外務委員会
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会
会議録情報#0
昭和五十四年五月七日(月曜日)
午後一時九分開議
出席委員
委員長 塩谷 一夫君
理事 愛野興一郎君 理事 大坪健一郎君
理事 奥田 敬和君 理事 土井たか子君
理事 渡部 一郎君 理事 渡辺 朗君
川田 正則君 鯨岡 兵輔君
小坂善太郎君 佐野 嘉吉君
中山 正暉君 金子 みつ君
河上 民雄君 小林 進君
高沢 寅男君 浅井 美幸君
中川 嘉美君 寺前 巖君
依田 実君
委員外の出席者
参 考 人
(全日本労働総
同盟政治局長) 小川 泰君
参 考 人
(東北学院大学
教授) 久保田きぬ子君
参 考 人
(弁 護 士) 中島 通子君
参 考 人
(全日本自治団
体労働組合書記
長) 真柄 栄吉君
参 考 人
(元日本弁護士
連合会会長) 和島 岩吉君
外務委員会調査
室長 高杉 幹二君
—————————————
委員の異動
五月七日
辞任 補欠選任
松本 七郎君 金子 みつ君
同日
辞任 補欠選任
金子 みつ君 松本 七郎君
—————————————
五月四日
日本国平和宣言決議に関する請願(木村武千代
君紹介)(第三二二八号)
同(小宮山重四郎君紹介)(第三三一二号)
同(稲垣実男君紹介)(第三三二一号)
同外三件(天野光晴君紹介)(第三三四七号)
同(宇野亨君紹介)(第三三四八号)
同(櫻内義雄君紹介)(第三三四九号)
同(渡部行雄君紹介)(第三三五〇号)
は本委員会に付託された。
—————————————
本日の会議に付した案件
経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規
約の締結について承認を求めるの件(第八十四
回国会条約第一六号)
市民的及び政治的権利に関する国際規約の締結
について承認を求めるの件(第八十四回国会条
約第一七号)
————◇—————
この発言だけを見る →午後一時九分開議
出席委員
委員長 塩谷 一夫君
理事 愛野興一郎君 理事 大坪健一郎君
理事 奥田 敬和君 理事 土井たか子君
理事 渡部 一郎君 理事 渡辺 朗君
川田 正則君 鯨岡 兵輔君
小坂善太郎君 佐野 嘉吉君
中山 正暉君 金子 みつ君
河上 民雄君 小林 進君
高沢 寅男君 浅井 美幸君
中川 嘉美君 寺前 巖君
依田 実君
委員外の出席者
参 考 人
(全日本労働総
同盟政治局長) 小川 泰君
参 考 人
(東北学院大学
教授) 久保田きぬ子君
参 考 人
(弁 護 士) 中島 通子君
参 考 人
(全日本自治団
体労働組合書記
長) 真柄 栄吉君
参 考 人
(元日本弁護士
連合会会長) 和島 岩吉君
外務委員会調査
室長 高杉 幹二君
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委員の異動
五月七日
辞任 補欠選任
松本 七郎君 金子 みつ君
同日
辞任 補欠選任
金子 みつ君 松本 七郎君
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五月四日
日本国平和宣言決議に関する請願(木村武千代
君紹介)(第三二二八号)
同(小宮山重四郎君紹介)(第三三一二号)
同(稲垣実男君紹介)(第三三二一号)
同外三件(天野光晴君紹介)(第三三四七号)
同(宇野亨君紹介)(第三三四八号)
同(櫻内義雄君紹介)(第三三四九号)
同(渡部行雄君紹介)(第三三五〇号)
は本委員会に付託された。
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本日の会議に付した案件
経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規
約の締結について承認を求めるの件(第八十四
回国会条約第一六号)
市民的及び政治的権利に関する国際規約の締結
について承認を求めるの件(第八十四回国会条
約第一七号)
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塩
塩谷一夫#1
○塩谷委員長 これより会議を開きます。
経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約の締結について承認を求めるの件及び市民的及び政治的権利に関する国際規約の締結について承認を求めるの件の両件を議題といたします。
本日は、参考人として全日本労働総同盟政治局長小川泰君、東北学院大学教授久保田きぬ子君、弁護士中島通子君、全日本自治団体労働組合書記長真柄栄吉君、元日本弁護士連合会会長和島岩吉君、以上五名の方々に御出席を願っております。
この際、参考人各位に一言ごあいさつ申し上げます。
本日は、御多用中のところ本委員会に御出席くださいまして、まことにありがとうございます。本日は、両件につきまして参考人の方々の忌憚のない御意見を伺いたいと存じます。
なお、御意見の御開陳はお一人十五分程度にお願いすることとし、その後、委員からの質疑に対してお答えいただきたいと存じます。
御意見の開陳は、久保田参考人からお願いいたします。
この発言だけを見る →経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約の締結について承認を求めるの件及び市民的及び政治的権利に関する国際規約の締結について承認を求めるの件の両件を議題といたします。
本日は、参考人として全日本労働総同盟政治局長小川泰君、東北学院大学教授久保田きぬ子君、弁護士中島通子君、全日本自治団体労働組合書記長真柄栄吉君、元日本弁護士連合会会長和島岩吉君、以上五名の方々に御出席を願っております。
この際、参考人各位に一言ごあいさつ申し上げます。
本日は、御多用中のところ本委員会に御出席くださいまして、まことにありがとうございます。本日は、両件につきまして参考人の方々の忌憚のない御意見を伺いたいと存じます。
なお、御意見の御開陳はお一人十五分程度にお願いすることとし、その後、委員からの質疑に対してお答えいただきたいと存じます。
御意見の開陳は、久保田参考人からお願いいたします。
久
久保田きぬ子#2
○久保田参考人 申し上げさしていただきます。私の場合は、主として日本国憲法の観点からということにさしていただきます。
わが国の憲法は、諸先生に改めて申し上げるまでもございません、基本的人権の保障をその基本原則にして、御承知のように詳細な規定を設けております。こういうふうにして憲法が保障いたします基本的人権の性格、本質につきましては、憲法自身が「侵すことのできない永久の権利」であると規定いたしております。それは、人間が人間であることによって当然享有する自由及び権利であると解されています。御審議中の国際人権規約二つは、これが認めておりまする権利も「人間の固有の尊厳に由来する」ものであるとしており、したがって、日本国憲法及び国際人権規約の人権の本質に関します基本認識は全く同一であると申せます。
それから第二に、日本国憲法は、基本的人権とは個人として尊重されることであり、生命、自由及び幸福追求に対する権利であると言っております。それは歴史的に見ますれば、もっぱら伝統的ないわゆる自由権を意味していることは明らかでございますが、現代ではそれに加えまして、この自由権の保障をより実質的に保障し、実効あるものにするため、参政権、さらにいわゆる社会権をその中に含むものと解され、そのような立場から憲法の人権保障の規定は成り立っております。この点に関しましても世界人権規約の構成は全く同じであろうかと存じます。
それから第三番目に、そのようにして保障いたします基本的人権を享有する主体でございますが、これにつきましては日本国憲法の規定におきましては「すべて國民は」という表現を用い、あるいは「何人も」という表現を用い、規定によりまして差異がございます。表現上こういう区別はございますけれども、たとえば参政権のように、その性質上当然国民にだけ限定されるべきものは別といたしまして、個人関係、生活関係の権利についてはすべて原則として、国民だけでなく外国人についても人権保障の諸規定の適用があるものと考えられます。この点につきましては判決でも、いやしくも人たることにより当然享有する人権は、不法侵入者、すなわち外国人でございます。不法侵入者といえどもこれを有するものと認むべきであると言っております。
その次に、いわゆる社会権と言われますものの性格についてでございます。経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約は、その実質条項において規定いたしまする諸権利の性格につきまして、プログラム的あるいは達成されるべき目標と解していると言えます。すなわちその第二条は、「立法措置その他のすべての適当な方法によりこの規約において認められる権利の完全な実現を漸進的に達成するため、自国における利用可能な手段を最大限に用いる」こととし、そのための「個々に又は国際的な援助及び協力」を要請しているのでございます。
日本国憲法第二十五条は、社会権につきましての総則規定であると言われております。通説では、この二十五条は具体的な内容を持つ請求権ではなべ、政治に対する指針を示した規定であると解されております。昭和二十三年四月七日の最高裁判決も、この見解をとっております。それだけではございませんで、昭和四十二年五月二十四日の有名な朝日訴訟の大法廷判決におきましても、傍論ではございますが、重ねて本条は、健康で文化的な最低限度の生活を保障する国の責務を宣言したにとどまり、国民に対して具体的な権利を与えるものではなく、何が健康で文化的な最低限度であるかの認定は政府の合目的的な裁量権に任されていると述べております。経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約及びわが国の憲法が保障する社会権の規定が、以上のようにプログラム的な性格のものと解されますことは、この権利の本質を考えますとき当然であると思います。
以上、国際人権規約と日本国憲法との関係で重要だと思われます点の幾つかについて簡単に申し上げたのでございますが、一括して国際人権規約と呼ばれます経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約、ことにその市民的及び政治的権利に関する国際規約の実質条項には、幾つか耳なれない、また国内法としても十分成熟してない権利が含まれております。しかし、全体といたしましては、日本国憲法の基本的人権保障の諸規定と、原則的には何ら抵触したり矛盾したりする点はないと私は確信いたしております。
次に、付言させていただきたいことが一つ、二つございます。
国際人権規約の制定は、御承知のように国連発足当時からの重要案件でございました。その背景にございますのは、国連の第一の目的である国際社会の平和と安全の維持には、その構成員の人権及び基本的自由を国際的に保障することがどうしても必要であるという認識でございます。世界人権宣言の前文が言う「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することは、世界における」「平和の基礎である」というこの考え方でございます。それはまた別の言葉で申しますならば、力の支配ではない、パワーポリティックスではない法の支配、ルール・オブ・ローによって国際社会の実現を目指すという考え方でございます。
国連が創設されてから今日に至りますまでの三十余年の間、国連を中心にいたしました国際社会は、遅々とした歩みではございますが、この方向に着実に動いてきていると私は思っております。少なくともそういう努力が続けられていると存じます。現在の国際社会は、各国家間の交流、連帯関係が年ごとに強まっております。それを無視いたしましては、どんな大国といえどもこの地上に存立し得ないのだと存じます。こういうような段階になってまいりますと、人権の保障は、従来もっぱら各国家が国内法によって確保する、保障するというそういう伝統的な考え方では、とうてい人権の実効ある保障を期待することはできません。どうしても国際的な場でも保障されることが必要になります。各国による人権保障は、論理必然的に人権の国際法的保障を要求することとなりまして、国際法的な裏づけを得て初めて、実効ある人権の保障が実現するのでございます。わが国が国際人権規約を承認し、その締約国となりますことは、日本国憲法の基本原則である基本的人権尊重の原則を真に実効的なものにする道でございまするし、また平和で安全な国際社会の実現という人類の理想に対して大きく貢献することになると確信いたしております。
また、わが国は連合国との、平和条約におきまして、「あらゆる場合に国連憲章の原則を遵守し、世界人権宣言の目的を実現するために努力」することをお約束いたしております。以来、わが国の外交は国連中心主義をその基軸にして今日に至っております。国際人権規約はその国連において採択されました重要な国際条約でございます。国際的な権利章典とも言うべきものでございます。わが国が進んでこの国際人権規約を承認することはきわめて当然のことであろうかと存じます。
最後に、私事にわたって大変恐縮でございますが、この二つの人権に関する国際規約の実質条項の審議に際しまして、私も政府代表代理の一員といたしまして、総会に参加いたしたものでございます。それからすでに十一年の歳月がたっております。発効いたしましてからすでに三年近くも経過いたしておりますことを思いますと、国際社会の有力な指導国でありますわが国の承認は実は遅過ぎるという感じがいたすのでございます。
そういう以上の意味から、速やかに御承認が望ましいと考えるものでございます。
以上でございます。失礼申し上げました。拍手
この発言だけを見る →わが国の憲法は、諸先生に改めて申し上げるまでもございません、基本的人権の保障をその基本原則にして、御承知のように詳細な規定を設けております。こういうふうにして憲法が保障いたします基本的人権の性格、本質につきましては、憲法自身が「侵すことのできない永久の権利」であると規定いたしております。それは、人間が人間であることによって当然享有する自由及び権利であると解されています。御審議中の国際人権規約二つは、これが認めておりまする権利も「人間の固有の尊厳に由来する」ものであるとしており、したがって、日本国憲法及び国際人権規約の人権の本質に関します基本認識は全く同一であると申せます。
それから第二に、日本国憲法は、基本的人権とは個人として尊重されることであり、生命、自由及び幸福追求に対する権利であると言っております。それは歴史的に見ますれば、もっぱら伝統的ないわゆる自由権を意味していることは明らかでございますが、現代ではそれに加えまして、この自由権の保障をより実質的に保障し、実効あるものにするため、参政権、さらにいわゆる社会権をその中に含むものと解され、そのような立場から憲法の人権保障の規定は成り立っております。この点に関しましても世界人権規約の構成は全く同じであろうかと存じます。
それから第三番目に、そのようにして保障いたします基本的人権を享有する主体でございますが、これにつきましては日本国憲法の規定におきましては「すべて國民は」という表現を用い、あるいは「何人も」という表現を用い、規定によりまして差異がございます。表現上こういう区別はございますけれども、たとえば参政権のように、その性質上当然国民にだけ限定されるべきものは別といたしまして、個人関係、生活関係の権利についてはすべて原則として、国民だけでなく外国人についても人権保障の諸規定の適用があるものと考えられます。この点につきましては判決でも、いやしくも人たることにより当然享有する人権は、不法侵入者、すなわち外国人でございます。不法侵入者といえどもこれを有するものと認むべきであると言っております。
その次に、いわゆる社会権と言われますものの性格についてでございます。経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約は、その実質条項において規定いたしまする諸権利の性格につきまして、プログラム的あるいは達成されるべき目標と解していると言えます。すなわちその第二条は、「立法措置その他のすべての適当な方法によりこの規約において認められる権利の完全な実現を漸進的に達成するため、自国における利用可能な手段を最大限に用いる」こととし、そのための「個々に又は国際的な援助及び協力」を要請しているのでございます。
日本国憲法第二十五条は、社会権につきましての総則規定であると言われております。通説では、この二十五条は具体的な内容を持つ請求権ではなべ、政治に対する指針を示した規定であると解されております。昭和二十三年四月七日の最高裁判決も、この見解をとっております。それだけではございませんで、昭和四十二年五月二十四日の有名な朝日訴訟の大法廷判決におきましても、傍論ではございますが、重ねて本条は、健康で文化的な最低限度の生活を保障する国の責務を宣言したにとどまり、国民に対して具体的な権利を与えるものではなく、何が健康で文化的な最低限度であるかの認定は政府の合目的的な裁量権に任されていると述べております。経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約及びわが国の憲法が保障する社会権の規定が、以上のようにプログラム的な性格のものと解されますことは、この権利の本質を考えますとき当然であると思います。
以上、国際人権規約と日本国憲法との関係で重要だと思われます点の幾つかについて簡単に申し上げたのでございますが、一括して国際人権規約と呼ばれます経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約、ことにその市民的及び政治的権利に関する国際規約の実質条項には、幾つか耳なれない、また国内法としても十分成熟してない権利が含まれております。しかし、全体といたしましては、日本国憲法の基本的人権保障の諸規定と、原則的には何ら抵触したり矛盾したりする点はないと私は確信いたしております。
次に、付言させていただきたいことが一つ、二つございます。
国際人権規約の制定は、御承知のように国連発足当時からの重要案件でございました。その背景にございますのは、国連の第一の目的である国際社会の平和と安全の維持には、その構成員の人権及び基本的自由を国際的に保障することがどうしても必要であるという認識でございます。世界人権宣言の前文が言う「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することは、世界における」「平和の基礎である」というこの考え方でございます。それはまた別の言葉で申しますならば、力の支配ではない、パワーポリティックスではない法の支配、ルール・オブ・ローによって国際社会の実現を目指すという考え方でございます。
国連が創設されてから今日に至りますまでの三十余年の間、国連を中心にいたしました国際社会は、遅々とした歩みではございますが、この方向に着実に動いてきていると私は思っております。少なくともそういう努力が続けられていると存じます。現在の国際社会は、各国家間の交流、連帯関係が年ごとに強まっております。それを無視いたしましては、どんな大国といえどもこの地上に存立し得ないのだと存じます。こういうような段階になってまいりますと、人権の保障は、従来もっぱら各国家が国内法によって確保する、保障するというそういう伝統的な考え方では、とうてい人権の実効ある保障を期待することはできません。どうしても国際的な場でも保障されることが必要になります。各国による人権保障は、論理必然的に人権の国際法的保障を要求することとなりまして、国際法的な裏づけを得て初めて、実効ある人権の保障が実現するのでございます。わが国が国際人権規約を承認し、その締約国となりますことは、日本国憲法の基本原則である基本的人権尊重の原則を真に実効的なものにする道でございまするし、また平和で安全な国際社会の実現という人類の理想に対して大きく貢献することになると確信いたしております。
また、わが国は連合国との、平和条約におきまして、「あらゆる場合に国連憲章の原則を遵守し、世界人権宣言の目的を実現するために努力」することをお約束いたしております。以来、わが国の外交は国連中心主義をその基軸にして今日に至っております。国際人権規約はその国連において採択されました重要な国際条約でございます。国際的な権利章典とも言うべきものでございます。わが国が進んでこの国際人権規約を承認することはきわめて当然のことであろうかと存じます。
最後に、私事にわたって大変恐縮でございますが、この二つの人権に関する国際規約の実質条項の審議に際しまして、私も政府代表代理の一員といたしまして、総会に参加いたしたものでございます。それからすでに十一年の歳月がたっております。発効いたしましてからすでに三年近くも経過いたしておりますことを思いますと、国際社会の有力な指導国でありますわが国の承認は実は遅過ぎるという感じがいたすのでございます。
そういう以上の意味から、速やかに御承認が望ましいと考えるものでございます。
以上でございます。失礼申し上げました。拍手
塩
和
和島岩吉#4
○和島参考人 和島でございます。
私は弁護士として、また国際人権規約の批准促進を要請してまいりました大阪府民会議の代表としての立場から意見を開陳したいと思います。
私たちの所属する日本弁護士連合会では、つとに国際人権規約の持つ重大な意義を認め、昭和四十三年十月、長崎市における人権擁護大会で国際人権規約の批准措置決議、昭和四十九年十一月水戸市における人権擁護大会では、批准促進の宣言をして強い関心を示してまいりました。
なお、国際人権規約がいつまでもわが国で批准されない事態を重視しまして、私たちは大阪で、これが促進を要請する府民会議を結成しました。この会議は期せずして保守、革新を問わず、超党派的に各界各層の人たちによって構成されました。この会議では人権規約の意義を強調し、批准促進をしばしば政府に申し入れました。一昨年の十一月には、前国連の人権部長マルク・シュライバー氏を招聘しまして、国連における人権規約の各国の対応状況につき紹介され、人権規約の世界史的意義を再確認するとともに、わが国の即時批准の必要をいまさらながら痛感したのであります。
国内における世論もますます高まってまいりまして、府民会議は昨年四月十一日、本年四月十九日、東京都において「各界のつどい」を主催しましたところ、広く全国各地より各界多数の参加を見、強い批准促進の要請決議となり、この決議はその都度政府に申し入れました。
ここで国際人権規約の基本的性格を考えてみたいと思います。
国際人権規約はその前文で、人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することが、世界における自由、正義及び平和の基礎であること。これらの権利が人間の固有の尊厳に由来すること。恐怖及び欠乏のない自由な人間の理想は、すべての人々が、その市民的、政治的諸権利とともに、経済的、社会的、文化的諸権利を享有できる状態において初めて達成し得ること。次に、各国家が国際連合憲章により、人間の権利及び自由の普遍的な尊重及び遵守を促進する義務を負い、個人が他の個人及びその属する社会に対して義務を負い、この規約に認められた権利の促進及び遵守のために努力する責任があることと定めています。これが国際人権規約の基本的性格であります。人権規約に見られるところは、人間の尊厳、人権の尊重が平和の基礎であることを宣明していることであります。
次に、国際人権規約の歴史的意義を考えてみたいと思います。
この規約が制定されました背景には、第二次世界大戦に対する全人類の痛烈な反省があります。周知のように、第二次大戦は数千万人に及ぶ人々の生命を奪っただけでなく、ナチスによるユダヤ人の虐殺、わが国の軍隊による中国人に対する大量の殺傷をもたらしております。このような事態を繰り返さないためには、国際的な監視の中での徹底的な人権擁護の必要性が各方面から指摘され、一九四八年に世界人権宣言が第三回国連総会で採択され、この宣言に法的拘束を持たせるため、その後十八年を経て、一九六六年に国連第二十一回総会で国際人権規約が採択されています。両規約と選択議定書はいずれも一九七六年に発効しました。
国際人権規約の成立は、人権尊重により、人類の悲願である世界平和達成への通路を切り開いたものと言えましょう。この規約が国際的に励行されることにより、世界史が当面する一切の課題が力強く解決への道が切り開かれることを信じます。
国際人権規約を大観しますと、A、B両規約には共通して、民族の自決権の擁護、一切の差別の禁止、男女の平等を規定しています。A規約は、労働基本権、家庭の保護、生活水準の確保、健全な生活の享受、教育に対する権利、文化的権利などいわゆる生存権的基本権を定めており、B規約は、生命の尊重、良心表現の自由、集会結社の自由、居住、移転、出国の自由、遡及処罰の禁止など、いわゆる自由権的基本権と公務への参加権を一定めています。
要言しますれば、現代文明、人類の理性が到達承認した集大成とも言えましょう。また人類が当面している諸問題を解決する基本法とも言えましょう。特に戦争時代の悲惨を体験してまいりましたわれわれ日本人には、B規約の残虐な行為の禁止、戦争と憎悪扇動の禁止にだれよりも共感されますし、不当逮捕の防止は、戦時中の自由抑圧が想起されます。公正な裁判、監獄法の人道的処遇は、当面いたしております司法問題に、民主化推進への指針ともなり得ましょう。
人権規約は、日本国憲法と理想を一にしています。われわれ日本国民にとって見落とすことのできないのは、この人権規約が日本国憲法とその理想を一にしていることであります。日本国憲法は、基本的人権の尊重と国民主権と戦争放棄とを三大原則としています。人権尊重に徹し、戦争を放棄することが平和達成への唯一の道とするわが日本国憲法を、世界的に、国際的に人権規約が承認したことを意味しているとも言えましょう。こうした観点から国際人権規約は、わが国が世界に先駆けて批准さるべきであったと思います。
批准が当面する世界情勢と国内情勢が持つ意義を考えてみましょう。現下の世界情勢は、世界人権宣言、国際人権規約に結集した人類の悲願である平和を希求する流れと、また一方には、対立する民族、国家間の紛争を、武力を誇示し、武力による威嚇または武力の行使で解決しようとする動きは後を絶たず、一歩誤れば人類の滅亡にもつながる戦争を誘発する危険をはらんでいます。私は、なお希望を失わないのは、人権規約が強調するように、人間の尊厳を認め、人権を尊重することにより、世界平和を推進する動きが人権規約の批准にあらわれていることであります。このことは、世界が平和への道を探求していることでありましょう。人権を尊重しない国家社会には真の平和はあり得ないことを、世界の歴史が物語っています。このことがようやく国際人権規約の批准により、国際的に承認されようとしているとも言えましょう。
現在、すでにA規約は五十八カ国、B規約は五十五カ国、選択議定書は二十一カ国によって批准されています。国内的にも解決を迫られている多くの人権問題があります。外国人の差別的処遇、部落差別、その他各種の差別問題が、日本国憲法下に問題となっています。規約が強調する内外人平等を含む一切の差別の禁止は、これらの国内問題の解決にも大きく寄与すると思います。
人権規約に対するわが国の対応を見てみます。人権尊重を基本とし、戦争放棄を宣言して平和への道を歩むわが国が、国際人権規約を今日まで批准しなかったことは、各国から奇異の念をもって見られています。日本国憲法のもとに平和国家として再出発したわが国は、世界各国の先頭に立って世界平和を推進すべき使命を自覚すべきであります。この使命の遂行のためにも、どの国よりも先にこの国際人権規約を批准すべきであったのであります。重大な国際情勢のもとに、国を代表して平和外交を展開する使命を有する人々が、いまなおわが国がこの規約を批准されないことにいかに当惑してきたか、察するに余りあります。こうした見地から、今日わが国がこれを批准することの意義は大きいと思います。
私は遅まきながら、国際人権規約の批准が今国会で審議されることになったことを歓迎するとともに、速やかに批准されることを強く要望するものであります。ただ、今次政府提出案件では、選択議定書が含まれず、A規約についても、公休日の報酬、スト権の原則的付与、高等教育の漸進的無償化が留保されていることはまことに残念であります。A規約は特に第二条で、この規約に認められた権利の実現を漸進的に達成するため云々と規定しております。即時全面的な実行を予定してはおりません。この点からも、政府案が前記の留保をすることの意味を解するに苦しむのであります。しかし、提案されている内容には不満ではありますが、とりあえず現在提案されているものの批准を早急に実現させ、残されたものについても可及的速やかに批准すべきものと考えます。いまや国際的にも国内的にも世論は盛り上がっています、平和達成の悲願を込めて。
私たちは、いまもう一度あのいまわしい太平洋戦争の反省の中で制定された日本国憲法をかみしめてみたいと思います。その第十二条において「この憲法が國民に保障する自由及び権利は、國民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。」と明記し、その前文において、われわれは平和を維持し、専制と隷属、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようとしている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う、と宣言しています。日本国憲法は、国際人権規約の即時批准を強く要望しているものと考えます。
終わります。拍手
この発言だけを見る →私は弁護士として、また国際人権規約の批准促進を要請してまいりました大阪府民会議の代表としての立場から意見を開陳したいと思います。
私たちの所属する日本弁護士連合会では、つとに国際人権規約の持つ重大な意義を認め、昭和四十三年十月、長崎市における人権擁護大会で国際人権規約の批准措置決議、昭和四十九年十一月水戸市における人権擁護大会では、批准促進の宣言をして強い関心を示してまいりました。
なお、国際人権規約がいつまでもわが国で批准されない事態を重視しまして、私たちは大阪で、これが促進を要請する府民会議を結成しました。この会議は期せずして保守、革新を問わず、超党派的に各界各層の人たちによって構成されました。この会議では人権規約の意義を強調し、批准促進をしばしば政府に申し入れました。一昨年の十一月には、前国連の人権部長マルク・シュライバー氏を招聘しまして、国連における人権規約の各国の対応状況につき紹介され、人権規約の世界史的意義を再確認するとともに、わが国の即時批准の必要をいまさらながら痛感したのであります。
国内における世論もますます高まってまいりまして、府民会議は昨年四月十一日、本年四月十九日、東京都において「各界のつどい」を主催しましたところ、広く全国各地より各界多数の参加を見、強い批准促進の要請決議となり、この決議はその都度政府に申し入れました。
ここで国際人権規約の基本的性格を考えてみたいと思います。
国際人権規約はその前文で、人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することが、世界における自由、正義及び平和の基礎であること。これらの権利が人間の固有の尊厳に由来すること。恐怖及び欠乏のない自由な人間の理想は、すべての人々が、その市民的、政治的諸権利とともに、経済的、社会的、文化的諸権利を享有できる状態において初めて達成し得ること。次に、各国家が国際連合憲章により、人間の権利及び自由の普遍的な尊重及び遵守を促進する義務を負い、個人が他の個人及びその属する社会に対して義務を負い、この規約に認められた権利の促進及び遵守のために努力する責任があることと定めています。これが国際人権規約の基本的性格であります。人権規約に見られるところは、人間の尊厳、人権の尊重が平和の基礎であることを宣明していることであります。
次に、国際人権規約の歴史的意義を考えてみたいと思います。
この規約が制定されました背景には、第二次世界大戦に対する全人類の痛烈な反省があります。周知のように、第二次大戦は数千万人に及ぶ人々の生命を奪っただけでなく、ナチスによるユダヤ人の虐殺、わが国の軍隊による中国人に対する大量の殺傷をもたらしております。このような事態を繰り返さないためには、国際的な監視の中での徹底的な人権擁護の必要性が各方面から指摘され、一九四八年に世界人権宣言が第三回国連総会で採択され、この宣言に法的拘束を持たせるため、その後十八年を経て、一九六六年に国連第二十一回総会で国際人権規約が採択されています。両規約と選択議定書はいずれも一九七六年に発効しました。
国際人権規約の成立は、人権尊重により、人類の悲願である世界平和達成への通路を切り開いたものと言えましょう。この規約が国際的に励行されることにより、世界史が当面する一切の課題が力強く解決への道が切り開かれることを信じます。
国際人権規約を大観しますと、A、B両規約には共通して、民族の自決権の擁護、一切の差別の禁止、男女の平等を規定しています。A規約は、労働基本権、家庭の保護、生活水準の確保、健全な生活の享受、教育に対する権利、文化的権利などいわゆる生存権的基本権を定めており、B規約は、生命の尊重、良心表現の自由、集会結社の自由、居住、移転、出国の自由、遡及処罰の禁止など、いわゆる自由権的基本権と公務への参加権を一定めています。
要言しますれば、現代文明、人類の理性が到達承認した集大成とも言えましょう。また人類が当面している諸問題を解決する基本法とも言えましょう。特に戦争時代の悲惨を体験してまいりましたわれわれ日本人には、B規約の残虐な行為の禁止、戦争と憎悪扇動の禁止にだれよりも共感されますし、不当逮捕の防止は、戦時中の自由抑圧が想起されます。公正な裁判、監獄法の人道的処遇は、当面いたしております司法問題に、民主化推進への指針ともなり得ましょう。
人権規約は、日本国憲法と理想を一にしています。われわれ日本国民にとって見落とすことのできないのは、この人権規約が日本国憲法とその理想を一にしていることであります。日本国憲法は、基本的人権の尊重と国民主権と戦争放棄とを三大原則としています。人権尊重に徹し、戦争を放棄することが平和達成への唯一の道とするわが日本国憲法を、世界的に、国際的に人権規約が承認したことを意味しているとも言えましょう。こうした観点から国際人権規約は、わが国が世界に先駆けて批准さるべきであったと思います。
批准が当面する世界情勢と国内情勢が持つ意義を考えてみましょう。現下の世界情勢は、世界人権宣言、国際人権規約に結集した人類の悲願である平和を希求する流れと、また一方には、対立する民族、国家間の紛争を、武力を誇示し、武力による威嚇または武力の行使で解決しようとする動きは後を絶たず、一歩誤れば人類の滅亡にもつながる戦争を誘発する危険をはらんでいます。私は、なお希望を失わないのは、人権規約が強調するように、人間の尊厳を認め、人権を尊重することにより、世界平和を推進する動きが人権規約の批准にあらわれていることであります。このことは、世界が平和への道を探求していることでありましょう。人権を尊重しない国家社会には真の平和はあり得ないことを、世界の歴史が物語っています。このことがようやく国際人権規約の批准により、国際的に承認されようとしているとも言えましょう。
現在、すでにA規約は五十八カ国、B規約は五十五カ国、選択議定書は二十一カ国によって批准されています。国内的にも解決を迫られている多くの人権問題があります。外国人の差別的処遇、部落差別、その他各種の差別問題が、日本国憲法下に問題となっています。規約が強調する内外人平等を含む一切の差別の禁止は、これらの国内問題の解決にも大きく寄与すると思います。
人権規約に対するわが国の対応を見てみます。人権尊重を基本とし、戦争放棄を宣言して平和への道を歩むわが国が、国際人権規約を今日まで批准しなかったことは、各国から奇異の念をもって見られています。日本国憲法のもとに平和国家として再出発したわが国は、世界各国の先頭に立って世界平和を推進すべき使命を自覚すべきであります。この使命の遂行のためにも、どの国よりも先にこの国際人権規約を批准すべきであったのであります。重大な国際情勢のもとに、国を代表して平和外交を展開する使命を有する人々が、いまなおわが国がこの規約を批准されないことにいかに当惑してきたか、察するに余りあります。こうした見地から、今日わが国がこれを批准することの意義は大きいと思います。
私は遅まきながら、国際人権規約の批准が今国会で審議されることになったことを歓迎するとともに、速やかに批准されることを強く要望するものであります。ただ、今次政府提出案件では、選択議定書が含まれず、A規約についても、公休日の報酬、スト権の原則的付与、高等教育の漸進的無償化が留保されていることはまことに残念であります。A規約は特に第二条で、この規約に認められた権利の実現を漸進的に達成するため云々と規定しております。即時全面的な実行を予定してはおりません。この点からも、政府案が前記の留保をすることの意味を解するに苦しむのであります。しかし、提案されている内容には不満ではありますが、とりあえず現在提案されているものの批准を早急に実現させ、残されたものについても可及的速やかに批准すべきものと考えます。いまや国際的にも国内的にも世論は盛り上がっています、平和達成の悲願を込めて。
私たちは、いまもう一度あのいまわしい太平洋戦争の反省の中で制定された日本国憲法をかみしめてみたいと思います。その第十二条において「この憲法が國民に保障する自由及び権利は、國民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。」と明記し、その前文において、われわれは平和を維持し、専制と隷属、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようとしている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う、と宣言しています。日本国憲法は、国際人権規約の即時批准を強く要望しているものと考えます。
終わります。拍手
塩
中
中島通子#6
○中島参考人 私は、女性の権利、特に女性の労働の権利との関係で意見を申し述べたいと思います。
人権の歴史の中で、第二次大戦以降現段階における特質の一つに挙げられるべき点は、人権保障の男女平等原則が国際的に確認されるようになったことであります。御審議中の国際人権規約、いわゆるA規約とB規約が、いずれも第二条で性による差別のない人権保障を規定したほか、さらに第三条を設けて、男女に同等の権利を確保すべきことを重ねて強調しているのは、男女平等原則の重要性を示すものと言えましょう。この重要な原則の実施を、単なる道義的な義務でなく、法的拘束力を持つものとして国家に義務づける国際人権規約が今国会で批准されようとしていることは、まことに意義深いものと考えます。ところが、政府の説明書によりますと、「両規約の目的とするところは、我が国政のよって立つ基盤として常に重視されて来たところ」であり、実体的にも「両規約の趣旨は、多くの面において既に国内的に確保されているところである」とされ、批准によって新たな措置は余り必要とされてないかのような印象を受けます。しかしながら、男女平等の原則に関しては何ら確保されておらず、特に労働の権利の面では著しい性差別が存在し、A規約を批准する以上、その実施のためには、立法措置を初め多くのことがなされなければならない点に特に注意を喚起し、以下四点にわたって具体的な意見を述べたいと思います。
第一点は、労働の機会の男女平等の保障であります。A規約第六条第一項は「すべての者が自由に選択し又は承諾する労働によって生計を立てる機会を得る権利」を保障するため適当な措置をとることを義務づけ、同第二項は、その「措置には、個人に対して」「完全かつ生産的な雇用を達成するための」政策、方法等を含むと規定しております。ここに言う「生産的な雇用」とは、個人の能力を完全に発揮させる雇用と解釈され、本条は、すべての男女に、自己の能力に応じた仕事を自由に選び、その労働によって自己の生計を立てる機会を得る権利を保障するものであります。
わが国の憲法は、第二十二条で職業選択の自由を、同二十七条で勤労の権利を保障していますが、通説的解釈によれば、前者は職業及び営業の自由を国家から保障するものであり、後者は国家が勤労を欲する者に職を与え、それができないときは失業対策を講ずる義務を負うものとされています。A規約第六条は、右のような憲法の解釈とそれに基づく国内法の枠を明らかに超えるものであります。すなわちこれは、仕事を求めているすべての女性に、自己に適した仕事を自由に選択し、それによってみずからの生計を立てる機会を男性と平等に保障するための積極的な措置を国家に義務づけるものであります。
現在女性は、女性であるというだけの理由で多くの職場から締め出されています。大卒女性の就職難はますます深刻になっていますが、大卒に限らずすべての女性にとって、採用の機会が与えられるのは男性と異なる職種、つまり補助労働や単調労働であり、男性と異なる雇用形態や身分、つまりパートや臨時、準社員や嘱託です。これらの採用差別は近年ますます拡大する傾向を示しており、これらの差別を是正し、女性の労働権を保障するためには、採用の段階における差別を禁止する立法措置が不可欠となっております。この立法はすでに欧米諸国では実施に移されており、わが国でも昨年の国会において、社会党より男女雇用平等法案として提出されましたが、残念ながらいまだ成立に至っておりません。特にわが国では本条項の権利の完全な実現は、かかる立法措置なしにあり得ないことを強調したいと思います。
第二点は、労働条件における男女平等です。A規約第七条は「すべての者が公正かつ良好な労働条件を享受する権利」を保障し、(a)の(i)において「特に、女子については、同一の労働についての同一報酬とともに男子が享受する労働条件に劣らない労働条件」を、(c)において「先任及び能力以外のいかなる事由も考慮されることなく、すべての者がその雇用関係においてより高い適当な地位に昇進する均等な機会」を保障しています。これらの規定は、同一価値労働についての男女同一賃金の原則にとどまらず、賃金以外の職種や昇進昇格、定年や退職基準等すべての労働条件についても男女の平等が保障されなければならないことを規定したものであります。
周知のとおり、わが国の労基法は、第四条で、女子であることを理由とする賃金差別を禁止しているのみで、憲法十四条を受けて労働条件における均等待遇を定めた労基法第三条には、性別による差別禁止を明記しておりません。そのため、単純な賃金差別の是正がある程度進むと、それは仕事差別や身分差別に形を変え、近年女性差別はかえって拡大するという結果さえ生じています。これらの差別を是正し、女性が男性と同等の良好な労働条件を享受することを保障するためには、わが国ではやはり立法措置が不可欠であり、その具体的な方法は、労基法三条に性別を加える方法と、新たな雇用平等法による方法と二通りありますが、わが国の法体系からすれば、その両方が必要であると考えます。
第三点は、労働時間の合理的な制限及び公休日等の報酬の問題であります。A規約第七条(d)は「休息、余暇、労働時間の合理的な制限及び定期的な有給休暇並びに公の休日についての報酬」を保障していますが、政府は、この公休日の報酬について留保しています。
労働時間の合理的制限は、女性の労働権を考える立場からは重大な関心を持たざるを得ない問題であります。昨年十一月に出された労働基準法研究会報告は、男女平等の雇用機会を得るために、基本的には女性も男性と同様に時間外労働をすべきであり、生理休暇等も廃止すべきであるとしておりますが、現行の労働基準法は週四十八時間労働の上に、男性については三六協定さえ結べば無制限の時間外労働が可能であり、また、有給休暇についても六日という短さの上に、その取得率も低いという現状は、労働時間に関する国際基準から著しく立ちおくれ、各国から働き過ぎと非難されているところであります。
その働き過ぎ男性を基準として、女性も同じように働かなければ雇用の平等は保障できないという議論は、母性と基本的人権としての女性の労働権を否定するものでありますが、また世界の潮流に逆行するものでもあります。少なくともILOの労働時間に関する基準までに労働時間——これは時間外労働を含めてでありますが——を短縮し、休日をふやせば、女性差別の理由とされている過保護論はその大半が存在基盤を失うでしょう。現在わが国が置かれている国際的立場からいっても、「労働時間の合理的制限」はILOの基準を下回るべきではありません。また最近の行政指導による時間短縮の実績を見れば、実施のための措置としては労働基準法改正という立法措置が不可欠であります。
もう一つの重要な問題点は、公休日の報酬についてのわが国の留保であります。わが国では、月給制によって休日の報酬を受けるおおむね終身雇用の労働者と、パート、臨時、アルバイトと呼ばれ、日給あるいは時間給によって休日の報酬を一切受けない差別的雇用形態の労働者に二分され、この二重構造によって労働者の低賃金と不安定雇用が支えられておりますが、近年ふえ続けている女性労働者がパートに集中している現状を考えるならば、本条項の留保は、雇用形態を通じての女性労働者の差別を固定化することになります。A規約自体が漸進的な効力を持つものであるにもかかわらず、これを留保するということは、将来の問題としても考えないということになるわけで、このような留保は一日も早く撤回されることを強く求めたいと思います。
第四点は、産前産後休暇の所得保障の問題であります。A規約第十条第二項は、働いている女性には「産前産後の合理的な期間においては、」「有給休暇又は相当な社会保障給付を伴う休暇が与えられるべきである。」と規定しています。現在労働基準法は産前産後の休暇中の賃金について規定せず、健康保険法が六〇%の出産手当金を定めているにすぎません。しかし健康保険法の適用は常時五人以上の従業員を使用する事業所等の制限があり、多くの働く母親は、六〇%の所得保障さえない現状です。本条約批准後は、すべての働く女性に出産休暇中の所得保障が行われるための立法措置が行われなければならなくなります。その場合の基準としては、ILO第九十五号勧告の示す一〇〇%保障が重視されるべきでありましょう。
ほかにも意見を述べたい点はありますが、両条約の目的とする男女平等を実現するためには、少なくとも以上の四点にわたる立法措置と、留保の撤回が不可欠であることを重ねて強調し、私の意見を終わります。拍手
この発言だけを見る →人権の歴史の中で、第二次大戦以降現段階における特質の一つに挙げられるべき点は、人権保障の男女平等原則が国際的に確認されるようになったことであります。御審議中の国際人権規約、いわゆるA規約とB規約が、いずれも第二条で性による差別のない人権保障を規定したほか、さらに第三条を設けて、男女に同等の権利を確保すべきことを重ねて強調しているのは、男女平等原則の重要性を示すものと言えましょう。この重要な原則の実施を、単なる道義的な義務でなく、法的拘束力を持つものとして国家に義務づける国際人権規約が今国会で批准されようとしていることは、まことに意義深いものと考えます。ところが、政府の説明書によりますと、「両規約の目的とするところは、我が国政のよって立つ基盤として常に重視されて来たところ」であり、実体的にも「両規約の趣旨は、多くの面において既に国内的に確保されているところである」とされ、批准によって新たな措置は余り必要とされてないかのような印象を受けます。しかしながら、男女平等の原則に関しては何ら確保されておらず、特に労働の権利の面では著しい性差別が存在し、A規約を批准する以上、その実施のためには、立法措置を初め多くのことがなされなければならない点に特に注意を喚起し、以下四点にわたって具体的な意見を述べたいと思います。
第一点は、労働の機会の男女平等の保障であります。A規約第六条第一項は「すべての者が自由に選択し又は承諾する労働によって生計を立てる機会を得る権利」を保障するため適当な措置をとることを義務づけ、同第二項は、その「措置には、個人に対して」「完全かつ生産的な雇用を達成するための」政策、方法等を含むと規定しております。ここに言う「生産的な雇用」とは、個人の能力を完全に発揮させる雇用と解釈され、本条は、すべての男女に、自己の能力に応じた仕事を自由に選び、その労働によって自己の生計を立てる機会を得る権利を保障するものであります。
わが国の憲法は、第二十二条で職業選択の自由を、同二十七条で勤労の権利を保障していますが、通説的解釈によれば、前者は職業及び営業の自由を国家から保障するものであり、後者は国家が勤労を欲する者に職を与え、それができないときは失業対策を講ずる義務を負うものとされています。A規約第六条は、右のような憲法の解釈とそれに基づく国内法の枠を明らかに超えるものであります。すなわちこれは、仕事を求めているすべての女性に、自己に適した仕事を自由に選択し、それによってみずからの生計を立てる機会を男性と平等に保障するための積極的な措置を国家に義務づけるものであります。
現在女性は、女性であるというだけの理由で多くの職場から締め出されています。大卒女性の就職難はますます深刻になっていますが、大卒に限らずすべての女性にとって、採用の機会が与えられるのは男性と異なる職種、つまり補助労働や単調労働であり、男性と異なる雇用形態や身分、つまりパートや臨時、準社員や嘱託です。これらの採用差別は近年ますます拡大する傾向を示しており、これらの差別を是正し、女性の労働権を保障するためには、採用の段階における差別を禁止する立法措置が不可欠となっております。この立法はすでに欧米諸国では実施に移されており、わが国でも昨年の国会において、社会党より男女雇用平等法案として提出されましたが、残念ながらいまだ成立に至っておりません。特にわが国では本条項の権利の完全な実現は、かかる立法措置なしにあり得ないことを強調したいと思います。
第二点は、労働条件における男女平等です。A規約第七条は「すべての者が公正かつ良好な労働条件を享受する権利」を保障し、(a)の(i)において「特に、女子については、同一の労働についての同一報酬とともに男子が享受する労働条件に劣らない労働条件」を、(c)において「先任及び能力以外のいかなる事由も考慮されることなく、すべての者がその雇用関係においてより高い適当な地位に昇進する均等な機会」を保障しています。これらの規定は、同一価値労働についての男女同一賃金の原則にとどまらず、賃金以外の職種や昇進昇格、定年や退職基準等すべての労働条件についても男女の平等が保障されなければならないことを規定したものであります。
周知のとおり、わが国の労基法は、第四条で、女子であることを理由とする賃金差別を禁止しているのみで、憲法十四条を受けて労働条件における均等待遇を定めた労基法第三条には、性別による差別禁止を明記しておりません。そのため、単純な賃金差別の是正がある程度進むと、それは仕事差別や身分差別に形を変え、近年女性差別はかえって拡大するという結果さえ生じています。これらの差別を是正し、女性が男性と同等の良好な労働条件を享受することを保障するためには、わが国ではやはり立法措置が不可欠であり、その具体的な方法は、労基法三条に性別を加える方法と、新たな雇用平等法による方法と二通りありますが、わが国の法体系からすれば、その両方が必要であると考えます。
第三点は、労働時間の合理的な制限及び公休日等の報酬の問題であります。A規約第七条(d)は「休息、余暇、労働時間の合理的な制限及び定期的な有給休暇並びに公の休日についての報酬」を保障していますが、政府は、この公休日の報酬について留保しています。
労働時間の合理的制限は、女性の労働権を考える立場からは重大な関心を持たざるを得ない問題であります。昨年十一月に出された労働基準法研究会報告は、男女平等の雇用機会を得るために、基本的には女性も男性と同様に時間外労働をすべきであり、生理休暇等も廃止すべきであるとしておりますが、現行の労働基準法は週四十八時間労働の上に、男性については三六協定さえ結べば無制限の時間外労働が可能であり、また、有給休暇についても六日という短さの上に、その取得率も低いという現状は、労働時間に関する国際基準から著しく立ちおくれ、各国から働き過ぎと非難されているところであります。
その働き過ぎ男性を基準として、女性も同じように働かなければ雇用の平等は保障できないという議論は、母性と基本的人権としての女性の労働権を否定するものでありますが、また世界の潮流に逆行するものでもあります。少なくともILOの労働時間に関する基準までに労働時間——これは時間外労働を含めてでありますが——を短縮し、休日をふやせば、女性差別の理由とされている過保護論はその大半が存在基盤を失うでしょう。現在わが国が置かれている国際的立場からいっても、「労働時間の合理的制限」はILOの基準を下回るべきではありません。また最近の行政指導による時間短縮の実績を見れば、実施のための措置としては労働基準法改正という立法措置が不可欠であります。
もう一つの重要な問題点は、公休日の報酬についてのわが国の留保であります。わが国では、月給制によって休日の報酬を受けるおおむね終身雇用の労働者と、パート、臨時、アルバイトと呼ばれ、日給あるいは時間給によって休日の報酬を一切受けない差別的雇用形態の労働者に二分され、この二重構造によって労働者の低賃金と不安定雇用が支えられておりますが、近年ふえ続けている女性労働者がパートに集中している現状を考えるならば、本条項の留保は、雇用形態を通じての女性労働者の差別を固定化することになります。A規約自体が漸進的な効力を持つものであるにもかかわらず、これを留保するということは、将来の問題としても考えないということになるわけで、このような留保は一日も早く撤回されることを強く求めたいと思います。
第四点は、産前産後休暇の所得保障の問題であります。A規約第十条第二項は、働いている女性には「産前産後の合理的な期間においては、」「有給休暇又は相当な社会保障給付を伴う休暇が与えられるべきである。」と規定しています。現在労働基準法は産前産後の休暇中の賃金について規定せず、健康保険法が六〇%の出産手当金を定めているにすぎません。しかし健康保険法の適用は常時五人以上の従業員を使用する事業所等の制限があり、多くの働く母親は、六〇%の所得保障さえない現状です。本条約批准後は、すべての働く女性に出産休暇中の所得保障が行われるための立法措置が行われなければならなくなります。その場合の基準としては、ILO第九十五号勧告の示す一〇〇%保障が重視されるべきでありましょう。
ほかにも意見を述べたい点はありますが、両条約の目的とする男女平等を実現するためには、少なくとも以上の四点にわたる立法措置と、留保の撤回が不可欠であることを重ねて強調し、私の意見を終わります。拍手
塩
真
真柄栄吉#8
○真柄参考人 真柄です。
この国際人権規約は、恒久平和の確保と社会の発展のために欠くことのできない基礎として、政治、経済、社会、文化、すべての分野における基本的人権が保障されなければならない、そのことを示したきわめて重要な意義を持つ国際条約とまず考えます。
第二次世界大戦の悲劇的な教訓の中から生み出された世界人権宣言は、一九四八年に採択され、戦後世界の平和建設の指導理念として広く世界に知られましたが、これは法的拘束力を持ちませんでした。国際人権規約は、この世界人権宣言に掲げられた内容を、批准をすれば法的義務を負わなければならない国際条約として整備されたものであって、その重要性から見て、今日までわが国において放置されていたことはきわめて残念と言わざるを得ません。わが国は先進工業国のトップグループの一員にランクされ、国連、ILOなど、国際諸機構の中で重要な役割りを果たさなければならない立場にあるわけでありますから、なおのことと考えます。
その批准の状況は詳細は省略いたしますが、日本だけが先進工業国の中で取り残されていると言って過言でありません。したがって、この国際人権規約の批准は早急になされなければならない日本の責務と考えるものであります。ところが、政府はこの国際的責務を果たすべき重要な課題に対して、きわめて遺憾な態度をとっていると言わざるを得ません。それは、四項目にわたる「留保及び解釈に関する宣言」であります。私は、これらの「留保及び解釈に関する宣言」のうち、労働基本権に関することについて、参考人として意見を述べさしていただきたいと思います。
政府は、いわゆるA規約「第八条1(d)の規定に拘束されない権利を留保する。」として、ストライキ権保障の部分を適用させない措置を強行しようとしています。この留保措置によって直接的な影響を受けるのは、現行国内法によってストライキ権が不当にも禁止、制限されている官公労働者であるわけですが、官公労働者のスト権問題については、日本国内において長い間論議されてきた課題であり、その中でも、国際的に見てわが国の現行法が大幅に立ちおくれていることが指摘され続けてまいりました。国際人権規約でも、国際的常識として当然にストライキ権を保障すべきであるとしています。国連における最も基本的な人権条約としてあるこの国際人権規約がスト権保障を明らかにしている事実を直視し、従来の国際的常識に反する態度を改める絶好の機会としてその批准をとらえるべきでなかったかと考えます。
政府の留保をする態度は、「人権の尊重は日本国憲法を支える基本理念の一つであり、」「規約の締結は、わが国の人権尊重の姿勢を改めて内外に宣明する観点から意義深いものと考えます。」という政府の批准提案理由そのものにも反することでないかと考えます。これは体面のみ取りつくろおうとする態度であると非難せざるを得ません。
また、国際人権規約批准に伴う留保をすることによって、今後の官公労働者のスト権回復運動の前進に歯どめをかけようとする不誠実な態度にも通ずるものでないかと指摘せざるを得ないものであります。
私は、政府が提案理由に掲げるように、「人権の尊重は日本国憲法を支える基本理念の一つであり、」それを尊重する立場に立つのであるならば、その日本国憲法も明確に保障しているスト権保障を留保する必要は何もないし、政府が留保なしに批准をすることを英断されるよう強く望むものであります。
次は、いわゆるA規約第八条の2及びいわゆるB規約第二十二条の2にいう警察の構成員に消防職員が含まれると解釈する宣言の問題であります。この問題についてはILO八十七号条約に関し、毎年ILOの場で論議されていることでありまして、国際的には明確に結論が出されている問題と考えます。
ILO八十七号条約は結社の自由と団結権の保護を目的とする条約でありますが、この条約の第九条で、「この条約に規定する保障を軍隊及び警察に適用する範囲は、国内法令で定める。」として、条令の適用に関する例外規定が置かれています。
日本政府は、この「警察」の中に消防が含まれていると強弁し続けてきたわけであります。消防が警察と本来異なるものであることは、政府がいかに強弁しようとも否定できないものでありまして、政府部内からもこのことを認めるやの言質もあります。たとえば昭和四十三年八月、「京都消防」という雑誌の中で、元消防庁長官の佐久間さんがそういう点について触れています。詳細は省略いたします。
ILOの場におきましても、このことについての結論は明確に出されていると思います。一九七二年、総評自治労は、消防職員の団結禁止措置をとり続ける日本政府の態度は、ILO八十七号条約に対する重大な違反行為であるとして、結社の自由委員会への提訴手続をとってまいりました。すでに条約勧告適用委員会ではこの問題が審議されており、七二年六月の第五十七回総会における条約勧告適用専門家委員会報告は、海上保安庁職員、入国警備官については、警察類似職員であるが、消防職員については団結権が与えられるべき部分であることを明らかにしております。
さらに、七三年六月の総会に対する条約勧告適用専門家委員会報告でも、この問題に対する画期的な見解を明らかにし、要は消防職員にも団結権が与えられるべき方向について、日本政府に適切な措置をとるよう希望したのであります。
しかし、このILOの明確な判断にもかかわらず、日本政府は一切それを無視し、消防職員の団結禁止の解除に向けての具体的措置に着手することをしてこなかったのであります。そこで、毎年の総会で労働側から、日本政府の国際信義に背反する不誠実な態度に対する批判、ILOへの適切強力な措置の要請が提起され、それに対し日本政府は、「政府は消防職員の地位について長期的視野にたって慎重に考慮する」「日本の消防は、三〇〇年来警察的機能をもっており、ILO八七号条約第九条にいう「警察」にふくまれるのであり、条約違反ではない」など、日本における特殊性を強調しながら逃げ切ろうと繰り返してきているのであります。
しかし私は、論議の性格は明らかだと考えます。ILOの結論は明確であると申し上げましたが、ただそれに日本政府が従わない現状にあると言い尽くせると考えます。一九七七年の六十三回総会におきましても、この条約勧告適用専門家委員会は、「日本の消防職員の職務については、いくつかの特別な特色があるが、その反面、当委員会の判断によれば、これらの労働者を当条約の第九条にもとづき労働組合を結成する権利から排除することを正当化するようなものであるとは思われず、また団結権の承認は自動的にストライキ権をともなうものではないことが想起される」と報告しております。さらに昨年のILO第六十四回総会でも、官公労働者の労働基本権に関する国際基準としてのいわゆる百五十一号条約、公務における団結権の保護と雇用条件決定の手続に関する条約が採択されたのでありますが、この条約の審議の中でも消防職員の団結権問題は、日本政府の主張とは明確に反する結論が出されています。もっとも日本政府はこれらの提案に対する修正案を提起をいたし、「適用にあたり国内法令及び慣例に正当な考慮が与えられるべきである」と国内法優先の考え方を修正案の中で盛り込んだのでありますが、最終的には日本政府はこの修正案を撤回をいたしている事実もあります。
以上の経過については、若干、時間の関連があって割愛をする部分をお許しいただきたいと思います。
このようにILOの場では消防職員の団結権は国際的に保障されることが常識であり、そのように要約することが言えるのであります。国内におきましても、一昨年八月以来、全国消防職員協議会が結成され、自主的な活動が進められている現状にあり、消防職員の団結禁止という措置はますます無意味なものになりつつあると言えると考えます。
国際人権規約の批准に当たりまして、何らの合理性もなく、国際的常識に反する解釈宣言をするようなことをせず、無条件で批准をすべきことを特に強調させていただきまして、参考人としての意見にかえさしていただくところであります。ありがとうございました。
この発言だけを見る →この国際人権規約は、恒久平和の確保と社会の発展のために欠くことのできない基礎として、政治、経済、社会、文化、すべての分野における基本的人権が保障されなければならない、そのことを示したきわめて重要な意義を持つ国際条約とまず考えます。
第二次世界大戦の悲劇的な教訓の中から生み出された世界人権宣言は、一九四八年に採択され、戦後世界の平和建設の指導理念として広く世界に知られましたが、これは法的拘束力を持ちませんでした。国際人権規約は、この世界人権宣言に掲げられた内容を、批准をすれば法的義務を負わなければならない国際条約として整備されたものであって、その重要性から見て、今日までわが国において放置されていたことはきわめて残念と言わざるを得ません。わが国は先進工業国のトップグループの一員にランクされ、国連、ILOなど、国際諸機構の中で重要な役割りを果たさなければならない立場にあるわけでありますから、なおのことと考えます。
その批准の状況は詳細は省略いたしますが、日本だけが先進工業国の中で取り残されていると言って過言でありません。したがって、この国際人権規約の批准は早急になされなければならない日本の責務と考えるものであります。ところが、政府はこの国際的責務を果たすべき重要な課題に対して、きわめて遺憾な態度をとっていると言わざるを得ません。それは、四項目にわたる「留保及び解釈に関する宣言」であります。私は、これらの「留保及び解釈に関する宣言」のうち、労働基本権に関することについて、参考人として意見を述べさしていただきたいと思います。
政府は、いわゆるA規約「第八条1(d)の規定に拘束されない権利を留保する。」として、ストライキ権保障の部分を適用させない措置を強行しようとしています。この留保措置によって直接的な影響を受けるのは、現行国内法によってストライキ権が不当にも禁止、制限されている官公労働者であるわけですが、官公労働者のスト権問題については、日本国内において長い間論議されてきた課題であり、その中でも、国際的に見てわが国の現行法が大幅に立ちおくれていることが指摘され続けてまいりました。国際人権規約でも、国際的常識として当然にストライキ権を保障すべきであるとしています。国連における最も基本的な人権条約としてあるこの国際人権規約がスト権保障を明らかにしている事実を直視し、従来の国際的常識に反する態度を改める絶好の機会としてその批准をとらえるべきでなかったかと考えます。
政府の留保をする態度は、「人権の尊重は日本国憲法を支える基本理念の一つであり、」「規約の締結は、わが国の人権尊重の姿勢を改めて内外に宣明する観点から意義深いものと考えます。」という政府の批准提案理由そのものにも反することでないかと考えます。これは体面のみ取りつくろおうとする態度であると非難せざるを得ません。
また、国際人権規約批准に伴う留保をすることによって、今後の官公労働者のスト権回復運動の前進に歯どめをかけようとする不誠実な態度にも通ずるものでないかと指摘せざるを得ないものであります。
私は、政府が提案理由に掲げるように、「人権の尊重は日本国憲法を支える基本理念の一つであり、」それを尊重する立場に立つのであるならば、その日本国憲法も明確に保障しているスト権保障を留保する必要は何もないし、政府が留保なしに批准をすることを英断されるよう強く望むものであります。
次は、いわゆるA規約第八条の2及びいわゆるB規約第二十二条の2にいう警察の構成員に消防職員が含まれると解釈する宣言の問題であります。この問題についてはILO八十七号条約に関し、毎年ILOの場で論議されていることでありまして、国際的には明確に結論が出されている問題と考えます。
ILO八十七号条約は結社の自由と団結権の保護を目的とする条約でありますが、この条約の第九条で、「この条約に規定する保障を軍隊及び警察に適用する範囲は、国内法令で定める。」として、条令の適用に関する例外規定が置かれています。
日本政府は、この「警察」の中に消防が含まれていると強弁し続けてきたわけであります。消防が警察と本来異なるものであることは、政府がいかに強弁しようとも否定できないものでありまして、政府部内からもこのことを認めるやの言質もあります。たとえば昭和四十三年八月、「京都消防」という雑誌の中で、元消防庁長官の佐久間さんがそういう点について触れています。詳細は省略いたします。
ILOの場におきましても、このことについての結論は明確に出されていると思います。一九七二年、総評自治労は、消防職員の団結禁止措置をとり続ける日本政府の態度は、ILO八十七号条約に対する重大な違反行為であるとして、結社の自由委員会への提訴手続をとってまいりました。すでに条約勧告適用委員会ではこの問題が審議されており、七二年六月の第五十七回総会における条約勧告適用専門家委員会報告は、海上保安庁職員、入国警備官については、警察類似職員であるが、消防職員については団結権が与えられるべき部分であることを明らかにしております。
さらに、七三年六月の総会に対する条約勧告適用専門家委員会報告でも、この問題に対する画期的な見解を明らかにし、要は消防職員にも団結権が与えられるべき方向について、日本政府に適切な措置をとるよう希望したのであります。
しかし、このILOの明確な判断にもかかわらず、日本政府は一切それを無視し、消防職員の団結禁止の解除に向けての具体的措置に着手することをしてこなかったのであります。そこで、毎年の総会で労働側から、日本政府の国際信義に背反する不誠実な態度に対する批判、ILOへの適切強力な措置の要請が提起され、それに対し日本政府は、「政府は消防職員の地位について長期的視野にたって慎重に考慮する」「日本の消防は、三〇〇年来警察的機能をもっており、ILO八七号条約第九条にいう「警察」にふくまれるのであり、条約違反ではない」など、日本における特殊性を強調しながら逃げ切ろうと繰り返してきているのであります。
しかし私は、論議の性格は明らかだと考えます。ILOの結論は明確であると申し上げましたが、ただそれに日本政府が従わない現状にあると言い尽くせると考えます。一九七七年の六十三回総会におきましても、この条約勧告適用専門家委員会は、「日本の消防職員の職務については、いくつかの特別な特色があるが、その反面、当委員会の判断によれば、これらの労働者を当条約の第九条にもとづき労働組合を結成する権利から排除することを正当化するようなものであるとは思われず、また団結権の承認は自動的にストライキ権をともなうものではないことが想起される」と報告しております。さらに昨年のILO第六十四回総会でも、官公労働者の労働基本権に関する国際基準としてのいわゆる百五十一号条約、公務における団結権の保護と雇用条件決定の手続に関する条約が採択されたのでありますが、この条約の審議の中でも消防職員の団結権問題は、日本政府の主張とは明確に反する結論が出されています。もっとも日本政府はこれらの提案に対する修正案を提起をいたし、「適用にあたり国内法令及び慣例に正当な考慮が与えられるべきである」と国内法優先の考え方を修正案の中で盛り込んだのでありますが、最終的には日本政府はこの修正案を撤回をいたしている事実もあります。
以上の経過については、若干、時間の関連があって割愛をする部分をお許しいただきたいと思います。
このようにILOの場では消防職員の団結権は国際的に保障されることが常識であり、そのように要約することが言えるのであります。国内におきましても、一昨年八月以来、全国消防職員協議会が結成され、自主的な活動が進められている現状にあり、消防職員の団結禁止という措置はますます無意味なものになりつつあると言えると考えます。
国際人権規約の批准に当たりまして、何らの合理性もなく、国際的常識に反する解釈宣言をするようなことをせず、無条件で批准をすべきことを特に強調させていただきまして、参考人としての意見にかえさしていただくところであります。ありがとうございました。
塩
小
小川泰#10
○小川参考人 小川でございます。
私は、あらかじめ用意してきたのですが、前四人の参考人の方がほとんど規範的な部分その他を言われておりますし、時間的な点もございますので、できるだけ重複を避ける意味で端的な内容に触れさしていただきたいと思います。
俗に言う人権規約、またA規約、B規約と言われている一連のものについて、私の考えといたしましては、総体的に、原則として早くこれを批准し、日本の立場を明らかにすべきだという基本的な立場に立つことが一つであります。
二番目には、この規約の趣旨をよしとするならば、どういうふうにして実効が上がるように国内においてこれを適用させるのかということを、将来の課題として非常に重要な問題ではないかということを私は申し上げさしていただきます。
三つ目には、そういう内容がしっかり組み立てられるためには、国内法の整備が当然に必要になってまいりまするので、これを具体化するためにできるだけ恒常的な審議機関といいますか、検討機関といいますか、そういうものを即刻設けていただきまして、世の移り変わりやあるいはいろいろな動態の変化に対応して、前向きにこれに対応できるような措置が必要であろうということを申し上げさしていただきたいと思うのです。できればそういったような点は、政治の場でございますから、国会等で十分対応できるような附帯決議等の御検討を賜れば大変幸いだな、こんなふうに思っているわけでございます。
全体的な最後に、これに直接かかわる問題であるかどうかは別といたしまして、私としては難民問題について一言触れざるを得ないと思うのであります。難民問題につきましては、この規約とどういう関連を持つかは、私法律をよく存じませんけれども、別途集中的な検討をぜひ早目に行っていただきたいものだということを申し上げざるを得ないと思うのです。難民問題というのは、私は現実にベトナム難民の諸君と何回か数年にわたって触れておりますけれども、高邁な理想、高邁な条約という問題の前に、一日も早く、日本国としてこの問題にどう対応するのかという具体的な措置こそが、世界に向かって日本の人権に対する尊重態度を明確に打ち出す現実的な証左ではないかと私は思いますので、よろしく御検討をお願い申し上げ、それを受け入れるためにはたくさんの条件が必要だと思いますので、それぞれの条件整備のために力を注いでいただくことをこの際強調申し上げたいと思います。
以上が、総体的に私のこの人権規約に対する考え方でございます。
これから、何人かの方がお触れいただきました、当面、当国会で論議されている規約の批准に当たって、政府提案の留保条項について一言ずつ触れさしていただきます。
まず第一の公の休日の報酬という問題は、私も条約案を読んでみましたし、関係各国にも問い合わせてみたのですが、なかなか公の休日の報酬というその「公の休日」という範疇と「報酬」のとらえ方というものが大変まちまちでございまして、私は、一体この条約自身は何を指しているのだろうかということを、できれば国会の名においてひとつ明確に規定さしていただいて、その上で当然にこの問題を国内に引き直して批准をしていくという態度をとっていただきたいというふうに思います。そういう意味でありまして、何も留保条件に賛成ということではありませんので、基本的には留保条件はつけない方がよろしいという立場で、内容を明確にした上でこれに対応してほしいということを申し上げさしていただきたいと思います。
二番目にはいわゆるストライキ権。ただいま前者の方も触れられましたが、これについても一言私どもの立場で触れさしていただきたいと思うのです。同盟罷業をする権利というものはいかなる産業、いかなる労働であっても基本的に権利として認めるべきである、この原則は毫も崩す必要はないという前提に私は立つわけでございまして、何らこれには条件をつける必要はないというのが基本的な考え方でございます。だがしかし、われわれ労働組合側からも、昨今の経済や社会の状況の変化、いろいろなものを考えた場合に、何でも自分が持っておる権利は、人に迷惑をかけてもしゃにむにふるうというようなことは、労働組合といえども、いわゆる公序良俗に照らしていかがかという良識は持ち合わせているつもりでございます。そういう意味合いにおきまして、いま論議をされておるこのストライキ権については条件つき、こういう条件をつけまして、そして基本的にスト権を認めるという方向で明確な立場をとらしていただくのが一番よろしいのではないかというふうに考えるわけでございます。前者は官公労働者のスト権、団結権等に触れられましたが、私どもは、民間労働者を組織しておる中でも、特に昭和二十九年以来電力労働者がスト権を規制されていることは御承知のとおりでありまして、われわれ、電力労働者がもし仮にストライキをやろうかというようなことになりますと世の中一体どうなるかというような点等についても、良識を持ってみずからを規制し、みずからのあり方というものでもってスト権問題では一つの問題提起をし、政府の検討を煩わしておる現状に照らしましても、十分な検討要因をこの中に含んでおるものというふうに考えておるわけでありまして、そういうこととイコールにして、だから留保しなければならないという問題とは次元が違うという観点に立って、この条項もよろしくひとつ御撤回いただいて、国内法の良識的な整備によってこれを速やかに批准すべきだ、こういうふうに私は申し上げてみたいと思います。
三番目の中等教育、高等教育の漸進的な無償化という条項にもいろいろな留保条件がついておるようでありますが、これもどうも条約批准書の中の文言を照らしてみましても、国々によって、どこに線を引くのか、どういう規模のものかというものも恐らく画一性はなかなかできまいという感じはございますので、同様にそこらあたりも十分調査をして、日本としてはこういうことだということを明確に打ち出していただくのも一つの方法ではないかなというふうに考えております。だがしかし、この規約は理想的なものであって、現実になじまないのだという考え方も仄聞するところあるようではございますけれども、私は、この方向は大変結構な方向でございますので、原則的に賛意を表しまして、むしろ規約の趣旨に沿えるように今後努力をすべきだという意味合いで、この条項の留保も撤回することを希望として申し添えておきたいと思います。
四番目の団結権の制限についてでありますが、これも前者が触れましたとおり、警察と消防、この区別は明確でありまして、何らこの問題について留保条件をつける理由はないという立場に立って、これも御撤回いただきたい、全体的にすんなりとこの国際人権規約はまず批准をなさることが一番よろしいのではないかということを、この際もう一度総体的に申し上げておきたいと存じます。
最後に、この人権規約の中身は大変むずかしい条約文章でありますので、なかなか、問題によっては難解なところがたくさんございますけれども、こういう国際的な人権規約を批准するかしないか、あるいは国連と日本という関係、さらには国際化社会がどんどん進められる現状に照らして、一体われわれ日本国民としてこういうものに対応する基本的な姿勢はいかにあるべきかという点について、一言触れさせていただきたいと思うのです。
端的に申し上げまして、いまの一国社会というものは、一国だけで存立することができないことは明確でございまして、わけても日本のような各種の条件を持っておる国家といたしまして、同様に日本国憲法は世界に冠たる平和憲法でございます。なかんずく憲法九条の戦争放棄、さらには唯一の原爆の被爆国としてのわれわれ日本人、こういう観点から、非核三原則というふうなものをもって、戦争に対する憎悪を憲法というものに照らして国際的に宣言している民族の立場ということから考えるならば、ますますこの種の国連あるいは国際的なこういう問題には、むしろ多少の疑問があろうともそこは大きくのみ込んで、先駆けた国際的な立場を日本の立場というかっこうで明確に打ち出していくという姿勢こそが私は重要だというふうに思いますので、条約案件そのものの中をつぶさに吟味することも大切ではございますが、その内容を精査する余り消極的な姿勢をとるということは、何か本末転倒のきらいなしとしませんので、そういう基本的な姿勢でこの種の問題にはお取り組みいただくことを重ねて御要望申し上げさせていただきたいと思うのです。一たびこういう国際的な規約でわれわれの立場というものを明らかにした以上は、これを具体的に行動に起こし、実践のための具体化を急ぐということは当然のことでございますので、できるだけこの規約を速やかに批准をし、内容、条件の整備を急ぐために各般の手だてを良識ある国会として打っていただくことを特にお願い申し上げたいと思うのです。
最後に、一言だけ私の体験上触れさせていただきますが、私もいろいろな意味合いでこういう労働組合運動を続けておりますが、国連で昨年、国連軍縮総会というものが創立されて、初めて国際舞台で軍縮問題が取り上げられるということを聞きつけまして、民間代表として行ってまいりました。そしてできるだけ多くの代表部と接触もいたしましたし、日本国民として核兵器の廃絶、そして非核三原則の徹底、日本国憲法九条による戦争放棄の民族としての意思を明確に国連の場に反映させようというので、民間代表として国連にも参加させていただきました。そういう体験の中からおもんぱかってみますと、一音で申し上げさせていただきますならば、こういう時代が進めば進むほど、戦争というものほど残酷なものはないということを日本人が一番よく知っているわけでありますので、いわゆる社会権とか自由権とかいろいろ言う前に、一たび戦争が起こったらすべてすっ飛ぶという基本的な気持ちで日本国憲法はでき上がっておるわけでありまするから、そういう世界の中の日本、日本の民族の誇りとして、各般の国際舞台には積極的に国の責任者が先頭となって参加をし、声高らかに国際世論の中に渦を巻き起こしていただきたいな、こういう気持ちを私は大変強く印象づけられて帰ってまいった一人でございます。
そういう立場からも、この人権規約というものの中身の一々については専門家ではありませんからわかりませんが、ごく常識的な日本人の一人として、総体的に批准の促進をお急ぎいただきまして、国際的に日本の立場を明確に打ち出していただきたいものだということを申し添えまして、私の意見にかえさせていただきます。
ありがとうございました。
この発言だけを見る →私は、あらかじめ用意してきたのですが、前四人の参考人の方がほとんど規範的な部分その他を言われておりますし、時間的な点もございますので、できるだけ重複を避ける意味で端的な内容に触れさしていただきたいと思います。
俗に言う人権規約、またA規約、B規約と言われている一連のものについて、私の考えといたしましては、総体的に、原則として早くこれを批准し、日本の立場を明らかにすべきだという基本的な立場に立つことが一つであります。
二番目には、この規約の趣旨をよしとするならば、どういうふうにして実効が上がるように国内においてこれを適用させるのかということを、将来の課題として非常に重要な問題ではないかということを私は申し上げさしていただきます。
三つ目には、そういう内容がしっかり組み立てられるためには、国内法の整備が当然に必要になってまいりまするので、これを具体化するためにできるだけ恒常的な審議機関といいますか、検討機関といいますか、そういうものを即刻設けていただきまして、世の移り変わりやあるいはいろいろな動態の変化に対応して、前向きにこれに対応できるような措置が必要であろうということを申し上げさしていただきたいと思うのです。できればそういったような点は、政治の場でございますから、国会等で十分対応できるような附帯決議等の御検討を賜れば大変幸いだな、こんなふうに思っているわけでございます。
全体的な最後に、これに直接かかわる問題であるかどうかは別といたしまして、私としては難民問題について一言触れざるを得ないと思うのであります。難民問題につきましては、この規約とどういう関連を持つかは、私法律をよく存じませんけれども、別途集中的な検討をぜひ早目に行っていただきたいものだということを申し上げざるを得ないと思うのです。難民問題というのは、私は現実にベトナム難民の諸君と何回か数年にわたって触れておりますけれども、高邁な理想、高邁な条約という問題の前に、一日も早く、日本国としてこの問題にどう対応するのかという具体的な措置こそが、世界に向かって日本の人権に対する尊重態度を明確に打ち出す現実的な証左ではないかと私は思いますので、よろしく御検討をお願い申し上げ、それを受け入れるためにはたくさんの条件が必要だと思いますので、それぞれの条件整備のために力を注いでいただくことをこの際強調申し上げたいと思います。
以上が、総体的に私のこの人権規約に対する考え方でございます。
これから、何人かの方がお触れいただきました、当面、当国会で論議されている規約の批准に当たって、政府提案の留保条項について一言ずつ触れさしていただきます。
まず第一の公の休日の報酬という問題は、私も条約案を読んでみましたし、関係各国にも問い合わせてみたのですが、なかなか公の休日の報酬というその「公の休日」という範疇と「報酬」のとらえ方というものが大変まちまちでございまして、私は、一体この条約自身は何を指しているのだろうかということを、できれば国会の名においてひとつ明確に規定さしていただいて、その上で当然にこの問題を国内に引き直して批准をしていくという態度をとっていただきたいというふうに思います。そういう意味でありまして、何も留保条件に賛成ということではありませんので、基本的には留保条件はつけない方がよろしいという立場で、内容を明確にした上でこれに対応してほしいということを申し上げさしていただきたいと思います。
二番目にはいわゆるストライキ権。ただいま前者の方も触れられましたが、これについても一言私どもの立場で触れさしていただきたいと思うのです。同盟罷業をする権利というものはいかなる産業、いかなる労働であっても基本的に権利として認めるべきである、この原則は毫も崩す必要はないという前提に私は立つわけでございまして、何らこれには条件をつける必要はないというのが基本的な考え方でございます。だがしかし、われわれ労働組合側からも、昨今の経済や社会の状況の変化、いろいろなものを考えた場合に、何でも自分が持っておる権利は、人に迷惑をかけてもしゃにむにふるうというようなことは、労働組合といえども、いわゆる公序良俗に照らしていかがかという良識は持ち合わせているつもりでございます。そういう意味合いにおきまして、いま論議をされておるこのストライキ権については条件つき、こういう条件をつけまして、そして基本的にスト権を認めるという方向で明確な立場をとらしていただくのが一番よろしいのではないかというふうに考えるわけでございます。前者は官公労働者のスト権、団結権等に触れられましたが、私どもは、民間労働者を組織しておる中でも、特に昭和二十九年以来電力労働者がスト権を規制されていることは御承知のとおりでありまして、われわれ、電力労働者がもし仮にストライキをやろうかというようなことになりますと世の中一体どうなるかというような点等についても、良識を持ってみずからを規制し、みずからのあり方というものでもってスト権問題では一つの問題提起をし、政府の検討を煩わしておる現状に照らしましても、十分な検討要因をこの中に含んでおるものというふうに考えておるわけでありまして、そういうこととイコールにして、だから留保しなければならないという問題とは次元が違うという観点に立って、この条項もよろしくひとつ御撤回いただいて、国内法の良識的な整備によってこれを速やかに批准すべきだ、こういうふうに私は申し上げてみたいと思います。
三番目の中等教育、高等教育の漸進的な無償化という条項にもいろいろな留保条件がついておるようでありますが、これもどうも条約批准書の中の文言を照らしてみましても、国々によって、どこに線を引くのか、どういう規模のものかというものも恐らく画一性はなかなかできまいという感じはございますので、同様にそこらあたりも十分調査をして、日本としてはこういうことだということを明確に打ち出していただくのも一つの方法ではないかなというふうに考えております。だがしかし、この規約は理想的なものであって、現実になじまないのだという考え方も仄聞するところあるようではございますけれども、私は、この方向は大変結構な方向でございますので、原則的に賛意を表しまして、むしろ規約の趣旨に沿えるように今後努力をすべきだという意味合いで、この条項の留保も撤回することを希望として申し添えておきたいと思います。
四番目の団結権の制限についてでありますが、これも前者が触れましたとおり、警察と消防、この区別は明確でありまして、何らこの問題について留保条件をつける理由はないという立場に立って、これも御撤回いただきたい、全体的にすんなりとこの国際人権規約はまず批准をなさることが一番よろしいのではないかということを、この際もう一度総体的に申し上げておきたいと存じます。
最後に、この人権規約の中身は大変むずかしい条約文章でありますので、なかなか、問題によっては難解なところがたくさんございますけれども、こういう国際的な人権規約を批准するかしないか、あるいは国連と日本という関係、さらには国際化社会がどんどん進められる現状に照らして、一体われわれ日本国民としてこういうものに対応する基本的な姿勢はいかにあるべきかという点について、一言触れさせていただきたいと思うのです。
端的に申し上げまして、いまの一国社会というものは、一国だけで存立することができないことは明確でございまして、わけても日本のような各種の条件を持っておる国家といたしまして、同様に日本国憲法は世界に冠たる平和憲法でございます。なかんずく憲法九条の戦争放棄、さらには唯一の原爆の被爆国としてのわれわれ日本人、こういう観点から、非核三原則というふうなものをもって、戦争に対する憎悪を憲法というものに照らして国際的に宣言している民族の立場ということから考えるならば、ますますこの種の国連あるいは国際的なこういう問題には、むしろ多少の疑問があろうともそこは大きくのみ込んで、先駆けた国際的な立場を日本の立場というかっこうで明確に打ち出していくという姿勢こそが私は重要だというふうに思いますので、条約案件そのものの中をつぶさに吟味することも大切ではございますが、その内容を精査する余り消極的な姿勢をとるということは、何か本末転倒のきらいなしとしませんので、そういう基本的な姿勢でこの種の問題にはお取り組みいただくことを重ねて御要望申し上げさせていただきたいと思うのです。一たびこういう国際的な規約でわれわれの立場というものを明らかにした以上は、これを具体的に行動に起こし、実践のための具体化を急ぐということは当然のことでございますので、できるだけこの規約を速やかに批准をし、内容、条件の整備を急ぐために各般の手だてを良識ある国会として打っていただくことを特にお願い申し上げたいと思うのです。
最後に、一言だけ私の体験上触れさせていただきますが、私もいろいろな意味合いでこういう労働組合運動を続けておりますが、国連で昨年、国連軍縮総会というものが創立されて、初めて国際舞台で軍縮問題が取り上げられるということを聞きつけまして、民間代表として行ってまいりました。そしてできるだけ多くの代表部と接触もいたしましたし、日本国民として核兵器の廃絶、そして非核三原則の徹底、日本国憲法九条による戦争放棄の民族としての意思を明確に国連の場に反映させようというので、民間代表として国連にも参加させていただきました。そういう体験の中からおもんぱかってみますと、一音で申し上げさせていただきますならば、こういう時代が進めば進むほど、戦争というものほど残酷なものはないということを日本人が一番よく知っているわけでありますので、いわゆる社会権とか自由権とかいろいろ言う前に、一たび戦争が起こったらすべてすっ飛ぶという基本的な気持ちで日本国憲法はでき上がっておるわけでありまするから、そういう世界の中の日本、日本の民族の誇りとして、各般の国際舞台には積極的に国の責任者が先頭となって参加をし、声高らかに国際世論の中に渦を巻き起こしていただきたいな、こういう気持ちを私は大変強く印象づけられて帰ってまいった一人でございます。
そういう立場からも、この人権規約というものの中身の一々については専門家ではありませんからわかりませんが、ごく常識的な日本人の一人として、総体的に批准の促進をお急ぎいただきまして、国際的に日本の立場を明確に打ち出していただきたいものだということを申し添えまして、私の意見にかえさせていただきます。
ありがとうございました。
塩
塩
大
大坪健一郎#13
○大坪委員 大変時間がございませんので、きょうはお忙しいところを五人の先生方にお出かけいただきまして、大変貴重な御意見を聞かせていただきましたことを厚く御礼申し上げますとともに、各先生方に大変失礼でございますけれども、一つだけ質問をさせていただきたいと思います。
久保田先生は、耳なれない国内的法律的条項にそぐわない規定があるように思うということをおっしゃったように覚えておりますけれども、どういう点でございましょうか。
それから、この人権規約が日本国憲法と基本的理念においては同一のものであるというふうな御認識であるように承りましたけれども、現実にわが国の社会に存在いたしておりますいろいろな問題について、日本国憲法との関連で早急な法律的保障を求める御意見も多いようでございますけれども、実際に、それらの問題はそれこそ立法府における立法問題としてこれからの論議で解決すべき問題もあるように思います。その点について、どういうふうにお考えになっておられるか、ちょっとお聞かせをいただきたいと思います。
この発言だけを見る →久保田先生は、耳なれない国内的法律的条項にそぐわない規定があるように思うということをおっしゃったように覚えておりますけれども、どういう点でございましょうか。
それから、この人権規約が日本国憲法と基本的理念においては同一のものであるというふうな御認識であるように承りましたけれども、現実にわが国の社会に存在いたしておりますいろいろな問題について、日本国憲法との関連で早急な法律的保障を求める御意見も多いようでございますけれども、実際に、それらの問題はそれこそ立法府における立法問題としてこれからの論議で解決すべき問題もあるように思います。その点について、どういうふうにお考えになっておられるか、ちょっとお聞かせをいただきたいと思います。
久
久保田きぬ子#14
○久保田参考人 お答え申し上げます。
耳なれない、法律的にまだ余り熟していないと申し上げましたのは、たとえば市民的及び政治的権利に関する国際規約の第二十条などが適例だろうかと思うのでございます。表現の自由との関連におきまして、戦争のためのいかなる宣伝もしてはいけないということだとか、こういうものがあちらこちらに出てきておりますのを念頭に置いて申し上げたのでございます。
それから、次の二点でございますけれども、私もそれに関連して若干付言さしていただきますと、留保をおつけになりました。とりわけA規約に関しまして四点の留保をおつけになりました。私は、この留保をおつけにならない方がいいとお述べになりました他のお二人の参考人とは若干意見が異なるのでございますが、私も、留保をおつけにならない方がいい。それはなぜかと申しますと、A規約そのものが本質的にプログラム的なものであって、それで規約自体の中でもこれは「漸進的」にということでございます。それは立法府だけではございませんで、社会の動きを見まして、逐次実現できるものからしでいくべきものではないだろうか、公の休日に対する保障というようなものも、すでに御指摘がございましたけれども、内容が不明確でございますし、私学に対しまして、中等教育、高等教育に対しましての補助というようなことも、これもそれぞれの国家によりまして教育制度のあり方がさまざまでございます。それを一律にしろということをこの規約が義務づけているものとは私は思えませんし、それから労働組合の組合の団結権の問題にいたしましても、それぞれある意味におきましての代替措置があるとか、あるいは小川参考人がお述べになりましたように、いわゆる常識を持っての自粛というような点で解決されていくべきもので、むしろこれは国内問題でございまして、規約そのものといたしましては、私も、プログラム的なものであり、漸進的に国会もそれから国民も努力をするという形で、留保なしでなさいます方がよろしいのではないかというのが私の考えでございます。
以上でございます。もしあれでございましたら……。
この発言だけを見る →耳なれない、法律的にまだ余り熟していないと申し上げましたのは、たとえば市民的及び政治的権利に関する国際規約の第二十条などが適例だろうかと思うのでございます。表現の自由との関連におきまして、戦争のためのいかなる宣伝もしてはいけないということだとか、こういうものがあちらこちらに出てきておりますのを念頭に置いて申し上げたのでございます。
それから、次の二点でございますけれども、私もそれに関連して若干付言さしていただきますと、留保をおつけになりました。とりわけA規約に関しまして四点の留保をおつけになりました。私は、この留保をおつけにならない方がいいとお述べになりました他のお二人の参考人とは若干意見が異なるのでございますが、私も、留保をおつけにならない方がいい。それはなぜかと申しますと、A規約そのものが本質的にプログラム的なものであって、それで規約自体の中でもこれは「漸進的」にということでございます。それは立法府だけではございませんで、社会の動きを見まして、逐次実現できるものからしでいくべきものではないだろうか、公の休日に対する保障というようなものも、すでに御指摘がございましたけれども、内容が不明確でございますし、私学に対しまして、中等教育、高等教育に対しましての補助というようなことも、これもそれぞれの国家によりまして教育制度のあり方がさまざまでございます。それを一律にしろということをこの規約が義務づけているものとは私は思えませんし、それから労働組合の組合の団結権の問題にいたしましても、それぞれある意味におきましての代替措置があるとか、あるいは小川参考人がお述べになりましたように、いわゆる常識を持っての自粛というような点で解決されていくべきもので、むしろこれは国内問題でございまして、規約そのものといたしましては、私も、プログラム的なものであり、漸進的に国会もそれから国民も努力をするという形で、留保なしでなさいます方がよろしいのではないかというのが私の考えでございます。
以上でございます。もしあれでございましたら……。
大
大坪健一郎#15
○大坪委員 いまの御説明に関連いたしまして、中島先生にお伺いいたします。
男女平等の関連で、このA規約の規定に従えば、日本の現行法制度では不十分なものが多いから、早急に法律的な諸制度を確保しないとこの規約の批准と平仄が合わないというようなお話がございましたけれども、私は、いま久保田先生のおっしゃいましたように、非常にプログラム的なA規約の構成、趣旨から考えまして、中島先生のお話はちょっと無理な点があるのではないかと思いますけれども、その点はいかがでございましょう。
この発言だけを見る →男女平等の関連で、このA規約の規定に従えば、日本の現行法制度では不十分なものが多いから、早急に法律的な諸制度を確保しないとこの規約の批准と平仄が合わないというようなお話がございましたけれども、私は、いま久保田先生のおっしゃいましたように、非常にプログラム的なA規約の構成、趣旨から考えまして、中島先生のお話はちょっと無理な点があるのではないかと思いますけれども、その点はいかがでございましょう。
中
中島通子#16
○中島参考人 お答えいたします。
確かにA規約に関しましては、第二条におきまして漸進的な達成ということが明記されております。その意味で、プログラム的な性格を有することを否定するものではありませんが、しかし、これは「立法措置その他のすべての適当な方法によりこの規約において認められる権利の完全な実現を」達成するため、各国が必要なことを行動するということを約束しているものであります。特にこの規定に基づきまして各国が行ったことについては二年ごとに報告をすることが義務づけられておりまして、中でもA規約の中の労働権に関する保障は、段階的に申しまして最も早い時期に報告を義務づけられている内容のものであります。
問題は、これを実施するための方法というものが、いま読み上げました第二条の中では、単に立法措置だけに限らず、「その他のすべての適当な方法」というようなかなり広い意味での広い規定を設けでいることであります。それに対して、私は、先ほどから立法措置でなければならないのだということを強調いたしたわけですけれども、その理由とすることを少し敷衍させていただきたいと思います。
この点に関しましては、その国のさまざまの条件によっては必ずしも立法が必要ではない場合がございます。たとえば男女平等、特に雇用における男女平等という点に関しましては、スウェーデンとかあるいは西ドイツなどにおいては、法律という形をとらずに、労働組合の労働協約を通じてかなりの程度達成しております。しかし、それはなぜかというと、これらの国々においては、労働者の大多数が労働組合に組織化されているということであります。しかも、特にスウェーデンにおきましては、その労働組合自身が、男女平等に関して非常に深い認識のもとに積極的な政策をとって行動を起こしております。これらの条件によって、必ずしも立法措置をとらなくても男女平等が達成される可能性があるわけでありますが、しかし、翻って日本の状態を見てみますと、まず日本では、労働組合の加入率、組織率が大変低うございます。特に女性は、わずか二六・八%の女性が組合に組織化されているにすぎません。しかも、この組合は、企業内組合という性格を色濃く持っております。企業を超えた全国的な労働条件の統一を図るということは、非常に望み薄いという現状であります。加えて、日本の企業は企業間格差が大変著しい。ところが、日本の働く女性の四〇%は二九%以下の企業で働いております。これらの小企業あるいは個人企業と言われるような企業では、労働条件の確保を労働組合を通じて行うということはほとんど不可能な状態になっております。さらに、パート、臨時など、組合加入自体が否定されている女性労働者が非常に多い。しかも雇い主が、あるいはときには労働組合の幹部の側にも、女性に対する差別意識、性別役割り分担意識というものが大変根強くあります。これらのわが国の条件を見るならば、単なる組合の労使の交渉あるいは行政指導などによって、職場における男女平等を実現するということは非常に困難であると言わざるを得ないわけであります。したがって、私が先ほど申し上げましたことは、もちろんこのA規約そのものを否定するものではないどころか、A規約の早急な批准を求めるものでありますし、いま申し上げたような国内的な立法措置がとられない以上A規約を批准することができないなどと言うつもりは毛頭ございませんが、しかしA規約を批准した以上、しかもその実現を各国が義務づけられている以上、いま申し上げたような立法措置が特に日本においては必要とされるのだということを申し上げたのであります。
この発言だけを見る →確かにA規約に関しましては、第二条におきまして漸進的な達成ということが明記されております。その意味で、プログラム的な性格を有することを否定するものではありませんが、しかし、これは「立法措置その他のすべての適当な方法によりこの規約において認められる権利の完全な実現を」達成するため、各国が必要なことを行動するということを約束しているものであります。特にこの規定に基づきまして各国が行ったことについては二年ごとに報告をすることが義務づけられておりまして、中でもA規約の中の労働権に関する保障は、段階的に申しまして最も早い時期に報告を義務づけられている内容のものであります。
問題は、これを実施するための方法というものが、いま読み上げました第二条の中では、単に立法措置だけに限らず、「その他のすべての適当な方法」というようなかなり広い意味での広い規定を設けでいることであります。それに対して、私は、先ほどから立法措置でなければならないのだということを強調いたしたわけですけれども、その理由とすることを少し敷衍させていただきたいと思います。
この点に関しましては、その国のさまざまの条件によっては必ずしも立法が必要ではない場合がございます。たとえば男女平等、特に雇用における男女平等という点に関しましては、スウェーデンとかあるいは西ドイツなどにおいては、法律という形をとらずに、労働組合の労働協約を通じてかなりの程度達成しております。しかし、それはなぜかというと、これらの国々においては、労働者の大多数が労働組合に組織化されているということであります。しかも、特にスウェーデンにおきましては、その労働組合自身が、男女平等に関して非常に深い認識のもとに積極的な政策をとって行動を起こしております。これらの条件によって、必ずしも立法措置をとらなくても男女平等が達成される可能性があるわけでありますが、しかし、翻って日本の状態を見てみますと、まず日本では、労働組合の加入率、組織率が大変低うございます。特に女性は、わずか二六・八%の女性が組合に組織化されているにすぎません。しかも、この組合は、企業内組合という性格を色濃く持っております。企業を超えた全国的な労働条件の統一を図るということは、非常に望み薄いという現状であります。加えて、日本の企業は企業間格差が大変著しい。ところが、日本の働く女性の四〇%は二九%以下の企業で働いております。これらの小企業あるいは個人企業と言われるような企業では、労働条件の確保を労働組合を通じて行うということはほとんど不可能な状態になっております。さらに、パート、臨時など、組合加入自体が否定されている女性労働者が非常に多い。しかも雇い主が、あるいはときには労働組合の幹部の側にも、女性に対する差別意識、性別役割り分担意識というものが大変根強くあります。これらのわが国の条件を見るならば、単なる組合の労使の交渉あるいは行政指導などによって、職場における男女平等を実現するということは非常に困難であると言わざるを得ないわけであります。したがって、私が先ほど申し上げましたことは、もちろんこのA規約そのものを否定するものではないどころか、A規約の早急な批准を求めるものでありますし、いま申し上げたような国内的な立法措置がとられない以上A規約を批准することができないなどと言うつもりは毛頭ございませんが、しかしA規約を批准した以上、しかもその実現を各国が義務づけられている以上、いま申し上げたような立法措置が特に日本においては必要とされるのだということを申し上げたのであります。
大
大坪健一郎#17
○大坪委員 同じような趣旨のことを自治団体労働組合の書記長であられる真柄書記長もおっしゃっておられますが、真柄さんにその点も関連して御質問申し上げたいのですが、一つは、賃金は労働に対する対価だという考え方が、わが国では労働基準法その他で一般化いたしております。公の休日について報酬を払うという議論は留保条項の一つになっておりますけれども、賃金が労働に対する対価であるというわが国の一般通念以上の議論になるのではないか。国内で合意ができていない議論になるのではないか。そうなると、この部分については、私どもとしては、留保を撤回するということは非常にむずかしい問題をもたらすのではないか。つまり、いまお話のございました中小企業にたくさんおられます労働者の方々の労働条件の問題になりますけれども、実は中小企業そのものの存立と大変大きくかかわってくる問題になるのではなかろうか。その辺をどのようにお考えになっていかれたらいいのか。A規約の漸進的に問題を解決していこうというプログラムは、そういう点との兼ね合いで出ていると思いますが、法律論として厳しく規定するのがいいかどうかということでございます。
それから二番目はスト権の問題でございますけれども、書記長のお話によりますと、特に消防関係の労働者のスト権の問題について御説明がございましたけれども、昨年のILOの理事会では、消防問題を、日本としては警察の一部と考える。国際通念ではそうでないというような長い議論がございましたが、この問題は、どうも日本の国内問題だという考えになったようでございます。理事会ではそういうふうに決めたように私どもは聞いております。こういうことは、基本的には日本の国内問題として考えていくべき問題ではなかろうか。たとえば、昨年の六月の公共企業体等基本問題会議の意見によりますと、現状を認めることについていろいろ議論がありましたけれども、当面、スト権の問題では現状を認めざるを得ないという結論になっておって、これが一般の国民の合意され得る最大限考慮だろう、こう言われております。ですから、そのスト権問題に兼ね合って、特に消防問題のような問題でそれを突破して留保を撤回せよということは、国内問題を国際問題とごちゃごちゃにしてしまうのではなかろうか、人権規約の国会承認の問題とは切り離して国内問題として論議すべきことではないかと思うのですが、いかがなものでございましょうか。
この発言だけを見る →それから二番目はスト権の問題でございますけれども、書記長のお話によりますと、特に消防関係の労働者のスト権の問題について御説明がございましたけれども、昨年のILOの理事会では、消防問題を、日本としては警察の一部と考える。国際通念ではそうでないというような長い議論がございましたが、この問題は、どうも日本の国内問題だという考えになったようでございます。理事会ではそういうふうに決めたように私どもは聞いております。こういうことは、基本的には日本の国内問題として考えていくべき問題ではなかろうか。たとえば、昨年の六月の公共企業体等基本問題会議の意見によりますと、現状を認めることについていろいろ議論がありましたけれども、当面、スト権の問題では現状を認めざるを得ないという結論になっておって、これが一般の国民の合意され得る最大限考慮だろう、こう言われております。ですから、そのスト権問題に兼ね合って、特に消防問題のような問題でそれを突破して留保を撤回せよということは、国内問題を国際問題とごちゃごちゃにしてしまうのではなかろうか、人権規約の国会承認の問題とは切り離して国内問題として論議すべきことではないかと思うのですが、いかがなものでございましょうか。
真
真柄栄吉#18
○真柄参考人 第一の御質問でございますが、ほかの参考人の先生方もお述べになっていましたが、ここで言う公の休日という概念、具体的な範囲等については、私たちも必ずしも明確にそうだという前提を持つことが率直に言ってできていません。したがってそういう不確定的な概念を持つものであると仮に前提いたしまして、なおかつ賃金の本質的なあり方からいっておかしいのではないかというお尋ねにつきましては、私は原則的にはむしろ労働者の保護をする、こういう一つの考え方を優先させる中から具体的な適用というものを前向きに、ときによっては漸進的に図っていくべきではないだろうか、とりあえずはそういう見解を持っていますので、留保はそういう限りにおいて必要ないのではないかと考えます。
それから第二の問題でありますが、消防職員の問題が国内問題である、これは一面私も否定いたしません。ただ、昨年のILOの総会でもはっきり条約勧告適用委員会で述べていることなんですが、消防職員は団結権のカテゴリーに属する、こういう原則の上に立って、その問題が日本国内問題としてその進展を期待をする。ですから、私たちは国内において前向きなそういう話し合いが行われ、そしてILOの条約なりあるいは精神に沿う方向で日本国内において解決することを強く私たち自身も望んでおる。それが第一点であり、国内問題ということに対する私たちの理解でなければいけないと考えます。
それから第二に、スト権と消防職員という問題でありますが、これもILOの見解の中で明らかにされていますように、消防職員に団結権を与えることは、イコールストライキ権を保障することにならないんだということをILOの見解ははっきりしているわけであります。私たちもこの見解には賛成であります。そういう意味で消防職員の問題について理解をし、また対処を望んでおることでお答えにかえさせていただくところでございます。
この発言だけを見る →それから第二の問題でありますが、消防職員の問題が国内問題である、これは一面私も否定いたしません。ただ、昨年のILOの総会でもはっきり条約勧告適用委員会で述べていることなんですが、消防職員は団結権のカテゴリーに属する、こういう原則の上に立って、その問題が日本国内問題としてその進展を期待をする。ですから、私たちは国内において前向きなそういう話し合いが行われ、そしてILOの条約なりあるいは精神に沿う方向で日本国内において解決することを強く私たち自身も望んでおる。それが第一点であり、国内問題ということに対する私たちの理解でなければいけないと考えます。
それから第二に、スト権と消防職員という問題でありますが、これもILOの見解の中で明らかにされていますように、消防職員に団結権を与えることは、イコールストライキ権を保障することにならないんだということをILOの見解ははっきりしているわけであります。私たちもこの見解には賛成であります。そういう意味で消防職員の問題について理解をし、また対処を望んでおることでお答えにかえさせていただくところでございます。
大
大坪健一郎#19
○大坪委員 時間がなくなりましたので、同盟の小川先生には大変申しわけないのですけれども、あなた大変概括的なお話をしていただきましたので、同僚の皆さんから御質疑があると思います。
和島先生に最後に、B規約を批准した国の個人に対する義務違反に対しては、個人が申し立てをしまして人権委員会のようなものがこれを審議するという選択議定書という制度がありますけれども、これはやはり早期に採用した方がいいのじゃないかというお考えでございましょうか。実際上は、たとえば表現の自由の問題について社会主義の国と私ども自由主義の国との間にはいろいろ考えが違うというふうに、国際間の問題について人権の価値判断の基準が必ずしもまだ斉一化しておりません。そういう時期にこういうことが現実にスムーズに動くのだろうかどうだろうかという感じがいたしますけれども、法律論的に言って、あるいは制度論的に言ってどういうことでございましょうか、ちょっとお教えいただきたい。
この発言だけを見る →和島先生に最後に、B規約を批准した国の個人に対する義務違反に対しては、個人が申し立てをしまして人権委員会のようなものがこれを審議するという選択議定書という制度がありますけれども、これはやはり早期に採用した方がいいのじゃないかというお考えでございましょうか。実際上は、たとえば表現の自由の問題について社会主義の国と私ども自由主義の国との間にはいろいろ考えが違うというふうに、国際間の問題について人権の価値判断の基準が必ずしもまだ斉一化しておりません。そういう時期にこういうことが現実にスムーズに動くのだろうかどうだろうかという感じがいたしますけれども、法律論的に言って、あるいは制度論的に言ってどういうことでございましょうか、ちょっとお教えいただきたい。
和
和島岩吉#20
○和島参考人 お答えいたします。
個人に対する人権侵害が選択議定書によって救済を求められるという制度は、人権規約に魂を入れるものじゃないか、そういうふうにまず考えられると思うのであります。人権規約は、国またはその他の団体を基準に遵守義務を強調しておりますが、問題はやはり個人に対する人権侵害の形で起こることは、日本の国内問題としても、また世界各国で提起されておる問題においても、やはり選択議定書のような制度があって初めて人権侵害が救済されていく、そういうことから考えましても、この選択議定書の批准が非常に私は重大だと考えるのであります。
ただ、次に指摘されました、社会主義国とそうでない国々との間で基準も違う、なるほどそのとおりだと考えます。しかし、その国々も批准し、そうでない自由国においても批准していく、その共通の場所がこの人権規約なり選択議定書でできるということが、これが非常に人権規約に重大な世界史的な意義が認められるところじゃないか、そこにこそ真の意義があるのじゃないか、こういうことをまず私は考えられるのであります。
すでに人権規約そのものは社会主義国においても相当数批准されております。それは大いに具体的に問題が起これば、御懸念のようないろいろな論点が具体化して、むずかしい問題が起こることも予想されます。しかし、そういう問題が予想されるところにこそ真の意義があるのじゃないか。そういう意味において、私は、選択議定書の批准が非常に重大な意義を持ち、この人権規約に画竜点睛の真の精神を注入するものだ、さように考えております。
この発言だけを見る →個人に対する人権侵害が選択議定書によって救済を求められるという制度は、人権規約に魂を入れるものじゃないか、そういうふうにまず考えられると思うのであります。人権規約は、国またはその他の団体を基準に遵守義務を強調しておりますが、問題はやはり個人に対する人権侵害の形で起こることは、日本の国内問題としても、また世界各国で提起されておる問題においても、やはり選択議定書のような制度があって初めて人権侵害が救済されていく、そういうことから考えましても、この選択議定書の批准が非常に私は重大だと考えるのであります。
ただ、次に指摘されました、社会主義国とそうでない国々との間で基準も違う、なるほどそのとおりだと考えます。しかし、その国々も批准し、そうでない自由国においても批准していく、その共通の場所がこの人権規約なり選択議定書でできるということが、これが非常に人権規約に重大な世界史的な意義が認められるところじゃないか、そこにこそ真の意義があるのじゃないか、こういうことをまず私は考えられるのであります。
すでに人権規約そのものは社会主義国においても相当数批准されております。それは大いに具体的に問題が起これば、御懸念のようないろいろな論点が具体化して、むずかしい問題が起こることも予想されます。しかし、そういう問題が予想されるところにこそ真の意義があるのじゃないか。そういう意味において、私は、選択議定書の批准が非常に重大な意義を持ち、この人権規約に画竜点睛の真の精神を注入するものだ、さように考えております。
大
塩
小
小林進#23
○小林(進)委員 何しろわずかな時間でございますので、おいでいただきました先生方に全部御質問を申し上げたいと思いますので、私の質問が全部終わりましたら、順次先生方から御答弁をちょうだいいたしたいと思います。一問一答で参りますととてもなかなか時間内で消化できませんので、あらかじめ御了承をいただきたいと思います。
まず第一間でございますが、これはどなたと申し上げませんが、まず参考人の方の団長と思われる方から御答弁いただきたい。その方がいなければ、ひとつ皆さん御相談をいただいてお答えいただきたい。
第一は、私は皆さん方の御意見を聞いていますと、批准を早めるべきだということをおっしゃっておりますが、なぜ一体批准を早めなければならぬのかということが一つであります。批准を早めることのメリットは具体的に何か。世界は百六十カ国近くありますが、批准しているものは、A、B規約に若干差異はありましても、まだ五十有余カ国、三分の一であります。三分の一の国だけであって、批准しない国の中には、まず日本の政府が兄貴分として尊敬してやまないアメリカも現在批准しておりません。わが日本に一番関係のあるお隣の中国も、あるいはカナダも、あるいは大韓民国も、あるいは北朝鮮も、批准しない国を尋ねてまいりますと、ずいぶん日本の周辺で関係のある国々が批准をいたしておりません。なぜ急がなければならぬのか。
それから、第二点として私がお尋ねいたしたいのは、先生方は挙げて留保事項はやめるべきだという御意見でありました。宣言もやめるべきだとおっしゃいました。それからいま一つといたしましては、早く批准をしておいて、及ばざるところは実践あるいは追加あるいは修正等、国内法を精力的にやるべきであるという希望条項が述べられました。私はそれらの御意見を承っておりますと、一体、留保された事項だけでも、これが批准した後に日本の政府は、急いでそういう形を改めるとお考えになりますかどうか、これが皆さん方にお聞きをしたい私の重点なんであります。いまこそ、批准をしないさなかの中に、これをかがみにして、国内法にあるもろもろの矛盾でありますとか、労働基本権の問題一つだけでも詰めていけばたくさんの問題がある、それを全部洗いざらしをいたしまして、そして国内法の整備をするという作業が、批准をしておいて後はもうそのまま放置されることよりは、むしろ成果を上げるのではないか。放置をするということを言いますと、少し私の言い過ぎだとおしかりを受けるかもしれませんが、大体この種の批准や法律というものはやってしまうともはや能事終われり、これが国会の長い習性であります。問題の仕上げをするまでは実に激しい議論をいたしますが、一つその問題が通過をするなり批准するなり、作業が終わってしまうと大抵のことは放棄される、もはや仕事は終わった、こういう形になっているのが私の長い国会の経験であります。その意味においても、問題が重要であれば重要であるほど、批准をする前にみんな国内法に詰めておいて、詰めるだけ詰めて、問題のあるところはさらけ出すだけさらけ出しておいて、そしてりっぱな仕上げをした後に悔いのない批准をする、私は仕上げ方法としてはこの方がいいのではないかと思いますがゆえに、なぜ一体批准を急がなければならないのかということに対して御質問を申し上げるわけであります。これは先生方に対する総括的な質問。
次に具体的に申し上げますが、時間がありませんから、まず久保田参考人にお尋ねいたします。
私は、この基本的人権というものは、昔の封建制度においては領主あるいは君主等に対するいわゆる個人の基本権を守る、現代の社会においては国家から加えられるそういう一つの侵害に対して個人の基本権を守るというのが、国際人権法のよって生まれたもとであると思います。しかし、いまわれわれの周辺をながめますときに、われわれの基本人権が侵されているのは単に国家権力だけではございません。いわゆる私人による基本人権の侵害というものがわれわれの周囲においてしばしば行われておるのであります。あるいは隣人による基本人権の侵害と言ってもよろしいかもしれません。先ほどもどなたかお触れになりましたが、あるいは部落問題に対する差別、これは国自身が加えている人権侵害ではございません。これは私人による差別であります。基本人権の侵害であります。あるいは農村なんかに参りますと、まだ村八分などという制度があって、個人の基本人権が侵害されております。こうした私人による基本人権の侵害を一体どうして救済するのか。これは、その侵害を受けた個人にとっては、国家権力による侵害も、私人による、隣人による侵害も苦しみは同じであります。被害法益は同じであります。これもこの際、徹底的に解明をしていただかなければ、問題は常に将来に残すことになるのであります。
そのことに関連いたしまして、私はここでもやりましたが、いま日本において一番大きな侵害を受けているものはあの金大中氏の事件であります。これは日本の国、日本の法律のもとに健やかに滞在をいたしておりました。それが侵害をせられて韓国まで持っていかれた。その侵害をした者が国家権力であります。韓国の国家権力であれば、それは日本の主権の侵害である、あるいは日本の人権の侵害でありましょうが、しかし政府は、それはまだ、韓国の国家権力による、いわゆるKCIAによる侵害だという証明が出ないから、これは基本人権の侵害ではない、こう言っている。問題はこれなんであります。しかしその中には、金策雲などという韓国の外交官、一等書記官もちゃんといる。KCIAという、いわゆる韓国の国家権力の侵害が証明されなくとも、あるいは金東雲という私人による侵害であろうとも、これは被害者たる金大中氏にとっては完全な個人の人権の侵害であると私は思う。その後ろに韓国の国家権力があるなしにかかわらず、金大中氏に対する完全なる人権侵害だと私は思う。それを日本政府は解決しようとしないじゃありませんか。アメリカ政府は夢中になって、いまでも、アメリカの国会も国務省もこの金大中事件の解決、人権侵害に対し、解決する情熱を燃やしておりますが、日本政府は、政治的解決をしたと言って、やらない。やらない政府、外務省がわれわれの前に、この国際的基本人権の批准をやってくれと言って出すこと自体は、大変な自己矛盾じゃないか、自己撞着じゃないかと思う。
そういうことから考えまして、いわゆる私人による人権侵害を一体どういうふうに防いでこれを守り抜けばいいのかどうか、こういう重大な問題がまだ未解決であるということについて、私は先生の御意見を承っておきたいと思うのであります。
それから和島先生にお伺いをいたしたいのでございますが、先生は最も強力な批准推進論者でいらっしゃるようでございます。しかし、その中でもA規約に留保条項があるのはやはり間違いだ、こうおっしゃっておりますが、A規約というのは一体何でありましょうか。これは漸進的規定である。何年何月何日までこれを完全に実行せいとかあるいは国内法の改正をせよとかいう規定は一つもありません。だから、専門家の学者の解釈によれば、単なる努力事項であって、これは五十年、極端に言えば百年そのままにしておいても、われわれはいまその批准のために努力しておりますと言えば済むものである。それをあえて日本政府がこれを留保したことには、やはり一つの裏があるのではないか。すなわち、反動的な物の考え方です。この世界人権規約を反動的に抑えて、永久的に逆コースを進もうという反動姿勢のあらわれではないか。それ以外に考えられない。これは留保しないことによって失うものは一つもないのであります、くどいようでありますけれども。それを先生が、批准をせしめた後で、日本の政府をして改めさせる方向へ持っていった方がいいと言うことは、ただ言葉の論理にして一それはまあ社会党でも天下を取れば別でありますけれども、いまの保守政権の間においてはむしろ逆の方向へ持っていくおそれがある、私はこう考えておるのでありまして、この点は一体先生はどうお考えになりますか、お尋ねをしておきたいと思うのであります。
時間もありませんから、まだ問題はありますけれども、このくらいにしておきましょう。
中島先生にお伺いをいたしたいのでございますが、中島先生から男女平等の問題で詳しく御説明がございましたが、私は、実は男女平等の問題に対しては余り勉強いたしておりませんので、わからないのであります。しかし、それぞれの、肉体的にも体力的にも生理的にも男女の違いがあるのでありますから、やはりその体力、生理その他の完全な条件を備えること自体が私は男女の平等ではないかと思うのでございます。さもなければ、先生のおっしゃるように、男も時間外労働をやる、だから女性もやればいい、女性だけに生理休暇はいかぬ、乱暴とおっしゃるかもしれませんが、そういう議論も出てくるわけでありますから、やはり女性は女性らしく、生理休暇も与えるべきだ、時間外労働もやらせるべきではないと言えば、われわれの言う常識の男女、平等観から若干変わったものが出てまいりますので、この変わったもの自体が男女平等の本質ではないかと私は考えておるのであります。
むずかしい理屈は別にいたしまして、産前産後の有給休暇につきまして、これはまだ女性の中自体に職業によって日本の政府は差別を設けていることは、先生御存じのとおりでございますが、これをまず女性の立場から闘い取るのが本当ではないか。それに関連いたしまして、先生は農村の婦人の産前産後の有給休暇を一体どのようにお考えになっておるのか、中小企業に働いている女性の問題について一体どうお考えになっておるのか、これをひとつお伺いをいたしておきたいのでございます。
なお、生理休暇の問題に関連いたしまして、男には生理はありませんけれども、やはり若干の、一カ月を通じて体調の悪いときもありますから、これに準ずるべき休暇を男性にも与えるべきではないかという意見もありますが、これについてもひとつ承っておきたいと思うのであります。
次に、真柄参考人にお伺いをいたします。
同盟罷業をする権利、官公労のみを差別してこれを奪っているのはけしからぬという御意見でございましたが、しからば一体これをどのように与えるためにどう具体化すべきかということが一点であります。
第二点は、軍隊あるいは警察に対しては御意見はありませんでしたけれども、軍隊の中にも軍属を含むかどうか、これは明確にこの問題をいまひとつ詰めておく必要がある。警察官といいましても、警察官の中にはいわゆる一般の事務職員あるいは雑役、単純な労働者、そういう者も警察署という一つの構成の中に含まれているわけでありますが、そういう人たちも警察官の構成員として団結権、ストライキ権を一体奪われてよいものかどうか、こういう点もお伺いをいたしておきたいと思うのでございます。
なお、公の休日に関する報酬の問題、先ほども大坪先生の御質問にお答えがあったようでございますけれども、私はこの問題は大変大きな問題だと思っております。ということは、広義に解するか狭義に解するかによってこの内容がくるっと変わってくるからでございまして、わが日本には地方地方によりまして公休日というものがございます。たとえば東京都におきましても、十月一日を都民の日としてこれを公休日と定めている。こういうものはやはり有給休暇と認めるほどの広義の意味に解せるのかどうか。また週に一日訪れる日曜日、この週休日も一体公の休日に値するのかどうか、そして有給休暇の対象となるのかどうか。
それから「公の休日についての報酬」に関連をいたしまして、日給月給制は、公の休日にはいまの場合は賃金をもらっていない、このままでいいのか。出来高払いのものは一体(d)項に該当しないのか、パートタイムはどうなるのか、臨時雇いはこの規約に当てはまらぬのか、日雇いはどうなるのか、こういう問題が出てくると思うのでございまして、むしろ公の休日などをこのままにして批准をすると、日本の反動政府はさらに一切のものに給料をくれないような方向へ持っていかれるおそれが大変あるのであります。これはもっともっと詰めてきちっとしておかないで批准をすると大変なことになるぞ、こういうような憂いを私は持っているわけでございますが、この点もひとつお話を承っておきたいと思うのでございます。
なお、高等教育の問題に関連いたしまして、今度は小川先生にお伺いいたしたいのでございますが、なるほど日本の政府は、この高等教育にいたしましても留保をいたしております。留保をいたしておりますが、日本の私学教育といえどももはや経営が困難である。事実上、文部省は、これは高等教育というからには短大から大学の課程でございましょうけれども、年間数百億円の金を組んでいわゆる運営費というものを相当多く補助いたしております。その他もろもろの金を出して、パーフェクト、完全ではありませんが、無償化といいますか、この規約にあるとおりの方向へ国は動いている。また現実にはそこへ行かなければもはや教育は不可能になっている。これは大変いい傾向です。それが何割になっているか知りませんけれども、国は補助をいたしておるのでございます。それをあえて国が留保しているということは非常に反動的な物の考え方である。私はその意味におきまして、この点も先生方の御意見を承っておきたいと思うのであります。ヤジ
大分文句が出ましたから、私はここら辺で質問を終わりにして、御返答をお伺いいたしたいと思います。どうぞよろしく、順次御回答をお願いいたしたいと思います。
この発言だけを見る →まず第一間でございますが、これはどなたと申し上げませんが、まず参考人の方の団長と思われる方から御答弁いただきたい。その方がいなければ、ひとつ皆さん御相談をいただいてお答えいただきたい。
第一は、私は皆さん方の御意見を聞いていますと、批准を早めるべきだということをおっしゃっておりますが、なぜ一体批准を早めなければならぬのかということが一つであります。批准を早めることのメリットは具体的に何か。世界は百六十カ国近くありますが、批准しているものは、A、B規約に若干差異はありましても、まだ五十有余カ国、三分の一であります。三分の一の国だけであって、批准しない国の中には、まず日本の政府が兄貴分として尊敬してやまないアメリカも現在批准しておりません。わが日本に一番関係のあるお隣の中国も、あるいはカナダも、あるいは大韓民国も、あるいは北朝鮮も、批准しない国を尋ねてまいりますと、ずいぶん日本の周辺で関係のある国々が批准をいたしておりません。なぜ急がなければならぬのか。
それから、第二点として私がお尋ねいたしたいのは、先生方は挙げて留保事項はやめるべきだという御意見でありました。宣言もやめるべきだとおっしゃいました。それからいま一つといたしましては、早く批准をしておいて、及ばざるところは実践あるいは追加あるいは修正等、国内法を精力的にやるべきであるという希望条項が述べられました。私はそれらの御意見を承っておりますと、一体、留保された事項だけでも、これが批准した後に日本の政府は、急いでそういう形を改めるとお考えになりますかどうか、これが皆さん方にお聞きをしたい私の重点なんであります。いまこそ、批准をしないさなかの中に、これをかがみにして、国内法にあるもろもろの矛盾でありますとか、労働基本権の問題一つだけでも詰めていけばたくさんの問題がある、それを全部洗いざらしをいたしまして、そして国内法の整備をするという作業が、批准をしておいて後はもうそのまま放置されることよりは、むしろ成果を上げるのではないか。放置をするということを言いますと、少し私の言い過ぎだとおしかりを受けるかもしれませんが、大体この種の批准や法律というものはやってしまうともはや能事終われり、これが国会の長い習性であります。問題の仕上げをするまでは実に激しい議論をいたしますが、一つその問題が通過をするなり批准するなり、作業が終わってしまうと大抵のことは放棄される、もはや仕事は終わった、こういう形になっているのが私の長い国会の経験であります。その意味においても、問題が重要であれば重要であるほど、批准をする前にみんな国内法に詰めておいて、詰めるだけ詰めて、問題のあるところはさらけ出すだけさらけ出しておいて、そしてりっぱな仕上げをした後に悔いのない批准をする、私は仕上げ方法としてはこの方がいいのではないかと思いますがゆえに、なぜ一体批准を急がなければならないのかということに対して御質問を申し上げるわけであります。これは先生方に対する総括的な質問。
次に具体的に申し上げますが、時間がありませんから、まず久保田参考人にお尋ねいたします。
私は、この基本的人権というものは、昔の封建制度においては領主あるいは君主等に対するいわゆる個人の基本権を守る、現代の社会においては国家から加えられるそういう一つの侵害に対して個人の基本権を守るというのが、国際人権法のよって生まれたもとであると思います。しかし、いまわれわれの周辺をながめますときに、われわれの基本人権が侵されているのは単に国家権力だけではございません。いわゆる私人による基本人権の侵害というものがわれわれの周囲においてしばしば行われておるのであります。あるいは隣人による基本人権の侵害と言ってもよろしいかもしれません。先ほどもどなたかお触れになりましたが、あるいは部落問題に対する差別、これは国自身が加えている人権侵害ではございません。これは私人による差別であります。基本人権の侵害であります。あるいは農村なんかに参りますと、まだ村八分などという制度があって、個人の基本人権が侵害されております。こうした私人による基本人権の侵害を一体どうして救済するのか。これは、その侵害を受けた個人にとっては、国家権力による侵害も、私人による、隣人による侵害も苦しみは同じであります。被害法益は同じであります。これもこの際、徹底的に解明をしていただかなければ、問題は常に将来に残すことになるのであります。
そのことに関連いたしまして、私はここでもやりましたが、いま日本において一番大きな侵害を受けているものはあの金大中氏の事件であります。これは日本の国、日本の法律のもとに健やかに滞在をいたしておりました。それが侵害をせられて韓国まで持っていかれた。その侵害をした者が国家権力であります。韓国の国家権力であれば、それは日本の主権の侵害である、あるいは日本の人権の侵害でありましょうが、しかし政府は、それはまだ、韓国の国家権力による、いわゆるKCIAによる侵害だという証明が出ないから、これは基本人権の侵害ではない、こう言っている。問題はこれなんであります。しかしその中には、金策雲などという韓国の外交官、一等書記官もちゃんといる。KCIAという、いわゆる韓国の国家権力の侵害が証明されなくとも、あるいは金東雲という私人による侵害であろうとも、これは被害者たる金大中氏にとっては完全な個人の人権の侵害であると私は思う。その後ろに韓国の国家権力があるなしにかかわらず、金大中氏に対する完全なる人権侵害だと私は思う。それを日本政府は解決しようとしないじゃありませんか。アメリカ政府は夢中になって、いまでも、アメリカの国会も国務省もこの金大中事件の解決、人権侵害に対し、解決する情熱を燃やしておりますが、日本政府は、政治的解決をしたと言って、やらない。やらない政府、外務省がわれわれの前に、この国際的基本人権の批准をやってくれと言って出すこと自体は、大変な自己矛盾じゃないか、自己撞着じゃないかと思う。
そういうことから考えまして、いわゆる私人による人権侵害を一体どういうふうに防いでこれを守り抜けばいいのかどうか、こういう重大な問題がまだ未解決であるということについて、私は先生の御意見を承っておきたいと思うのであります。
それから和島先生にお伺いをいたしたいのでございますが、先生は最も強力な批准推進論者でいらっしゃるようでございます。しかし、その中でもA規約に留保条項があるのはやはり間違いだ、こうおっしゃっておりますが、A規約というのは一体何でありましょうか。これは漸進的規定である。何年何月何日までこれを完全に実行せいとかあるいは国内法の改正をせよとかいう規定は一つもありません。だから、専門家の学者の解釈によれば、単なる努力事項であって、これは五十年、極端に言えば百年そのままにしておいても、われわれはいまその批准のために努力しておりますと言えば済むものである。それをあえて日本政府がこれを留保したことには、やはり一つの裏があるのではないか。すなわち、反動的な物の考え方です。この世界人権規約を反動的に抑えて、永久的に逆コースを進もうという反動姿勢のあらわれではないか。それ以外に考えられない。これは留保しないことによって失うものは一つもないのであります、くどいようでありますけれども。それを先生が、批准をせしめた後で、日本の政府をして改めさせる方向へ持っていった方がいいと言うことは、ただ言葉の論理にして一それはまあ社会党でも天下を取れば別でありますけれども、いまの保守政権の間においてはむしろ逆の方向へ持っていくおそれがある、私はこう考えておるのでありまして、この点は一体先生はどうお考えになりますか、お尋ねをしておきたいと思うのであります。
時間もありませんから、まだ問題はありますけれども、このくらいにしておきましょう。
中島先生にお伺いをいたしたいのでございますが、中島先生から男女平等の問題で詳しく御説明がございましたが、私は、実は男女平等の問題に対しては余り勉強いたしておりませんので、わからないのであります。しかし、それぞれの、肉体的にも体力的にも生理的にも男女の違いがあるのでありますから、やはりその体力、生理その他の完全な条件を備えること自体が私は男女の平等ではないかと思うのでございます。さもなければ、先生のおっしゃるように、男も時間外労働をやる、だから女性もやればいい、女性だけに生理休暇はいかぬ、乱暴とおっしゃるかもしれませんが、そういう議論も出てくるわけでありますから、やはり女性は女性らしく、生理休暇も与えるべきだ、時間外労働もやらせるべきではないと言えば、われわれの言う常識の男女、平等観から若干変わったものが出てまいりますので、この変わったもの自体が男女平等の本質ではないかと私は考えておるのであります。
むずかしい理屈は別にいたしまして、産前産後の有給休暇につきまして、これはまだ女性の中自体に職業によって日本の政府は差別を設けていることは、先生御存じのとおりでございますが、これをまず女性の立場から闘い取るのが本当ではないか。それに関連いたしまして、先生は農村の婦人の産前産後の有給休暇を一体どのようにお考えになっておるのか、中小企業に働いている女性の問題について一体どうお考えになっておるのか、これをひとつお伺いをいたしておきたいのでございます。
なお、生理休暇の問題に関連いたしまして、男には生理はありませんけれども、やはり若干の、一カ月を通じて体調の悪いときもありますから、これに準ずるべき休暇を男性にも与えるべきではないかという意見もありますが、これについてもひとつ承っておきたいと思うのであります。
次に、真柄参考人にお伺いをいたします。
同盟罷業をする権利、官公労のみを差別してこれを奪っているのはけしからぬという御意見でございましたが、しからば一体これをどのように与えるためにどう具体化すべきかということが一点であります。
第二点は、軍隊あるいは警察に対しては御意見はありませんでしたけれども、軍隊の中にも軍属を含むかどうか、これは明確にこの問題をいまひとつ詰めておく必要がある。警察官といいましても、警察官の中にはいわゆる一般の事務職員あるいは雑役、単純な労働者、そういう者も警察署という一つの構成の中に含まれているわけでありますが、そういう人たちも警察官の構成員として団結権、ストライキ権を一体奪われてよいものかどうか、こういう点もお伺いをいたしておきたいと思うのでございます。
なお、公の休日に関する報酬の問題、先ほども大坪先生の御質問にお答えがあったようでございますけれども、私はこの問題は大変大きな問題だと思っております。ということは、広義に解するか狭義に解するかによってこの内容がくるっと変わってくるからでございまして、わが日本には地方地方によりまして公休日というものがございます。たとえば東京都におきましても、十月一日を都民の日としてこれを公休日と定めている。こういうものはやはり有給休暇と認めるほどの広義の意味に解せるのかどうか。また週に一日訪れる日曜日、この週休日も一体公の休日に値するのかどうか、そして有給休暇の対象となるのかどうか。
それから「公の休日についての報酬」に関連をいたしまして、日給月給制は、公の休日にはいまの場合は賃金をもらっていない、このままでいいのか。出来高払いのものは一体(d)項に該当しないのか、パートタイムはどうなるのか、臨時雇いはこの規約に当てはまらぬのか、日雇いはどうなるのか、こういう問題が出てくると思うのでございまして、むしろ公の休日などをこのままにして批准をすると、日本の反動政府はさらに一切のものに給料をくれないような方向へ持っていかれるおそれが大変あるのであります。これはもっともっと詰めてきちっとしておかないで批准をすると大変なことになるぞ、こういうような憂いを私は持っているわけでございますが、この点もひとつお話を承っておきたいと思うのでございます。
なお、高等教育の問題に関連いたしまして、今度は小川先生にお伺いいたしたいのでございますが、なるほど日本の政府は、この高等教育にいたしましても留保をいたしております。留保をいたしておりますが、日本の私学教育といえどももはや経営が困難である。事実上、文部省は、これは高等教育というからには短大から大学の課程でございましょうけれども、年間数百億円の金を組んでいわゆる運営費というものを相当多く補助いたしております。その他もろもろの金を出して、パーフェクト、完全ではありませんが、無償化といいますか、この規約にあるとおりの方向へ国は動いている。また現実にはそこへ行かなければもはや教育は不可能になっている。これは大変いい傾向です。それが何割になっているか知りませんけれども、国は補助をいたしておるのでございます。それをあえて国が留保しているということは非常に反動的な物の考え方である。私はその意味におきまして、この点も先生方の御意見を承っておきたいと思うのであります。ヤジ
大分文句が出ましたから、私はここら辺で質問を終わりにして、御返答をお伺いいたしたいと思います。どうぞよろしく、順次御回答をお願いいたしたいと思います。
塩
塩谷一夫#24
○塩谷委員長 ただいまの小林君の質問の中で第一の三点ほどの質問に対して、どなたかまとめて代表的に御答弁いただけましょうか。——和島先生、いかがですか、恐れ入りますが。
この発言だけを見る →和
和島岩吉#25
○和島参考人 決して私は団長じゃないから御遠慮申し上げておいたのですが、御指名を受けましたので簡単に意見を開陳します。
なぜ批准を急ぐか。私はさっき意見を開陳しましたが、戦争を放棄することによって世界平和を実現しようという大きい理想を持った日本国憲法の名において、決して他国に追随していいという結論は出ないと思うのです。日本国こそが先頭に立って、まだわずか三分の一ぐらいしか批准していないじゃないかとおっしゃいましたが、それでも日本は遅きに失する、私はそういう考えであります。これは基本的な考え方の相違でありますからそれ以上は申しませんが、先ほど私が申し上げた意見開陳を、速記でもできたらもう一度お読みいただいたら、これに対してお答え申しておるつもりであります。
それから、特に、私からの意見開陳の際に十分ではありませんでしたが、人権侵害は特に国家権力による侵害が一番重大だという点においては小林先生の意見と同感であります。私たち日本弁護士連合会では、権力による人権侵害の問題はいろいろな人権擁護の機関がありますが、大抵弁護士会へ申告してくるので、いつも矢面に立ってわれわれやってきたのであります。しかし、個人による侵害はどうかという御質問でありますが、この問題は人権規約こそ問題提起しておることで、先ほどの人権規約の前文、A、B両規約共通の第五条までの間に問題提起しておりますから、それをもう一度ごらん願いたいと思うのであります。しかし、具体的に個人の人権侵害にどう対処するかという問題は、これは各国の状況に応じてこれから制度的に設定されていかなければいかぬ問題じゃないかと思うのです。これを批准することによって、初めて、国会においてもこれを具体的にどういうふうに設定していくか、部落問題においては同対法等が法律的につくられておりますが、村八分その他いろいろの問題については及ばずながらわれわれ日本弁護士会においてこれらの問題を取り上げてまいりました。しかし、これではいまだ不十分でありまして、これからひとつ先生方の高い見識と高い実力をもって国会においていろいろ御審議願って、至れり尽くせりの制度をつくって、各国の先頭に立って、日本こそ人権が擁護されておるという実を示していただきたいのであります。
以上不十分かもしれませんが、お答えしておきます。
この発言だけを見る →なぜ批准を急ぐか。私はさっき意見を開陳しましたが、戦争を放棄することによって世界平和を実現しようという大きい理想を持った日本国憲法の名において、決して他国に追随していいという結論は出ないと思うのです。日本国こそが先頭に立って、まだわずか三分の一ぐらいしか批准していないじゃないかとおっしゃいましたが、それでも日本は遅きに失する、私はそういう考えであります。これは基本的な考え方の相違でありますからそれ以上は申しませんが、先ほど私が申し上げた意見開陳を、速記でもできたらもう一度お読みいただいたら、これに対してお答え申しておるつもりであります。
それから、特に、私からの意見開陳の際に十分ではありませんでしたが、人権侵害は特に国家権力による侵害が一番重大だという点においては小林先生の意見と同感であります。私たち日本弁護士連合会では、権力による人権侵害の問題はいろいろな人権擁護の機関がありますが、大抵弁護士会へ申告してくるので、いつも矢面に立ってわれわれやってきたのであります。しかし、個人による侵害はどうかという御質問でありますが、この問題は人権規約こそ問題提起しておることで、先ほどの人権規約の前文、A、B両規約共通の第五条までの間に問題提起しておりますから、それをもう一度ごらん願いたいと思うのであります。しかし、具体的に個人の人権侵害にどう対処するかという問題は、これは各国の状況に応じてこれから制度的に設定されていかなければいかぬ問題じゃないかと思うのです。これを批准することによって、初めて、国会においてもこれを具体的にどういうふうに設定していくか、部落問題においては同対法等が法律的につくられておりますが、村八分その他いろいろの問題については及ばずながらわれわれ日本弁護士会においてこれらの問題を取り上げてまいりました。しかし、これではいまだ不十分でありまして、これからひとつ先生方の高い見識と高い実力をもって国会においていろいろ御審議願って、至れり尽くせりの制度をつくって、各国の先頭に立って、日本こそ人権が擁護されておるという実を示していただきたいのであります。
以上不十分かもしれませんが、お答えしておきます。
久
久保田きぬ子#26
○久保田参考人 申し上げます。
御指摘のとおりに、人権侵害の問題はもはや現在では国家権力による侵害の問題から私人による侵害の問題に移っております。これをどういうふうにして救済すべきかということ。これはそれぞれ各国いろいろと工夫をいたしておりますようでございまして、たとえばドイツでは西独の基本法の一条の解釈規定で第三者効力というような理論をとっております。それからアメリカでは私的政府とかあるいはステートアクション、州の行為、日本で言えば国家の行為にひっかかるところを求めて、そして私人による人権の侵害を救済しようといたしておりますし、日本では幾つかの労働関係の判例に示されておりますように、民法九十条の公序良俗違反の条項を用いておるのでございますが、私が承知いたしております限りでは、今日では各国、国家権力による人権侵害もさることながら、巨大な労働組合であるとか、巨大な宗教団体であるとか、その他の私的団体によります人権侵害がゆゆしい問題になっております。それに対しまして、憲法を専攻いたしております者は、懸命にどうにかして救済する道はないかということを詰めておりますけれども、それぞれの国はそれぞれの国の法体系というものもございますものですから、既存の法体系によって救済していこうという努力をしておりますのが実情であろうかと思います。
私も、もはや人権の侵害は国家権力だけの侵害だけを考える段階ではないということは御指摘のとおりだと存ずるのでございます。しかし、これは大変むずかしいことでございまして、法的にするか、ことに憲法の場合には原則といたしまして、そして伝統的に憲法のたてまえは国家生活における基本的なルールでございまして、国家権力対国家構成員という考え方で構成されておりますので、大変むずかしいと思うのでございます。それに関連いたしまして、和島参考人から一言お触れになりましたプロトコルの問題でございます。いわば市民的、政治的権利に関する選択議定書の問題でございますが、これは実は個人に対する侵害に対する救済でございますが、この条項の審議のもう一つ前の人種差別の撤廃に関する条約の実施条項の審議に参画いたしました者といたしまして、それがそのまま人権規約のプロトコルになっておりますのでございますが、私自身といたしましては、どうやって人権侵害の事実を認定するかというところに全く制度的に抜けておるものがございます。だれがやるのか。で、その主張をいたしまして、それが真にそれであるかどうかということの認定は非常にむずかしいものでございますから、問題は、国内的にさえ解決できておりませんものを国際的に解決することは、より一層困難ではないだろうかと思います。そういう意味におきまして、このたび国際条約の御提案の中にこのプロトコルが外されておりますることは私は大変御賢明であるというふうに承知いたしております。
大変私が長くなりまして恐縮でございますが、なぜ批准を早めるか、なぜ留保をやめるべきだというのかという私の見方を申し上げますと、いささか外へ出てまいっておりますと、日本はこういう条約に対しまして大変誠実でございまして、国内法体制が決まってすっかり完備しない限りにはしないというきわめて優等生で誠実過ぎるんでございますが、私は国際条約ないしは国際社会をながめまして、日本の程度ほどの人権の保障が国内的にされていない国の方がずっと多いわけでございます。そういう国のことをも考慮いたしますと、わずかなことにかかずらわりまして、余りにも日本人が正直で誠実であることによって批准をしないということは、日本が逆に誤解を受けるもとになっているやに私は考えます。そういう意味で、不満なところはいろいろございましょうけれども、にもかかわらずこれだけ人権保障が整備いたしておりまする国が率先していくべきではないか。いずれにいたしましても、人間のいたしますことでございますから不備のところはございましょうけれども、私は、これは整備が先ではなくしてむしろ国民の努力にまつよりほかしようがない、その結果の国民の合意を得ることへの努力の方が先決ではないかというふうに考えておりますものでございますから、ぜひ御批准を早めていただきたい、留保も、これは全く国内的な御配慮からの留保であるように思うのでございます。そういう意味でできるならばすんなりとなすった方がよろしいというので、大変失礼でございますけれども……(小林(進)委員「金大中は」と呼ぶ)金大中の問題は、私は新聞で拝見いたしておりまするだけでございまして、これも私がそういう意味で、たとえばアメリカをお出しになっていらっしゃいましたけれども、アメリカのやり方を事例にとりますならば、やはりそこに何らかの形で国家権力が介入していたということが立証されない限り困難ではないかという気が法律的にはいたします。それはむしろもっと次元の異なる問題のように思いまして、私の領域外でございますので、御遠慮させていただきます。
以上でございます。
この発言だけを見る →御指摘のとおりに、人権侵害の問題はもはや現在では国家権力による侵害の問題から私人による侵害の問題に移っております。これをどういうふうにして救済すべきかということ。これはそれぞれ各国いろいろと工夫をいたしておりますようでございまして、たとえばドイツでは西独の基本法の一条の解釈規定で第三者効力というような理論をとっております。それからアメリカでは私的政府とかあるいはステートアクション、州の行為、日本で言えば国家の行為にひっかかるところを求めて、そして私人による人権の侵害を救済しようといたしておりますし、日本では幾つかの労働関係の判例に示されておりますように、民法九十条の公序良俗違反の条項を用いておるのでございますが、私が承知いたしております限りでは、今日では各国、国家権力による人権侵害もさることながら、巨大な労働組合であるとか、巨大な宗教団体であるとか、その他の私的団体によります人権侵害がゆゆしい問題になっております。それに対しまして、憲法を専攻いたしております者は、懸命にどうにかして救済する道はないかということを詰めておりますけれども、それぞれの国はそれぞれの国の法体系というものもございますものですから、既存の法体系によって救済していこうという努力をしておりますのが実情であろうかと思います。
私も、もはや人権の侵害は国家権力だけの侵害だけを考える段階ではないということは御指摘のとおりだと存ずるのでございます。しかし、これは大変むずかしいことでございまして、法的にするか、ことに憲法の場合には原則といたしまして、そして伝統的に憲法のたてまえは国家生活における基本的なルールでございまして、国家権力対国家構成員という考え方で構成されておりますので、大変むずかしいと思うのでございます。それに関連いたしまして、和島参考人から一言お触れになりましたプロトコルの問題でございます。いわば市民的、政治的権利に関する選択議定書の問題でございますが、これは実は個人に対する侵害に対する救済でございますが、この条項の審議のもう一つ前の人種差別の撤廃に関する条約の実施条項の審議に参画いたしました者といたしまして、それがそのまま人権規約のプロトコルになっておりますのでございますが、私自身といたしましては、どうやって人権侵害の事実を認定するかというところに全く制度的に抜けておるものがございます。だれがやるのか。で、その主張をいたしまして、それが真にそれであるかどうかということの認定は非常にむずかしいものでございますから、問題は、国内的にさえ解決できておりませんものを国際的に解決することは、より一層困難ではないだろうかと思います。そういう意味におきまして、このたび国際条約の御提案の中にこのプロトコルが外されておりますることは私は大変御賢明であるというふうに承知いたしております。
大変私が長くなりまして恐縮でございますが、なぜ批准を早めるか、なぜ留保をやめるべきだというのかという私の見方を申し上げますと、いささか外へ出てまいっておりますと、日本はこういう条約に対しまして大変誠実でございまして、国内法体制が決まってすっかり完備しない限りにはしないというきわめて優等生で誠実過ぎるんでございますが、私は国際条約ないしは国際社会をながめまして、日本の程度ほどの人権の保障が国内的にされていない国の方がずっと多いわけでございます。そういう国のことをも考慮いたしますと、わずかなことにかかずらわりまして、余りにも日本人が正直で誠実であることによって批准をしないということは、日本が逆に誤解を受けるもとになっているやに私は考えます。そういう意味で、不満なところはいろいろございましょうけれども、にもかかわらずこれだけ人権保障が整備いたしておりまする国が率先していくべきではないか。いずれにいたしましても、人間のいたしますことでございますから不備のところはございましょうけれども、私は、これは整備が先ではなくしてむしろ国民の努力にまつよりほかしようがない、その結果の国民の合意を得ることへの努力の方が先決ではないかというふうに考えておりますものでございますから、ぜひ御批准を早めていただきたい、留保も、これは全く国内的な御配慮からの留保であるように思うのでございます。そういう意味でできるならばすんなりとなすった方がよろしいというので、大変失礼でございますけれども……(小林(進)委員「金大中は」と呼ぶ)金大中の問題は、私は新聞で拝見いたしておりまするだけでございまして、これも私がそういう意味で、たとえばアメリカをお出しになっていらっしゃいましたけれども、アメリカのやり方を事例にとりますならば、やはりそこに何らかの形で国家権力が介入していたということが立証されない限り困難ではないかという気が法律的にはいたします。それはむしろもっと次元の異なる問題のように思いまして、私の領域外でございますので、御遠慮させていただきます。
以上でございます。
和
和島岩吉#27
○和島参考人 先ほど私個人に指名されたお答えをこの順序でさせていただいておきます。
先ほど意見開陳しましたように、留保条項は非常に残念だと私は思っておるのです。しかし、現実にいまの段階で大乗的な見地から批准をすることが日本国の最も必要に迫られた状況だと考えております。その意味で、原案は不満ではあるが、現実に今国会で提案されております批准案は早期に批准さるべきだというのが基本的な私の考え方であります。
先ほどの小林先生の御質問では、批准してしもうたらその後はほっておくのではないかということでしたが、私は、小林先生を初め有力な国会議員の先生方が、批准されたからもうあれで能事終われりだ、すみっこにこの人権規約をほうり込んでいいというような方は一人もいらっしゃらないのじゃないかと思うのです。そういう信頼のもとに事態を考えますと、やはりこの原案は批准されなければならない。また、批准されると、留保条項というものがいかに不条理なものか、日本が留保することがいかに不条理であるかを改めてわれわれも考えさせられることにもなるのじゃないか。ですから、私は決して留保条項は賛成ではないが、批准案は今国会でぜひ批准していただきたい、そういう基本的な考え方を持っております。そうすることによって、留保条項に対してはひとつ皆様方で慎重に御審議願って、この次には一刻も早く、一日も早くこれらのものを撤回しようじゃないかという論議が期せずしてわき起こるんではないかという強い期待を持って、原案を一日も早く批准願いたい、こういうことを考えておる次第であります。
以上、お答えしておきます。
この発言だけを見る →先ほど意見開陳しましたように、留保条項は非常に残念だと私は思っておるのです。しかし、現実にいまの段階で大乗的な見地から批准をすることが日本国の最も必要に迫られた状況だと考えております。その意味で、原案は不満ではあるが、現実に今国会で提案されております批准案は早期に批准さるべきだというのが基本的な私の考え方であります。
先ほどの小林先生の御質問では、批准してしもうたらその後はほっておくのではないかということでしたが、私は、小林先生を初め有力な国会議員の先生方が、批准されたからもうあれで能事終われりだ、すみっこにこの人権規約をほうり込んでいいというような方は一人もいらっしゃらないのじゃないかと思うのです。そういう信頼のもとに事態を考えますと、やはりこの原案は批准されなければならない。また、批准されると、留保条項というものがいかに不条理なものか、日本が留保することがいかに不条理であるかを改めてわれわれも考えさせられることにもなるのじゃないか。ですから、私は決して留保条項は賛成ではないが、批准案は今国会でぜひ批准していただきたい、そういう基本的な考え方を持っております。そうすることによって、留保条項に対してはひとつ皆様方で慎重に御審議願って、この次には一刻も早く、一日も早くこれらのものを撤回しようじゃないかという論議が期せずしてわき起こるんではないかという強い期待を持って、原案を一日も早く批准願いたい、こういうことを考えておる次第であります。
以上、お答えしておきます。
中
中島通子#28
○中島参考人 先ほどの御質問にお答えいたします。
まず、男女の肉体的、生理的条件の違いを無視して機械的に平等にしてもだめなのではないかという御意見だったと思いますが、その点は全く私も異議ございません。これに加えて、現在女性が家事、育児を一方的に一人で負担しているというこれらの条件を無視して、直ちにすべての労働条件を男女同一にするということは、全く現実離れしたゆゆしいことだと考えております。人権尊重というのは、そもそも、母性を持つ女性が母性とその健康を破壊されることなく労働する権利というものを保障することにあるわけでありまして、このようなことが保障されないならば、これは人権の理念に全く反することになります。問題は、そのような女性の持つ条件に基づく保護が差別の理由となっていることであります。これは、たとえば昨年の労働基準法研究会報告をめぐって行われた議論の中で出てきたことでございますが、平等を要求する以上は保護を撤廃するべきであるという議論、両方、保護も平等もというのは甘えではないか、虫がよ過ぎるなどという意見が大分出されました。しかしこのような考え方というものは、女性の労働権というものを基本的人権としてとらえないところから発生しているものであります。
女性の労働権というものが、その内容につきまして具体的に明らかになり、内容的に深められたのはそう古いことではありません。つまり、一九七五年の国際婦人年に各種の国際会議が行われましたけれども、その中で初めて女性の労働権を基本的人権として深くとらえることができました。特にILOの六十回総会の決議、宣言、あるいは行動計画の中で繰り返し明らかにされていることは、女性の働く権利は人間として奪うことのできない権利であるということであります。その具体的な内容というのは、女性の年齢とか、婚姻関係あるいは子供の有無、家庭責任、これらの事情によって奪われることのない、左右されることのない権利が女性の労働権である、しかもこれは母性保護とは矛盾しないのだ、狭い意味での母性保護だけではなく、男女平等を目指す過渡的時期における積極的な特別取り扱いというのは差別とみなされないのであるということが明確にうたわれております。このような基本的人権としての女性の労働権を考えるならば、女性に一定の保護が認められるということによって差別を認めるということが全く成り立たないということは明らかになると思います。
しかし、もう一つつけ加えたいと思いますのは、現在の女性だけの保護というものが未来にわたっていつまでもいまの状態でいいのであろうかということであります。この点については私自身は、女性だけが保護される必要がなくなるような労働条件というものを目指さなければならないと考えております。この点については先ほど労働時間の問題を中心にして申し上げたところでございますが、先ほどの御質問の生理休暇の点に関連して申し上げますと、全体の労働時間が短縮して休暇もふえる、そういう労働条件全体の底上げがなされるならば、必ずしもすべての女性が生理休暇をとる必要がなくなることはあり得ると思います。しかしその場合でも、特に個人的な条件の違いによって生理のときに休む必要がある女性はなくならないのであります。この点については先ほど男性の生理休暇というお話がありましたけれども、男性にも体調の悪いときというのはあるわけですから、このようなときにはすべての男女の労働者が何の不安もなく、しかも所得が保障された形での休暇が保障されるということこそ私どもは目指したいと思います。そのような意味では、現在の女性だけの保護は男性全体にも適用、拡大されるという形での男女平等、女性だけの保護の解消を目指したいというふうに考えます。
もう一点、出産休暇の点でございます。先ほど私もこの点は大分強調したつもりでありますが、一部の女性だけが出産休暇中の所得を保障されるということではなくて、お話しのように中小企業で働く女性あるいは農村の女性も含めて、すべての働く女性が出産休暇を安心して休める、しかも所得が保障されるというような制度を何としても私どもは目指したいと思っております。そのためには先ほど申し上げましたA規約の条項にあるとおり、これは有給休暇という形が困難であるならば、社会保障の中で、すべての働く女性に適用されるような社会保障が確立される必要があると考えております。
最後に、これはちょっと私に対する質問ではなかったようですけれども、公の休日に関する留保については、私も先ほど述べましたとおり、大変重大な問題だと考えております。その点で、パートや臨時などと言われている労働者が、この留保条項によってますます労働条件が切り下げられ、格差が拡大されることが決してないように、この国会においてぜひ歯どめとなるような何らかの措置をとっていただきたいということを強くお願いしたいと思います。
この発言だけを見る →まず、男女の肉体的、生理的条件の違いを無視して機械的に平等にしてもだめなのではないかという御意見だったと思いますが、その点は全く私も異議ございません。これに加えて、現在女性が家事、育児を一方的に一人で負担しているというこれらの条件を無視して、直ちにすべての労働条件を男女同一にするということは、全く現実離れしたゆゆしいことだと考えております。人権尊重というのは、そもそも、母性を持つ女性が母性とその健康を破壊されることなく労働する権利というものを保障することにあるわけでありまして、このようなことが保障されないならば、これは人権の理念に全く反することになります。問題は、そのような女性の持つ条件に基づく保護が差別の理由となっていることであります。これは、たとえば昨年の労働基準法研究会報告をめぐって行われた議論の中で出てきたことでございますが、平等を要求する以上は保護を撤廃するべきであるという議論、両方、保護も平等もというのは甘えではないか、虫がよ過ぎるなどという意見が大分出されました。しかしこのような考え方というものは、女性の労働権というものを基本的人権としてとらえないところから発生しているものであります。
女性の労働権というものが、その内容につきまして具体的に明らかになり、内容的に深められたのはそう古いことではありません。つまり、一九七五年の国際婦人年に各種の国際会議が行われましたけれども、その中で初めて女性の労働権を基本的人権として深くとらえることができました。特にILOの六十回総会の決議、宣言、あるいは行動計画の中で繰り返し明らかにされていることは、女性の働く権利は人間として奪うことのできない権利であるということであります。その具体的な内容というのは、女性の年齢とか、婚姻関係あるいは子供の有無、家庭責任、これらの事情によって奪われることのない、左右されることのない権利が女性の労働権である、しかもこれは母性保護とは矛盾しないのだ、狭い意味での母性保護だけではなく、男女平等を目指す過渡的時期における積極的な特別取り扱いというのは差別とみなされないのであるということが明確にうたわれております。このような基本的人権としての女性の労働権を考えるならば、女性に一定の保護が認められるということによって差別を認めるということが全く成り立たないということは明らかになると思います。
しかし、もう一つつけ加えたいと思いますのは、現在の女性だけの保護というものが未来にわたっていつまでもいまの状態でいいのであろうかということであります。この点については私自身は、女性だけが保護される必要がなくなるような労働条件というものを目指さなければならないと考えております。この点については先ほど労働時間の問題を中心にして申し上げたところでございますが、先ほどの御質問の生理休暇の点に関連して申し上げますと、全体の労働時間が短縮して休暇もふえる、そういう労働条件全体の底上げがなされるならば、必ずしもすべての女性が生理休暇をとる必要がなくなることはあり得ると思います。しかしその場合でも、特に個人的な条件の違いによって生理のときに休む必要がある女性はなくならないのであります。この点については先ほど男性の生理休暇というお話がありましたけれども、男性にも体調の悪いときというのはあるわけですから、このようなときにはすべての男女の労働者が何の不安もなく、しかも所得が保障された形での休暇が保障されるということこそ私どもは目指したいと思います。そのような意味では、現在の女性だけの保護は男性全体にも適用、拡大されるという形での男女平等、女性だけの保護の解消を目指したいというふうに考えます。
もう一点、出産休暇の点でございます。先ほど私もこの点は大分強調したつもりでありますが、一部の女性だけが出産休暇中の所得を保障されるということではなくて、お話しのように中小企業で働く女性あるいは農村の女性も含めて、すべての働く女性が出産休暇を安心して休める、しかも所得が保障されるというような制度を何としても私どもは目指したいと思っております。そのためには先ほど申し上げましたA規約の条項にあるとおり、これは有給休暇という形が困難であるならば、社会保障の中で、すべての働く女性に適用されるような社会保障が確立される必要があると考えております。
最後に、これはちょっと私に対する質問ではなかったようですけれども、公の休日に関する留保については、私も先ほど述べましたとおり、大変重大な問題だと考えております。その点で、パートや臨時などと言われている労働者が、この留保条項によってますます労働条件が切り下げられ、格差が拡大されることが決してないように、この国会においてぜひ歯どめとなるような何らかの措置をとっていただきたいということを強くお願いしたいと思います。
真
真柄栄吉#29
○真柄参考人 初めにストライキ権の問題についてのお尋ねがありましたが、憲法二十八条で言う労働基本権がすべての労働者に保障されている点は疑いのないところだと思います。しかし現実にはやはり国内外の世論の動向などを踏まえた立法政策上の問題として処理されていく、そういう現実的な側面を見落とすこともできないと思います。さような意味で、たとえばILOが示しているストライキに対する基本的な見解はストライキ権の保障そのものには触れていませんけれども、それが奪われておる場合には完全なる代償機能が与えられておるべきだ、こうした基本的な見解なども重要にしんしゃくされるべきではなかろうかと思いますし、同時に、たとえば同じ交通労働者でありまして首都圏の中においても法の適用によって与えられる与えられてない、こういう問題についても、立法政策上の見地からなるべくのことなら憲法の精神に近づける方向で処理されていくべき問題ではなかろうか、かように考えてお答えにかえさせていただきます。
なお、軍隊と警察の問題についてお尋ねがありましたが、簡単に言って軍隊とはいわゆる戦闘員に限定をし、なおかつ警察についても給与法上に言う一般職は含まない、これは国内外に定着をした解釈ではないかと私は考えています。
なお、公の休日に関しまして、私は先ほど労働者保護の見地からということを申し上げましたが、政府が留保をしている有力な理由としては、賃金は労働の対価として、ある意味では労使間の合意によって決められるべき筋合いだという、そういう説論があるようにうかがわれます。したがいまして、私はそのような意味に対応させて労働者保護と申し上げたのでありまして、言いかえるならば、広い意味での労使間の合意の条件をつくり上げていくためにも、たとえば、団結権の擁護、労働組合の組織など、そうした積極的な一つの施策あるいは指導というものも並行させながら、こうした未組織あるいは中小零細労働者にも組織されておる労働者と同様な諸条件が享受できるように、政府みずからが努力をしていただきたいものだ。なおまた日給、時間給制等の問題については、これは当然通常の労働者の賃金に見合うべきだ、そういう見地から、考え方としては与えられるべきである、こういう理解をしている点を申し添えさせていただきたいと思います。
以上です。
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なお、公の休日に関しまして、私は先ほど労働者保護の見地からということを申し上げましたが、政府が留保をしている有力な理由としては、賃金は労働の対価として、ある意味では労使間の合意によって決められるべき筋合いだという、そういう説論があるようにうかがわれます。したがいまして、私はそのような意味に対応させて労働者保護と申し上げたのでありまして、言いかえるならば、広い意味での労使間の合意の条件をつくり上げていくためにも、たとえば、団結権の擁護、労働組合の組織など、そうした積極的な一つの施策あるいは指導というものも並行させながら、こうした未組織あるいは中小零細労働者にも組織されておる労働者と同様な諸条件が享受できるように、政府みずからが努力をしていただきたいものだ。なおまた日給、時間給制等の問題については、これは当然通常の労働者の賃金に見合うべきだ、そういう見地から、考え方としては与えられるべきである、こういう理解をしている点を申し添えさせていただきたいと思います。
以上です。