内閣委員会

1961-05-16 衆議院 全152発言

⚠️ 発言のコピー・転載時は出典元URL(kokkai.ndl.go.jpおよびkokkai-data.com)を必ず残してください。改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

会議録情報#0
昭和三十六年五月十六日(火曜日)
   午前十一時十四分開議
 出席委員
   委員長 久野 忠治君
   理事 伊能繁次郎君 理事 小笠 公韶君
   理事 草野一郎平君 理事 高橋  等君
   理事 宮澤 胤勇君 理事 飛鳥田一雄君
   理事 石橋 政嗣君 理事 石山 權作君
      内海 安吉君    江崎 真澄君
      佐々木義武君    島村 一郎君
      服部 安司君    福田  一君
      藤原 節夫君    保科善四郎君
      前田 正男君    牧野 寛索君
      緒方 孝男君    杉山元治郎君
      田口 誠治君    山内  広君
      山花 秀雄君    受田 新吉君
 出席政府委員
        総理府総務長官 藤枝 泉介君
        総理府総務副長
        官       佐藤 朝生君
        総理府事務官
        (恩給局長)  八巻淳之輔君
        建設政務次官  田村  元君
        建設事務官
        (大臣官房長) 鬼丸 勝之君
 委員外の出席者
        総理府事務官
        (恩給局審議課
        長)      中嶋 忠次君
        専  門  員 安倍 三郎君
    —————————————
五月十五日
 委員受田新吉君辞任につき、その補欠として鈴
 木義男君が議長の指名で委員に選任された。
同日
 委員鈴木義男君辞任につき、その補欠として受
 田新吉君が議長の指名で委員に選任された。
同月十六日
 委員佐々木義武君辞任につき、その補欠として
 正力松太郎君が議長の指名で委員に選任された。
    —————————————
本日の会議に付した案件
 建設省設置法の一部を改正する法律案(内閣提
 出第八九号)
 恩給法等の一部を改正する法律案(内閣提出第
 一三〇号)
     ————◇—————
この発言だけを見る →
久野忠治#1
○久野委員長 これより会議を開きます。
 建設省設置法の一部を改正する法律案及び恩給法等の一部を改正する法律案の両案を議題とし、前会に引き続き質疑を継続いたします。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。高橋等君。
この発言だけを見る →
高橋等#2
○高橋(等)委員 総理府総務長官に一つだけ意見を述べて御答弁をいただきたいと思います。それは終戦後、戦争が終わった直後から長年にわたりまして、シベリア、その他の外国へ抑留された方が非常にたくさんあるのであります。この人たちが抑留中に死亡などいたしました場合は、それぞれ国家としてこれに恩給等の補償の制度を設けております。しかるにこのたび問題になっておりまする恩給法等一部改正中、いわゆる加算の点におきましては、抑留は加算の年限に算入しないことになっておる。これは非常に検討を要すべき問題でありまして、何らかの加算措置を要するものと私は考えておるのであります。政府はこの法案を提出される場合にそれが落ちておりますことにつきましてのこと、及び今後のお考えにつきまして、総務長官から御答弁をいただきたいと存じます。
この発言だけを見る →
藤枝泉介#3
○藤枝政府委員 ただいまのお尋ねの点は、実は今回の加算の実施の問題につきましては、御承知のように既裁定者との不均衡是正という考え方でやりましたために、さらにそれを抑留中の者をどうするかということにまで、新たな問題として取り上げてはいなかったわけでございます。しかしながらただいま御指摘のように長い間抑留されたというようなことにつきましては、非常にお気の毒な点もございます。それでいろいろなケースがございますので、相当時間をちょうだいして検討しなければならないかと思うのでありますが、御意見もございますので、今後そうした具体的なケースを十分調査をいたしまして、これに対してどういう措置をするのが最も妥当であるかというような点を、十分御意見を尊重しつつ検討して参りたいと考えます。
この発言だけを見る →
高橋等#4
○高橋(等)委員 政府におきまして今の御答弁の趣旨に従って、できるだけ早急に結論を出していただくことを特に要望いたして、私の質疑を終わらせていただきます。
この発言だけを見る →
久野忠治#5
○久野委員長 次に石橋政嗣君。
この発言だけを見る →
石橋政嗣#6
○石橋(政)委員 ちょっとお尋ねをしておきたいのですが、それは恩給を受ける権利もしくは資格を喪失した公務員を、個々のケースにわたっていろいろ調査してみますと、非常にお気の毒なケースがあるような気がするわけであります。そういったものをこの際政府の方で全部洗っていただいて、救えるものはできるだけ広範囲に救っていただきたい、こういう感じを持ってお尋ねするわけでございますが、まず一つのケースとしてこういうのがあると思うのです。
 それは終戦前にいろいろな法律がございました。たとえば代表的な悪法と言われているのは治安維持法ですが、そのほかにも、私たちの調査いたしましたところによると、国防保安法、治安警察法、あるいは言論、出版、集会、結社等臨時取締法、思想犯保護観察法、いろいろあります。陸軍刑法、海軍刑法、軍機保護法まで含めるならば、相当の数があるわけでございますが、こういった新憲法の精神とは著しく相反するようないわゆる悪法によって処分を受け、そのために恩給の受給権を失った、資格を喪失したといったような人たちがずいぶんあるように聞いております。数にすれば大した数でもないかと思うのですが、こういった人たちをやはりこの際救済してやるべきじゃないかというように考えておるわけです。これが一つのケース。
 そこで最初に恩給局長にお伺いしたいのですが、こういった私が今申し上げたような例でおわかりだと思いますけれども、新憲法制定前の思想と学問の自由を拘束した治安維持法あるいはこれと類似の悪法、こういうものによって処分をされたために権利を喪失した人たちがどの程度おるものか、おわかりでしたら一つお答えを願いたいと思います。
この発言だけを見る →
八巻淳之輔#7
○八巻政府委員 今のお尋ねでございますが、犯罪による失権者の数というものの中で、さらにいろいろ新憲法下において認めておらないような法律によって失権したという人がどのくらいかというお尋ねでございますが、実はそういう犯罪による失権の統計というものはございませんので、現在正確なお答えをするわけに参りません。ただ最近における昭和三十二年から現在までの犯罪失権というものの数を見て参りますと十名内外でございますから、年間二名ぐらいの見当になっておりまして、戦前におきましても犯罪失権というものはそう数はない。一年に一人あるか二人あるかという程度であろうと思いますので、全体の数としてはそう大きな数ではございません。ただいまのところ、その数の問題につきましてはその程度のお答えしかできない次第であります。
この発言だけを見る →
石橋政嗣#8
○石橋(政)委員 まあ大した数ではないようでございますが、それだけ救おうと思えば救いやすいということになるかと思います。こういった法令に違反した人たちは、昭和二十年の勅令第五百四十二号によって一応資格の回復はしておるものと思うのです。御承知と思いますけれども勅令を申し上げますと、昭和二十年勅令第五百四十二号、「ポツダム」宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件ニ基ク政治犯人等ノ資格回復ニ関スル件という、この勅令によって、一応公民権その他の資格は回復しておるというふうに認識いたしております。にもかかわらず、恩給権は復活していないというふうな事情にあると思うのです。これと類似なものとして、公職追放で資格を失なったような人たちは、たしかこれは権利回復をしておられると思います。そういう点でアンバランスもあると思いますので、ぜひ今後調査検討の上、権利回復、資格回復をはかっていただきたいと考えるわけです。
 それからもう一つのケースは、これは占領下の問題として、いわゆる占領軍命令違反という法令を越えた強権によって処分をされて、そのためにこういった権利喪失、資格を喪失した人があるということも聞いておるのでございますが、そういう例があるのか、あるとすればどの程度あるのか、この点もあわせてお答えを願いたいと思います。
この発言だけを見る →
八巻淳之輔#9
○八巻政府委員 これも正確に何件というふうに申し上げられませんが、私どもはいろいろ事件を扱っておりまして頭に残っておる問題といたしまして、たとえば終戦直後、学校の校長さんが現地部隊からの要請によりまして、その現地部隊の持っておる残存兵器、弾薬というものを校庭に埋めるように命ぜられましてそれを埋めましたところが、軍政部の方から発見されまして、それによって陸軍刑法による武器隠匿罪の罪に問われて禁固の刑に処せられた。そのために恩給を受ける資格を失ったというふうな事例もございます。またある外交官につきましては、終戦直後、占領軍からの外交文書の引き渡し等の要求がございました。にもかかわらず、それに対して直ちに引き渡さなかったというふうなことのために、国内法を適用されて処刑されたというケースがございまして、そのために恩給年限が非常に短くなっておるという例もございます。それら占領軍のためにと申しますか、占領軍のさしがねによりましてそうした国内法の適用を受けて、国内法上の禁固の刑を受けたという例がございます。
この発言だけを見る →
石橋政嗣#10
○石橋(政)委員 そういったケースもやはりあるようです。これも救済の手を差し伸べてやるべきじゃないかという感じを持っております。
 それからもう一つは、これはそういったふうに一括してくくることはできないかと思いますけれども、非常に軽微な罪を犯した。この軽微という限界の判定は非常にむずかしいと思うのですが、普通常識上この程度の罪で恩給権を失うということは気の毒だというふうなものがあると思うのですが、そういうものが実際に事務を取り扱っておられた恩給局長としてあるというふうに判断されるかどうか、この辺も一つ御説明を願っておきたいと思います。
この発言だけを見る →
八巻淳之輔#11
○八巻政府委員 これは思想犯とかあるいはそうした確信犯ではございませんけれども、占領軍関係のことでございませんけれども、戦前非常に規律のやかましかった当時、ある中学の先生が子弟の父兄から菓子折りをもらった、それによって試験の点数を甘くしたかどうか知りませんけれども、それが贖職の罪に問われまして禁固の刑を受けて執行猶予ということになったのでございますが、そのケースなんかは相当長く三十年もお勤めになった方がそれでおやめになって、そうして恩給権がなくなったというようなケースもございます。現在これらにつきましては具申、訴願を経まして、さらに裁判所に出訴しており、その救済の方法についての争いを続けておりますが、法律上の解釈といたしましてはこれは何ともいたし方がない、これはあくまで失権であるというふうに思っております。こういうものにつきましては個々の実情としては非常にお気の毒だというふうに考えております。
この発言だけを見る →
石橋政嗣#12
○石橋(政)委員 以上恩給局長の御説明を総務長官聞いておられて、十分に御認識を深めたと思いますが、確かに私たち考えてみましても、今言った大きく分けて三つのケースにわたる事案によって受給権を失っておるという人たちは、まことに気の毒な例が多いと思うのです。この際つぶさに政府側においてもそういう例を洗っていただいて、その中からなるべく広範囲に救済していただくような措置を講じていただきたい、こういうふうに考えるわけですが、この点について今の話を聞いておられてどういうふうにお感じになったか。あわせて私が要望いたしておりますような方法を講じていただけるものかどうか、この辺を長官からお答え願っておきたいと思います。
この発言だけを見る →
藤枝泉介#13
○藤枝政府委員 先ほどから恩給局長がお答え申し上げましたように、恩給法の建前としては事のいかんを問わず、法律に触れて刑罰を受ければ失権するということになっておるわけでございますが、当時は反社会的な行為と目されたものも、新憲法下においては反社会的なものでないというふうになったもの、あるいはただいまおあげになりました占領軍命令というようなことで、しかもそれが国内法に触れたものはこれまた失権をするというようなこと、一方戦争犯罪人は戦犯に問われましたけれども、国内法に問われなければ失権してないというようなこともございますから、それらの点につきましては、個々の内容を十分洗いました上で、何らかの救済の方法をとらなければならないかと存じます。それから第三のおあげになりました例につきましては、これは認識の問題とかいろいろあろうと思います。しかしこれまた今恩給局長があげましたような事例は、事例としてはまことにお気の毒な件であります。そういう点を十分具体的に調査をいたし、そうしてそれを救済するとすれば、どういう方法でやればいいかというようなことを十分に研究をして参りたい。そしてできるだけ御要望に沿うような方向で持って参りたいと考える次第でございます。
この発言だけを見る →
石橋政嗣#14
○石橋(政)委員 非常に好意的な御答弁をいただきましたので、私これで質問を終わります。なお本委員会としても、こういった人たちを救うのは当然の義務でもあろうかと思いますので、後ほど附帯決議をつけることを皆さんに御相談申し上げたいと思います。一応質問を終わりたいと思います。
この発言だけを見る →
久野忠治#15
○久野委員長 次に受田新吉君。
この発言だけを見る →
受田新吉#16
○受田委員 この前の質問を続行いたします。今度の改正の重要点の一つである軍人の加算制度の採用の問題であります。これは事実上三年勤務を、三倍加算までを認めて、一つの形式的な恩給——普通恩給支給年数を計算しているわけでございますが、この制度そのものは今日はないわけなんです。過去の制度を、すでに恩典に浴している人とのバランスを考慮する上において、新しく取り上げることにしているわけでございますが、ここらに一つ問題があるのです。この加算制度というものは、本質的に今日の現状において、現に一部機関車に乗車する職員に対する措置がとられておりますが、政府としては加算制度というものを現に認めておられるのかどうか。これを一つ伺いたいのです。
この発言だけを見る →
八巻淳之輔#17
○八巻政府委員 ただいまの受田先生の御質問にお答えいたします。加算制度は、御承知の通り昭和二十八年に恩給法の改正によりまして、建前といたしましてやめるということになったわけであります。すでに文官恩給につきましても、御承知の通り一般の給与体系というものが、そうした特殊の労務、いわゆる勤労というものに対して、付加的ないろいろな手当をつけるというようなことで、そうした勤労に対する対価というものをあとにしわ寄せないで、その場決裁でやっていくという給与体系をとっておりますので、従いまして危険業務加算であるとか、その他の危険業務加算というものは全部なくしてしまったわけでございます。それでたまたま機関車乗務につきましては、経過的にそれを保存していたわけでございますから、恩給法の体系といたしましては、加算制度というものはそこで打ち切られて、新しく出発したということが言えると思います。従って今回の軍人恩給に関する加算というものは、あくまでも既裁定者とのバランスというものを考えての措置でありまして、これをもって全面的な恩給体系の上で加算制度を復活するということではございません。
この発言だけを見る →
受田新吉#18
○受田委員 この加算制度を今日原則として認めていない。こういう段階で、昔の加算制度を容認した立場で提案されておりますので、十分ここで法律的にその根拠を明らかにしておかなければ、新しく支給を受ける人々も、給与の対象となる人々も、国民に納得してもらってその支給を受けるという形にしておかないと、何だか昔の封建的なものが復活したような印象を国民に与えたままで、非常に気がねをしながら、この新しい恩給や扶助料をもらうということになると、ここにせっかくの政府の意図とは逆な方向に国民の内部に摩擦、相剋を起こさせるおそれもある。そこで私指摘しておきたいことは、既裁定者とのバランスをとる上においてという理由でこれをやられるのか、またほかに理由があったのであるか。バランスをとってやられるというのであれば、昭和二十八年に改正されるときになぜやられなかったか、この問題をお答え願いたい。
この発言だけを見る →
八巻淳之輔#19
○八巻政府委員 今回の加算実施につきましては、恩給内部におけるそうした既裁定者と未裁定者との間の処遇の開きというものを、調整していこうという点にあるわけでありまして、もっと広く考えますと、結局全般といたしまして、既裁定者といわず未裁定者といわず、主として応召兵でございますけれども、そうした応召兵、下士官、兵という方々が相当年月外地で御苦労になって帰ってきておる、そういう方方が相当の年配になってきているというときに、何らか国家としての処遇をすべきであるというのが全体を貫いた思想でございます。端的には、今申し上げましたように、恩給内部でのそうした不均衡をなくしていこうというのがねらいでございます。
この発言だけを見る →
受田新吉#20
○受田委員 私今お尋ねしていることは、二十八年の改正のときに、なぜこの問題が解決されなかったかという原因を心配しておるわけです。そこについてのお答えを願います。
この発言だけを見る →
八巻淳之輔#21
○八巻政府委員 昭和二十八年に法律百五十五号で軍人恩給が出発いたしました当時、加算制度は全面的に打ち切るということにいたしましたけれども、既裁定者につきましてはこれを認めようということになったわけでございますが、全面的に同じように扱うかどうかということにつきましては、当時の国家財政の事情もございまして、遺族、傷病者に重点を置いて処遇していこう。健康でいる人はあと回しと申しますか、遠慮してもらおうというふうな考え方、それからまたその当時における人事記録の上からいいましても、なかなかこれらのことが実施できるという段階になかったというようなこと、また昭和三十年にこの調査が行なわれたのでありますけれども、この加算を実施いたしますと、対象者が大体七十五万人ぐらいいる。この七十五万人というものも相当若い年令層で、現在は終戦後十五年たっておりますから、その当時三十才であった人はすでに四十五才になっておりますけれども、まだ二十八年と申しますと今から七、八年前でございますので、まだ相当年令層も若い、こういうような段階においてそういう加算問題というものを考える段階ではなかったわけでございます。
この発言だけを見る →
受田新吉#22
○受田委員 考える時期でなかった。それがこのたび、臨時恩給等調査会の答申についても、これについてははっきりした結論が出ていないわけであります。それに基づいて提案をされておるのでありますが、ここで一つお伺いしておきたいのは、この既裁定者の数と未裁定者の数は、臨時恩給等調査会のときよりも、その後調査が進んで多少プラスされておるものがあるかないか。それから現在の規定に基づく恩給の支給によって、ピーク時にどれだけの国家負担が要るか。つまり軍人三倍加算の制度を採用することに基づく国民の財政負担がどれだけになるかということを、既裁定者の場合と新しい裁定者の場合に分けて御答弁を願います。
この発言だけを見る →
八巻淳之輔#23
○八巻政府委員 昭和三十二年に臨時恩給等調査会が開かれたわけでありますが、その当時の調査では七十五万という対象者の中で、約二割方が四十五才以上であるというデータでございました。ところでその後年令構成が一年ごとにだんだん上昇して参りますので、現在におきましては——現在と申しますか、三十七年度から本案は普通恩給について実施しようというのでございますが、三十七年度におきましてはその半数が四十五才以上に達する、こういう段階になっております。従いまして臨時恩給等調査会のときの四十五才以上の年令層というものと現在とは、相当違ってきておるということが言えると思います。それから既裁定者の数、全体として現在まで裁定した数は、約五十万くらいでございます。片や未裁定者、今回対象にいたしておりますのは七十五万、そういうことになっております。そうした大体の比率になっております。今回実施いたそうとするところの七十五万というものが、年令構成がだんだん高くなりますので、四十五才から五十才までは恩給の半分、五十才から五十五才までは七割、五十五才からはフルにもらえるというふうな恩給の方式になっておりますので、この方々が五十五才以上になるというときは、あと十五年くらい先であるということで、十五年先の昭和五十一年というものが一番恩給費の所要額の上でもピークになるということでございます。昭和三十七年度におきましては、本案では十月実施ということで四分の一しか実施しないわけでございますけれども、平年額として三十七年度はその費用が四十億、従いまして三十七年度といたしましてはその四分の一ですから、十億しか顔を出さないということでございますが、それがさらに平年化してだんだん延びていく、十五年先の昭和五十一年には百十七億ということに推定されております。また生存者の方の関係におきましても、五十万ということで年令構成も当然上がって参りまして、この五十万の方の経過というものにつきましては十分データをとっておりませんけれども、やはり十年先くらいが相当ふえていくというふうなことになると思います。従いましてやはり七、八十億のものに上るのではなかろうかと思います。一方におきまして公務扶助料の方の額というものは、これは年令層も高うございますから、漸次減っているということになりまして、恩給費全体から見ますと昭和五十一年ころには三、四割くらいは落ちてくるという勘定になります。従いましてこの加算関係の予算の将来の伸びというものは、恩給財政というものをそう圧迫はしていないということが言えると思うのでございます。
この発言だけを見る →
受田新吉#24
○受田委員 ピーク時が百十七億ということでございます。そのころには所得倍増は相当なところで、倍増後さらに五年もたっていることですから、国民所得も相当なところへ行っている。つまりこの恩給がそのままとどまっておるとすれば、そういうことになるのです。私この問題に関連して、この前の質問で伺いました退職公務員の給与のベース・アップ、従って恩給金額の増額、そういうものが当然無視できないと思うのです。やはりこれが現在の公務員にある程度追っかけていくような形をおとりになることは、藤枝長官がこの間仰せられた通りでありますから、百十七億というものはやはり十五年のうちには金額の上で、相当の増額をされるということも予想されることだと思うのですが、これは藤枝さん、そうでありますね。
この発言だけを見る →
藤枝泉介#25
○藤枝政府委員 恩給の額そのものについて、生計費その他社会情勢の変化に伴いまして、これをある程度改定しなければならないであろうことは、この前もお答え申し上げた通りでございます。そうして今回の加算の実施につきましては、ただいま恩給局長が申し上げましたように、十五年後百十七億という数字になります。しかしそれと同時に一方公務扶助料その他の金額は、四百億くらいはその当時には減るということでございます。従いまして単にこの七十五万の今回の処置について、十五年後このままであるならば、百十七億ということでございますから、恩給の額そのものが全体として引き上げが行なわれますならば、それだけふえるということは当然だと考える次第でございます。
この発言だけを見る →
受田新吉#26
○受田委員 そこでもう一つ問題があるのは、危険区域、著しく生命の危険のある戦地、これは階段があるわけですけれども、その階段を大東亜戦争の規模という形から見て、戦前の恩給法に規定しており、また施行令にいろいろと規定したそういう危険地域の分類というものが、大東亜戦争の末期にそのままの形で採用すべきであったかどうかという問題があると思う。国内も当時盛んな空襲を受けて、戦地と指定した地域以上の危険な地域もあったわけですから、大東亜戦争の末期の様相は、恩給法の古い観念の、いわゆる外国の地域で危険な戦争に参加したというような立場でなく、国内もりっぱな危険地域であったわけです。そういうものはどういうふうにお取り扱いになるのでしょうか。
この発言だけを見る →
八巻淳之輔#27
○八巻政府委員 今回の措置といたしましては、あくまでも終戦までの昔の恩給法に基づいて、それぞれ三カ月の加算をつける地域、二カ月の加算をつける地域というふうな、地域なり時期なりを内閣告示に譲っておりまして、そうしたものがすでに旧秩序として戦前に安定しておるわけでありまして、それを守って、その尺度でものを見ていくということにいたしたいと思います。なお戦後の今日、いろいろな価値判断もできると思いますけれども、やはり一つの技術としては旧秩序を守っていく。旧秩序によって既裁定者と未裁定者とのアンバランスを調整していくということでないと、収拾がつかないことになりますので、新しい観点での見直しとか、あるいは旧秩序にもなかったような加算を新しく設けるということについては、非常に慎重に考えなければならぬと思っております。
この発言だけを見る →
受田新吉#28
○受田委員 旧秩序ということをしきりに言われておりますが、これは実態に即しなければならぬと思う。大東亜戦争のような規模の、国内戦などということは予想もしなかった古い時代に作られた規定を、今ごろそのまま用いて価値判断をするということは、私は公平の原則に反すると思うのです。実際戦地であってもその危険の度合いがはなはだ薄いところもあったし、国内であっても大東亜戦争の末期の様相は、大都市及びその周辺などは、非常な危険にさらされたのですから、戦地、危険地域と指定されたところ以上の危険を感じておった時期があったのですから、そういうものを全然無視して、危険の度合いを旧秩序で考えていけるというような旧観念でこの問題が処理されると、新しい時代感覚から見たらはなはだ公平の原則に欠ける。国内で特別危険な地域に勤務した人、戦地から帰ってきて、国内の危険地域に転勤して終始空襲にさらされて、多くの犠牲者も出たところで勤務された人が除外されるということになると、先ほど申し上げたような立場から見ても、旧秩序が大東亜戦争の様相では、末期では変わってきたのではないか。そのことまで含めたものを旧秩序として見るべきではないかと思う。
この発言だけを見る →
八巻淳之輔#29
○八巻政府委員 その旧秩序と申したことが、非常に古いというふうに感じ取られたかもしれませんが、価値判断としてそうした危険であるかないかということは、戦争の終結までにおいて十分勘案してああした告示が出ておるわけでありまして、一般的に内地は戦場にならなかったというようなことからいって、内地についてのそうした地域的な加算は認めていないわけでございます。これらを新しい観点から、内地もどこどこはどうであったというふうなことを考えるということにつきましては、新しい問題として提起されるわけなんですけれども、今回の既裁定者と未裁定者との恩給内部における不均衡を是正していくという趣旨から、さらに前進した問題になるわけであります。慎重に検討しなければならないと思います。
この発言だけを見る →
← 戻る