予算委員会
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会
会議録情報#0
昭和四十四年二月十二日(水曜日)
午前九時四十一分開議
出席委員
委員長 荒舩清十郎君
理事 櫻内 義雄君 理事 田中 龍夫君
理事 塚原 俊郎君 理事 中野 四郎君
理事 八木 徹雄君 理事 大原 亨君
理事 中澤 茂一君 理事 小平 忠君
理事 広沢 直樹君
足立 篤郎君 相川 勝六君
植木庚子郎君 臼井 莊一君
江崎 真澄君 上林山榮吉君
仮谷 忠男君 川崎 秀二君
倉成 正君 小坂善太郎君
重政 誠之君 田中伊三次君
竹内 黎一君 野田 卯一君
野原 正勝君 橋本龍太郎君
福家 俊一君 福田 一君
船田 中君 松浦周太郎君
松野 頼三君 大出 俊君
角屋堅次郎君 川崎 寛治君
北山 愛郎君 久保 三郎君
阪上安太郎君 田中 武夫君
高田 富之君 楯兼 次郎君
楢崎弥之助君 畑 和君
山内 広君 麻生 良方君
永末 英一君 大橋 敏雄君
伏木 和雄君 林 百郎君
出席国務大臣
法 務 大 臣 西郷吉之助君
外 務 大 臣 愛知 揆一君
大 蔵 大 臣
経済企画庁長官
事務代理 福田 赳夫君
文 部 大 臣 坂田 道太君
厚 生 大 臣 斎藤 昇君
農 林 大 臣 長谷川四郎君
運 輸 大 臣 原田 憲君
郵 政 大 臣 河本 敏夫君
国 務 大 臣
(内閣官房長
官) 保利 茂君
国 務 大 臣
(防衛庁長官) 有田 喜一君
国 務 大 臣
(科学技術庁長
官) 木内 四郎君
出席政府委員
内閣官房副長官 木村 俊夫君
内閣法制局長官 高辻 正己君
内閣法制局第一
部長 真田 秀夫君
国防会議事務局
長 海原 治君
防衛政務次官 坂村 吉正君
防衛庁長官官房
長 島田 豊君
防衛庁防衛局長 宍戸 基男君
防衛庁人事教育
局長 麻生 茂君
防衛庁経理局長 佐々木達夫君
防衛庁装備局長 蒲谷 友芳君
防衛施設庁長官 山上 信重君
防衛施設庁総務
部長 鐘江 士郎君
防衛施設庁総務
部会計課長 高橋 定夫君
防衛施設庁施設
部長 鶴崎 敏君
経済企画庁総合
計画局長 鹿野 義夫君
科学技術庁長官
官房長 馬場 一也君
科学技術庁研究
調整局長 石川 晃夫君
科学技術庁原子
力局長 梅澤 邦臣君
法務省刑事局長 川井 英良君
外務省アジア局
長 須之部量三君
外務省アメリカ
局長 東郷 文彦君
外務省条約局長 佐藤 正二君
大蔵省主計局長 鳩山威一郎君
大蔵省主計局次
長 海堀 洋平君
大蔵省主税局長 吉國 二郎君
文部省大学学術
局長 村山 松雄君
厚生省年金局長 伊部 英男君
運輸省航空局長 手塚 良成君
郵政省電波監理
局長 石川 忠夫君
委員外の出席者
防衛庁長官官房
広報課長 伊藤 圭一君
専 門 員 大沢 実君
—————————————
二月十二日
委員赤澤正道君、山中吾郎君、吉田之久君及び
有島重武君辞任につき、その補欠として福家俊
一君、大出俊君、永末英一君及び大橋敏雄君が
議長の指名で委員に選任された。
同日
委員大出俊君辞任につき、その補欠として山中
吾郎君が議長の指名で委員に選任された。
—————————————
本日の会議に付した案件
昭和四十四年度一般会計予算
昭和四十四年度特別会計予算
昭和四十四年度政府関係機関予算
————◇—————
この発言だけを見る →午前九時四十一分開議
出席委員
委員長 荒舩清十郎君
理事 櫻内 義雄君 理事 田中 龍夫君
理事 塚原 俊郎君 理事 中野 四郎君
理事 八木 徹雄君 理事 大原 亨君
理事 中澤 茂一君 理事 小平 忠君
理事 広沢 直樹君
足立 篤郎君 相川 勝六君
植木庚子郎君 臼井 莊一君
江崎 真澄君 上林山榮吉君
仮谷 忠男君 川崎 秀二君
倉成 正君 小坂善太郎君
重政 誠之君 田中伊三次君
竹内 黎一君 野田 卯一君
野原 正勝君 橋本龍太郎君
福家 俊一君 福田 一君
船田 中君 松浦周太郎君
松野 頼三君 大出 俊君
角屋堅次郎君 川崎 寛治君
北山 愛郎君 久保 三郎君
阪上安太郎君 田中 武夫君
高田 富之君 楯兼 次郎君
楢崎弥之助君 畑 和君
山内 広君 麻生 良方君
永末 英一君 大橋 敏雄君
伏木 和雄君 林 百郎君
出席国務大臣
法 務 大 臣 西郷吉之助君
外 務 大 臣 愛知 揆一君
大 蔵 大 臣
経済企画庁長官
事務代理 福田 赳夫君
文 部 大 臣 坂田 道太君
厚 生 大 臣 斎藤 昇君
農 林 大 臣 長谷川四郎君
運 輸 大 臣 原田 憲君
郵 政 大 臣 河本 敏夫君
国 務 大 臣
(内閣官房長
官) 保利 茂君
国 務 大 臣
(防衛庁長官) 有田 喜一君
国 務 大 臣
(科学技術庁長
官) 木内 四郎君
出席政府委員
内閣官房副長官 木村 俊夫君
内閣法制局長官 高辻 正己君
内閣法制局第一
部長 真田 秀夫君
国防会議事務局
長 海原 治君
防衛政務次官 坂村 吉正君
防衛庁長官官房
長 島田 豊君
防衛庁防衛局長 宍戸 基男君
防衛庁人事教育
局長 麻生 茂君
防衛庁経理局長 佐々木達夫君
防衛庁装備局長 蒲谷 友芳君
防衛施設庁長官 山上 信重君
防衛施設庁総務
部長 鐘江 士郎君
防衛施設庁総務
部会計課長 高橋 定夫君
防衛施設庁施設
部長 鶴崎 敏君
経済企画庁総合
計画局長 鹿野 義夫君
科学技術庁長官
官房長 馬場 一也君
科学技術庁研究
調整局長 石川 晃夫君
科学技術庁原子
力局長 梅澤 邦臣君
法務省刑事局長 川井 英良君
外務省アジア局
長 須之部量三君
外務省アメリカ
局長 東郷 文彦君
外務省条約局長 佐藤 正二君
大蔵省主計局長 鳩山威一郎君
大蔵省主計局次
長 海堀 洋平君
大蔵省主税局長 吉國 二郎君
文部省大学学術
局長 村山 松雄君
厚生省年金局長 伊部 英男君
運輸省航空局長 手塚 良成君
郵政省電波監理
局長 石川 忠夫君
委員外の出席者
防衛庁長官官房
広報課長 伊藤 圭一君
専 門 員 大沢 実君
—————————————
二月十二日
委員赤澤正道君、山中吾郎君、吉田之久君及び
有島重武君辞任につき、その補欠として福家俊
一君、大出俊君、永末英一君及び大橋敏雄君が
議長の指名で委員に選任された。
同日
委員大出俊君辞任につき、その補欠として山中
吾郎君が議長の指名で委員に選任された。
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本日の会議に付した案件
昭和四十四年度一般会計予算
昭和四十四年度特別会計予算
昭和四十四年度政府関係機関予算
————◇—————
荒
荒舩清十郎#1
○荒舩委員長 これより会議を開きます。
昭和四十四年度一般会計予算、昭和四十四年度特別会計予算、昭和四十四年度政府関係機関予算、以上三案を一括して議題といたします。
これより一般質疑に入ります。川崎秀二君。
この発言だけを見る →昭和四十四年度一般会計予算、昭和四十四年度特別会計予算、昭和四十四年度政府関係機関予算、以上三案を一括して議題といたします。
これより一般質疑に入ります。川崎秀二君。
川
川崎秀二#2
○川崎(秀)委員 質問を開始するにあたりまして、この機会を与えていただきました委員長並びに与野党理事の皆さま方に厚く御礼を申し上げる次第であります。
本質論に入ります前に、ウォーミングアップではありませんが、少々、二、三外務大臣に尋ねてみたいことがあります。
その第一は、ニクソン新米大統領の訪日を将来期待するかということであります。もちろんこれは、少なくとも来年六月の安保改定期までは国内の事情によりまして不可能であると私は思っておりますが、しかし安保が自動延長あるいは継続された後に、われわれは近い将来にニクソン大統領の訪日の実現を期待するものであります。何ゆえとなれば、民主党政権は非常に長かった。政府の官辺はジョンソン大統領、ハンフリー副大統領に非常に接触の機会があったし、私などもマンスフィールド氏ほか有力なる民主党の首脳とは個人的な関係もあるわけであります。しかるにニクソン大統領は、在野中、極東旅行を何回かされています。しかし接触の範囲は、率直に言って保守党の一部の方、それも、やや右寄りの方々ばかりであって、広く国民に接触しておるものとは言えないのであります。ヨーロッパ各国を近く訪問されるニクソン大統領の真意は、フランスをはじめ各国との接触がジョンソン時代に薄れた、この傾向を変えなければならぬという意図はわかります。ヨーロッパにはいろいろな問題がある。しかし私は、この二十年間に、少なくとも占領が解放されて以来十数年になるのに、貿易量と産業関係において日本とアメリカほど大きな比重を持っておる国は太平洋諸国にないわけです。これがなかったということは、まあ極端な表現ではありましょうが、太平洋の七ふしぎの一つである。アメリカ大統領が日本へ来ないということはない。歴代の総理大臣はしばしばアメリカへ行っております。その意味で、ニクソン大統領の訪日を二、三年の後には必ず実現したいとわれわれも思うのですが、愛知外務大臣のお答えをいただきたい。
この発言だけを見る →本質論に入ります前に、ウォーミングアップではありませんが、少々、二、三外務大臣に尋ねてみたいことがあります。
その第一は、ニクソン新米大統領の訪日を将来期待するかということであります。もちろんこれは、少なくとも来年六月の安保改定期までは国内の事情によりまして不可能であると私は思っておりますが、しかし安保が自動延長あるいは継続された後に、われわれは近い将来にニクソン大統領の訪日の実現を期待するものであります。何ゆえとなれば、民主党政権は非常に長かった。政府の官辺はジョンソン大統領、ハンフリー副大統領に非常に接触の機会があったし、私などもマンスフィールド氏ほか有力なる民主党の首脳とは個人的な関係もあるわけであります。しかるにニクソン大統領は、在野中、極東旅行を何回かされています。しかし接触の範囲は、率直に言って保守党の一部の方、それも、やや右寄りの方々ばかりであって、広く国民に接触しておるものとは言えないのであります。ヨーロッパ各国を近く訪問されるニクソン大統領の真意は、フランスをはじめ各国との接触がジョンソン時代に薄れた、この傾向を変えなければならぬという意図はわかります。ヨーロッパにはいろいろな問題がある。しかし私は、この二十年間に、少なくとも占領が解放されて以来十数年になるのに、貿易量と産業関係において日本とアメリカほど大きな比重を持っておる国は太平洋諸国にないわけです。これがなかったということは、まあ極端な表現ではありましょうが、太平洋の七ふしぎの一つである。アメリカ大統領が日本へ来ないということはない。歴代の総理大臣はしばしばアメリカへ行っております。その意味で、ニクソン大統領の訪日を二、三年の後には必ず実現したいとわれわれも思うのですが、愛知外務大臣のお答えをいただきたい。
愛
愛知揆一#3
○愛知国務大臣 現在、具体的な問題としてはまだ取り上げるところにいっておりませんけれども、考え方といたしましては、アメリカ大統領が日本を訪問される、これが国民的な歓迎の中に行なわれる時期が来ることを私も望ましいことであると考えます。
この発言だけを見る →川
川崎秀二#4
○川崎(秀)委員 近来、国連の内部におきまして、日本を安保理事会の一員に迎えたいという少数の国々の意向もあるようであります。また、日本は非常にこのことを希望しておると言われております。もし、安保理事会の常任理事国に日本がなるならば、これは、武装を持たない日本が入るということは世界平和にも非常な寄与をし、世界の経済の発展、文化の発展のためにも大きく役立つと私は思うので、その意味で外務省ではどういうようなお考えを持っておられますか、お伺いいたします。
この発言だけを見る →愛
愛知揆一#5
○愛知国務大臣 国連につきましては、いろいろ私どもも期待を持っておるわけでございますが、御案内のように、まだ国連の内部において日本人が十分に働く機会を与えられる、その機会が乏しいように思いますので、国連の内部において日本人職員が活躍できるようにということにつきましては、相当具体的に進んだ折衝といいますか、要請もいたしておるわけでございます。
それから、安保理事会の問題は、これはまあ非常に大きな問題であると思いますけれども、かねがね私は個人的にも、ここまで日本の国運が盛んになりまして、また国連におきましての日本の発言権というものもそれに相応して高くすること、それから同時に、いまお述べになりましたようなユニークな憲法を持っている日本国の立場というものがやはり安保理事会というようなところに常に反映することが望ましいことじゃないだろうか、こういうふうに考えておるわけでございます。したがいまして、これはいろいろの手続や、関係国が非常に多い関係もありますから、急速に実現ということはなかなか困難かとは思いますけれども、常にそういう態度で今後国連外交を展開してまいりたい、こういうふうな気持ちでおります。
この発言だけを見る →それから、安保理事会の問題は、これはまあ非常に大きな問題であると思いますけれども、かねがね私は個人的にも、ここまで日本の国運が盛んになりまして、また国連におきましての日本の発言権というものもそれに相応して高くすること、それから同時に、いまお述べになりましたようなユニークな憲法を持っている日本国の立場というものがやはり安保理事会というようなところに常に反映することが望ましいことじゃないだろうか、こういうふうに考えておるわけでございます。したがいまして、これはいろいろの手続や、関係国が非常に多い関係もありますから、急速に実現ということはなかなか困難かとは思いますけれども、常にそういう態度で今後国連外交を展開してまいりたい、こういうふうな気持ちでおります。
川
川崎秀二#6
○川崎(秀)委員 いまの御答弁は政府の率直なる意見を表明されて、はなはだけっこうであります。われわれもそういうことになりたいと願っております。
今度の国会は沖繩、安保、大学紛争というものに論議が集中されまして、ベトナム問題は忘れられております。これは、のど元過ぎれば熱さを忘れるというけれども、あれほど世界じゅうを震憾させ、また日本の大問題になったベトナム問題に論議がないということは非常に私は残念だと思っております。駐日大使であったジョンソン国務次官が先日アメリカ上院の外交委員会で、日本では社会党が七〇年安保闘争のテーマからベトナムをはずした関係もあるのだろう、こう言って指摘しておりますが、そのゆえもあるでしょう。しかし、ジョンソン国務次官は、日本の民衆の大部分はアメリカのベトナム政策を終始支持してきた、こう言っておるのです。これは私はどうかと思うのであります。支持されてきたのは北爆停止に踏み切った直後のことであると思うのであります。それ以前のアメリカのベトナム政策を日本の国民の大多数が支持したことはないです。いまパリ会議が開かれておりますが、アメリカと北ベトナムの主張は全く平行線であって、前途は暗中模索の状態である。現在、このことについて多少でも発言しているのは、やはり先見の明あるフランスのドゴール大統領ですね。これはインドシナ三国の中立がなければベトナムの平和会議は終わりを告げないということを予言しておるのです。そこで、このパリ会議の最初のキーポイントをどう開くか。パリ会議を軌道に乗せるまでは北爆の停止ということがかぎだということで、ついにこれが開かれたのでありますが、今後このベトナムの和平会議というものを開くのには、軌道に乗せるためにはどういう考え方がいいものであろうか。これは第三者たる日本からもやはり発言があってしかるべきだ。ドゴール大統領は発言をしておるし、スウェーデンあたりでも発言をしておるわけである。やはり世界の世論というものが興起して、それがパリ和平会議の鏡に反射をして、そこから新しいスタートが切られるだろうと思うので、愛知外務大臣は、何か具体的なお話がありましょうか。
この発言だけを見る →今度の国会は沖繩、安保、大学紛争というものに論議が集中されまして、ベトナム問題は忘れられております。これは、のど元過ぎれば熱さを忘れるというけれども、あれほど世界じゅうを震憾させ、また日本の大問題になったベトナム問題に論議がないということは非常に私は残念だと思っております。駐日大使であったジョンソン国務次官が先日アメリカ上院の外交委員会で、日本では社会党が七〇年安保闘争のテーマからベトナムをはずした関係もあるのだろう、こう言って指摘しておりますが、そのゆえもあるでしょう。しかし、ジョンソン国務次官は、日本の民衆の大部分はアメリカのベトナム政策を終始支持してきた、こう言っておるのです。これは私はどうかと思うのであります。支持されてきたのは北爆停止に踏み切った直後のことであると思うのであります。それ以前のアメリカのベトナム政策を日本の国民の大多数が支持したことはないです。いまパリ会議が開かれておりますが、アメリカと北ベトナムの主張は全く平行線であって、前途は暗中模索の状態である。現在、このことについて多少でも発言しているのは、やはり先見の明あるフランスのドゴール大統領ですね。これはインドシナ三国の中立がなければベトナムの平和会議は終わりを告げないということを予言しておるのです。そこで、このパリ会議の最初のキーポイントをどう開くか。パリ会議を軌道に乗せるまでは北爆の停止ということがかぎだということで、ついにこれが開かれたのでありますが、今後このベトナムの和平会議というものを開くのには、軌道に乗せるためにはどういう考え方がいいものであろうか。これは第三者たる日本からもやはり発言があってしかるべきだ。ドゴール大統領は発言をしておるし、スウェーデンあたりでも発言をしておるわけである。やはり世界の世論というものが興起して、それがパリ和平会議の鏡に反射をして、そこから新しいスタートが切られるだろうと思うので、愛知外務大臣は、何か具体的なお話がありましょうか。
愛
愛知揆一#7
○愛知国務大臣 ベトナム問題の解決は、本来は外部からの干渉がなくて、たとえば国民がみずから南越の将来をきめる、そういった自決権に基づいてなさるべきものである、こういうふうに考えるわけでございますが、そういった見地からも、北越とそれから米軍の相互撤退が望ましいことはもちろんであろうかと思います。やがてはパリ会談におきましても、相互撤退について話し合いが行なわれるでありましょうけれども、それがいかなる形で、またいかなる保障を伴って行なわれるかについては、予測することがまだ困難であると見ておりますが、まあいずれにしても、この相互撤退ということがベトナム問題の解決には不可欠な要素である。したがって、その早期実現を心から期待するという態度を私はとっておるつもりでございます。
この発言だけを見る →川
川崎秀二#8
○川崎(秀)委員 相互撤退ということがパリ会議で平和的に妥結されるでありましょうか。私は、やっぱりこれはサンアントニオ方式と同じであって、ついに妥結されないと見ておるのです。
この発言だけを見る →愛
愛知揆一#9
○愛知国務大臣 御意見や見通しの問題がいろいろあろうかと思いますし、また、現在きわめて複雑な状況を示しておりますので、私どもからあまり率直な私見などを述べるのもいかがかと思いますので、ただいま相互撤退ということが望ましい結論であるというふうに申し上げたのにとどめたいと思います。
この発言だけを見る →川
川崎秀二#10
○川崎(秀)委員 質問を五つばかりしまして、逐次お話を聞いたわけですが、ベトナム問題に対してはたいして具体的な意見もないし、また差し控えたいというようなお話であった。
しからば、私は、いままでの経過と、それから具体的な私の考え方を述べてみます。これには少々時間がかかります。
ベトナム和平会議、パリ会議でただ一つ言い得ることは、これは唯一の救いでもあるけれども、平和会議が解放戦線とサイゴン政府を入れた。この二つが抜け出さない限り——私は再び戦争が起こるとは思わない。戦争が拡大するとは思わない。その保障がついたことだけでも非常なしあわせである。しかし、昨年のちょうどいまごろであります。いわゆる南ベトナムの、ベトコンのテト攻勢があって、ベトナム情勢が重大な局面にあったとき、私は自民党の総務会でしばしば、いまこそ日本政府はアメリカの首脳に向かって北爆の停止を要請すべきである、チン外務大臣の言明には相当な裏づけがあるということをおすすめしたのでありますが、当時はいれられなかった。当時の外務大臣三木武夫氏は、北爆の停止は世界の世論であるけれども、アメリカが北爆を停止するならば北ベトナムもこの対応措置を持たなければならぬと言って、一昨年の九月、テキサス州のサンアントニオというところでジョンソン大統領が言った方式を総務会でも繰り返しただけであります。三木外相はしばしば、ハンフリー副大統領、ラスク国務長官と北爆問題で話し合っているとも私には言っておったのです。けれども、北爆停止を要請した形跡がない。話し合ったというだけだ。これが佐藤首相の命令によるか、あるいは佐藤、三木両氏の合意によるかは、私はその機微の関係は知りません。しかしこの微妙な関連、ベトナム戦争の最中に、アメリカの足を引っぱるようなことはいけないのではないかという、まことに友人としてのうるわしい美徳というか、私は、これがしばしばアメリカのベトナム政策を日本が誤らした原因だと思っておるのであります。そうして野党からは向米一辺倒という非難が上がる。野党の言うことはかまわぬけれども、国民全般の心ある者の中に、率直に日本国民の感情を訴えてもらいたいというものが大部分であることは、これまた間違いないと私は思うのであります。
昨年、予算委員会に発言の機会を失って、私は政府に質問主意書を出しましたが、そのいわれはこういうことであります。
もしこの北爆停止の時期を失して、アメリカ軍部が焦燥のあまり、たとえ十七度線を突破しなくても——十七度線の突破ということはジュネーブ協定の違反になり、アメリカが加わっておらなくても国際的な制肘がある。そういうことをするアメリカではありません。けれども、ハノイ、ハイフォンに対する無差別爆撃というものはやる可能性がある。もし、じゅうたん爆撃無差別爆撃がハノイ、ハイフォンに集中されるならば、ホー・チ・ミン大統領は非常に自主、独往の人であるけれども、背に腹はかえられず、中共に大軍の応援を求めるというようなことになったならばたいへんだとわれわれは思った。もし内陸深く米中衝突の危機が始まれば、台湾海峡、東シナ海が封鎖されて、大戦勃発の可能性がないとは限らぬというのが昨年の一、二月の景況でございました。今日はそんなことはない。しかし海運によって今日の繁栄をなしておる日本の基盤というものは、米中衝突あるいは大戦の勃発ということになれば、その瞬間から、繁栄は土崩瓦解するわけである。そのときにやはり国会議員として発言しなければならぬと私は考えたわけであったのであります。
しかし、時は移って、ジョンソン大統領は、三月三十一日英断をもって北爆の一部を除く停止を断行したわけであります。私は、日本とアメリカと民主主義がいずれが健在であるかといえば、戦争をやっておっても、アメリカの民主主義はなお健在であるという証拠を、あの瞬間に深く感じたわけであります。
そこで、これから先はどうするかというのがわれわれの当面しておる問題である。この相互撤退というのは、愛知さんはいま言われましたが、撤退しようという約束をするという。それはちょうど北爆停止前のサンアントニオ方式と同じだということを私は指摘したい。なぜならば、アメリカがそう主張しておるのです。北ベトナムのほうは、最初はおれのほうの正規軍は南ベトナムへ入っておらぬのだ、そう言って突っぱってきた。このごろ少し変わっておるのは、南ベトナム出身の兵隊が十七度線から南に帰郷しているのだ。これはなかなか微妙です。その発言を、われわれはやっぱりニュアンスをとらえて、現下の解決の突破口にしなければならぬ。それはお互いにかってに自主的に相互撤退することであり、そのきっかけは米軍から始めなければならぬ。でかいほうから始めなければいかぬ。大きいものから始めなければならぬというのがわれわれの説である。しかし、最初の撤退を開始したときに、アメリカは世界に宣言をする必要がある。話し合いをしてもまとまらぬから、まず自分のほうから撤退するから、おまえのほうも撤退しろというならば、これは暗黙のうちに自主相互撤退というものが認められるということであります。こういう考え方について、愛知外務大臣はどう思われますか。
この発言だけを見る →しからば、私は、いままでの経過と、それから具体的な私の考え方を述べてみます。これには少々時間がかかります。
ベトナム和平会議、パリ会議でただ一つ言い得ることは、これは唯一の救いでもあるけれども、平和会議が解放戦線とサイゴン政府を入れた。この二つが抜け出さない限り——私は再び戦争が起こるとは思わない。戦争が拡大するとは思わない。その保障がついたことだけでも非常なしあわせである。しかし、昨年のちょうどいまごろであります。いわゆる南ベトナムの、ベトコンのテト攻勢があって、ベトナム情勢が重大な局面にあったとき、私は自民党の総務会でしばしば、いまこそ日本政府はアメリカの首脳に向かって北爆の停止を要請すべきである、チン外務大臣の言明には相当な裏づけがあるということをおすすめしたのでありますが、当時はいれられなかった。当時の外務大臣三木武夫氏は、北爆の停止は世界の世論であるけれども、アメリカが北爆を停止するならば北ベトナムもこの対応措置を持たなければならぬと言って、一昨年の九月、テキサス州のサンアントニオというところでジョンソン大統領が言った方式を総務会でも繰り返しただけであります。三木外相はしばしば、ハンフリー副大統領、ラスク国務長官と北爆問題で話し合っているとも私には言っておったのです。けれども、北爆停止を要請した形跡がない。話し合ったというだけだ。これが佐藤首相の命令によるか、あるいは佐藤、三木両氏の合意によるかは、私はその機微の関係は知りません。しかしこの微妙な関連、ベトナム戦争の最中に、アメリカの足を引っぱるようなことはいけないのではないかという、まことに友人としてのうるわしい美徳というか、私は、これがしばしばアメリカのベトナム政策を日本が誤らした原因だと思っておるのであります。そうして野党からは向米一辺倒という非難が上がる。野党の言うことはかまわぬけれども、国民全般の心ある者の中に、率直に日本国民の感情を訴えてもらいたいというものが大部分であることは、これまた間違いないと私は思うのであります。
昨年、予算委員会に発言の機会を失って、私は政府に質問主意書を出しましたが、そのいわれはこういうことであります。
もしこの北爆停止の時期を失して、アメリカ軍部が焦燥のあまり、たとえ十七度線を突破しなくても——十七度線の突破ということはジュネーブ協定の違反になり、アメリカが加わっておらなくても国際的な制肘がある。そういうことをするアメリカではありません。けれども、ハノイ、ハイフォンに対する無差別爆撃というものはやる可能性がある。もし、じゅうたん爆撃無差別爆撃がハノイ、ハイフォンに集中されるならば、ホー・チ・ミン大統領は非常に自主、独往の人であるけれども、背に腹はかえられず、中共に大軍の応援を求めるというようなことになったならばたいへんだとわれわれは思った。もし内陸深く米中衝突の危機が始まれば、台湾海峡、東シナ海が封鎖されて、大戦勃発の可能性がないとは限らぬというのが昨年の一、二月の景況でございました。今日はそんなことはない。しかし海運によって今日の繁栄をなしておる日本の基盤というものは、米中衝突あるいは大戦の勃発ということになれば、その瞬間から、繁栄は土崩瓦解するわけである。そのときにやはり国会議員として発言しなければならぬと私は考えたわけであったのであります。
しかし、時は移って、ジョンソン大統領は、三月三十一日英断をもって北爆の一部を除く停止を断行したわけであります。私は、日本とアメリカと民主主義がいずれが健在であるかといえば、戦争をやっておっても、アメリカの民主主義はなお健在であるという証拠を、あの瞬間に深く感じたわけであります。
そこで、これから先はどうするかというのがわれわれの当面しておる問題である。この相互撤退というのは、愛知さんはいま言われましたが、撤退しようという約束をするという。それはちょうど北爆停止前のサンアントニオ方式と同じだということを私は指摘したい。なぜならば、アメリカがそう主張しておるのです。北ベトナムのほうは、最初はおれのほうの正規軍は南ベトナムへ入っておらぬのだ、そう言って突っぱってきた。このごろ少し変わっておるのは、南ベトナム出身の兵隊が十七度線から南に帰郷しているのだ。これはなかなか微妙です。その発言を、われわれはやっぱりニュアンスをとらえて、現下の解決の突破口にしなければならぬ。それはお互いにかってに自主的に相互撤退することであり、そのきっかけは米軍から始めなければならぬ。でかいほうから始めなければいかぬ。大きいものから始めなければならぬというのがわれわれの説である。しかし、最初の撤退を開始したときに、アメリカは世界に宣言をする必要がある。話し合いをしてもまとまらぬから、まず自分のほうから撤退するから、おまえのほうも撤退しろというならば、これは暗黙のうちに自主相互撤退というものが認められるということであります。こういう考え方について、愛知外務大臣はどう思われますか。
愛
愛知揆一#11
○愛知国務大臣 まず最初に、パリ会談というのが、ただいまもお話がございましたが、直接当事者が全部フルメンバーでとにかくテーブルについたということは、これはまあ非常に歓迎すべきことであると思います。
それから、この会議に対して何を望むか。とにかく早く決着をつけてもらいたいと考えるのは、これはもう世界じゅうの人たちの考え方ではないかと思いますが、そこで、どういうふうになるだろうか。ただいままでのところはいまお話しのあったとおりだと思います。一方は相互撤退ということでサンアントニオ方式の線に沿うた主張が行なわれておるし、一方では南越の中に北越の軍隊というものは入っておらぬのだと、入っておる事実も否認しているというようなところがこれまでの両方の主張であったと思いますが、これが今後、また現に四当事者の間で話し合いが始まるわけでございますから、いま私どもも希望を持っておるけれども、その方法論に立ち入りまして、仮想に日本の立場としてはこういうことが望ましいと方法論も、そこまで立ち入って、私公式に見解を申し上げるということはいささかはばからなければならぬのではないだろうか、その辺のところを御了承いただきたいと思います。
この発言だけを見る →それから、この会議に対して何を望むか。とにかく早く決着をつけてもらいたいと考えるのは、これはもう世界じゅうの人たちの考え方ではないかと思いますが、そこで、どういうふうになるだろうか。ただいままでのところはいまお話しのあったとおりだと思います。一方は相互撤退ということでサンアントニオ方式の線に沿うた主張が行なわれておるし、一方では南越の中に北越の軍隊というものは入っておらぬのだと、入っておる事実も否認しているというようなところがこれまでの両方の主張であったと思いますが、これが今後、また現に四当事者の間で話し合いが始まるわけでございますから、いま私どもも希望を持っておるけれども、その方法論に立ち入りまして、仮想に日本の立場としてはこういうことが望ましいと方法論も、そこまで立ち入って、私公式に見解を申し上げるということはいささかはばからなければならぬのではないだろうか、その辺のところを御了承いただきたいと思います。
川
川崎秀二#12
○川崎(秀)委員 政府にこれ以上ベトナム問題で申し上げても、ベトナム政策に関する限りは、まあ発言権がないと言ってもいいほどの従来のことでございましたから、私はまあ個人的にこういう考え方を持っておる者が日本の国会におるということを明らかにして、そしてこういう方法であるならば必ずベトナムは収拾されるだろうということを考えてみたわけであります。
相互に自主撤退するといっても、米軍が第一に本土に即刻引き揚げるということは、これはもうないわけであります。私の考え方によれば、まずサイゴン付近に集結をして、農村及び地方都市を南政府の能力にまかすべきである。この南政府がその治安に責任を持たなければ、これはついにはかいらい政権ということの実態になるわけですから、そのくらいのことはしなければならぬと思うのであります。その後北ベトナムの出方を監視しつつ米軍の南ベトナム撤退のタイムテーブルを示したら、これは非常に会議が進捗すると思う。そのことによって侵略者としての非難というものは一掃されると思う。米軍は大体入ったときには大義名分がなかったとは言えない。だんだん深入りをし、エスカレーションしていったときに問題が起こったわけであります。
第二は、米軍の撤退は沖繩の返還とも関係があり、南ベトナムの治安とも関係があるが、一九七〇年六月のいわゆる上半期の終わりまでには撤退を完了する、そして連合政府の樹立によって民族自決の基本原則に返るべきであると思う。
第三は、連合政権のあり方。これはやはり当初ベトコンを入れて連合政権をつくるにしても、近い将来公正なる総選挙を再実施しなければいかぬ。その総選挙の再実施のときにアメリカや中国やソ連のような大国が入ったならば、これは必ず干渉だといわれる。しかし、何も入らないでベトナムだけにまかすということならば、これはまた非常な治安上の危険というものも伴ってくるのであって、自決の方針はいいが、過渡的段階として、国連委員会による管理というものを断行しなければならぬ。そして自主政権を確立すべきであるというのが私の意見であります。
それから、これは、この最後のくだりは質問にも関連します。最終段階はどうなるか。ベトナム収拾の最終段階においては、私は中国の発言というものは非常に重大な要素を持ってくると思うし、歓迎しなければならぬ。ジュネーブ会議はソビエト、イギリス、フランスを中心として中国も入ったのですが、日本もやはり今後は入らなければならぬと思う。そういう国際会議を招集して、四者の停戦協定ができたならば、それをその幅の広い国際会議で承認をして、ベトナム治安というものを定着させる、その努力が必要だと思うのです。これと並行して、国連の内部に南ベトナム復興基金というものを設けて、アメリカが毎年使った三分の一も国連へ出せば、南ベトナムはりっぱに私は復興すると思うのです。そういう広い意味での対策を立てなければならぬと考えていますが、ここで外務大臣に伺いたいのは、外務大臣は、最終の段階にはそういうようなことになりはしないか、そうしなければいけないではないか、そしてその中における中国の比重はどうなるかということが私の質問であります。
この発言だけを見る →相互に自主撤退するといっても、米軍が第一に本土に即刻引き揚げるということは、これはもうないわけであります。私の考え方によれば、まずサイゴン付近に集結をして、農村及び地方都市を南政府の能力にまかすべきである。この南政府がその治安に責任を持たなければ、これはついにはかいらい政権ということの実態になるわけですから、そのくらいのことはしなければならぬと思うのであります。その後北ベトナムの出方を監視しつつ米軍の南ベトナム撤退のタイムテーブルを示したら、これは非常に会議が進捗すると思う。そのことによって侵略者としての非難というものは一掃されると思う。米軍は大体入ったときには大義名分がなかったとは言えない。だんだん深入りをし、エスカレーションしていったときに問題が起こったわけであります。
第二は、米軍の撤退は沖繩の返還とも関係があり、南ベトナムの治安とも関係があるが、一九七〇年六月のいわゆる上半期の終わりまでには撤退を完了する、そして連合政府の樹立によって民族自決の基本原則に返るべきであると思う。
第三は、連合政権のあり方。これはやはり当初ベトコンを入れて連合政権をつくるにしても、近い将来公正なる総選挙を再実施しなければいかぬ。その総選挙の再実施のときにアメリカや中国やソ連のような大国が入ったならば、これは必ず干渉だといわれる。しかし、何も入らないでベトナムだけにまかすということならば、これはまた非常な治安上の危険というものも伴ってくるのであって、自決の方針はいいが、過渡的段階として、国連委員会による管理というものを断行しなければならぬ。そして自主政権を確立すべきであるというのが私の意見であります。
それから、これは、この最後のくだりは質問にも関連します。最終段階はどうなるか。ベトナム収拾の最終段階においては、私は中国の発言というものは非常に重大な要素を持ってくると思うし、歓迎しなければならぬ。ジュネーブ会議はソビエト、イギリス、フランスを中心として中国も入ったのですが、日本もやはり今後は入らなければならぬと思う。そういう国際会議を招集して、四者の停戦協定ができたならば、それをその幅の広い国際会議で承認をして、ベトナム治安というものを定着させる、その努力が必要だと思うのです。これと並行して、国連の内部に南ベトナム復興基金というものを設けて、アメリカが毎年使った三分の一も国連へ出せば、南ベトナムはりっぱに私は復興すると思うのです。そういう広い意味での対策を立てなければならぬと考えていますが、ここで外務大臣に伺いたいのは、外務大臣は、最終の段階にはそういうようなことになりはしないか、そうしなければいけないではないか、そしてその中における中国の比重はどうなるかということが私の質問であります。
愛
愛知揆一#13
○愛知国務大臣 ベトナム問題がこれからどういうふうな過程を経て収拾されるかということにつきましては、ただいまいろいろ貴重な御意見を承りましたが、要するに、まだいまのところでは予測が困難であると申し上げざるを得ないかと思うのであります。
そこで、それはそれとして、ベトナムの和平についての国際会議が持たれるということになった場合に、中共がどうするであろうか、中共がこれに参加するかどうかは、その時点における中共の外交姿勢いかんにかかっておるのではなかろうかと私は存ずるわけでございますが、ベトナム戦争の帰趨というものは、いずれにしてもアジア全体の将来を左右すると申してもいいと思われる大きな問題でありますだけに、ベトナム問題の解決については直接当事者だけでなく、日本ももちろんでありますが、アジアの平和と安定に関係を有するできるだけ多くの国が関与することが望ましい、これはもう当然のことではなかろうかと思いますが、この観点からいたしまして、ベトナム問題の収拾に和平達成のための建設的な態度で中共が参加することは、この地域の恒久的平和の達成の見地から望ましいことであるということは申し上げ得ることと思います。
この発言だけを見る →そこで、それはそれとして、ベトナムの和平についての国際会議が持たれるということになった場合に、中共がどうするであろうか、中共がこれに参加するかどうかは、その時点における中共の外交姿勢いかんにかかっておるのではなかろうかと私は存ずるわけでございますが、ベトナム戦争の帰趨というものは、いずれにしてもアジア全体の将来を左右すると申してもいいと思われる大きな問題でありますだけに、ベトナム問題の解決については直接当事者だけでなく、日本ももちろんでありますが、アジアの平和と安定に関係を有するできるだけ多くの国が関与することが望ましい、これはもう当然のことではなかろうかと思いますが、この観点からいたしまして、ベトナム問題の収拾に和平達成のための建設的な態度で中共が参加することは、この地域の恒久的平和の達成の見地から望ましいことであるということは申し上げ得ることと思います。
川
川崎秀二#14
○川崎(秀)委員 中国の参加が望ましいという明快な御答弁がありました。
次に私は、ポストベトナムの最大問題である中国問題について、外相の見解を聞きたいと思うのです。
福田大蔵大臣、あなたにも、今度の国会はまるで沖繩、大学で、大蔵大臣はなまあくびしなければならぬような状態、たいへんあなたにとってはけっこうかもしれぬけれども、こんな予算委員会見たことないと言う人もあるわけであります。あとで少しは聞いてみたいと思うのですけれども、福田大蔵大臣は、ポストベトナムとポスト佐藤がちょうど同じ線で走っておる。ちょうどポストベトナムはポスト佐藤です。時間的に併行していると見ると、次期総裁の有力な候補者として、中国問題に対してやはり常識的な答えは聞いておく必要があるですから、あとで聞きます。しばらく問答を聞いていてもらいたい。
近来、イタリアの中国承認、あるいは昨日に至ってカナダの承認は非常に具体的な形になってあらわれておる。ベルギーの承認気配というものもあるのです。文化大革命終息後の中国には、やや外交の新しい展開を志す傾向がある、こういうときになってまいりまして、国連総会における重要事項指定方式が維持できるかということは非常に疑問な状態になってきたし、そうでなくても、日本として中国政策を立てる上において再検討の段階に私は入ったと思うのです。政府は、これはもう間違いなく施政方針演説に中国を国際社会に復帰させる、中国の国際社会参加を歓迎すると言っておるのですが、その方針と重要事項指定方式には矛盾はないのですか。そして将来重要事項指定方式をいつまで維持しようというのですか、これを伺いたい。
この発言だけを見る →次に私は、ポストベトナムの最大問題である中国問題について、外相の見解を聞きたいと思うのです。
福田大蔵大臣、あなたにも、今度の国会はまるで沖繩、大学で、大蔵大臣はなまあくびしなければならぬような状態、たいへんあなたにとってはけっこうかもしれぬけれども、こんな予算委員会見たことないと言う人もあるわけであります。あとで少しは聞いてみたいと思うのですけれども、福田大蔵大臣は、ポストベトナムとポスト佐藤がちょうど同じ線で走っておる。ちょうどポストベトナムはポスト佐藤です。時間的に併行していると見ると、次期総裁の有力な候補者として、中国問題に対してやはり常識的な答えは聞いておく必要があるですから、あとで聞きます。しばらく問答を聞いていてもらいたい。
近来、イタリアの中国承認、あるいは昨日に至ってカナダの承認は非常に具体的な形になってあらわれておる。ベルギーの承認気配というものもあるのです。文化大革命終息後の中国には、やや外交の新しい展開を志す傾向がある、こういうときになってまいりまして、国連総会における重要事項指定方式が維持できるかということは非常に疑問な状態になってきたし、そうでなくても、日本として中国政策を立てる上において再検討の段階に私は入ったと思うのです。政府は、これはもう間違いなく施政方針演説に中国を国際社会に復帰させる、中国の国際社会参加を歓迎すると言っておるのですが、その方針と重要事項指定方式には矛盾はないのですか。そして将来重要事項指定方式をいつまで維持しようというのですか、これを伺いたい。
愛
愛知揆一#15
○愛知国務大臣 中共問題につきましては、総理の施政方針にかなり明らかにされておるところではなかろうかと思いますが、それはそれといたしまして、重要事項指定方式についてどうするかというお尋ねでございますが、これから中共側の姿勢がどういうふうに変わってまいりますか、これは柔軟に国際社会に歓迎されて入れるような姿勢をだんだんに示してくれれば、たいへんよいことだと私は思っておりますが、重要事項指定方式については、何ぶん今年のまだ秋の国連の総会のことでもございまするし、いまここでこれについてどうするということを申し上げないで、これにつきましては、情勢の変換等も十分洞察し掌握しながら、適宜適切な態度で向かっていきたい、私はこういうふうに考えております。
この発言だけを見る →川
川崎秀二#16
○川崎(秀)委員 私は重要事項指定方式について最近驚くべきニュースを聞いたのです。そして、それは新聞紙上に出ておるニュースだけではなしに、当事者にも伺ったことです。それは、去る一月二十五日カリフォルニアのサンタバーバラで行なわれた中国問題日米議員会議に出席したアメリカの前国連大使ゴールドバーグ氏が、その演説の中で、中国の国際復帰、加盟の必要を説いた後、一九六六年十月、イタリアが国連総会を前にして、国連内に中国問題委員会の設置を提案したときに、われわれは自由主義諸国と相談した。そのときにまっ先にこれに反対したのは日本である。アメリカは自由国と友邦の討議によっては重要事項指定方式を改めてもよいと考えていた。——本人が言うのですから間違いはない。——考えていたところが、日本の強硬な主張とこれに同調した数カ国その他の友邦の考え方で重要事項指定方式を再び採用したのであって、アメリカは中国の国連加盟というものを最後まで拒否しようという理由はないのだという、これは驚くべき話です。日本が一番先に反対して重要事項指定方式でなければならぬ。この間まで国連大使をしていた、これは著名なアメリカの国際政治家の話ですから間違いないだろうと私は思う。これには藤山さんもびっくりしたそうです。そのときの首相は佐藤首相で、外務大臣は三木さんだったと思う。そのときの国連大使はだれなんです。国連大使は、一体イタリア案が出たときに日本に回訓を要請していますか。それから、これは要請しないで下田大使あたり一どうですかな、あたりと相談したのではなかろうかと思うが、実に奇怪しごくな話だと思う。外務大臣、この問題については、外務省に数日前に詳細聞いておいてほしいということを言ってありますから、どうですか。
この発言だけを見る →愛
愛知揆一#17
○愛知国務大臣 このゴールドバーグ氏の発言につきましては、この国会が始まりましてから参議院の本会議でも実は御質問がございましたが、私も調べてみました。何か伝えられておる事実と多少食い違いがあるのではないかという印象を私も受けたわけですが、あの当時いわゆる委員会方式ですか、というものを含んだ一つのイタリアの提案があったことは事実でございます。ところが、それを最初に聴取しました日本の国連大使が、イタリアのこの意図というものが、何と申しますか、手続的なものなのか、それともイタリアの政策の真意がどこにあるんだろうかということにつきまして判断をしかねるものですから、その手続的な委員会方式というものに必ずしも賛成でないという意向を表明したのが事実だそうです。ところが、それからいろいろの、あの国連の場でございますから私ども想像がつくわけでございますが、いろいろの過程を経て、だんだんイタリアの気持ちといいますか、政策というものがよくわかって、その以降においては、日本とイタリアあるいはその他アメリカも含みましょうが、歩調が一つになって、その後におきましては完全に協力的な話し合いができたのだ、こういうふうに、私は調べた結果そういう印象を受けたわけでございます。ですから、ある一つの最初の時点だけを取り上げてみれば、ゴールドバーグさんの言われていることが正しいと思いますが、全体の一連の経過を見てみますと、日本が何かゴリ押しをしたとか、あるいは、何と申しましょうか、いまちょっとお触れになりましたけれども、一部の者だけの意見でもってどうこうしたという事実はなかろうと思っております。
この発言だけを見る →川
川崎秀二#18
○川崎(秀)委員 いま長々とお話があったわけですけれども、私はこれはこういうことだと思うのです。イタリアの提案というものが、委員会を設けて審議する、ただそこが非常に今日のイタリアより不明確であった。当時イタリアはやはり連立政権でありましたが、今日のような、ネンニ外務大臣がなったという事情とは違うでしょう。考え方も違う。その考え方の違いは、やはり一つの中国というものを必ずしも前提にしなかった。その意味では、ある意味で日本の外務省の考え方——われわれの考え方じゃないのだが——に近いような考え方が出た。非常にあいまいだというような反対ならば私らは、わかるわけです。ところが、とにかくこれは一歩前進だということで、アメリカは取り上げようとしておったのに、日本が反対をする、これは私はどうもわからぬのです。それは国連本部へ行ってみると、ソ連グループとアメリカのグループと離れておって、いろいろな議題があると、一方にはアルバニアのようにソ連のお茶坊主みたいなものもあれば、また日本は実際これは全くアメリカのお茶坊主みたいなことをやっておるという批評もかなりあるわけです。全くこの点が、今度私が聞かんとしたところの重要な点です。これは私は、あとで私の同僚が帰ってきましたからしさいに調べてみると、ゴールドバーグが演説をした直後に共和党のクーパーという国会議員が、君、あれは事実だろうけれども、一つは君のかけ引きもあったのじゃないか、つまり日本に反対させて、それからイタリアにこういう案を出させたのはあんたじゃないかという意味を言ったら、いや、そんなことはない、イタリアの案というのは突然出てきたのだ、日本が反対したのもいきなりやったのだという話をして、まっかになっておこったというのですから、こういういきさつを見ると、私は日本の外交陣営の考え方の基調というものを疑わざるを得ない。非常に残念です。
大体、元来ならば日本は中国をまず承認をして、そして国連加盟、これが順序です。しかし、日本は残念ながら戦争状態を中国との間に終結しておらない。あるいはやっかいな賠償などの問題などもあって、すぐ中国承認ということに踏み切れないだけであって、だから常識として中国の国連加盟に全力をあげるというのが日本の将来の国策になってこなければならぬのです。そういう点で私は、重要事項指定方式にいつまでもかじりついておって、中国を拒否する最終の国家群に日本がなるということは、日本と中国との将来の何十年の関係、何百年の関係、あるいは何千年の関係に汚点を残していくものだと思う。戦争は一時です。平和は永久である。してみれば、中国側から見れば、自分らが国際社会に入るときに一番反対したのは日本だということになれば、われわれは、中共政府は、まだ現在の首脳はかまいませんよ。しかし、その背後にある中共の七億八千万の民衆に対して、われわれは贖罪ができるだろうかという反省に立って、今後の中国問題というものは進めていかなければならぬ。サンタバーバラのいきさつは私の、そこにいる同僚から詳しく聞いたことですから間違いない。そこにいるのです。名前はささない。どうかその意味で、この国連の重要事項指定方式というものを考え直してみる必要はないか。
それから、それならば具体案があるか。藤山愛一郎氏なんかが言っておる、まず国連加盟歓迎決議案というものを出して、一つの大きな雰囲気をつくるというのも考え方の一つでしょう。愛知外務大臣はどう思いますか。
この発言だけを見る →大体、元来ならば日本は中国をまず承認をして、そして国連加盟、これが順序です。しかし、日本は残念ながら戦争状態を中国との間に終結しておらない。あるいはやっかいな賠償などの問題などもあって、すぐ中国承認ということに踏み切れないだけであって、だから常識として中国の国連加盟に全力をあげるというのが日本の将来の国策になってこなければならぬのです。そういう点で私は、重要事項指定方式にいつまでもかじりついておって、中国を拒否する最終の国家群に日本がなるということは、日本と中国との将来の何十年の関係、何百年の関係、あるいは何千年の関係に汚点を残していくものだと思う。戦争は一時です。平和は永久である。してみれば、中国側から見れば、自分らが国際社会に入るときに一番反対したのは日本だということになれば、われわれは、中共政府は、まだ現在の首脳はかまいませんよ。しかし、その背後にある中共の七億八千万の民衆に対して、われわれは贖罪ができるだろうかという反省に立って、今後の中国問題というものは進めていかなければならぬ。サンタバーバラのいきさつは私の、そこにいる同僚から詳しく聞いたことですから間違いない。そこにいるのです。名前はささない。どうかその意味で、この国連の重要事項指定方式というものを考え直してみる必要はないか。
それから、それならば具体案があるか。藤山愛一郎氏なんかが言っておる、まず国連加盟歓迎決議案というものを出して、一つの大きな雰囲気をつくるというのも考え方の一つでしょう。愛知外務大臣はどう思いますか。
愛
愛知揆一#19
○愛知国務大臣 私は、先ほど申しましたように、長期的にまた基本的に考えました場合に、中国大陸との関係を改善していきたいということは、もう基本的にもちろん考えておる基本的姿勢でございます。
そこで、これからどうするかということでございますが、これは他のヨーロッパの諸国などと違いまして、日本としてはいろいろの意味で非常に大きな、また大切な問題でありますだけに、慎重に真剣に対処してまいらなければならない。
それから、もう一つは重要事項指定方式の問題でございますが、これについては、先ほどもお話しいたしましたように、この秋のことでもありますし、いまここで早計に結論的な一方的な態度を表明することはいかがかと存じます。
なお、これはお尋ねの点とちょっと焦点がぼけるかもしれませんが、私はこの重要事項指定方式というものは、別な意味で非常に大事な点があると思います。国連が総会で単純多数決方式でもって大切な問題をきめるというのは、国連の運営としても大いに問題があるのではなかろうか。最近の経過を見ましても、こうした問題とは比べものにならないような小さな、客観的に見て小さな案件と思われるものが重要事項指定方式になっておりますことは再々ございます。そういう点も、私は重要事項指定方式というものについてはいろいろの面から考えてみなければならない、こういうふうに考えておりますことをあわせて申し上げておきます。
この発言だけを見る →そこで、これからどうするかということでございますが、これは他のヨーロッパの諸国などと違いまして、日本としてはいろいろの意味で非常に大きな、また大切な問題でありますだけに、慎重に真剣に対処してまいらなければならない。
それから、もう一つは重要事項指定方式の問題でございますが、これについては、先ほどもお話しいたしましたように、この秋のことでもありますし、いまここで早計に結論的な一方的な態度を表明することはいかがかと存じます。
なお、これはお尋ねの点とちょっと焦点がぼけるかもしれませんが、私はこの重要事項指定方式というものは、別な意味で非常に大事な点があると思います。国連が総会で単純多数決方式でもって大切な問題をきめるというのは、国連の運営としても大いに問題があるのではなかろうか。最近の経過を見ましても、こうした問題とは比べものにならないような小さな、客観的に見て小さな案件と思われるものが重要事項指定方式になっておりますことは再々ございます。そういう点も、私は重要事項指定方式というものについてはいろいろの面から考えてみなければならない、こういうふうに考えておりますことをあわせて申し上げておきます。
川
愛
川
川崎秀二#22
○川崎(秀)委員 もうこの中国が国際社会から締め出されておることの悲劇ということは、皆さん御存じのとおりであります。私はもはやそれは議論をもって申し上げようとは思わない。現実には、しかし一番重大なことは、私はイタリアが承認したというのは——イタリアという国は、まあこの席上ではそう批評はいたしませんけれども、そう大きなものじゃない。けれどもこれがベルギーに及び、カナダに及び、最後には反共国家としての路線が日本よりかたい西ドイツも、私は最後には踏み切るんじゃなかろうかと思うのです。西ドイツは昨年、一昨年の貿易量は中国に対して西欧第一位です。ゆうべ発表になった。彼らはやはり正統政府は北京だということを、自身の身につけて思っておるのです。西独と東独なら正統は西独だ、中国と台湾なら北京だという考え方は、ドイツは身にしみて知っているわけです。分裂国家のこれは一つの大きな経験であります。すると、もしベルギー、ルクセンブルグ、西ドイツまで踏み切ると、これはEEC各国が全部踏み切ったことになる。EEC各国というのは、これはもう何といったって世界の良識ですよ。これは西欧諸国の良識である。そういう大勢になってきたときに日本がどうするかということは、私は非常に重大な局面に立つと思う。われわれが中国問題のことを言うと水ぶっかけるように、あれはバスに乗りおくれるなということを言っているのだというようなことを言う人がある。いやなことばですな、これは。しかし、バスに乗りおくれるなということばを言い出したのは、大東亜戦争中に日独伊軍事同盟をつくった連中なんです。新官僚群ですよ。いま生きている連中がいるのです。それが、当時ちゅうちょしておった議会人に向けて、バスに乗りおくれるなと、永井柳太郎氏だとか前田米蔵氏に言って、引っぱってきたものです。とんでもない話だと私は思う。戦時中には軍部、戦後にはアメリカ一辺倒、これではいかぬ。どうしても私は中国問題を打開したいと思うのです。
しかし中国問題は、残念ながら石橋短期内閣退陣後は、全く中国政策というものはないのです。中国政策不在、これを中国語でチオンクオチェンツァープーチンザイと言うのです。不在だというのです。兵隊語で言うと、石橋以来トントンデホワイラだ、トントンデメーユー、笑い委員長知ってますか。これは非常に問題で、近ごろ参議院あたりではやたらに英語を振り回す議員がいるというから、この際均衡をとるためにきょうはチオンクオチェンツァープーチンザイと言うのです。
この際聞いておきたい。愛知外務大臣に伺いたいのは、将来どういうことがあっても、やはり米中が和解をするときがいつかはくるですな。その前に橋渡しをするのはどの国ですか。それを期待しているアメリカの首脳は多いのですよ。それは日本だろうと私は思うのです。その考え方について、愛知外務大臣にも伺いたいし、これだけは大蔵大臣にも党の首脳として伺いたい。
この発言だけを見る →しかし中国問題は、残念ながら石橋短期内閣退陣後は、全く中国政策というものはないのです。中国政策不在、これを中国語でチオンクオチェンツァープーチンザイと言うのです。不在だというのです。兵隊語で言うと、石橋以来トントンデホワイラだ、トントンデメーユー、笑い委員長知ってますか。これは非常に問題で、近ごろ参議院あたりではやたらに英語を振り回す議員がいるというから、この際均衡をとるためにきょうはチオンクオチェンツァープーチンザイと言うのです。
この際聞いておきたい。愛知外務大臣に伺いたいのは、将来どういうことがあっても、やはり米中が和解をするときがいつかはくるですな。その前に橋渡しをするのはどの国ですか。それを期待しているアメリカの首脳は多いのですよ。それは日本だろうと私は思うのです。その考え方について、愛知外務大臣にも伺いたいし、これだけは大蔵大臣にも党の首脳として伺いたい。
愛
愛知揆一#23
○愛知国務大臣 先ほど来申し上げておりますような基本的な姿勢でございますが、私はこう思うのです。いままで政経分離ということが言われておりましたが、これは私は一つの賢明な選択であったと思うのです。ということは、たとえばわれわれお互いの自由民主党の有力な議員も中国に往来しております。新聞記者の交換も行なわれております。そうして日中の覚書貿易等につきましても相当な成績をあげている。これはただ単なるいわゆる大使会談というような、ただ一本のパイプで結ばれようとしているものとは全然違って、私は非常に幅の広い接触であると思います。こういう点にお互いに着目しながら、現実に即する方針あるいは政策をとっていって、十分この情勢を掌握していくということが、私は今日において最も妥当なやり方である、こういうふうに私は考えております。
この発言だけを見る →川
川崎秀二#24
○川崎(秀)委員 戦前の日本の議会において決議案が百数十出ています。その中で対支外交決議というものは六十七出ているのですね。であるから、いかに戦前もわれわれは中国問題に悩み、先輩も苦労したかということがわかるだろうと思うのであります。私は、中国問題に始まった日本の外交は、ついに中国問題に返ってきたとこの前言ったけれども、この実感はますますポストベトナムには必ず登場する問題だと思う。福田大蔵大臣、いかがですか。
この発言だけを見る →福
福田赳夫#25
○福田国務大臣 ただいま愛知外務大臣から詳細にお答えがありましたが、私もそのとおり考えます。
中国の問題は、いまわが国としては国民政府との間に正式な条約を結んでおる。これが正式の相手国である、こういうふうに理解しなければならぬ立場にありますが、同時に大陸には七億の民を持った一つの事実上の政権が存在しておる。この事実も私どもははっきりと見ておかなければならぬ、こういうふうに思うのです。私は、長い目から見ますれば、世界は一つの方向へ動いておる。現に世界には自由主義と共産主義の対決、争はありまするけれども、それを乗り越えて国際連合にソビエトロシアも入っておる、こういうのですから、そういう長い歴史の動きから見ますると、中国が国際連合に入っておらぬということは不幸な事態であり、また、これはかたわな状態である、こういうふうに思います。
しかし、これを妨げておる問題が私は幾つかあると思うのです。特にわが日本から見まして二つの問題がある。一つは中国の国際社会人としてのマナーです。この問題が一つあると思う。私、うちへ帰る途中で自動車の中でラジオをひねってみる。そうすると、ちょうどその時刻が中共から流してくる短波の時刻になる。これはもう日本のことを悪口を言わない日はない。また日本ばかりじゃないです。世界じゅうの自由主義諸国のことを悪口を言っておる。こういうようなことですね。一体、わが日本がああいう形で中共を批判しておるかというと、そういうことはない。にかかわらずそういうことが行なわれておる。
あるいは、わが日本と中共との経済関係はどうだ、こういえば、これはわが日本は政経分離で事を運ぼうとしておる。それでしかも、昔でいえばLT貿易、いまは覚書貿易というのでいこうじゃないかといっておる。それなのに向こうでは、これは恩恵貿易だというようなことで、また事をそらそうとしておるような行き方。あるいは報道人が北京に行って蒸発して、どうも行くえ不明である、こういうような状態。そういうようなことは、ひとりわが日本ばかりじゃないのです。各国にそういう関係があるわけであります。
私は、隣邦日本といたしまして、中共を国際社会へ復帰させたい、そして世界を平和にしたいということを考える一人でございまするけれども、その前提としては、わが日本は中共に近ければ近いほど、中共に率直にものを言っていいと思う。その率直にものを言う一つの重要な一点は、中共をして国際社会人としてのマナーをまず身につけろ、このことが私は欠けているのじゃないかと思うのだ。中共へ行って、毛沢東語録を首にぶら下げてこびを売って歩くとか、そういう行き方が一体はたしていいのかどうか。これは私、日本人としてよほど考えなければならぬ問題だと思います。
それから、もう一つの問題は、やっぱりわが日本が国民政府と特殊な関係にあるという問題ですね。これはわが日本ばかりではございませんけれども、特に近隣し、終戦前後を通じて特別の関係を持っておるわが日本とすると、重大な問題だろうと思う、このわが日本の特別の立場、これも十分考えておく必要があろうと思うのです。そういう特別な立場を考えながら、長い歴史の動きというものを見詰めながら善処していく、これが私ども日本人のとるべき態度ではあるまいか、さように私は考ておる次第でございます。
この発言だけを見る →中国の問題は、いまわが国としては国民政府との間に正式な条約を結んでおる。これが正式の相手国である、こういうふうに理解しなければならぬ立場にありますが、同時に大陸には七億の民を持った一つの事実上の政権が存在しておる。この事実も私どもははっきりと見ておかなければならぬ、こういうふうに思うのです。私は、長い目から見ますれば、世界は一つの方向へ動いておる。現に世界には自由主義と共産主義の対決、争はありまするけれども、それを乗り越えて国際連合にソビエトロシアも入っておる、こういうのですから、そういう長い歴史の動きから見ますると、中国が国際連合に入っておらぬということは不幸な事態であり、また、これはかたわな状態である、こういうふうに思います。
しかし、これを妨げておる問題が私は幾つかあると思うのです。特にわが日本から見まして二つの問題がある。一つは中国の国際社会人としてのマナーです。この問題が一つあると思う。私、うちへ帰る途中で自動車の中でラジオをひねってみる。そうすると、ちょうどその時刻が中共から流してくる短波の時刻になる。これはもう日本のことを悪口を言わない日はない。また日本ばかりじゃないです。世界じゅうの自由主義諸国のことを悪口を言っておる。こういうようなことですね。一体、わが日本がああいう形で中共を批判しておるかというと、そういうことはない。にかかわらずそういうことが行なわれておる。
あるいは、わが日本と中共との経済関係はどうだ、こういえば、これはわが日本は政経分離で事を運ぼうとしておる。それでしかも、昔でいえばLT貿易、いまは覚書貿易というのでいこうじゃないかといっておる。それなのに向こうでは、これは恩恵貿易だというようなことで、また事をそらそうとしておるような行き方。あるいは報道人が北京に行って蒸発して、どうも行くえ不明である、こういうような状態。そういうようなことは、ひとりわが日本ばかりじゃないのです。各国にそういう関係があるわけであります。
私は、隣邦日本といたしまして、中共を国際社会へ復帰させたい、そして世界を平和にしたいということを考える一人でございまするけれども、その前提としては、わが日本は中共に近ければ近いほど、中共に率直にものを言っていいと思う。その率直にものを言う一つの重要な一点は、中共をして国際社会人としてのマナーをまず身につけろ、このことが私は欠けているのじゃないかと思うのだ。中共へ行って、毛沢東語録を首にぶら下げてこびを売って歩くとか、そういう行き方が一体はたしていいのかどうか。これは私、日本人としてよほど考えなければならぬ問題だと思います。
それから、もう一つの問題は、やっぱりわが日本が国民政府と特殊な関係にあるという問題ですね。これはわが日本ばかりではございませんけれども、特に近隣し、終戦前後を通じて特別の関係を持っておるわが日本とすると、重大な問題だろうと思う、このわが日本の特別の立場、これも十分考えておく必要があろうと思うのです。そういう特別な立場を考えながら、長い歴史の動きというものを見詰めながら善処していく、これが私ども日本人のとるべき態度ではあるまいか、さように私は考ておる次第でございます。
川
川崎秀二#26
○川崎(秀)委員 前段のたてまえはよかったけれども、後段にはいろんな問題があります。
保利官房長官は十時五十分には退席されるわけですから、きょうは総理大臣代理として総理大臣に伝えてもらいたい。
この間うちからの沖繩基地のあり方について、総括質問を聞いておると、首相の答弁は、ときどきは、核の持ち込みもやむを得ない、こういう雰囲気ですね。ところが、新聞に論評されると、あくる日は、まだ時期が早いと見たか、全く白紙だ。そうかと思うと、核を持たず、つくらずは憲法上の問題で、持ち込みは政策上の問題である。さらに、次第に、憲法解釈の問題については、国民の生命及び財産に危険のある場合は沖繩に核基地を置くこともやむを得ないとするかのごとき憲法解釈を法制局長官にとらしておる。そこでアメリカの代理大使たるオズボーン氏は、国会の論議を見ておって、何のことやらわからぬ、こういう批評を下しておることであります。これは一般国民の印象でもあります。
そこで、私は保利官房長官にこの問もお尋ねをいたしましたし、あなたのはっきりした平和姿勢というものを見てとっておりますから、あらためてお尋ねをしたいのは、日本は終戦以来再軍備をしない。平和路線を厳守して憲法の範囲内で自衛手段の採用を限度として今日に至った。その方針は不脅威、不侵略あるいは不攻撃である。これは吉田内閣以来のわが国の方針である、こういうふうに言われたと思うのです。私は、沖繩が一日も早く帰りたい、そしてわれわれは一日も早く迎えてやりたいという願望は強い。けれども、やはり日本本土のものとしては、沖繩をなるべく平和な姿として、基地はあっても、それは通常基地であって、原爆、水爆をかかえて日本全体を不安におとしいれるような形で返してやってはいかぬという考え方が、今日は大体の国民のコンセンサスのあらわれだろうと思うのです。こういうことに対して保利官房長官はどう思われますか。
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この間うちからの沖繩基地のあり方について、総括質問を聞いておると、首相の答弁は、ときどきは、核の持ち込みもやむを得ない、こういう雰囲気ですね。ところが、新聞に論評されると、あくる日は、まだ時期が早いと見たか、全く白紙だ。そうかと思うと、核を持たず、つくらずは憲法上の問題で、持ち込みは政策上の問題である。さらに、次第に、憲法解釈の問題については、国民の生命及び財産に危険のある場合は沖繩に核基地を置くこともやむを得ないとするかのごとき憲法解釈を法制局長官にとらしておる。そこでアメリカの代理大使たるオズボーン氏は、国会の論議を見ておって、何のことやらわからぬ、こういう批評を下しておることであります。これは一般国民の印象でもあります。
そこで、私は保利官房長官にこの問もお尋ねをいたしましたし、あなたのはっきりした平和姿勢というものを見てとっておりますから、あらためてお尋ねをしたいのは、日本は終戦以来再軍備をしない。平和路線を厳守して憲法の範囲内で自衛手段の採用を限度として今日に至った。その方針は不脅威、不侵略あるいは不攻撃である。これは吉田内閣以来のわが国の方針である、こういうふうに言われたと思うのです。私は、沖繩が一日も早く帰りたい、そしてわれわれは一日も早く迎えてやりたいという願望は強い。けれども、やはり日本本土のものとしては、沖繩をなるべく平和な姿として、基地はあっても、それは通常基地であって、原爆、水爆をかかえて日本全体を不安におとしいれるような形で返してやってはいかぬという考え方が、今日は大体の国民のコンセンサスのあらわれだろうと思うのです。こういうことに対して保利官房長官はどう思われますか。
保
保利茂#27
○保利国務大臣 川崎さんの御趣意は総理にお伝えをいたしておきますが、私はこの間からの本会議、予算委員会の論議を通じまして、総理が心配しておりますのは、沖繩の施政権が日本に返ってきたときに、日本の安全をどう全うしていくかということに非常に苦慮しておられる、それが第一点だと思います。同時にまた、今日の日本の国際的信用というものは日本の平和主義が、総理がよく言われるように、平和に徹するという外交を展開していく、この平和主義がかなり浸透してきたところに日本の国際信用というものの基調があるわけでございます。そういうところを踏まえて、ただ総理としては施政権が返還されるのがどの時点であるか。その時点において日本の安全をどうはかっていくかということに焦点をしぼられて心配をされておると思うわけでございます。したがって、核基地として沖繩の基地を利用するかどうかというようなことを、すでにきめられておるかのごとく言われる向きもありますけれども、さようなことは、総理の頭には全然ないと私は考えております。しかし、あなたのお話の点は総理によくお伝え申し上げておきます。
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川崎秀二#28
○川崎(秀)委員 私は野党ではありませんから、したがって一つずつ追い詰めてお話をするよりは政治論でいきたいと思うのです。
二、三日前の日米議員会議で前尾さん、三木さん、藤山さん、中曽根君の議論は、沖繩基地について全部本土並み返還ということで一致した線を主張しております。この中で注目される点をえぐってみると、前尾氏の議論は、沖繩が日本に返還される以上、基地が本土並みでなければならぬことは論理上の帰結であると言っておる。安保問題は日米間にさしたる争点はないが、沖繩問題の処置を誤ると、日本国内で安保が沖繩にすりかえられる危険性があり、混乱が起こる、こう指摘をしておる。三木さんは、交渉にあたって日本は自主性のある返還の回答を出さざるを得ない。日本の態度が、まずあくまで本土並みであることは当然であると強調しておるし、藤山さんの所論は、もうしばしば出ておるし、私の考え方と変りないから御紹介するまでもない。中曽根君は基調演説で、硫黄島の例を持ち出して、アメリカの措置に感謝するとともに、もしも沖繩の返還にあたって、中途はんぱな措置が行なわれた場合、日本人の失望、プライドの傷つきから来るマイナスは、将来沖繩や日本の対米姿勢、対米協力の上に大きな影響を投げるであろうし、この問題は、沖繩と日本は同じステータスの上に立って処理すべきことは自明の理であるということを言うておるのです。私は、これはなかなか——自民党の今日、将来を背負う有力な領袖並びに幹部がこういうことを言っておるし、船田先生の御意見は違ったようでございましたけれども、またすでに川島副総裁は、個人的にではあるけれども、やはり交渉にあたっては本土並みが筋だということを言うておられるところを見ると、党内の合意というものはこの線でなるべく取りつけるようにしなければならぬと私は思っております。そしてそれは野党の中にも、そういう意見が非常に高いわけです。基地をいま直ちに撤去しろという一部の者は別だけれども。してみると、これをもとにして対米交渉の第一姿勢にするということだけは合意していただけないでしょうかね。
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保
保利茂#29
○保利国務大臣 私も、この間新聞でわが党の領袖の御発言を拝見いたしております。いま御指摘の前尾さんの発言のごときを私が批評すべきことではないと思いますけれども、これはもうあなた、施政権が返ってくれば当然本土になるわけでございますから、論理上本土と同じことにならなきゃならぬ。特別の措置をしない限りは、もうそのとおりで、これは前尾さんの言われるとおりだと私も思っております。
しかし、ただいまだんだんお話しの点は、総理もこの国会を通じてあらゆる御意見を拝聴して自分の考えを煮詰めていきたいということで、いろいろの御意見を歓迎するということを言っておられますから、ただいまのようなことは、もちろん重要な自分の意見を定める上において参考にされておるということを、またお伝えもいたしておきます。
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