社会労働委員会

1955-07-18 衆議院 全183発言

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会議録情報#0
昭和三十年七月十八日(月曜日)
    午前十一時三分開議
 出席委員
   委員長 中村三之丞君
   理事 大石 武一君 理事 中川 俊思君
   理事 松岡 松平君 理事 大橋 武夫君
   理事 山下 春江君 理事 山花 秀雄君
   理事 吉川 兼光君
      臼井 莊一君    小川 牟次君
      亀山 孝一君    小島 徹三君
      横井 太郎君    亘  四郎君
      加藤鐐五郎君    小林  郁君
      高橋  等君    中山 マサ君
      野澤 清人君    八田 貞義君
      岡本 隆一君    滝井 義高君
      中村 英男君    長谷川 保君
      八木 一男君    柳田 秀一君
      堂森 芳夫君    中原 健次君
 出席国務大臣
        厚 生 大 臣 川崎 秀二君
 出席政府委員
        大蔵事務官
        (主計局次長) 正示 啓次君
        厚 生 技 官
        (医務局長)  曾田 長宗君
        厚 生 技 官
        (薬務局長)  高田 正巳君
        厚生事務官
        (保険局長)  久下 勝次君
 委員外の出席者
        衆議院法制局参
        事(第二部長) 鮫島 真男君
        専  門  員 川井 章知君
    —————————————
七月十六日
 委員山本利壽君辞任につき、その補欠として加
 藤常太郎君が議長の指名で委員に選任された。
同日
 委員加藤常太郎君辞任につき、その補欠として
 山本利壽君が議長の指名で委員に選任された。
同月十八日
 委員牧野良三君及び受田新吉君辞任につき、そ
 の補欠として横井太郎君及び田原春次君が議長
 の指名で委員に選任された。
    —————————————
本日の会議に付した案件
 未帰還者留守家族等援護法の一部を改正する法
 律案(内閣提出第六九号)日雇労働者健康保険
 法の一部を改正する法律案(内閣提出第一〇三
 号)
 日雇労働者健康保険法の一部を改正する法律案
 (八木一男君外十四名提出、衆法第一七号)
 医師法、歯科医師法及び薬事法の一部を改正す
 る法律の一部を改正する法律案(三浦一雄君外
 四十九名提出、衆法第五二号)
 駐留軍労務者の健康保険問題
    —————————————
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中村三之丞#1
○中村委員長 これより会議を開きます。
 まず三浦一雄君外四十九名提出の医師法・歯科医師法及び薬事法の一部を改正する法律の一部を改正する法律案を議題となし質疑を続行いたします。野澤清人君。
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野澤清人#2
○野澤委員 前回に引き続きまして質疑を続行いたします。前に処方せんの義務発行の除外例についてお尋ねいたしたのでありますが、さらにこの点についてお尋ねを申し上げたいのであります。
 処方せんを発行することを、医者の立場からきらうということでありますが、これを抽象的でなしに、実際に即した考え方から御説明を願いたいと思います。
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加藤鐐五郎#3
○加藤(鐐)委員 これは先般御答弁申し上げたように、いろいろな病状によりまして、知らせることがいかぬということ、これが一番おもなる点であります。また具体的にというお話であれば、医師の調剤を受ける者に処方せんを書くというととは、むだな骨を折らせるということからであります。御承知のごとく、処方せんには向うの名前を書いたり、生年月日を書いたり、薬の名を一々書き、分量も書き、使用期限が幾日か、そして医者の住所氏名、いろいろな手続をしなければなりません。これは、そこで薬をもらうという者には、明らかに煩瑣な手続であると思うのであります。
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野澤清人#4
○野澤委員 重ねてしつこく申し上げますが、医者が姓名を書き年令を書いて処分を書き上げなければならぬということの煩瑣ということは、診療のワク外の煩瑣だと思うのであります。これに対して、医者の主観だけで煩項だ、から処方せんは書きたくない、こういう議論は成り立たないと思うのであります。この問題について、医薬関係審議会等においても相当論議もされ、さらに第十国会において分業法案が成立いたしますときにも、かなり突っ込んだ質疑応答があったようでありますが、こうした問題について、ただ概念的に煩瑣だから書きたくないのだということでは、理由にならぬと思うのであります。何らかこれに対して、はっきりした根拠が浮ばなければならぬと思うのでありますが、この点、お伺いします。
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加藤鐐五郎#5
○加藤(鐐)委員 私の答弁の仕方が悪かったかもしれませんが、これは私が申さなくても、野澤君はよく御承知のことであろうと思いますが、一例を申し上げますれば、たとえば、私どもが病院で診察をいたします。そして何十人という入院患者を見て歩きますが、一々処方を変えなければならぬ場合がございまして、その場合、ただいまの例によりますれば、助手に向ってこれこれの薬をこうしろということを言うわけでありますが、これを朝の一時間の間に何十人の患者に一々処方せんを書いて見せるというようなことは、煩瑣過ぎると思います。ただ形式的にそれを取るということは、この一例をもってしても、これは容易ならざる煩項であって、無用なことであると私どもは信じております。あなたの方から言えば、無用じゃない、大いに有用であるとおっしゃるでありましょうが、それは見解の相違と申さなければならぬのであります。とにかく私どもは煩瑣であって、その結果はどうかと申しますれば、やはり患者の負担が軽くなるという理由は少しもなかろうと思うのであります。
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野澤清人#6
○野澤委員 加藤先生のこんにゃく問答を聞いておっても、はっきりしませんから、大石君の方にお伺いします。
 それでは具体的に、どういう場合に不必要と思われるのか、この点をはっきりしていただかないと、国民大衆は、医者の主観によって処方せんは出したくないのだ、出したくない理由には相当の根拠があるのだという想像をたくましゅうすれる憂いがあるので、お医者さんにとって、まことにお気の毒だと思いますので、この際はっきりした態度を表明していただきたい。
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大石武一#7
○大石委員 ただいまの野澤さんの御意見は、まことにごもっともであります。以前にも申し上げました通り、今度の法案では、処方せんを発行することを別に拒否はいたしておりません。ただ患者の希望します場合に、処方せんを発行しなくてもよいという除外例がございますが、これは別に処方せんを発行することがいやだというわけではないのであります。なるほど、先ほど加藤提案者より言われましたように、事実一々処方せんを書くことは、非常に煩瑣な場合がございます。一例を申し上げますれば、大学病院の例でございますが、処方せんは大学の薬局へやっておる。とのような場合に、患者に一々書いて見せなければならぬ必要は私はないと思うのであります。書くことは、ほんとうに手数でございまして、病院だけに通用する処方せんの書き方がございますが、それを患者に見せる場合には、それでは通用しませんから、一々日本語に書き直すなり、ほんとうにわかりやすいラテン語に直すことは、容易ならぬむだな手数でございます。それもありますし、それからもう一つ、これはまだきまったことではございませんが、私は処方せんを発行する場合には、原則として処方せん料を取ることが妥当であると考えております。これからの近代的な感覚からいえば、とにかく人は働いただけの報酬をもらうことが正しいと思います。従って、処方せんを書く場合には、当然処方せん料を取ることが、私は一番新しいやり方ではないか、こう考えるのでございまして、別に、その医者から薬をもらう場合に、わざわざ二重の処方せん料を払って処方せんをもらう必要もなかろう。もちろん、患者に処方せんを出すことは義務でございますが、患者が特にその医者から薬をもらう場合には、処方せんを出さなくてもいいということにした方が、むだな費用が省けるだろう、とのような気持であります。
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野澤清人#8
○野澤委員 何べん問答しても、納得のいく御返事が出ませんので、一応保留しておきましょう。保留しておきますが、今、大石君のお言葉では、処方せんを発行することは医者の診察の義務である、こういうことをおっしゃられておる。義務であるならば、多少煩瑣であっても、これは行うのが建前だと思うのです。それを単に医者が事務的に煩瑣であるという理由でこれを拒否するということは、当らないと思うのです。この点に関して、あくまでも加藤先生も大石先生も、これは医者が不便だから、また厄介だから書かないのだ、こういうことを主張されていますが、大学病院あたりに行けば、たとい院内処方というものであっても、一々書いておる実情です。書き得ないというのは、むしろ開業医の場合において、多少煩瑣であるということが言い得るかもしれませんが、この煩瑣ということだけで、もし世の中の事柄が解決するならば、たとえば、物品を売りまして領収書を出すのも煩瑣であり、レストランで料理を幾種類も食べて、その料理の単価を書いて金を取ることも煩瑣であります。そういう主観的な煩瑣によって、国の規定というものがあいまいに曲げられていくことは、国民の感情としても、国家の制度としても、これは絶対に避けなければならぬことだと思うのです。
 そこでお尋ね申し上げたいととは、私が前回に秘密治療ということを申し上げて、そういうことは知らぬということをおっしゃられましたが、秘密治療の反語である医療内容の公開に対して、きわめて不親切であると私は思うのであります。なお医者自身として、自分で患者を診察した上に、その患者はこれこれの経過をたどっておるからというので投薬する内容を一般患者に示しても、何ら差しつかえないと思うのであります。その処方せんを一応発行しておいて、それを患者に持たせて、その上で患者がどこから薬をもらうかということをこの前の国会できめられた。これが最も合理的であり・民主的だという見解のもとにそうきめられた。従って、薬事法の中にこれを入れているものを、さらに逆戻りするように医師法の中にこれを舞い戻らした、ここには相当の故意または作為が働いておると思われるのです。それは、単にめんどうだからという理由だけでは、せっかく第十国会であれだけの騒ぎをしてきめられた議員諸君の面子もゼロになるし、国会の権威も失墜することになるのではないかと思うのであります。極論するようでありますが、私は、むしろこの医薬分業ということを、あなた方が絶対に拒否するという精神ならば、それはわかりますけれども、この間加藤先生も大石先生も、医薬分業を暫定的に推進する意味においてということで今度の改正案を出された、こういうことでありますと、医薬分業に対する理解が那辺にあるかわからないわけであります。従って、処方せんを発行することが厄介なのではなくて、発行するのが当りまえなのでありますから、当りまえの場合に対して、これをどうしても患者の治療上支障がある、あるいはまた医者の治療方針をきめる上においても不行き届きがあるからという理由で除外例を設けるというのなら、意味があると思います。この点に関しては、医薬関係審議会で一年以上ももみにもんで、どんどん今成案を作っておる、これまで御破算にしようという考え方には、相当の作為がなければならぬ。作為の根拠は何かというと、医者自体は、自分の技術を公開することをきらっている。たとえば、一人の患者に処方せんを渡す、これが町の薬局に行き、二回、三回と続いていくうちには、その医者の技術内容が国民に暴露される。従ってその医師の技術内容に対する大きな恐怖観念から・処方せんの発行ということに対して、あらゆるもっともらしい理由をつけて拒否される理由があると思うのであります。こうした事柄を今後とも続けていくということであれば、日本国民ほど不幸なものはない。従って、との提案理由の説明にありますように、国民や患者の立場から立案したというものの、その第一ページからして、すでに国民の意思をじゅうりんして、しかも国家の新しい制度に対する撹乱方策をするものと考えられますが、この点どういうふうに御弁明になりますか、お伺いいたします。
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大石武一#9
○大石委員 お答えいたします。ただいまの野澤委員のお考えには、少し誤解があるように思いますので、それをお答えいたしたいと思います。私どもは、処方せんの発行を拒否いたしてはおりません。処方せんを発行することを前提として、との制度を認めておるのでございます。だだ、先ほども申し上げましたように、野澤委員の申されましたように、除外例においてのみ処方せんは出さなくてもよかろう。もちろんその場合にも、患者が処方せんをほしいと言えば、必ず出すのであります。決して処方せんを出すととは除外いたしておりません。
 それから、医者がその処方せんを発行することによって、医者の技術内容が暴露して、医者が信用を失墜するのをおそれて処方せんを発行しないのだということでございますけれども、処方せんを書くというととは、これは医者の技術の一端でございます、全部ではございません。その前に診断をし、その他の治療をすることも、たくさん重大な問題がございますので、これはもちろんその手当の一部でございまして、決して処方せんだけが医者の技、町内容の全部ではございません。またかりに、処方せんを発行して薬剤師に二回、三回いきました場合に、一体だれがその医者の技術を批判するのでございますか、薬剤師は医者の技術はわからないはずでございます。医者は薬剤師の薬の作用と薬量、そういうととはわかりますけれども、その病気の診断がどのような診断であり、どのような病気の進行状態であり、どのような治療を要するかということは、薬剤師はわからないはずであります。そういうことがわかったら、私は不思議だと思います。従いまして、幾ら処方せんを薬剤師に発行しましても、それによって医者の技術内容が暴露されて、医者の信用を失墜するということは、私には考えられないことでありまして、これは少し思い過ごしではなかろうかと思う次第であります。繰り言ではございませんが、私は処方せんを発行するのを、決して拒否してはおりません。この法案の一番大きな前提は、医者は患者を診療して、投薬することが必要であると認めた場合には、必ず処方せんを発行しなければならないと第一番に規定してございます。
  〔委員長退席・中川委員長代理着席〕
ただその患者が、医者から薬をもらいたいと言った場合に、あるいはどうしても処方せんを発行することが患者の治療上不都合な場合にだけは、処方せんを発行しなくてもよい建前になっております。それでも患者が、医者から処方せんをもらいたいと言えば、これは出さなければならないのでございますから、別に処方せんを発行することを拒否しているのではございませんので、一つ誤解のないように御了解願いたいと思います。
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野澤清人#10
○野澤委員 大石さんの説明を聞くと、もっともらしく聞えるのですが、医薬分業に対して、医師が診察をし薬剤師が調剤をするということは、明治六年の太政官布告以来、一貫した日本の医薬制度を確立する上においての考え方であります。そうした考え方によって、一方は医学の教育をし、薬学の教育を発展させていく、しかも五万有余の薬剤師が今日完成しております社会情勢から見ると、当然一方は医学の真髄をきわめ、一方は薬学をおさめた者が社会的に両立している。こういう現況から見れば、当然調剤の分離ということが考えられなければならない。調剤の分離ということを考える前提としては、本質的なもの以外に付帯する大きな条件としては、処方せんがどれだけ出るかということだろうと思うのであります。従ってあなたの言われるように、今度の改正案の二十二条というものは一応は原則的には処方せんを出すということを示しております。しかし「ただし、次に掲げる場合においては、この限りでない。」というただし書きでありますが、「一 患者又は現にその看護に当っている者が特にその医師から薬剤の交付を受けることを希望する旨を申し出た場合」「二処方せんを交付するととが患者の治療上特に支障があると認める場合」、この二つの場合を取り上げてあるのであります。第三者が考えますと、きわめて妥当な項目のように考えられますが、これは基本法でありますところの第一項の精神を九割九分まで破壊する文案でありまして、これをしますというと、患者を診察したお医者さんというものは、処方せんは原則的に出さなくていいのだ、こういう結論に到達するわけであります。そこで第十国会では、こうした法律はむしろ薬事法の方にというので、一応処方せんをもらってから、どちらから薬品をもらうかという自由選択権を、処方せんを握った上で与える。これでも一般には、完全分業ではなくて任意分業であるといわれるまでの議論が起きておるのであります。こういう経過から見て、今度のこの改正案を出された精神というものは、全く医薬分業の考え方、精神を、そのまま踏みにじるような行き方であるというように考えられるわけであります。
 そこで、医務局長が見えられましたから、第十国会において論議された当時から、さらにまた昨年の医薬関係審議会等において述べられました処方せんの義務発行に対する除外例について、どういう話し合いがあったか、これを一つお述べを願いたいと思うのであります。
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曾田長宗#11
○曾田政府委員 この問題につきましては、いわゆる医薬関係審議会におきまして、いろいろと幾つかの意見が出、それを次第に調整して参っておるわけであります。御承知のように、まだこれが一通りまとまるという段階までは至っておらぬのであります。いかような意見が出て、それがどの程度にまとめ得るかということにつきましては、これは非常に重要な御質問でございまして、私、口頭であまりあやふやなことを申し上げてもいかぬと思いますので、医薬関係審議会の今までの記録等を参酌いたしまして、必要があれば資料として差し上げたいというふうに考えております。
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野澤清人#12
○野澤委員 局長にお願いしておきますが、明日までに資料を提出していただけますか。
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曾田長宗#13
○曾田政府委員 よろしゅうございます。
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野澤清人#14
○野澤委員 幸い薬務局長と医務局長と見えておられますので、この際一応政府の立場に立たれておるお二人にお尋ね申し上げるのですが、分業法案の変形が、ここにこうして改正案として提出されましたけれども、医師法の改正案のこのただし書きの条項を、そのまま国会が受け入れるという段階になった場合には、分業の精神は生きていくか、死ぬかという問題であります。率直にこの点をお伺いしたいと思います。
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曾田長宗#15
○曾田政府委員 私どもとしましては今日いわゆる昭和二十六年の法律が明年の四月一日から施行されるものというふうに考えておるわけであります。その精神から参りますれば、今回御提出になりました新しい改正案でございますが、これはすでに皆さんも十分御承知とは存じますけれども、全く同じものであるというふうには考えられないのであります。すなわち、従来の二十六年の法律によりますれば、本人、患者または看護に当る者が薬剤の調剤を医師に求めようと、薬局に求めようと、一応処方せんは患者または看護に当る者に交付されなければならないということになっておるのでありますが、今回の改正案によりますれば、薬剤の交付を希望するということを医師に申し出た者には、処方せんを渡す必要がないという、この点が一つ重大な相違であるというふうに考えておるのであります。私どもは、二十六年の法律の建前に立ちます限りは、これは少からぬ大きな変更であるというふうに考ておるわけであります。
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野澤清人#16
○野澤委員 少からざる大きな変更であるといいますが、医薬分業に対して、いい方に少からず変更になっておるのですか、逆行するような悪い方に変更になっておるとお考えですか。
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曾田長宗#17
○曾田政府委員 私ども再々申し上げますように、二十六年の法律の立場に立つ限り、一応処方せんは患者に渡しまして、そして患者がその上で医師から調剤を求めようと、薬局から求めようと、これは全く自由に選択できるという建前が、今までとってきた方針でございます。それから参りますれば、今度の方針は幾分くずれてくるということになって参ります。
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野澤清人#18
○野澤委員 薬務局長にちょっとお尋ねしますが、今医務局長の方では、幾分、ちょっと悪い方になるというような意味のことを言われて、相当の変革であると前に説明しておいて、ちょっぴり濁しておりますけれども、こういう態度が、今日まで医薬制度を誤まらしめた政府の優柔不断なる態度だと思うのです。そんなことでなしに、もう少しはっきりした見解を示してもらいたいと思うのです。これは非常に重大な問題だと思います。しろうとの、いわゆる第三者の議員諸君から考えますと、うらはらになっているから、何でもないように考えられますが、分業そのものの建前からいくと、大きな逆行であると私は考えておりますので、との点に対して薬務局長はどういう御見解を持っているか、あいまいなお返事じゃいけません、はっきりした御見解をお伺いたしたいと思うのです。
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高田正巳#19
○高田(正)政府委員 ごく率直にお答えいたします。二十六年の法律が今回のような改正をいたされたと仮定いたしますと、処方せんの出方は非常に少くなる、これは自明の理だと思います。それからなお、国民の自由という立場からでございますが、私ども、二十六年の法律がとっておりまする処方せんを手にしてから、いずれで調剤してもらうかということを国民が選択をいたすことが、今回の、処方せんをいただく前に薬剤の交付を希望するかどうか、それによって処方せんをやるかやらないかということがきまるという制度よりは、国民にとってはより自由だと考えております。
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野澤清人#20
○野澤委員 大体今度の改正案というものは、医師法のただし書きにおいて、すでに分業法をむしろ破滅に導くような悪質な改正案だというように私も考えておったのでありますが、政府の方方からも、法律二百四十四号からは逆行するというような御証言がありました。これは一つ提案者の方において、十分に御勘考を願いたいと思うのであります。
 そこで、ついでに提案者のお二人の方々からは、医者が診察をして、処方せんを出すのは厄介だから出したくないのだ、こういうことをるる申されておるのですが、診察に対して処方せんを書くというととは、医師の主観だけで、厄介だから書かなくてよろしいという提案者の理由というのは、何ら根拠がないと思う。この点、せっかくおいで願ったのですから、医務局長はどういうふうにお考えになられますか、御解説を願いたいと思います。
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曾田長宗#21
○曾田政府委員 医師が診療に当ります場合に、できるだけむだな時間を省いて患者に対する実質的なサービスの時間にこれを振り向けるというととは必要なことだ、できるだけさような方向に進むべきだというふうには考えるのであります。しかしながら、ただいまの処方せんを作成するということにつきましては、原則としては、医師が愚考に投薬をいたします場合には、これはあくまでも従前からも処方せんは書くべきものたった、また現実に書いている方も非常に多い、また病院におきましては、必ずのように処方せんを一ぺん患者に渡して、患者が薬局に持っていって薬剤をもらっているというような実情でありまして、医師としては処方せんを書くことが、少くとも望ましいことだというふうに考えております。
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野澤清人#22
○野澤委員 加藤先生も大石先生も、政府の見解おわかりだと思いますので、一応念だけ押しておきます。
 ついては、第二の問題として、この改正原案を見ますと、もちろん薬事法もそうでありますが、医師法の刑事罰を除いたという点であります。五千円の罰金をきらってこれを行政罰にしたというような考え方からでありますが、こうした考え方の根拠は、どういう点から御出発になっておりますか、お尋ねいたします。
    〔中川委員長代理退席、委員長着席〕
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加藤鐐五郎#23
○加藤(鐐)委員 その前に、政府の答弁がありましたが、野澤君がお聞きになることは御自由でございますが、いわゆる二百四十四号は、来年の四月一日から実施される法案でありますがゆえに、事務官がよく言うととは当然でございまして、感想といたしましては、事務官としては当然過ぎるほど当然なことを答えたのでありまして、むしろお聞きになる方が、やぼとは失礼でございますが、やぼではなかろうか、こう思っておる次第でございます。私どもが処方せんを出すことを拒否すると
 いうのではないのでありまして、処方せんは出さねばならぬという原則を持っておるのであります。それがある疾病に対しては、これは控えた方がよかろう、そういう控えた方がよかろうというのに加えるのに、煩雑ということもあるのでございますがゆえに、率直にお答えいたした次第でございます。おそらく私は処方せんを出さないなんて者はいまだかつてなかろうと思います。何万人の中でございます、あるいはどういう心得違いの者がおるかもしれませんがかような罰則はほとんど用なきものでございます。処方せんだけでなく、ほかに医師法においては相当罰則があるのでございまして、こんなものはあってもなくても大した相違はないと思ってこれは省いた方がよかろう、こう思ったのでございます。
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野澤清人#24
○野澤委員 加藤先生にお尋ねしたことは、そういう事柄じゃなかったのですが、どうも質問事項に答えられないで、ウナギ問答をしても始まらないと思いますから、大石君から一つ御回答を願います。
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大石武一#25
○大石委員 いわゆる刑事罰を削ったというととは、医師法の中に、すでに医師がいろいろな不正なことをしたり、あるいは医者の名誉を汚すようなことをしたり、いろいろな悪いことをした場合には、営業の停止であるとか、あるいは免許状の剥奪であるとかいろいろな行政処分がありますから、それ以上にさらに悪いことをした場合に五千円の刑事罰を加えるということは、屋上屋を重ねる感じがいたします。前の行政処分だけで十分じゃないか。少くとも、行政処分は五千円の罰金よりは重いはずでありますから、これだけで十分であろうというところから、刑事罰を削ったわけであります。
 それから、ちょっと政府委員の答弁に間違いがあったような気がいたしますので、申しておきますが、先ほど、大学病院では、患者に一応処方せんを渡して薬局からもらっておるではないかというお話でありましたが、これは病院だけでなく、どの医者でも必ず処方せんを書くのであります。書いて、それを患者に持たせるなり、看護婦に持たせるなりして薬局に行って薬局から薬剤師が調剤した薬をもらっておる。大学病院では処方せんを渡しておるではないかというお答えは、間違いだと思います。おそらく大学病院では符牒で書いてございますから、しろうとの患者が見て、その符牒がどのような薬であるわかるわけではございません。それは間違いだろうと思います。それから、そのような処方せんでいいならば、医者は患者を診察して投薬する場合、その患者に処方せんを持たせて、それを自分の病院の薬局に持たせてやれば事足りるのでありまして、あの考えは、ちょっと間違いではないかと思いましたので、自分の考えを申し上げておきます。
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野澤清人#26
○野澤委員 処方せんの問題は、大体論理が合っていないのですから、幾ら問答をしてもケリがありません。どの患者にも処方せんをやっておるといいながら、めんどうだから発行したくないという。論理が全然尽されていないのですから、提案者はきわめて無知識であると私は断定いたします。
 そこで、刑事罰の問題ですが、あなたは、行政罰で営業停止や免許状の取り消しという項目があるから、五千円の罰金は過重になるので必要はない、五千円の罰金よりも営業停止、免許状の取り消しという方が重いはずだということを説明をされております。それでは現在開業医の中で、こうした処罰を食っておる人が相当あるとお考えでございますか、この点お伺いいたします。
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大石武一#27
○大石委員 私は詳しい統計は知りませんからわかりませんが、営業停止や免許状の取り消しは、さほど多くないと思います。
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野澤清人#28
○野澤委員 さほど多くないと概念的にお考えなのか、今後相当多くなるという見通しをつけておられるのか。なぜこういうところにこだわりを持つかの気持がわからないので、お尋ねしておるわけです。刑事罰を行政罰にかえるという根本の考え方が、刑事罰よりも行政罰の方が重いのだというお考えで、あなた方はこうしようというのか、軽いのだということでこうしようというのか、その根拠をお聞きしておるわけです。
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大石武一#29
○大石委員 もちろん私は、刑法上でどちらが重いかわかりませんけれども、とにかく営業停止とか免許取り上げの方が実質的には五千円以下の罰金よりもつらいと思います。ですから、これだけでありますから、屋上屋を重ねる必要はないのではないか。近代的な国家は、なるべく人を罰する刑罰は少い方がいいと思うのであります。そういう意味で取ったのであります、他出息はございません。
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