建設委員会

1973-02-28 衆議院 全164発言

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会議録情報#0
昭和四十八年二月二十八日(水曜日)
    午後零時十六分開議
 出席委員
   委員長 服部 安司君
   理事 天野 光晴君 理事 大野  明君
   理事 田村 良平君 理事 村田敬次郎君
   理事 渡辺 栄一君 理事 井上 普方君
   理事 福岡 義登君 理事 浦井  洋君
      石井  一君    小沢 一郎君
      小渕 恵三君    奥田 敬和君
      野中 英二君    浜田 幸一君
      林  義郎君    廣瀬 正雄君
      藤尾 正行君    藤波 孝生君
      渡部 恒三君    清水 徳松君
      下平 正一君    中村  茂君
      松浦 利尚君    渡辺 惣蔵君
      柴田 睦夫君    瀬崎 博義君
      新井 彬之君    北側 義一君
      渡辺 武三君
 出席国務大臣
        建 設 大 臣 金丸  信君
 出席政府委員
        内閣審議官   粟屋 敏信君
        近畿圏整備本部
        次長      石川 邦夫君
        中部圏開発整備
        本部次長    宮崎鐐二郎君
        首都圏整備委員
        会事務局長   小林 忠雄君
        経済企画庁総合
        開発局長    下河辺 淳君
        環境庁水質保全
        局長      岡安  誠君
        建設大臣官房長 大津留 温君
        建設大臣官房会
        計課長     山岡 一男君
        建設省計画局長 高橋 弘篤君
        建設省都市局長 吉田 泰夫君
        建設省河川局長 松村 賢吉君
        建設省道路局長 菊池 三男君
        建設省住宅局長 沢田 光英君
 委員外の出席者
        経済企画庁長官
        官房調査官   広瀬  勝君
        大蔵省主計局主
        計官      藤仲 貞一君
        農林大臣官房審
        議官      小山 義夫君
        建設省都市局下
        水道部長    久保  赳君
        自治省財政局財
        政課長     土屋 佳照君
        建設委員会調査
        室長      曾田  忠君
    —————————————
委員の異動
二月二十七日
 辞任         補欠選任
  北側 義一君     矢野 絢也君
同日
 辞任         補欠選任
  矢野 絢也君     北側 義一君
    —————————————
二月二十七日
 工業再配置・産炭地域振興公団法の一部を改正
 する法律案(内閣提出第五六号)
同月二十三日
 秋田県角館町中川原付近の桧木内川改修計画変
 更に関する請願(笹山茂太郎君紹介)(第二九
 五号)
 紀宝バイパス飯盛地区の路線変更に関する請願
 (藤波孝生君紹介)(第二九六号)
 牧田川右岸堤防の改修強化に関する請願(渡辺
 栄一君紹介)(第三六五号)
 中央自動車道高井戸・調布間の建設工事促進に
 関する請願(中尾栄一君外一名紹介)(第四三
 五号)
同月二十六日
 公営住宅法改正等に関する請願(松浦利尚君紹
 介)(第四九二号)
 同(森井忠良君紹介)(第四九三号)
 同(井上普方君紹介)(第五八六号)
 同(北側義一君紹介)(第五八七号)
 同(柴田健治君紹介)(第五八八号)
 河川改修の施策推進並びに常時浸水地域移転促
 進事業の創設に関する請願(床次徳二君紹介)
 (第五八五号)
は本委員会に付託された。
    —————————————
本日の会議に付した案件
 建設行政の基本施策に関する件
     ————◇—————
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服部安司#1
○服部委員長 これより会議を開きます。
 建設行政の基本施策に関する件について調査を進めます。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。村田敬次郎君。
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村田敬次郎#2
○村田委員 私は、まず第一に遷都論、いわゆる首都移転構想についてお伺いをいたしたいと思います。
 総理の所信表明演説の中にもございますけれども、「現在、わが国の総人口の三二%に当たる三千三百万人の人々が、国土面積のわずか一%にすぎない地域に集中しております。」そのために「人と物と文化の大都市への流れを大胆に転換し、日本列島の改造を提唱してきたゆえんもここにあります。」ということを首相が指摘をしておるわけでありますが、現在、文字どおり首都東京にいろいろな都市機能が集中をしておりまして、そのための大きな弊害が出てきておるというのが現在の国土の開発の実態であると思います。東京都への集中現象を一応の標識で申し上げますと、面積は全国の〇・六%のところに人口一一%強が集まり、生産所得は一八%、分配所得が一八・七%、全国銀行の融資貸し出し残が四二・五%、大会社の株主数が一六・八%で、株式数は実に四五・二%が東京都に集中をしております。そして卸売りの年間販売高が三〇%。さらに文化の面でこれを見てみますと、日本全国の大学全体の三三・八%が東京に集中をし、その学生数の四八・四%、実に五割に近いものが東京都に集中をしておるのであります。したがいまして、あらゆる意味の公害問題、都市問題というものが現在の東京に集まっておるわけでございますけれども、首都東京の人口は、東京都全体で千百五十八万人であります。これは二十三区だけをとりますと八百八十一万三千人でありますが、東京都全体では、最近世界最大の都市になりつつあるといわれる上海の一千八十二万人をこえ、ニューヨークの七百七十九万人、ロンドンの七百七十万人を凌駕する世界第一の都市であるといっていいと思います。人口密度は、二十三区に関する限り、一万五千三百一人という驚異的な数字を示しておるわけであります。したがって、この東京都の首都機能の分散を考えていかなければ、これからの日本全国の国土開発構想の中に日本国民全体の福祉を考えていくことができないというのが世論であります。したがって、政府におきましても首都移転構想というものはすでに前からあったところであります。その首都移転構想について、現在まで政府において研究をしてきた過程、その過程についてまず御説明いただきたいと存じます。
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金丸信#3
○金丸国務大臣 遷都論問題につきましては、私は正月元旦、宮中の参賀に参るわけでございますが、そのたびごとに思いますことは、正月元旦は東京からいなかに帰る人もあるでしょうし、あるいは旅行に出る方もありましょうし、あるいは家族ぐるみ東京を離れて正月を過ごす、温泉というようなことも考えられまして、その人口というものは大体三、四百万じゃないかという感じが私はいたすわけでございます。その元旦の朝の状況を見ますと、私は高いところに住んでおるものですから、東京におりましても富士山がその日くっきりと見える。これはまさに空気が非常に清浄化されておる姿だという感じがいたします。また宮城へ参る途中、自動車で参りましても、自動車の渋滞というようなことは全然ない。ゴーストップにかかるだけで全く簡単に宮城に着くことができる。こういうことを考えてみますと、これは私が考えるばかりでなくて、だれしもが、東京の人口が多過ぎるという考え方は同じであろうと思うわけでございまして、当時河野建設大臣がこの問題について非常な熱意を燃やしたわけでございますが、おなくなりになったということでこの問題が中絶をいたしたわけでございます。実は私はこの問題をまだやるとかやらないとかいうようなことでなくて、いわゆる今日の東京都の住宅問題、土地問題、その他公害等を考えてみますと、東京から人口を減らすことを何か考えなければならない、こういうことで、一応いわゆる建設省の次官にこういうことを調査してくれないか、こういうことで調査をし、検討をしてもらった。
 そこで私の考えることは、いわゆる首都をどこへ持っていくとか、場所がどうとかいうことでなくて、東京から遷都するということが中心でなくて、たとえて言えば政府とか行政機関を移転するということについてどうだ、こういう考え方を私は持っておるわけでございます。政府とか行政機関を移転させなければならぬというのは、御案内のように大学移転問題、筑波研究学園都市のあの問題を考えてみましても、なかなか移ることができない。なかなか移ることができないというのは、学校のいわゆる財政的な面、これは国が全部つくってやれるというような国立であればいいけれども、私立大学についてはなかなかそういうことができないというところに、早稲田も慶応もあるいは日本大学も簡単に移ることができないというようなことを考えてみると、政府みずからが東京からどこか適当なところに移るということが、東京の人口を減らす一つの目的を達することになるのじゃないか、こういうようなことで考えたわけでございます。そこで、いま東京から政府あるいは行政機関を移すという問題につきましては、わが党、自民党の中にも、やるべきだと言ってくれる同志の方もあります。他党にもあります。しかしまた、この問題に対しては朝日新聞にいろいろの批判が載ったことも御案内のとおりでありまして、賛否両論であります。私はこの問題についていま少しく世論をただして、そしてこれを移すべきだという観点になったときは、委員会なり先生方にも十分検討していただいたり、あるいは民間の各層の人々を集めた、衆知を結集した研究もしてもらいたい、そういうつどいも考えてまいりたい。
 そこで、いま一応の構想として、こんなようなことをひとつ考えてみたらどうか、こういうことを申し上げてみたいと思うわけでございます。新首都の性格は、立法、司法、行政に関する国の中央機関とそれに付帯する機関を中枢とする都市とする。建設計画は第一期計画と第二期計画とに分け、第一期計画は六年を要するとする。人口規模は、第一期計画で三十万人、第二期計画で五十万人、将来計画としては百万人を限度とする。所要面積は、第一期計画で二十八平方キロ、第二期計画で四十三平方キロ、将来計画で七十六平方キロ。所要事業費は全体で、昭和三十九年のとき調べたのは一兆二千八百五十五億という概算が出ておりますが、一応見積もってみますと二兆近くのものがかかると見て間違いないのじゃないかと思うわけでございます。新首都の発展については次のように考えております。すなわち、第一期及び第二期計画においては主として中央政府機能の集約をはかる。続いて文化、観光及び高度の教育施設を備えることが首都としての風格を添え、国民の接触の便を高めるのみならず、首都住民の生活に豊かさを与え、第二期計画完成後においてそれらの施設を育成していくというような考え方を一応の構想に、こういうことも考えてひとつ研究してみたい。これは一億国民の重大な関心のあることでございますから、十分に検討してまいりたい、このように考えております。
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村田敬次郎#4
○村田委員 新首都建設につきましては、実はいままでもいろんな説が出ております。首都の建設についてのまず方法論と申しますか、その大きな区分をいたしますと、第一に遷都論、これは都を移すという考え方でございます。それから第二に都を展開する展都論または分都論、それから第三番目に、東京都の過大化を救うという意味で東京改造論という、大体三つの類型に分けて考えることができると私は思います。
 遷都論につきましては、すでに数年前でありますけれども、日本道路協会の専務理事をしておられた近藤兼三郎氏の浜松遷都論、それから愛知学芸大学教授の伊藤郷平氏の浜名湖遷都論などがございます。この提案の趣旨は、東京の現状を打開するためには徹底的な改造か新首都の建設のいずれしかないけれども、大改造には巨費を要するので、新首都を建設することが必要である、こういうことから出発をしておるわけであります。
 それから展都論につきましては、首都東京の機能を、現在の東京都の区域を越えて広域的に展開することによって東京都の過密化の現状を打開しよう、こういった意図でございまして、提案としては、当時東京都立大学の磯村英一教授の富士山ろく展都論、それから石原憲治氏、磯村英一氏、高山英華氏及び横山光雄氏の四人委員会による富士圏開発の構想がございました。また類似の構想として清水馨八郎教授の分都、京葉中央道建設論等がございます。展都論というのは遷都論ほど思い切った考え方ではございませんので、展開させる機能としては、最高の権能を持つものを選ぶことが必要であって、皇居、国会、最高裁判所、総理府の一部がまず選ばれ、次いで中央官庁、大学等が選ばれる、こういうことになるわけでございます。そういった場合の移転の可能地としては、たとえば土地取得の容易さであるとかあるいは高速道路計画であるとか新首都の防災等の見地から、富士山ろくに求めるのが適当であるという議論が多かったわけです。
 それから東京改造論は、首都そのものを移転するのではなくて、東京を改造していこうという考え方でございます。したがって、現在首都東京の持つ総合的な都市機能を分解分散させることなく、東京湾上に積極的に開発、展開させて、東京の構造改革を行なおうとするものであります。提案としては、東京湾の埋め立てを骨子とする故加納久朗氏及び産業計画会議の「ネオ東京プラン」、それから東京湾海上都市の建設を骨子とする東京大学の丹下健三教授の「東京計画一九六〇‐その構造改革の提案」等があったわけです。
 その後、この案が出ましたころに、先ほど大臣も紹介されました河野構想というものが発表されたわけであります。この河野構想が発表されましたのは昭和三十九年の六月十六日、これは閣議がその日に行なわれたわけでありますが、その日に例の新潟大地震がございまして、私は当時愛知県におったわけでございますが、この新首都建設の構想というものは私は非常に注目を持って読みました。そうして、河野大臣が新首都建設構想を発表いたしましたときに、いま大臣がおっしゃいました第一期計画、第二期計画、それから将来計画というものが発表され、そうしてそれに伴って、第一期計画では当初六年の二十八平方キロ、第二期計画ではその後二十年の四十三平方キロ、将来計画では人口百万人の七十六平方キロというものが河野大臣の口から発表されたわけであります。そうして、ただいま承りますと、大臣はさらに、その当時一兆二千八百五十五億円という第二期計画の数値が河野大臣の口から出たのでございますけれども、現在であれば二兆円程度の構想は少なくとも必要であろう。また、その構想に従って、あるいは委員会であるとかそれから学識経験者であるとか、そういった人々にも相談をしてよく研究をしていかなければならないということを、非常に前向きに発言されたと理解いたします。
 また、最近の考え方として御紹介をしたいのは、早稲田大学の二十一世紀の日本研究会が発表いたしました「二十一世紀の日本」の中の「国土と国民生活の未来像の設計」であります。これは代表者は松井達夫さんでありますが、その中で有名な北上京の建設ということを言っております。日本列島の座軸が二十一世紀に向けて大きく転換しつつあることは間違いのないところである。その意味で、新天地に新しい首都を建設することが必要だ。首都が東京であることの役割りは現在すでに終わったと見ることができる。政治と経済の癒着、それにからまる巨大都市集積は、東京を日常的なパニック状況にまで追い詰めている。いまでは東京に政治中心があるということそれ自体が諸悪のもとであると申しております。そしてさらに、その場合に、それでは一体どこに新首都を持っていくかということについて、注目すべき発言だと私は思うのでありますが、新首都の立地は過密地域をはずれたところ、東海道メガロポリスをはずれたところ、現在過疎地域とみなされているところが望ましい。過疎、過密問題には政府みずからが決着をつけるべきであるということで、北上京を言っておるわけでございますが、この北上京の提案については、そのリーダーである早稲田大学教授の古阪隆正氏の提案がございます。東海道、瀬戸内海に充血し過ぎている日本列島をひっくり返して、貧血状態の裏日本、東北、北海道へ血を流す。新首都は、新しい中心地、価値の転換を伴ってダイナミックに動いている日本の未来にいま少し暗示的なところ、感じでいえば実中心より虚中心といった場所、そこでさがし求めたのが盛岡市の北東約二十キロの北上山系の丘陵地、北京、ワシントンと同じ北緯四十度近くにあるということを指摘しております。
 この早稲田大学のプランあるいはただいま御紹介申し上げましたような遷都論、展都論、東京改造論について、大臣の率直な御意見を承りたいと存じます。
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金丸信#5
○金丸国務大臣 まことに私の立場で、場所がどこかということにつきましては、皆さんにもいろいろあると同じように、私個人の考え方はいろいろあります。しかし私の立場でどこがいいということは申し上げるわけにはいかないと思いますし、これは十分国民のコンセンサスの上に立って決定すべきものだ、こう考えております。
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村田敬次郎#6
○村田委員 この首都移転構想は、昭和三十九年に河野構想が発表されましてから、建設省のほうでもそれをある程度フォローされたはずであります。そのフォローされました結果、約八年数カ月の時間間隔を経て新しい問題として浮かび上がってきたわけでありますけれども、その間の、八年間ないし八年半の政府における検討について、首都圏の整備委員会の小林忠雄事務局長がおいでになりますから、ひとつ事務的に御報告をいただきたい。
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小林忠雄#7
○小林(忠)政府委員 建設省が行ないました調査でございますので、私からお答えするのは多少不適任かと思いますが、昭和四十年から四十一年にかけまして、河野構想を受けまして新首都建設の構想についてさらに検討を進めるために、首都機能に関する調査に必要な経費が建設省の計画局に計上されました。その結果が昭和四十二年三月に、首都の機能分析というかっこうで取りまとめられたわけでございます。その内容は、東京の首都機能というものが経済、文化、教育、それらの機能と非常に密着したかっこうで不可分の状態にあるという現状分析に立ちまして、これを政治、行政機能だけ取り出して移転することがはたして得策であろうかどうかということについては非常に問題があるというのが結論でございます。その後、建設省ではその問題につきましては引き続き勉強はしておると思いますけれども、正式の問題といたしましては取り上げておらないわけでございます。そこで、昭和四十八年度の首都圏整備委員会の予算におきまして、首都機能の適正配置に関する調査費八百五十六万六千円が計上されております。なお、先般政府で閣議決定をされました経済社会基本計画におきまして、首都移転についての調査を進める必要がある、こういうことが閣議決定されております。
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村田敬次郎#8
○村田委員 今回の八百五十六万六千円の首都機能の適正配置に関する調査、これは額としてはわずかでございますけれども、新首都論の問題にいわば一つの発火点を置いたということで私は非常に重要視をいたしております。この問題を真剣に考えるのは、いまや国民的課題として受けとめるべきである。これをもはやただデスクプランとして終わらせるべきではないという世論というものが高まりつつあるということを私は感じております。その一つの事例として世論調査を引き合いに出したいと思いますが、たとえばサンケイ新聞がいたしました世論調査は、千人を対象といたしまして、首都移転についての具体的な世論調査をいたしました。その中で、移転賛成は実に五七%に達しております。その内容は、できるだけ早く実行したらよい、みんなで研究したらよい、そういった賛成意見が五七%で、私は、先ほどの金丸大臣の発言はこうした世論調査をもちろん踏まえての上での御発言であると思います。そしてそれに対して反対意見はわずかに三四%、はるかに賛成意見を下回っておるわけでございます。その内容は、首都を軽々しく動かすのは許せないといったような抽象論、それから夢のような話で検討に値しないというような、そういったような、まだこの問題に対するPR、認識の足りない議論が一五%、他の九%はわからないということを言っておるわけであります。また、朝日新聞でこの首都圏の問題についての「遷都論 私は思う」という特集が行なわれておりますけれども、その総決算を見てみますると、この遷都論について、いままでかつてないくらいのたくさんの意見が寄せられておる。全体で百四十通にものぼっておるが、その中で賛成が六十五、反対が六十八、不明七で、賛否文字どおり相半ばしておるということが出ておるわけであります。こういった世論調査の内容を見てみましても、いまや首都移転問題というものが、いままでのような抽象論議ではない。そしてまた、昭和三十九年に河野建設大臣が閣議で発表したときから九年を経て、現在における東京都の過密状況というものは文字どおり九年前の比ではないと思います。公害問題しかりあるいは交通災害対策問題しかりでございまして、水にいたしましてもあるいは首都の治安問題にいたしましても、枚挙にいとまのないくらいの大きな問題点を含んでおります。また、たとえば国民生活センターが、東京の生活環境に対する意識と実態調査を行ないました。これは四十六年の十一月でありますが、住宅については、実に都民の四七%が人間らしい住生活ができないと悩んでおると答えておるのであります。また、都の住宅に関する世論調査によれば、約八十二万世帯と推計をされております民間木造アパートの住人のうちの実に七〇%が、引っ越したいと考えておるという答えがはっきり出ておるのであります。また、有名な週刊誌の調査によりますれば、たとえ家賃がただでも東京には住みたくないという知識人の答えが日本全国の都市の中で実に東京について最高の数値をあらわしておるわけであります。こういった世論の実態について、大臣はどのように考えておるのですか。
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金丸信#9
○金丸国務大臣 この問題につきましては私も先ほど来から申し上げましたとおり、東京の再開発、それから今度は反面、地方の開発というようなことを考えながら考えてみますと、どうしてもやらなくちゃならない問題だという考え方で、ことに日本列島改造論は、問題は日本の総合開発ということだろうと私は思います。そういう点から考えてみましても、いわゆる格差をなくすということも大切でありますが、まず東京をこのままの姿にしておいて、そうして公害のそのままでいいということでなく、十分に住みよい東京にするという再開発の十分な手当てをしなくちゃならぬ、こういう考え方で私は前向きでまいりたい、このように考えております。
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村田敬次郎#10
○村田委員 私はいろいろな人々のこの問題についての寄せられた意見というものを勉強さしていただいておるのでございますが、たとえば東京都の美濃部知事は、この問題については原則的には反対であるという意見を述べておるようであります。その美濃部知事の意見は、できることならやってもらいたいですが、不可能ですよ。それより先に都市機能の一部を分散することを考えるべきです。たとえば文化機能を多摩地区へ持っていきたいのですが、立川基地さえ返さないじゃないですか。まじめに都市問題に取り組みもしないで遷都の調査などと子供のおもちゃみたいなことをやってもしようがない。いまの政府では絶望的ですよ。こういう意見を述べておるのであります。ところが、同じ革新系の首長でございます飛鳥田一雄横浜市長は、体制変革の一歩なら首都移転もいいだろう。事務所を規制したり、工場を規制したりするぐらいなら首都を移転した方がいい。だって一番問題なのは政治と経済のゆ着でしょう。だから新しい首都には資本金何億円以上の会社は置かないという規制をしなければだめでしょう。そして移転先については、渥美半島から志摩半島を結ぶ新しい軸の上、三河あたりだな。こういったような具体的な意見を述べておりますし、また合化労連の太田薫委員長は、大学の移転でも、学生のアルバイトがなくなったりするので問題がある。そうすると、政府の移転が一番いいな。何も東京の真中でなくては政治ができんということはないし……。こういうことを言っておるわけであります。また阪本勝前兵庫県知事は東京三分論というのを言っておりまして、これも非常におもしろい意見だと思いますが、政治は富士山ろくでやれ、学問は筑波でやれ、それから経済の中心は東京に置いたらいいじゃないかということを言っておるのであります。これは筑波学園都市の問題とも関連をして非常におもしろいと思うのでありますが、政治は富士でというのは、本命は富士山ろくの静岡県側ですな。東京からの距離が近いし、富士山はやはり日本のシンボルですよ。ここに皇居と中央の行政機関すべて、それに国会議事堂を移す。東京が生きのびるためにも皇居は開放しなければいかん。こういったような意見を述べておるのであります。これはたいへんおもしろいと思うのでありますが、皇居の移転問題については最初に大臣もお触れになりましたが、朝日新聞に寄せられた投書によりますと、皇居移転については圧倒的に賛成が多い、移転論の支持があるということを言っております。そしてまたその夢として描くところに富士山ろくというのが非常に多いわけでありますけれども、この皇居移転の問題について大臣はどういうふうにお考えになりますか。
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金丸信#11
○金丸国務大臣 皇居移転の問題につきましては、まず私は、政治と行政が移るということでございますが、遷都というものをそれと一緒に考えなければならぬということもあろうと思いますが、しかしそれは一緒にそこへ、同じ場所におらなくちゃならぬというむのじゃない。ただ、いま先生が御指摘のように、東京の宮城を開放するということは、交通の便から見ましても、あれを回っていかなければ目的地に行かないというようなことを考えてみれば、当然開放するということもあってほしいし、また交通の便から考えてみてもそのほうがいいし、陛下のためにも、生命を延ばすということにもなるのじゃないか、こういうような考え方で、まあこれも国民の総意によって、いろいろの御意見があることですから、その合意の上に立って判断すべきではないか、こう考えております。
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村田敬次郎#12
○村田委員 ちょっと話をほかの問題に移すのでございますが、先ほど小林事務局長のほうから話のあった、今回計上されました八百数十万円の調査費につきまして、その内容は一体さしあたりどういうものを考えているのか、またこのたった八百万円で一体ことしどういうことをしようとしておるのか、それから今後の予算の計上ということについてはどう考えておるか、それをお伺いしたいと思います。
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小林忠雄#13
○小林(忠)政府委員 今回四十八年度予算案に計上されております首都機能の適正配置に関する調査の目的は、首都固有の機能でございます立法・行政府というような機能を移転することがはたして可能であるかどうか。それから移した場合、一体どういう効果が期待されるか。こういうことを一般的に検討しようというものでございます。調査の内容といたしましては、現状の政治、行政のような機能と経済、文化、情報というような他の機能が、一体相互関連がどうなっておるのか、切り離せるような状態にあるのかどうかということを、現状をまず分析をいたしたいと思います。それから次に、もし切り離すといたしました場合には、切り離していくことが可能なのか、それとも全部移さなければそういうことができないのかというようなことを、先ほど遷都論、展都論、都市改造論、いろいろ御指摘ございましたような各種の方法論につきまして数案を想定いたしまして、その場合にかかります投資額の試算等を一応してみたい。なお、諸外国におきまして政治都市を分散した例がございますので、そういう外国の例につきまして、その方式がどうであるか、それから投資額がどのくらいかかったのか、一体それがその国の政治、経済にどういう影響を与え、どういう効果が生まれているか、またそれからどういう問題点が現に生じているかというような点について調査をいたしたいと思っております。四十九年度以降におきまして継続して調査をするかどうかはまだ決定しておりませんけれども、こういう大問題でございますので、一年だけの調査ではなかなかこういう事務的な調査でも結論が得にくいのではないかと考えております。
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村田敬次郎#14
○村田委員 来年度以降の予算については、大臣が先ほど言われたように、国民的コンセンサスの上に立って遷都がぜひ必要であるという前提に立てば、大規模に予算を組むことが必要であると思いますが、大臣いかがです。
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金丸信#15
○金丸国務大臣 その予算を組むという問題でございますが、私は、この問題はまことに、消極的ではないのですが、慎重でなければならぬ、こういう考え方でおるわけですが、まあせめて建設委員会で、ひとつこの検討をやれ、こういうような御指示をいただけるのであれば、少なくとも来年度予算を大幅に盛っていただいて、この問題について十分な検討をし、国民にもこれを十分に知っていただく、検討をする材料を提供したい、このようにも考えております。
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村田敬次郎#16
○村田委員 ぜひひとつ来年度以降大規模に予算をとる方向で検討を進めていただきたいと思います。
 さて、小林局長の御説明の中に、諸外国における実例の調査ということを言っておられたのでありますが、これはたとえば、トルコ共和国の成立に伴って首都がイスタンブールからアンカラに移されたという例があります。それから有名な、ブラジルではリオデジャネイロから内陸のブラジリアに首都を移した。実はこれは旧首都から北に九百四十キロメートルという非常な遠隔の地で、大体当初人口は十数万人を予想した。それから西ドイツのボン、これは一九四九年に決定をしたわけでありますが、ベルリン、ハンブルグ、ミュンヘンから四百キロないし五百キロという地でございまして、人口はやはり十数万人でございます。それからオーストラリアがキャンベラに一九〇九年に位置を決定いたしまして、一九一三年に事業を開始し、そして一九五八年には四万人の都市になりました。シドニーから二百五十キロ、メルボルンから四百五十キロという距離であります。それからワシントンDCは、御承知のようにニューヨークから三百五十キロ隔たっておりまして、人口は七十六万人、一七九〇年に位置を決定して一八〇〇年に移転を決定しております。
 この例から見ましても、首都というものは必ずしも経済的な中心地からすぐ近くになければいけないということはない。歴史的に見ますと、先ほどあげました早稲田大学の「二十一世紀の日本」におけるレポートでは、日本はまず耶馬台国といわれたころから、九州から始まりまして、飛鳥浄御原宮、藤原宮、平城宮あるいは難波大隅宮、平安宮、志賀大津宮といったところは大体十世紀までの首都でありまして、大体近畿地方を中心にしておった。それ以後政治の中心はだんだんと東遷をいたしまして、鎌倉に一一九二年、これは天皇がおったわけではありませんが、政治の中心は鎌倉でありました。それから江戸が一六〇二年、東京が一八六九年であります。したがって、二〇〇一年は先ほど言った北上宮に移すべきであるといった意見を述べておるわけでありますが、これは一つの例でございまして、サンケイ新聞の世論調査で見ますと、富士山のふもとが一四%、東北が六%、静岡県の浜松付近が一二%、東京から車で一、二時間というのが二四%、近畿地方が一四%、やはり東京というのが一五%、わからないが一〇%、その他が五%となっておるわけであります。したがって、首都の位置について、必ずしも経済的な中心から近い必要はないと思うわけでございますが、これらの外国の例、あるいは世論調査に見るように、現在の日本におけるいろいろな地域を想定しておる考え方について、大臣はいかがお考えになりますか。
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金丸信#17
○金丸国務大臣 私はこの問題は、交通も非常に発達いたしておりますときでございますから、どこにきまろうと、そんなに問題にすべき問題ではない、こう考えております。
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村田敬次郎#18
○村田委員 移転の行く先、それからまた移転の方法あるいは年次その他につきましては、もちろんこれは人によっていろいろ異なると思います。しかしながら、この問題については今後の国民的なコンセンサスがどうして得られるかという問題であって、先ほどは、たとえば革新系の方々の御意見を紹介したのでございますが、磯村英一さんは、国会はぜひ富士山ろくへ持っていけということを言っておりますし、それからまたそのほかにも、江戸英雄さんの意見といたしましてもまさに移転賛成論でございます。江戸英雄さんは、ようやく調査費がつきましたか、東京の過密はもう限界ですよ。それでも東京に中央官庁がある限り企業の事務所がこれからもふえ続けるのは間違いない。過密解消という抜本策は中央官庁をそっくり移すしかない。こういうことを言っておるのであります。また、これはやはり革新系の方でありますが、羽仁五郎さんは新しい自治体都市東京ということで、羽仁五郎さんは都市問題の専門家でありますが、東京は自治体都市であるべきであるということを主張いたしまして、その自治体都市東京が、第一に、必要のないもの、二、害のあるもの、三、必要で害がなくとも、万一害が出たとき救済策のないものを移転するのは道理だという。そしてその対象として選んだのが皇居と国の官庁と大企業の本社である。こういう結論を出しております。
 私どもの皇居移転論はもちろんこういった羽仁さんの考え方とは別でありまして、先ほど大臣もおっしゃったように、あの宮城の松でさえ非常に緑が枯れておる。そして、あの東京都のまん中で、排気ガスの多いところでお住みになるのはたいへんこれは健康上から見ても悪いし、また都民全体の立場からも、大臣がお答えになったように、東京の中央部を開放することがむしろ全体のために、あるいは天皇のためにもいいのではないかという問題から出発をしておるわけでございますけれども、ひとつ、首都移転は政治の中心地を移す、そしてまたそれに付属するものをいろいろ移すという上で、総合的に御判断をいただいて、ぜひ前向きに御検討をいただきたいと思っております。私は、この問題についてはすでに昭和三十八年のころから実は研究をいたしておりまして、この問題についてはいわばライフワークとして取り組んでいくべき課題であるとさえ思い詰めております。したがいまして、またあらゆる機会にこの問題を提起し、そして世論を大いに起こしていこうというふうに考えておりますが、大臣が非常に前向きの考え方でこの問題に御対処になる姿勢というものは私は大賛成であります。ぜひひとつ勇気を持って遷都論に取り組んでいただきたい。そしてそれは大臣自身がおっしゃったように、国民的なコンセンサスの上に、大多数の国民がぜひこの遷都をやるべきであるという方向に世論というものが向いていくべく、あらゆる努力を集中していただきたいと思うのであります。
 時間がございませんので、またこの問題は他日にお聞きすることといたしまして、次に日照権の問題についてお伺いをいたしたいと存じます。
 日照権の問題につきましては、東京都知事の依頼によって、昨年七月以来、都民の日照問題について検討をしておりました「太陽のシビルミニマムに関する専門委員会」、伊藤節三座長でありますが、これが二月二十二日に「太陽のシビルミニマム——都民の快適な居住環境を確保するため」と題する中間報告をまとめて、美濃部東京都知事に提出をいたしました。これは日本共産党の機関紙であります赤旗にも詳細に報道をされておりますけれども、この報告書は、日照は大気、水などとともに人間の生活に欠くことのできないものである、日照権は憲法で保障された基本的人権であるという基本的な立場を明らかにしております。東京の現実は、先ほど来指摘申し上げましたように、公害、交通対策、水不足、住宅不足等、超過密社会の弊害があらゆるところに露呈をされているのでありますが、この日照権問題もまさに病める東京の持つ痛ましい側面であろうと思われるのであります。そしてこの報告書の付属資料を拝見いたしましても、日照権の相談件数は、昭和四十五年には二百五十二件、四十六年には三百八十二件でありましたものが、実に四十七年度には千七百五十六件と、たいへんな上昇を見せておるのであります。そして政府におかれましても、この問題は相当以前から研究し、対策を講じているところであろうと思います。私は、昭和四十七年十月十一日に、建設省の機関である建築審議会建築行政部会市街地環境分科会におきまして、田上穣治氏を主査とする日照問題専門委員会があり、その中間報告が提出されていることを承知し、またここに所有しておりますが、日照問題の現況とこれについての建設省の基本的な態度について、この際お伺いをしておきたいと存じます。
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沢田光英#19
○沢田政府委員 お答えいたします。
 日照問題は、先生おっしゃいますように、最近とみに社会の大きな問題として浮び上がっております。もともとこの問題は都市部、ことに東京のような過密都市におきまして、一方では土地の高度利用、こういう要請がございます。こういう段階におきまして、特に住宅に関連する地域、ここにおきましてその間に問題が起こってくるというかっこうで、かなり前から起こっております。しかし、これが当初は、私どもも含めまして、世の中全体は、すぐれてこれはいわゆる私法上の相隣関係であるというかっこうで考えてまいりました。そういう段階がございます。しかし、その後幾多の判例も出ております。この判例の動向を見ましても、当初私が申し上げましたようなニュアンスからだいぶ変わってきておる。日光、日照というものは、日照権の問題としてではなくとも、大事な問題だというふうなニュアンスが出てまいりました。そんな時期に、私どもは実は四十五年には基準法を改正しております。集団規定を改正をいたしまして、いわゆる北側斜線というものを設けました。あるいは住居地域の環境を守るために、第一種住居専用地域、第二種住居専用地域を明確に打ち出し、従来の比較的あい重いでございました住居地域というものをはっきりと打ち出した。かようなことで、一応日照その他の環境に寄与するというふうな手だてを講じたわけでございます。しかし、これが完全かということになりますと、日照問題につきましては完全ではございません。寄与するというためにやったわけでございます。そういうふうなことでございますが、これに基づきます都市計画によりましての地域、地区の指定ということが逐次行なわれて美ている段階でございますが、これはまだ完了いたしておりません。したがいまして、これの効果というものはまだ十分に出切っておりませんが、しかし社会の情勢は、さらにこの日照問題がクローズアップをしてきております。
 そこで私どもは、先ほど先生おっしゃいましたように、昨年建築審議会の中の建築行政部会の山の市街地環境分科会に、日照に関する諮問をいたしました。以後精力的に、いわゆる公式その他合わせまして十数回討議を重ねて、精力的にこの中間答申をまとめたわけでございます。まだ中間答申の段階でございます。ただし、この中間答申は、いろいろいっておりますけれども、その中の一番大きな問題は、いままで私法の領域だというようにいわれておったのだけれども、都市を整備をし、ことに日光、日照、そういうふうなものに関しまして有効に、しかも公平にこれを享受するようなことに条件を保つためには公法的な処置も必要である、しかも公法的な規制も妥当である、かような中間答申が出されておる次第でございます。それの規制方法等につきましては、いまだにこれは討議を続けておるわけでございますが、その中間答申の中から出てまいりましたのは、規制をするとなりますと規制のための基準が要る。これはたいへんむずかしい問題でございます。そこでこれは鋭意続けられておりまして、現在も各種の基準が検討されております。この基準につきましては、基準のきめ方によりましては将来の町の姿、こういうものまで規制してくるという重大なものでございます。それの成果を私どもお待ちをしておるわけでございますが、いずれにいたしましてもこの正式答申というものを待ちまして、私どもは前向きに検討しておる、かような態度でございます。
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村田敬次郎#20
○村田委員 たとえば、ここにこういうものがあります。「建築公害対策ニュース」といたしまして、市民連合で出しておる。日照は基本的な人権であって、そのための日あたり条例をつくれという意見が出ておるのであります。日照対策のために非常に重要な問題をたくさん含んでおると思うのでございますが、言うなれば、いまはやりのトリレンマと申しますか、異なる目的を持った、そうしてその一つ一つがいずれも住民のためであるのに、その方法論においては非常に衝突する面を持っておるといった非常に苦しい面であろうと思うのであります。ただいま沢田住宅局長も御指摘になりましたように、日照紛争は、最初は、私権を持つ自分の土地の上に、自分なりに必要な建築法上適法な建築物を建築することによって隣地の日照が阻害されるという事態が発生するということから起こりまして、基本的に、隣地の上空間利用と自分の土地の日照確保との関係、すなわち私法上の相隣関係として理解をされておったわけであります。したがいまして、この段階においては、究極的には裁判所が私法上の問題として判断すべきものと考えられておったわけでございますが、いまやそうではなくなってきた。この日照問題は住環境における重要な問題として、いまや公法の分野として重要な関心事となってきたわけであります。公法と私法の境界についてはもちろん種々議論のあるところでございますけれども、たとえば土地の所有権にいたしましても、地上権を貸すということから借地権、借家権が非常に発達をいたしまして、いわば債権の物権化という現象が世界的に認められつつあるのと同じことでございまして、土地の持っておる公共性、そういったことから日照紛争というものはいまや公法上の問題として理解すべきである。したがって、先ほど御紹介をいたしました市民連合の意見やあるいは赤旗等の指摘によれば、もはや建築基準法は非常に時代おくれな法律であって、この法律をむしろ全く違う観点から書き直さなければいけないのだという意見も出ておるわけでありますが、私は半面、東京都の住宅問題というのは非常に重要な問題だと思うのです。東京都で公営住宅を建設する際に、はたして政府の計画どおりに進行をしておるのか、また、東京都の平均の住宅の階数というものが諸外国の大都市に比較して高いか低いか、そういった問題点もマクロ的に考えてみなければいけない点があると思います。そして民主主義は、御承知のように最大多数の最大幸福を追求するという基本的な原理があるわけでありますから、その最大多数の幸福を追求する上においてジレンマ、トリレンマが起こった場合に、どういうサイコロの振り方をしたらいいのかというのがこの問題の非常にむずかしい重要点であると思います。したがって、東京都における住宅の建設状況やそういったものと勘案をいたしまして、建築基準法改正あるいは新規立法に踏み切る考えがあるかどうか、ひとつ沢田局長からお伺いしたいと思います。
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沢田光英#21
○沢田政府委員 先ほどお答え申し上げましたように、私どもはただいま正式答申を待っておる段階でございます。すでに中間答申の中でも、公法上の規制はすべきであるし、妥当性があるということがいわれております。かような内容を尊重をいたしまして、私どもは正式答申を受けたあと、これを前向きに検討していくという考え方でございます。その場合に当然考えなければならぬ問題といたしまして、いま御指摘のように、東京都の平均階数というのは一・五階にも達してございません。木造の平家の住宅地におきましては、容積率は一〇〇%程度でございます。それに二階家が建ち並んでおる、こういう状態では、そのお互いの建物の間にさえも、大きくはならないけれども、日照上の問題その他の問題があるわけでございまして、これを、日照を含めまして、いい環境の町にしなければいけない。これは先ほど大臣からほかの問題でありましたように、再開発の問題に通ずるだろう。同じ容積率一〇〇%でございましても、公営住宅の団地、公団の団地は日照問題もございませんし、緑もございます。ダイレクトにああいう姿になるかどうかは別といたしまして、原理はああいうことではないか。ああいうものが具現されるような基準あるいは規制、かような方向に私ども向かいたいと思っております。
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村田敬次郎#22
○村田委員 きょう私がもう一つぜひ聞きたいと思いましたのは、全国総合開発計画に関する国総法改正問題であります。そのためにわざわざ下河辺総合開発局長に来ていただいておりますので、この点だけ最後に伺ってきょうの質問を終えまして、また別の機会にぜひ質問をお許しいただきたいと思います。
 現在、新全国総合開発計画の総点検中であるということを伺っています。総点検をいたしまして、国土総合開発庁、そして国土総合開発公団といった、そのための参謀本部と戦略部隊とができるわけであります。これは私は非常に重要なことであり、注目しておりまして、この中で大都市問題の整備の基本的方向を決定することは当然であると思うのでございます。その新全国総合開発計画の総点検の状況、そして今後のそのプログラム、さらにその中で大都市と地方都市との取り扱いについて、新全総の現在の考え方を一歩、二歩、大いに飛躍させましてぜひ新しい国土総合開発計画の内容をつくっていただきたいと思うわけでありますが、その問題についての前向きの議論をぜひ下河辺さんから承りたいと思います。
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下河辺淳#23
○下河辺政府委員 お答えいたします。
 現在、昭和四十四年に閣議決定いたしました新全国総合開発計画については全面的に見直し作業を始めておりまして、比較的早い時期に中間的な方針といいますか、報告を審議会を通じて固めたいというふうに考えております。最終的な点検につきましては約二年くらいかけたいということで、四十八年度、四十九年度くらいの二年をかけまして、実態調査を含めて慎重な調査をした上で最終的な総点検作業を終わりたいというふうに考えております。
 それと関連いたしまして、いま御指摘いただきましたように、昭和二十五年に国会で制定をいただました国土総合開発法を全面改正いたしまして、新法として国土総合開発法を制定いただきますように、私ども関係各省と検討をしているところでございます。その内容は、総点検とも関係いたしますが、やはりこれからの国土総合開発の基本的な理念というものについて、新しい認識をここであらためて考えてみたいということが一つ大きな仕事になるかと思いますし、もう一つは、いま御指摘いただきましたように、全国総合開発計画の中で大都市問題あるいは地方都市問題というものについて必ずしもいままで明快ではなかったというきらいがございますから、今度の国土総合開発法の中で、大都市問題についていかなる基本方針を持つべきであるのか、地方都市についてどれだけの期待をし、どういう方針で整備するのかということについて十分御審議いただけますように法制の整備をはかるべく各省と検討中ございますので、法案ができ次第また御審議をいただきたいと思います。
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村田敬次郎#24
○村田委員 これで終わりますが、ただいま下河辺局長からお答えがあったのでございますが、国土総合開発法が最初にできました昭和二十五年、それからまた全国総合開発計画ができました三十年代、さらに新全総ができました昭和四十四年、この間に社会、経済とも日本の現実というものは非常に変化をしております。それに対応して私どもがこれに非常に期待を寄せておるのは、現在考えておられる新全総の総点検、その結果全く生まれ変わった形で出てくる全国的な計画、さらに国土総合開発法の全面改正、これは私はいわば新しい法律であると思っております。そういった課題の解決によって、大都市問題、土地問題、さらに物価問題といったような、現在一番私どもが期待をし、国民が期待をしておる問題についての政府としての回答が出られる段階が来つつあるわけでありますから、ひとつぜひその問題については勇敢に、そして抜本的な見地からやっていただきたい。
 なお、国総法その他の問題きょう予定をしておりました質問の何分の一かしかできませんでしたので、また別な機会にぜひ質問をさせでいただきたいということを申し上げまして、きょうは終わります。
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服部安司#25
○服部委員長 福岡義登君。
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福岡義登#26
○福岡委員 昭和四十八年度の公共事業関係についてお尋ねをしたいのですが、昭和四十八年度が調整インフレ政策であるということは別といたしましても、特に公共事業関係を見ますと産業基盤強化が中心になっておりまして、いわゆる列島改造重点になっておると思うのであります。福祉関係が軽視をされておると考えるのでありますが、建設大臣の所見を伺いたいと思うのであります。
 若干中身を申し上げてみますと、一般会計の伸び率は二四・六%でありますが、公共事業だけを見ますと三二・二%であります。一般会計の伸び率以上に公共事業は伸びておることは御承知のとおりであります。金額で二兆八千四百億余りになっておりまして、予算の構成比からいいますとこれは一九・九%で非常に高い。しかし中身を見ますと、生活環境施設関係が確かに六一・四%と大幅に伸びておることは事実であります。また住宅対策関係を見ましても三五・一%と非常に高い伸びを示しております。しかし金額面で見ますと、申し上げました両者を合わせて千三百八十八億円でしかありません。これに対して、たとえば道路事業費のほうを見ますと千八百七十八億円と、生活関係の予算よりも相当、五百億程度も大きく伸びておる。生活環境施設なり住宅対策関係が大幅な伸び率を示しておるのは、いままでがもともと低かったからこれだけ伸びたのであって、しかも、申しましたような中身を金額で比較をしてみますと非常に伸び額が低い、こういうことになっておるのです。もう少し生活関係あるいは生活環境施設あるいは住宅対策関係が大幅に伸ばされてしかるべきだと私は思うのですが、その辺について大臣の所見を伺いたいと思います。
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金丸信#27
○金丸国務大臣 正直に申しまして、私が建設大臣に就任いたしましたのは十二月二十二日というときで、予算はもうコンクリートされているというときでありました。今日一番大きな問題になっているのは住宅あるいは土地の問題だと私は考えております。そういう点から考えてみて、建設省がやらねばならぬ仕事あるいは田中内閣がやらねばならぬ仕事はこれがまず第一だ、こういう考え方を持っておるわけでございますが、先生のおっしゃられるように、先生の考え方でいえば確かに少ないという見方もあるし、国民の面から見ても少ないという見方があるかもしれない。私も多いとは思っておりません。ひとつお説のように来年度から大幅にこの予算について、何しろ一番困っているのは住宅で、その一番根本は土地だ、こういうことで精力的に前向きで対処してまいりたい、このように考えております。
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福岡義登#28
○福岡委員 それじゃ大蔵省の藤仲主計官、大蔵省としての見解を聞きたい。
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藤仲貞一#29
○藤仲説明員 お答えいたします。
 昭和四十八年度の予算編成にあたりましては、やはり社会資本の整備充実ということが一つの大きな眼目でありましたことは先生御案内のとおりでございます。そこで私どもは、社会資本の整備を進めるにあたりましても、特に住宅、上下水道、公園あるいは廃棄物処理施設等の、いわゆる生活環境施設に特に重点を置いたつもりでございます。この関係を数字で申し上げますと、ただいま先生からもお話があったわけでございますが、一般公共事業の関係は総額におきまして二兆五千七百五十七億円でございます。これの四十七年度当初予算に対します伸び率が二八%の増加と相なるわけでございますが、生活環境施設の整備のほうは総額で四千三百七億円でございまして、四七・七%の増加と相なっておるわけでございます。これに対しまして、いわゆる従来から産業基盤整備として分願されております道路でありますとか港湾でありますとか、こういう事業の合計額がいかようになっているかと申しますと一兆六千八百七十七億円と、先生御指摘のとおり絶対額は非常に大きいわけでございますけれども、前年度に対する伸び率は二三・四%増にとどまっておるわけでございます。住宅、生活環境施設の中身をさらに申し上げますれば、いま先生から御指摘がございましたような伸び率になっておるわけでございますけれども、私どもといたしましても、いま申し上げましたような関係からもおわかりのとおり、生活環境施設につきましてはできるだけの重点を置いたつもりでございます。
 それからまた、いわゆる予算公共事業費の目的別分類と申しますのは、伝統的に産業基盤、国土保全、生活環境、かように相なっておるわけでございますが、いわゆる産業基盤というものに分類される事業におきましても、これは建設省のほうから御説明していただいたほうが適切かと思いますが、たとえば道路におきましても、国民生活に一そう直接的に関連の深い市町村道あるいは府県道、そういういわゆる生活関連道路と申しますか、そういうものにつきまして予算面におきましては十分配慮さしていただいたつもりでございますし、また港湾整備事業におきましても、新たに港湾環境整備事業というような関係で予算の増額をはかっておるところでございます。伸び率が非常に大きいということにつきましては、もとが小さいではないか、絶対額が小さいではないか、こういう御指摘がございまして、これも一つごもっともでございますが、この関係、毎年毎年非常に努力しておるつもりでございますが、この関係を、いわゆる目的別分類で構成比を見ました場合にいかようになっておるかということを申し上げますと、ちょうど昭和四十年代の初めでございます昭和四十年度におきましてこの構成比を見ますと、産業基盤整備は七二・四%というウエートを占めておったわけでございます。このときにいわゆる生活環境施設は八・九%、こういうウエートであったわけでございますけれども、毎年度各省のほうと御相談いたしまして、生活環境施設の整備というのに力を入れてまいりました結果、四十八年度におきましては、この七二・四%という構成比が六五・五%に低下しておるわけでございます。一方生活環境施設につきましては、この八・九%という四十年度のウエートが一六・七%、約倍近くに向上いたしておる、こういう状況でございます。もとより生活環境関係につきましては、国際的に見ましてもまだストックが非常に少ないというような点、御指摘のとおりかと思いますが、私どもといたしましては毎年度できるだけの努力をしてまいったつもりでございます。今後ともそういう点で努力をさしていただきたい、かように考えております。
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