予算委員会公聴会

1947-11-12 衆議院 全49発言

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会議録情報#0
昭和二十二年十一月十二日(水曜日)
    午前十時四十二分開議
 出席委員
   委員長 鈴木茂三郎君
   理事 稻村 順三君 理事 川島 金次君
   理事 小島 徹三君 理事 鈴木彌五郎君
   理事 苫米地英俊君 理事 庄司 一郎君
   理事 川野 芳滿君 理事 東井三代次君
      海野 三朗君    加藤シヅエ君
      河合 義一君    黒田 寿男君
      竹谷源太郎君    中崎  敏君
      中原 健次君    西村 榮一君
      押川 定秋君    川崎 秀二君
      工藤 鐵男君    古賀喜太郎君
      五坪 茂雄君    鈴木 強平君
      鈴木 明良君    佃  良一君
     長野重右ヱ門君    原 健三郎君
      山崎 岩男君    青木 孝義君
      淺利 三朗君    磯崎 貞序君
      植原悦二郎君    角田 幸吉君
      小峯 柳多君    鈴木 正文君
      西村 久之君    今井  耕君
      中村 寅太君    野坂 參三君
 出席公述人
      加藤 閲男君    柴田 照治君
      林  弘高君    江田 三郎君
      吉坂 俊藏君    羽仁 説子君
      山口 正吾君    八島  敏君
      北村政次郎君    東井 金平君
      山岸 儀一君   小笠原二三男君
 委員外の出席者
        專門調査員   芹澤 彪衞君
        專門調査員   小竹 豊治君
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本日の公聽會で意見を聽いた案件
 昭和二十二年度豫算追加案について
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鈴木茂三郎#1
○鈴木委員長 それでは開會いたします。
 昨日に引續いて公聽會を開きまして、いろいろの方の御意見を承りたいと存じます。最初に國鐵の中央執行委員長の加藤閲男君より御意見を承りたいと存じます。
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加藤閲男#2
○加藤公述人 私は國鐵勞働組合の加藤でございます。ただいまから鈴木委員長の御指名によりまして、昭和二十二年度の追加豫算につきまして、國鐵勞働組合としての意見を申し上げるわけでございますが、皆樣御承知の通り、わが組合は、去る十月二十日第二囘臨時大會におきまして、組合内の意見の對立から流會をいたしまして、その結果私どもも責任上辭職をいたしております。本日ここに國政に關して重要な意見を開陳する機會を與えられたのでございますが、はなはだ遺憾なことには、右樣の事情により、機關としてのはつきりとした見解を申し上げることができませず、一部の者、もしくは私個人の意見にわたりますことがございますことを、まずもつてお詫び申し上げておきます。實は一昨日プリントをいただきましたが、私に對しどの部面における意見を求められているのか捕捉に苦しんだ次第でございまして、はなはだ勝手ではございますが、次の二點について意見を申し上げて、御參考に供したいと、かように考えております。
 第一は千八百圓基準の是否でございます。このことについては、勞働者は實際の生活の面から、全面的にこれによつては食つていくことができないと申し述べております。また國内各層における議論においても、守るべきではあるが守られないという結論に今日到達しているのではないかと思いますので、私は單にこの追加豫算案より受けます感じだけを申し上げてみたいと思うのでございます。追加豫算の全部を見ますと、一應政府の言われる均衡主義は保たれているようでありますが、これは千八百圓ベースの犠牲においてなされているように思われるのであります。すなわち米價について見ますと、補償金を廢止いたしました關係上、買入價格が消費者價格となつておりまして、從來十キロ九十九圓であつたものが、百四十六圓餘に上つておりますし、タバコについてみても、配給のものについては値上りこそしていませんが、量を減した關係上、勤勞者にとつては、タバコは生活必需品であるのにかかわらず、配給量の不足の分は、在來よりも十二倍から十六倍に値上されたタバコを購入しなければなりません。以上きわめて卑近な表現の方法を用いたのでありますが、追加豫算が、政府の言う通り、表面上インフレに影響を及ばさない健全財政であるという體裁だけをとつても、米價及び專賣金の値上のみでも、千八百圓の維持が困難であると斷言できるのであります。いわんや、私どもが八月以來政府に折衝を續けております勞働の再生産に必要な攝取カロリー等々の科學的計算を考えてまいりますならば、千八百圓ベースなるものは、速やかに改訂さるべきであるとの結論に到達するものでございます。
 次に私は國鐵の特別會計の赤字と獨立採算制について、意見を申し述べます。まず鐵道の特別會計について申し上げて見ます。國有鐵道は、申すまでもなく國民大衆の運輸、需要を充足するという生産事業を行つているのでありますから、企業經營にふさわしい會計制度になつていなければ、能率的な運營はできないものと思われるのであります。國有鐵道の現在の制度は、一般行政官廳と同樣の消費經濟的會計制度になつておりまして、豫算制度、決算制度を初め、金錢の授受、保有金の運用等に至るまで、きわめて非能率的になつております。まず豫算制度について見ますと、鐵道經營に必要な支出は、各款項別に所要金額が豫算に計上され、國會の承認を要し、款項別豫算を超えては旅客貨物の運輸量がいかに増大しようとも、追加豫算の承認がなければ、石炭も買えないということになつておると思うのであります。私ども組合では、事業經營の特徴としての機敏に需要に應ずる措置が講ぜられるよう、まず特別會計として設置せられた根本に思いをいたし、この會計制度の改革を提唱するものであります。米國におきまする代表的な國營公共事業であるところのT・V・Aでは、その對策といたしまして、事業會計的豫算制度を採用いたしまして、純計主義による彈力のあるランプサムの豫算を認めておりまして、一般行政官廳の豫算とは、まつたく異なる原則によらせているようであります。また鐵道の收入の面も、國が經營しているという理由で、收入するとただちに國庫金としての取扱を受けるので、保有資金の運用が、きわめて窮屈のようであります。事業經營上の收入金は、ただちに事業經營に支出せねばならないのでありますから、一般會計と異なりまして、事業收入は國庫金の取扱いをすることをやめて、民業的運用が可能になるように改める必要がるるのではないかと考えております。
 次は國鐵の運賃でありますが、ややもすれば物價の高騰により、消費資材としての石炭や、鋼材の値上り、または從業員の給與を改めたりすることによりまして、運賃の改正が適當に行われていないようであります。社會主義政策實施の點からも、ひとり鐵道の立場からではなく、廣く陸運、海運、自動車等全體の政策の見地から、調整決定すべきものと考えておるものであります。そうでないと、各運輸機關の輸送力を合理的に活用することはできないと思います。船が餘つていながら、また鐵道の方では輸送力が不足を唱えながら、船舶の活用ができない、こういうようでは、國全體の立場から見ておかしいことではないかと、私ども常日頃考えておるのであります。さらにまた鐵道の輸送力の擴充、殊に戰時中の補修不足や戰災復興の資金は、特別の措置によつて捻出さるべきであり、これらのための支出に對し、赤字として責めらるべきではないと思うのであります。終戰當時國鐵の戰災被害額は帳面上約六億數千萬圓と稱せられております。現在これを補修するためには、約百倍の六百億以上を要するものであろうと思つております。戰災復興を五箇年と考えまして、現在の物價がそのまま持續するとしても、年額百二十五億圓程度は特別措置をとらるべきでありまして、また石炭價格と鐵道運賃との約合いがとれておらないという現實も指摘できるかと思うのであります。すなわち國鐵の赤字は、マル公改訂前においては、大體本年度百億未滿でありましたが、現在では百六十億近いものと見られるようになりました。このことは、マル公改訂というか、新經濟政策と申しますか、鐵道特別會計を犠牲にして行われているように思われるのであります。從つて追加豫算に表われておりまする一般會計よりの五十億の繰入れ、これは私ども當然石炭に對する價格差補給金の性格を帶びておるものと考えております。從いまして、これは繰入れということでなくして、當然返還不要の金である、かように考えております。しかもこの五十億を差引きました殘りの赤字は、日銀からの借入金の形に相なつておるようでありますが、鐵道經營というものの經營面の赤字というものは、今日政府が鐵道運賃を据置きするという社會主義的政策をとつております關係上、當然殘りの日銀繰入れというようなものについても、前に申し上げました五十億と同じような措置、すなわち返還不要という解釋を私どもはいたしておるのでございます。もつと小さい部面を申しますならば、鐵道特別會計で負擔しておりますところの地方鐵道の監督費等、行政的な費用は、海運行政の場合と同樣、當然一般會計の負擔に移すべきものと考えておりまして、その他鐵道の赤字は、鐵道自體の責任では決してないということを、私力説したいのでございます。
 次に最近國有鐵道の獨立採算制云々と言われております。私から申し上げるまでもなく、獨立採算制ということは、ソヴイエトにおいて國營事業の管理に關する一方策として採用されたものであります。このころわが國において通常用いられております獨立採算という概念とは、必ずしも一致するものではないようであります。わが國で普通獨立採算といえば、事業經營上他から何ら補助または援助を受けることなく獨立して收入で支出を賄つていくという收支適合の原則として理解されている健全財政または健全經營の別名のように考えられているようでありますが、ソヴイエトにおける獨立採算制の概念は、その内容において、このほかに別の意味をも含めているように思われます。そこで獨立採算制という言葉も、まずその意義を明確にしておかなければ、いたずらに議論を紛糾させるおそれがあるのであります。そこで獨立採算制とは何を意味するかと申しますると、はなはだ僭越でございますが、私どもは事業自體が自己の責任において事實を能率的に經營していくための制度であつて、資本主義經濟の私人企業における標準原價、豫算統制、收支適合、利潤獲得に相當する考え方を、國家の經營する事業管理に採入れようとするものである。ソ連において社會主義經濟における能率の向上、改善の方策として採用せられたものであります。從つてこの重點が能率的、自主的經營にあつて、收支適合ということは、必ずしも絶對のものではないように考えられます。このことは例を引いて申し上げますれば、たくさん例をもつておりますが、時間の關係で省略させていただきまして、私はわが國有鐵道の獨立採算制ということについて申し上げるならば、ソ連と米國におけるこの制度の成功までには、かなりな長い年月を費していることから、私はここでその見透しについて申し上げるだけの自信はもつておりません。しかしながら、原則として獨立採算制は確立すべきものであるという觀念はもつておりますが、先に申し上げました現在の國鐵の赤字をただちに、いわゆる通念的な獨立採算制に結びつけられるということは、私ども國鐵におります者としては、はなはだ迷惑に考えているものでございます。
 最後に私はこの席をお借りいたしまして、私ども國鐵勞働組合は、全官公廳の勞働組合とともに、八月十五日内閣總理大臣に對して、適正價格による生活必需物資の完全配給を裏づけとする最低賃金制の確立と、危機突破のために生活補給金の支給を要求いたしたのであります。このことは決して名目賃金の値上を要求したものではなく、實質賃金を要求したのであります。流通秩序を確立いたしまして、わが國の經濟再建に寄與せんとする勞働者の建設的覺醒であり、決してとかくの非難を受けました過去の要求と揆を一にするものではないとの確信の上に立つたものであります。でありますから、政府との交渉もきわめて平和的に一箇月餘も繼續し、政府に誠意のなきことがわかりました後におきましても、なお平和交渉の望みを捨てず、中央勞働委員會に提訴して、隱忍自重十囘にわたつて、政府と交渉を續けてまいりまして、今日に至つた次第でございます。實に要求書提出後百日になんなんとしております。聞くところによりますと、一兩日中に調停案が示される段階にまいつておると考えられますが、調停案が發表されましたならば、當然政府より豫算措置がこの委員會になされるものと考えますがゆえに、何とぞ私どもの窮境を御洞察の上、速やかにこのことを審議決定していただきまして、今月中に生活補給金の支給をしていただけるように、歳出面に官公吏の待遇改善という條項がございましたので、この席をお借りいたしましてお願い申し上げた次第でございます。御清聽を感謝いたします。
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鈴木茂三郎#3
○鈴木委員長 何か御質疑がございますか。
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川島金次#4
○川島委員 加藤さんにちよつとお伺いします。この問題は、ただいま加藤さんからふれてはございませんが、この機會にちよつとお伺いしておきたいのですが、國鐵の配置轉換が昨年あたりから非常にやかましく論ぜられておりまして、國鐵當局でも、勞働組合の方でも、この問題については眞劍にいろいろと討議された模樣でありますが、今日その配置轉換が自主的に實施されておるかどうかということと、もう一つは、人員の整理の問題がいろいろと外部からもやかましく論ぜられておりますが、國鐵自體の現況において、勞働基準法を基として、はたしで人員整理を必要とする部面があるか、そういう餘剩人員が現實においてあるのかどうかということについて、御承知でありましたならば、お聽かせ願いたい。
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加藤閲男#5
○加藤公述人 配置轉換につきましては、經營の合理化の面から、當然組合としても當局と協力いたしまして、ある程度のことは行わなければならない、かように考えまして、昨年組合側と當局側と協議いたしまして、一應現在の情勢から配置轉換手當というものを支給する方途を考えまして、これは本年三月まで實施いたしました。その後豫算の關係で配置轉換手當——これはきわめて僅少でございまして、大體住居を移轉するような場合に千五百圓を支給するという範圍でございましたが、これを本年三月をもつて打切りまして、その後配置轉換については手當もございませんけれども、われわれとしては、強力に配置轉換をしなければ、必ず一應過剩人員という目がつけられると考えてやつてまいりました。最近勞働基準法の實施に伴いまして、やはり配置轉換をしなければならないという見解から、再びこの配置轉換手當を設定いたしまして、配置轉換に協力しております。しかしながら、現在御承知の通り重勞務關係の職が足りません。特に線路工手、電力工手、機關助手というような面が非常に不足しております。これは、職名變更と申しましても、技能職でございますので、なかなかできないというような面もございます。しかも議會において新規採用を停止されておるやに政府は言つておりますので、補充がつきません。トータルの人員におきましては、私ども現在勞働基準法の實施によりまして、約二萬人ほど人が足りないという見解をもつておりますが、職別、場所別によりましては、あるいはまだ當局のいう定員について過剩人員が田舎の方にはあるかもしれません。しかしその反面におきまして、都會地においては、あるいは五割程度缺員になつて仕事ができないという部面もありますので、これらについては、配置轉換を行う一方、やはり重勞務職については、議會において新規採用を認めていただかなければならない。かように考えております。國鐵の人員過剩について非常に大ざつぱな見透しをつけられ、たとえば昭和十二年の人員は二十萬で、營業キロその他から推して現在の三倍は多いのではないかという御批評をただちに受けるのでありますが、これらにつきましては、鐵道の實相報告を見ていただけば、決して過剩人員は抱いてない。むしろ私どもは二萬人程度は新規採用を重勞務職について行わなければならないと思つております。配置轉換につきましては、組合側も本腰を入れて、都會地に人を出てもらう。ただこれがために附隨する住宅に實は困つておるという實情でございます。
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稻村順三#6
○稻村委員 私やはり現場の關係等についてよく御存じの勞働組合の方にお尋ねしたいと思うのでありますが、最近勞力過剩云々ということを言われておりますけれども、たとえていうならば、最近の鐵道の建設事業などは、請負關係の仕事が非常に多いように見受けておるのでありますが、この點について、請負關係とそれから現場の勞働者との關係を、ある程度政府はいろいろ調整することによつて、むしろ過剩人員の問題が片づく點も相當あろうかと思いますけれども、その點現場を指導しておられる勞働組合の方の御感想をちよつとお伺いいたしたいと思まいす。
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加藤閲男#7
○加藤公述人 ただいまの稻村さんの御發言は、國鐵に過剩人員があるという前提に立つての御發言のように承つたのでありますが、請負でやらせるような仕事の面には、過剩人員は絶對にない、かように申し上げたいのであります。私どもとしては、むしろ國鐵の經營の合理化という立場から、車輛その他の保守修繕、新造というものにつきましても、できるだけ外注を避けて、自分でもつております工機部その他においてやつていきたい。たとえば、極端に申し上げますならば、一つの機關車の修繕にいたしましても、國鐵の工機部でやりますれば五十萬圓で濟むものが、外注すれば七十五萬圓かかる、その差額の二十五萬圓というものは、事實みすみす國鐵は赤字に追いこまれておるという見解が立ちますので、そういうことは極力避けていきたい。ですから、私どもとしては、逆に民間にあります餘剩勞働力を工機部あたりに集中して、企業の合理化をはかつて、多角經營をしていけば問題はなかろう。かように考えております。
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河合義一#8
○河合委員 交通公社のことについて、加藤さんにお伺いしたいと思いますが、交通公社の存立については、不必要なものであるというようなことも聞いておるのです。鐵道の收入の一部分を交通公社に手數料として支拂つておるのが現状であると思いますが、この赤字の出ておる際ですから、もしあれが不必要なものであるならば、交通公社というようなものを廢止したらどうかというようなことを思うのでありますが、御意見を承つておきたいと思います。
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加藤閲男#9
○加藤公述人 私ども勞働組合といたしましては、國鐵の赤字を檢討いたします際に、交通公社が鐵道の乘車券を販賣いたしまして、その賣上金額の五分に相當する手數料を支拂われておるということについては、組合としてはきわめて疑義をもつておるものでございます。これは交通公社は當然他の部面において——講和會議でも成立いたしましたならば、鐵道の乘車券の販賣というようなことはやらないで濟むと思いますが、現在交通公社に委託しております乘車券は、戰時中國鐵職員が足りませんので、一部委讓したかつこうになつておるのであります。當然私どもとしては、早急にこれを取上げたい。しかしながら、そのことによりまして、交通公社が講和會議成立後本來の國際觀光事業に立ち上るまでの經營がやつていけないという面から勘案いたしまして、賣上實績によるところの手數料の支拂ということについて改めていきたい。これは私組合として申し上げるのでございますが、實は交通公社は非常に手數のかからない高額の乘車券を發賣する、私ども組合といたしましては軟券と申しまして、きわめて安い乘車券を枚數を多く發賣しておる。交通公社は一枚發賣して手數料が多く拂われるという矛盾は、政府との經營協議會におきまして衝きまして、經營の合理化という面から十分考えていきたい。しかし交通公社をただちにつぶすと申しますか、乘車券の發賣を取上げることによつてつぶれてしまうという面は、この交通公社のもつ講和會議後の使命に鑑みまして、私どもあまり積極的になり得ないというのが實態だろう、こういうふうに申し上げておけるのではないかと思います。
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鈴木茂三郎#10
○鈴木委員長 それでは質疑を打切ります。ありがとうございました。次の方にお願いいたします前に、ちよつとお諮りしたいことがございますが、一般公述人のうち、東京都の教職員組合から野口敏夫君と、關研二君の二人のうち一人御出席を願うことになつておりまして、昨日關研二君が本日御出席の上公述をしていただくように、皆さんの御承認を得たのでありますが、今朝同じ組合の中で、いろいろお話合いの上、同じ組合である日本教職員組合の書記長小笠原文夫君に公述人をとりかえてもらいたいという申出がございましたが、すでに委員會において一應決定をし、御承認を得たものではございますが、同じ組合のうちでのお話合いの上でのことでございますから、組合の御意思を尊重して、ただいま申出の通り日本教職員組合書記長の小笠原文夫君に代つて發言していただきたいと思いますが、御承認していただけましようか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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鈴木茂三郎#11
○鈴木委員長 それではさように決定いたします。次には全遞の柴田照治君の御意見を承りたいと思います。
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柴田照治#12
○柴田公述人 私全遞信從業員組合の交渉部長であります柴田であります。昭和二十二年度の追加豫算に對しまする私どもの意見といたしまして、いささか時間を拜借できますことは、まことに光榮に存ずるのであります。
 私どもが勞働者といたしまして、この豫算を拜見いたしまするとともに、まず感じますことは、この追加豫算が、政府におきましては非常に健全財政であるというようなことを強調せられておるのでありまするが、私ども勞働者が健全財政であるというような勞働者の立場においての見解は、まずこの豫算がインフレの要素を全然含まないこと、それから第二番目に勞働者の生活を絶對に脅かすような内容であつてはならないこと、第三番目には擴大再生産を促進するものでなければならない。この三要素が含まれなければ、健全財政とはわれわれは申上げにくいのであります。こういう三つの原則から立ちまして、本豫算をながめますると、まず第一にわれわれが勞働者の立場において強く感ぜられますのは、この中に盛られておりまするところの給與改善費、これが五十四億七千九百萬圓というように計上されておるのでありますが、この一つをとりましても、はたして勞働者の生活が完全に憲法で保障されておる、あるいは勞働基準法で保障されておるような、その線にまで政府が認めていただけているかどうかという點が、非常にわれわれは重大な關心をもつのであります。御承知の通り全遞を初め、全官公廳の二百六十萬の職員は、政府に對しまして、生活補給金といたしまして、世帶主一人二千圓、家族一人千圓の要求を出しておるのであります。この總額を概算いたしましても、すでに百億に近い數字、九十七、八億に達しておるものと、私どもは考えておるのであります。さらにわれわれは、現在の標準賃金千八百圓ベースによるところの、千八百圓の平均賃金を支給されておるのでありますが、はたして現在の千八百圓で私どもが食えるか食えないかは、豫算委員の皆樣方においては、この點については、十分お考えになつておられることではないかと考えるのであります。こういう關係からいたしまして、どこから計算されて五十四億七千九百萬圓という數字が出たか、われわれには納得がいかないのであります。御承知の通り、私どもは勞働者でありまするとともに、敗戰日本の國民であるということを十分に自覺しておるのであります。從いまして、自分の生活を守ることだけに汲々としておるのではありませんので、國家の再建、國家の經濟復興という面においては、重大なる關心と絶大なる協力を惜しむものではないのであります。しかしながら、私どもは働くがために、あすの勞働力を保持するがために、どうしても現在ある程度、敗戰國民とは言いながら、あすの勞働力をも保持し得ないような賃金では、當然あすの勞働力を保持するわけにはまいらないのであります。こういう觀點からいたしまして、私どもはただいま國鐡の委員長が申されました通り、各單産におきましては、それぞれの經濟要求というものを出してありまするし、全遞におきましては、すでに九月の二十六日に中央勞働委員會へ提訴いたしておりまするあの内容の要求を政府に出してあるのであります。この内容と申しまするのは、あるいは御承知かと思いますが、まず物價安定を基礎とするところの最低賃金の確立という方向にわれわれは進んでおるのであります。とかく安本方面からあるいはその他の方面から勞働者の賃金を上げることがインフレを促進する重大な原因であるということを言われておりますが、私どもはさようなことは絶對ない。われわれははつきり要求の中にも掲げてあります通りに、物價安定を基礎とするところの最低賃金の確立ということを要求しておるのであります。この内容を申し上げますると、非常に長くなりますので、この點は省略いたしますが、ともかくもわれわれの要求は、名目賃金から實質賃金へとはつきりした意向をもつておりまして、われわれはたとえそれが千八百圓であろうと、さらに千五百圓に下りましようと、實質的においてわれわれがそれにおいて最低生活が保障されればそれで結構なのでありまして、決して二千圓、三千圓を要求して、ただ名目賃金のみ上つたところで、われわれが食えないということであるならば、これは重大問題に屬しまするので、とりあえずわれわれは刻下の經濟の安定に即應して、われわれの要求というものを出しておるのであります。
 次にさらにこれはただいま申し上げましたわれわれの改善費のみでありますが、今言いました勞働者の生活を脅かしてはならないという見地からいたしまして、まずこの豫算の中に盛られておりますところの住宅復興資材、これが一錢も計上されておらないのであります。これは私ども要求といたしまして、まず住宅を與えてほしいというような要求もともにいたしておるのでありますが、これに對する經費が一錢も計上されておらない。なぜ住宅をわれわれは必要とするのかということを申し上げますると、われわれは一生懸命働いて大いに能率を上げて、私どもが直接從事しておりまする通信事業の復興に邁進したいのであります。最近におきまして御承知の通り、電信電話におきましても、非常に能率が低下しております。しかしこの能率の低下というのは、一體どこからくるか考えますると、われわれは決してサボつているわけではない。御承知の通り、あらゆる面の施設は、ほとんど使うに足りない、價値がないというところにもきておりますが、從業員が現在の千八百圓ベースにおいては食えないと同樣に、家がないのでありまして、全遞におきましては、東京管内によつてみましても、職場からほとんど平均二時間を通勤所要時間としておるのであります。戰災のために家がほとんど燒かれてしまいまして、東京の勤務地からはるかに離れた所に住居を構えて、この殺人的な交通機關に搖られて職場に出てくるのであります。こういう關係でエネルギーの消費もまたこれ非常に大なるものでありまするとともに、われわれはそれだけの交通費を負擔しなければならないのであります。こういう關係からいたしまして、意識的にやるのでなく、ある程度まで必然的に能率の低下ということももたらされざるを得ないのであります。こういう關係におきまして、この豫算がはたしてほんとうに勞働者の生活を脅かさないようにできておるのかどうかという點について、われわれはある程度疑問をもつものであります。
 次に歳入の面におきまして、專賣益金というものが相當高額にとられておるのでありますが、これらを見ましても今度はタバコにおきまして厖大な間接税が徴收されることになつておりますが、私どもが千八百圓におきまして、今度タバコが一箇五十圓というようなあの價格が、われわれにおいて、はたして消化できるかどうかという問題も考えられるのであります。現在われわれは千八百圓でほとんど赤字の續出というような飢餓のどん底に追いこまれております上に、さらにわれわれがあのほんの一分か二分のひまを見て疲勞を囘復するところの嗜好品さえ、ほとんど手に入らないという状況になつてくるのであります。こういう關係からいたしまして、間接税の増額ということは、われわれにはほとんど納得がまいらないのであります。そのほかに、こういう財源というものは、こういうものにかけなくても、さらにやみその他のいわゆる新圓階級から、ある程度の技術をもつて徴收できるのではないかというふうに考えられるのであります。
 次に第三番目に、擴大再生産を促進するものであるかどうかという點について、われわれは一應考えてみなければならないと思うのであります。後ほど日本教員組合の方から、この問題についてある程度お話があるかと思いますが、六・三制の問題におきましても、この公共事業費が五十二億四千六百萬圓の中に、わずか七億という數字が計上されておるのでありますが、この問題におきまして、日本の將來を荷うところの第二國民の教育機關であるところの經費というものが、わずか七億で、はたして完全なものであるかどうかという點を、われわれは考えざるを得ないのであります。これは擴大再生産という方面から、あるいはちよつと離れるかもしれませんが、しかしながら、人的要素において當然この問題が考えられなければならないと思うのであります。この重大な教育費がわずか七億である。こういう點におきまして、はたして七億でやれるかどうかは別問題といたしまして、現在地方の教育機關というものは、ほとんどその校舍さえ完全なものはないというような状況、さらに加えて、人件費の關係で低賃金なるがゆえに、先生というものは、ほとんどないという始末、一體これはどこから來るかということが問題になつてくるのでありますが、これは政府の千八百ベースによるところの經濟政策というものは、ほとんどそれの重大な要素をなつておるということを、私たちは考えられるのであります。と申しますのは、先生を雇うにいたしましても、千八百圓の低賃金では、だれが來て、はたして完全に教育について徹底的な精力を傾けてやられる氣が起きるか、それからさらに千八百圓で安んじて生活が保障できるかどうかということを考えたときに、先生になる人はおそらくないのではないか、さらに校舍の面におきましても、現在のような低廉な納得のいかないような公定價格におきましてこれを建てようとする政府の考えからして、だれがこれを請負つて建てる人が世の中にあるかというような問題から考えますと、校舍も必然的にそれが生れてこないという結果になるのであります。
 要するに、擴大再生産をもたらすには、どうしても勞働者の賃金というものを、勞働者の生活というものを保障しない限りにおいては、これは人的要素はほとんどだめであるということを、われわれ勞働者としては考えるのであります。さらに生産價格におきましても、現在の物價におきましては、それはほとんど皆さんが御承知と思いますが、採算のとれる價格というものは、はたしてほんとうにあるのかないのかということを考えますと、われわれはないと斷じたいのであります。かりに米一升にいたしましても、私どもは——私は千葉縣に住んでおるのでありますが、大體私どもが調査をいたしますると、生産費というものは一升について五十三圓程度かかるのであります。千葉縣の農地課において發表いたしました數字は、四十三圓という數字を示しておりますが、これとても今度の供出價格というものは大體五圓五十錢から三倍程度の十七圓、あるいは奬勵金を入れまして十八圓程度になつておりますが、その五十三圓と十八圓のこれだけの開きがありまして、はたして農家が供出意欲ができるかどうかという問題を考え合わせますと、工業生産品においても、當然かような面が十分にわれわれはうかがえるのであります。こういう關係からいたしまして、あらゆるものが納得した價格において取引されない限りにおいては、當然擴大再生産というものは、もたらされないのではないかというようにも考えられてくるのであります。從いまして、全遞におきましては、やはりこの面も取入れまして、適正價格によるところの完全配給、それを基礎にした最低賃金ということもうたつておるのでありますが、このようにいたしまして、適正價格を設定することによつて、擴大再生産はさらに促進されていく。生産が上つてまいりますれば、それがある程度まで配給ルートに漸進的に乘つかつて國民經濟、國民生活というものが漸進的に保障されていくといつたようなことも考えられてまいるのではないかと思うのであります。こういう關係からいたしまして、まずもつて適正價格を設定することによつて擴大再生産がさらに促進されていくようなことは考えられてくるのであります。こういう關係からいたしまして、まず私どもの考えるこの三原則の方から考えても、この追加豫算がはたして健全財政を意味しておるのかどうかという點が、われわれには非常に疑わざるを得ないように考えられるのであります。
 以上非常に箇單ではありますが、勞働者の意識から考えて、そうして勞働者の立場における健全財政という面から考えまして、今次の追加豫算にわれわれは全面的に承服できないということを述べまして、私の意見にかえるものであります。
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鈴木明良#13
○鈴木(明)委員 ちよつとお尋ねいたします。全遞の從業員諸君が、職務に十分機能を發揮しておるかという點と、もう一つは、全遞の先ごろの集團缺勤の實相をひとつこの機會にお聽かせ願いたいと思います。
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柴田照治#14
○柴田公述人 お答えいたします。全遞從業員が職場において完全に機能を發揮しておるかどうかという點については、私は完全に機能を發揮しておるとはつきり申し上げたいと思うのであります。しかしながらそういつたただいま私の申し上げました施設面において、あるいは給與面において、全機能を發揮することのできないような状況下におかれておりますので、私どもは全機能を發揮するその努力については、全面的に努力しておると申し上げたいのでありますが、ただそういうような状態にあるがために、全機能を發揮することを阻まれておると、かように答えたいと思すのであります。
 それから第二番目の集團缺勸の状態でありますが、これは新聞等において政府から山ねことか、あるいは最近においては山犬というような非常にありがたい名を頂戴しておるのでありますが、この點につきましても、われわれはこれを一つの組織によつて戰術としてそのような集團缺勤をとつておるものでは決してないのであります。ただいま申し上げました通り、勤務地の近くに家がない、從つて皆二時間も三時間もの距離から通つてくる。そういつた最近におけるインフレの高進と、給與がこれに伴わない結果、すでに交通費さえ拂えぬ状況下に追いこまれておるのであります。さらにそういつた通勤者が大體各局における三割もしくは四割を占めておりまする關係上、そういう通勤費のない關係で、缺勤者が續出してくる。そういう關係で、まだ缺勤する状況に追いこまれない人たちが、そういう人たちの穴埋めをして、一つの仕事についておるその人たちの仕事を分擔しておる關係上、そういうような分擔していることからして、長期間の勤務というようなものに禍いされまして、必然的に健康も害してくる。さうして勞力さえもほとんど盡きてくるというような關係からいたしまして、相當程度の大きな人數が、ともに倒れていくというような状況になつてまいるのであります。從いまして、これははつきり申し上げますると、中郵におきましても、さらに日本橋におきましても、關西方面の大阪中郵、あるいは神戸中電等におきましても、そういつた状態にあるのでありまして、決して各人が申し合せて休むというようなことではなくして、ただそういうような状態にある人たちが非常にたくさん出てまいつて、日を同じうして休んだというような必然的な現象なのであります。
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長野重右ヱ門#15
○長野(重)委員 きわめて簡單に承りたいと思います。ただいま千八百圓ベースの問題について、いろいろと詳細に承つたのでありまするが、大體常識としまして、職員の最高給與と最低給與はどれくらいであるか。それとももう一つは、定員に對する現在全遞の缺員状況はどういう姿になつておるか。もちろんこの點につきましては、地域によりその他によりまして差異があることは承知いたしておりまするが、全遞で調査をせられた大體の事柄を、簡單に承りたいと思います。
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柴田照治#16
○柴田公述人 本日はその資料をもつておりませんので、確たる數字を申し上げるわけにはまいらないのでありますが、もちろん家族數、あるいは地域、そういつたものによつて、收入というものは違つてまいりますので、この點はひとつ御了承願いたいと思いますが、大體最高三千五百圓程度、それから最低八百圓程度ではないかというふうに考えられます。それから現在の缺員状況でありますが、これも資料が本日まいつておりませんので、はつきりした數字は申し上げられませんが、大體東京遞信局管内では二割程度の缺員を生じておるようであります。
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鈴木茂三郎#17
○鈴木委員長 それでは次に興業組合——これわ映畫演劇の組合でありますが、興業組合連合會の常任中央委員の林弘高君より御意見を承ります。
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林弘高#18
○林公述人 ただいま鈴木委員長から指名されました日本興業組合連合會中央常任委員林弘高であります。本日は興業組合連合會及び日本映畫演劇勞働組合竝びに全國映畫演劇勞働組合、三者を代表しまして意見を述べるのであります。
 すでに新聞紙上で御承知でありましようが、映畫に對する課税の方針というものが、あまりにも重税であり、あまりにも苛酷であるという點に關しまして、われわれ業者一同は蹶起して、去年九月十一日以來、まさに本日まで連續的にこの入場税の引上に對して反對してきたのであります。すでに十五割という税額の引上に對しましては、これをあらかじめ察知しまして、九月二十六日において、まず全國の先がけとしまして、日本劇場において日本興業組合連合會、竝びに日本映畫演劇勞働組合、全國映畫演劇勞働組合、これが全部集まりまして、自由黨から上林山代議士、田口代議士、民主黨から並木代議士、社會黨から松谷代議士、第一議員倶樂部から堀江代議士、農民黨から北代議士、共産黨から林代議士、各代議士の諸氏にお集まり願いまして、その意見を聽きましたところが、完全にわれわれは反對である。かくのごとき大衆課税をもつて日本の文化の向上と言い、文化國家と言うようなことはけしからぬというようなことを個人としてわれわれ關係者に傳達し、また同時にこの入場税の反對に對して、絶對にわれわれも反對である。議會はこぞつて反對であるというところまでもつていこうというような公約にひとしい意見をわれわれは頂戴しておるのであります。しかるにやはりその公約にひとしい言明は、殘念ながら非常に微弱で、十五割というものは決定的であるというようなところに到達しましたので、改めて十一月一日にまず東京においてこの反對に對するデモを敢行しまして、この會衆は約五千人、これに對する反對デモを決行したのであります。同時に鈴木委員長に面會しまして、かくのごとき重税を課するということは、いたずらに文化の向上を阻害し、しかも大衆に對する課税である。いかにこれが國民生活は對する影響がある重大問題であるかということを述べて、これに對する善處方を要求したのであります。われわれは映畫演劇のことにつきまして、とやかく言うことは、すでに遲いのであります。皆さん御承知でありましようし、映畫の重要性、演劇の重要性ということに對して、再びこれに言及することは、われわれは殘念であるのであります。しかし戰前戰後を通じまして、わが日本においては、文化、映畫、演劇、殊に大衆文化に對する關心というものは、非常に低く、戰時中はやはり丙種であります。さりとてこれに對する利用の方は、甲種以上の利用をもつて、あらゆる面においてわれわれは戰爭能力に對して驅使され、映畫界は、縦横に活動されたのであります。しかしながら、やはり依然として戰後におきましては丙種産業の域を脱し得ず、二十二年度の通常豫算においては、約二十三億四千八百萬圓で、非常に入場税も樂である。非常に課税の對象も樂であるというような方面からしまして、おそらく今度の五割増税、十五割というような苛酷な税が課せられるように考えられるのでありますが、われわれは、まず第一にこの十五割も増税した場合におきまして、ほんとうにそれによつて四十五億が徴收し得られるかどうかということを檢討したいと思うのであります。すでに皆樣御承知でありましようが、十五割の増税によつてどうなるかということを數字的に説明しますと、われわれが業界で調査しましたところによりますと、八月の調査でありますが、二十一年の八月から二十二年の七月にかけまして、全國の映畫演劇動員數は、五億六千三百萬人であります。これに對しまして、この九月の一日以來最高五圓の入場料では、われわれはやつていかれないというので物價廳の方竝びに議會諸氏の後援によりまして、これが十圓となりました結果、どういうふうな動員數になつたかという結果を調べてみますと、全國を通じまして、約三割五分の動員が減つたのであります。これを數字的に調べますと、約五億六十三百萬人から三割五分減りまして、三億六千五百九十萬人であります。この推計からしまして、われわれが十圓と限られましたその最高價格、そして演劇が二十五圓、二十圓、アトラクシヨンが十五圓というようなことを推定しまして、一番安い五圓から上は二十五圓で、これを平均しますと約八圓五十錢になるのでありますが、これを頭數から出しますと、約三十一億一千五十八萬圓見當であります。こういうふうなことからしまして、これが入場税が十五割に上ることによつて、どういう變化が起るかということをまず推定しますと、これもまた二割五分動員數が減るのじやないかということが、われわれ業者の長年の勘によつて想像できるのでありす。二割五分減りますと、またまた減りまして、五億六千三百萬人の一箇年の動員から割出しますと、二億七千四百五十萬人というような數字が、概算できるのであります。これをもちまして、約平均額の八圓五十錢をかけますと、當然に出る公衆負擔の面、いわゆる大衆から徴税する面が、二十三億三千三百萬圓、こういう數字になるのであります。これをもちまして、ほんとうにこれに十五割かけるとどうなるかというと、約三十五億の數字が出るのであります。三十五億の數字と申しますと、これはわれわれがかつて考えました五億六千、業界では一箇年を通じて六億と申しておりますが、六億を動員することによりまして、八圓五十錢で平均すると五十一億であります。最近において三割五分というように、入場料が十圓に上りまして、そうしてこれに對する十割の税金、現行法をもつてすると五十一億の税金が漸次囘復するじやないかと考えておるのであります。しかしかてて加えまして、今日の配電状況であります。政府は今度の豫算で、こういう數字をあげましたが、この税の對象である公衆の面を考えておるのみでありまして、完全に興行できる營業状態を無視しております。これは現在民間において困つておりますように、配電關係というものは、この休電關係が、たて續けに惡いところでは一週間休んでおります。東京のような六大都市においては、まず一週に三日休んでおります。地方の進駐軍に關係ないところは五日休みまして二日間、その二日間もわずかに二、三時間しか興行できない、この面から想像しまして、この二日ないし三日、多いところで五日というような面をば考えてみますと、この點滅方法とても計畫的にやつておるわけではありません。萬事波状的な節電方法をもちまして、進駐軍關係にあらざる都市は、全部波状的な送電であります。そのために客は安心して館にこない。はいると同時に消える。それもあすくればいいとか、あさつてくればいいという確固たる目安がないのであります。そういう點から考えて、現在の數字というものは、單に全部の電氣關係が完全にできたものとしての一つの政府の豫算であります。現在横に流れておる電氣の配給というものを相當に無視した考えであります。こういうような考えで、政府がやつておるということ自體が、非常にわれわれとしては、いかにこの政治が貧弱であり、ただ數字の面だけを考え、業界のほんとうの面をば考えておらぬかということがはつきりわかるのであります。もう少し業界と密接な關係をもち、もう少し業界の動きを考えて、この租税が少くとも四十五億要るならば、これに對する徴收方法というものはもつと他にありはしないか、ただ數字の面だけで五割の増額を考えて、これでもつて、この六十五億の七〇%、全國の入場税の七〇%は映畫であります。演劇は一五%、演藝が七%、その他スポーツとか、あらゆるものにおいては約八%であります。そういう一番大事な面における徴收方法は、實に曖昧模糊とした數字から割出したものであります。こういう面をそのままやつておることによつて、われわれはどういう結果を招くかということを考えますと、現在これは單に興業者だけの聲でなくて、これを動員することによつて經營が成り立たないと思うのであります。成り立たないことによつて、勞働者の生活の安全が期し得られない。かかることによつて、かつて絶えず對立しておつた勞資が、この線におきましては完全に一致して全部が反對であります。この反對の聲はどこにあるかということをいま少し考えてみますと、御承知の通り、映畫演劇にはやみはありません。しかるにその他におきましては、全部がやみであります。この成りたち得ない入場税の増額によつて、われわれはいかにしても從業員の生活の安定を確保することができない。ただいま話しました一つの動員數の減ることによつて、完全にわれわれは從業員の生活の安定を確保できないということが、十分に言えるのであります。試みに全國におきまして、映畫館は約二千館ありますが、このうち平均大體月十五萬圓見當の館が約千七百館、封切館と申しまして月約四十萬圓以上の館が約二百館あります。その他月四萬圓というような、非常に寒村僻地のところにあります館が、約二百館あります。この全部の館の經營から考えまして、もしこれが現在電氣の配給も十分であり、そうして十分な資材の供給のもとにわれわれがやるならば、現在映畫の製作、映畫の興行、演劇の興行について、決してわれわれは政府に訴えて税金の増額に對して反對はしないのであります。御參考までに興行の内譯を申し上げます。興行の大體の經營状態として、普通總興收の五割三分を映畫とニユースにあてておる。一割五分は家賃にあてておる。それから一割ないし一割二分を宣傳費にあてておる。その他あらゆるこまかい消耗費を一割とみておる。人件費は一割ないし一割五分と仰えておる。これをもつてしても、總計九八%、利益を度外視しても、大體九八%ないし九〇%が現在の興行の總經費でありまして、これに對する業者の利益は一割ないし、現在最低で二分ないし一分という低額であります。これをもしただいまの數字をもちまして、電氣の配給が現在の一週間に二日ないし三日、あるいはきついところで五日というようなところを參酌しますと、大體興收そのものは約半額になります。二十萬圓が約十萬圓、五十萬圓が約二十五萬圓、大體そういう數字でありますので、經營は落ちないが、收入は全額においてまず半減するので、業者は經營不能になり、當然從業員の生活に對する保障ができない結果になるのであります。これが現在の業界の非常なあからさまな状態であります。ここに全國的に期せずして從業員も經營者も一體となつて、この入場税に對して反對をする根據があるのであります。われわれは往々にして敗北しに國民は映畫を見る必要がないではないか、芝居を樂しむ必要がないではないかというようなことを聞くのでありますが、一國の文化は、そういうような戰爭に負けたとか、負けないとかいうことに大きな影響をします、あすの勞働に對するほんとうの慰安は、今日映畫、演劇をおいて他にないと思うのであります。しかるに最近映畫も必要であるが、映畫の影響はよろしくない。戰後エロチツクな、非常に下劣な映畫が多いではないかということをまま聞くのでありますが、元來戰前戰後を通じて、日本ほど大衆映畫、演劇に對する關心をもたない政府は、おそらく今日まで聞いたことがないのであります。少くとも文化の向上、文化の基礎は、政府それ自體がそれに對して關心をもつ、もたぬによつて、その推進力に大いなる進歩發展があるのではないかと思うのであります。しかるに殘念ながら、わが國においては、あらゆる面から考えて、未だに丙種産業からこれが脱し得ないというところに、國會それ自體、いわゆる政府それ自體、これに對して關心をもたないことを物語つている。そこにわれわれ民間の藝術、民間の娯樂、民間の文化というものが發展し得るかどうか、はつきりわれわれはつかみ得ると思うのであります。今日この状態でいきますと、まず映畫も當然でありますが、最近の状態においては、芝居は滅亡に近い状態になつておる。戰前と比べますと、約二千百館ありました映畫演劇の興行場のうち、約三割は芝居の館であり、演劇の館でありました。ところが最近におきましては、燒けた關係もありますが、芝居はすべて中央からシヤツト・アウトされて、ようやく地方においてその餘命をつないでおる状況であります。それはなぜかというと、今の丙種産業もさようでありますが、あらゆる面から考えて、芝居に對する動員數が少くなる。芝居は映畫と違いまして、映畫はかりに千萬圓かかりましても、プリントが約十五本ないし二十本つくられますので、この點まだ十分な進歩發展がありますが、最近においては、芝居に對する關心、芝居に對する大衆的力が、今日の状況でいきますならば、全部が全部物資の暴騰、俳優の暴騰、その他入場税の苛酷な課税によつて、すべて芝居を見るよりも、映畫の方がいい状況になつておるのであります。最近の有樂座の調査によりますと、これはちよつと高級でありますが、昭和十七年十一月と本年十一月の公演費、入場税、入場料金の對比をあげてみると、仕込みその他の經費から考えて約三十八倍になつております。これはエノケンを參考にしたものであります。それから昭和十七年と今日と比べますと、今日入場料は四十圓で抑えられている。昭和十七年の入場料は、わずかに二圓五十錢、それから考えますと、入場料は十六倍でありまして、諸經費は三十八倍、これでは當然バランスとれない。あれほどはいつた芝居がどうして赤字であるかという點は、こもごも話しますとわかるのでありますが、まず經費の膨脹、あらゆる面における人件費の膨脹という面において、芝居というものは、當然今日成り立ち得ないという點が、あらゆる角度からはつきりしたのであります。この點に關しても、芝居というものは、必要であるかないかという點等も、もう少し考えていただかなければならぬと思います。なお歌舞伎でありますが、これは國家に必要な歌舞伎であるという一つの考えもありますし、また殘しておかなければならぬ傳統的なものの一つであります。この歌舞伎でさえも、本年の七月、八月に對する赤字は、七月は約十五萬、八月は大體百二十萬の赤字が出ております。八月の興行はたまたま吉右衞門が倒れました結果でありますが、これとて倒れなくても、やはり二十萬近い赤字が出るのであります。あらゆる面から考えて、芝居ですら入場税の増額によつて、ますます偏頗的に一般大衆が見られなくて、やみその他やみの階級に近い人しか見られない芝居の状況であります。こういうことが、國の政治としていいか惡いかということも、一考していただく必要があるのではないかと感ずるのであります。同時にわれわれが考えておりますのは、現在の免税點は約二圓であります。この二圓の免税點で何ができるか。六・三制を考えても一番必要である學生の面とか、あらゆる面から考えて、免税點がただ二圓であるというのは、申譯的な數字であると思います。これとてももつともつと必要であれば、最低五圓までの免税點に引上げていただいて、よき映畫であるならば、これを學生諸子に免税で見せるということも、大幅に考えていただきたいというのが、われわれ業者の意見であります。われわれの窮状は、どこまでも今日の十五割でいくならば、四十五億の數字は絶對に止らぬ。逆に十割でありました當時の水準を、より以上もつていく方が結構ではないか。八圓五十錢の平均數字が約六億に達するとするならば、この數字でもつて一般大衆課税に對する負擔は輕減し、一方それに對する電氣の配給量をより以上考えていただいて、これを實行していただくならば、もつともつと徴收方法は十分にいくのではないかという確信を業者はもつております。その以外において、もつと國會において映畫に對する關心、あるいは映畫に對する品位向上會というものを設けられまして、よき映畫には完全に免税する。同時に惡い映畫に對してはどうである、こうであるという問題は、この審議會の運營で、民間と政府兩方が完全に一致するならば、もつと進んだ映畫ができ上るのではないか。そしてその進んだ映畫によつて、今日の十五割をこのまま十割の減税におき、さらにもつと業者の協力を得て、徴收方法を考えていただく方が、もつと效果があがるのではないかというようなことを考えておるのであります。ドイツのことは知りませんが、戰後フランスにおいては、四十割の映畫入場税を課しておりましたが、聞くところによりますと、これを免税にいたしたようであります。さらに現在アメリカは一割七分、英國においては一割であるというようなことを聞いております。國に對するわれわれのほんとうの要求は、現在このままで行けば、外國映畫が氾濫して、日本映畫は危機に頻する。われわれは敗戰國でありますから、その結果に對し云々はできませんが、もしわれわれがほんとうにいい映畫をつくり、いい演劇をつくろうというならば、今日よりして、政府にもつともつとこれらに關心をもち、映畫、演劇に對する保護政策を具體的にあげていただいて、そうして一般大衆に對する課税を、もつともつと輕減することによる、民間の協力と、徴税方法というものを、われわれとともに考え、これを實行していただきたいというのが、私の本日の意見であります。時間もありませんので、この程度にして終ることにいたしますが、何か御質問でもありましたら、お答えいたします。
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鈴木茂三郎#19
○鈴木委員長 御質疑はございませんか。ございませんければ、時間が少し早いようでございますが、きようは各黨ともこの書の間に石炭國管の問題、その他重要な問題に關し、代議士會なり、いろいろな會合を控えておりますので、午前はここで一たん休憩して、その代り午後は口述される方の人數も多うございますから、正一時から再開いたすことにいたします。
 それではこれで休憩いたします。
    午後零時一分休憩
     ————◇—————
    午後一時四十一分開議
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鈴木茂三郎#20
○鈴木委員長 それでは午前に引続き開會いたします。
 ちようど今民主黨も社會黨も石炭國管問題に關しまして、代議士會あるいは參議院、衆議院の議員總會を開いて重要な討議を行つております關係上、お集まりが少し遲れると思いますが、議事の都合もございますので、開會をいたします。最初は岡山縣の農民組合書記局の江田三郎君の御意見を承りたいと存じます。
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江田三郎#21
○江田公述人 今度の豫算につきましては、昨日の公聽會におきまして、この席で東京帝國大學の大内先生が、かつて見ざる不健全な財政であつて、これによつてインフレが急速に拍車をかけられる、こういうことを言われたのでありますが、私どももまことにその通りであると思うのであります。私は農民の立場から意見を申し上げるのありますが、農民はもちろん生産者ではありますけれども、インフレによる、被害者であることは、間違いないのでありまして、インフレが高進する間は、農産物價の値上りと、農民が買わなければならない品物との値上りの開きは、だんだん大きくなるのでありまして、その意味におきまして、インフレに反對しなければならぬというのは、都會の勞働者諸君、あるいは一般勤勞者階級諸君と同じ立場にあるわけであります。そういう意味で、今後のインフレを促進するような豫算につきましては、反對の意思表示をしなければならぬのであります。しかしそういう全面的なことは、すでは大内先生なり、その他のお方によつて述べられておりますので、私はこの豫算の中の、特に農民に直接關係のある部分について申し上げたいのであります。
 申すまでもなく、日本を再建いたしますために、根本になりますのは、食糧の増産でありまして、特に今日のように大きな部分を輸入食糧にまたなければならぬときにおきましては、この食糧増産が根本的の問題になると思うのであります。そういう面から今度の豫算を見ていきますと、私たち農民の立場からいたしますと、非常に不滿足に思うのであります。第一は農地改革に對する豫算でありますが、これは相當の額が組みこまれております。申すまでもなく、農地改革は、日本の農村を新しく建設するための第一の基礎工作でありまして、現在比較的順調に進んでおると申しておられますが、この間には進歩的な各地の農地委員なり、あるいは農地委員會の書記の諸君の、絶大なる努力が隱されておるのであります。地方の農地委員諸君などは、今日まで何らの手當をもらわず、これにかかりきつておる。わずかに旅費だけは支給されるが、手當はないのであります。書記の給料も、お話にならぬ少額でありまして、そういう諸君が、いろいろな反動勢力の手を變え品を變えての壓迫や誘惑と戰つてきたのでありまして、これらが今囘の豫算で多少増額になりましても、なおこれは至つて不十分でありまして、特に農地委員會書記の給料は、一般官公吏の千八百ベースをはるかに下まわるお話にならないものであります。この地方農地委員會の補助が六億圓計上されておりますけれども、これではわれわれは至つて不充分だと思うのであります。殊に今後農地委員會の仕事は、買收計畫がだんだん進んでまいりまして、土地の交換分合という厄介な地味な仕事に取りかからなければならぬのでありまして、六億圓の追加計上分を、もう少し殖やしていただくことが必要であると思うのであります。第二に、この豫算の中に、農業生産の調整の費用が一億九千萬圓計上されております。これらはわれわれ農村におりまして、直接仕事を扱つておる者からいいますと、何のための豫算か一向わからぬのであります。申すまでもなく、食糧生産の確保のためには、根本的に農民の生産意欲を高揚しなければならぬのであります。精を出してつくつても、いい加減に怠けておつても、出來秋に殘るものは、ただ飯米だけである。保有米だけである。その保有量もしばしば不適正な割當によつて食いこんでいくのでありまして、こういうことで増産が期待し得るものではないと思うのであります。この意味から、責任生産制を採用いたしまして、努力した者には、その酬いのある仕組みにするということは、最も適切なことであり、目下議會に提案されておりますところの臨時農業生産調整法は、この責任生産制に基づくものであるということになつておりますけれども、しかしあの内容を見ますと、あまりにも農民の責任ばかりを一方的に取あげまして、これに對する反對給付の面においては、非常に薄くなつておるのであります。特にこれを執行いたしますために、罰則をもつて農民に臨むということは、決して農民の生産意欲を高揚させる途ではないのでありまして、これは全く逆のことであると思うのであります。從つて臨時農業生産調整法には、多くの修正點を要すべき點があると思うのであります。しかしこの法の内容はともかくといたしまして、われわれの納得のできませんことは、同法の内容だけでなしに、これを實施するための豫算についても同じことなのであります。すなわち先ほど申しましたように、一億九千萬圓計上されてありますが、これで一體何をするのか、全然見當はつかぬのであります。この費用は大體におきまして、地方の食糧調整委員會の書記一名の手當と、ほんの少額の委員會手當なのだと思うのであります。もちろんこれだけにいたしましても、今日まで長い間地方の食糧調整委員諸君が、全然手當も何ももらわずして、出來秋毎に一週間ないし二週間これにかかつてやらなければならぬというこのことを考えますと、從來よりは一歩前進したということにはなりますけれども、ただ今度の生産調整法を行う場合には、調整委員會の仕事の内容は、全然異なるのであります。すなわち生産調整法によりますると、地力に應じて責任生産量を割當てるということになるのでありますが、この地力の決定は町村の食糧調整委員會が、一筆ごとにこれを決定いたしまして、これによりまして、耕地臺帳をつくらなければならない。さらに耕地圖をつくらなければならない。さらにこれを上級の委員會にかけて、町村間あるいは郡市間の均衡をはかつていかなければならぬのでありまして、そのためには、農事試驗場による土質あるいは土性の調査を行い、また氣象とか、用水關係、その他自然條件を斟酌して、科學的基礎の上に地力を決定しなければ、農民が決して納得するところではないのであります。さらにこれだけでなしに、責任生産制の確立のためには、正確な面積の把握が必要になるのであつて、本年度の産米の割當に當つては、政府は大體六%の面績が隱されておるというので、一樣に各府縣に押しつけたのであります。これは單なる政府の推定であつて、一部分は報告面積と土地臺帳面積との相違が見出されることがありましたが、その大部分は、何らの基礎資料もなしに、一律に増加の面積を個々の農民に押しつけることになるのであります。從つて多くの場合において、架空の面積を押しつけることになり、農民の囂々たる反感をかつておる。今日中央から縣への割當はできましたが、縣から農民個々人へ對する割當にあたつては、各地の食糧調整委員會が、長きは一週間くらい連日會議をやり、なお決定に至らないのであります。この繩のび等の問題を、合理的に解決するためには、相當多くの場所で、實測を必要とするのであつて、農林省の統計調査局の豫算が、本豫算に二千四百圓萬圓計上されておつて、その一部がこの實測に使われるのですが、こうした費用は、政府だけでなくして、地方にも與えていかなければ、その目的を達成することがでなきい。統計調査局の行うのは、特定地方の全般について、およそ何パーセントの狂いがあるかを見る推計方式であつて、それでは問題は解決しないのでありまして、末端ではこの推計に基いて誤差がある。土地の一筆ごとに具體的に誤差をはつきりしていかなければならぬのであつて、先ほど申しました土地の等級をはかつて、耕作臺帳を作成するときに、併せてこの一筆ごとの面積の實測を行うことができなければ、至つて不公正な責任生産割當になつてしまいます。こういう立場からすると、臺帳と地圖を作成する紙代と、印刷費だけでわれわれの計算によると、一府縣當りおよそ二千萬當りの金が要るのであります。その他實測等の費用を計算すると、大體において最小に見積つても一府縣當り四千萬圓程度、中央の費用を入れて、總額二十億圓を必要とすると思うのでありまして、一億九千萬圓で、農業生産調整法を行うということは、何にもならぬことであつて、むしろ農業生産調整法を行う掛聲だけで豫算を伴わなかつたならば、混亂だけを來すのではないか。合理的な責任生産制が確立されると、確かに増産が期待し得るのであつて、すでに部分的にはこれを行つて、相當の效果をあげておるところもあるのであります。なおこの上毎年の供出ごとに、政府から部落の隅々までが、この供出關係に惱まされるところの、計算のできない精神上、内體上の勞力を省くことであつて、その點を考えると、二十億圓という費用は、決して意味のない支出ではないと思います。しかも面積と地力の正確な把握は、いずれかの機會にどうしても一度は行わなければなぬことであつて、どうせ行うのであるならば、早急に思い切つて、一囘限りで行つて、農民が安心ができ、ほんとうに責任生産によつて増産のできるよりな措置をとつていただきたいと思うのでありまして、この意味において一億九千萬圓の豫算ではどうにもならぬと思います。なお問題になるのは農業生産調整法を行う場合に、その責任は當然農民に一方的にあるのでなしに、農民が責任をもつて生産をやりますならば、それに對する政府が肥料なり、農機具なり、その他農村の必要資材を、どれだけの責任をもつて配給するかという問題が出てくるのであります。特に今日のように、米價が農民にとつて非常に不満足な千七百圓という價格で決定された以上は、この必要資材の相當量が、しかもはつきりとマル公計算によつてルートに乘るということがなされなければ、責任生産制は、ただ單に農民いじめになるのであります。そういう措置をとるところの豫算を、今囘の數字を見て、われわれは發見することができないのであります。これはただ各地方に農林省の資材調整事務局というものを置いただけでは、何にもならないことでありまして、ただ出先官廳が、絶對量が足りないものを、机の上でどう配るかを計畫するだけでなしに、根本的にこの足りない必需物資を、いかにしてつくり出すかを考えなければならぬのであつて、そういう豫算が今囘見出すことができないと思うのであります。もとよりわが國の工業生産が、まことに悲觀すべき状態にあつて、多くを期待し得ぬということは言い得ますが、それならば私たちは農民に責任生産を強要する以上、政府の方も思い切つた傾斜生産を斷行して、一番肝腎な處置をとつてもらいたいと思うのであります。農民が責任をもつて主食糧を生産するのならば、政府も責任をもつて肥料その他を國營によつて配給する、こういう制度が立てられなければ、ほんとうの責任生産制にならぬと思うのであります。なおこれは直接の問題ではありませんけれども、今日各地に隱退藏物資が相當あるということを言われておるのでありまして、われわれはこの摘發をもつと思い切つてやつてもらいたいと思うのであります。百姓が米の一升や二升をもち運ぶと、すぐ目の仇のように警察が追いかけまわすのでありますが、大きな隱退藏物資の摘發の面においては、われわれは非常に不滿足に思つておるのであります。これは今日のような摘發の方針を改めて、一定の期日までに申告をしたものは、政府の方がマル公で買上げる。しかしその期日を過ぎた場合には、そうして摘發をされた場合には、これが無償沒收をする。こういうような思い切つた處置をとりまして、それによりまして、この隱退藏物資をルートに乘せることが、必要ではないかと思うのであります。
 第三に、農業技術の浸透に關して、指導農場を中心とした約一億圓の豫算を計上をされておりますが、申すまでもなく、高度の技術を農村に浸透さすということは、必要なことでありますが、今日のような指導農場におきましては、まつたく無意義であると申しても間違いないと思うのであります。われわれは根本的に指導農場の性格を變更するのでなかつたならば、この一億圓の豫算というものは、何にもならぬ豫算であると考えております。現在指導農場で、一體何ができてあるかというと、われわれの地方におきましては、村の中で一番成績の惡い田圃を出せということになると、それが指導農場ということになるのであります。大體におきまして、すでに苔の生えた、しりの重くなつた技術者が、人夫を傭うて、それで農場を經營しまして、ほんとうに身のはいつた農業ができるわけばないのであります。またこの指導農場は、農事試驗場の技術を農民に浸透させるのでありますが、今日の地方の農事試驗場におきましには、もはや農民の學ぶべきところの技術は、ほとんどないと申し上げても過言ではないと思うのであります。新しい技術は、皆農民みずからが開拓しておるのであります。たとえば私のおります岡山縣におきましては、大原農業研究所の吉岡金市氏によりまして、直播經營が提唱されております。そして試驗場の技術者たちが、この直播經營を白い眼で見ておる間に、農民みずからがこれをどしどしと取入れまして、今日でば約五六千町歩が、この直播經營をやり、しかも總合生産におきまして、約三割の増産をあげておるのであります。直播經營は、ただ單に稻や麥の種を直か播きをするということだけでなしに、そこに麥と豆の組合せであるとか、稻と芋との組合せであるとか、水田酪農であるとかの。いろいろ進歩した技術があるのでありますが、これを試驗場が白い眼で見て何もしないけれども、農民みずからは取上げて、はつきりとして效果をあげております。あるいはまた最近岡山縣におきましては、理研の尾形博士が發見されましたところの感光色素を使つておりますけれども、これなんかは、今年の春から農民が試驗的に使つたのでありますが、今日までの成績によりますと、甘藷においては平均五割の増收をあげております。夢のような話でありますが、これは確實にあげておるのであります。稻におきましても約二割の増收をあげております。この麥作には、おそらく五、六千町歩が岡山縣におきましては、この感光色素を使つて、少くとも平均三割の増收をあげ得る確信をもつておるのであります。こういうことが、そのほかにもいろいろありますけれども、いずれも農事試驗場が見出し、あるいは奬勵したものではなく、あるいはまた農林省系統の技術者が考え出したものでないために、官僚系統の技術でないために、常に白眼視されまして、相手にされないのであります。そしていつも農民自身によつて取上げられて成切しておるのであります。われわれはこういう現状を見ますときに、指導農場が官僚技術のわくから拔け出しまして、そしてほんとうに地方の農民の研究の相談相手となり、たとえ官僚技術者が學問的に解決のつかない技術でありましても、實際に效果のあつたものは、農民の相談相手になつて、どこまでも研究農場として取上げていく。こういう態度をとるのではなかつたならば、今日の指導農場豫算のごときは、全面的に削除しても差支えないと思うのであります。何の意味もないのであります。
 第四は、開拓事業であります。政府は百五十萬町歩というまるで夢のような開拓計畫を進めておりますけれども、われわれの見るところによりましては、これは大體失敗であります。ただ干拓事業と増反開墾におきましては、やや成功を收めておりますけれども、中心になりますところの入植開墾は、全面的に失敗であるということが言い得るのであります、たとえば今囘臨時農業生産調整法によりまして、これを豫想いたしまして、麥の作付面積を各地方に割當てましたが、今まですでに開墾されてりつぱな耕地となつておるとこう中央に報告されたところが、實際に麥の作付面積を割當ててみると、それがほとんどつくれないということに、現實にぶつかつてしまつたのであります。これは今日までの開墾が開發營團をもつてやらせたために、營團が官僚と結託して、無責任な仕事をもつて、ただ形式的な仕事をもつて、金ばかりをとりまして、眞の入植した農民の立場を考えなかつたという點もありますけれども、大體開拓地は荒地でありまして、そこへ裸一貫の農民を送りこみ、それで開拓せよということが、根本的に無理なのでありまして、ほんとうに政府が開拓精神を本氣で考えておりますならば、これは當然國營事業として行わなければならぬと思うのであります。それに對しまして、わずか百五十萬圓程度の僅少な豫算が、本豫算に計上されておりますけれども、これでは一體何をするのか、われわれはわからぬのでありまして、多くの入植者が自分の持物を賣つて、賣り食いをして、すでに賣る物がなくなつて、山を降つて里の日傭い勞働に出ているというこの今日の惨めな入植者の状況を見るときに、もつと政府が反省する必要があると思うのであります。なおまた入植開墾地は、おおむね原野または採算地でありまして、そういう草の生えているところを開いて、米や麥ばかりをつくろうという方針が、もともと間違つているのでありまして、こういう草地については、もつと草を活かした農業、すなわち畜産經營で進まなければ、ほんとうの效果をあげることはできないと思うのであります。この畜産振興につきましては、ただひとり開拓關係だけでなしに、大きく取上げていかなければならぬのであります。今囘の豫算にも畜産關係の豫算が計上されております。しかしながら、まことにわれわれが唖然とする豫算でありまして、畜産局の八十萬圓、畜産試驗場の十五萬圓、それと種畜牧場の六百五十萬圓でありますが、この種畜牧場の豫算のうち三百七十萬圓については、見出しは乳牛の緊急増殖をはかり、農家經營の安定と乳幼兒食糧の確保を期するということが書いてありますが、三百七十萬圓の金で、この農家經營の安定をはかり、乳幼兒食糧の確保を期するというような大それた口は少しおかしいと思うのであります。われわれは日本の食糧問題の解決は、畜産の振興なくしては不可能と思うのでありますが、今日畜産が振興し得ない根本原因は、飼料難であります。飼料がないために、牛や馬を殺した例がいくつもあるのであります。それにつきまして、今度の豫算を見ますというと、牧草の改良に若干の、お話にならないほんのわずかな金が計上されておりますけれども、牧草の改良というようなことは、これはなかなか困難なことでありまして、早急に目的を達成することはできないのであります。そこで私はもつと當面緊急に役に立つところの方策をとらなければいかぬということを考えるのでありまして、その方法といたしまして、惡草を退治し、大豆を増殖するところの一大國民運動を展開すべきだろうと思うのであります。すなわち畦畔であるとか、堤防、鐵道用地、河川敷地等を見ますというと、何の役にも立たないところの惡草がたくさん生えているのでありまして、これを拔いたり刈つたりしまして、追放してしまう。その跡へ大豆を蒔きつける、こういう國民運動を展開いたしまして、そうして穫れたものは、ある部分は直接の食糧といたしましても、大部分を飼料としてまわす、こういうことができますならば、この今日の行き詰つた畜産界に活を入れまして、政府がねらいとするところの乳幼兒の食糧の確保ということも不可能ではないと思うのであります。最近新生活運動が唱えられておりますけれども、新生活運動の根本は、單に觀念運動やお題目運動でなしに、こういうような具體的なところに置かれなければならぬと思うのであります。堤防に農作物を植えると、洪水時に堤防を缺壞せしめるおそれがあるということが言われておりますけれども、これは私は今日の土木官廳が杜撰な土木技術の責任を他へ轉嫁するための逃げ口上であると思うのでありまして、大豆をつくつたくらいのことで、決して堤防が傷むものではないのでありまして、大豆は草の中にまけばいいのであります。かような國民運動と相呼應いたしまして、各種の食糧その他の増強をやりまして、思いきつた畜産の振興策をはかるのでなければ、ただ米麥だけに頼りましたのでは、日本の食糧問題の解決は不可能であると思うのであります。さらにそういうことを進めていきますためには、食糧の供出制度を改めまして、總合供出として牛乳を米、麥の代替に供出し得る。こういう制度も必要であると思うのであります。
 第五に申し上げたいのは、農業協同組合の運營についてであります。今囘劃期的な協同組合法の實施をみることができたのでありますが、遺憾ながらその實施に關しまして、何らの豫算が本豫算の中に計上されておらぬのであります。日本の農業が農地改革の基礎の上に、協同組合によりまして經營の進歩化、あるいは合理化を急速にはからなければならぬということは、申すまでもないことであります。しかしそれはただ協同組合法を制定したというだけでは、問題は解決しないのであります。今囘の協同組合が、農業會の看板の塗替えに終つてはならぬ。こういうことをよく言われますけれども、それはただ單に農業會の役員が、そつくりそのまま殘つてはいかぬということではなしに、新しく生れるところの協同組合の事業が、農業會の事業そのままであつてはならぬということであると思うのであります。農業會のやりましたところの金融面、あるいは流通面を中心にした仕事を、生産の協同を中心としたところに置きかえることが、今度の協同組合のねらいでありまして、そういうような生産の協同ということは、口で言うことは簡單でありますけれども、實際にはこれは困難なことであります。理想といたしましては、下からの盛り上りを期待することになるのでありますけれども、多年封建的な環境に縛りつけておかれましたところのわが國の農民に、今ただちにそういうことを期待することは無理であります。しかもやがて農業恐慌が切迫することを考えますと、この生産の協同によるところの過小農經營の急速な切替えといふことは、まことに急務でありまして、この際ただ自然發生的に協同組合の理想的な成長を待つというのでは間に合わぬと思うのであります。こういう意味から、われわれはこの際協同組合の生産協同の事業に對しまして、政府が資金の貸付あるいは資材の融通、補助金、助成金、こういうものの支出を思いきつてやらなければ、協同組合法だけをつくりましたところで、その目的を達成することは不可能であると思うのであります。こういうような方面の豫算をぜひとも計上していただきたいと思うのであります。
 なお災害關係につきまして、かなり豫算が組んでありますけれども、この豫算がどういうように使われるのかわれわれはよくわからぬのでありますが、大體におきまして、今囘の風水害その他直接の災害地に使われるのじやないかと思うのであります。しかし今日災害地は、ただ直接に風水害を受けたところにだけ必要なのではないのでありまして、各地方の河川は、大なり小なり災害を受けたも同樣のひどい状態になつておるのであります。今年の秋のような大量の雨が降りませんでも、もつとけたの小さい雨が一囘降りましたならば、必ずや洪水が起るのでありまして、こういうような豫算は直接生産の増強に役立つということではありませんけれども、しかしながら、洪水ごとに何十億、あるいは何百億というような損害を受けることを考えますならば、これは一つの保險制度として、當然やるべきことだと思うのであります。なおそういうような災害復舊工事あるいは河川の改修工事というものは、一つの失業對策にもなると思うのであります。以上私が申しました諸點は、直接この農業の生産に役立ち、増産に役立つことなのでありまして、こういう方面の豫算は、たとえインフレ豫算といえども、思いきつて計上することが必要ではないかと思うのであります。
 最後に歳入關係につきまして、直接農民の立場から申し上げたいのであります。第一は非戰災關係の課税であります。これは農民への大衆課税でありまして、われわれは斷然反對したいのであります。なるほど農村では家は燒けておりません。しかしながら、一番多くの戰死者を出したのは農民であります。引揚者、復員者を一番たくさん抱えておるのは農村であります。馬も戰爭にとられたのであります。農業資材は、もとより使用ができないまでに傷んでおります。土地は掠奪農業でやせてしまつておるのであります。こういう點から考えるならば、家は燒けませんでも、農民は戰災者である。それにただ家が燒けなかつたというだけによつて、農民に非戰災者關係の税を課するということは、むちやな話でありまして、大邸宅を構えた農村の有閑階級への課税は當然でありますけれども、勤勞農民に課税することには、絶對に反對したいのであります。もしそれがために財源がないというなら、なぜ政府は公債利子の支拂停止、あるいは大やみ課税とか、思い切つた處置を講じないかと申し上げたいのであります。
 なお所得税についても、農村關係には相當の考慮が必要であります。今日農村でゆとりあるものは、果樹蔬菜等の特殊農家や、牛馬商だけであります。過去においては農村では多少の米麥の横流しはありました。しかしながら、今囘の三千五十五萬石の供出を押しつけられますと、もはや横流しの餘裕どころではなしに、ほとんど各地において飯米を食いこむのであります。しかも資材の方は依然としてやみで入れなければならぬのであります。昨年所得税の査定を地方で直接やりました方法は、資材のやみ入手はみておりません。その代り供出の完納した農家には横流しの收入をみないということで、農家の收入をマル公で見、また農家の支出もマル公で計算して、課税されたのでありまして、收入は全部マル公であります。支出はやみが多いのであります。その點を考えて、實際農家の收入というものを計算しました場合には、ほとんど多くの米麥農業は赤字になつておるのであります。すなわち支出の方もやみを見ないし、收入の方もやみを見ない、兩方マル公で計算するというやり方で、農家の收入というものを査定したのであります。今度はこういう方法ではいかぬのであります。特産産物をつくる農家は別としまして、こういう米麥作をしておる農家に對しては、所得税の減免處置で行わるべきであると思うのでありまして、その程度の保護政策は、主食をつくりまして、むしろ犠牲農業になつておる今日の農民に對して、當然考慮せらるべきであると思うのであります。
 最後にいま一つ申し上げたいことは、政府は思い切つて行政整理を斷行してもらいたいということであります。これにはもちろん失業對策の確定が前提條件でありますが、われわれはこの行政整理にあたりまして、特に地方への中央官廳の出先官廳は、一齊に整理してもらいたいと思うのであります。中でも農林省の木炭事務所のごときは、これは一體何のプラスにもなつていないのでありまして、縣の林務課が、今まで順調にやつておつたことを、わざわざ農林省が木炭事務所をつくつて、機構を混亂さして、經費をかさめて、木炭の二重價格制と相まちまして、最近薪炭の出まわりが惡いのでありますが、こういうことは、思い切つてこの中央官廳の出先官廳を廢止してもらいたいと思うのであります。不必要な役所を戰爭後に濫立いたしまして、そうしてそのために税金ばかり上るのでありましたならば、農民は必ずや無言の反抗をするであろうと、私は思うのであります。今日の行政整理は、地方の府縣におきましても、あるいは町村においても、必要なのでありまして、そのまず先鞭をつけるものとして、政府が失業對策をはつきり伴つた行政整理の範を示すということは、絶對に地方財政の確立の面からも必要だと思うのでありまして、その點につきまして、十分考慮していただきたいと思うのであります。時間がありませんから、以上を申し上げまして、私の意見を終ります。
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鈴木茂三郎#22
○鈴木委員長 何か御質問がございますか。
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海野三朗#23
○海野委員 ただいまのお話で農事試驗場は、つまり地方農民があまりこれに期待していないというお話でありましたが、しからば、これを改革する具體的方策について、御所見を承りたいと存じます。
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江田三郎#24
○江田公述人 われわれが一番問題にしたいのは、農事試驗場が官僚技術のわくに閉じこもつておるということでありまして、たとえ新しい技術が出ましても、それが自分たちの系統以外から出たものに對しましては、常に白い眼をもつて對しておると思うのであります。この官僚性の打破ということを、第一に取上げていただきたいのであります。もちろんそのためには、ただ官僚性の打破だけでなしに、多くの問題もそうでありますけれども、根本はこの官僚かたぎを打破してもらうということであります。
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海野三朗#25
○海野委員 その具體的方策。
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江田三郎#26
○江田公述人 具體的方策につきましては、私は今ここではつきりもつておりません。これはお互によく研究してやらなければならぬと思うのであります。ただ地方におきましては、われわれはこの指導農場あたりを、指導農場とするのでなしに、その地方の農民の研究農場という形にするならば、これはいたし得ると考えております。指導農場で人夫を使つて指導をやつておるのでありますが、人夫を使つて農場の指導は決してできないのでありまして、農民の中へ指導農場が溶けこんで、農民と一緒に研究するということになれば、別に指導農場の用地をもたなくても、農民のつくつておる土地を、そのまま指導農場として農民とともに研究してやつていけばよいのでありまして、地方でもやれると思いますが、私もはつきりした具體策をもつておるわけではありません。
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鈴木茂三郎#27
○鈴木委員長 次に東京商工會議所の専務理事の吉坂俊藏君。
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吉坂俊藏#28
○吉坂公述人 急に公聽會に参つてお話をするように言われまして、十分に追加豫算をこまかく調べる暇がございません。從つてごく一般的な私の印象を申し上げたいと存じます。本年の豫算は健全なる豫算だと言われております。なるほど形式的にはバランスのつじつまが合つておるのであります。しかしながら、健全ということは形式だけでなくして、實質についても、内容そのものについて健全でなければならないのではないかと思うのであります。本年の豫算が二千六十六億になつたということを新聞で知りまして、これはインフレ豫算だなという感じを受けたのであります。日本はすでに戰爭經濟を脱却しておるはずであります。今日は平和經濟を行つておるのであります。しかるにこの二千六十六倍というような厖大豫算、これははたして平時の豫算であるべきものであるか、どうであろうか。二千億と申しますと、昭和十二年から昭和二十年までの軍事費の總額が、あたかも二千億にちようどなるのでありまして、まさに昭和十二年から昭和二十年までの戰爭經費というものを、昭和二十二年一年に使おうということになるわけであります。税收入におきましても、昭和二十年から二十一年には倍額に上つて二百十四億になつたということを非常に驚いたのであります。それが六百三十七億というような聲を聞きますと、驚かざるを得ないのであります。もしこれに驚かないとことでありますならば、まさにインフレに中毒しておるのではないかと思います。また政府が發表したところによりますと、國民所得を九千億と見まして、一般會計にあたるものはその二割二分であるということでありますが、九千億と言えば、もうすでに兆になんなんとしておるわけであります。私どもの恐れるのは、この兆という聲、これは外國のインフレーシヨンに兆という聲が出ますと、いわゆる惡性インフレであるということを聽いておるのであります。そのことがわれわれのすぐ目近に迫つておるということを感じます。もし兆という字が新聞に現われるようなことがあつたならば、これはたいへんなことである。こういうことを恐れるのであります。それに今度の豫算に現えれました經費は、物件費にいたしましても、人件費にいたしましても、このままでは濟まないのではないか、まだもつと上つてくるのではないかという不安をわれわれはもつておるのであります。他方において、それではこの厖大な租税收入、あるいは專賣益金にいたしましても、はたしてこれが豫定だけの收入がとれるであろうかどうか。一部の人は租税收入などというものは、おそらく三分の一ぐらいしかとれないのではないかと言うような人まで出ておるのであります。そこでそういうようなことになりますと、復興上において、せつかくの健全豫算が赤字財政になるという懸念が、きわめて濃厚なのであります。これはインフレの豫算であると同時に、まさにインフレをさらに促進する原因が多いように思われるのであります。それに二千六十六億というような豫算が、現在の國民經濟にとつて非常な重壓ではないか。今日の日本はすでに過去の日本ではない。國土そのものが非常に小さくなつておるのであります。そうして經濟社會の情勢も非常に變化しておるのであります。そこでこれだけの大きな豫算を負わせるということは、非常な重壓、過度の重壓ではないかと思われるのであります。私どもはたびたび政府に對して經費の節減ということを要望いたしておるのでありますが、その經費の節減ということが、豫算面においてはつきりと現われておらないということを殘念に思う次第であります。今日は行政の部局におきまして、戰時あるいは戰前に比べまして、すでに廢廳整理を行つていいものが、相當あるのではないかと思つております。たとえて言うならば、恩給局とか賞勳局というようなものは、局としての存在はもういらないのではないか。そういうものはほかにもたくさんあると思うのであります。最近にも勞働基準局が設けられましたが、ああいうようなものを別に府縣を離れて設けなければならないのであるかどうか。勞働には大きな法律が三つあります。それは勞働組合法、勞働調整法、勞働基準法でありますが、組合法や調整法は府縣單位で行いながら、他方において基準法だけ別の官廳において行わなければならぬというような點について、われわれは疑問をもつものであります。むしろこれらのものは、一つのものとして、連關して行つた方が、能率もよく、また經費の點においても節約ができるのではなかろうか。これは一例であります。また行政事務の能率化、あるいは業務の簡素化、そういう方面におきましても、相當の節約ができるのではないか。今日は企業の合理化ということが叫ばれておるのであります。これまた必須の情勢にあるのでありますが、まず官廳が合理化をもつて、その先例を示すべきではないか。これにつきまして、私どもが希望いたしますことは、國會の中に國費節約委員會というようなものを設けて、民間の有識者をも加えて、從來の行きがかりに囚われないで、徹底的な立案を至急に行つていただきたいのであります。そして政府がこれを實行するように取計らつていただきたいのであります。行政監査委員會はできておりますけれども、これよりも進んで國費節約委員會によつて、從來の行政の浪費というものを調べていきましたならば、結果におきましては、行政監査以上の效果をあげることができるのではないか。これは第一次世界大戰後イギリスにおきまして、二囘も國費節約委員會が設けられております。一九二四年にゲテイ氏の委員會ができ、一九三一年にメイ氏の委員會ができて、勸告を出しておるのでありますが、ああいう國費節約委員會を、ぜひとも國會において設けていただきまして、民間の代表をも加えて、行政整理へ一歩を進めていただきたいと思うのであります。御承知の通り現在の政府の職員は、定員が百六十二萬一千人ということになつております。實員の數はその八八%の百四十三萬二千人であります。先般G・H・Qの民生局の代表者のお話によりますと、日本の官吏の數は、地方團體を含めて二百十四萬人に上るということであります。二百十四萬人の人を、かりに一家五人であるといたしまするならば、まさに一千萬人の役人の家庭があるわけでありまして、國民七人でもつて一人の官吏及びその家族を養つている。こういうことになるわけであります。まさに官吏は民の膏血によつて生きているということを、自覺しなければならないのではないか。そうして國家經濟といたしましても、いわゆる不生産階級でありまするところの官吏の數をできるだけ少くして、能率的に働かす。こういうことが、大事なのではないかと思うのであります。
 行政整理の問題に次ぎまして、私は特別會計の點で一つ二つのことを申し上げたいと思うのであります。その一つは鐵道及び通信の問題であります。この點につきまして、私どもは政府が物價に影響を及ぼさないように、非常な御苦心をしていただいたことに對して、敬意を表し、また感謝もいたしたのであります。弘どもは去る五月以來、全國の商工會議所が提携いたしまして、また他の團體とも協力いたしまして、物價引下運動を展開いたしておつたのであります。その當時小賣價格を、少くとも實際價格を五分なり一割なり下げていきたい。そうしてだんだと下げて公定價格に近づけていこうと努力をいたしておつたのであります。
    〔委員長退席、川島委員長代理著席〕
たまたま運賃の三倍半というような大幅の引上がありました。われわれの官業の價格引下に對する要求も無視せられたのみならず、逆に三倍半の値上というようなことになりまして、この物價引下運動というものは、一時に挫折してしまつたのであります。今日まことに殘念に思つているのであります。しかしながら、再びあるいは三たび鐵道運賃が引上げられるといううわさを聞きますたびに、どうかそういうことがないようにと希望しておつたのでありまするが、さいわいに政府におかれましても、その點を考慮してくだすつて、鐵道運賃を七割五分上げるのを、一般會計から五十億の金を繰入れて、鐵道の赤字を埋めるということをしてくだすつたのであります。しかしながら、五十億の赤字が消えましたけれども、現在の鐵道の赤字は、二百億になり、さらに百五十億が殘つているわけでありまして、將來鐵道の赤字というものは、なしくずしにはたして減るものであろうかどうであろうか、かえつて赤字が増大するものではなかろうかということを、非常に恐れるのであります。人員の點から申しましても、昭和十一年には十二萬人の從業員しかもつておらなかつた鐵道が、今日は六十萬人、一キロあたりについて三十一人という多數の人員を擁しているのであります。そうしていろいろと經費は復舊、建設その他これから必要とするものが多いのであります。こういう際に政府にとつては、鐵道というものは非常な仄介な道樂息子であるというような部面をもつているのではなかろうかと思うのであります。しかるに、これに反して國鐵以外の私鐵を見ますると、大體において黒字でもつて經營をいたしておるのであります。そこで私鐵と國鐵とこの二つの關係について考えさせられるのであります。私どもは、政府の將來の赤字をなくなす上におきましても、むしろ思い切つて鐵道の一部を民業に拂下げるということを、ひとつ考えていただきたいと思うのであります。民業にいたしますれば、種々と多角經營を行うようなこともできるのであります。あるいはデパートをやつたり、ホテルをやつたり、いろいろなことをして收入を上げることもできるのであります。またいろいろな創意くふうというものも行われてくるわけであります。あるいはこれによつて民間の資金を吸收して、インフレを防止する方面にも役立てるようなこともできるのであります。現在は政府の厄介息子であるような國鐡も、一たび民間に拂下げ、これを自立させることによつて、日本の再建の一役を買うところの大きな働きをするのではなかろうか。こうも思われるのであります。通信の方面についても同樣なことが言えるのであります。電信電話は、十二月から七割五分上げるということでありますけれども、これはインフレーシヨンの上から見て、きわめて遺憾なことであると思うのでありますが、それを上げましても、なおかつ六十七億の赤字ができるのであります。これについても、少くとも電話事業のようなものは、これは民業にひとつ拂下げてもらい、場合によつては米國からの投資を入れまして、日米の共同の出資の會社にしてやり、政府は一部の株主としてこれに參加する。そして民主的な經營によつて、電話の普及をはかるということができるのではなかろうかと思うのであります。今日何でもかでも國家がやらなければならぬ。國家がやるということについては、非常な進歩的の意味もありますけれども、他方において國がやらなければならぬということについては、封建的な考え、國でなければできないということは、ある部分においては、きわめて封建的な考えから出ておるものが多いのではないかということを恐れるのであります。
 それから官業につきましては、タバコの點でありますが、タバコを今度配給のタバコと高級の自由販賣のタバコとを區別していただいたということは結構なことであると思うのであります。これにならつて、他の少くとも必需物資に近いところの野菜でありますとか、あるいは酒でありますとか、あるいは魚等につきましても、配給と竝んでせり價格と申しますか、一種の合理的な自由價格によつて販賣される部分と、二つのものを附え加えていただきたいと思うのであります。しかしタバコについては、私どもも欲を申しますならば、値段をあげないで、そしてタバコの分量を減らすことによつて、たとえば現在のタバコを三分の二にする、場合によつては半分にいたしまして、そして値段はそのままでもつて賣つて政府の益金を増し、他方においては國民に耐乏生活を實際に行つてもらう、こういうような考え方を實行してほしかつたのであります。もしまたそういう餘地があるならば、そういうことも考えていただきたいと思うのであります。
 それから次に健全金融のことについて、一言いたしたいのであります。大藏大臣も言つておられるように、健全財政と健全金融とは、唇齒輔車の關係にあらねばならぬわけであります。しかるに重點産業については、やはり赤字金融というものが行われておるのではないかと思うのであります。そして現在金融について順位をきめられておるために、中小企業の方面にまわる資金というものが、きわめて少いのであります。特に商業の方面なんかにはまわらないのであります。これがために商業方面においていわゆるやみが行われ、やみ資金を使わなければならぬ。やみ商賣をやらなければならぬというような傾きにもなつておるわけであります。およそ中小企業と大企業というものは、これまた唇齒輔車の關係、互いに助け合う補充的な關係になつておるわけでありまして、大企業だけが獨立で存在することはできません。中小企業の方面に頼るものが非常に大きいのであります。從つておよそ金融につきましては、健全金融ということでありまして、重點産業というようなことでなしに、實際必要なものについては、その企業の規模の大小を問わないで金融をはかる、こういうようなことにしていただきたいのであります。復金の出資が四十億ということになつておりますけれども、この四十億というものが、大企業に偏することがないように、一般的に健全金融になることを希望してやまないのであります。
 現在産業資金というものが、七十億ばかり使われている中で、中小企業の分はその二割、一月に十二億五千萬圓ということに推定されております。しかしこの二割というのが、はたして現在の經濟に即應いたしておるかどうか。むしろ今日の日本の經濟組織から申しますと、中小企業が大部分であります。あるいは八割までが中小企業であるとして、この方面に使うべき金の方が八割を占めてよいのではないかというようなことも考えられるのであります。中小企業は資金の點において非常に困つております。また資材の點においても困つております。特に最近は停電、いわゆる電氣の制限によつて、非常な困難に當面いたしておるのであります。さらにまた新しい勞働基準法が使用人員の多少にかかわらず適用されるということによつて、大企業と同じように、小規模の事業にも適用されることによりまして、また非常な苦しい立場にあります。その上勞働組合との關係におきましては、勞働組合が全國的な非常に大きな統制のある組織ができ上つておるのであります。これに對して個々の中小企業は、太刀打ちができないというような状態におきまして、いろいろと中小企業については、困難が殖えておるのであります。しかもなおかつ中小企業は、その單力性に富んだ特賣を利用いたしまして、また企業者の創意くふうをもつて、從業員との親密な人的關係を利用いたしまして、この難局を克服して再建のために立ち上りつつあるわけでありまして、こういう點からいたしましても、國家の政策が中小企業に對してもつともつと多くの注意を拂われんことを希望する次第であります。
 それから次に——私はこまかく豫算を研究してお話をすることのできないのを殘念とするのでありますが、公團というものが非常にたくさんできてまいりました。現在すでに十一あるところへ、さらに五つの公團ができるそうであります。みそ醤油も公團ができ、お酒も公團ができるというようなことになるのであります。公團については、政府が全額の出資をし、そうして公團の役職員は官吏になるということになるのであります。特に問題として最も皆樣に考えていただかなければならぬと思うのは、食糧公團の問題であります。食糧公團に關する豫算は、今囘の追加豫算には出ておらないかもしれませんが、おそらく次の通常議會には計上されるというようなことになるのではなかろうかとおそれておるのでありますが、現在の食糧營團というものは、全額が民間出資であります。これを聞くところによりますと、全額政府の出資とし、そうしてやはり從業者を官吏としようということでありますが、これによつてはたして能率を増進することができるものであるかどうか。遲配缺配を防ぐことができるものであるかどうか。現在の遲配、缺配は、營團そのものの活動よりは、むしろ集荷供出の部面に責任があるのではないかと思うのであります。あるいはまた鐡道運輸の方面に、責任があるのではないかと思うのであります。營團といたしましては、東京だけでも八千五百人の人間が働いております。全國で八萬五千人の人間が働いておるわけであります。東京で一日の食糧營團の賣上げが二千五百萬圓に上つておりますが、これは十日分とすると二億五千萬圓になります。少くとも十日分くらいの金は運轉資金としてどの營團でも要るわけであります。かりに二億五千萬圓といたしますと、その十倍とする二十五億の運轉資金を、政府はもたなければならぬんとになります。このほか出資金は現在政府は八千萬圓を考えておるということでありますが、これらのものがみな追加豫算の中に計上せられることになるわけであります。この經費というものは、はたして實際必要な金であるかどうか。むしろ無用な金であるのみならず、有害な金ではないか。營團を政府の公團として役所化することによつて、かえつて能率が下り、配給が圓滑を缺く、そうして赤字が殖えるということになるようなことがないか。そうして一方においてはインフレーシヨンを促進するというようなことになり、國民の負擔を増すようなことになければ、まことに殘念なことであると思うのであります。公團については、それぞれいろいろみそ、醤油その他酒の方についても、同じような問題があると思うのでありますが、特に八千萬國民の一人々々に朝から晩まで最も關係のある主食の配給を掌つておる食糧營團を改めて食糧公團とするというようなことについては、どうか皆さんにひとつよく御考究を願つて、反對をしていただかなければならぬのじやないかということを、ただいまからお願いをしておく次第であります。
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川島金次#29
○川島委員長代理 何か御質問がございましようか——ございませんければ、次に續いて、自由學園の教授、評論家の羽仁説子女史に御意見を承りたいと思います。
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