴力は、三年すれば……、あるいは仮釈放、恩赦を入れますと、むしろこれはペイするのじゃないか、いわゆる殺し屋といいますかね。したがって、暴力が引き合うような日本の刑罰でございます。それでは話にならないというので、法務大臣もわれわれの意見をいれられまして、刑法の改正というのは行き過ぎだけれども、少なくとも検察当局の起訴条件は、法律にきめられました刑の最高限を暴力犯罪に対しては求刑しようではないか。ところが、問題は裁判所の判決でありますから、判決は、今の刑法の最下限にすべてが集中しておる。そのために暴力が引き合うような軽いものになっているということが、日本の暴力犯罪がなかなか根絶できない、治安面からいいましたら、一つの大きなガンでございます。この問題をどうするか。
 それから二番目には、思想的、教育的な法秩序無視の傾向を初めといたしまして、青少年のいろいろなエログロ映画、テレビその他のいろんな影響もございます。ただ、一般にいわれておるように、経済が豊かになれば暴力が減るという考え方は、この問題については逆の現象を呈しております。戦後国民生活は二倍、三倍に復興いたしましたけれども、一般の窃盗とかあるいは強盗とかという、貧乏ゆえの犯罪は激減してきております。これは、確かに第三条件が、貧乏がだんだん減ってきておるのと並行するわけであります。ところが、一般暴力犯罪に関する限りは、経済が豊かになるのと逆比例して、逆にふえてきておる。ここに大きい問題があるわけでありまして、一般暴力犯罪をやる誘惑と、そういうその条件をむしろ経済の繁栄が作ってきておるという面に統計上重要な問題がありまするので、むしろ、やはりもっと精神的な、あるいは教育的な、あるいは政治の姿勢を——池田さんが言われる政治の姿勢を正すとか、広範な対策を必要とするのではないか、かように考えておるわけであります。で、さしあたってわれわれ政治暴力防止法案を提案いたしておるわけでありまするから、それとの関連においては、われわれは、密接な関連ありという昭和七、八年の歴史の教訓を生かしまして、前の国会におきましては、一般暴力を少なくするために、銃砲刀剣類の取締法を提案いたしたのであります。飛び出しナイフの五センチの制限を撤廃する法案を提案申し上げたのでありますが、これは、残念ながら前の国会において廃案になりました。ここで、参議院の先輩並びに諸先生方にお願い申し上げたいのは、政治暴力が同時に一般暴力と密接な関連がございますから、この加害者ですね。暴力をふるっている加害者の人権を尊重する余り、殺されたり傷つけられたりする人が泣き寝入りと、殺された者は、永遠に生命は戻ってこない。殺した者は、わずか三年でしゃばの風を吸うというそういう誤った、悪い者の人権を尊重する余り、被害者の人権をあまりにも軽視しておるのですな。現在の刑事政策、あるいはまた一般の社会風潮、これに対して、多くの善良な国民は憤っておるわけであります。どうか、そういう点につきましても、ぜひひとつ御協力なり、また御指導賜わりたいと、かように思っておる次第でございます。
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