法務委員会

1958-12-18 参議院 全63発言

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会議録情報#0
昭和三十三年十二月十八日(木曜日)
   午前十時五十三分開会
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  委員の異動
十二月十七日委員後藤文夫君辞任につ
き、その補欠として森田義衞君を議長
において指名した。
本日委員安井謙君、横山フク君及び松
野鶴平君辞任につき、その補欠として
高橋進太郎君、山本利壽君及び近藤鶴
代君を議長において指名した。
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 出席者は左の通り。
   委員長     野本 品吉君
   理事
           大川 光三君
           一松 定吉君
           高田なほ子君
   委員
           青山 正一君
           大谷 瑩潤君
           近藤 鶴代君
           鈴木 万平君
           高橋進太郎君
           山本 利壽君
           江田 三郎君
           亀田 得治君
           北村  暢君
  国務大臣
   法 務 大 臣 愛知 揆一君
  政府委員
   法務政務次官  木島 虎藏君
  事務局側
   常任委員会専門
   員       西村 高兄君
  説明員
   法務大臣官房経
   理部長     大沢 一郎君
   法務大臣官房司
   法法制調査部長 津田  実君
   法務省刑事局総
   務課長     神谷 尚男君
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  本日の会議に付した案件
○委員派遣承認要求の件
○司法試験法の一部を改正する法律案
 (内閣提出、衆議院送付)
○検察及び裁判の運営等に関する調査
 の件
 (昭和三十四年度法務省関係予算に
 関する件)
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野本品吉#1
○委員長(野本品吉君) それでは、これから本日の法務委員会を開会いたします。
 最初に、委員の派遣についてお諮りいたします。
 検察及び裁判の運営等に関する調査の一環といたしまして、高知県下の集団暴行事件について委員派遣を行うことにいたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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野本品吉#2
○委員長(野本品吉君) 御異議ないものと認めます。
 それでは、人選、日時、手続等は委員長に御一任願いたいと思いますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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野本品吉#3
○委員長(野本品吉君) 御異議ないものと認めまして、さよう取り計らいます。
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野本品吉#4
○委員長(野本品吉君) 次に、司法試験法の一部を改正する法律案を議題といたします。御質疑の方は、順次御発言を願います。
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大川光三#5
○大川光三君 本法律案につきましては、先般も法務政務次官から提案の御説明があり、かつ、前回の臨時国会におきまして、各委員から詳細にきわめて熱心な質疑応答がございましたので、私としても、多くここで繰り返して質問をいたすことは差し控えたいと存じますが、ただ、追加的に二、三の点をあらためて伺つてみたいと存じます。
 その第一は、本改正案の第六条第六項中「その申請により」とある字句は、前国会提案では「その願により」とありましたが、かく変更いたされた理由はどこに存するかという点をまず伺います。
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津田実#6
○説明員(津田実君) ただいまの御質問の通り、前臨時国会に提案いたしました第六条第六項の「その願により」を、本回の提案におきましては「その申請により」と改めた次第でございますが、その趣旨は、前国会におきます主として衆議院の法務委員会におきます御意見を伺いましたところ、「願により」という言葉は非常に古い考え方ではないかというような御趣旨の御質問がしばしばございましたわけでございます。で、前回の提案におきまして、これを「願により」というふうにいたしました理由は、現行司法試験法の第六条三項が全くその通りになっておりまして、ただ第三項を第六項に置きかえたにすぎないわけであります。従いまして、言葉もそのまま現行法通りにいたしまして提案をいたした次第でございます。現在におきます他の立法、たとえば税理士法等におきましては、同様の事項が「申請により」ということに表現されております。全く趣旨内容は同一でありますけれども、この司法試験法制定の時代が昭和二十四年という、今から申せば少し古い時代でございますので、かような表現になっておつたものと考えますが、現在改めるといたしますれば、「申請により」というふうな表現にする方が妥当であるというふうに考えましたので、この点を改めて提案をいたした次第でございます。
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大川光三#7
○大川光三君 それに関連いたしまして、いま一つお伺いいたしたいと存じますことは、前年の筆記試験合格者で、翌年の筆記試験の免除を願い出た者と願い出なかった者との過去の比率は、一体どうなっておるでありましようか。もし願い出た者が圧倒的に多いとすれば、免除を原則的に規定して、申請を例外的に規定すべきであると思いまするが、いかがでございましょうか。
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津田実#8
○説明員(津田実君) ただいまの御質問の御趣旨は、全くごもっともでございますが、まず、数字の点を申し上げますと、数字の点におきましては、実はその点の詳しい調査をいたしておりませんことと、もう一つは、最近におきまして、七千数百名という受験者につきまして、一々前年度の筆記試験に合格したかどうかということは、本人の何らかの意思表示がないと、実は調査しかねる次第でございます。その意味におきましても、何らかの形において本人からの通知等がなければ判明いたしかねるような次第になっておりますが、数字的に申しますと、詳しい数字はわかりませんが、大部分は、前年の筆記試験に合格して口述試験に不合格であった者は、翌年の筆記試験免除を現行法制のもとにおいては願い出ております。ただし、これは全く本人の自由でございまして、本人が前年の筆記試験の成績が芳ばしくないと思った場合は、この願い出をしないで、新しく筆記試験を受け、口述試験を受ける。それによって自己の成績をできるだけよくするというようなことを考えておる者もございますが、大体におきましては、大部分の人は翌年において免除の願いを出しておるわけでございます。で、先ほど申し上げましたように、本人の申請がございませんと、実際問題として自動的に免除するということは、事務的に非常にいたしかねる次第であります。そういう意味におきまして、かような規定を設けておる次第でございます。
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大川光三#9
○大川光三君 ただいまの点は、私といたしましては、もう少し受験生に親切な法律を作つてやるということであります。ただいま御説明のように、本人が果して願い出をするかどうかということがはっきりわからないので、結局、本人の申請を待つとか、願い出を待つとかいうことでありますけれども、もう原則として免除するという規定を置いておけば、かえつて事務局としての手数も省けますし、受験生のためにもそれがよいのではないかというように私は考えております。のみならず、筆記試験免除を申請しない者の中には、あるいは病気のために翌年は受験できないというような気の毒なのもあるのでありますから、むしろ原則的には免除するのだということにして、申請を例外的に規定するというのが私は本筋だと考えておりますが、その点に関して重ねて御意見をお伺いいたします。
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津田実#10
○説明員(津田実君) 司法試験につきましては、毎年それぞれ出願をいたした者につきまして試験を施行しておる。その受験出願をいたしますときに、別に用紙を一枚つけます。前年度に合格しているから免除せられたいという用紙を一枚つけるだけの実際は手続になっておるわけであります。でありまするから、受験願書を出す者にとりましては、ほとんどまあ、ただ別紙に記載するというだけの事柄になっておるわけであります。非常にその点は簡便にいたしており、特別の手続等はいたしておりませんわけです。その意味におきますると同時に、自動的にいたしますということになりますと、何も書かない者について自動的にいたすということになりますと、前年度の合格者につきましては、いわゆる同姓同名というようなものも最近出て参っておりますので、いろいろ問題が出て参りますので、本人がはっきり申請をした人について免除をするということが事務的には非常に確実になるということと、まあ御本人に対しては、それほどの手数ではあるまいというふうに考えておる次第であります。
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大川光三#11
○大川光三君 ただいまの、申請手続についての事務的な面では非常に簡単であるという、その点は、私としてよく事情がわかつてけつこうでございます。ただ、重ねて伺いますが、もし翌年、病気その他の不可抗力で受験ができない、あるいは翌々年とか、またさらにその後受験ができないという場合においては、筆記試験免除の特典は全然ないのでありますか。その点お伺いいたします。
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津田実#12
○説明員(津田実君) 次回の司法試験における筆記試験を免除する。ということになっておりますので、その次回に、まあ通常翌年施行されるわけであります。その翌年限りということになっております。そこで、本人がむろん筆記試験を免除されるわけですから、筆記試験の施行中病気であるというようなことはむろん問題にならないわけでございますが、口述試験の際に病気の理由によって出席できない者はやはり不合格になると同時に、筆記試験の免除は次の年は行われない、こういうことになるのが現行法でございます。大体試験につきましては、出願しておりましても、その試験当日病気であれば、これはどうしても翌年また受けざるを得ないというような法制になっております。口述試験のみにおいてその特例を設けるのはいかがかと思いますので、現在では、このような法制になっている次第でございます。
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大川光三#13
○大川光三君 その点は、特に受験者の利益のためにお考えおきを願いたいと存じます。
 次に、司法試験管理委員の顔ぶれに関して伺います。現在の管理委員会は、最高裁事務総長、法務事務次官、日弁連代表の三人で構成されておりますが、第二次試験が学問及び大学教育と密接な関連を有するばかりではなく、管理委員会が試験科目の範囲にタツチする仕事をすることから、すなわち第六条第四項の規定から考えまして、管理を一そう適正にするため、管理委員に大学の代表者を入れることが好もしいと存じますが、当局のその点に関する御所見を伺いたいと存じます。
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津田実#14
○説明員(津田実君) ただいま仰せの点でございますが、これは、今回の衆議院の本法案の御審議の際におきます法務委員会の附帯決議にもその御趣旨がございます。御趣旨につきましては、十分検討いたしたいと存じておる次第でございます。
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大川光三#15
○大川光三君 私の質問はこれで終ります。
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北村暢#16
○北村暢君 ちょっとお伺いしますがね。今度の法案の趣旨の一つの中に、大学の優秀な新卒の卒業生をほかの職業分野に逸しないように考慮する。この従来の試験の結果を見ますと、なるほど、ここでいっているように、学生の合格者がずっと減つてきているようでございます。それにもかかわらず、この受験者が非常にふえてきている。これは、そういう欠陥を是正するために、短答式と論文式の筆記試験にわけたと、こういうのですが、どうもわからないのは、短答式を採用してやるというと、学生の合格するような事実が多くなるのかならないのかですね。そういう点について、どういうような考え方からこの形をとつたのか、お伺いしたい。それは、ここでいっているように、試験のやり方を簡素化して、一次でふるいをかけて、筆記試験の論文式の試験によって精密にやる、こういうことのようなんですが、試験のやり方を簡素化することによって、そういうような方向に重点が置かれて、学生の合格する率を多くするというような考慮がなされているようにちょっと受けとれないのですが、これでそういうような形がとれるのか、どうなのか、その点ちょっと御説明願います。
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津田実#17
○説明員(津田実君) ただいま御指摘の点でございますが、短答式による試験を採用するということと、大学在学生の受験を容易にするということとは、直接の関連はないのでございます。大学の受験生の受験を容易にする点は、主として試験科目及び試験科目の範囲の問題でございまして、御承知のように、現在の新制大学におきましては、一般教養科目は前二カ年、専門科目は後二カ年、合計四カ年の授業年限になっている。そうしますと、在学中に受験いたしますのは、大体三学年の六、七月のころということになるわけでございますから、専門科目は、始めまして一年二、三カ月というときに受験するということになる。そこで、それらの点を考えまして、大学の各学年に配置いたしております授業科目とにらみ合せまして、なるべく試験科目をそれに近づけていこうということによりまして新制度の試験科目を選び出した。こういうことになるわけであります。と同時に、選択科目の範囲を広げまして、なるべく自分の得意とする科目で受けられるようにするということもいたしまして、あわせて在学中の受験を容易にするということを考えた。それから、短答式を採用いたしましたことは、本年まですでに短答式は三回、現行法のもとにおきましても施行しております。それは、現行法の筆記試験ということで、短答式と論文式をあわせて課しておる。ただ、現行法におきましては、筆記試験について合格、不合格を発表いたしておりますので、短答式によりまして不合格になつたか、論文式で不合格になつたかということは、本人にわからないということになっております。今度は第一次、第二次試験の筆記試験の中に短答式と論文式と分けまして、短答式についても合否を決定するということにいたすわけであります。その理由は、先ほど御説明いたしましたように、やはり七千名につきましてある程度のふるいを行わないと、論文の審査が精密になりかねますので、そういう技術上の問題もございまして、今回短答式を正式に採用することになった次第であります。
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北村暢#18
○北村暢君 もう一つ。非常にしろうとの質問のようになるのですが、この試験で、今申したような形にやりますと、受験科目の選定の問題その他で考慮されたということはわかるのですが、この試験の特性といいますか、国家試験はこの試験しかないわけですが、非常に長い間かかって受験している方々がずいぶんおるわけでございます。それで、新制のそういう大学出の学生に適応するような方向に漸次切りかえていくという考え方はわかるのですが、一気に切りかえていくというと、やはり経過的に言って、従来この試験に希望をつないでいる人、こういう人が相当やはり科目の選定その他について変えなければならないということが起つてくるのだが、一しかも、そういう人は、だいぶ経験も積んできて、非常に苦労もして受験をしてきている人たちだと思うのですが、そういう人のための考慮というものがどういうふうに払われておるのか、ちょっとお伺いしたい。
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津田実#19
○説明員(津田実君) ただいま御指摘の点でございますが、この法律案は、施行期日を昭和三十六年一月一日からといたしております。でありますから、現実には昭和三十六年の六、七月のころ、あるいはそれより少し早くなるかもしれませんが、少くとも四月以降に予定される司法試験から施行されるわけでございまして、昭和三十四年、三十五年と、二カ年は現行制度で行くわけです。その間と三十六年とにおきまして科目等につきまして変つてくるわけでございますが、現在多年受験をしておる人はその範囲でなるべく合格をするように努力していただくということが一つあるわけでございます。もう一つは、考え方といたしまして、そう根本的に科目に変更を加えているわけではございませんので、現在も大体勉強をしておる科目で大体まかない得るということが考えられますし、新たな大学生につきましては、この三十六年以降に受けることを予定をしておる人は、やはり今からこの科目を考えて対策を講じていくということになろうと思いますが、決して、多年受けている卒業生につきましても、この科目配置ではそれほど不利益になるとは考えられない次第でございます。
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北村暢#20
○北村暢君 もう一つお伺いしたいのは、この資料の中で、弁護士はだいぶふえておるようですけれども、きのうあたりの予算の説明を聞いても、判事、検事の増員というものは非常に大幅に要求されておるのですが、この表を見ましても、合格している数というものは、大体毎年同じくらいの数の方が合格しているようです。それで、この試験そのものについてどうなんでしょうか。成績に一定の限界を設けて、そのときの成績で合格を決定するのか。まあそういうふうな形を、厳密にそういうふうな試験一点張りでいくのか。ある一定の目標の人数というものがあつて、その年々によってできふできがあつても、一定の数までは合格者として採る、そういうような考え方でいるのか。それからまた、今後の判検事の人員というようなものを考えて、計画的にいくらいくらというような目標を置いてやっていくのか。そこら辺のところはどういうふうに配慮されて、試験制度というものが運営されておるか。この点、ちょっとお伺いしたい。
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津田実#21
○説明員(津田実君) ただいまの仰せの点でございますが、この司法試験の合格を決定いたしますのは、考査委員の合議による。考査委員と申しますのは、各大学の教授の方とか、あるいは判検事の一部の者というようなもので構成されておる。全くそういう学問あるいは応用能力をためして、その標準から考えて、司法試験合格者として適当であるという線によって合格不合格をきめておるというのが建前でございます。ただ、その場合でありますが、全く司法試験管理委員会等が合格数を指定すると申しますか、そういうようなことはいたさないわけでございますけれども、ただ、あまりにその合格者と認められる数が少い、あるいは非常に多いということになりますと、これはやはり司法修習生になる人員の数の問題に影響して参りますので、その点は、なるべくそれほどの合格者に毎年大差がないようにというような程度の配慮は当然考えられておるわけであります。大体昨年までは、二百七、八十名内外の合格者、本年は、先ほど御指摘になりました判検事の数の欠員数等も一応考えられまして、なるべく多く合格者を出したいというような希望を当局としては持っておるわけでございますが、幸いに考査委員の方でもそういう点を考えましたのかと思いますが、本年は三百四十六名、大体五十名例年より多かった次第であります。一応やはり学識と応用能力の試験でありますので、あまり数のために質を落すということはできないと考えておりますが、多少この点にゆとりはあると考えております。
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高田なほ子#22
○高田なほ子君 今、これはまだ通過していない法律なんですが、文教委員会で、今度学校教育法の改正によりまして、単科大学という一つの制度を置くことになるわけです。単科大学は、御承知のように、今までの大学ともつかず、高等学校ともつかず、実に私ども解釈に苦しむみたいな存在になってくるわけですが、学校教育法による大学の卒業者は、じかに二次試験を受ける資格を得るわけですが、どうも単大の者が、他の普通の大学の卒業者と同じように、二次試験を受ける資格を得るということになると、かなり私は問題が残ると考えるわけですが、こういう問題について何か御研究になっておられますか。
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津田実#23
○説明員(津田実君) ただいまの第一次試験免除につきましては、学校教育法に定める大学において学士の称号を得るに必要な一般教育科目の学習を終つた人、こういうのを第一次試験免除の対象にいたしておるわけであります。でありまするから、現在のその程度の学力——主として大学の第二学年を終つた人については、大体そういう資格ができておるわけでございますから、その資格につきましては、一々証明を得て、第一次試験を免除しておるということになっておるわけでございます。でありまするから、今度できまする大学につきまして、どういう内容をお考えになるかということが考えられるわけでありまするけれども、いずれにいたしましても、現行の法の第四条から申しまするならば、やはり学士の称号を得るに必要な一般教養科目ということになっておるわけでございますから、それに該当するかどうかということが問題でございまするけれども、学士の称号を得るのは、そういう大学においては考えられないということになるわけで、現行法のもとにおいては免除の資格は与えられないということになると、こういうふうに考えております。
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高田なほ子#24
○高田なほ子君 考査委員会の運用についてもう一つ尋ねておきたいのですが、今度の試験法の改正によると、かなり基礎的な教養の方面というものも重視されておるようですし、御承知のように、社会科学の分野もここに入ってくると思う。社会政策の試験なんか本あるようですが、どうも最近の——これは一般の事件の問題にも関連することでありまするが、この考査委員の考え方によって、非常にイデオロギー的に左右されるような傾向なきにしもあらず。聞くところによると、今日までの考査委員会の中には、かなり進歩的な学者なんかが排除されてきたようにも私は聞いている。これでは、本来の意味の進歩的な裁判官を養成するという考え方とはマッチしてこないので、やはり裁判官の感覚も、時代的に新しい感覚を持つたものでなければ、私はよい裁判官とは言えないのじゃないかと思います。カビのはえたような、旧態依然とした、旧道徳に縛られながらものを見るというのではなくて、やはり新しい社会の進歩に伴う進歩した考査委員というものも中に入れられて、新しい意味の裁判官の養成ということに力を注がれることがいいのではないかというように考えられますが、もちろん、そういうふうに御考慮になっているとは思いまするけれども、今後ともそういう点について努力されるというお考えはお持ちでございましょうか。
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津田実#25
○説明員(津田実君) 現在におきましてもその通りでございますが、もちろん改正になりまして、いろいろ科目がふえて参るわけであります。もちろん、それらにつきましては、各考査委員につきましていろいろ学説の違い、あるいは立場の違いというものがあるのは、現行法のもとにおきましてもあるわけであります。しかしながら、これらの科目についての学識と応用能力をためす点におきましては、あるいは学説の違い、あるいは立場の違いということは問題にしないで、それぞれそれだけの学識なり応用能力があると認定することに最も最適任な方をお選びするというのが、司法試験考査委員の選定の仕方の本質であろうというふうに考えております。現在もその通りの趣旨で運用しているわけでありますけれども、もちろん、改正後におきましては、当然そういう趣旨で運用されると考えます。
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高田なほ子#26
○高田なほ子君 そういう趣旨で運用されるということは当然なことで、御答弁を待つまでもないわけでありますが、この資料を拝見しますと、司法試験考査委員一覧表の中には、昭和二十七年から三十三年にかけて特定な大学、たとえば防衛大学ですね、これはやはり一つの特定な方式を持つ私どもは大学のように考えられているわけなんですね。そういう方々が継続して、人文科学の面に大きな比重をもって、二十七年以降三十三年までこれを継続していられるということは、やはり一つの偏向性を持つのではないかという危惧を持たざるを得ない。従って、私は前段のような質問を申し上げておるわけです。この方が不適任だというのじゃないのですよ。そういう意味で申し上げているのではない。しかし、あまりにも偏しているのではないかということが一つ。もう一つは、司法修習生の研修所の講師の問題になるのですが、これは相当配慮されているんだろうと思いますが、巷間聞くところによると、官学と私学のやはり差別待遇というのは、何も法曹界だけにあるのじゃなくて、やはり一般の社会の中にも、官学尊重ということは今日なおもってあるわけなんです。また、官学が尊重される理由もまたあるかもわかりませんが、やはり司法研修所の教官の方々の出身学校を拝見いたしますと、がぜん東大が多いわけです。言うなれば、東大閥でなければ出世の道はないということになれば、やはり試験の方法を幾ら変えたって、こういうような底に横たわる風習というものも逐次是正するということにならなければ、進歩を求めることはできないのじゃないかというような気もするのです。実状については、私は全くしろうとでわかりません。ただ資料を拝見してそういうことを思うことと、また現場の方から、官学と私学との問題について、たびたび私どもしろうとの耳にも入れられる機会も実はあるので、こういう質問をしているわけなんですがね。
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津田実#27
○説明員(津田実君) 司法部内——裁判官あるいは検察官の部内におきましては、私どもも長くこの地位にあったわけでございますけれども、ほかの職業分野においていろいろ聞かされるような学閥というようなことについては、私どもはほとんど感じを持ったことはないわけでございます。ただ、過去におきまして、司法試験の合格者の範囲が、東大の出身者が多かったというような事実はございますが、これは、御承知のように、全く考査委員には、何大学の学生であるかということはわからないで採点をさしているわけでございますので、その点、学閥というようなことの問題は全然なかったわけでございます。今日もございませんと思います。しかしながら、今日におきましては、東大は必ずしも多いわけではありませんで、中央大学というような私立大学も、たくさんの学生が合格いたしております。まあそういう司法試験合格者の出身別によりまして、将来の司法部内の人の出身学校の構成も変ってくるのじゃないかというふうに考えておる次第でございますが、重ねて申し上げておきたいと思いますのは、裁判官あるいは検察官の間におきましては、やはり仕事の性質から言いまして、さようなものは私はないと確信いたしておる次第でございます。
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野本品吉#28
○委員長(野本品吉君) では次に、前回に引き続きまして、昭和三十四年度の法務省関係予算について調査を行います。前回概算要求の概要につきまして説明を聴取したのでありますが、今年度の予算に新しく要求されております総合刑事政策研究所の設置計画につきまして、この際説明を聴取しておきたいと思います。
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神谷尚男#29
○説明員(神谷尚男君) 法務省といたしまして、明年度の予算要求におきまして、新たに総合刑事政策研究所の設置に関する経費を要求いたしておるのであります。この点につきましては、前回の委員会におきまして、大沢経理部長から、その必要性等について、すでに触れて説明しておるのでありますが、若干それに敷衍いたしまして、私から御説明申し上げたいと存じます。
 国の犯罪対策としましては、やはり犯罪を撲滅すると申しますか、絶滅すると申しますか、その方向に向って、少くとも犯罪の減少ということが実現されていくような方向になければならないと存ずるのでありますが、現状におきましては、諸統計が示しますように、特に少年犯というものにつきましては、たとえば強姦、強制わいせつ等の性犯罪は、戦前の約二十倍に上っておる。あるいは少年による強盗殺人の凶悪犯は、戦前の十倍に上っておる。こういうような数が示しておりますように、現在における犯罪対策というものは、必ずしも威力を発揮していない。むしろ無力とも言えるのではないかと考えるのであります。現在におきまする体制としましては、警察、検察、裁判、行刑あるいは保護、それぞれの各機関がこれを担当しておるのでありますが、それぞれの立場でてんでんばらばらに、いわば腰だめ式とでも申しますような対策しか行われておらず、そこには、総合性とか科学性というものがあまり認められない感じがいたしておるのであります。そういうことからいたしまして、必ずしもその威力を発揮していないと、むしろ無力な現状にあるともいわれるのじゃないかと思うんでありますが、そういう意味におきまして、各機関が担当しておりますその施策というものに総合性、協調性を与える、あるいは刑事政策において科学性をもたらすということがきわめて必要でないかと考えるのであります。犯罪に対する対策としましては、この犯罪のよって生じますところの原因というものを正しく科学的に把握しなければならないのでありますが、現在におきまして、この犯罪の原因というものがどういうふうに考えられているかといいますと、その犯罪原因論に対する考え方というものは、きわめて未熟と申しますか、まだ十分発達していない段階にあるように見受けられる、まあ科学性というものがそこに見当らないのじゃないかというふうに考えられるのであります。犯罪原因というものを科学的に探究して、そこに初めてこれに対処すべき対策というものも立っていくのでありますが、その犯罪原因というものを科学的に探究するということが、特にわが国においてはまだ十分発達していないということがまず指摘されなければならぬのであります。
 そこで、この犯罪原因を科学的に把握して、これに対して適切な対策を立てるということを考えていかなければならぬのでありますけれども、この犯罪と申しますのは、いわば反社会的性格を備えた人間が正常な社会生活に適応し得ない一つの病理的な現象でありまして、その社会的不適応性とでも申すものが犯罪の主因となるのでありますけれども、その犯罪の原因というものは、この犯罪者の素質、環境といったものが複雑に錯綜しているのであります。それで、その要因を分析しまして、相互の関係を測定、解明していくというためには、単に常識とか直観とか、あるいは惰性といったものでは十分になし得ないものでありまして、これには、たとえば社会学なり心理学なり、あるいは精神医学なり、あるいは統計数理の学問なり、こういうものを借りてこなければならないのでありますが、そういった基礎的な犯罪学とでも申しますか、そういうものが現在わが国におきましては必ずしも発達しておりません。そのために、犯罪原因というものを正しく把握するということがまだ十分でないのでありまして、従いまして、その対策というものも十分立て得ないということになっているのであります。
 これを最近起りました事例で御説明申し上げますならば、しばらく前、小松川の女子高校生を殺した事件が起きたことは、御承知の通りと存じますが、その犯人であるこの少年は、問題の犯行前に、すでに十五、六のころから、四回にわたって窃盗を犯して、警察につかまっているのであります。しかし、いわゆる科学的な眼を持たない刻下の機関は、その犯人の潜在的な凶悪性と申しますか、犯罪性と申しますか、そういうものを看破することが必ずしもできなかったのであります。家庭裁判所は、初めの三犯に対しましては、不処分とか審判不開始といった最も軽い処分をして、直ちに釈放しておりますが、四犯目に至りまして、やつとまあ保護観察という処分に付されたのでありますけれども、保護観察官は、この少年が表面的には善良のように見えましたために、その成績は良の評点を与えているということになつたのであります。ところが、これに対しまして、その環境なりその生活なりを調査して、これを科学的に判断いたしますならば、その少年の犯罪的傾向というものは顕著に見られたのではないかと思われるのであります。先般ここで係官が御説明申し上げましたグリュック式の犯罪予測表というものを当てはめてみますならば、九八・二%の犯罪傾向があったということが言えるのであります。このように、科学的に犯罪というものを見直すということがなければならないのでありますが、現状におきましては、警察にしろ、裁判にしろ、あるいは行刑、保護の関係にしろ、ほとんど常識あるいは直観、あるいは従来のしきたり、惰性といったもので行われておりまして、いわゆる犯罪対策としての意欲というものがそこには全然うかがえない。これは、今ごろになってそういうことに気がついたのかというあるいはおしかりがあるのかもわかりませんけれども、とにかく現状におきましては、そういう諸機関の間に総合性も十分なければ、また科学的ないわゆる目というものが持たれていないということが、これは事実そのままの姿であります。犯罪がすでに起りまして、その結果において社会に与える損害あるいはこれに対処する国家の諸費用、そういうものを考えてみますならば、それはきわめて莫大なものであります。これを何とか未然にできるだけ防止することができるということになれば、国費においてもきわめて節約できるという結果にもなり、社会の治安上もきわめてその方が好ましいということは、言うを待たないところであろうと考えられるのであります。その意味におきまして、できるだけ犯罪を未然に防止し、そのためには早期発見をし、あるいはその者に対して早期の治療を施すというような考え方、あるいはすでに犯罪が生じてしまつた後におきましては、本人に対し適切な矯正保護の措置を講じ、社会復帰に役立たしめる措置を講ずるということが必要なのでありますが、そういったいろいろな技術の面も、わが国におきましてはまだ十分と言えないと思われるのであります。たとえば、刑務所に収容しましても、その刑罰の効果というものがどの程度発揮されておるかという刑罰効果の測定ということも、いまだに十分に解明されていないのじゃないかというようなことも考えられるのであります。
 そこで、この研究所におきましては、一体どういうことをするのかということでありますが、詳しくは、先日お手元にお配り申し上げました事業計画などでこまかく触れておるのでありますが、ここにおきまして簡単に申し上げますならば、刑事政策の学問についての最高水準の頭脳をできるだけここに集めまして、内外の理論のそしゃく、研究、吸収ということをさせ、あるいは犯罪の実態を組織的に解明し、あるいは刑罰の実証的効果を測定させるといったような方法におきまして、わが国の社会的背景と国民性に最も適合した犯罪防止対策を立てようということでございます。各省におきましては、必要な研究機関がそれぞれあるのであります。たとえば、文部省では、統計数理の研究所とか、教育研究所とか、あるいは厚生省では、人口問題研究所とか、精神衛生研究所とか、それぞれございますが、法務省におきまして、法務行政の根幹となる点についての科学的究明を担当する研究所というものは現在においてないのであります。のみならず、わが国の大学におきましても、犯罪というものを科学的に究明する研究機関というものはございません。また、この刑事政策を専門的に研究する刑事学に関する専門講座、専任の教授も、現在わが国の大学に、少くとも国立の大学には置かれていないという現状でありまして、犯罪に対する科学的究明というようなものにつきましては、わが国においてはきわめて未発達であるということが言えるのでございます。諸外国におきましては、本日お手元に差し上げました表をごらんいただければおわかりいただけるかと思いますが、諸国におきまして、それぞれ相当の規模のこれに関する研究所を持って、この社会を内からむしばむところの犯罪というものに対して熱心に研究いたしておるのであります。法務省といたしましては、刑事に関する法務行政、それをも十分この効果を発揮せしめるという立場に立ちまして、ぜひこの研究所の実現を希望いたしておるのでございます。その詳しいことは、先日お手元にお配り申し上げましたところによって御承知いただきたいと思うのでありますが、その機構、事業計画等は、そこにしるされた通りであります。ただ、これに対する予算総額が三千五百万円であるということに対しまして、むしろそんなわずかな費用で何ができるかという、逆の面のおしかりといいますか、勉励といいますか、そういうものをいただいておるのでありますが、まあわれわれとしましては、一歩々々築いていきたい、着実なものを一つ一つ築き上げていきたいという意味で、はなはだ僅少といえば僅少な予算額でございますけれども、まず明年度はこれをもって発足いたしたい、かように考えて、この程度の予算の要求にとどめた次第でございます。
 一応御説明申し上げまして、御質問がございましたらお答え申し上げたいと思います。
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